キョウ てんのう10


原武史という日本政治思想史を専攻する大学教授を私は天皇の「生前退位発言」に関する発言で知りました。原武史は天皇の「生前退位発言」に関して8月26日づけの毎日新聞の北田暁大との対談で次のように述べていました。その要点を弁護士の澤藤統一郎さんの要約から引きます(原の発言のみ抜粋)。

原「今回のお言葉の放送は、いろんな意味で1945年8月15日の『玉音放送』と似ています。玉音放送は臣民という言葉が7回出てくる。今回も国民という言葉が11回出てきた。…昭和天皇が強調したのは、ポツダム宣言を受諾しても、天皇と臣民が常に共にある『君民一体』の国体は護持されるということ。今回も『常に国民と共にある自覚』という言葉が出てきます。玉音放送の終わり方は「爾(なんじ)臣民其(そ)レ克(よ)ク朕(ちん)カ意ヲ体(たい)セヨ」、つまり臣民に向かって自分の気持ちを理解してもらいたい、と。今回も「(私の気持ちが)国民の理解を得られることを、切に願っています」で終わっています。」「今回衝撃的だったのは、憲法で規定された国事行為よりも、憲法で規定されていない宮中祭祀と行幸こそが『象徴』の中核なのだ、ということを天皇自身が雄弁に語ったことです。」「実は国体が継承されているんじゃないか。昭和との連続性を感じます。イデオロギッシュだった国体の姿が、より一人一人の身体感覚として染み渡っていくというか、強化されているのではないか。こうした行幸啓を続けることで、いつの間にかそれが皇室の本来の姿のように映るようになった。」


澤藤さんはこの原と北田の対談について「対談者の関心は、まずは今回の天皇発言の政治性にある。このような政治的発言を許してしまう、象徴天皇制というものの危うさと、これに的確な批判をしない時代の危うさに、警鐘を鳴らすものとなっている」と評価しています。


その原が自身の発言に関して宮内庁からクレームをつけられて次のように弁明しています。


原武史
『宮内庁ホームページの「皇室関連報道について」で毎日新聞8月27日付の私の発言「平成になると~となり」が「事実関係の誤認」とされたことに対して、改めて反論したい。天皇、皇后が共に出る宮中祭祀や行幸啓自体は、宮内庁が強調する昭和戦後からではなく、明治、大正の時代にも複数確認される。』


原武史
『しかし、明治、大正、昭和は、宮中祭祀に天皇、皇后がずっと出ていたわけではないし、行幸啓もずっと行われたわけではない。平成は、宮中祭祀も行幸啓も天皇、皇后が一貫して行っている。この点で明確に違うと言いたかったのだ。「事実関係の誤認」ではなく「事実関係の解釈の違い」とするべきだろう。』


原が上記で弁明している宮内庁のクレームとは次のようなものです。


昭和時代(戦後)における昭和天皇・香淳皇后の御活動状況について - 宮内庁

『平成28年8月27日付け毎日新聞朝刊の「危機の20年」と題する記事の中で,原武史氏は「平成になると,宮中祭祀に天皇と皇后がそろって出席するようになったばかりか,行幸も皇后が同伴する行幸啓となり,」と述べています。昭和時代(戦後)における昭和天皇・香淳皇后の御活動状況については,これまでも宮内庁ホームページで事実関係を説明してきたところでありますが,こうした事実と異なる認識が依然として見られることから,改めてこの点についての事実関係を説明します。香淳皇后は,ご晩年の20年近くは,ご高齢とご健康上の理由により,行事への御臨席が困難となられましたが,昭和52年に腰を痛められるまでの戦後約30年間の長きにわたり,昭和天皇と共に多くの宮中祭祀にお出ましになり,また,行幸啓を共になさっています。宮中祭祀について見ますと,昭和21年から51年までの恒例の祭祀で,かつ,天皇皇后両陛下のお出ましが予定された364件のうち,昭和天皇とお揃いでのお出ましは213件(58.5%)を占めています。ちなみに,昭和30年以降で見ますと66.7%となります。また,地方ご訪問について見ますと,昭和21年に開催された国体には,昭和22年の第2回石川県大会には昭和天皇が御巡幸を兼ねてお一方で御臨席になりましたが,昭和24年に東京都で開催された第4回国体以降は,昭和51年まで毎年,昭和天皇は香淳皇后とご一緒に御臨席になっています。また,植樹祭には,十勝沖地震のため御臨席を取りやめた昭和43年の第19回を除き,昭和25年の第1回から御不例となった昭和52年まで毎年春,昭和天皇とご一緒に御臨席になりました。なお,昭和21年から昭和29年までにわたる戦災復興状況御視察のための御巡幸は,当時,香淳皇后をお迎えできるような宿泊施設等が整っていなかったこともあり,昭和天皇がほぼすべてをお一方でなさっていますが,最終回の北海道御巡幸には第9回国体が北海道で開催されたことから,国体御臨席を兼ねて昭和天皇と香淳皇后のお二方でお出ましになりました。こうした戦後間もない御巡幸は別としても,昭和21年から51年までの地方へのお出まし78件のうち,昭和天皇とお揃いでのお出ましは73件(93.6%)を占めています。このように,宮中祭祀や地方ご訪問については,戦後から既に天皇と皇后がお揃いでなさっておられ,御成婚後の今上両陛下は,これをそのままに受け継がれ,昭和,平成とお続けになっておられるものであり,平成になってから,宮中祭祀や地方ご訪問を両陛下でなさるように変わったという事実は全くありません。』


宮内庁の記事が引用する原の毎日新聞紙上の発言は次のようなものです。「平成になると,宮中祭祀に天皇と皇后がそろって出席するようになったばかりか,行幸も皇后が同伴する行幸啓となり」。この原の文章の文脈では原は「平成以前は天皇と皇后がそろって出席するようなことはなかった」と言っているとしか読めないでしょう。それが原の言う「平成になると」の文脈上の意味です。それを原は「明治、大正、昭和は、宮中祭祀に天皇、皇后がずっと出ていたわけではない」「行幸啓もずっと行われたわけではない」と「ずっと~ではない」と弁明しています。こういう弁明のしかたを論理学では詭弁というのです。「ずっと~ではない」と言いたかったのであればはじめからそのように書いておけばよいことです。そうした断り書きなしに「平成になると」と断定的に述べている以上、原の弁明は通用しません。学者の弁明としてはお粗末きわまるもので、自己保身のための詭弁としかみなされないものです。


その原は少し前に以下のような』ツイートを発信していて私はそれを批判したことがあります。


「原武史は、「『国体』をより強固なものにした」という言葉にどれほどの含意をこめているか? 私は疑問に思うところがあります。原は8月16日づけのツイッターで「正直、またやられたという感じ。8日の天皇の「お言葉」をすんなりと受け止める基調の記事のなかで、私一人が違和感を抱く配役(悪役?)にさせられている」などとも不満も述べています。私は彼の真意を計りかねています。」(森川文人フェイスブック・コメント 2016年9月18日


「原武史の次のような言葉にも私は引っかかります。「つまり玉音放送で示された天皇と「民」が常に共にある「国体」が継承されつつ、一層内面化したという見方もできるわけだ」。「・・・見方もできる」とはいかにも評論家的な言い方です。その言い方に私は彼の主体的な「意志」を感じとることはできません。」(同上)

キョウ とうきょうさいばん
東京裁判

Blog「みずき」:「今日の言葉」は田中利幸さん(広島市立大学広島平和研究所元教授)の「『天皇は平和主義者』? —71年前にもあった話のはず—」の続編というべき論。テーマは「日本国憲法は平和憲法? 安倍政権「万民翼賛体制」推進の危険性を考える」。この論で田中さんは、かつて「神聖不可侵な絶対権力の象徴である天皇、無数のアジア人と自国民を殺傷した最終的戦争責任者である人間が「民主憲法」を制定、公布するという倫理的には甚だ不条理な手続きをとっている憲法を「平和憲法」と呼ぶのは正しいことか」と私たちに問題提起を投げかけています。ここで田中さんは特に目新しいことを言っているわけではないのですが、左翼を含めてなし崩し的な右傾化が進行する「いま」という時代には新鮮に聞こえます。

【日本国憲法は平和憲法? 安倍政権「万民翼賛体制」の危険性を考える】
実は、
明仁を「平和主義者」と見なすことだけではなく、現行の日本国憲法を「平和憲法」と呼ぶこと自体に、私は最近疑問を持つようになってきている。こんなことを言うと、「第九条の会」のメンバーの仲間からおしかりを受けそうであるが、九条そのものはあくまでも擁護すべきという意見には変わりがないし、擁護するだけではなく、実際にどのように活用すべきかを私たちは考えるべきだというのが私の持論である。それだけではなく、憲法前文は九条に勝るとも劣らないすばらしい内容であって、特に、「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。 われらは、いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従うことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると信ずる」という一節などは、国連憲章に含まれるべき類の名文である、と私は思っている。にもかかわらず…、なのである。

なぜか。その理由は、現行憲法が、私たちの通念とは違って、明治憲法=大日本帝国憲法を引きづっている面がかなりあるように私には思えるからだ。周知のように、現行憲法は1946年に公布されたが、形としては旧明治憲法第73条・憲法改正条項に基づいて、天皇裕仁の名によって制定・公布された。つまり、神聖不可侵な絶対権力の象徴である天皇、しかも無数のアジア人と自国民を殺傷した最終的戦争責任者である人間が、「民主憲法」を制定、公布するという、倫理的には甚だ不条理な、と言うより本来あってはならない手続きをとっている。しかし、法的な手続き上は、現行憲法はあくまでも大日本帝国憲法の「改正」なのである。民衆の側から明治憲法廃棄運動を起こして、民衆が自主的に憲法を制定したわけではないし、それだけではなく、戦時中に民衆を徹底的に抑圧し苦しめた
治安維持法治安警察法などの廃棄要求運動を日本国民が起こした結果でもない。換言すれば、裕仁の名前で、戦前の「ファシズム体制」が戦後「民主国家」に「平和的に移行」したわけである。一方、戦争責任は、連合諸国による東京裁判でごく一部の軍人、政治家、思想家にのみ負わすことで済まされてしまい、これまた我々民衆の側から自主的に戦犯追及を迫ることはほとんどなかったとは周知のところである。このような形での新憲法制定・発布での「平和移行」が、果たして国家としての日本を根本的に「平和国家」に改革したと言えるのだろうか、というのが私の疑念なのである。(吹禅Yuki Tanaka 田中利幸 2016年9月27日

【山中人間話目次】
・「いま」という時代を考える――田中利幸さん(広島市立大学広島平和研究所元教授)
・辺見の文章の底にある緊迫の気配を読みとることのできない辺見庸評価とはなにか?
・私たちの沖縄・高江へのアプローチ――さまざまな連帯(1) 「警視庁機動隊の辺野古・髙江派遣費用」の支出差し止め請求を
・私たちの沖縄・高江へのアプローチ――さまざまな連帯(2) 平安名純代さん(沖縄タイムス米国特約記者)
・分断される沖縄(1)――沖縄の人たちを追い詰めるバッシングと「無関心」
・分断される沖縄(2)――住民と作業員の対立を生ませる構図の異常

キョウ ぶんげいしゅんじゅう

Blog「みずき」:「今日の言葉」はメディアの天皇の生前退位報道に関する私の時事的感想です。

【リベラルのイリュージョンとしての「明仁天皇=平和主義者」論】
インターネットブログ誌の「
リベラル21」の常連執筆者の半澤健市さんの一昨日づけの記事(2016.09.26)で知ったことですが、今年の6月14日に明仁、美智子天皇夫妻がジャーナリストの半藤一利さんと保阪正康さんを皇居に招き、私的に懇談を持つことがあったといいます。そのときの天皇夫妻と半藤、保阪両氏の会話の内容が『文藝春秋』誌(2016年9月号)に両氏の対談という形で掲載されています。また、『サンデー毎日』誌(2016年10月2日号)にも、保阪氏がそのときの天皇夫妻との会話の様子を詳細に執筆しているということです。

一方で昨日の25日、
時事通信に「官邸、宮内庁にてこ入れ=お気持ち表明で不満」という宮内庁の人事異動に関する記事も掲載されました。いわく、「宮内庁長官の風岡典之氏が26日付で退任し、山本信一郎次長が長官に昇格、後任の次長には西村泰彦内閣危機管理監が就任する。天皇陛下のお気持ち表明に至る過程で、宮内庁の対応に不満を持った首相官邸が、人事でてこ入れを図ったようだ。(略)宮内庁次長には、事務次官経験者が各省の顧問などを経て就任する例が多く、西村氏の「官邸直送」は異例。警察出身者の起用は22年ぶりで、同じく警察出身の杉田氏(和博官房副長官)の意向が反映されたとの見方がもっぱらだ」。

これらの情報を総合すると、いま、官邸と皇居の周辺で天皇の生前退位の問題に関してなにやら慌ただしい動き(あるいは綱引きといってよいかもしれません)があることは確かなようです。しかし、その慌ただしさはどういうものか。その慌ただしさにもしかしたらリベラル・サイドも無意識裡に巻き込まれていないか。私の関心と懸念はそこにあります。

無意識裡に巻き込まれるとはどういうことか。上記に挙げた半藤、保阪両氏はいまいわゆるリベラル・左派陣営にその発言のリベラルに響く部分のみをとりあげられて、したがって表層的な評価というほかないのですが、ともあれ「リベラルの人」「平和主義の人」などと持ち上げられて、目下売り出し中の人たちです。その「リベラルの人」が天皇と懇談するとなると、明仁天皇も平和主義者に違いないというイリュージョンとしての「明仁天皇=平和主義者」論がますます拡がっていく状況がつくられていくでしょう。また、それとともにリベラル・左派の側が象徴天皇制を持ち上げる風潮もつくられていくでしょう。こうして戦前の大政翼賛会的状況に似た状況がいままたつくり出されようとしているのではないか。私の懸念はそういうものです。(
東本高志 2016/09/26

【山中人間話目次】
・イリュージョンとしての「明仁天皇=平和主義者」論
・第2の「パナマ文書」(バハマ文書)の公開
・英国労働党の党首選ではコービンが確固たる勝利を得た
・岸信介はこうして「極刑」を免れた~明かされるGHQ尋問の真相(魚住 昭) 現代ビジネス 2016年9月25日
・根腐れしていくメディアが日常的に「非日常」(ポイント・オブ・ノーリターン)を生産していく現実
・金光翔さんの浅野健一さんの最近の動向の紹介と同氏の内藤正典さん評価に対する私の違和
キョウ きょうさんとう2

Blog「みずき」:「今日の言葉」は、2004年の『さざ波通信』(日本共産党と現代日本政治を考えるサイト)停止時に発表された「共産党の改良主義的変質と今後の展望」と題された論攷からの抜粋引用です。2004年の時点でさざ波通信の筆者たちは日本共産党の改良主義政党としての変質とスターリニスト(民主集中制)政党としての特質を見事に言い当てていました。私は同党の天皇臨席下の国会開会式出席という公然化した事実を契機にして10年遅れて彼らの認識に近づいたということになります。40年以上も党を離れていましたので同党の右傾化の内情に気づくのが遅れたということが最大の原因としてあげられるでしょう。それにしてもいまの共産党のさまは呆れるばかりです。もはやいまの改良主義政党化した共産党に「民主主義革命」も「社会主義革命」(もちろん、平和的な意味での「革命」です)も期待できません。しかし、私たちは、人の差別と搾取、さらに戦争への道を本質とする資本主義という制度をそのままにしておくことはできません。そのことだけは確かなことです。

【かつてのドイツ社会民主党よりも数十倍右の共産党の党内布陣】
まず非常に原理的な議論を行なうことをご容赦ください。すでにご存知のように、日本共産党は先の党大会で
綱領を全面改訂し、名実ともにレーニン主義の進歩的側面(略)と完全に手を切り、ベルンシュタインカウツキー主義的路線に転換しました(略)。しかも、かつてのドイツ社会民主党にあっては、ベルンシュタインは党内では右翼少数派であり、カウツキーは多数派の中央派でしたが、この両者の左には、ローザ・ルクセンブルククララ・ツェトキンカール・リープクネヒトフランツ・メーリングなどの革命的左派がきわめて有力な潮流として存在していました。しかし、日本共産党においてはこのような左派は存在せず、しかも多数派の中央派はベルンシュタイン派です。つまり、いまの日本共産党の党内布陣は、第1次世界大戦において自国帝国主義を支持したドイツ社会民主党よりも数十倍、右なのです。もしこのような改良主義政党の革命的再生が可能であるとするならば、かつてのドイツ社会民主党はその数十倍、可能であったことになります。(略)しかしながら、歴史においてはきわめて例外的な政治的条件のもとで改良主義政党が革命的再生を遂げることも、絶対にありえないことではありません。しかし、共産党の場合は、単なる改良主義政党なのではなく、同時にスターリニズムに骨の髄まで犯された政党であるというもう一つの特殊性を持っています。(略)

党内規律が緩やかで、政治的複数性が制度的にも心理的にも許容されているような改良主義政党にあっては、党内で左派が長期潜伏し、全般的な革命的高揚の中で党内の
ヘゲモニーを握る、という事態もありえないことではありません。しかしながら、いかなる分派も認めず、党内で異論を広く流布させることも制度的に禁止しているスターリニスト政党にあっては、そのような合法的な「党内政権交代」の可能性はほぼ完全に閉じられています。(略)もし党内左派勢力が情勢の転換の中でもう少し勢力拡大し、分派的性格を強め、党内の力関係に何らかの影響を及ぼすようになれば、たちまち弾圧されて放逐されることでしょう。党官僚が、党内左派が影響力を強めても手をこまねいて何もしないだろうと仮定することは、共産党がスターリニスト政党であるという前提と深く矛盾します。もちろん、単なるスターリニスト政党であるというだけなら、中央に忠実な振りをしている党上層内部の左派的部分が、情勢の転換の中で党内ヘゲモニーを握るということもありえないことではありません。世界のスターリニスト政党においては、そのような事態は歴史上何度か見られたことです。しかしながら、それが同時に改良主義政党に変質しているということは、そうした可能性をも閉じるものなのです。(さざ波通信 2004/3/21

【山中人間話目次】
・金光翔さんの佐藤優(評論家)、西原理恵子(漫画家)批判
・小倉利丸さん(富山大学名誉教授)の「FBIはハッキング捜査の時代に——拡大する監視警察国家」 という論
・沖縄県が上告 不当判決に対する最高裁の姿勢が問われる- 弁護士 猪野 亨のブログ
・夏目漱石「私の個人主義」――私の好きな言葉でいえば「無頼」ということになるか
キョウ へのこ12

Blog「みずき」:そのとおりなんですよね。だから、私も、「反安保の立場から翁長を糾弾し沖縄を問い詰めて」いくスタンスには違和感を持ちます。しかし、「オール沖縄」という美名を流行らせ、高良鉄美さん(琉球大法科大学院教授)を県知事候補から強引に降ろし、「翁長は間違いなく「保守」で安保を是認している立場であることを知った上で、沖縄県民マジョリティは翁長を圧倒的に支持し県知事にした」こと自体がそもそも誤りというべきではなかったのか? その運動はポピュリズムというべきではなかったか? いま、その反省が強く求められている時機であるようにも思うのです。

【ポピュリズムとしてのオール沖縄運動のゆくえ】
イデオロギーよりはアイデンティティをって、いまでも私はよくわからないし、いろんな意味で評価しない。だけど、翁長は間違いなく「保守」で安保を是認している立場であることを知った上で、沖縄県民マジョリティは翁長を圧倒的に支持し県知事にした。反安保の立場から翁長を糾弾し沖縄を問い詰めても、沖縄が崖っぷちで落ちないように掛けている手を、指一本ずつ外していく行為ではないか。いいんだよ、落ちていくときには落ちていくさ。辺野古高江も造られ、持続可能な基地の島になるさ。そうなりたくないと、崖の淵に掛けている指を、嬉々として外せる人はいいよなぁ。…だけど、翁長県知事、オール沖縄の議員先生や政党スタッフ。高江はないだろ、完全に対応を間違ってる。辺野古と同じ、SACOに盛り込まれた基地維持政策の根幹。返還を口実にしているのは普天間も北部演習場も同じ。高江を阻止するために動けないで、辺野古阻止ができると思ってるんなら、翁長県政、沖縄はあまい。あますぎる。(宮城康博 2016年9月23日

【山中人間話目次】
・辺野古裁判 審理もしていないのに裁判所が軍事上の必要性や政治情勢を判断する不思議
・平安名純代記者(沖縄タイムス)の翁長県政に対するあらたな問題提起
・沖縄のやんばるの森が壊されてゆく―― 森を切り裂く二つの円 ヘリ着陸帯予定地で大規模伐採
・やんばるの森が壊されてゆく(動画)。
・「『もんじゅ』廃炉は脱原発運動の勝利だ」(岩垂弘さん)というのはほんとうか?
・人としての当然の心情さえ、罪にしてしまう領域国民国家の非道(内藤正典さん)
キョウ へのこ10

Blog「みずき」:鬼原悟さん(「アリの一言」ブログ主宰者)の沖縄タイムス、琉球新報掲載の辺野古訴訟多見谷判決「批判論評」には「重大な落とし穴」があるとする批判。ここで鬼原さんから批判されている論者は高良鉄美さん(琉球大法科大学院教授)、屋良朝博さん(ジャーナリスト)、照屋寛之さん(沖縄国際大教授)、木村草太さん(首都大学東京教授)、天木直人さん(元外交官)の5人。天木氏を除いていずれも「リベラル派」とみなされている論者たちです(ある種の「リベラル市民」は天木氏も「リベラル派」に数えているようですが、私に言わせれば論外)。その「リベラル派」が揃いも揃って辺野古問題、というよりも沖縄問題の本質的障碍というべき日米安保条約の問題性の分析と指摘をネグレクトしているという批判です。ニッポンの社会と「革新」政党の右傾化の波頭にニッポンの論壇総体もざんぶりと呑みこまれている破堤状況の沖縄版のひとつの露れとみなしてよいのではないか。

【多見谷判決批判「論評」の重大な落とし穴】
辺野古新基地建設をめぐる不当判決(福岡高裁那覇支部、多見谷寿郎裁判長)の翌17日から21日までに、沖縄タイムスと琉球新報に判決に対する「識者」の「論評」が計8本掲載されました(略)。いずれも判決を批判するものばかりです(当然でしょう)。ところが、それらを注意深く読むと、半分以上の「論評」に重大な落とし穴があることが分かります。(略)

高良鉄美氏(琉球大法科大学院教授)は、「判決に欠けているのは沖縄の米軍基地問題は人権問題という視点だ」と指摘しながら、続けてこう述べています。「安全保障は国の専権事項だから司法判断を下すのは難しいかもしれない」「日米安保の領域に人権面からどこまで踏み込めるのか懸念はある」(20日付沖縄タイムス)「難しい」どころか多見谷裁判長は臆面もなく「安全保障」に「司法判断」を下しました、国の主張通りに。高良氏はなぜ自ら「日米安保の領域」に踏み込まないのでしょうか。これでは憲法より安保条約を上に置いた多見谷判決の問題点に目をつむるようなものです。

屋良朝博氏(ジャーナリスト)は、米海兵隊の再編構想が進行していることを示し、「裁判所が政府の辺野古唯一に乗ったのは暴走としか言いようがない」としてこう主張します。「31MEU(第31海兵遠征隊)をまるごと移転させ、航空部隊を佐賀空港、地上部隊は日出生台演習場(大分)に配置する選択肢も検討可能だろう」(21日付沖縄タイムス)これは米軍の再編計画をもとに、すなわち日米安保体制の枠内で、海兵隊を「県外(本土)」へ移そうとする主張です。「米軍基地の無条件撤去」とは相入ない、日米安保体制肯定・存続の立場に立つものです。

もうひとり、日米安保の問題にはまったく触れないまま「県外(本土)移設」を主張しているのが、
照屋寛之氏(沖縄国際大教授)です。「在日米軍専用施設面積の74%が集中する沖縄で、県内移設による負担軽減は成り立たない。47都道府県で負担を分担しなければ納得できない」(17日付沖縄タイムス)

木村草太氏(首都大学東京教授)は、「日米安保条約や地位協定はあくまで『条約』であり『法律』ではない。条約があったからといって、憲法92条の要請を満たせるはずがない」と、安保条約と憲法の関係を正当に指摘しています。ところが、その前段でこう述べているのです。「沖縄に基地が集中しているのを知りながら、『仕方ない』と国民が思っていたのでは、地域間の不平等は解消されない。米軍基地による恩恵を受けているのは、日本国民全体だ」(18日付沖縄タイムス)木村氏は16日の「報道ステーション」でも同じことを言いましたから、これは決して筆が滑ったものではありません。「米軍基地による恩恵」とは何ですか?「日本国民」は米軍基地からいったいどんな「恩恵」を受けていると言うのでしょうか。明らかな「日米安保肯定」論と言わねばなりません。(略)

以上4氏(略)は、いずれも「沖縄問題」に詳しい「リベラル派」と見られている「識者」です。その人たちが
日米安保(軍事同盟)体制を正面から否定・批判しないばかりか、逆に肯定・容認している現実はきわめて重大です。米軍基地・日米安保に「恩恵」などあるのか。日米安保条約は沖縄・日本に何をもたらしているのか。安保条約廃棄に賛成なのか反対なのか。「識者」は今こそこの問いに正面から答えなければなりません。(アリの一言 2016年09月22日

【山中人間話目次】
・沖縄支部高裁判決の辺野古基地許容認定は民事訴訟法を無視した証拠なき政治的判決である
・翁長知事と議会は全4回の県議会への出席要請をすべて拒否した県公安委員長を即座に罷免すべきである
・高江ヘリパッド移設差し止め」住民が提訴-日テレNEWS24 2016年9月21日
・富山市と金沢市は情報公開請求した人の情報を議員に漏らした市職員をただちに免職処分にせよ。それが情報公開制度の趣旨を守る道である
・人間を愛する人たちへの贈り物ー「原爆の図」と「原爆詩集」-澤藤統一郎の憲法日記 2016年9月20日
・共産党員であるとか、共産党を除名されたとかの理由でその作家(詩人)の文学的評価を変えてはいけない
・原武史の「玉音放送で示された天皇と「民」が常に共にある「国体」が継承されつつ、一層内面化したという見方もできるわけだ」という言い方への違和感
キョウ いなだあけみ3

Blog「みずき」:南スーダンへの自衛隊員派遣問題についてはこちら、稲田朋美の「国民は国のために血を流せ」などの暴言ビデオはこちらこちらを合わせてご参照ください。安倍晋三とともに「人殺し」政策(自衛隊「駆けつけ警護」班の南スーダン派遣計画・訓練)に猪突妄進する稲田朋美はあまりに危険すぎる人物です。

【こんなコズルイ感覚で「新たな英霊」を誕生させるなど断じて許されない】
“ウルトラ右翼”
稲田朋美防衛大臣から目を離すな。安倍首相の肝いり、当選4回で2度目の入閣、出世街道まっしぐら。新閣僚のうち保有資産はトップ。総資産1億8千万円。防衛関連企業の株も夫の弁護士・稲田龍示名義で、三菱重工・川崎重工・IHIなど1万7千株、三菱電機2千株、日立製作所3千株を保有する。15日にはアメリカで講演し、「南シナ海」では、日本の海上自衛隊と米海軍の共同巡航訓練を行い、ベトナムやフィリピンに軍事支援を強化すると述べた。「日本会議議連」の政策審議副会長を務め、これまでに憲法9条を変えて国防軍の創設を主張し、「国民は国のために血を流せ」と発言。「戦争法」が成立した昨年も、女性誌のインタビューで「男子も女子もみんな自衛隊に体験入隊すべき」と言い、今年5月には「(安保法は)愛する人を守るために必要です」と吹聴している。ところがカネには汚い。彼女の資金管理団体「ともみ組」の収支報告書を見るとよい。なんとそこに添付された領収書のうち、政治資金パーティーに支出した260枚・520万円分の領収書が偽造だった。白紙の領収書に、後から勝手に手書きで記載したという。これまで大量の缶ビールやアイス、カップラーメンなども「事務所費」として計上し、政治資金で賄っている。こんなコズルイ感覚で、南スーダンPKOに自衛隊員を派遣し、「新たな英霊」を誕生させるなど、断じて許されない。(Daily JCJ 2016年09月18日

【山中人間話目次】
・平安名純代記者(沖縄タイムス)の眼。鋭く、清澄な、沖縄の魂を感じる記事
・木村草太&神保哲生&宮台真司の辺野古裁判判決批判
・ラルフ・ネーダー(2000年米大統領選にグリーン・パーティから出馬)のサンダース批判
キョウ へのこ9

【手前味噌にすぎる共産党の責任逃れの論】
しんぶん赤旗は「辺野古埋め立て容認判決」について次のように書いています。「今回の判決を下した多見谷寿郎裁判長は昨年末から辺野古新基地をめぐる裁判を担当。今年1月には、『現在は沖縄対日本政府という対立の構図になっている』『本来あるべき姿としては、沖縄を含めオールジャパンで最善の解決策を合意して、米国に協力を求めるべきである』とする和解勧告文を提示しました。勧告文では1999年の地方自治法改正で、国と自治体が『対等・協力の関係となることが期待された』とも述べています。ところが、こうした和解勧告の趣旨を裁判長は、自らの判決で自己否定したのです」(
2016年9月17日)。この赤旗記事の書きぶりからは当時、日本共産党は多見谷裁判長が提示した和解勧告文を高く評価していたことがわかります。そうした共産党の和解勧告文評価とオール沖縄翁長知事の和解勧告受諾は一対のできごととみなしてよいでしょう。だとすれば、共産党は、「和解勧告の趣旨を裁判長は、自らの判決で自己否定した」と多見谷裁判長を批判する前に、同勧告文の中には当初から今回の「辺野古埋め立て容認判決」につながる巧妙なワナが仕掛けられていたことを見抜けなかった自らの不明の責任を先に反省する必要があるのではないか。

多見谷裁判長からこの和解勧告案が提示されたとき、たとえば沖縄在住の元裁判官の仲宗根勇さんは次のような警鐘を鳴らしていました。「今日3月4日の NHKの12時昼のニュースであべ総理が暫定案を受け入れるとの報道がなされた。しかし、県知事は安倍官邸に騙されてはいけない。これは参議院選のための安倍一派の時間稼ぎと協議中に出される確認裁判の判決についてこの和解合意による執行力を県に受け入れさせ、最終的に工事を可能にする魂胆が隠されており、したがって、この和解成立によって、国の工事強行の意思はなんら変わらない。沖縄県は目先の工事停止に目がくらんで唯々諾々と和解してはいけない。現在裁判所から出されている和解条件は官邸の政治的謀略が隠されている。断じて暫定案での和解を成立させてはいけない。安倍一派の悪辣さを甘く観てはいけない」(
仲宗根勇 2016年3月4日)。
 
私もこの問題については東京の弁護士の
澤藤統一郎さんの論などを引用して次のような指摘をしています。「今回の辺野古代執行訴訟での「国と県の和解成立」についてリベラルの中からも「ひとまずよかった」「沖縄県まず白星」などの声が少なくなくあります。その声々に共通しているのは、下記の澤藤統一郎弁護士のパロディー中の指摘にもあるように法律の専門家から見て国の敗訴の可能性のきわめて大きい今回の訴訟の「和解案を当初から支持し」、そういう意味で敗訴必至の安倍政権に助け船を出したというほかない翁長知事の「和解案受諾」の責任をまったく不問に附していることです。こういう事態を「ひとまずよかった」などとはとうてい言えないし、辺野古に基地をつくらせない運動の展望を遠ざけるだけだろうと私は思います」。(Blog「みずき」 2016年3月5日

敗訴必至の安倍政権に助け船を出した先の「和解案受諾」が今回の敗訴の直接的な原因になっている、と言うべきなのです。共産党、オール沖縄、翁長知事の責任は重大です。今回の敗訴を「和解勧告の趣旨を自らの判決で自己否定」した多見谷裁判長の責任だけに帰すのはあまりに手前味噌にすぎる責任逃れの論だと指摘しておかなければなりません。(
東本高志 2016年9月18日

【山中人間話目次】
・しんぶん赤旗の「辺野古埋め立て容認判決について」という論について
・澤藤統一郎さん(弁護士)の辺野古裁判判決批判
・運動の中にスターをつくり、スターを有り難がる運動体質とはなんだろう?
キョウ れんぼう2

Blog「みずき」:以下の猪野亨さん(弁護士)の民進党批判を読んで思い出すのはAfternoon Cafeブログ主宰者の秋原葉月さんの民進党の前身の民主党批判です。秋原さんの民主党批判は次のようなものでした。「結局民主政権になってみたら自民と変わらず大失望。だから今回「他にどこもない」とますます政治に関心を失って、安倍消極支持が続いてるのだと思うのです。何が民主党の罪かと言えば、これが一番の大罪です。民主党政権の失敗は、特に小泉内閣以降、日本が急速に戦前回帰の憲法破壊というゴールに向かって転がりおちてる速度を、更に加速させました。今の戦後最悪の民主主義破壊政権を固定させた立役者は民主党なのです」。その民主党の「戦後最悪の大罪」を忘れて、いままた民進党に期待をかけようとしている「リベラル市民」を見るにつけ私の谷底の底の絶望はさらに深まるばかりです。生まれてきて すいません 、とつい悲嘆の声をあげたくなります。ただ、これはいわゆる「野党共闘」の問題とはまた別の問題です。

【私は民進党になんら期待しない】
野田佳彦氏(元首相)が幹事長に就任しました。党内の大方の支持を得たというわけではなさそうです。「<民進党>蓮舫代表、人事で試練 「野田幹事長」反発広がる」(毎日新聞2016年9月16日)「「若干少ない気もするが、賛成多数と理解する」。16日の両院議員総会で、幹事長人事承認を求めた司会の赤松広隆元農相は、まばらな拍手に苦しい司会進行を迫られた。出席議員は衆院41人、参院19人だけで国会議員の半分以下。委任状提出者は67人に上った。」蓮舫氏が代表選の中で、幹事長には野田佳彦氏をあてると表明していれば、代表選の票数は全く違っていたことでしょう。特に党員、サポーター票に影響は大きいように思います。(略)「戦犯」とされているのは、当時の民主党の方針を自民党と全く異ならないものにまでしてしまい、消費税に関する3党合意によって事実上、民主党を終焉させてしまったことにあります。しかも安倍政権が消費税増税の延期を決めた際には、履行を迫るなど反国民的姿勢まで示しました。この支持を一気に失ったことへの反省の有無が問われています。野田氏からはこの反省の弁は聞いたことがありません。

この野田氏の主張は、財界向けに消費税大増税を決断し、自民党、公明党との間でも話をつけた、しかし、自民党・公明党は政権に復帰しても消費税増税を実行しないのは何事だというものです。(略)
菅直人政権鳩山政権が失った財界からの支持を取り付けるために露骨に構造改革路線に舵を切りました。無駄な「公共事業」も再開させました。その結果は、民進党(ママ)は、都市部でも地方でもその支持層の大量離反を招いたわけですが、それを野田政権は構造路線をさらに押し進めた結果、民主党政権の崩壊を招いたわけです。自民党と民進党の支持層は大きく異なるにもかかわらず、自民党の支持層がそのまま民進党に横滑りすると思い込んでいるわけです。野田氏にこの反省があるわけもなく、従来の方針は正しかったんだと強弁することでしょう。その最中に衆議院選挙が行われる結果、悲惨な結果を招くことになります。野田佳彦幹事長体制は、自民党の影の応援になりかねません。(弁護士 猪野 亨のブログ 2016/09/17

【山中人間話目次】
・しかし、今回の辺野古裁判でもオール沖縄の限界は明らかでした。
・強制退去処分を受けたタイ人母子は息を殺し、怯えながら過ごしてきたんです。その痛みを少しでも想像することはできませんか
・「貧困」は行政によってつくりだされている。そういうことではないか
キョウ とうきょうとちじせん

Blog「みずき」:いうまでもなく澤藤統一郎さんによる平家物語のパロディ、石原慎太郎の巻。その石原慎太郎に老残の相あり。いささか哀れを催すも畢竟自業自得ということか。

【「閻魔より、慎太郎殿の御迎へに参りて候」と申す】
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。驕れる慎太郎も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者も遂には亡びぬ、ひとへに風の前の豊洲の塵に同じ。近く歴代都知事をとぶらへば、先代
舛添要一、先々代猪瀬直樹、これらは皆、心ある人びとの諫めをも思ひ入れず、都政の乱れんことを悟らず、民間の愁ふるところを知らずして、あるいは都下の病院経営者から5000万円もの現金の提供を受け、あるいは私事に公費の混同目に余りしかば、久しからずして、都民に見捨てられて亡じにし者どもなり。しかれども、奢れる慎太郎にくらぶればその罪さしたることなしというべきならん。舛添、猪瀬の両名に先だつて、13年もの長きにわたって都庁を伏魔殿とし、その魔物巣窟の主として君臨せし石原慎太郎と申しし人の、おごれる心たけきことのありさま、伝え承るこそ、心も言葉も及ばれね。この慎太郎、人を人とも思わぬ傍若無人の振る舞いで知られてければ、部下にも記者にも、敬して遠ざけられておりしは、軽い御輿のありさまとぞ覚えけり。またこの人、常に手柄は我が物として記者会見では得意満面となりつれど、不祥事の責任はすべて部下になすりつける卑劣漢として音に聞こえけり。(略)

こうして慎太郎。「私はだまされた」の被害者面をしてみせたものの、なんじょう被害者などであるべきか。一転、盛り土案潰しの『真犯人』に擬せらるに至れり。さすれば慎太郎は一計案じて前言翻して、「シタ(=部下)から箱をつくると上げてきたので、それを会見で報告しただけ」「私は建築のイロハを知らないので、そんな工法思いつくはずがない。素人だから他人任せにしてきた」と居丈高に開き直り、最後は「東京都は伏魔殿だ」と捨てぜりふ。この伏魔殿の主の言に、聞く人一同笑いさざめけるは、既に慎太郎がかつての勢いなきしるしなり。かつて勢い盛んなるときなれば、誰もが慎太郎の暴言には目をつぶれり。しかれど、今は昔の彼ならず、シタ(=部下)も黙ってはおられない。黙っていれば悪役ともならんずらん。比留間英人なる人は、当時の都中央卸売市場長なりけるとぞ。メディアに向かって申し開きをこころみにけり。「『こんな案があるから検討してみてくれ』と知事から指示を受けました」と。慎太郎こそはウソをのたまひけれ。「下から上への地下室案」ではなく、「上から下への提案」とのことなりき。ウソ付きは閻魔の劫火に焼けてあれ。慎太郎の夢に見給ひけるこそおそろしけれ。田園調布の某所に、猛火おびたたしく燃えたる車を、門のうちへやり入れたりて、牛の面のようなる者、馬の面のようなる者の言うよう。「閻魔より、慎太郎殿の御迎へに参りて候」と申す。「さて、なんの迎えぞ」と問はせ給へば、「南閻浮提、都民の善男善女をたぶらかし、都政を混乱させ給へる罪によって、無間の底に落ち給ふべきよし、閻魔の庁に御さだめ候ふなり」とぞ申しける。夢さめてのち、これを人に語り給へば、聞く者、身の毛もよだちけり。(
澤藤統一郎の憲法日記 2016年9月16日

【山中人間話目次】
・【速報】辺野古裁判 沖縄県が敗訴
・アリの一言氏の「二枚舌の使い分けこそ翁長氏の一貫したやり方です」という批判
・平安名純代さんの「知事が工事そのものを容認しないというのであれば、米側にも明確に伝わるノーという意思表示が必要です」という翁長氏批判
・仲宗根勇さんの「予想通りの判決理由で敗訴した日」という翁長県政批判
・高林敏之さんのヤマトの国家機構、国民批判と私の「オール沖縄」批判
・金平茂紀さんの「司法が機能しない国は、早晩滅びる」という問題提起
キョウ ちくじもんだい
豊洲新市場に今なお残る煙突は東京ガスの工場跡地だったことを物語る

Blog「みずき」:加藤哲郎さんのWhat's New。今回の政治ウォッチングは東京都庁という現代の「官僚組織」の伏魔殿とそれを報道しないマスメディアの非ジャーナリズム体質の問題に迫っています。この問題について加藤さんはあるブログ記事を引用しています。「かつて東京新聞は、安井、東都政の伏魔殿を報道せず、大量の読者を失いました。そして中日新聞に買収されました。その反省が[最近の]東京新聞に蘇ったのだと私は感じていました。この東京新聞の決意を無視するならば、日本の報道の自由は衰弱するでしょう」。左の東京新聞の例はニュース・メディアが権力の監視者(Watch dogs)としての役割を忘失し、権力の番犬(guard dogs)と化したときのメディアの自滅の例というべきものでしょう。そうであってはならない。このかつての東京新聞の自滅の例を「すべてのメディアが肝に銘じ」るべきだ。今回の加藤哲郎さんの問いかけはそういうものでしょう。

【現代の伏魔殿と「陸軍中野学校」の復活】
かつて東京都庁が「伏魔殿」とよばれたことが、幾度かありました。戦前もそうでしたが、戦後でも1955年、
安井誠一郎知事のもとでの「七不思議」とよばれた、戦後復興過程での東京駅八重洲口開発、三原橋・数寄屋橋界隈の埋め立てに都庁の役人と業者が絡んだ汚職、『都政新報』に暴露され、東京地検が捜査に入りました。つづく東龍太郎都政では、高度経済成長から東京オリンピックの開発ラッシュ、都庁官僚の天下りと大企業との癒着・腐敗が、佐藤内閣期国政の「黒い霧事件」と重なり、1967年の美濃部亮吉革新都政の誕生を産みました。美濃部都政の福祉重視による財政難が攻撃され、旧内務官僚の鈴木俊一知事を就任させたといいますが、そのあたりから、もっと構造的で大規模な、都庁移転、臨海副都心や国家的・国際的イベントがらみの再開発という、巨大利権ビジネスの舞台が造成されました。それに、国政・都政政治家や大手ゼネコン・銀行・不動産業、電通・大メディアが群がり、今日では築地市場豊洲移転東京オリンピック関連施設が「伏魔殿」の温床となりました。首都直下地震液状化問題さえビジネス・チャンスにするのが、新自由主義時代の「伏魔殿です。

それが、リオ・オリンピック、舛添公私混同都政後の都知事選直後に
発火しました。もともと東京ガス工場跡地という生鮮食品を扱うには最悪の地盤に、いまや東京観光の目玉となった築地市場を豊洲に移転するための土壌汚染対策の手抜き工事が発覚し、連日テレビのワイドショーを賑わすスキャンダルになっています「食の安全・安心」にとって、重大な問題です。舛添都政が続けば11月に移転する予定だった「豊洲市場」は、完全に宙に浮きました。関連する東京オリンピック用道路工事や交通網計画も含め、真相解明と責任追及を進め、見直すべきでしょう。より重要なのは、盛り土の上に建つはずだった主要3施設の建設工事の入札落札率が、どれも1社のみの入札で99.9%だった問題落札・受注したのは清水・大成・鹿島を中心にした大手ゼネコン共同企業体。オリンピック工事の多くにも絡む、「伏魔殿」利権の常連です。オリンピック・カヌー会場「海の森水上競技場」も、落札率99.9%で大成建設に受注され、「官製談合」が疑われています。そこを追究していけば、元首相や「都議会のドン」の疑惑に、肉薄できます。情報公開と、ジャーナリズムの出番です。

ウェブ上で、
こんな記事を見つけました。「かつて東京新聞は、安井、東都政の伏魔殿を報道せず、大量の読者を失いました。そして中日新聞に買収されました。その反省が[最近の]東京新聞に蘇ったのだと私は感じていました。この東京新聞の決意を無視するならば、日本の報道の自由は衰弱するでしょう。」これは、すべてのメディアが肝に銘じ、心がけるべきでしょう。でも日本の「パナマ文書」報道は尻切れで、東京オリンピック誘致裏金疑惑は、「違法性なし」というJOCの手抜き調査結果をそのまま報道し、幕引きにされかねない調査報道の不足。そして、台風災害や北朝鮮核実験を背景にした安倍内閣支持率6割、それに乗じた防衛予算の増額、「陸上自衛隊情報学校」新設。 かの「陸軍中野学校」の復活ですが、無論IT時代に即して、「ネット情報をチェックして、自衛隊が自分たちの意に沿わない市民の情報をチェック、監視する」システムの構築です。これと「共謀罪」が結びつくと……、北朝鮮や中国の言論状況を嗤うことはできません。対岸の火事ではないのです。(加藤哲郎のネチズン・カレッジ2016.9.15

【山中人間話目次】
・平井玄さん」と小倉利丸さんのSEALDsや総がかり行動などに対する「苛立ち」と「違和感」
・澤藤統一郎さんのある種の丸山眞男論――天皇制の呪縛「権威への依存性」を断ち切れ
・社民党の頽廃と退嬰を改めて批判する――増山麗奈問題を巡って
・辛淑玉のみっともない弁明とある編集者の「辛淑玉さんへの決別状」。
・浅井基文さんの「朝鮮の第5回核実験と中露の公式反応」の指摘
・戦後71年。なにも変わらない。いや、情況はますます悪化している。正しく闘う者はいないか
・ある日の応答(内海信彦FB、鄭玹汀FB)
キョウ はんなあれんと

Blog「みずき」:「今日の言葉」は(1)と(2)の二葉。(1)は広島文学資料保全の会事務局長の池田正彦さんの言葉。(2)は前広島市立大学広島平和研究所教授の田中利幸さんの言葉。おふたりの言葉ともオバマ広島訪問に対する日本国民とメディアの異様なまでの歓迎ぶりに日本人総体の凄まじいまでの日本的コンフォーミズム(大勢順応主義、あるいは同調主義)の思想的惰弱を見る内省の人の獅子吼の声というべきものでしょう。ニッポン人の一員としてのおのれの慙愧と無念の思いが音のようになって洞の空間を蹂躙しているかのような号泣の声です。先にも述べた「権力に対する戦いは忘却に対する記憶の戦いだ」という徐京植の引くミラン・クンデラの言葉を私たちはいま思い出してもよいでしょう。


【今日の言葉(1)】
毎年恒例化した広島の八月六日は終わった。今年は、五月二七日のオバマ大統領広島訪問直後の「8・6」であり、内外から注目された。今まで、広島市長の「平和宣言」は、「核兵器の製造と使用を全面的に禁止する国際協定の成立に努力を傾注し、もって人類を滅亡の危機から救わなければならない」(
一九五八年、平和宣言・渡辺忠雄市長)の流れを踏襲し、政治的立場はどうであれ、反核の立場を明確に示しつづけてきた。その背景に、一九五五年第一回原水爆禁止世界大会が開催されるなど、世界中で高まりつつあった反核運動・世論が後押しした。では現在、広島はどのような状況になっているのだろう。八時一五分黙祷後、松井広島市長の平和宣言は、予想通り「アメリカの核の傘」にまったく言及しない空疎な内容に終始した。それはそうであろう。オバマ訪問時「広島に来てもらうだけでも……」と無邪気な歓迎気分を演出した張本人の一人でもあるから。それに広島の一部の平和団体も相乗りし、この雰囲気に同調しない意見はかき消された感がある。原爆報道の雄といわれた某新聞社も「悲願が達成された」と書き(略。いつ悲願となったのであろうか)オバマ歓迎ムードを煽った。とまれ、革新市長といわれた秋葉市長時代、あの「プラハ演説」を都合良く解釈し、オバマジョリティなどの造語までつくり(Tシャツやオバマジョリティ音頭までつくった)浮かれ騒いだ前歴をついつい思い出してしまった。(略)これだけではない。原爆ドーム東側のビルは、地上一四階にリニュアール(おりづるタワーと命名)。一四階から原爆ドームを見下ろすという趣向で、入館するのに1700円かかるという。そこから鶴を折り、下に投げ入れるのに500円。一階は広島の観光土産が並び、オープンカフェで飲食が提供される。ドームのすぐ近くの元安橋のたもとでは、一部市民の反対にもかかわらず「かき船」(移動可能な船との触れ込みだが、とても移動できる工作物ではない)が営業し、ドーム東側一帯を「おりづる通り」の愛称が付けられたと新聞は伝える。(略)いま広島は「平和」を売りにする観光の街に形骸化している。オバマ歓迎もその一環としてとらえれば、他愛のない商業主義と片付ければいいのだが、「核兵器なき世界」もオバマが折ったといわれる折鶴に収斂させ、「積極的平和主義」を標榜する安倍政権にとって大骨・小骨も抜く広島での実験は成功しつつある。友人は、この現象に皮肉を込めて「広島の液状化」と称した。(略)改めて栗原貞子の言葉を思い出す。「アメリカの原爆使用は絶対容認できない。でも原爆の悲惨を訴えるだけではアジア・太平洋の人々の共感を得ることはできない。日本が過去の過ちを反省し、再び戦争をしないという決意を示したとき、広島の訴えが届く」8月15日―あの戦争に向き合う広島であってほしい。そう思うのは私たちだけではないはずである。広島の夏が、8月6日で完結する見慣れた風景の中で、広島の「平和度」が今問われている。(池田正彦(広島文学資料保全の会事務局長) 2016年9月10日

【今日の言葉(2)】
*「わたしたちの社会には、裁くことに対する恐れが広まっている ……. 悲しいことに、生きているか死んでいるかを問わず、権力と高い地位をえている人々の罪を問うことにたいする恐怖はとくに強い」。これは
ハンナ・アレントが、彼女の著書『イェルサレムのアイヒマン』(1963年)に向けられた猛烈な批判への応答として、1964年に著した論考「独裁体制のもとでの個人の責任」の中で述べた言葉である。それから半世紀以上を経た2016年5月、被爆者を含む大半の広島市民と日本国民は、「権力と高い地位をえている人々の罪を問うこと」はすっかり忘れているため、「恐怖」を感じるどころか、人類史上最も重大な犯罪の一つである原爆無差別大量殺戮に対して71年過ぎてもその加害責任を認めようとしない米国大統領を、被害国のペテン師的な首相の肝入りで大歓迎するという愚行をおかした。さらに悲壮的なのは、その愚行を、地元の中国新聞をはじめ、これまた日本の大半のメディアがこぞって褒めたたえたことである。これを「愚行」と呼ばなければ、なんと表現すべきなのか、私には他に言葉が見つからない。オバマ広島訪問は、我々が決して忘れてはならない重大な戦争犯罪の「罪」と「責任」の問題をすっかり忘却させるという、決定的な思考的打撃=精神的麻痺を広島市民と日本国民に与えたという意味で、「被爆地・広島」の今後の「反核運動」にとって深刻な禍根となる歴史的な出来事であった。この打撃の深刻さが歴史的に見ていかに重要であるかに大半の広島市民と日本国民が気がついていないこと自体、実は日本の民主主義にとってはさらに深刻な事態なのであるが。私は、このオバマ訪問と、同じく広島市民が熱狂的に歓迎した1947年12月の天皇裕仁の広島訪問の二つは、広島の反戦反核運動を決定的に骨抜きにし、日本の民主主義そのものにも致命傷的悪影響を与えたと考えている。(田中利幸 2016年9月10日

【山中人間話目次】
・オバマ広島訪問再考 液状化する広島-池田正彦(広島文学資料保全の会事務局長)
・オバマ広島訪問再考 ハンナ・アレントの目で見るオバマ大統領の謝罪なき広島訪問-田中利幸
キョウ 流砂

Blog「みずき」:「今日の言葉」は田中利幸さん(前広島市立大学広島平和研究所教授)の昨日ご紹介した内田樹の論に対する明確なアンチテーゼというべき論の抜粋です。同論攷の全文の小見出しは次のようになっています。①『明仁の「玉音放送」について思うこと②問題にすべきは制度そのもの③天皇は平和主義者というとらえかた④戦争責任表明を欠いた慰霊の旅⑤天皇制と民主主義の根本的矛盾。

【進歩的知識人と呼ばれる者たちもことの本質を見落としている】
今年8月8日の「玉音放送」=
ビデオメッセージによる天皇明仁の「生前退位」意向発表の趣旨については、いろいろな憶測がとびかっている。最も有力な憶測の一つは、安部内閣の「壊憲」を懸念する明仁が、明治憲法のごとく「天皇を国家元首」に戻そうという自民党壊憲草案に先手を打つ形で、「象徴天皇制」を維持するための有効な手段として「生前退位」を国民に提案したというもの。つまり明仁と妻の美智子は、きわめて民主主義的な思想をもつ善意の人柄で、安倍晋三などよりはるかに「平和憲法」を深く理解している根っからの「平和主義者」である、という解釈である。(略)

明仁が「平和主義者」であるというイメージは、この数年間、とりわけ彼が妻同伴で行っている「
戦没者慰霊の旅」で国民に強く印象づけられてきた。沖縄を含む日本国内のみならず太平洋の島々にまで足をのばし、「戦没者の霊を慰める」というこの「慰霊の旅」は、明仁夫婦のみならず、二人を見習う皇室一族の「慈悲深さ」を表すものとして、メディアで絶賛され続けている。同時にほとんどの日本国民が、そうした報道をなんの疑問も感ぜず全面的に受け入れ、明仁と美智子を深く尊敬し、二人の仁慈行為をいたくありがたがっているのが現状である。明仁は、各地への慰霊の旅でしばしば「このような悲しい歴史があったことを、私どもは決して忘れてはならないと思います」と述べる。しかし、「慰霊」の対象は、ほとんどが戦地に送られ戦死させられた日本兵と、戦闘の巻き添えになった日本人市民である。

日本人だけではなく、犠牲になった数多くのアジア人や太平洋諸島民のことを記憶に留め、同じような歴史を繰り替えさないようにするために不可欠なことは、戦争犠牲者たちは「なぜゆえに、このような悲しい歴史を歩まなければならなかったのか」、「そのような悲しい歴史を作り出した罪と責任は誰にあるのか」という問いである。ところが、明仁の「ありがたいお言葉」には、「悲しい歴史」を作り出した「原因=罪」と「責任」に関する言及は、どの「慰霊の旅」でも常に完全に抜け落ちている。最も重大な責任者であった彼の父親、裕仁の責任をうやむやにしたままの「慰霊の旅」は、結局は父親の罪と責任を曖昧にすることで、国家責任をも曖昧にしているのである。つまり、換言すれば、明仁と美智子の「慰霊の旅」は、裕仁と日本政府の「無責任」を隠蔽する政治的パフォーマンスなのであるが、この本質を指摘するメディア報道は文字通り皆無である。それどころか、日本国家には戦争責任があるという明確な意見を持っている進歩的知識人と呼ばれる者たちの中にさえ、こと明仁の「慰霊の旅」については、この本質を見落とし、明仁尊敬の念を表明する人間が少なくないことに、私は少なからぬ驚きを覚える。(略)

保守政治家、とりわけ安倍のような右翼政治家が天皇制を政治的に利用しようとする理由の一つは、まさに天皇制が持つこの「幻想民主主義創作」機能にある。本来、天皇制という(とくに血筋と家柄、それに男性による特権を基礎とする)身分・階級・差別制度は(誰もが自由で平等という)民主主義とは相容れない制度なのである。ところが今や日本では民主主義国家に天皇がいてあたりまえであり、「平和主義者、民主主義者の天皇がいるから、安倍のような右翼への拮抗力になっている」などという見解が喜んで拡散される。いや、事態は「日本の民主主義にとって天皇制は不可欠」という摩訶不思議な状況になりつつある。(
吹禅 Yuki Tanaka 田中利幸 2016年9月10日

【山中人間話目次】
・天皇は平和主義者」 — 71年前にもあった話のはず-吹禅 Yuki Tanaka 田中利幸
・ETV特集「武器ではなく 命の水を~医師・中村哲とアフガニスタン~」
・民進党代表選批判――よくもこういう無内容な内容をいけしゃあしゃあとしゃべることができるものだ
キョウ うちだじゅ
SEALDs&学者の会&内田樹

【「天皇=平和主義者」論、「天皇=改憲抑止の盾」論の見てきたようなうそ】
典型的な「天皇=平和主義者」論、「天皇=改憲抑止の盾」論です。
内田樹は「憲法尊重擁護義務を天皇ほど遵守されている人はいない」と言っています。ここには天皇のビデオメッセージ 自体が憲法違反(「ビデオ・メッセージ」は、天皇明仁が憲法の「象徴天皇」の意味を自分で勝手に解釈し、憲法にない「公的行為」なるものを勝手に拡大し、さらに憲法・皇室典範にない(したがって法改正に直結するきわめて政治的問題である)「生前退位」についての自分の意向を、「ビデオ・メッセージ」というこれまた天皇に認められていない手段(宮内庁はこれも「公的行為」と釈明)で一方的に国民に流したものです。その実態は何重にもわたる違憲行為です-アリの一言 2016年9月8日)という視点は皆無です。共産党や学者の会(安全保障関連法に反対する学者の会)はいつまで内田樹のような天皇崇拝=象徴天皇制擁護論者と手を結び続けるつもりでしょう。天皇制と民主主義は相反するものである以上、内田樹の論はその非論理性が暴かれて久しいアナクロニズムも甚だしい落日の論というほかありません。共産党や学者の会は内田とともに心中でもするつもりでしょうか。(東本高志 2016年9月10日

内田樹の「生前退位について」の論の冒頭は以下のようなものです。

天皇の生前退位についてある媒体から寄稿を求められた。もう発売日をだいぶ過ぎたので公開。参院選挙で改憲勢力が3分の2の議席を獲得し、改憲の動きが出てきたタイミングで、天皇の「生前退位」の意向が示されました。時期的に見て、それなりの政治的配慮があったはずです。8日に放映された「お言葉」をよく読み返すと、さらにその感が深まります。海外メディアは今回の「お言葉」について、「安倍首相に改憲を思いとどまるようにとのシグナルを送った」という解釈を報じています。私もそれが「お言葉」についての常識的な解釈だと思います。天皇はこれまでも節目節目でつねに「憲法擁護」を語ってこられました。戦争被害を受けた内外の人々に対する反省と慰藉の言葉を繰り返し語り、鎮魂のための旅を続けてこられた。現在の日本の公人で、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う」という99条に定めた憲法尊重擁護義務を天皇ほど遵守されている人はいないと思います。国会議員たちは公然と憲法を批判し、地方自治体では「護憲」集会に対して「政治的に偏向している」という理由で会場の貸し出しや後援を拒むところが続出しています。安倍首相の改憲路線に対する最後のハードルの一つが、護憲の思いを語ることで迂回的な表現ながら「改憲には反対」というメッセージを発し続けてきた天皇です。(内田樹「
生前退位について」2016年09月10日)

【山中人間話目次】
・内田樹の典型的な「天皇=平和主義者」論、「天皇=改憲抑止の盾」論
・メディアの安倍内閣の思惑を代弁するかのような「北方領土2島返還期待論」の誤り
・「記憶」を消す行為は再発へのショートカット ――横浜市関東大震災の朝鮮人虐殺副読本の記述削除検討
・しあわせは、けっして目標ではないし、目標であってもならないし、さらに目標であることもできません。それは結果にすぎないのです
・蓮舫の「二重国籍」問題バッシングと蓮舫の「バリバリの保守」問題は別の問題
キョウ しこくごろう
四國五郎の絵画」から

Blog「みずき」:「今日の言葉」は本日づけの澤藤統一郎さんの「憲法日記」ブログで紹介されている画家、四國五郎のご長男の四國光さんの「福竜丸だより」の寄稿文から。澤藤さんは「これはまた見事な、亡き父へのオマージュでもある」と光さんの寄稿文を敬誉していますが、あわせて次のような感想も記しています。「表現の自由が抑圧された時代にも、表現者は黙ってはおれない。『この時代、沈黙してはいけない』という四國の言葉は重い。今の時代、意欲さえあれば、書ける、話せる、出版も、掲示も、メールも、ブログも、ほぼ自由に表現できる。この貴重な自由を、精一杯行使し続けなければならない。表現の萎縮によって自らこれを放棄する愚を犯してはならない。峠や四國の活動を知って、痛切にそう思う」、と。

【四國五郎の原点としての「辻詩」】
父の作品としては「
絵本おこりじぞう」の絵や、峠三吉と作った「原爆詩集」の表紙面や挿画が最も知られたものだと思うが、今回の展示の目玉のひとつは、父が峠と作った手描きの反戦反核ポスターだ。父たちはこの表現形式を「辻説法」になぞらえ「辻詩」と呼んだ。1950年の朝鮮戦争の始まる少し前から、峠が入院する53年頃まで、父は100枚から150枚描いたというが、現存するのは父のアトリエにあった8枚のみ。今回の展覧会では初めてこの8枚全てが展示された。当時はGHQによる言論統制のため、戦争や原爆に関する表現は厳しく規制されていた。「辻詩」はそのような状況下で作られた、逮捕覚悟の反戦活動であった。「辻詩」が出来上がると、峠が始めた詩のサークルである「われらの詩の会」のメンバーが手分けしてゲリラのように街中に貼り出し、警察が来ると大急ぎで剥して逃げた。「辻詩」の四隅に残る画鋲の穴を数えると、何回逃げたかがわかる。多いもので40個の穴が開いていたそうだ。

どのようにして「辻詩」を作ったか、父のメモが残されている。それを読むと、ジャズの即興を連想させる。峠と父とでアイデアを持ち寄る。お互いに意見をぶつけ合いその場で「辻詩」の原案をどんどん作っていく。父がそれを自宅に持ち帰り、絵と、絵に相応しい字体で詩を書き入れる。出来上がると街に貼り出し道行く人に訴える。混沌の現実から今もぎ取ってきたような「生の表現」。それこそが人の心に訴え人を動かす、という信念が父たちにはあった。父は自分たちで書くだけでなく、多くの方が参加可能な「表現のプラットフォーム」として、「辻詩」に大きな可能性を見出していた。沈黙から言葉を引き出そうとした。仲間たちの中には、父や峠の、あまりに前のめりな姿勢に対して、危険すぎるので止めるべきだ、という反対も多かったと言う。しかし、父の日記を読む限り、この運動を減速したり止めたりする気持ちは微塵もなかったようだ。「辻詩」によって、詩と絵が社会に対してどれだけの働きかけができるのか、そのチヤレンジに全身全霊をかけて没頭していた様子が伺われる。「この時代、沈黙してはいけない」。

日記を読むと、一連の表現活動による逮捕の可能性も仄めかしており、恐らく覚悟の上だったようだ。「戦争とシペリアを経験したので、それに比べればどんな事でも乗り越えられると思った」と晩年語っていた。「辻詩」とは廃棄あるいは押収される事が運命づけられた「使い捨て」の表現物だ。自分が丹精込めた「表現」の痕跡は一切残らない。3年近く、父は「辻詩」の作成に情熱を注いだ。作品として残る可能性の無いものに対して、そこまでのエネルギーを費やし続けることの、執念のような腹の括り方に、 私は改めて驚きを禁じ得ない。峠の死後も、父は生涯、戦争と平和のメッセージを伝える事を自分の使命と課し、絵や詩など膨大な作品を残した。その中で、最も父の心を熱く燃やしたものが、若き日の「辻詩」であったと思う。「辻詩」は表現者・四國五郎の原点であった。(
澤藤統一郎の憲法日記 2016年9月9日

【山中人間話目次】
・ヘイトスピーチとそれに対抗する「カウンター」について-OCHLOS(オクロス) 2016年9月9日
キョウ りべらりずむ  
Blog「みずき」:一昨々日と同じく鬼原悟さんの「アリの一言」ブログから。今回のテーマは「『天皇メッセージ』から1カ月。広がる異常・違憲状況」。本論で鬼原さんは「驚いたのは、最初に天皇の『生前退位の意向』を『独自ネタ』として報道した(7月13日)NHKに新聞協会賞が与えられたことです」と書いていますが、私も驚きました。現在のメディアと称される機関がいかにジャーナリズム精神とジャーナリストとしての眼を喪失しているか。「NHKに新聞協会賞」という事態はそのことを端的に示しています。鬼原さんはそのジャーナリズム批判の流れの中でジャーナリストの田原総一朗も批判していますが、保守ジャーナリストの田原総一朗が批判の対象になるのはある意味当然だとしても、いわゆる「リベラル派」の梅田正己氏(高文研前代表)も批判の対象になっているのには少し驚かされます。が、ここでは梅田正己氏に象徴される目を覆うばかりのリベラルの頽廃こそが主題といってよいでしょう。鬼原さんも言うように「天皇・天皇制をめぐる主張・議論は、憲法・民主主義に対する試金石」というべきものです。私たちが真のリベラルであるかどうかがいま試されているのです。この際、似非リベラリストの正体は徹底的に暴かれるべきでしょう。

【「リベラル」という精神の頽廃について】
天皇明仁が「生前退位」の意向を事実上表明した「
ビデオ・メッセージ」から、8日で1カ月になります。この間の政府やメディアの動向、さらに「識者」の論評をみると、問題の本質が隠ぺいされたまま、異常な違憲状況が放置され拡散されていると言わざるをえません。驚いたのは、最初に天皇の「生前退位の意向」を「独自ネタ」として報道した(7月13日)NHKに新聞協会賞が与えられたことです(8日付各紙)。受賞の理由は、「国内外に与えた衝撃は大きく、皇室制度の転換点となりうるスクープ」とか。確かに「衝撃」はありましたが、それは「だれが天皇の意向をメディアに伝えたのか、責任を負うべき内閣はどんな判断をしていたのか、全く明らかにされていません」(西村裕一北海道大准教授、8月9日付朝日新聞)という「衝撃」です。NHKは権力の手先となって政府(おそらく宮内庁)のリークを垂れ流し、「生前退位」の露払いをしただけではありませんか。「スクープ」どころか、メディアにあるまじき行為と言わねばなりません。そんなNHKに協会賞とは、日本新聞協会も堕ちたものです。(略)

琉球新報(8月30日、31日付文化面)に掲載された「『天皇メッセージ』をどう読むか」という論稿で
梅田正己氏(高文研前代表)は、憲法第7条に定められている天皇の国事行為をあげたのに続けてこう述べています。「(憲法7条が定めたー引用者)儀式的な役目を、内閣の助言を受けてこなすだけで、『日本国民統合の象徴』としての役割が果たせるものだろうか。答えは考えるまでもない」「天皇はいかなる行為・行動によって『象徴』としての存在理由を確保できるのか。その『答え』を、天皇みずから国民に対して直接語ったのが、今回の『ビデオ・メッセージ』だったのである」「『象徴』の意味と役割を、天皇みずから語った今回のメッセージは、私にはまさに〝歴史的”な出来事だったと思われる」「ビデオ・メッセージ」、というより天皇明仁に対する全面賛美です。これで良いのでしょうか。「ビデオ・メッセージ」は、天皇明仁が憲法の「象徴天皇」の意味を自分で勝手に解釈し、憲法にない「公的行為」なるものを勝手に拡大し、さらに憲法・皇室典範にない(したがって法改正に直結するきわめて政治的問題である)「生前退位」についての自分の意向を、「ビデオ・メッセージ」というこれまた天皇に認められていない手段(宮内庁はこれも「公的行為」と釈明)で一方的に国民に流したものです。その実態は何重にもわたる違憲行為です。「リベラル派」とみられている梅田氏が、こうした天皇の違憲行為にまったく目をつむり、その行為を「歴史的な出来事」と賛美するのは、きわめて不可解で異常だと言わねばなりません。

梅田氏だけではありません。天皇明仁に対する美化・賛美が、いわゆる「リベラル派」といわれる人たちの間に広く見られます。憲法の「象徴天皇制」とは何なのか。どうあるべきなのか。それを決めるのは(それ自体の是非を含め)、天皇ではなく、主権者である私たち「国民」です。天皇も憲法下の存在であり、憲法や法律を遵守しなければならないことは、憲法99条を引くまでもなく、明白です。憲法・皇室典範無視の違憲行為は絶対に許されません。天皇・天皇制をめぐる主張・議論は、憲法・民主主義に対する試金石です。(
アリの一言 2016年09月08日

【山中人間話目次】
・私たちはなんという時代に直面しているのでしょう ――殺害したのは「たった1000人」 比大統領が国連の批判に反論
・ベーシック・インカムの経済思想の欠陥
キョウ えぬえちけー9 
 
Blog「みずき」:鄭玹汀さんの「ETV特集『関東大震災と朝鮮人 悲劇はなぜ起きたのか』に関する疑問」はさらに(2)へと続きます。そして、その(2)で鄭さんはNHKの同番組製作者に史料の恣意的な操作と解釈があったことを指摘しています(下記「山中人間話」参照)。「NHKドキュメンタリーは、「一部不逞鮮人の妄動ありたるも」という布告の文言をなんの断りもなく流しています。「一部不逞鮮人の妄動」を認めた布告の不徹底さについて言及しないことによって、それを既成事実化する危険性があります。さらに「政府は朝鮮人を保護する方針を打ち出します。千葉県習志野の陸軍の収容所などに朝鮮人を集め保護したのです。しかし、政府が流言を否定した後も朝鮮人の殺害は続きました」というナレーションからも、日本政府が本来取るべき責任まで民衆に転嫁しようとする意図がうかがわれます」、と。(1)も(2)も重要な指摘です。
 
【鈴木淳東大教授(日本近代史)のスタンスと番組の意図】
この番組は内閣府中央防災会議の専門調査会報告「1923関東大震災報告(第2編)」(2009年)をもとにしています。「中央防災会議は朝鮮人虐殺について国の組織として初めて検証を行いました」と、その意義を強調しています。この報告の作成に参加した東大教授鈴木淳氏(日本近代史)のスタンスからこの番組の意図を読み取ることができます。東大教授の鈴木氏の解説が重要な役割を占めていると言っても言い過ぎではありません。関東大震災時の朝鮮人虐殺と国家責任ついて鈴木氏は次のように答えます。「確かに政府が、内務省警報局という、今の警察庁的な役所が、朝鮮人がこの機に乗じて悪いことをするから警戒しろという情報を流して、それが殺傷事件の背景になった面も確かにあります。だからそれは政府が悪い面もあるんだけれども、実は彼等もうわさに巻き込まれていただけらしい。あるいは軍隊が殺傷したことも多いんだけれども、軍隊も全部ではないんですね。一部の部隊はうわさに巻き込まれて多くの市民と同じようにそれを信じていたということです」鈴木氏は史料に記されたことは事実として認めながらも、警察も軍隊もうわさに「巻き込まれて」、「市民と同じように」朝鮮人を殺傷したと解釈します。むしろ責任はうわさやデマに惑わされる一般市民にあるわけです。鈴木氏が警察も軍隊も「うわさにまきこまれた」ということを強調するのは、責任の所在を曖昧にするためです。実に巧妙な言い方で警察や軍隊の責任を回避しようとします。番組の最後の方で鈴木氏は、朝鮮人虐殺について、次のように総括します。「普段は常識の枠で常識的判断でおさえられているものがですね、なんかのきっかけで、たがが外れるというか、そうなった時に、馴染みの薄い日本国内の少数者に対して我々が牙を剥いてしまうということはありうるんじゃないか、あるいはそれはありうるんだと思って警戒しつづけることこそが、震災の時の殺傷事件で犠牲になった方々の犠牲を無駄にしない道なのではないかと思います」鈴木氏は朝鮮人虐殺事件を歴史的な文脈から切り離し、災害時の異常な事態として捉えています。このように朝鮮人虐殺における国家責任は問えないものという前提の上で、一般市民に対して「一億総懺悔論」のようなことを呼びかけます。番組の最後には、「関東大震災、それは将来の大規模災害に備える私たちに、どのような教訓を残したのでしょうか。中央防災会議は2年にわたってこの問題に取り組んできました。消防や医療など様々な観点からこの問題を分析し、朝鮮人殺傷事件についても国の組織として初めて検証を行いました」というナレーションとともに、次のような文章が流れます。「過去の反省と民族差別の解消の努力が必要なのは改めて確認しておく。その上で、流言の発生、そして自然災害とテロの混同が現在も生じうる事態であることを認識する必要がある」つまるところ、朝鮮人虐殺は「自然災害とテロの混同」による「事態」であり、今後くれぐれもデマや噂に惑わされることのないよう気をつけましょう、というのがこの番組の主旨です。ここに記されている「過去の反省」など、空虚な響きしかもたない言葉の羅列に過ぎないのではないでしょうか。(鄭玹汀フェイスブック 2016年9月5日

【山中人間話目次】
・鄭玹汀さんのETV特集 2016年09月03日 『関東大震災と朝鮮人 悲劇はなぜ起きたのか』批判(1)
・鄭玹汀さんのETV特集 2016年09月03日 『関東大震災と朝鮮人 悲劇はなぜ起きたのか』批判(2)
・ETV特集 2016年09月03日 『関東大震災と朝鮮人 悲劇はなぜ起きたのか』(動画)
・復讐の歌・亀戸の森夜は更けて(詞:秋田雨雀、曲:赤旗の歌) 土取利行(唄・演奏)
キョウ おきなわけんみんたいかい3
第64回沖縄県民体育大会ロードレース 

Blog「みずき」:金光翔さんが「仰天した事実」として引用する鬼原悟さんの「アリの一言」の記事は読み落としていました。少し長くなりますが金光翔さんの問題提起とともに引用させていただきます。翁長沖縄県知事の政治責任は辺野古・高江問題にとどまらず、外国籍県民の県民体育大会参加の権利の剥奪という人権問題にまで及んでいます。「沖縄県民の過重な基地負担を放置するのは人権問題」だと強調した国連人権理事会での翁長演説はいったいなんだったのでしょう? オール沖縄の単純きわまる「翁長支持」「翁長礼賛」の姿勢は再考されなければならないことはますます明白になっているといえます。

【「外国籍県民」を排除した翁長知事の責任を問う】
不覚ながら最近知って仰天した事実がある。K・サトル氏によるブログ「アリの一言」の2016年2月22日の記事「
『外国籍県民』を排除した翁長知事の責任を問う」から引用させていただく(強調は引用者。以下同じ)。

<2月1日の沖縄タイムス「論壇」欄に、「外国人の参加制限疑問 県民体育大会 国体より厳格」と題した土井智義氏(宜野湾市、大学非常勤講師)の投稿が掲載されました。沖縄県は昨年11月開催の第67回県民体育大会で、これまでの「参加資格」を変更し、日本国籍をもたない県民の参加を排除したのです。この問題は昨年12月6日付の同紙同欄の嘉手納良博氏(那覇市、テニス愛好家)の投稿で明るみにでました。嘉手納氏は「外国籍の課題は、単なる選手選考ではなく、大会趣旨、本県の目指すべき姿なども視野に入れ捉えるべき」だとして排除に抗議し、沖縄県体育協会に対し、①今回外国籍を認めなかったのはなぜか②その判断はどのような手続きで決定されたのか③今後はどうするのか、の3点を公開質問しました。これに対し、12月14日付の同紙投書欄で、安次富均・沖縄県体育協会事務局長がこう「回答」しました。「昨年(2014年-引用者)10月に競技団体と市郡体育協会宛て意向調査を行い・・・日本国籍を有し、かつ、本県で住民登録を行っている者を対象とするべきであるとの意見が多くを占めたため、ことし2月にその旨を周知し徹底するようお願いした」この経過を踏まえて、土井氏はこう主張します。「この解釈変更の結果、日本国籍をもたない人や国籍にかかわらず住民登録自体のない人が、県民体育大会の参加資格を失うことになった。これらの条件は、『日本国籍』を基本としつつも、『特別永住者』『永住者』の参加を認める国体の参加資格よりも厳しいものである。本件は、『沖縄県民であること』が、ある人びとの外部化によって成立していることを示すとともに、国からの上意下達だけでなく、地方レベルの『意向』でも既得権の制限がなされるという意味において、近年の朝鮮学校への補助金停止問題に通底する事例である。特定の人々の参加を拒む解釈変更を、当事者に確認もせず、このように関係機関の『意向』で一方的に行ったことには疑問を持たざるを得ない。だが、問題は、手続き上の面にとどまらず、『外国人』と社会との関係そのものにかかわっている。すでにさまざまな権利が制限されている『外国人』が、大会に参加する家族や友人を横目に見ながら、また一つ社会参加を断念せざるを得ないとすれば、その気持ちはどのようなものだろうか。主催者の行政や協会は、スポーツを通じて全ての人が排除されない社会の創出を目指すべきではないか。『誰もが楽しく』という要望に照らし、参加資格の制限が廃止されるべきだと考える」土井氏の主張に賛成です。さらに言えば、外国籍県民の排除はたんに「気持ち」や「要望」だけの問題ではなく、「スポーツは、世界共通の人類の文化である」(前文)、「国際社会の調和ある発展に寄与することを目的とする」(第1条)という「スポーツ基本法」(2011年施行)に反する行為です。同時にそれは、「万国津梁」というウチナーの精神にも反するでしょう。ちなみに、私が住んでいる広島県の体育協会事務局に問い合わせたところ、広島県では「外国籍の方でも問題なく参加できます」とのことでした。この問題で最も責任が問われるのは翁長氏です。それは翁長氏が県知事だからというだけではありません。当事者である沖縄県体育協会の会長が翁長雄志知事にほかならないからです。しかも翁長氏は、同協会が「排除通達」を出した2015年2月には、すでに会長に就任していたのです。翁長氏はこの問題についてどう考えているのか。見解と責任を明確にし、ただちに「外国籍県民排除」の「参加資格」を撤廃すべきです。>

この記事で言及されている
嘉手納良博氏の投稿は、ウェブ上で切り抜きを見つけたので、抜粋する。<国頭郡には一昨年、昨年と外国籍の方が参加しており、ことしも選手登録を県テニス協会に提出し、受理されたことから大会本番に向け、チームとして結束を図っていたところです。ところがその後、外国籍は認めないとの県体育協会の判断を受け、選手の入れ替えを余儀なくされたとのこと。外国籍の方は研究者やウチナー婿として県内に居住し、交流のある方々です。これまで同大会にも参加し、終了後の懇親会では相互の文化・社会・宗教などにも話題が及び今大会への参加を楽しみにしていたと聞いています。大会実施要項では開催趣旨として「広く県民の間にスポーツを普及し…スポーツの振興と文化の発展に寄与」、参加資格として「沖縄県民であること」「本籍地、または住民登録」となっています。これにより、協会は外国籍の方も要件を満たしているとして参加を認めてきたと理解しています。万国津梁の精神、国際観光都市を目指す県のビジョンに沿ったものとして「県民」を広く解釈したものと評価をしていました。>(略)この件は、私の知る限りでは、特別永住者が享受してきた日本人と同等の権利が公的に否定された初めての事例である。これは特別永住者という法的地位の今後を考える上で、極めて不吉な予兆である。その意味で、非常に重大な事態だと思うのだが、ネット上では上で引用した記事以上の情報を見つけられなかった。(略)この件を放置するならば、在日朝鮮人の民族団体、また人権団体の存在意義すら問われることになると思うのだが、各民族団体、人権団体はこの件についてどのような取り組みを行なっているのだろうか。「沖縄タイムス」で載っているのだから、知らないはずはないと思うのだが、全く聞こえてこない。辛淑玉は沖縄に行って反基地運動に参加しているらしいが、現地でこの件を問題化していないならば、何をしに行っているのか、ということになろう。予想はしていたが、メディアの垂れ流すイメージとは裏腹に、沖縄は実は近年滅茶苦茶に右傾化しているのだろう。(金光翔「私にも話させて」2016年09月05日

【山中人間話目次】
・「差別がまかりとおる国の国旗に敬意は払えない」ーキャパニックの勇気-澤藤統一郎の憲法日記
・「『新潟県知事選挙からの撤退』を撤回してください!!」署名運動批判
・佐野眞一『唐牛伝』をめぐって(2)-海神日和
・<沖縄・高江>自衛官が身分隠し抗議現場に 米兵同行、憶測呼ぶ-沖縄タイムス+プラス

キョウ からす

Blog「みずき」:「今日の言葉」として短文化するために、徐京植さんの指摘する「虚構の平和憲法」問題に絞って「からす」と題されたコラムの主題に関わる文章は根こそぎ省略しています。したがって、この要約された文章だけではなにゆえに「からす」なのかはわかりません。ぜひ、徐京植さんの全文をお読みください。それにしても、「権力に対する戦いは忘却に対する記憶の戦いだ」というミラン・クンデラの言葉は心に突き刺さってくる言葉です。そのクンデラの言葉と、「時間の経過というものは、いつでも加害者の味方だ」という徐京植さんの言葉は胸に刻みつけておきたい言葉です。

【虚構の「平和憲法」下の現実】
日本のいわゆる「平和憲法」は、すでに以前から真の平和憲法ではない。それは米国から核の傘を提供され、自衛隊という名の世界有数の軍事力を備え、明治初期に植民地化した沖縄に基地負担の大半を押し付けた上で成立している虚構の「平和憲法」である。しかし、日本の「平和憲法」は、日本人自身が勝ち取ったものというより、中国、朝鮮、アジア諸民族の頑強な抵抗と膨大な犠牲によって収穫された果実でもある。軍備と交戦権を禁じる「平和憲法」は日本国民だけの独占物ではなく、アジアの被害者たちのものでもある。被害者の同意なしに解釈変更や改定をしてはならないはずだ。(略)日本国の為政者は「唯一の被爆国として」という決まり文句を繰り返す。国民の多数も同じ決まり文句を唱える。それだけで自分たちは平和の側にいると思い込んでいる。しかし、同時にアメリカの「核の傘」の下にあるということを日本国民の多数が支持している。場合によっては他者の頭上に核兵器が降り注ぎ、ヒロシマ・ナガサキ以上の惨禍をもたらすことも承認しているのだ。オバマ大統領が核兵器先制不使用を宣言すること検討していると知ると、日本政府はそれに反対の意向を示したと伝えられる。国連核軍縮作業部会は8月19日、核兵器禁止条約の締結に向けた交渉を2017年の国連総会で開始するよう勧告する報告書を賛成多数で採択した。しかし、「唯一の被爆国」を自任する日本は棄権した。(略)

丸木夫妻が私財を投じて建てた美術館の庭に「痛恨の碑」がある。1923年の関東大震災後、6000人ともいわれる朝鮮人が日本の一般民衆と軍警によって虐殺された。丸木美術館のある地域でも、虐殺があった。そのことを決して忘れまいという意志で、地域住民の反発をおして丸木夫妻がこの碑を建てたのである。日本国民の中に丸木夫妻のような人たちがいることを、私は忘れたくない。その意志を受け止め、毎夏「原爆の図」を展示してきた高橋住職のような人々や、その講話に真剣に聴き入る市民がいることも知っている。だが、残念ながらその数は年々減少している。71年前の戦争の記憶が薄れているだけではない、つい先日と言えるほど近い過去にあったフクシマ原発事故についてすら、罪深い忘却の気配は色濃い。「時間の経過というものは、いつでも加害者の味方だ」、私は「原爆忌」当日のトークでそう述べた。「権力に対する戦いは忘却に対する記憶の戦いだ」(ミラン・クンデラ)とすれば、(少なくとも日本社会では)人々はこの戦いに一貫して敗北してきたというほかない。忘却どころか、むしろ、記憶の基礎となる言語とその概念自体が内側から腐るように崩れている。「平和」の名のもとに戦争準備を進め、「唯一の被爆国」として核先制攻撃を支持する、といったたぐいの事態である。「平和を守れ」「人間を守れ」というために、まず「言葉を守れ」と訴えなければならない。それが日本社会の現実である。(徐京植「ハンギョレ」2016.09.03

【山中人間話目次】
・女性と天皇制研究会の声明 ―― 「天皇メッセージ」は違憲! 世襲制「国体」なんてまっぴらです
・佐野眞一『唐牛伝』をめぐって(1)-海神日和 2016-09-03
・からす 徐京植 ハンギョレ 2016.09.03
キョウ はぎわらさくたろう

Blog「みずき」:以下の朝鮮人虐殺に関する萩原朔太郎の三行詩を紹介する文芸評論家の卞宰洙(ピョン・ジェス)さんの文章のほかに朔太郎の「ある野戦病院に於ての出来事」(大正十三年二月『新興』)を紹介する坂根俊英さん(県立広島大学教授)の「萩原朔太郎論」の一節もご紹介しておきます。坂根さんは朔太郎論を次のように書いています。「詩人の鋭い直観はしばしば見事に歴史の証言として価値を持っているのである。例えば、大正十三年二月『新興』に載った「ある野戦病院に於ての出来事」には次のように述べられている。<戦場に於ける「名誉の犠牲者」等は、彼の瀕死の寝台をとりかこむあの充満した特殊の気分。――戦友や、上官や、軍医やによって絶えず語られる激励の言葉、過度に誇張された名誉の頌讃、一種の緊張された厳粛の空気――によってすっかり酔はされてしまふ。彼の魂は高翔して、あたかも舞台における英雄のごとく、悲壮劇の高潮に於て絶叫する。「最後に言ふ。皇帝陛下万歳!」と。かくの如き悲惨事は見るに堪へない。青年を強制して死地に入れながら、最後の貴重な一瞬間に於てすら、なほ彼を麻痺さすべく阿片の強烈な一片を与へるというのは! さればある勇敢な犠牲者等は、彼の野戦病院の一室に於て、しばしば次の如く叫んだであらう。「この驚くべき企まれたる国家的奸計を見破るべく、今、最後に臨んで、私は始めて素気(しらふ)であった」と。併しながらこの美談は、後世に伝はらなかったのである。>戦死を「悲惨事」とみて美化せず、戦争を「企まれたる国家的奸計」と看破した朔太郎が、その後、「阿与」的国家主義に「麻痺」して「よろしく萬歳」を叫んだとしても、このアフォリズムそのもののもつ洞察力はこの時点において褪せない強さをもっている。」(「萩原朔太郎論――啄木の影響と社会性――」坂根俊英より)

【朝鮮人あまた殺され その血百里の間に連なれり われ怒りて視る、何の惨虐ぞ】
朝鮮人あまた殺され/その血百里の間に連なれり/われ怒りて視る、何の惨虐ぞ 「近日所感」と題された、萩原朔太郎の三行詩である。
関東大震災のあった1924年2月に雑誌「現代」の第5巻第2号に発表された。震災の当日、朔太郎は郷里の群馬県前橋の自宅にいた。震災のあまりにも大きな被害に驚愕して、米と食料品をリュックで背負い東京に向かった。幼少のころから慕っていた母方の叔母と従兄を見舞うためで、汽車と荷車をのりつぎ、大宮からは歩いたという。朔太郎は、1917年に処女詩集「月に吠える」をもって口語自由詩を完成させた、日本近代詩の巨匠である。その詩人が、朝鮮人虐殺にいち早く反応して怒りを噴出させたことは記憶にとどめてもよい。「あまた殺され」「その血百里」という直截で簡潔な表現をもって、犠牲者のあまりにも多数であったことをリアルに表現している。朔太郎の怒りは、無抵抗の朝鮮人をふつうの民間人も軍警と一緒になって虐殺したことに、日本人の自分が許せなかったことに起因している。「惨虐」という詩語については、この言葉は現在、「広辞苑」にも「大辞林」にものっていない。当時は「残虐」と同じ意味で使われていたことばである。朔太郎が、あまりにもむごたらしい惨状を、臨場感をもってあらわすために使った「惨虐」という詩語が、80年以上経っても胸に迫ってくる。無こなる朝鮮人惨殺に対する、この詩人の沸々とした憤怒が、あえて「惨虐」を詩語たらしめたのであろう。この詩がいく種もの版のある単行本の「萩原朔太郎詩集」にはおさめられていないのは残念であるが、筑摩書房版全集の第3巻「拾遺詩篇」には収録されている。(卞宰洙(ピョン・ジェス)・文芸評論家 「朝鮮新報」2006.09.01

【山中人間話目次】
・オリンピック批判, 資本主義批判, 文化批判 資本主義的身体からの訣別のために—近代スポーツと身体搾取-小倉利丸
・証拠映像:NHKが「オリンピックの目的は国威発揚」と仰天解説 - YouTube
・ドイツ映画「民族の祭典」 Olympia 開会式 - YouTube
・東京オリンピック開会式(1964年) - YouTube
・辺野古・高江、目覆う無法状態 「傍観」が助長 司法機能せず-金平茂紀の新・ワジワジー通信(18)
・危険な水域にはまる政府交渉を安慶田副知事任せにする翁長県政の自招危難(仲宗根勇さん)
キョウ おりんぴっく

Blog「みずき」:加藤哲郎さんのオリンピック「国威発揚」論。加藤さんは小倉利丸さんの論を引用して「国威発揚」論を展開していますが、そのの中で小倉さんは「国威発揚」論以前のオリンピックという競技そのものに包含される問題性を次のように指摘しています。「『国威発揚』といった国益にスポーツを利用する露骨な政治家の発言を不謹慎だと諫める良識ある者たちの多くは、スポーツが政治から中立でありうるというこれまたありえない幻想を近代スポーツの理想として実現可能なものだとする過ちに陥っているように見える。(略)つつましやかなオリンピックなら(民主的なオリンピックなら、ということでもいいが)歓迎だ、ということになるのかどうか。むしろオリンピックに体現されている近代資本主義が生み出した資本の倫理と価値観を支える「身体」のありように対して根底的な批判の目を向けることが必要ではないか」、と。合わせて自問してみるべき問題提起だと思います。

【「国威発揚」は容易に「国体護持」に連なり、戦前の治安維持法の亡霊になる】
憂鬱な、日本の夏です。8月21日のNHKテレビ「おはよう日本」で、解説委員が、五輪開催の5つのメリットの第一に
「国威発揚」を挙げたそうです。ウェブ上には、小倉利丸さんの身体論からの本質的批判「資本主義的身体からの訣別のために—近代スポーツと身体搾取」が出ています。日中戦争期1940年の「皇国」紀元2600年祭に、万国博覧会、国際ペンクラブ大会と共に、目玉として組み込まれた「幻の東京オリンピック」を追いかけてきたものとして、理論的に共感するところ大です。ただし1936年のベルリン・オリンピックを持ち出すまでもなく、民族の祭典」の裏側に「国威発揚」があり、それが強力なナショナリズムの接着剤となり、異民族、弱者や少数者への排除圧力となることも痛感しました。日中戦争泥沼化で1938年7月に近衛内閣が東京オリンピック返上を決めた(IOCは次点のヘルシンキに変更)後でも、1939年の第二次世界大戦勃発(40年ヘルシンキ・オリンピックも中止)直前まで、当時のモダンな写真雑誌『グラフィック』では、「3度目のオリンピック制覇をめざす水泳日本軍」の「日本人此所にありのヒット」を夢見る特集を組んでいました。
 
「国威発揚」の戦争への動員力は、強力です。これも電通の演出でしょうか、リオ・オリンピックの閉会式に、スーパーマリオに扮して登場した
安倍首相のパフォーマンス、日経新聞世論調査では、内閣支持率を62%にまで押し上げました。国会前が燃えていた昨夏は30%台だったのに。安倍首相に4年後の東京五輪・パラリンピックまで首相を続けてほしいと思うかとの質問にも、59%が「続けてほしいと思う」と答えたとか。民進党代表選は質問項目にも入っていないのに。ギャンブルを始めた年金積立基金は累積10兆円の赤字、相模原障害者施設の大量殺人犯はナチス優生学的主張を検挙後も政府に訴え続け、沖縄・高江ヘリパット予定地では反対派ばかりでなく新聞記者まで機動隊の暴力で排除され拘束されているのに。

参院選での改憲可能議席獲得、高い内閣支持率回復、野党のふがいなさを背景に、いよいよ登場しそうなのが「
共謀罪」。「テロ等組織犯罪準備罪」と名前を変えて、これまで3度も廃案になっていたのに、「組織的犯罪集団」を600以上指定して、実行行為ではなく「複数の人が犯罪を行うことを話し合って合意(共謀)しただけで罪に問えるようにする」というのです。「国威発揚」は容易に「国体護持」に連なり、戦前の治安維持法の亡霊になります特定秘密保護法の運用実態大分別府署の労働組合監視カメラ設置防衛省概算要求の軍事研究助成予算18倍110億円を見ると、亡霊どころか、現実かもしれません。ウェブ上で誰かの意見に賛意を示したり、「イイネ!」をクリックしただけで、「共謀」にされかねませんから。すでに参院選では、「自民党ネット対策チーム」が「成果」をあげたといいます。「日本会議」や「J-NSC(自民党ネットサポートクラブ)」ばかりでなく、日本マイクロソフトなどITベンダー6社が加わっているとか。台風一過の残暑の後には、「物言えば唇寒し秋の風」が近づいています。(加藤哲郎のネチズン・カレッジ 2016年9月1日

【山中人間話目次】
・宇都宮擁立を強く推したのは社民党の福島副党首であったという指摘について
・ジャーナリストの田畑光永さんの正鵠を射た蓮舫評価
・崔勝久さんの山田廣成(立命館大学教授)批判――エセ共生主義者の「トンデモ」性について
・重信房子さんの獄中からのSEALD’s評
・仲宗根勇さんの「委員を任命した知事と任命に全員一致で同意した県議会議員らの責任も追及すべきだ」という指摘に禿同
キョウ ちょうせんじんぎゃくさつ

Blog「みずき」:関東大震災時における朝鮮人虐殺と植民地朝鮮の抵抗運動を結びつける視点からの著作に私はまだ触れたことがありません。単に私が知らないだけのことかもしれませんが、おそらくそうした視点からの論攷はこれまで日本では発表されたことがないのではないか? 2003年に『関東大震災時の朝鮮人虐殺―その国家責任と民衆責任』(創史社)を著した山田昭次さんの著作にもそのことの指摘はないようです。そうであれば、鄭玹汀さんの今回の指摘は重要です。鄭さんのこの問題提起を契機に朝鮮人虐殺と植民地朝鮮の抵抗運動を統一的に把捉する日本近現代史の見直しに関わる研究者による新しい論が現れることを私は期待したいと思います。

【日本近現代史における「朝鮮人虐殺」の意味】
9月1日になると、1923年の
関東大震災とともに朝鮮の白い服の人々が、目の前に浮かんでくる。当時、国家権力は"不逞朝鮮人・過激主義者"という仮想の敵を作り上げ、民衆の不安や恐怖心を煽ることに必死になっていた。日本近現代史における「朝鮮人虐殺」を問いつづけていきたい。コーヒーを飲みながら、少し書いてみた。朝鮮人虐殺は、主に国内の問題として捉えられてきた。その限りでの国家責任・民衆責任が議論された。しかし植民地朝鮮の抵抗運動への弾圧が朝鮮人虐殺の最終的な狙いだったことを考えれば、従来の研究ではまだ十分に解明されていないところがある。視野を広げて朝鮮の植民地解放運動に注目してみたい。1920年の尼港事件間島事件青山里戦闘など、満州東部の間島における独立軍 (朝鮮) の抗日武装闘争と日本軍との衝突と、その後の日本国内における朝鮮人虐殺との関連性について考察を深めていく必要がある。また、関東大震災の時、亀戸事件甘粕事件はなぜ起きたのか。それらの事件と朝鮮人虐殺は一つの根源から発生した事件だったにもかかわらず、従来の研究においてはその関連性の解明が十分とはいえない。当時の思想界・文学界の論者たちはこの事件を注目して、数多くの評論、感想、証言、文学作品を残しているが、この問題を総体的に捉える視点の欠如のため、従来は断片的にしか扱われてこなかった。たとえば、〈国家責任〉という時、具体的に何を指すのか、〈民衆責任〉という時、その民衆は主に誰のことなのか、そして事件の根底にある思想的背景を、日本国外との関連という視点で捉え直す必要がある。その関係を確認した上で、国内の思想弾圧の問題などを検討し、立体的に問題をつかみとっていくことが求められる。日本国家は軍主導の帝国主義の拡張によって支えられてきた。日本国内での在郷軍人会の組織化、学校教育における国家主義思想、軍と天皇制国家との関係などの諸矛盾が集約して爆発したのが、朝鮮人虐殺といえる。さらに朝鮮人虐殺事件をアメリカやドイツなどは、どう向き合い、どう捉えていたのか、それについても検討を要する点があると考える。(鄭玹汀フェイスブック 2016年9月1日

【山中人間話目次】
・元朝日記者家族へのツイート脅迫で賠償が確定
・この国にはジャーナリズムを自称するイエロー・ジャーナリズムがなんと蔓延っていることか
・「NHK 貧困女子高生報道を捏造」という捏造記事を書いたビジネスジャーナルもリベラル系ネットメディアといわれるリテラもサイゾー系のメディアである
・この国のテレビメディアはとことん腐れきっている――長谷川豊という自称ジャーナリストについて
・辺野古から「抗議活動に日当」というデマ記事について