キョウ おばま5

Blog「みずき」:安岡章太郎は晩年、自身の血脈と幕末の歴史とを重ねて歴史の深層に迫る『流離譚』をはじめとする重厚な作品を描くようになりましたが、もともとは『悪い仲間』や『陰気な愉しみ』でデビューしたいわゆる「戦後派」の作家たちとは一線を画した「第三の新人」と呼ばれる小説家群のひとりで洒脱と滑稽を持ち味とする作家、と一応世間ではそう評価される作家でした。その安岡の『僕の昭和史』の眼はやはり洒脱に従来の「昭和史」を切るものでした。そのうちの一節が「マッカーサー司令部のある皇居と向い合せのビルの前で、釈放された共産党員その他の政治犯たちが、『マッカーサー万歳』を唱えた」という新聞記事を読んだ感想です。その安岡の感想を辺見は「ヌッポンの心性の、醜悪をとおりこし、もはや哀れなまでの〝土人〟根性をさりげなくしめすもの」の例示として引用しています(ちなみに「〝土人〟の国」とはかつて「構造と力」という著書がベストセラーになった思想史家の浅田彰の命名)。浅田が28年前に「『土人』の国」と喝破したニッポンの知的風景はいまも変わっていないどころかますます悪化しているといのが辺見のニッポンという国の状況診断です。「かつてはよく読まれた」という辺見の言葉がそのことをよく示しています。

【安岡章太郎の見たニッポン人の哀れなまでの〝土人〟根性】
〈オバマ氏「実は折り鶴を持ってきました」〉という見だしのデジタル朝日の記事を、課金されない途中まで読んだ。途中までで、じゅうぶん顔が赤らんだ。オバマから贈られた折り鶴だという写真も麗々しく載っている。記者らは壺井栄大田洋子原民喜の小説をあまり知らないのだろう。それはべつに罪ではない。記者としては救いがたい不勉強だけれども。新藤兼人の『原爆の子』や関川秀雄ひろしま』も、みてはいまい。記事:〈「実は折り鶴を持ってきました」。オバマ氏が突然そう切り出すと、随行スタッフがトレーに載せて運んできた。梅や桜の花が彩る和紙を丁寧に折り、「少し手伝ってもらったけれど、私が作りました」。白と淡いピンクの2羽を小中学生2人に1羽ずつ手渡した〉。(略)「核廃絶の願いを世界へ広げよう」と、託された広島平和記念資料館(原爆資料館)はその「サプライズ」の贈り物を公開する準備をはじめるんだそうだ。(略)原爆投下を謝罪せず、戦略核を2000以上もつクニの大統領に、あちらの台本どおりハグされる被爆者代表の写真。ホンドのメディアは、いっせいに合成写真のようなこれを大々的に紹介した。赤面するしかない。死者たちはいっしゅんにして語るべき声をうばわれた。ヒロシマ、ナガサキ、沖縄だけではない。中国、南方諸国のおびただしい死者たちも。責任者はいたのだ。ヌッポンはじまえでかれらを裁かなかった。それを知る生者は、語るべきことをけっして滑らかには語りえない唖者になった。または吃音者に。(略)

GHQに挨拶に出かけた天皇が、マッカーサーと並んで立っている写真は、まるでコビトの国の王様のようであった。かと思うと、そのマッカーサー司令部のある皇居と向い合せのビルの前で、釈放された共産党員その他の政治犯たちが、「マッカーサー万歳」を唱えたというような記事が新聞に出ていた」(安岡章太郎僕の昭和史 Ⅱ』)。上記のような文は、ヌッポンの心性の、醜悪をとおりこし、もはや哀れなまでの〝土人〟根性をさりげなくしめすものとして、かつてはよく読まれた。(略)オバマの折り鶴記事を書いた記者らは、そのことも知らないのだろう。いいさ、それは罪じゃないんだ。こちらはなんてアホなんだろうとおもうだけさ。ヒロシマは傲然と謝罪をこばんだノッチハナクソ来訪を、断固として拒否すべきであった。そのような「街の声」だって、きっとあったはずなのに、消された。「街の声」というのは、報道の自由度、世界72位のメディアにより自主的に編集された、ねつ造の景色=書き割りにすぎない。事実上の戒厳令下でしたね。ノッチ一行とハナクソご一行さまはくるなといってもヒロシマに行ったであろう。あの警備の空前のものすごさ。「オカシナひとびと」は事前に排除されていた。となるってえと、あとはせいぜい幻視するだけさ。ど派手なことなど望みませぬ。せめて、せめてだね、「ウタ」ばあにはがんばってほしかった。いやなに、べったりウンコのついた手で、ノッチやハナクソに抱きついてもらいたかったのさ。友好的熱烈ハグだよ、ハグ。「原爆万歳!」とか叫んでね。そのくらいの想像力もなくて、ノッチ以降のUSAやトランプがのさばるUSA、ひきつづきハナクソがしきるヌッポンの「未来なき未来」について記事なんか書けるわけないだろう。(辺見庸「日録」2016/05/29)
キョウ おばま4

Blog「みずき」:今回のオバマ訪広はこの国のマス・メディアには批判精神が根底的に欠如していることを私たちの目の前に否応なく改めて突きつける結果となったように私には見えます。なにゆえに批判精神が根底的に欠如しているといえるのか。その理由は以下の浅井基文さんの論をご参照ください。さらに今回のオバマ訪広はメディアだけでなく、この国の政党も批判精神を喪失していることをこれも否応なく突きつける結果ともなりました。その理由については下記の「山中人間話」の辺見庸の論、さらに私の拙論をご参照ください。オバマ訪広の評価は市民運動の分野でも二分しているかに見えます。これは評価の多様性ということとまた別次元の問題です。なにゆえに二分しているのか。ここにも政党の影響は影を落としているように私には見えます。そういうことをも含めて「重要なポイントを見極める眼力」とはなにかについてここでは考えてみたいと思います。


【日本のマス・メディアの報道姿勢は日本政治を止めどもなく劣化させるだけ】
私はこのコラムで上記
5月16日付を含めすでに2回、オバマの広島訪問を取り上げています。このコラムでは、内容に立ち入る前の問題として、物事に対する見方のあり方ということについて、マス・メディアが典型ですが、私たち日本人にも広く見られる問題点について指摘しておきたいことがあります。それは、物事には多面性があるのであって、私たちにとって重要なことは、枝葉末節に囚われず、何が本質的であり、踏まえておかなければならない重要なポイントは何かということを見極める眼力を持たなければならないということです。オバマの訪広に即していえば、オバマは現役大統領として最初に広島を訪問した人物であること、オバマが原爆資料館をわずかな(本当にわずかだった!!) 時間にせよ訪問し、被爆者と言葉を交わし、その一人をやさしく抱いたこと、スピーチにおいて「核のない世界」実現に対する強い気持ちを表明したことなどなどは現象としては事実です。私もそういう面・内容があることを否定するつもりは毛頭ありません。しかし、オバマの訪広に関しては別の面・内容があります。ところがマス・メディアは、もっぱら物事のこうした現象面だけを大書特筆し、それがすべてであるかのように描き出したのです。マス・メディアの報道によってしか物事を判断する手だてを持たない多くの人々の見方も当然その方向に流されるわけです。

しかし、オバマ訪広はそういう現象面だけではありません。本質面に目を向ければ、何故オバマは今回広島を訪問したのか、その動機は何か、背景には何があるのか、訪問によって実現しようとした目的は何か、また、オバマ訪広の実現を強力に推進したのは安倍政権(というより安倍首相)ですが、そうした安倍政権の動機、背景、目的についても考えなければなりません。さらに、オバマの訪広は日米関係ひいては国際政治における「事件」ですから、それが日米関係ひいては国際政治において有する意味合いは何か(オバマ大統領及び安倍首相は日米関係及び国際政治にどういう意味合いを持たせようとしたのかを含む)という面も考えなければなりません。そのようにオバマ訪広が持つ多面性を確認した上で、これらの中で抑えなければならない重要なポイントは何かということを考えるのが当然取るべき順序です。「歓迎一色」のマス・メディアはこの順序をもまったく踏まえず、ひたすらオバマ訪広という現象面に埋没している点で、そもそも失格なのです。(略)しかも深刻なことに、マス・メディアが特筆大書する内容は、極めてしばしば「お上」(安倍政権に至る政府・与党)が宣伝する方向性に従っているからです。オバマ訪広に関するマス・メディアの報道姿勢はその典型例でした。しかし、日本のマス・メディアのこうした報道姿勢は日本政治を止めどもなく劣化させるだけです。(
浅井基文のページ 2016.05.29
キョウ おばま3

Blog「みずき」:いま一度、佐久間邦彦広島県被団協理事長と森滝春子「核兵器廃絶をめざすヒロシマの会」共同代表の言葉を抜粋しておきます。

佐久間邦彦さん:「核兵器のない世界」への具体的な道筋を示さず、来た意味がなかった。被爆地や被爆者の存在を軍事同盟強化のだしにされたようだ。
森滝春子さん:自国が使った核兵器によって何が起こったかへの関心も感じられない抽象的な内容。原爆投下がいかに非人道的で、過ちであったか表明してほしかったが、完全に裏切られた。


【オバマの広島訪問は「歓迎」「感動」するべきことだったのか】
27日のオバマ大統領の広島訪問を、多くのメディアが「歴史的」と称賛し、
NHK民放も「歓迎」「感動」する被爆者や市民を意識的にとりあげています。メディアのこうした現状、それによってつくられる社会の風潮に、大きな違和感と危機感を禁じえません。オバマ大統領の広島訪問のどこに「評価」できる部分があるでしょうか。冷静に事実を見れば、そこにあったのは、自らの花道を飾るレガシー(遺産)づくりの思惑と、日米(軍事)同盟のアピールだけだったではありませんか。被爆者・被爆地はそのためのダシにされたのです。(略)こうした「ないない尽くし」の一方、目に余ったのが、日米(軍事)同盟のアピールです。オバマ氏は広島に来る前にわざわざ岩国基地に立ち寄り、米軍兵士と自衛隊員を前に、「かつての敵国が強固な同盟国となった」と日米同盟を誇示しました。沖縄米軍属の女性殺害遺棄事件などどこ吹く風です。そして岩国基地から広島へ向かう専用ヘリを先導させたのが、なんと4機のオスプレイでした。どこまで沖縄を足蹴にすれば気が済むのでしょうか。スピーチの中でオバマ氏は日米の「同盟関係」と「友情」を強調し、それを受けた安倍首相が、「日米同盟は世界の希望」とフォローしました。(そもそも安倍首相がスピーチする時間があったら、少しでも被爆者と対話してはどうか(略)

オバマ氏のスピーチには不満をもちながらも、「これが出発点」などと今後に期待する(したい)被爆者・市民は少なくないでしょう。では「今後に期待」できるかといえば、まったく幻想でしかありません。大統領という絶対権力を持っていたこの7年半に、7200発(推定)の核弾頭のうち702発しか削減できなかったオバマ氏が、権力を失った後に何ができるというのでしょうか。そもそも、アメリカが「核抑止力」に固執し、日本が「核の傘」にたより、その日米が軍事同盟を強化する中で、核廃絶など期待できるはずがありません。それは現在進行形で、アメリカなど核保有国や日本が「
核兵器禁止条約」に反対している事実を見ても明白です。結局、今回の「オバマ訪広」は何だったのでしょうか。「『核兵器のない世界』への具体的な道筋を示さず、来た意味がなかった。…被爆地や被爆者の存在を軍事同盟強化のだしにされたようだ」(佐久間邦彦広島県被団協理事長、28日付中国新聞)「自国が使った核兵器によって何が起こったかへの関心も感じられない抽象的な内容。原爆投下がいかに非人道的で、過ちであったか表明してほしかったが、完全に裏切られた」(森滝春子「核兵器廃絶をめざすヒロシマの会」共同代表、28日付中国新聞)そして森滝さんはこう指摘します。「和解や友情という名の下に、原爆投下の責任を追及できない空気がつくられている。…私たちはもっと怒るべきだ」(同)(アリの一言 2016年05月28日
キョウ たいけんにゅうたい3

【行政は自衛隊で鍛えられた自衛隊製“体育会系”人材を必要とするのか】
東京都の府中市が3年目の職員50人を全員2泊3日の自衛隊体験入隊をさせるという暴挙
制度化しました。「東京都府中市は今年度から、入庁3年目の市職員全50人を自衛隊に2泊3日で体験入隊させる。研修の一環で、同市は「厳しい規律の中で『ゆとり世代』の若手職員を鍛え直したい」とその意義を強調」「研修は同市内にある航空自衛隊府中基地で実施。事務職、技術職、保育士職の全員が6月の平日3日間を使い、災害時の救助活動やあいさつ、行進などの基本動作の訓練を行う。宿泊を伴う集団生活では時間厳守や整理整頓も重視される。」発想が狂っています。「ゆとり世代」がどうこうという問題もありますが、強制的に自衛隊にぶち込んで認識を変えさせるって、一体、いつの時代の発想ですか。(略)そういえば、極右の稲田朋美氏も今の若者を鍛え直すには自衛隊にぶち込めと発言しています。2013年に防衛省が企業に対し、自衛隊への「派遣」制度を検討していたことも暴露されています。防衛省のいう企業のメリットがこれです。「自衛隊で鍛えられた自衛隊製“体育会系”人材を毎年、一定数を確保することが可能」府中市の発想と全く同じです。

「ゆとり世代」などというのは全くの口実です。府中市は、その「ゆとり世代」が終わればこの制度はやめるとは言っていません。効果があったなど言って最初からずっと続けるつもりなのでしょう。安倍自民党政権のもとだからやってのけた暴挙です。このようなものが自治体、企業などに広まれば、まさに徴兵制の下地が出来上がります。このままこの問題を放置すれば、いずれ高校にまで拡大していくことでしょう。そもそも根本的には職員にこのような職務命令に従う義務などあろうはずもありません。まさに自衛隊に体験とはいえ、入隊を強要されるなど、思想信条の自由の侵害です。自衛隊は、憲法違反という見解も憲法学会では有力であり、しかも自衛隊としての特殊性があります。自衛隊は災害救助を主たる目的としているものではなく、その本質は殺人のための訓練をするところです。各種殺人のための兵器が並び、それに対し違和感を持つ人がいて当然です。ましてや行進、挨拶のための「入隊」ですか。自衛隊への体験入隊をしなければならないようなことですか。必要性など微塵もありません。このような職務命令が憲法に照らしても許されようはずもありません。(
弁護士 猪野 亨のブログ 2016/05/27
キョウ おぐまえいじ
小熊英二さん

社会学者の
小熊英二はなにゆえにいまさらに日本の国民を「二つの国民」に分断しようとしているのでしょう。

小熊によれば、「『第一の国民』は、企業・官庁・労組・町内会・婦人会・業界団体などの『正社員』『正会員』とその家族」であり、「『第二の国民』は、それらの組織に所属していない『非正規』の人々」です。
マルクス主義によれば社会集団は「資本家階級(ブルジョワジー)」と「労働者階級(プロレタリアート)」の2大階級に分類されますが、小熊のあらたな分類法にしたがえば生産手段の有無の問題や賃金雇用の存否の問題は捨象されていますから、マルクス流の分類を小熊流のあらたな分類法に類推的に適用すれば、企業・官庁などの正社員は「ブルジョワジー」の側に連なり、非正規社員はプロレタリアートの側に連なるということになります。だとすれば、非正規社員の「闘争」の相手は資本家ばかりでなく、同じ労働者としての正社員も含まれるということになるでしょう。小熊のあらたな分類法は従来の分類法での労働者階級をさらに分断させる役割しか果たさないというにしかならないのです。それは、「万国の労働者団結せよ」というプロレタリアートの「団結」の必要性を説くこれまでの国際労働運動(もちろん、日本国内も含まれます)のスローガンにあらたな亀裂を持ち込むことにしかなりません。労働運動にとっては「団結こそが力」なのですからこれでは無産者としての労働者は有産者としての資本家階級と有効に闘うよりどころとする最大の武器としての手段を奪われてしまうということになってしまうでしょう。小熊英二はその「団結こそが力」(「団結権」は憲法上の規定でもあります)の労働者階級に亀裂を持ち込んでなにをしようというのでしょう?

小熊は「彼らは所得が低いのみならず、「所属する組織」を名乗ることができない。そうした人間にこの社会は冷たい。関係を作るのに苦労し、結婚も容易でない」と言います。それはそのとおりです。小熊はそうした非正規社員「が抱える困難に対して、報道も政策も十分ではない」とも言います。これもそのとおりです。しかし、その非正規社員をことさらに、いまなにゆえに「第二の国民」と規定する必要があるでしょう。要は労働組合運動の問題として非正規社員の困難をもっと直視する運動に転換せよと現在の労働運動の問題点を指摘することでよいのではないか。あらたに「第一の国民」、「第二の国民」という分断線を作って棚から牡丹餅式の利益を得る者は誰か。それこそ「第二の国民」を支配、壟断している支配者階級というべきではないか。

小熊は気の利いた論法を編み出してメディアや論壇界の気を引きたいようですが、そういうことに執心するよりも現実の「困難」はどうすれば解決できるか。そこに執心するのが学者のつとめというべきではないか。気の利いた論法を編み出すことに執心するから「困難」の解決とは相容れない逆立した論法を生み出してしまうのです。
私には以下の数葉のフォトとツイートはいまのニッポンの左翼政党と市民社会の断面の右傾化のさまの象徴としか見えません。 


共産党集会に集まったあの大人数を見ていると私は太平洋戦争が勃発する契機となった日中戦争(支那事変)がはじまった1937年に書かれた永井荷風の「断腸亭日乗」の一節を思い出します。

「八月廿四日。晴また陰。午後曝書。夜浅草散歩。今半に夕飯を喫す。今宵も月よし。十時過活動館の前を過るに看客今正に出払ひたるところ、立並ぶ各館の戸口より冷房装置の空気道路に流出で冷なるを覚えしむ。花川戸の公園に至り見れば深更に近きにも係らず若き男女の相携へて歩めるもの多し。皆近鄰のものらしく見ゆ。 余この頃東京住民の生活を見るに、彼等は 其生活について相応に満足と喜悦とを覚ゆるものの如く、軍国政治に対しても更に不安を抱かず、戦争についても更に恐怖せず、寧これを喜べるが如き状況なり」(永井荷風「断腸亭日乗」1937年8月24日)

「十一月十九日。快晴。・・・・・・・今秋より冬に至る女の風俗を見るに、髪はちぢらしたる断髪にリボンを結び、額際には少しく髪を下げたるもの多し。衣服は千代紙の模様をそのまま染めたるもの流行す。大形のものは染色けばけばしく着物ばかりが歩いてゐるやうに見ゆるなり。売店の女また女子事務員などの通勤するさまを見るに新調の衣服(和洋とも)を身につくるもの多し。 東京の生活はいま だ甚しく窮迫するに至らざるものと思はるるなり。戦争もお祭さわぎの賑さにて、さして悲惨の感を催さしめず。要するに目下の日本人は甚幸福なるものの如し」。むかしから、民衆はこうなのだ。漱石もそうだが、しれっとそれを眺めて、ちょこちょこ皮肉るだけの彽徊趣味とやらが日本の最高の知性とは笑わせる。(同上 1937年11月19日)

 
そして、辺見庸の2年前の選挙ボイコット宣言を思い出します。

「はっきりした自覚と覚悟をもって、なんども自問しつつ、選挙をボイコットした。棄権したのではなく、積極的に投票を拒否した。事実上の憲法改悪および途方もない解釈改憲の追認をせまる策謀的選挙に、わたしはどうあっても加担できない。(略)この選挙を機に、この国の全民的自警団化はますます進むだろう。貧者と弱者はますますのけものにされるだろう。ひとびとは投票所にゆき、わざわざ災厄をえらんだのだ。永井龍男の短篇「朝霧」だったか、「ラセラスはあまりに幸福すぎたので、不幸を求めることとなりました」というのがあった。あれだ。」(辺見庸「日録」2014/12/14)
キョウ きんこう2
錦江 

【地中からにじみ出す/言葉少ない眼の色】
申東曄『錦江』の中の、第3章を、翻訳作業の途中ではあるが(略)お目にかけたい。申東曄は1930年に、百済の古都・扶余で生まれた。建国大学大学院で国文学を専攻、高校の国語教師をしながら詩作し、1963年、詩集『阿斯女』で世に出て、参与派の詩人として、大きな足跡を残した。『錦江』は朴正熙軍事独裁政権下の1967年に書かれたが、1969年に詩人が病死して六年後の全集が、「緊急措置9号」違反として発売禁止となったため、やっと1985年になって日の目を見た。1894年の甲午農民戦争という民衆蜂起を描きながら、強権を振るう国家権力への民衆の生と闘いの歴史を、民衆のエネルギーに全幅の信頼を置いて書き切っている。とはいえ、前に見たように独裁政権下に表現は自由ではなく、「イソップの言葉」が至る所に散りばめられている。

ついでながら書いておかなければならないのは、朝鮮において民衆のための社会を開く闘いであった、甲午農民戦争を、つまりは、民主的社会の芽を、無慈悲に踏みつぶしてしまったのは、
日清戦争に勝って驕りに火照った、日本の暴力装置だったということである。

ある日/夏の錦江の川辺を散歩していて/私は空を見た。

輝かしい瞳。

君の瞳は/夜深い顔に向って/輝いていた。

その輝かしい眼を/私はまだ/忘れたことがない。

黒い風は/先だった人々の/寂しい魂を/ずたずたに破り/花をふいごのように打って

波は、/きみの顔/君の肩の上に、そうして君の胸の上に/ひたすら激しく寄せた。

君は言葉もなく、/耳もなく、見ることもなしに/ただ億千万の降りかかる一揆をくぐり抜けて/たった一人で/目を見開いて/歩いていた。

その輝かしい眼を/私はまだ/忘れたことがない。

その暗い夜/君の眼は/世紀の待合室の中に立って/輝いていた。

ビルごとに豪雨が/吹き付け煽られ/君を憶えている人は/当世に一人もいなかった。

その美しく、/輝かしい眼を/私はまだ忘れたことがない。

静かな、/なにも言うことのない、/ただ愛しいと/思う、その眼は/その夜の街角を/歩いていた。

君の輝かしい/その眼が子の刻の、夜明けだ、/日の出だ。

きのうの/あがきは/数千百万の悲鳴をのせ/川の水が/悲しくも流してしまう。

世の中に抵抗することもなく、/むしろ世の中が/君の威厳の前に抵抗しようとするように/輝かしい瞳。/君は世の中を踏みしめて歩く/ぶどうの実を噛むように世の中を噛みながら/こつこつとひたすら/歩いていた。

その美しい瞳。/君のその眼を見るのは/世に出た私の、ただ一つ/至上のやりがいだった。

その眼は/私の生と一緒に/私の魂の中に生き残った。

そんな光を得るために/人類はさまよっていたのだ。

精神が/輝いていた。/体は痩せているが/ただ精神は/輝いていた。

涙ぐましい歴史に呑み込まれるのに耐え/いつかまたしても/波に沈むのも忘れ/みすみす、自覚している人の。

世俗になった顔つきを/さっぱりとこき落とす、/昇華された高い意思のうちに/輝いている人の、/精神の/眼/深く。高く。/地中からにじみ出す/言葉少ない眼の色。この世を容れ/そうしてこの世をすっかり破ってしまった/おお、人間精神美の/至高の光。


備仲臣道 2016年5月25日
キョウ おなが2

Blog「みずき」:重要で本質的な指摘だと思います。しかし、このことについては誰も言わない。問おうとしない。「沖縄」の問題はほんとうはここにあるのではないか、とは私の思うところでもあるのです。


【琉球新報社説「全基地閉鎖要求に踏み込んでほしかった」】
翁長雄志知事が23日安倍首相と会談した際、「
オバマ大統領に直接話をさせてほしい」と発言したことが注目されています。翁長氏はオバマ大統領に会って何を言うつもりなのでしょうか。問題は会うか会わないかではなく、会って何を主張・要求するのかです。ところが肝心のその中身について、翁長氏は何も語っていません。ただ「県民の生命と財産、将来の子や孫の安心安全を守るため」という抽象的な「理由」を述べただけです。これでは「日本政府がそれに応じる訳がないと分かってのことだろう」(佐藤学沖縄国際大教授、24日付琉球新報)とみるのが当然で、政治的パフォーマンスであることは見抜かれています。仮にオバマ氏と直接話ができたとしても、その場で的確な主張をしなければ、意味がないどころか、かえって事態を誤った方向へ収束させるだけです。翁長氏はいま、オバマ大統領に何を言うできでしょうか。それは今回の事件によって沖縄県内に広がっている県民の切実な声、「沖縄に暮らす人びとの真に安全な社会を実現するため、沖縄から全ての基地・軍隊の撤退を求める」(「女性16団体要求書」5月20日)、すなわち沖縄からの全基地撤去にほかなりません。

ところが翁長氏は、安倍首相との会談で、「全基地撤去」については一言も触れませんでした。琉球新報は社説(24日付)で、安倍首相と会談した翁長氏に対し、「
物足りなさを禁じ得ない」として、こう指摘しています。「大統領との面会要求のほかは地位協定見直しを含めた『実効性ある抜本的対策』を求めたくらいだが、それだけで基地に由来する凶悪事件を根絶できないのは明らかだ。やはり全基地閉鎖要求に踏み込んでほしかった」首相との会談後の記者会見でも、翁長氏に対し、「全基地撤去の声が高まっている」と水が向けられました。翁長氏はこう答えました。「県民がそういう気持ちを持つのは(理解でき)、私も県民の一人として思う。ただ政治は結果でもあるので。こういったこと等を踏まえた上で、今私たちが新辺野古基地は造らせない、普天間基地は県外移設だと訴えている。全県的に基地は要らないということは、そういったことを踏まえた議論の中で、やるべきだろう」(24日付琉球新報)例によって明瞭ではありませんが、要は、自分は「全基地撤去(閉鎖)」という主張はしない、ということです。20日の記者会見となんら変わっていません(22日の当ブログ参照)。いま、この時に、オバマ大統領に対しても、安倍首相に対しても、「沖縄から全ての基地・軍隊の撤退を求める」という県民の痛切な要求を突きつけることができない人物に、沖縄県知事としての資格があるでしょうか。(アリの一言 2016年05月24日
キョウ あさひしんぶん3
朝日新聞「砂川判決の呪縛」から

昨日の5月24日付けの朝日新聞に「(憲法を考える)砂川判決の呪縛」と題された砂川判決に詳しい弁護士、ジャーナリスト、憲法学者の3人の論者のインタビュー記事の特集が組まれています。そのうち砂川事件再審請求弁護団代表の吉永満夫さんと、最近、日米安保に関する日米間の密約の公文書を発見し、それを公表したばかりの早稲田大学客員教授でジャーナリストの春名幹男さんのインタビュー発言は首肯できるのですが、九州大学の憲法学の教授の南野森さんのインタビュー発言はこれが憲法学者の発言かと思われる部分があり、首肯できません。

南野発言で私が問題と感じる部分は次の箇所です。

「砂川事件をめぐり、最高裁長官が紛争の事実上の当事者である駐日米大使と面会していたのは異常な出来事です。ただ、それをもって、憲法に保障された「公平な裁判」ではなかった、と立証できるかといえば難しいと思います。理由は二つあります。まず、当時の田中耕太郎長官が大使に伝えた内容は裁判の見通しにとどまり、結論を漏らしたとまでは言えないからです。また、長官といえども最高裁に属する15人の裁判官の1人にすぎず、絶対的な権限があるわけではありません。一審の無罪判決を破棄した最高裁判決の結論も15人全員が一致したものでした。このため、再審請求を退けた東京地裁決定は法律論としては理解できます。」

上記の吉永満夫さんは、この最高裁長官と駐日米大使の面会について、「裁判官が評議の秘密を漏らすことは裁判所法や裁判官倫理に反し、罷免に値する行為です」と明確に当時の田中耕太郎最高裁長官を批判しています。また、春名幹男さんも、「日本は三権分立の制度を採る独立国です。司法権への介入は傲慢で、非難されるべき行為」だと当時の米大使が最高裁長官に高裁を飛び越え最高裁に直接上告せよと圧力をかけた(米公文書1)こと及び上告審の見通しを問いただす行動(同左2)に出たことを明確に批判しています。

それに比して、「当時の田中耕太郎長官が大使に伝えた内容は裁判の見通しにとどまり、結論を漏らしたとまでは言えない」という南野発言はこれが憲法学者の発言かと聞く側を鼻白ませるに十分な無知の発言です。裁判所法の第3章の「裁判の評議」の第75条2項には「評議の経過並びに各裁判官の意見及びその多少の数については、この法律に特別の定がない限り、秘密を守らなければならない」と明確に規定されています。同条2項にいう「特別の定」とは同法第二編「最高裁判所」の第11条の「(裁判官の意見の表示) 裁判書には、各裁判官の意 見を表示しなければならない」という規定を指していると思われますが、同条にいう「各裁判官の意見を表示」は最高裁の裁判書の表示について述べているのであって同法第75条2項にいう「評議の経過並びに各裁判官の意見(略)については、(略)秘密を守らなければならない」という規定をなんら拘束するものではありません。すなわち、吉永弁護士のいう「裁判官が評議の秘密を漏らすことは裁判所法や裁判官倫理に反し、罷免に値する行為」という解釈が正統であり、正しいのです。

南野さんは「当時の田中耕太郎長官が大使に伝えた内容は裁判の見通しにとどまり、結論を漏らしたとまでは言えない」とも述べていますが、「裁判の見通し」も評議の内に含まれることも言うまでもありません。南野さんは「安全保障関連法に反対する学者の会」の九州の重要メンバーのひとりでもあり、先の安保法制反対運動ではSEALDsと行動を共にした行動派の学者でもあります。彼の認識の浅はかさは「安全保障関連法に反対する学者の会」の認識の浅はかさを象徴しているもののようにも私には見えます。

なお、上記の砂川事件再審請求弁護団代表の吉永満夫さんの発言については森川文人弁護士が『暴力機関としての裁判所 砂川判決のドッチラケ』という記事の中で紹介されています。ご参照ください。
キョウ ひろしま3

Blog「みずき」:しかし、一方で、オリバー・ストーン、ノーム・チョムスキー、ガー・アルペロビッツ、ダニエル・エルズバーグら74人の識者や運動家がオバマ大統領ヒロシマ訪問に際し被爆者と面会し、「プラハの約束」を果たすことを求めるオバマ大統領への手紙を出したという
報道もあります。連帯するべき、連帯しうる人たちはアメリカにも、世界にも、もちろん日本にもいるのです。
 
【原爆投下は日本敗北が決定的となった時に行われた】
このたび米オバマ大統領がサミットに参加するついでに広島を訪問するという。日本政府は日米関係強化の機会として大歓迎である。私はオバマが広島を訪問するなら、原爆投下について直接言及し謝罪するべきだという意見だが、ひとこと言いたい。中学生のとき、理科の木船清先生は、「ドイツがもう少し長く戦争をやっていたらアメリカは原爆を落しただろうか。落せない。日本人が黄色人種だからわりに気楽に原爆を落す決意をしたのではないか」といった。高校3年生のとき、幼稚な手段ではあるが原爆について調査し、木船先生のいうとおり原爆投下は、アメリカが日本の
ポツダム宣言受諾がまぢかいことを十分に承知したうえで実行したことを知った。これによって私は偏狭な反米主義者になった。私の場合、かたくなな反米意識を卒業するまでにはずいぶん時間がかかった。この点は中国人やほかのアジア人が反日感情を根強く維持するのと同じ経過である。(略)原爆投下によって日本が甚大な被害をこうむり戦闘力が低下したことは、日本に侵略されていたアジア各地の人々にとっては歓迎すべきことであった。原爆投下とポツダム宣言受諾はほとんど一緒にアジア各地に届いたから、多くの場合このふたつを区別することは難しい。(略)

マレーシアの作家、イスマイル・フセインはこう語っている。「広島に原爆がおとされたとき、私自身は12歳でした。その時に、原爆に対して私の家族がどんな反応を示したかをよく憶えています。大変な興奮状態でした。原爆の投下をラジオで聞いて、家族は、大変な技術の進歩だ、三日間で長い間の戦争に終止符をうってくれた、と話していました。長い間のマレーシアの苦しみがこれで終わって、戦争から解放されたという興奮がマレーシアの村々を駆け巡ったのです。しかし原子爆弾の持つ意味については、誰も気がつきませんでした」(岩波ブックレット『
反核と第三世界』)。(略)日本の1930年代からの中国侵略、それに引き続くアジア侵略と、アメリカの原爆投下による殺人とは違いがあるかもしれない。しかし原爆投下が日本敗北が決定的となった時に行われたことを考えると、やはり無辜の人民の大量殺傷事件に変りがない。かりにオバマが広島で原爆の悲惨な結果を見て考えを変えたとしても、米大統領としては核廃絶をいいつつ、核不拡散条約と核兵器独占の擁護を唱えるだけだろう。そして安倍政権はオバマ広島訪問を日米同盟強化と参院選挙に利用するだろう。これではアメリカの対日戦争勝利記念行事に限りなく近い。それでも我国人民の多くはオバマの広島訪問を歓迎するだろう。可哀そうな日本人。(阿部治平「リベラル21」2016.05.24

固き土を破りて 民族の怒りに燃ゆる島 沖縄よ
沖縄を返せ 沖縄を返せ

【基地がなければ、奪われることのなかった命は数え切れない】
最悪の結末を迎えた米軍属の元海兵隊員による女性遺棄事件で、容疑者は女性を乱暴し、残忍な手口で殺害したと供述している。米軍基地問題の不条理に対し、沖縄社会は尊厳を懸けて抗う強さを増している。しかし、私たちは、成人式を終え、希望に満ちていた20歳の女性の命を守れなかった。痛恨の極みと言うしかない。(略)米統治下の1955年9月、6歳の幼女を米兵が車で連れ去り、嘉手納基地内で何度も暴行して殺害し、基地内のごみ捨て場に捨てた。苦痛に顔をゆがめて歯を食いしばり、ぎゅっと結んだ小さな手には雑草が握られていた。立法院は「沖縄人は、殺され損、殴られ損で、あたかも人権が踏みにじられ、世界人権宣言の精神が無視されている」と抗議決議した。61年前の由美子ちゃん事件、1995年の少女乱暴事件、そして今回の事件は、軍隊組織で培われたむきだしの暴力が弱い女性の尊厳を容赦なく蹂躙する構図で共通する。基地がなければ、奪われることのなかった命は数え切れない。米軍基地の過重負担は、12万2千人余の県民が犠牲になった
沖縄戦を起点とし、米軍統治下の27年間で積み重ねられた人権侵害が縦糸になっている。泣き寝入りした被害者を含め、無数の無念が戦後史に陰影を刻み、沖縄の施政権返還後も続く基地被害が横糸を紡ぐ重層的構造になっている。

日本軍が駐留していたからこそ沖縄は戦場になった。不戦を誓う県民にとって、沖縄戦と今回の許し難い事件、そして名護市辺野古の新基地建設は地続きの問題だ。(略)過重負担の是正を求め、辺野古新基地を拒む沖縄の民意は民主主義的正当性を宿す。それを一顧だにせず、虚飾と印象操作に満ちた「負担軽減」の文言を繰り返すだけの無策の末、新たな犠牲者を生み出した日米両政府は、まぎれもなく第2の容疑者である。翁長雄志知事が国連人権理事会で「県民の人権と自己決定権が侵害されている」と世界に訴えた後、菅義偉官房長官は基地問題は人権問題ではないと批判していたが、今回の事件は最たる人権侵害以外の何ものでもなかろう。県内に渦巻く激しい怒りは、これまでの米軍事件とは全く次元が異なる。それを安倍政権は自覚せねばならない。2000年7月の沖縄サミットで、当時のクリントン米大統領は県民向けの演説で「米軍の足跡を減らす」と約束したが、空証文でしかなかった。同じ民主党出身のオバマ大統領は今月末の広島訪問に際して沖縄を訪れ、基地の島・OKINAWAに犠牲を強い続けていることを明確に謝罪し、辺野古新基地断念を表明すべきだ。沖縄は日米の植民地ではない。私たちには、子や孫の世代に新たな犠牲者を出す構造を立ち切る責務があり、「第3の容疑者」になることを拒む。そのために立ち上がるべき時が来ている。(
松元剛編集局報道本部長「琉球新報」2016年5月22日
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以下の小文を私の「今日の言葉」として当面フリーエリア欄に掲げておこうと思います。私の小さな政治的所感。しかし、けっして徒や疎かに書かれているわけではありません。

私には「野党共闘」と一般に呼ばれている政治的トレンドについて根底的な疑問があります。その「野党共闘」の謳い文句は「憲法違反の安保関連法を廃止するための立憲主義に基づく野党間共闘」というものですが、これらの政党の主張する「立憲主義」とは「新9条論」者の多い安全保障関連法に反対する学者の会の主張に立脚するもので、まず樋口陽一氏(東大名誉教授)らの主張する「立憲主義」についていえば金光翔さん(元『世界』編集部員)はその問題点を次のように指摘しています。樋口氏は「大日本帝国憲法を作った権力者らの掲げたキーワードが立憲政治だった。安倍政治は(略)その『戦前の遺産』さえ無視しようとしているのだ。だから私たちは、『憲政の常道』とも言える立憲主義を取り戻す必要がある」(週刊金曜日)と言うが、「大日本帝国憲法すら『立憲主義』の『遺産』」として評価されるならば、自民党の改憲案がなぜ「立憲主義」に反しているということになるのか私にはよくわからないのだが、(略)今日の「立憲主義」の政治的主張が、『戦後解放の意味』をあいまいにし、天皇制、『昭和天皇の戦争責任という問題』を捨象した上で成り立っているものであることを示唆していると言えよう」(私にも話させて 2016年3月6日)、と。また、「新9条論」者の主張を身も蓋もなく要約すれば単に「政府が強行採決した安保関連法は憲法違反である。だから、『憲法を現実に近づけませんか』」(斉藤美奈子本音のコラム』)というもので、安保関連法の指向する、すなわち、安倍政権の指向する戦争への道から脱却しようとするものではありません。だとすれば、なんのための「野党共闘」なのでしょう? 政党の顔ぶれや看板などの表装は変わったとしても安保関連法という内装が旧態依然のままであるならばそれは「廃止」の名に値しないでしょう。ふつうこういう状況を「実質的容認」というのです。これが私の根底的な不信感です。どうして安保関連法の実質的容認でしかない「野党共闘」に期待などできるでしょう! なにも変わりはしません。むしろ、市民に徒な幻想を抱かせる分より悪質性は高い、というのが私の評価です。私はこうした次代の政治展望に決定的な禍根を遺す「野党共闘」の理念の全面的見直しを求めます

こうした政党の総保守化=総右傾化とでもいうべき現象は実は戦前にもありました。後に十五年戦争と総称される戦争の端緒となった満州事変に始まる1930年代、「反資本・反共・反ファシズム」の三反主義の理念を掲げていた合法政党として唯一の左派であった社会大衆党はそれまでの「反共」以外の二反の主張はかなぐり捨てて自ら進んで国民動員体制の中核組織となる大政翼賛会に合流していきます。ここでは「自ら進んで」というところが肝要です。当時、思想・信条の自由と言論の自由はもちろん「法律ノ範圍内」という臣民の権利としての制約はあったもののまかりなりにも保障されていたのです。にもかかわらず社会大衆党は自発的に戦争遂行体制を支える側に合流していったのです。その戦前の社会大衆党の位置をいまは日本共産党が占めているといっても言いすぎではないと思います。「自衛隊合憲論や九条改憲論をためらいなく口にする人たちをリーダーとする団体が社会運動の中心に祭り上げられ、共産党すら自衛隊や日米安保を棚上げにした『国民連合政府』を唱えているいま、『戦後革新勢力』の末期の水をとらねばならない時が近づいているのだろうか」とは日本近代思想史研究者で東北師範大学(中国)教員の大田英昭さんの言葉です。(Blog「みずき」2016年5月20日

Blog「みずき」:安倍内閣提出の今回の刑事訴訟法の「改正」案(というよりも、明らかに「改悪」案)に民進党と日弁連執行部は賛成する側に回りました。これに対して、自由法曹団、青年法律家協会弁護士学者合同部会、日本国際法律家協会、日本民主法律家協会、盗聴・密告・冤罪NO!実行委員会、盗聴法廃止ネット、盗聴法の拡大と司法取引の導入に反対する刑事法研究者の会の法律家8団体は「『起訴後勾留中の取調べに録画義務なし』との政府解釈にもかかわらず法案を推進する日弁連に強く抗議する ―『全過程可視化』はどこへ行ったのか?!」という抗議書(民進党に対しては要望書)を日弁連執行部に提出しています。「澤藤統一郎の憲法日記」ブログに抗議書、要望書の全文が掲載されていますのでご参照ください。法律家8団体の怒り心頭の様相が伝わってくるものと思います。

【冤罪リスクを大幅に上昇させる「刑事訴訟法の改正」という改悪】
刑事訴訟法の改正案が5月20日、参議院で可決され、今国会での成立が確実となった。しかし、この改正案では残念ながら、冤罪を出さない司法制度の確立という当初の目的からは程遠い、むしろ冤罪リスクを大幅に上昇させる改悪と言わざるを得ない。同法案の問題点は、2016年4月16日に放送したニュース・コメンタリー「焼け太りの捜査権限の拡大を許すな」などで繰り返し指摘してきた通りだ。元々、今回の法改正は郵便不正事件や相次ぐ冤罪事件などで検察の取り調べのあり方が社会問題化したことを受けて、取り調べの録音・録画の義務付けを含む、冤罪を出さない司法制度をいかに作るかに主眼を置いた議論となるはずだった。(略)しかし、それから時間が経ち、世間の風当りが弱まると見るや、法務官僚たちは可視化の範囲を最小限にとどめる一方で、可視化をするのなら捜査権限の強化が必要だと主張し始め、盗聴権限の拡大や司法取引の導入など、自分たちの権限を強化する法改正を押し込み始めた。結局、今回の法改正で義務付けられる可視化の対象は、裁判員裁判の対象事件と特捜案件に限られるため、全事件の3%にも満たない。(略)しかも、可視化が義務付けられる3%未満の事件も、録音・録画については、大きな裁量が検察に認められている。検察にとって都合の悪い取り調べのシーンが録音・録画され、後に裁判で自白の任意性を否定したり、取り調べの違法性が指摘されるような事態は、ほとんど期待できそうにない。可視化の対象となる事件が全体の3%にとどまる一方で、今回の改正案では可視化と引き換えに、盗聴権限の拡大や司法取引の導入など、警察・検察の捜査権限を強化する制度の変更が盛り込まれた。

警察や検察の暴走を防ぐために、いかに可視化を実現するかが課題だったはずの法改正が、いつのまにか捜査権限を大幅に強化する法改正にすり替わってしまった。更に残念なことに、今回の刑訴法の改正案には、最大野党の民進党も賛成していることだ。民進党の岡田代表は5月20日の記者会見で、刑訴法改正案の賛成について「党内でいろいろ議論した。100点満点ではないが、一歩前進と捉え賛成した」と説明している。(略)同様の理由で日弁連もこの法改正には賛成している。しかし、(略)今回の法改正は3%の可視化という「目くらまし」を使って、盗聴法や司法取引といった捜査権限の拡大を図る司法官僚の悪だくみが見事に奏功したものとの指摘が根強い。冤罪を防ぐのではなく、冤罪リスクが上がってしまう結果になっては、本末転倒も甚だしい。(略)このような法改正がまかり通るようでは、日本にはそれを監視する基本的な機能が欠如していると言わざるを得ない。今もっとも必要なのは、捜査権限の拡大ではなく、それを監視する機能の整備であり強化ではないか。(神保哲生「ビデオニュース・ドットコム」2016年5月21日
キョウ てんのう7  

Blog「みずき」:本論は半澤健市さんの「米国大統領は追悼の前に『謝罪』することが論理的な筋道である」の第2弾というべき論です。半澤さんは堀田善衛のいう「無常観の政治化」(politisation)の視点からオバマの訪広の意味を再度考えようとしています。その上で半澤さんは言います。「後世の歴史書は、日本は2016年5月に、1945年8月の広島・長崎への原爆投下を、米大統領を招いた席で容認したと書くだろう。そういう歴史の形成にコミットすることに私は反対である」、と。

【昭和天皇の焼け跡視察とオバマの訪広の相似性】
1945年3月18日に作家堀田善衛昭和天皇を見た。天皇は10日の東京大空襲の被害状況の視察にきたのである。堀田が天皇を見たのは、深川の富岡八幡宮の焼け跡でだった。天皇の焦土視察は朝9時に宮城を出て。富岡八幡宮で下車し説明を聞いたのち下町の惨状を視察して10時には戻っている。堀田はそこで二つの異様な光景を見た。一つは、天皇に対する官僚や軍人の説明の「儀式」である。二つは、天皇に対する被災者の反応である。(略)堀田は、(略)慶大政治学科から仏文科へかわった作家らしく次のような認識を述べている。「そのもの(「厄介きわまる精神状況」)は、ことばを選んでこれを言うとして、いわば無常観の政治化(politisation)とでも言うべきものであろう。ことばを選んで、言いながら、politisationなどという、まだ仏語の辞書にも正式にはのっていないようなことばを使うのは甚だ気のさすことであるが、サルトルが使ったかたちに従って私も使ってみた次第である。この無常観の政治化されたものは、とりわけて政治がもたらした災殃(さいおう)に際して、支配者の側によっても、また災殃をもたらされた人民の側としても、そのもって行きどころのない尻ぬぐいに、まことにフルに活用されて来たものであった。」(略)以上述べたことは、原爆投下への謝罪を求めた拙稿の再論である。読者からも世間でも謝罪不要論が多いことは私には意外であった。そこで堀田の昭和天皇の焼け跡視察記を思い出したのである。

日本臣民は焼け野原で、「陛下、私たちの努力が足りませんでしたので、むざむざと焼いてしまいました、まことに申訳ない次第でございます」と土下座した。この「奇怪な逆転」が広島で再現されようとしている。いくら何でもオバマに対して我々が謝罪しようという意見はない。しかし謝罪なきオバマへの歓迎には、堀田が東京で見た「奇怪な逆転」や、米空将
カーティス・ルメイへの叙勲と通底する論理があると思う。米大統領はGHQの後裔である。それを「戦後レジーム」脱却を唱える安倍晋三が、広島訪問を歓迎する。それは戦後レジームの脱却ではなく深化である。オバマは原爆慰霊碑に献花をして短いスピーチをするだろう。それは、核廃絶を言いつつも、「核不拡散」(核兵器独占)を擁護し、自衛隊の米軍化を日米同盟強化であると礼賛するものになるだろう。このままだと、後世の歴史書は、日本は2016年5月に、1945年8月の広島・長崎への原爆投下を、米大統領を招いた席で容認したと書くだろう。米大統領は被爆者の追悼に名を借りて、日本軍を抱合した米国の新覇権構想を表明したと書くだろう。そういう歴史の形成にコミットすることに私は反対である。(半澤健市「リベラル21」2016.05.21
キョウ やとうきょうとう

Blog「みずき」:私も驚きました。民進党がここまで妥協するとは思っていませんでしたから。このニュースをどのように評価するか。これから分析しなければなりませんが、とりあえず言えることは、民進党側も一方的に共産党に妥協を強いるだけでは「共闘」はうまくいかないだろうという判断が働いたのだろうということです。「野党共闘」にとっては百歩前進という事態といってよいでしょう。

しかし、私にはこの「野党共闘」については根底的な不信感があります。この「野党共闘」の謳い文句は「憲法違反の安保関連法を廃止するための立憲主義に基づく野党間の共闘」というものですが、これらの政党の主張する「立憲主義」とは「
新9条論」者の多い安全保障関連法に反対する学者の会の主張に立脚するもので、実も蓋もなくその主張を要約すれば単に「政府が強行採決した安保関連法は憲法違反である。だから、憲法9条を『改正』して違憲状態をなくそう」というもので、安保関連法の指向する、すなわち、安倍政権の指向する戦争への道から脱却しようとするものではありません。

だとすれば、なんのための「野党共闘」なのでしょう? 政党の顔ぶれや看板などの表装は変わったとしても安保関連法という内装が旧態依然のままであるならばそれは「廃止」の名に値しないでしょう。ふつうこういう状況を「実質的容認」というのです。これが私の根底的な不信感です。どうして安保関連法の実質的容認でしかない「野党共闘」に期待などできるでしょう! なにも変わりはしません。むしろ、市民に徒な幻想を抱かせる分より悪質性は高い、というのが私の評価です。私は「野党共闘」の全面的見直しを求めます。


【猪野亨弁護士は「期待しています!」というのですが、私は「期待しません」】
このニュースに正直、驚きました。「
共産系で野党統一候補へ 参院選・香川、民進が取り下げ」(2016年5月20日)「民進党は19日、夏の参院選の香川選挙区(改選数1)で推薦を決めていた新顔の岡野朱里子氏(42)の擁立を取り下げ、共産党が公認している新顔の田辺健一氏(34)を野党統一候補とする方針を固めた。共産系を統一候補とするのは全国で初めて。」公認のままになるのか、無所属候補になるのかはわかりませんが、少なくとも民進党側が既に擁立していた候補を下ろしたわけですから、事実上の一本化です。もっとも民進党が推薦するかどうかまではこの記事からは不明です。共産党側は、参議院選挙での選挙協力について、自分たちばかりが下ろすだけでなく共産党候補での一本化も求めていました。他方で、民進党側からすれば共産党と共闘するだけで民進票も逃げていくのではないかと及び腰でしたから、民進党が候補を取り下げるというのは、思い切った決断です。ウィキペディアからですが、香川は民進党にとって決して捨て選挙区ではありません。正直、驚きました。びっくりです。(略)

もっとも共産票は、民進候補にそのまま流れますが、逆の民進票はそのまま共産候補に流れるものではありません。朝日新聞の調査によれば、共産党と公明党は、有権者の中で嫌う傾向のある政党だそうです。「
朝日新聞の世論調査をポイント化すると…「嫌いな政党」1位は共産党?」(LivedoorNEWS)公明党 好き 8 中間 35 嫌い 54 共産党 好き 8 中間 33 嫌い 55 このような調査は私の記憶では学生の頃の話になりますが読売新聞が同様の調査を定期的に行っていたようで、当時も共産党と公明党は同じような傾向を示していました。共産党がこのまま「野党共闘」ということで連携の中に入るためには、何故、ここまで「嫌い」が多いのかはやはり独自に検討する必要があるでしょう。私自身は、共産党はキャッチフレーズ的な政策を述べるだけでなく、もっと具体性のある政策こそ述べるべきだと思っています。「大企業の内部留保は~」というような数字合わせのような主張ではダメだということです。この程度では口だけ公約の安倍総理と変わらなくなります。またそれ以上に北海道5区の補欠選挙であったような党利党略剥き出しの姿勢はやはり反発されるだけです。党執行部のみならず党員(運動員)までが同じ発想では嫌われます。宗教組織のようにしか見えなくなってしまうからです。期待しています!「一致点での共闘は実は非常に難しい 野合というレベルでは実現はできない」(弁護士 猪野 亨のブログ 2016/05/20
キョウ てんのう6

Blog「みずき」:日本のメディアの自らのリテラシー(情報を〈発信〉する能力)のなさ(たとえばNHKのまるで天皇の臣民然とした天皇報道を見よ)にあまりに腹が立つので「『自衛隊機使用』の常態化図る『天皇の被災地視察』」というアリの一言ブログの論の全文をすでに記事としてご紹介しているものですが「今日の言葉」に仕立て直して再掲することにします。

【「自衛隊高級幹部会に出席する統合幕僚長の拝謁」とはなんぞ?】
天皇・皇后は19日、熊本大地震の被災地を
訪問しました。昼前に特別機(全日空)で羽田から熊本空港へ向かい、蒲島郁夫県知事から状況を聴いたあと、南阿蘇村へ。さらに上空から熊本市内などを視察し、益城町などの避難所を訪れ、日帰り、という日程です。この間、現地の移動、上空からの視察には自衛隊のヘリが使用されました。このことに何の疑問も感じない人は少なくないでしょう。それほどに「天皇・皇后の被災地視察」も「被災地の自衛隊」も当たり前のように思わされています。しかし、「天皇の視察」も「被災地の自衛隊」もけっして「当たり前」のことではありません。「天皇の視察」は、憲法第7条に明記されている「天皇の国事行為」には含まれない、いわゆる「公的行為」です。自衛隊はいうまでもなく憲法9条違反の軍隊です。憲法にない天皇の「公的行為」が、憲法違反の自衛隊を使って行われる。これはきわめて異常な光景だと言わねばなりません。しかも、狭いエリアの移動・上空視察に、軍用機である自衛隊のヘリを使う必要性がどこにあるでしょうか。警察や県のヘリで十分なはずです。ここには、「被災地視察」に際して「天皇の自衛隊機使用」を恒常化・常態化させようとする意図があると言わねばなりません。

現憲法下において、天皇が自衛隊機を公然と使用するのはけっして歴史の古いことではありません。天皇と自衛隊の接近・蜜月は、5年前の東日本大震災を契機に急速に強まりました。東日本大震災から5日後に放送された「
天皇ビデオメッセージ」(2011年3月16日)で天皇明仁は救援活動に携わった公務員をねぎらう際、「自衛隊、警察、消防、海上保安庁をはじめとする国や地方自治体の人々」と、初めて「自衛隊」をトップにもってきたのです。これを聞いた陸上自衛隊幹部は、「今まで以上に自衛隊が頼りにされている、と感じました」(2014年4月28日付朝日新聞)と感激しました。以後、天皇・皇后は東北被災地の視察で自衛隊機を使用し、自衛隊幹部らと会食するなどつながりを強めてきました。ところで、宮内庁は今月9日、天皇の「公務」削減について発表しました。高齢のため、これまで行ってきた「年間約100回に及ぶ拝謁」のうち、7項目を取りやめ、2項目を皇太子に「譲る」というものです。その7項目の中に次のものが含まれていました。「自衛隊高級幹部会に出席する統合幕僚長の拝謁」。いかに頻繁に天皇と統合幕僚長が会っていたか。まだ廃止されていない「拝謁」の中身は何なのか、その実態が明らかにされる必要があります。政府・宮内庁は、東日本大震災で急接近した「天皇」と「自衛隊」を、熊本大地震でも引き継ごぎ、確かなものにしようとしているのです。

「天皇元首化」が明記されている
自民党改憲草案が俎上にのぼろうとしているとき、「天皇」と「自衛隊」の接近・蜜月は絶対に軽視できません。(アリの一言 2016年05月19日

【光州市民は全羅南道の道庁に篭り民主主義の松明を掲げ続けた】
36年前の1980年5月18日、光州市民は新軍部勢力の
「5・17非常戒厳全国拡大措置」に反対し、憲政破壊と民主化の逆行に抵抗して起ち上がった。全斗煥盧泰愚を中心とする新軍部勢力は、事前にデモ鎮圧訓練を受けた空挺部隊を投じてこれを暴力的に鎮圧したために、数多くの市民が犠牲となった。市民虐殺の契機となったのは、その年の5月21日、国防長官室で開かれた新軍部勢力指揮官たちの緊急会議だった。出席者は、イ・フィソン(参謀総長、戒厳司令官)、全斗煥(合同捜査本部長、保安司令官)、盧泰愚(首都警備司令官)、チョン・ホヨン(特殊戦司令官)などである。“光州市民の闘いが激しく鎮圧が容易ではない”との現地報告を受けた彼らは、出動した軍人たちに「自衛権の発動(発砲許可)」を決議する。自衛権発動の決定から約2時間後の同日午後1時、光州市クムナム路では戒厳軍が市民に対し一斉射撃を開始した。銃声が鳴り止んだのは午後4時だった。その日だけで、キム・ウァンボン君(当時中学三年生)ら34名が犠牲となった。自国民を躊躇なく虐殺する戒厳軍に対抗するため、光州市民は手に銃を取り「市民軍」が組織された。他地域の支援を得ることもできず完全に包囲され孤立した状況だったが、光州市民は全羅南道の道庁に篭り民主主義の松明を掲げ続けた。5月27日午前0時、戒厳軍の一斉攻撃を受け闘いは鎮圧された。10日間の闘いは夥しい犠牲をもたらした。政府の発表によっても、死者166人(傷痍後遺症の死者376人)、行方不明者54人、負傷者3,139人である。

長い間、光州市民の闘いは“北が扇動した暴動”“光州事態”などと罵倒され歪曲された。“暴徒”ではなく「市民軍」、“事態”ではない「民主化運動」として正当な評価を受けるまでには、光州という地域を超えた韓国市民社会の目覚めが必要だったし、苦難に満ちた民主化運動の進展を待たねばならなかった。その後、1987年の全国的な民主化抗争と文民政権(
金泳三政権)の登場を機に、1995年「5・18民主化運動などに関する特別法」が制定され、犠牲者に対する補償および犠牲者墓地の聖域化がなされた。また、1997年には「5.18民主化運動」を国家記念日に制定し、その年から政府主管で記念行事が開かれている。ところが、李明博朴槿恵政権のもとで極右勢力を中心に、歴史を修正し光州民主化運動の精神を貶めようとする動きが本格化している。5月18日、光州市で開催される記念行事に、朴槿恵大統領は今年も参加しなかった(3年連続)。そして、記念式典で歌われてきた「ニム(あなた)のための行進曲」の斉唱を引き続き禁止している。(略)

さらに看過できないのは、5月17日発刊の『新東亜』6月号に掲載された全斗煥のインタビュー記事だ。そのなかで彼は「あの当時、誰が国民に“発砲しろ”と命令するかね。馬鹿なことを言うんじゃないよ! 私は光州事態とは何の関係もない」と、白々しく
市民虐殺の責任を否定している。今も“光州事態”と呼んで憚らない彼の認識が、全てを代弁しているだろう。おそらくそれは、朴槿恵現大統領の歴史認識とも共通すると思われる。前述したように、「自衛権発動」という名目で市民への発砲を許可したのは彼らだった。誰よりも、当時の新軍部勢力で最高権力者だった全斗煥が発砲命令の責任を回避し、それが容認されている現状は、36年を経た今も「5.18光州民主化運動」の真相究明がなされていないことを如実に示している。(略)

「ニム(あなた)のための行進曲」のフレーズにあるように、歳月は流れても山河は覚えている。「光州民主化運動」を“光州事態”と歪曲し、「市民軍」を“暴徒”と罵倒する輩が、今も白昼堂々と“愛国者”として振る舞う状況を座視してはならない。真相を究明して責任者を断罪することでしか、真の名誉回復は達成されないからだ。(
三千里鐵道 2016年05月19日
キョウ やとうかいだん

野党共闘」問題について具体論を書きます。

これで「野党共闘」なるものが仮に実現したとして(実現すら覚束ないと思いますが)なにがどうなるというのでしょう? 自民党・安倍政権の悪政にピリオドを打つことなどできないでしょう。だとして、自公政権の悪政にピリオドを打つことができない「野党共闘」とはなんでしょう?

社民党への三行半。



共産党への三行半。



民進党へのほぼ三行半。

同じく8団体が、同じ日に民進党にも要請書を提出している。その、タイトルだけをお読みいただきたい。これで、本文はあらかた推察がつく。冤罪防止を目的としたはずの刑事訴訟法等「改正」法案は、冤罪拡大の「大改悪」法案であることが、参院質疑の政府答弁で改めて明らかに!!今市事件裁判判決(本年4月8日)を通して、「一歩前進」とされてきた取調べの可視化(録音・録画)が、「むしろ冤罪・誤判を誘導するという危険性」をメディアも報道!私たちは、民進党が5月19日採決容認方針を撤回し、徹底かつ十分な審議を貫くことを強く求めます!

社会文化法律センター
自由法曹団
青年法律家協会弁護士学者合同部会
日本国際法律家協会
日本民主法律家協会
盗聴・密告・冤罪NO!実行委員会
盗聴法廃止ネット
盗聴法の拡大と司法取引の導入に反対する刑事法研究者の会
http://article9.jp/wordpress/?p=6892


ちなみに政権交代選挙と銘打って政権を奪取したときの民主党政権の政策とはどういうものだったか? 下記には「問題」として出てきますがすべて否定的な問題ばかりです。

朝鮮人学校排除問題
外国人参政権付与法案問題
夫婦別姓等民法改正問題
抜け穴だらけの労働者派遣法「改正」問題
官僚・法制局長官の答弁禁止問題
大企業優遇税制非是正問題
中小企業減税見送り問題
米軍思いやり予算非是正問題
普天間問題公約違反問題
などなど。 
キョウ さんだーす31

Blog「みずき」:17日に民主党予備選の投開票のあった南部ケンタッキー州と西部オレゴン州ではオレゴン州でサンダースが勝利を確実にし、クリントン優位の地盤といわれていたケンタッキー州でもほぼ互角の戦でいまだ勝敗は確定していません。この予備選の結果ははなにを意味しているのか。こちらで若干の分析を試みていますのでご参照ください。神保哲生さんも強調しているように「民主党の候補者選びはまだ終わって」いません。これは私の見方ですが、むしろこれからが勝負どころと見るべきではないか。特別代議員の間で「クリントンではトランプに勝てない」という風雲の思いが急を告げて高まっていく予感が私にはします。

【民主党の候補者選びはまだ終わっていない】
アメリカ大統領選挙の候補者選びは、相次ぐ不規則発言で物議を醸してきたドナルド・トランプ候補が共和党の公認候補となることが確実となり、話題をさらっている。一方、民主党の候補者選びは、代議員獲得数で大幅にリードするヒラリー・クリントン候補の勝利がほぼ確実視されているとの報道が目に付く。そして、興味の対象は誰が両党の候補になるかから、トランプとクリントンが戦った時、どちらが勝つかにシフトしてきているようだ。しかし、民主党の候補者選びはまだ終わっていない。終わっていないどころか、クリントンとバーニー・サンダース候補の差は、実際はごく僅かと言っていい。民主党は党の幹部に特別に大きな影響力を与える
特別代議員という制度を採用しているため、結果的に代議員の獲得数でクリントンが大きくリードした形となっているが、民主党の一般党員の支持は依然として拮抗しているのが実情だ。民主党の大統領候補者選びは、5月13日の時点で、クリントンが2,235人の代議員を獲得し、過半数の2,383人に迫ろうかというところまで来ている。しかし、党員の投票によって割り振られる一般代議員の獲得数では、クリントンの1,719人に対してサンダースも1,425人を獲得しており、その差は全代議員の5%ほどしかない。実際の党員による投票では両者は僅差で拮抗しており、辛うじてクリントンがリードしているという状態に過ぎない。

ところが民主党には合計で4,765人の代議員のうち、713人にのぼる特別代議員枠というものが設けられている。上下両院議員や州知事、そして党組織の幹部などが占める特別代議員は、一般代議員と異なり、予備選や党員集会における党員の投票結果とは一切関係なく、自らの意思で支持する候補を決める権限を与えられている。そして、民主党の特別代議員713人のうち、542人が既に態度を明らかにしているが、そのうち500人がクリントン支持に回っている。これに対して、特別代議員でサンダースを支持しているのは僅か42人だけだ。圧倒的な特別代議員からの支持が、クリントンをサンダースに対して優位に立たせているのが現実なのだ。

逆の見方をすれば、特別代議員の多くがサンダース支持に回れば、サンダースの獲得代議員数がクリントンのそれを上回ることも十二分に可能なのだ。実はクリントンとサンダースの支持基盤は世代間でくっきりと分かれている。若者が熱烈にサンダースを支持し、中高年がクリントンを支持する構図だ。富裕層や企業への課税を強化し、大学の無償化など若者の支援策を積極的に進めることで格差の是正を主張しているサンダースを若者は圧倒的に支持しており、その境界線が45歳にあると言われる。そして、ほぼ全ての特別代議員が45歳以上であり、クリントンの支持層なのだ。民主党の幹部から成る特別代議員は、民主党のクリントン政権のファーストレディや民主党の上院議員、そしてオバマ民主党政権の国務長官を歴任したクリントンにとって、いわば身内のようなもの。特別代議員という身内による、いわば「あげ底」の支持を受けたクリントンが、このまま民主党の候補に選ばれた場合、クリントンは専ら中高年層と党幹部の支持で接戦の予備選を制した候補者ということになる。身内からの贔屓で党公認候補を辛うじて勝ち取ったクリントンで、本当にトランプに勝てるのかを不安視する声は根強い。(
神保哲生「ビデオニュース・ドットコム」2016年5月14日
キョウ さんだーす22

「サンダース現象」に寄せて、岩月浩二さん(弁護士)の心に響く言葉です。前エントリの追記としてここに置きます。

アメリカ大統領選挙・予備選挙で起きているドラマに着目することで、多くの未来へのメッセージを読み取ることができます。それは、気がついて見れば、まもなく参議院選挙を迎えようとする日本の政治の場から発信される「言葉の衰弱」を浮き彫りにすることにも、つながります。アメリカが陥っている格差社会の極限状況を手本に...して、日本社会は変容してきました。「サンダース現象」は、否定するべき格差と絶望を聴衆と共有しながらも、一緒に「未来への扉」を開こうと呼びかけています。そこには、従来の既成政党の築いた特権層の閉鎖的政治空間を突き破る参加があり、若者たちとの協働がほの見えてきます。

キョウ へいわのはいく

Blog「みずき」:共産党員は宮中(天皇家)の「歌会始」の選者が赤旗歌壇の選者に選ばれるという同党の綱領の理念から見て決してありえない、決してあってはならない事態をなぜ抗議もせずに黙認できるのでしょう? 私には考えられないことです。私の決定的な共産党不信はここにあります。もはや私は共産党になんら期待するところはありません。歌を忘れたカナリアからはサンダースのレボリューションは生まれえないし、未来へのメッセージも読み取ることはできないのです。

【「天皇」にすがる、寄りかかる言説の非民主性と非主体性】
「平和の俳句・老陛下平和を願い幾旅路」(
『東京新聞』2016年4月29日)(略)冒頭の俳句は、東京新聞が昨年から戦後70年を記念して広く募集している「平和の俳句」企画の一環で、昭和の日に発表されたものだった。作者は74歳とある。いとうせいこう金子兜太が選句、毎日、一面に一句づつ連載されている。(略)この日の金子兜太の選評に驚いた。「天皇ご夫妻には頭が下がる。戦争責任を御身をもって償おうとして、南方の激戦地への訪問を繰り返しておられる。好戦派、恥を知れ。」とあったのだ。しかしである。この句を選び、上記のような選評を寄せた金子兜太(1919~)といえば、直近ではアベ政治を許さない」とのプラカードを揮毫した俳人である。この違和感は何だろうか。
 
もっとも、少し、さかのぼれば、日本銀行を定年まで勤め、句作に励み、俳句関係の賞を総なめにし、1988年紫綬褒章、1996年勲四等旭日章、2003年日本芸術院賞、2008年文化功労者を受章、残すは文化勲章くらいと思われる”順調な“コースを歩んできた俳人と言えよう。さらにさかのぼれば、1941年から『
寒雷』に投句、加藤楸邨に師事、敗戦後、文芸上の「社会性」が問われると「社会性は態度の問題である。―社会性があるという場合、自分を社会的関連のなかで考え、解決しようという『社会的な姿勢』が意識的にとられている態度を指している」(「俳句と社会性」『風』1954年11月)と表明、方法を模索、前衛俳句の旗手として活躍」(松井利彦編『俳句辞典近代』桜楓社1977年11月126頁)した俳人だった。「俳句造型論」を掲げ、社会性俳句を経て、更に難解性を増し、主体の尊重から季語を持たない一行詩の性格を強めたが、その後は伝統への回帰を志向していると、その辞典にはあった。1962年『海程』を創刊、後代表となり、1987年からは「朝日歌壇」の選者を務め、今日に至っている。俳人だった父を持つ出自といい、歌壇でいえば岡井隆のコースにも似ているな、と思った。さらにさかのぼれば、1943年、東京帝大経済学部を繰り上げ卒業して、日本銀行に入り、海軍経理学校を経て海軍主計中尉として、トラック島に着任、飢えのため多くの部下を失って、捕虜となり復員・復職している。戦地を去る日を「水脈(みお)の果て炎天の墓碑を置いて去る」と詠んでいる。過酷な戦地体験が、後の句作に大きな影響をえていると、本人もいろいろなところで述べている。

金子兜太に限らず、近年の天皇夫妻の被災地訪問や戦没や慰霊の旅や「おことば」についてメディアで発言するとき、突然、最高級の敬語を使ったり、その「平和を願う」内容を称揚したり、その労をねぎらう「識者」や「文化人」が増えてきている。「歌会始」の傘のもとにある歌壇人はじめ、保守政治家・論者・政治団体ならいざ知らず、リベラルや民主主義を標榜している人々の中にも、目立つようになった(文・
矢部宏治、写真・須田慎太郎『戦争をしない国―明仁天皇メッセージ』 小学館2015年7月など)。また、これまでの「党是」により出席を拒んできた日本共産党が天皇の出席する国会開会式に出席歌会始の選者を赤旗歌壇の選者に据えるなど、天皇への傾斜や親密性をあらわに表明してはばからない。その理由が実に粗雑極まりないのである(略)。憲法上の「象徴天皇制」のもとですら、その法的根拠が曖昧な天皇や皇族の行為をこのまま見過ごしてしまってよいのかとも思う。いまの政治が余りにも反動的だからと言って、「天皇」にすがるような、寄りかかるような言動は、慎まなければならない(「戦後70年 二つの言説は何を語るのか」 2016年1月11日)。 天皇夫妻は、今月の19にも日帰りで熊本の被災地を訪問する予定という。被災住民の住居確保、瓦礫処理がすすまないところも多く、天皇夫妻を迎える準備や警備についても十分想像ができるなか、いつも思うのは、マス・メディアは好んで、訪問先の人々の感謝の言葉や前向きな声を拾おうとするけれど、具体的にはどんな成果が期待できるのだろうか。 結論から言えば、現政府の対応のまずさや遅れを、精神的に少しでも補完し、緩和する役目しか果たしていないような気がしてならない。天皇夫妻の、その個人的な誠意とは別に、結果的に現政府を利するという政治目的のために利用されてはいないのか。そうした懸念を拭い去れないでいる。皇室、天皇への傾斜や親密性の拠って来るところは何なのか、日本にとっても、私にとっても大きな課題である。(内野光子のブログ 2016年5月17日
2016.05.16 ある雑感。
キョウ たねまくひと

私は「今日の言葉」として(1)(2)(3)と書き続けてきました。
 
Blog「みずき」 今日の言葉 ――安倍政治を演出する日本版戦争広告代理店?! DentsuとDentsuに従属した日本のメディアの劣化。日本の政治は、市民の批判と抵抗が弱まると、危機的局面に入ります。
Blog「みずき」 今日の言葉(2)――NHKは、「日本政府は非核三原則という政策を堅持している」と解説するが、密約を隠蔽していた佐藤首相がノーベル平和賞を受賞していたのだから、噴飯ものである。
Blog「みずき」 今日の言葉(3)――オバマの訪広を評価する国際的な動きは皆無といって過言ではない。むしろ、オバマ訪広について浮き足だった反応を示している日本国内の動き(特にマス・メディア)の異常さだけが突出している。
 
しかし、私の中にいまあるのは虚しさだけです。「今日の言葉」の(2)と(3)ではおひとりは内野光子さん(歌人)の言葉として、もうおひとりは浅井基文さん(元外交官)の言葉として私たちの社会の市民と市民運動の問題点をとりあげています。ひと昔前まではこの問題が問題であることの認識は政党としての日本共産党とも日本社会党(社民党)とも共有できたものです。しかし、いまは、それらの政党が率先してその認識を妨げています。すなわち、たとえばオバマの訪広問題のこととして、そのオバマ訪広について浮き足だった反応をそれらの政党が市民に率先して示しているということです。
 
この事態を私は日本の革新政党の右傾化と名づけていますが、これではたとえばオバマ訪広の問題性について私たち(と言っておきます)と認識を共有できるはずがないのです。すなわち、いま、この社会の根底的な変革を切望する者の連帯の輪は途切れているのです。これでは日本の社会と政治変革の展望は見出せません。私が虚しさしか残らないというのはそういうことです。ここまで人を絶望させる政治、あるいは政党とはなにか。もはや政治とも政党ともいえないでしょう。しかし、その政党に反省の兆しは見えません。絶望は深まりゆくばかりです。

キョウ おばま

【広島(及び長崎)は「お飾り」以外の何ものでもない】
核兵器廃絶を希求する国民世論にとっては、オバマ訪広はいかなる積極的意味をも持たない。オバマ政権(米国)にとって、「核のない世界」はあくまでビジョンに過ぎず、核
デタランス戦略したがって核戦力保有政策は微動だにしていない。また、安倍政権(日本政府)にとっても米国の拡大核デタランス(「核の傘」)は日米同盟の基軸だ。したがって、オバマの訪広が核兵器廃絶に向けた第一歩になるのではないかという期待を抱くものがいるとすれば、それは幻想以外の何ものでもない。外務省での実務経験を持つものとして率直に指摘せざるを得ないのは、核問題に関する日本外交において広島(及び長崎)に与えられた位置づけは「お飾り」以外の何ものでもないということだ。より根本的に、政府・外務省においては、日米安保体制堅持が最中心に座り、軍縮(核を含む)問題は一貫して脇役、それも日米安保体制堅持に邪魔にならないことを大前提とするいわば「日陰の存在」だ。核兵器廃絶を希求する国民世論の存在を無視しえない政府・外務省にとって、核軍縮自体が「鬼子」的厄介物でしかない。

戦後長年にわたり、広島(及び長崎)は、日本の核廃絶運動のメッカ的存在として、核兵器廃絶問題に取り組む姿勢ゼロの政府・外務省に対する対抗軸としての役割を担ってきた。しかし、1960年代以後の高度経済成長、戦争体験の「風化」、国民意識の保守化等の全般的状況並びに、広島及び核廃絶運動における様々な要因の働きにより、広島は今や対抗軸としての機能を担う意思も能力も失ってしまっている。その端的な表れが、日米両政府主導で実現する今回のオバマの訪広であり、それを無条件で歓迎する広島の姿である。つまり、オバマ訪広は核兵器廃絶とは一切関係のない、それどころか核兵器堅持を前提にして行われるセレモニーに過ぎず、それを歓迎する広島は日米両政府の核政策を全面的に受け入れるというにほかならない。つまり、政府・外務省に対する対抗軸としての自己規定を最終的に放棄するということだ。そしてこれからは、日本外交における「お飾り」としての役割に徹することを自ら進んで受け入れるということでもある。(略)

プラハ演説を行った際のオバマに対する国際的評価・期待は高かったことは事実(その端的表れがオバマに対するノーベル平和賞授与)ではあるにせよ、その後7年にわたるオバマの実績に対する国際的な評価は総じて極めて厳しい。オバマが行った主要政策としては核セキュリティ・サミットが唯一のものだが、その主眼は核物質の国際管理と原発推進であり、核兵器廃絶はおろか、核兵器削減に向けた取り組みはゼロである。したがって、オバマの訪広を核軍縮及び核兵器廃絶と結びつけて評価する国際的な動きは皆無といって過言ではない。むしろ、オバマ訪広について浮き足だった反応を示している日本国内の動き(特にマス・メディア)の異常さだけが突出しているのが実情であると言わなければならない。(浅井基文のページ 2016.05.16
キョウ おきなわとかく2

【過去の反省や謝罪のない「未来志向」とは、何なのか】
1972年、5月15日、沖縄の施政権が返還された。44年の月日を思う。さらにさかのぼれば、1945年から1972年までの米軍による占領期が長かった。この長い戦後史は、私たち本土の者が活字や映像などをたどっただけではなかなか理解しかねることも多いのではないか。(略)きょう、5月15日「
NHKニュース7」では、沖縄返還に伴い、いったん撤去した核兵器を、「危機の際には再び持ち込む権利がある」と、アメリカ国防総省が公刊した歴史文書に記されていたことを報じた。日米間でいわゆる「密約」が交わされていたことは、当時の首相佐藤栄作の遺族のもとに、両国首脳がサインした極秘文書 が残されていたことで明らかになったのだが、7年前、政府が設けた有識者委員会では検証の末「文書を後の政権に引き継いだ節は見られない」などとして「必ずしも密約とは言えない」とした結果を報告していたのである。NHKは、「日本政府は1968年、唯一の被爆国として『核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず』とする非核三原則を宣言し、みずからは核を持たないという政策を堅持している」と解説するが、密約を隠蔽していた佐藤首相がノーベル平和賞を受賞していたのだから、噴飯ものである。(略)

ノーベル平和賞といえば、2009年4月5日、アメリカとEUの初の首脳会議が行われたチェコのプラハで、オバマ大統領は、「核兵器を使用したことがある唯一の核保有国としてアメリカが先頭に立ち、核兵器のない世界の平和と安全を追求する道義的責任がある」という
決意を表明し、その年の10月9日にノーベル平和賞を受賞したのである。そのオバマが、5月27日、伊勢志摩サミットの帰路に広島を訪問することが決まった。政府やメディアは、野党までが、今やこぞって大歓迎ムードである。はたしてこれでいいのか、過去の反省や謝罪のない「未来志向」とは、何なのか。なんでも「水に流す」ことでいいのだろうか、というのが素朴な疑問である。被爆者たちと対面することすら避けて、犠牲者慰霊の献花だけで、駆け抜けようとするに違いない、それがそんなに画期的なことなのか。長崎はどうなのか、東京大空襲はどうなのか、太平洋戦争末期の日本各地での無差別空襲、そして何よりも沖縄の地上戦での多大な犠牲者に対して、その後のアメリカと、そして日本政府の仕打ちの過酷さと無責任な対応に怒りがこみあげて来るのを禁じえない。

大いなる声を上げなければならない。日本政府が、みずから「謝罪」を要求しないということは、日本も、もはやどこにも謝罪はしないという意思表示でもある。昨年の戦後70年の「安倍談話」にも、それがよくあらわれていたではないか。(
内野光子のブログ 2016年5月16日
キョウ でんつう
Dentsu

【Dentsuは改憲から対外戦争への道をも演出している】
本間さんの研究は、原発推進広告の歴史的展開を、地方紙を含めた新聞ごとの電力会社等の広告段数や宣伝手法まで具体的に分析して有益ですが、その中核にあるのが、巨大広告代理店、電通です。本間さんは、「電博」とよばれる第二の広告代理店・博報堂出身で、原発広告の作り方・出し方にも精通していますから、説得力があります。「原子力村」の電力企業・メディア・立地自治体の結節点に広告代理店をおき、クローズアップした点が出色です。(略)どうも、原発再稼働に限らず、現在の安部晋三政治の影で、かつて高木徹さんが明らかにした戦争広告代理店 の日本版が形成され蠢いており、改憲から対外戦争への道をも演出しプロパガンダしている形跡がみられます。その一つが、いまや世界を揺るがしているICIJのパナマ文書に出てくると、日本のネット上で話題の 「DENTSU SECURITIES INC」(英領バージン諸島)の話。朝日新聞は、電通とは関係なく「風評被害」という電通広報担当の話をそのまま報じていますが、なにしろ電通広告に大きく依存した大新聞の報道ですから、説得力に欠けます。もう一つの「NHK GLOBAL INC」(パナマ)と共に、徹底的に調べた調査 報道を期待します。(略)

日本のパナマ文書報道を半信半疑にする事例が、東京オリンピックに関わって、出てきました。開催主体である舛添要一東京都知事の高額海外出張・公用車私物化や政治資金・公金私消も大問題で、早くも7月衆参同時選挙と一緒の東京都知事再選挙の可能性まで永田町では流れていますが、電通が関わるのは、もっと大きな問題です。「2020年東京オリンピックの招致委員会から国際オリンピック委員会(IOC)関係者に多額の現金が渡ったとされる問題で、フランス検察当局が金銭授受を確認した」というニュース。JOC会長も、シンガポールのコンサルタント会社「ブラックタイディングス」への二億二千万円以上の振り込みを認め、「当時の事務局で招致を勝ち取るには必要な額」と弁明しています。日本の大新聞報道に出てこないのは、これを世界に配信した英紙『ガーディアン』原文に、金の流れの
にまでちゃんと名前の出ている「Athlete Management and Services(AMS), a Dentsu Sport subsidiary based in Lucerne, Switzerland」の話。『ガーディアン』紙記者による電通広報部取材とその否定談話もでてきますから、報じてもよさそうなのに、大新聞やテレビは報じません。だからこそ、パナマ文書報道も疑われるのです。

国境なき記者団の「報道の自由度ランキング」で2010年の11位から先進国最悪の72位に転落したのもむべなるかな。リオオリンピックを目前にしたブラジル政治の混迷は、他人事ではありません。報道・言論の自由の萎縮と劣化にともなって、日本会議を裏方にした安倍政治も、電通に従属したメディアも劣化して、日本の政治は、市民の批判と抵抗が弱まると、危機的局面に入ります。(
加藤哲郎のネチズン・カレッジ 2016.5.15

広島原爆投下

Blog「みずき」:「日本人は本当に学ばない民だな」という浅井基文さんの慙愧の思いはほかの誰でもない日本国内の反核運動を担い、また、安倍政権反対運動を担う私たちに向けられているのであることを私たちはけっして聞き逃してはならないと思います。ほかの誰かではない私が〈私の問題〉として問われているのです。
 
【アメリカという要素を素通りしたいかなる世論・運動も内発的な力にはならない】
G7サミットで訪日するオバマ大統領が広島を訪問するということで、日本国内は再びオバマが2009年にチェコのプラハで「核のない世界へ」演説を行ったときと同じような、私から見ると「日本人は本当に学ばない民だな」という思いを再確認するしかない、浮ついた反応一色になっています。もちろん、プラハ演説のおかげでオバマはノーベル平和賞をもらったのですから、当時浮ついたのは日本人だけではなかったことは認めなければなりません。(略)

しかし、このような日本社会の浮ついた反応の根底には非常に深刻な問題が潜んでいます。すなわち、私は広島に滞在していたときから何度も確認せざるを得なかったのですが、「唯一の被爆国」、「核廃絶」は広島の人々を含め、圧倒的に多くの日本人にとっていわば呪文みたいな意味しかありません。その呪文を唱えさえすれば、後は「何でもあり」(略)というわけです。こうして、まともな国際感覚からいったらあり得ない、
非核三原則」を言いながらアメリカの「核の傘」(略)すなわち日米核安保を肯定するという摩訶不思議な国民世論状況がまかり通る状況が数十年にわたって続いてきたのです。

オバマの広島訪問は、こうした曖昧模糊とした国民的な核意識にとってはもっとも好都合なものとして歓迎されるわけです。なぜならば、オバマは「核廃絶」を願う「日本国民」の心情を理解した上で広島訪問を決断したのであり、その意味においてオバマは「核廃絶に対して真剣な気持ちを持しているに違いない」と多くの国民(ほとんどのマス・メディアを含む)は勝手に解釈するからです。しかもこれまた多くの国民(再びほとんどのマス・メディアを含む)は、政権末期のオバマが核兵器廃絶に向けて本気で取り組む意思も能力もないことを見極めており、したがって「世の中」が激変することはあり得ないことに日常保守的な安心感を抱くこともできるからです。

しかし、このような状況こそ日本社会の深刻な病理を浮き彫りにしているのです。より根本的に、オバマの広島訪問決定に対する国内の反応状況を眺めるとき、私は、安倍政権の
集団的自衛権行使「合憲」解釈及び安保法制(戦争法)強行に反対する国内世論状況がダブって見えてなりません。私にダブって見えてならないのは、アメリカに対する透徹した認識(眼差し)の意識的無意識的な欠落ということです。核兵器廃絶に真剣に取り組む意志がない日本政府を批判し、集団的自衛権行使に突進する安倍政権を批判するという点で、これまでの日本国内の反核運動と安倍政権反対運動とは共通しています。そして同時に、核兵器廃絶に対する根本的障碍であるアメリカの核政策を真正面から問いたださず、安倍政権の安全保障政策を支配し、牛耳っているアメリカの世界軍事戦略を真正面から問いたださないという点においても、二つの運動のアプローチは軌を一にしているのです。

しかし、これだけアメリカに首根っこをつかまれている日本の政治である以上、アメリカという要素を素通りしたいかなる世論・運動も日本の政治を根本から問いただす内発的な力を備えることは極めて困難であると、私は判断します。安倍政権に反対する私たちに必要不可欠なのは、安倍政権の安全保障政策を規定しているアメリカの世界軍事戦略を厳しく批判する視点の確立です。そして、核兵器廃絶を目指す私たちのオバマの広島訪問に対する態度決定に必要不可欠なのは、オバマが「広島・長崎に対する原爆投下はあってはならなかったこと」を認めることを厳正に要求する姿勢の確立です。(
浅井基文のページ 2016.05.14
キョウ ますぞえ

Blog「みずき」:上記のフォトは実に風刺の利いたポンチ絵です。いわずと知れた左はあの人。右もあの人です。 舛添都知事批判について、「だったら石原都政時代はどうだったのか?」「舛添の次の都知事もどうせロクなやつは出て来やあしない。舛添はましな方」などの反批判がありますが、いずれも敗北主義の声というべきでしょう。次に誰が知事になるか。また、過去の石原都政の評価の問題は別の問題です。別の問題を持ち出して現実にいま露呈している問題についての「不正」批判を抑え込もうとする。そのような論は現状肯定、すなわち敗北主義の論になるほかありません。

【長らく続いた保守・反動政権の「賄賂政治」というツケのツケ】
舛添都知事による高額出張旅費問題、そして箱根への別荘に行くのに公用車を使った問題、家族の食事の領収書を経費計上していた問題、ここまでカネに汚くなれるのかという典型的な政治家像を、舛添氏は見せつけてくれました。自分のカネだったらできないことを人(税金)だからできること、本当に汚いものです。自分の懐が痛まなければ何でもできてしまう、というのはその人の人格なのでしょう。舛添都知事に対する都民の批判が大きくなってきたから、都議会自民党は距離を置いていますが、自民党が推薦した知事であることの責任はまるで自覚がありません。所詮、同じ穴の狢ですから、厳しい姿勢など取ろうはずもありません。舛添都知事に比べれば、ちょっとだけましだった猪瀬前都知事も、裏では5000万円の政治資金をもらっていたというのですから、五十歩百歩です。この猪瀬前都知事のときも同じでした。自民党、公明党には最後まで猪瀬前都知事を追求するという姿勢はありませんでした。

東京五輪招致では、招致委員会が2億2000万円をコンサル料名目で支払っていたことが
明るみに出ました。「2020年東京五輪・パラリンピック招致委員会(現在は解散)は13日、国際陸上競技連盟前会長の息子が深く関わったシンガポールの会社に13年、約280万シンガポールドル(約2億2300万円)を支払ったことを認める声明を出した。コンサルタント業務への対価だとして、正当性を主張した。」当初、否定していたにも関わらず、一転、認めたのは単に否定し切れなくなったからですが、誰がどう見ても賄賂性があったからと認めているようなものです。限りなく黒に近いグレーとなりました。これだって、自分のカネではないから巨額のカネをつぎ込めているのです。オリンピック自体に巨額の費用をつぎ込めるのも同じことであり、税金だからです。税金の垂れ流しです。日本では長らく保守・反動政権が続き、一時的に民主党鳩山政権の誕生のようなこともありましたが、基本はすべて保守・反動政権です。その中で莫大な額のやり取りをするような贈収賄事件が起きたり、政治家が莫大な資産を隠していたり、ひどいものです。

財界、自民党、公共事業というサイクルの中で出来上がった腐敗構造です。政治献金も結局、莫大な利益を得た財界が、自らの支配を維持するための資金ですから、カネによって全てが支配されているということです。先般、
パナマ文書が明るみに出たことにより、カネ持ちによる税金逃れが露呈しましたが、これも薄汚い税金の私物化の一態様です。納めるべきものを納めないでポケットに入れているわけですから。こういうものに対して、保守・反動政権は、極めて寛容です。その根っこにあるのは、財界によるカネによる支配。あるところにはあるカネによって日本全体、いや世界全体が支配されているということです。この金権支配が続く限り、私たちの将来は愚か、地球上のすべての人々、動植物にとっても最悪の未来となります。(弁護士 猪野 亨のブログ 2016/05/14
キョウ にながわゆきお

Blog「みずき」:女性史研究者の米田佐代子さんの蜷川幸雄さんを送る言葉。愛情のこもった送る言葉です。こういう言葉こそ弔辞(といってよいのでしょうね)にふさわしい。美辞麗句で飾った弔辞などあれは死者を鞭打つ音にしか私には聞こえない。

【まあ、その前に生きてる間は走らなくちゃ】
5月12日、演出家
蜷川幸雄氏逝く。享年80。それほど彼の芝居を見ているわけではないわたしが感慨深いのは、彼が「65歳以上の老人1万人」を公募して芝居をやるというのに応募しようかと思っていたから。今年初めにそのニュースを聞いたとき、わたしは電話をかけて「81歳でも応募できますか」と聞いてしまったのです。蜷川さんはすでにシニアばかりの劇団を立ち上げ、公演もしておられました。そこには80歳の方もおられたようですが、応募の時点で80歳を過ぎているというのはいなかったかもしれない。向こうは一瞬沈黙し、でも「いやどうぞトライしてみてください」と言ってくれました。

そのとき、わたしは、
らいてうの会の会長を辞めて役者になろう、と思ったのです。発声トレーニングもしてなければ、歌も踊りもできず、体を動かすこともろくにできない年寄りなのに、きっと試験で落ちるだろうな。でもトライしてみるだけでも、やりたいことをやればいいじゃん…。と思っているうちに今年はらいてう生誕130年とあって、「今なぜらいてうか」を問う行事や出版準備などに追われ、「会長辞めたい」は、封印されてしまいました。でもまだ5月末が締切とあって、心が揺れていなかったと言えばウソです。そこへ蜷川さんの訃報。「老人1万人劇団」の企画が継続するかどうかはわかりませんが、わたしとしてはあきらめる引き金になりました。

蜷川さん、いつかあの世でお会いしたら、「老人劇団」ならぬ「ユーレイ劇団」をやりませんか?時どき現世に出没して、「人間をないがしろにして戦争したがるやから」をキョーハクしようではありませんか。まあ、その前に生きてる間は走らなくちゃならないけど…。合掌。(
米田佐代子の「森のやまんば日記」 2016/05/12

キョウ むひか3


Blog「みずき」:以下の引用は先日来日した前ウルグアイ大統領のムヒカさんの言葉だと思うのですが、ムヒカさんの言葉自体はよいものです。しかし、いまの「赤旗」(共産党)にこうした道理を説く資格があるでしょうか? 

今日の言葉 ――彼ら(共産党員、支持者ら)は何を沈黙しているのか。このていたらくでは無党派層が「安倍政権の改憲」に反対する政党に投票する気が起きなくても仕方ないのではないか。 

【政治とは社会全体に心を砕くこと】
80歳になって訪日の機会を得たことを私は感謝しています。いろんな価値観がありますが、最も重要な価値観は「生きている」ことです。そういう機会を与えられていること自体が奇跡です。そこには二つの選択肢があります。気の向くままに生きるのか、それとも、自らの人生を切り開き大義をもって生きるのかです。今後の世界をより良いものにするために努力しようではありませんか。私たちは市場によって組織だった社会に生きています。その中で忘れたり失ったりしたことがあるのではないでしょうか。私たちは市場で何でも買うことができます。しかし「買う」のは、お金で買っているのではありません。そのお金を稼ぐのに費やされた、あなたの人生の時間で買っているのです。だから節度が大事です。 人生を享受するには、自由な時間が必要だからです。 人生のすべてを市場に委ねてはいけません。しかし現在、市場の力が自立した生き物のように大きくなり、統制できなくなっています。
京都議定書が結ばれ、環境破壊に制限を加えようとしましたが、できませんでした。世界中で1分間に200万ドル(2億2000万円、昨年は320万ドル)が軍事予算に使われています。最悪なのは、こうした状況を変えることができないことです。その結果、世界のごく少数の富裕層に富が集中する状態になってしまいました。一番大切なのは幸せになることです。こんなに生産性が高まったのに、分配の仕方が悪いため、わずかな人しか恩恵にあずかれません。ほとんどの人は欲求不満を抱えています

屈服したまま生きていくこともできます。多国籍企業にささげる人生もあるでしょう。でも年をとったときに何が残るでしょうか。人生をよく考えなければなりません。世間は私のことを「貧しい」といいますが、貧しいのではなく、質素なだけです。質素な方が、本当にしたいことに充てる時間ができるからです。私にとって重要なものは社会運動です。本来の自由とは、自分のしたいことができることです。大切なのは連帯、協力、団結です。社会が抱える矛盾を解決するには集団で動かなければなりません。それには政治が必要です。政治とは社会全体に心を砕くことです。私たちが政治を放棄すれば、少数者がそれを制御することになります。私たちはグローバル化(地球規模化)した世界に生きています。そこでは金融資本が巨大化し、投機目的に使われています。また文明の統治能力がありません。しかし人間がまとまれば、たたかうことができます。私は10年以上も投獄され、実現しなかった夢もありました。でも、あとの人たちが続くことができるように道筋をつけてきました。たたかいは永遠に続くからです。自分が掲げた旗を引継ぐ人は必ずいるはずです。(
赤旗日曜版 2016年5月1日・8日合併号
キョウ さんだーす26

Blog「みずき」:ウェストヴァージニア州でのサンダースの勝利をどう読むか。歴史学者の保立道久さんのひとつの解。その中でいう保立さんのアメリカ合州国憲法批判は鋭く、本質を衝いていると思います。保立さんは言います。サンダースはそのアメリカの積年の弊をいま自省というデモクラティック精神で弾っているのだ、と。
 
【「福祉」という言葉の原義は「弱者救済」ではない】
昨日、5月10日、サンダースがウェストヴァージニアでクリントンに
15%近い差をつけて勝った。この15%というのは、サンダースが一般代議員でクリントンに勝つために必要な票差といわれている。まだ目がはなせない。サンダースのツイートより。(略)「すべての他の主要な産業国に加わって、それと同じように国民全体の健康保険を作るべきときだ」(Kenedyi)(略)これがケネディから説き起こされるのが、いかにもアメリカである。アジアにとってはケネディはベトナム戦争の拡大者だが、そこは我慢。今回のサンダースの主張で注目すべきものはアメリカ大国意識がないことである。アメリカは世界の文明国のなかでも異様に問題のある国だというのを正面から述べていることである。これはある意味でトランプも同じことをいっている訳だが、トランプにはみずからの社会を内省し、反省するというのではなく、他国のおかげでアメリカは豊かでなくなってしまったという被害者意識のみが目立つ。これに対して、サンダースの主張は、なぜこんなことになってしまったのかという自省を含んでおり、ずっと品がいい。

ノーム・チョムスキーは、デモクラシー・ナウの4月26日のインタビューでサンダースの国民の権利としての健康保険という主張について重要なことを述べていた。レーガンの時代には70%の人々がそれは憲法上の権利としてあるべきであると考えていたという。それが逆進的(ロバート・ライシュの表現)にひっ くり返された過程が問題になるが、これはアメリカの民主党よりの判事たちが、結局、アメリカ合州国憲法を改正し、現代化するという展望をもたず、いわゆる アメンダメント、修正箇条のうちの言論思想の自由などの項目を護持するという視野を超えられなかったためであろう。アメリカの社会の最大の欠陥は修正箇条のいくつかを大事というだけで正面から「健康で文化的な生活」その他、日本国憲法にあるような社会権を体系的に国政的要求として提出してこなかったことにある。アメリカ憲法の人種主義を含む古色蒼然さに対する真の反省がなかったのではないか。

人の國の憲法を評価し評論するのは悪いが、しかし読めば分かるようにあんなつまらない憲法はない。各州植民地エリートの妥協で積み木細工のように作られたという性格が強く、ああいう人種主義丸出しの憲法をもっていててんとして恥じないから他国を侵略するのだと思う。根本的に間違っている。(略)アメリカ法では、その代わりに
正当な法手続き(due process of law)の規定が煩瑣なまでに強調され、現実には、それによって逆に法的な強者のみが利益をえる訴訟社会という結果がもたらされている。それにしてもアメリカ合州国憲法と比べると、日本国憲法はよく整っている。とくに「公共の福祉」という言葉はいい。それがいいというのは、「福祉」という言葉の語義に関わっている。「福」も「祉」も「示」偏がつく言葉である。「福祉」は「祉福」ともいって、ようするに神より授かる幸福という意味である。世上では「福祉」というともっぱら弱者救済のことであるというが、こういう感じ方ほど神を蔑しろにするものはない。神より授かる幸いを協同のものにしようというのが、その原義なのだと思う。(保立道久の研究雑記 2016年5月11日