一昨日の6月24日、「人間として『アンチ朝鮮人デモ』(外国人排撃デモ)をもはや等閑視することは許されない」とする全国の弁護士152名が代理人となり、6月16日に東京都新宿区新大久保周辺で行われた「行動する保守運動」が主催した外国人排外デモ「桜田祭」の参加者による暴行、傷害の被害を受けた被害者2名(Kさん、Nさん)による告訴状を新宿警察署に提出し、受理されました。
 
同弁護団の有志は先に「外国人排撃デモに関する弁護士有志の声明」を出して、外国人排撃デモにおける「集団行進や周辺への宣伝活動において一般刑罰法規に明白に違反する犯罪行為を現認確認したときは、当該実行行為者を特定したうえ、当該行為者と背後にある者に対して、その責任追及のためのあらゆる法的手段に及ぶことを言明する」と宣言していましたが、今回の新宿警察署へのKさんとNさんの刑事告訴状提出はその宣言の実行の第一弾ということができるでしょう。
 
「警視総監、よく聞いて下さい。甘い捜査をやるようであれば、検察審査会に申立てをし、国民の名において捜査を断罪します」と、同日開かれた記者会見に参加した弁護士の一人、梓澤和幸弁護士は冒頭、警察行政責任者に向けて強い口調で「怒り」の啖呵を切りました。啖呵は時と場合によっては必要です。この場足は特に必要な啖呵だったと言えるでしょう。

1_7281072_30571337,640x360,b,1_2 
左から宇都宮健児弁護士、梓澤和幸弁護士、澤藤統一郎弁護士
 
いわゆる日本軍「慰安婦」問題に関して、当時の軍・官憲の「強制連行」性について「組織的、直接的関与」を示す証拠を政府がはじめて認めたという記事がしんぶん赤旗と東京新聞(「こちら特報部」)に掲載されています。
 
「慰安婦」問題 赤嶺氏に回答 政府資料に強制証拠(しんぶん赤旗 2013年6月19日)
 
安倍内閣は18日、日本共産党の赤嶺政賢衆院議員が提出した質問主意書に対する答弁書で、「慰安婦」問題に関して日本軍による強制連行を示す証拠が政府の発見した資料の中にあることを初めて認めました。(中略)同記録は、日本軍がジャワ島セマランほかの抑留所に収容中のオランダ人女性らを「慰安所に連行し、宿泊させ、脅すなどして売春を強要するなどした」と明記。答弁書は「ご指摘のような記述がされている」と認めています。/答弁書は「強制連行を示す証拠はなかった」という安倍内閣の認識は「同じである」としていますが、その根拠が根底から覆される内容となっています。
 
都議選惨敗の維新・橋下代表 従軍慰安婦問題「強制連行」資料あった(東京新聞「こちら特報部」 2013年6月25日)
注:全文はこちらを参照。
 
旧日本軍による慰安婦の強制連行を示す証拠が、政府の発見した資料の中にあった。軍が抑留中のオランダ人女性を強制連行した事件の記録だ。安倍内閣は、この事実を認める答弁書を閣議決定した。2007年の第一次安倍内閣時の答弁書で「強制連行の資料なし」としたのを、自ら否定した形だ。強制否定派の最大のよりどころが揺らいでいる。 (佐藤圭)
 
しかし、これらの記事に関して、当時の軍・官憲の「強制連行」性を認める一部の良識派から、「『軍が抑留中のオランダ人女性を強制連行した事件の記録』(いわゆる「スマラン事件」(白馬事件)に関するバタビア(現・ジャカルタ)臨時軍法会議の記録)は軍・官憲の「組織的、直接的関与」を示す証拠には当たらない。単に『スマラン事件が強制連行だ』というのは、軍・官憲の「組織的、直接的関与」を否定する『強制連行』否定派に対する有効な反論にはならない」という反論が提起されています。
 
下記はその良識派に対する私の再反論の提起です。そして、結論を先に言っておけば、私の見解は、先の18日に政府がその存在をはじめて認めた「バタビア(現・ジャカルタ)臨時軍法会議の記録」は「軍・官憲の『組織的、直接的関与』を否定する『強制連行』否定派に対する有効な反論になりうる」というものです。
私はこの6月のはじめに「『止めよう壊憲・護憲共闘』4/14集会のパートⅡ、『6/30護憲円卓会議』のお知らせ」という記事を発信しましたが、その際に「大分でも『脱原発・護憲共同候補擁立を求める』運動が動き出し、私もその呼びかけ人のひとりに加わりました」という「護憲共同」問題に関して簡単すぎる地域的レベルの小報告を述べておきました。
 
以下はその続編としての報告ですが、残念な結果になりました。「護憲共同」を呼びかける人が「護憲共同」とはなにかという理念を持たず、ただ「共同」「統一」「大同団結」という言葉のプラスイメージだけで、すなわち中身のともなわないたんなる「時流に乗る」たぐいの「勢い」だけで無原則的に「護憲共同」を呼びかけるとどういうことになるかという典型例であるように思います。
 
以下、この地域的な「脱原発・護憲共同候補擁立のための呼びかけ」の呼びかけ人の辞任を申し出た私の弁です。「護憲共同」の今後の組織化のひとつの反面教師的事例としてご紹介させていただこうと思います。 
あるメーリングリストに首都圏脱原発連合野間易通氏を批判する崔勝久さん(「原発体制を問うキリスト者ネットワーク」共同代表)の「原発反対に日の丸は必要なのか?」(OCHLOS 2013年6月14日)という論攷を紹介したところ、北神戸九条の会代表世話人の大西誠司さんから「日本政府に抗議するための署名サイトで、世界の人から一目で日本を表す事が分かる日章旗をイラストに使う事がそのような批判の仕方をされる。くだらない」(要旨)、という反批判がありました。
 
しかし、上記の論攷で崔さんが応援団を買って出た「反原発運動で使われる『国民』は日本人を意味するのでしょうか?」OCHLOS 2013年5月25日)というもともとの論攷の筆者の朴鐘碩さん(在日2世・日立現役非正規社員)は、その論攷のはじめに野間氏が擁護する「日本は原子力輸出政策を凍結せよ 日印間原子力民間交渉の即時停止を求める声明」が「勿論、原発を世界に売り込む日本を批判していることは、理解します」と述べたうえで、上記の声明文に日本の国旗の「日の丸」を登場させることへの違和感を表明していました。つまり、朴さんは、「日本政府に抗議するための署名サイト」上の「日の丸」のイラストであることを十分に理解したうえで、それでもなおかつ上述の違和感を表明しているのですから、その朴さんなり、応援団の崔さんなりへの反批判はそのことを十分にわきまえたうえでの反批判でなければ反批判の体をなさないでしょう。

それを「日本政府に抗議するための署名サイトで、世界の人から一目で日本を表す事が分かる日章旗をイラストに使う事がそのような批判の仕方をされる。くだらない」と鸚鵡返しのような批判をする。これでは問われていることへの反論になりえないことはいうまでもありません。
外国人への差別を許すな・川崎連絡会議」の朴鐘碩さんと「首都圏脱原発連合」の野間易通さんとの間で「脱原発」運動(市民運動)における「日の丸」の使用の可否の問題について論争らしきもの(実のところは野間易通さんの片方的なツイッター発言)があったことはすでに立川の岩下さんとBARAさんのそれぞれのブログにおいて紹介されていますが(注1、注2)、その野間さんのツイッター上の発言に関して「オクロス」ブログ主宰者の崔勝久さんが改めて正式な反論を試みています。見るべき論だと思いますのでご紹介させていただこうと思います。私の思想と論理の立ち位置は崔勝久さんの論の側にあります。
 
注1:「『国民運動としての反原発運動』に、”まともな批判”を試みる」(Gさんの政経問答ブログ 2013年6月6日)
注2:「反原発運動で使われる『国民』は日本人を意味するのでしょうか?朴鐘碩さん/OCHLOSから(追記あり)」(薔薇、または陽だまりの猫 2013年5月25日)

「神戸のギター弾き」のケニーさんが「(色々追記)山本太郎の参院選出馬は、実質的な脱原発候補つぶし」というブログ記事を書かれています。

以下、その記事のご紹介をした上でその下に私の感想も掲載しておきます。

まずケニーさんの記事(「追記」は省略)。
 
6月11日、山本太郎氏が東京選挙区から無所属で立候補すると表明した。
東京新聞記事

これは、実質的な脱原発派候補つぶしではないのか。「脱原発実現をめざし、票の分散を避けるため、脱原発を訴える勢力は徹底的に協力を」と訴えておきながら、言うこととやることが違うのではないか。
武田邦彦という知る人ぞ知るトンデモ学者が、自身のブログに「憲法が改正される時がこのブログの終わりの時です」という記事を書いています。
 
*武田邦彦氏がトンデモ学者という論拠について次の2例を示しておきます。

地球温暖化懐疑論者「武田邦彦」教授の呆れたトンデモぶり(きまぐれな日々 2009.10.01)

(1)名古屋市長選、愛知県知事選。そして東京都知事選―ポピュリズム政治にサヨナラするために―(みずき 2011.02.08)
 
曰く、「憲法が改正され、表現の自由が「公の秩序」の範囲になりますので、自由な学問的な見解を述べているこのブログも終わりになります。」
 
この武田氏の記事を見て、私はあるメーリングリストに次のような感想を述べました。
 
武田邦彦氏の上記の論は『火事場泥棒』的な論ですね。『憲法が改正され、表現の自由が『公の秩序」の範囲になりますので、自由な学問的な見解を述べているこのブログも終わりになります』というのは、『このブログ』という表現を除けば一般論として正しい意見というべきですが、そもそも武田邦彦氏に『自由な学問的な見解を述べている』云々などと言う資格があるのか?/武田氏にその資格がないことについて2、3例をあげておきます。
 
東京都議会議員選挙は明後日の6月14日に告示されますが、弁護士の澤藤統一郎さんはその東京都議選を来月4日に公示される参院選挙の「改憲を許すか否かの天下分け目の闘いの、既にその一部といってよい」前哨戦として位置づけています。その上で澤藤さんは参院選について次のように言います。「私は、改憲阻止の一点で、日本共産党の躍進を期待している」、と。その意は次のようなものです。
 
「曇りない目で見るとき、日本共産党が改憲阻止の運動における揺るぎない本体としての立ち場にあることに異論は無いだろう。衆議院憲法審査会では、50人の委員のうちたった一人の「純正改憲反対派」として、共産党議員(笠井亮さん)が奮闘している。全国各地で地を這うような改憲阻止の組織活動に取り組んでもいる。この本体を強く大きくせずして、改憲阻止の運動の成功はおぼつかない。さらにこの本体を一回りも二回りも大きくすることによって、改憲阻止にとどまらず、憲法の理念を実現する壮大な運動の力を生み出すこともできよう。日本国憲法を大切と思う人に、日本共産党への支持・支援を呼び掛けたい。」
 
「その闘いにおける「敵」は誰か。自民・維新というよりは、「靖国派」というべきではないだろうか。本日(6月8日)の赤旗に拠れば、「日本会議地方議員連盟」の正会員計41人が、都議選に立候補の予定だという。この41人が、日本国憲法の理念に敵対する改憲派として「敵」といわざるを得ない。」(「都議会選挙の構図は、『日本共産党』対『靖国派』」澤藤統一郎の憲法日記 2013年6月8日)

神戸市京都市における「護憲結集」実現のための市民集会の開催については本ブログにおいても再三にわたってご紹介してきましたが(前記事の「改めて『護憲結集』実現のために(2)」はこちら)、私の在住する大分市でも「脱原発・護憲共同候補擁立を求める」運動が動き出しました。そして、私もその呼びかけ人のひとりに加わりました。
 
さて、下記は、神戸市における「とめよう壊憲! 護憲結集!」と題された護憲結集・公開討論集会の実行委員会代表の佐藤三郎さん(81歳。元教員)の「護憲共闘のあり方」についての論をその運動の仲間たちに参考として送ったものです。佐藤さんの論は「参考」としての必要の範囲内で私流儀にコンパクトにさせていただきました(佐藤さんの論の全文はこちらをご参照ください)。

先の4月14日に神戸市で「~総選挙敗北を見すえ 立ち直りの途を探る~ とめよう壊憲! 護憲結集!」と題された「護憲結集・公開討論集会」が開かれましたが、その集会の実行委員会代表の佐藤三郎さん(81歳。元教員)が同集会のパートⅡとして「6・30『護憲円卓会議』」(仮称)という集会を計画されています。

「右翼ナショナリスト」(ニューヨーク・タイムズ)の安倍首相、橋下大阪市長(「日本維新の会」共同代表)は言うに及ばず、いまだに日本軍「慰安婦」問題に関して、当時の日本軍の「慰安婦」に対する「強制連行」性について疑う者がいます。
 
その一端としての現代史家の秦郁彦や日本維新の会国会議員団代表の平沼赳夫の妄言についてはこちらの記事(Ⅰ-2)でもすでにご紹介させていただいていますが、泥憲和さん(姫路総合法律事務所事務局)が発信された「日本軍慰安婦について連続ツイート」という記事に関して本人は正論を述べているつもりなのでしょうが上記の妄言者と同様の無知を揚言する人がいました(同左)。
 
いわく、
 
「娘を売らざるを得ないのは貧困が原因です。戦争以前からの問題でした。買ったのは軍隊ではなく業者であることは残っている資料からわかります。従って、これは「国や軍隊による強制」の証拠ではありません。」
 
「買ったのは業者だという証拠です。軍隊とは関係がありません。」

 
しかし、自信たっぷりのこの揚言者の発言も本人の「主観」を一歩も踏み出ない、すなわち、すでに明らかになっている数々の「事実」をまったく無視した、そういう意味で客観性のない妄言にすぎません。
 
そのことを「慰安婦」問題研究の第一人者の吉見義明さん(中央大学教授)の「橋下徹市長への公開質問状」(2013年6月4日付)に即して証しておきたいと思います。参照するのは同公開質問状の「第5 軍・官憲による暴行・脅迫を用いた連行」の項です。以下、吉見義明さんの表現をそのまま用います。引用者の注もご参考にしてください。
「生活保護法」改悪法案が今日の4日、衆議院本会議で自民党、民主党、日本維新の会、公明党、みんなの党、生活の党などの賛成多数で可決されました。

活保護関連2法案が衆院通過  
 生活保護関連2法案が可決された衆院本会議=4日午後(共同
 
生活保護法改正案 衆院本会議で可決(NHK 2013年6月4日)

生活保護の不正受給の罰則を強化することなどを盛り込んだ生活保護法の改正案と、仕事と住まいを失った人に対し家賃を補助する制度を恒久化するなどとした生活困窮者自立支援法案が、4日の衆議院本会議で賛成多数で可決され、参議院に送られました。
 
生活保護法の改正案は、受給者の増加に歯止めをかけようと、受給者が保護から脱却した場合に新たな給付金を支給するなどの自立支援策や、不正受給に対する罰則を「3年以下の懲役または100万円以下の罰金」に引き上げることなどが盛り込まれています。
 
改正案には当初、生活保護を申請する際に資産や収入などを記した書類を提出することが定められていましたが、「申請が門前払いされるおそれがある」という指摘を踏まえ、衆議院厚生労働委員会で「特別の事情があるときは提出しなくてもよい」などとする修正が加えられました。

そして、修正された改正案は4日の衆議院本会議で採決が行われ、自民党、民主党、日本維新の会、公明党、みんなの党、生活の党などの賛成多数で可決されました。また、4日の本会議では、仕事と住まいを失った人に対し家賃を補助する制度を恒久化することなどを盛り込んだ「生活困窮者自立支援法案」が賛成多数で可決されたほか、与野党の協議を経て、厚生労働委員会の委員長提案の形で提出された「子どもの貧困対策を推進するための法案」が全会一致で可決されました。

これらの法案は参議院に送られ、いずれも今の国会で成立する見通しです。
 
日本ジャーナリスト会議会員の小鷲順造さんはDaily JCJのブログ記事で、
 
「人間として、人間らしい生活をおくる権利を、土足で踏みにじろうとしてやまない自民党。近代・現代社会の歩みも解さず、平和主義、民主主義、人権尊重の基本理念をかなぐり捨てて、日本社会が自ら大国の属国化の道を歩み、自分たちはその領事か何かにおさまって勢力の「安泰」を図ろうとする自民党。自ら対米従属(それも一部の勢力に偏して)の道を突き進み、もはや時代遅れもはなはだしい「弱肉強食」の路線を模索してやまない自民党。」
 
「現在でも不備や、受給制限が露呈しており十分ではない生活保護制度を、さらに改悪しようとすることは、そのまま日本の未来への投資、未来への可能性を断ち切ろうとする自殺行為に他ならない。」

「この動きは自民党の「改憲」=「壊憲」(水島朝穂)に直結した「壊国」の策動以外の何物でもない。「壊国」を先行させて「壊憲」への足場とするような目論見を、断じて許すわけにはいかないのである。」(「生活保護法」改悪に象徴される「壊国」は、「壊憲」への足場づくり(Daily JCJ 小鷲順造 2013年6月2日))

と「弱肉強食」の路線を突き進む自民党政府を厳しく批判していますが、「弱肉強食」の路線を突き進んでいるのはただ自民党一党だけではありません。民主党、日本維新の会、公明党、みんなの党、生活の党もこの「弱肉強食」路線の「生活保護法」改悪法案に賛成しているのですから、これらの政党もこぞって「弱肉強食」路線の党として強く批判されなければなりません。

以下、「遅れた追悼 ――伊藤律(日本の被占領期の日本共産党政治局員)について(私の「覚え書き」)」の附記として記しておきます。

この東京新聞の記事(2013年5月28日)を筆写しながらふつふつとした怒りが込み上げてくるのを押さえることができませんでした。誰に対してか? 人は人を売ってまで生き延びようとする。ここにその実例がある。そうした人の生は生という名に値するのか? 善人も悪人もない。人として存在すること自体への悲しみ。人というものの罪深さに対する怒り。一個の、一瞬の、おのれの誤解にすぎないことが人をとりかえしようもなくを死にまで追いつめることもある。そうしたことどもへの怒り。しかし、形而上的な怒りとは言いたくない。「世間虚仮唯仏是真」とも言いたくない。あくまでも現実として起こっていることへの怒り。人として誤りは避けがたい。錯誤も避けがたい。であるならば、私どもにできうることは「過ちては則ち改むるに憚ること勿れ」(論語・学而第一)ということに尽きるのであろうか。理としてはそのとおりでしょうが、なにかしら悲しさとやるせなさだけが遺ります。

いま「革新メディア」ラベル(たとえば雑誌「世界」)で売出し中の高千穂大学准教授の五野井郁夫氏については私はこちらこちらの記事で同氏批判記事をすでに紹介ずみですが、その五野井氏が彼の論を読む者にとって一見耳触りのよい「やわらかな共同体」論を説きながら(西谷修・五野井郁夫「デモは政治を開けるか」『世界』臨時増刊、2013年2月号)、その実、ファシズムや社会排外主義を容認する脆弱で無知な論の主唱者でしかないことに気がついている人はそう多くないようです。
 
あるメーリングリストにそのことを例証する以下のような投稿がありました。投稿者はヘイトクライム(憎悪犯罪)など国際刑事人権論、戦争犯罪論を主要な研究テーマとしている東京造形大学教授の前田朗氏です。
 
「5月31日、NHKの朝の番組『おはよう日本』で、7時ころにヘイト・スピーチ問題が放映されました。新大久保のヘイト・デモの様子を紹介し、五野井郁夫さん(高千穂大学)の、こういう発言を許しておく社会ではいけないという趣旨の発言。ヘイト・ デモに反対する署名運動の金展克さんの紹介。『ウオールストリート・ジャーナル』など国際社会からの批判。最後に、『人種差別禁止法の制定を』、『「民主主義と人格権が重要ならば、ヘイト・スピーチを許さないのが表現の自由の本来の意味』という私の発言を紹介。(しかし)私の発言は唐突で意味不明です(略)。ともあれ、NHKがはじめて、『人種差別禁止法の制定を』、『規制することこそ表現の自由」という主張を流してくれたのは良かったです(CML 24623)。
 
上記で前田氏が指摘しているように「NHKがはじめて、『人種差別禁止法の制定を』、『規制することこそ表現の自由』という主張を流し」たのはたしかにヘイトクライム問題に対するメディア総体の報道の流れとして一歩前進だと私も思います。しかし、前田氏は、上記の同じ文で高千穂大学准教授の五野井郁夫氏のNHKでのインタビュー発言をニュートラル、もしくは好意的に紹介して、その文に同氏への批判の眼差しはありません。前田氏もまた、五野井氏の論は、「ファシズムや社会排外主義を容認する脆弱で無知な論」でしかないことに気がついていない少なくない人たちの中のひとりだといってよいでしょう。

五野井氏の思想がいかに脆弱な思想に基づくものであるか。戦後の日本の思想の歩みをいかに無視した無知の論であるか。再度、しかし、今度は主題的にその五野井郁夫氏批判の論をご紹介しておきたいと思います。