すでにご存じの方も多いかと思いますが、「九条の会」呼びかけ人の大江健三郎氏、奥平康弘氏、澤地久枝氏の3氏はこの5月17日に記者会見をおこない、「九条の会のみなさんへ」というアピールを発表しています。同会事務局長の小森陽一氏(東大教授)によれば、「2004年6月10日の『9条の会』結成アピール以来、はじめての、すべての『9条の会』への行動提起」だということです。作家の大江健三郎氏は上記の記者会見で日本国憲法をめぐる状況は「9条の会」の「発足から一番危険な段階にさしかかっている」とその危機感を述べていますが、今回の「九条の会のみなさんへ」というアピールは「九条の会」呼びかけ人のそうした危機意識を反映したものといえるでしょう。

小森陽一:改憲反対の多数派形成を訴える(連帯・共同21 2013年5月28日)

さて、上記の大江健三郎氏ら「九条の会」呼びかけ人の危機意識は、いうまでもなく自民党を主軸とする保守・改憲勢力が衆院において3分の2の議席を優に超え、この夏の参院選挙しだいでは衆院、参院を含め国会勢力全体として3分の2超えをする可能性が強いという、すなわち、独裁政治による壟断(ろうだん)の危機という意味において戦後最大といってよい政治危機を背景にした危機意識です。

そうであれば、国会(衆院・参院)における改憲勢力の3分の2超えを阻止しなければなりません。そのためには非改憲勢力、すなわち護憲勢力の結集が必要です。そして、護憲勢力の結集のためには「9条改憲」阻止以前の問題として「96条改憲」阻止のための結集が必要です。「9条改憲」阻止という点では意見を異にしていても、「96条改憲」阻止という点では意見をともにするということは少なくありません。そのひとつの好個の例が先頃憲法96条「改正」に反対の学者が中心になって結成された「96条の会」(代表:樋口陽一東大名誉教授)ということになるでしょう。発起人には護憲派だけでなく9条改正を唱える改憲論者も名前を連ねています。「96条の会」には大同団結の思想(日本的な意味でも西欧的な意味でも)が息づいているようです。


本ブログにおいても先日来話題にしている第8回原発民衆法廷熊本公判)はこの5月25日に熊本大学(熊本市・黒髪北キャンパス)で予定どおり開かれました。下記はそのことを伝える新聞報道です。

原発事故の責任“断罪” 熊本市で「民衆法廷」(熊本日日新聞 2013年5月25日)
原発事故、被害者賠償を 熊本市で民衆法廷(西日本新聞 2013年5月26日)

民衆法廷 
原発民衆法廷熊本公判(2013年5月25日)

東京電力福島第1原発事故の責任を問う「民衆法廷」が25日、熊本市中央区の熊本大黒髪北キャンパスで開あり、市民や専門家らが裁判形式で原発の危険性や事故後の対応の問題点を追及した。

弁護士や学者らでつくる実行委主催で、九州では初めて。約100人が傍聴した。「水俣の教訓を福島へ」を副題に、被災者への健康調査や補償の在り方に焦点を当てた。

水俣病不知火患者会の大石利生会長は「原発事故の被害者に水俣病と同じ思いをさせてはならない」と意見陳述。水俣病の潜在被害者掘り起こしに取り組む藤野糺・水俣協立病院名誉院長は、山間部などへの被害の広がりを説明し、原発事故の放射能汚染についても大規模な健康調査の必要性を訴えた。

裁判の原告は福島県からの避難者2人で、国と東電に損害賠償と健康被害の予防措置、被ばく者認定制度の創設を請求。熊本市に自主避難している高済コズエさん(42)は「福島の事故の検証も責任の所在も明らかにしないまま、原発を再稼働しようとしている」と国と電力会社を批判した。

前田朗東京造形大教授ら3人の判事は原告の請求をいずれも認め、さらに「被害者を対立、分断させる政策や発言の中止」を国と東電に命じた。(小林義人) (「原発事故の責任“断罪” 熊本市で『民衆法廷』熊本日日新聞 2013年5月25日)

ところで、先に本ブログでも問題提起していた小野俊一氏(元東電原発技術者)に対する市民の「出廷忌避申し立て書」は同法廷ではどのような取り扱いを受けたのでしょう?

おごる平家久しからず、あるいは有為転変は世の習いなどということわざがありますが、それを痛感させるできごとがありました。下記の写真を見ていただきたい。祝意を通り越して憐憫さえ催す橋下ポピュリズムの瓦解と「維新」の凋落のさまです。

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橋下大阪市長の「慰安婦は必要だった」発言が「世界的炎上」(産経新聞 2013年5月24日)を起こしていますが、その橋下発言に関連して安倍首相の「強制連行を直接示すような記述はなかった」発言がさらに「国内的炎上」を起こしています。


サキ報道官 
橋下氏発言は「言語道断で不快」と発言する
米国務省のサキ報道官
(AP=共同)

その発言の「国内的炎上」の態様を安倍首相の「強制連行を直接示すような記述はなかった」発言と安倍首相の盟友とブレーンの「従軍慰安婦は高給取りだった。だから、強制連行する必要はなかった」発言に関して参加メーリングリストの情報よりその深層を記録しておこうと思います。日本の右傾化の問題がこれほどポピュラーな問題になったことはこれまでないでしょう。そのいまもっともポピュラーな問題となっている真相、深層を読者とともに備忘しておくためにも。

【目次】
Ⅰ.安倍首相の「強制連行を直接示すような記述はなかった」発言のウソの証明
1 辻元清美氏(衆院議員・民主党)の「閣議決定」の変遷(非変遷)から見た安倍首相の主張のウソの証明
2 小林久公氏(札幌市在住)の情報公開請求で得た政府資料に基づく安倍首相の主張のウソの証明
Ⅱ.安倍ブレーンの「従軍慰安婦は高給取りだった」発言のウソの証明
1 小林久公氏(札幌市在住)の当時の朝鮮の実情に基づくウソの証明
2 増田都子氏(東京都学校ユニオン委員長)の当時の朝鮮の実情に基づく補充的ウソの証明
3 田島直樹氏の日銀調査に基づく「軍票の円」と「内地の円」と「朝鮮の円」の価値の違いから見たウソの証明

この5月25日に熊本大学(熊本市・黒髪北キャンパス)で「原発を問う民衆法廷・第8回・熊本公判」が開かれますが、福島第一原子力発電所事故収束作業員で第三種放射線取扱主任者の北島教行さん(福島県いわき市在住)が同月21日付けでこの民衆法廷・熊本公判において「証人」のひとりとして証言台に立つことが予定されている小野俊一氏(元東電原発技術者)に対する「出廷忌避申し立て書」を同民衆法廷事務局、代理人団、裁判部判事宛てに提出しました。

私はこの北島教行さんの「小野参考人出廷忌避申し立て書」の趣旨に賛同するとともに今回の北島さんの迅速果敢な行動に賛意を表したいと思います。

*ところで、下記申立書の「忌避申立人告発書」の文中に出てくる「華青闘告発」という言葉は大方の読者のみなさんにとっては耳慣れない言葉だと思いますので、引用者としてこの点について若干の補足説明をしておこうと思います。「華青闘」というのは「華僑青年闘争委員会」の略称です。1970年代、日本政府は従来の出入国管理令に替わり、新たに出入国管理法の制定を目指していましたが、華青闘はこの出入国管理法制定を阻止する目的をもって日本在住の華僑によって1969年3月に結成された組織です。華青闘告発というのは、その華青闘が1970年7月7日の「盧溝橋33周年・日帝のアジア再侵略阻止人民大集会」当日、その集会の席上でそれまで共闘していた新左翼セクト各派を猛烈に批判したことを指してそう呼びます(wikipedia『華僑青年闘争委員会』)。

小熊英二さん(慶應義塾大学教授)のベストセラーになった『1968』(下巻、新曜社 2009年)によれば、その告発は次のようなものであったようです。

伊藤律という人は私にとっては長い間、日本の被占領期の日本共産党政治局員というよりも、「革命を売る男」(松本清張)、「生きているユダ」(尾崎秀樹)というものでした。また、GHQによる追放令で1951年に中国に密出国し一時北京機関の一員となった後、同地で消息不明、非業の死を遂げた人ということでしかありませんでした。

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野坂参三理論の欠陥を認める所感を発表する
伊藤律(1950年1月12日 「wikipedia」より)

だから、伊藤律の「生きている」ことを伝える1980年7月31日の時事通信の報道には驚きました。そして、同年9月3日、伊藤律は新聞の報道のとおり29年ぶりに「生きて」成田空港に帰国しました。帰国時は伊藤は67歳で車椅子に乗っていました。
先にご紹介した「澤藤統一郎さん(弁護士)の「出がらし『緑茶会』には問題山積」という論攷に関連して同「緑茶会」の呼び掛け人の批判をしておきます。「出がらし『緑茶会』」のゆえんをさらに明らかにするためです。

東京新聞の「参院選へ緑茶会発足 「脱原発」結集 1次推薦40人」(2013年4月25付)という記事によれば同「緑茶会」の呼び掛け人は以下のとおりです。


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東京新聞(2013年4月25日)

「緑茶会」の呼び掛け人(敬称略)

安部 芳裕 プロジェクト99%代表
上原 公子 元東京都国立市長
宇都宮健児 前日弁連会長
鎌仲ひとみ 映画監督
河合 弘之 弁護士
木村 結 東電株主代表訴訟事務局長
田中 優 未来バンク事業組合
羽仁カンタ FLAT SPACE代表
星川 淳 作家、翻訳家
マエキタ ミヤコ サステナ代表

さて、上記のうち安部芳裕氏、河合弘之氏、田中優氏、星川淳氏、マエキタ ミヤコ氏の5人については次のような批判があります。私の知っている限りにおいて述べておきます。

1.安部芳裕氏(プロジェクト99%代表)について

「安部芳裕氏は『金融の しくみは全部ロスチャイルドが作った』(5次元文庫)という著書もある「ロスチャイルド家」(財閥)陰謀論者、あるいは「9.11テロはアメリカの自作自演」陰謀論者としてその方面の関係者にはかねてから有名な陰謀論者です。陰謀論者とは一般に「陰謀史観」と呼ばれる特異な「史観」や荒唐無稽な説を流布する人たちのことを総称してそう呼びます(wikipedia「陰謀論」)。」(情報の出所:「みずき~「草の根通信」の志を継いで~」2013.05.13

2.河合弘之氏(弁護士)について

「脱原発法制定全国ネットワーク代表世話人(事務局)の河合弘之弁護士(略)ははじめ大飯原発の再稼働反対を声高に主張しながら、最終的には同原発の再稼働の積極的推進論者となったポピュリスト・橋下大阪市長の結果としての原発推進政策の強力ブレーン(大阪府市統合本部特別顧問)であった、あるという前歴、現歴があ」り、その主張が真に民主主義、脱原発の立場に立つものであるかどうか。大きな疑問符をつけざるをえません。(情報の出所:「みずき~「草の根通信」の志を継いで~」2012.09.17

3.田中優氏(未来バンク事業組合)について

「(田中優×小林武史 緊急会議「今だからこそできる話がある」(2011年3月18日)という)対談の中で田中氏は「東京電力が東京大学に委託して、犬吠埼に風力発電を建てたらどれだけ発電するかを調べたそうです。そうしたら出てきたデータが『東京電力がまかなっている電気が全部作れます』というものだった。犬吠埼の沖合だけで、だよ」と語っていますが、この発言について、少なくない人たちが「机上の空論」「誇張や煽りが多い」「『犬吠埼に風力発電を建てたら東電がまかなっている電気が全部作れる』なんて大嘘もいいところ」などと批判をしています。ウィキペディアの 『田中優』の項の執筆者氏は上記の批判の紹介の後に「(田中氏が上記の対談で引用しているデータの)論文内容と田中の主張との間には齟齬もあるとの指摘もあり、同記事の信憑性については他部分も含め、要検証と思われる」とも補足しています(注:この記事はすでに削除されており、いまは見ることはできません)。こうした田中氏批判は先にも述べた「牽強付会な論が多い」という私の田中氏評価とも一致しています。上記の田中氏批判の論の中には次のような田中氏批判もありました。「直接議論に関係ない話ではありますが、田中優という人。9.11の陰謀論主張するトンデモ映画にこういう寄稿しちゃう方だったりするみたいですし。元々、些か危うい人なんじゃないかと・・・・・。//『陰謀論という名の陰謀』」(情報の出所:「みずき~「草の根通信」の志を継いで~」2011.03.27

4.星川淳氏(作家、翻訳家)について

天下の岩波書店が、放射能の危険を煽る問題本を出版(略)

***************************************************
調査報告 「チェルノブイリ被害の全貌」

アレクセイ・V.ヤブロコフ,ヴァシリー・B.ネステレンコ,アレクセイ・V.ネステレンコ,ナタリヤ・E.プレオブラジェンスカヤ
星川 淳 監訳
チェルノブイリ被害実態レポート翻訳チーム 訳
**************************************************

さて、この元ネタ本は(略)ロシア語版を英語版に翻訳して、ニューヨーク科学アカデミーという団体が出版したものである。執筆者アレクセイ・ヤコブロフらは、ロシア・ウクライナ病院のカルテを数多くチェックしたら、多くのチェルノブイリ原発事故による病死者が数多く出てきたというのである。なんと100万人もの犠牲者が出ているというのである。また、植物、鳥など環境中にもさまざまな影響が出ているというのである。ところが、出版したところ、数多くの批判が出てきた。100万人の犠牲者というあまりにも現実離れした数字や、因果がはっきりしないこともチェルノブイリに、無理に関連付けているとされ、信頼性に問題ありとされた。さて、ニューヨーク科学アカデミーは、第1版は出したもの、批判をうけ、編集者や執筆者に、根拠となる資料を出せといったが、出してこなかったらしい。そこでニューヨーク科学アカデミーでは、重版を止め、廃版としたいわくつきのものである。(略)本日、岩波書店に電話をして聞いてみました。ニューヨーク科学アカデミーが、廃版した経緯をしっているのかと聞いたら「知っていると」と答えました。それではなぜ出版するのかと聞いたら、編集部で話し合って決めたと言いました。では、その会議には批判的意見を持つ人はいたのかと聞いたら、いなかった。と答えました。天下の岩波書店も、まあこの程度の認識です。翻訳者が、星川惇だから、そのネームバリューに引きづられて、出した可能性もあります」。すなわち、左記の筆者は星川淳氏の定見の問題を問うています。(情報の出所:CML 023877 2013.04.24

5.マエキタミヤコ氏(サステナ代表)について

「緑茶会」という名前にうさんくささを感じながらも、上原公子氏や宇都宮健児氏らが名前を連ねているところから少しは見どころもあるのかと思ったのだが、次から次へとネガティブな材料ばかりが見つかる。そもそも、マエキタミヤコ氏が会に名を連ねているところから懸念はあった。以前にも一度引用した、みどりたち - Living, Loving,Thinking(2013年4月8日)より。『マエキタミヤコ胡散臭いですねぇ。河村たかしと昵懇らしく、例の「南京大虐殺はなかった」発言の時は、愛川欣也の番組で必死に河村を擁護(「発言の本当の意図が伝わっていない」云々)してました。昨今騒がれている脱原発運動がこういう「右も左もない(政治的イデオロギーとは無縁な)脱原発」を地でいく人々に先導された運動なら、そんなものどうでもいいなって思います。私なら、河村たかしとはいかなる目的があろうが絶対に共闘なんてしませんからね。』」(情報の出所:「kojitakenの日記」 2013-04-26

以上、「緑茶会」呼び掛け人のうちの5人について批判記事を紹介しました(弊ブログ記事を含む)が、同会代表の竹村英明氏についてもひとこと批判的に述べておきます。

6.竹村英明氏(エナジーグリーン社副社長)について

竹村英明氏は反公害、脱原発の市民運動から福島瑞穂氏(社民党)の議員秘書になり、さらに飯田哲也氏が所長を務める環境エネルギー政策研究所に転進した人です。さらに転身して竹村氏が現在副社長を務めるエナジーグリーン社の社長も飯田哲也氏です。そういう次第で竹村氏と飯田氏の思想的共鳴関係は深いものがあると見てよいでしょう。そこでここでは竹村氏を代理して飯田氏の思想・節操を見ておきます。

「飯田哲也氏が山口県知事選に立候補し、その飯田氏を勝手連的に応援しようという動きがあったとき、私は彼を批判する以下のようなメールを発信しました(略)。その私の上記の立証を裏づける発言を飯田氏は最近になっても繰り返しています。すなわち、次のような発言です。「NHKも報道。本当に解散か....?もしそうなら、小沢&維新封じと選挙後の連携で、野田官邸周りと自公が野合したか?(略)上記で飯田氏がのたまう「小沢&維新封じ」とはどういう意味か? 上記で飯田氏は野田民主党政権は「小沢&維新封じ」のために自公と野合して衆院解散に及んだ、と野田政権を批判しているのです。飯田氏の野田政権批判はともかく、上記の「小沢&維新封じ」という飯田氏のもの言いから明らかなのは彼はいまだに橋下・維新の会に軸足を置いたもの言いをしているということです。飯田氏が「思想や信条を教育現場等で押しつけることへの橋下氏への異議を主張」していたというのはあくまでも選挙戦用のつくり話(ウソ)でしかなかったことは上記の一事を見ても明白です。飯田氏はいまでもあの違憲、違法、不当な思想調査アンケートを強行した反民主主義の道化師、プチ独裁、ポピュリストの橋下のブレーンなのです」(情報の出所:「みずき~「草の根通信」の志を継いで~」2012.11.20)。そのブレーンのブレーンは何者か、というのが私の竹村氏批判です。

以上の呼びかけ人人事を一瞥しただけでもまさに「出がらし『緑茶会』には問題山積」というほかありません。さらにマスメディアの見る目のなさ(東京新聞の「緑茶会」激賞記事)も困ったものです。この点についてもひとこと「異論!反論!OBJECTION!」を述べておきたいと思います。
「緑の党(日本)」の公式ホームページに「緑の党について」という記事がありますが、その記事には同党の見解として「私たちは、世界の90の国や地域で活動している『緑の党』が参加し、国益よりも地球益を求め、国際的な連携を重視する国際組織『グローバル・グリーンズ』(2001年発足)に加盟しています」という記載があります。

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第3回セネガル・グローバルグリーンズ世界大会

そして、ウィキペディアには、その「グローバル・グリーンズ」について「世界各国の環境政党が所属する国際組織。2001年にオーストラリアのキャンベラで設立し、最初の憲章としてグローバルグリーンズ憲章が定められた」という記述があり、参加政党として「アイルランド - 緑の党、アメリカ - アメリカ緑の党、イギリス - イングランド・ウェールズ緑の党、イタリア - 緑の連盟、オーストラリア- オーストラリア緑の党、韓国 - 緑色党+、台湾 - 台湾緑党、ドイツ - 同盟90/緑の党、日本 - 緑の党 Greens Japan、ニュージーランド - 緑の党、フランス - 緑の党」などなどの例が挙げられています。

これだけを見れば「グローバル・グリーンズ」という組織は押しも押されぬ堂々とした立派な国際NGO組織です。しかし、その「グローバル・グリーンズ」という組織について、「20世紀末から活発に行動していたロビー活動団体のようで、そのころにすでに官・民から沢山の資金提供を受けていたそうです」。「2012年12月にグローバル・グリーンズは2001年に定めた同党の『グローバルグリーンズ憲章』を改定して『グローバルグリーンズ憲章2012』という新憲章に更新したが、この新憲章は平和維持活動のための国連軍設置に関する現行の国連憲章を変えようとする策動のように思えてならない」「武力の利用が....正当化できる」ということを認めたら、もう、日本国憲法を守る立場とは言えません」などという指摘があります。

この指摘者は次のようにも述べています。「新憲章には二酸化炭素排出制限を緩める項目もあります。これは世界で今後、拡大する一方の石炭火力発電や同様の最新技術に迎合するものです」。「そもそも地球温暖化への懸念から活動を開始した人たちのNGOが、CO2排出量を拡大するというのはおかしなことです」。この指摘者の発言が当たっているとすれば、私たちはその「グローバルグリーンズ」に加盟しているという「緑の党(日本)」のこちらに掲げている環境政策についてもそのほんもの性について再検討してみる必要も出てくるようにも思います。

さて、この指摘者が上記のように言う論拠は、上記に挙げた2012年改訂版の「グローバルグリーンズ憲章2012」(英語版)と前世紀の20世紀末に発表された『グローバルグリーンズの伸ばす手が第三世界を脅かす』というジェイムズ・シーハンという人が著した論攷(英語版)です。そのそれぞれの原文と該当部分の同指摘者による暫定訳(日本語)を下記に転記しておきます。

グローバル・グリーンズ憲章(2001年キャンベラにて採択され、2012年ダカールにて更新)(抜粋訳)
原文:http://www.globalgreens.org/sites/globalgreens.org/files/Charter%202012_0.pdf

9.平和と安全保障 9.1
「予防が失敗しかつ構造的で大規模な侵害、および/あるいは、大量虐殺の状況において、武力の利用が、それがさらなる人権侵害と大衆の不幸を阻止する唯一の方法である場合で国連の委任のもとにそれが利用できる場合には、正当化できることを認めつつ、他方で、紛争管理と平和維持に対するグローバルな組織としての国連の役割強化を支援する。< * 参考: 国連広報センターのガイドブックより:・国連はその平和維持活動として「一方の味方をするのではなく、自衛の時のみ武力を行使し、しかも事務総長の指揮下にあるべき」・国連が「軍事強制行動を取ったのは、1950年、安保理が北朝鮮の武力攻撃下にある韓国を支援するため、米国の率いる多国籍軍の派遣を勧告した時だけ」

グローバルグリーンズの伸ばす手が第三世界を脅かす(抜粋訳)
原文:http://cei.org/news-releases/reach-global-greens-threatens-third-world-development-national-sovereignty

「1998年10月20日 ワシントンD.C. ― 以下を思い描きなさい:日本の中規模の都市で、金属の塊でつくられた巨大なティラノサウルス・レックスが、会合のホールへの入り口にそびえ立つ。ここは、ヨーロッパ、北米からのグリーン活動家数千人がやってくる場所だ。なかでは、これらの活動家が少数ずつまとまって、プロパガンダのチラシを持ち、あらゆるテーブル、会議室ドア、廊下をまわってる。.........ワシントンD.C.に本部がある「コンペティティブ・エンタープライズ・インスティチュート」のジェイムズ・シーハンは、キャピタル・リサーチ・センターが出版した『グローバルグリーンズ:国際環境団体の内側』という本において、これらの強力な団体の興隆と、それらが各国や国際間の政策にますます与えつつある負の影響について詳述している。.........専門家がスタッフとなり、官民から数百万ドルの融資をもち、イデオロギーが推進する政治勢力である環境活動団体が、外交の動きと国際政策の創出に実際の力を振るうことに気付いている米国人はほとんどいない。国際法を利用し、国連および他の国際機関に援助されたこれらの団体は、各国自治や、経済活動の自由、個人の自由を損なうために、国際会議の場からは目立たないところで活動している。中心的な企画者のトップが、母なる地球への公言された懸念を通じて彼らのグローバルアジェンダを進めるとき、このような活動が規制されないまま継続される場合に生じる不吉な将来をシーハンは予測する....」

なお、私は先に一部の「革新団体」から提起されている「新オリーブの木」構想なるものの「非革新」の実態を指摘しておきましたが、「緑の党(日本)」共同代表のおひとりの長谷川羽衣子氏は先日神戸市で開かれた「~総選挙敗北を見すえ 立ち直りの途を探る~ とめよう壊憲 ! 護憲結集!討論集会」においてもこの怪しげな「新オリーブの木」構想なるものを得々と語っています(こちらの記事の最下段のⅠのビデオ1:7:13秒頃)。この点を見ても、私は、「緑の党(日本)」には知り合いが多く、ほんとうは批判したくないのですが、同党の定見のなさを指摘せずにはいられないのです。

真の「護憲結集」の実現のために。
澤藤統一郎さん(弁護士)の「出がらし『緑茶会』には問題山積」という論攷での指摘を私はまったく同感の思いで読みました。

さて、その論攷での澤藤さんの以下の指摘――

「『緑茶会』が(「反原発・脱原発」の)シングルイシューで選んだ応援対象の候補者が、憲法問題や教育問題その他で信頼に足りる議員となる保証は全くない。/みんなの党所属候補4人の推薦がこの運動の性格をよく表している。みんなの党は強固な改憲志向政党ではないか。天皇の元首化や、憲法に『日の丸・君が代』を書き込むことを明言している右派勢力の一員ではないか。96条改憲の主要勢力の一員でもある。急進的な新自由主義政党として、TPPの積極推進派としても知られる。維新とともに右からの保守補完勢力であって、うっかり原発問題だけで支援すると、とんでもないことになる。/6年前川田龍平は市民運動票の支持を得て参議院議員となった。そして、その選挙民の支持を裏切って、みんなの党に入党して憲法改悪勢力の一員となった。このような節操に欠ける政治家を緑茶会はまた推そうというのだ。呆れた話しではないか」

という指摘に関連して、昨年の2012年8月に設立されたばかりの「緑の党(日本)」という政党の「革新」度のほんもの性について、さらに私には正しておかなければならないと思うことがあります(上記で澤藤弁護士が指摘している川田龍平氏は「緑の党(日本)の前々身の「みどりのテーブル」を母体にして当選した参院議員ということでもありました)。

緑の党 
「緑の党」結成総会(2012年7月28日)
 於:YMCAアジア青少年センター(東京)  

その第1は、最近の事例から問題点を挙げていくとして、この5月3日の憲法記念日に東京・日本橋で「5月緊急講演会!」と銘打たれたワールドフォーラム「未来塾」主催の第33回講演会なるものが開かれ、同講演会には「緑の党(日本)」共同代表・参院選候補者の長谷川羽衣子氏も講演者のひとりとして出席していますが、長谷川氏は果たして同講演会の主催団体及び共同講演者についてどの程度の認識があって同講演に応じたのかという問題についてです。

同講演会には長谷川氏のほか山本太郎氏(俳優)と安部芳裕氏(「プロジェクト99%」代表)の2氏が共同講演者として講演をしていますが、そのうちのひとりの安部芳裕氏は『金融の しくみは全部ロスチャイルドが作った』(5次元文庫)という著書もある「ロスチャイルド家」(財閥)陰謀論者、あるいは「9.11テロはアメリカの自作自演」陰謀論者としてその方面の関係者にはかねてから有名な陰謀論者です。陰謀論者とは一般に「陰謀史観」と呼ばれる特異な「史観」や荒唐無稽な説を流布する人たちのことを総称してそう呼びます(wikipedia「陰謀論」)。

また、山本太郎氏についても、「科学的根拠なしに放射能の危険性を煽り、いわれなき『福島差別』を生んだことは到底看過できない」(東大医学部准教授・中川恵一氏)などの彼の脱原発、放射能問題に関する「軽薄な」主張や行動に対する批判や証言も多数あります。

*中川恵一氏については「脱原発」派からの「御用学者」などの批判も少なくなくあることは私は承知していますが、同氏の今回の山本太郎氏批判は当たっているというのが私の判断です。

山本太郎の震災瓦礫焼却批判 東大・中川准教授が論拠を一蹴(NEWS ポストセブン(SAPIO2013年4月号) 2013年3月11日)

時事通信誤報に、みつや、山本太郎、上杉隆、吉田照美の拡散プレー(togetter 2012-04-03)

■「( →_→) 『捏造なう』」(buveryの日記 2012年4月18日)
*下記のURLの最上部にある日記検索欄に「山本太郎」と打ち込んでクリックしてください。以下の記述が出てきます。

「写真を見れば分かりますが、彼(引用者注:上杉隆氏)は、空間線量を側溝の上で測っています。側溝は雨などによってセシウムが濃縮しているのが知られています。側溝での値は、その区域の代表値ではありません。公式の測定点は、市役所前の駐車場であって、側溝の上ではありません。これが測定値に差が出た理由です。このトリックをみんなが知っているのは、岩上安身さん、山本太郎さん、日本グリーンピースが同じ手口を何度も使っていたからです。」

山本太郎の立候補に批判(higashimoto takashi CML 021356 2012年12月5日)

またさらにワールドフォーラム「未来塾」のホームページに掲載されている同団体の過去の講演会の出演者の記録を見ると親日・反共主義者で日本のアジア侵略を否定する論を展開する評論家の黄文雄氏、自衛隊の元航空幕僚長で右翼の田母神俊雄氏、ホメオパシー系(超科学)医師の安保徹氏、陰謀論者のベンジャミン・フルフォード氏などなどトンデモ系の有名人が目白押しです。同団体をとてもまっとうな団体とみなすことはできません。

このような団体の主催する講演会、さらに上記に述べたようなトンデモ講師と共同出演する講演会になんらの異議も述べずに出演しようとする(また現実に出演した)長谷川羽衣子なる「緑の党(日本)」共同代表・参院選候補者とはいかなる人物か。その彼女の政治認識及び「革新」度のほんもの性については大きな疑問符をつける必要があるでしょう。

第2に先に私は「緑の党(日本)」の前身のみどりの未来の元共同代表で現尼崎市長の稲村和美氏の大阪のポピュリスト市長・橋下徹氏を大評価するその認識と姿勢を批判する下記のような記事を書いたことがありますが、「緑の党(日本)」共同代表で同党の参院選候補者でもある長谷川羽衣子氏(だけではありませんが)は私とあるメーリングリストに一緒に所属していながら(すなわち私の稲村和美氏批判、さらには「緑の党」批判を知っていながら)いまだになんらの応答もしていないということがあります。

是とするのか、非とするのか 「緑の党」(現名称:みどりの未来)は大阪・橋下市長を絶賛する元共同代表(尼崎市長)の稲村和美氏の評価を闡明にしなければならない(弊ブログ 2012.04.11)

緑の党(日本)及び長谷川氏が真の「革新」の立場に立つ決意であるならば同党の「革新」性を問う私の問題提起については進んで応える必要があった、いまもあるというべきではないでしょうか。しかし、私は、緑の党(日本)及び長谷川氏の応答にはいまだ接してはいません。したがって、現在の「緑の党(日本)」が「稲村和美尼崎市長発言」問題をどのように評価しているのか。その「革新」度のほんもの性をこの点に関して推し測る術を私は知りません。ここでも同党の「革新」度について疑いを持たざるをえません。

*「緑の党(日本)」と「みどりの未来」は別組織だから応答責任はない、という弁明は通用しないと思います。「みどりの未来」のホームページはいまだにあってそのホームページの最上段には「世界にある。日本にない。ないならつくろう、日本にも『緑の党』」という標語が掲げられています。さらに同ホームページのサブメニュー欄の「共同代表あいさつ」にはいまだにみどりの未来共同代表(2008.11~2010.9)としての稲村和美氏のコメントが掲載されています。「緑の党(日本)」と「みどりの未来」はいまは別組織かもしれませんが密接な関係はあります。

第3に澤藤統一郎さん(弁護士)が「出がらし『緑茶会』には問題山積」という論攷で「6年前川田龍平は市民運動票の支持を得て参議院議員となった。そして、その選挙民の支持を裏切って、みんなの党に入党して憲法改悪勢力の一員となった。このような節操に欠ける政治家を緑茶会はまた推そうというのだ。呆れた話しではないか」と指摘している問題とも関連させて上記の「稲村和美尼崎市長発言」問題を考えあわせると稲村氏はすでに上記で澤藤弁護士から指摘されている川田龍平氏(緑の党の前身のみどりの未来のさらに前身のみどりのテーブルを母体に無党派候補として2007年7月の参院選で初当選した)と同様の誤りを冒していると私は判断しますし、その稲村氏発言を十分に批判しえない「緑の党(日本)」の「革新」度も私は疑わざるをえません。

上記にどう対処するかは「緑の党(日本)」の試金石になるだろうと私は見ています。少なくとも私はいまのままの「緑の党(日本)」を「革新」の党とはみなしていません。これまでの同党(前身のみどりの会議、みどりのテーブルを含む)の共同代表、また代表として国会議員に選出された人はこぞって右旋回し、いまの共同代表の少なくともひとりも右旋回する危険性をおおいに孕む行動をとっているのですから。
私は先に豊島耕一さん(元佐賀大学理工学部教授/日本科学者会議・福岡)がこの5月10日付けで発表した「共産党執行部は敗走を『転進』と呼んだ旧軍部に似る」という論攷をご紹介しましたが、その豊島さんの論攷が掲載されているブログのページを改めて見てみると下記のような同論攷に対する反論のコメントが掲載されていました。いまの共産党の執行部ならいかにもこのような反論をするだろうと思われるような反論でした。そういう意味でいかにもいまの共産党(員)らしい反論(反論者が実際の共産党員であるかどうかということとは関わりなく)。そういう次第で私たちが今年になってずっと呼びかけている「護憲結集」の実現のためにも下記の反論には若干の再反論を試みておくことは有意かつ必要性があることのように思われます。

*なお、本エントリ記事は上記の豊島さんの論攷が掲載されている「ペガサス・ブログ版」記事のコメント欄(10番目)にも投稿しています。


平和ドームと鳩 
「護憲結集」実現の願いをこめて

その反論とは次のようなものでした(便宜的に上記の反論を(1)、下記の反論を(2)としておきます)。

(1)「改憲阻止のための野党共闘の必要性と、それに対する貴兄の熱意はわかりました。そして共産党がそのために努力するべきだとの意見はその通りです。しかし問題は、なぜ野党共闘ができないのか、それができない責任が主に共産党にあるのかどうかということです。いやしくも政党間の協力が成り立つためには、政策の一致と、それをもとにした対等平等の協力が必要です。もしそれがなくて、ある政党が、一致する共通政策もないまま一方的に自らの候補者を降ろして他党を推薦したら、自らの支持者にどう説明するのでしょうか。そんなことをしたら、それこそ無定見のそしりを免れないでしょう。さらに言えば、現時点で、社民党、民主党、生活の党、緑の党のうちのどの党が、共産党と対等平等の政策協定を結ぶ用意があるのでしょうか。あるいは、将来、その芽をもつ政党があるでしょうか。もし、該当する政党があれば、それを教えてください。もしそのような政党がない場合、それでも貴兄は、共産党に一方的に候補者を降ろして、他党を推薦しろとお考えなのでしょうか。貴兄が、「共産党は、旧軍部と同じように敗走を転進と言い換えている」と明言するほどの見事な定見をお持ちならば、それ以上に明確なお言葉をいただければ幸いです。」(ペガサス・ブログ版 

以下は同反論に対する豊島さんの回答。

「コメントありがとうございます.私の記事の趣旨は,頂いたコメントの最初の2行半のことを言っているだけです.共産党の側から積極的な働きかけをしても必ず成功する保証はありません.しかしその努力をまず真摯に行う必要がある,という趣旨です.」(同上

さらに以下は反論子の再反論です。

(2)「失礼ながら、貴兄のご返事は回答になっていません。「共産党の側から積極的な働きかけをしても必ず成功する保証はないが、その努力をまず真摯に行う必要がある」ということですが、貴兄の記事は、「共産党は、共闘のための真摯な努力をしていない」と決めつけているのです。実際は「何度も真摯な努力を試みたが、すべて断られてきたし、今もそれは同じ」ということではないでしょうか。現下の政治状況における革新側の分断は、共産党が自ら招いたのではなく、1970年代の革新勢力の上げ潮に危機感を抱いた日本の支配層が、共産党孤立化のための総がかりな作戦によるものだと思います。例を挙げれば国鉄民営化による国労解体=総評崩壊=労働組合の右傾化、社公合意に始まって自社連合政権へ至る社会党(=社民党)の引きはがし、文芸春秋などによる共産党攻撃、極めつけが小選挙区制の強行など。現在でも支配層側は、革新側にくさびを打つための仕掛けを張り巡らせている。それらの作戦が功を奏した原因に、共産党の力量不足を指摘することは可能ですが、それを仕掛けた支配層側の動きや、その作戦に巻き込まれた側の批判的分析なしに、共産党にすべてを押しつけ、あろうことか、旧軍部と共産党を同一視するのは、歴史的事実に目をふさぐ知的怠慢であり、その根底には理性の崩壊があると指摘されてもやむを得ないでしょう。大変失礼な言葉を書き連ねましたが、現在、「革新側」を自認する人々に同じような「知の雪崩現象」が見受けられるので、あえて書かせていただきました。」(同上

さて、私の反論子に対する再反論です。上記の反論子の反論(「再反論」を含む)は下記のひとつの再反論に集約することができるでしょう。

すなわちこういうことです。反論子は(1)で「問題は、なぜ野党共闘ができないのか、それができない責任が主に共産党にあるのかどうかということです」と問題を提示した上で、(2)では「実際は『何度も真摯な努力を試みたが、すべて断られてきたし、今もそれは同じ』ということではないでしょうか」とその問題提示の自らの回答を述べていますが、その反論子の認識は事実に反する認識であるように思います。

このことを最近の事例で説明してみます。先の4月14日に「憲法の改悪に反対する元教職員ひょうごネットワーク」共同代表の佐藤三郎さんや石塚健さんらの市民が呼びかけ人となって神戸市で「~総選挙敗北を見すえ 立ち直りの途を探る~ とめよう壊憲 ! 護憲結集!討論集会という集会が催されましたが、同集会参加の呼びかけを共産党を含む社民党、新社会党、緑の党日本の革新政党4党にしたところ共産党からは「不参加」の回答がありました(ちなみに他の3党は同集会に参加しました)。

そのときの共産党の「不参加」理由は、同集会の講師に予定されている広原盛明さん(都市計画・まちづくり研究者)の「"護憲戦略〟を再構築する・・・ためのまず第一歩として・・・公開討論会形式にして革新政党の選挙総括や参院選挙方針の問題点を有権者の間で広く議論する」云々というブログ記事を引用した上で、「政党が正規の機関で決定した総括や方針を、公開討論で変えさせようなどというのは、政党の自主的活動への不当な介入、干渉に他なりません。今度の『集会』はこの『広原提言』を受けて、広原氏を『講師』に、政党代表と『忌憚のない意見交換』をおこなおうというものになっています。このような『集会』が憲法改悪阻止の国民的共同を広げるための建設的な意見交換の場になりえないことは明白です」というものでした(しんぶん赤旗 2013年3月31日)。

しかし、下記の弊ブログ記事において詳説していることですが、「公開討論会形式にして革新政党の選挙総括や参院選挙方針の問題点を有権者の間で広く議論する」云々は広原さんという同集会講師のあくまでも個人としての提言にすぎません。その個人の提言と集会で決定される方針とは一般論として別のものです。第一、同集会は集会の呼びかけの標題のとおり「とめよう壊憲 ! 護憲結集!」について市民・市民団体間で「討論」する場として設定されたもので、なんらかの方針を決定するような場でもなんでもありません。したがって、「政党が正規の機関で決定した総括や方針を、公開討論で変えさせ」ることなどまったく不可能です。上記の共産党の「不参加」理由はためにする「不参加」理由というほかないのです。

さらに同党の「不参加」理由は広原さんのブログ記事での発言を問題にしていますが、仮にそういうことであるならば、政党外にいる一般市民は「政党が正規の機関で決定した総括や方針」についてなにもものを言うことはできないということにならざるをえません。しかし、どのような機関の総括や方針であれ、市民は自由に批評することはできますし、批判する権利もあります。これを「言論の自由」というのですが、そうした「言論の自由」の行使を「政党の自主的活動への不当な介入、干渉」のように仮に考えているのであればそういう見方、考え方も正しくないというほかありません。

以上、反論子のいう「(共産党は)実際は『何度も真摯な努力を試みたが、すべて断られてきたし、今もそれは同じ』」という認識は上記に挙げた最近の事例からも否定されざるをえません。

反論子は上記の自らの論を正当化しようとして、「政党間の協力が成り立つためには、政策の一致と、それをもとにした対等平等の協力が必要です」だとか、「ある政党が、一致する共通政策もないまま一方的に自らの候補者を降ろして他党を推薦したら、自らの支持者にどう説明するのでしょうか。そんなことをしたら、それこそ無定見のそしりを免れないでしょう」。また、「現下の政治状況における革新側の分断は、共産党が自ら招いたのではなく、1970年代の革新勢力の上げ潮に危機感を抱いた日本の支配層が、共産党孤立化のための総がかりな作戦によるものだと思います」などとさまざまな事象を持ち出していますが、その事象の反論子の説明自体は正しいとしても、それらはすべて「(共産党は)実際は『何度も真摯な努力を試みたが、すべて断られてきたし、今もそれは同じ』ということではないでしょうか」という反論子の誤まった事実認識とは別のことです。それこそ反論子の反論は「反論になっていない」といわなければならないのです。

なお、上記で挙げておいた弊ブログ記事とは下記のようなものです。

■2013.04.05 「『4・14神戸討論集会』 建設的な意見交換とは無縁」という共産党の批判の謬論(だと私は思います)について再考を求めたい ――「護憲結集」の再構築のために――
*同記事中に上記に挙げた共産党の「~総選挙敗北を見すえ 立ち直りの途を探る~ とめよう壊憲 ! 護憲結集!討論集会」への「不参加」理由を述べた赤旗記事(2013年3月31日付)を全文引用しています。

また、上記記事の関連記事として下記の弊ブログ記事もご参照ください。

■2013.03.31 「護憲=革新共同候補」擁立問題と「護憲第3極=反ファッシズム統一戦線」形成の課題~長野の共同候補擁立運動の挫折の経験から改めて考える
■2013.04.09 三度、共産党に「護憲共同」と「共同候補」問題について再考をうながす ――阿部治平さん(もと高校教師)の「護憲・反原発勢力は選挙協力を――共産党に残された道」という論のご紹介

以下は、豊島耕一さんのブログ『ペガサス・ブログ版』(2013年5月10日)記事「共産党執行部は敗走を『転進』と呼んだ旧軍部に似る」の転載です。豊島さんのブロフィールを見ると「もと佐賀大学理工学部教授」とありますから今年定年退職されたのでしょう。昨年までは現役の大学教員でした。
 
なお、豊島さんのフェイスブックでの共産党中央委員会総会(7中総)での志位報告の感想(指摘)も重要です。これも上記ブログ記事の下に転記しておきます。
 
私はこれまでのエントリにおいても、いまの政治危機の問題(保守・改憲勢力、保守大連立(独裁体制)勢力は衆院において3分の2の議席を優に超え、この夏の参院選挙しだいでは衆院、参院を含め国会勢力全体として3分の2超えをする(すなわち、憲法改正発議権(憲法96条)を持つ)可能性の強い戦後最大といってよい政治危機)を念頭において、その戦後最大といってよい政治危機を革新勢力としてどう乗り越えるのか、という観点から「護憲結集」の問題に力をいれて書いてきました注1。また、その問題意識に関連して、広原盛明さん(元京都府立大学学長)の共産党6中総決定批判と「護憲第3極=反ファッシズム統一戦線」形成の提起に関する論攷注2や五十嵐仁さん(法政大学教授)などの論攷注3も複数回にわたって紹介してきました。 

注1:「3月、4月の弊ブログ記事のまとめ」
注2:「広原盛明さんの共産党の6中総決定批判(期待するがゆえの批判)と「護憲第3極=反ファッシズム統一戦線」形成の提起」
注3:「機は熟しつつあります。ひとりの市民として改めて市民と政党の「『大左翼』の結集」あるいは「護憲結集」を「ト書き」を書くようにして呼びかけます」
 
豊島さんの下記の指摘はその私たちの問題意識に通じるご指摘だと思います。

平和ドームと鳩 
「護憲結集」実現の願いをこめて

共産党執行部は敗走を「転進」と呼んだ旧軍部に似る
(ペガサス・ブログ版 2013-05-10)

 
昨日の共産党中央委員会総会の志位報告(→ウェブ版)をネット視聴し,短いコメントをフェイスブックに書き込みましたが,すこしまとまった文章にしたいと思います.表題はどぎついと思われるかも知れませんが,切羽詰まった筆者の憂慮を表現するにはこれしかありません(強調は引用者。以下、同じ)
 
原発即時ゼロやTPP阻止,アベノミクス*批判など,志位報告が述べた政策の基本にはもちろん賛同し評価します.しかし改憲阻止の戦略・戦術については全く賛同できません.国政選挙のレベルでは,以下に述べるようにこれは無策に等しいからです.全会一致で承認されてしまったのですが,どうしてそうなのか,出席者のただの一人にも疑問は生じなかったのでしょうか?
 
選挙闘争に関してもっぱら前面に押し出されて強調されるのは比例区の5議席確保であって,政党間の共闘,協力については,沖縄県を除けば全国的には「条件存在せず」のひとことで片付けられてしまっています.統一戦線の対象に関しては,志位報告が文字化された赤旗の紙面やウェブの見出しでは「無党派と日本共産党との共同――日本を変える新しい統一戦線をつくりあげよう」**とあり,他党は眼中にないという姿勢です.しかも近接した見出しには「いま日本に政党と呼べる政党は一つしか存在しない」(引用符付き)とあるのですから,もう決定的です.「存在しない」ものとの共闘はあり得ませんから.
 
しかし,はたして共産党の「5議席確保」だけで十分に改憲阻止の可能性をつかめるのでしょうか.そんなことはあり得ないし,もし志位氏がそう信じているとしたら,全く現実感覚を失くしていると言わざるをえないでしょう.本当に真剣に改憲阻止を考えるなら,政党間の共闘を考えなければならないはずです.たとえば社民党について言えば,憲法九条擁護の点はもとより,TPPでも原発でもほぼ政策は一致していると思われますが,なぜ共闘,協力の「条件がない」のか,あるいはその条件を作ろうとする努力にも値しないのか,説明も議論も全くありません.
 
憲法問題が重要争点の一つとなる選挙であり,しかもその改悪の危険性が決定的な程のレベルにあることから,憲法と並んで戦後民主主義の重要な財産であった教育基本法(以下教基法と略)改悪の事例に学ぶことは重要です.この改悪は「郵政選挙」で大勝利した小泉自民党の内閣(第3次小泉内閣)によって国会に提出され,それを引き継いだ第1次安倍内閣のもとで2006年12月に成立してしまいました.共産党はこれを阻止するべく闘いました.その闘い方についてはさておくとして,ここで問題にしたいのはその「総括」です.
 
成立直後の,年が明けて2007年1月の中央委員会総会(3中総)報告では,敗因分析(総括)もなくいきなり「たたかいは,これからが大切になります」で始まり,改悪教基法の「具体化の一つひとつが,競争主義,序列主義の教育の矛盾を深刻にし,破たんせざるをえないでしょう」と続きます.さらに,「全党の確信にすることが大切」なこととして,「国民が発揮したエネルギーの大きさ」,「日本共産党の果たした役割」の二点を挙げ,どちらにもポジティブな評価を与えています.まるで闘いに勝利したかのような言葉ばかりが続くのです.この貴重な財産を失った,少なくとも重篤に変質させられたという敗北の悔しささえも読み取れません.
 
この志位報告発表の直後の当ブログ記事で,このような総括とも呼べない総括について,敗北を「『転進』と粉飾しているように見えてしまう.九条が改悪された後も,やはりこのような『前向きの』総括をするのだろうか?」と書きました.今回の志位報告でその悪い予感は一層強まります.「元気のよい」「明るい」言葉で埋め尽くし,現実を直視せずに自らを欺いて破滅の道に突き進んだ旧軍部と重なって見えてしまうのです.
 
去る4月29日に久留米市で共産党の市田書記局長の講演がありました.この町で二番目に大きなホール(約1,200名収容)がほぼ満杯になり,成功裏に終わったと言うべきですが,政党間の共闘問題では上記の志位報告と全く同じでした.直接の質疑応答もあるかも知れないとわずかに期待し,その機会にはたとえどのように「空気」に逆らおうともこの問題を正面から提起しようと思いましたが,やはり講演だけで終わってしまいました.質問用紙が配られていたので,それに書いて提出したところ,市田氏本人から2日後の消印で葉書が届きました.国会内外の共闘は重視し尽力するが,選挙共闘は「憲法だけでなく,安保,原発,TPP,消費税など,国政の基本問題での一致と共闘の意思がないと,野合になってしまいます」と書かれていました.そして7中総で詳しく解明します,と結ばれていました.「解明」より「提案」を,と言いたいところですが,しかし志位報告では,上記のように,なぜ共闘できないかの「解明」もなかったということです.
 
共産党は,数は少ないものの政策面で野党として不可欠の位置にあり,その役割と責任は重大です.したがって党員や支持者でなくても,この党の動向には関心をもってしかるべきだと思いますし,注文を付けることが大事だと思います.知識人の役割も強調したいと思います.九条が重大な危機に瀕している今こそ,効果的な,核心を突いた,「役に立つ」発言をする責任があると思います.「九条の会」の知識人は,選挙の問題,政党間共闘の問題に踏み込んで発言すべきです.これまで「九条の会」は選挙にはノータッチという姿勢だったようですが,それではダメです.もちろんどれかの党派に肩入れするというのではなく,共闘を強く呼びかけるべきだということです.政党間共闘なしには改憲阻止の可能性は非常に小さくなると思います.
 
「国政の基本問題での一致」の条件を満たす党派の勢力は,現時点では数では少ないかも知れません.しかし共闘は「希望」という力を,そしてそれによる非線形効果を生み出すのです.「1+1は3にも5にもなる」という言葉で表現されるそれです.急いでこの「希望」に火をつけなければなりません.

 * 正しくは“アベコベノミクス”
** アンダーラインは引用者

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志位報告をネット視聴したので,それへのコメントです.とりあえず評価のポジティブな側面はすべて省略し,問題点のみ述べます.
http://www.akahata.jp/live_ustream.html
 
志位:「衆院で多数を占めたのは重大だが,恐れる必要はない.」
→小泉登場直前も同様の言説があった.「恐るべき状況」というのがリアルな見方で,楽観論につながりかねない表現.
 
志位:「他党が皆そろって安倍になびく」
→他党の個別批判で社民党の党名は出てこなかったが,この言い方では社民党も含まれてしまう.新社会,緑も無視.

 統一戦線問題について,「政党の組み合わせではなく」として革新懇の運動について述べるだけで,選挙における政党間の共闘,協力については,沖縄県以外で全国的には「条件存在せず」のひとことで片付けてしまった.統一戦線の対象としては,個人のみ,あるいは団体でも政党以外のものしか考えない,という姿勢.
 
他党との比較では,(まともなのは)「日本共産党“だけ”」の言い方が強調され過ぎのきらい.
 
やはり,選挙における政党間の共闘,協力について議論らしい議論をしない,非常に困った態度は変わらない.たとえば社民党について言えば,TPPでも原発でもほぼ政策は一致していると思うが,なぜ「条件がない」のか,あるいはその条件を作ろうとする努力にも値しないのか,説明も議論もない.また,他者,つまり他党の良いところを認めるという寛容な態度こそが共産党自身への支持にもつながる,ということを理解して欲しい.
 
中継がされない午後の会議では,志位氏自身が推奨したように,出席の各地の代表者は「ホンネ」の議論をして欲しい.
今年になってこの1月30日に尖閣諸島沖の北方海域で中国海軍艦艇による海上自衛隊護衛艦への射撃管制レーダー照射事件が発生し、また逆に日本側では航空自衛隊戦闘機が中国機に緊急発進(スクランブル)した回数が昨年度は306回に及び前年度の156回からほぼ倍増し、防衛省が国別の対応回数の公表を始めた01年度以降で過去最多を記録する(共同通信 2013年4月17日)などいま尖閣諸島問題をめぐって日本側と中国側との間には一触即発の危険性をも孕む予断を許さない緊張状態が続いています。

さて、こうした日中間の政治的、軍事的ナーバスの状態が続いている時期だからこそなおさらという含意もあるのでしょうか。大分憲法会議及び平和憲法を守る会・大分注1代表(2013年5月3日退任表明)の岡村正淳さん(弁護士・沖縄県出身)が尖閣諸島の領有問題に関する重要な論攷(憲法会議注2宛「意見書」)を発表しています。

注1:大分憲法会議は今年で結成43年目になる青年法律家協会大分支部、日本科学者会議大分支部、大分県平和運動センター、大分市平和運動センター、社民党、共産党の6者で構成される憲法改悪阻止の一点で団結する組織です。また、ほぼ同様の目的と趣旨及び構成団体からなる組織として平和憲法を守る会・大分がありますが、同組織は2005年に結成され、今年で11年目になります。岡村正淳弁護士は両組織の代表を兼任していましたが、今年の5月3日に大分市で行われた第43回憲法記念日講演会の際に退任表明をしました。同弁護士は青法協を母体にして選出されていました。

注2:憲法会議(憲法改悪阻止各界連絡会議)は1965年3月6日、末川博、鈴木安蔵、田畑忍ら憲法学者や、大西良慶(清水寺貫主)、羽仁説子(評論家)など各界著名人33氏のよびかけで結成されました。その前年に政府の憲法調査会が、改憲を是とする答申を出したことから思想・信条、政党所属のいかんにかかわらず、憲法改悪阻止の一点で団結する組織として結成が呼びかけられました。

この論攷に見る岡村弁護士の立場は、政府や一部革新勢力(共産党など)の主張する「固有領土」(尖閣諸島は日本の固有の領土)論は日中間の領土問題の平和的解決の障害になるというもののようです。この点において岡村弁護士が所属する憲法会議の現在の主流の主張とは異なっているように見受けられます。だからこそ、岡村弁護士は日中間の政治的、軍事的テンションがナーバスになっているこの時期に自らが所属する組織の憲法会議にあえて問題提起をする必要性を感じたのだろうと思われます。

また、岡村弁護士が沖縄県出身(高校卒業時まで沖縄県在住)の弁護士であるということとも深く関係しているでしょう。尖閣問題は岡村弁護士にとってはまさに「うちの火事」の問題であって「対岸の火事」として冷静に眺められるような問題ではないのです。岡村弁護士の説は論理的であると同時にその論理に裏打ちされた沖縄人としてのパッションがあるように私には感じられます。

尖閣領有権問題についてはこれまで私もかなりの数の記事を発信してきました。そのほとんどは同問題について私が学んできた学者、識者の論攷の紹介ですが、政治学者の浅井基文さんの論攷にはとりわけ学ぶところが大でした。その浅井さんの論攷は本記事の主題に関連していえばたとえば次のようなものでした。

改めて尖閣領有権問題について(2) ――浅井基文さんの「尖閣問題に関する志位・共産党委員長発言に対する疑問」という論攷のご紹介(弊ブログ 2012.10.09)
改めて尖閣領有権問題について(3) ――浅井基文さんの「尖閣問題:志位・共産党委員長の新論点」という新論攷のご紹介(弊ブログ 2012.10.27)

浅井基文さんと岡村弁護士の論攷は「固有領土」論批判、とりわけ革新勢力の「固有領土」論批判という視点で共通しています。

一方、革新勢力側の「固有領土」論としては長野県の弁護士の毛利正道さんの「尖閣諸島領有問題をいかに解決すべきか―2010年10月「出発点としての尖閣諸島領有問題」大幅加筆版―」(2011年1月8日付)という論攷があります。

また、日本共産党の「尖閣諸島問題 日本の領有は歴史的にも国際法上も正当―日本政府は堂々とその大義を主張すべき―」(2010年10月4日付)という論攷もあります。

これらの論攷も参照しながら岡村正淳さん(弁護士)の下記の論攷(意見書)を読んでいただきたいと思います。岡村弁護士の論は「正義」に基づく「合理的な判断」と「説得力」という点で一歩抜きん出ているというのが私の評価です。

なお、岡村正淳さんの同論攷の読解のための参考としてこの4月29日に大分市であった「ちゃーすが大分の会」注3主催の「今、尖閣問題を考える」と題された講演会における同弁護士作成のレジュメを合わせて添付しておきます。

注3:※「ちゃーすが」とは沖縄方言で「どうするの」「どうしよう」の意味です。


尖閣諸島
尖閣諸島(1) 


尖閣諸島2  
尖閣諸島(2)


2013年4月1日

憲法会議御中

意 見 書

大分憲法会議 岡村 正淳

尖閣問題は平和憲法の試金石です。改憲勢力はこの問題を、だから国防軍が必要であり、改憲が必要だとの世論作りに最大限利用しています。しかし、私は護憲勢力の側はこの問題についての説得力のある選択肢の構想を示すに至っていないように思います。結論からいえば、この問題こそ、安倍政権に問題解決能力がなく、護憲・平和勢力こそが説得力のある解決の展望を示し得ると考えていますが、そのためには早急に克服すべき課題があると考えますので、書面で意見を述べる次第です。

1 尖閣領有の経過についての冷静な分析の必要性について

尖閣領有の経過については、護憲勢力の側でも、日清戦争と無関係に無主地先占の法理により正当に領有した領土であるとの議論が支配的であるように思います。しかし私は、この議論を無条件に肯定することに疑問を感じていますし、何らの留保もなしにこのような見解に与することは、結局のところ交渉による解決の道を閉ざすものであり、今最も憂慮すべきナショナリズムに対する歯止めになるどころか、逆にこれに与する結果になるのではないかと憂慮します。

2 まず、1895年1月の尖閣領有化に関する閣議決定に至る経過について問題を提起します。

①1885年9月29日付で沖縄県令西村捨三が政府に提出した上申書は、調査の内命を受けた「沖縄県ト清国福州間ニ散在セル無人島」は「中山伝信録ニ記載セル釣魚台、黄尾嶼、赤尾嶼ト同一ナルモノニコレナキヤノ疑ナキ能ハス。」とし、「果タシテ同一ナルトキハ、既ニ清国モ旧中山王ヲ冊封スル使船ノ詳悉セルノミナラズ、ソレゾレ名称ヲ付シ、琉球航海ノ目標トセシコト明ラカナリ。依リテ今回ノ・・・踏査直チニ国標取建テ候モ如何ト懸念仕リ候」としています。

②1885年10月21日付、国標建設に関する井上外務卿山県内務卿宛意見書の結論は、「此際ニワカニ公然国標ヲ建設スル等ノ処置コレ有リ候テハ清国政府ノ疑惑ヲ招キ候間・・・国標ヲ建テ開拓二着手スルハ、他日ノ機会二譲リ候方然ルベキト存ジ候。」となっています。

③これに対する山県内務卿の結論は「国標建設ノ儀ハ清国二交渉シ彼是都合モ有之候二付目下見合セ候方可然ト相考候・・」というものでした。

④にもかかわらず1895年1月14日、沖縄県の所管とし標杭を設置する旨閣議決定していますが、その中には無主地であることを確認した趣旨の記載は全くないようです。(あれば是非その資料をご教示下さい。)。しかも1894年12月27日の内務大臣野村靖陸奥宗光宛て文書には、「其ノ当時ト今日トハ事情モ相異候二付キ、別紙閣議提出ノ見込ミ二之有候・・」とあるということです。

上記①②③の資料によると当時政府が尖閣諸島は清国領ではないかとの疑いを抱いていたことは間違いなく、領有に踏み切ったのは「其ノ当時ト今日トハ事情モ相異候」という理由によるものだったことになります。そしてここでいう事情の変化とは、日清戦争における勝利が決定的になり、尖閣どころか台湾、澎湖島をも取得できる状況になったことにあったのではないでしょうか。そうだとすれば、尖閣領有決定は、「未必の故意」、即ち清国領である疑いがあってももはや考慮する必要はないとの未必の故意による領有だと言われても仕方がないのではないでしょうか。この疑問を解消するためには、清国領であるとの疑いが払しょくするに足りる調査が尽くされたとか、それが閣議決定の理由になったという歴史資料の発掘が必要ではないでしょうか。しかし、私はまだこの点についての説得力のある資料を目にしたことはありません。もしあるようでしたら是非ご教示いただきたい。

中国は、尖閣は日清戦争の過程で盗取されたと主張しています。領有化の手続き(公示)についても問題が指摘されていますが、いずれにせよ中国の主張に真摯に向き合うためには、今一度、尖閣領有経過を洗い直す必要があるのではないでしょうか。

3 次に、下関条約は割譲の対象を台湾、澎湖島に明確に限定しているから、尖閣は日清戦争によって取得した領土ではないとの見解について問題を提起します。

下関条約は、日清戦争後の領土の範囲を確定した条約ですから、形式的にはこの見解は成り立ちます。しかし、台湾澎湖島と無人島の尖閣諸島では、領土としての価値が全く異なります。台湾どころか澎湖島まで日本に割譲しながら、台湾と日本の間の無人島に過ぎない尖閣諸島は割譲しないなどといえる訳はありません。台湾、澎湖島までを日本の領土にするのであれば、台湾と日本の間に存在する尖閣諸島が日本の領土となることは当然であり、それゆえ両国とも意識的に議論せず、条約に明記しなかっただけであり、「もちろん解釈」として下関条約の結果、尖閣の問題は事実上決着がついただけのことではないでしょうか(この段階では閣議決定にとどまっていますから、日本による尖閣領有決定を清国が認識していたかという疑問もあります)。

4 次に、中国が75年間全く異議を述べなかったから国際法上日本の領土であることが確定しているとの議論について問題を提起します。

「75年」を論じる時、私は1895年から1945年までの期間とその後の期間は区別して論じるべきだと思います。なぜなら、1945年までの日本と清国との国境は下関条約体制によって確定していたのであり、その下関条約はポツダム宣言カイロ宣言により否定され失効したからです。1895年から1945年までの間は下関条約によって国境が定められていたのですから、下関条約により形成された国境に異議を述べることができたはずはありません。しかし、下関条約はポツダム宣言、カイロ宣言により失効したのですから、1945年までの日本の領有は、尖閣も含めて法的に否定されたことになり、その間異議を述べなかったのは中国の領有権の主張について何らの瑕疵にもあたらないのではないでしょうか。中国は、尖閣は日清戦争の過程で盗取されたと主張しているのですから、日清戦争から1945年までの間異議を述べなかったから権利を喪失したなどという主張は、侵略戦争に対する反省がなく、ポツダム宣言、カイロ宣言を否定するに等しい主張だということにならざるを得ません。中国のこの主張に対して有効で国際的に通用する反論ができるのでしょうか。日本の友好国であるはずのアメリカでさえ、尖閣が日本の領土だと認めていない事実をもっと厳しく受け止める必要があると思います。

1945年以降のことについては、そもそもこの間、国際法上日本が尖閣を日本の領土として実効支配していたといえるかどうかが問題です。1945年から1952年4月28日までは、尖閣を含む沖縄はアメリカのむき出しの軍事占領下にあったのであり、ポツダム宣言に基づいて日本の領土とされるべき区域に含まれるかどうかは未確定でした。従って日本の領土としての実効支配がなかったことは明白です。

1952年4月28日の講和条約後は、講和条約に基づいて日本がアメリカの軍事占領の継続を認めたのですから、いわゆる「潜在主権」はあったとする余地はあります。しかし、実際には完全な軍事占領でした。昔ながらの沖縄には多くの日本人(沖縄人)が現に住んでいました。しかし、尖閣には一人の日本人もいなかったのです。また、米軍による沖縄統治は国際連合に対する信託統治を提案するまでとの期限を付した事実上の無期限占領でしたが、日本の国連復帰の結果、国連加盟国の領土について信託統治を認めていない国連憲章上、信託統治提案までという不確定起源は失効し、アメリカは当然に沖縄を返還しなければならなくなったはずです。しかし日本政府はそのことを全く主張しませんでした。これは国連憲章上、沖縄が日本の領土ではないことを前提にしなければ理解できない事態でした。

以上の事実に鑑みると、1945年以降沖縄返還に至るまでの間、日本が沖縄を実効支配していたとの議論には疑問を呈さざるを得ません。現に沖縄を占領していたアメリカが、尖閣については日本の領土だと認めていないのです。従って、中国が明確に尖閣に対する主権を主張し出したのは1895年から75年間も経過してからだということを理由に中国の主張を排斥するのは根拠が極めて薄弱だと思います。

5 無主地先占論の出現経過について

私は、無主地先占の法理により日本の領有を正当化する議論がいつ頃出てきたのか、その経過について重大な疑問を抱いています。前述したとおり。1895年の閣議決定に至る経過からはこの法理に基づいて領有化を決定したとの歴史的根拠は薄弱です。そもそも台湾、澎湖島の獲得まで目指していた当時の日本において、尖閣の領有は問答無用で軍事力で決着をつけることのできる問題であり、無主地先占の法理の助けなど要らなかったはずです。

私の狭い知見では、無主地先占論が初めて登場したのは、1960年代末期の琉球政府見解だったのではないかと思います。それは尖閣に石油資源があるとの報告がなされ、尖閣の領有権が俄かに問題になった時期でした。つまり私が言いたいのは、無主地先占論は歴史的事実ではなく、後付けの論理として問題が顕在化した後に現れた議論ではないかということなのです。無主地先占論が何時頃登場したのか、一つの国際法上の論理ではあり得ても、歴史的事実はどうであったのかを踏まえてこの議論の有効性を検証すべきではないかと思います。この点について既に解明したものがあれば是非ご教示下さい。

6 尖閣問題の議論の仕方について

以上の私の問題意識は、結局のところ、尖閣の領有化は国際法上正当だという議論を今一度科学的に検証し、ポツダム宣言や戦後の沖縄統治の実情を直視して議論をし、その中から尖閣問題についての解決の方向を提示すべきであるということにあります。交渉による解決という声があります。しかし、尖閣領有は正当で、中国の主張は不当であるとの見解に立つとすれば、今尖閣をめぐって起こっている事態は中国の不当な覇権主義によるものであり、妥協の余地はないということになります。しかしそれでは安倍政権と五十歩百歩ではないでしょうか。交渉とは譲歩の可能性を前提にしなければ成り立ちません。相手国の主張を外在的論理で批判しても対話は成り立ちません。尖閣問題の解決のためには、まず尖閣領有経過に問題はなかったかを歴史的事実に基づいて科学的に検証する作業が必要です。次に、領土問題の解決は、ポツダム宣言、カイロ宣言に基づき敗戦国、侵略国としてなすべき戦後責任の一環であることを明確に認識すべきだと思います。日本は片面講話によって中国、韓国、北朝鮮との間の和解抜きのままで国際社会に復帰しました。北方領土問題は性質が異なりますが、尖閣の問題は、国際社会への復帰にあたり克服しなければならなかった重い宿題であり、日清戦争に遡っての誠実な歴史認識が要求されます。未解決のまま今日に至っているのは、過去の清算を含む戦後責任が果たされていない結果です。問題の性質がそのようなものであるとすれば、未解決のままになっている責任を、75年間中国は異議を述べなかったではないかとして中国に転嫁することは、歴史責任に背を向けた議論ではないかと危惧します。

だからといって中国の主張を鵜呑みにすべきだと主張するのではありません。尖閣問題についての中国の主張の決定的弱点は尖閣に対する実効支配の希薄さです。歴史的には沖縄の漁民も沖縄の方言で釣魚島の名称を付し、自由に往来していた事実もあるようです。双方の主張に弱点があることを認め合ってこそ、交渉による解決の道が開けます。歴史的事実の解明、日清戦争に遡る歴史を直視しての議論、どんなことがあっても武力に訴えず平和的に解決することを目指しての議論、これなくして尖閣問題の解決はなく、安倍政権の尖閣問題についての姿勢は亡国の危機にもつながりかねないものです。日本の主張は正しいとの議論に呪縛されなければ、共同開発、共同管理、最低でも国際司法裁判所への提訴など、ナショナリズムを煽らずに済む選択肢はあります。平和的解決に向けてのリーダーシップを取れるのは安倍政権に対決する護憲勢力であり、その中核である憲法会議の責任は重大です。7分間で述べられるような問題ではありませんので、書面で意見を述べる次第です。推敲も不十分ですが、よろしくご検討下さるようお願い申し上げます。
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今 尖閣問題を考える(レジュメ)

2013・4・29 岡村 正淳

1 憂うべき尖閣問題の現状

依然として続く一触即発の状況
2013年1月30日、レーダー照射事件、護衛艦に対する射撃管制レーダー照射
2013年4月24日、中国共産党の了承の下での威嚇攻撃との情報
2012年の対中国スクランブル(領空侵犯の恐れのある場合の緊急発進)回数306回
(前年度156回、国別史上最多)
警察力(保安庁)レベルの対応を超える軍事衝突の危険性

見えてこない平和的解決の道筋
麻生副総理らの靖国参拝後さらに激化の様相(日本側議員団尖閣視察、中国艦船による追跡)
平和的解決の最大の障害
国内的には固有領土論

固有領土論は何故平和的解決の障害になるか
ナショナリズムを煽る
領土問題の存在を否定し、中国の主張を全面否認する。
交渉による解決の道を閉ざす
軍事的オプションしかなくなる。
行きつくところ、軍事力増強、日米同盟強化、集団的自衛権見直し、憲法改正
この世論作りに最大限利用

2 固有領土論の批判的検討

(1)政府の固有領土論
①1885年以降再三にわたり現地調査、無人島であるのみならず清国の支配が及んでいることを慎重確認の上、85年1月14日閣議決定で領土編入
②爾来、歴史的に一貫して我が国の領土たる南西諸島の一部を構成してきたわが国固有の領土
③1885年5月発行の下関条約とは無関係

(2)領土編入経過の問題点

ア 閣議決定に至る経緯
(井上清「尖閣列島―釣魚諸島の史的解明」)

・1885年、内務省、沖縄県令西村捨三に「沖縄県ト清国福州間ニ散在セル無人島取調」内命(端緒、福岡県古賀某の出願)

・1885年9月22日付沖縄県令西村捨三上申
「中山伝信録ニ記載セル釣魚台、黄尾嶼、赤尾嶼ト同一ナルモノニコレナキヤノ疑ナキ能ハス。果タシテ同一ナルトキハ、既ニ清国モ旧中山王ヲ冊封スル使船ノ詳悉セルノミナラズ、ソレゾレ名称ヲ付シ、琉球航海ノ目標ト為セシコト明ラカナリ。依リテ今回ノ・・・踏査直チニ国標取建テ候モ如何ト懸念仕リ候」

・1885年10月21日、国標建設に関する井上外務卿の山県内務卿宛意見
「国標建設ノ件・・・熟考到シ候処、右島嶼ノ儀ハ清国国境ニモ接近致候。・・・近時、清国新聞紙等ニモ、我政府二於テ台湾近傍清国所属ノ島嶼ヲ占拠セシ等ノ風雪ヲ掲載シ、我国二対シテ猜疑ヲ抱キ、シキリニ清政府ノ注意ヲ促ガシ候ノモノ之レ有ル際二付、此際ニワカニ公然国標ヲ建設スル等ノ処置コレ有リ候テハ清国ノ疑惑ヲ招キ候間、・・国標ヲ建テ開拓等二着手スルハ、他日ノ機会二譲リ候方然ルベシト存ジ候。」

・山県内務卿の結論
「国標建設ノ儀ハ清国二交渉シ彼是都合モ有之候二付目下見合セ候方可然ト相考候間外務卿ト協議ノ上其ノ旨同県ヘ致指令候条此段及内申候也」

・1894年日清戦争開始、同年12月、清国北洋艦隊全滅

・1895年1月14日閣議決定
理由:近来魚釣島に向け漁業等を試みる者がいる。その取り締まりを要するので沖縄県の所管とし、標杭を設置する。

イ 閣議決定に踏み切った理由

・1894年12月27日内務大臣野村靖の陸奥宗光宛て秘密文書
「・・其ノ当時ト今日トハ事情モ相異候二付キ、別紙閣議提出ノ見込ミ二コレ有候条・・・」

・政府見解は、慎重な調査により無主地であることを確認の上領土に編入したとしているが、歴史的には日清戦争勝利が決定的になったという力関係の変化を背景に領土に編入したもの。

・閣議決定には無主地先占の法理についての言及なし。

(3)下関条約と無関係か。

・下関条約調印1895年4月17日

・台湾・澎湖島割譲、2億デール(当時の日本の国家予算の4倍強)の賠償金

・無人島に過ぎない尖閣諸島の帰属など問題にならない状況

・尖閣領有は日本の内部的決定にとどまっており、対外的通知もせず。

・下関条約で澎湖島まで日本の領土と認めれば、その途中にある尖閣が日本の領土となることは争えない。下関条約で既成事実化。

・カイロ宣言、「日本が中国から盗取した全ての地域を中華民国に返還」
盗取した地域にあたらないのか。

(4)1895年1月14日以来、歴史的に一貫して南西諸島の一部として日本の領土を構成してきたといえるか。

ア 8月15日に至る歴史問題に関する問題意識の欠如

・カイロ宣言、ポツダム宣言・・中国から盗取した全ての地域の返還を義務付け
中華民国(実際には台湾)との間では戦後処理の中で解決済み、しかし中華人民共和国は戦後処理への参加は認められず、積み残し。

・未解決の問題であることの確認
1972年日中国交回復交渉での田中、周恩来会談、尖閣問題には触れない。
1978年日中平和条約調印に際しての鄧小平、園田外相会談、尖閣問題の解決は次の時代に委ねる。

・少なくとも領土問題の存在を認めるべき

イ 沖縄からの異議申し立て(そもそも「日本」に南西諸島(沖縄)を歴史的に日本の固有の領土という資格があるか。)

・沖縄に対する日本の支配の確立・・・琉球処分による武力併合(1879・明治12)

・1880年、清国との間の分島改約合意、最恵国待遇と引き換えに宮古以西を清国領とする合意。

・沖縄戦、本土決戦の捨て石、焦土作戦

・戦後、天皇、アメリカに沖縄の無期限占領を要望

・1951年9月28日、沖縄を米軍の支配下に置く講和条約調印、52年4月28日発効

・米軍による沖縄支配の期限(国連に対する信託統治提案まで)の国連憲章違反(加盟国の領土に対する信託統治の否定、日本の国連加盟は1956・12・18国連総会承認)を全く問わなかった。

・1972年5月15日沖縄返還以降も基地負担を沖縄に押し付け。

・沖縄にとっての「屈辱の日」を「主権回復の日」として祝典を行う道義感覚のマヒ

3 尖閣問題解決の方向

(1)領土問題の存在の承認、固有領土論の再検証

(2)戦後処理(カイロ宣言、ポツダム宣言)の視点の必要性
中国に対する高飛車な態度は許されない。

(3)日中平和友好条約に基づく問題の解決
全ての紛争を平和的に解決、武力の行使、武力による威嚇の禁止

(4)国際司法裁判所の活用

(5)国家の「威信」論の虚構性

・たかだか1896年から1940年までの44年しか実効的に支配していない。国の威信をかけて戦争も辞さないような「領土」か。

・ドイツは旧プロイセンの領土の大半(まさに固有領土)を割譲、それでドイツの威信は損なわれたか。逆に歴史に対する痛切な反省の証として品位を高めたのではないか。

・安倍政権の姿勢は中国には居丈高、アメリカには卑屈、戦争への反省はなし。これこそ国家の品位を貶めているのではないか。

4 沖縄の視点の重要性

(1)日本と中国の境界は歴史的には琉球王国と中国との境界

・琉球王国は尖閣を領土としていない。尖閣と久米島の中間までが琉球王国の範囲。

(2)境界線の向こう側は中国領とするのが自然な感覚

(3)琉球王国と中国との冊封関係の航路:平和の航路
共同管理も合理的選択

(4)またも沖縄を戦場にするのか。絶対に許されない軍事力による解決。

(参考文献)
井上清「『尖閣』列島―釣魚諸島の史的解明」(現代評論社、第三書館)
和田春樹「領有問題をどう解決するか」(平凡社新書)
村田忠禧「尖閣列島・釣魚島問題をどう見るか」(日本僑報社)
大西広「中国に主張すべきは何か」(かもがわ出版)
保坂正康・東郷和彦「日本の領土問題」(角川新書)
孫崎 享「不愉快な現実」(講談社現代新書)
浜川今日子「尖閣諸島の領有をめぐる論点」(国会図書館「調査と情報」第565号)
豊下楢彦「『尖閣問題』とは何か」(岩波現代文庫)

私は正月の宵のヒマつぶしに「わが家から見える風景――新年のごあいさつに代えて(2)」という記事を書いて、その中で井伏鱒二のあの有名な「ハナニアラシノタトエモアルゾ/『サヨナラ』ダケガ人生ダ」という詩(漢詩を井伏流に現代語訳したもの)と『厄除け詩集』(井伏鱒二訳詩集)の「酒を勧む」の挿絵を挿入しておきました。井伏訳の「酒を勧む」の詩がこよなく好きだったからです。また、この井伏訳の詩を私の亡き畏友で詩人の松岡さんがこよなく好きだったということもあります。私はこの詩を松岡さんから教わりました。

原文
勧君金屈巵
満酌不須辞
花発多風雨
人生別離足
(于武陵「歓酒」)

井伏鱒二訳:
コノサカヅキヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガシテオクレ
ハナニアラシノタトエモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ
井伏鱒二「酒を勧む」)

厄除け詩集 
(井伏鱒二/著 金井田英津子/画 『画本厄除け詩集』より)

私はこの井伏の訳詩をてっきり彼の「独創」だと惚れこんでいました。ところが必ずしもそうではなかったのですね。下記の記事に教えられました。備忘のために(と、一応称することにして)勝手に転記させていただくことにします。

「ハナニアラシノタトヘモアルゾ 『サヨナラ』ダケガ人生ダ」
は名訳か
――八ヶ岳山麓から(67)――
(リベラル21 阿部治平 2013.05.09)
                     
毎年のことだが、東京・大阪で桜が咲いて、そのあと雨や風で無残に散ったとき、晩唐の詩人于武陵「勸酒」の井伏鱒二の名訳「ハナニアラシノタトヘモアルゾ 『サヨナラ』ダケガ人生ダ」があちこちで引かれる。今年は爆弾低気圧で、あっという間に桜が散ったからか、引用も多かったように思う。「朝日新聞」の「天声人語」も「勸酒」後半を引いて、「飄々(ひょうひょう)とした調子で、日本人の胸に春の感傷を投げてくる(2013.4.4)」という。

もう25年くらいも前だと思う、中国天津で高校生に日本語を教えていた。一群の女の子たちが「先生、日本には中国語の文章を中国語のまま日本語で読む方法があるそうですね。それを知りたい」といった。それが「漢文読下し」を意味しているとわかるまでに少し時間がかかったが、そうとわかって私は張切った。けれどもテキストがなかった。うろ覚えの漢文の中から「論語」巻頭を引いた。文化大革命も終わって10年たっていたから孔子を持出してもよい時代になっていた。
「子曰、学而時習之。不亦説乎。有朋自遠方来。不亦楽乎」

この読下しを教えたとき生徒たちは驚いた。「之を習う」とか「朋有り」とか、文字の順序をどうして逆に読むのか、「而」を読まないのはなぜか。私はさらに脳みそを絞って、杜甫「春望」を黒板に書いた。生徒たちは私の記憶違いをげらげら笑いながら正して、声をそろえて朗読した。
「国破山河在 城春草木深 感時花濺涙 恨別鳥驚心 烽火連三月 家書抵万金 白頭掻更短 渾欲不勝簪」  

私は現代中国語とはいえ、生徒の朗読する「漢詩」の音の美しさに感動した。読下しを説明しようとすると、彼らは意味は分かっているといった。唐詩の主なところを小中学校で学んでいたのである。
生徒たちはすぐに「漢文読下し」は現代日本語ではないと気付いた。「現代語に翻訳した中国の詩があるか」と重ねて追及してきた。そのとき私は于武陵の「勸酒」、井伏鱒二の名訳しか思い出さなかった。

勸君金屈巵  コノサカヅキヲ受ケテクレ
滿酌不須辭  ドウゾナミナミツガシテオクレ
花發多風雨  ハナニアラシノタトヘモアルゾ
人生足別離  「サヨナラ」ダケガ人生ダ

生徒は「金屈巵」とはなんだと聞いた。さらにどうして後半が「ハナニアラシノタトヘモアルゾ 『サヨナラ』ダケガ人生ダ」となるのかと質問した。私は日本語教師には違いないが、文学はしろうとだ。「原作の気持をもとにして訳者が作ったのじゃないかなあ」
生徒は于武陵なる詩人を知らないらしく、「于武陵は日本人ですか」と質問するものもいた。もちろん生徒たちが暗記した詩の中に「勸酒」は入っていなかった。私は于武陵は中国ではさほど重視されず、井伏鱒二の名訳によって日本でだけ知られる詩人ではないかと疑った。だが、その後も日本語授業の中で、このすばらしい訳詩を何回か教材に使った。
その後、中国文学者高島俊男の『お言葉ですが⑦』(文春文庫 2006年)を読んだ。
そこには「井伏訳は独創ではなかったのだ」とあった。頭を金づちでぶん殴られた感じだった。彼は2001年12月からこのテーマを「週刊文春」誌の連載で取り上げ、井伏鱒二『厄除け詩集』の訳詩をめぐる研究と、自身の資料収集の経過を明らかにした。

18世紀末石見(島根県西部)に潜魚庵魚坊(姓は中島、通称直五郎)という俳諧師がいた。この人が、『唐詩選』五言絶句72首を臼挽歌という七七調の民謡に翻訳した。井伏鱒二は父親のノートのなかからこのうち何首かを見出し改訳したのだ。中島魚坊の訳では「勸酒」はこうなっている。

さらはあけましょ此盃で、
てふと御請よ御辞儀は無用、
花か咲ても雨風にちる、
人の別れもこのこころ

ひとは「ハナニアラシノタトヘモアルゾ 『サヨナラ』ダケガ人生ダ」は原作をはるかに超えているという。だが中島魚坊訳を知ると、私は井伏鱒二のまったくの創作といえないと感じるようになった。孟浩然の「送朱大入秦」は完全に剽窃である。以下、ひらかなは中島魚坊訳、カタカナは井伏鱒二訳を示す。

遊人五陵去  今度貴様はお江戸へ行きやる、 
                    コンドキサマハオ江戸ヘユキヤル、
寶劍直千金  おれの刀は千兩道具、     
                    オレガカタナハ千両ドウグ、
分手脱相贈  是を進せる餞別に、      
                    コレヲシンゼルセンベツニ、
平生一片心  つねの氣像を是しやとおもや  
                    ツネノ気性ハコレヂャトオモヘ

高島によれば「平生一片心」の訳は誤解、「つねの馴染の気持でござる」くらいのところ。
(井伏鱒二訳は発表当時)「この『五陵』(すなわち長安)を『オ江戸』と訳すごとき放胆な飛躍が、非常に新鮮に感じられたのであった。しかしその飛躍は、すでに江戸時代の人によって行われていたのである」と高島は書いている。これを井伏鱒二がどういったかは前述高島の本をご覧ください。出典も明らか、正確精密に論じている。

我家の周りでは、カラマツの芽吹きが始まって林が紫色に煙り、そのところどころにコブシが白く輝く。いつもどおり梅と桜がほとんど一緒に咲く。山桜だからソメイヨシノほどの豪勢な感じはない。東京・大阪・名古屋よりは少なくとも3週間、諏訪湖のほとりよりも1週間遅れだ。今年は4月21日に吹雪が来た。雪が花にまといつきコブシも桜も終わった。
こうなると、「ハナニアラシノタトヘモアルゾ 『サヨナラ』ダケガ人生ダ」を思い出さずにはいられない。だがこれを無条件に「名訳」とする文を読むと、そいつはちょっと違うといいたくなる。
そして中国天津の生徒たちの、あの知りたがりやの、きらきらした顔を思い出すのである。

私は先のエントリで原発を問う民衆法廷・熊本公判の証人のひとりに予定されている小野俊一(医師)という人の「「ピカの毒はうつる」発言を「トンデモ」も最たる妄言として批判しました。

その私の小野俊一氏批判について同氏に同調する立場から「放射線・放射能が人体から人体に伝染(うつ)る、ということは(略)事実です。人権だあ何だあ、といって否定することはできません」と猛然と反論をしてくる人がいました。

先の記事で私は放射能、内科学などの専門家の校閲を受けた上での『読本』だと思われる文科省の「放射線、放射能は感染しません」(「放射能を正しく理解するために」平成23年6月24日 9頁)という説明文を紹介しておきましたが、にも関わらずです(反論子たちにとっては文科省の説など所詮「御用学者」の説にすぎないということなのでしょう)。

同説明文には「放射線、放射能は感染しません」という記述の続きとして次のようにも書かれていました。

(1) 私たちが放射線を受けたからといって、私たちの体から放射線が出てくることはありません。(例えば、レントゲン写真を撮った後、私たちの体から放射線は出てきません。)

(2) 放射性物質が付着したり、体内に取り込まれたりしても、その周りにいる人に影響を与えるほどの放射線は発しません。(医療用で用いられるPET薬剤や治療内服薬は、桁違いに強力な放射性物質を患者の体内に取り込みます。それでも患者の周りの人に影響を与えることはありません。)

放射線には「物質を通り抜ける」という透過作用がありますが、その作用ひとつを考えてみても「伝染(うつる)」ということはありえません(通り抜けてしまうのですから)。上記の(1)にいう「私たちの体から放射線が出てくることはありません」とはそういうことを言っているでしょう。

(2)について素人が専門的に説明するのは難しいのですが、東海村JCO臨界事故の際、病院に搬送された作業員のうち2名は推定6シーベルトから20シーベルト以上の被ばくをし、最終的には死亡してしまいましたが、同作業員の治療に当たった医療関係者の健康に悪影響が出るほどの二次被ばくはありませんでした。その事実ひとつをとっても「放射性物質が付着したり、体内に取り込まれたりしても、その周りにいる人に影響を与えるほどの放射線は発しません」という文科省の「放射能を正しく理解するために」という『読本』の説明は科学的道理のあるものといえるでしょう。

そもそも病気が「伝染」したり、「感染」したりするのはヒトや動物などの個体に「病原体」(病気を引き起こす微生物やウイルス(のようなもの))があるためですが、放射性物質は「病原体」ではありません。したがって「病原体」ではない放射性物質が「伝染(うつ)る」ということはありえません(上記の文科省の説明文の(2)にあるような「放射性物質が付着したり、体内に取り込まれたり」することは「伝染(うつ)る」ということとは違います)。その「伝染(うつ)」らない放射能を「伝染(うつ)る」というのはあのナチス・ヒトラーの蛮行きわまる優生思想に基づく人種政策(ホロコースト)にもつながりかねない「被ばく者差別」以外のなにものでもない、というのが『はだしのゲン』の作者の中沢啓二さんの告発でした。

「放射線・放射能が人体から人体に伝染(うつ)る、ということは(略)事実です。人権だあ何だあ、といって否定することはできません」などという「反論」は実は反論でもなんでもなく、「院長の独り言」ブログの主宰者なる小野俊一氏が「科学」の装いを凝らして非科学的にばら撒き散らかしているデマの悪質な拡大再生産以外のなにものでもない愚論きわまれりの論といわなければならないのです。

この小野俊一氏や反論子の主張は結局どのような場所にゆき着くのか。ゆき着かざるをえないか。そのことについて福島第1原発事故収束作業員のおひとりの北島教行さんが反論子のいう「放射線源」の立場から心打たれる筆致で完膚なきまでに(と、私には思えます)さらに反論されていますのでご紹介させていただこうと思います。

 
無題
過酷な環境の中で作業は続く(週刊金曜日)

収束作業員の北島と申します。

田島さんが主張する論を適用するならば、私は「放射線源」です。
無用な貶めはやめていただけませんか。
収束作業に従事している私達に失礼なものいいです。

私は子どもはおりませんし、いまのところ作ることは考えてはいません。
しかし、いずれ作ることもあるかもしれません。
仲間にもこれから作ろうと考えている者もおります。

私達収束作業員に「子どもを作るべきではない」ということを仰るのでしょうか。
身の毛のよだつナチスばりの優生思想の持ち主だとお見受けいたします。

311直後から原発立地周辺の救援活動や、以降は収束作業にあたってきました。
このような人々に「穢れているから近寄るな」と仰り社会的な差別を展開しようと目論んでいるのでしょうか。
わたしも身近な友人からそのような扱いを受けました。
その友人は首都圏反原発連合の大幹部に大出世いたしましたけど。
当然、その友人とは縁を切りました。

で、「伝染(うつる)」というおどろおどろしい表現でヒバクシャの差別感情を掻き立てて何をなさりたいのでしょうか。
はだしのゲンの描写で「ピカの毒がうつる」という表現の不当性・差別性、更には非科学性を作者は告発しています。
真逆の評価をすることによって二重の貶めを行なっているわけです。

(中略)

それから、テントひろば等々にて田島さんとよくご一緒しております。
わたしは今後田島さんがそばに近づいたら「私は放射線源で穢れているので近寄らないでください伝染(うつ)ります」と自ら申告し注意喚起しなければならないのでしょうか。だとしたらわたしの人権は不当に蹂躙されることとなります。

科学的な見識、放射線防護学の見地をもとに論を展開していただけませんか。
「血の差別」を巡る反原発運動を標榜する人々による人権蹂躙問題については部落解放同盟含め多数の被差別当該の人々と討議を重ねて来ました。

ヒロシマ・ナガサキの被ばく1世は子どもを作るべきではなかった、と仰りたいのでしょうか。
被ばく2世は生まれてきて不幸だったと仰りたいのでしょうか。
収束作業員や除染作業員、福島県民は子どもを作ってはいけない、とでも主張なさりたいのでしょうか。
「障がい者」が生まれるから原発に反対するのでしょうか。

この件について、誠実にお答え下さいませんか。
「放射線・放射能が人体から人体に伝染(うつ)る」という表現に関して、私を含む様々な事象での被差別大衆も交え「確認会」を設定する必要があります。お答え如何では場合によっては法務省への人権擁護申し立ても辞さない事態となるでしょう。
湧き上がる怒りをぐっとこらえて、糾弾したい気持ちを抑え書いています。
よろしくお願いいたします。
部落解放運動、外国人差別反対運動、障がい者解放運動に関わっておられるメーリングリスト参加者の方々、このような場合の「確認会」の設定にの仕方についてお教えいただけませんか。
北島教行

いまYahoo! JAPANのGyaO!サイトで『チェルノブイリ・ハート』が無料再公開されています(5/25まで)。それはそれでいいのですが、いまだに同映画を必見の「科学ドキュメンタリー映画」として無条件に推奨する人たちが少なくありません。しかし、同映画を「科学ドキュメンタリー」とみなすことはできません。

『チェルノブイリ・ハート』を「科学ドキュメンタリー」とみなすことができない理由を下記の講演動画で京都大学原子炉実験所助教で福島第1原発事故以来、低線量被曝問題について信頼できる情報を提供し続けている今中哲二さんは次のように述べています(同動画1:20:05秒頃~)。


低線量被ばくの健康被害 "科学 "ではっきり言えることと、言えないこと
(いわき市生涯学習プラザ 2012/07/14)

「みなさん、『チェルノブイリ・ハート』というのを観られた方がいると思いますけれども、心臓病がいっぱい増えているというようなイメージをつくる映画ですけども、実はこれ私去年の夏の前だったと思います。ある週刊誌が連絡してきて『今中さん。ちょっと公開前にこの『チェルノブイリ・ハート』のDVDを観て感想をください』と言ったから、それで送ってこられたから、私、しかたがないから2回観て、それでなんとコメントしたかというと『つまらん』、と。観られた方はあるかと思いますけども、とにかくこれでもか、これでもかという形で障害を持った子どもたちが出てくるんですよね。それで後一方でベラルーシで放射能汚染がありますよ、と。」

「じゃあ、その放射能汚染と子どもたちがどこから来て、どういう被ばくをしてとかそういう話はさっぱりない。とにかくイメージとしてチェルノブイリ、それからベラルーシではみんな子どもは病気で生まれてくるよ、と。それで健康で生まれる子どもは2割もいないんですよ、と。そんなアホな、と言って、私は『つまらん』と言ったんですけども、その裏に私はある程度データ知っていました。それで私が知っているデータはベラルーシという国は結構いろいろな部面でチェルノブイリ前から医療制度はある程度整っていて、それで先天性の障害は人口流産胎児を調べて・・・・(以下、省略。上記の講演動画でご確認ください)」

*なお、上記の講演動画にはたくさんの表やグラフが出てきますが、こちらの「講演まとめ」でその多くの表・グラフを確認することができます。

『チェルノブイリ・ハート』はたしかに第76回アカデミー賞ドキュメンタリー短編賞を受賞した話題作には違いありませんが、この映画を「ベラルーシのホット・ゾーンに住み続ける住民たちの姿をとらえ、16年たっても続く被爆被害の『事実』を追う」科学的映画などとする見方は決定的に誤りだということを今中さんは上記の講演で論証しています。まして、この映画の決してドキュメントとはいえない「事実」なるものをもって「2016年に日本の子供たちも悲惨な状況になる」などと扇情的に煽るのは「犯罪的」とも言ってよい行為だろうと私は思います。

むしろ「 必見!」であるべきは 「チェルノブイリ・ハート」という映画ではなく(あるいは同映画を観た後の)、今中哲二さんの福島県いわき市での講演動画というべきだろう、とも私は思います。いまだに 「チェルノブイリ・ハート」を無条件に「事実」として過信している人たちが少なくないのは残念でなりませんし、日本の脱原発運動の前進のためにもよいことだとは思えません。

参考
(1)広河隆一さん(月刊写真誌「デイズ・ジャパン」発行・編集長)の『チェルノブイリ・ハート』評:「原発は、あらゆる形の差別を引き起こす要因にもなる。それに取り込まれてはならない」(デイズ・ジャパン 2011年11月16日【編集後記(2011年12月号)】)

「次に現地を訪れた時、子どもたちの写真が掲載された施設を訪ねた。そこにはさまざまな障害を負った多くの子どもたちがいた。私は所長に『この子どもたちはチェルノブイリのせいで病気になったのですか』と尋ねた。所長は首を振った。『何人かはそうかもしれないが、ほとんどは関係ないでしょう。なぜならここには事故前から多くの子どもがいたからです。事故の後に1割ほど増えたかもしれないけれど』と言う。/雑誌や映画を見た人は、写っているすべての子がチェルノブイリ事故のせいで障害者となったと思ったはずだ。放射能はあらゆる病気の原因になる。遺伝子を傷つけるから出産異常も身体障害も引き起こす。だが、放射能の恐ろしさを訴えるためにこのような強調をしていいのだろうか。(強調は引用者。以下同じ)

(2)鎌田實さん(諏訪中央病院名誉院長)の『チェルノブイリ・ハート』評:「チェルノブイリ・ハート」(八ヶ岳山麓日記 2011年8月16日)

「この映像をみていくと、心臓に重大な疾患をもつ子どもは全部、チェルノブイリ原発事故が原因というストーリーになってしまう。/だが、心臓の奇形は、本当にチェルノブイリ原発事故によるものか科学的には実証できていない。/この映画でも、根拠は語られていない。/原発推進の人たちは卑怯なかたちで安全神話をつくった。/それと同じように、チェルノブイリや福島の悲劇が、神話になってはならない。/神話よりも、事実を見ていくことが大事なのだ。」

(3)振津かつみさん(医師。「核のない未来賞」受賞)の『チェルノブイリ・ハート』評:講演会「福島の被曝とどう向き合うか」(新潟市 2012年5月31日)

「『チェルノブイリハート』ベラルーシで25%の赤ちゃんに精神障害などの異常というのはウソ。現地の医師が「15~20%が健常児」と答えているが、ベラルーシの健常児の基準は5段階に分かれていて、その一番上のレベルが20%。父母も健康で酒タバコをのまないというのが条件。」

*「父母も健康酒タバコをのまない」というのが「ベラルーシの健常児の基準」であり、かつ、一番上のレベル」の基準であるというところに留意が必要でしょう。日本においてもこの基準を適用すれば日本の一般の健常児の割合もベラルーシ並みということになるかもしれません(引用者)。
この5月25日に熊本大学(熊本市・黒髪北キャンパス)で「原発を問う民衆法廷・第8回・熊本公判」が開催されるようですが、この民衆法廷・熊本公判において「証人」のひとりとして証言台に立つことが予定されている小野俊一(元東電原発技術者)という人は福島第1原発事故以来「福島原発事故の放射能に対する恐怖感に乗じて、いいかげんな放射能危機トンデモ説を口から出まかせをやっている人物」です。

このような人物を「原発を問う民衆法廷」の証人に招請することは「原発を問う民衆法廷」の意義とその存在価値を同法廷主催者自らの手によって自壊、自滅させ、貶める行為となるほかないでしょう。そのことを深い嘆息をもって指摘せざるをえません。

上記の「原発を問う民衆法廷・第8回・熊本公判」の証人のひとりとして名前の挙がっている小野俊一医師(元東電原発技術者)とは「院長の独り言」ブログの主宰者で熊本の「小野・出来田内科医院」院長の小野俊一氏のことにほかなりませんが、同医師の「トンデモ」性については以下のような指摘があります。

「ピカの毒はうつる」と妄言を吐いた『院長の独り言』小野俊一の欺瞞(kojitakenの日記 2013-04-24)
「院長の独り言」(@onodekita)による「はだしのゲン」冒涜(vanacoralの日記 2013-04-07)

上記で指摘されている「ピカの毒はうつる」妄言とは小野俊一氏(ハンドルネーム:onodekita)の下記のような発言を指しているようです。



ピカの毒

ピカの毒はうつる。当然だ。放射性物質なのだから、除染しない限り、人から人へ伝播する。はだしのゲンでも、その主張は当然出ているが、デマだと片付けられている。

この小野氏の発言は二重の意味で誤っています。

第1。「ピカの毒」、すなわち放射線、放射能は感染したり伝播したりしません(文部科学省「放射能を正しく理解するために」(9頁) 平成23年6月24日)。

第2。小野氏は「はだしのゲンでも、その主張(引用者注:「ピカの毒はうつる」という主張)は当然出ている」と主張していますが、逆に「はだしのゲン」の原作者の中沢啓二さんは「ピカの毒はうつる」発言を被爆者差別として告発しています。

だから、多くの人たちから小野俊一氏の「ピカの毒はうつる」という発言は差別発言だとして指弾されているのです(なお、同氏の「妄言」は今回に限ったことではありません。早い段階から指摘があります)。

参考(小野俊一氏関連):
「放射能による奇形だ」というデマ
(1) デマの発信源:熊本の医師 小野出来田内科医院 小野俊一氏
(2) :デマ「低線量被曝でも癌になるという調査結果」
(3) 芸能人有名人の病気や死を放射能と結びつけるデマ
(4) 放射能の不安を利用し、科学から信者を引き離すカルト的手法
(5) 小野俊一またまたデマ「チェルノブイリから五年後に起きた広範囲の人口減少」
(6)「放射能による奇形植物だ!」と煽る様子
(7) 妄言「風力プロペラ落下はセシウムが関連してる」  
      (以上、「
正しい放射能情報を【見つけるため】のサイト」より)
【大激怒】許されざるデマ医師・小野俊一 あまりにも悪質すぎるんで別にまとめた。
小野俊一 > いちゃもんをつけるな!(1)
コメント
読みました。感想をいうと、彼はレベルが相当低いです。おそらく、材料力学も構造力学もほとんど理解できていないはずです。ましてや、振動論や、地震応答解析など、チンプンカンプンでしょう。こんな東大出身者もいるのですね。技術レベルは低いのにプライドだけは人一倍高いのは困ったものです。彼は思いこみの激しい人物です。思い込んだら命がけです。このような人は自然科学には不向きです。医師としての資質も疑わざるを得ません。

このような人物を「原発を問う民衆法廷」の証人のひとりに選出するのはきわめて見識のないことだと言わざるをえません。

上記に引用したkojitaken氏は「小野俊一自体は単なる『愉快犯』であって、ごくつまらない人間だろうと私は思っているが、腹が立つのは小野の言説をもてはやす『似非脱原発派』どもである。こいつらがのさばっている限り、日本の脱原発運動は一歩たりとも前進できないであろうことを私は確信している」とまで糾弾しています。やはり上記に引用したvanacoral氏も同様の慨歎を述べています。私も同様です。

なお、この小野俊一氏なる人物については以下のような指摘もあります(同上)。ご紹介しておきます。

小野俊一なる医者は、福島原発事故の放射能に対する恐怖感に乗じて、いいかげんな放射能危機トンデモ説を口から出まかせをやっている人物です。

原発を問う民衆法廷は、マジメに福島原発批判・・・・・一時的な機運に乗じてあることないことで、適当な批判でなく、将来的にも歴史的な検証にも耐えうるしっかりした論証をやると思っていましたが、そこんとこは手抜きのようで残念です。

御本人たちは、一生懸命にやっているのですが、勉強不足で、お手軽に小野俊一を招請するあたり、「原発を問う民衆法廷実行委員会」の事務局、委員会もあったま悪いと言わざる得ません。

東本さんや、私の批判を見て、小野俊一を招請を急きょ中止・・・というような即断・英断のできる人物は、「原発を問う民衆法廷実行委員会」内には皆無と思えますので、生温かく見守っているしかありません。

あと、水俣病と福島原発事故を、同一視するものいかがかと思います。安逸な批判のような気がします。

参考資料
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原発を問う民衆法廷・第8回・熊本公判 -水俣の教訓を福島へ-
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福島原発事故から2年2ヶ月になりますが、事故原因の解明が進まないばかりか、汚染水漏れを始め、危険な状態が続いています。

原発事故子ども・被災者支援法は成立したものの、具体化が進まず、かえって避難者への住宅支援の打ち切りなど、深刻な事態になっています。

そうしたなか、九電は7月にも川内原発の再稼働を申請したいなどとしています。そこで、水俣病の公式確認から57年経過した今なお解決を見ない現状をふまえ、被災者への健康調査や補償のあり方を、民衆の視点から問い直すことにしました。

原発事故対応や原発ゼロへの課題を確認するために、多くの市民の皆様の傍聴をお待ちしております。

と き 2013年5月25日(土)(12:00開場)12:15~17:30

ところ 熊本大学黒髪北キャンパス全学教育棟C1 0 2号教室

資料代:800円

プレ講演:
吉沢正己さん 「希望の牧場 - それでも牛たちは生きている」

証人:

藤野 糺医師(水俣協立病院名誉院長)

小野俊一医師(元東電原発技術者)

意見陳述:

高済コズエさん(福島からの避難者)

大石利生さん(水俣病被害者)

中山高光さん(原爆症認定患者)

村田 弘さん(福島被災者)

民衆法廷判事:

鵜飼 哲(一橋大学教授)

岡野八代(同志社大学教授)

田中利幸(広島市立大学平和研究所教授)

前田 朗(東京造形大学教授)

主 催:原発を問う民衆法廷実行委員会
(熊本事務局:たんぽぽ法律事務所 電話096-352-2523)

今日5月3日は憲法記念日です。以下にご紹介する「戦争を知る世代からの意思表明 日本国憲法を改悪する人に、私の一票は投じません」という呼びかけはこの日にもっともふさわしい呼びかけではないか、と私は思います。下記の呼びかけにはその文中に「特に私たち80歳以上の人間は」とあります。また、「私たちは、戦争中、学業も捨てさせられ勤労動員で働かされ、或いは、親兄弟と別れ学童疎開に行かされた世代です」ともあります。80歳以上の私たちの人生の先輩たちが中心になってつくられた呼びかけのようです。甚だ失礼な言い方ながら老人たちはなぜ立ち上がらなければならなかったのか。私は「その思い」を思います。そして、老人たちの「その思い」の聲に耳を傾けたいと思います。

200px-Poster_-_A_Dogs_Life_01.jpg   
チャールズ・チャップリン
(『犬の生活』から)

この呼びかけには呼びかけ人のほか「憲法9条―世界へ未来へ連絡会」(代表:浅井基文、 浅野健一、伊藤成彦、植野妙実子、小倉英敬、ダグラス・ラミス、常石敬一、常岡せつ子、中山弘正、樋口陽一各氏)も全面的に賛同、支援しているとのことです。

以下、呼びかけ文です。

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戦争を知る世代からの意思表明
日本国憲法を改悪する人に、私の一票は投じません
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私たちは、戦争を知る世代です。私たちは、戦争中、学業も捨てさせられ勤労動員で働かされ、或いは、親兄弟と別れ学童疎開に行かされた世代です。
 
もう少し幼なかった人も空腹、飢え、空襲の恐ろしさははっきり記憶に残っています。
 
家族の戦死は名誉と称えられ悲しんで泣くことさえも非国民といわれました。
 
惨憺たる生活を耐えたのは聖戦と信じたからですが、その戦争がアジアの人々を苦しめた侵略戦争と知った時は衝撃でした。
 
私たちは焼け跡の中で、日本国憲法を得た喜びを忘れられません。もう戦争をしないのだ、理不尽に命を奪われることはないのです。
 
そして他国の人を不幸にすることもないのです。
 
なんという素晴らしいことでしょう。
 
そして、日本国憲法で、主権在民、人権、新しい民主主義の国の在り方を知りました。
 
ことに女性にとって、両性の平等は感激でした。
 
初めて女性が一人の人間として認められ、生き方が変わったのです。
 
この、憲法のもとで、憲法に守られながら、私たちは歩んできました。
 
それから67年。日本国憲法に何か不都合なことがあったでしょうか。
 
直すべきところはありません。

 
私たちは日本国憲法を世界に誇るものと思っております。
 
この憲法を変え、戦前に逆流し、戦争のできる国になるのはごめんです。
 
国防軍はいりません。
 
私たちは次の世代に、平和ですべての人が大事にされる国を残したいと思っております。
 
子孫に恥じない選択をしたいと思います。憲法を護り、活かす議員を選びます。
 
戦争を知る世代からの改憲反対意見広告の会
 
                          呼びかけ人:
                          賛同者:
                          戦争を知る世代から:
                          思いを同じくする世代から:

 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
改憲派に一票を投じない、
戦争を知る世代からの意見広告賛同のお願い
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

同封の改憲反対、意見広告にご参加ください

今、日本国憲法は最大の危機にあります。すでに衆院は改憲派が3分の2を占め、次期参院選で、改憲派が勝てば、改憲に一瀉千里の状況になります。

次期参院選の焦点は憲法と改憲派も平然と言うようになりました。

何としても日本国憲法を護りたいと、私たちは危機感でいっぱいです。

世間では、アベノミクスとやらで景気がよくなりそうな幻想がふりまかれています。

安倍政権の国粋的な面が見落され、憲法が選挙の焦点ということもだんだん明らかになっているのに、内閣支持率が上がるばかりという状況に暗然とする思いです。

しかし、手を拱いてもいられません。

私たちに何ができるか。

状況を少しでも変えることは出来ないか。

選挙の直前に意見広告を出すことを考えました。

意見広告を出しても、何ができるかという方もあります。

確かに、一本の意見広告で世論を変えることは出来ないかもしれません。

しかし、ではほかに、もっと有効な手段がありますでしょうか。

思いつきません。

集会や勉強会に来られる方の人数は限られていますし、特に私たち80歳以上の人間は外に出ることがおっくうになっている方が多いのです。

意見広告なら、参加しやすいのではないでしょうか。

私たち高齢者の最後の闘いかもしれない、そんな気持ちなのですが。

もちろん高齢者だけでなく、戦争を知らない世代からの賛同を期待しています。

そして、意見広告は豆粒のような小さな字ですが名前が出ます。

これは私たち微力な人間でも、集まればこれだけできるという力を示せますし、私たちの闘いの証拠です。

私たちは、若い人たちから、何故あなたは戦争に反対しなかったの、と聞かれ困ったことがあります。

軍国主義の下、戦争が悪いなど知らなかったから。

女性は、一票もなく、何の権利もなかったから、など言い訳をしました。

しかし、今、そんな言い訳は通用しません。

できるだけのことはやったという証を、子孫に示せると思います。

意見広告は金がかかると思っておられる方が多いのですが、確かに、朝日新聞の全国版全面広告ですと1000万円かかると言われています。

しかし、これはやりよう次第で、全面でなく5段とか10段とか小さくする、全国紙でなく安い新聞にするなど、方法はあります。

広島に毎年、8月6日に反核・平和・憲法の意見広告を出している会があります。

この会は今年、6月末と8月6日に2度広告を出すという計画を出し、無事金も集まったようです。

6月29日、中国新聞に全面、東京新聞夕刊に5段広告が出ます。

8月6日も成功のようです。やればできると思います。

なお、ヒロシマの6月29日の東京新聞夕刊のメッセージは「憲法を変えて戦争ができる国にする人に、私の1票は決して預けない」です。

しかしやはり意見広告は大変な金です。

私たちは金がありませんし、大量の名簿を持っているわけではありません。

最初、2000人ほどにお願いの手紙を出すのがやっとと思います。

しかし、賛同される方が。

お連れ合いと二人で申し込んで下されば。あるいはお友達に呼びかけてくだされば。倍になります。

賛同者が賛同者を増やしていく。

これは、改憲阻止の闘いになると思います。

なお私はこの意見広告のことを前から考えていましたが、お金とともに手間もかかり組織もない私にはできないことと半ばあきらめていました。

ところがふと「憲法9条―世界へ未来へ 連絡会」の方にお話ししましたところ、手伝ってもよい、同所の事務室を使ってもいいという話になり、ことが急に進んでまいりました。

「憲法9条―世界へ未来へ連絡会」は20年以上の歴史を持つ会です。

住所141-0021東京都品川区上大崎2-13-35KIビル803号室 FAXFAX03・3442・2381

代表は浅井基文、浅野健一、伊藤成彦、植野妙実子、小倉英敬、ダグラス・ラミス、常石敬一、常岡せつ子、中山弘正、樋口陽一氏です。

◆賛同費 1口 1100円 (100円は事務経費つまり郵送代)立ち上がり資金は個人の持ち出しで、この後2次の郵送費に困ります。
端数が出る賛同費など聞いたことがないかもしれませんが、ご了承ください。
一家で夫妻2人でという場合は2人の代金2000円に郵送料は1人分。
2100円で結構です。
賛同者は戦争を知る世代と戦争を知らない世代からの応援賛同者とに大別されますが、どちらも賛同金は同一にします。

◆振り込みはかならず振替用紙で、現金で頂くと領収書を出さなければなりませんが、人手がないので、出せません。
振替用紙でお願いします。

◆名前はアイウエオ順で入れますが、読み方がわからない場合があります。
例えば、坂野という名の場合、サカノか、バンノかわかりませんね。
振り仮名を入れておいてください。
なお、名前だけ入れて肩書等は一切入れません。

◆意見広告は参加者の名前を小さくでも入れて、こんなに多くの人がと見せるものですが、賛成とはいえ、お立場上、どうしても名前を出せない場合があります。そんな場合、多くは匿名希望何人という形で入れるのですが、この意見広告では、別の形をとりたいと思います。例えば、鈴木一郎という名前の方の場合、○木〇郎という風にして、だれか特定できないが本人にはわかるという形にしたいと思います。
匿名希望の場合はご自分で考え指定してください。

◆ぜひあなたが、運動者になりお友達に呼びかけていただきたいのです。
これがなければこの意見広告は成功しません。
ご住所を教えていただければこちらからお願いや振替用紙等送ります。
その際は出来るだけ、FAXか郵便、ハガキで。
電話がいっぱいになり、本来の仕事に差し支えると困りますので。

*引用者注:この呼びかけには賛同金の振込先の口座番号が指定されていませんが、まず「FAXか郵便、ハガキで」問い合わせをしてください。その後に問い合わせ者の住所宛てに振替用紙を送付します」ということのようです。

◆掲載の紙面を送ってほしいご希望の方は、別に300円お送りください。掲載の新聞名や日時をお知らせできないかもしれませんので。
これが掲載の証になります。
この場合普通の新聞紙より多少上質の紙にして、例えば、ポスターに使える位の紙にします。
ポスターにして、どこかに貼られてもいいと思います。

◆もちろんカンパは大歓迎です。

◆この意見広告運動はこれで終了にします。
この後も憲法に関するせめぎあいが続くかもしれませんが、それまで私たちの体力が残っているかどうかわかりませんし、そのときはそのときで考えるとして、この意見広告運動が落着したら、すべて書類、住所等破棄します。
個人情報は一切この運動以外には使いません。