<社説>農相の無効判断 法治骨抜きの異常事態だ
(琉球新報 2015年3月30日)
<社説>農相効力停止決定 まるで中世の専制国家 民意無視する政府の野蛮(琉球新報 2015年3月31日)
社説[農相「無効」決定]透明性も適格性も疑問
(沖縄タイムス 2015年3月31日)
 
まったくそのとおりというほかありません。沖縄県民の抵抗と反対の声を無視し、「沖縄」の民心を力で抑え込もうとするその野蛮さはまさに「中世の専制国家」そのものです。そこには「法治主義」という官僚発と思われる法律の言葉はあっても中身としての「法治主義」の精神は毫もありません。あるのは野蛮というも愚かなりの「法治主義」。沖縄県民ならずとも怒りはふつふつと沸騰します。
 
しかし、この野蛮性の問題は衆院で3分の2以上の議席を占めるに到った与党・安倍政権だけの慢心と見るべきでしょうか? 以下のような指摘もあります。
 
「しかし、驚いたのは、ブロゴスで読んだ、枝野官房長官による民主党の声明というものである。(略)枝野氏の声明が言っているのは、「民主党は、沖縄をはじめとする関係住民の負担軽減に全力をあげるとともに、地元の理解を得つつ、在日米軍再編に関する日米合意を着実に実施するという苦渋の決断をしたが、このような沖縄を突き放した対応は、却って事態の進展を遅らせるものと危惧している」「沖縄の負担軽減と日米同盟の着実な深化を円滑に進めるためにも、政府がより沖縄県民の心に寄り添った姿勢を示すことを強く求める」ということである。ようするに、この枝野という人は、私だったら、会った上で同じことをもっとうまくやるといっているのである。私たちは「苦渋の決断」をした経験があるので、うまくやれるといっているのである。なぜ、そういうことができるかということの根拠を語らない。信じられない主観的発言である。こういう発言が仮にも政党の幹事長からでるということとは考えられない。「事態の進展を遅らせ」ないために、「日米同盟の着実な深化を円滑に進める」という姿勢、これはようするに、私は、現在の安倍内閣と同じ考え方であるが、私ならばもっとうまくやるということではないのか。」
 
「何という政党であるか。民主党が安保条約を維持しようということは、民主党の政策であろう。「日米同盟の着実な深化」というのも考え方としてはありうるであろう。ただ、辺野古の新基地建設で問題となっているのは、軍事同盟をイラク・中近東まで広げようということであって、これは従来の安保の考え方とは違うことである。そこをどう考えるのか、この政党は何を考えているのか。こういうように政策を考えるから、辺野古は、こういう形で沖縄県と相談できるという話しをしないと、何をいったことにもならない。」(保立道久の研究雑記 2015年3月25日

こうした「本土」の政党の不甲斐なさが安倍政権の慢心をさらに増長させている。だから、「中世の専制国家」さながらの野蛮な強引さで沖縄の民意を無視しても、そういうことなど歯牙にもかけない、ということになっているのではないか? だから、今回の安倍政権の増上慢の責任は同政権だけでなく、同政権をまっとうに批判することさえできない政党をも増長させる程度の選択をしてしまった私たち「本土」の有権者そのものにある、ともいえるでしょう。翻って考えてみれば、安倍政権の「野蛮政治」の責任は私たちというひとりひとりの「個」にあるのです。
 
沖縄在住の作家の目取真俊さんはヤマトゥあるいはヤマトンチュへの直諫として次のように言います。

このままでは「沖縄県民に政府への敵愾心と怒り、反ヤマトゥ感情を増幅させるだけ」

「沖縄県民の心情はどんどん悪化し、政府だけでなく日本全体への反発、離反意識が強まるでしょう」
 
少なくとも「本土」の市民としての私たちは沖縄の「日本全体への反発、離反意識が強まる」加担者となってはならないでしょう。「加担」は単に安倍政権を支持することだけを意味しないのです。
昨日のエントリの続きとして想田和弘さん(映画監督)と山崎雅弘さん(現代紛争史研究家)の古賀発言評価を記録しておきます(あくまでも昨日のエントリの続きというのが本日の記事の前提です。その前提を強調しておかなければならないのは、昨日述べた古賀発言を必要以上に買いかぶり、日本の政治のゆくえを総体として見ることができないカレント・デモクラティックの連中(いわゆる「反共左翼」家が多い。「反共」が主軸であるため現実の「右」的旋回に貢献する)の駄論、愚論がとどまらないからです。こうした連中の駄論、愚論を放置してきたことによってこの国はここまで右傾化してしまった。その二の舞を舞うことは私として許容することはできません)。

が、その前に3月28日付けのエントリでご紹介している高世仁さんの記事を再掲しておこうと思います。同記事で高世仁さんは本日のエントリのテーマに重なる問題として某テレビ局のあるニュース番組のスタッフの重要な証言を言論の自由に関わる重要な問題提起として紹介しています。

・きょうは、GALAC(ぎゃらく)という雑誌の座談会に呼ばれて新宿へ。この雑誌は、ギャラクシー賞を出しているNPO放送批評懇談会が発行するテレビとラジオの批評誌だ。座談会のテーマは「イスラム国」の日本人人質事件とテレビについてで、出席したのは共同通信の原田浩司、フリーでアフガンの米軍従軍取材で知られる横田徹、イラク戦争から現地を取材しつづける綿井健陽の各氏。私は、ジャーナリスト常岡浩介さんの私戦予備陰謀容疑でのガサ入れへの対応、常岡さんのテレビ出演時の政府批判封じ込め、旅券返納命令への屈服などの例をあげて、日本のテレビ局の姿勢はひどすぎると批判したが・・・仕事を干されてしまうかも。6月号に掲載予定なので、関心ある方は書店でごらんください。座談会のあと、司会の水島宏明さんも交えて近くの「塚田農場」で飲んだ。

水島さんは、かつて日本テレビ系の札幌テレビ(STV)の社員で、ロンドン、ベルリンの特派員やNTVで解説員までつとめ、2013年に退社して今は法政大学でジャーナリズムを教えている。5人でワイワイやっているうち、今のテレビ局、おかしいんじゃないか、という話題になった。そこで、先日、某テレビ局のあるニュース番組のスタッフに聞いた驚くべき話を披露した。去年7月1日、安倍内閣が集団的自衛権行使容認を決めた日のこと。いつものように、30人のスタッフを集めて打ち合わせがあった。そこで番組の責任者が「きょうは『街録』(街頭録音)はやらなくていい」と言ったという。消費税が増税されるとか、原発の再稼働が認可されたとか、重要な政策転換があれば、街頭インタビューで街の声を拾って放送するのは「定番」だから、これは異例の指示だった。一人のスタッフが質問した。「今日こそ街録が必要なんじゃないですか、なんでやらないんですか」。その責任者が放った答えはこうだ。「おれたち共産党じゃないよな」さらに、「街録で答えたヤツが共産党員でないか、証明できるのか?」その場にいたスタッフは沈黙したまま打ち合わせは終り、その日、集団的自衛権行使容認のニュースに、街録は流れなかったという。(高世仁の「諸悪莫作」日記 2015-03-20

本日の記者会見(6:45頃~)で菅官房長官は報ステの古賀発言について「事実無根だ」と全否定していますが、古賀さんが「菅官房長官が『とんでもない放送法違反だ』と裏で言っていると聞いています」と言っているのはおそらくほんとうのことでしょう。ここで古賀さんが「裏で」と言っているのは菅官房長官のオフレコ発言を指しているのだと思いますが、証明できないのがオフレコ発言の特徴です。だとすれば、裁判所でも検察でもない私たちは状況証拠から判断する以外ありませんが、古賀さんは数人の記者からそのオフレコ発言を聞いたと言っています。上記の高世仁さんが紹介する事例、また、昨年の総選挙直前の11月の政府の露骨なメディア介入の事例などなどと重ねあわせてもこの場合の発言の信憑性は古賀発言の方にあると見るのが常識的な判断というものだろうと私は思います。

さて、以下が想田和弘さんと山崎雅弘さんの古賀発言評価。

想田和弘Twitter(2015年3月30日)

【まとめ】
この発言自体が露骨な圧力ですよ。→菅長官、バッシング「事実無根だ」「当然、放送法という法律があるので、まずテレビ局がどういう風に対応されるかをしばらく見守りたい」 報ステでの発言に - 朝日新聞デジタル彼 のボスもそうだが、菅官房長官は自らに権力があることを自覚し自重するどころか、権力をちらつかせて反対者を黙らせることに躊躇がない。ヤクザと同じ。朝日バッシングに見られたように、マスコミも団結して横暴な権力と闘うどころか、同業他社を叩く好機とばかりに尻馬に乗るのだから始末におえぬ。権力を笠に着るタイプの人間に政治権力を与えては絶対にダメなんですよ。なぜなら権力は良い方に使えば効果も絶大だけど、悪用されたら破壊的な威力を発揮するので。だから権力の暴走を抑えるために三権分立や憲法や報道があるわけだが、それらも骨抜きにされっぱなしだからひとたまりもない。日本のデモクラシーがこれほど脆いものだったとはね。なかなか受け入れがたいけれど、もはや認めざるを得ない事実だと思う。





山崎 雅弘Twitter(2015年3月30日)

【まとめ】
古賀茂明が『報ステ』放送中・放送後のスタッフとのやりとりをすべて明かした!(リテラ)「放送から一夜明け、古賀氏が、彼に非常に近い新聞記者に語った内容を我々は独自ルートで入手した(古賀氏本人に確認したところ『ノーコメント』)」。テレビ朝日の報道局員「報道フロアはもう騒然となってましたよ。報道局幹部は、激怒してましたが、番組のスタッフや局員からは、よく本当のことを言ったという称賛の声や、普通のことを言っただけじゃないかという冷静な声、激論はあってもいい、面白い、視聴率が取れるといった様々な声が出てました」古賀茂明「(番組幹部W氏に)あなたは名前を出さないで裏でそういうふうに圧力かければすべて済むからいいですけど、僕は名前出してやっているんですよ、と。だからあなたも正々堂々と言えると思っているんだったら、名前を言っても何も困らないでしょうと言ったら、それは困ると」「私が黙っていたら、前にあったテレビ局への自民党からの圧力文書の時、テレビ局が何も抗議しなかったことと同じになってしまう。だから私は黙っているわけにはいかない。菅さんが脅してくるなら、私はそれを言いますからねと、だから申し訳ないけど私はああいうことを言わせてもらった」

テレビ業界の人は、局内の「非公式な放送コード」にすっかり順応してしまい、言論の自由への制約が以前より強まっても、もう疑問にも思わなくなっているのか。「他局もそうだから」みたいな、外部から見れば何を言ってるのかと思う理屈で、本来持ち続けるべき疑問を流してしまっているようにも見える。古賀氏が指摘しているように、昨年末の総選挙で自民党がテレビ各局に「与党批判するな」と恫喝した時、大手テレビ局は形式的な抗議文を出しただけで実質では完全に服従した。与党圧勝という予想を一斉に出して与党有利の流れを作り、政策の失敗は報道せず、テレビコメンテーターもその流れに追従した。古賀氏の行動について「テレビコメンテーターのあるべき姿」という小さい箱の中に論点を押し込み「コメンテーターとしては失格」と切り捨てて幕引きにする光景を見ると、言論の自由はこうして社会から失われていくのかと改めて思う。言論の不自由を否認することで、それは論点から徹底的に除外される。



「政府のテレビ局への圧力」という民主主義の根幹に関わる問題に一切触れず、古賀氏の人格問題に矮小化して袋叩きにする動きの中に、テレビ業界人の姿もあるのが異様だと思います。古賀氏を見せしめとして潰す前例を作ることは、自分達の足枷をさらに大きくするはずですが。古賀氏の件で不思議なのは、テレビ業界人やテレビコメンテーターの中に「自分は政権批判NGなんて一度も言われたことがない」「だから今まで安倍政権を批判したし、今後もする。NGと言われても従わない」とコメントする人が見当たらないこと。政府の圧力が古賀氏の妄想なら、こう明確に言えばいい。たった一人のテレビ出演者が、水面の下に隠れていた「言論の不自由」を水面の上に出すだけで、慌てふためいてそれを手で覆い、出した人間を袋叩きにする。対米従属の否認、言論の不自由の否認、男女不平等の否認、汚染水海洋漏洩の否認など、社会の中で「無いこと」にされる現実がどんどん増えている。















3月27日放送の「報道ステーション」であった古賀茂明さんの番組降板を巡っての同氏と古舘伊知郎さんのバトルについて同番組での古賀発言を必要以上に買いかぶるある種のムーブのようなものがあって、そのいかにも軽々としたカレント・デモクラティック(もちろん、真の「デモクラティック」とは無縁です)に苦々しいものを感じていたところ、kojitakenさんが私とほぼ同様の違和感を述べていてやや気保養しました。
 
古賀茂明が古舘伊知郎と安倍政権・テレ朝上層部との妥協を告発
(kojitakenの日記 2015-03-29)
 
上記記事に見るkojitakenさんの「古賀茂明も古舘伊知郎も、『報道ステーション』という番組も基本的に買っていない」という認識、「古賀はすさまじい新自由主義者」という認識、同番組の前コメンテーターの加藤千洋さんの評価についてもほぼ私の認識、評価と同じです。ただ、kojitakenさんは古賀茂明さんについて「すさまじい新自由主義者」という認識しか示していませんが、私は古賀さんの「脱原発」の姿勢についてもまがいものであるという認識を持っています。そのことについてはこちらの記事ほかで何度も書いています。さらに古賀さんがただ「元経産省官僚」というブランドだけで専門外のことをしたり顔で解説する(雑談ならともかく誠実な人はこういうことはしないでしょう)姿勢についても大きな違和感を持っています(これは内実よりもブランドを重用するメディアの責任でもありますが)。
 
しかし、そうした私の古賀茂明評価があるとしても、これもkojitakenさんも言っていることですが、古賀さんの「昨今の "I am not ABE." の発言」や「古賀外しには『古舘プロダクションの佐藤会長』とかいう人間が一枚噛んでいること」を暴露した点、すなわち、安倍政権とテレビ朝日の上層部との間に「妥協」があったことをナマの報道番組を通じてはじめて暴露した点については「古賀の暴露ぶりは、テレビで見ていてみっともなさを感じるパフォーマンス」だったとしてもおおいに評価してよいことだと思っています。
 
さて、これだけ私流の古賀茂明批判をしておけば、下記の山崎雅弘さん(現代紛争史研究家)と加藤典洋さん(文芸評論家)の古賀茂明評価を紹介しても誤解はされないでしょう。

以下、山崎雅弘さんと加藤典洋さんの3月27日放送の「報ステ」における古賀発言評価。
 
山崎 雅弘Twitter(2015年3月28日)から。
 
昨晩の『報道ステーション』での古賀茂明氏の行動については賛否があるが、一般には水面下に隠されている「大手テレビ局に対する政府からの圧力」が、今のこの国で存在することを、水面の上に出して可視化したという意味で、公益にかなう行動だったと思う。それを番組内で言った出演者は、他にいない。メディアの業界人を含め、国民は「おかしいと思ったことは、口に出して言わなくてはならない」という発言も、公益にかなう行動だったと思う。しかし「テレビ朝日の早川会長」は既出として「プロダクションの佐藤会長のご意向で」というのは初めて出た名前で驚いた。古館氏は動揺していた。森永卓郎氏もラジオで指摘していたが、メディアの翼賛体制に異を唱える声明に、大手メディアによく出演する「有名なコメンテーター」はほとんど誰も賛同していない。翼賛体制に異を唱えない。政府批判を控え萎縮するメディアの流れに疑問を感じない人は、大手メディアに今後も使ってもらえる
 
民主主義の原理原則に反した行動を政府が行えば、テレビの生放送ニュース番組等で、永田町や霞ヶ関の予想しない形で「ハプニング」が起きるのは、メディアの健全性がかろうじて残っている証しだと思う。ロシアのクリミア併合が行われた時も、RT英語放送のアナウンサーが生放送中に抗議して辞職した。政府がテレビ放送局に「政権批判するな」との圧力をかけ、テレビ放送局の上層部がそれに迎合して、政権批判を行った社員や外部出演者に制裁を加えるというのは、独裁国家など非民主主義国によく見られる特徴だが、日本は「そういう国ではない」と信じられてきた。現実は水面下で確実に変わりつつある
 
「今日はJ(大手芸能プロ)やD(外資系エンタメ産業)の批判はNGでお願いします」という検閲を「わかりました」と日常的に受容する「テレビ出演者」は、「今日は政権批判もNGでお願いします」と言われても、抵抗感なく受容できるのかもしれない。両者の意味は決定的に違うが、違いを認識しない。昨年12月19日付東京新聞への寄稿文でも書いたが、社会が権力を持つ一部の人間によって「国民の合意(民主主義)とは違う方向に作り替えられる」時、何もせず沈黙し傍観するのは「中立」でも「第三者」でもない。変化の流れに加担する群衆になる。民主主義に大した価値を置かない人や、実質でなく形式で物事を捉え考えるタイプの人には、古賀茂明氏の行動は「番組を降ろされた個人的恨みの発露」にしか見えないかもしれない。以前なら首相や閣僚が辞任を強いられた状況でも今はそうならないのはなぜかという、より重要な問題の根源に目を向けない。
 
昨晩の『報道ステーション』で、古氏は「ニュースとは関係の無い話になった」ことを視聴者に対して「詫び」ていたが、今日どこで何があったという具体的情報伝達だけが「ニュース」だと思っているなら、この番組に未来は無いと思う。「テレビ局の変質」自体、視聴者にとっては重要なニュースだろう。
 
【古賀茂明生放送で暴露】古伊知郎と激論動画(報道ステーション)(NAVAR)

あらゆる出来事と同様、昨晩の『報道ステーション』の意味や価値も、今すぐ評価できるのは全体の一部でしかない。全体の意味は、何年も経った後で初めて明らかになる。古賀茂明氏の件に限らず、政治的な意志表示をする人間に対して、その主張内容の是非に触れることを避けつつ、意志表示の手段や形式的瑕疵、発言者の人格問題に論点をすり替えるパターンは多い。社会の「形式」を管理統制することに長けた人々から見れば、こうした思考パターンは自分たちの味方だろう。
 
報道ステーション:古舘キャスターと古賀氏のやりとりは…(毎日)これは予想外の展開。毎日新聞が、古賀氏と古氏の番組内でのやりとりを正確に書き起こして、番組を観ていない読者に「判断材料」として提示している。これもジャーナリズムの仕事。古賀茂明氏は、番組の中で「菅官房長官がテレビ局に圧力をかけている」と述べていたが、現職の官房長官がテレビ局に直接圧力をかけて報道統制を行っているのが事実なら、民主主義国の根幹が既に崩れていることになる。記者は国民の「知る権利」に応えて、会見で官房長官に問いただす必要があるだろう。
 
加藤典洋Twitter(2015年3月28日)から。
 
報道ステーション面白い。たまたま見ました。古賀さん、まとも。一人しっかりした人がいると、朝ナマなんていうのも真っ青だね。ガンジーのフリップ、素晴らしいです。古賀さんのテレビの遺言だが、反テレビの産声にも聞こえた。
 
4.古賀「何もなくプラカを出せばただの馬鹿ですが、官邸が個人攻撃をしてきているんです。菅官房長官が、名前を出さず、私を批判してきています。『とんでもない放送法違反だ』と裏で言っていると聞いています。それは大変なこと。免許取消もあるという脅しですから」@iwakamiyasumi4.古賀「何もなくプラカを出せばただの馬鹿ですが、官邸が個人攻撃をしてきているんです。菅官房長官が、名前を出さず、私を批判してきています。『とんでもない放送法違反だ』と裏で言っていると聞いています。それは大変なこと。免許取消もあるという脅しですから」@iwakamiyasumi
 
1.これより、たった今行われた「報道ステーションの出演を終えたばかりの元経産官僚・古賀茂明氏への緊急インタビュー(聞き手:岩上安身)」の様子を報告します。@iwakamiyasumi1.これより、たった今行われた「報道ステーションの出演を終えたばかりの元経産官僚・古賀茂明氏への緊急インタビュー(聞き手:岩上安身)」の様子を報告します。@iwakamiyasumi
 
2.岩上「報道ステーション、最初にアドリブで降板に至った経緯を話したところで止められましたね」。古賀「官邸に抗議することが今回の目的でした。古舘さんは私に『何もできずすみません』と言っていたのであれくらいいいかと思いましたが、古舘さんには立場がある」@iwakamiyasumi
 
3.古賀「古舘さんとはとても仲良くしていただいていたので、止められて、非常に驚きました。だから『言っていることと違うじゃないか』と言わせていただいた。『I AM NOT ABE』のプラカードを出し、『なぜあそこまでするか』と思う人も多かったでしょう」@iwakamiyasumi
 
5.古賀「脅されて、常に不安を持ちながらも『黙ってはいけない』ということで、無理矢理、自分を追い詰めていました。ガンジーが言っていたように『1人騒いでも社会は変わらない。大人になろうと思って何も言わなくなったら、自分が変えられたことになってしまう』」@iwakamiyasumi
 
6.古賀「僕はいつもそう強く思っているので、攻撃されて黙るのではなく、言われたら言いたいことをどんどん言うつもりでやっています。テレ朝には申し訳なかったですが、私がいきなり言ったので、誰の責任にもなりません」@iwakamiyasumi
 
7.古賀「最初『I AM NOT ABE』のときは事前にやるとスタッフに言っちゃったんです。あとで(上から)言われてしまったようなので、今回は内緒でいきました。僕としては最大限気を使ったつもりですが、突然ですから裏切りだと思う人もいると思います」@iwakamiyasumi
 
8.古賀「今日は番組後に、報道局長をはじめガンガンガンガン言われました。あんなニュースと関係ないこと言うのはおかしい、事前に言ってくれないのもおかしい、と。でも僕は、話す内容を打ち合わせること自体が変だと思っています」@iwakamiyasumi
 
9.古賀「彼らは『そんなこと突然言われても世の中の人は何もわからない』といいます。わからなくてもいい。日本の報道がどうなっているかの議論のきっかけになればいいし、私物化というが、僕は自分の利益でやっているわけではないんです。利益を考えればやりません」@iwakamiyasumi
 
10.古賀「官邸や政府はマスコミをどう押さえるかに力を入れています。僕達数少ない人間が戦う場を与えられれば活用します。しなければ、日本がとんでもないことになる。『変な人だ』という人もいると思う。でも、普通の人はまだ危機的状況がわかっていないと思う」@iwakamiyasumi
 
11.古賀「政権が圧力かけるのは日常茶飯事です。私ももともと経産官僚なので。今行われているのは、『計画的にどう報道を抑えていくか』ということです。官邸の偉い人とご飯を食べて、審議会にどうこう言われれば、みんな(報道姿勢が)変わるそうです」@iwakamiyasumi
 
12.岩上「今後、古賀さんはどうしていくのでしょう」。古賀「これで東京でのキー局出演は当分ありえません。でも、これで自由にもなったので、いろいろやっていきたい。今後は『フォーラム4』をやっていきたいと思います。サイトがあるので検索してください」@iwakamiyasumi
 
いまIWJの古賀さんの活字実況を読んだところ。この人はいい。昔、フランスでインテリの出てくる討論番組をテレビで見ていたら、途中、大げんかになって一人スタジオから出ていった。でもちょっと話題になったくらいだった。そうでなきゃ。テレビってもともとそういうメディアだったんじゃないのか
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本ブログの「今日の言葉」の2015年3月13日から3月27日までの記録のその2(「福島」「原発」「貧困」「回顧」編。既出記事は除く)です。

・ドイツの公共放送ZDF「
原子力エネルギーのカムバック」日本をはじめ世界各国の「原子力ロビー」の暗躍がテーマで、首相が「原子力産業の代理商」に成り下がっている現実をストレートに報道している。日本の安倍晋三首相が「原子力産業のセールスマン」で、「陰に潜むビッグプレーヤーが東芝、日立、三菱」だという指摘は、単に現在進行中の事実を事実として報じているだけだが、日本の大手メディアはそんな程度の「事実の指摘」すら行えない。ドイツの公共放送ZDFは、日本政府と原子力産業を「情報隠蔽と改竄の常習犯」と見なした上で、「これまでの路線を変えないまま、日本が核技術を輸出することに不安を覚える」と指摘している。「なぜなら、海外で違う態度をとるとは思えない」/原発推進へ国民分断、メディア懐柔 これが世論対策マニュアル(赤旗、2011年7月2日)「原発『世論対策マニュアル』をつくった日本原子力文化振興財団の活動費の3~4割は税金」「同財団の理事には八木誠関西電力社長のほか清水正孝東京電力社長(当時)、玉川寿夫民間放送連盟常勤顧問、加藤進住友商事社長、庄山悦彦日立製作所相談役、佃和夫三菱重工会長、西田厚聡東芝会長、林田英治鉄鋼連盟会長など」「文科系は数字をありがたがる」「良識的コメンテーターの養成」「テレビディレクターに知恵を注入」東芝、日立、三菱、民放連など。原子力PA*方策の考え方(PDF)驚くのは、マスコミ向け対応策を指南した「原子力PA方策委員会」の委員長が、中村政雄読売新聞社論説委員という事実。報道人が「情報操作の手引き」をしている。「数名からなるロビーをつくり、コメンテーターの養成に努める」「特定のテレビ局をシンパにするだけでも大きい意味がある」「広報担当官は、マスコミ関係者と個人的つながりを深めておく。人間だから、つながりが深くなれば、当然、ある程度配慮し合うようになる」「日頃から、役立つ情報をできるだけ早く、かつまた、積極的に提供しておく。それが信頼関係を築く。記者にとってはありがたい存在になる」「平生から、特に社会部の記者とのつながりを深めておくことが大切である」時間をかけて「大手マスコミ関係者」を「飼い慣らしていく手口」が、赤裸々に解説されていて興味深い。(山崎 雅弘Twitter 2015年3月15日

干刈あがたの作品をぼくは読んだことがない。しかし、60年安保のとき、高校2年生だった彼女もまたデモに参加している。樺美智子の死に衝撃を受けたという。早稲田大学を中退、雑誌のライターをしながら、結婚し、2児の母となった。そして島尾敏雄のアドバイスで、奄美などの島唄を採集しはじめたという。1982年、「樹下の家族」で『海燕』新人文学賞を受賞、その後、「ウホッホ探検隊」や「ゆっくり東京女子マラソン」などの小説を書き、1992年5月に亡くなった。著者はこう書いている。〈彼らが嫌った『偽モノ』とは、まさに復興期の社会意識(民主主義)と成長期の社会意識(消費主義)の節操なき混交のうちにあった。それは、相手に応じてナショナリズム(反米)にもデモクラシー(反岸)にも化け、いつの間にか『所得倍増』のキャンペーンに同調していった。このキマイラのような〈社会意識〉が醸し出す臭気に、彼らは反撥した。この一点において、山口二也ファイティング原田加賀まりこと干刈あがたを同列に論じることができると私は思った。そして、たぶん、そうした乱暴な世代論が成立する年は、この前にも後にもないような気がしている〉よくわからない。若者がたたかい、傷つき、立ち直って、また傷ついていたことはたしかである。若者もいつしか年をとる。しかし、たたかいは死ぬまで終わらないだろう。(海神日和 2015-03-15

・「福島にどう関わるか」。復興業界では「支援」という言葉が使われますので、「福島をどう支援するか」と言い換えてもいいです。必ず、この「善意」が絡んでくるから、そう簡単に拒否したり批判できなかったりもする。その結果、一方では、自らの「善意」を信じて疑わないけれど、実際はただの迷惑になっている「滑った善意」を持つ人の「善意の暴走」が起こり、問題が温存される。多大な迷惑を被る人が出てくる。他方では、本当に良識ある人が「的を射た善意」も持つのに、気を使いすぎる結果、タブー化された「言葉の空白地帯」が生まれて、そこについて皆が語るのをやめ、正しい認識をだれも持つことができなくなる。迷惑が放置される。この「善意のジレンマ」とでも呼ぶべき、「滑った善意」と「的を射た善意」という逆方向に向かう二つの矢印がすれ違う。結果、「悪貨が良貨を駆逐するように、「滑った善意」だらけになって「迷惑」が放置され、状況が膠着する。この状況を抜け出す際に意識すべきことは一つだけです。「迷惑をかけない」ということです。これが「「福島へのありがた迷惑12箇条」だ!(略)典型的な「ありがた迷惑」から、事例を交えて、見ていきましょう。1.勝手に「福島は危険だ」ということにする(略)2.勝手に「福島の人は怯え苦しんでる」ことにする3.勝手にチェルノブイリやら広島、長崎、水俣や沖縄やらに重ね合わせて、「同じ未来が待っている」的な適当な予言してドヤ顔(略)4.怪しいソースから聞きかじった浅知恵で、「チェルノブイリではこうだった」「こういう食べ物はだめだ」と忠告・説教してくる(略)5.多少福島行ったことあるとか知り合いがいるとか程度の聞きかじりで、「福島はこうなんです」と演説始める(略)6.勝手に福島を犠牲者として憐憫の情を向けて、悦に入る(略)7.「福島に住み続けざるを得ない」とか「なぜ福島に住み続けるのか」とか言っちゃう(略)8.シンポジウムの質疑などで身の上話や「オレの思想・教養」大披露を始める(略)9.「福島の人は立ち上がるべきだ」とウエメセ意識高い系説教(略)10.外から乗り込んできて福島を脱原発運動の象徴、神聖な場所にしようとする(略)11.外から乗り込んでくることもなく福島を被曝回避運動の象徴、神聖な場所にしようとする(略)12.原発、放射線で「こっちの味方か? 敵か?」と踏み絵質問して、隙を見せればドヤ顔で説教(
開沼博 2015年2月28日

原発メーカー訴訟弁護団の主張の根本的な誤り。島弁護士から3月17日に「配達証明」で送付されてきた「ご通知」をめぐってのメールを公開します。これによって原発メーカー訴訟弁護団が元事務局長の崔勝久の代理人辞任届けを裁判所に提出することを再度明らかにしています。私はこのメールの中で弁護団が主張する代理人辞任の主張に根本的な問題があることを明らかにしました。1.原発メーカー訴訟においては原告と弁護団の間で書類による委任契約は締結されていない。2.あるのは裁判所に提出した訴訟委任状だけで、そこでは原告が弁護士を訴訟代理人として選任することを明記している。3.従って原告を信頼できないというのであれば、選任された弁護士がとる行動は原告の代理人辞任ではなく、自らこの訴訟の代理人を降りることである。4.島弁護士のこの間の言動は、原告団(=「訴訟の会」)に対する不当な介入であり懲戒請求に値することは明らかであるが、メーカー訴訟に全力を尽くすのであれば、新事務局と無条件での話し合いに応じ、これからの裁判の進め方について真摯に議論すべきである。5.弁護団がそれでも崔勝久の代理人辞任を強行すれば、弁護団を解任すると意思表示する原告が多く存在し、裁判の遅延につながる。弁護団は裁判の遅延につながる行為をすべきではない。(オクロス 2015年3月25日
 

さくら  

本ブログの「今日の言葉」の2015年3月13日から3月27日までの記録のその1(「安倍批判」編。既出記事は除く)です。

・ドイツの
メルケル首相の訪日に続いてミシェル夫人が来日した。これは偶然なのだろうか。事前に両者に何らかの通底があったのかどうかは不明だが、この二人にはある問題に関する共通の関心事がある。(略)メルケル首相は会見の場をわざわざかねてより従軍慰安婦問題に積極的に取り組んできた朝日新聞社に設定し、暗に従軍慰安婦問題に関心のあることを示した。そしてドイツが戦後自からの非を認めたことを引き合いに日本(というより(略)安倍政権)に加害者側としての意識が低いということを遠回しに非難している(略)。メルケル首相に続いて昨日来日したミッシェル夫人は日本嫌いとの風評がある。(略)だが私はミッシェル夫人は日本嫌いだとは思わない。(略)ミッシェル夫人は日本が嫌いなのではなく、安倍が嫌いなのである。メルケル首相同様、彼女にとって女性の問題には当然敏感であり、安倍がうやむやにしょうとしている従軍慰安婦問題は見過ごせない”女性の人権蹂躙問題”なのである。私はこの従軍慰安婦問題に関しては、軍が関与していたか、していなかったかというそんなことは枝葉末節な問題でありどうでもいいと思っている。植民地の女性を日本軍人が慰安婦として徴用したこと。それが問題なのであり、軍がどうした民間がこうした、などはどうでもよいことだ。(略)海外ではこの従軍慰安婦問題が象徴する安倍は、女性の人権を無視する先進国唯一のリーダーだとレッテルを貼られていることを(日本のメデイアが報じないため)案外日本人は気がついていない。またこのことも井の中の蛙である日本人はとんと気づいていないが、この問題を軸に日本(安倍)は先進国の女性リーダートライアングル、メルケル首相、ミッシェル夫人、そして朴 槿惠に包囲されているのである。このすぐれて女性の人権問題である従軍慰安婦問題を棚上げしょうとする安倍の新たなキャッチフレーズが”女性が輝く社会”というのは口先三寸男の面目躍如であり、おそらく女性リーダートライアングルはこのことをしてさらに安倍を最低男と思っているのではないか。(略)私は戦後70年幾多の宰相を見てきているが写真家の観点から各時代の宰相にはそれぞれに男の度量と色気というものが感じられた。だが安倍にはこれがない。私の安倍嫌いの一因はここにもある。(藤原新也 2015/03/19
 
・きょうは、
GALAC(ぎゃらく)という雑誌の座談会に呼ばれて新宿へ。この雑誌は、ギャラクシー賞を出しているNPO放送批評懇談会が発行するテレビとラジオの批評誌だ。座談会のテーマは「イスラム国」の日本人人質事件とテレビについてで、出席したのは共同通信の原田浩司、フリーでアフガンの米軍従軍取材で知られる横田徹、イラク戦争から現地を取材しつづける綿井健陽の各氏。私は、ジャーナリスト常岡浩介さんの私戦予備陰謀容疑でのガサ入れへの対応、常岡さんのテレビ出演時の政府批判封じ込め、旅券返納命令への屈服などの例をあげて、日本のテレビ局の姿勢はひどすぎると批判したが・・・仕事を干されてしまうかも。6月号に掲載予定なので、関心ある方は書店でごらんください。座談会のあと、司会の水島宏明さんも交えて近くの「塚田農場」で飲んだ。水島さんは、かつて日本テレビ系の札幌テレビ(STV)の社員で、ロンドン、ベルリンの特派員やNTVで解説員までつとめ、2013年に退社して今は法政大学でジャーナリズムを教えている。5人でワイワイやっているうち、今のテレビ局、おかしいんじゃないか、という話題になった。そこで、先日、某テレビ局のあるニュース番組のスタッフに聞いた驚くべき話を披露した。去年7月1日、安倍内閣が集団的自衛権行使容認を決めた日のこと。いつものように、30人のスタッフを集めて打ち合わせがあった。そこで番組の責任者が「きょうは『街録』(街頭録音)はやらなくていい」と言ったという。消費税が増税されるとか、原発の再稼働が認可されたとか、重要な政策転換があれば、街頭インタビューで街の声を拾って放送するのは「定番」だから、これは異例の指示だった。一人のスタッフが質問した。「今日こそ街録が必要なんじゃないですか、なんでやらないんですか」。その責任者が放った答えはこうだ。「おれたち共産党じゃないよな」さらに、「街録で答えたヤツが共産党員でないか、証明できるのか?」その場にいたスタッフは沈黙したまま打ち合わせは終り、その日、集団的自衛権行使容認のニュースに、街録は流れなかったという。(高世仁の「諸悪莫作」日記 2015-03-20

・自民・公明両党は「安保法制」をめぐり、他国軍の戦争を支援する「海外武力行使法」の骨格を決めたその内容の恐ろしさに身がすくむ。まずはパートナーを組む米軍を、切れ目なく支援するため、あらゆる事態に備え、地球の裏側まで自衛隊の海外派兵を可能にする体制づくりだ。時の政府が「我が国の存立を脅かす」などと判断すれば、米軍が起こした先制攻撃にも、自衛隊の参戦が現実となる。さらに自衛隊の派兵恒久法を新設し、弾薬や燃料の補給・輸送などでの後方支援、「戦地」においては捜索救助活動に、いつでも従事させるという。武器使用についても範囲を拡大し、現場レベルで反撃に加われるようにする。これらの実施に当たっては、事前の国会承認がなくとも可能というから恐ろしくなる。「戦力を持たず交戦権を認めない」憲法9条2項はズタズタにされた。衆議院・自公両党での絶対安定多数をいいことに、国会審議も経ずに日米両政府は防衛協力のガイドライン再改定に、この「安保法制」を盛り込み、合意を先取りしてしまう肚だ。国民無視も極まる。そして5月中旬に法案を国会提出し一挙可決に走るという。とりわけ公明党の責任は大きい。ちっとも「歯止め」などかかっていない。ズルズル「戦争する国」へと、安倍首相の狙いについてゆく<下駄のユキ>になっただけではないか。23日から自公両党・幹事長が中国訪問。二人の会話も和気藹々だろう。(Daily JCJ【今週の風考計】2015年03月22日

・安倍総理は、ついつい本音というか、普段、口にしているからでしょう、自衛隊のことを「我が軍」と呼びました。3月20日、参議院の
予算委員会での出来事です。やっぱり自衛隊は軍隊なんですね。しかも「我が」軍というのは、私たちのという意味ではなく、安倍総理の場合には文字通り「私の軍隊」という意味です。安倍総理は、軍事大国化を目指していますが、その動機は極めて幼稚です。軍国少年がそのまま大人になっただけの安倍総理ですが、思考は極めて幼稚のままです。安倍政権の中でも安倍総理に逆らうととんでもない処遇が待っている、だから安倍総理には誰も何も言えないという極めて異常な政権。言うべきことも言えないということになれば、もはや権力への歯止めがなくなったのと同じこと。暴走がますます加速します。周囲がご機嫌取りになれば独裁体制そのものに直結します。(略)そして、辺野古移設に反対する沖縄県知事に対する冷遇です。(略)自分に反対するものに対しては一切、その声を聞くことなく、力で叩き潰そうとする暴力剥き出しの政権こそが安倍総理なのです。このような安倍総理だからこそ、自衛隊は軍隊であり、しかも自分の軍隊なのです。最高司令官としての安倍総理であり、自分の軍隊、だから「我が軍」なのです。単なる言い間違いレベルの話でありえません。安倍総理の本音なのです。(略)こういう人が今の日本の舵取りをしているということの意味を冷静になって考えましょう。(弁護士 猪野亨のブログ 2015/03/25

・安倍晋三首相は、三月二〇日の参院予算委員会で、自衛隊を「わが軍」と発言した! すでに壊憲は済んだかのような危険な発言であり、強く批判し撤回を求めなくてはならない。国会中継など見ている余裕はないので、私はこの事実を昨日のテレビのニュースで見ただけある。この発言を誘発させた質問者が共産党の議員ではなかったので、明日の「赤旗」はどういう扱いになるのかと心配した(維新の党の真山勇一氏だった)。そして、今朝の「赤旗」は何とわずか一九行のベタ記事! 質問者の氏名も書いてない。他方、「
東京新聞」は紙面四分の一の大きな記事。昨日ははっきり認識しなかったが、問題発言は二〇日だと知った。二〇日のテレビニュースで報道があったかどうかは分からないが、この記事によると「ようやく二四日に民主党の細野豪志氏が」取り上げたという。この記事で、水島朝穂氏が「八紘一宇発言にしても、野党もやじ一つとばさないし、追及が甘くなっている」とコメントしている。危険な動向に機敏に対応する必要性を痛感するとともに、他党の議員が絡むと小さく扱うセクト主義を早急に克服しなくてはならない。(村岡到 2015年3月25日
 

・自衛隊人権裁判弁護団の
佐藤博文弁護士の話:自衛隊は、遺書の返還を求めた隊員に「単に自己の死亡のみに準備する遺書とは全く別物である」と書面で答えている。要するに「国のため」「公務として」死ぬのだ、と強要している。隊員の多くが疑問に感じているのは当然だ。未成年の新入隊員にまで書かせている。憲法を無視して海外で戦争する軍隊を持つとはこういうことだ。
どらやき 
京都の和菓子専門店笹屋伊織の筒状のどら焼を輪切りにしたもの

内田樹さんが自身のツイッターに朝日新聞3月26日付掲載の高橋源一郎の論壇時評を評価するある人のツイートをリツイート(2015年3月26日)しています。

以下は、その内田樹さんのリツイートを読んでの「今日の言葉」としての私の感想。

高橋源一郎が「菅原文太の知性」を取り上げようとして書いた朝日新聞論壇時評の冒頭に置いたのは「高校2年の夏休み、8月6日を広島で過ごそうと友人と神戸からヒッチハイクをした」高橋を「なにしとんじゃ?」と誰何した若いヤクザは本人の弁では親の稼業を継ぐため慶応の大学院を中退したスタンダールを研究していたインテリだった、というエピソード。高橋は菅原文太の出世作となった「仁義なき戦い」と「知性」を関連づけようとして冒頭に上記のエピソードを置いたのでしょうが、冒頭のエピソードはヤクザについても「知性」についてもなにも象徴していないという意味で陳腐です。安物の三文小説の書き出しそのもの。「知性」のない書き出しで「知性」を関連づけようとしても無理というものでしょう。第一、「仁義なき戦い」にほとばしる知性は監督深作欣二の才能。菅原文太の「知性」ではありません。この程度のこともわからずに高橋源一郎の論壇時評の論を誉めるツイートをリツイートする内田樹の「知性」も残念ながらたかが知れているということにならざるをえないでしょう。天皇の言葉を「天皇陛下のお言葉」と呼ぶツイートを違和感もなくリツイートする人にふさわしい「知性」というべきか。

なお、内田樹さんは、この3月に晶文社から『日本の反知性主義』という本を出版していますが、以下、「内田樹の研究室」ブログと晶文社のホームページから同書の目次兼共著者一覧と前書き部分を引用しておきます。
 
反知性主義者たちの肖像 内田樹
反知性主義、その世界的文脈と日本的特徴 白井聡
「反知性主義」について書くことが、なんだか「反知性主義」っぽくてイヤだな、と思ったので、じゃあなにについて書けばいいのだろう、と思って書いたこと 高橋源一郎
どんな兵器よりも破壊的なもの 赤坂真理
戦後70年の自虐と自慢 平川克美
いま日本で進行している階級的分断について 小田嶋隆
身体を通した直観知を 名越康文×内田樹
体験的「反知性主義」論 想田和弘
科学の進歩にともなう「反知性主義」 仲野徹
「摩擦」の意味──知性的であるということについて 鷲田清一
 
 
『日本の反知性主義』は3月刊行予定。編者として「まえがき」を書いたので、それを掲載しておきます。

どういう趣旨の本なのか、その緊急性は何か、それをぜひご理解ください。
 
編者のまえがき
 
みなさん、こんにちは。内田樹です。
 
本書、『日本の反知性主義』は昨年の『街場の憂国会議』に続いて、私がその見識を高く評価する書き手の方々に寄稿を依頼して編んだアンソロジーです。本書の企図が何であるかは昨夏に発送した寄稿依頼の書面に明らかにされております。それを再掲して、本書編纂の意図を示しておきたいと思います。まずそれをお読みください。
 
私たちは先に晶文社から『街場の憂国会議』を刊行しました。これは特定秘密保護法の国会審議においてあらわになった立憲政治、民主制の危機について、できるだけ多様な視点からその文脈と意味を考察しようとした試みでした。不肖内田がその編著者を拝命いたしましたが、多くのすぐれた書き手の方に集まって頂き、発行部数も予想以上の数字に達しました(ほんとうはこういう「危機に警鐘を」的な書物が売れるというのは、市民にとっては少しもうれしいことではないのですが・・・)
 
しかし、さまざまな市民レベルからの抵抗や批判の甲斐もなく、安倍政権による民主制空洞化の動きはその後も着実に進行しており、集団的自衛権の行使容認、学校教育法の改定など、次々と「成果」を挙げています。
 
しかし、あきらかに国民主権を蝕み、平和国家を危機に導くはずのこれらの政策に国民の40%以上が今でも「支持」を与えています。長期的に見れば自己利益を損なうことが確実な政策を国民がどうして支持することができるのか、正直に言って私にはその理由がよく理解できません。
 
これは先の戦争のとき、知性的にも倫理的にも信頼しがたい戦争指導部に人々が国の運命を託したのと同じく、国民の知性が(とりわけ歴史的なものの見方が)総体として不調になっているからでしょうか。それとも、私たちには理解しがたい、私たちがまだ見たことのない種類の構造的な変化が起りつつあることの徴候なのでしょうか。私たちにはこの問題を精査する責任があると思います。そして、この作業を、かつての京都学派に倣って、共同研究というかたちで進めることができれば、読者のみならず、私たち自身にとっても裨益するところが大きいのではないかと思いました。
 
今回の主題は「日本の反知性主義」です。ホーフスタッターの『アメリカの反知性主義』は植民地時代から説き起こして、アメリカ人の国民感情の底に絶えず伏流する、アメリカ人であることのアイデンティティとしての反知性主義を摘抉した名著でした。現代日本の反知性主義はそれとはかなり異質なもののような気がしますが、それでも為政者からメディアまで、ビジネスから大学まで、社会の根幹部分に反知性主義・反教養主義が深く食い入っていることは間違いありません。それはどのような歴史的要因によってもたらされたものなのか? 人々が知性の活動を停止させることによって得られる疾病利得があるとすればそれは何なのか? これについてのラディカルな分析には残念ながらまだほとんど手が着けられておりません。
 
今回も複数の書き手にそれぞれのお立場からの知見を伺いたいと思います。「日本の反知性主義」というトピックにどこかでかかわるものであれば、どのような書き方をされても結構です。どうぞ微志ご諒察の上、ご協力賜りますよう拝してお願い申し上げます。
  
依頼書は以上です。私が寄稿をお願いしたのは11名でしたが、うち9名がご寄稿下さいました(残念ながらご事情により寄稿して頂けなかったお二人も刊行の趣旨にはご賛同して下さいました)。寄稿者の職業は、ビジネスマン、哲学者、政治学者、コラムニスト、作家、ドキュメンタリー映画作家、生命科学者、精神科医、武道家と職種職能はさまざまです。どなたも政治について語ることや政治活動に従事することを主務としている方ではありませんし、特定の政治的党派や政治的立場をあきらかにしている方でもありません。それでも、全員がそれぞれの現場に毒性のつよい「反知性主義・反教養主義」がしみ込んできていることに警戒心を感じている点で変わりはないと思います。
 
この共同研究は、別に統一的な「解」をとりまとめることをめざすものではありません。ひとつの論件をできるだけ多面的に、多層的に、多声的に論じてみたいというのが編者の願いです。寄稿者のおひとり鷲田清一先生が引いてくれたエリオットの言葉にあるように、このアンソロジーのうちに「(相違が)多ければ多いほど(・・・)はじめて単に一種の闘争、嫉妬、恐怖のみが他のすべてを支配するという危険から脱却することが可能となる」という「摩擦」の原理に私も賛同の一票を投じたいと思うからです。
 
寄稿して下さったすべての書き手の方々と編集の労をとって下さった晶文社の安藤聡さんに編集者として心からの謝意と敬意を表したいと思います。ありがとうございました。
 
「そういえば、ずいぶん危機感をもって、『あんな本』を出したことがあったね」という思い出話をみんなで笑いながら話せる日が来ることを切望しております。
 
2015年2月 内田樹 
先日来日したメルケル首相の発言の真意について、産経や読売など日本ではレベルの低いあれこれの論争が繰り広げられていますが、同事象をあるひとりの元外交官とあるひとりのジャーナリスト、また、あるひとりの作家はどのように見ているか? 三者三様の論をご紹介させていただこうと思います。3人の論に共通しているのは「日本の歴史を否定する右翼ナショナリスト安倍晋三」(ニューヨーク・タイムズ社説 2013年1月2日)という認識。そして、その安倍という人間(「首相」云々以前の問題)の形容しがたい「反知性主義」への嫌悪感といってよいでしょう。
 
おひとり目の論は元外交官で政治学者の浅井基文さんの論。浅井さんはメルケル発言の真意について政治学の位相から論理的に非常に的確な論評をしています。また、ドイツ在住ジャーナリストの梶村太一郎さんはドイツのメディアがいかに安倍なる政権に失望しているかについて地の利を活かしてドイツのメディアに掲載された写真をふんだんに用いて見事に証明しています。また、藤原新也さんは独自のメルケル首相、ミッシェル夫人(ミシェル・オバマ)、朴槿恵大統領の女性リーダーによる安倍包囲網論を展開しています。もちろん、説得的です。以下、三者三様のメルケル発言論です。
 
メルケル発言と日中・日韓関係(浅井基文のページ 2015.03.23)
 
3月(9~10日)に来日したメルケル首相が、日独首脳会談後の記者会見(9日)、朝日新聞主催の講演会(同日)及び民主党の岡田代表との会談(10日)において、日本の歴史問題にかかわる発言を行ったことは非常に注目される出来事です。2007年に首相として初来日した際は歴史問題についてなんらの発言もしていません。なぜ、今回あえて歴史問題にかかわる発言を行ったのかを理解する上では、メルケル首相と中国及び韓国との緊密な交流を踏まえることが必要だと思います。
 
メルケルは首相就任以来、2006年、2007年、2008年、2010年(7月15~18日)、2012年(2月2~4日及び8月30~31日の2回)そして2014年(7月6~8日)と合計7回も中国を訪問しています。急速に台頭する中国のドイツ経済ひいては世界経済に対する重要性をメルケルが十二分に認識しているからこそのかくも頻繁な訪問であることは明らかでしょう。また、福島第一原発「事故」の警鐘に学んで脱原発に踏み切るメルケルの政治的洞察力・決断力は、21世紀国際政治経済における中国の決定的重要性をも深く認識していることが窺えると思います。
 
また、韓国の朴槿恵大統領とメルケル首相は、2000年10月にお互いに野党党首としてドイツで会見したのが最初で、メルケルが首相となってからは、2006年9月(メルケル首相執務室で)、2010年11月(メルケル首相がG20首脳会議で訪韓した際)、そして朴槿恵が大統領に就任してからは、2013年9月5日、ロシア・サンクトペテルブルクで開催されたG20首脳会議の席上で挨拶を交わし、翌6日にメルケル首相の提案で2国間首脳会談を行いました。この会談において朴槿恵大統領は、「(メルケルが)ダッハウ収容所追悼館を訪問して行った演説を、韓国の国民も感銘を受けながら聴いた。歴史の傷を治癒しようという努力がなければならず、度々傷に触れていては難しくなるのではと考える」と述べるとともに、「日本が歴史を眺めながら、未来志向的な関係を発展させることを希望する」と話したと報道されました(2013年9月7日付韓国・中央日報日本語版)。そして本年3月26~28日に、朴槿恵大統領はドイツを公式訪問して、26日にメルケルと首脳会談を行いました。
 
このように中韓両国首脳と緊密な関係を築いてきたメルケルが日本政治の動向に対する中韓両国の懸念・警戒の所在に無関心であるはずはありません。特に2014年7月の訪中及び本年3月の朴槿恵大統領の訪独に際して、中韓両国から安倍政権の歴史認識の危険性について認識を深めたことは容易に想像できることです。
 
私は、メルケルのこれらの発言が行われたときはちょうど、村山首相談話の会の訪中団の一員として中国に滞在していましたので、メルケル発言及びその含意に関する中国側の高い関心に直に触れる貴重な体験をしました。それだけに帰国後、日本のメディアの取り上げ方における反応の鈍さには唖然としました(安倍政権に対する遠慮が優先しているとしか考えられない)。しかし、メルケルがあえて安倍政権の歴史問題を取り上げたことは、この問題がもはや日本の国内問題あるいは日中・日韓間の二国間問題にとどまらず、東アジアひいては世界のこれからの方向性に重大な影響を与える問題となっていることを明確に示しています。
 
安倍首相としては、集団的自衛権行使によって対米軍事協力に全面的に踏み込むことを明確にすることにより、アメリカの歴史問題に関する対日姿勢を彼にとっての「許容範囲」内に押さえ込める、したがってメルケル発言については黙殺するという判断でしょう。しかし、反ファシズム戦争及び中国の抗日戦争勝利70周年、そして国連成立70周年の本年に、問題児・日本に対して行われたメルケル発言は、「井の中の蛙」である私たち日本人が感じているよりはるかに大きな国際的な意味合いを持つものとして受けとめられていると思います。8月15日の安倍首相談話に向けた攻防は、メルケル発言によって、安倍首相にとってハードルが一段引き上げられたことは間違いないと思います。以下においては、メルケル首相が行った歴史問題に関する発言を改めて確認しておきたいと思います。
 
1.3月9日の日独共同記者会見(出所:首相官邸WS)
 
メルケルが「ナチスとホロコーストは、我々が担わなければならない重い罪です」と述べたことは、「ナチス」を「日本軍国主義」、また、「ホロコースト」を「南京大虐殺」(中国)あるいは「植民地支配」(朝鮮半島)に読みかえることで、日本が「担わなければならない重い罪である」ことを承認することを言外に促していることはあまりにも明らかです。また、「この過去の総括というのは、やはり和解のための前提の一部分」と指摘したメルケルの発言は、歴史問題の総括をしない限り、日本が中国、韓国などとの和解を実現することはあり得ないという忠告であることも明々白々でしょう。
 
(質問)
  今年は、戦後70年の節目に当たります。日本もドイツも、第二次大戦の敗戦国というところでは共通しております。両国とも、周辺の国々との和解にこれまで取り組んできておりまして、ドイツが周辺の国々と和解に努力されてきたことは、日本人には広く知られております。現在、日本は中国それから韓国との間で、歴史認識などをめぐりまして対立点も残っております。ドイツの御経験、御教訓に照らして、日本が今後、中国や韓国とどのように関係を改善していったらいいのでしょうか。その辺のお考えをお聞かせください。
 
(メルケル首相)
  私は、日本に対して、アドバイスを申し上げるために参ったわけではありません。私には、戦後、ドイツが何をしたかということについて、お話することしかできません。戦後、ドイツではどのように過去の総括を行うのか、どのように恐ろしい所業に対応するのかについて、非常につっこんだ議論が行われてきました。ナチスとホロコーストは、我々が担わなければならない重い罪です。その意味で、この過去の総括というのは、やはり和解のための前提の一部分でした。一方で、和解には2つの側面があります。ドイツの場合は、例えばフランスが、第二次世界大戦後、ドイツに歩み寄る用意がありました。ですからEUがあるわけです。今日、EUがあるのは、こうした和解の仕事があったからですが、その背景として、ヨーロッパの人々は、数百年にわたって戦争を経験した後、一つになることを求めたという事実があります。本当に幸運なことに、我々は、こうした統合を行うことができ、安定した平和的秩序を得ることができました。ウクライナの領土の一体性に対して厳しく対応しなければならないのは、そうした背景もあるのです。一方で、進む道については、各国がそれぞれ自ら見つけなければならないと思っています。先程述べたとおり、自分にできることは、ドイツの場合についてお話しすることだけであり、今、短く、それをいたしました。
 
2.朝日新聞主催講演会(3月9日)
 
メルケルがドイツ敗戦の日を、ドイツにとって様々な意味での「解放の日」であったと位置づけることの重要な意義は、昭和天皇の終戦詔書に示された歴史観との対比において明らかだと言わなければなりません。また、メルケルが「私たちドイツ人は、こうした苦しみをヨーロッパへ、世界へと広げたのが私たちの国であったにもかかわらず、私たちに対して和解の手が差しのべられたことを決して忘れません」と述べていること、即ち加害責任を率直に認めた上での発言であるということも、被害者意識だけに凝り固まっている私たち日本人猛省を促すものです。
 
また、ドイツが再び国際社会に迎え入れられた「幸運」は、「ドイツが過去ときちんと向き合ったから」であるとともに、「当時ドイツを管理していた連合国が、こうした努力に非常に大きな意味をくみ取ってくれたから」でもあるという認識を示していることも重要です。前者は日本に対して「過去ときちんと向きあう」ことを促すものです。そして後者は、日本を単独占領して自分の都合勝手に日本を動かしてきたアメリカに対して、日本の歴史認識問題に関してはアメリカにも責任があることを間接的に指摘したものだと思います。4月の安倍首相の訪米を迎えるアメリカの政府・議会がメルケルのこの発言を真摯に捉えるかどうかを注意してみていきたいところです。
 
【戦後70年とドイツ】
破壊と復興。この言葉は今年2015年には別の意味も持っています。それは70年前の第2次世界大戦の終結への思いにつながります。数週間前に亡くなったワイツゼッカー元大統領の言葉を借りれば、ヨーロッパでの戦いが終わった日である1945年5月8日は、解放の日なのです。それは、ナチスの蛮行からの解放であり、ドイツが引き起こした第2次世界大戦の恐怖からの解放であり、そしてホロコースト(ユダヤ人大虐殺)という文明破壊からの解放でした。私たちドイツ人は、こうした苦しみをヨーロッパへ、世界へと広げたのが私たちの国であったにもかかわらず、私たちに対して和解の手が差しのべられたことを決して忘れません。まだ若いドイツ連邦共和国に対して多くの信頼が寄せられたことは私たちの幸運でした。こうしてのみ、ドイツは国際社会への道のりを開くことができたのです。さらにその40年後、89年から90年にかけてのベルリンの壁崩壊、東西対立の終結ののち、ドイツ統一への道を平坦にしたのも、やはり信頼でした。
 
【講演後の質疑応答】
(質問)隣国の関係はいつの時代も大変難しいものです。そして厳しいものです。過去の克服と近隣諸国との和解の歩みは、私たちアジアにとってもいくつもの示唆と教訓を与えてくれています。メルケル首相は、歴史や領土などをめぐって今も多くの課題を抱える東アジアの現状をどうみていますか。今なお、たゆまぬ努力を続けている欧州の経験を踏まえて、東アジアの国家と国民が、隣国同士の関係改善と和解を進める上で、もっとも大事なことはなんでしょうか?
 
(回答)「先ほども申し上げましたが、ドイツは幸運に恵まれました。悲惨な第2次世界大戦の経験ののち、世界がドイツによって経験しなければならなかったナチスの時代、ホロコーストの時代があったにもかかわらず、私たちを国際社会に受け入れてくれたという幸運です。どうして可能だったのか? 一つには、ドイツが過去ときちんと向き合ったからでしょう。当時ドイツを管理していた連合国が、こうした努力に非常に大きな意味をくみ取ってくれたからでしょう。法手続きでいうなら、ニュルンベルク裁判に代表されるような形で。そして、全体として欧州が、数世紀に及ぶ戦争から多くのことを学んだからだと思います」「さらに、当時の大きなプロセスの一つとして、独仏の和解があります。和解は、今では独仏の友情に発展しています。そのためには、ドイツ人と同様にフランス人も貢献しました。かつては、独仏は不倶戴天の敵といわれました。恐ろしい言葉です。世代を超えて受け継がれる敵対関係ということです。幸いなことに、そこを乗り越えて、お互いに一歩、歩み寄ろうとする偉大な政治家たちがいたのです。しかし、それは双方にとって決して当たり前のことではなかった。隣国フランスの寛容な振る舞いがなかったら、可能ではなかったでしょう。そして、ドイツにもありのままを見ようという用意があったのです」
 
3.メルケル首相と民主党・岡田代表の会談(3月10日)
 
メルケル首相と岡田代表との会談に関しては、メルケルが「従軍慰安婦」問題を取り上げたかどうか、それが日本政府に対する忠告であったかどうかなどに関して「騒ぎ」となったようです。しかし、冒頭に述べたメルケル首相と朴槿恵大統領との親交ぶりから判断すれば、この問題を極めて重視する朴槿恵大統領がメルケル首相に対して詳しく話をしていることは容易に理解されることですし、したがって、メルケル首相が岡田代表に対して自ら取り上げたとしてもなんら不思議はありません(下記の民主党ニュースで、メルケルが「9日の安倍総理との会談で「ドイツは過去にきちんと向き合ったから和解を成し遂げられた」との発言」があったことを紹介したとあることから判断すれば、メルケルが朴槿恵の意向を体して、安倍首相との首脳会談で「従軍慰安婦」問題を取り上げた可能性すら排除できないと思います)。いずれにせよ、「言った、言わない」の低劣な次元でやり過ごす安倍政権や読売新聞、産経新聞の議論に振り回されるのではなく、メルケルが日本の歴史問題の深刻さを指摘したことにこそ注意を向けるべきでしょう。(以下、省略)

メルケル訪日のドイツでの報道/メディアから匙を投げられた安倍政権とNHK/言論の自由の深化はどうすべきか明日うらしま 2015年3月16日)
 
少し遅くなりましたが、今月の9日、10日のメルケル首相の訪日に関する、ドイツの報道について以下簡単にお報せします。
 
まずは、以下に観られるようにドイツの主要プリントメディアでは、なんと安倍首相との首脳会談後の記者会見の写真が、まったく使われませんでした。代わりに天皇を訪問した時と、朝日新聞社と日独センター共催の基調講演で中学生に歓迎されるメルケル首相の写真だけです。このこと自体が、いかにドイツメディアが安倍政権に失望して、匙を投げてしまっていることの現れであるといえます。すなわち首脳会談としての報道価値がないとの判断の現れです。(略)
 
引用者注:「メルケル首相と安倍首相との首脳会談後の記者会見の写真がまったく使われていない」論拠としてドイツ主要メディアの写真3枚については上記の「明日うらしま」のサイトでご確認ください。

敵対女性トライアングルには囲われたくない。
(藤原新也「Shinya talk」2015/03/19)

ドイツの
メルケル首相の訪日に続いてミシェル夫人が来日した。これは偶然なのだろうか。事前に両者に何らかの通底があったのかどうかは不明だが、この二人にはある問題に関する共通の関心事がある。(略)メルケル首相は会見の場をわざわざかねてより従軍慰安婦問題に積極的に取り組んできた朝日新聞社に設定し、暗に従軍慰安婦問題に関心のあることを示した。そしてドイツが戦後自からの非を認めたことを引き合いに日本(というより(略)安倍政権)に加害者側としての意識が低いということを遠回しに非難している(略)。メルケル首相に続いて昨日来日したミッシェル夫人は日本嫌いとの風評がある。(略)だが私はミッシェル夫人は日本嫌いだとは思わない。(略)ミッシェル夫人は日本が嫌いなのではなく、安倍が嫌いなのである。メルケル首相同様、彼女にとって女性の問題には当然敏感であり、安倍がうやむやにしょうとしている従軍慰安婦問題は見過ごせない”女性の人権蹂躙問題”なのである。私はこの従軍慰安婦問題に関しては、軍が関与していたか、していなかったかというそんなことは枝葉末節な問題でありどうでもいいと思っている。植民地の女性を日本軍人が慰安婦として徴用したこと。それが問題なのであり、軍がどうした民間がこうした、などはどうでもよいことだ。(略)海外ではこの従軍慰安婦問題が象徴する安倍は、女性の人権を無視する先進国唯一のリーダーだとレッテルを貼られていることを(日本のメデイアが報じないため)案外日本人は気がついていない。またこのことも井の中の蛙である日本人はとんと気づいていないが、この問題を軸に日本(安倍)は先進国の女性リーダートライアングル、メルケル首相、ミッシェル夫人、そして朴 槿惠に包囲されているのである。このすぐれて女性の人権問題である従軍慰安婦問題を棚上げしょうとする安倍の新たなキャッチフレーズが”女性が輝く社会”というのは口先三寸男の面目躍如であり、おそらく女性リーダートライアングルはこのことをしてさらに安倍を最低男と思っているのではないか。(略)私は戦後70年幾多の宰相を見てきているが写真家の観点から各時代の宰相にはそれぞれに男の度量と色気というものが感じられた。だが安倍にはこれがない。私の安倍嫌いの一因はここにもある。
岩波書店の就業規則改悪問題については、私はすでに3月21日付けのエントリで前共同通信記者で現同志社大学教授の浅野健一さんの論を紹介する記事を書いていますが、本記事では改めて法政大学准教授の愼蒼宇(シン・チャンウ)さんと明治学院大学准教授の鄭栄桓(チョン・ヨンファン)さんの論、スーパーゲームズワークショップエンターテイメントブログ主宰者のZEDさんの論及び同問題につながる問題提起として弁護士の澤藤統一郎さんの岩波書店『世界』編集者の熊谷伸一郎氏批判の論をご紹介させていただこうと思います。

いうまでもなく上記のことどもは「日本唯一のクオリティマガジン」を標榜する岩波書店と『世界』がそのキャッチフレーズとは裏腹にいまいかに自らを非民主主義のオリの中に幽閉しているかを明らめるためです。岩波には真正なリベラリストとして吉野源三郎が初代編集長をつとめていた時代、また、丸山眞男をはじめとする戦後民主主義の多くのオピニオンリーダーたちが健筆をふるっていた時代の『世界』の岩波に一日も早く回帰していただきたいものです。これは私ひとりの願いというよりも多くの現代の真正なリベラリストたちの願いでもあるでしょう。
 
以下、リベラル出版社としての岩波に反省を求める各氏の論。
 
「著者」の一人として岩波書店の就業規則改悪のとりやめを求める(愼蒼宇(シン・チャンウ) 2015年3月24日)
 
岩波の就業規則改悪問題が話題になっている。金光翔氏によれば(首都圏労働組合特設ブログ:「岩波書店の就業規則改定案について」)、岩波の就業規則改定案の「論旨解雇または懲戒解雇」の条文(第41条の4)に、「会社および会社の職員または著者および関係取引先を誹謗もしくは中傷し、または虚偽の風説を流布もしくは宣伝し、会社業務に重大な支障を与えたとき」とあり、さらに第41条の7には「会社は、他の職員の懲戒に該当する行為に対し、ほう助または教唆もしくは加担したことが明白な職員については、本人に準じて処分する」とある。さらに、第24条の2には、「会社は、次のいずれかに該当する職員に対し社内への入館を禁止し、または退館を命ずることができる」と定め、その対象のなかに、「会社の風紀を乱し、または乱す恐れのある者」も挙げている。
 
ここでいう「著者および関係取引先」は、極めて多数に上るのだから、金光翔氏もブログで述べるとおり、岩波の社員は「何も発言するな」と言われているに等しいであろう。これは言論・表現・政治的活動の自由を侵害するばかりでなく、この条文をときの執行権力が極めて恣意的な拡大解釈をすれば、会社の中に異常な相互監視と排除の空間を創り出すことが可能になるであろう。言論を基盤とする岩波のような会社の中で、会社の方針や内実への批判を封じ込めようとする就業規則を作ることは自殺行為に等しい。加えて、このブログの中で紹介されている浅野健一氏のコメントにもあるように、岩波の異常な就業規則の導入が、ほかのメディア企業に広がれば、報道・出版界全体で委縮し、活力を失うであろう。
 
私は岩波で論文を書いた事がある「著者」の一人として、こうした懸念のもと、岩波書店に就業規則の改悪をとりやめるよう強く求める。
 
また、この就業規則改悪の問題は、以上の点にとどまらない。金光翔氏の上記ブログに加え、鄭栄桓氏もブログですでに指摘しているように(「岩波書店の就業規則改悪問題と在日朝鮮人への言論弾圧」)、今回の就業規則改悪は、在日朝鮮人の言論活動への弾圧という側面を有しており、それはこれまでの金光翔氏の言論活動に向けられうるものだと考えざるを得ない。金光翔氏は、2007年11月に論文「<佐藤優現象>批判」(『インパクション』第160号、2007年11月)で、佐藤による排外主義的主張の展開(とりわけ、歴史認識の問題、対朝鮮民主主義人民共和国、対テロ戦争に対する)が、いわゆるリベラル・左派によって黙認される現象(〈佐藤優現象〉)に焦点をあてて、そこで中国や韓国の「反日ナショナリズム」論やポピュリズム論、格差社会論を媒介として様々な諸勢力がからみあい、もつれあいながら「集団転向の寄り合い」としての左右合作=「国民戦線」(左右の硬直したイデオロギー対立を超える、を名目に)が形成されることを浮き彫りにしたうえで、在日朝鮮人への弾圧を煽る佐藤優を他でもない岩波書店が積極的に起用することを批判し続けてきた。この指摘は極めて鋭く、私はその内容への賛意を2009年7月28日に書いた(「金光翔氏の<佐藤優現象>批判によせて」)。
 
そのなかで、私は以下のように書いた。
 
私は金光翔氏の丹念な読解と実証に基づいた論稿を読み、ここ10年ほどのあいだ、ずっと疑問を感じながらもうまく整理することができなかった、朝鮮問題に対するリベラル・左派の対応の在り方の特徴とその背景をようやく構造的に理解することができました。このような思いは、在日朝鮮人に対する日本社会の右から左にまで幅広く跨る、見えにくくも分厚い「壁」にぶち当たってきた人々には痛いほどよくわかるのではないでしょうか(近年は在日朝鮮人の一部も「日本社会は良くなった」「もう差別はなくなった」という趣の発言を陰に日向にして「重宝」されているために、なおさらその「壁」を告発することは困難になっている)。そして、自分は批判的な立場にいるのであって、マイノリティを抑圧する「壁」の側に片足をかけているなどとは少しも思っていないリベラル・左派の人々やそれに野合する周縁の人々は恐らく金光翔氏の論文に不快感を覚えつつも、表だって反論することはせず、陰で批判をしながら光翔氏を排除しようとしていることでしょう。これは光翔氏の指摘がそれだけ図星であったからであると私は確信しています。
 
その後、金光翔氏は佐藤優や右派メディアだけでなく、社内からも攻撃にさらされるようになり、その際には、「〈佐藤優現象〉に対抗する共同声明」(2009年10月1日)が128名(2014年2月7日現在)の署名のもとに出された(引用者注:私もひとりの賛同人として署名しています)。その後も、岩波書店は金光翔氏に労働条件に関する理不尽で民族差別的な措置をしようとし、そのたびに「岩波書店の出版事業に著者として関わってきた者の立場」から反対の声明や抗議文が出されてきた。この一連の過程を見てみれば、今回の就業規則の改悪案も、金氏の言論活動へのこれまでの攻撃の延長線上に位置付けて考えざるを得ず、その民族差別の執拗さに、深刻な懸念を抱かざるを得ない。鄭栄桓氏と同様、私も、改めて岩波書店に金氏の言論活動の侵害を即刻やめることを求めると同時に、就業規則改悪案への批判に賛同する。
 
私は「金光翔氏の<佐藤優現象>批判によせて」の最後で、
 
光翔氏は職場で「嫌がらせ」を受けるリスクを日々引き受けながら、<佐藤優現象>に対する徹底抗戦を今もブログや裁判闘争を通じて続けています。私は改めてその姿勢を支持すると同時に、私も朝鮮近代史研究に携わる人間として、南北朝鮮・在日朝鮮人や他のアジア諸国から起こる「反日ナショナリズム」への批判を媒介とした、リベラル・左派やその他周辺的存在の「集団転向の寄り合い」による、単純な反日ナショナリズム批判やそれと符合する修正主義的な歴史観の展開や、暴力の真相究明や責任追及をあいまいにする「和解」路線、そしてそういう言論や研究を繰り返している研究者や出版人に対しても、強い抗議の意を示していきたいと思っています。
 
と書いた。あれから5年たつが、こうした現象はさらに深刻さを増しているように見える。だからこそ、金光翔氏の諸論考はさらに説得力を持つものとなっている。私の上記した賛同の意志は、現在も変わらないばかりか、なお強くなっているということを改めて述べておきたい。
 
さらに、私も岩波書店の出版事業に朝鮮近代史、日朝関係史関係でいくらか関わってきたからこそ、金光翔氏の言論活動を封殺しようとする一連の行為は、在日朝鮮人の研究・言論活動にも抑圧的な影響を及ぼしかねない、という強い疑念を抱いていることをここに表明しておきたい。
 
法の濫用――岩波書店の就業規則改定(ZED 2015年03月26日)
 
岩波書店の就業規則改定案を見て驚いた。まさかここまでやるのか、一体同社の経営陣は何を考えているのか、どこを向いているのかと思う。
 
http://shutoken2007.blog88.fc2.com/blog-entry-49.html
岩波書店の就業規則改定案について
改定案の「諭旨解雇または懲戒解雇」の条文(第41条の4)の特色は、その対象の一つとして、「会社および会社の職員または著者および関係取引先を誹謗もしくは中傷し、または虚偽の風説を流布もしくは宣伝し、会社業務に重大な支障を与えたとき」を挙げていることである。
 
会社の「著者」や「取引先」の悪口を言うなという事だが、それで「会社業務に重大な支障を与えたとき」という非常に曖昧な文言を入れている所がポイントだろう。これは漫画の表現既成条例や特定秘密保護法と同じで、いくらでも拡大解釈の余地がある。出版社という言論機関が自らこのような就業規則を設ければ、どのような結果が起こるかは誰の目にも明らかだろう。社内の人間達は誰もものが自由に言えなくなり、結果は言論機関そのものの死へとつながる。
 
「会社の職員」が誹謗中傷された際もこうした処分にするというのもあまりに酷い話で、これは会社のお偉方が仮に経営判断ミスや背任行為を働いたとしても、それの内部告発すら出来なくなってしまうだろう。それとも自社内でそんな内部告発封じまがいの事をしなければならない(後ろめたい)理由が、岩波の経営陣には何かあるのか。おまけに自社内の告発や問題提起すら統制・抑圧する出版社の本で、政府機関や他の企業の内部告発を報じる事が出来るのかという話にもなるだろう。報じた所でその信用性を大きく疑われる事になるのは間違いない。「あの自社内の言論を強権的に統制してる岩波の本に載ってた事だぜ」などという陰口を読者から言われるのは、出版人として最も不名誉な事ではないか。
 
読売や毎日や共同通信など他の報道機関と比べてもあり得ない、それどころか日本の企業社会全体においてもあり得ず、憲法違反ですらあるような「法」を社内に作ろうとしている異常性をこそ岩波書店は自覚すべきであろう
 
このような事は三尺童子でも分かりそうなのにも関わらず、こうした就業規則改定を敢えて行おうという、その目的は何なのか。
 
岩波の経営状態が最近思わしくない事は広く知られている。こうした会社が内部を引き締めて社員に緊張感を持たせようと試みる場合もあるだろう。だがどう見ても今回の岩波の場合はそうしたものではあるまい。この改定案にはただただ隣組的な「恐怖政治」と「言論封殺」と「排除の論理」があるだけで、職員達に良い意味で緊張感を持たせて業績を回復しようという意味があるとはとても思えない。
 
だとしたら、理由は金光翔氏のパージが主目的なのではないか。この間に金光翔氏が行ってきた「佐藤優現象批判」や岩波書店内部の諸問題指摘などが図星であっただけに、会社側もずいぶんと氏をいじめてきた。そしてついに会社側は自らを省みることなく、こうした「悪法」の制定とそれの濫用出来る体制作りへ乗り出したという事だろう。
 
「法の濫用」は「無法」以上に悪質にして危険なり。韓国の朴槿恵政権にせよ日本の安倍政権にせよ、この「東アジアの双子の極右政権」に共通する危険性の一つが「法の濫用」にある。統合進歩党強制解散しかり、沖縄辺野古の米軍基地建設強行しかり。これでどうして安倍政権を批判出来るのか? こうした言論封殺行為を自社内で行う出版社が社会的信用を得られるだろうか? 極右のデモすらヨイショする得体の知れない学者もどき(新派御用学者?)なら別かもしれないが。
 
結局この間に「佐藤優現象」はじめとする岩波書店の問題点を指摘してきた者が金光翔氏しかいなかったという事につきるだろう。しかもその告発者が在日朝鮮人であった事が余計に会社側を逆上させたのではないか。
君は、岩波書店に入社したという時点で、在日の方としては特権的な、恵まれた地位にあるという発言が最も象徴的だが、会社側のこうした居丈高な民族差別意識が今回の異常な就業規則改定案に至ったのは間違いないであろう。岩波書店こそこうした自らの過ちを認めて改めるべきである。
 
岩波書店がこの間金光翔氏に行ってきた言論封殺をはじめとする抑圧的行為ならびに今回の就業規則改定案は、在日朝鮮人に対する民族差別行為であり、筆者はこれに強く抗議し撤回を求めるものである。
 
岩波書店は今こそ自分自身を省みて、「佐藤優現象」を推進してきた事や、様々な不当労働行為問題、今回の就業規則が改定される事による言論・報道界への悪影響を考え直さねばならない。
 
また、岩波書店の民主主義のありように関して、岩波の『世界』の編集者の熊谷伸一郎氏批判を通じて弁護士の澤藤統一郎さんも以下のような指摘をしています。ただし、まとまりのない継ぎはぎの引用になることはご容赦ください。
 
ナッツ姫に懲役1年の実刑 - 量刑理由に「人間の自尊心を傷つけた」(澤藤統一郎の憲法日記  2015年2月13日)
 
日本の上原公子元国立市長の名は、覚えにくいわけではない。しかし、その行為を弾劾する意味で、失礼ながら敢えて「ナッツ上原」と言わせていただく。事情が、日韓まさしく同様なのだから、その方が分かり易い。ナッツ上原の「五分の魂毀損」事件の顛末は既に詳しく書いたから繰り返さない。かなりの長文だが、下記のブログをお読みいただきたい。(略)ナッツ上原にも、肝に銘じていただきたい。「あなたの行為は、自分に権限あるものとのトンデモナイ勘違いによって、上から目線で人間の自尊心を傷つけたもの。ボランティアとして選挙運動に誠実に参加した仲間を大切にする気持ちが少しでもあれば、決して起きなかったこと」なのだ。もちろん、ナッツ上原の行為は、陣営の選挙運動に具体的な支障をもたらしている。そして、主犯熊谷伸一郎ともども、いまだもって五分の魂を傷つけられた二人に謝罪もしていなければ赦しを受けてもいない。
 
その熊谷伸一郎氏の「五分の魂毀損」事件とは以下のようなものです。
 
宇都宮選対の体質と無能力について 随行員としての任務外し 澤藤大河(「宇都宮健児君、立候補はおやめなさいーその7」から)
 
私は、選挙戦を4日残した12月11日午後9時30分に、突如上原本部長から、選対事務所に呼び出され、そこで、随行員としての任務外しを言い渡された。(略)熊谷伸一郎事務局長(岩波)は、「翌日休むように命令しただけで、任務を外す命令ではない」と言っているようだが、詭弁も甚だしい。 選挙戦はあと3日しかないこの時期に、 候補者のスケジュール管理に責任をもっている私を、慰労のために休まようとしたとでも言うのだろうか。一刻も選挙活動のための時間が惜しいこの時期に、私を休ませる理由があるはずはない。(略)上原本部長や熊谷伸一郎事務局長(岩波)は、選挙運動の円滑な運営よりも、私への「小さな権力の誇示」と「嫌がらせ」を優先したのだ。(略)それに加えて、「女性は厳禁とされた随行員に、選対本部の許可なくTさんを採用したこと」も、理由とされた。なんと馬鹿馬鹿しい理由。私は反論した。ここで一歩も退いてはならないと思った。直感的に、これは私だけの問題ではない。選挙共闘のあり方や、「民主陣営」の運動のあり方の根幹に関わる問題性をもっていると考えたからだ。
 
この「主犯熊谷伸一郎」とされている人物を月刊『自然と人間』編集者から岩波「世界」の編集者に抜擢したのは当時の岡本厚『世界』」編集長であっただろうと私は推測しています。岡本厚氏と熊谷伸一郎氏の関係性は以下のようなものです。以下は私のブログ記事から。
 
「熊谷事務局長は、従前より都政問題についての市民活動にも参加してきた経歴を持ち、属する会社から業務命令として派遣されたものではなく、選対からの度重ねての要請により、自らの判断で事務局長の任務を引き受けたものである」と主張している。
 
ところで「選対」に関して、澤藤氏は、「岡本厚岩波書店現社長も、選対メンバーのひとりである。熊谷伸一郎事務局長に便宜が図られたのであろうと考えている」と述べている。「つくる会」は、熊谷が入社3年目ではなく入社5年目であると澤藤氏の主張を訂正しておきながら、岡本社長(2012年時点では取締役。2013年5月31日、社長就任)が選対メンバーの一人である(であった)との主張に関しては沈黙している。岡本社長が選対メンバーの一人である(であった)と見なしてもよいと思われる。
「今日の言葉」として本日の沖縄メディアと「本土」メディアの社説。それに目取真俊(作家)、保立道久(歴史家)、内藤正典(中東政治学者)、山口二郎(政治学者)、加藤典洋(文芸評論家)各氏の発言と論を記録しておこうと思います。

はじめに昨日の23日午後2:30からあった翁長雄志沖縄県知事の臨時記者会見の模様、また、それをうけての菅義偉官房長官の記者会見の模様。各メディアの社説と各氏の発言記録はそのあとに続きます。





 
目の前に横たわる不条理に対し、冷静に法理を尽くし、粛々と是正を求める権限行使である。沖縄の尊厳を懸けた安倍政権との攻防は新たな局面を迎えた。名護市辺野古への新基地建設に向け、国が投入した巨大なブロック塊がサンゴ礁を破壊している問題で、翁長雄志知事は沖縄防衛局に対し、海底ボーリング(掘削)調査など全ての海上作業を30日までに停止するよう指示した。作業停止を拒む政府に対し、翁長知事は「腹は決めている」と述べた。埋め立て本体工事の基盤となる岩礁破砕許可も取り消される公算が大きくなった。
 
翁長知事は安慶田光男、浦崎唯昭の両副知事と共に会見した。新基地建設阻止に向けた不退転の決意を県内外に示す狙いがあろう。「沖縄のことは沖縄が決める」。われわれは地方自治の原則に根差した知事の決断を強く支持する

問題を整理しよう。国は新基地建設に抵抗する市民を排除するため、埋め立て海域を取り囲む臨時立ち入り制限区域を設けた。その上で、埋め立てを承認した仲井真弘多前知事から昨年8月に岩礁破砕の許可を得た。広大な臨時制限区域を示す浮標灯を固定する重りとして、沖縄防衛局は海底に最大160キロの鋼板アンカー248個を設置したが、大型台風で120個が流出した。消えたアンカーの代わりにしたブロック塊の重量は10~45トン、低く見積もっても当初のアンカーの62~280倍に及ぶ。環境保全に背を向けた常軌を逸した対応だ。埋め立て海域とは関係ない海域で巨大なブロックがサンゴ礁を無残に押しつぶしている。「無許可行為」が確認されれば、岩礁破砕許可取り消しなどを命じることができる。知事の作業停止指示には環境破壊を防ぐ法的正当性がある。一方、県は臨時制限区域内で、サンゴ礁の破壊の有無を調べる立ち入り調査を申請したが、米軍は「運用上の理由」を挙げ、不許可にした。だが、沖縄防衛局は連日、潜水調査を実施しており、運用上の理由は成り立たない。防衛省や外務省は県の調査実現の仲介さえしようとしない。狭量な二重基準が極まっている。安倍政権と米軍が気脈を通わせた県排除の構図だ。日本国内の環境を守るための調査さえかなわないなら自発的な「主権喪失」と言うしかない。安倍晋三首相が国会などで連呼してきた「主権」は沖縄では存在しないかのようだ。
 
全く問題はない」。沖縄の基地負担軽減を担当しているらしい菅義偉官房長官はこの日も硬い表情で断定調の「全く」を再三口にした。強気一辺倒の物言いには、沖縄を敵視する響きがある。見たくない現実から目を背け、都合のよい事情だけ取り入れて強がり、恫喝する。仲井真前知事による埋め立て承認にすがりつき、沖縄の民意を問答無用で組み敷くことしか打つ手がないことの表れだ。子どもじみた心性が際立つ。民主主義の価値を損なう政権の低劣な品格が映し出されている。沖縄の民意は「普天間固定化ノー、辺野古新基地ノー」だ。掘削強行や人権無視の過剰警備など、安倍政権のやることなすことが沖縄社会の反発を強める悪循環に陥っている。「辺野古移設か、固定化か」という脅しも沖縄に基地を押し込める差別を助長している。普天間飛行場は戦後、米軍が民有地を強制接収して造った。奪われた土地にできた基地を動かす先がなぜ県内なのか。かつて県内移設を認めていた県民も根本的な疑念を深め、今は総じて7割超が反対している。普天間飛行場を抱える宜野湾市でも民意は鮮明だ。昨年の県知事選と衆院選で危険性除去を訴えた仲井真前知事と自民党現職は大差をつけられた。民主主義を重んじる正当性は沖縄にある。安倍政権は工事停止指示を受け入れるべきだ。追い込まれているのは政権の側である。   
 
<社説>[辺野古 作業停止指示]筋を通した重い判断だ
(沖縄タイムス 2015年3月24日)
<社説>辺野古停止指示
(京都新聞 2015年3月24日)
<社説>辺野古移設 政府はごり押しやめよ
(信濃毎日新聞 2015年3月24日)
<主張>米軍新基地建設-「この期に及び」強行許されぬ
(しんぶん赤旗 2015年3月24日)

・翁長知事がいよいよ具体的な一歩を踏み出した。しかし、菅官房長官の発言を見るまでもなく、今の安倍政権がすぐに海底ボーリング調査を中断するとは思えない。沖縄県と国が全面対決となるときに、県民が翁長知事を支えて具体的に行動することが重要となる。知事まかせで様子を見ていてはいけない。日米両政府が注視しているのは、知事の記者会見を受けて県民がどれだけ動くかである。今こそ辺野古の海と陸で行動する必要がある。北からの逆風に抗して、二歩、三歩と新基地建設反対の歩みを進めましょう。逆風に抗して、さらなる一歩を。(目取真俊「海鳴りの島から」2015-03-23

・翁長知事の会見の様子を動画でみたが、県庁の中枢の意思が固いことは明らかである。翁長氏は「粛々と進む」と述べていた。その通りと思う。『世界』の臨時増刊号「沖縄、何が起きているか」(略)私も「辺野古を報道しない”異様な”日本のマスコミ」という文章を書いた。(略)さて、異様なのは、同時に、「日本人」である。同じ国家に属しながら、国家政策として現在取られている安保条約にもとづく基地の74パーセントを沖縄におしつけていて、恬として恥じない国民というものは、近代国家の組織原則とは外れている。これは「日本人」というものを根本から考える必要を示している。(
保立道久の研究雑記2015年3月23日


【続き】あの官房長官はなぜ表情を変えずに、かくも冷淡に話すのか。「此の期に及んで、なんだ」と言うが、沖縄の人々にとっては「此の期」も何もないではないか。官房長官は強気で傲慢な姿勢で記者会見するシーンが多い。思い通りにならないと、何のセンスもなく不快感をストレートに出して、自分に逆らうなと言わんばかり。権力にへつらうタイプが頂点に近づくと、しばしばあの様なタイプの応対をする。政府は「お上」ではない。県知事が「お上」でないのと同じく。知事は直接選挙で選ばれているのだから直接県民の声を聴いて当然。総理は直接選ばれていない。与党の中に、反主流派や非主流派というものがなくなって権力に釣られているのが現在の安倍政権。地方であれ、隣国であれ、国際情勢であれ、批判的な意見が権力の中枢に上がらないのは危険だ


以下の馬淵澄夫(民主党衆院議員)の正体をさらに明らめたkojitakenさんの論は真の意味での「革新」的潮流をつくりだしていくための負の予備知識として共有しておきたい。

馬淵澄夫は「三原順子の『八紘一宇』に違和感なし」だって(呆)
(kojitakenの日記 2015-03-22)

民主党の馬淵澄夫の名前を知ったのは、10年前に「きっこ」と組んで耐震偽装事件の追及をした時だったが、これまでも何度か指摘したように、この時「きっこ」ともども持ち出した「総合経営研究所」の疑惑はガセネタであって、事件は姉歯秀次の単独犯であったことが今では明らかになっている。「きっこ」は書きっぱなしでも許されるのかもしれないが、民主党の中心的な政治家の一人である馬淵はそうはいかないのではないかと思うのだが、この件であさっての方を向いた追及をしていた馬淵が、何らかの総括をしたとは寡聞にして知らない。

また、私はその当時から馬淵が民主党でも有数の右翼的な政治家であることを調べて知っていたため、ずっと警戒していたが、その馬淵がついに本性を現した。


(2015年03月21日(土) 馬淵 澄夫) 

■ 私も所信表明で「八紘一宇」のルーツに触れたことがある 3月16日の参議院予算委員会質疑で、自民党の三原じゅん子議員が、神武天皇の橿原建都の詔(かしはらけんとのみことのり)の一節を引きながら「八紘一宇」という言葉に言及したことが、報道やネット上で大きな波紋を呼んでいる。 橿原神宮は、奈良県の橿原市にある。私も奈良選出の国会議員のひとりとして、この問題について、黙っているわけにはいかない。 実は、私自身も、この参議院予算委員会の模様は、国会内の中継でリアルタイムに見ていた。また、後に三原氏が説明を補足したブログ記事も拝見した。三原氏の発言に驚きこそすれ、違和感は覚えなかった。 私は毎年春に支援者の皆さんに対して、私の「所信表明」をお伝えすることにしているが、平成26年3月の「第10回まぶち会春の集い」で発表した所信表明演説で、私も橿原建都の詔を紹介しながら、価値観を分かち合う共生の理念を訴えさせて頂いた。(中略) (略)さらに、詔には「八紘(あめのした)を掩(おお)いて宇(いえ)と為(せ)むこと、亦可(またよ)からずや。」と記され、天下に住む全てのものが、まるでひとつの家になったように温かい結びつきを実現させることの尊さを説いています。まさに、人々の心のつながりによって、一つの家、家族のような国を創り為(な)そうというのが神武建国の理想であったのです。(略)

■ 安倍総理や麻生財務大臣の残念な答弁
通常、国会質問というのは、用意周到に練られたものだ。もし仮に、三原氏が「橿原建都の詔」として質疑をしていれば問題視されることはなかっただろう。
それにもかかわらず三原氏は、「八紘一宇」という言葉を、今回あえて使ってきた。与党ながら、彼女が政治家として、時の総理や国民に対し何かを訴えかけようとする覚悟を感じさせた。
それとは対照的に、安倍総理や麻生財務大臣といったリーダーたちの答弁で、強欲なグローバル資本主義の矛盾に日本はどう対応していくのかという問題提起に正面から答えようとせず、はぐらかすような答弁に終始していたが、まったく残念だった。

■ 「八紘一宇」に侵略行為を肯定するような考え方はない
すでに述べたように、この「八紘一宇」という言葉のそもそもは、初代神武天皇が橿原の地で即位した折りの「橿原建都の詔」にさかのぼる。そこには、一つの家、家族のような国を創り為(な)そうという日本の建国の精神が示されている。

この「八紘(あめのした)を掩(おお)いて宇(いえ)と為(せ)むこと、亦可(またよ)からずや」という「八紘為宇」の考えは、時代が下った大正時代、「八紘一宇」という語句へと翻訳されることになる。後にこの思想が軍部に影響を与え、膨張主義的な対外政策を正当化するイデオロギーとして使われるようになったと言われる。

このように「八紘一宇」という言葉は、戦時中の日本で誤った使われ方をされたのは確かである。しかし「橿原建都の詔」、あるいは神武天皇「建国の詔」を、虚心坦懐に読んでみれば、そこには民を慈しむ御心が溢れており、侵略行為を肯定するような考え方はないことがわかる。

詔の「八紘為宇」にルーツをもつ「八紘一宇」という言葉が、戦前・戦中の軍国主義のスローガンに利用されたのは悲しむべきことだが、だからといってこの詔にある精神が誤っていた訳ではない。

そこを分けて考えずに、「八紘一宇」という言葉そのものをあげつらうのは、事の本質が見えなくなるのではないかと思っている。問題は、その内容にあるのではなく、当時の政府が、覇権主義的な対外政策を正当化するスローガンとしてその「言葉」を利用したこと、それによって戦前の日本が道を誤ってしまった点にある。

八紘為宇にしても、こころの「姿勢」やあり方が示されているだけである。それを、国家統制を至上命題とする国家主義的な政治が悪用することで、不幸な歴史が生じたのだ。

つまり、橿原建都の詔も、上から押し付けられてしぶしぶ従うようなものではない。思うに日本という国は、この橿原建都の詔の精神のもと、「民」つまり国民一人ひとりが自分の頭で考え、それぞれに努力することにより創り上げてきたのではないか。

今回の「八紘一宇」という言葉が、過去に誤った使い方をされたことをもって「穢れた言葉だ」というのであれば、禊祓(みそぎはらい)をして洗い浄めればよい話ではないのか。あの不幸な歴史を繰り返さないためにも、むしろ我が国建国の理念と言う意味で「原典」というべき「橿原建都の詔」に立ち戻るべきなのではないだろうか。


実にふざけた文章である。

馬淵自身が認めるように、「八紘一宇」は大正時代に右翼の田中智学が作った造語だが、最初から戦前の帝国主義日本の侵略を正当化する道を開く言葉だった。今朝のTBSテレビ「サンデーモーニング」でも、岸井成格が「三原議員は『建国以来大事にされてきた言葉』だと言っていたが間違いだ。大正時代に作られた言葉だ。誰か(自民党の大物議員か?)に言わされたのかもしれないが、懲罰ものだ」と言っていた。もちろん岸井の言い分の方が正しい。但し、岸井が「特別編集委員」を務める毎日新聞が、三原順子の懲罰を求める社説なりを書いたかと言えば、そんなことはしていないだろう。岸井の発言は、毎日新聞は三原順子議員の発言に批判的ですよ、という毎日のエクスキューズにしか見えず、それも問題だと思う。しかし、馬淵の罪は岸井や毎日どころではない。論外である。

馬淵のように、三原順子の論外発言を援護射撃する輩が野党から出てくることによって、日本の右傾化はますます急速に進むのである。

以下の中島岳志(北大法学部准教授、週刊金曜日編集委員)のツイッター発言も負の意味で共有しておきたいものです。いわゆるリベラル・左派勢力においても「日本の右傾化」は確実に進行しています。週刊金曜日の前社長、元編集長の佐高真の右傾化についてはこちらの記事をご参照ください。金光翔さん(岩波『世界』元編集部)の批評を通じてその右傾化の深度を指摘しています。ただし、佐高真さんについては、私の見るところではという前提つきですが最近持ち直したかのように見えるところがあります。佐高さんの「革新」度のゆくえについてはさらなる注視が必要というところでしょうか。

中島岳志Twitter(2015年3月19日)





これらの「右傾化」はメディアの以下のような事態(右傾化)とも連動している負の事象の連鎖というべきでもあるでしょう。

高世仁の『諸悪莫作』日記(2015-03-20)から。

きょうは、
GALAC(ぎゃらく)という雑誌の座談会に呼ばれて新宿へ。この雑誌は、ギャラクシー賞を出しているNPO放送批評懇談会が発行するテレビとラジオの批評誌だ。座談会のテーマは「イスラム国」の日本人人質事件とテレビについてで、出席したのは共同通信の原田浩司、フリーでアフガンの米軍従軍取材で知られる横田徹、イラク戦争から現地を取材しつづける綿井健陽の各氏。私は、ジャーナリスト常岡浩介さんの私戦予備陰謀容疑でのガサ入れへの対応、常岡さんのテレビ出演時の政府批判封じ込め、旅券返納命令への屈服などの例をあげて、日本のテレビ局の姿勢はひどすぎると批判したが・・・仕事を干されてしまうかも。6月号に掲載予定なので、関心ある方は書店でごらんください。座談会のあと、司会の水島宏明さんも交えて近くの「塚田農場」で飲んだ。水島さんは、かつて日本テレビ系の札幌テレビ(STV)の社員で、ロンドン、ベルリンの特派員やNTVで解説員までつとめ、2013年に退社して今は法政大学でジャーナリズムを教えている。5人でワイワイやっているうち、今のテレビ局、おかしいんじゃないか、という話題になった。そこで、先日、某テレビ局のあるニュース番組のスタッフに聞いた驚くべき話を披露した。去年7月1日、安倍内閣が集団的自衛権行使容認を決めた日のこと。いつものように、30人のスタッフを集めて打ち合わせがあった。そこで番組の責任者が「きょうは『街録』(街頭録音)はやらなくていい」と言ったという。消費税が増税されるとか、原発の再稼働が認可されたとか、重要な政策転換があれば、街頭インタビューで街の声を拾って放送するのは「定番」だから、これは異例の指示だった。一人のスタッフが質問した。「今日こそ街録が必要なんじゃないですか、なんでやらないんですか」。その責任者が放った答えはこうだ。「おれたち共産党じゃないよな」さらに、「街録で答えたヤツが共産党員でないか、証明できるのか?」その場にいたスタッフは沈黙したまま打ち合わせは終り、その日、集団的自衛権行使容認のニュースに、街録は流れなかったという。

高世仁の『諸悪莫作』日記(2015-03-21)から。

昨夜、テレビ局で、街頭インタビューの自主規制がある話をすると、一緒に飲んでいた水島宏明さん(元民放テレビの報道マン)が、とりわけ、去年の総選挙の時期は、街頭インタビューが激減したと言う。水島さんは、実際に調査した結果を《
街頭インタビュー」はどこへ消えた? 総選挙のテレビ報道に”異変”》というネット記事にまとめていた。《解散前日の11月20日に自民党から在京テレビ局各社に、選挙報道の公正中立を求める異例の「要望書」が出ていました。そのなかでは「街頭インタビュー、資料映像等で一方的な意見に偏る。あるいは特定の政治的な立ち場が強調されることのないよう、公正中立、公平を期していただきたい」と書かれてありました。今回の自民党の要望書は、一見もっともな要望のように見えるのですが、街頭インタビューや資料映像の使い方にまで神経をとがらせていてすごく細かいのが特徴です。(略)「街頭インタビューは一歩間違えば、自民党が抗議してくるかもしれない。それならいっそのこと街頭インタビューそのものを放送するのはやめてしまおう」そんなふうに考えるテレビ局や番組担当者が出てきてもおかしくありません。》

そして、いくつかの情報番組の名を出して、こう続けている。《自民党がテレビ各局に要望書を出す11月20日の前までは街頭インタビューを放送していたこれらの情報番組が、要望書をもらって以降はほとんど街頭インタビューを流していません。特に衆議院が解散された11月21日は「今回の解散についてどう思うか?」「総選挙での争点は何だと思うか?」を一般市民に聞く絶好の機会でしたが、ほぼすべての情報番組が一律に街頭インタビューを実施しなかったのはかなり不自然なことです。テレビ朝日とTBSの2つの放送局に関して言えば、「Nスタ」や「スーパーJチャンネル」などのニュース番組(「報道番組」)では、被災地を含めた地域で取材した街頭インタビューを21日以降もかなり意欲的に放送しています。ところが同じテレビ局でも「情報番組」になると一変して、放送していません。また、日本テレビも情報番組「スッキリ!!」はふだん街頭インタビューを目玉のひとつにしている番組ですが、11月21日以降、選挙に関係する街頭インタビューを放送していません。日本テレビが放送した番組では「街頭インタビュー」が見つかったのはわずかに「情報ライブ ミヤネ屋」と「ウェークアップ!ぷらす」でしたが、2つとも大阪の読売テレビが制作する番組で、日本テレビが制作する番組ではありません。TBSやテレビ朝日、フジテレビなどのニュース番組は今回あまり多いとは言えないものの多かれ少なかれ街頭インタビューを流していました。しかし、「NEWS ZERO」や「news every.」「真相報道バンキシャ!」など、日本テレビのニュース番組、報道番組のなかで街頭インタビューを見つけることはできませんでした。ひょっとするとその他のニュースでやっていたのかもしれませんが、主要な番組の中で街頭インタビューを全く使わないとすればかなり不自然な印象です。自民党の要望書によるものなのかどうかはわかりませんが、どの局に限らず、全般的に街頭インタビューの放送の頻度は少なかったと言えます。》

いま起きているのは、メディア内部から権力の意向を「忖度」(そんたく)、「迎合」する事態であるように思われる。これに対して、内部からほとんど声が上がらないことを非常に憂慮している。
リブラ7

岩波書店の「民主主義」の問題
浅野健一「私にも話させて」所収、2015-03-17

表現の自由は民主主義社会にとって最も重要な基本的人権であるが、
岩波書店は、会社の指定した機密情報を流したり、岩波書店の刊行物に論文を書いた著者を誹謗中傷したりした時は懲戒解雇するという就業規則を導入しようとしている。これは異常であり、あってはならないことだと思う。もちろん、共同通信社にも学校法人同志社にもこんな馬鹿げた規則はない。憲法違反の就業規則だ。しかも、この就業規則改定案の「第24条の2」では、「会社は、次のいずれかに該当する職員に対し社内への入館を禁止し、または退館を命ずることができる。」と定めた上で、その対象の中に、「会社の風紀を乱し、または乱す恐れのある者」も挙げている。「恐れ」はいくらでも拡大解釈できる。また、「第41条の7」では「ほう助、教唆」も対象になっているが、その範囲や基準は明示されていない。

私は22年間、共同通信の記者を務めていたが、『「犯罪報道」の再犯 さらば共同通信社』(第三書館)で、当時の社長の不正経理が内部処理されたことを明らかにした。また、昭和天皇が死亡した1989年1月、共同通信は天皇の死を「崩御」と表現したが、それを行なった中心人物が後に関東学院大学教授になった元新聞労連副委員長の丸山重威氏だったことも書いた。岩波書店の改定就業規則ではこういう著述は許されないことになる。『週刊金曜日』で私と共に「人権とメディア」を連載している山口正紀氏は読売新聞記者時代に、読売新聞のロス銃撃事件報道などを批判した。共同通信記者の中嶋啓明氏も共同通信や共同の加盟社の報道を批判の対象にしている。しかし、読売や共同が就業規則を持ち出して、処分をちらつかせたことは一度もない。

岩波書店の名誉というのは何だろうか。職員の言論の自由を縛り、企業機密を守ることにエネルギーを使ううちに、出版業の大切な原点が忘れられていくだろう。縁故採用をネットのHPに載せるような愚かな行為こそ、岩波書店の名誉を毀損しているのではないか。リベラルなマスメディア企業の中で、「著者」や「関係取引先」や「職員」(社員)への誹謗中傷を懲戒解雇処分とするという規定を行っているメディアを知らない。言論機関にとって重要なのは、社内言論の自由だ。社員みんなが情報を得て、自由で闊達な議論をたたかわすことが何より大切だ。意見の違いを述べ合うことだ。controversial(論争的)であることが大事なのだ。社長も、一社員も平等の権利を持って。岩波書店にこのような就業規則が導入されれば、社員は萎縮し、お互いが疑心暗鬼になり、風通しの悪い職場になるだろう。相互監視の暗い職場になることは間違いない。これが他のメディア企業に広がった場合、報道・出版界全体が活力を失うだろう。

無罪判決に対する検察官控訴と「民主主義」の問題
郷原信郎が斬る 2015年3月19日

昨日(3月18日)午前10時、名古屋地裁から、「美濃加茂市長に対する無罪判決に対して検察官が控訴を行った」という連絡が入った。(略)そもそも、先進国で、無罪判決に対する検察官控訴を認める国はほとんどない。アメリカでも、無罪判決に対する上訴は認められていない。日本国憲法は、第39条で「既に無罪とされた行為については,刑事上の責任を問われない。(略)」と規定している。(略)検察実務でも、無罪判決に対する控訴は、一審が採用しなかった証拠、或いは新たな証拠の提出が可能な場合に限る、という取扱いが行われてきたはずだ。(略)私は、昨日、名古屋地裁から検察官が控訴を行ったとの連絡を受けた後、ただちに、最高検察庁宛の要請書をファックス送付した(名古屋高等検察庁、名古屋地方検察庁にも同旨の要請書を送付)。その中で「検察の理念」にも言及し、以下のように述べている。

控訴を断念することにより、本件に対するこれまでの検察官の権限行使に重大な問題があったことを自認せざるをえなくなることは確かである。しかし、それを怖れて、理由のない不当な控訴という権限行使を行うことは、検察の理念に照らしても、断じて許されないものである。すなわち、一連の検察不祥事を受けて定められた「検察の理念」においては、検察官の権限行使に関し、「自己の名誉や評価を目的として行動することを潔しとせず,時としてこれが傷つくことをもおそれない胆力が必要である。同時に,権限行使の在り方が,独善に陥ることなく,真に国民の利益にかなうものとなっているかを常に内省しつつ行動する,謙虚な姿勢を保つべきである。」と述べられており、検察としての面子にこだわり、或いは、捜査・公判の不当性を自認することを怖れて控訴を行ったとすれば、明らかに上記理念に反するものである。「過ちは改むるに憚ること勿れ」という言葉がある。大野検事総長が、今、まず行うべきことは、名古屋地検からの報告を鵜呑みにすることなく、証拠全体を再検討した上、控訴が「過ち」であったことを認め、控訴の取下げを行って無罪判決を確定させることである。
中東圏を視点に据えて研究する専門家と欧州文化の視点(あるいは米国フレーム)を通じてしかものごとを判断しえない日本のメディアの記者諸氏との中東情勢認識の差異。その彼我の認識の差異にあなたは気づかれませんか? 「傲岸な人と話をすると、どこかで『嘗められたらあかん』と思っている。でも、そう思っている時点ですでにどこかに卑屈さがあるでしょ。だから卑屈な人は傲岸になりやすい」という桂米朝=安田登の認識はここでも通用する認識であるようにも思えます。

内藤正典Twitter
(2015年3月19日、20日)から。
 
バルド博物館はモザイクのコレクションが豊富で、チュニスでは外国人観光客が必ず訪れる場所。外国人を襲撃するというより、チュニジアの観光産業に打撃を与える目的のテロではないか。チュニジアは、破綻しつつあるリビアと強権で押さえ込んでいるアルジェリアの狭間にあって、安定の維持が難しい国。チュニジアの一定の民主化と穏健イスラムの共存を不満とする勢力がいる。想像だが、彼らは一体化した組織ではないだろう。チュニジアの現状を破壊し恐怖に陥れようとするのが、今回のテロの狙い。これまで野党指導者の暗殺などによって、散発的な恐怖を与えてきたが、より脆弱な外国人観光客を襲撃。CNN、チュニジアのテロについて、ISの犯行と。チュニジア人自身が、首都チュニスで公的な建物が襲撃されたことはないと。多分、恐怖に陥れるために、象徴的に首都を狙ったのだろう。テロリストの目的は、文字通り、恐怖を味あわせること。当然、チュニジア国民はテロに猛然と反発するものの、恐らく、同様のテロを企てることで、チュニジア社会を分断しようとする。

BBCは、ISの犯行声明にやや懐疑的
チュニジアは、安定した穏健なイスラム教徒の国だというイメージが強いが、隣国リビアでトレーニングもしくは実戦に参加した戦士が多く、彼らが戻ってテロを起こす場合、脆弱性が一気に表に出てくる。アラブの春の発端となった若者の不満は、解消されていない
 
金言:人々の成熟度に期待(西川恵 毎日新聞 2015年03月20日)
 
古代カルタゴは今のチュニジアを本拠とした。紀元前800年代に建国され、地中海貿易で繁栄した。名将ハンニバル(紀元前200年代)は象でアルプスを越えてイタリア半島に侵攻し、ローマ帝国の首都ローマを陥落させる一歩手前までいったが、紀元前146年に滅亡した。高校の歴史教科書で習った史実が頭にあったから、チュニジアに行く度に「この人たちは本当にあの勇猛果敢なカルタゴの末裔(まつえい)なのだろうか」と自問したものだ。

チュニジアの人たちは性格が温和で優しい。隣国のリビアやアルジェリアのような強い自己主張や頑固さは持ち合わせておらず、人が怒鳴ったり、激高したりする場面に出くわしたことがない。案内してくれた日本人留学生が「チュニジア人の男性はケンカすると泣くんですよ」と言ったのが妙に耳に残っている。

この国は三つのアイデンティティーからなっている。東からのアラブ・イスラム文化、南からのブラック・アフリカのアニミズムや土着文化、そして北からの欧州文化だ。第1と第2が社会の基層をなし、欧州文化が上部層を作る多重層の社会だ。とくにこの三つ目は、よくも悪くも75年間フランスの保護領下にあったことで、近代社会と個人の関係性のあるべき姿を人々の精神に刻印した。2011年の「アラブの春」の後の民主化のプロセスにおいて、チュニジアが他の国のような混乱に陥らず、粘り強い議会審議の末に「男女平等」「信教の自由」をうたったアラブの国では画期的な憲法を採択することができたのは、まさにこの三つ目が効いたと私は思っている。

中東の中心部であるイラク、シリア、レバノン、イスラエルなどでは戦争や武力衝突が続き、我々は中東はいつも混乱していると思いがちだ。しかし同じ中東でも中心部から離れると混乱は少ない。それだけに日本のメディアで報じられる機会はほとんどないが、静かな国造りが続いてきた。北アフリカのチュニジア、アルジェリア、モロッコがその例だが、そのチュニジアがテロに見舞われた。隣国のリビアからイスラム過激派が侵入していると以前から言われていたし、「イスラム国」(IS)にはせ参じているチュニジアの若者も少なくない。しかし社会にマグマのように不満がたまっているとは私には思えない。今回のテロを機にこの国の強じんさが問われるが、民主的な憲法を採択した人々の成熟度と賢明さに期待したい。(
客員編集委員)


その
西川コラムを「評価」する小川一毎日新聞東京本社編集編成局長のツイッター発言

チュニジアに詳しい西川恵先輩のコラム。チュニジア人は温和で優しいそうだ。チュニジアの男性はケンカをすると自分が泣くのだという。本当に場違いの、卑劣な、許されないテロだ。

西川コラムの間接的批判としての「時事解説『ディストピア』」氏の論

チュニジアで日本人が数名、殺害されました。実に痛ましい事件です。この事件について、日本では「なぜ中東で唯一、民主化が上手くいったチュニジアで事件が?」と疑問を投げかけている馬鹿野郎どもがわりと本気でいます。彼らメディア関係者は決して情報を知ることができない位置にいたわけではなかった。これを「馬鹿野郎」と言わず、どう表現すれば良いのでしょう?

簡潔に説明する
と、チュニジアでは民衆が蜂起した後も、 軍が国を支配するという構図は全くそのまま変わりませんでした。ベンアリー抜きの軍事政権。これはエジプトでも同様です。そして、現在、アメリカが両軍のバックに立ち、支援を行っていること。これもまた事実です。そもそも、アラブの春というのは自然発生的に起きた事件ではありませんでした。確かに、きっかけはチュニジアの青年の抗議の自殺ではありましたが、それ以前から、現地の若者に対してアメリカのシンクタンクが民衆蜂起のテクをレッスンしていたのです。つまり、導火線に火さえつけば直ちに爆発するような爆弾があらかじめ、アメリカを中心とするIMF・欧米連合によって作られていたというわけです。また、両国にはムスリム同胞団という過激派が存在し、特にエジプトにおいては、このテログループとの戦いを通じて次第にムバラクの独裁的傾向が深まっていったのですが、この同胞団を支援したのが他ならぬアメリカ合衆国でした。

チュニジアにせよエジプトにせよ、アラブの春によって誕生したのが ムスリム同胞団による政
権だったというのは偶然ではありません。古くはシオドア・ローズベルトの時代から続く、現地の反体制派を支援し、政権を転覆させ、アメリカに有利な保護国を作るというシナリオに基づいたものです。ですから、アラブの春というのは、実際には欧米の再植民地化だったわけで、暮らしが良くなるわけでも民主化が進むわけでもなかったのです。どうして、このことを中東研究者もメディアも言わないのだろう、実際には現地の状況は良くなっていないのになぜ民主的な革命とまでベタ褒めするのだろう。そう私は思っていました。特にNATOが爆撃によって文字通り消滅させたリビアに対しては。今回の事件は、チュニジア=民主化されたという歪んだイメージを刷り込ませた結果、起きるべきして起きた事件だと私は思います。もっと危険な状況にあると危機感を抱くべきでした。
(時事解説「ディストピア」2015-03-20)

安田登Twitter(2015年3月20日)から。
 
米朝の言葉「芸人は…好きな芸をやって一生送るもんやさかいに、むさぼってはいかん」。
 
これ大切ですね。いい芸人は謙虚で、小屋の人やスタッフに親切だし、愛想がいい。でも、卑屈ではない。卑屈と謙虚、傲岸と矜恃は違うんですよね。アーティスト(芸術家)って名称がどうもよくないな。
 
芸人だけでなく傲岸な人と話をすると、どこかで「嘗められたらあかん」と思っているでも、そう思っている時点ですでにどこかに卑屈さがあるでしょ。だから卑屈な人は傲岸になりやすい。確たる自信がある人は、だいたい謙虚で、いい人です。だからそういう人ばかりが周囲にいると、とても楽なんです。だから人間関係を楽しいものにしようと思ったら、第一歩は偉そうな人から遠ざかることです。これを10年するだけで、だいぶ楽になります。

『3年B組金八先生』(1979年~2011年)は武田鉄矢が金八先生役の主人公で32年間にわたって放送された「日本の学園ドラマの金字塔」と称されるテレビドラマ。三原じゅん子は生徒役として杉田かおる鶴見辰吾田原俊彦近藤真彦らと初回から出演し役柄の「ツッパリ」イメージで人気を博しました。私は生徒役の彼ら、彼女たちよりも一回り以上上の先生役の武田鉄矢と同じ世代に属しますが『金八先生』は初回からリアルタイムでおそらく(記憶)観ていました。私も好きな作品でした。三原じゅん子については近藤真彦とのラブロマンスで週刊誌などで騒がれていたことも記憶にありますが、言い換えれば、その程度の記憶でしかありません。

三原じゅん子はやがて国会議員になります。以下は、その三原じゅん子の国会議員になってからの記録。記録に遺すほどのことではないかもしれませんが、私にはやはりヤンキーを演じていた頃の三原じゅん子が懐かしい。その懐かしさのゆえに「劣化したヤンキーのゆくえ」とでもいうべき記録として遺しておきたいと思います。

三原じゅん子「八紘一宇は大切な価値観」予算委で発言(朝日三原じゅん子がこういうことを言うと、ああ、この人は「突っ張り」で売り出した三十余年前の十代の頃と変わらない感性で今を生きているんだなあと思う。つまり、ファッションとしての国粋(極右)思想。つまんない女だと思う。三原が「突っ張り」で売ってた頃に右派論客として鳴らしていた福田恆存あたりがいま生きていて、三原だの百田尚樹だのの軽薄な「極右」を見たらどう思うだろうかと最近時々思う*1。彼らは、極右思想という流行の最先端を身にまとってイキがっているようにしか見えないのだ。百田は『殉愛』騒動」で大きく躓いた。現在の「極右」ブームもそろそろ終わりが近いのではないかという気もしないではない。(kojitakenの日記 2015-03-17




「八紘一宇」持ち出した三原じゅん子氏に沈黙する国会の異常(日刊ゲンダイ)「一昔前なら大問題となったはずの暴言だが、16日の参院予算委で三原議員の発言をとがめる議員はゼロ。共産党も社民党も黙って聞き流していた」(引用者注:「権力」と本質的に闘いえない姿勢において、最近、共産党は社民党と同列に論じられることが多くなった。共産党はいまの組織の体質の問題としてそのことを恥としなければならないだろう)。三原じゅん子議員の「八紘一宇」発言の問題は、この大正期に作られ昭和初期に日本のアジア支配を正当化する大義名分とされた概念を「日本が建国以来、大切にしてきた価値観」と錯覚していること。与党議員が事実でない嘘を国会で発言したら、野党議員は「そんな事実は無い」と指摘しないとだめだろう。「八紘一宇は日本が建国以来、大切にしてきた価値観」という、日本のアジア支配を正当化する政治的意図に基づいて語られ、戦前戦中の僅か15年ほどだけ国内で「事実」とされた自国中心思想の「物語」が、2015年の国会で再び「事実」であるかのように語られ、嘘だと指摘されずに話が終わっている。三原じゅん子議員の発言と、それに対する野党と大手メディアの無反応で、「八紘一宇」という語句は「日本の国会で使っても全然問題がない言葉」に認定された。国家神道の政治勢力にとっては大きなポイントで、今後はこの一見無害な言葉に様々な解釈が施され、国家神道的価値観の宣伝に使われるだろう。(山崎雅弘Twitter 2015年3月17日

「八紘一宇」でTLが賑わっています。丸山眞男東京裁判について書いた文章を思い出しました。「こうした言葉の魔術によって主体的な責任意識はいよいよボカされてしまう。『大アジア主義』の語義が問題になったとき判事側が『われわれは行動というものに関心を持っているのであって、・・・・「しかし、こうした戦犯者たちは単に言葉で誤魔かしてその場を言い逃れていたとばかりはいえない。被告を含めた支配層一般が今度の戦争において主体的責任意識に希薄だということは、恥知らずの狡猾とか浅ましい保身術とかいった個人的道徳に帰すべくあまりに根深い原因を持っている。三原じゅん子は「八紘一宇」とはUniversal Brotherhoodの意であると言い抜けて、侵略の事実を否定しようとしたことで東京裁判が紛糾したという歴史的事実を知っていたのでしょうか。知っていたとしたら確信犯、知らなければ誰かの「操り人形」でしょう。それでも「八紘一宇」や「大東亜共栄圏」に全く政治的実質がなかったわけではありません。アジアには大日本帝国の友邦として中華民国南京政府、満洲国、自由インド仮政府、ビルマ国、フィリピン共和国、ベトナム帝国、カンボジア王国、ラオス王国などの枢軸国が(実体はともかく)存在しましたから。翻って今の日本に「八紘一宇」をともに形成する「ブラザーたち」がどこにいるのでしょう?安倍晋三が日本を「盟主」として頂く「大東亜会議」を呼集したとき、求めに応じる国(政治組織でも可)がいったいいくつあるのか?(内田樹Twitter 2015年3月17日

政治家の劣化を象徴するような三原じゅん子参院議員の愚劣な国会質問(五十嵐仁の転成仁語 2015年3月18日) 
 
「とうとうこんな質問をする議員が登場するようになってしまったんだなー」と、呆れてしまいました。「金八先生」もびっくりするような三原じゅん子自民党参院議員の国会での質問です。三原議員は16日の参院予算委員会で、企業の国際的な課税回避の問題を取り上げる中で「ご紹介したいのが、日本が建国以来、大切にしてきた価値観、八紘一宇(はっこういちう)であります」と述べ、「八紘一宇の理念のもとに、世界が一つの家族のようにむつみあい、助け合えるような経済、税の仕組みを運用することを確認する崇高な政治的合意文書のようなものを、安倍総理こそが世界中に提案していくべきだと思う」と質問しました。これに対して、麻生太郎副総理兼財務相は「八紘一宇は戦前の歌の中でもいろいろあり、メーンストリーム(主流)の考え方の一つなんだと思う。こういった考え方をお持ちの方が、三原先生の世代におられるのに正直驚いた」と答弁しました。質問された麻生副総理も困ってしまったでしょうが、その麻生さんも、かつて「ナチスの手口に学んだらどうか」というトンデモ発言をして批判されたことがあります。「似た者同士」での質疑だったということになりましょうか。
 
「八紘一宇」という言葉はもともと「世界を一つの家とする」という意味でしたが、太平洋戦争中、日本の侵略を正当化するための標語として使われた過去があります。このような背景からすれば、この言葉を肯定的に引用して質問することをはばかるのが普通の感覚です。三原議員はこのような歴史的な事実を知らずに質問したのでしょうか。もしそうであれば、国民として知っているべき基本的な知識を欠落していることになります。歴史教育が十分になされず、過去の侵略戦争の歴史についての基本的な知識が欠落すればどのような人間が生まれてくるかを示す典型的な例の一つで、これは国会の歴史においても大きな汚点になります。もちろん、国会議員としての資質を欠いていることは明白で、即刻、議員の座を去るべきです。それとも、三原議員は侵略戦争を合理化し遂行するためのスローガンであったという歴史的な背景を知っていて質問したのでしょうか。もしそうであれば、過去の戦争を肯定し、美化する立場を明示したことになります。このようなトンデモ質問が堂々と行われたのは前代未聞の恥ずべき出来事にほかなりません。その背景には、安倍政権によってかもし出されている右翼的な空気があるということも、同時に指摘する必要があります。安倍政権の閣僚や首相が任命した自民党役員の中には、ヘイトスピーチで問題となっている在特会や日本版ネオ・ナチ勢力とのツーショット写真を撮り、それが問題とされてもおとがめなしで、国会内で平然と風を切って闊歩しています。このような国会の雰囲気からすれば、三原議員の今回の質問も顰蹙を買うどころか評価されかねません。

日本人2人が過激派集団によって人質にされても見殺しにする政府、「日教組はどうなんだ」と根拠のないヤジを飛ばした首相、「政治とカネ」の問題を追求されても「知らなかった」と居直って反省することのない議員たち、ハイヤー代をケチろうとしてバレたら慌てて支払ったNHK会長、そして今回の「八紘一宇」を評価する国会質問などなど……。一体、この国はどうなってしまったのか、と言いたくなります。このような政治と政治家の劣化も、安倍政権の暴走を許してしまっている大きな要因ではないでしょうか。安倍政権の暴走阻止のためにも、これらの人々にはキッチリと責任を取らせる必要があります。その表れの一つ一つに対してきちんと「対決」し、問題点を明らかにして追及することが今ほど必要になっているときはありません。(改行は引用者)

八紘一宇を絶賛! 三原じゅん子議員 侵略戦争美化
(弁護士 猪野亨のブログ 2015/03/17)

昨日の衆議院予算委員会で三原じゅん子議員が政府自民党に対して質問をしていたのですが、何と、「八紘一宇」が素晴らしいと絶賛する独演会を始めました。ちょうど、私は車での移動中であったため、NHKのラジオ放送を聞いていました。はっきりいって意味不明でした。グローバル企業が法人税回避(逃れ)のためにという流れの中で出てきたのですが、いかにも唐突でした。グローバル企業が法人税回避(逃れ)などを許してはならないというのが三原氏の主張でしたが、もちろん、このような法人税逃れを黙認していたら、どの国のも財政が空洞化してしまいます。だから私も三原氏の視点は賛同します。しかし、それが何故、「八紘一宇」なのかは異様です。この考え方について、三原氏は、昭和13年の副読本(?)を用いて説明していましたが、これは強い者が支配する論理ではなく、強い者が弱い者を助ける論理だ、と持論を展開し、それを世界に拡げるべきだというのです。要は、税率を低くするような抜け駆けのような国を許さない、そういう世界の体制を作るべきだということなのですが、それが何故か、「八紘一宇」なのです。

ところで、この八紘一宇ですが、戦前、日本がアジア諸国を侵略する際に自らの侵略行為を正当化するものとして用いられました。アジア諸国も天皇を頂点とした支配体制の中に組み入れるというもので、その中でともに栄えるのだという大東亜共栄圏建設のための精神的支柱でした。これを世界に広める??  三原氏の単純ウヨク思想がもたらしたとしか思えないこの珍論八紘一宇とグローバル企業の法人税逃れとの関係が全くもって不明です。単に国粋ウヨクが天皇崇拝に酔いしれている姿であり、論外です。戦時中に侵略行為を正当化するために使われた言葉を使っている時点でそもそも議員失格です。
 
また、三原氏は、企業の創始者の名前を挙げて、その人が日本にこそ納税するという発言を紹介、これこそ愛国心であると絶賛していました。これが愛国心ですか。そうすると、グローバル企業が他国で納税するがごときは非国民ということでしょうか。私自身も散々日本国内のインフラなどを利用しておきながら、税率の低い国に逃げるがごときはとんでもないと思います。企業だけではありません。個人も同様です。法人税が高いからとか、累進制がひどいからカネ持ちがみな海外に逃げていくんだという批判が出てくることがありますが、図々しいと言わざるを得ません。累進課税は富の再分配であり、当然の原理です。愛国心というかはともかく、このようなカネの亡者は許すべきではないといことはその通りです。気持ちの問題ではなく、制度として構築する必要があるといえます。(改行は引用者) 
先日、PCの下書きフォルダーを整理していて、金光翔さん(岩波『世界』元編集部)の「『戦後社会』批判から『戦後社会』肯定へ――2005・2006年以降のリベラル・左派の変動・再編について」という論攷が眠っていることに気がつきました。そして、金光翔さんの論攷の冒頭の一文に記されていた「2005・2006年以降のリベラル・左派の変動」という一節に目が止まりました。そうか。私がいましている「記事を書く」という行為。そのクリティーク(批評。批判)の初源の動機はここにあったのか。そのことに改めて思い到りました。
 
振り返ってみれば、私は、「2005・2006年」頃が金光翔さんが指摘するメルクマールであったことに当時としては気づかずに、結果として、違和の生じるままに同年前後からことあるごとに「リベラル・左派の変動」に異議を申し立てる記事を書くことを日常のようにしてきました。あれから10有余年の歳月が流れています。先日もふたりの「護憲」派弁護士の論を批判する記事を書きました。昨日も市民サイドメディアの論の中にある脆弱性を指摘する記事を書きました。その私の一切の「違和」と「怒り」の所在の初源は「2005・2006年以降のリベラル・左派の変動」にありました。そのことの意味(は、もちろん、私というちっぽけな存在(もの)の「怒り」の範疇をはるかに超えるものです)を改めて明らめるためにここにその金光翔さんの論を再録させていただこうと思います(以下、ボールドは原著。人名リンクは引用者)。
 
(金光翔「私にも話させて」2008-08-01)
 
<1>
佐高信による佐藤優評価が180度変わり、それが正当化されていることが、ブログ「アンチナショナリズム宣言」2008年5月14日付記事で指摘されている。佐高の弁明に何ら説得力がないことは、そこで指摘されている通りであるが、私がここで取り上げたいのは、佐高の佐藤優評価の変容において、2005・2006年以降のリベラル・左派の変動・再編の最も重要な特徴点の一つが、観察できることである。
 
『金曜日』2005年6月10日号「読んではいけない」欄で、佐高は佐藤の『国家の罠』を取り上げて、次のように述べている。
 
「小泉政権の誕生により、日本人の排外主義的ナショナリズムが急速に強まった、と著者は書く。しかし、それは小泉だけの責任ではなく、憲法の掲げる平和主義に基づく外交を積極的に展開してこなかった外務官僚の責任でもある。/国連の安全保障理事会の常任理事国になりたがり、そのことは必然的に核を保有することにつながるのを隠して大国主義をあおったのも彼らの責任だろう。」
 
当時の佐高の主張は、その通りとしか言いようがないのだが、こうした認識からは、当然、<右傾化または排外主義的ナショナリズムに対抗するためには、「平和」であったはずの「戦後社会」の内実自体を問う作業が不可欠である>という主張が導き出されよう。
 
だが、私見によれば、2005・2006年以降のリベラル・左派の論壇において支配的なのは、こうした、右傾化に対抗するためには「戦後社会」批判が不可欠、という認識ではなく、右傾化に対抗するためには、保守派を含めた、「戦後社会」の「平和」を肯定する勢力の結集が不可欠、という認識である。2006年後半の、「戦後レジームからの脱却」を唱える安倍政権の成立以降は、特にそうである。もちろん、「戦後社会」や「戦後民主主義」が批判されることもあるが、大枠ではこうである。
 
<「平和」だった「戦後社会」の内実を否定的に捉える>という立場が、<「平和」だった「戦後社会」をそのまま肯定する>という立場に、まさに180度の変容を遂げているのだ。
 
私には、佐高自身のこうした立場の移行があったからこそ、佐高による佐藤への評価の変化が生じたように思われる。佐高による佐藤評価の変容は、上のサイトで示されているように、佐藤の著書『国家の罠』(新潮社、2005年3月)への評価の変容として現れているが、『国家の罠』では、佐藤は、自身と鈴木宗男への「国策捜査」について、次のように述べている。
 
「現在の日本では、内政におけるケインズ型公平配分路線からハイエク型傾斜配分路線への転換、外交における地政学的国際協調主義から排外主義的ナショナリズムへの転換という二つの線で「時代のけじめ」をつける必要があり、その線が交錯するところに鈴木宗男氏がいるので、どうも国策捜査の対象になったのではないかという構図が見えてきた。」(292~293頁)
 
佐藤は、自らや鈴木宗男らを、「ケインズ型公平配分路線」「地政学的国際協調主義」だと称する政治方針に依拠する勢力だと位置づけようとしている。「平和」で「平等」な「戦後社会」の側に立つというのだ。佐高は、新自由主義による格差社会の拡大に象徴される「ハイエク型傾斜配分路線」、小泉の靖国参拝や安倍の政治姿勢によって煽られるところの「排外主義的ナショナリズム」に対抗するために、佐藤や鈴木らと手を組むことを選択したように私には思われる。
 
佐高が、宮沢喜一小渕恵三ら、自民党「ハト派」や旧田中派系を中心に、従来は批判していた政治家への評価を180度変えていることは既に指摘されているが、根底には、こうした立場の移行が作用していると私は思う。ここでは、こうした政治家たちが、「平等」で「平和」な「戦後社会」を共に作り上げてきた同志のようなものに変容している。
 
この、「戦後社会」評価の180度の転換は、佐高だけではない。詳述は省くが、『愛国の作法』(朝日新書、2006年10月)以降の姜尚中もそうであり、朝日新聞のこの3月までの論説主幹で、次の社長とも噂される若宮啓文もそうである。若宮の『戦後保守のアジア観』(朝日選書、1995年)と、同書の刊行「以後の10年を追加、徹底加筆した新版」である、『和解とナショナリズム――新版・戦後保守のアジア観』(朝日選書、2006年12月)を読み比べれば、そのことは明瞭である。
 
こうした、「右傾化」に対抗するための「戦後社会」の肯定という立場は、『論座』編集長の薬師寺克行による以下の発言に、その完成形を見ることができる。
 
「アジア・太平洋地域を舞台とした先の戦争に関する政治指導者の発言が大きく変わりつつある。戦争によって完全に崩壊したアジア諸国との外交関係を回復するため、戦後、日本政府は腰を低くして自らの行いの非を認めて謝罪するとともに、各国の経済発展に最大限の貢献をする外交を展開してきた。その結果、なんとかアジア諸国との友好関係を再構築するとともに、安定的な外交環境を自らの国の発展につなげてきた。/ところが、最近の首相や主要閣僚らの発言をみると、少なからぬ政治指導者がこうした戦後日本外交の積み上げを否定的にとらえているようである。」(薬師寺克行「序――いまこそ論壇の「構造改革」を」(『論座』編集部編『リベラルからの反撃――アジア・靖国・9条』朝日新聞社、2006年4月、3頁。強調は引用者、以下同じ))。
 
「(注・1986年の教科書問題からの)15年ほどの間のこの変化を「右傾化」といっていいだろう。かつては多くの国民も、植民地支配や侵略の歴史を踏まえて、中国や韓国の要求を冷静に受け止めていた。ところがいまは、首相の靖国神社参拝や歴史教科書検定問題について、隣国から文句が出ると、それに謙虚に耳を貸すのではなく、頭から「余計なお世話である」「他国にいわれる筋合いではない」と拒否する狭量な反応が増えた。」(同書、12頁)
 
出鱈目もここまで来ると見事と言うほかないが、本来、<右傾化に対抗するために、「平和」だった「戦後社会」をそのまま肯定する>という立場は、ここまで来なければならないだろう。「戦後社会」「戦後国家」の全面肯定である。念のために言っておくと、薬師寺は、「中国や韓国」の主張が正しい、と言っているわけでは全くない。「中国や韓国」の要求に対し、「包容力や寛容さ」(同書、11頁)を持って、「冷静」に対処するのが必要だといっているのである。「大人」(日本)が、聞きわけのない「子供」(中国・韓国)をあやすような視線だ。(注1)
 
もちろん薬師寺は、「いわゆるリベラル、つまり右や左でない勢力」(同書、43頁)として、すなわち、自らを「右」でも「左」でもない勢力として自己規定している。ここまで行ってしまえば、佐藤を使おうが小林よしのりを使おうが、何らやましいところはなくなる。薬師寺にとっての「リベラリズム」とは、「平和」「人権」の擁護といった理念ではなく、「他者を認め自己を相対化しより建設的な言論を探し求める」という志向性のことであり(同書、16頁)、こうしたリベラルは、「国益」を前提として価値評価をする(この朝日新聞の「地球貢献国家」の説明図参照)「普通の国」に適合的なものだからだ。私は、論文「<佐藤優現象>批判」で、2005年以降の日本のリベラル・左派が、「国益」を前提として価値評価をする、「普通の国」に適合的な、イスラエルのリベラルのようなものに変質しつつあることを指摘したが、朝日新聞は、既にその変質が完了しているのである。
 
だが、護憲派ジャーナリズムは、明文改憲か、民主党系のものも含めた「安全保障基本法」の制定による立法改憲(解釈改憲)が実現しない限り、<右傾化に対抗するために、「平和」だった「戦後社会」をそのまま肯定する>という志向性がどれだけ強まろうと、薬師寺のレベルまでは到達するのは難しいだろう。だから、護憲派ジャーナリズムにとって現在は過渡期なのであって、護憲派ジャーナリズムが佐藤を使うにあたっての言い訳や論理は、恐らく、この過渡期にのみ観察できるものである。
 
<2>
さて、リベラル・左派における「戦後社会」の肯定という現象は、<右傾化への対抗>という名目の下に展開されているが、こうした現象は、この政治戦略だけでは説明できないと思われる。
 
私は「<佐藤優現象>批判」で、<佐藤優現象>を成り立たせている駆動力として、リベラル・左派における、「人民戦線」という志向性と、「「論壇」での生き残り」という欲望を挙げた。この両方がないと<佐藤優現象>が成立しないように、「戦後社会」の肯定という現象も、<右傾化への対抗>という大義名分だけではなく、リベラル・左派の欲望がないと成立しないように思われる。「戦後社会」を肯定したいという欲望である。
 
1980年代後半頃から、日本の侵略と植民地支配の加害責任を追及する声が、日本の周辺諸国で強まり、「戦後民主主義」の一国主義的側面、被害体験ばかりを強調する性格の問題性が、問われることになった。こうした、加害責任、植民地支配責任を追及する声を、「90年代の問いかけ」とするならば、90年代以降、護憲運動・平和運動はほぼ全面的に、こうした「90年代の問いかけ」を避けて通ることができなかったと言える。
 
ところが、現在、リベラル・左派の論調において観察されるのは、こうした「90年代の問いかけ」が、なかったことになっているという現象であるように、私には思われる。「加害」よりも「被害」の側面が強調されるようになっている傾向がその典型だ。また、「加害」の問題が言及される場合も、日本の侵略による「加害」の事実を追及しようと運動に取り組む日本人の努力(日本国家の謝罪ではなく)が被害当事者に認識されることで、もたらされるとする、被害当事者と日本国民の「和解」が強調される傾向も、「90年代の問いかけ」の強度を弱める機能を果たしてしまっているように思う。
 
沖縄戦集団自決に関する教科書検定をめぐる言説に関しても、「集団自決の日本軍による強制性の記述を勝ち取り、「従軍慰安婦」や朝鮮人強制連行も歴史教科書へ改めて記述されるようつなげていこう」という声は、ほぼ皆無だった。逆に、沖縄の運動も含めて、リベラル・左派は、沖縄県民の意識への一定の配慮を重視する保守派との連携に向かっているようである。佐藤は、「特にいけないのは、今、右派の沖縄に対する見方が、朝鮮や中国に対する見方と同じになっていることです。これはいけません。沖縄は、わが同胞なのだということからまず出発しなければなりません。」(「吉野、賀名生詣でと鎮魂」『月刊日本』2007年12月号)と述べているが、佐藤はよく状況を認識しており、実際に、沖縄の運動を含めたリベラル・左派は、この論理で動いているように思われる。まさに「戦後」を象徴する、憲法9条と日米安保の矛盾を押し付けられた沖縄は、「戦後社会」を批判する側に回ってもよさそうなものだが、現実に起こっているのは、「戦後社会」の価値観を、アジア諸国の「反日」の動きや在日外国人と連帯して問い直すのではなく、「戦後社会」における実質的な人権享受主体であった「同胞」(「国民」ですらない)という点を根拠として、日本社会からの配慮もしくは処遇改善を要求する、という動きであるように見える。歴史認識が、再収縮している。
 
結局、「90年代の問いかけ」は、2005年の中国の「反日」運動に関する報道・論評あたりをきっかけに、「反日ナショナリズム」として、切り捨てるか、せいぜい想いを受け止めるだけでよいことになったようなのである。その主張をそのまま受け取り、応答しなくてもよくなったようなのだ。こうして、「90年代の問いかけ」という制約が取り払われた、もしくは大して重視しなくてもよくなったという(無)意識の下で、<右傾化への対抗>という大義名分の裏で、実はかねてからあった、「戦後社会」を肯定したいという欲望が、だだ漏れしているという印象を私は受ける。
 
もちろん、「戦後社会」の肯定は、日米安保条約の容認であり、河辺一郎が再三批判している、戦後日本の国連への大国主義的関与の容認でもある。「戦後社会」の「平等性」(というもの自体が神話だと思うが)の肯定とは、外国人労働者の流入またはメンバーシップを排除した上での「平等性」の肯定であり、また、在日朝鮮人を日本社会の構成員として位置づけない社会状態における、日本人の「平等性」の肯定であるから、外国人労働者及び在日朝鮮人への攻撃は、リベラル・左派論壇でも、表立っては大して取り上げられないことになる。在日朝鮮人の場合、日本国籍取得によって「コリア系日本人」になることが奨励されることになるだろう(もう暗黙のうちにはなっているが)。(注2)
 
また、近年のリベラル・左派論壇では、佐藤優がブームになるのとほぼ同時期に、小田実がちょっとしたブーム(特に小田の没後に)となっている。注目されるべきは、現在も小田と同様に、日本が「国益」中心主義的な方向に向かうことを拒否したい、としている人々だけでなく、まさに、「国益」中心主義的な方向へと主張を強めている人々が、小田実へのオマージュを捧げる、といった現象が多く見られる点である。佐藤優のような国権主義者を称えた同じ口が、市民主義者を称えるわけだ。私はこの現象を興味深く思っていたが、小田を讃えることで自らの「右傾化」を隠蔽する、というような(無意識の)計算も働いているのかもしれないが、これも、リベラル・左派における「戦後社会」の肯定、という側面から考察することが、問題を解く手がかりになると思われる。すなわち、小田は、平和な「戦後社会」を作ることに貢献した、「戦後民主主義者」として、旧田中派政治家が称賛されるのと同じ意味で称賛されているのではないか。要するに、「戦後社会」を肯定したいという欲望が、小田への賛辞の背景となっている。
 
朴裕河が朝日新聞系のメディアを中心に、これほど持てはやされるのも、同じ流れの中にある。単に、朴が「韓国ナショナリズム」を批判している点だけではなく、朴が、日本は戦後一貫して(しかも政府レベルで!)、「戦前の日本との「切断」の意志があった」(強調は引用者。以下同じ))とし、「反省する戦後日本」を高く評価している点が、先の薬師寺のような、現在のリベラルの自尊心をくすぐっているのだと思われる。かくして、朴は言う。
 
「新しい日本を築こうとした人々、いわゆる「良心的知識人」と市民を生んだのもまた、ほかでもない戦後日本ではなかったか。そうである限り、そして彼らが少なからぬ影響力をもつ知識人であり、また市民の多数を占めていることが明らかである以上は、日本が戦後めざしてきた「新しい」日本は、ある程度達成されたとみるべきであろう。そしてそのような意味では、韓国における「反省なき日本」という大前提は再考されるべきである。」(朴裕河『和解のために――教科書・慰安婦・靖国・独島』平凡社、佐藤久訳、2006年11月、24~25頁)
 
私たちが目撃しているのは、恐らく、「90年代の問いかけ」をやり過ごした上で、再浮上した、「戦後社会」である。それは、戦前への批判を思いきり弱め、戦前の「健全な保守」及び「リベラル」を高く評価した上で、自らを戦前と「切断」した、「「新しい」日本」であると称し、「戦後民主主義」と自らを同じものだと主張して、「戦後民主主義」の名を借りることによって、自らを正当化するだろう。再浮上しているのは、一国主義的な限界はそのままで、「国益」中心主義的に再編された「戦後民主主義」である。そこには、「戦後民主主義」をバージョンアップさせるための契機、「戦後民主主義」を外に開いていく可能性は、あらかじめ摘み取られている。
 
こうした再浮上した、「戦後民主主義」と等置された「戦後社会」には、もちろん、それ自体の「象徴」を必要とするだろう。
 
宮台真司は、神保哲生との共編著『天皇と日本のナショナリズム』春秋社、2006年10月)の「まえがき」において、安倍政権を「「戦後的なものの否定」と「国家への貢献の称揚」を結びつけるタイプ」のナショナリズムとし、否定した上で、「「戦後的なもの」にコミットするという意味でのナショナリズム」は不可欠だとする。
 
そして宮台は、「日本が国際社会に約束した「戦前的なもの」との断絶と矛盾しない、日の丸、君が代、天皇、ナショナリズムが、ありうるか否か」と問題提起した上で、「「戦後的なもの」を肯定するナショナリズムこそが必要である」、「「象徴天皇制」とは「戦後的なもの」を肯定するナショナリズムのためにこそある」と述べている。
 
宮台は「リベラル」ではあっても左派ではないから、回りくどさや婉曲表現のない分、率直で分かりやすい。これからのリベラル・左派、すなわち、「戦後民主主義」と等置された「戦後社会」は、「「戦後的なもの」を肯定するナショナリズム」を「象徴」する天皇制とともに―― 一部の「戦後民主主義者」の天皇制批判等は忘却された形で――立ち現れるだろう。
 
これは、「象徴天皇制は「世論」で広く支持されているから、容認せざるを得ない」ということではない。「象徴天皇制」が、「戦後社会」を肯定するナショナリズムの象徴として、改めて選び直されているのである。
 
 
(注1)ここでの薬師寺の視線は、以前のブログ記事で書いた、『週刊朝日』見出し「いい加減にしろ!韓国人」の記事の視線に、危険なほど近似しているように思われる。同記事は、<嫌韓流>的な視線の下、韓国人を「大人になってもらいたい」として慨嘆(嘲笑)する記事だった。政治的寛容さとレイシズムは、同一人の中で容易に共存するし、ガッサン・ハージの言葉を借りれば、寛容は「あっという間」に不寛容に移行する。こうした「寛容さ」は、あらかじめ設定された「寛容の限界」が超えられた場合(例えば、竹島に関する韓国の「反日」的要求が「限度」を超えた場合)、容易に捨てられ、「共和主義的レイシズム」が表出されることになるだろう。
 
(注2)「<佐藤優現象>批判」の「(注55)」でも取り上げたが、赤木智弘は、「不公平な弱者救済を受ける人間」として、「もはや差別などほとんど無きに等しいのに今だに非差別者としての特権のみを得ている、女性や在日や部落」を挙げている(「深夜のシマネコBlog」2006年9月15日付)。この発言が興味深いのは、それ自体の差別的認識もさることながら、赤木においては、「戦後社会」が、「女性や在日や部落」を優遇する社会だった、社会的弱者に優しい社会だった、という認識が前提されている点である。赤木のこの「戦後社会」像は、もちろん虚偽のものだが、これは、現在のリベラル・左派が、そう思い込みたいところの「戦後社会」像である。だから、「戦後社会」認識において、赤木と現在のリベラル・左派には、強い親和性がある。
一昨日、私は、本ブログに「『ちきゅう座』の少なくない記事に違和感を持つ」という記事を掲載しました。その記事に呼応しているのかどうかはわかりませんが昨日付けの「ちきゅう座」のブログに「福島での鼻血~甲状腺がん多発に問題を矮小化するエセ反原発派の跋扈」(ブルマン!だよね 2015年3月15日)という記事が掲載されています。しかし、一読すれば明らかと思いますが同記事はパロディ。同記事中の「もしこの説が正しいのなら」という一節は「この説が正しくない」の謂いであることは明らかですから、筆者は「正しくない」ことを正しいことであるかのように列挙して盛大にエセ反原発論者の振りまくデマやトンデモ論(陰謀論)を当てこすり、ヤジっている(揶揄している)ということになります。この点についても私の3・11以後の主張と呼応するところ大です。ご紹介させていただこうと思います。
 
福島での鼻血~甲状腺がん多発に問題を矮小化するエセ反原発派の跋扈(ブルマン!だよね「ちきゅう座」2015年3月15日)
 
3.11から4年がちょうど経過したことを契機に、またぞろ鼻血ブーやら甲状腺がん多発をあげつらう輩の発言が、このちきゅう座でも見られるが、これらの論者は一人の例外としてなく、問題の深刻さを矮小化し原発事故被害の真相を隠ぺいすることに躍起となっているエセ反原発論者であることを指摘しておきたい。
 
まず鼻血ブーの方だがベータ線を放出する核種による内部被曝が鼻の粘膜の毛細血管を切断に至らしめたと雁屋哲が俗流グルメ漫画「おいしんぼ」(引用者注:私はグルメは「俗流」が本流だと思っています)で大体的に取り上げたことで話が拡散したが、もしこの説が正しいのなら人体に毛細血管が存在するのは何も鼻の粘膜に限ったことではなく、眼の結膜、網膜、咽頭、脳、肺、腎臓、肝臓など重要な臓器はほぼ毛細血管からなっているといってよいのだから、それこそ全身到る所で毛細血管が切断され、例えば網膜剥離、脳梗塞、腎不全などが多発し、福島県下の病院はこれらの疾病患者でとうの昔にあふれ返っていなくてはならないが、そのような情報が伝えられることは皆無と言ってよい。実はそうした情報は安倍反動政府以下の言論統制によって完全に遮断され、鼻血問題だけを流しそちらに気をとらせて問題の真相を覆い隠す高度の言論統制によることであり、雁屋やそれを取り巻く連中はその手先なのである。最近オーストラリアに雲隠れしていた雁屋がこれに関するインチキ自己弁護本を刊行し、それをまたこの取り巻き連中がちょうちん持ち言説を垂れ流しているが、決してその言葉に踊らされてはならないだろう。
 
もう一方の甲状腺がん多発の方だが、これについて筆者は、以前から福島第一原発事故によるものではなく、事故時15歳前後だった児童が6歳以下の時代に何らかのヨウ素131被曝をこうむったことによるもので、青森・山梨・長崎の3地域でも同様の発症パターンが見られ、ついでに言えば韓国でも同様な事例が見られることから、かつて多地域にわたる大規模被曝が生じたと考えるべきと主張してきた。これも問題を福島だけに局限化しようという言論操作のなせる技で、岡山大津田敏秀などはまさに曲学阿世の徒としなくてはならない。
 
これは空間的な矮小化だけでは済まないのであって、甲状腺がんで通常の数十倍の異常多発となっているのだから、その他の固形がんも当然異常多発するとみるべきで、すでに現今の日本では二人に一人ががんを発症し、三人に一人はがん死するのであるから、今後日本の住人はすべてがん死することが既定のものとなっていると推測出来よう。
 
であるなら、福島で避難生活を送っている方たちのうち、少なくとも原発汚染による地域からの方たちは今更避難継続しても無駄だから、故郷にすぐに帰って静かに余生を送るべきではないのか。
 
私は以上を踏まえて、これも安倍反動内閣がかつての恐るべき原子力事故の実体を覆い隠そうとする巧妙かつ組織的な言論操作であって、それは国内だけでなく海外の反原発団体をも動員した徹底的なものであることを強く訴え、それらの発する言説にはよほど注意して当たるべきことを警告しておきたい。
はじめに辺野古問題についてのアクチュアルかつ先鋭的な問題提起としての「私の沖縄・広島日記」の論をご紹介します(改行は引用者。以下、同じ)。

「辺野古新基地阻止」に「妥協」はありえない」
(私の沖縄・広島日記 2015-03-14)
 
安倍政権は12日、辺野古新基地建設へ向けたボーリング調査再開を強行しました。これに対し翁長雄志知事は「県民に対して説明がない中で物事を進めており、許せない状況だ」(13日付琉球新報)と述べました。さらに中谷防衛相13日、「今のところこちらから会う考えはない」「会ってより対立が深くなるなら意味がない」と述べました。この状況に対し、「作業を止めて対話せよ」「(政府は)県との対話による関係修復に乗り出すべきだ」(14日付朝日新聞社説)、「沖縄との対話―首相側から呼びかけを」(14日付毎日新聞社説)などという論調が目立ちます。翁長知事は政府との「対話」や「説明」を求め、メディアも「対話」が事態打開のカギだという主張です。
 
果たしてそうでしょうか。安倍政権との「対話」が何かの意味を持つでしょうか。安倍政権に何の「説明」を求めるというのでしょうか。「民意」や「民主主義」が通じる政権ならいざ知らず、安倍政権が「対話」によって辺野古新基地建設を断念するとは到底考えられません。では安倍政権との「対話」には何の意味もないかといえば、そうではありません。きわめて危険な「意味」があります。それは「妥協点」を探ることです。新基地建設はすでに既成事実化しつつあり、今中止しても損害賠償がかさむだけ。基地建設は「苦渋の選択」として目をつぶるが、それに代わるものを沖縄に与えてほしい。これが「妥協」のシナリオではないでしょうか。
 
翁長氏が考えているのは、この着地点ではないでしょうか。それならこれまでの翁長氏の「優柔不断」「先延ばし」も合点がいきます。知事選前の「9・20県民大行動」。翁長氏はこの時出馬表明後初めて辺野古を訪れ、こう述べました。「政府は辺野古を160㌶埋め立てるといいますが、これは国有地になります。軍用地料などの土地代は入りません。100年、基地として使おうが何をしようが国の勝手になるのです」(2014年9月21日付しんぶん「赤旗」)。もしも「軍用地料」が入るなら、辺野古新基地にはあえて反対しない。それが翁長氏の本音ではないのか、という疑念が払拭できません。
 
しかし、言うまでもなく、このような「妥協」は新基地建設の容認、安倍政権への屈服にほかならず、絶対に許されるものではありません。辺野古新基地建設に「妥協」や「条件闘争」はあり得ません。新基地を造らせるか、造らせないのかの2つに1つです。「民意」や「民主主義」の通じない安倍ファッショ政権との「対話」は有害無益です。安倍政権とは闘う以外にありません。知事権限を行使して「埋め立て承認」本体を直ちに撤回する。安倍政権が裁判に訴えてくれば、その時こそ、全国の世論を動員して裁判に勝つ。これ以外に辺野古新基地建設を阻止する方法はありません。
 
「私の沖縄・広島日記」主宰者は次のように言います。「作業を止めて対話せよ」「(政府は)県との対話による関係修復に乗り出すべきだ」「『沖縄との対話―首相側から呼びかけを』などという論調が目立」つが、「安倍政権が『対話』によって辺野古新基地建設を断念するとは到底考えられ」ない。「安倍政権との『対話』」は、「苦渋の選択」として基地建設を認める「『妥協』のシナリオ」が用意された「対話」でしかない、と。
 
「私の沖縄・広島日記」主宰者の主張は本質を衝いており、だから、説得的でもあり、かつ、先鋭的でもあります。しかし、私には、なにかしら危惧の念のようなものが残ります。「本質」的ではある、また、「先鋭」的でもある。しかし、それで「本質」的に事態は好転するのか、という。
 
私も安倍政権との「対話」は結果として「ミイラ取りがミイラになる」のではないか、という懸念を持ちます。しかし、上記に引用されている朝日、毎日の社説、沖縄の琉球新報、沖縄タイムス二紙の社説を除いても辺野古調査再開について政府に批判的なメディアの論調は厳しく、激しいものがあります。さらにそのメディアの厳しく、激しい論調は日ごとに高まる勢いで全国津々浦々に波及しつつあります。
 
【社説】辺野古調査再開 対立より対話が大切だ【徳島新聞】2015.03.15
【社説】辺野古調査再開 なぜ民意に背を向ける【北海道新聞】2015.03.15
【社説】辺野古調査再開【佐賀新聞】2015.03.14
【社説】辺野古海底調査再開 民主国家否定する暴挙止めよ【愛媛新聞】2015.03.14
【社説】辺野古問題/工事強行は不信を深める【神戸新聞】2015.03.14
【社説】辺野古調査再開 政府は地元と対話せよ【秋田魁新報】2015.03.14
【社説】辺野古調査強行 民意となぜ向き合わぬ【東京新聞】2015.03.14
【社説】【辺野古移設問題】 政府の強硬さは目に余る【高知新聞】2015.03.13
 
この「本土」のメディアの動きはそれがたとえ「対話」のススメであったとしても激しい政府批判の渦の氾濫という点で「本土」の政党及び市民に与える影響は大きなものがあるだろうと私は思います。それが世論のうねりとなって安倍政権の独断専行の歯止めの力にもなりうる。そういう流行性感冒のような力を無視してはいけないと思うのです。沖縄だけでない「本土」ともどもの連携も政府のゴリ押しを撤回に追い込むためには重要です。それを単に「ごまかしにすぎない」と退けてしまうのは戦術としても稚拙というべきではないか。
 
そういう違和のようなものをもって沖縄在住の芥川賞作家の目取真俊さんの以下の論を読むとき、「先鋭」はときとして「沈潜」するという意でもあるのではないかということが「現場」の「先鋭」の声として理解できます。目取真さんは言います。「期待とか希望とか、そんな生ぬるい世界じゃないんですよ。私たちはここまで追い込まれている」。「埋め立て工事を少しでも遅らせ、状況の変化を生みだし、活路を見いだしていく。どこまでも粘り強く、したたかに。これが小さな沖縄の闘いかたです」、と。
 
(インタビュー)対立の海で カヌーで移設に抗議する小説家・目取真俊さん(朝日新聞 2015年3月13日)
 
沖縄にある米軍普天間飛行場の移設先とされる、名護市辺野古の沿岸部で12日、海底ボーリング調査が再開された。海上作業を阻もうと、立ち入り禁止区域にカヌーで入る抗議を続けてきた反対派の中に芥川賞作家の目取真俊さんがいる。どんな思いで抗議を続けるのか。サンゴ礁の海で深まる対立の先行きをどう見るか。現地で聞いた。《朝9時。米軍のキャンプ・シュワブを望む名護市の浜に、ウェットスーツ姿の男女14人が集まってきた。リーダーが声をかける。「安全に気をつけて今日も頑張りましょう」。カヌーを大浦湾にこぎ出すと、待ち構えていた防衛省沖縄防衛局の船が大音量で警告を発した。「速やかに退去してください」/浮き具で囲まれた立ち入り禁止区域に入ると、日米地位協定の実施に伴う刑事特別法で処罰される可能性がある。それでも調査再開に向けた作業を阻もうと、浮き具を乗り越えて進む移設反対派。排除しようとする海上保安庁。2月下旬の金曜日、また衝突が始まった。》
 
――今日は暖かく、海も穏やかですね。
 
「晴れた日はまだいいんです。でも冬の海に投げ出されたら、どんなに大変かわかりますか。一気に体温が奪われます。波も荒い。それでも毎朝、19歳の学生から70代の年金生活者まで、十数人が集まります。カヌーで作業現場を目指す抗議活動を昨夏から続けているのは、何としても調査を止めたい、作業を遅らせたいという思いからです。残念ながら、海保に邪魔されて作業現場にはほとんど近づけませんが」
 
――どういう経緯から抗議を始めたのですか。
 
「怒りとか義務感とか一つの言葉で説明できるものではありません。これまで生きてきた総体が、この行動にまっすぐつながっています」/「私は北部のヤンバルの生まれです。豊かな森に恵まれ、美しい自然のなかで育ちました。その山野を米軍が重火器で破壊する演習を目撃した。沖縄戦の体験者にも話を聞いた。一つ一つの現場を我が身で確かめながら、戦争や軍隊について考え、生きてきた人間です」
 
――97年に芥川賞を受賞した「水滴」も沖縄戦がテーマでした。
 
「水滴に込めたのは、意識下に閉じ込めたはずの戦争の記憶です。戦後を平凡に生きてきた一人の男の足が突然膨れ、指先から水滴が漏れ出す。戦場で見殺しにした同級生が、この水を吸いに現れる。あまりにもつらすぎて抑え込んだ記憶も、心の奥底のどこかで生き続け、生き方に影響を及ぼすという物語です」
 
――戦争について考え続けた人がいま、国の対応に抱く思いは。
 
「怒りなんか通り越して、もう憎しみに近いと思っていますよ。私たち名護市民は去年、1月の市長選から衆院選まで5回も選挙をしました。全部、辺野古への移設反対派が勝っている。知事選で『断固阻止』を掲げた翁長雄志氏を圧勝させたのが、沖縄の民意なんです」/「しかも、いまの島ぐるみの運動は空軍の嘉手納基地まで地元に返せとか言っているわけじゃない。せめて辺野古に新しい基地をつくることだけはやめて、と言っているのです。だけど私たちの声はヤマトゥ(本土)に届かない。残された手段は、もう工事を直接止めるための行動しかない。他人(ひと)任せではなく、自分がやるしかないんです」
 
――本土と沖縄の距離は、ますます広がっているように感じます。
 
「ちょうどヤマトゥで村山内閣が成立した90年代半ば、社会党も日米安保容認に転じて平和勢力が総崩れになっていったころ、沖縄では逆に米軍基地への反対運動が盛り上がっていきました。95年に起きた米兵による少女暴行事件で、戦後50年が過ぎても、基地を抱える沖縄の状況がまったく変わらない現実を改めて自覚したのです」/「基地を経済の阻害要因とみる経済人が増えたのは、2001年の米9・11テロで沖縄への観光客が激減してからです。観光は平和産業であって、米軍基地とは相いれない、と業界が口にし始めた」
 
――ただ政府は事実上の見返りとして沖縄振興策も実施したのでは?
 
「政府の見返りをあてにして、振興策というアメにたかった人が一部にいたのは確かです。ただ、そうやって国にハコモノを次々に建ててもらっても生活はよくならない。むしろ膨大な維持管理費に財政が困るばかりで、将来は大変なことになる、と人々は気付いたのです」/「自民党にも、昔はもっと歴史を肌で知る政治家がいました。戦争で沖縄に犠牲を押しつけた、という意識を心のどこかに持っていた。それがいまでは、歴史認識も配慮もない。基地を押しつけて当たり前という、ものすごく高圧的な姿勢が中央に見えます。沖縄の保守の人さえそう話す。これじゃあ付いていけない、と思う人が出て当然でしょう。政治が劣化しています」/「ヤマトゥ離れの意識が、この2~3年で急速に広がっています。もっと自治権を高めていかないと二進(にっち)も三進(さっち)もいかない、という自立に向けた大きなうねりが、いま沖縄で起きている。辺野古の海の抗議活動は、この地殻変動の一つの表れなんです」
 
――沖縄にとって戦後70年とは。
 
「ヤマトゥにいたら、戦争から70年のブランクがあるような感じがするでしょう。でも沖縄の感覚は全然違う。市街地をオスプレイが飛び、迷彩服を着て小銃を手にした部隊が県道を歩いている。戦争の臭いが、ずっと漂っているのです。日本の戦後史は一つではなかったのです」/「憲法9条だけを掲げる平和運動にも、欺瞞(ぎまん)を感じています。敗戦後、再び侵略国家にならない保証として非武装をうたう9条が生まれました。ただし、共産圏の拡大に対抗する必要から日米の安保体制が築かれ、沖縄に巨大な米軍基地が確保されたのです。9条の擁護と日米安保の見直しが同時に進まなければ、結局は沖縄に基地負担を押しつけて知らん顔をすることになる」
 
――米軍のキャンプ・シュワブ前の座り込みも見ましたが、若者の姿が少ないですね。
 
「では聞きますが、ヤマトゥはどうですか。東京で若い人が集会に大勢参加しますか。沖縄だけが、香港や台湾のように若者が燃えるはずがない。日本では国民の圧倒的多数が政治に無関心になった。大変なことが起きていても、すべて他人任せの国になってしまったのです」/「本当に考えないといけないのは、この無関心です。ニヒリズムなのか、あきらめか、無力感か」
 
――対立は今後どうなりますか。
 
「安倍晋三首相が沖縄県民の代表である翁長知事に会うことすら拒んでいるのは、権力による形を変えた暴力です。暴力が横行する事態を避けるため築いてきた民主主義というルールを、いま政権が自らの手で壊している。そして、憎悪と怒りを沖縄じゅうにばらまいています」/「抗議活動に参加するような人々は非暴力で一致しています。それが運動を広げ、支える原理ですから。怖いのは、そうした場に参加もせず、鬱屈(うっくつ)した感情を内に抱え込んだ孤独なオオカミの暴発です」
 
――翁長知事は工事を止めることができるでしょうか。
 
「中央から地方への権限の移譲は進んでいません。限られたなかで、やれることをやるしかない」
 
――あまり期待していない、と?
 
「去年の知事選で翁長さんを応援し、路地裏まで歩いてビラをまいたのも、すぐに工事を止めてくれると思っていたからではありません。当選しても厳しいのはわかっていた。それでも、やらなければ事態がもっと悪くなるから応援したわけです。期待とか希望とか、そんな生ぬるい世界じゃないんですよ。私たちはここまで追い込まれているんですよ」
 
――国は、この夏にも辺野古の埋め立てに着手する構えです。
 
「沖縄戦の『慰霊の日』である6月23日には、歴代首相が追悼式に参列しています。戦後70年の今年、安倍首相は沖縄戦の犠牲者とその遺族にどんな言葉を捧げるのでしょうか。米軍の新基地計画を粛々と進めます、と報告するのでしょうか」/「辺野古では、すでに20年近く建設を阻止してきました。埋め立て工事を少しでも遅らせ、状況の変化を生みだし、活路を見いだしていく。どこまでも粘り強く、したたかに。これが小さな沖縄の闘いかたです」/「工事が始まったとしても、仮に基地が完成したとしても、それで私たちの闘いが終わりだとは思いません。絶望したときが終わりです」
 
■取材を終えて
 
「憎悪がばらまかれている」。独特のリアリズムを持つ作家の言葉に、いまの状況の深刻さを感じた。安倍首相は、まずは翁長知事と会うべきだ。できれば2人の公開討論を聞いてみたい。どうしても基地が必要なら、その理を堂々と説けばいい。丁寧さを欠いたまま、もしも力で押し切れば、沖縄との関係も、この国の民主主義も、致命的な打撃を受けるだろう。萩一晶)
 
さて、以下の保立道久さんの論は上記の目取真俊さんの論のよき解説になっているのではないか。もちろん、「沖縄の『保守』」の意味の考察は保立さん独自のものです。
 
米軍に「良き隣人」をみた沖縄の「保守」--翁長知事の発言(保立道久の研究雑記 2015年3月15日)
 
翁長知事が、当選後、米軍について「良き隣人のなすべきこととは思えない」と発言したことが強い印象に残っている。これは知事が、米軍に「良き隣人」たることを期待するという言葉に馴染んでいたことを意味する。これが沖縄の「保守」の考え方であったのであろうと思う。もちろん、現在の問題は、アメリカも日本の「本土」政府も、どちらも決して「よき隣人」ではないということが誰の目でみても明らかになってしまったということであろう。だから沖縄では、「保守」の知事がアメリカ軍と安倍内閣を強く批判するということになっている。このままアメリカ軍と安倍内閣が巨大基地建設、キャンプシュワブの大拡大を強行するとすると、問題は日米安保条約にもとづく基地提供それ自身ををどう考えるかということになる。日米安保体制そのものが問われるということになる。もし、そうなれば、またさまざまな議論が必要になってくる。けれども、その議論に進む前に、私は、沖縄の「保守」の立場というものが、歴史からみると、ある意味で自然なものであったということを確認しておくべきだろうと思う。翁長知事の発言を聞いて思い出したのは、岡本太郎沖縄文化論である(岡本太郎『沖縄文化論』、1961年)。
 
岡本は1957年に占領下の沖縄を訪れた。岡本は、美術学校の同期で、二科会の会員であった大城皓也に誘われて沖縄に行った。最初は遊びの積もりであったとあるが、この沖縄経験が岡本の仕事に大きな影響をあたえたことはよく知られている。岡本の観察は自己省察もふくめて率直でするどいが、岡本は沖縄では「誰にあっても、底抜けに善良だ。これでピントがあっているんだろうかと、ちょっと心配なくらいだ。沖縄には『いちゃりば、ちょうでえ(行き会ったものはみな兄弟)、ぬう、ひぇだてぬあが(何の隔てがあろうか』という言葉があるそうだ。たしかに、自分と他人を意識し、隔てているような、あの小市民独特のいやったらしさが感じられない」といっている。ようするに気が合う人が多かったのだろう。岡本は、インターナショナル・ウィメンズ・クラブという琉米新善機関のパーティに招待されたときの経験を述べているが、そこにも、そういう柔らかい雰囲気があったという。「私はいささか気をぬかれた。ここには征服者と被征服者がいる。そのはずだ。だが、沖縄人の方が自然にふるまっている」としている。岡本は、そこに琉球の上層部の貴族的な弱さをみるなど、複雑な状況をみているという自覚もあるが、ともあれ、ここには琉球社会の一部にアメリカを「よき隣人」としてつきあうという様子があったことがみえる。私は、これはある意味では自然なことであると思う。
 
もちろん、アメリカの沖縄占領にともなう基地占拠は、国際法に違反した銃剣による土地強奪によるもので許し難いものである。けれども、日本による明治維新後の「琉球処分」、沖縄に対するなかば植民地的な支配、貧困の強制と沖縄差別、そして沖縄戦における日本軍の県民を見放す行動、集団自殺をふくむ大量死をもたらしたなどなど、日本国家のやってきたことと比べて、歴史的にみてどちらがひどいかという比較の問題は、確実に存在したと思う。岡本が沖縄戦の戦跡をめぐって、「この戦跡をみていると、はるかに日本人が日本人に対しておかした傲慢無比、愚劣、卑怯、あくどさに対する憤りでやりきれない」と述べている通りである。こういう歴史的経験は、20年前くらい前までは沖縄に濃厚に残っていたのだと思う。これが沖縄の「保守」の考え方や、立場がある意味で自然なものであると考えることの理由である。本来の「保守」というものは、どのような場合でも歴史に根をおくものであって、その限りではつねに尊重するべきものであると、私のような歴史家は考える。沖縄の歴史と、「本土」の歴史は大きく異なる道だったのであって、こういう意味での沖縄の「保守」を、日本の「本土」に棲む「革新」が一方的に批判することはできないだろう。「琉球処分」によって琉球王国を国際的な信義に違反する形で、日本に強行的に編入し、その上で沖縄県に対してさまざまな行政的差別を行い、沖縄戦において甚大な被害をあたえた以上、「本土」に棲む人間は、「本土」に棲むということ自体によって、特定の責任が発生しているという事態があるはずである。
 
先日13日の朝日新聞の電子版に、小説家の目取真俊氏のインタビユー記事があった。そこで「翁長知事は工事を止めることができるでしょうか。あまり期待していないということでしょうか」という質問に対して目取真氏は次のようにいっている。
 
「中央から地方への権限の移譲は進んでいません。限られたなかで、やれることをやるしかない。去年の知事選で翁長さんを応援し、路地裏まで歩いてビラをまいたのも、すぐに工事を止めてくれると思っていたからではありません。当選しても厳しいのはわかっていた。それでも、やらなければ事態がもっと悪くなるから応援したわけです。期待とか希望とか、そんな生ぬるい世界じゃないんですよ。私たちはここまで追い込まれているんですよ」

「自民党にも、昔はもっと歴史を肌で知る政治家がいました。戦争で沖縄に犠牲を押しつけた、という意識を心のどこかに持っていた。それがいまでは、歴史認識も配慮もない。基地を押しつけて当たり前という、ものすごく高圧的な姿勢が中央に見えます。沖縄の保守の人さえそう話す。これじゃあ付いていけない、と思う人が出て当然でしょう。政治が劣化しています」。

「ヤマトゥにいたら、戦争から70年のブランクがあるような感じがするでしょう。でも沖縄の感覚は全然違う。市街地をオスプレイが飛び、迷彩服を着て小銃を手にした部隊が県道を歩いている。戦争の臭いが、ずっと漂っているのです。日本の戦後史は一つではなかったのです」

「憲法9条だけを掲げる平和運動にも、欺瞞(ぎまん)を感じています。敗戦後、再び侵略国家にならない保証として非武装をうたう9条が生まれました。ただし、共産圏の拡大に対抗する必要から日米の安保体制が築かれ、沖縄に巨大な米軍基地が確保されたのです。9条の擁護と日米安保の見直しが同時に進まなければ、結局は沖縄に基地負担を押しつけて知らん顔をすることになる」

「ヤマトゥ離れの意識が、この2~3年で急速に広がっています。もっと自治権を高めていかないと二進(にっち)も三進(さっち)もいかない、という自立に向けた大きなうねりが、いま沖縄で起きている。辺野古の海の抗議活動は、この地殻変動の一つの表れなんです」
 
翁長知事と沖縄県が面とむかっているのは、アメリカの世界戦略と、それに従属する日本の国家と資本主義の構造そのものである。そして、目取真氏のいうように、そのなかで「もっと自治権を高めていかないと二進(にっち)も三進(さっち)もいかない」ということになっている。これが沖縄=琉球は、本来、自立した国家、琉球王国であったという問題に結びついてくることはいうまでもない。もう一度、沖縄に関わる歴史の全体を知らなければならないと思う。岡本太郎『沖縄文化論』(一九六一年)の一節を引用しておく。
 
「沖縄・日本は地理的にはアジアだが、アジア大陸の運命をしょっていない。むしろ太平洋の島嶼文化と考えるべきである。(しかも)沖縄・日本は太平洋のなかでもひどく独自な文化圏である」
 
岡本は、一九三〇年代、留学先のパリでシュルレアリズム運動に参加する一方で、パリ大学でオセアニアを対象とした民族学の専門的研究に取り組んでいる。この指摘は、その蓄積を前提としたものである。これは、有名な島尾敏雄ヤポネシア論より早く、本質的には同じことをいったものである。つまり、日本の歴史は、現在でもほとんどの場合は、インドから中国・朝鮮にいたるユーラシアの東西軸の影響の下で語られる。しかし、岡本と島尾は、そうではなく、むしろ環太平洋の西部、インドネシアから千島列島にむけて北上する群島の連なり、この列島にそくしていえば南北軸というべき軸線の影響が強いというのである。アメリカの世界戦略というものは、こういう西太平洋全域の視野から見なければならない。それを「国民的常識」とすることが歴史家の重要な役割だろうと思う。
ちきゅう座」(サブタイトルには「メディア・ネット 世界の眼 見る・聞く・話す」とあります)というブログがあります。端的に言って玉石混交のブログ記事サイトといってよいでしょう。同ブログは主に「リベラル21」など他のサイトに掲載された論文の転載と独自投稿によって編集されていますが「石」の混じるのは独自投稿に多いというのが私の見るところです。独自投稿を選択する編集者の目の問題が大きいだろうというのが私の判断です。私はどういう記事を「石」というのか? たとえば以下のような記事がそうです。
 
鳩山発言「多くの日本国民は間違った情報のもとに洗脳されている」は正しい指摘である塩原俊彦:高知大学大学院准教授 2015年3月14日)
 
拙著『ウクライナ・ゲート』をお読みいただいただろうか。これを読めば、今回の鳩山由紀夫元首相の発言が基本的に間違っていないことはおわかりいただけるだろう。この発言をめぐって、鳩山を批判する言説がマスメディアで飛び交うことになるだろうが、みなさんはどうか、「専門家」と称せられる人々や「コメンテーター」という、わけのわからぬ連中がどんな発言をするかを注意深く見守っていただきたい。何の勉強もせず、何の努力もせずに、虚言を吐いている人々に決して騙されてはならない。実は、拙著の残部はほとんどない。そこで、続編として、『ウクライナ2.0』が社会評論社から刊行されることが決まっている。まさに現在、執筆の最中なので、実際に上梓されるのは6月ころになる。というわけで、『ウクライナ2.0』の「はじめに」で予定している原稿をここにアップロードしてみたい。これと、過去4回にわたって本サイトに掲載した「ウクライナ・ゲート」を読めば、鳩山の発言が決して間違いではないことがわかるだろう。
 
上記が冒頭の記述で、以下の大部分の記述のすべては自著の『ウクライナ2.0』の「はじめに」の転載です。端的に言って自著の宣伝のほかのなにものでもありません。時事的な話題をダシにして自著を宣伝しているという構図です。そして、単にダシに利用しているだけですから、「多くの日本国民は間違った情報のもとに洗脳されている」という鳩山発言のこの論者の解釈も、元民主党党首で元首相の鳩山由紀夫をヨイショするたぐいの低能なものにすぎません。この論者には鳩山発言の危険性と軽さがまったく見えていないようです。私が「石」の記事というゆえんです。
 
さて、鳩山発言の危険性と軽さとはどういうものか。清水勉弁護士の以下の感想が鳩山発言の意味するところの機微を穿つ論評になっているように思います。
 
納得できない鳩山元首相の「納得できた」(弁護士清水勉のブログ 2015-03-11)

毎日新聞 3月11日(水)20時25分配信≪【モスクワ真野森作】ロシアメディアによると、ウクライナ南部クリミア半島を訪問中の鳩山由紀夫元首相は11日、「民主的な住民投票を通じて、どう領土問題が解決されたか納得できた」と述べ、昨年3月のロシアによる一方的なクリミア編入を肯定的に捉える考えを示した。日本や欧米諸国が編入を国際法違反と批判する中、元首相の発言として波紋を広げそうだ。≫日本国内だけで完結するようなことだったら、元首相がなにを言おうが、「ふ~ん」で済む。鳩山由紀夫元首相が相変わらず宇宙人発言をしている、で終わる。しかし、クリミア編入問題は全く違う。日本はこれまでクリミア問題に直接関わった歴史がない。当事者性がないのだ。だから、これまでの歴史的経過を踏まえた、当地及び周辺に住んでいる人たちの考えを十分に汲み取った意見なんて言えたもんじゃない。口出しは時期も内容も慎重な上にも慎重を期さなければならない(引用者注:プーチン政権の支持、不支持に関わりなく、です)。それが何だ。この軽さは
 
ジャーナリストの高世仁さんもこの件について次のような論評を述べています。
 
宇宙人いるぞ土星に行かずとも(高世仁の「諸悪莫作」日記 2015-03-13)

宇宙人いるぞ土星へ行かずとも(東京都 内田堂文)
これには笑った。日本列島では、震災をさまざまな思いで振り返っていた3.11、元首相ともあろう人が、クリミア半島ではしゃぎまわっていた。旅券返納命令は、こういう人に出してほしい。
 
以下は、反プーチンの立場からの論評ですが、今回の鳩山元首相のクリミア訪問のアウトラインを一望することができます。
 
“宇宙人”鳩山元首相のクリミア訪問を最大限利用するロシア 欧米発の情報で「日本人は洗脳されている」(関屋泉美「WEDGE Infinity(ウェッジ)」2015年03月13日)

いよいよ宇宙人になった」――。弟邦夫氏にそう酷評された兄の鳩山由紀夫元首相のクリミア半島訪問は、連日、ロシア主要メディアがトップニュース扱いで伝えた。昨年3月のプーチン政権による併合以来、世界の主要国で首脳経験を持つ大物政治家が現地を訪れたのは今回が初めて。新右翼政治団体「一水会」のリーダー、木村三浩氏やジャーナリストの高野猛氏らが加わった代表団を率いた元首相は行く先々で手厚い歓迎を受け、滞在中、日本国内での批判が伝えられると、クリミアへの移住の可能性まで口にした。欧米が国際法違反と指摘し、ウクライナの領土一体性を侵害する発端となった昨年3月の住民投票について、元首相が「民主的な手続きだ」と評価してその正当性を認めたことは、日本と領土問題を抱えるプーチン政権へ誤ったシグナルを与えかねない。
 
最後に反プーチンでも親ロシアでもない立場からのウクライナ情勢の見方をご紹介しておきます。政治学者の浅井基文さんの論(一部)です。
 
中国の国際情勢認識-ウクライナ問題における論点⑧-(浅井基文のページ 2014.05.25)
 
ウクライナ情勢の混迷は、①ウクライナを西側陣営に引き込もう(NATOの東方拡大)とするアメリカの戦略が原因であり、②ソ連解体後、米欧との関係改善を通じて復興・再建を図ってきたロシアはアメリカのこの戦略をロシア封じ込めと見なし、ウクライナを対西側緩衝帯として確保することを至上課題として反撃に出た結果である、というのが中国におけるコンセンサス的見方だと思います。そして、ウクライナ情勢が今後どのように展開していくかは国際政治構造そのものを左右するマグニテュードを持つものとして、また、それゆえに中国の改革開放戦略そのものにも影響を及ぼす重大な問題として認識されるのです。それはある意味において、米ソ冷戦及びソ連解体に匹敵する、あるいは米ソ冷戦及びソ連解体後の最大級の国際的大事件として中国では捉えられているということです。私は、中国メディアにおいて発表されてきた数多くの文章を読むことを通じて、国際情勢認識を深めることができたとつくづく感じています。
私は先日先々日、和歌山の「護憲」派の弁護士の金原徹雄さんの政治思想に関わる認識について私の「違和」とするところを少しばかり開陳させていただきましたが、今回は兵庫の「護憲」派の弁護士徳岡宏一朗さんの政治思想(というよりも、「放射線」思想とでもいうべきか)に関わる認識について私の「違和」とするとろを若干述べさせていただこうと思います。流行の言葉流にいえば「護憲派弁護士批判・ツー」ということにでもなるでしょうか。
 
その徳岡さんの最新のブログ記事は「祝 「君が代斉唱口元チェック」の中原徹大阪府教育長(橋下市長のご学友)がパワハラで辞任」というものですが、同記事については私にはまったく異論はありません。というよりも、共感するところ大といった方が適切です。私に異論があるのは、徳岡さんのその前の記事「東日本大震災・福島原発事故から4年 迫害を受ける福島に戻れない人々、出られない人々 誰か故郷を想はざる」という記事です。しかし、その記事についても記事本体には異論はありません。私に異論があるのはその記事の引用部分です。その引用記事を前提にして徳岡さんの記事を読み直すとき私には「アレアレ、どうしてこうなるのかなァ?」という異論が生じます。
 
さて、徳岡さんが上記の記事で「原発事故の記憶の風化、見えない放射線への恐怖心の低下が、彼らを苦しめています」という説明文を付した上ではじめに引用しているのは「原発50㌔福島・郡山は今」「大量の鼻血、下痢、倦怠感...」「放射線と関係不明」「子に体調異変じわり」という見出しのついた記事です。徳岡さんのブログ記事には引用記事の出所が示されていませんので調べてみると東京新聞の2011年6月16日付けの「こちら特報部」記事でした。同記事の全文は以下のとおり(改行は引用者)。
 
収束のきざしさえ見えない福島第一原発の事故。放射線汚染の範囲は拡大し、避難区域の外側でも、子どもの健康被害を不安視する声が目立ち始めた。しかし体調不良と放射線の関係には分からないことが多い。それだけえに親たちは疑心暗鬼で苦しむ。こどもを守るために今、できることとは (出田阿生)
 
「上の子が一週間くらい毎日大量に鼻血が出続けていたので心配で...。/下の子も、時期は違うけれど、やはり一週間くらい鼻血が出て」。思い詰めた表情で母親(三九)が、医師に相談していた。NPO法人「チェルノブイリへのかけはし」が十二日、福島県郡山市で開いた医師による無料問診会。放射線被害を心配する親子連れ計五十組が参加した。同市は福島第一原発から約五十㌔。/この親子の場合、震災後いったん埼玉県内に避難したが、三月下旬に郡山市に戻った。すると小学校一年の長女(六つ)が、四月上旬から三週間、鼻血が出続けた。このうち一週間は両方の鼻から大量に出血。耳鼻科で診察を受けたが、「花粉症では」と言われた。「花粉症なんて初めて言われたし、普段は滅多に鼻血を出さないんですけど...」と母親は言う。長男(二つ)も四月下旬から五月に鼻血を出し続けた。/診察した小児科医の橋本百合香さんは「放射線被害かどうかは判断できないが、ひとまず小児科で血液検査をして白血球を詳しくみてもらって。記録を残すことが大事」と助言した。/母親によると、小学校ではクラスの一割が避難していなくなった。次々と児童が転校するので、新入生には出席番号がつけられていない。放射性物質が濃縮されやすい牛乳を給食で出すかどうか、学校ごとに対応が異なる。「うちは保護者の選択制。娘が仲間外れにされたくないというので、今は飲ませてます」
 
福島市から四カ月の長女咲空(さくら)ちゃんを連れてきた平中昭一さん(四十)は「症状は出ていないが、二十四時間不安で、外出を一切させていない。自衛といってもどうしたらいいのか」と苦悩の表情。生後、他人をほとんど見たことがないという咲空ちゃんは、記者が近づくとおびえた。/問診会場近くの植え込みで、放射線測定器をかざすと、毎時二・三三マイクロシーベルトの値を示した。地面から離すと一マイクロシーベルト台に下がる。郡山市内の十二日の最大値は一・三八マイクロシーベルト。/東京都内で計測された同日の最大値が〇・〇六三五マイクロシーベルト。約二十二倍だ。/市内の最大値は三月十五日の八・二六マイクロシーベルトで、五月中旬からは一・三マイクロシーベルト前後で推移している。/文部科学省では三・八マイクロシーベルトが計測された学校では屋外活動を制限するとしているが、一方で年間の積算線量の子どもの上限値を一㍉シートベルトから二〇㍉シートベルトとしている。これは毎時一・三マイクロシーベルトの場所で一年間暮らせば十分に到達してしまう値でもある。/「医者や学者も言うことが違い、避難の基準が分からない。飯舘村は一カ月も放射能を浴びさせて、値が低くなってから避難させた。国も県も信用できない」。長男(六つ)を連れた母親(四〇)は、こう憤る。自宅は新築。避難して経済的にやっていけるのか、何年後に戻れるのか...。費用や子どもの心に与える影響を考えると踏み切れない。
 
毎時線量(マイクロシーベルト)と年間積算線量(㍉シートベルト)
毎時1.3マイクロシーベルトの場合、これに8760時間(24時間×365日)をかけた1万1388マイクロシーベルトが年間積算線量。単位を直すと11.388ミリシートベルトとなる。「9をかけてマイクロをミリに直す」と覚えると簡単におおまかな年間積算量が分かる。
 
しかし、同記事には以下のような指摘と批判があります。
 
この記事の中身は、「50組の相談者の内、鼻血の例が一組あった」ことしか書いていないのに、タイトルは「鼻血、下痢、倦怠感」という誇張ぶりだ。「下痢」や「倦怠感」は記事本文にはない。もしここに書いてあるように、一組の「鼻血」しかいなかったのなら、タイトルの捏造、いや、記事の捏造だ。こういう記事の場合、「鼻血、下痢、倦怠感は50組中何組いた」と書くのが報道の常識だろう。記者が主催者の言うことを、そのままタイトルにしたのか。ひど過ぎるにゃ。とにかくこの記事からは、「鼻血は50組中1組いた」ということしかわからない。(福島 信夫山ネコの憂うつ 2011-08-04
 
同記事を書いた出田阿生記者についても以下のような指摘と批判があります。
 
出田阿生という記者は11年6月に『子に体調異変じわり 大量の鼻血、下痢、倦怠感 「放射線と関係不明」 』という記事 http://bit.ly/1i9A9eJ  も書いている。 / “東京新聞「こちら特報部」が『美味しんぼ』の例の…” http://htn.to/vzUwrh
 
そして、そこで紹介されている「Togetterまとめ」には以下のような指摘と批判も紹介されています。
 
「確かなのは『わからない』」本当にそうでしょうか。これだけの量の記事なのに専門家の見解が全く入っていないのはなぜだか「わからない」。東京新聞が本当に鼻血に問題意識があるならきちんと調査すべきじゃないでしょうか。事実無しで不安を煽るのが報道ですか(蒼き夜に@aokiyoruni  2014-05-03)  
 
「低線量被曝で鼻血」を『あるかもしれない。ないかもしれない。確かなのは「わからない」ということ』で済ませるのか? 「東京新聞は原発利権とズブズブ」みたいな噂を流されたとして、『本当かもしれない。ウソかもしれない。たしかなのは「わからない」ということ』でOKなわけか? (小田嶋隆@tako_ashi  2014-05-03)
 
東京新聞のいう「分からない」というのは、テレビの生放送か何かで、タレントさんがポケットから1万円札を落としたとして、それを横からネコババした人が責められて「このお札がお前のって証拠あるのかよ!名前も書いてないし分からねーだろ!!」と逆ギレして使うレベルの「分からない」だよ。東京新聞のすべての記事の最後に「確かなことはわからない」って書いておけよ。天気予報も含めて。(赤木智弘@T_akagi  2014-05-03)
 
さらに同記事で紹介されている福島県郡山市で開いた医師による無料問診会の主催者であるNPO法人「チェルノブイリへのかけはし」と同団体代表の野呂美加という人についても「正しい放射能情報を【見つけるため】のサイト」や大阪大学教授の菊池誠さん(物理学)などの次のような指摘と批判もあります。
 
「チェルノブイリへのかけはし」という団体は、健康食品による民間療法で放射能対策ができるかのように喧伝しています。科学的な常識ではあり得ない事であり、その放射能対策でかえって健康被害を起す可能性があると多くの科学者が指摘しています。詳しくは以下のリンクをご覧ください。以下は、「チェルノブイリへのかけはし」代表の野呂美加氏についてに参考リンクです。
 
社会民主党党首( @mizuhofukushima )とあやしい「かけはし」
http://togetter.com/li/244062
菊池誠氏のブログ エントリー「野呂美加さんと放射能対策」
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1314034425
「チェルノブイリへのかけはし」信じる人は放射能に効く健康食品騙されて売りつけられるレベル
http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20110620/kakehasi
正しい放射能情報を【見つけるため】のサイト
 
 
そろそろさすがに見ていられなくなりつつあるようですので、「チェルノブイリへのかけはし」代表の野呂美加さんのとんでもない発言とその他について、書きます。「チェルノブイリへのかけはし」は、特に子どもの内部被曝の危険を強く警告してきた団体で、彼らがひらく放射能に関する講演会はNHKテレビでも紹介されたことがあります。また、彼らが行った子どもの被曝調査も新聞で紹介されました。非常に精力的に放射能の危機を訴えているグループです。(略)もちろん、それが本当に意味のあることならいいのですが、少なくとも野呂さんの主張はかなりめちゃくちゃで、科学的にはまったく信頼できないことがわかります。そして、その科学的に信頼できないかたが、さらに怪しい放射能対策を勧めているところが問題です。放射能の知識そのものがかなりダメなので、対策ももちろんダメで、そこにEM菌やらなんやらが顔を出すわけです。彼らはECRRバズビー氏や内部被曝脅威論の肥田舜太郎氏を支持しているのですが、組織としてのECRRの主張はともかく、バズビー氏個人はかなりめちゃくちゃなことを言うので、まったく信頼できません。また、肥田氏についても、ご自身の体験に基づくことはわかりますし一定の敬意は払いたいと思うものの、鼻血や下痢は内部被曝のせいだと言っている時点で医学的には信頼に値しないと思います。(野呂美加さんと放射能対策   2011/08/23
 
徳岡さんはこれだけの批判のある東京新聞記事、また、執筆記者、また、記事で紹介されている「チェルノブイリへのかけはし」という団体と同団体代表の野呂美加さんについてなんら検証することもなく、ただ一途に信じこむレベルの「確信」によって「迫害を受ける福島」(見出し)「原発事故の記憶の風化、見えない放射線への恐怖心の低下が、彼らを苦しめています」(本文。以下、同じ)「東北特有の強烈な同調圧力」「どんなに著名な漫画家でもコミックで「福島では鼻血を出す人が増えている」と表現するだけで袋叩きに遭います」「福島原発事故による放射線の脅威を主張すると、「放射脳」だ「風評被害」だと言われてしまうのです」などと書きます。
 
しかし、私たち(ここでの場合は私)は、「福島原発事故による放射線の脅威を主張する」だけで「「放射脳」だ「風評被害」だ」などとは言いはしません(ちなみに「放射脳」という造語は差別を生み出しかねない造語として私は嫌忌しています)。「放射線の脅威」の主張がデマだったり、トンデモな解釈に基づくものであった場合においてその論の根拠のなさと非科学性を私たちは批判しているのです。「福島では鼻血を出す人が増えている」という主張についても私たちはその論の根拠のなさと非科学性において批判しています(たとえばこちらの論をご参照ください)。「福島原発事故による放射線の脅威」の主張自体はたとえば私はとても重要な問題意識であり、問題提起だと思っています。

なお、徳岡さんの上記文中の「どんなに著名な漫画家でも」云々というのは意味不明の表現です。「著名な漫画家は無名の人よりも特段に保護されなければならない」の意か? そうだとすれば権威主義丸出しの表現というほかありません。徳岡さんの「思想」の質が問われる表現と言っておくべきでしょう。
 
私が上記で指摘した徳岡弁護士の姿勢は「科学」的な研究者、あるいは弁護士の姿勢としてはあってはならない姿勢だろうと私は思っています。徳岡弁護士はなにかの思い込みをしている。徳岡弁護士はその呪縛をおのれ自身で解き放たなければならないでしょう。それが私が徳岡さんに望むことです。
ヤマツツジ

・売買春の歴史はむずかしい問題である。歴史学にとって根源的な研究がいる。(略)日本の近代公娼制は欧米の制度に倣い、条約改正を可能にする近代化の一環として導入されたものであり、梅毒検査を中核とした制度の原型はイギリス植民地における管理売春にあったという(
永原陽子)。横田冬彦は、これによって、大都市部に「大衆買春社会」というべき状況がもたらされたという。つまり各地の遊廓が作成した「遊客名簿」を統計分析すると、たとえば、京都市では、1893年の年間登楼総数は61万人であったが、日露戦争後に急増して、1928年には186万人のピークを示す。20―40代の京都市内男性人口にもとづいて概算すると一人平均の登楼回数は年平均で8回に上るのである。現物で残る個別の帳面の分析からいうと、下層住民まで登楼者がふえていることもわかるから、相当多数の男が妻や娘には良妻賢母を求めつつ、自分は買春をするという二重基準のなかにいたことになる。横田は、このような都市部の様相を「大衆買春社会」と表現し、それが続くなかでの慣れが、「第二次世界大戦における「戦地・占領地での「慰安所」の「利用」につながっていったとしている。曽根のいう「売春社会」と横田のいう「大衆買春社会」は、「売春」と「買春」、つまり「女」から表現するか、「男」から表現するかという点で異なっている。しかし、二人の説を通底させれば、近世から近現代への時代の移り変わりとは、「女」を酷薄な運命に陥れる社会から、それはかわらないまま、多くの「男」が安直に女を買う社会になったということであったということになる。もちろん、男たちにとっても「大衆買春社会」は戦地の「慰安所」への入口であり、それ故にしばしば「死」への入口であった。(保立道久の研究雑記 2015年2月26日

・大正時代以来の女性運動のなかで、鋭い問題提起と行動の人であった
らいてう。しかし、戦争体制のなかで天皇制に帰一するといい、満州の権益は当然などという国家主義者としてのらいてう。思いやりがあり母性を重視するといいながら、子供・嫁・孫に対して一方的で、嫌人症に近いところをみせるらいてう。(略)「元始、女性は実に太陽であった。真正の人であった。今、女性は月である。他に依って生き、他の光によって輝く、病人のような青白い顔の月である」という『青鞜』発刊の辞を問題にしてみたい。この「元始、太陽であった女性」とはアマテラスを意味するが、らいてうにはアマテラス信仰というべきものがあったように思う。この発刊の辞を書く前に原型が書かれた「高原の秋」(『著作集』(1))によれば、らいてうは毎朝、太陽を拝んでいたらしい。そして「水浴し果てた後、東天の太陽と合する私は、この身ながら、六合を貫く主催者ではないか」とあるのは、自身を太陽と観想していたことを示している。戦争中のらいてうは「天照大神に、その生き通しでいられる天皇に絶対帰一し奉る」と述べるところまでいったが(米田117頁)、戦後になっても玄米食について「天照大神以来の天津御食」(著作集7巻)米田243頁)などと述べている。らいてうは津田左右吉が日神がアマテラスという女神の形をとったのは、元始ではなく、6世紀ころにアマテラスを皇祖神とする観念が生まれて後のことであるとしたことには興味がなかったのであろう。津田の神話研究は大正デモクラシーの時期の学術文化における最大の成果であった。大正デモクラシーの華というべきらいてうが、それを知らなかったのは、米田の言い方にならえば、やはり「無知の罪」ということになると思う。(保立道久の研究雑記 2015年3月6日

・心揺さぶられるものがあって、
崔善愛さんの寄稿を紹介したい。(略)冒頭の一文が、次のような問いかけとなっている。「安倍政権が『テロとたたかう覚悟』としきりにいうとき、常に『外国人』によるテロ行為から『邦人』を守ることを想定している。しかし国内で、市民団体の平和を求めるデモが、右翼の街宣車に取り囲まれ、『殺すぞ』と大音響でののしられていることや、朝日新聞がたびたび襲撃されてきたテロにたいして『たたかう覚悟』をみせたことがあるだろうか。」この視点は、少数者として差別される側に立たされ、果敢に差別と闘ってきた崔さんならではのものではないだろうか。(略)崔さんは続ける。「わたしも34年前、指紋押捺拒否が報道されるや、脅迫の手紙や電話が実家に多数届いた。いつか後ろから刺されるかもしれない、と思うようになった。わたしのデビューコンサートで父は最前列に座り、右翼の襲撃があるかもしれないから、と言った。楽観的な私は、『彼ら』は遠くの人たちだ、と思うことにした。けれど最近、『彼ら』は決して亡霊でもなく、右翼だけでもなく、同じ共同体で生活する普通の隣人だった、と実感する。政治家、学者、学校、自治会、公共放送にも‥・戦争責任や君が代を問題にしようとすれば呼吸できない空間がせまる。『茶色の朝』は、このことだったのか。そして『彼ら』とは、誰なのか、その人脈が明らかになることをねがってやまない。」(略)崔さんは、最後をこう締めくくっている。「『朝日新聞には、失望した』『大手新聞はもうだめだ』という声を、市民運動のなかでもよく耳にする。けれどもここで朝日新聞やメディアに失望したまま離れ、見離せば、結果的に朝日バッシングに加担することにもなり、わたしたちの言論の場が失われる。それこそが、『彼ら』の積年のねらい、朝日新聞を『廃刊』に追いこみ、戦争責任も『慰安婦』問題も強制連行もすべてなかったことにするための戦略なのだ。『慰安婦』問題を語るのに、君が代問題を語るのに、いちいち相当な覚悟をしなければ、公の場で語れない。昭和天皇が亡くなったときのような空気が、暗雲のようにこの国を覆いつづける。いつになれば、おもうことを存分に誰にでも話し、心おきなく議論することができるのだろう。その日をねがってやまない。」(澤藤統一郎の憲法日記 2015年3月8日

・引用者下線部注:崔善愛さんは「失望したまま離れ、見離せば・・・」という。しかし、「離れ、見離」すことと「慰安婦」問題に限らないいまの朝日のトータルな報道の姿勢をジャーナリズム性の観点から「批判」することとは違う。崔さんの「結果的に朝日バッシングに加担することにもな」るという主張は「結果的に」朝日(メディア)への批判を封殺することになりかねないという懸念を私は逆に持つ。要は「批判」のありようであって、いたずらにミソクソにして朝日「批判」そのものを否定するようなことがあってはいけないだろう、と私は思う。それでは日本では健全なジャーナリズムも育まれないだろう。

・3月9日から「村山首相談話を継承し発展させる会」の訪中代表団の一員として、中国を訪問することになりました(-13日)。北京及び上海では、中国の学者・専門家と意見交換する機会があるということで、「基調報告」をすることになりました。以下の文章がその「基調報告」です。(略)日本の敗戦70周年及び中国の抗日戦争勝利70周年を5ヶ月後に迎えようとする今、1995年の敗戦50周年に当たって出された村山首相(当時)談話に対して、日本国内において、また、中国をはじめとする日本の侵略戦争の被害を受けた東アジア諸国で大きな関心が表明される事態になっている。その直接かつ最大の原因は、村山首相談話に示された歴史認識を拒否する安倍首相が、70周年に際して、自らの歴史認識に基づく新たな談話を発表し、村山首相談話を葬る意図を表明していることにある。安倍首相がとりわけ問題視するのは、村山首相談話における二つの部分、即ち、「植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました」、そしてそのことについて「痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします」と述べている箇所だ。安倍首相の歴史認識とは、日本が行った戦争と植民地支配の加害性を承認しない、したがって近隣諸国に対して謝罪するいわれはないとするものである。それは正に、歴史的な客観的事実に真っ向から挑戦する歴史認識であり、自己を徹頭徹尾美化しなければすまない居直りの主張である。(浅井基文のページ 2015.03.08
ハクモクレン

・ええっ!
常岡浩介さん、ネムツォフ氏暗殺にからんでいた!? あのロシアの日刊紙『イズベスチア』が、きょう載せた記事に、こんな仰天情報を載せている。ロシアの野党指導者でプーチン批判の急先鋒だったネムツォフ氏の暗殺を命じたのは、ウクライナの諜報機関であり、実行したのはチェチェン人の「ドゥダエフ部隊」という武装勢力だというシナリオを、捜査当局筋の情報として伝えている。このチェチェン人部隊の「司令官の一人が、2001年にイスラム教に改宗した日本人ジャーナリスト、シャミル常岡」だというのだ!а командиром одной из рот — японский журналист Шамиль Цунеока Танака, который в 2001 году принял ислам. 『イズベスチア』はソ連時代は政府広報紙で、今もロシア政府の御用新聞だ。暗殺犯が、ウクライナとチェチェン抵抗勢力というプーチン政権の敵二つだとは、政権にとって実に好都合な筋書きだ。これ自体、噴飯ものだが、その「犯人」グループの一人が常岡さんだとは・・・絶句。だいたい「司令官」にして「ジャーナリスト」とは、荒唐無稽な話である。 しかし、ここまで来ると、冗談ではすまされない。日本人までがプーチン政権にとっての重要犯罪人として名指しされたのだ。常岡さんの身に危険が迫る可能性さえある。外務省は邦人保護の観点から何らかの手を打つべきだ。先日、戦場取材より政権批判の方が危ない場合があると書いたが、まさにそれを地で行く出来事である。(高世仁の「諸悪莫作」日記 2015-03-04

1937年の断腸亭日乗は「八月廿四日。晴また陰。午後曝書。夜浅草散歩。今半に夕飯を喫す。今宵も月よし。十時過活動館の前を過るに看客今正に出払ひたるところ、立並ぶ各館の戸口より冷房装置の空気道路に流出で冷なるを覚えしむ。花川戸の公園に至り見れば深更に近きにも係らず若き男女の相携へて歩めるもの多し。皆近鄰のものらしく見ゆ。 余この頃東京住民の生活を見るに、彼等は其生活について相応に満足と喜悦とを覚ゆるものの如く、軍国政治に対しても更に不安を抱かず、戦争についても更に恐怖せず、寧これを喜べるが如き状況なり」と。また約3か月後は「十一月十九日。快晴。・・・・・・・今秋より冬に至る女の風俗を見るに、髪はちぢらしたる断髪にリボンを結び、額際には少しく髪を下げたるもの多し。衣服は千代紙の模様をそのまま染めたるもの流行す。大形のものは染色けばけばしく着物ばかりが歩いてゐるやうに見ゆるなり。売店の女また女子事務員などの通勤するさまを見るに新調の衣服(和洋とも)を身につくるもの多し。 東京の生活はいまだ甚しく窮迫するに至らざるものと思はるるなり。戦争もお祭さわぎの賑さにて、さして悲惨の感を催さしめず。要するに目下の日本人は甚幸福なるものの如し」。むかしから、民衆はこうなのだ。漱石もそうだが、しれっとそれを眺めて、ちょこちょこ皮肉るだけの彽徊趣味とやらが日本の最高の知性とは笑わせる。(辺見庸「日録2-0」2015/03/05

・福島原発事故4年を目前にある著名人が安倍政権の原発政策に対して吠えた。「安倍さんは福島より五輪。冗談じゃない!」 これは
「女性自身」3月10日号に掲載された脚本家・倉本聰のインタビュー記事のタイトルだ。東京出身で北海道富良野に生活の拠点を置く倉本だが、原発事故、そして事故が既に風化し無関心となりつつある日本の現状に対して我慢ならないらしい。「わずか4年前の、世界を震撼させたあの原発事故。悲劇の記憶が、こんなにも早く、こんなにも脆く風化してしまうのかと。僕は激しい怒りと憤りと悲しみを感じたんです」その怒りの矛先は、原発再稼働を、そして「アンダーコントロール発言で東京五輪誘致を推し進めた安倍首相に向いていく。「原発では労働力が足らないのに、国は'20年の東京オリンピック成功を優先し、その工事にどんどん労働力を投入している。ひどいですよ」「(安倍首相のアンダーコントロール発言に)耳を疑いました。(略)冗談じゃない。何を考えているのかと」 実際、倉本が いう“原発収束より東京五輪に労働力を投入”という事態は現在でも進行、加速しているといっていいだろう。いや、原発労働だけではない。東京五輪は、被災地の復興にも大きな影を落としているのだ。被災地を取材してきたジャーナリストはその実態をこう証言する。「原発労働者はもちろんですが、岩手や宮城の被災地の復興にも東京五輪は大きな影響を与えています。各地とも大規模な工事が必要だったため、人手不足はありました。そこにアベノミクス、東京五輪特需で、人手不足は一気に加速した。しかも、資材等も不足して価格もどんどん高騰し、復興事業を遅らせる最大の要因になっている。地元の人たちの間ではこっちは住むところもなくて困ってるのに、なんでそれをほったらかしにして五輪なんだ、という声はけっこうある」(伊勢崎馨「リテラ」2015.03.07

・江戸城松の廊下で、
浅野内匠頭長矩吉良上野介義央に斬りつけたのは、元禄14年3月14日(1701年4月21日)のことです。(略)著者はどちらかというと浅野が幼稚だったととらえているようです。「武士の仇討ちは、負傷した側によって行われるのが慣例であり、加害者の側ではない」のに、この事件ではそれが逆になるところが不思議だとも述べています。赤穂浪士の事件をめぐっては、当時からさまざまな論争がありました。支持する者もいれば、儒者の佐藤直方のように、重大な違反行為とみなす者もいました。直方は、浪士たちが自分たちの忠義ぶりをアピールしようとこと自体、気に入らなかったようです。赤穂浪士の処分については、評定が長引きました。役人たちは、かれらが「密かに吉良邸に討ち入ったことを批判しつつ、その忠誠心あふれる行動を称賛した」といいます。綱吉はかれらの罪を許し、赦免することもできました。しかし、そうはせず、けっきょくかれらに切腹を命ずることになります。その決定は、柳沢吉保のアドバイスによるもので、吉保自身は荻生徂徠の「義は己れを潔くするの道にして、法は天下の規矩なり」という見解にしたがったといわれます。赤穂浪士の事件は、「武士の名誉を守るためという伝統的な暴力の概念」と、「非暴力の政治」を打ちだした綱吉政権とのあいだで、価値体系がせめぎあっているさなかに発生した、と著者はみているようです。その面では、赤穂事件は綱吉政治にたいする異議申し立てでした。綱吉の政策は「武士の伝統的な特権を、かつてないほど大規模に抑制するもの」であり、「中央集権国家の法への服従」を先取りするものでした。しかし、赤穂浪士の行動は、「邪悪」にたいする正義の暴力は正当化されるという人間の感情の深淵にふれる部分があります。悪役とされた吉良上野介は気の毒ですが、赤穂浪士が、いまも映画や舞台などで取りあげられるのは、それなりに理由があるのでしょう。(海神日和 2015-03-11
先に私は「慰安婦」問題に関して、大沼保昭氏(東大名誉教授、元アジア女性基金理事)と朴裕河(パク・ユハ)氏(世宗大学教授、『和解のために』(2007年度大仏次郎論壇賞受賞)著者)の認識を高く評価する弁護士の金原徹雄さん(憲法9条を守る和歌山弁護士の会、青年法律家協会和歌山支部所属)の人物評価(すなわち、その人の思想評価)の未成熟を批判する記事を書きました。

が、今回の記事でも前回記事と同じようにやはり金原さんの伊勢崎賢治氏(東京外大教授・平和構築学)に対する人物評価と思想評価の未成熟を批判をしておく必要を感じます。しかし、私は、もちろん、金原さんひとりを目の敵にして批判したいのではありません。おそらく金原さんと同じような認識を持つ一部の(というよりも、現在では大勢というべきかもしれません)現在の「護憲派」を自称する人たち(たとえば伊勢崎賢治氏)、また、「護憲派」を称するメディア(たとえば「マガジン9」)の現状のていたらくを批判しなければならないと思ってのご本人のブログ記事から判断できる「護憲」論者のひとりの象徴としての金原さん批判ということでしかありません。
 
さて、金原さんは、今回は「伊勢﨑賢治氏著『本当の戦争の話をしよう 世界の「対立」を仕切る』を読む」(2015年3月7日付)という記事を書いています。
 
が、金原さんが伊勢﨑さんを高く評価していることは、たとえば「私が刊行後すぐに入手しながら、本書をなかなか読み切れなかったのは(略)あだやおろそかに読み飛ばす訳にはいかない、というプレッシャーが、知らず知らずのうちに私自身にものしかかっていたからでしょう」などの記事中の表現からもよく伝わってくるのですが、金原さんが伊勢﨑さんのどのような「思想」を高く評価しているのかという点については同記事を読んでも実のところよくわかりません。金原さんの伊勢﨑評価が明確に記されていないからです。ただ、こういうことかな、と思えるところはあります。金原さんは同記事の「4章 戦争が終わっても」の項に次のように書いています。
 
「私が本書で最も興味深く読んでのは、実はこの章なのです。長く続いた「戦争が終わる」ということは、その後の国家・社会の体制をどう構築していくかということに直結せざるを得ませんが、それが必ずしもうまくいかない、いかない中で少しでも良い方向に進めるためにはどうすれば良いのか、ということが、東ティモール、スリランカ、シエラレオネなどを例に検討されていきます。/そして、これらの事例を学ぶことは、日本の「憲法9条」が、戦争が終わったあとの体制(安倍首相がかつて「戦後レジーム」と言っていたもの)そのものであるということに私たちが気付き、「国際比較」という視点を獲得するために大変役立つものだと思いました。」
 
また「5章 対立を仕切る」の項では「以下のように伊勢﨑さんが語る言葉が印象的でした」と述べた上で次の箇所を引用しています。
 
「脅威に対する人間の本能が社会集団として増幅し、このままではだめだと、それまでの国のあり方を変える政治決定が下される。このプロセスを分析する「セキュリタイゼーション」について、2章で話したね。僕たちの針は常にフラフラ振れつづけることを自覚すると、それが大きく振れたときに元に戻そうとする「脱セキュリタイゼーション」(高揚する脅威に冷や水をかけて落ち着かせること)の能力をもてるかどうかが肝だとわかる。 そのためには、まず、知ることかな。将来、敵になるかもしれない相手のことを知っておく。そこの独裁体制がなぜ生まれたか、何が彼らをそうさせるのか。知らないことは楽だよね。セキュリタイゼーションが起こったら、何の疑いもなく空気に身をまかせ、みんなで恐怖におののき、その原因とされるものへの怒りに熱狂する。そういうなかで、「ちょっと、どうよ!」みたいなことを言うのって、度胸がいる。KYとか言われたりして(笑)。村八分になるかもしれない。その意味で、平和は闘いなんだと思う。」
 
金原さんの上記の感想や伊勢﨑さんの文章の引用からわかることは、金原さんは伊勢﨑さんの「それが必ずしもうまくいかない、いかない中で少しでも良い方向に進めるためにはどうすれば良いのか」といういわば現場主義の考え方、臨機応変な行動スタイルに魅かれているのではないか、ということです。現場主義は言葉を換えて言えば現実主義的ということでもあるでしょう。さらに現実主義を言葉を換えていえば教条主義に捉われて理想倒れしないタフな精神力と行動力ということでもあるでしょう。金原さんはそうした才能を伊勢﨑さんに見出しているように見えます。それが金原さんの伊勢﨑評価の理由になっているのだろうと私は見ます。
 
しかし、現実主義はおうおうにして実利実益のみを追求するたぐいのプラグマティズムに陥りやすい傾向をもあわせ持っています。伊勢﨑さんの昨年4月付けの神奈川新聞の主張はそのようなプラグマティズムに浸食された思想のよき摘示のように私には見えます。「現実」を重視するのはよいことだとしても、その「現実」はアメリカ流の平和主義(それは南米やイスラムなどの第三世界諸国にとってはしばしば侵略主義の糊塗を意味するでしょう)のフレームを通した「現実」主義でしかないように見えるからです。神奈川新聞の主張とは次のようなものです。
 
集団的自衛権を考える(5)犠牲者を出す覚悟はあるか 東京外国語大・伊勢崎賢治教授(神奈川新聞 2014.04.05)
 
日本が戦後に掲げてきた「平和」が岐路に立つ。安倍晋三首相は積極的平和主義を唱え、集団的自衛権の行使容認、そして憲法改正を目指す。「日本に9条はもったいない」。東京外国語大教授の伊勢崎賢治さん(国際政治学)はそう繰り返してきた。アフガニスタンをはじめ紛争地域の現場に身を置き、武装解除に携わってきたその人が考える平和の創り方とは。
 
-閣議決定された「防衛装備移転三原則」により武器輸出が原則解禁になります。武装解除に携わった身としてどう受け止めますか。
 
「実のところ、あまり気にしていません。アフリカではゲリラが使う車の多くは日本製。荷台を改造し、機関砲を載せている。日本製は性能が良くて壊れないから重宝されているのです」
 
-日本で作られたものが人を殺す道具になっている現実がある、と。
 
「そもそも日本はすでに戦争に参加している。米国と北大西洋条約機構(NATO)のアフガニスタン攻撃に自衛隊はインド洋上での給油活動で加わっている。憲法9条があるのに、おかしいですよね」
 
-とはいえ、武器輸出解禁は大きな転換です。
 
「アフガンでの武装解除では米軍からも現地の軍閥からも、日本人だからうまくいったと言われた。日本は経済大国でありながら唯一戦争をしない国と認識されている。中立的ないいイメージに、不純なものが入ってくる感じはあります」
 
「ただ、そのイメージも誤解にすぎない。自衛隊の給油活動はアフガンの大統領も知らなかった。中東の国々から日本は参戦してないと『美しい誤解』をされているわけです」
 
■9条はもったいない
 
-武器輸出の歯止めになってきたのも9条でした。
 
「僕は9条そのものを信じてはいない。9条のおかげで平和だというが、そんなのうそ。9条を押しつけてきた米国が守ってくれているから平和だったにすぎない。その現実を直視したくないから、そう思い込もうとしている」
 
-でも、伊勢崎さんは護憲派として知られています。
 
外交的に使えるから守れと言ってるんです。これだけの経済大国で戦争をしないし、政府開発援助(ODA)も出す。そういうイメージをつくってきたから成功した。ただ、9条のことは海外ではあまり知られてない。誤解しちゃいけないのは、そのイメージは9条のおかげではないということです」
 
-思考停止に陥らず活用すべきだ、と。
 
「戦争をしない日本には平和外交をする潜在能力がある。でもノルウェー以上のことをやってない。ノルウェーは1993年にパレスチナ暫定自治宣言(オスロ合意)への秘密交渉を仲介し、スリランカの和平合意にも尽力した。一方でNATOの一員として戦争にも参加している。でも平和国の地位は揺るがない」
 
-日本で語られてきた平和に不満がある。
 
「今までは国益の議論に終始していた。つまり、戦後レジーム(体制)によって保たれていた平和をいかに守るか、と。でも、日本のためだけの9条でいいんですか、ということです。もっとも、『9条は日本にはもったいない』と新聞に寄稿したら、護憲団体から講演に呼ばれなくなりましたが」
 
■テロの背景にメスを
 
「日本を守ってくれていた米国は元気がなくなっている。それを認識すべきです。2001年から続くアフガン戦争は米国建国以来最長の戦争です。経済は疲弊し、米国は今年中にアフガンから撤退する意向です。平和を引き続き享受したいと思うなら、日米両国の利益になる9条を大切にしていかなければならない」
 
-9条は米国の利益にもなるのですか。
 
「アフガン戦争は終わっていません。逆に(国際テロ組織の)アルカイダ的なものは拡大している。テロの背景には社会の腐敗や貧困がある。構造的な暴力の被害者たちが宗派や言語などで集団化し、衝突して内戦に発展してしまう。ロシアとチェチェン共和国の関係や中国の新疆ウイグル自治区もそう。世界が共通して抱えている病気です。この病気との戦争が9・11以降始まった。その戦いの中で日本が果たせる役割がある」
 
-役割とは。
 
「テロの根絶には構造的な社会問題にメスを入れ、テロを嫌う社会、過激な思想を生まない社会をつくっていかなければならない。当事国の内政に入り込み、変えていくしかない。それは優しく、平和的にしかなし得ない。危険でも武装勢力の中に入って調停したり、停戦を監視したりすることも求められている」
 
-それができるのは日本だ、と。
 
「9条がつくりだした日本の体臭というものがある。9条の下で暮らしてきて好戦性というものがない。戦火に生きる人々はそれを敏感に感じ取るのです」
 
■積極的平和主義とは
 
「そういう意味では、テロとの戦いにおいて日本も集団的自衛権を行使して参戦すべきだと思います」
 
-集団的自衛権は同盟国が攻撃された場合、加勢する権利のことですが。
 
「あくまで非武装で、平和的に、です。それは米国が一番望むことでもある。米軍は自衛隊に武力を使って手助けしてほしいなんて思っていない。NATO加盟国の軍隊は皆銃を撃てるわけだから。武器は使えないけど現地の人の心をつかみ、社会の何がテロリストを生んだのかを考える部隊が一つくらいあったっていい。安倍首相の言う『普通の国』になる必要は全くありません」
 
-武力は平和介入の選択肢の一つにすぎない。でも安倍首相の掲げる積極的平和主義からは、そうした考えはうかがえません。
 
「非武装で戦いの中に入っていく。これこそが積極的平和主義です。いままでは武力を使わない代わりに、本当に危険なところに入ってはいかなかった。本当にやるとすれば犠牲者が出ると思う。その覚悟があるかどうか、です」
 
■安倍首相が提唱する積極的平和主義
 
自衛隊の海外展開を念頭に世界の平和と安定のために貢献することをうたう。特定秘密保護法の制定や国家安全保障会議創設、集団的自衛権の行使容認、武器輸出三原則に代わる防衛装備移転三原則といった安倍政権が進める安全保障政策の見直しは、いずれも同じ文脈に位置付けられる。1月の施政方針演説で安倍首相は「国際協調主義に基づく積極的平和主義の下、米国と手を携え、世界の平和と安定のためにより一層積極的な役割を果たしていく」と意義を強調した。
 
上記でボールドにしているところ、金原さんは「護憲」派の弁護士として賛同できるでしょうか? それでも伊勢﨑さんの主張を支持すると言うことはできるでしょうか?
 
伊勢﨑さんが「テロの根絶には構造的な社会問題にメスを入れ、テロを嫌う社会、過激な思想を生まない社会をつくっていかなければならない。当事国の内政に入り込み、変えていくしかない。それは優しく、平和的にしかなし得ない。危険でも武装勢力の中に入って調停したり、停戦を監視したりすることも求められている」というのは私もそのとおりだと思います。そのためには伊勢﨑さんが主張するような「現実」的な、ときとして実利的な対応も求められることにもなるでしょう。そういう意味でのプラグマティズムは私も必要だと思います。
 
しかし、もう一方で伊勢﨑さんの言う「米国が(日本を)守ってくれている」という観念、「日米両国の利益になる9条を大切にしていかなければならない」という観念は、米国の傘の下での「平和」、言葉を換えて言えば対米従属関係を前提にした西側諸国的価値観の下での「平和」でしかなく、東欧や南米、アフリカ世界を含む全世界の平和の構築の観念とは縁遠いものです。伊勢﨑さん的認識は真の世界の平和の構築にとって逆にきわめて危険な認識といわなければならないでしょう。伊勢﨑さんの「テロとの戦いにおいて日本も集団的自衛権を行使して参戦すべきだと思います」という主張(「あくまで非武装で、平和的に」という前提があったとしても)に到ってはほとんど「イスラム国人質事件」を最悪の形に悪化させた首相安倍のエジプト・カイロでの「テロとの戦い」の演説との違いを見つけ出すのは困難です。

金原さん。それでも伊勢﨑さんの主張を「護憲」派の主張として評価しえますか?
NHKの月例世論調査によれば安倍内閣の3月度の支持率は46%で前月比8ポイントの急落だといいます。
 
アベ3  
 
「NHKの世論調査によりますと、安倍内閣を「支持する」と答えた人は先月より8ポイント下がって46%、「支持しない」と答えた人は8ポイント上がって37%でした。/NHKは今月6日から3日間、全国の20歳以上の男女を対象に、コンピューターで無作為に発生させた番号に電話をかける「RDD」という方法で世論調査を行いました。調査の対象となったのは1632人で、66%に当たる1075人から回答を得ました。/それによりますと、安倍内閣を「支持する」と答えた人は、先月より8ポイント下がって46%でした。一方、「支持しない」と答えた人は、8ポイント上がって37%でした。支持する理由では、「他の内閣よりよさそうだから」が42%、「実行力があるから」が19%、「政策に期待が持てるから」が14%だったのに対し、支持しない理由では、「政策に期待が持てないから」が46%、「人柄が信頼できないから」が19%、「支持する政党の内閣でないから」が12%となっています。(以下、略)」(NHK 2015年3月10日
 
この安倍内閣支持率の前月比8ポイントの急落をどう見るか? 私の独断と偏見の観想学によれば、この支持率の急落は、例の2月19日の予算委での「日教組」ヤジの際に見せた首相安倍のあまりのへぼいあの「顔」が支持率の急落に大きく影響しているのではないか。

アベ 

アベ2
 
内田樹さんの言うように(3月8日)ニッポン人のエモーションの核が「忠臣蔵』的「総長賭博」的「昭和残侠伝」的であるとすれば、その対極にあるのは越後屋的悪徳商人とその袖の下提供先としての悪徳代官。「日教組」ヤジの際の安倍の顔はまさに人々に嫌厭をもたらすその顔。その顔が人々の反感と顰蹙を買った、ということではないか。「政治とカネ」(袖の下)の問題が支持率低下の原因と見る自民幹部(高村正彦副総裁)の発言とも符合します。
 
本日付けの「今日の言葉」で紹介しましたが「村山首相談話を継承し発展させる会」の訪中代表団がいま中国を訪問しています。同地での中国の学者・専門家との意見交換の席での「基調報告」は以下のようなものです。
 
3月9日から「村山首相談話を継承し発展させる会」の訪中代表団の一員として、中国を訪問することになりました(-13日)。北京及び上海では、中国の学者・専門家と意見交換する機会があるということで、「基調報告」をすることになりました。以下の文章がその「基調報告」です。(略)日本の敗戦70周年及び中国の抗日戦争勝利70周年を5ヶ月後に迎えようとする今、1995年の敗戦50周年に当たって出された村山首相(当時)談話に対して、日本国内において、また、中国をはじめとする日本の侵略戦争の被害を受けた東アジア諸国で大きな関心が表明される事態になっている。その直接かつ最大の原因は、村山首相談話に示された歴史認識を拒否する安倍首相が、70周年に際して、自らの歴史認識に基づく新たな談話を発表し、村山首相談話を葬る意図を表明していることにある。安倍首相がとりわけ問題視するのは、村山首相談話における二つの部分、即ち、「植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました」、そしてそのことについて「痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします」と述べている箇所だ。安倍首相の歴史認識とは、日本が行った戦争と植民地支配の加害性を承認しない、したがって近隣諸国に対して謝罪するいわれはないとするものである。それは正に、歴史的な客観的事実に真っ向から挑戦する歴史認識であり、自己を徹頭徹尾美化しなければすまない居直りの主張である。(浅井基文のページ 2015.03.08
 
ここでは日本と中国の両国関係に暗雲をもたらしている「直接かつ最大の原因」は「村山首相談話に示された歴史認識を拒否する安倍首相」の問題であることが指摘されています。ときにいま、戦後70年の「安倍談話」に関して「安倍さん『侵略した』と言ってほしい」と述べた「21世紀構想懇談会」座長代理の北岡伸一氏(国際大学学長)の発言がメディアの注目を浴びていますが、この北岡発言は集団的自衛権容認の中心人物である北岡氏の発言が意外がられているが、驚くには当たらない。安倍氏の歴史改竄主義は欧米に警戒心を喚起し、集団的自衛権行使の妨げになっているのだから。要は集団的自衛権に関しては、皮肉なことに安倍氏の歪んだ歴史認識こそが、もっとも強力な「歯止め」になっている。北岡氏はそれを外したいのだと思う」(想田和弘Twitter、1月10日)というものです。

ここで明証されていることは、保守・右翼の論客として名高い北岡氏と比してすら首相安倍のウルトラ右翼性は文字どおりウルトラに際立っているということでしょう。その懸隔の差異は小さくありません。この小さくない差異は安倍の支持率をさらに降下させる絶好の駒のひとつになりうるのではないか、とはNHKの3月度の世論調査を「読ん」で私の思うところです。
昨日付け(8日)の「今日の言葉」の中で引用したVICEニュースの動画「Japan vs. the Islamic State」はいまのニッポンの報道では観ることができない貴重なフィルムだと思いますので、エントリとしてもアップしておきたいと思います。


上記の動画を観ての内田樹さんのコメント(内田樹Twitter 2015年3月8日):

番組の最後の言葉はIt is more and more likely that we see Japanese soldiers on foreign soil one day. 日本兵が海外に登場する風景をわれわれは遠からず目撃することになるだろう」でした。印象深かったのは右翼の活動家たちが「日米安保条約の廃棄・主権回復」と改憲をセットにして語っていたことでした。昨日の講演で、安倍政権の最終目的は・・・という話題で語ったのはそのことでした。戦後一貫して反米的であることを抑圧されていた日本国民はきっかけがあれば反米に雪崩打つでしょう。親米・媚米的なふるまいを限界まで演じて、最後に「ぶち切れて」ちゃぶ台をひっくり返す・・・というのは日本人の大好きな『忠臣蔵』的『総長賭博』的『昭和残侠伝』的の設定ですから。日本の右翼が達成すべき理想国家のかたちとして思い描いているのはたぶん北朝鮮でしょう。ドキュメンタリーを見るとそれがよくわかります。世界中すべての国に喧嘩を売ることが出来るくらいに「悪い」国になりたいのです。
メディアは、昨日の6日、安倍内閣が「背広組」(文官)が「制服組」(自衛官)より優位だとする「文官統制」を見直す防衛省設置法改正案を閣議決定したことをどう報じたか? 辺見庸のように「これって、ようするに、無血クーデター成功ってことじゃない」かと警鐘を鳴らしたか? 口を極めて指弾したか? それともかつて永井荷風が見た風景と同じように「軍国政治に対しても更に不安を抱かず、戦争についても更に恐怖せず、寧これを喜べるが如き状況」(「断腸亭日乗」1937年8月24日)であったか? 「歴史的な日」(「無血クーデター」が成功した日であるのならば当然「歴史的な日」ということになるでしょう)の記録としていくつかのメディアの記事を採録しておこうと思います。
 
「これを喜べるが如き状況」の記事は産経新聞、読売新聞に代表されます。本文は引用しません。
 
「文官統制」めぐる混乱を解消へ 防衛省設置法改正で形骸化「12条」整理目指す(産経新聞 2015.3.6)
防衛装備庁創設盛り込む…改正法案を閣議決定(読売新聞 2015年03月06日)
 
「軍国政治に対しても更に不安を抱かず、戦争についても更に恐怖せず」の記事はNHK、朝日新聞、毎日新聞の2紙1放送に代表されるでしょう。時事通信の記事もいわゆる「客観報道」で安倍政権に対する批判は見られません。
 
文民統制 「首相が最高指揮官であることで完結」(NHK 3月6日 12時29分)
「安倍総理大臣は衆議院予算委員会の集中審議で、防衛省設置法の改正案に関連し、文民統制=シビリアンコントロールについて、「国民から選ばれた総理大臣が最高指揮官であるということにおいて完結している」と述べました。(略)民主党の小川副幹事長は、防衛省のいわゆる背広組の文官が担ってきた防衛大臣の補佐について、制服組の自衛官が文官とともに対等の立場で当たるようにすることなどを盛り込んだ防衛省設置法の改正案について、「制服組と背広組との実態関係に何らかの影響を及ぼすのか」とただしました。これに対し安倍総理大臣は民統制について、「あくまでも文民優位で、それがシビリアンコントロールで、文官はまさに文民である防衛大臣を補佐する。シビリアンコントロールというのは、基本的に国民によって選ばれた総理大臣が最高指揮官であり、同じように文民である防衛大臣が指揮をしていく構造になっている。基本的には国民から選ばれた総理大臣が最高指揮官であるということにおいて完結している」と述べました。また、中谷防衛大臣は「防衛省における統制は文民である防衛大臣が自衛隊を管理・運営し、統制することだが、防衛副大臣などの政治任用者の補佐のほか、内部部局の文官による補佐も、防衛大臣による文民統制を助けるものとして重要な役割を果たしている」と述べました。」(以下、略)
 
防衛省設置法:防衛装備庁新設や自衛官の立場など閣議決定(毎日新聞 2015年03月06日)
「政府は6日、防衛装備品の研究開発から調達、輸出までを一元的に担う「防衛装備庁」を新設する防衛省設置法改正案を閣議決定した。今国会中の成立を目指す。防衛官僚(背広組)が自衛官(制服組)を指示する立場にあると解釈されてきた同法12条も見直し、両者が「車の両輪」として防衛相を補佐する関係であることを明確化させた。中谷元防衛相は同日の記者会見で、装備庁新設の狙いについて「計画段階から調達まで一つのプロジェクトとして行い効率化する」と説明。権限が集中することによる弊害については「閉鎖的な人事管理にならないよう事務官、技官、自衛官の混合組織にした。庁内の監察部門設置と防衛監察本部の監査機能強化で業務の公正透明化の仕組みを作った」と強調した。12条改正に関連し、中谷氏は6日の衆院予算委員会で、国民の代表である防衛相が自衛隊を統制することが「防衛省における文民統制だ」とする政府の統一見解を示した。背広組による防衛相の補佐を「防衛相による文民統制を助けるもの」と位置付け、その役割の重要性を強調。一方、背広組と制服組との関係については「指揮命令する関係にはない」と対等であることを明確にした。」
 
「文官統制」見直しを閣議決定 装備庁新設も盛る(朝日新聞 2015年3月6日)
「安倍内閣は6日、防衛省内で「背広組」(文官)が「制服組」(自衛官)より優位だとする「文官統制」を見直す防衛省設置法改正案を閣議決定した。今国会での成立を目指し、10月にも実施する。成立すれば制服組の影響力が強まり、シビリアンコントロール(文民統制)を確保するため防衛相の責任が一層問われる。文民である防衛相が自衛隊を統制するのが「文民統制」。その防衛相を政策の専門家である「文官」の背広組が支えるのが「文官統制」だ。現行の防衛省設置法では、防衛相が制服組のトップである統合幕僚長や陸海空の幕僚長に指示を出したり、監督したりする際には、背広組幹部である官房長や局長が「補佐する」との規定がある。これが根拠になり、防衛相が自衛隊部隊へ命令を出す際や、部隊が防衛相に報告する際は、背広組を通す仕組みになっていた。改正案では、この規定を撤廃し、防衛相を補佐する上で、官房長・局長と幕僚長は対等となる。同時に背広組の局長をトップとする「運用企画局」を廃止し、自衛隊の運用を制服組が統括する「統合幕僚監部」に一元化する。中谷元・防衛相は6日、「政策的見地と軍事的見地の大臣補佐が相互に作用して、シビリアンコントロールはより強化される」と説明した。しかし、「文官統制」は、戦前、戦中の軍部暴走の反省から、シビリアンコントロールを支える仕組みと見なされてきた。見直しには野党から批判が出ている。」(以下、省略)
 
影響力増す制服組=文民統制に懸念-設置法改正へ(時事ドットコム 2015/03/06)
「政府は6日に国会提出した防衛省設置法改正案に、「背広組」(文官)が「制服組」(自衛官)よりも優位とされてきた根拠を撤廃し、同等の立場で防衛相を補佐する仕組みに改める規定を盛り込んだ。軍事のプロである制服組の役割を重視し、迅速で効率的な意思決定を図る狙いだ。制服組の影響力が増すとみられ、「文民統制が揺らぐ」との懸念は残る。現行法は防衛相が自衛隊の部隊に指示したり、運用計画を承認したりする際、背広組の官房長や局長が「防衛相を補佐する」と規定。これが背広組優位の根拠とされてきた。改正案では、防衛相を補佐する上で、両者を対等とするほか、部隊運用をめぐり、背広組がトップを務める運用企画局を廃止し、制服組の統合幕僚監部に一元化する。背景にあるのは、災害派遣や国連平和維持活動(PKO)などで自衛隊の役割が増していることだ。ミサイル防衛、武力攻撃に至らない「グレーゾーン」事態の対処ではスムーズな意思決定が重視される。政府が検討を進める安全保障法制整備をにらんだ動きでもある。
 
制服組にとって背広組との対等な関係は「長年の悲願」でもあった。安倍政権では、国家安全保障会議(日本版NSC)に自衛隊制服組トップの統合幕僚長も参加するなど、既に制服組は存在感を強めている。今後、国会審議で背広組に代わって制服組が答弁に立つ可能性もある。河野克俊統合幕僚長は「国会から『統幕長出てこい』と言われたら当然出なければ」と意欲をのぞかせる。防衛大卒で自衛官出身の中谷元防衛相は「文官統制」が戦前、戦中の軍部暴走の反省に基づく規定かと問われ「そういうふうには思わない」と発言、民主党など野党に問題視された。法改正は中谷氏ら国防関係議員が主導してきたものだ。首相や防衛相の責任が一層重要となる中、安倍晋三首相は6日の衆院予算委員会で文民統制が弱まるとの懸念に対し、「国民から選ばれた首相が(自衛隊の)最高指揮官だということで完結している」と反論した。」
 
多少なりともメディアの気概を示しているのは以下の記事です。
 
「文官統制」廃止閣議決定 防衛省設置法改正案、議論なく政治(東京新聞  2015年3月6日 夕刊)
「(前略)政府が閣議決定した「文官統制」規定の廃止を盛り込んだ防衛省設置法改正案は、先の大戦の反省に基づき、政治が軍事組織を統率する「文民統制」を大きく後退させる恐れがある法案だ。にもかかわらず、自民、公明両党は事前の党内手続きで、廃止に伴う影響を厳しく検証した形跡はない。文官統制の廃止を目指す法案の概要が明らかになったのは二月下旬。しかし、自民党は大きな議論もなく了承。公明党は二回了承を見送ったが、説明が十分でないなど手続き面の理由が主だった。あまりにも拙速に閣議決定まで進んだ印象は否めない。自衛隊の海外派遣拡大に向けた安全保障法制の与党協議も進んでいる。このままでは、文民統制が後退した状態で海外派遣が進むことになりかねない。自衛官出身の中谷元・防衛相は「政府として、文官が自衛官をコントロールする考え方はしていない」と繰り返していることも、懸念をより強くさせる。今後、問われるのは国会審議で、文民たる与野党の政治家がどれだけチェック力を発揮するか。民主党の枝野幸男幹事長は「(法案は)すぐに通す性質ではなく、時間をかけて議論したい」と話す。今度は拙速に進めてはならない。」
 
文官統制廃止 歴史の教訓忘れたのか(北海道新聞社説 2015/03/06)
「防衛省には背広組と呼ばれる防衛官僚と、制服組と呼ばれる自衛官が所属している。防衛省設置法は、官僚を自衛官より優位と位置付ける。「文官統制」と言われる仕組みだ。政府はこの文官統制を廃止し、官僚と自衛官を対等とする同法改正案をきょうにも閣議決定する。自衛隊の部隊運用を制服組主体に改める「運用一元化」も改正案に盛り込む。今国会で成立させ、10月から実施する方針だ。文官統制は1954年の防衛庁・自衛隊発足時、旧日本軍が暴走した反省から、自衛官を政治と密着させないように設けられた。政治が軍事に優越する文民統制(シビリアンコントロール)を確保するための方策の一つである。改正案は歴史の教訓をないがしろにするもので、文民統制を危うくしかねない。断固、反対する。
 
防衛省設置法12条は、防衛相が制服組トップの統合幕僚長や陸海空の幕僚長を指揮・監督する際、背広組の官房長や局長が防衛相を補佐すると規定している。官僚が政策的見地から自衛官をチェックする仕組みで、背広組の優位が前提となっている。改正案では、各幕僚長が官房長や局長と対等な立場で防衛相を補佐すると改める。さらに、現在は背広組の運用企画局と、制服組の統合幕僚監部(統幕)の両方が担っている自衛隊の運用を統幕に一元化する。自衛官が官僚の介在なしに防衛相と直接、情報をやりとりしたり、運用計画を担ったりすることで、周辺有事や災害時に迅速に対応できるようにする目的という。だが文官統制によってこれまで大きな支障があったわけではない。安倍晋三政権は集団的自衛権行使容認など自衛隊の活動を大幅に広げようとしている。自衛隊を動かしやすくする今回の改正がそれと連動しているのは明らかだ。改正されれば実力部隊を背景にした制服組の影響力が強まり、自衛隊の暴走を阻止する機能が低下するのは間違いない。
 
看過できないのは、中谷元・防衛相が、文官統制が戦時中の軍部暴走への反省からつくられたとは思わない、と発言したことだ。中谷氏は防衛大卒の元陸上自衛官で、これまで文官統制撤廃を強く主張してきた。防衛相という立場で、こうした誤った見解を示すことは許されない。極めて重大な問題をはらんだ法案である。野党は政府を厳しく追及し、廃案に追い込んでほしい。」
文民統制は確保=安倍首相
(時事通信3月6日12時40分配信)
 
「安倍晋三首相は6日午前の衆院予算委員会で、防衛官僚(背広組)が自衛官(制服組)より優位としてきた規定を見直すことに関連し、『国民によって選ばれた首相が(自衛隊の)最高指揮官であり、同じように文民である防衛相が指揮する構造になっている』と述べ、文民統制(シビリアンコントロール)は確保されているとの認識を強調した。首相は『自衛隊の活動は国会の決議も必要だし、国の予算も国会を通らなければならない。これこそがシビリアンコントロールだ。国民から選ばれた首相が最高指揮官だということで完結していると言ってもいい』と強調した。民主党の小川淳也氏への答弁」(時事引用終わり)。
 
これって、ようするに、無血クーデター成功ってことじゃないですか。一方、国民とマスメディアのみなさまにおかれましては、「軍国政治に対しても更に不安を抱かず、戦争についても更に恐怖せず、寧これを喜べるが如き状況なり」(引用者注:永井荷風「断腸亭日乗」1937年8月24日付)だね。(辺見庸「日録2-0」2015/03/06)

追記(3月7日):
この国にはもう抗体がなくなった。とんでもない男を首相にしたものだ。あの男の言う「切れ目のない……」というフレーズが怖い。諸君、「三矢研究」を知っているか。1963年、自衛隊統合幕僚会議が極秘におこなっていた机上作戦演習で、正式名は「昭和三十八年度総合防衛図上研究」。3本の矢どころではない。最終的核戦争も想定した自衛隊制服組による朝鮮有事研究だった。65年、社会党の岡田春夫がこの研究の存在を国会で暴露し、大問題になった。事実上の無血クーデター下にあるげんざいでは、朝鮮有事研究どころか、第2次朝鮮戦争へのニッポン参戦体制がととのえられている。公然と。さて、抗うか、抗えるか、沈黙するか、いっさいを拒むか、狂うか、佯狂者となるか、笑い死にするか、耳栓をし、アイマスクをするか、バートルビーにでもなるか。困ったもんです……ではもうすまない。ひたすら過去に学べ。わたしのなかでなにかが音たてて崩れ、潰え、そして、そのために、かえってかくじつになにかが生きたーー読書経験をなんどかしている。(辺見庸「日録2-0」2015/03/07)
以下、本日付西日本新聞朝刊記事。
 
下村文科相辞意漏らす? 首相慰留「辞めちゃ駄目だ」、献金問題
(西日本新聞朝刊 2015/03/06)
 
「支援組織の任意団体「博友会」をめぐる献金問題で厳しい追及を受ける下村博文文部科学相。3日、一時辞意を漏らし、夜の首相公邸で安倍晋三首相が「辞めちゃ駄目だ」と強く慰留した-。複数の政府、自民党関係者がこう証言した。順調に推移した第2次政権だが、昨年10月に小渕優子前経済産業相、松島みどり前法相がダブル辞任。第3次政権でも今年2月に西川公也前農相も辞任した。下村氏が辞任に追い込まれれば4人目だ。第1次政権では閣僚4人が「ドミノ倒し」のように次々と辞任し、首相は在任わずか1年での退陣を余儀なくされた。首相の脳裏には今、同じ悪夢がよぎる。4人目の辞任となれば、政権は危険水域に突入する。しかも、これまでの3閣僚と比べ、下村氏は第1次政権で官房副長官を務め、思想的にも首相に近い長年の「盟友」。政権への影響も格段に大きい。「首相は下村氏を絶対辞めさせない」。自民党関係者の一人はこう断言する。」
 
以下、2月28日から3月5日までのメディアの社説記事。まさに国民(メディア)の批判などなんのそのの安倍政権。
 
【社説】政治とカネ連鎖 「問題なし」では済まない【新潟日報】2015.03.05
【社説】相次ぐ寄付金問題 「税金の還流」許されない【琉球新報】2015.03.04
【社説】政治とカネ 企業献金の全面禁止を【北海道新聞】2015.03.04
【社説】政治とカネ―企業献金のもとを断て【朝日新聞】2015.03.04
【社説】補助金と献金 国会は規制強化に動け【毎日新聞】2015.03.04
【社説】企業団体献金 全廃含め抜本見直しを【東京新聞】2015.03.04
【社説】[「政治とカネ」首相も] 自らに厳しい決着図れ【沖縄タイムス】2015.03.04
【社説】[補助金と寄付] 抜本的な見直しが必要だ【南日本新聞】2015.03.04
【社説】寄付金問題 「知らなかった」で済むか【西日本新聞】2015.03.04
【社説】【政治とカネ】「知らなかった」では済まぬ【高知新聞】2015.03.04
【社説】政治とカネ 企業・団体献金禁止へ道描け【愛媛新聞】2015.03.04
【社説】企業寄付問題 「知らなかった」で済まぬ【徳島新聞】2015.03.04
【社説】政治とカネ/法の不備を放置するのか【神戸新聞】2015.03.04
【社説】政治とカネ 甘い姿勢は通用しない【信濃毎日新聞】2015.03.04
【社説】政治とカネ 企業献金の全面禁止を【北海道新聞】2015.03.04
【社説】政治とカネ  疑惑生む構造にメスを【京都新聞】2015.03.02
【社説】[政治とカネ]規正法の「抜け道」正せ【沖縄タイムス】2015.03.01
【社説】【企業献金】 全面禁止に向けた協議を【高知新聞】2015.03.01
【社説】「政治とカネ」疑惑 開き直りは許されない【中国新聞】2015.03.01
【社説】民意と政治の回路 熟議の技を磨き上げよう【信濃毎日新聞】2015.03.01
【社説】政治とカネ―疑惑の連鎖を断ち切れ【朝日新聞】2015.02.28
【社説】大臣とカネ 「知らない」では済まぬ【毎日新聞】2015.02.28
【社説】政治とカネ 政権がたるんでいる【東京新聞】2015.02.28
 
しかし、「NHKが2015年2月6日から8日にかけて行った世論調査によると、安倍内閣の支持率は1月調査よりも4ポイント高い54%(略)。読売新聞が6日から7日に実施した世論調査も同様の傾向で、支持率は1月調査より5ポイント増の58%」(J-CASTニュース、2015/2/10)。「朝日新聞社が14、15の両日実施した全国世論調査(電話)で、安倍内閣の支持率は50%(1月17、18日実施の前回調査42%)と上昇した」(朝日新聞、2015年2月17日)。
 
以下は2月5日付の辺見庸の「日録」に引用された永井荷風の1937年8月24日付と同年11月19日付の「断腸亭日乗」の記事。
 
「八月廿四日。晴また陰。午後曝書。夜浅草散歩。今半に夕飯を喫す。今宵も月よし。十時過活動館の前を過るに看客今正に出払ひたるところ、立並ぶ各館の戸口より冷房装置の空気道路に流出で冷なるを覚えしむ。花川戸の公園に至り見れば深更に近きにも係らず若き男女の相携へて歩めるもの多し。皆近鄰のものらしく見ゆ。 余この頃東京住民の生活を見るに、彼等は其生活について相応に満足と喜悦とを覚ゆるものの如く、軍国政治に対しても更に不安を抱かず、戦争についても更に恐怖せず、寧これを喜べるが如き状況なり
 
「十一月十九日。快晴。・・・・・・・今秋より冬に至る女の風俗を見るに、髪はちぢらしたる断髪にリボンを結び、額際には少しく髪を下げたるもの多し。衣服は千代紙の模様をそのまま染めたるもの流行す。大形のものは染色けばけばしく着物ばかりが歩いてゐるやうに見ゆるなり。売店の女また女子事務員などの通勤するさまを見るに新調の衣服(和洋とも)を身につくるもの多し。 東京の生活はいまだ甚しく窮迫するに至らざるものと思はるるなり。戦争もお祭さわぎの賑さにて、さして悲惨の感を催さしめず。要するに目下の日本人は甚幸福なるものの如し」。
弁護士の金原徹雄さん(和歌山市)がご自身のブログの3月1日付けに「『慰安婦』問題に立ち向かう『強い意志』~大沼保昭氏と朴裕河氏の会見を視聴して」という記事を書いています。その標題を「『慰安婦』問題に立ち向かう『強い意志』」としていることからもわかるように金原さんは東大名誉教授で元アジア女性基金理事の大沼保昭(敬称略。以下、同じ)と『和解のために』(2007年度大仏次郎論壇賞受賞)の著者で世宗大学教授の朴裕河(パク・ユハ)を高く評価する立場からこの記事を書いています。そして、その記事の中で金原さんは大沼と朴の評価について、「日韓両国のいずれにも存在する、左派と右派というか、リベラル派と民族派というか、そのような極端な教条主義的見解とは一線を画し、様々な立場の者が参加した議論の機会を保障し、たとえ非常な困難が予想されるとしても、解決に向けた道筋を見出そうという姿勢に共通点がある」とも書いています。
 
しかし、私には、大沼と朴に関する金原弁護士の評価には異議があります。なかんずく、大沼と朴の批判者をすべてではないにしても「極端な教条主義」などとレッテル張りをして両者の正当性を強調しようとする金原弁護士のその姿勢、評価のものさしには大きな異議があります。以下は私の異議ですが、その前に、2年前に韓国で出版され、告訴騒動にもなっている朴裕河の『帝国の慰安婦』を高く評価する高橋源一郎の「論壇時評」(朝日新聞、2014年11月27日)と奥武則の「書評」(朝日新聞「論座」、2014年11月27日)の声を先にとりあげておきます。大沼保昭や朴裕河を評価する声は金原さんひとりではないという証明を先にしておこうと思います。
 
高橋源一郎の「論壇時評」は次のようなものです。
 
「この本は、「慰安婦」を論じたあらゆるものの中で、もっとも優れた、かつ、もっとも深刻な内容のものです。これから、「慰安婦」について書こうとするなら、朴さんのこの本を無視することは不可能でしょう。そして、ぼくの知る限り、この本だけが、絶望的に見える日韓の和解の可能性を示唆しています。」
 
「朴さんは、慰安婦たちを戦場に連れ出した「責任」と「罪」は、まず帝国日本にあるとしながら、同じ「責任」と「罪」を持つべき存在として、朝鮮人同胞の業者、そして、女子の生涯を支配し、自由を許さなかった「家父長制」を指さします。彼らは、帝国日本の意向に沿って、彼女たちを「売った」のです。韓国(や北朝鮮)で、彼らの「罪」が問われなかったのは、そこに植民地・韓国(北朝鮮)の、忘れたい過去があったからです。植民地の民は、時に、本国民より熱狂的に宗主国に愛や協力を誓います。慰安婦も、彼女たちを連れ出した業者も、植民地の「準日本人」として「愛国者」の役割を果たしたのです。」
 
「朝鮮人慰安婦」にとって、日本人兵士は、時に自分の肉体を蹂躙する敵であり、時に、自分と同じく戦場で「もの」として扱われる「同志」でもありえたのです。だが、彼女たちの複雑な思いと立場は、日本と韓国の、それぞれの公的な「記憶」の中では、不都合な存在とされてきました。それぞれの国で、慰安婦たちは「単なる売春婦」か「強制的に連れて来られた性奴隷」のいずれかでなければならなかったのです。かつて、自分の肉体と心の「主人」であることを許されなかった慰安婦たちは、いまは、自分自身の「記憶」の主人であることを許されてはいないのです。」
 
「彼女たちを人間として認めること、そのためには、国家の公的な「記憶」の持ち主ではなく、彼女たちのかけがえのない個人の「記憶」に耳をかたむけること。朴裕河は「同胞の罪」を問うたために、韓国内では激しく批判されました。ちょうど、ハンナ・アーレントが「イェルサレムのアイヒマン」で、ナチスがユダヤ人を強制収容所に連行する際、ユダヤ人社会が協力したことの罪を問い、ユダヤ人社会の激烈な反発を招いたように、です。アーレントは、ユダヤ人社会の協力を責めることはナチスの罪を軽減することになる、という批判に対して、真実を明らかにすることからしか、真の解決は始まらない、と応答しました。アーレントの本のように、朴裕河の本が孤独な顔つきをしているのは、同じ問題に向かい合っているからなのかもしれません。」(高橋源一郎Twitter(2014年11月27日)から。抜粋要約は引用者)
 
また、奥武則の「書評」は次のようなものです。
 
「著者は、「慰安婦問題」をこうした「政治」と「運動」の中での語りから解き放つことを試みる。その出発は《「朝鮮人慰安婦」として声をあげた女性たちの声にひたすら耳を澄ませること》(日本語版への序文)だった。その結果、本書は「慰安婦問題」について「韓国の常識」「世界の常識」に異議申し立てをするものになった。」
 
「大日本帝国」は、1910年(実質的には1905年)、朝鮮を植民地とした。「帝国」に組み入れられた植民地・朝鮮の人々は「国民」として「帝国」の総力戦に動員された。/「慰安婦」たちもそうした「国民」だった。兵士が「帝国」に動員され、「命」を提供する存在だったとしたら、「慰安婦」は「性」を提供する立場にあった。戦地の慰安所における兵士たちと「慰安婦」たちとの間は、一方が他方を抑圧する関係ではなかった。」
 
「それゆえ、「帝国」の総動員体制の被害者同士として、戦地で「慰安婦」と兵士たちは、さまざまな関係を結ぶことができた。兵士たちにとって、ときに「朝鮮人慰安婦」は「日本」を代替して彼らをまさに「慰安」してくれる存在だった。」(WEBRONZA - 朝日新聞社(2014年11月27日)から。抜粋要約は引用者)
 
しかし、上記で高橋によって「『朝鮮人慰安婦』にとって、日本人兵士は、時に、自分と同じく戦場で『もの』として扱われる『同志』でもありえた」とされている部分、奥によって「戦地の慰安所における兵士たちと『慰安婦』たちとの間は、一方が他方を抑圧する関係ではなかった」とされている部分については(高橋の記述も奥の記述もともに朴裕河の『帝国の慰安婦』に基づくもの)明治学院大学准教授の鄭栄桓の次のような反論があります。
 
「朴の挙げる証言は、いずれも日本軍兵士や日本人業者が語った、日本人「慰安婦」についての証言であり、そもそも朝鮮人「慰安婦」は全く登場しない。兵士や業者という「利用者」「管理者」の視線からなされたことを踏まえた史料の検証をおこなわずに、これらを日本人「慰安婦」の実態、しかも「意識」を示す証言として用いることは問題であろう。この日本人「慰安婦」の発言自体、一般化しうるものなのかも確かではない。しかも、それをただちに「帝国の慰安婦」であったから「基本的な関係は同じ」として、朝鮮人「慰安婦」にあてはめるに至っては完くの飛躍というほかない。」
 
「日本軍と「同志的な関係」にあった、「同志意識があった」という表現は証言や小説には登場しない朴の言葉であり、解釈である。言うまでもないことだが、ある個人が日本兵の思い出を語ることと、「朝鮮人慰安婦」と日本軍が「同志的な関係」にあったという解釈の間には、はるか遠い距離がある。証言の固有性があまりに軽視されているのだ。」
 
「朴は「愛と平和と同志がいたとしても「慰安所」が地獄のような体験であった事実は変らない。それはいかなる名誉と称賛が付き従うとしても戦争が地獄でしかありえないことと同様である」(76頁)と断りを入れているが、全く根拠を示さぬまま、「同志がいた」という極めて重大な日本軍「慰安婦」の自己認識に関する推測を呈示したことにこそ、最大の問題があるといえる。」(歴史と人民の屑箱 2014-06-21
 
また、慶煕大教授(文学評論家)のイ・ミョンウォンの次のような反論もあります。
 
「沖縄の人々は、現在も日本を「ヤマト」と呼んで、日本人を「ヤマトンチュ」と呼びます。沖縄を「ウチナー」と自分たちを「ウチナンチュ」と呼びます。沖縄戦当時に滞在していた朝鮮人たちを「チョセナ」と呼びます。朴裕河教授は日帝下強制連行された慰安婦と日本軍との関係をこのような “日本国民” だったと言うが、沖縄で沖縄人、朝鮮人、日本人たちは朴教授の考えとは異なる考えた行動であった(引用者注:「沖縄での沖縄人、朝鮮人、日本人たちの実際の行動は朴教授の考えとは異なっていた」の意か?)。最も明らかなのは、“馬”(引用者注:ガマ(壕)のことか?)が異なっていたため、沖縄や日本語で似たもの同士会話すると、スパイ容疑で処刑することが日常茶飯事でした。」
 
「大沼保昭氏が中心になった「アジア女性基金」は、慰安婦ハルモニたちの世俗性を強調しました。歴史的審判が重要なのではなく、その場で生きていく"お金"が重要である。これを否定してはならない、というふうでした。「アジア女性基金」は、オランダ、台湾、フィリピン、慰安婦おばあさんたちに補償金を支給して、韓国では個人的に申請したおばあちゃんたちにもそうでした。首相の謝罪手紙も直筆サインをして送ったが、日本政府は、過去も今も「道義的責任」をとると言っています。 「道義的責任」という言葉。本当に美しい言葉です。 「法的責任」は話にならない、それは不可能であるが、困難であるとの免罪ロジックがこの「道義」の真の意味です。朴裕河教授が巧みに歪曲しているが、「アジア女性基金」について、日本政府は協力しませんでした。官民合同募金形式での資金のうち、公的資金は、ほとんどが「公務員労組」などを中心とした金額であり、皮肉なことに、在日朝鮮人もの寄付金を出しました。」(東アジアの永遠平和のために 2014-06-17
 
また、これは朴裕河の『和解のために』が2007年度の大仏次郎論壇賞を受賞したときのものですが、女性史研究者の鈴木裕子の次のような批判もあります。
 
「この著作の大きな特徴の一つは、「国民基金」への高い評価と韓国挺対協に対する強い批判がセットになっていることがあげられる。韓国と日本のナショナリズムを同列におき、それぞれの歴史的背景を精査せず、事実の上においては、韓国のナショナリズム批判により力点をおいている。朴氏のこのような特徴をもつ著作は、日韓の和解ムードづくりに対してはすこぶる好都合な素材を提供していると言えよう。しかし真の「和解」のための、原因の究明、歴史的事実の直視、共有化を通して日韓の市民・民衆レベルの地道な取り組みを行っている者たちにとっては、朴氏の著作は欺瞞的なものとしか写らない。要するに朴裕河氏の『和解のために』は日本支配層や政治エリートたちにとっては、「偽りの和解」醸成にはもってこい、の著作だと言える。挺対協批判のため「当事者性」を謳いつつ実際は被害者当事者の存在を周縁化させ、無視し、事実の上において貶めているものと言えよう。(従軍慰安婦問題を論じる 2008/04/07
 
私は日本のひとりの小説家とひとりの社会学者の評論よりも鄭栄桓、イ・ミョンウォン、鈴木裕子の論の方に説得力と正当性を見ます。そういう見方もあるのだということ。金原弁護士には承知していただきたいことです。また、相対する批判者は「極端な教条主義」者というほかないものか。再考していただきたいことです。
日本ジャーナリスト会議(JCJ)の機関紙的ブログといってよいDaily JCJの「今週の風考計」は優秀なジャーナリストの簡潔な政治レクチャーとして日頃参考にすることは多く、かつ、したがってということにもなるのですが、弊ブログの「今日の言葉」として引用させていただくこともしばしばあります。が、今回の「今週の風考計」記事(2015年3月1日付)は私には少なくない違和感がありました。その私の違和感のゆえんを以下述べようと思っているのですが、その前に私の違和感と批判の前提として同記事そのものを摘示しておきます。短文ですので全文を引用します。
 
Daily JCJ【今週の風考計】(2015年03月01日)
 
雁屋哲『美味しんぼ「鼻血問題」に答える』(遊幻舎)を読んで、あらためて内部被曝と低線量被曝の恐ろしさを再認識した。/昨年4月末、漫画誌に掲載の「美味しんぼ 福島の真実編」で描いた鼻血の描写が、マスコミや自治体のみならず、はては安倍首相まで乗り出して、「風評被害」とバッシングされた。/著者は2年に及ぶ取材を経て、「今の福島の環境なら、鼻血が出る人はいる。これは“風評”ではない。“事実”である」と結論づける。とりわけ年間20ミリシーベルト以下の低線量被曝が人体に及ぼす影響について、十分な研究がされず、安全宣言ばかりが優先している事態を鋭く告発する。本当に福島は安全なのか。/現に、東京電力は26日、福島原発のK排水溝から、高濃度汚染水が漏れ続けていた事態を10カ月も隠し、対策を講じてこなかった事実を公表した。だが菅官房長官は「汚染水はコントロールされている」と強弁する。/一昨年9月、安倍首相は東京五輪招致のため、IOC総会で「汚染水の影響は完全にブロックし、コントロールできている」とウソをついた。東日本大震災・原発事故の<3・11フクシマ>から4年を迎える。いまもなお「ウソも方便」とばかりに事態を隠蔽する。この安倍政権の傲岸不遜さは、度し難い。
 
「今週の風考計」の筆者はまず冒頭の第一文で「雁屋哲『美味しんぼ「鼻血問題」に答える』を読んで、あらためて内部被曝と低線量被曝の恐ろしさを再認識した」と述べます。私の違和感もこの第一文からはじまります。雁屋哲の『美味しんぼ』「鼻血問題」は筆者のいうように「マスコミや自治体」、政府、「安倍首相」だけでなく、国際機関・学術機関、大学・研究者、医師、識者・評論家、市民をも巻き込んでおおきな論争になりました。その見取り図をを示せば以下のとおりです。
 
「放射能事故の影響による「鼻血」はあるのか、ないのか。行政、国際機関・学術機関、大学・研究者・医師、識者・評論家、市民の意見まとめ ――「美味しんぼ」鼻血描写問題(4) 附:ビッグコミックスピリッツ編集部の見解(全文)」(弊ブログ 2014.05.18)
 
一瞥しただけでもすぐにわかることですが、「放射能と鼻血の因果関係はある」とする立場の研究者、医師らと「放射能と鼻血の因果関係はない」とする立場の研究者、医師らはそれぞれに相当数の人数群がいます。それを、「放射能と鼻血の因果関係はある」とする片方の主張だけをとりあげて「内部被曝と低線量被曝の恐ろしさを再認識した」とし、もう一方の主張は単に「バッシング」とするのみで斬り捨ててしまうのはジャーナリストのあるべき姿勢としてはこの上なく客観性を欠く姿勢のように思います。したがって、科学的な主張ともいえないでしょう。
 
「今週の風考計」の筆者は、かたやの主張については「バッシング」として恣意的(論証がない断言は恣意というほかありません)に斬り捨てるのに対して、「放射能と鼻血の因果関係はある」とする主張については次の段落で「著者は2年に及ぶ取材を経て」と肯定的に言い、この「2年に及ぶ取材」については疑義をはさむことはしません。しかし、ふつう「2年に及ぶ」といえば「2年の大部分を取材に費やした」という意味になるはずですが、以前読んだ雁屋哲氏の記事によれば「2年間に数回数泊」福島に足を運んだという程度にすぎないようです。それを「著者は2年に及ぶ取材を経て」と「著者は2年の大部分を取材に費やした」かのように書く。ここにもジャーナリストとしての公正で客観的な姿勢、あるいは視点は見られません。
 
次の文。「年間20ミリシーベルト以下の低線量被曝が人体に及ぼす影響について、十分な研究がされず、安全宣言ばかりが優先している」というのは、安倍政権批判、行政批判としては有効ですが、「放射能と鼻血の因果関係はない」論者に対する批判としては有効ではありません。「因果関係はない」論者の多くも低線量被曝の研究については「因果関係はある」論者と同様の懸念を表明し、また政府、行政批判についても「因果関係はある」論者と同様の批判をしているからです。それをこの筆者は「因果関係はない」論者全般が「安全宣言ばかりを優先」しているかのように言います。ここにもジャーナリストとしての公正な視点は欠如しています。
 
以上が、「今週の風考計」(2015年3月1日付)を一読しての簡単な私の違和感であり、また、批判です。
 
最後に今回は簡単に書きましたので、次の機会の批判のための参考としていわゆる「鼻血問題」について書いた私の論を下記に列記しておこうと思います。
 
・2014.06.06 美味しんぼ「鼻血問題」 福島出身の弁護士はどう見たか? ――石森雄一郎弁護士の問題提起は美味しんぼ「鼻血問題」議論の結論になりうるものではないか
http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-894.html
・2014.06.02 「住民の鼻血増えていない」という相馬郡医師会の発表と一部の自称「脱原発」運動家のそのあまりの科学的視力(放射線リテラシー)のなさについて
http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-891.html
・2014.05.31 小出裕章氏の『美味しんぼ』論を批判する ――あなたは「科学的とは、全ゆる可能性を検証する態度」と言うが、あなたの論はその意味で「検証」的なのか?
http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-889.html
・2014.05.26 西尾正道氏(北海道がんセンター名誉院長)の「鼻血というものは、ストレスでは出ない」というデマと言ってよい愚論を批判する
http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-885.html
・2014.05.24 kojitaken氏の「『美味しんぼ』作者、ブログに『休載は決まっていた』」問題に関してのコメント&ZED氏の「9条にノーベル賞」運動は「待ちぼうけ」の論
http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-883.html
・2014.05.22 「頭から根拠のない噂」を流し、「ヒステリック」な対応と「排除の姿勢」をとっているのはいったい誰の方なのか!
http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-882.html
・2014.05.18 放射能事故の影響による「鼻血」はあるのか、ないのか。行政、国際機関・学術機関、大学・研究者・医師、識者・評論家、市民の意見まとめ ――「美味しんぼ」鼻血描写問題(4) 附:ビッグコミックスピリッツ編集部の見解(全文)
http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-880.html
・2014.05.15 マンガ「美味(おい)しんぼ」鼻血描写問題に関連して(3) ――行政と放射線専門家の意見に反対する説得的な別の科学者の意見(追記)
http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-878.html
・2014.05.14 マンガ「美味(おい)しんぼ」鼻血描写問題に関連して(3)――行政と放射線専門家の意見に反対する説得的な別の科学者の意見
http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-877.html
・2014.05.11 脱原発運動はいかにして無残なさまになっているか ――マンガ「美味(おい)しんぼ」鼻血描写問題に関連して(2) 附:石井孝明さん「放射能デマ拡散者への責任追及を--美 味しんぼ「鼻血」騒動から考える」
http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-875.html
・2014.05.09 脱原発運動はいかにして無残なさまになっているか ――マンガ「美味(おい)しんぼ」鼻血描写問題に関連して
http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-873.html
「埋め立て承認」即時撤回が翁長氏の公約だった
(私の沖縄・広島日記 2015-03-03)
*改行とリンク、強調は引用者
 
安倍政権・沖縄防衛局がきょうにもボーリング調査を再開しようと、緊迫の度を増している辺野古新基地建設問題。事態打開のカギは何なのか、核心問題は何なのかを、今あらためて確認する必要があります。コンクリートブロックによるサンゴ破壊。それは「岩礁破砕承認」違反の疑いがあるとして「調査」(終了は4月の見通し)する翁長県政。それに対し、ブロック投入は仲井真前知事の承認の範囲内だと強弁する政府。どちらの言い分が正しいかが問題であるかのような論調がありますが、問題の核心はそこではありません。「岩礁破砕承認」自体が、仲井真前知事が行った「埋め立て承認」の枠内だからです。その枠内で時間を経過させるのは、安倍政権の思うつぼです。

そもそも、公約違反で県民を裏切った仲井真氏の「承認内容」がどうだったかを議論すること自体、本末転倒です。問題の核心は、仲井真前知事の「埋め立て承認」全体を根底から撤回することです。しかも、時間をかけず直ちに撤回することです。「取り消し」が可能かどうか「検証委員会(第三者委員会)」で時間をかけて(報告書が出るのはなんと7月)検討するのも、核心をそらす時間稼ぎにほかなりません。直ちに撤回することなどできるのか?できます。それができると明言していたのは、誰あろう翁長氏自身です。知事選で当選したら「埋め立て承認」を直ちに撤回するのが、翁長氏の公約だったのです。このことをあらためて思い起こす必要があります。証拠を3つ挙げます。
 
証拠1>知事選の政策発表の記者会見(2014年10月21日)知事選出馬にあたっての政策発表記者会見で、「辺野古新基地をつくらせないための具体的な手法は」との質問に、翁長氏はこう答えました。「仲井真弘多知事の埋め立て承認の取り消し・撤回も視野に入れながら考えていきたい。・・・撤回は、法的な瑕疵がなくても、その後の新たな事象で撤回するということですが、知事の埋め立て承認に対して、県民がノーという意思を強く示すことが、新たな事象になると思います」(2014年10月22日付「しんぶん赤旗」
 
証拠2>「告示」直前インタビュー(2014年10月)翁長氏は知事選告示(10月30日)の直前、支援政党である日本共産党の機関紙のインタビューに答えてこう述べました。記事の見出しは、「知事選勝てば埋め立て撤回可能」「私が知事になれば、承認にいたった過程を検証します。ねじ曲げた事実である瑕疵(法的な欠陥)があれば、承認の取り消しが視野に入ってきます。一方、仮に瑕疵が見つからない場合には、新たな事象から、埋め立てで国が受ける利益よりも、県民や環境が受ける被害が大きい場合には、承認撤回の選択肢が出てきます。新たな事象とは、辺野古新基地に反対する私が知事選に勝つということです。仲井真知事の埋め立て承認そのものに県民がノーということであれば、それを根拠に撤回することは、法的にも十二分に可能だと思います」(2014年10月29日付「しんぶん赤旗」
 
証拠3>当選直後の県議会答弁(2014年12月17日)知事選後初の県議会12月定例会の一般質問で、翁長氏はこう答弁しました。琉球新報の見出しは、「民意が撤回の事由」。「米軍普天間飛行場の返還に伴う辺野古基地建設について翁長雄志知事は『知事選で示された民意は埋め立て承認を撤回する事由になると思う』との認識を示した」(2014年12月18日付琉球新報)
 
事実は明白です。翁長氏は、自分が知事に当選すれば、それが「新たな事象」となり、それを根拠に埋め立て承認を撤回することは「十二分に可能」だと繰り返し述べていたのです。撤回は「法的瑕疵」のあるなしには関係ない、つまりすぐに「可能」だということです。これが翁長氏の「公約」なのです。「民意」など歯牙にもかけない安倍強権政権とたたかうには、理屈でなく実行です。政府が埋め立て工事の既成事実化を急いでいる今こそ、翁長氏に「埋め立て承認即時撤回」の公約実行を迫る必要があります。