キョウ さんだーす23
中央はキング牧師
 
Blog「みずき」:私はアメリカという国は国内的、国際的にさまざまな問題を抱え込んでいるとしてもなにはともあれ民主主義の国には違いないと認識していましたので思いがけない指摘でした。アメリカという国の政治的ディフィクト(欠損)の根底には歴史的に指摘されるような構造的な問題が伏在していたのですね。サンダースの登場はその問題が政治的なものであるにせよ文化的なものであるにせよ現代アメリカ社会の抱えるもろもろを私たちの前に鮮明な画像としてわかりやすく明らかにしてくれました。アメリカという国にレボリューションは近い将来必ず訪れるでしょう。


【アメリカの社会運動は社会権を体系的に国政的要求として提出してこなかった】
チョムスキーは権利としての健康保険というサンダースの主張について、レーガンの時代には70%の人々がそれは憲法上の権利としてあるべきであるとしていた。それが逆進的にひっくり返されたと指摘。そもそもアメリカ憲法は古色蒼然たる憲法で国家機構組織法にすぎない。意味があるのは修正箇条だけ。アメリカの社会運動の最大の欠陥は修正箇条のいくつかを大事というだけで正面から「健康で文化的な生活」その他、日本国憲法にあるような社会権を体系的に国政的要求として提出してこなかったこと。アメリカ憲法の人種主義を含む古色蒼然さに対する真の反省がなかったのではないか。
無力感。怒り。悲しみ。それ以上の表現の言葉を私は持たない。

「アサド政権は恒常的に意図的に病院を空爆しているのだが、なぜか日本の反戦派が騒がない。日本の平和運動と知識人の限界」(中東ニュース速報)という言葉が突き刺さる。

キョウ しーるず

再度、kojitakenさんの北海道5区補選問題に関しての関連記事を引いておきます。今回は「SEALDsと共産党との密接な関係」について。 

「今回の「野党共闘」は共産党の「国民連合政府」の構想に端を発しているが、その発想は、SEALDsを接着剤として民進党などの他の野党と選挙を共闘しようというものだ」という指摘は今回の補選の「選挙総括」のためにも重要な指摘だと思います。「負けたあと」の「冷静な結果の分析」(「kojitakenの日記」2016年4月28日)のためにも共産党と民進党の「接着剤」の役割を期待されているSEALDs評価は不可欠です。
 
SEALDsと共産党との密接な関係はいまや公然の秘密だ。イラク戦争当時にリベラル・左派の教祖的存在に持ち上げられた辺見庸は、現在では主に共産党シンパ系のリベラル・左派によってこき下ろされるか無視されるかしている。辺見の主張はもともと旧民主党や生活の党と(以下略)の支持者たちに受け入れられるものではない。つまりいまや辺見庸は共産党系にとっても民進党系にとっても煙たい存在だ。だから今年に入ってからだけでも辺見の本を6冊読んだ私なども「異端」の部類に属すると思われる。その辺見が、高橋哲哉との対談本で、SEALDsについてこう語っている。(略)」

「辺見庸がブログでSEALDsを激しい言葉遣いで非難した(現在では閲覧できない)あと、「しんぶん赤旗」のインタビューをドタキャンされた一件が昨年末にあったが、上記に引用した高橋哲哉との対談本は昨年末に発行されているから、対談は赤旗ドタキャン事件の少し前に行われたものと思われる。対談本の第1章は「週刊金曜日」に掲載されたが、第2章以降は「語り下ろし」とのことで、上記の引用文はその第2章に含まれている。佐藤優は「週刊金曜日」とのかかわりが深いから、佐藤優批判が含まれる第2章は、あるいは「週刊金曜日」には載せられなかったのではないかとか、辺見庸と金曜日との喧嘩別れには、赤旗ドタキャン事件のほかにも理由があるのではないかとか、最近になって佐高信が佐藤優との絶縁を表明したらしいこともその絡みではないか、等々、妄想はいろいろと膨らむ。(略)」
 
「佐藤優の悪口はともかく、辺見庸が高橋哲哉との対談の時点で既に、SEALDsと共産党とのつながりを強く示唆していることはいうまでもない。今回の「野党共闘」は共産党の「国民連合政府」の構想に端を発しているが、その発想は、SEALDsを接着剤として民進党などの他の野党と選挙を共闘しようというものだ。その背景には、共産党にもはや自前の候補者を全選挙区に出す資金力が底をついてきた事情があると思われる。そこで共産党以上に顕著な党勢の衰退に見舞われている民進党と野合しようというわけだ。民進党内の旧民主党と旧維新の党も野合なら、野党共闘もまた野合だし、もちろん腐れ縁が長く続く自民党と公明党など野合の最たる例だ。野合と野合との戦い。政治戦とはしょせんそういうものだ。辺見庸は「国家は災厄の源」というが、その通りだと私も思う(略)」

キョウ ほっかいどうごく2

澤藤統一郎弁護士は私の尊敬する弁護士のおひとりですが、同弁護士の「北海道5区補選・共闘の『成果』と『教訓』についてー郷路征記君の意見紹介」という論には賛成できません。同弁護士の論調は私が前回記事で指摘した「井の中の蛙」の目を超えていないからです。
 
私は同記事で次のように指摘しておきました。「典型的な「井の中の蛙」発言です。大海を知らないのです。共産党をはじめとする組織力に定評のある組織にはたしかに一定の動員力はあるでしょうが、そうした井の中の「賑やかしさ」だけでは「『寝ている無党派層』は起こせない」のです、と。
 
しかし、澤藤弁護士が「これだけでも、十分な『選挙総括』となりうる」として紹介する4本の動画はすべてその「井の中」の側から撮った動画でしかありません。これでは「井の外」は見えはしません。「井の外」の状況や動向を知らずに「十分な『選挙総括』となりうる」はずもないでしょう。また、それではせいぜい「井の中」だけでの「選挙総括」ということにしかならないでしょう。「井の『内』と『外』」を含めた大海の総括とはなりえないのです。
 
大海の状況と動向を見極めるにはkojitakenの日記の「投票率の割に池田真紀候補の得票が少なかった」グラフが参考になります。そのグラフを示した上でkojitakenさんは次のように指摘しています。「今回の補選における池田真紀候補の得票率は最小自乗法による近似直線よりもかなり下に位置することが注目される。この要因として、下記の2点が考えられる。1.近年、自民党支持が増え、野党支持が減っている。2.「野党共闘」を嫌って投票しなかった共産党支持者(及び民進党支持者)が少なからずいる。(略)やはり、2010年以降の自民党の党勢拡大と、今回の「野党共闘」によって共産党の固定票の一部が逃げた影響は無視できないだろう」、と。それが今回の北海道5区補選における大海の状況と動向というべきものです。
キョウ あさひしんぶん2
ヴラディーミル・チェルトコフさん

朝日新聞の「(核の神話:25)内部被曝を認めぬ主張、今も福島で」という記事をジャーナリストの金平茂紀さんほか少なくない人たちが以下のような記事抜粋をつけてフェイスブックに投稿しています。
 
ヴラディーミル・チェルトコフさん→「ICRPやIAEAは『福島はチェルノブイリと違う』と言うことによって、低線量被曝の影響さえも消去しようとしているのだろう。いわゆる強い放射線による外部被曝の問題と違い、毎日毎日少しずつ摂取せざるをえない環境に置かれる問題は、チェルノブイリであれ福島であれ、いずれにしてもセシウムが体内に入って長く慢性的に摂取することによって細胞が傷つけられ、一種の臓器の崩壊現象が起こってくる。そういうことが、チェルノブイリでも福島でも起こりうる。違いをいくら強調したところで、低線量被曝の問題を否定することはできないだろう」
 
しかし、同記事については「甲状腺がんに関してはこの記事のスクショのくだりだけ理解していれば十分」という反論もあります。

そのスクショのくだりは以下のようなものです。

「甲状腺ガンについての議論は深く掘り下げる必要があるため、詳しくは別の機会として簡単な説明のみに留めますが、自覚症状に乏しく成長が遅い甲状腺ガンは、罹患していても一生気づかないまま過ごしてしまう人も多いガンです。そもそも、「発見されていないだけの潜在的な罹患者」が数多くいます。(韓国での事例がありますのでご参照下さい。韓国の新聞社、中央日報(중앙일보)日本語版の2014年3月21日付け社説)

そのため、潜在的な罹患者であったのか、放射線の影響により増加したのかの結論は、検査が三巡目まで終わらないと断言できないようになっています。仮に福島以外で調査を行ったとしても同様で、検査自体が最初からそのように設計されています。

ところが、「現在もまだ三巡目の検査まで完了しておらず、結果が出ていない」はずの甲状腺ガンについての報道の一部には、甲状腺ガン検査の基本設計をきちんと伝えないままに、「甲状腺ガンが新たに○○人!」「発見数が激増している!」「放射線の影響を否定できない!」などと、事実の断片のみを切り取り誤解を誘導するものが見られていませんでしたでしょうか。それは報道としてはあまりにも無責任で稚拙であると、私は感じています。」
キョウ るわんだ5

本日は参考になるツイートがたくさんありました。その中でもルワンダのジェノサイドとヘイトスピーチとの関連に関しての朝日新聞記者の三浦英之さんの連ツイ(ここではそのまとめツイートだけを紹介しています) と歴史学者の保立道久さんのアメリカ憲法の考察に関しての連ツイは示唆に富む事例と考察が多く、たいへん参考になりました。ぜひ、ご一読ください。

キョウ さんふらんしすこ

Blog「みずき」:「アリの一言」ブログが昭和天皇とサンフランシスコ体制及び天皇の沖縄メッセージとの関係をわかりやすく解説した記事を弊ブログ記事として以下にまとめています。こちらも合わせてご参照ください。
革新の視点から見た「沖縄」問題と「象徴天皇制」について ――NHKスペシャル「日本人と象徴天皇」の第1回と第2回の映像と「アリの一言」ブログの映像解説

【天皇の「権威」を高め「親近感」を演出する行事の無批判な賛美が続く】きょう4月28日は「
サンフランシスコ講和条約・日米安保条約」発効から64年目です。日本政府はこの日を「主権回復の日」と称していますが、沖縄にとっては「屈辱の日」です。しかし、本土の新聞各紙、テレビで、「屈辱の日」に触れたものは見当たりません。「サ条約・安保条約発効」すら見えません。一方、映画監督・周防正行氏の紫綬褒章はじめ、各県の市民が受賞する「春の褒章」は、例外なく大きく報じられています。「屈辱の日」と「春の褒章」。一見なんの関係もないようですが、実は深いところで結びついています。2つを結ぶキーワードは、「天皇(制)」です。


Blog「みずき」:ちあきなおみは私も大好きな歌手です。前田武彦芳村真理がコンビで司会をしていた『夜のヒットスタジオ』(フジテレビ)でちあきなおみは当時のマエタケさんから「ビックリ美人」という愛称を賜るほどの美人でした。それよりもなによりもちあきは歌がとてもうまい。ほれぼれとする。有名な「喝采」や「四つのお願い」もさることながら、私としては「紅とんぼ」が好きでした。あれもちあきなおみならではの歌でしたね。下記でtoriiyoshikiさんのあげる番組は、私もこどもであったとき、あるいは若者であったときにリアルタイムで観ています。だから、toriiyoshikiさんのおっしゃることはよくわかるのです。そのとおりだとも思います。おそらく同世代の共通する感想というべきものでしょう。そういうわけでちあきなおみとテレビドラマ・ヴァラエティ・ドキュメンタリーの黄金時代、それに私たちの「若き日」に今日は乾杯したいと思います。

この記事を記したもうひとつの理由についても記しておきます。永田浩三さんの本日付けの記事に以下のようなコメントを投稿しました。同投稿とのバランスをとっておきたい、というのがもうひとつの執筆動機ということになるでしょうか。

この問題については永田さんの元同僚ではないかと思うのですが、元NHKディレクターのtoriiyoshikiさんの「「籾井会長がどういう意味で言ったのかは本人でないのでよくワカラナイ。しかし、少なくとも字面を見る限りは原則を大きく逸脱する話ではない。だから、現場は聞き流せばいい話。それを忖度して自主規制しようという幹部が現れるなら、情けない話である」という発言があります。 この発言については私も違和感をもっているのですが、「公共放送として、報道にあたってベースとするものは、取材してわかった事実であり、判明した事実関係である。もちろん、震災被害のような状況下で国や地方自治体など行政が果たすべき役割はきわめて大きく、そうした行政の公式発表を「行政はこのように発表しています」という事実として多くの視聴者に伝えるのは放送の役割からして当然のことである。同時に、私たちは行政とは別にさまざまな取材をおこない、そこで判明した事実や事実関係をもとにして行政に対し、質すべきことがあれば質問し、それに対する回答も伝えて、視聴者に行政がどういう考えをもとに活動しているかも伝えなければならない。もし行政の判断や活動に問題がある場合には批判をするのも当然の役割である。NHKや取材者の名誉や利益のためではなく、民主主義社会において、国を、社会を強靭にしていくために必要なことだ」というご紹介の日放労のメッセージがよき反論になっているように思います。長くなりました。ご容赦ください。

【たとえば「俺が愛したちあきなおみ」のドラマ美について】
現職時代はテレビドラマをほとんど見なかった。興味がなかったわけではない。毎週見ることがほぼ不可能だったから。…退職して時間に余裕ができて、「
真田丸」とBS11で再放送されている「大都会〜闘いの日々」は欠かさず見ている。特に40年前の「大都会」は初回から一回も欠かさず見続けてきた。今夜の「大都会」は題名の鮮烈さでいまも忘れられない「俺が愛したちあきなおみ」…いやぁ、よかったなあ。「喝采」が流れるクライマックスはほとんど泣き出しそうになって見ていた。
キョウ さんだーす22

昨日投開票のあったペンシルベニアなどアメリカ東部5州における予備選で同大統領選予備選は終着したかに見えます。その東部5州におけるバーニー・サンダースの予備選結果をどう見るか。いくつかのツイッター上のコメントを拾っておきます。奇妙な言い方ですが、米大統領選予備選は終着しても終着していないことがわかると思います。また、サンダース勝利の可能性もまったく潰えたわけでもありません。

最後に今回の予備選結果の概況を知るためにNHKの昨日4月27日付けの報道も副えておきます。いまの段階では私のコメントは述べないことにしておきます。

キョウ こくれんじんけんいいんかい

【言論の自由が失われた時、それが失われたことを知る機会さえも奪われる】
国連特別報告者が
記者会見で、記者クラブの廃止やメディア企業の幹部による政府高官との会食への批判にまで言及したことが、日本の主要メディアでどれほど真剣に報じられたのだろうか。自らの問題を正しく報じられないメディアに、ジャーナリズムを名乗る資格も、政府の圧力を主張する資格もないことは言うまでもない。カリフォルニア大学法学部の教授で、国連人権理事会を代表して日本における表現の自由の状況を調査していたデイビッド・ケイ氏が4月19日、外国特派員協会で記者会見を行い、日本で表現の自由が危機に瀕しているとの見方を示したことは、国内のメディアでも大きく報道された。

しかし、ケイ氏が記者会見で日本のメディアが抱える問題点や改善されるべき点を多く指摘したのに対し、国内メディアの報道は政府による言論への介入に集中し、メディア自身の問題に触れているところは非常に少なかった。(略)これはビデオニュース・ドットコムでも繰り返し指摘してきたことだが、ケイ氏のメディア批判は
記者クラブ制度再販制度クロスオーナーシップ、そして最近では軽減税率に見られるような日本の大手メディアが享受している数々の特権や政治との近すぎる関係、要するに癒着に向けられている。
キョウ ほっかいどうごく2

昨日の記事「今回の補選に「野党共闘」が敗れた最大の敗因はなんといっても低投票率だ。今回の民進党と共産党を軸とした「野党共闘」には彼ら「寝ている無党派層」を起こさせるほどの魅力が欠けていた」という指摘についてもっと具体的に言わないとおわかりにならない向きもあろうかと思いますので、もう一点具体的に指摘しておきます。
 
いまや共産党シンパサイザーグループの「顔」になっている中野晃一さん(上智大学教授)が以下のようなツイートをリツイートしています。


典型的な「井の中の蛙」発言です。大海を知らないのです。共産党をはじめとする組織力に定評のある組織にはたしかに一定の動員力はあるでしょうが、そうした井の中の「賑やかしさ」だけでは「寝ている無党派層」は起こせない、というのがkojitakenさんの指摘でした。

一定の賑やかしさを表象する選挙アクションの写真を証拠のように誇示して「『北海道モデル』として、これからの日本の選挙にとってひとつの画期的な典型」などと自画自賛する。あまりの視野の狭さに私としては呆然とするほかありません。いや、正直申し上げてそのあまりの鈍感さに吐き気すら催します。

彼の人たちはこうした自画自賛的状況認識が社会の変革の芽を自ら潰えさせていることにどうして気づこうとしない。気づくことができないのでしょうか。本人は否定するでしょうし、また、本人は「理知的」なつもりでもいるのでしょうけれど、洗脳されているのですね。なにかに。そのなにかの正体を注視する眼がない・・・。
キョウ でぐちちょうさ

Blog「みずき」:昨日の記事民進党の問題群はさておいて、共産党を例にとって、私が「選挙前に天皇臨席の国会開会式に出席したことや「慰安婦」問題に関する「日韓『合意』」を徒に評価したことが今回の補選にもどれだけ負の影響を与えているか」と述べているのは、その問題がkojitakenさんの言う「『寝ている無党派層』を起こさせるほどの魅力が欠けていた」大きな理由のひとつになっていると考えるからです。これまで同党の周縁にいて共産党を支える蝶番的役割を果たしてきた知識人やシンパサイザーの少なくない人たちがこの問題を通じて同党に大きな不信を募らせた。それがこの北海道5区補選においても深層のところで「寝ている無党派層」を起こさせるだけの瞬発力を持ちえなかった大きな一因になっている、というのが私の直観による「ブリュメール18日」的分析です。

【この冷厳な事実を正面から受け止めて課題として認識しない限り「野党共闘」に未来はない】今回の補選に「野党共闘」が敗れた最大の敗因はなんといっても低投票率だ。この点に言及しない選挙の分析は無意味だと言っても過言ではない。Twitterなどで拡散されている、NHKが報じた出口調査による投票者の投票者の各党支持者の比率を見ると、自民44%、民進20%、公明5%、共産5%、社民1%、大地0%、支持政党なし24%となっている。(略)問題はやはり投票者数に占める無党派層の比率が24%しかなかったことだ。これでは勝てるはずがない。
ロンドン・コベントガーデン  

Blog「みずき」:この記事の紹介者は次のように言います。「『当事者以外は声をあげるな』が罷り通ることは、為政者と利害関係者の好きにやらせろとほぼ同じ意味。為政者はすべての当事者だから」、と。

【取材対象は、マスコミのネタ袋ではない】
記者になる前からずっと、報道機関の決まり文句として使われる「声なき声に寄り添う」という慣用表現が苦手だった。必死で叫んでいる人たちがいる。周囲の喧騒が大きすぎることで、結果としてこちらに届く叫びはかすれている。だからといって、聞き入れる側の視点で叫びを「声なき声」と記すのは、傲慢で残酷ではないか、と。声を「なきもの」にしているのは誰なのか。匿名ブログ記事
「保育園落ちた日本死ね」や、それを発端とした一連のムーブメントを追いかけながら、あらためて思う。取材を進める中で、現場を威圧的な態度で歩き回る年配の男性に遭遇したことがある。彼は参加者や女性記者の一人一人に子どもの有無を聞いて回っては、「あなたはお子さんがいらっしゃるのね、ならよくわかるでしょう」「へぇ、あなたは独身なんだあ。でも、まだ若いから、ねえ」などと、何かを悟ったかのようにコメントして回っていた。彼だけではない。スタンディングの現場で「アベ(安倍晋三首相)は子どもがいないから、子育てのことは分かんねーんだよ」と悪態をつく通行人もいた。政権へのいら立ちは分かるが、それもまたこじつけだ。「当事者性」も「匿名性」も、問題の本質を語るにおいて、一体どれだけ大切なのか。国会で湧き上がった「誰が書いたんだよ」などというヤジ、安倍首相の「匿名である以上、本当か分からない」発言、テレビに出演した平沢勝栄議員(自民党)の「本当に女性が書いたんですかね」という態度。当事者でなければ切り捨てるのか。当事者なら対応は変わるのか。(略)

「当事者であること」というステータスに重きが置かれているならば、それは非常に危険なことだと思う。当事者の絶対数が少ない社会的マイノリティーは、確実に制度の谷間からはい上がる機会を失い、やがて淘汰される。(略)取材対象は、マスコミのネタ袋ではない。傷付きやすい心を持った生身の人間だ。主催者がきちんと「サイレントスタンディング(紙を掲げ、黙って立つ)」の趣旨を表明しているにもかかわらず、「せっかくなので皆さんで、怒りの声をコールしてみてください。『頑張るぞ、オー』」と拳を突き上げる感じで」などとしつこく要求する中年女性記者もいた。基本的に他社の取材マナーについて口を出さない私だが、思わず「今日はそういうんじゃないから」と声を上げずにはいられなかった。顔を公衆の面前にさらし、存在を示すことに、どれだけの勇気が要るだろうか。一体、それ以上の何を求めるのか。(
草山歩報道部記者「神奈川新聞」2016年4月13日
 キョウ ほっかいどうごく

昨日投開票があったばかりの衆院北海道5区補選の選挙分析に関する論評はまだ出揃っておらず、これからというところなのでしょうが、以下のツイッター上の情報がこの問題を考える上での基礎資料として参考になります。また、重要な視点も提起されています。ピックアップしてまとめておきます。

最後に今回の補選結果に関する小池晃共産党書記局長のツイッター発言も記録として採録しておきます。その小池発言に関する私の感想を先に述べておきますと以下のようなものです。

Blog「みずき」:小池晃共産党書記局長の発言はいつもの自陣営の活動を過大評価する視野の狭い主観的な手前味噌の選挙分析でしかありませんね。これでは「自公と補完勢力を少数派に追い込みたい」と主観的に意気込んでも願望の域を超えることはないでしょう。選挙前に天皇臨席の国会開会式に出席したことや「慰安婦」問題に関する「日韓『合意』」を徒に評価したことが今回の補選にもどれだけ負の影響を与えているか。少しは「科学的社会主義」の党らしく自陣営の弱点を含めて情勢を稠密に俯瞰した分析能力を発揮してもらいたいものです。そうしないと同党に未来はないことは確実です。少なくとも私はそう思っています。
キョウ つねおか
シリア・アレッポ

Blog「みずき」:本エントリは「安田純平さん救出問題に関する西谷文和さん(フリージャーナリスト)の見方と意見は承服しがたい。」の続きということになります。この問題に関して西谷文和さんと同じくフリージャーナリストの常岡浩介さんとの間にあらたな議論の展開があったようです。もちろん、議論の中心となっているのは、人質となっている安田純平さんの生命の確保の問題です。
 
下記で常岡さんが西谷さんを批判して言う「家族になりすましてヌスラ側にデマを…」というのは「西谷とシハーブは外務省にもご家族にも了承を得ないまま、ヌスラ側の『身の代金獲得専門部門』に、『自分たちは安田氏の家族代理人である』と嘘をついて接触、『身の代金は○億でどうか?』などとかけあった」ことを指すようです。これに対して西谷さんは「「質問ですが、あなたはなぜ今回のことをツイートしたのですか?政府から聞いたのですか?それともご家族から?ご家族に誤解があるかもしれないのに、あなたは無責任にツイートしたことになりますよ」と反問しています。 

この西谷さんの「ご家族に誤解があるかもしれないのに」という反問は、逆にいえば、西谷さんの行動について「ご家族に誤解がある」ことを自身で認めているということになります。「ご家族」の発言を信用すべきか西谷さんの発言を信用するべきかについては、この問題についての事実関係を知らない第三者には判断は不可能ですが、「ご家族に誤解がある」ままでその「誤解」を無視してまで「安田さん救出」劇を演じようとする西谷さんの論理には矛盾があるということは言えるでしょう。「安田さん救出」は誰のためにするのか? もちろん、第一に安田さんのためであることは明らかですが、ご本人が拘束されている現状においてコンタクトのとれるステークホルダーは「家族」のほかありません。だとすれば、西谷さんはその「家族の誤解」をなぜ無視しうるのか? 西谷さんの論理にはまっとうな人間を説得する力はありません。

さて、常岡さんは次のように言います。「この男のデタラメを見抜けず、世間にのさばらせた報道ステーションや毎日新聞といったメディアにも大きな責任がある」、と。この常岡さんの指摘は先の記事で私が指摘している「最近の『革新』の『見る目』のなさ」、すなわち、「革新」の「右傾化」の問題につながっていく問題でもあります。

キョウ ひぐち4

Blog「みずき」:下記の金光翔さん(元岩波『世界』編集部員。現岩波書店社員・裁判係争中)の論に関連して、参考として以前に同氏の書いた樋口陽一さんの「立憲主義」論批判を再度掲げておきます。金さんは樋口陽一さんの著書及び毎日新聞週刊金曜日から同氏の「立憲主義」に関わる発言をピックアップした上で、結論として、「大日本帝国憲法すら「立憲主義」の「遺産」として評価されるならば、自民党の改憲案がなぜ「立憲主義」に反しているということになるのか私にはよくわからないのだが、上のいくつかの引用と比較は、今日の「立憲主義」の政治的主張が、「戦後解放の意味」をあいまいにし、天皇制、「昭和天皇の戦争責任という問題」を捨象した上で成り立っているものであることを示唆していると言えよう」という樋口評価を述べていました。

金さんの指摘は、
新9条論者及び同論者を包含する9条改正論者が「立憲主義」の名においてその「改正」を主張、跋扈している現状においてとりわけ重要な指摘であろうというのが私の評価でもあります。下記の論と合わせてご参照ください
キョウ さんだーす21
HUFFPOST BLOG
 
Blog「みずき」:この方は嫌いな人ではありませんが、はっきり言ってこうした
評論家的なものの言い方は私は嫌いですね。サンダースが予備選で負けることを前提にしないとできないものいいです。私もサンダースは負ける公算の方が高いとは思ってはいますが、まだ可能性は閉じられているわけではありません。だとすれば、勝利を信じて最後の最後まで戦い抜こうとするのが支持者魂(そういう魂があったとして)というものではないでしょうか?  少なくとも私は勝っても負けてもいいような人ははじめから支持したりはしません。勝ってほしいからこそ支持するのです。であれば、評論家的なものいいなどできないでしょう。

【300万人の独立無党派のニューヨーカーへの政治的不公平】
ニューヨークでの敗北 は、サンダースにとって厳しいものであった。もちろん、実際には、サンダースへの支持が拡大している様子は、ほとんど他の州と変わりはない。実際にサンダースは郡部ではほとんど勝利しており、しばしば圧倒的な支持をえている。ただ、大きかったのは、ニューヨークの予備選の投票システムが厳しいことで、そのためニューヨークの人口の30%以上を占める独立無党派の人びとの意見がまったく反映しないことであった。民主党予備選のシステムでは、アメリカ50州のなかでも11州が、投票権を予備選選挙当日に付与することはできない、不在投票なしなどの制約をもっているが、ニュヨークは、そのなかでももっとも厳しく、党員登録を昨年の11月までにしていなければならないというものであった。しかも、投票場が時間通りに開かなかったり、投票機械機会が不調であったり、さらにもっとも政治的にアクティブなブルックリンで125,000ほどの投票者が民主党登録をしてあるにもかかわらず投票権者リストにのっていなかったり、などの不祥事が頻発した。そういう事情はあったにしても、このニューヨークでの敗北によって、サンダースが、7月の民主党大会で大統領候補に選出される可能性は極小化し、減少したことは明らかである。しかし、ここまでくれば、サンダースとその支持者が撤退することは考えられない
キョウ じしん

Blog「みずき」:元NHKプロデューサーの永田浩三さん(現武蔵大学教授)は本日付けのフェイスブックで「NHKのヨーロッパ総局長だった大貫康雄さんと、災害報道の最前線に長くいた社会部の斎藤宏保さんが、川内原発のある鹿児島の震度についてきちんと伝えないNHKニュースについて激しく怒」っていることを紹介しています。いまちょうど「表現の自由」調査国連報告者のディビッド・ケイ氏が来日し、国境なき記者団による2016年度の世界の「報道の自由度ランキング」が発表されたばかりですが、この隠蔽された問題をどのように報道するか。いままさに日本のジャーリズムの質が改めて試されているときというべきでしょう。しかし、また、「福島」の問題をデマに利用してはいけないことも明らかです。これもまた別の意味で真実を隠蔽する役割を果たすのです。このことはこの5年間の経験として私として特に述べておきたいことです。

【未知の大地震が起きたということは再稼働の前提も崩されたということだ】
「原発は異常なしです」NHK(東京都 櫻井和子)19日の朝日川柳より――川内原発が心配だ。「熊本地震は、その規模も発生のメカニズムも、過去に類例のない、極めて特異な地震である。複数の活断層が関係し、断層帯を離れた地域にも、地震が飛び火しているという。通説とは異なり、布田川断層帯は、巨大噴火の痕跡である阿蘇のカルデラ内まで延びていた。海底に潜む未知の活断層の影響なども指摘され、広域にわたる全体像の再検討が、必要とされている。正体不明なのである。未知の大地震が起きたということは、原発再稼働の前提も崩されたということだ。(略)川内原発は、1、2号機とも運転開始から30年以上たっており、老朽化も進んでいる。小刻みに続く余震で、複雑な機器がどのようなダメージを受けているのか、いないのか。交通網が断ち切られ、食料の輸送さえ滞る中、十分な避難計画もできていない。その上、九電は、重大事故時の指令所になる免震施設の建設を拒んでいる。(略)」(東京新聞社説20日

どこから見ても川内原発はいったん止めるべきだろう
キョウ もりかわ2
 Everyone says I love you !

私も一応FB憲法九条の会の会員ということになっていましたので、今朝方はじめて森川弁護士のFB憲法九条の会退会処分に関連する記事を投稿してみました。すると即時に標題のとおりの同会フェイスブックの閲覧不可の措置を受けました。同フェイスブックを閲覧しようとしても「このコンテンツは現在ご覧いただけません。お探しのページは、メンテナンス等の理由で一時的に利用できなくなっているか、リンクの期限が切れているか、閲覧する権限がないため、表示できません」という表示しか出てきません。

おかしいですね。「閲覧する権限がない」と表示されるのですが、同会のフェイスブックの冒頭には「公開グループ」という記載があります。公開グループの記事を閲覧するのに「閲覧する権限」なるものがいるのでしょうか? さらに私の「閲覧する権限」を不可にする以上、私は同会会員の資格も喪失しているということにもなります。しかし、上記の記事を投稿して即時に退会処分などできるのでしょうか? 投稿してから1分も経たないうちに実質的な退会処分を受けたわけですから、この処分は同フェイスブックの管理者が恣意的かつ独断で行ったものであることは明らかです。しかし、管理者にそのような恣意的権限などあろうはずもありません。管理者の完全な越権行為といわなければならないでしょう。また、そのような最低限の民主的手続きさえ怠る人に、あるいはその必要性すらまったくわからない人に「護憲」や「憲法9条を守ろう」などと主張する資格もないことは明らかです。FB憲法九条の会の会員諸氏は同会を存続させる意志があるのであれば即刻このような管理者は解任するべきでしょう。いや、そうするのが私は「護憲」を掲げるグループに所属する会員の使命だと思います。私は会員諸氏の見識と聡明な判断力に期待したいと思います。
キョウ ほうどうのじゆうど

Blog「みずき」:朝日新聞の報道は「客観報道」の体をとっていますが、日本の「報道の自由度ランキング」はなぜ年々下がり続けているのか。自らに問いかける姿勢が欠落しています。その自らに問いかける姿勢の欠落がメディア総体として同ランキングが年々低下しているもうひとつの大きな一因になっているというべきでしょう。朝日新聞にはそうした自らに問いかける視点で改めて論評記事を書いてもらいたいものです。そうしてこそジャーナリズムというべきではないのか。


【日本は報道に「問題がある」国に位置づけられた】
国際NGO「
国境なき記者団」(本部・パリ)は20日、2016年の「報道の自由度ランキング」を発表した。日本は、対象の180カ国・地域のうち、前年より順位が11下がって72位だった。特定秘密保護法の施行から1年余りを経て、「多くのメディアが自主規制し、独立性を欠いている」と指摘した。世界的にも報道の自由は損なわれつつあるという。日本は10年には11位だったが、年々順位を下げ、14年59位、15年は61位だった。「国境なき記者団」はかねて、取材の方法しだいで記者も処罰されかねない特定秘密法に疑問を呈してきた。14年12月に同法が施行された後、メディアが自主規制に動くのは、「とりわけ(安倍晋三)首相に対してだ」とした。「良い状況」「どちらかと言えば良い」「問題がある」「厳しい」「とても深刻」の5段階では、日本は「問題がある」に位置づけられた。ランキングは、インターネットへのアクセスなども含めた「インフラ」や「メディア環境と自主規制」といった独自の指数に基づいてつくる。世界全体で、テロの脅威とナショナリズムの台頭、政治の強権化、政治的な影響力もあるような富豪らによるメディアの買収などを背景に、「報道の自由と独立性に対する影響が強まっている」という。国・地域別の自由度では、最上位にフィンランドなどの北欧諸国が目立ち、北朝鮮、シリア、中国などが最下位グループに並ぶ傾向に変わりはなかった。(朝日新聞 2016年4月20日
キョウ さんだーす20

Blog「みずき」:下記のNHKの報道には「事前の世論調査で女性初の大統領を目指すクリントン前国務長官が55%の支持を集めたのに対し、格差の是正を前面に掲げるサンダース上院議員が40%となっています」とあります。しかし、サンダースは、最近の民主党の党員集会(予備選)では7連勝中です。ニューヨーク市民がどのような判断をするか。サンダースがどこまで事前の予想を翻すことができるか。注目したいと思います。投票は日本時間の19日夜から20日にかけて行われるようです。明日の朝には結果を知ることができるでしょう。

【特別代議員という複雑怪奇な制度】
米大統領選挙は破天荒な発言を繰り返す共和党の
トランプに注目が集まりがちだが、民主党の候補者選びにも大きな異変が生じている。当初、泡沫候補と目されていたバーニー・サンダース上院議員が、大本命のヒラリー・クリントン元国務長官を相手に大善戦しているのだ。特に直近の予備選・党員集会では8州のうち7州で勝利を収めるなど、中盤から後半に差し掛かった予備選で、クリントンを脅かし始めている。実際、ここまで予備選・党員集会を終えた37の州と地域のうち、クリントンが20州で勝利したのに対し、サンダースも17州で勝利している。ニューヨーク州、ペンシルバニア州、カリフォルニア州などの大票田の予備選の結果次第では、逆転も夢ではない
昨日、私は、Blog「みずき」の「今日の言葉」として「FB九条の会は自衛隊の存在を認め、専守防衛と個別的自衛権の容認一色の改憲別動隊である新九条の会のダミー、あるいは自民党改憲草案第98条緊急事態条項を推進する会なんじゃないかと思いました」という記事をエントリしましたが、そのこととも関連しているのかどうか。昨日の今日のこと、FB憲法9条の会が同会会員の森川文人さん(弁護士)の「『共産党宣言』なう」という投稿記事を削除し、かつ、そのゆえをもって森川さんを退会処分にするという「憲法9条を守る」ことをスローガンに掲げる民主的な言論組織としてはおよそ考えられない烏滸の沙汰を演じました。まさに看板に偽りありというほかありません。FB憲法9条の会には強く反省を求めるものです。

以下、この問題についての森川弁護士の報告と私の感想、あわせて昨日の「今日の言葉」を掲載、再掲しておきます。
 


キョウ きゅうじょう

Blog「みずき」:本ブログにおいても「新9条」論者の改憲別動隊的性格については繰り返し指摘してきました。内海信彦さんの指摘はFB憲法九条の会も「新9条」論者のそれと変わりはないではないかというものです。ここではその内海さんの論を中心として以下に「新9条」論者批判の記事を4本ほどあげておきます。ご参照ください。

今日の言葉 ――日本の多くの護憲「リベラル」は天皇や皇室を持ち上げることによって、天皇を改憲で「元首」としようとしている自民党に加勢している。何か勘違いしていないか。*同記事のうち2番目の論攷。 
今日の言葉 ――やはりこの辺から集団転向は始まっています。共産党支持層と重なって「新9条論」が若者グループからも出始めたことを再度確認しておきましょう。 
今日の言葉 ――集団転向とウルトラリアリズムの本隊までが、ほんとはリベラルでさえないリベラリストの「改憲別働隊」(新9条論者)に合流し始めています。 
今日の言葉(2)――想田和弘、伊勢崎賢治、矢部宏治、池澤夏樹、加藤典洋らが言い募り、小林節がそれに加担し、マガジン9条や東京新聞がその浪に乗ろうとした「新9条論」を長谷部恭男も立憲主義の立場から批判。 

【ウルトラリアリストのゆくえと着地点】
FB九条のなんとかの会って、本当に九条の改憲の会になってますね。「災害派遣」について全く思考停止になっていて、自衛隊の存在を認め、専守防衛と個別的自衛権の容認一色の、改憲別動隊である新九条の会のダミー、あるいは自民党改憲草案第98条緊急事態条項を推進する会なんじゃないかと思いました。

沖縄で「自衛隊がいなければ誰が沖縄を守るんですか」って言っているまやかしの論理と全く同じです。次はアメリカ軍が救援に来てくれているのに、それに反対するなんて被災者の立場を考えないひねくれた考えです…なんて言い始めますね。アメリカ軍の装備でなければ、誰が瓦礫を撤去して被災者を救援するんですか…これって戦争法の時の、例の安倍のヘンテコな
パネルとかモクモク模型の説明とよく似ているでしょう。

よくメンバーを除名をしている方々が、じゃあ自衛隊が救援に行かなければ誰が救援に往くんですかですって‼…これでは自民党改憲派とどこが違うんでしょう。まるで挙国一致の自衛隊翼賛会か、自衛隊応援団ですよ。どこかの議会主義者が
ウルトラリアリストになったそうですが、完全に連動してますね。これって災害派遣という名の自衛隊の緊急事態クーデタを契機とした、歴史的な集団転向なんじゃないでしょうか。さてさてこれで九条を変える会とはサヨウナラ。

以下はコメントに投稿したものです。

九条守ると言いながら災害派遣を突破口に事実上の戒厳令の先取りが行われていることにあまりに無自覚だと思います。九条守ると言うより九条を骨抜きにして、災害派遣を最大の宣撫工作にして、既成事実を積み重ねて来たことを追認しているのは信じがたいですね。議会主義と政治主義者にとっては、「国民」の大多数が自衛隊の存在を認めているのだから、それを現実に受け止めて、その上で自衛隊が集団的自衛権の行使には反対しつつも、個別的自衛権を認めて、専守防衛に徹するようにすべきだと…これでは九条を替える新九条の会、改憲別動隊の会ですね。災害派遣がすべて改憲と国軍化の布石になって来たことを追認している人が、九条を守れと言っても全く正反対の方向づけをしているのですから、改憲に向かう極右政府に災害派遣をの容認でどんどん吸収されて行きますよ。
天皇に頭を垂れて恭順したどこかの議会主義者と同じ方向に向かうのでしょう。(内海信彦フェイスブック 2016年4月17日
キョウ ていこくのいあんふ2
日本のリベラル陣営でも「帝国の慰安婦」めぐり激論
 
Blog「みずき」:
朴裕河著『帝国の慰安婦』評価といわゆる「知識人」の同著礼賛現象批判については金光翔さん(前岩波『世界』編集部員。現岩波社員)も言うように鄭栄桓『忘却のための「和解」――『帝国の慰安婦』と日本の責任』を読んでいただくに如くはありません。以下は付け足しにすぎませんが、私が書いた同著礼賛現象批判の記事も1、2挙げさせていただきます。2番目の記事では鄭栄桓さんなどの論を援用してのものですがやや具体的に高橋源一郎(作家)奥武則(法政大学教授)の論を批判しています。
Blog「みずき」 日本のメディアとことの本質を理解しないエセ知識人、批評家の愚かな批評眼について ――朴裕河の『帝国の慰安婦』が第27回アジア・太平洋賞特別賞(毎 日新聞主催)を受賞 
Blog「みずき」 弁護士の金原徹雄さんの「『慰安婦』問題に立ち向かう『強い意志』~大沼保昭氏と朴裕河氏の会見を視聴して」という論には共感しえない。 

【朴裕河『帝国の慰安婦はどれほど非学問的で、非論理的であるか】
日本の論壇・ジャーナリズム、言論界の惨状を、これほど実感させてくれる本も珍しいだろう。(略)
小谷野敦が新刊の『反米という病 なんとなく、リベラル』(飛鳥新社)で、政治・社会系の雑誌が売れなくなったのは論争をしなくなり、つまらなくなったからで、スマホの普及などは関係ない、ということを書いていたが、近年は出版界・書店界の関係者や研究者、ジャーナリストの思考が「なんとなく、リベラル」で画一化してしまって多くの読者が離れてしまい、似たような思想の読者向けの本づくり・ブックフェアが一般的になっているように見える(悪循環)。その意味で、非常に貴重な本である。(略)

本書は、数多くの(リベラル)知識人やジャーナリズムが絶賛し、各種の賞も受賞した
朴裕河『帝国の慰安婦』がどれほど非学問的で、非論理的であるか、被害者の尊厳を踏みにじる主張を展開しているかを異論の余地がないと思われるまでに徹底的に証明する。また、それに関連して、多くの著名な知識人をも批判する。読みながら読者は、朴の主張の支離滅裂さに呆れつつ、こんな人物の主張をよくここまで丁寧に検討できるな、と鄭氏に感心すると同時に、この『帝国の慰安婦』が絶賛されているという現実の事態に慄然とさせられるだろう。(略)
キョウ へのこ6
アジア・パシフィックジャーナル

 Blog「みずき」:目取真俊さんと「アリの一言」氏の見解の相違、あるいは立ち位置の相違は端的に言って翁長県政とそれを支えるオール沖縄への評価の相違といってよいでしょう。この問題に関連して仲宗根勇さん(元裁判官)は「和解条項第9項の持つ危険性を理解できない、あるいは理解しようとしない者は法律専門家とは言えない。彼らは独善的政治屋に過ぎない」とも指弾しています。私たちはもうそろそろ「オール沖縄」という共同幻想から脱却し、少なくない沖縄の有志から辺野古問題を停滞させている大きな一因と指摘されているその幻想の問題性に気づくべきときではないでしょうか?

【目取真俊さんと「アリの一言」氏の立ち位置の相違】
辺野古の海で新基地反対行動をしていて米軍に8時間拘束されたうえ逮捕された作家の
目取真俊氏が、13日付の琉球新報(「季刊 目取真俊」)で、興味深い指摘をしています。目取真氏は、安倍政権が普天間基地を沖縄本島北部の辺野古に「移設」し、嘉手納以南(本島中南部)の米軍基地を「返還」することを「負担軽減」だとしていることを批判したうえで、こう述べています。「それだけではない。基地が『返還』されて再開発が行われる中南部と基地が集中する北部との間の経済格差はさらに拡大し、北部から中南部への人口流出が加速することも容易に推測できる。北部では過疎化と基地経済への依存が進み、沖縄島が南北に分断されることで、県民全体の基地問題への関心も低下するだろう。それこそが日本政府の狙いだと言っていい。米軍専用施設の74%を沖縄に集中させることで、基地負担免れているヤマトゥの大多数の人々は、基地問題を自らの問題として考えなくてすまされている。それと同じ構造を沖縄内部で作り出し、ヤンバルに海兵隊基地を集中させることで、人口が多い中南部の人たちの関心の低下を狙っている」(略)

「しかし、日本政府のそういう姑息な思惑に乗せられるほど沖縄県民は愚かではない。…かつて『県内移設』を進めていた保守陣営や経済界からも辺野古新基地建設反対の声が上がっている。そして、県民の大きな支持に支えられて、
翁長雄志知事が国と対峙している」

目取真氏は翁長氏や翁長支持陣営・沖縄県民は政府による差別と分断の「姑息な思惑」には乗せられていないというのです。果たしてそう言い切れるでしょうか。ここで考えてみる必要があるのは、目取真氏が指摘する「本土と沖縄」「中南部と北部」と「同じ構造」(あるいは類似の構造)は、「沖縄内部」にほかにもあるのではないかということです。すなわち、同じ北部内の「辺野古(名護市)と高江」の関係、そして「沖縄本島と八重山諸島」の関係です。
キョウ ぱなまぶんしょ

Blog「みずき」:パナマ文書問題をどのように報道するかはメディアの質が問われる問題でもあります。「権力の番犬(guard dogs)」化する日本のメディアとの対比においてメディアの役割を「権力の監視者(Watch dogs)」とする2人の欧米の高名なジャーナリストの言葉をはじめにご紹介しておきます。ただし、ここでは大企業の腐敗の構造が問題というべきですので下記の2人のジャーナリストがいう「政府」という言葉を「権力(企業権力)」という言葉に読み換えて用いようと思います。「政府」という言葉に「権力」という言葉を代入するだけですから本質を誤ったことにはならないでしょう。

さて、アメリカの三大ネットワークのひとつであるABCのニュース番組「ワールド・ニュース・トゥナイト」のアンカーを長年務めたことで有名だったピーター・ジェニングス(2005年8月没)は、かつてメディアの役割について「メディアのいちばん重要な目的は、どの政府に対してであれ、一般大衆の側に立ってそれを監視し、日々疑問をなげかけること」であると語ったことがあります(筑紫哲也NEWS23「多事争論」)。

また、イギリスの公共放送BBCの社長だったグレッグ・ダイクは、イラク戦争が始まる直前の2003年3月19日に当時のブレア英首相から「BBCのイラク関連報道は英政府に批判的過ぎる」という非難の手紙が送られてきたことがありますが、同氏は、ブレア英首相宛てに「放送の中心的役割の一つは、時の政権を疑い、政権がいじめてきたら、立ち向かうことである」という返信を送り返しました。そういうこともあってその後も首相官邸の圧力は続き、最悪になったのは、BBCラジオが、イラクの大量破壊兵器疑惑は政府による誇張だった、と伝えてから。情報源探しが始まり、情報源とされた科学者が自殺。そのてん末を検証した調査委員会が「BBCは根拠なき政府非難をした」と結論づけ、官邸の意に沿ったBBC経営委員会がダイク氏をクビにします(毎日新聞「発信箱:僕らのBBC」2014年02月28日)。

いまの日本のメディアのていたらくではとても「権力の監視者(Watch dogs)」などとは言えはしないでしょう。

【パナマペーパーという超弩級爆弾と日本のメディアという超弩級不発弾】
4月の新学期に入って、情報戦の超弩級爆弾が飛んできました。世界のジャーナリストが解析中の、パナマ文書です。日本の新聞報道・ウェブ情報も多数ありますが、まずは、(略)
"THE PANAMA PAPERS" サイトに直行しましょう。(略)中央の"ThePanama Papers: An Introduction" を見てみましょう。"VICTIMS OF OFFSHORE"と題する、動画です。この調査報道の目的が、たんなる政治家・大企業・著名人の課税のがれにとどまらず、一握りの財産亡者の脱税・マネーローンダリングの陰でおこなわれる、戦争・兵器・麻薬ビジネス、人身売買、児童労働、売買春、飢餓と貧困と格差を浮き彫りにするものだと出てきます。各国語版字幕入りが早くもyou tubeに出ましたから、英語の苦手の人も、そちらからどうぞ。そして、"reporting partners" としてトップに出ているのは、パナマ文書を最初に入手してICIJの世界のジャーナリストに提供した南ドイツ新聞に加えて、イギリスの高級紙ザ・ガーディアンと公共放送BBC。報道の信頼性を担保します。80カ国以上、100社以上の約400人のジャーナリストが解析に加わっています。その下の"The Power Players"の頁をクリックすると、Panama Papers に登場する世界の著名人たちが、イラスト入りで数十人。 各国の首脳にアラブの王様、その家族・親族・友人らが出てきます。すでにアイスランドの首相が辞任に追い込まれ、イギリス首相もピンチ、大国ロシアと中国のトップは火消しに大わらわ。底知れぬ闇の世界の一端が明るみに出ています。(略)
キョウ さわふじとういちろう2
DHCスラップ訴訟(控訴審)で勝訴会見をする
澤藤統一郎弁護士(中央)と徳岡宏一朗弁護士(左隣)



宮武嶺さん(徳岡宏一朗弁護士)主宰のエブリワンブログがNTT経営のgooブログから実質的に排除される(同ブログから撤退せざるをえない状況に追い込まれる)という事態が発生しました。言論の自由に関わるきわめて由々しき事態だと私は認識します。

詳細は下記のエブリワンブログの記事をご熟読ください。私もこのままではすまされないという思いでいっぱいです。

取り急ぎご一報。

 
キョウ ムヒカ2

Blog「みずき」:ムヒカ前ウルグアイ大統領の来日とムヒカ・フィーバーとでもいうべき現象を見ていると私たちの国では「清貧」という言葉がまだたしかに生きていることを再確認することができました。「清貧」というものへの人々の尊敬の思い。その思いがまだ見失われていないところにこの国の将来への希望を見出すことができます。ムヒカさん、ありがとう。この国のありようにほとんど絶望しかかっていた私の心にもほんのりと小さな灯りがともりました。人は独りでは生きていけない、のですね。そのことにも改めて気づかされました。

【人は独りでは生きていけない】
60~70年代、ムヒカ氏は平等な社会を夢みて都市ゲリラのメンバーとなり、武装闘争に加わった。投獄4回、脱獄2回。銃撃戦で6発撃たれて重傷を負ったこともある。軍の独房暮らしも10年。本さえ読ませてもらえない時期もあったが夜、マットが1枚あるだけで満ち足りることができた。孤独でなにもない中でも、抵抗し続け、生き延びることができたのは。「人はより良い世界をつくることができる」という希望があったから。そして、孤独を嘗め尽くしたからこそ「人は独りでは生きていけない。家族や親しい人と過ごす時間こそが、生きるということ。孤独は人生で最大の懲罰」と悟った。ムヒカ氏の「簡素に生きる尊さ」「国を信じすぎるな」「ファナシチズム(熱狂)は危ない」という教えは、筋金入りだ。ムヒカ氏は、いま日本でおきていることの中に世界の「これから」を占う手がかりがある、と考えている。そして問いかける。「日本は、経済も技術も大きな発展をとげた働き者の国だ。結局、皆さんは幸せになれたのですか?」 (色平哲郎フェイスブック 2016年4月14日
キョウ みずしま
水島宏明さん

Blog「みずき」:「湯浅誠が『いた』時代」というタイトル自体が大きな批評になっていると思います。水島さんの視点に同感する部分は大です。しかし、私は、湯浅誠さんが「変節した」とは思いませんが、彼のもともとの思想性の脆弱さを感じます。こちらはかつて書いた私のひとつの湯浅誠評です。ご参照ください。

【「湯浅誠は彼の言葉が届く範囲の限界を感じた】
── 2008年頃から2012年頃まで「
反貧困」という運動がとても盛り上がったという過去があります。ですがその後から今に至るまで「貧困の問題」は「子どもの貧困」のようなシングルイシュー以外においては地盤沈下し続けていると認識しています。(略)今回水島さんにお伺いしたかったのは、当時の「ブーム」の渦中にジャーナリストの立場からおられて、どのようにその盛り上がりを見ておられたのでしょうか?

水島:その話をすると、当時その中心にいた
湯浅誠さん(現・法政大学現代福祉学部教授)の話になってしまいます。やはりあのブームは彼が作り、徹頭徹尾彼が中心だった。私はその様子をそばで観察し、彼が当時いったところをほぼ網羅しているのですが、それは学者であったり労働組合であったりあるいは政治家であったり、それはもうあらゆる人たちを引っかき回していきましたね。最初はほんとにド素人で、議員会館回るのも「背広着て行った方がいい?」とか訊ね出すぐらいの意識だったんですけれど、能力がある彼はあれよあれよという間にその辺の付き合い方を習得し、政治家たちも彼の言葉には耳を傾け、一種のスターになっていきました。その「湯浅誠」というスターがいなくなった途端にシュルシュルとしぼんでしまったわけです。彼以外にこの貧困を分かりやすく一般の人たちに伝える言葉を持っていたり、説得力のある人というのがいなかったし、今なおそれに近いような状態が続いている。