標題記事を含む私の本日付けのFacebook記事を掲げて「今日の言葉」とすることにします。

【明日31日(日)東京都知事選投票日】


【山中人間話目次】
・都議選に思う~なぜ、東京はオリンピックを中止できないのか 内野光子のブログ
・辺見庸が絶賛する『日中の120年―文芸・評論作品選』全5巻(岩波書店)
・toriiyoshikiさん(NHKディレクター・ハーフ・リタイア)の眼――NHK会長選に意欲を見せる板野裕爾前放送総局長
・石橋学(神奈川新聞記者)の「差別の思想を非難する」――桜井誠の思想と相模原事件容疑者の思想の類似点
・神保哲生の相模原障害者殺傷事件・日本社会の中に潜む事件の遠因を考える
・平安名純代さん(沖縄タイムス米国特約記者)の眼――北部訓練場の部分返還について
・控訴審で一層明白となった贈賄虚偽証言と藤井美濃加茂市長の無実 郷原信郎が斬る
・石川淳の久保田万太郎追悼――「わが万太郎」(『夷齋小識』)
キョウ とちじせん10  
Blog「みずき」:私は1967年の東京都知事選で美濃部都政が誕生したときの湧き立つような興奮を覚えています。京都府の蜷川府政、横浜市の飛鳥田市政という老舗の革新自治体は別格として、以後、1971年には黒田大阪府政、72年には屋良沖縄県政、畑埼玉県政、74年には武村滋賀県政、75年には長洲神奈川県政と革新自治体が次々と誕生していきました。いまは、かつてそういう時代があったということが夢のようです。いまという時代は1930年代にも比較される戦前回帰を予兆させる。そういう時代です。若者たちはかつてそういう時代があったということをもちろんリアルタイムの目では知りません。いまの若者たちにそのリアルタイムの肌感覚を体感してもらいたい。その体感はきっと自身が態度を決めかねているときの道標のようなものになるでしょう。そう思うのはかつて若者だった私のセンチメンタリズムにすぎないのでしょうか? 「人の世に熱あれ、人間(じんかん)に光りあれ」とはかつて水平社宣言を発した若者たちの言葉です。その若者たちの言葉を私はいま、2016年東京都知事選挙の投票をしようとするすべての有権者のみなさんに贈りたいと思います。

【「人権・平和・憲法を守る」志のある者は、鳥越俊太郎候補支持に総結集を】
あと2日。
2016都知事選の選挙運動期間は、今日(7月29日)と明日しか残されていない。全力で鳥越候補を押し上げたいと思う。私は、鳥越という人物を個人的に知っているわけではない。その人格に過度の思い入れはない。その特別の能力や識見に期待しているわけでもない。しかし、いま、客観的に都知事候補鳥越俊太郎は、「ストップ・アベ暴走」の最前線にいる。さらに正確には、鳥越俊太郎を都知事候補に押し上げようという運動が、壊憲と護憲のせめぎあいの最前線にあるというべきである。野党4党が統一して、「人権・平和・憲法を守る東京を」と公約とする鳥越を推しているのだ。護憲のための野党共闘の効果についての試金石ともなっている。しかも、何度も繰り返すが、今回はこれまでとは違う。千載一遇のチャンスなのだ。これまでは幅広い野党共闘は望むべくもなかった。これまでの都知事選では、野党が割れ、与党側の圧勝を許した。07年の選挙では浅野史郎の惜敗率(当選者に対する得票率)は、60.23%、吉田万三22.39%であった。2011年選挙では、東国原64.36%、小池晃23.86%。野党が統一できていれば、善戦はできたのだ。だから、2012年都知事選では曲がりなりにも社共の共闘ができて、大いに期待した。しかし、宇都宮健児の惜敗率は22.33%という泡沫候補並みの惨敗だった。吉田万三、小池晃のレベルに達しなかったことは、共闘のあり方が厳しく問われなければならない。記憶に新しい2014年選挙でも、野党統一はならず、舛添の独走を許した。

今回選挙で、これまでにない幅の広い野党統一が実現している。そして、自公の与党勢力が割れているのだ。いまこそ、「人権・平和・憲法を守る」志のある者すべてが総結集してこの千載一遇のチャンスを生かさなければならない。鳥越候補の公約やスローガンは全面的に支持できる。彼の演説の内容も、首都のトップの姿勢として評価してしかるべきだ。彼が公約として掲げる「人権・平和・憲法を守る東京を」「憲法を生かした『平和都市』東京を実現します」というには全面的に共感する。「多様性を尊重する多文化共生社会をつくります。男女平等、
DV対策、LGBT施策、障害者差別禁止などの人権施策を推進します」「非核都市宣言を提案します」もだ。鳥越が、選挙演説で述べた、「1に平和 2に憲法 3に脱原発」のスローガンは、彼ならばこそのもの。「非核都市東京宣言」もよし。都政については、『住んでよし、働いてよし、学んでよし、環境によし』。そして、聞く耳を持っていることの自負が大切だ。上から目線の人でないことは確かではないか。あと2日。今後の野党共闘継続のためにも、そして何よりも憲法の命運のためにも、できるだけのことをしなければならない。(澤藤統一郎の憲法日記 2016年7月29日
 
【山中人間話目次】
・「お前らは不要だ、邪魔だ」という感覚を私たちは無自覚のうちにまだ共有しているのではないか――弁護士清水勉さんの問題提起
・「森川文人弁護士の反省と9・6集会に向けての決意
・集団リンチ事件の加害者とその隠蔽の問題の重要性が主水なる人間の救いようのなさによって低下するわけではない」という金光翔さんの問題提起
キョウ うつのみや

Blog「みずき」:宇都宮健児氏は鳥越俊太郎候補応援問題に関して本日付けのツイートでは次のように述べています。「鳥越さんの応援要請について、政策面に関しては誠実なご回答を頂きましたが、女性の人権にかかわる問題についての対応という点で、残念ながら一致にいたっていません。以上ご報告申し上げます。」 「女性の人権にかかわる問題についての対応」とは、すでに鳥越氏が「事実無根」であると明言し、週刊誌を名誉毀損と選挙妨害罪で刑事告訴している以上、後は記者会見を開いて同告訴問題を説明するかどうかという対応の問題でしょうが、そうした対応の問題が「極右都知事の誕生を許すかどうか」という現情勢下の喫緊の課題より優先する課題になりえるはずがありません。宇都宮氏は結局あれやこれやと言って鳥越氏の応援をするつもりはないことは明らかというべきでしょう。

【私の宇都宮健児批判】
宇都宮健児という人は終わりました。もう宇都宮健児になんらかの期待をしても無駄です。宇都宮は所詮、「俺が、俺が」の利己欲だけの男でしかなかったことが誰の目にも明らかになりました(これまでも少なくない人たちによる
宇都宮陣営の「同調圧力」批判はあったのですが)。「日本全体が右傾化しようとしているとき、(略)極右都知事が誕生しようとしているとき、それに優先する公約というものがあるのでしょうか」という猪野亨さんの問いは宇都宮氏への最後通牒のようなものです。また、永原純さんが「何だなんだ、初めから終わりまで毒百合子の独走か」と言っているのは、宇都宮氏の「初めから終わりまで」おのれの利己欲を優先したさまを強く非難しているのです。もし、鳥越氏が落選でもするものなら、宇都宮氏には自覚はないでしょうが、基礎票で保守票を上回る革新(今回の場合は野党4党)が都政を奪還する千載一遇のチャンスをおのれの利己心から潰した男という汚名を負って、これから先の生涯を終えなければならないことになるでしょう。また、「希望のまち東京をつくる会」という名の宇都宮支持団体は今後頼りにしていた共産党からも社民党からも一切見向きもされなくなるでしょう。目に見えていることです。それもこれも宇都宮氏及びいわゆる宇都宮陣営の自業自得というべきでしょう。私は、いまの段階ではっきりと宇都宮健児批判を述べておきます。(東本高志facebook 2016/07/28
 
永原 純さん
何だなんだ?? ウツケンがつき野党共闘がこねし都政餅一人喰らうは、と思っていたが、何だなんだ、初めから終わりまで毒百合子の独走か??

猪野 亨さん
宇都宮健児さん、是非、鳥越候補を応援してください。細部に渡る公約に拘りますか。今、大事なのは、野党側が極右知事の誕生を阻止し、東京から日本を変えていくことだと思います。宇都宮さんは、公約の違いについて「細部」ではないと言われるのかもしれません。しかし、日本全体が右傾化しようとしているとき、憲法が変えられようとしているとき、極右都知事が誕生しようとしているとき、それに優先する公約というものがあるのでしょうか。東京が、そして日本が右傾化してしまっては、それこそ宇都宮健児さんが最重点にしている貧困対策についても遠い彼方に追いやられてしまいます。まずは右傾化の阻止こそが大きな出発点です。野党統一候補とは、このような願いを託された候補者です。それが鳥越俊太郎候補です。決して、「自分が」という候補ではありません。それが極右の小池百合子氏との大きな違いであり、増田寛也氏も五十歩百歩です。鳥越俊太郎候補の公約は、野党4党による一致できる公約でもあります。その公約すべてが正しいわけでもなく不足もあったりすることも立場によれば当然にあることです。


【山中人間話目次】
・日本でついに起きたヘイトクライム大量殺人――高世仁さんと永原純さんの眼
・「民主代議員、ジレンマ クリントン氏指名」という朝日新聞記事と「緑の党」に関する海外報道
・都知事選 保立道久さん(歴史学者)の眼
・内野光子さん(歌人)の「歌会始」を通して考える短歌の世界
・平安名純代さんの高江ヘリパッドの強行着工に関する国連本部公開討論会報告
・国木田独歩の「山林に自由存す」
キョウ へんみ6

Blog「みずき」:相模原事件が起きたいま、改めて辺見庸の「すべての人間は障害者である」を読み直してみる。「他者の痛みを自分の痛みとして感じることはできない。しかし、想像力という武器によってそこに橋をかけようとすることはできる」と編者は言う。いま、私たちに必要なのは「他者の痛みを自分の痛みとして感じる」想像力かも知れない。犯罪者を病者に追いやるだけではなにも、何事も解決しない。

【すべての人間は障害者である】
人は誰も他者の痛みを自分の痛みとして感じることはできない。しかし、自─他の感覚が絶対的に断絶されているとしても、私たちはせめてそこに橋をかけようとすることはできる。想像力という武器によってである。辺見庸氏は、他者の痛みにまで想像力の射程を届かせることのできる稀有な作家だ。そして、その透徹したまなざしは、常に痛みをともなう生を生きる者たちに向けられている。では、そんな氏のまなざしに、存在そのものが痛みともいえる障害者たちはどう映るのか。お話をうかがってみた。(聞き手:桐谷匠 D.culture編集部)

聞き手 健常が幻想であるという意味は、何となく理解することができた。では、それがほとんど暴力と同義であるとはどういうことか。ここでヒントになるのが、やはり辺見氏が記した次のような言葉だ。「病院という閉域は、刑務所や拘置所、学校同様に、人と人の関係性がいわば制度的に偏方向的になりやすい。患者と医師、囚人と看守というように<見る>と<見られる>が不当にはっきりします」(「
自分自身への審問」)。たとえば障害者福祉の現場でも「見守り」という言葉があるように、障害者は健常者に一方的に<見られる>存在でしかない。この双方向性を欠いた一方的な視線こそが、健常幻想の暴力の根なのではないか

辺見 それはそうです。見る側は健常で、見られる側をいわば健常ではない人間、つまりなんらかの故障や異常がある人間と断定しているわけですから。しかも、見ることによって相手を類化してしまうわけです。しかし、見られる側も実は見ています。それこそ思考を奪われたような状態にある人間でも、じーっと相手を見ていますよ。この双方向性に気づくことぐらい大きな発見はありません。一方的に見られる関係ということを少し敷衍すると、相手を障害という言葉で代表される表象と見なす視線というのは、実は中世や近世より現代の方がずっと強くなっているのです。障害者か健常者か、病者か健康者か、あるいは加害者か被害者か──そうした本質的には存在しない境界を設定し、すべてを二項対立的に見る視線というのは、かつてより21世紀現在の方が圧倒的に強くなってきている。勝者と敗者とかね。そういう社会に、いまはなってしまっている。(
D.culture 2016年2月29日

【山中人間話目次】
・醍醐聰さんの「都知事選:自省なくして革新候補への支持は広がらない」という問い
・ふたたび澤藤統一郎、徳岡宏一郎、猪野亨弁護士の揃い踏み小池百合子大批判
・日経の世論調査は「有力3候補の差が序盤より縮まり接戦を展開している」と見ている。鳥越氏支持層にとっては展望のもてる調査結果だ
・夷斎先生ならいまの事態をどう見るか
・内野光子さん(歌人)の目取真俊『平和通りと名付けられた街を歩いて』評
・相模原事件 26歳の青年の「僕らの社会」・社民党が公認し、小林節センせーがほめた増山麗奈のヘイトクライム
 キョウ とちじせん5キョウ とちじせん7キョウ とちじせん8キョウ とちじせん6

宇都宮健児さん、海渡雄一さん、鎌田慧さん、河合弘之さん。
希望のまち東京をつくる会、旧脱原発都知事を実現する会の有志のみなさん。

前回の都知事選挙で「希望のまち東京をつくる会」(代表:宇都宮健児、海渡雄一)と「脱原発都知事を実現する会」(代表世話人:鎌田慧、河合弘之)はそれぞれ宇都宮健児氏と細川護煕氏を擁立、推薦して同知事選を戦いました。猪瀬自民党都政ノーという点では目標は一致していましたから候補者の一本化が模索されましたが結局一本化はできないままに選挙戦に突入しました。それぞれが「革新」を標榜し、「真の革新は誰か」を有権者に問おうとする選挙ということにもなりました。

そうであれば、「希望のまち東京をつくる会」の代表及び有志のみなさんにも「脱原発都知事を実現する会」の代表及び有志のみなさんにも問わなければならないことがあります。

産経新聞と毎日新聞は今回の都知事選の世論調査の結果を以下のような記事にしています。
 
「民進、共産両党の支持層は、両党と社民、生活4党が推薦するジャーナリストの鳥越俊太郎氏に投票するとの回答が、それぞれ6割近くに上った。野党統一候補として4党の支持基盤を着実に固めている。ただ、民進党支持層の約2割、共産党支持層の約3割が小池氏を支持していた」(産経新聞 2016年7月18日)

「今回は告示前日に出馬断念した元日本弁護士連合会会長の宇都宮健児氏や元首相の細川護熙氏に投票した人の4割強は、政策面で共通点の多い鳥越氏を推すが、2~3割は小池氏に投票すると回答した」(毎日新聞 2016年7月25日)

どちらの記事とも「革新」「リベラル」を標榜する政党の「2~3割は小池氏に投票すると回答した」としています。毎日新聞の記事はこの点についてさらに具体的に「元日本弁護士連合会会長の宇都宮健児氏や元首相の細川護熙氏に投票した人の(略)2~3割は小池氏に投票すると回答した」としています。しかし、「核ミサイル配備」や「軍法会議設置」を主張する極右の政治家の小池百合子が「革新」、あるいは「リベラル」と言えますか? ふつうの「革新」「リベラル」であれば「小池百合子は革新でもリベラルでもない。右翼的思想の持ち主である」と答えると思います。それを毎日の記事によれば、前回の都知事選で「宇都宮健児氏や元首相の細川護熙氏に投票した人の2~3割は小池氏に投票すると回答した」というのです。宇都宮選対、あるいは細川選対とはなんだったのでしょうか? 「革新」「リベラル」を標榜する選対ではなかったのでしょうか? その選対活動家の「2~3割は小池氏に投票すると回答した」というのですから、それぞれの選対の代表及び有志のみなさんは自らの所属した「革新」「リベラル」の選対のありようを問い直す必要があるでしょう。「自分たちの所属していた選対は決して『革新』でも『リベラル』でもなかったのだ」、と。そして、「革新」「リベラル」でないものを「革新」「リベラル」と吹聴したことについて責任をとる必要があるでしょう。
 
責任のとりかたは「希望のまち東京をつくる会」、または「脱原発都知事を実現する会」の名前で先の都知事選の選対参加者に対して「小池百合子は決して『革新』でも『リベラル』でもない。その真の正体は『核ミサイル配備』や『軍法会議設置』を主張する極右の政治家でしかない。そういう候補者に決して投票してはいけない」と呼びかけることではないでしょうか? それが「革新」「リベラル」を標榜してきた者の責任のとり方だろうと私は思います。

宇都宮健児さん、海渡雄一さん、鎌田慧さん、河合弘之さん。有志のみなさん。そうではありませんか?

いま、東京都政を極右政治家の小池百合子が乗っ取ろうとしています。そういうときだからこその呼びかけのお願いでもあります。
 キョウ たかえ3
22日、沖縄・高江

Blog「みずき」:沖縄のメディアが以下のように翁長知事を明確に批判した記事を見たのは私は初めてです。もちろん、部分的な批判記事はこれまでにもありました。しかし、これまでの大概の記事は、最後は翁長知事ヨイショで締めくくっていました。平安名純代記者の重要な問題提起だと思います。この平安名さんの問いかけが契機となって沖縄メディアといわゆるオール沖縄体制の「翁長タブー」に風穴が開くことを私は期待します。

【前提を再設定し直して交渉に挑む必要がある】
政府や政治家の本音を見極めたい時、言葉ではなく行動で判断すると分かりやすいことがある。名護市辺野古の新基地建設計画を巡る代執行訴訟で、日本政府と県が3月に
和解したのを受け、「円満解決」に向けた協議の過程で、政府が歩み寄るだろうとの期待が沖縄側にあった。しかし和解が成立した3月の時点で、すでに米側では、工事は最長で来年3月まで止まり、そして再開されると予想されていた。和解から約10日後の上院軍事委員会の公聴会では、米海兵隊のネラー総司令官が、来年3月までには工事再開の具体的日程が判明すると述べ、「われわれは沖縄県から代替施設建設の合意を得ようとしている日本政府を引き続き支援していく」と 証言した。あれから約4カ月の時が流れ、国は22日に県を再提訴した。しかし、米政府内には法廷闘争は来年の2月までには終わるとの見方がすでに浮上している。まるでそうしたシナリオが実際にあるかのごとく、事態はそのタイムラインに沿って進んでいる。来年1月には新大統領が誕生し、新たに掲げられた政策に沿って、2月には基本政策の見直しが終る。もしその時までに新基地建設計画を巡る裁判闘争が続いている場合、実現性に疑問符を伴う計画と判断される可能性がある。だから、その時までに難関をクリアしておきたいという考えなのだろう。海兵隊幹部らを取材していると、辺野古と高江でオスプレイの理想の訓練場が出来上がるとの期待を肌で感じる。翁長雄志知事は、政府が高江ヘリパッド工事を強行する前日21日に開かれた政府・沖縄県協議会で、同工事にまったく言及しなかった。抗議すべき相手が目の前にいるのに抗議しない、県民の思いすら伝えないのは、相手の意図を容認(黙認)していることに等しい。市民が強行排除される高江の今の状況を招いた責任の一端は翁長知事にもある。日米両政府には、新基地を諦める意志などない。従って、沖縄と話し合いで解決しようという意思もない。まずは前提を再設定し直して、交渉に挑む必要がある。(【平安名純代・想い風】 沖縄タイムス+プラス 2016年7月25日

【山中人間話目次】
・都知事選。鳥越氏3番手の原因
・都知事選の中盤、終盤情勢。鳥越氏3番手の原因(2)
・国の再提訴に関して、その中に仕組まれている国の悪巧みに関する仲宗根勇さん(元裁判官)の重要な指摘。
・警察関係者さえ「尋常じゃない」と言っている。準起訴手続によって「公務員職権濫用」の罪に問えるのではないか?
・沖縄県公安員会の与儀委員長らを任命した知事と任命に同意した県議会の責任も追及しなければならない。敵は身内にあり!
・沖縄のメディアの翁長知事とオール沖縄批判・田中龍作ジャーナル 「【沖縄・高江発】警察が反対派市民をひき逃げ」記事への反論
・田中龍作ジャーナル 【沖縄・高江発】 山城議長「これ以上機動隊の暴力に晒されたくない」記事への反論
・私はなぜ田中龍作を批判するか
・岩上安身氏の軽薄な鳥越俊太郎候補に対する「贔屓の引き倒し」記事の負の影響は到るところで出ています。
・黒岳・男池にあったクマさんの家のこと
キョウ とりごえ3

【岩上氏にはセクハラ対策に関する知識が決定的に欠けている】

岩上安身氏の軽薄な鳥越俊太郎候補に対する
「贔屓の引き倒し」記事の負の影響は到るところで出ています。『興味深いのは“リベラル”のみなさんの考え方。大義(小池に勝たせない)のため、犠牲(女子大生)はやむを得ないみたいな意見が少なくないことに驚く。それって、大日本帝國だよ』(原田浩司twitter)。『これは、鳥越さんへの批判ではなくて、週刊文春記事への一部の反応への批判です。なんらかの根拠や思いがあって週刊文春記事を批判すること自体はもちろん構わないと思いますが、「その批判のしかたはどうなの」と感じることがあります。一言でいって、週刊文春記事を批判したいばかりに、性暴力を軽んじた言葉が目立ちます。』(太田啓子facebook)。

しかし、さらに残念なのは、その岩上安身氏の軽薄な記事を批判する視点を持ちえず、同氏の論を無批判に拡散するリベラルが多いことです。
五十嵐仁さん(法大名誉教授)の下記の論などその典型といってよいでしょう。岩上安身氏の論のセクシュアル・ハラスメントへの無理解とその思想の浅薄性がまったくわかっていません。また、これではリベラルの票が逃げるばかりだということもまったくわかっていないようです。五十嵐仁さんは岩上安身氏の論を推奨して次のように言います。『ここで岩上さんは、2つの疑問を指摘されています。一つは、「学生とはいえ、20歳の成人。条例違反の「淫行」に相当するのか」というものです。「淫行」とは、「18歳未満の青少年が性行為の対象となったときに使われる言葉」ですから、20歳の大学生相手に「淫行」というタイトルは真っ赤な嘘です。もう一つは「サブタイトルの語尾が『という』となっていること」で、「女性本人の証言ではなく伝聞」なのです。「その女性の、当時の恋人で、その後結婚し、夫となった男性の証言で記事が構成されている」もので、「文春は当事者の女性の証言を得ていない」ことになります。ということで、岩上さんは次のように指摘されています。「そもそもその女性の誕生日パーティーのために、2人だけで別荘に行った事実はあるのか。仮に別荘に行ったのが事実であり、キスをし、それ以上の性行為には至らなかったのも事実だと仮定して、何が問題になるのか。ある弁護士は匿名で『その記事の通りだとしたら、犯罪性はない』と語った」そうです』(五十嵐仁の転生仁語 2016年7月21日)、と。

こうした論について高林敏之さんは以下のように批判してしています。『「暴行や脅迫を用いていなければ強制わいせつにあたらない」という異論もあり得る。《ある弁護士は匿名で「その記事の通りだとしたら、犯罪性はない」と語った》というのは、そういう理解なのだろう。しかし刑法上の罪に該当しなかったとしても、本人の合意なく、年長で社会的地位の高い男性が女子大生に対し、密室で二人きりの状況でキスを迫れば、それは「権力関係を利用したセクシュアル・ハラスメント」に該当する。たとえ加害者側に「合意」という認識があったとしても、被害者側が恐怖感から断るに断れない状況だと感じていたなら、それはセクハラに該当するというのが一般的な理解なのである(被害者側の認識を重視するのがセクハラ対処の鉄則)。それは不充分と言われる文科省のセクハラに関するガイドラインにさえ記されていることだ(私はかつての勤務校でセクハラ関係の人権委員を務めたこともあるので、以上のことはセクハラの基本理解であると断定できる)。岩上氏には、かかるセクハラ対策に関する知識が決定的に欠けていることが、この文章を読むと分かる。とある弁護士が「問題は不倫」とか言ったらしいが、事が事実であれば、それは不倫などという道徳問題ではないのである。』(
高林敏之facebook)まったくそのとおりだと私も思います。(東本高志 2016年7月22日

【山中人間話目次】
・全国平均の10代投票率と世田谷区の10代投票率のその圧倒的な差について
・沖縄北部のヘリパッド着工、住民と機動隊衝突と沖縄県議会のヘリパッド建設の中止を求める意見書の可決
・国が普天間基地移設計画を巡り沖縄県を再び提訴と「和解は果たして沖縄に利する選択だったのか」という平安名純代さんの指摘
キョウ とりごえ

【背後に政治と金の力の匂いのする記事】
鳥越俊太郎候補に対する「週刊文春報道」問題に関して、
こちらの高林敏之さんの指摘は最後の一節を除いてとても重要な指摘だと思います。高林さんも指摘されているように「かかる報道がなされた以上は、事実そのものがはっきり存在しないことを立証するか、事実があったならきっぱりと謝罪するか、いずれかしか道は」ありません。この点についてはすでに鳥越さんは「事実無根だ」と明確に述べており、鳥越さんの弁護団も公職選挙法違反と名誉毀損の疑いで東京地検に刑事告訴しています。これがこの問題についてのベストの闘い方であろうと私も思います。私も週刊文春の記事を読んでみましたが、同記事はうわさと伝聞によって成り立っており、それ以上の根拠はまったくありません。裁判になれば選挙妨害罪と名誉毀損罪で確実に罰せられるでしょう。週刊文春側もそういうことはわかっているはずですが、それでもあえて記事にしたところを見ると背後に政治と金の力(さる筋から「金のことは心配するな。全部面倒をみる」とでも言われたのでしょう)が働いていることは明らかです。

騒ぎ立てるほど敵の術中にはまってしまうだけです。この問題については鳥越側としては全面否定と告訴という現段階でできうる最良の手段をすでに講じているわけですからこれ以上騒がないことが第一だと思います。後は粛々と選挙戦を戦うのがベストです。なお、高林さんの文章の最後の一節に問題があるというのは、高林さんの「宇都宮降ろし」という表現によく表われているのですが、高林さんは今回の都知事選の候補者選考に関して野党4党は不当に宇都宮さんを「降ろし」たかのように見ているからです。しかし、事実としての問題点は、「今回の都知事選にあたって、野党統一というより、市民共同を願う立場からすると、宇都宮氏がまたも、都政の刷新を望む政党、市民団体、個人の協議を待たず、立候補の意向を表明した」(
醍醐聰のブログ 2016年7月13日)ことにあります。不当に「宇都宮降ろし」をする以前の問題として、宇都宮さんは野党の統一候補でもなんでもなく、野党間の協議も待たず、単に候補者として勝手に手を挙げただけの人にすぎません。それが問題だった、と醍醐さんも指摘しているのです。共同行動にとって手前勝手な行動は団結を乱す行為というほかないものです。その団結を乱す行為を宇都宮さんは手前勝手にやってしまったのです。それをさも不当なことでもあるかのようにみなされるのは私は誤りだと思います。(東本高志 2016/07/21

【山中人間話目次】
・鳥越俊太郎候補に対する「週刊文春報道」問題 ――高林敏之さんの問題提起に関して
・阿部治平さんの「参議院選挙、私の感想」への私の違和
・改めて「藤野保史共産党政策委員長更迭問題」に関して
・天木直人氏らが宇都宮陣営に与えている影響 ――kojitakenの日記
・内田樹が三宅洋平の支持表明をして反省している図
・井伏鱒二の高適「田家春望」の名訳
キョウ こいけゆりこ2

Blog「みずき」:いろいろ肩書きはあるけれど、ひとことで言ってエンターテインメント評論家の川西玲子さん。小池百合子批判が見事です。さすがです。川西さんの予想によれば、「彼女はこの後、ここぞというところで泣くはずだ。必ず泣く。絶対に泣く。カレーパンを賭けてもいい」。しかし、川西さん。私はカレーパンは賭けません。負けると思うから。

【あんな自己陶酔感に寄った顔が都知事としてテレビに出てくるのは耐えられない】
川西玲子さん(エンターテインメント評論家)の
小池百合子批判(1) マスコミは参院選より面白い小池劇場に乗っている。夕方のニュースは出馬表明一色か。()すごいね、この人。初日から鉢巻き姿で。こういう凛々しさの演出や自己陶酔能力も、一つの才能かもしれん。ある意味、目が離せない。彼女に投票するのは、同世代の女性ではないだろうか。テレビ東京で地味にキャスターをしていた頃には、こんな野心家には見えなかったが、選挙に出たら、いきなり色っぽくなって驚いた。見られることで磨かれる、女子力の持ち主だったのだ。以後は化け続けである。辞任時のアイシャルリターン発言にせよ、先日の外国特派員協会におけるリンカーンの言葉の引用にせよ、何かもう凄いのよ。だが同性としてひここと言わせてもらうと、この年齢であまり凄みが出ると、極道っぽくなるから要注意だ。()何と、孤軍奮闘で天晴れ!というイメージで、小池百合子がトップを走っているらしいではないか。あんな自己陶酔感に寄った顔が、都知事としてテレビに出てくるのは耐えられない。彼女はこの後、ここぞというところで泣くはずだ。必ず泣く。絶対に泣く。カレーパンを賭けてもいい。防衛大臣を辞任した時のことを思い出してもらいたい。天性の女優なのだ。()過半数の有権者は小池百合子の思想傾向も知らないし、政策にも無関心。「か弱い女性が大組織を向こうに回し、孤軍奮闘している」としか見ていない。初日から鉢巻きをしているのも、テレビ映りを考えた作戦だ。鳥越陣営はこの点を侮った。(川西玲子facebook 2016年7月6日~19日

【山中人間話目次】
・川西玲子さんの見事な小池百合子批判
・宇都宮氏を支持していた人たちが小池百合子支持に遷移していく過程――香山リカさんのツイートを参考にして
・山頭火が風よけになって一晩中枕元に座っていてくれたという話
キョウ こいけゆりこ

Blog「みずき」:kojitakenさん。私はkojitakenさんの目は「共産党」や「左派」なるものに対してまだまだ甘すぎると思いますよ。「共産党支持層の約3割が小池氏を支持していた」と産経とFNNの合同世論調査に出てくる約3割の共産党支持層は「左翼」ではもちろんなく、括弧付き「左翼」でもありえるはずがありません。右翼団体「日本会議」の国会議員懇談会副会長をしている小池百合子を「右翼」と認定できないような人がどうして「左翼」であるはずがあるでしょう?あえて名づけるとすればカッコつき「右翼」とでも呼ぶべき人たちにすぎません。そうではありませんか? いまや共産党は、入党わずか一年半で市議会議員に選出されたり(かばさわ洋平千葉市議会議員の場合)、「入党してから数年間、日刊紙があることを知らなかった」議員がいたりする(大分県日田市議会議員の場合)時代ですから「共産党支持層の約3割が小池氏支持」を表明したとしてもそう驚くような事態ではないのです。

【「共産党支持層の約3割が小池氏を支持」(産経)】
共同通信に毎日・TBS、フジサンケイの2つのグループが協力した
世論調査によると、民進支持層の6割近くが「元ジャーナリスト」に投票すると答えているものの、約2割が「ネトウヨ=ヘイトスピーチ組織が推す元女性閣僚」に投票すると答えている。だが、もともと新自由主義への志向が強い人たちをも抱える民進支持層の場合は驚くに当たらない。驚くべきは、共産支持層でも「元ジャーナリスト」に投票すると答えたのは6割近くで、3割近くが「ネトウヨ=ヘイトスピーチ組織が推す元女性閣僚」に投票すると答えていたことだ。後者の支持層全体に占める比率は、なんと民進支持層を上回る。(略)当該の「共産支持層の3割近く」は、「(笑劇としてかもしれないが)繰り返される(負の)歴史」の愚挙に加担しようとしていると言っても過言ではない。まさしく括弧付きの「左翼」だ。「元ジャーナリスト」や「民進と手を組んだ支持政党の行動」が気に食わないなら、棄権するなり白票を投じるなり泡沫候補に投票するなりの選択肢がいくらでもあるはずだ。それがよりにもよって「ネトウヨ=ヘイトスピーチ組織が推す元女性閣僚」に投票したいとはいったい何事か。都知事選は今のところ、「リベラル」と「左翼」のアシストを得て、「ネトウヨ=ヘイトスピーチ組織が推す元女性閣僚」が首位を走っているといった状況ではないか。(kojitakenの日記 2016-07-19

【山中人間話目次】
・猪野亨さん(弁護士)の「共産党支持層の約3割が小池氏を支持していた」ことへの驚きとその「3割支持」の一環として立ち現れているのではないかと危惧される宇都宮陣営、宇都宮健児支持者批判
・保立道久さんの「安丸良夫と丸山真男」論
・『父・伊藤律~ある家族の「戦後」』出版さる - 高世仁の「諸悪莫作」日記
キョウ がいむしょう

Blog「みずき」:昨日の浅井基文さんの論とほぼ同様の認識と視点に立つ田中宇さんの論。日本のマスコミ報道だけに頼っていては私たちは「無知の民」として国際社会から嘲りの烙印を押されてしまうばかりでしょう。いまはインターネット時代です。私たちの情報不足という「無知」はいくらでも補うことができます。後は私たちのメディア信仰を自ら払拭する決意を持つことです。そうすれば世の中は確実に変わる、というのが私の確信です。要は私たちが目を覚ますかどうかの問題というべきです。

【メディアと日本外務省の結託した意図的ブリーフィング】
7月12日、海洋法条約に基づく国連の仲裁機関が、南シナ海の領有権をめぐってフィリピンが中国を相手に提起していた調停で、フィリピンの全面勝訴、中国の全面敗訴に近い裁定を発表した。裁定は、欧米の国際法の「専門家」たちが驚くほど、事前の予測を大きく超えて中国を批判する内容だった。裁定は、南シナ海での中国による領土主張や環礁埋め立て、フィリピン漁船追い出しなどの行為が、
海洋法条約の14の条項と「海上衝突防止国際規約に関する条約」の6つの条項などに違反していると断定した。(略)海洋法の仲裁機関は、当事国どうしが話し合いで紛争を解決する際の助力となる仲裁をするために設置され、強制執行の機能がない。当事者の話し合いを前提とせず、裁判所の判決が大きな拘束力を持つ、国内裁判所とかなり異なる。豪州の権威あるシンクタンク、ロウィ研究所が載せた記事は、このような海洋法仲裁機関の機能を指摘した上で、南シナ海紛争を仲裁対象にすること自体にもともと無理があったと書いている。このような豪州での客観的な分析と対照的に、日本のマスコミ報道では、同仲裁機関の機能が無視され、「裁判所」の「判決」が出たと書かれ、国内裁判所と同等の絶対的な決定であるかのような言葉遣いが意図的に使われている

日本外務省の指示(歪曲的ブリーフィング)に従った中国嫌悪プロパガンダが狡猾に流布されている。日本人の記者や外交官は「豪州は親中派が多いからね」「
田中宇も中国の犬でしょ」と、したり顔で歪曲を重ねるばかりだろう。(おそらく日本が第二次大戦に惨敗した理由も、こうした自己歪曲によって、国際情勢を深く見る目が失われていたからだ。分析思考の面での日本人の「幼稚さ」は70年たっても変わらない。近年むしろ幼稚さに拍車がかかっている。悲憤がある)(略)今回の裁定も、米国の圧力で世界が動いてきた米国覇権体制の解体と、世界の多極化、中国が極の一つとして世界から認知される流れを顕在化させる結果となっている。その意味で、今回の裁定は、中国をへこますどころか逆に中国の台頭を示すものになっている。(略)『米国が12年に「アジア重視」と称して南シナ海の紛争を煽った時、オバマ政権でそれを担当したのはクリントン国務長官だった。彼女は今も好戦派として大統領選を突き進んでいる。万が一、彼女が大統領になっても、そのころには中国が米国と対等な地域覇権国である状態は不可逆的に今よりさらに確定しているだろう。いずれ米国は、中国を、自分と対等な大国として認め、覇権の多極化を肯定するしかない。米国より格下の国として自国を形成してきた日本は、米中が対等になると、米国だけでなく中国よりも格下の国になる。日本は、すでに中国に負けている。(田中宇の国際ニュース解説 2016年7月17日

【山中人間話目次】
・批評・論争よ、おこれ
・「海の日」はニッポンという国の右傾化(戦前化)を象徴する日というほかない
・都知事選、小池氏が序盤先行 鳥越・増田氏が追う(日経) - kojitakenの日記
・春名幹男さんと内藤正典さんのトルコのクーデター未遂事件解析
キョウ くだんせん

Blog「みずき」:今回の浅井基文さん(元外交官、政治学者)の論攷については是非とも全文をお読みいただきたいのですが、長文のため論攷の在り処を示した上でここでは要点の要点のみ掲げておくことにします。いずれにしてもわが日本ではメディア(いわゆる「革新」的メディアを含む)によって「フィリピンが全面勝訴で、中国が全面的に敗訴」という「極めて皮相的」な評価があまりに喧伝されすぎていますので、浅井さんの提起される問題の所在を大づかみにつかみとることだけでもとても重要なタスクワークになるだろうと私は思います。

【国際司法裁判所も「本件仲裁裁判とICJとは無関係」であるとする立場】
7月12日に仲裁裁判所が下した裁定(award)については、フィリピンが全面勝訴で、中国が全面的に敗訴したという「評価」が
日本及びアメリカのメディアでは流布されています。しかし、このような見方は極めて皮相的なものと言わなければなりません。仲裁裁判所が本件についてそもそも管轄権があるのかという根本的問題(中国は、英仏露等30ヵ国と同じく、国連海洋法条約(以下「条約」)第298条の規定に基づく「海洋の境界画定、歴史的海湾または所有権、軍事及び法執行などの分野の紛争に関しては、条約の紛争解決手続から排除する」という排除宣言を行っています。この条の(a)(i)では、「海洋の境界画定に関する‥規定の解釈若しくは適用に関する紛争又は歴史的湾若しくは歴史的権原に関する紛争」が紛争解決手続から排除されうると明定していますから、本件仲裁は不法かつ無効とする中国の主張は十分な法的正当性があります)に加え、国連海洋法条約にいう「島」・「岩」に関する裁定内容は、日本を含む多くの国々の法益に直結する重大な問題を含んでいます。このほかにも、中国の「九段線(中国語では「断続線」とも)」及びそれに基づく「歴史的権利」に関しても、裁定はフィリピンに一方的に有利な判断を示しています。それらの諸点について検討を加え、安倍政権の「大はしゃぎ」及びそれを丸呑みにする日本メディアの報道姿勢が如何に誤ったものであるかを指摘したいと思います。(略)

今回の仲裁裁定については主に、①仲裁管轄権ありとする強引な立論、②「島」と「岩」に関する牽強付会的判断、③歴史的権利そのものの否定、という3点に関して重大な問題があります。この3点は、条約の権威性、十全性、有機的統一性のいずれをも根底から突き崩すものであり、今回の裁定に対しては、客観的に、公正かつ厳正な批判を行うことが不可欠です。(略)むしろ、この裁定に対しては、国際司法裁判所(ICJ)は本件仲裁裁判がICJとは無関係であるとする立場を対外的に明らかにしたこと、国連事務局も裁定結果に対して立場を明らかにしないとするコメントを出したことを紹介しておきます。また、EUも南シナ海の紛争に関しては交渉による解決を希望するという立場を明らかにしました。つまり、米日のはしゃぎぶりは対突出した異常なものだということです。(
浅井基文のページ 2016.07.17

【山中人間話目次】
澤藤統一郎さんのBlog「みずき」の問題提起に対する応答
オバマ大統領の「核先制不使用」検討宣言に日本政府の不愉快と市民の不愉快
内野光子さん(歌人)のふたたびの沖縄、慰霊の日の摩文仁へ ――「天皇制」への違和
国木田独歩の『春の鳥』を絶賛したシベリア帰りで元編集者だった高校教師と城山の話
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澤藤統一郎さんが私のBlog「みずき」上での問題提起応答してくださった。内容的には私の引用した醍醐聰さんの問題提起に対する応答ということにもなるでしょう。澤藤さんの誠実な応答に感謝したいと思います。

ただ、私の「本来の野党共闘はどうあるべきか」という問題提起に対する応答としては論点がややずれているように思います。

しかし、この点についてはその問題点のありようについて私が十分に説明しえていないという点が大きいので都知事選終了後にでも改めて論じてみたいと思っています。いまは鳥越さんの勝利のために全力を尽くすべきだというのが私の認識でもあります。
 
【批評・論争よ、おこれ】

キョウ いとうりつ

Blog「みずき」:加藤哲郎さん(一橋大学名誉教授、早稲田大学客員教授)はここでの論でいま安倍政権が企んでいる憲法改正問題とゾルゲ事件731部隊シベリア抑留という「戦争の記憶」との密接な関連性を指摘しています。どういうことか。加藤さんは次のように言います。「歴史の記憶は、諸個人の体験・証言とともに、時々の情報戦で作られる。例えば敗戦直後に反戦・反ファシズムの物語とされていたゾルゲ事件は、東西冷戦の開始とともに「国際赤色スパイ団」の犯罪とされた。冷戦終焉で現れた、旧ソ連秘密文書やアメリカ国立公文書館資料で調べていくと、一見無関係なゾルゲ事件と関東軍731 部隊の細菌戦・人体実験、さらには日本人60万人のシベリア抑留、あるいは1956 年日ソ国交回復時の近衛文麿元首相長男・近衛文隆の抑留死に至るまで、虚実を取り混ぜた、日本、アメリカ、ロシア(旧ソ連)、中国等々から発信される国際情報戦が見えてくる」、と。情報戦の問題をインテリジェンスの概念と結びつけ、長年研究してきた加藤さんならではの視点というべきでしょう。示唆に富むものがあります。今日、『父・伊藤律 -ある家族の「戦後」-』(講談社)の出版記念シンポジウムが東京で開かれているようです。私にとっても興味津々のテーマですが参加することは適いません。後日の報告を俟ちたいと思います。

【日本の民主主義は去って行ってしまったかもしれない】
参議院選挙が終わりました。危惧していた通りの安倍自民党・公明党の大勝で、大阪維新の会等を加えた「改憲勢力」は、憲法改正発議の要件となる3分の2の議席を、衆議院と共に確保しました。(略)海外の報道は、率直です。「安倍政権の経済政策と平和憲法改正に対する懸念にもかかわらず、与党が地滑り的勝利」「軍国主義の記憶を色濃く残している中国との緊張が増すだろう」(
ロイター)、「安倍首相が目指す憲法改正を加速」(人民日報)、「『改憲まで七合目』安倍・右翼60年の野望」(朝鮮日報)、「次のステップは平和主義の憲法を改正するかどうかの国民投票」(BBC)。合澤清さんの紹介するドイツ紙Die Zeitは強烈。「日本の民主主義は去って行ってしまったかもしれない」という解説記事で、安倍首相を「超保守主義者Ultrakonservative」とし、その理由を、「第一は、安倍がこの数年来、第二次大戦中の日本軍の忌まわしい振る舞いをひたすら緩和して、特別目くじら立てることではないかのように努力していたこと、第二に戦犯を合祀している靖国神社への国会議員の参詣を、彼が取りなしてきたこと、第三に、航空自衛隊の学校で、その教材用機械のボディにNo.731と大書して、それを写真に撮っている。これはヨーロッパでSS(Schutzstaffelナチス親衛隊)という文字がもたらすのと同様に、アジアでは極めて挑発的で嫌われている数字である。第四は、安倍が憲法の改訂を公然主張することで、中国や韓国(朝鮮半島)との緊張が一気に高まる気配がある」と。この第3の論点は、私がここ数年の講演で、731部隊の人体実験・細菌戦がらみで警告してきた「戦争の記憶」の問題そのものです。つまり、憲法改正問題は、この国では、歴史認識の問題とワンセットなのです。もっとも海外では、イギリスのEU 離脱国民投票に伴う首相交代・新政権、アメリカ大統領選挙の民主党ヒラリー・クリントン共和党トランプの対決構図確定、ハーグの仲裁裁判所が南シナ海での主権に関する中国の主張を退ける国際法上の判決、等々不安定と「危機」の要因山積、無論、アベノミクス経済も、もくろみ通りには進まないでしょう。もう明日ですが、7月16日(土)午後1-5時、明治大学リバティタワー12階1125教室で、伊藤淳さんの『父・伊藤律 -ある家族の「戦後」-』(講談社)出版記念シンポジウムが開かれます。私も 『ゾルゲ事件ーー覆された神話』(平凡社新書)などで伊藤律「革命を売る男」説の誤りをただす松本清張『日本の黒い霧』改訂に関わった関係で、著者・伊藤淳さん、評論家・保阪正康さんと共に、「ゾルゲ事件と伊藤律ーー歴史としての占領期共産党」について報告します。すでに「ちきゅう座」には、私の報告レジメ・資料が掲載されているようです。ちょうど日本共産党の公式「創立記念日」の翌日。冷戦史・社会運動史やインテリジェンスに関心のある方は、ぜひどうぞ。(加藤哲郎のネチズン・カレッジ 2016.7.15

【山中人間話目次】
トルコのクーデターをどのように見るか-内藤正典 Twitter
サンダースは民主党、共和党以外の第三党をつくる道に踏み出すべきではなかったか
即刻明らかにせよ【増田寛也】東京電力との本当の関係 
田中利幸さん(歴史学者)の永六輔論
<社説>辺野古工事再開へ 法律をも踏みにじるのか - 琉球新報
平安名純代さんの「今、翁長知事が足を運ぶべき場所は高江です。馬毛島ではありません」
きょう さわふじ

【「知名度頼み、政策不在の候補者選び」という批判にもどう応えるか】
澤藤統一郎さん。「都知事は、憲法の精神を都政に活かす基本姿勢さえしっかりしておればよい。その基本姿勢さえあれば、細かい政策は、ブレーンなりスタッフなりが補ってくれる」という点については、私も、澤藤さんと認識を同じくします。

こうした認識は特別な専門的知識など必要なく、床屋談義的にでも10年、20年単位の政治ウォッチングを続けていて、かつ、ごくふつうの政治感覚さえ持ち合わせていれば誰でもすぐに到達する認識というべきですが、誰か確かな人(知識人、専門家)の理論的分析がなければ納得できないという人のために、すでに何度か紹介しているものですが、『チョムスキーとの対話 政治・思想・言語』(大修館書店、1980年)から次の一節を
引用しておきます。 「イデオロギーの分析の場合、視野の広さと知力とがいささかあり、それに健全なシニシズムがあればたくさんだ。(略)社会科学一般、とりわけ現代の事件の分析は、これに十分関心をもとうとする者ならだれにでも完全に手が届く。(略)門外漢にわからないような特殊な知など、これっぽっちも必要ではない。たとえ『深奥』を究めるためでもだ。だいいちそんなものは存在しない」。

しかし、澤藤さん。「告示日が迫る中、大詰めの段階で鳥越氏が野党統一候補者となったことも理解できる。しかし、それで、胸をなでおろし、あとは鳥越氏勝利のために頑張ろう、では都民不在である。それでは、判官びいきではなく、『知名度頼み、政策不在の候補者選び』という宇都宮氏の批判に一理がある。(略)こうした都民に向ける政策、公約が告示日の前日になっても不在のまま、4党の合意で候補者だけが決まるというのは異常である」という
醍醐聰さん(東大名誉教授)の指摘も私は同様に重要な問題提起だろうと思います。「4党の合意で候補者だけが決まるというのは異常である」という醍醐さんの指摘は本来の野党共闘はどうあるべきかという根底的な問題提起です。この重要な問題提起をスルーして「4野党が責任もって推薦しているのだ」というだけではこれもいかにも「もの足りない」弁明というべきです。醍醐さんの指摘に本格的に応じてみよう、という気はありませんか?(東本高志 2016/07/15
 
【山中人間話目次】
高世仁さんの宇都宮健児論への違和
「良い先生が素晴らしい学生をつくりますね」という鄭玹汀さんの感想について
「(耕論)天皇と退位 半藤一利さん、原武史さん、御厨貴さん」という朝日新聞記事の堕落について toriiyoshikiさん(元NHKディレクター、ハーフ・リタイア)の「天皇陛下の生前退位情報」の読み方
森川文人弁護士の「憲法上の天皇システム 差別と曖昧化の「象徴」として」という論
都知事選立候補者問題に関して、猪野亨弁護士ならではの着眼点による自民党批判
キョウ だいごさとし

Blog「みずき」:醍醐聰さん(東大名誉教授)は言う。「前回の都知事選にあたって私は宇都宮健児氏の立候補表明、同氏の行政人としての力量と資質、過去の宇都宮選対の非民主的体質などをこのブログで厳しく批判した。その指摘に対し、今日まで宇都宮氏本人からも宇都宮選対の幹部(政党、個人)からも誠意ある応答は直接にも間接にも全くなかった。そうである以上、私の宇都宮氏とその選対幹部に対する評価は今も変わらない」、と。私は醍醐さんの意見にまったく同意するものです。しかし、醍醐さんは次のようにも言う。「首都東京といえで(ど)も、一地方自治体である。辺野古移設を強行しようとする政府の姿勢を沖縄の自治権侵害と訴える野党が、東京都の知事選となると、東京都の自治権を無視するかのように党中央が候補者選考の前面に出るのはどういうことなのか?」、と。正論と言うべきですが、疑問もあります。野党の共同候補選考の過程で中央執行部の意図と意志を無視して共同候補としてまとまるはずもない右翼的な人物を候補者として次々に名前をあげるなど独断専行的に暴走してきたのは民進党都連側ではなかったか。地方の自治権を無視するのはもちろん問題ですが、党中央の意図と意志(組織論的には組織総体の意図と意志とみなせる)を無視して独断専行的に暴走してきた都連側の行為もまた問題というべきです。その点についての醍醐さんの考察はありません。この問題についてはもう少し大所高所からの見方も必要というべきではないか。民主主義の意思決定は本来構成員全員の合意によって成立するはずですが、「中央」も「地方」もそれぞれ構成員の一端でしかないのです。それらを総合したものの見方。それが民主主義の見方というものではないか。

【政策、公約が不在のまま4党の合意で候補者だけが決まるというのも異常】
前回の都知事選にあたって私は
宇都宮健児氏の立候補表明、同氏の行政人としての力量と資質、過去の宇都宮選対の非民主的体質などをこのブログで厳しく批判した。その指摘に対し、今日まで宇都宮氏本人からも宇都宮選対の幹部(政党、個人)からも誠意ある応答は直接にも間接にも全くなかった。そうである以上、私の宇都宮氏とその選対幹部に対する評価は今も変わらない。今回の都知事選にあたって、野党統一というより、市民共同を願う立場からすると、宇都宮氏がまたも、都政の刷新を望む政党、市民団体、個人の協議を待たず、立候補の意向を表明したことに賛同できない。共同候補を検討する協議を困難にし、市民団体に分断を引き起こす要因を生んだことは否めないからだ。(略)

では、野党各党や市民団体は、この間、政治・行政面で信頼に足る力量と資質を備え、なおかつ、「勝てる可能性」を十分に持った共同候補を模索する努力をどれほど尽くしてきたのかとなると、きわめて不透明で怠慢である。
鳥越俊太郎氏のジャーナリストとしての経験と力量は私も十分に評価している。告示日が迫る中、大詰めの段階で鳥越氏が野党統一候補者となったことも理解できる。しかし、それで、胸をなでおろし、あとは鳥越氏勝利のために頑張ろう、では都民不在である。それでは、判官びいきではなく、「知名度頼み、政策不在の候補者選び」という宇都宮氏の批判に一理がある。(略)こうした都民に向ける政策、公約が告示日の前日になっても不在のまま、4党の合意で候補者だけが決まるというのは異常である。(略)遅きに失したとはいえ、私は鳥越俊太郎氏が野党と市民団体の共同候補にふさわしい、都民に信を問うに足る、充実した政策を一日も早く練り上げ、都民に示すことを強く要望する。(醍醐聰のブログ 2016年7月13日

【山中人間話目次】
・今日から都知事選が始まる。中道であれ、なんであれ、自民党保守政治の続行を許すわけにはいかない。私たちがいま立っている場所はここだ。ここから始める以外ない
・今回の天皇の「生前退位」報道は安倍官邸方面からのスピンコントロール(情報操作)というのがどうやら実相である
・改めて「リベラル」なるものの人を見る目のなさを思う-ベストセラー『日本会議の研究』の著者、菅野完(noiehoie)の性的「暴行」事件について
キョウ いとうしん
伊藤真弁護士

Blog「みずき」:昨日の浅井基文さんの論とほぼ同様のことを指摘する伊藤真さん(弁護士)の論。伊藤さんも浅井さんと同様に次のように言います。「安倍晋三首相に批判的な勢力や、改憲反対の市民運動に取り組む人たちは「3分の2を改憲勢力に取られた」として憂慮したり、落胆したりする必要はない。むしろ今後、国会の憲法審査会で改憲論議が進んでいくときに、国民がもっと具体的な改憲を意識した議論をしっかりする。つまり、一種のピンチをチャンスに変える認識を持つことが重要だと思う」。しかり、と私も思います。昨日の浅井さんの言葉をもう一度繰り返しておきます。「私たち主権者には、2/3のカベを再び突きつける可能性を確実に有していることに確信を持つべきである」。
 
【いまは次の総選挙で憲法を意識した投票行動に出るための始まり】
改憲勢力が3分の2を超えたことには何の意味もない。憲法改正の国会発議は、具体的にどの条文をどう変えるかという点について、3分の2の賛成が得られて初めて行われるからだ。例えば今の憲法9条を変え、国防軍を創設する自民党の改憲案に公明党は賛成するだろうか。おおさか維新の会が改憲で教育無償化や憲法裁判所の設置を目指すとしているが、自民党の改憲草案にはいずれも入っていない。憲法裁判所には賛否両論があり、自民党は賛成するだろうか。安倍晋三首相に批判的な勢力や、改憲反対の市民運動に取り組む人たちは「3分の2を改憲勢力に取られた」として憂慮したり、落胆したりする必要はない。むしろ今後、国会の憲法審査会で改憲論議が進んでいくときに、国民がもっと具体的な改憲を意識した議論をしっかりする。つまり、一種のピンチをチャンスに変える認識を持つことが重要だと思う。

自民党は4年前に発表した改憲案で、「国を豊かに、強くする」というゴールを明確に示し、それに向かって一歩一歩着実に進んでいる。今回の参院選で「憲法改正が争点にならなかった」といわれるが、自民党としては、わざわざ一つ一つの選挙で「改憲でこれを実現しますよ」と公約に掲げるまでもない。過去の国政選挙でも特定秘密保護法や安全保障関連法を争点にしなかったのに、選挙後に成立を強行した、と批判されるが、いずれも自民党が改憲案9条で示した法律を作っただけのこと。驚く必要は全くない。自民党は国民に示したとおりのことを「誠実」に進めている。国民やメディアがそれに対して鈍感なだけだ。アベノミクスも同じ。自民党の改憲案前文に「活力ある経済活動を通じて国を成長させる」と書いてある。要するに、国家の国内総生産(GDP)を成長させることが重要なのであって、労働者の実質賃金が減少しようが関係ない。一人一人の個人よりも、国家を尊重する国をつくりたいと考えているのは明らかだ。

安倍首相は参院選の結果を受けて「自民党の方向性が支持された」として政策を進めていくだろう。少なくとも民主主義の国ならば、そのように評価されてもやむを得ない。ただ、自民党が提唱する、より強くて豊かな国づくりと、今の憲法が理念とする一人一人の個人を尊重する国づくりでは、目指すところが正反対だ。こうしたなか、国民はどのような国で生活するのが幸せを感じられるのか、自分たちのこととして考える時期にある。公明党の支持者で、これまで抽象的に「自公は連立だから」といって自民党の候補者に投票してきた人たちも、自民党改憲案の本質を理解し、自民党が目指す国家像を本当に支持していいのか考えていく機会だ。改憲問題はこの参院選で終わりではない。市民が今こそ憲法を学び、力を培い、その力をもって次の総選挙で憲法を意識した投票行動に出るための始まりと位置付ければよいと思う。(
伊藤真「毎日新聞」2016年7月12日
 
【山中人間話目次】
宇都宮さんはおよそ40年ぶりの野党共闘の実現に背いて彼自身の出馬に固執するか?
弁護士サイドの眼から見た宇都宮健児氏批判- 弁護士 猪野 亨のブログ
増田寛也氏「ファーストクラス使いながら、他人の使用は批判」
辺見庸の憂鬱
イギリスのEU脱退とイギリス憲法(全2回) – 中村民雄早大法学学術院教授
また、小手先でごまかそうとする。石原進と籾井勝人
キョウ とうほく

Blog「みずき」:以下は、浅井基文さんの2016.07.12付けの「参議院選挙と日本政治」と題されたコラムの大幅な要約です。私の関心に即してピックアップしたものですから必ずしも正確な要約とはいえないでしょう。そのことをはじめにお断りしておきます。浅井さんの「(改憲の)議論が行われる間に衆議院総選挙をはじめとする国政選挙が何度も行われるだろう。私たち主権者には、2/3のカベを再び突きつける可能性を確実に有していることに確信を持つべきである」という指摘は重要です。私たちは諦めることなく、また、希望を捨てることなく「改憲阻止」の闘いを続行していく必要があるでしょう。私たちはいまなお「2/3のカベを再び突きつける可能性を確実に有している」のです。次に浅井さんの指摘で重要と思われるのは「9条改憲に関していえば、実は民進党の中にこれを志向する勢力が厳然として存在している。だから、『改憲勢力が2/3を超えた』という議論自体、あまり意味がない」という指摘です。ここでは浅井さんは民進党の中の改憲勢力の問題にしか触れていませんが、しかし、いまはその改憲勢力は共産党の中にさえいます。現在の共産党の凄まじいまでの右傾化傾向の問題を措いてこの問題を論じることはできません。この点については、逆に、浅井さんに私が指摘しておきたいと思います。

【私たち主権者には2/3のカベを再び突きつける可能性を確実に有している】
今回の参議院選挙は、戦後日本政治の転換点として後世に記録される可能性がある。(略)選挙結果について、改憲勢力が参議院でも2/3を超えたことだけが強調されるし、安倍首相は間違いなく改憲策動を今後強めるだろうが、改憲勢力といっても複雑な構成であって、改憲論議を集約することは簡単なことではない。議論が行われる間に衆議院総選挙をはじめとする国政選挙が何度も行われるだろう。私たち主権者には、2/3のカベを再び突きつける可能性を確実に有していることに確信を持つべきである。勝負は今回で終わったということでは決してないということだ。ただし、次の点は改めて確認しておく必要がある。一口に「改憲」というのはあまり意味がない。中心的問題は9条改憲である。メディアが「改憲勢力」として括るのは改憲(公明党の「加憲」をも含む)を党として主張している勢力のことだ。しかし、9条改憲に関していえば、実は民進党の中にこれを志向する勢力が厳然として存在している。だから、「改憲勢力が2/3を超えた」という議論自体、あまり意味がない。(略)

保守政治の暴走を阻止するための一人区での野党候補一本化は、今回限りの戦術的措置ではなく、来たるべき衆議院総選挙(小選挙区)を視野に収めた戦略的選択として位置づけることで、その画期的意義を認識することができるし、また是非そうでなければならない。東日本大震災の復興が遅々として進まない
東北及び米軍基地問題で怒りが募る沖縄での圧勝を含め、11選挙区で勝利を収めた意義は極めて大きい。つまり、自公政治の被害を痛感している地域では、強烈な主権者意識が発揮されるということを示している。今後、アベノミクスをはじめとする安倍政治の本質が露わになるに従い、来たるべき衆議院総選挙に向けて、野党協力推進の客観的基盤・条件がさらに醸成されていくだろう。民共を主軸とする野党協力は今後も粘り強く推進するべきだ。(略)

私たち主権者が考えなければならない喫緊の課題を指摘しておきたい。まず、私たち主権者を含めた日本政治の「内向き」傾向という問題である。私たちは安倍政治の危険性については指摘し、批判するが、安倍政治を支配する米国及びその世界戦略、対日政策についてはほとんど俎上に上らせない。そのもっとも大きい直接的な原因は、日米安保体制については野党間で立場の違いが大きいため、「臭いものにはフタ」式の考慮が働いているためだ。しかし、より根本的には、私たち主権者がしっかりした国際観・国際認識を我がものにしていないことに問題がある。そのために、強いもの(米国)にはペコペコし、弱いもの(かつてのアジア)に対しては横柄になる(この傾向は国際関係に限らず、日本人の対人関係でも強く支配している)。しかし、日本政治を根本から正し、現実的課題としては自公政治に引導を渡すための野党共闘を戦略的選択として推進していく上では、以上の問題を直視しなければならない。(
浅井基文のページ 2016.07.12

【山中人間話目次】
「アリの一言」氏には見えていないことがある――参院選・「野党共闘」は「大きな成功」と言えるか
日本共産党の小池晃書記局長の発言が、今も気にかかっている-大田英昭
都知事選の野党共闘に期待する――民進、鳥越俊太郎擁立で最終調整
キョウ さんいんせん3

Blog「みずき」:水島朝穂さんは「今週の直言」の《付記》の前に「いずこにおいても、哲学をもつ政治家がいなくなって久しい。それどころか、日本の場合、「虚栄心」と「自己陶酔」(祖父の悲願〔憲法改正〕達成)、距離感の喪失(Distanzlosigkeit)など、政治家の致命的欠陥をパーフェクトに備えた首相とその側近たちによって政治が決まっていく。秋には米国で、冒頭の写真にある大統領候補が当選するという悪夢の連打が待っているのか。政治家だけでなく、憲法研究者も含めて、変身と転進が始まる可能性もある。これからは、市民にも、「それにもかかわらず!」という覚悟が求められる時代が続く」と述べた上でマックス・ヴェーバーの『職業としての政治』から次のような言葉を引用しています。「政治とは、情熱と判断力〔見通す力〕を同時に用いながら、堅い板に力をこめて、じっくり時間をかけて穴をあけていくことである。もしこの世の中で不可能なことを目指して再三再四食い込もうとしないなら、およそ可能なことも達成されないということは、まったく正しく、かつ歴史上の経験がそれを確認している」(マックス・ヴェーバー職業としての政治』S.66)。

【付記】
第24回参議院選挙の結果が出た。投票率54.7%という戦後4番目に低い数字になった。与党と維新を合わせて「改憲勢力が3分の2に到達」という結果をどうみるか。まだ確定的な数字や割合などのデータが出ていないので、今回は詳しくは立ち入らない。ただ、ドイツの
第1放送(ARD)tagesschau(7月10日13時51分〔日本時間20時51分〕)が一番早い報道で、「参議院選挙で与党が多数を占めることが確実となった」「日本はこれにより第二次世界大戦後の時代から続く基本法〔憲法〕に別れを告げ、軍にさらに重きを置いていくだろう」と伝えた。選挙当日の『南ドイツ新聞』東京特派員の評論は、「安倍は彼の党を、戦後のどの首相もなし得なかったほどに強制的均質化した(gleichgeschaltet)」という学者のコメントを紹介しつつ、TPPや原発、憲法改正などの論争的なテーマを選挙の争点から外したことを問題にして、「日本の民主主義はしばしば…演出(Inszenierung)である」と結んでいる(Süddeutsche Zeitung vom 9/10.7.2016, S.10)。

ここで注目したいのは、ドイツでgleichschalenという言葉を使えば、与える印象はかなり強烈だということである。
Gleichschaltungは、ナチスが国家・社会を均質化しようとした政策や思想を指す。1933年3月の授権法(全権委任法)の1週間後に制定された「ラントとライヒの均質化(Gleichschaltung)に関する暫定法律」とその1週間後の「ラントとライヒの均質化に関する第二法律」によって、ラント(州)の権限は国家や党に移され、最終的に中央集権国家となった。日本の場合、自民党だけではなく、NHKをはじめ、各種メディアもまた「均質化」されていった。選挙報道は抑制させられ、「選挙隠し」ともいえる状況が生まれた。これは「つくられた低投票率」ではないか。(水島朝穂「今週の直言」付記 2016年7月11日

【山中人間話目次】
・メディアはどの社も「改憲勢力3分の2を確保」の大見出しを打っているが、「野党共闘」4党も実質「改憲」(新9条論)の主張をしており、疾うに「改憲勢力3分の2」の状況ではあった
・1人区で共闘している民進・共産・社民・生活の野党4党は「改憲」には反対していません。五十嵐仁さん、ウソを言ってはいけません。
・安倍首相と会食し、原発再稼働を鼓吹してきた石原進氏がNHKの監督機関の長でよいのか-醍醐聰のブログ 2016年7月9日
・『しばき隊のNo.1は野間易通、No.2は竹内真、No.3は木下ちがや、フェローは五野井郁夫。シニアフェローは中野晃一、エグゼクティブフェローは小熊英二。
・「バーニー・サンダースのバチカン倫理経済学会演説全訳」2016年7月5日
キョウ いしだじゅんいち

Blog「みずき」:昨日の
石田純一さんの都知事選出馬に関しての記者会見の模様を私も録画で観てみました。率直で爽やかな印象です。民進党の岡田代表も共産党の志位委員長も野党の統一候補が必要だとする石田氏の発言について「素晴らしい方」「全く同じ気持ち」だとして評価しています。そうであれば石田さんは野党統一候補として最適の人材というべきではないか。石田さんについて政治家、あるいは行政マンとしての「実務経験がない」などと否定的に見る声がありますが、政治家として出発するについて一番大切な資質は市民としての目線と市民感覚です。政治的、行政的なことについては周囲にはその道のプロがたくさんいるわけですからその人たちからアドバイスを受ければよいだけのことです。この点について金光翔さんのブログからチョムスキーの言葉を引用しておきます。チョムスキーは次のように言っています。「現代の事件の分析は、これに十分関心をもとうとする者ならだれにでも完全に手が届く。こうした問題の「深奥」とか「抽象性」とかいったことは、イデオロギーの取締り機構が撒き散らす幻想に属するもので、そのねらいは、こうしたテーマから人々を遠ざけることにある。人々に、自分たち自身の問題を組織したり、後見人の仲介なしに社会の現実を理解したりする力がない、と思いこませることによって、だ」。ただし、相変わらずの単に有名人志向のリベラルがあまりに多すぎます。この人たちの声に惑わされないことです。そうでなければ確実にポピュリズム政治に堕してしまうでしょう。

【12年選挙・14年選挙の、二の舞・三の舞という事態はもう見たくない】
参院選(7月10日)直後に、都知事選告示(7月14日)が迫っている。「出たい人より出したい人」は選挙に通有の名言だが、「出たい人」「出たがり屋」と「出したい人」「出てもらいたい人」とのマッチングがなかなかに難しい。今回都知事選の「出したい人」は、条件が明確になっている。「4野党共闘の枠組みでの統一候補たりうる人」である。この枠組みははやばやとできあがった。しかし、その枠組みでの人選の進捗が見えてこない。(略)そんな中で、「出たい人」のまたまたのフライング宣言があったようだ。「またまたの」という根拠は、「東京をプロデュース」の下記URL「
2014年都知事選総括」をよくお読みいただきたい。フライング宣言は、都知事選における4野党共闘枠組み無視宣言でもある。共闘の枠組みを無視して単独で出馬宣言をしておいて、「ついてくる者だけこの指止まれ」という独善的なやり方。野党共闘枠組みができていないときにはあり得る方式だろうが、「今、それを言っちゃあ、おしまいよ」ということになる。

そんな重苦しい空気の中で、石田純一の「場合によっては立候補」記者会見は清々しい印象ではないか。各紙の報道はほとんど齟齬がない。代表的なのは以下のようなもの。「俳優の石田純一さんが8日、東京都内で会見を開き、『野党の統一候補であるならば、ぜひ出させていただきたい』と野党の統一候補となることを条件に都知事選(14日告示、31日投開票)に立候補する意向を示した。『野党が統一候補を立てずに分散するというなら、私は降りて(出馬しないで)市民の側に寄り添いたい。自分は「出たい」というよりも「野党統一候補が必要」という考え。万が一、野党統一候補が決まるなら、それがいい』と話し、それぞれ候補者の調整に動いている野党各党に呼びかけた。」(毎日)また、「石田は、『自分が統一候補じゃなきゃ嫌だというわけではありません』と説明したうえで、『現状、野党がバラバラでは(与党に)勝てない。思いを力に変換できない。少しでも力を結集したい』と話した。」「現状、政党からの出馬要請は『ないです』とした。」「自身が統一候補になれなかった場合や、別の人物が統一候補となった場合は『喜んで応援する』とした」とも報道されている。

石田は野党共闘の枠組みでの進展がないことに業を煮やして一石を投じたのだ。しかも、相当の覚悟をもってのこと。野党共闘の枠組みを大切にし、姿のぼやけてきた共闘の再構築をうながそうとの真摯さがよく見てとれる。好感の持てる姿勢ではないか。それにしても、分からないのが民進都連だ。自分が共闘の中心に位置して、人選は自分が先行してよいと思っている様子なのが解せない。都議の数では共産党の後塵を拝している民進ではないか。その民進が、どうして長島昭久や松沢成文など、4野党共同で推せるはずもない候補者の人選をするのか。そして、共産党のダンマリも解せない。今は、4野党責任者の協議の進行が喫緊の課題だ。このままでは、参院選の野党共闘の雰囲気にまで翳りを落としかねない。(略)12年選挙・14年選挙の、二の舞・三の舞という事態はもう見たくない。(
澤藤統一郎の憲法日記 2016年7月8日

【山中人間話目次】
石田純一記者会見―生中継の意外な展開にミヤネの顔が歪む。自公陣営の忠実な代理人であること示すものだ
【金平茂紀の新・ワジワジー通信(16)】「県民大会」と報じない訳 問われるメディアの自律
英国のEU離脱:資料として(9)―英国在住の免疫学者・医師の小野昌弘さんの論
英国のEU離脱:資料として(8)―TUPの坂野正明さんの英国のEU離脱論
とどまるにあたいせぬ此岸。一瞬という語にあたいする、かそけき刹那(辺見庸「日録」2016/07/07)
キョウ うしだ キョウ うしだ2

【今日の改憲の危機的状況は自らが加担してつくり出している】
「五十嵐仁の転成仁語」(2016年7月7日)の論の一節:「終盤情勢では、自民党が単独過半数を復活し、改憲4党は改憲発議に必要な3分の2の議席確保をうかがうような状況になっているとされています。そのような議席を与えて、改憲に向けての具体的な作業を始めさせて良いのでしょうか。すでに、安倍政権は戦争法の成立によって自衛隊を海外に派遣してアメリの手伝いができるようにしました。これに加えて憲法9条2項を変えれば、自衛隊は「国防軍」となって戦争に積極的に関与できるようになります。」

よく言うよ、というのが正直なところの感想。
五十嵐仁さんは「憲法9条2項を変えれば、自衛隊は「国防軍」となって戦争に積極的に関与できるようになります」などと言っていますが、その「憲法9条2項を変え」ようとしているのはどこの誰か。いまや共産党の別働隊とでもいうべき存在になっているSEALDsであり、しばき隊ではないのか。その9条2項改憲論者たちを身内に抱えてどの口で「憲法9条2項を変えれば」云々などともっともらしい説教を垂れることができる? 

今回の選挙では共産党のいわゆるソフト路線(実のところ「右傾化」路線)なるものに欺かれる者がいて同党の議席は何議席かは増えるかもしれません。が、それがマヌーバーでしかないことはすぐに見破られることになるでしょう。そういうことに気づきもせず、反省もないところに今日の改憲状況の素地がつくられてきたのです。五十嵐さん及び同党シンパサイザーは、今日の憲法改悪の危機的状況は、自らが加担してつくり出している危機的状況であるということに気づかなければりません。共産党とともに根底的な反省が望まれます。(東本高志フェイスブック 2016年7月7日

【山中人間話目次】
参院選終盤情勢調査を見て思う―堕ちよ、堕ちよ。とことん堕ちよ、と
五十嵐仁さんの「憲法9条2項改憲論」批判のマヌーバ性を批判する
「新九条論」は連帯への配慮を欠いた提言として有害である
革命的改憲阻止を!あらゆる改憲勢力と決別しよう。-御苑のベンゴシ 森川文人のブログ 
キョウ きんようび

【「民主勢力ムラ」という利益共同体と週刊金曜日】
乗松聡子さん。よくぞ『週刊金曜日』批判に踏み出してくれました。敬意を表します。ところで、週刊金曜日はなぜ乗松さんの投稿を拒否したのか。辺見庸以下の指摘が参考になるように思います。『株式会社金曜日社長・北村肇君。(略)君は今日、ぼくの親友にたいし、「赤旗」のインタビュードタキャン事件は「事実確認」ができない、ウラもとれないので週刊金曜日では記事化しない、日本共産党にも抗議しない、とふたたび明言した。おもしろいことを言うひとだね、あんたは。毎日新聞記者時代、君は、「事実確認」ができない、ウラもとれないので自民党の悪政は記事化しないこと――とでも教育されたのかね。それとも、共産党と「赤旗」はつねに正しいので批判しないこと――という記者研修をうけたのかな。貧すれば鈍すと言うけれど、いくらなんでもそんなひどい記者教育はしていないはずだぜ、ね、元毎日新聞社会部デスク北村肇君。』

『2015年11月17 日午前11時半、ぼくは、拙著『
1★9★3★7』(イクミナ)をめぐり、「赤旗」記者のインタビューをうけることになっていた。それがとつぜん中止になった。なにも大したことではない。が、このことがぼくにはちょっとしたa certain pointにみえたんだよ。「国会前情勢」とかいってアホ学者どもがカラ騒ぎしていた無緊張状態を、ぼくはひたすら下品にあざ笑った。むろん撤回なんかしない。そのことが国民連合政府とやらを工作中の党幹部の逆鱗にふれたのなら、じつはそうなんだ、となぜ言えないのだ。北村肇君、昨日きみはどこでなにをしていたのかね。代々木で党幹部と会い、ドタキャン問題の善後策を相談していたのではないのか。そこで、〈「赤旗」のインタビュードタキャン事件は「事実確認」ができない、ウラもとれないので週刊金曜日では記事化しない、日本共産党にも抗議しない〉という〝妙案〟ないし〝統一見解〟が授けられたのではないのか。ハハハ。「赤旗」も週刊金曜日も、この件は1行たりとも載せない、ということを公式に再確認したというわけかね。口裏あわせ。だとしたら、おもしろいね、北村肇君。これ、会社の不正隠しとおなじ手口じゃないか。ニッポン社会の完全おためごかし化そのものじゃないか。』

上記の辺見の指摘がなぜ参考になると私は言っているのか。週刊金曜日は日本共産党や同党を取り囲むいわゆるリベラル勢力とともに「
民主勢力ムラ」とでもいうべき利益共同体を形成しているからです。その「民主勢力ムラ」の利益に反するような記事はその利益のおこぼれにあずかっている週刊金曜日としては掲載するわけにはいかないのです。この点については辺見の次のような証言もあります。「金曜日の北村社長は本日、辺見庸の主張は「100パーセントわかるが……」(笑止!)と述べるいっぽうで、しかしながら、同誌での事件経過説明も共産党への抗議もできない、と言明した。その背景として、北村氏はまことにわが耳をうたがわざるをえない、まったく承服しがたい珍妙無類の〝理由〟をあげた。金曜日の読者の多数が日本共産党員であるため、公表も抗議もできない――というのだ!」こういうことどもが週刊金曜日の今回の乗松聡子さんの投稿不掲載(拒否)の背後の事情としてあるのだと思います。(東本高志フェイスブック 2016年7月6日

【山中人間話目次】
澤藤統一郎さんの醍醐聡さんの問いへの返信
しかし、浅井さん。日刊ゲンダイがどういう役割を果たしているのか。もう少し考えてからインタビューの可否を決めてほしかったものです
これほど「選挙」というものを疎ましく思うようになったことはない―辺見庸の投票拒否の理由
宇都宮健児氏のサンダースの悪用
ノーム・チョムスキー&ジョン・ダワー最新インタビュー
朴裕河VS鄭栄桓問題(5-4)― 吉方べきという人物について
キョウ へんみよう2

Blog「みずき」:「今日の言葉」は弊フェイスブックの記事をそのまま載せようと思います。以下。これほど「選挙」というものを疎ましく思うようになったことはない。投票すべき政党が見つからないからだ。私は知らないがもしかしたら投票すべき人はいるのかもしれない。しかし、代表民主制(議会制民主主義)は人ひとりやふたりの力ではどうにもならないシステムだ。政治を変えるためには「政党」を必要とする。しかし、投票すべき政党が見つからない。政治を変えたいと思っている者にとってこれほど絶望的な状況はない・・・。


【辺見庸の投票拒否の理由】
・I would prefer not to・・・.I would prefer not to・・・. I would prefer not to vote. I would prefer not to fucking vote.(辺見庸「日録」2016/07/05)

・はっきりした自覚と覚悟をもって、なんども自問しつつ、選挙をボイコットした。棄権したのではなく、積極的に投票を拒否した。理由は、2014/12/14付の神奈川新聞が掲載したロングインタビューで話したとおり。インタビュー記事の主見出しは「目を見開き耳澄ませ」。小見出しは「策謀的選挙」「見込み違い」「内なる特高」「感性の戦争」……。あたりまえだが、すべてわたしが話したことばである。事実上の憲法改悪および途方もない解釈改憲の追認をせまる策謀的選挙に、わたしはどうあっても加担できない。いい歳をしたテレビの解説者がとんでもない暴言を、こともなげに、さらりと言ってのけた。ドキリとする。人間はここまでバカになったか。バカになったのだ。〈投票者にはインセンティブを、棄権者にはペナルティをあたえるようにしてはどうか……〉。神奈川新聞インタビューで、わたしは語義矛盾を承知で、現状を「民主的な全体主義」と言った。これがそうだ。「投票者にはインセンティブを、棄権者にはペナルティを」も、マスメディアがかもす下からのファシズムにほかならない。マスコミは民主主義をスタティックな状態ないし固定的な制度であるかのように誤解している。誤解もなにも、おそらくなにもかんがえていないのだろう。民主主義はスタティックな状態でも固定的な制度でもありえない。民主主義とは動態である。民主主義は、それをかちとるための人間の絶えざる運動とわれわれ諸個人の、それぞれ独自の、めいめいが独自であるべき、身ぶり、目つき、口ぶりをふくむ、主体的意思表示の全過程のことをいう。〈わが党に投票すれば暴走がストップする〉式の呼びかけは、本質的に民主主義とはことなる。それは「民主的な全体主義」と親和的ななにかではないか。さて、まんまと安倍一味の策謀にのっかり、いいようにもてあそばれて、選挙結果は(ほぼ予想どおり)これこのとおり。ファシズムは上からだけのしかかってくるのではない。この選挙を機に、この国の全民的自警団化はますます進むだろう。貧者と弱者はますますのけものにされるだろう。ひとびとは投票所にゆき、わざわざ災厄をえらんだのだ。(辺見庸「日録」2014/12/14)
キョウ てんのうせい

Blog「みずき」:この小論において
醍醐聰さん(東大名誉教授)は共産党の現今の「野党共闘」路線はポピュリズムというべきではないか、と喝破しています。革新の人である醍醐さんはほんとうは参院選の最中にこういうことは言いたくなかったでしょう。それでも言わざるをえなかったところにいまの共産党の陥っている「不条理」と「組織の根深い体質にかかわる問題」があります。この同党に対する認識は私も同様です。参院選という選挙の最中だからこそ共産党の体質に関わる根っこの問題を指摘しておく必要があったということを同党と同党党員の方々には理解していただきたいものです。これは同党を長い間支持してきたシンパの声なのです。共産党はその誠実の声を疑ってはいけません。

【共産党のポピュリズム】
私は今回の「野党共闘」に冷めた見方をしています。そのわけは、一つには、当事者(野党各党)の間で真にどこまで政策の一致があるのか、疑問だからです。(略)共産党の志位委員長が昨日、「今は自衛隊が合憲か違憲かは問題でない。自衛隊の海外派兵を阻止することこそ重要だ」と演説しているのをNHKの夜7時のニュースで見ました。一見、共感を得やすい議論ですが、立ち止まって考えると底抜けする発想だと思います。なぜなら、自衛隊の海外派兵という場合、国連のPKOへの参加という形も考えられますが、より本格的なのは日米共同の軍事行動だろうと思います。現に、そのための共同訓練が常態になっています。「防衛」予算が5兆円を超え、重厚な装備を備えた自衛隊によって、日米共同の軍事行動がスタンバイの状況になっている現状で、自衛隊の海外派兵阻止というなら、ここまで肥大化した自衛隊の存在自体の違憲性を問うのが全うなはずです。そのような正面からの問いかけをせず(脇に置いて)いかにして自衛隊の海外派兵を阻止する運動をおこすというのでしょうか? 安保関連法の違憲性を主張しながら、法を施行する際に武力行使の中核を担う自衛隊の違憲性は棚上げするという議論を、私は全く理解できません。国民の間で抵抗を生みそうな議論に蓋をするというポピュリズムが透けて見えます

立憲主義を取り戻す」という点も大きな「共通公約」となっていますが、(略)「立憲主義」の中身は「個人の尊厳を大切にすることだ」という説明がされています。それなら、共産党は、従軍「慰安婦」の尊厳に再度、塩を塗るような昨年末の「日韓合意」をなぜ前進と評価するのでしょうか? オバマ大統領の広島訪問をかなえるためなら、原爆投下に対する米国の謝罪も事実上、棚に上げるような不条理になぜ同調したのでしょうか? 存在自体が人間の不平等、差別の権化といえる天皇が高座から「お言葉」を述べる国会開会式に同席して一礼するという行為を、共産党はなぜこの時期に始めたのでしょうか? 支持を広げるためなら、こういう不条理、同調圧力にも順応するという態度では、共産党の理性はどこまで劣化するのか、計りかねます。(略)以上、述べてきたことは私の特異な思想なり、背景事情から生まれたものでしょうか? 私は野党共闘なり、共産党に他意、悪意を抱く動機をなんら持ち合わせていません。むしろ、私が指摘したような疑問、異論が政党内や支持者内から全くといってよいほど聞こえてこないことに大きな疑問、気味悪さを感じています。上のような疑問を向けると、必ずと言ってよいほど「利敵行為論」が返ってきます。宇都宮選挙の時も体験しました。しかし、異論、批判に真摯に向き合わない体質が国民と溝を作る要因であることに、なぜ気づかないのでしょうか? 「今は○○が大事だから」という物言いで、組織の根深い体質にかかわる問題や自らの政策に宿る未熟な部分を直視しない態度を、いつまでとり続けるのでしょうか?醍醐聰のブログ 2016年7月4日
 
【山中人間話目次】
英国のEU離脱をめぐる西谷修氏(立教大特任教授)のコメントについて
核兵器を持たず武器を輸出しない日本の平和主義が、足元から瓦解しようとしている(保立道久さん)
大田英昭さんの吉林省南部・磐石市訪いの記
米民主党、サンダース氏の主張受け入れ「生活賃金」導入
キョウ とちじせん

Blog「みずき」:この2、3年、翁長県政の問題点などを鋭く衝く革新リベラルの側に立った記事を発信して同ブログを知る人の中では定評のある「アリの一言」ブログが昨日の7月2日付けの記事で14日告示の東京都知事選に関して野党共闘による弁護士の宇都宮健児氏の擁立を期待する記事を書いています。しかし、宇都宮氏と同氏の選挙母体の人にやさしい東京をつくる会(現希望のまち東京をつくる会)は前々回の都知事選時にだまし討ち決議をして少数異見者を暴力的に排除し、同調圧力によって言論封殺を強めるなど革新候補者として、あるいは民主主義の組織としてさまざまな問題点を抱え持つ人であり、組織です。同ブログ氏はそういうことを知らずに単純素朴な感情で革新的な野党共闘を期待しているのだろうと思います。しかし、その期待は誤解に基づくものです。このことは先の都知事選における宇都宮陣営の非民主的行為が革新的と思われる人たちの間でも悲しいかな、よく知られていないことの現われと見てよいものでしょう。そういうしだいで3年前の弊記事を「今日の言葉」として改めて示しておきたいと思います。この問題について共通の認識と理解が深まっていくことを切に望みます。
 
【「宇都宮健児君、立候補はおやめなさい」問題】
澤藤統一郎弁護士の「宇都宮健児君、立候補はおやめなさい」のその10の記事を読んで、はからずも行政とメディアを含む原子力関連産業総体がしばしば揶揄の意味を含意して「原子力ムラ」と呼称されるように、その原子力関連産業総体を「原子力ムラ」と揶揄するほかならない「革新・リベラル」勢力の側にも「民主勢力ムラ」とでも呼ぶべきある意味での排他的利益集団が存在していることを知ることになりました。この「民主勢力ムラ」にも「岩波」や「週刊金曜日」などの一応名の通ったメディア集団、出版社などがあり、大学、病院、弁護士などのインテリジェンス組織、労働組合、政党、各種の民主団体組織などがあります。そこには、それらの団体が一種のコングロマリットを形成し、そのそれぞれが他の団体との緩やかなステークホルダー関係を結び、そのそれぞれの「小さな利権」の分配と再分配を差配しあっているという一種の「ムラ」の構図を見ることができます。

小さいといえどもそれが「利権」(利益(余剰)を生み出すという意味での)である以上、その「利権」にしがみつき、それを決して手放そうとせず、急激な変化を望まない保守主義や現状維持主義も生まれやすくなるでしょう。(宇都宮健児氏以外の革新・リベラル勢力の候補者としてふさわしい候補者を確立・擁立することができない大きな原因にもなっているように見えます。また、
金光翔さん(元岩波「世界」編集部員)の「佐藤優現象」批判に関連しての『世界』や『週刊金曜日』批判、私の『NPJ』批判がどこかで留まり、流通していかないのもこのあたりに原因があるようにも思います)。また、どんな「利権」集団にもありがちなことですが、その「小さな利権」のおこぼれにあずかろうとする下心だけで「ムラ」への参入を試みようとする者も少なからず出て来るでしょう。逆にその「小さな権力」を誇示してその「権力」を恣意的に用いようとする者も出て来ます。不埒なやからはどういうわけかこういう恣意の人を見つけるのが早い。類は友を呼ぶということでしょうか。そして、その恣意の人に取り入り、それらがインフォーマルグループを形成していきます。こうして「民主勢力ムラ」の腐敗は構造的に累乗していき組織の根腐れが始まっていきます。澤藤統一郎弁護士が指摘する「人にやさしい東京をつくる会・運営会議」の根腐れはいつのまにかこうして形成されてしまったものではないでしょうか。(Blog「みずき」 2013.12.31

【山中人間話目次】
イギリスのEU離脱で世界はこう変わる―遠藤乾さん(北海道大学大学院教授)の見方
オリンピックは新自由主義推進の道具になっている(岩月浩二)
バングラデシュの人質立てこもり事件をどう見るか?

キョウ さっちゃー
映画「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」から

Blog「みずき」:長いので要約から省略しましたが、加藤哲郎さん(一橋大学名誉教授、早稲田大学客員教授)はイギリスの国民投票によるEU離脱を「イギリスのみならず、EU諸国全体に内在する、エスニックなものとシビックなもののせめぎあい、主権平等のタテマエと差別や憎悪の感情、就労機会と格差の拡大、人権・社会権の国別・地域別保障の相違等々、総じて「多様性の統合」の壮大な実験に孕まれていた危うさ・もろさが、表出され」たものと見ています。それが「新自由主義の、破綻の始まり?」という加藤さんのEU離脱評価につながっています。1979年のサッチャー政権誕生以来世界に波及していった新自由主義とはどういうものだったか? 本記事はその紐解きの導入部ということにもなるでしょう。

【新自由主義の、破綻の始まり?】
6月23日のイギリスの国民投票によるヨーロッパ連合(EU)離脱決定には、驚きました。2012年のギリシャのユーロ脱退論議で生まれた
Grexit(Greece + Exit)になぞらえてですが、Brexitという英語が、いたるところで見られます。離脱多数の決定に驚いてのBregret (離脱後悔)とか再投票も、話題になっています。しかし、この決定がくつがえされることはないでしょう。議会制民主主義の発祥の地を自認するイギリスで、その正統性を担保するレファレンダム=国民の直接投票という方法で決めてしまったのですから。 EUを支えてきた大国・独仏英の一角の脱退ですから、その歴史的意味は、重大です。(略)イギリスは、もともと新自由主義政治の発祥の地でした。第二次世界大戦後は「ゆりかごから墓場まで」のケインズ主義的福祉国家の代名詞だった国が、1979年サッチャー首相の誕生によって、「小さな政府」「規制緩和・自助努力」を標榜する市場原理優先の経済政策を採りました。しかも、フォークランド紛争ではアルゼンチン軍を武力で放逐し、「小さな政府の強い国家」となりました。アメリカのレーガン、西ドイツのコール、日本の中曽根首相等が、サッチャーに続きました。そこに、東欧革命・ソ連解体・冷戦崩壊で新自由主義が世界化し、今日のグローバル市場経済、金融為替政策を組み込みアジアを包摂したカジノ資本主義へと、変身していきました。EUは、マーストリヒト条約などで、一面アメリカ型市場経済の暴走、ドルの世界支配に歯止めをかけながら、域内には新自由主義を徹底し、北欧から中東欧へとモノ・カネ・ヒト・サービスの競争的自由移動を促進してきました。それが、イギリスから、ほころび始めました。モノ・カネと同じようには、ヒトは動かない、動けないのです。

今回の国民投票には、先に
パナマ文書にも出てきたキャメロン保守党政権への信任投票的意味合い、イギリス国内政治の中での「多様性の統合」の失敗への批判が含まれていました。本来の争点が隠され、単一争点にポピュリズムが動員される現象は、日本でも小泉郵政民営化選挙で経験済みです。21世紀の初頭、とりわけ9.11以降の世界の民衆運動の合い言葉となった「もう一つの世界は可能だ」を掲げてきたATTACヨーロッパ・ネットワークは、声明を出しました。「われわれは、大企業の利益のために行動する非民主的機構に指図されるのにうんざりしてきた。われわれは、ヨーロッパ民衆の生活を金融市場の意思によって決められるのに飽き飽きしている。EU機構がヨーロッパ民衆の民主的要求に応えられなかったことによって、EUの歴史上かつてなかった危機が起きている。もしEUが根本的かつすぐに変わらないのであれば、崩壊してしまうだろう。……われわれはヨーロッパ民衆の怒りを理解する。悲惨な緊縮政策、侵食される民主主義、破壊される公共サービスによって、ヨーロッパは1%の(富裕層の)ための活動領域に変わってしまった。これは移民の責任ではなく、金融・大企業ロビーとそれに付き従う政治家の責任である。……われわれはまた、イギリスでより良い国のために闘っている人々やレイシズムと極右に反対して闘っている人々を支持する。より良いイギリスはより良いヨーロッパを励ますことができる。もうひとつのヨーロッパは可能だ。もしEUがより良いヨーロッパの一部になれないのなら、一掃されるだろう!」と。ハーシュマン経済学の用語では、exit(離脱・退出)の反対語は、voice(発言・告発)です。21世紀の世界史の暦に、9/11、3/11と共に、 6/23という日付が加わりました。(加藤哲郎のネチズン・カレッジ 2016.7.1

【山中人間話目次】
宇都宮健児氏を都知事選候補者に推奨する「アリの一言」氏の誤解
「世に倦む日日」氏の共産党の市田忠義演説批判――シールズ、しばき隊との関係批判
リベラル・左翼の全的崩壊 ――小林節(「立憲デモクラシーの会」呼びかけ人、慶大名誉教授)の場合
リベラル・左翼の全的崩壊 ――自称リベラリスト想田和弘(映画監督)の場合
トンデモ・デマゴーグ(「福島差別」扇動者)の増山麗奈(画家・自称ジャーナリスト)批判
保立道久さんの「ネグリの『帝国』をどう読むか」

Blog「みずき」:NHKの新経営委員会委員長に決定したJR九州相談役の石原進氏は日本最大の右翼団体である日本会議の福岡支部の役員でもあります。上記
の山崎雅弘さんのツイートをご参照ください。籾井会長続投の伏線ではないかと見られています。籾井体制が籾井・石原体制となってNHKがさらに安倍政権を支える大政翼賛放送局となり、右傾化していく危険性は大です。私たちの知る権利を守るためにNHKのウォッチ(監視)をさらに強めていかなければならないように思います。

【国民の知る権利が損なわれる。ひいては民主主義が危うくなる】
籾井勝人NHK会長続投への下準備が密室の中で始まった―。そんな印象を持つ人も多いのではないか。NHKの最高意思決定機関であり、会長選びに主導的役割を果たす経営委員会の委員長に、JR九州相談役の石原進氏が決まった。12人の委員による互選である。なぜ石原氏なのか、国民、視聴者には分からない。もどかしい限りの選出だ。籾井会長の任期は来年1月で切れる。就任時の記者会見で従軍慰安婦について「どこの国にもあった」、国際放送について「政府が右と言っているものを左と言うわけにはいかない」と述べ、批判を浴びた人である。最近も、原発事故報道では「公式発表をベースに」するよう指示していたことが分かり問題になった。メディアの役割を理解しない発言だった。続投に反対する声は視聴者の間でも多い。会長を任命する権限は経営委員会にある。続投を認めるか交代させるのか、経営委の判断が注目される場面である。

石原氏は3年前の会長選びで籾井氏を推した一人とされている。官邸や総務省と太いパイプを持っているともいう。委員長就任は籾井会長続投の伏線ではないか、気になるところだ。任期満了で退任した前任委員長の浜田健一郎氏は籾井氏に対し、たびたび苦言を呈していた。籾井氏に批判的だった上村達男氏は昨年委員を退任した。外から見れば、経営委員会自体が籾井氏寄りの体質を強めているようにも受け取れる。NHKは視聴者が払う受信料で支えられる公共放送である。税金で運営される国営放送とは違う。視聴者のものだ。そのトップが今回も国民、視聴者の知らないところで選ばれていく。NHKを政治の影響力から引き離すために、経営委員や会長の選び方を開かれた形にすることを考えたい。例えば自薦他薦の候補を募り、公開の場で“所信表明”をしてもらったうえで選任に入る、といったやり方だ。国民、視聴者が直接影響力を行使することはできないとしても、今よりは透明になる。NHKは日本最大のメディアと言っていい。視聴者の信頼度は高く、影響力は大きい。運営を時の政権が牛耳るようでは国民の知る権利が損なわれる。ひいては民主主義が危うくなる。会長選びがもつ意味をあらためて確認しつつ、関心を持って見守りたい。(
信濃毎日新聞社説 2016年6月30日

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