キョウ たかはしげんいちろう
高橋源一郎さん

金平茂紀さんがご自身のフェイスブック高橋源一郎の評価に関して以下の記事を書いています。
 
「今日で終わる2つのこと。高橋源一郎さんの論壇時評は、朝日を購読し続けてきた理由のひとつだった。報ステが疾走していた姿を僕らは知っている。さようなら。そして、お疲れ様でした。」
 
金平さんは私の好きな(評価している)記者ですが、私も最近(昨日から)フェイスブックをはじめてそのラインに以下のような若干の反論めいた記事を書きました。本ブログにも掲載しておきたいと思います。
 
高橋源一郎の評価については私は金平茂紀さんと見解を異にします。
 
高橋源一郎は私と同世代の作家ですから彼がデビューしたときから彼の作品には注目してきました。とりわけ彼の同時代に流行する世上の思想や言葉への感受性は鋭いものがあり、そこに私は彼の時代と切り結ぼうとする健全な批評精神のありようを見てきました。
 
しかし、30年近く彼の作品を読まないうちに彼は俗世間の言葉を批判的に読みとる力をどうやら喪失してしまったようです。そのことに私が気がついたのは例のISILによる日本人殺害事件の際の高橋の湯川さんと後藤さんに対する微妙な評価の違いを感じとったときです。また、高橋の朴裕河著『帝国の慰安婦』の評価についても到底納得しがたい論理の蹉跌を見ました。
 
そのことについて簡単に以下に書いています。ご参照ください。
 
・Blog「みずき」2015.02.04 「今日の言葉」に関して ――私が高橋源一郎を「ほんものではない」と思う理由
・Blog「みずき」2015.02.27 高橋源一郎の作家としての姿勢について――現実と切り結ばない批評に批評性は見出せない
・Blog「みずき」2015.10.06 日本のメディアとことの本質を理解しないエセ知識人、批評家の愚かな批評眼について ――朴裕河の『帝国の慰安婦』が第27回アジア・太平洋賞特別賞(毎日新聞主催)を受賞
キョウ あさひそしょう

【どのようにして憲法25条に「日本人が魂入れた」のか】
憲法
25条は「生存権」と呼ばれ、生活保護など社会保障の憲法上の根拠となる条文である。日本国憲法はGHQ案が「下書き」になっていることはよく知られているが、実はそこに25条の「健康で文化的な最低限度の生活」という文言はない。この趣旨の文言を憲法改正草案として初めて盛り込んだのは、戦後すぐに立ち上がった民間団体「憲法研究会」だった。1945(昭和20)年12月に彼らが公表した「憲法草案要綱」にこうある。《一、国民ハ健康ニシテ文化的水準ノ生活ヲ営ム権利ヲ有ス》この条文を付け加えることを提唱したのは、経済学者の森戸辰男であった。
キョウ へんみよう
29日 国会前

Blog「みずき」:辺見庸のいう「戦争法施行賛成のハナクソデモ」という表現を誤読してはならないでしょう。それはもちろん、現在日本の「革新」状況に対する辺見の疑念の表明であり、その時代閉塞感を表現しようとした辺見のアフォリズムです。しかし、辺見の乾坤一擲の指摘はおそらく現在(いま)の「市民運動」勢力には届かないでしょう。運動には運動に到るまでの人間の精神過程というものがある、というあまりにも当然なことを認識する力が見失われて久しいからです。逆にいえば現在(いま)は表層だけが浮遊している時代なのです。だから、そこにファシズムがつけこみ、忍び寄る。辺見の批判とはそういうものではないか。


【オーウェルの率直な述懐はなにを意味するか】
「日本ファシズムは、すくなくとも日本人と社会との底流に奥深く根を下ろしたものであり、その特質はこのような底流に鋭いメスを加えることなしには解明されえないのであり、そのような解明なしに未来を企図することも許されないであろう」(
神島二郎近代日本の精神構造』第一部「天皇制ファシズムと庶民意識の問題」1960年)。(略)このクニに「桃太郎主義」というのがあったのを知らなかった。
大切な問題だと思いますので前記事の「山中人間話」を今日の「私の言葉」に模様替えして再掲しておきます。
 

【私が野党共闘に即座に賛同しがたい理由】
志位共産党委員長は「壊し屋」という決して政治家として名誉とはいえない異名のある小沢一郎さんに褒められて喜んでいる気配ですが、果たして喜ぶべきことなのか? 「左翼からも批判される立場にある私のような人間」と謙称するリベラルの『kojitakenの日記』主宰者のkojitakenさんの小沢一郎評価の方がここではよほど「左翼」的というかまともです。 kojitakenさんは民進党と小沢一郎の評価を次のように述べています。
      
「新」とか「進」などの字のつく政党は、単に「新しい」とか「進む」などと言うだけで、いかなる目標や理念を持つ政であるかを明らかにしないダメな政党名だと思います。現に「新」も「進」もついた「新進党」は、小沢一郎ら旧自の金権政治家たちと公明党と民社党が寄り集まっただけの野合政党でした。新進党が政権交代に失敗したのは当然だと当時私は思いましたし、民進党はその新進党のさらなるしょぼい模倣に終わることは目に見えていると思います。(kojitakenの日記 2016年3月15日

志位共産党委員長のいう「野党共闘」も上記のツイートから小沢一郎的な「野党共闘」でしかないことがわかります。kojitakenさん流に言えばその「野党共闘」が小沢一郎的なものでしかない以上「しょぼい模倣に終わる」ことはほぼ明瞭です。私が野党共闘に即座に賛同しがたい(反対しているのではありません)のはそのような理由からです。
 
志位氏と小沢氏の対談が『世界』に掲載されたからといって、それがなんらかの免罪符にも「左翼の証明」にもなるわけではありません。『世界』もともに激しく右傾化しているのです。

なお、私は、昨日付けの記事でも次のように述べておきました。

「共闘自体は私は否定しませんが、同党(注:民進党)と共闘する場合はそのことを踏まえた上での共闘でなければならないでしょう。そうでなければ「政権交代」時の失敗の二の舞を舞うことになるでしょう。そうであってはならないのです。」
キョウ ていこくのいあんふ2
28日、東京大学駒場キャンパス国際交流ホール

Blog「みずき」:下記記事中の発言で
西成彦立命館大教授は「(慰安婦が)日本軍の『慰安婦同志』だった可能性を言語化することを全面的にタブー視する状況になった」と述べていますが、当時の朝鮮人は大日本帝国に併合された日本に従属する被併合国の民でしかありません。それを「同志」という言葉でさも対等であるかのように結びつけるのは明らかに認識の誤りというべきでしょう。学者として失格といわなければなりません。

【それでも「朴教授に対する検察の起訴は過ちである」と私も思う】
「結局、この本は、日本軍『慰安婦』問題に対する日本の責任を極度に最小化し、戦後日本が行ってきた努力を過大評価している。このようなイメージを求める日本のマスコミの欲望に問題がある」(
チョン・ヨンファン明治学院大学教授)
キョウ みんしんとう
朝日新聞 

昨日の27日、民主党と維新の党が合流して「民進党」が正式に結成されました。朝日新聞はこの同党の発足について28日付けで「民進党の発足 1強と対峙するには」という新民進党にとってはややシビアな社説を掲げています。しかし、その社説の前提は自民党という「1強と対峙するには」というものです。朝日社説のこの前提は正しいか? 元日本共産党議長の不破哲三氏はその「自民党1強」論について次のように述べています。「過去に比べて別に自民党が強くなったと思わない。仕掛けを利用して文字通りの少数独裁を実行しようとしていることの表れ」にすぎない、と。この「自民党1強」論についてもう少し詳しく不破氏の論を引いてみます。
キョウ くるーぐまん
What I said in Tokyo

【日本のマスメディアは基本的なジャーナリスト精神がないものが99%】
安倍政権は、米コロンビア大・
スティグリッツ教授が「国際金融経済分析会合」に呼ばれて、米国にとってTPPの効果はほぼゼロと推計されるといったTPP批判や量的緩和政策の失敗、格差の是正などを提言しましたが、そのことを隠し、日本のメディアも隠しました。報道されたのは、消費税アップを見直せという、主たる主張ではないところだけ報道。アベノミクスの否定発言を隠し、情報操作した、それにメディアも無抵抗追随ということで、全体主義国家の報道になってきています。日本のマスメディアには(略)基本的なジャーナリスト精神・活動家精神がないものが99%になっています。(ソウルヨガ 2016-03-25
キョウ おきなわ3

Blog「みずき」:今日の言葉は「国が和解に転じたのはそのほうが自らに利があると判断したからだろう。沖縄が勝てる闘いを最後まで闘い抜いていれば、より大きな実を手にしていた可能性はないだろうか」(2016.03.25)の続き、安倍官邸と多谷見裁判長密議問題の第2弾ということになります。重要な問題提起だと思います。「オール沖縄」を含む革新勢力の最近の一連の「見る目のなさ」の露呈は、この国の「革新」政党と自主的に判断する能力を失い、実体として「革新」政党の主張の出先販売機関化しているいわゆる民主勢力のこれもやはり「総べて」と表現した方がおそらく実態により相応しい雪崩現象(誰が雪崩の原因をつくったか)としての「右傾化」の問題と決して無関係ではありえないでしょう。「右傾化」は民主勢力の外にあるのではないのです。

【安倍官邸は一石二鳥も三鳥も得たと腹の底から笑っている】
沖縄タイムス3月24日付3面に掲載された記事(「
表層/深層 国、移設へ透ける打算 辺野古訴訟和解の裏側」)は、一面トップ記事にすべき驚天動地の一大ニュースだ。官邸が外務、防衛両省の官僚を排除して、官房長官外務大臣防衛大臣に国の訴訟を所管する法務省の定塚訟務局長が加わり、密議して暫定案の受け入れを決めた。その際、「関係者は『定塚氏は高裁支部の多見谷寿郎裁判長と連絡を取っていたとみられる』と証言する。」その後最初の暫定和解案を修正して「再訴訟になった場合、判決に従うとともに『その後の(判決の)趣旨に従って互いに協力して誠実に対応することを相互に確約する』と明記した。」云々、、、
キョウ うぉーるがいでも
2011年10月1日に行われたウォール街デモ
 
キョウ さんだーす12
サンダース支持者集会

Blog
「みずき」:ディストピア氏は「デモはあまり意味がない」と述べていますが、私はこのディストピア氏の論には賛成しません。いま、アメリカで吹き荒れているサンダース旋風の当事者のサンダースの主張とウォール街デモの際のインディペンデント(無党派層)の"We are the 99%"の主張は相似しています。そして、そのインディペンデントたちがサンダース旋風の主役であることからもウォール街のデモが今回の政治的波動の大きな震源のひとつになっていることは明らかです。「デモはあまり意味がない」とはいえないでしょう。なお、ここでディストピア氏が述べているアラブの春などのいわゆる
カラー革命の評価については同様の認識を元外交官で政治学者の浅井基文さんなども述べています。ディストピア氏の主張は決して自己流ではないということです。
キョウ ヨーロッパにおいては、広場が歴史をつくってきた
ヨーロッパにおいては、広場が歴史をつくってきた

Blog「みずき」:「日本共産党は、革命党ではもはやない」とは私も同様の認識です。しかし、同党を除外して「責任をもって権力化し、かつ大衆化する」革命政党を構想しがたいというのももう一面の事実というべきでしょう。「本来の革命」政党をどうやって構築、あるいは再建しうるか。私たちの生まれ、育った「日本」という社会の根源的な変革を展望する者はいまその課題を負わされている、というのが私の認識でもあります。
 
【日本共産党は、革命党ではもはやないのです】
ホンモノの革命とは、現体制を「根源的」に変更する体制自体を転覆させる事象です。体制内で、政党が変わる自民党政権から社会党とか、民主党とかとは、まるで違います。(略)革命というのは(略)根源的=ラディカルな変更です。今で言えば、1%が富を独占し、多くの99%の民衆が貧困に陥れられ、支配されるとう資本主義という体制自体を転覆しよう、というのが革命、ということになります。
キョウ おなが

Blog「みずき」:辺野古和解条項9項問題に関する仲宗根勇さんの下記掲載の論のほか既出記事「まさに問題とすべき辺野古和解条項9項問題に触れたがらないような雰囲気が沖縄の中にあるのは不可解である」(2016.03.18)も合わせてご参照ください。

【「和解」は果たして沖縄に利する選択だったのか】
米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設をめぐり、県と国との間で成立した「和解」の翌日、県紙には「県主張沿い『勝訴』」「ついにやった」などの見出しが躍った。県内で和解を評価する声があふれる傍ら、米側には冷静さが漂う。果たして和解は誰に利するものなのか
 
「和解の前提は辺野古見直しのための協議ではない。移設先をめぐる議論はすでに終わった。だから法廷闘争が始まった」と話す米国務省高官は、日米両政府は移設先を辺野古と定めた現行計画を一貫して堅持しており、移設を着実に履行するための選択が和解勧告の受け入れだったと指摘。地方分権の理念を無視して代執行に踏み切った日本側の判断の甘さを批判し、「もし敗訴していれば影響は大きかった」と解釈する。

米側の最大の懸念は、日本政府が敗訴し、県の主張の正当性が認められるという点だった。法で定められた手順を無視してまで沖縄を抑え込もうという日本政府の姿勢が「敗訴」という形で明確になれば、米国防予算のひもを握る米連邦議会の目や世論の風当たりも厳しくなる。そうすれば辺野古移設そのものを見直す契機となりかねない。
キョウ なおみくらいん
ナオミ・クラインのクリントン不支持の理由

この22日、アメリカ西部の
3つの州で民主党の党員集会が行われ、サンダースはユタ州とアイダホ州の2つの州を制し、ヒラリー・クリントンはアリゾナ州で勝利を確実にしました。また、今月上旬、民主党では170カ国以上の国・地域の在外有権者を対象にした「グローバル予備選」が行われ、サンダースは約69%の得票率で勝利しました。国別では投票者が最多だった英国でサンダースが6割強を得票、カナダやフランス、ドイツなどでも圧勝しました。日本では投票した1356人のうち、9割近い1178人がサンダースに投票したということです。ここで私が注目したいのは、米国ではインディペンデントと呼ばれるらしい無党派層の動向です。上記の在外有権者の投票動向からもインディペンデント(無党派層)がサンダースを圧倒的に支える大きな力になっていることがわかります。
キョウ なちすほうかじけん
ドイツ国会議事堂放火事件

(ドイツ共産党弾圧のためのナチスの自作自演とされる) 

Blog「みずき」:安倍内閣の共産党を標的にしたデマゴギー答弁書決定を厳しく糾すことと共産党の「右傾化」批判とはまた別様の問題です。しかし、どちらも重要な問題です。区別しながらどちらも糾していく必要があるでしょう。

【共産党を「暴力革命」の政党とする政府答弁書はあまりに異様だ】
安倍内閣は、何と驚いたことに、「共産党は暴力革命の方針に変更はない」などというものを
政府答弁として決定したというのです。(略)一体、今の共産党の方針のどこに暴力革命路線があるというのですか。(略)一国の政府が何の根拠もなく、このような「暴力革命」の方針に変更はないなどというのは、暴言のレベルを超えています。確かに、敗戦後の一時期、共産党が合法の存在となって以降、一部が武装闘争なるものを展開したことはありましたが、それと今の共産党が一体、どのような関係にあるというのでしょうか。(略)
キョウ げんしりょくくうぼ
釜山に入港したジョン・C・ステニス=13日、釜山

【この「演習」という名の侵略戦争に反対しない理由はない】
北朝鮮、重ねる軍事挑発 核は「心理戦」? 真の脅威は」(朝日新聞 2016年3月21日)

これではまるで北朝鮮が軍事挑発しているみたいではないか? 北朝鮮政府を擁護するつもりはないが、挑発しているのはアメリカ政府と韓国政府というのが事実だと思う。このアメリカの「演習」攻撃に、イラク戦争の時のような反対の声をあげないとヤバイと思う。朝鮮戦争反対❗(
森川文人 FB憲法九条の会 2016-03-21
キョウ りゅうきゅうしんぽう

【この「沖縄差別」は日本における少数派のすべての人々への差別だ】
『琉球新報』3月20日8面の「
記者の窓」というコラムで新垣毅編集委員は、今回東京に赴任になった際、借りようとした物件の大家から「琉球新報には貸さない」という理由で断られたという信じがたい出来事を書いている。人種差別を禁止する法律さえまだない日本では、賃貸などにおいて「外国人お断り」といった差別行為がいまだに横行している。しかし日本は国際人種差別撤廃条約を批准しており、日本国憲法は人種差別を禁止しているのだから、これは明らかに違憲、違法な沖縄差別、レイシズムである。

Blog「みずき」:「顔」の問題ではないでしょう! 誰が「顔」になろうとも
第2自民党ともいうべき民主党と維新の野合でしかない「民進党には全く期待できない」のです。この「顔」を問題にしているのがこのツイート発信者の山崎雅弘氏のほか内田樹、想田和弘各氏など例の新9条論者のメンツの顔ぶれであることから見ても新9条論者なるものの実際の政治的な「顔」の向き加減もおのずからわかろうというものです。

「保育園落ちた日本死ね!!!」という匿名ブログへの「リベラル」界隈の盲目的な礼賛が結局のところどこを着地点にしてしまうのか。この「山尾志桜里議員を民進党の代表にしてください!」署名運動騒動はそのことをもよく示しているように私には思えます。
キョウ てんのうせい2

Blog「みずき」:「今日の言葉」は今年はじめの「宮中の「歌会始」の選者が赤旗「歌壇」選者になるのは初めてのことだ。これは、「赤旗の勝手、今野寿美の勝手でしょ」で済む問題なのだろうか。「共産党綱領」の規定と精神に反することではないか。」という「今日の言葉」を前提にして書かれています。下記で提起されている問題の所在をより理解するためには一読は欠かせません。ご参照ください。いずれにしても昨年末からの「共産党大変」(右傾化)は「大変」のままで変化がないということです。提起されている問題解決をなげうったままこのまま参院選に突入していくということなのでしょう。そのような政治革新とはなにか。私の危惧は深まるばかりです。私の腹中の腹立たしい思いはマグマの様相を帯びて煮えたぎっている。

【赤旗歌壇の今野さんの選があまりにもおもねている】
3月19日の例会で、
中西洋子さんの柳原白蓮についてのレポートがあることを知った。今回ばかりは、ぜひお聞きしたい報告であった。(略)会場は、八丁堀の喫茶店貸切りで、24名の参加者であった。中西さんの報告は「柳原白蓮と戦後の活動」と題されていたが、やはり、1945年以前の話が中心となった。白蓮や宮崎龍介の出自にもわたり、歌集の作品に添った鑑賞もあり、とても分かりやすかった。(略)一人の人間の生涯を見つめるとき、その足跡の意外性や物語性に目を奪われて、たとえばその思想の変容の軌跡を、他愛なく許容してしまってはいないか。実は、その底に流れているものを見過ごしてはいないかが、私には重要な課題である。
キョウ にほんしね

【「死ね」という言葉が公に放たれ、それが肯定されている現状を憂う】
「保育園落ちた日本死ね!!!」と題した匿名のブログが話題となり、賛同する声が広がっています。でも、私は共感する気持ちになれません。待機児童の多さと事柄の重要さは理解しているつもりです。しかし、政治への不満や怒りを表すために「死ね」という言葉を使うのはどうでしょうか。「死ね」という配慮のない言葉が公に放たれ、それが肯定されているかのような現状を、私は大いに残念に思いますし、胸が痛んでいます。例えば、子どもたちのいじめやケンカでこの言葉が使われれば、どんな悪影響を及ぼすか考えて下さい。生きていく希望を奪ってしまうかもしれない言葉なのです。大きな危惧を抱かざるを得ません。そこまで言わせる政府にふがいなさも感じます。しかし、大人が「死ね」という言葉を発信し、社会に蔓延するとしたら、警告が必要ではないでしょうか。(
朝日新聞「声」欄 野村久仁子 2016年3月20日

Blog「みずき」:拙稿「リベラルの知的劣化はこういうところにも現れている ――言葉の劣化が問題にされないいまという時代について」()()も合わせてご参照いただければ幸いです。
  キョウ ていこくのいあんふ
抗議声明を読み上げる上野千鶴子さん(社会学者。左から2人目)ら

【『帝国の慰安婦』の登場と日本の言論界における礼賛現象の意味】
今月末に拙著『忘却のための「和解」 『帝国の慰安婦』と日本の責任』が世織書房より刊行されます。この一年半にわたりブログや論文で書いてきた『帝国の慰安婦』批判の論考を大幅に加筆・修正したものですが、半分以上は新たに書き下ろしました。この本では、『帝国の慰安婦』と礼賛論の主張をそれぞれ検証し、本書には日本軍「慰安婦」制度についての日本軍の責任の矮小化、被害者たちの「声」の恣意的な利用、日本の「戦後補償」への誤った根拠に基づく高い評価などの致命的な問題があることを指摘しました(詳しくは末尾に目次を添付しますので参照してください)。著者の朴裕河氏や擁護者たちは『帝国の慰安婦』への批判はいずれも誤読によるものであると反論していますが、こうした主張こそが本書を「誤読」しており、被害者たちの怒りには相応の根拠があるというのが私の結論です。

むしろ問われねばならないのは、これほどまでに問題の多い本書を「良心的」な本としてもてはやした、日本の言論界の知的頽廃です。なぜほとんどの日本のメディアは、日本軍「慰安婦」問題に関する日韓外相「合意」を歓迎し、違和感を示すことすらせず、むしろ嬉々として少女像の「撤去」を韓国政府に求めるのか。その思想的な背景を探るためにも、『帝国の慰安婦』の登場と日本の言論界における礼賛現象の意味を考えることは重要であると私は考えます。この本が、『帝国の慰安婦』がもたらした混乱と安易な「和解」論をただし、日本軍「慰安婦」問題のまっとうな解決とは何かを考える一助となれば幸いです。ぜひ手にとってお読みください。(
鄭栄桓ブログ 2016-03-15
キョウ いらくきかんへい

【「イラク戦争帰還兵」報道とジャーナリズムの精神】
先月、
金平茂紀さんや岸井成格さんら看板キャスターが、総務相が政治的に公平でない放送局に対して電波停止を命ずる可能性があると語ったことへの抗議を行った。大臣発言の背景には、報道内容に神経をとがらせてきた安倍政権のメディアへの姿勢がある。最近、政権に辛口な司会者やスタジオゲストが相次いで降板を表明。国会前のデモや辺野古新基地建設のニュースが出しにくいという放送現場からの声も聞かれる。総務相が停波の可否をジャッジすることは放送法の理念に合致しているのか。参考になる本を紹介していきたい。
キョウ ちゅうごくきょうさんとう2
中国共産党中央常務委員

長年、中国で外国語学校の教師をつとめ、現代中国の政治、経済の民間レベルの実情に造詣の深い阿部治平さんが「日本共産党の元幹部は中国をどう見ているか」という記事の中で元共産党参議院議員で同党の国際部長や政策委員長を歴任した当時、共産党有数の理論家と言われていた聴濤弘さんの新著『マルクスなら今の世界をどう論じるか』の書評を書いています。

阿部さんは聴濤さんの著書の中の発言を引きながら自身の論評を加えているのですが、私はその書評を読みながら、当時、共産党有数の理論家といわれていた聴濤さんの理論の核心は、マルクス主義的見地に立った政治学や国際政治理論そのものというよりも、あえて名づければ「共産党信仰」といってよいそれ自体は科学的とはいえないある種の宗教的理念(帰依心)の所産と見るべきものではないかという思いを強くしました。

そのように見れば、共産党有数の理論家である聴濤氏でさえその理論の核心が「共産党信仰」というパッション(情動)によって支えられているのであってみれば、ましてや知識層ではない一般党員やシンパサイザーにあっては「共産党信仰」というパッションが同党支持の構造的な基底をなしているであろうことは見やすい道理です。
キョウ やすだじゅんぺい2

Blog「みずき」:フリージャーナリストの西谷文和さんが安田純平さんの解放について一刻も早いヌスラ戦線との交渉を日本政府に促しています。これは日本政府に対する西谷さんの「期待」の表明というべきものでしょう。しかし、その日本「政府は何の動きも示さないだろう」というのがジャーナリストの高世仁さんの見方です。こちらは日本政府には安田さんの解放について「なんらの期待もできない」という表明です。両者とも安田さんの一刻も早い救出を望んでいることはもちろん同じですが、左記の認識の違いは私には大きいように思われます。それは安田さんの安否に関わる救出方法のアプローチの違いとなって現われざるをえないからです。両者の見方の可否を考えるために下記の「山中人間話」では直近の西谷さんのツイートと昨年末のフリージャーナリストの常岡浩介さんと西谷さんのツイッター上の応酬を見ておきます。

【安田純平さんの動画が公表された意味】
早朝、テレビ局からの電話で起こされた。「
安田純平さんの動画が公表されたんですがご存じですか」ああ、ついに出たか。一ヵ月ほど前、安田さんの友人で、最近ヌスラ戦線と接触した人から「ヌスラ戦線は日本政府と交渉したがっている。近く安田さんの動画が出そうだ。彼らは報道機関に提供するか、Youtubeに上げると言っている」と聞いていたのだ。日テレが抜群にはやく、朝4時にはニュースで流していた。(略)日テレは独自にヌスラ戦線(の代理人)から映像を受け取っているようだ。日テレはこう報じている。《去年から行方が分からなくなっているフリージャーナリストの安田純平さんが、シリアで武装勢力に拘束されている様子を映したとみられる映像が公開された。(略)映像を提供したのは国際テロ組織アルカイダ系の武装組織「ヌスラ戦線」と関係する人物で、この人物は、安田さんは「ヌスラ戦線」に拘束されていると話している。「ヌスラ戦線」は、シリア北西部を拠点に活動し、これまでも外国人の誘拐事件をたびたび起こしている。この映像は、ヌスラ戦線と関係があるとされる人物のフェイスブックページでも公開されている。日本政府高官は、これまでに、日本テレビの取材に対し、安田さんは「ヌスラ戦線」に拘束されているとの見方を示している。》(略)

ヌスラ戦線は
I S(イスラム国)と同根のいわば兄弟組織だが、互いに激しい戦闘を繰り広げており、行動様式はかなり違う。これまでたくさんのジャーナリストを拘束してきたが、ISのように処刑したりはしていない。今も安田さんの他、スペイン人ジャーナリスト3人拘束している。
キョウ へのこ3

Blog「みずき」:
仲宗根勇さんは沖縄「復帰」前の琉球政府裁判所公務員で、「復帰」後は最高裁判所の簡易裁判所判事試験に沖縄県から初合格した元裁判官です。私は知りませんでしたが、1972年の日本「復帰」をめぐって反復帰論の指折りの論者としても名を轟かせていたそうです。さすがというべきか、その駆使する論理は強靭なものがある、というのが同氏の論をはじめて読んだ私の感想です。

【和解条項9項をリアルに読み込むということ】
辺野古和解は、早くも訴訟後の対応を巡っての国と県のせめぎ合いに焦点が集まりつつある。つまり、
和解条項9の「原告・国及び利害関係人・沖縄防衛局長と被告・沖縄県は、是正の指示の取消訴訟判決確定後は、直ちに、同判決に従い、同主文及びそれを導く理由の趣旨に沿った手続きを実施するとともに、その後も同趣旨に従って互いに協力して誠実に対応することを相互に確約する。」という和解条項の文言をどう読むかという解釈論である。残念ながら、県知事や県の弁護団は、この条項の射程範囲は埋め立て承認の取り消しだけに適用され、判決後の知事の設計変更申請に対する権限行使などは可能であると解釈している。それは民事訴訟法114条1項(「確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する。」)だけを前提とすればその通りである。
キョウ ちょうせん

Blog「みずき」:これまで米欧と日本の為にするための北朝鮮バッシングを元外交官、政治学者として国連憲章の理念に即して厳しく批判してきた浅井基文さんの金正恩の先制核打撃論批判です。心して耳を傾けるべき問題提起であろうと思います。いうまでもないことですが、その人が誰であれ一為政者の手によって朝鮮全土を焦土化し、多くの無辜の民を死に導くようなことはあってはならないのです。理性の言葉が届くことを祈るのみです。

【金正恩の先制核打撃論は必然として朝鮮全土を焦土化させる】
朝鮮が核先制攻撃を公然と政策として打ち出したことに対しては、私としてはやはり根本的に同意できません。

第一にそしてなによりも重大なことは、朝鮮が先制核打撃を公然と主張することは、それが必然として導く朝鮮全土に対する米韓日による報復攻撃によって、首脳部はもちろん朝鮮全土が焦土化すること、すなわち無数の人々が犠牲になることと同義であるということです。(略)
キョウ ぶんかかくめい3

Blog「みずき」:60年代の終わり、私は「
文化大革命」という言葉を「造反有理」という言葉とともに知りました。造反有理とは「造反に理有り」という意味で当時は肯定的に用いられていました。まだ毛沢東は日本の革新勢力の中では神格化されていて、『毛語録』も盛んに読まれていた時代です。「造反有理」という言葉はその『語録』の中にあった言葉だと記憶しています。いまでは毛沢東の「大躍進」政策も「文化大革命」の扇動もともに誤りであったことは明らかですが(習近平は「『大躍進』は正しかった」と言っているそうですが)、ともあれ、あれから半世紀(50年)の月日を経たということです。私は私として思想上の問題を含めたこの時期の「青春の蹉跌」ということを思わざるをえません。それは個としては成長の糧ともなりうるのですが、「国家の蹉跌」はいったい治癒するのか? 50年の年月を経ても治癒していないというのが現実というのはなんとも悲しいことです。

【「文革」は毛沢東の狂気だった】
今年は中国で
文化大革命が始まって50年にあたる。現在中国では文革研究は低調だ。新事実の発見があっても公表は控える。文革だけではなく「大躍進」の研究についても有形無形の圧力がかかる。さいきん習近平中国共産党総書記が毛沢東の「大躍進」は正しかったといったそうだから、同じ毛沢東主導の文革では研究はますますやりにくくなっている。ところが、昨年12月の中山大学(広州市)の「文化大革命の反省」講座で、具体例をあげて文革の実態をリアルに語った教授がいて、関係者や学生の注目を浴びた。
キョウ ひぐちよういち4

Blog「みずき」:金光翔さんはまず毎日新聞週刊金曜日樋口陽一さんの著書から樋口さんの「立憲主義」に関わる発言をピックアップした上で最後に自身の樋口発言評価を述べています。そのうち「今日の『立憲主義』の政治的主張が、『戦後解放の意味』をあいまいにし、天皇制、『昭和天皇の戦争責任という問題』を捨象した上で成り立っている」という金光翔さんの指摘は、新9条論者及び同論者を包含する9条改正論者が「立憲主義」の名においてその「改正」を主張、跋扈している現状においてとりわけ重要な指摘であろうと私は思います。

【樋口陽一さんの「立憲主義」の論をひとつの例として】
[毎日新聞2015年9月17日 東京夕刊](前略)そして話を、幕末の志士から初代首相に上り詰めた伊藤博文へと転じた。伊藤は、大日本帝国憲法制定の議論の際、立憲主義の本質をこう述べている。「そもそも憲法を創設するの精神は、第一君権を制限し、第二臣民の権利を保護するにあり」(枢密院会議議事録)「国家権力である天皇の権限も縛る、という立憲主義の基本を伊藤は理解していた。立憲主義への理解という点では、明治時代の政治家の方が深かったと思います」。痛烈な批判だ。(略)
キョウ しいいいんちょう
北東アジア平和協力構想を語る

【徐京植氏の日本知識人の覚醒を促す日本の知識人への手紙】
今朝の『ハンギョレ』新聞に「
日本知識人の覚醒を促す和田春樹先生への手紙」と題する徐京植(ソギョンシク)氏の長文の寄稿が掲載された。(略)日本社会では、「世間」と称される空間ばかりでなく、左派とかリベラルとか称される人々の間でも、否、そうした人々の間ではよけいに、過去の親交とか「同志的配慮」とやらを理由(口実?)にして、原理原則に関わる意見の相違を脇に置く傾向が強まっているように見受けられる。それが強権政治や右派イデオロギーと思想的に対峙できない脆弱さの原因にもなっている。今回の徐氏の寄稿は、このような日本社会の理性よりも心情を立てる陥穽、長い目で見た共同の意思の思想的底上げよりも、当座の協調を重んじる機会主義的言動の危うさに身をもって警鐘を鳴らすかのような論理の切れの良さ、鋭さがちりばめられている。(略)
キョウ とらんぷせんぷう
トランプ旋風

【トランプはペテン師だ。だが、ほかの人たちのペテンを告発する役割も担っている】
米共和党の大統領候補選びでトランプ氏が勝ち続けている。はじめは、「まさか」と思っていたのだが。この現象をアメリカの識者はどうみているのか。興味深い分析を二つ紹介しよう。

リベラル派の大御所、
ノーム・チョムスキー氏(マサチューセッツ工科大学名誉教授)は、アメリカ社会に深く根ざした「恐れ」と「失望」が火をつけている側面があるという。トランプ氏は、女性、ラテン系、イスラム教徒、その他マイノリティーを標的にした憎悪と暴言をよりどころにして旋風を巻き起こしているのだが、その「原動力は低学歴の白人労働者層だ」という。チョムスキー氏によると、「白人で低学歴で中年男性という特定の層は寿命が短い」という。「自殺の急増、アルコール依存症による肝疾患、そしてヘロインの過剰摂取や麻薬の処方が原因」で、「特定の世代に怒り、絶望、不満を残した政策の影響で、彼らは自らを傷つける行動に走って」おり、これがトランプ氏の人気の背景だという。
キョウ さとう 
佐藤優「沖縄と差別」

Blog「みずき」:時事解説「ディストピア」氏はテレビキャスターの池上彰を厳しく批判していますが(「池上彰」のリンク参照)、その池上氏のトンデモ番組を共産党員の某国立大学名誉教授が激賞している記事を読んで私はわが目を疑いました。この教授は私の目から見て完全に右傾化した視点での番組づくりでしかない同番組を「とても優れた番組でした。釘付けになりました」とまで述べていました。共産党のこの20年~40年来の右傾化路線は決して愚鈍とはいえないこの共産党員教授をして(私はこの教授を直接知っています)ここまで「見る目」というものを喪失させてしまったのか。私の驚きの性質はそういうものです。

【日本の左派系論壇は壊滅的】
私は前々から、日本人の活字離れや政治に対する無関心・右傾化は本来、彼らを惹きつけなければならないはずの主流左翼の減退が原因だと思っている。(略)
佐藤優は、創価学会の傘下にある出版社から公明党や池田大作をベタ誉めする本を出している。『「池田大作 大学講演」を読み解く 世界宗教の条件/font> 』『 地球時代の哲学 』「本書の狙いは、二十一世紀にわれわれが生き残っていくための生きた、ほんものの思想を創価学会名誉会長で、創価学会インタナショナル会長の池田大作氏のテキストから虚心坦懐に学ぶことである。」(本文より)・・・らしい。いくら大金を頂いているからといって、自民党の腰ぎんちゃくに成り下がっている公明党やカルト宗教団体の創価学会をここまで持ち上げられるのは、そう出来たものではない。ある意味、拍手に値する。 
キョウ ふくしま4

Blog「みずき」:下線部「脱原発の一点で」というシングルイシューのスローガンは、また、さまざまなねらいを持ったほんとうのところ脱原発の理念などない似非脱原発主義者をも反原発運動内に跋扈させることにもつながっていきました。これは3・11以後の私たちの大きな負の経験です。3・11以後の「我々自身の問題点」の総括はこのような問題点をも見据えたものでありたいものです。


【大衆運動の前進のみが状況を切り開く原動力である】
3月11日に起きた福島原発震災は今もなお収束の見通しが立たず、人間と自然への放射能汚染を拡大し続けている。取り返しのつかない最悪の事態を招いた責任は、原発の安全神話を吹聴してきた電力会社の経営者、日本政府、御用学者らにあるのは言うまでもない。さらには電力総連や電機連合など経営者と一体で原発推進の旗を振ってきた労組の責任も重い。同時に、我々自身の問題点を痛感せざるを得ない。(略)なぜ脱原発に熱心でなかったのか。第一に原発の危険性に対する根本的な無知があった。第二に経済成長のためには原発が必要との考え方に絡め取られていた。