キョウ 初霜

【「新9条論」派は憲法9条は死んだという。ではなぜ、安倍さんたちは改憲を目指しているのか】
水島朝穂は著書『
はじめての憲法教室 —立憲主義の基本から考える』(集英社新書,2013)に、「いま現実に存在する自衛隊が憲法と矛盾するから、憲法を改正しよう」という趣旨の議論は、国家権力を制限するという立憲主義の観点からは考えられないものです。そんな憲法はもはや近代国家の憲法とは言えません。(87頁)と書いていた。この批判が「新9条」に適用されることは当然だろう。
キョウ 初霜2

韓国では、朴裕河『帝国の慰安婦』が問題となり、朝鮮人慰安婦と日本軍は「同志的関係」と記述した著者が、在宅起訴されている。これに対し日本の文化人54名が「公権力が特定の歴史観をもとに学問や言論の自由を封圧する」暴挙だとして、抗議声明を発している。この抗議声明に、金富子・東京外国語大教授は「問題なのは本の内容が事実なのかどうかだ」と述べている(Blog「みずき」:「問題なのは事実なのかどうか」という点については清水勉弁護士も同様のことを述べています)。自らの問題として、じっくり考えたい。
キョウ 白虹事件
筑紫哲也さん「白虹事件」について語る(由布院盆地 2006年)

以下はある社民主義者の人への私の返信です。
 
『帝国の慰安婦』朴裕河の在宅起訴に学者ら54人抗議声明」への的を外した反批判、すなわち、思想・信条の自由と学問の自由に関する問題提起を朴裕河著『帝国の慰安婦』擁護の主張のように貶める反理性(事実を歪めて反論するという点で反理性です)の声が少なくなくありますので、その反批判、反理性の声に対する私のひとつの応答として書きました。

したがって、標題も、「その「朴裕河の在宅起訴批判」の「批判」のまなざしは正しいのか?――「『帝国の慰安婦』朴裕河の在宅起訴に学者ら54人抗議声明」とその批判をめぐって」のその(2)としています。
 
私の見るところあなたのような主張、すなわち、「朴裕河の在宅起訴批判」を「批判」する主張をしている人は旧社会党員、旧社会党左派系の人たちが多いですね。言葉では戦闘的なことを言いながら中身がない。すなわち、何が根本的な問題であるかについての理念を持たない(ここ(「朴裕河の在宅起訴批判」の主張)では、朴裕河の主張が正しいかどうかを問題にしているのではありません。公権力からの思想・信条の自由、学問の自由の問題が問題にされているのです)。
キョウ 杉田
 考論 長谷部恭男×杉田敦

【「新9条論」は立憲デモクラシー体制の根幹を変質させることにならないか】
戦後の平和主義的な価値を大事に考える人々の一部には、現行憲法の文言が抽象的だからこそ、今回、集団的自衛権が行使可能にされてしまったという忸怩たる思いがあるようです。そこで、平和主義の理念を守るために憲法9条を改正すべきだという「
新9条論」も出ている。個別的自衛権は行使できるが、集団的自衛権は認められないなどと明示し、解釈の余地をなくすべきだと。まさに今の政権が言っている話ですね。
キョウ けさ東京都心
27日朝 濃霧の東京都心

【有罪・無罪のようなものが「市民感覚」で判断されるべきものか】
東京高裁は、オウム元信者に対する控訴審で、一審の裁判員裁判の有罪判決に対し、逆転無罪判決を下しました。(略)元信者が起訴されたのは、都庁事件での殺人未遂と爆発物取締罰則違反のそれぞれの幇助の罪でしたが、劇薬であろうと、それだけで殺人の故意があるということにはなりません。高裁は、この点を慎重に判断したということなのでしょう。問題は、
朝日新聞毎日新聞がそれぞれ一審で担当した裁判員の声を大々的に報じていることです。(略)元裁判員は、自信を持った判決だったそうです。このような自信をどこから持てるのかが不思議ですが、裁判員制度のもっとも重大な問題点でもあります。
キョウ 朴ユハ2

本日(27日付け)の朝日新聞とハフィントンポストに韓国の日本文学研究者の朴裕河が彼女の著書『帝国の慰安婦』の出版に関して同国の検察に名誉棄損罪で在宅起訴された件及びその韓国検察の在宅起訴に関して日米の学者、ジャーナリストら54人が抗議声明を発表した件について4本の関連記事が掲載されています。

日米の学者ら抗議声明 「帝国の慰安婦」著者の在宅起訴(朝日新聞 2015年11月27日) 
「帝国の慰安婦」朴裕河教授の在宅起訴に学者ら54人抗議声明(全文)(ハフィントンポスト 2015年11月27日) 
「帝国の慰安婦」著者に聞く 「史料に基づき解釈した」(朝日新聞 2015年11月27日) 
(社説余滴)韓国覆う窮屈さと不自由さ(箱田哲也 朝日新聞 2015年11月27日)
キョウ バラ公園

Blog「みずき」:朴裕河の名誉棄損罪容疑の在宅起訴について、学者、ジャーナリストら54人が26日連名で「抗議声明」を発表しました。私はこの「声明」に賛同している少なくない論者に対して批判を持っていますが、「検察庁という公権力特定の歴史観をもとに学問や言論の自由を封圧する挙に出た」「何を事実として認定し、いかに歴史を解釈するかは学問の自由にかかわる問題」「言論に対しては言論で対抗すべきであり、学問の場に公権力が踏み込むべきでないのは、近代民主主義の基本原理」という「声明」の認識は正論というべきであろう。この問題と日本の政治とメディアの「右傾化」の問題はまた別様の問題というべきであろう、というのが私の認識でもあります。

【どれほどひどい内容かを読者が判断してはいけないのだろうか?】
≪【ソウル=共同】韓国のソウル東部地検は19日までに、旧日本軍の従軍慰安婦問題の研究書「帝国の慰安婦」で、慰安婦を一部で「売春婦」などと表現し元慰安婦の女性らの名誉を毀損したとして、著者の朴裕河(パク・ユハ)世宗大教授を在宅起訴した。≫≪地検は「虚偽事実で被害者らの人格権と名誉権を侵害し、学問の自由を逸脱している」と指摘した。韓国で慰安婦問題は「性奴隷」との見方が定着し異論を許さない雰囲気が強いが、訴追によりさらに研究の萎縮を招く可能性もある。≫

日本では名誉毀損罪は親告罪(刑法232条)。被害者から訴えがなければ、起訴できないという犯罪類型だ。日本の検察は、起訴できない捜査は通常しない。名誉毀損の事件は、捜査をすること、つまり、根掘り葉掘り聞き出すこと、その信憑性を確認するために周辺や過去の関係者の事情聴取も行うことがある。しかも、公開法廷で証言しなければならなくなる可能性もある。韓国では親告罪ではないのだろうか(Blog「みずき」:http://www.sasaki-law.com/blog/?p=1732参照)。
シリアの女の子
トルコのシリア難民キャンプで幼い少女はカメラを武器だと思い、
両手を上にあげて降伏のポーズを見せた。


【眼は、どこかを見ているようで見ていない】
もう一度書いておく。テロリストによる文字通りのテロと、国家が行う空爆では、もちろん実行する主体の側からみれば意図が違う。だが、一瞬のうちに家族を奪われたパリ市民と、つましい夕食の食卓を囲んでいる時に瞬時に家も家族も消滅するシリアやイラクやアフガンの市民との間に何の違いがあろうか? 理不尽な死に追いやり、何の悪意もない人々に途方もない恐怖と絶望をあたえるからテロなのである。被害を受ける側からみるときに、国家の行う攻撃は許容しろなどと誰が言えるか? 国家によるテロリストへの攻撃とテロリストによるテロをいっしょくたにするなと言う人がいる。だが、犠牲者にとってその違いに何の意味があるか
キョウ 野間易通

新潟日報記者(上越支社・報道部長)の坂本秀樹という人(53歳)が「壇宿六 (闇のキャンディーズ) 」のハンドルネームでツイッター上で弁護士に罵詈雑言(いわゆるヘイトスピーチ)を浴びせ、弁護士側から対抗手段として自身の身元を突き止められると同記者の上司の編集局幹部をともなって同弁護士事務所を訪れ謝罪するというなんとも虚々しい事件が起きました。メディアでも報道されていますが、ことの顛末は以下に詳しいのでご紹介しておきます。

メディア記事:
新潟日報:支社報道部長がツイッターで弁護士に暴言、謝罪(毎日新聞 2015年11月24日) 
新潟日報部長、水俣病弁護団長をツイッター中傷(読売新聞 2015年11月24日) 
「しばき隊」構成員(実は新潟日報上越支局長)が新潟水俣病弁護団長に暴言→身元を割られ謝罪文を書かされる(ガジェット通信 2015年11月24日) 
「クソ馬鹿ハゲ野郎」新潟日報上越支社報道部長がTwitterで罵詈雑言(上越タウンジャーナル 2015年11月24日) 
新潟日報の支社部長、新潟水俣病弁護団長に暴言ツイート(朝日新聞 2015年11月25日)
新潟日報の報道部長 弁護士にツイッターで暴言(NHK 2015年11月25日)
キョウ ラ・マルセイエーズ3

【パリの犠牲者とシリア国民の犠牲者数とのこの非対称性はどうだろう】
2015年11月13日に始まったパリの同時多発テロに対して仏オランド政権は強硬姿勢で対決しようとしている。私は
フランソワ・オランドが仏大統領に立候補したときの演説に感動して彼に対する礼賛と期待を書いた。それから3年を経る間に彼は克服すべき敵たる新自由主義に屈服して金融機関の規制や所得分配政策を放棄してしまった。そして今次テロへの反応は9/11における米大統領ジョージ・ブッシュ(息子)に酷似している。オランドがベルサイユ宮殿で仏権力の中枢人物とともに「ラ・マルセイエーズ」を歌うテレビ画面を観て私は言いようのない違和感におそわれた
キョウ 流砂

昨日の11月23日付けの辺見庸の「日録1」は、同月20日付けの熊本日々新聞のSEALD's批判を含む辺見への
インタビュー記事を読んだAさんの違和感の表明に対して辺見が返信するという形で書かれています。

そのAさんの違和感に対して、辺見は、「そういう問題をぼくが言っているのではないということを申し上げておきたいな、とおもいました。『そういう問題』でなければ、『どういう問題』か、と反問されれば、上の引用部分そのものに答えがゴロッともぐっている、とでも言うしかないのです」と返信しています。

が、「引用部分そのものに答えがゴロッともぐっている」という応え方だけでは説明不足の感は免れません。「ゴロッともぐっている」とはどういうことか? もう少し説明がなければその言の意味についてわかりかねる人も少なくないでしょう。

しかし、辺見は、「ゴロッともぐっている」以上のことは説明するつもりはないかもしれませんので、その「ゴロッともぐっている」ことの私なりの解釈を以下に示しておきたいと思います。それは、とりもなおさず、「今回のドタキャンの伏線と見られる辺見氏のSEALD's批判」についての私の解釈ということにもなるでしょう。本記事を「『赤旗』の辺見庸へのインタビュー・ドタキャン事件その後」の続きとして書くゆえんです。
キョウ 維新

【橋下的なものを克服できず、橋下に惹かれた「左派・リベラル」は数知れない】
私は今回の大阪ダブル選挙には何も期待していなかった。最初から大阪維新の会の2候補が圧勝するだろうと予想していた。そしてその通りの選挙結果になった。(略) 「リベラル」や穏健保守の側が「橋下徹的なもの」、つまりマッチョなクーデター体質に惹かれる心情を克服し得ていない現状では、何度選挙をやっても勝てない

Blog「みずき」:「今日の言葉」の「きまぐれな日々」の論にくらべて、以下、あまりにもくだらない御託です。第一「橋下マジック」だの「アジテーターの天才」だのという言葉は橋下を称誉する言葉にはなっても橋下批判にもなんにもなっていない。「どこまで橋下ブームに振り回されるか、民主主義の質が問われている」なんぞとはちゃんちゃらおかしい。

・橋下維新、橋下マジックでダブル選挙圧勝。-
菅直人 2015-11-23
キョウ 空震  

【報復的な「空爆」はかえってテロに「栄養」を与える】
11月13日の金曜日、パリ市内で「同時多発テロ」が発生した。(略)オランド大統領は、11月16日の上下両院合同会議での演説で、アルジェリア戦争後錆び付いていた
緊急状態法(略)の仕組みを一気に強化しようとしている(略)。市民の恐怖と不安と怒りがおさまらないうちに、やれることをやってしまう。いずこの権力者も同じである。この点、ポスト・モダンの論客、(略)ペーター・スローターダイクによれば、テロリズムの本質として、人々を取り巻く「雰囲気」を恐怖で満たすという面がある。「空気」を震わせるという含意で、テロは「空震」(Luftbeben)と呼ばれる。「空爆」を行い、ハイ・テクを駆使する「国家」こそ、実は最もテロリズム的ということになるのだが、人々にはその視点がない(略)。
キョウ 流砂


辺見庸によれば、共産党副委員長の小池晃さんは、「数日前、『戦争をさせない1000人委員会』メンバーにたいし、同党機関紙「赤旗」のインタビュー・ドタキャン事件について『遺憾だ』とかたったという。『1000人委員会』メンバーからわたしの担当編集者にそのむねの電話があった」と言います。

その小池氏が語ったという「遺憾」の意が仮に共産党指導部(常任幹部会)は「赤旗」での辺見庸インタビューなど考えていなかった。辺見にインタビューを申し込んだのは赤旗記者の独断でしかない、という意での「遺憾」発言だったとしても、外部から見れば辺見にインタビューを申し込んだという赤旗記者も歴とした共産党本部の組織の人です。そうであれば、共産党(直接的には小池氏)が「遺憾」と言うのであれば、その「遺憾」発言の直接の相手方に対して直接詫びるのが世間の筋というものです。しかし、辺見によれば、辺見に対する直接の詫びはいまだにないようです。

辺見の言うように「『遺憾』というのなら、小池さん、あなたはこの問いに、じぶんのことばで説明し、答える義務がある」と私も思います。市民社会(世間)の常識とはそういうものです。いまからでも遅くありません。志位委員長なり小池副委員長は辺見庸に納得できるコトの経緯を釈明した上で突然のインタビュー・ドタキャン事件について詫びをするべきでしょう。そして、志位氏との対談を希望する辺見の提案を小異(それがよしんば大異であったとしても)を留保して、「鴻鵠の志」の問題として真摯に受けとめるべきではないか。私はそう思う、ということをもう一度繰り返しておきます。
キョウ 勁草6

【「テロを許すな」の風に翻弄されるだけの存在であってはならない】
疾風に勁草を知る」という。 風が疾い時にこそ勁い草の一本でありたい、強くそう思う。 戦争が近づいてくるほどに、声高く平和を叫ばなければならない。ナショナリズムが世を席巻するときにこそ、近隣諸国との友好を深めねばならない。憲法が攻撃されているときにこそ、これを擁護しなければならない。「テロを許すな」「テロと戦え」の声が満ちているいまであればこそ、自由や人権の価値を頑固に主張し続けねばならない。この事態に乗じようとする不逞の輩の妄動を許してはならない。
キョウ 流砂

11月21日付けの辺見庸の「日録1」の本節は「小池晃・日本共産党副委員長が数日前、「戦争をさせない1000人委員会」メンバーにたいし、同党機関紙「赤旗」のインタビュー・ドタキャン事件について「遺憾だ」とかたったという」という節でしょう。

が、前節(まえせつ)の「こんなタイプの人間が、女であれ男であれ、どうしてもすきになれない」以下の社会運動と政党の流砂状況に関しての辺見の断章も本節と不可分な関係にあるでしょう。

「流砂状に足もとが崩れてゆく」状況の説明としては不可欠であろう、というのが引用者の専断です。そういうわけでその断章のディテールも捨てさることはできません。今回も全文引用させていただくことにします(強調と改行はBlog「みずき」)。
キョウ 冬枯れの南湖
大田英昭「冬枯れの南湖

【成行に任せるならば、支持底辺の解体と全体力量の低下は避けがたい】

「《戦後》平和思想、《戦後》民主主義が大衆段階に根をおろし定着したことは事実だが、民衆の生活信条として多数状況下したものは“私生活主義”に過ぎなかった(略)軍事化と政治反動を一貫して嫌い、安保闘争を声援し、これに参加し、そして私生活のネグラにこもったこれらの人たち(略)革新陣営の再建を総合的に考えるうえでも、この層、この世代の位置づけと対策は大切である。(略)「私生活型民主主義」、「私生活型合理主義」の通称からも判別できるように、私生活追求、公権排除はその本性であって、使命感的行動に全人間的に自己投入できる人たちとしては加算できない。
キョウ 辺見

北日本放送・KNBニュース「辺見庸インタビュー」書き起こし
シリーズ私と戦争、堀田善衞の「時間」 2015/11/19 14:45 現在 

シリーズ私と戦争です。長く絶版となっていた小説がこのほど復刊され18日県内の主な書店に並びました。高岡市伏木出身の芥川賞作家、堀田善衞の「時間」です。日中戦争下の1937年、日本軍による南京虐殺事件を中国人の眼を通して描いた小説です。これが復刊された「時間」です。文庫も出版されていましたが、絶版のため読者は古本でしか手に入れることができなくなっていました。今回、岩波書店が復刊することとなり、その解説を作家の辺見庸さんが執筆しました。戦争の被害ばかりが強調され、加害者としての戦争責任が忘れ去られようとしている今、辺見さんに「時間」復刊が今、私たちに何を問いかけているのかを聞きました。
キョウ 流砂  

辺見庸は2015年11月14日付けの「日録1」で自身への「赤旗」のインタビュー・ドタキャン事件について「流砂的政治状況のいま、これは考察の対象ではある」と述べていました。その言葉のとおり、辺見は、流砂的政治状況についていまも考え続けているようです。そのことは辺見の「日録1」を追って読んでいけばわかることです。その辺見に北日本放送がインタビュー(直接的には堀田善衛の小説『時間』復刊に関してのインタビュー)したニュースがアップされています。そこには「ひとりひとり例外になる。孤立する」意味について考えるヒントがあるように私には思えます。下記の辺見の11月20日付けの「日録1」の言葉とともに転載させていただこうと思います。以下です。
http://www.knb.ne.jp/news/detail/?sid=9462
キョウ イムジン河

【寛容さを欠いた社会の息苦しさについて】
本日の夕刊を見て驚いた。「韓国のソウル東部地検は18日、慰安婦問題を扱った学術書『帝国の慰安婦 植民地支配と記憶の闘い』の著者、世宗大の
朴裕河(パク・ユハ)教授を名誉毀損罪で在宅起訴した。」(毎日)という。同教授は同書で「日本軍従軍慰安婦」を、「売春婦」「日本軍と同志的関係にあった」などと記述したことから、元慰安婦から刑事告訴されていた。起訴は、この告訴を受けてのもののようだ。(略)
キョウ 桜

以下、標題に関して、本日付けで私の参加しているメーリングリストに投稿した2通の記事です。本サイトにも転載しておきます。

1通目。「権力の罠」について。

以下は、東京造形大学教授(ヘイトスピーチ論)の前田朗さんの「韓国検察、「帝国の慰安婦」著者を在宅起訴 名誉毀損罪」というメールへの返信として書いたものです。前田さんのメールはこちらをご参照ください。 

前田さん

この件については、弁護士の澤藤統一郎さんが「表現の自由」という民主主義の根幹的な理念を擁護する立場から韓国社会の非寛容を憂い、反対を表明しています。

「帝国の慰安婦」著者の起訴に韓国社会の非寛容を惜しむ
(澤藤統一郎の憲法日記 2015年11月19日) 
キョウ 辺野古8

【憲法が想定するとおりの裁判所であり裁判官であるかが問われている】
辺野古新基地建設に関連して翁長知事が名護市辺野古沿岸海面の埋め立て承認を取り消し、国(国交相)はこの承認取り消しを違法として、福岡高裁那覇支部に「承認処分取消の撤回を求める」
訴訟(辺野古代執行訴訟)を提起した。(略)報道されている「訴状の要旨」は以下のとおりである。(略)いかにも大上段なのだ。「国家権力を振りかざして」の形容がぴったりの上から目線の主張となっている。東京社説が言うとおりの傲慢に満ちている。(略)
キョウ 流砂

以下の、辺見庸「日録1」の2015年11月18日付けの文章を私は「辺見庸の志位和夫共産党委員長への手紙」と名づけたいと思います。志位共産党委員長には辺見庸の新著『1★9★3★7』に関して「赤旗」紙上での対談の呼びかけに応えていただきたいと私も心から思います。この対談が実現すれば共産党員、共産党支持者だけでなく、地下茎のような存在として少なくなくニッポンのこちらかなたに遍在しているであろう「左派・リベラル」の有志の人たちにも歓迎されるに違いないと私は確信します。

以下、辺見庸「日録1」(2015年11月18日付)から(改行はBlog「みずき」)。
 
劈開(へきかい)ということばがある。裂きひらくことだ。とくに、方解石や雲母などについて、結晶が一定の方向に割れたり、はがれたりして、平面を現すことを言うらしい。ひとや組織には劈開ということばはもちいられない。けれども昔から、政治組織や政治党派を劈開してみたら、なにがみえてくるのか……といった突拍子もないことを想像(妄想)する癖がぬけない。組織の結晶度がかたければかたいほど、劈開面の紋様は他との異動と変化にとぼしく、種々様々であるべきひとの顔も見えにくかろう、というのがわたしの仮説だ。

日本共産党機関紙「赤旗」のわたしにたいするインタビュー中止(ドタキャン)にさいし、この党を劈開するといったいなにが見えてくるのか、とまたも想像してしまった。説明・釈明・弁明・謝罪なき一方的ドタキャンを、ま、こんなもんでしょう、と苦笑いですますきもちもある。共産党なんてどうせそんなもんだよ、と割りきる気分だね。だが、一方で日本共産党に〈人間的例外〉を待つ(待ちたい、待つべき)という、甘い期待ではないけれど、好奇心のようなものもわたしは捨ててはいない。
キョウ 空爆2  

【メディアはパリ事件の前日のレバノンでの爆破事件は報道しない】
13日、パリでコンサート会場を襲った襲撃犯は、銃を撃ちながらシリアやイラクのこと口にしていたという。「フランスはシリアに関与すべきではなかった」「フランスはシリアで起きていることを知るべきだ」。目撃者の証言では、犯人はどこにでもいる普通の若者で、街であったらわからなかっただろう、という。現在判明している限りでは、彼らはヨーロッパで生まれ育った青年であるという。(略)パリでの惨事のあとに中東諸国で飛び交うツイッターやコメントのなかには、
パリでの事件と、その前日に起きたレバノンでの爆破事件を重ねあわすものが多い
キョウ 流砂

【共産党の「一枚岩の体質」と「右傾化」】
やはり最悪の展開となった。(略)大阪府知事選では松井一郎、大阪市長選では吉村洋文という、大阪維新の会の推す2候補が自民党などが推す栗原貴子(府知事選)、柳本顕(市長選)の両候補を引き離している。朝日のほか、産経と日経の世論調査を『kojitakenの日記』の記事「
最悪! 大阪ダブル選、予想通り『大阪維新2勝』の世論調査結果」に引用しておいた。各マスメディアの世論調査は、私には衝撃は全くない。あまりにも予想通りだったからだ。
キョウ 流砂

本記事は「今日の言葉 ――日本共産党機関紙しんぶん赤旗の納得できるじゅうぶんな理由もないわたしへのインタビューの無礼千万なドタキャン。「国民連合政府」樹立をよびかける政党のこれが〈道理〉というならわたしは嗤うしかない。」の続編としての辺見庸「日録1」(2015/11/16付)の全文転載です。私は共産党の「責任者」には辺見庸の問題提起をなんらかの魂胆をそれこそ「邪推」することなく言葉のままに真摯に受けとめて欲しいと思います。

辺見が辺見の担当編集者M氏から聞いたという伝聞によれば、M氏の抗議の電話に対応した共産党の「責任者」は「言いがかりをつけるのか」と言ったようです。言語道断というのはこういうことを言います。少なくとも共産党「上部」は礼節というものを知らない徒党の徒のようではあります。こういう徒がいう「国民連合政府」構想とはなんでしょう? 辺見ではありませんがちゃんちゃらおかしいというほかありません。

自分は「左翼」ではないというkojitakenさんはいまの共産党の評価を次のように言っています。「そもそも、もともと左翼からも批判される立場にある私のような人間が「共産党の右傾化」を懸念するようになるとは、なんという時代になったのだろうか」。
 
キョウ 空爆

【パリでの日本料理店攻撃は偶然か?】
21世紀が始まった年の9月11日、
米国で同時多発テロ事件が起こり、世界は、 宗教戦争の様相を孕んだ、危機の時代に入りました。そして、パリの「13日の金曜日」の虐殺、サッカー・スタジアムや劇場・レストランなど8カ所での同時多発テロ無差別自爆殺人で、120人以上の死者。(略)しかし、この「憎しみの連鎖」の始まりは、ある程度特定できます。2001年の米国です
キョウ 流砂

夜、M君から電話。日本共産党機関紙しんぶん赤旗が、みずから申し込んできた『1★9★3★7』(イクミナ) にかんするわたしへのインタ ビューを急きょ中止するむね連絡してきたという。数日前に、インタビューしたいので都合のいい日時を提示してほしいということで、今月17日午前11時半を提案した矢先の、不可解な、そして無礼千万なドタキャン。不快だな、とはおもうが、まったく予期していなかったわけでもないので、心はさほどに沸騰しない。ただ、なにか不気味なものを感じる。M君ら編集者たちは一様におどろき、国会前の権力屈従的デモにたいするわたしの批判を、日本共産党への批判と同一視したすえの、「スターリン主義的な傲慢・短絡」の発露だろうと言う。だろうか?わからない。ともあれ、インタビューはかれらが申し込んできたのだ。それを、納得できるじゅうぶんな理由もなくキャンセルするというやりかたはとうてい尋常ではない。「国民連合政府」樹立をよびかける政党の、これが〈道理〉というなら、わたしはちゃんちゃらおかしいと嗤うしかない。とまれ、流砂的政治状況のいま、これは考察の対象ではある。
キョウ 越智 
「福島の甲状腺がん50倍」論文に専門家が騒がないわけ

以下は、「福島甲状腺がん50倍」論文に専門家が騒がぬわけ ――越智小枝医師(相馬中央病院)の理路のある津田論文批判(疑問の呈示)」(Blog「みずき」 2015.11.13)の余滴記事として書いています。

日本共産党には同党発行の『文化評論』に野口邦和さん(日本大学・放射線化学・放射線防護学)の「広瀬隆『危険な話』の危険なウソ」を掲載(1988年7月)していた時代の眼を一日も早く取り戻していただきたいものです。

(Blog「みずき」注:共産党支持者)
キョウ 凍てつく夜 
大田英昭さん「凍てつく夜。」

【個としての人はつぶされ、いつのまにか消えていく】
いまは尋常ではない。戦争と暴力が生起している時代だ。世界は終わりなき炉心溶融のように、自己崩壊しつつあるのではないか、と
著者はいう。 世界の終わりを、意味が意味を失った「意味後世界」と名づけるならば、だれもいままで見たことのない「意味後世界」がはじまろうとしている、とも。日々平安と思っているうちに、例外的な事態はどんどん進行し、異様が異様と感じられなくなる。個としての人はその流れに巻きこまれ、つぶされ、いつのまにか消えていく。