主情的な孫崎享『戦後史の正体』評価が多い中で同書をオーソドックスに、あるいはスタンダードに読み解いているひとつの書評があります。といっても、私はこれがふつうの「読み」というものだろう、と思っているのですが、あまりに主情的な批評が多い。

ご紹介させていただこうと思います。

同書評は孫崎享『戦後史の正体』の論の非論理、論理の不整合のゆえんを見事に言い当てています。一読に値すると思います。

過剰に大きな星条旗―孫崎享『戦後史の正体』を読む
(Valdegamas侯日常
2012-08-11)

 感心できない本である。

 本書出版の動機は、著者が出版社から「高校生でも読めるよう
な冷戦後の日米関係」を書くように希望され、構想を考えるうち、
冷戦後に限らず、戦後の日米関係の通史として描くとを決めたそ
うである。とはいえ、本書は日米関係史としてははなはだ中途半
端なものである。その内容からして、日米関係というファクターを
(ママ)要因を重視した、戦後史(つまりタイトルどおり)とする方が
妥当だろう。

 本書はまず細部の不用意さが目を引くが、本書のような本はま
ずその示すアウトラインについて批判的検討をするべきだろう。
本書の概略をまとめたうえで、アウトラインの検討を行ないたい。

本書の概要

 著者は戦後日本の外交は、常に存在する強力な米国の圧力
の中で、どのような選択をしたかで語ることができるとする(p.6)。
 そして終戦以来続くその選択の軸は「対米追随路線」と「自主
路線」の二つである。

 「自主路線」は「日本には独自の価値があり、米国と日本が不
一致の局面では自らの価値を追求する」路線である。「対米追
随路線」とは、「強い米国に抵抗することはやめ、米国の方向性
に従いつつ、その渦中で利益を得る」路線であり、著者は前者
の「自主路線」の立場をとると明言している(vii頁)。

 また「自主路線」を唱えた政治指導者たちは、何らかの形で米
国政府(の謀略を担うCIA)や「対米追随路線」をよしとする日本
国内の検察特捜部(著者はその起源以来、この組織が米国と
深い関係にあるとする)、マスコミ、外務省・防衛庁/防衛省と
いった組織によって形成された「システム*1」によって排除され
てきたと著者は主張する(pp.368-371)。その渦中で著者は米国
の圧力や裏工作といった「謀略」が駆使されてきたと推測する。
(pp.8-13)

 著者は本文で終戦から21世紀まで、彼のいう「自主」の政治家
―重光葵、石橋湛山、芦田均、岸信介、鳩山一郎、佐藤栄作、
田中角栄、福田赳夫、宮沢喜一、細川護煕、鳩山由紀夫―と、
「対米追随」の政治家―吉田茂、池田勇人、三木武夫、中曽根
康弘、小泉純一郎…その他諸々(鈴木善幸、竹下登、橋本龍太
郎、福田康夫といった一部の人々について、筆者は「一部抵抗
派(特定問題について米国の圧力に抵抗した人たち)」というカテ
ゴリを「おわりに」で唐突に設けている)―の政治家たちが、米国
の圧力にいかに翻弄されたか、また「自主」の政治家がいかに
排除されたのかを述べたうえで、下記のようなポイントを強調す
る。
1) 米国の対日政策はあくまで米国の国益を追及するものである
2) 米国の対日政策は、その環境変化によって変わる
3) 米国の圧力が大きかろうと、日本のゆずれない国益は主張す
るべきである
(p.366)

 そしてカナダのピアソン政権のように、米国に容易に屈しない、
毅然とした自主外交を行なうべきことを再度強調するのである。

本書の評価

 本書は「対米自立」「対米追随」で一切の政治指導者を区分け
し、さらに米国(および親米派「システム」)の意向「のみ」がその
生殺与奪を握ったという議論を展開した結果、少なからず困惑
する議論を展開している。三点に整理して考えたい。

全てを日米関係で語ることは可能か

 第一に、日米関係で語りえないであろう事例への強引な日米
関係要因の発見・あてはめである。たとえば竹下政権を崩壊さ
せたリクルート事件を、軍事的貢献に消極的な竹下政権に不
満だった米国の(意を受けた検察の)謀略であることを示唆し
(pp.304-307)、福田康夫の辞任を、陸上自衛隊イラク増派、サ
ブプライム危機の時期大きな問題となった米国金融機関ファニ
ーメイへの融資要求といった米国の圧力への「抗議の辞任だっ
た」とする著者の議論(pp.350-554)は、どれだけの人間が説得
されるだろうか。日米関係という要因がその政権の存続に作用
したであろう事例も後述のとおり苦しい解釈が目立つが、その
前にこれらの無理やりな事例があることは指摘したい。

米国の圧力とは何か

 第二に、日本政治の生殺与奪を握る「米国の圧力」はどのよ
うな形で展開されるのかについての、議論の不十分さである。
米国の意向こそが日本の政治を左右した(左右できた)という
著者の主張は、確かに占領期、および独立初期に適用される
ならば理解できる。なぜならばこの時代、米国は多くの対日政
策におけるオプションを有していたからである。占領期はいわ
ずもがなであるし、独立初期は在日米軍経費の一部を日本が
財政負担する「防衛分担金」の扱いなどを典型として、米国は
日本政治に影響を及ぼしえた。
 米国が当初強硬な反対を行なったことで、一時は鳩山一郎
内閣を崩壊寸前まで追い込んだ1956年度の防衛分担金削減
交渉で、最終局面における米国の「譲歩」が米国の望む保守
勢力結集への努力とのバーター取引であったことを提示する
佐藤晋・中北浩爾などの研究は、そのような米国の「圧力」の
実在を大きく感じさせるだろう*2
 しかし、それ以降となると話は変わる。米国が日本に行使し
うる「圧力」は、防衛分担金のように日本政治を内部から制度
的に操作しうるものではなく(たとえば先述の防衛分担金は、
これは1952年の日米行政協定に基づくものであったため、19
60年の日米地位協定へ改定で消滅した)、日本の政治・経済
システムに対する純然たる「外圧」へと変わっていく。はたして
「外圧」はそこまで有効に機能しえたのだろうか。
 もちろん著者は序章でも掲げた「謀略」の存在をここぞとば
かりとりあげるのだろう。しかし著者のいう謀略の担い手とは、
あの、(著者も引用する)ティム・ワイナーが『CIA秘録』でその
実績が余すところなく描かれている、謀略の成功経験に乏し
いCIAである。
 キューバの指導者カストロの暗殺計画を数十回と立案して
は、一回も成功しなかったCIAである。政権の転覆工作では、
イランのモサデク、グアテマラのアルベンス、南ベトナムのゴ
・ジン・ジェム、チリのアジェンデといった、途上国でのわずか
な成功体験ばかりしかもたないCIAである。そのCIAが著者
の言うとおり、継続的に日本の政権を崩壊させてきたという
のなら、これは間違いなくCIA史を書き換える壮挙といえるだ
ろうが、そのようなことがありえるのだろうか。

 そもそも本書の構成そのものが、このような「米国の圧力」
を証明し論じることの困難さを示しているように思われる。
本書は「序章」を除く本文約340ページを、占領期(100ペー
ジ)、独立から安保改定まで(100ページ)、ポスト安保改定か
ら冷戦終結期(90ページ)、冷戦終結後(約50ページ)で分割
している。六十数年という期間に比して、最初の十五年(つ
まり「米国の圧力」が制度的にも鮮明に存在した時代)に割
いたページ数が大きすぎることが見てとれよう。

親米「システム」は論じられたか

 著者のこれまでの議論が指摘するように、このような直接
の「米国の圧力」を補完し、自発的にその意向を察知して行
動するものが、日本国内に埋め込まれた官庁・マスコミ・財
界の親米「システム」である。このような「システム」は確か
に存在するのだろう。しかし、この「システム」についての議
論は曖昧な人脈論に留まっている。検察ではロッキード事
件を担当した堀田力、陸山会事件(西松建設事件)を担当
した佐久間達哉が駐米大使館の勤務経験(一等書記官)が
あること(pp.85-86)、朝日新聞の論説主幹を務めた笠信太
郎が戦後CIA長官を務めるアレン・ダレスと終戦工作に関
わった経験などを著者は指摘してはいるが(pp.208-209)、
それはただ「米国と接触があった」という指摘にとどまって
いる。米国と何らかの関わりがある人間は「システム」に埋
め込まれたとでも言いたげな著者の記述を見ると、外交官
時代にハーバード大学研究員を経験しているのだから、著
者もまた「システム」の一員なのではないかと邪推すらして
しまう。
 私的な関心にひきつけていえば、評者は、「なぜ現代日本
は(過剰に)親米的なのか」という著者と少なからず重なる
問題意識を有している。CIAの謀略はともかくとして、とにか
く米国の意向に異常なほど注意を払う日本人が少なからず
存在することは事実であるし、その解明は評者自身の関心
事である(評者はそれが「システム」といえるほど横の連携
を持っているとは思わないし、ましてCIAと結託したり、疑獄
事件を何度も起こすとも思わないが)。しかし先述のように、
このような親米的な日本人の解明を、「米国と何か直接的
な関係があったか」で識別する著者の視角は貧弱なように
思われる。彼らの動機について、より踏み込んだ検討が不
可欠であろうが、本書はそのような問いには答えていない。

米国はいつ、日本の政治指導者を失脚させるのか

 第三に、日本における米国の利益を、米国にとっての日
本がどのような存在であるか、という点である。「自主路線」
が米国の国益と真っ向勝負する路線であるとするならば、
この点を明らかにすることは必要だろう。本書を読む限り、
著者は様々な要素のなかでも、「在日米軍の撤退(及び日
米行政協定の改定)」と「中国との関係改善」が、米国の
「虎の尾」であったと指摘しているように見える(pp.161-162、
p.218、pp274-275)。そしてこれに反したがゆえに、岸信介
(「在日米軍撤退」「行政協定改定」「中国との関係改善」を
追及)、田中角栄(「中国との関係改善」、資源外交を追求)、
そして時期を経るが鳩山由紀夫(「在日米軍撤退(県外移
転)」「行政協定改定(地位協定見直し)」を追求)は引きず
りおろされたのだという。しかし、これらは本当に米国の
「虎の尾」だったのであろうか。あるいは未来永劫そうであ
るのか。

「在日米軍の撤退」は虎の尾か

 重要と思われるのは、これらの「虎の尾」が本書の中で
バズワードと化していることだろう。著者は文中で「在日米
軍の(全面)撤退」を米国に求めた重光葵、同じく「可能な
限りの在日米軍撤退」を求めた岸信介らと、鳩山由紀夫
を並べて論じている。特に重光の構想を説明したあと、
「これにはみなさん、驚かれたのではないでしょうか。まだ
本当に弱小国だった1955年の日本が、米国に対して『12
年以内の米軍完全撤退』を主張しているのです。普天間
基地ひとつ動かすことさえ『非現実的だ』としてまったく検
討しない現在の官僚や評論家たちは、こういう歴史を知
っているのでしょうか」と鳩山政権の動きをあるべきもの
と賞賛している(p.161)。
 しかしながら、50年前と現在の在日米軍の状況は大き
く異なる。1950年代末の在日米軍は日本本土だけで892,
562千平方メートルの土地を利用し、8万7千人が展開し
ていた*3 。これと50年後、本土80,863千平方メートル・沖
縄228,076平方メートル、5万人が展開している*4現在の
在日米軍は単純な比較が可能だろうか 。
 50年代の広大な米軍基地は当時から米兵と日本国民
とのトラブルの温床、日本のナショナリズムを刺激する日
米間の難題となっており、1955年4月に米国家安全保障
会議で承認された対日政策文書NSC5516/1も、地上軍
戦力については撤退を勧告し、軍部も政治的理由から
1957年6月にはこれを承認するに至っている*5
 そのような「在日米軍の撤退」について一定のコンセン
サスが日米間に存在していた時代と、鳩山由紀夫政権
の時代に提起されたそれを同一線上に語ることは、バズ
ワード化の悪影響と思われてならない。「在日米軍の撤
退」が岸の「虎の尾」だったという説は、どうにも首肯しか
ねるのである*6

 加えていうならば、著者が重視する「行政協定の改定」
もバズワードと化している。著者は行政協定の全面的改
定を志向していたと論じている(p.198)。確かに、岸は19
83年の回顧録で「もともと全面改定派だった」という議論
をしているが、彼自身が同時代的にそのような動き、発
言をした記録は見受けられない*7。せいぜい岸が望ん
でいた行政協定の改定とは部分改定であり、しかもそ
れは著者が重視する施設返還条件(第2条)の改定で
はなく、予算編成に関して米国に拒否権を与えてしまう
防衛分担金条項の削除(第25条)であった*8 。全面改
定は関してはむしろ著者の批判する(反岸派の倒閣運
動としての)河野や池田派がその推進力となったのであ
*9 。著者は岸が安保条約を改定し、続いて行政協定
を改定する「二段階構想」を有していたと主張しているが、
この主張に何らかの根拠はあるのだろうか(p.198)*10

「中国との関係改善」は虎の尾か

 「中国との関係改善」もまた曖昧な概念である。岸は
政経分離原則を掲げつつ、中国との貿易拡大を求め、
米国に日本の行動を説得した。これは事実である(pp.
214-217)。著者はこれが在日米軍撤退と並ぶ「虎の
尾」であったとする(p.218)。
 しかし、第一に1950年代後半のチンコムによる対中
貿易統制緩和問題(チャイナ・ディファレンシャル問題)
において、米国は(著者が好んで引用するシャラーも
指摘するように)日本のみならず、西欧の主要同盟国
とも対立していた。そしてアイゼンハワー政権内部でも、
アイゼンハワー個人に限らず、チャイナ・ディファレン
シャルを維持することは困難であるという認識が広が
っていた。1957年5月にはイギリスは日本に先駆けて、
統制離脱を宣言している*11。日本はこれに追随した
だけであった 。
 また、著者はアイゼンハワーがこれを認め、ダレス
は反対していたかのように語っているが、この頃には
ダレスも留保つきではあるが日本の中国貿易拡大を
容認するまでに至っていたことを指摘すべきであろう
*12
 第二に、「政経分離」原則を掲げ、中国との民間貿
易拡大を図ったのは岸だけではなかったことが指摘
できる。著者が「対米追随派」とする池田勇人である。
 池田政権は岸政権と同じく「政経分離」を掲げなが
ら(そして米国の反発を受けながら!)LT貿易協定の
成立を支援している*13。このような動きをとった池田
はなぜ「自主路線」の指導者でないのか、なぜ米国に
消されなかったのか。著者の見解を聞きたいところで
ある 。
 また、田中角栄失脚と「中国との関係改善」も不明
瞭である。著者の引用する、田中の急速な日中接近
がキッシンジャーを苛立たせたというエピソードはよく
知られたものであるが、その怒りがなぜ、どのような
理由で、田中を失脚させるまでに至るのか、本書で
は不十分にして語られない*14。1976年に発表された
田原総一朗の「アメリカの虎の尾を踏んだ田中角栄」
を引用する形で、著者は身の程知らずの同盟国に制
裁が加えられたという解釈を採用している。素朴な疑
問であるが、身の程知らずな同盟国がお気に召さな
いニクソンとキッシンジャーは、同じく彼らを苛出せた
「東方外交」を推進したヴィリー・ブラントを、なぜ抹殺
しなかったのだろうか*15

 非常に長くなってしまったが、米国にとっての日本の
価値を考えるとき、「在日米軍の撤退」と「中国との関
係改善」を著者が重視している以上、これらの点を精
査せざるを得なかった。しかしながら、既に論じたとお
り、「在日米軍の撤退」も「中国との関係改善」もその
内実には複雑なものがあるし、岸にとっても田中にと
ってもそれらが日米関係において実際は大きな課題
でなかった。鳩山政権については別途検討が必要で
あるとここでは留保したいが、少なくともこれらを一様
に語ることができないことは間違いないだろう。

「戦後史の正体」は見えたか

 つらつらと疑問点を連ねていったが、本書は「自主
路線」「対米追随」という枠組みにすべてを押し込み、
説明をしようとしたことで無残な失敗をしているという
のが実態の本である。既にまとめたとおり、①とても
対米関係のみで失脚が語りえない政権への強引な
解釈、②不明瞭な「米国の圧力」、③不明瞭な米国
の国益、など、著者の枠組みはいたるところで破綻
を生じている(細かな事実理解の問題については機
会があれば別項を設けたい)。著者の掲げる前提
(米国は自国の戦略のままに動く、日本も国益を守
るべきだ)は正しいかもしれないが、その前提になっ
ているのがこの「全能の米国」を相手取った倒錯し
たマゾヒズムのような戦後史認識では救われない。

 本書を一読したとき思い出したのは、森田朗がカレ
ル・ヴァン・ウォルフレン『日本/権力構造の謎』に言
及した一文である*16。日本異質論の一冊としてベス
トセラーとなった同書について、多くの批判がなされ
たのにもかかわらず、その主張が支持されている理
由を、森田は次のように論じている。

というのは、本書における著者の論法は、
著者が主張しようとすることをラフな枠組
で示したあとは、その枠組について詳細
な説明を加えその主張を論理的に証明
していくのでなく、もっぱら具体的な事例
を次々に挙げることによって読者を納得
させてしまうというスタイルをとっているか
らである。いうなれば読者を事実で圧倒
して説得する方法であって、このような
スタイルで叙述されているかぎり、著者
の主張が必ずしも一定の事実を根拠と
して展開されているわけではないので、
個々の事例について反証しても有効な
反論にはならない。(略)事実はまだ多
数見つけ出すことができるからである。

 『戦後史の正体』についてもこのような指摘は当て
はまるであろう。「対米追随」「自主路線」というラフ
な枠組みを通じて、ひたすらエピソードをちりばめる
ことで本書は構成されている。評者は今回、森田の
議論を意識して、個々の事実の指摘というよりも、
この枠組みやその前提となるものを検討してみた。
 また、森田は同じ書評で、下記のような反論がこ
のような書籍に有効ではないかと指摘している。

このような論法の本書に対し、反論を
試みることは容易ではないが、その
一つの方法は、著者が豊富な例をあ
げて主張しようとしたことについて、
事例を一々吟味して反論を試みるの
ではなく、むしろ著者が幅広く論じて
いるにも関わらず、あえて論点として
取り上げなかった点に注目してみる
ことであろう。

 このような指摘は極めて重要であろう。本書が
何を語っていないのか―あまりに語っていないこ
とが多すぎるように思われるが―を合わせて検
討することで、本当の「戦後史の正体」が明らか
になるであろう。

引用文献
・『一九五五年体制の成立』 中北浩爾/東京大
学出版会 2002年
・『戦後日本の防衛政策―「吉田路線」をめぐる
政治・外交・軍事』 中島信吾/慶應義塾大学
出版会 2006年
・『「日米関係」とは何だったのか―占領期から
冷戦終結後まで』 マイケルシャラー・市川洋一
/ 草思社 2004年
・『歴史としての日米安保条約――機密外交記
録が明かす「密約」の虚実』 波多野澄雄/岩
波書店 2010年
・『日米関係の構図―安保改定を検証する』 原
彬久/日本放送出版協会(NHKブックス) 1991
・『日米同盟の絆―安保条約と相互性の模索』
坂元一哉・有斐閣 2000年
・『日中国交正常化の政治史』 井上正也/名
古屋大学出版会 2010年
・『日中国交正常化 - 田中角栄、大平正芳、官
僚たちの挑戦』 服部龍二/中央公論新社(中
公新書) 2011年

*1:特に著者はこのような表現を明確につかっ
ているわけではないが、便宜的に使用する。
*2:佐藤晋「鳩山内閣と日米関係―防衛分担
金削減問題と大蔵省」『法学政治学論究(慶應
義塾大学)』33号(1997年);中北浩爾『1955年
体制の成立』(東京大学出版会、2002年)、第
4章。
*3:『外交青書(1957年9月)』
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/bluebook/1957/s32-2-1-2.htm
*4:防衛省・自衛隊ホームページ「在日米軍施
設・区域(専用施設)面積 (平成24年3月31日
現在)」
http://www.mod.go.jp/j/approach/zaibeigun/us_sisetsu/sennyousisetumennseki.html
*5:NSC 5516/1 “Policy toward Japan”
(April 9, 1955)
http://history.state.gov/historicaldocuments/frus1955-57v23p1/d28
;中島信吾『戦後日本の防衛政策―「吉田路
線」をめぐる政治・外交・軍事』(慶應義塾大
学出版会、2006年)、第5章。
*6:いささか意地の悪い指摘となるが、在日
米軍の撤退があらゆる時期にゆずれない
米国益の一線であるならば、米軍の「常時
駐留」の否定(つまり在日米軍撤退)を掲げ、
「有事駐留」を政策方針とした民社党をCIA
が資金援助していたことを、著者はどのよう
に説明するのだろうか。民社党へのCIAの
資金供与はマイケル・シャラー(市川洋一訳)
『「日米関係」とは何だったのか―占領期か
ら冷戦終結後まで』(草思社、2004年)、第9
章。
*7:岸信介『岸信介回顧録―保守合同と安
保改定』(広済堂出版、1983年)第9章。岸
の回顧録は『岸信介回顧録』の他に『岸信
介の回想』『岸信介証言録』などもあるが、
いずれも東南アジア外交の意図等、後付
け的な説明(同時代的に全く違うことを言っ
ている、あるいはそもそもそういった発言が
ない)が多く、証言のみで何かを語るのはリ
スキーであると思われる。この辺は岸のソツ
のなさを感じなくもない。
*8:波多野澄雄『歴史としての日米安保条
約―機密外交記録が明かす「密約」の虚
実』(岩波書店、2010年)、第4章;アメリカ
局安全保障課長(東郷文彦)「日米相互協
力及び安全保障条約交渉経緯(昭和35年
6月)」『1960年1月の安保条約改定時の核
持込みに関する「密約」問題関連』
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/mitsuyaku/taisho_bunsho.html
*9:原彬久『日米関係の構図―安保改定
を検証する』(日本放送出版協会、1991年)、
第5章;波多野『歴史としての日米安保条約』
第4章;前掲「日米相互協力及び安全保障条
約交渉経緯」。
*10:岸の「二段階」構想としては、むしろ坂
元一哉などが論じる①旧安保条約の修正
による不平等関係の是正、②憲法改正と
本格的な相互防衛条約への発展が指摘さ
れるが、「二段階」として安保と行政協定が
語られるのは前代未聞であろう。坂元の指
摘する「二段階」構想については、『日米同
盟の絆―安保条約と相互性の模索』(有斐
閣、2000年)、第4章。
*11:シャラー『「日米関係」とは何だったの
か』、第5章;高松基之「チャイナ・ディファレ
ンシャル緩和問題をめぐってのアイゼンハ
ワー政権の対応」『国際政治』105号(1994
年)。
*12:Memorandum of a Conversation Bet
ween Secretary of State Dulles and
Prime Minister Kishi (June 20, 1957)
http://history.state.gov/historicaldocuments/frus1955-57v23p1/d189
*13:池田政権期の日中関係と米国の反応
については、井上正也『日中国交正常化の
政治史』(名古屋大学出版会、2010年)、第
4章;シャラー『「日米関係」とは何だったのか』、
第9章。
*14:一般的には、ニクソン政権は田中に不
満を持ちながらも、それを追認するほかな
かったと言われる。井上『日中国交正常化
の政治史』第8章; 服部龍二『日中国交正常
化―田中角栄、大平正芳、官僚たちの挑
戦』(中公新書、2011年)、第4章。
*15:ニクソン政権のブラント観については、
ヘンリー・キッシンジャー(岡崎久彦監訳)
『外交(下)』(日本経済新聞社、1994年)第
29章。もっともギョーム事件がCIAの陰謀で
あったと著者がするならば、このような見解
はつじつまがあうだろう。
*16:森田朗「書評『日本/権力構造の謎』」
『法学論集(千葉大学)』5巻2号(1991年)
相も変わらず孫崎享『戦後史の正体』を肯定評価する向きが少なくない。
 
孫崎本は「対米従属」の元凶ともいうべき日米安保条約を戦後60年以上も肯定、擁護し続けてきたこれまでの自民党政権の約3分の1ほどの歴代首相経験者を「自主・自立」派と呼んでいる。噴飯ものである。これ以上のこけおどしはない。
 
孫崎氏が「自主・自立」派と分類している「岸信介、福田赳夫はアメリカの軍用機売り込み工作、いわゆるダグラス・グラマン事件で賄賂を受け取った政治家として当のアメリカ側の証券取引委員会(SEC)から名前を明らかにされるとともに告発された人たちです。こういう人たちを「対米自主・自立」の人と言えるのか?」(「孫崎享『戦後史の正体』の対米自主・自立の〈正体〉について――孫崎享氏の『戦後史の正体』についての講演ビデオを観る―― 」弊ブログ 2012.08.04)

岸信介はさらに正力松太郎などとともに中央情報局(CIA)から資金提供を受けていたとされる人物です。こういう人をも「対米自主・自立」の人と言えるのか?」(同上)
 
「鳩山由紀夫氏についてはまだ記憶も新しい。「『最低でも県外』と首相自ら公約しながら県民の心を8カ月間ももてあそび、『辺野古現行案』に回帰するという公約違反の裏切り行為」(琉球新報社説、2010年6月1日付)に及んだ人物です。こういう人をも「対米自主・自立」の人と言えるのか?」(同上)
 
あまりにも愚かしい政治認識といわなければならない
 
以下、私とは別の観点から書いた古寺多見(kojitaken)氏の孫崎享『戦後史の正体』批判をご紹介します。

「橋下・安倍・小沢大連合」の可能性と孫崎享の「珍書」(後半)(きまぐれな日々 2012.08.20)

ところで、「小沢信者」の総本山ともいえる植草一秀は、間接的な表現ながら橋下とは距離を置くスタンスをとっているようだ。それには異論はなく、むしろ「小沢信者」の中ではマシな部類といえるのだが、その植草が「『対米隷属』派と『自主独立』派のせめぎ合い」と題したエントリで、孫崎享の著書『戦後史の正体』を好意的に取り上げていることに引っかかり、Amazonのカスタマーレビューをざっと眺めてみた。そして呆れた。

孫崎は、歴代内閣総理大臣を「対米従属派」と「自主派」に分類する。これだけでも植草一秀を筆頭とする「反米愛国」系の「小沢信者」が大喜びしそうな、その実態は陳腐きわまりない「善悪二元論」だが、目新しいのは岸信介と佐藤栄作を「自主派」に分類していることだ(70年代に日本政治の右傾化のきっかけを作った福田赳夫も「自主派」に分類している)。

孫崎によると、地位協定の改定を意図していた岸内閣を早期に退陣させる目的で、安保闘争の全学連にまでアメリカの資金が流れていたという。つまり、60年安保闘争も実はアメリカの陰謀だったという「9.11自作自演説」も真っ青な「陰謀論」を孫崎はかましている。そうして岸信介はアメリカによって権力から引きずり下ろされたというのだが、それならなぜ岸信介と佐藤栄作はCIAから資金援助を受けていたのかを孫崎が説明しているのかどうかは、読んでいないので知らない。私はカスタマーレビューだけでお腹いっぱいになってしまって、こんな駄本を読むつもりは全くないので、上記についてご存じの方がおられればコメント欄でお知らせいただけると幸いである。

蛇足ながら、岸信介が「安倍晋三の敬愛する祖父」である点も気になる。可能性としては低いけれども、もっとも極端なケースとして、安倍晋三・橋下徹・小沢一郎の三者の連携もあり得ると私は考えているからだ。不幸にしてこれが実現した場合、「自公民大連立政権」よりもずっと性質の悪いな政権が成立することになる。

孫崎の著書の話に戻ると、この本には既に48件のカスタマーレビューがついていて、うち35件が5つ星である一方、星1つが8件ある。しかし、後者の多くはネット右翼からの異論である。中には本文ではこき下ろしていながら5つ星をつけているレビューもあるが、概して高評価で、「目からうろこが落ちた」的な感想を述べている人も多い。一水会の機関紙、『日刊ゲンダイ』、『噂の真相』元編集長の岡留安則、『週刊金曜日』などでも好意的なレビューがなされていたとのことで、要するに「小沢信者」及びその周辺で大人気を博しているようである。

そして、これまで「護憲」のスタンスを取っていた「小沢左派」のうち、この本に感化されてか「改憲」、つまり「自主憲法の制定」を肯定する立場に転向した人間が少なからずいると聞いた。

リアルの政治において、安倍晋三・橋下徹・小沢一郎の三者連合ができる可能性は実のところきわめて低いと私は思っている。小沢一郎は「国民的不人気」だからである。世論調査で小沢新党「国民の生活が第一」の支持率が出始めているが、同党の支持率は概ね1%前後であり、社民党よりは高いが共産党より低い。小選挙区で勝ち抜ける候補は小沢一郎以外には思いつかないから、同党がどことも提携せずに衆議院選挙を戦った場合、同党の獲得議席は1桁に落ち込むだろうと私は予想している。

だが、それとは別に、「安倍・橋下・小沢」連立政権ができてもそれを支持する下地ができつつあることは、孫崎本が大人気を博していることからもうかがわれるのである。

いや、上記から「小沢」を抜いた「安倍・橋下」政権でも受け入れられるかもしれない。岸信介を「自主独立派」の政治家とみなして肯定するのであれば、「安倍・橋下」政権を否定する理由など何もなくなる。

現在、民自公の一部にある「大連立」志向はよく「大政翼賛会」になぞらえられる。その指摘自体は間違っていないと思うし、私も民自公大連立には反対だ。しかし、1940年の「大政翼賛会」は決して無批判に受け入れられたわけではない。当時も「右」からの強烈な批判があった。その急先鋒が平沼騏一郎だったから、時の近衛文麿首相は平沼を閣内に取り込んだ。それでも、「大政翼賛会は『赤』だ」という「右」からの批判は一定の支持を受けた。

岸信介を肯定的に評価して陰謀論をかます孫崎享に代表されるような「反米愛国」の人たちは、言ってみれば「大政翼賛会」を「右」から批判した勢力に対応するのではないか。彼らは、大政翼賛会ともども戦後否定されることになり、大政翼賛会でも右からの批判でもない「デモクラシー」が占領軍(アメリカ)によって導入された。

現在も似たような状況で、消費税増税を3党合意で導入した民自公「大政翼賛会」やそれに対する右からの批判勢力である「維新」(橋下)は、いつになるかわからない「戦」後、ともに否定されることになるだろう。

しかし、現状の延長戦を突き進むのであれば、残念ながら必ずや一度は破局的局面を経由せざるを得ないのではないだろうか。
以下はCMLに投稿のあった「佐藤かずよし無所属・市民派(いわき市議会議員)<エートス・プロジェクト>とは何か?」というメールに対する反論です。

どなたからのご指摘もないのですが、原発被災地の福島現地での住民たちの真摯な取り組みを、「取り返しのつかない疾病を引き寄せ、健康を阻害させてしまう恐れを一生背負わせることになります」などと偏頗な情報に基づいて最大級の悪罵をもって一方的に非難、中傷する行為をそのままに(無視、捨て置く)しておくことは身中の虫の落ち着きが悪いので、不肖私が指摘させていただこうと思います。

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福島、郡山の畑を除染する

中田氏は「福島のエートス」運動を非難するに当たって(この非難者の中には例によって 上杉隆氏や岩上安身氏ら自由報道協会のメンバーや山本太郎氏なども含まれるようです。というよりも、このあたりが今回の非難の火付け役でもあるでしょう)、いわき市の市議会議員の佐藤かずよしさんのブログ記事を紹介していますが、佐藤市議は中田氏の紹介する「<エートス・プロジェクト>とは何か?」(2012年7月18日付)という記事を載せたすぐ後に事実上前記事を訂正する「安東量子さんから」(2012年7月21日付)という記事を掲載しています。

上記記事は、中田氏が「あまりにも、無謀なことばが書かれていて信じられ」ないと極言、非難する「ある著名な女性」、すなわち当の安東量子さんが佐藤市議宛てに送ったメールの転載ですが、安東さんを知る人からの確かな情報によれば(根拠を示すことができます)、佐藤市議は左記の安東さんからのメールを承けて、安東さんと直接やりとりし、「福島のエートス」運動と中田氏が紹介するコリン・コバヤシ氏が指弾するジャック・ロシャール氏らの<エートス・プロジェクト>運動とを同一視していたことは自身の誤解であったことを認めたとのことです。その自身の誤りを認めた上での「安東量子さんから」という記事の掲載であったでしょう。

さて、そのメールの中で安東さんは次のように書いています。

こちらの記事ですが、差出人のコリン・コバヤシさんの書かれていることには、大きな誤解があります。/「福島のエートス」の活動は、活動の経緯、また、資金面に関しても、原子力ロビーとは一切関係がありません。/なぜこのように申し上げるかと言いますと、福島県内で「エートス」活動を始め、行っているのは、私だからです。」

「行っている活動内容は、「福島県内で暮らすことを選んだ人たちの、被曝量を減らしながら暮らしていく方法を考える」ことです。/その一点のみで、そこに原発推進は、一切関係ありません。/また、あくまで、「暮らす事を選んだ人の被曝量を減らす」という活動目的で、そこに留まる事を強制したり、目的にするものではない、と繰り返し説明させてもらっています。/一市民に過ぎない私には、誰かに生活を強制するような、権利も能力もありません。/放射性物質に汚染されてしまった、それでもなお、愛する故郷を捨てられない、捨てたくない、という人たちを支えることを目的にしています。」

「今回のような事態になったことについては、他の福島県内の方々と同じく、筆舌に尽くしがたい悔しさを持っています。/しかし、非常に残念ながら、放出されてしまったセシウムは、簡単には減っていきません。/もし、事故前の状況に戻せるならば、なんでもしたい。/けれど、それができないならば、そこに暮らす自分達の生活を、被曝量を極力減らしながら、自分達自身でなんとかできないか、ただ、その思いから始めたことです。/活動に「エートス」と名前をつけたのは、私です。/ICRPもジャック・ロシャール氏も関係ありません。」

「ベラルーシでの活動と同じ名称を使っている、ということで、ロシャール氏が活動に興味を抱き、面識を得ることになりましたが、活動の主体は私であり、資金面に関しては、ずっと私を含め、活動に協力してくださる方たちの自腹で行って来、最近ようやく、善意の有志の方々のご寄付を募ることができる態勢を整えたところです。/透明性を確保するため、ご寄付いただいた方たちについては、サイト上で公開させていただいておりますし、収支についても、明細を明らかにしていくつもりでおります。」


「コリン・コバヤシさんは、原子力ロビーから巨額の資金が流れ込んで大きな活動が展開されていると、ここ、いわき、福島からはるか遠いパリからご覧になってお感じになっておられるようですが、現実には、資金面含め、小さな小さな、一市民の動きからはじまった、手作りの活動です。/活動の展開については、すべてネット上で公開されており、どなたでもご確認いただけるようになっております。/ http://togetter.com/li/224772 」

「福島のエートス」運動の当事者たちがジャック・ロシャール氏らの<エートス・プロジェクト>運動とはなんの関係もない、と理知的に、また論拠を持って否定していることをむりやりベラルーシでの<エートス・プロジェクト>運動と結びつけて非難することはまったく当たらないことです。


したがってまた、ミッシェル・フェルネックス氏(バーゼル大学医学部名誉教授)の<エートス・プロジェクト>批判を論拠にして「福島のエートス」運動を非難することもまったく的外れなことだといわなければなりません。


上記のような誤情報の「拡散」がいかに福島の人々の心を傷つけているか。また、福島の人たちの血の滲むような努力を無惨に足蹴にしているか。このような誤情報の「拡散」に手を貸している人たちは自らが為している行いの愚かさ、その罪深さについて心から反省してしかるべきでしょう。


上記のような「行い」は私が先便でご紹介した開沼博さん(福島大学特任研究員)の批判に通じるものでしょう。開沼さんは次のような現地の福島の人たちの怒りを紹介していました。

「他地域から立地地域に来て抗議する人たちは、言ってしまえば『騒ぐだけ騒いで帰る人たち』です。震災前からそう。バスで乗りつけてきて、『ここは汚染されている!』『森、水、土地を返せ!』と叫んで練り歩く。/農作業中のおばあちゃんに『そこは危険だ、そんな作物食べちゃダメだ』とメガホンで恫喝(どうかつ)する。その上、『ここで生きる人のために!』とか言っちゃう。ひととおりやって満足したら、弁当食べて『お疲れさまでした』と帰る。地元の人は、『こいつら何しに来てるんだ』と、あぜんとする。」


このようなことでは「脱原発大連合」の結集など望むべくもないでしょう。


なお、中田氏は標題記事で「カレイドスコープ」ブログの「エートスが来てから重症患者数は原発事故直後の10倍に」という記事も紹介していますが、この記事の紹介のしかたも紛らわしいものです。同ブログ記事には「このタイトルの「原発事故直後」というのは、チェルノブイリ原発事故のことです」という注意書きがあるのですが、中田氏はあえてその注意書きを無視して「エートスが来てから重症患者数は原発事故直後の10倍に」というタイトルのみを掲げています。そのタイトルだけを見れば、読者は「(福島に)エートスが来てから重症患者数は原発事故直後の10倍に」増えた、と誤読する以外ないでしょう。中田氏はあえてそのように誤読させようとしているのです(あるいは自身が誤読しているのかもしれません)。こういう記事の紹介のしかたもあってはならないことです。


さらに「カレイドスコープ」ブログの記事自体の問題として、フェルネックス医師の「最後に発表したこの女医は、入院患者数を示した表を見せましたが、86~87年頃に、あるレベルに達していたのですが、エートスがやって来てから、それが上昇し続け、重症入院患者数は、チェルノブイリ直後に比べ10倍にもなりました」という証言を無批判かつ肯定的に紹介していますが、このフェルネックス医師の証言でわかることは「エートスがやって来てから、それが上昇し続け、重症入院患者数は、チェルノブイリ直後に比べ10倍にもなりました」という「事実」だけです。その「事実」が真に事実だとしても「エートスがやって来」た時期と重症入院患者数が「10倍にも」増えた時期はたまたま符号しているだけかもしれず、「エートスがやって来」た時期と重症入院患者数が増えたこととの因果関係は科学的、医学的にまったく明らかではありません。こうした決めつけを主観的な断定というのですが(学術雑誌の査読では決して認められないでしょう)、その一医学者の主観的な断定をさも真実であるかのように言い為す非科学的な姿勢もおおいに批判されなければならないでしょう。
以下は、ピースボート共同代表の川崎哲さんの「脱原発=原発ゼロの政策決定をもたらすために」という論への反問です(「反論」ではありません)。

解散総選挙を「近いうちに」控えて、いま、さまざまなメディア(ネットやメーリングリストなど)を通じて主に脱原発活動家や市民活動家を中心に「党派を超えて脱原発候補を応援しよう」という趣の呼びかけが盛んに試みられていますが、その呼びかけが真に脱原発議員の結集と当選、誕生に寄与するのならば申し分のないことなのですが、選挙対策用の口実として「脱原発」を口にするだけの議員、また、これまで原発推進政策にさんざん与してきて口先だけで「脱原発」を言う倫理喪失者としてのエセ脱原発議員の当選と誕生に寄与するということにでもなれば「脱原発」の呼びかけのはずが実質「原発推進」の呼びかけに暗転しかねません。3年前、私たちの多くは自民党政治にピリオドを打つために民主党への「政権交代」を訴えました。「民主党に投票しよう」、と。しかし、その呼びかけが見事に暗転したことは私たちがいまのいま慙愧の思いの中で経験していることです。その過ちを繰り返してはならないと思うのです。だから、「脱原発候補を応援しよう」という呼びかけは慎重でなければなりません。内実のあるものにしなければなりません。私の川崎さんの問題提起への反問はそういう趣旨のものです。それが、反論ではなく、反問、ということ、の意味です。

川崎さん

実は川崎さんと現状認識の点ではほぼ同様の認識を示し、具体的な行動提起の側面ではまったく異なる問題提起をしているブログ記事があります。

「脱原発」を次期総選挙の争点に据えよ(きまぐれな日々 2012.08.13)

その「きまぐれな日々」ブログの現状認識は次のようなものです。

現時点で衆議院の解散が行われて総選挙に突入すれば、自民党の圧勝は間違いない。(略)消費税増税法案は間違いなく争点になるだろう。この点では、民主党と自民党はともに消費税増税法案を成立させたことが批判されることになるが、民主党と自民党に同じ咎がある場合、特に地方の有権者は長年の実績のある自民党を選ぶ。だから自民党が圧倒的に有利になる。(略)

衆院選で自民党が過半数を制しても、参院では民主党が第一党で、自公は会わせても過半数にならないから「大連立」政権を作るというのが、おそらく野田佳彦(「野ダメ」)と谷垣禎一が考えていることだろうが、自民党と民主党が大連立を組んだ場合、上記の「民主党と自民党に同じ咎がある場合、特に地方の有権者は長年の実績のある自民党を選ぶ」法則に従えば、民主党は来年の参院選で、2007年に圧勝した議席の多くを失う。そうなると参院選後に自民党と民主党が大連立を組む必要はなくなるから、「大連立」は解消され、自公政権が復活するのではないか。その場合、確実に予想されるのは、それが本格的な「原発推進政権」になるだろうということだ。いや、来年の参院選を待たず、自民党首班の谷垣禎一が野ダメ民主党と大連立を組む政権になった時点で「原発推進」政権の性格を持つことは避けがたい。

ここまでの「きまぐれな日々」主宰者の政局の現状認識は川崎さんのそれともそう違わないでしょう。

しかし、そうした現状認識に立った上での問題意識は川崎さんと「きまぐれな日々」主宰者とでは180度とまではいわないものの120度程度には異なります。

ここでの「きまぐれな日々」主宰者の問題意識は、「これ(上記のような情況の出来)を阻止するためには、なんとしてでも「(脱)原発」を「消費税」と並ぶ総選挙の争点にしなければならない」というものです。ここでいわれている「これ(上記のような情況の出来)」とはいうまでもなく自公中心の「原発推進」政権、もしくは自公民大連立「原発推進」政権の成立のことを指しています。すなわち、自公中心の「原発推進」政権、もしくは自公民大連立「原発推進」政権の成立を「阻止するためには、なんとしてでも「(脱)原発」を「消費税」と並ぶ総選挙の争点にしなければならない」というのが「きまぐれな日々」主宰者の問題意識なわけです。

対して川崎さんの問題意識は、「野田政権(民主党)が原発維持を鮮明にした場合には」「自民・民主連立」の原発維持政権ができる」危険性が非常に強い(シナリオB)。そうさせないためには「「原発ゼロっぽい選択」を真剣に検討し始めている」(「もちろん、仮に現政権が「ゼロっぽい宣言」をしたとしても、マニフェストを作っても平気で破る政権(政党)ですから、あてにはなりません」が「原発政策に関する限り、シナリオBよりはよほどまし」)「秋に新しく生まれる(民主党)政権が「脱原発を支持する国民の信託をえて誕生した」という形で誕生」させるのがベターである(シナリオA)、というもののようです。要するに川崎さんの説は、「野田政権(民主党)が」「原発ゼロっぽい選択」をした場合にはという前提はあるものの、民主党政権存続ベター説、あるいは延命ベター説ということになります。ここには「マニフェストを作っても平気で破る政権(政党)」に対する三行半の思想(根底的な批判=怒り)は見られません。いまだ民主党に期待している川崎さんの主観的な願望が露わです。

しかし、民主党にもはやこれっぽちも期待できないことは、2009年8月の「政権交代」以来のこの3年間の民主党政権の悪政の足跡そのものが見事なまでに証明しています。ことは民主党の「原発推進」政策問題(★)にとどまりません。普天間問題公約違反問題、朝鮮人学校排除問題、外国人参政権付与法案問題、夫婦別姓等民法改正問題、抜け穴だらけの労働者派遣法「改正」問題、官僚・法制局長官の答弁禁止問題、大企業優遇税制非是正問題、中小企業減税見送り問題、米軍思いやり予算非是正問題。最近では消費税増税問題、TPP参加問題などなど。民主党に期待しても再度裏切られるのは目に見えています。

★「政治家を原発推進政党(民主党)の議員を含めて「人物本位」で候補者を擁立しようという呼びかけは正当か?――環境ジャーナリストの川崎陽子さんの呼びかけに反論する」(弊ブログ2012.01.07)参照

川崎さんご自身も次のようにおっしゃっています。「仮に現政権が「ゼロっぽい宣言」をしたとしても、マニフェストを作っても平気で破る政権(政党)ですから、あてにはなりません」、と。

また、政治学者の浅井基文さんも民主党政治への絶望について次のように述べています

残念ながら、民主党政権の政治は、自公政治の時よりもさらに悪質になってしまっています。私は、自公政治は最悪で、これ以上悪い政治はあり得ないだろうと思っていたのですが、それは間違っていました。民主党政治は、自公政治がやりたくても世論をまだ気にして手をつけ得なかった領域においても、まったく傍若無人にブルドーザー式に破壊を進めています。消費税増税、政財官学・大マスコミ一体・グルで推し進める原発温存、日米軍事同盟の限りない侵略同盟への変質強化、非核三原則・武器輸出三原則の骨抜き化、宇宙の軍事利用への踏み込み、中韓露を領土問題で強硬姿勢に追いやる見境のない、狭隘なナショナリズムの鼓吹、等々。民主党政権には何の幻想ももっていなかった私ですが、谷底へ転げ落ちていくこの猛スピードまでは予想し得ませんでした。しかも、この加速するスピードにブレーキをかける手がかりも頭に浮かんでこないというのが今の私の焦燥感さらには絶望感を生んでいます。「自分は長生きしすぎた」というのが正直なホンネです。

私たちにいま求められているのは、自公中心の「原発推進」政権及び自公民大連立「原発推進」政権の成立をなんとしても阻止する(自公だけでなく民主党、民主党的なものにも投票しない、ということです)という課題というべきではないでしょうか? そのためには「なんとしてでも「(脱)原発」を「消費税」と並ぶ総選挙の争点にしなければならない」というのが政治課題を考える上での順番だろう、と私は思っています。

この問題については改めて論じるつもりです。
以下は、大山千恵子さんの「戦争の悲惨さ風化させないぞ こんなことだよ突撃一番」というブログ記事へのコメントです。

大山さん

「我が邦」(★)の敗戦記念の日に「突撃一番」の挿話を想起するとはなんとも風流で、かつ意味のあることだとも思います。

私は小学生の頃映画館通いを常にしていましたが(3本立て30円だった頃)、伴淳三郎と花菱アチャコのコンビの『二等兵物語』(あるいは『続二等兵物語』)だったかと思いますが、ヘナチョコ姿の伴淳が「突撃一番」と言って「突撃」していたのを思い出しました。もちろん、オチは「笑い」でしたが。『二等兵物語』は哀しき、面白き兵隊の物語ではありました。

★「わがほう」と読みます。森本防衛大臣をはじめとして「わがほう」の防衛省、外務省の官僚諸氏は好んでこの「わがほうの」と言い回しを用いますが、「『わがほう』は『我が邦』?それとも『我が方』?」という質問を受けると間違いなく「我が方」と答えます。報道機関も大臣発言や官僚発言を伝える際は「我が方」と表記します

しかし、この答え方と表記はともにインチキ、とまでは言わないものの(「我が方」のという言い方もありえるからです)、戦前的な「国家主義」に由来する本来的な用法を隠蔽しようとする意志を持ったレトリック話法というべきものでしょう。

昭和20年9月11日に連合国に逮捕される前に書かれたとされる東條英機の「英米諸国人ニ告グ」という有名な遺書のひとつの一文は次のような書き出しで始まります。

今や諸君は勝者である。我が邦は敗者である」、と。


第一次世界大戦当時の日本陸軍の軍務局長(最終階級は陸軍大将。男爵)であった奈良武次も次のような檄文を発している模様です。


我が邦往古武士の戦場に望むや生還を期せず」云々、と。


「わがほう」は「我が邦」と書くのが本来的な用法ですし、ふつうの用法なのです。防衛省、外務省官僚は漢字の書き換えによってなにを隠そうとしているのか? その「隠そう」とする意思を読み取ることは自民党政権と変わらないいまの民主党政権の悪しき方向性を読み取る上でも重要か、と。
以下、伊達純さんのこちらのCML投稿への私の返信です。

伊達さん。ご紹介の開沼博さんの問題視点、また問題提起(下記画像は別記事)は重要ですね。

開沼博  
朝日新聞「私の視点」(2011年3月29日付)

私も伊達さんと同様に「全てに同意・共感するものではありません」が、開沼さんの問題視点、問題提起には共感するところ大です。

私は、伊達さんはあえて引用から除外しておられるのだと思いますが、次のような開沼さんの指摘にも肯首させられます。

「他地域から立地地域に来て抗議する人たちは、言ってしまえば『騒ぐだけ騒いで帰る人たち』です。震災前からそう。バスで乗りつけてきて、『ここは汚染されている!』『森、水、土地を返せ!』と叫んで練り歩く。/農作業中のおばあちゃんに『そこは危険だ、そんな作物食べちゃダメだ』とメガホンで恫喝(どうかつ)する。その上、『ここで生きる人のために!』とか言っちゃう。ひととおりやって満足したら、弁当食べて『お疲れさまでした』と帰る。地元の人は、『こいつら何しに来てるんだ』と、あぜんとする。」

私は、おそらく開沼さんは、少なくない脱原発活動家たちからの反感と反発、ブーイングは覚悟の上で、しかし、ただ鎮座し、黙視したままでいることの後世への無責任、ないしは3・11以後を生きている同時代人、また、その同時代に遭遇した若手研究者としての歴史的責任、ということを思っての覚悟の言辞だろうと思います。そうであれば、私たちは単純に開沼さんの指摘に反発するのではなく、彼がおそらく反発を覚悟で述べている真率の声を聴きとるべきだと思います。

彼は次のようにも述べています。

「3・11を経ても、複雑な社会システムは何も変わっていない。事実、立地地域では原発容認派候補が勝ち続け、政府・財界も姿勢を変えていない。それでも『一度は全原発が止まった!』と針小棒大に成果を叫び、喝采する。『代替案など出さなくていい』とか『集まって歩くだけでいい』とか、アツくてロマンチックなお話ですが、しょうもない開き直りをしている場合ではないんです。」

「批判に対しては『確かにそうだな』と謙虚に地道に思考を積み重ねるしか、今の状況を打開する方法はない。『脱原発派のなかでおかしな人はごく一部で、そうじゃない人が大多数』というなら、まともな人間がおかしな人間を徹底的に批判すべき。にもかかわらず、『批判を許さぬ論理』の強化に本来冷静そうな人まで加担しているのは残念なことです。」

上記のように言う開沼博さんとはどのような人か? 松岡正剛氏の次の記事が彼のひととなりをうまく言い表しているように思います。同氏の「開沼博『フクシマ』論――原子力ムラはなぜ生まれたのか」(「千夜千冊番外録」)という書評(同頁の3番目の記事)をもってご紹介に代えさせていただこうと思います。

開沼博「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか(松岡正剛 千夜千冊番外録 1447夜 2011年12月28日)

開沼さんはなかなか骨のある少壮研究者のように思えます。

ところで、少壮の研究者といえば、雑誌「世界」元編集者(現岩波社員)の金光翔さん(この人は「研究者」というよりもどちらかといえば「思想者」と呼ぶべき人でしょう)が自身のブログに「社会分析と『専門家』」(2012年8月7日付 )という記事を書いています。

その中で金さんが引用しているチョムスキーが「社会分析と『専門家』」ということについてなかなか示唆的なことを言っています。下記のチョムスキーの指摘を踏まえた上でも開沼さんの「社会分析」はインテリという立場を離れて、ふつうのひとりの市民としても「諸事象をしっかりと見つめ、議論を深めていく意志」を感じさせるもののように私は思います。

以下、チョムスキーの発言の引用。

「イデオロギーの分析の場合、視野の広さと知力とがいささかあり、それに健全なシニシズムがあればたくさんだ。(略)こういうわけだからこそ、専門の訓練を積んだ知識人だけが分析的な仕事をできるといった印象を与えてはいけないわけだ。それがまさしく、インテリが信じ込ませようとしていることなのだから。インテリは、門外漢にはわからない、ふつうの人のうかがい知ることもできない企てに自分が参加していると称する。これはまったくのナンセンスだ。社会科学一般、とりわけ現代の事件の分析は、これに十分関心をもとうとする者ならだれにでも完全に手が届く。こうした問題の「深奥」とか「抽象性」とかいったことは、イデオロギーの取締り機構が撒き散らす幻想に属するもので、そのねらいは、こうしたテーマから人々を遠ざけることにある。人々に、自分たち自身の問題を組織したり、後見人の仲介なしに社会の現実を理解したりする力がない、と思いこませることによって、だ。(略)イデオロギーの分析の場合には諸事象をしっかりと見つめ、議論を深めていく意志があれば十分だ。デカルトの良識、「もっとも公平に配分されているこの世のもの」、これだけが必要なのだ…。デカルトの科学的なアプローチとはこのことだ――つまり開かれた精神でもって事実をみつめ、仮説を検証し、そして結論に到達するまで議論を深めていく意志のことだ。これ以上には、門外漢にわからないような特殊な知など、これっぽっちも必要ではない。たとえ「深奥」を究めるためでもだ。だいいちそんなものは存在しない」

上記のチョムスキーの発言に関する金光翔さんのコメント

「「論壇」好きの(左派を含めた)教養俗物層の「専門家」崇拝については今さら語るまでもない。上のチョムスキーの発言くらいは、最低限の共通の前提として、各人が持つべきものだと考える。」

さらに上記の金光翔さんの発言に関する東本のコメント:

金さんの発言は少しキツイですが、私も基本的に賛成です。私たちのいま(1990年代後半以後)の最大の思想的課題というべきではないか、とさえ私は思っています。ことに3・11以後の。いま、私たちの眼が試されている、のだとも。
先に、私は、孫崎享氏(元外務官僚・元防衛大学校教授)の『戦後史の正体』という新著が一部で高く評価されている現象について、その現象の非なること、私として肯んじえない理由を「 孫崎享氏(元外務官僚・元防衛大学校教授)の新著『戦後史の正体』の小沢派評論家たちの『前評判』への違和感」という記事を書いて述べました。

戦後史の正体

上記記事は『戦後史の正体』という著書そのものの批評ではなく、あくまでも同著書の「前評判」なるものに関して私の違和感を述べたものでしたが、同著書そのものについて孫崎氏自身が自己解説している講演ビデオを下記で観ることができます。

2012/07/24 政権公約を実現する会(鳩山グループ)勉強会 講師 孫崎享氏

私はまだ『戦後史の正体』という本そのものは読んでいませんが、同ビデオは同著書の著者による自己解説になっているわけですから、このビデオを観ただけでもある程度は同著の中身は判断できるし、その批評も可能、ということができるでしょう。

以下、同講演ビデオを観て、その講演を孫崎享著『戦後史の正体』の自己解説とみなして私の同著評を簡単に述べておきます。

孫崎氏は同ビデオの冒頭で民主党という政党が誕生したときのことを振り返って
「ほんとうに期待した」と述べています。「私はひとりの国民として民主党ができたときにほんとうに期待した。これで日本は変わる、そう思っていました」、と。これがいわゆる「政権交代」選挙(2009年衆院選)時のときの民主党政権への期待であれば、この「政権交代」への期待はこの時点で多くの国民が共有していたふつうの政治感覚というべきものですから、孫崎氏が民主党政権の実現に「ほんとうに期待した」としてもちっともおかしくはありません。しかし、そのときでも、「これで日本は変わる」とまではふつうの市民は思っていなかったでしょう。 この時点でのふつうの市民の政治感覚は、民主党政権の誕生に半面期待を抱きながらも、もう半面で戦後、長年にわたって日本の政治を壟断、支配してきた自民党政治の負の遺産を民主党政権はほんとうに払拭することができるのかという疑心暗鬼を抱えていた、というアンビバレントなものだったでしょう。自民党政権時代、民主党はしばしば「第2自民党」(自民党の補完勢力)の役割を担ってきたという政治実態があったからです。だから、ふつうの市民にはそういう不安も少なくなかった。

しかし、孫崎氏はそうではなく、民主党という政党が誕生した時点で「これで日本は変わる、そう思っていました」とまで評価しています。ここには孫崎氏の民主党政権への肩入れがふつうの市民の感覚に照らしても並々のものではなかったことが示されているように思います。すなわち、孫崎氏の思想を支える核の部分は本質的にいわゆる保守のそれとほぼ同等の質のものである、とみなすことができるように思います()。そのことは、彼が彼の人生の大半をときの政府を支える優秀な外務官僚として大過なく過ごしてきたという事実とも符合するでしょう。孫崎氏はその思想の背骨において基本的にときの政権の思想と一致する、そういう意味での保守思想を持ち続けて大過なくその人生を歩き続けてきた人なのです。その孫崎氏を一部の人が言うように「革新」思想の持ち主のように言うのはまったく当たらないことだといわなければなりません。

★孫崎氏は戦前の日本のアジア諸国への侵略戦争性を否定し、現行の社会科教科書を「自虐史観」に基づく教科書だとして攻撃する右翼思想団体の新い歴史教科書をつくる会の賛同者として著名な岡崎久彦氏の後輩、直接の部下だった人で、自身の著作でも「岡崎氏と情勢の認識においてはほとんど違わない」ということを書いているという指摘もあります。

しかし、その孫崎氏を「体を張って対米従属と闘っている人」と一部で評価する向きがあります。冒頭で述べたエントリでとりあげた天木直人氏の論のたぐいのような論を指しています。

しかし、孫崎氏の言う「対米自主・自立」とはなにか。孫崎氏は上記のビデオで次のように言います。「この本を書いて気がついたことはいわゆる日本の自主を唱える人たちはわれわれが思っているよりも多い」。そして、その具体例として次のような首相経験者の名前を挙げていきます。「重光葵、石橋湛山、芦田均、岸信介、鳩山一郎、佐藤栄作、田中角栄、福田赳夫、宮沢喜一、細川護熙、鳩山由紀夫」。孫崎氏の言う「対米自主・自立」を主張する人たちとは左記のような人たちを指しているのです。しかし、彼らは果たして「対米自主・自立」を主張する人たちと言えるのか?

たとえば上記で孫崎氏によって「対米自主・自立」の人として挙げられている人たちのうち岸信介、福田赳夫はアメリカの軍用機売り込み工作、いわゆるダグラス・グラマン事件で賄賂を受け取った政治家として当のアメリカ側の証券取引委員会(SEC)から名前を明らかにされるとともに告発された人たちです。こういう人たちを「対米自主・自立」の人と言えるのか? 

岸信介はさらに正力松太郎などとともに中央情報局(CIA)から資金提供を受けていたとされる人物です。こういう人をも「対米自主・自立」の人と言えるのか?

鳩山由紀夫氏についてはまだ記憶も新しい。「『最低でも県外』と首相自ら公約しながら県民の心を8カ月間ももてあそび、『辺野古現行案』に回帰するという公約違反の裏切り行為」(琉球新報社説、2010年6月1日付)に及んだ人物です。こういう人をも「対米自主・自立」の人と言えるのか?

すべてノーと言わなければならないでしょう。孫崎享氏の政治認識はあまりにも愚かしい、というのが私の孫崎氏評価です。

さて、上記のような人物観、政治情勢認識、政党観、歴史認識によって支えられた『戦後史の正体』の記述を「日本の戦後史は、アメリカからの圧力を前提に考察しなければ、その本質が見えてこない。元外務省・国際情報局長という日本のインテリジェンス(諜報)部門のトップで、「日本の外務省が生んだ唯一の国家戦略家」と呼ばれる著者が、これまでのタブーを破り、日米関係と戦後70年の真実について語る」(同著キャッチコピー)ものとして評価できるか?

私はこの点についても断じてノーと言っておきたいと思います。

そして、孫崎氏の新著の「前評判」は主に小沢派評論家、小沢派ジャーナリストと呼んでよい人たちによって創られた〈小沢賛美〉(鳩山グループも広義の〈小沢派〉とみなしてよい存在だと私は見ています)というきな臭い政治臭のふんぷんとする意図的な「前評判」でしかない、という疑念を再度表明しておきたいと思います。