吉本隆明の没後、私は吉本に関して3本の雑駁な感想を認めていくつかのメーリングリストに発信しました。1本の記事で終わらせようと思っていたのですが、私の参加しているメーリングリストでは吉本の本を読んだことがあるという人は少なく、それはそれでいいのですが、吉本が晩年原発推進論に加担していたことから、吉本の本を読まずに吉本を批判するという傾向があり、私はそうした傾向にやや許しがたい不埒な精神のようなものを感じていたものですから、反論というわけではないものの一、二の反駁を述べているうちに2本目の記事となり、3本目の記事となったというしだいです。しかし、いずれにしても、雑駁な感想以上のものを志して書いたわけではありません。雑駁な感想は雑駁な感想のままです。

朝日新聞 2012年3月16日  
晩年の吉本隆明(朝日新聞 2012年3月16日付)
 
吉本隆明 死す」(弊ブログ 2012年3月16日)
(続)吉本隆明 死す」(弊ブログ 2012年3月30日)
資料:追悼 吉本隆明」(弊ブログ 2012年4月30日)
 
ともあれ、私はその2本目の記事の中で「吉本の死についてはおそらくこれからほんとうの論評がはじまるのだろうと私は思っています」と書きました。そして、「吉本の死を語るにふさわしい人の論評をまだ読んでいないような気が私はします。(略)吉本を語れる適切な人の中には、吉本と晩年になってつき合いはじめた梅原猛や60年代以降の吉本のよき理解者であった蓮實重彦や辺見庸、60年代以後の吉本のよき批判者であった柄谷行人などなどもきっと含まれているでしょう」とも書きました。
 
そのうち蓮實重彦は「『握力』の人」という吉本評を「文学界」5月号に書いています。4月に入って文芸各誌は一斉に「吉本追悼特集」を組みましたが(上記「(続)吉本隆明 死す」参照)、その中では蓮實重彦の文が私にとってもっとも共感できるものでした。
 
梅原猛と柄谷行人の吉本没後の論評はまだ私は読んでいませんが、辺見庸が「週刊読書人」(2012年7月13日号)に鋭い吉本評を述べています。辺見の容赦ない吉本隆明の解析は胸が打たれます。辺見ならではの吉本評ということになるでしょう。辺見の容赦のない吉本批判はもちろん自分にも向けられている諸刃の剣のはずです。そうでなければこれほどの吉本批判などできはしない。辺見は自身に刃を向けて吉本を打っているのです。
 
なお、辺見庸には吉本隆明との共著(対談集)『夜と女と毛沢東』(文藝春秋 1997)という好著があることを付記しておきます。
 
以下、辺見庸の吉本隆明批判を「週刊読書人」(2012年7月13日号)の「辺見庸氏インタビュー いま、なぜ「滅亡」なのか死と滅亡のパンセ』(毎日新聞社)が示す近未来図」から抜粋しておきます。小見出しは「演出者なきファシズム」。その一節。

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辺見庸(朝日新聞 2011年9月30日付)
 
――キリヤット氏との対話では吉本隆明さんが亡くなったことについても語られていますが、そこでは吉本さんは昭和の象徴だったと言われていますね。

辺見 やっぱり彼は本当の意味で昭和の人だよね。ジャーナリスティックな括りで言えば、これで実質的に昭和が完全に消えたと思います。

――それからこれは重要ではないかと思ったのが、吉本さんは周りの人たちから空しく消費された、もしくはいいように使いまわされた感があるという指摘です。

辺見 吉本さんを排除して日本の戦後思想の良い面も悪い面も論じることは無理だと思います。ただ、あまり読んでいないけど、吉本没後の吉本論は目についたかぎりでは気に食わないね。彼をまだ使いまわしているんじゃないのという感じはします。はっきりと言って吉本さんの3・11論、大震災論はつまらない。そういうものや彼の原発肯定論といったものがあるのにあえて見ようとしないあの作用というのは、戦争協力した文学者たちの責任が追及されたときの<それによっても彼の詩業の価値は些かも損なわれるものではない>というのと同じだよね。新聞なんか本当に笑っちゃうんだけど、巨大な思想家が亡くなったという書き方しかできない。彼はずっと原発というものに対して肯定的な立場にいて、反原発運動を「マス・ヒステリア」と罵倒したこともある。その辺の経緯は土井淑平さんの『原子力マフィア――原発利権に群がる人びと』に詳しく、ぼくもドキドキしながら読みましたが、原発問題で「A級戦犯」とされた吉本さんに残念ながら弁明の余地はないと思う。そもそも日本原子力文化振興財団の原発PR紙『原子力文化』の巻頭インタビューに登場した神経からして、ぼくには理解ができない。とてもじゃないが、お話にならない。ひとがいいとかですむ話ではない。吉本さんの一番の特徴は、日本人に多いけど、尻尾を振って寄ってくる人間はかわいがったということ。かわいがられた者たちは吉本のアンテナがおかしくなっていることを、気づきもしていなかったのかもしれないが、本人に告げていない。それが残念だなと思う。

 あの人は良かれ悪しかれ、日本的なあまりにも日本的な左翼人だった。吉本さんの思想は決しえ世界に対するルサンチマンだとか、世界を覆してやろうといったものではない。それとあの人の情報収集源は新聞とテレビで、日経新聞なんかも平気で引用したりする。そこは滑稽なぐらいなんだけれども、いったん持ち上げた神様を台座から引き下ろすことは日本の戦後思想はできなかった。日本のファシズムの一番の悪いところは、みんなそれに気がついているということなんですよ。吉本さん晩節の重大なブレに気がついているくせに揚言はしない。自分は吉本を信じていないけど、特集を組めばそこそこ売れるだろうという発想。だから死んでも使い回す。それがどうも気に食わない。誰も彼と原発の関わりを語ろうとしないし、9・11同時多発テロや3・11後にメディアに寄せた原稿や談話の呆れるような中身のなさをだれも指摘しようとしなかった。あれではただの常識人というかご隠居さんのコメントだった。とくに原発に関する彼の発言はあまりにもひどかった。核という現代文明の恐るべき罠への眼差しは、エコロジストや反核主義者へのつよい反発もあって、浅いものでしかなかった。テクノロジーというものは中立的であり限りなく発展していく。事故が起きれば防御策もできる・・・みたいな東電顔負けの理屈を平気で口にしていた。オウム真理教に対してもそう。あれは彼の大きなミステイクというか誤認であり幻想でもあったわけだけれども、それを過ちとして認めることはなかった。ぼくはあのひとを敵とは思わないけれども、現状を結果的に肯定してしまう論理にはとてもついていけなかった。われわれが位置する世界が本当に存在するようになるには「それが把握され、変形され、さらに覆されなくてはならない」といって当然の否定的思惟から吉本さんは年とともに離れていった。

 ある意味で健常なんですよ。まあ日本の左翼には本当の怨恨というか怨みの強さがないから、簡単にファシズムに転換する契機がいまもあるし、かつてもそうでした。吉本という思想家が右か左かというより、行動しない、闘わない人間たちを肯定してきた。昔は俺だってというような、左翼的ノスタルジーを自慢する哀れなオヤジども、つまり団塊の世代の知的お飾りとして吉本隆明は使い回された。それは彼と関わったぼくの自戒もこめてですけどね。吉本さんには優れたマルクス読みであった時代があるのですが、それがこの先行きが見えなくなった21世紀現代のなかでも発揮されたかというと、これが見事なまでにまったくない。結局、小沢肯定論みたいに、永田町話が好きな長屋のおじさんとほとんど同じような話になっちゃう。往年とはまったくちがってしまった。

――吉本さんは昭和の象徴であり、その逝去で昭和は終わったということですが、同時に吉本さんにすべてを押し付けたというか、いいように使いまわしたその心性はまったくいまも変わらないということですか。

辺見 まったくその通りだと思う。吉本的な思考方法というのかな、結果的に現状肯定になる思惟と不実践の方法みたいなものは、悪い意味で現時点でもまだ受け継がれている。やっぱり血みどろで闘うという発想はこれっぽっちもないね。日本の左翼知識人というものの典型のひとつかもしれない。

先に、私は、毎週金曜日に官邸前で行われている脱原発デモ(官邸前抗議行動)()に対する警察のあまりにもおぞましい過剰警備の問題性に触れて、その対抗策として「請願デモ」というひとつの便法としての抗議の形態を提起したことがあります。しかし、その便法として提起したつもりの「請願デモ」にもやはり警察のデモ取り締まりの網の手は及ぶことがわかり、便法としての提起であったとしても、その問題提起を実際の路上で行使することの難しさ、いまだ実の熟さざるを思い、取り下げることにしました。

そういうことを弊ブログに書いたところ、ある人から次のようなサジェスチョンがありました。小田実が阪神・淡路大震災のあと被災者に公的援助をやれという「市民=議員立法」運動を起こしたときの「請願デモ」の様子についてのサジェスチョンでした。阪神・淡路大震災が発生したのは1995年1月のことですから、この「請願デモ」は、同デモにも規制の網の手が及ぶようになった国会議事堂等周辺地域及び外国公館等周辺地域の静穏の保持に関する法律」制定(1988年)以後のデモということになります。それでもある人の紹介される小田の下記の述懐によればなんともイキ(活き・粋)のよいデモであったように感じられます。このようなデモの形態は考えられないか? 官邸前デモ(抗議行動)に絡めて改めて思います。

★昨日の7月27日の官邸前脱原発金曜日デモにも多くの人が集
まったようです。いまや官邸前デモは、〈主催者〉のありやなしやや
その意志とは関わりなく、ふつうの市民の「脱原発」の意志の表明
の場として路上(権力の規制の及ぶ道)から広場(公共に開かれて
いる場所)をめざす市民的自由の表象としての独自のトポス(場)
を形成している感があります。それだけに広場への意志を封じ込
めようとする権力の意志、官邸前の警備もいっそう厳重さを増して
いるようです(こちらのブログの写真を参照) 。「広場」という言葉の
連想から私は堀田善衛の『広場の孤独』という小説を想い出します。
この小説の舞台は1950年7月の日本。いまだGHQの占領下に
あった日本という国にあって堀田にとっての「広場」とはなんであっ
たか? そして、2012年の「広場」はどういうものであるか? 堀
田は官邸前脱原発金曜日デモの「路上」の風景を見てなにを想う
か? そういうことを思います。

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ありし日の小田実

以下、弊ブログコメントよりある人のサジェスチョン。すなわち、小田実が歩いた「請願デモ」の風景の話。『生きる術としての哲学 ―― 小田実 最後の講義 ――』(岩波書店 2007年)より引用。
 
「東本さん、今回の論点とは違いますが、小田実氏が請願デモにかかわってこんな議論をしていた。探したら見つかりましたので、ご紹介させてください。

 
「社会には問題矛盾は必ずある。それは、まず職能を通じて解決すべきだと思う。医者はいい診療をする、先生はちゃんと教える、新聞記者はいい記事を書く、工場の労働者は変なものをつくらない。それでたいていの問題解決が図れるはずです。しかし、職能を通じて解決できない問題矛盾がある。仕方がないからみんなが集まる。相談し、議論する。議論しても埒があかない。この問題解決を阻んでいるのは何か、政府だということになったら、デモ行進をする。
市民が歩くデモ行進の特徴は、名刺交換をしないことです。そんな挨拶を抜きにみんな歩き出す。私はそれが市民社会の原形だと思う。そのときみんな職能人であることを離れて、市民になっている。学校の先生も、医者も、市民だ。それが私の「市民」の定義です。そういう市民が生き生きと動いている社会が「市民社会」で、そのうえで国家が成立すれば「市民国家」です。

たいへんおもしろかったひとつの実例を挙げます。私は「市民=議員立法」運動をした。阪神・淡路大震災のあと私は被災者に公的援助をやれという運動を起こした。主権在民だから市民が法律の原案をつくる。しかしそのままでは法律にならないから、その原案を議員全員に送った。やりたい人はいっしょにやろうじゃないかと手紙を書いた。議員のなかからやりたい人が出てきて、一緒に2年半かかって、法律ができた。

そのときにデモ行進をしようとした。ところが、議会の前はデモ行進できない。禁止されている。ひとつだけ便法があって、「請願デモ」ならできる。請願デモというのは、議事堂の前で代議士が待っていて、市民の請願を受け付ける。そういうかたちをとってデモ行進ができる。一緒にやるという超党派の議員たちとデモ行進をすることに決めた。共産党も民主党も社民党もいた。自民党はあとできた。だんだん議会が近づいたら、私の横で歩いていた代議士が慌て出した。「あそこで待っているはずのやつがいない」と言う。「あなた方が行ったらどうだ」と言ったら、議員たちがぞろぞろ行って、向こう側に立った。それで、「やあ小田さん、ご苦労さんです」と私の請願を受け取った。また歩き出したら、彼らは戻ってきた。漫画みたいな光景です。しかし、私は非常に重要な光景だと思った。なぜなら、議員だけでは解決できなかった、あるいはひとつの政党では法律はできなかった。市民と一緒に動くことでやっとできた。歩いている間は、彼は市民だ。請願を受けとるときは職能人だ。そしてまた市民として歩いた。」

以上、「生きる術としての哲学」より引用

「議員は議員という自分の「職能」では問題の解決はできなかった。だからこそ、「市民」と「共闘」してデモ行進をした。そのとき、議員も議員ではなかった。問題解決に現場で努力する「市民」のひとりだった。この現場の光景は「市民」の原点でもあれば、「市民運動」の原点、さらには、民主主義の原点、いや、「市民社会」の原点でもあった光景だ。」

以上、「随論 日本人の精神」より引用」

つけたし(東本注)。
 
なお、小田実の『生きる術としての哲学 ―― 小田実 最後の講義 ――』(岩波書店 2007年)のキャッチコピーには次のように記されています
 
「市民の立場から行動し発言し続けて逝った作家、小田実。本書は、氏が2001年から02年に慶応大学で行なった8回の「現代思想」講義を編む。9.11以後の世界をどう捉え、引き続く戦争の中でいかに生きるか。自身の語り下ろしによる小田実の”生きるための哲学”を、詳細な編者註や著作目録とともにわかりやすく提示。」
「原発とめよう!九電本店前ひろば」第456日目報告には小川みさ子さん(鹿児島市議)からの「広瀬さんから代々木公園での、『さよなら原発10万人集会』の空撮報告があります」という発信記事も掲載されています。が、広瀬隆氏のこの「空撮報告」にも私は大きな違和感があります。ただし、同報告には肝心の広瀬氏のこの「空撮報告」は掲載されていません。同報告はインターネットエクスプローラーでは閲覧できないPDF仕様の添付ファイルとして発信されてきたので掲載できなかったのだろうと思いますが、その添付ファイルと同等の「空撮報告」はこちらで見ることができます。

7月16日代々木公園/みなさんのお金で/空撮された映像が/配信されています(2012年7月17日 正しい報道ヘリの会)

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代々木公園周辺を埋め尽くす17万人の集会参加者

このPDFの中に収められている「さよなら原発10万人集会」の模様と代々木公園を出発したデモ行進を映し出している「空撮」そのものは迫力があり、見応えのあるものです。が、私は、その「空撮」の模様とともに掲載されている広瀬氏の「空撮報告」には強い違和感を感じました。その「空撮報告」はプレゼンテーション用のパワーポイントの形式でつくられていて超極太のゴチック文字で次のように書かれていました。

「主催者発表17万人/えっ?/そんなに少なくなかったよ。/冗談じゃない。それは今日の日付だ。/軽く数十万人を/超えていた!!/要するに、誰も数えられなかった/ほど多くの人だった!!」(2頁目。/は改行)

「沖縄~九州~四国~中国~関西~中部、北海道・東北・北陸からも、大勢の仲間が集まってきたので、驚きました。被災地の福島県からバスを連ねて、数えきれない人がやってきているのを見た時、「申し訳ない」と思って、涙が出ました。タクシーの運転手さんたちも、デモによる自動車の渋滞に文句ひとつ言わずに、みな私たちの支援者でした。」(3頁目)

「そう、代々木公園を出発したデモ行進は、東京の街全体を包んだ「総意」を体現していたのです。/歩道橋の上から手を振ってくれる山のような人たちの姿が、デモ行進を支えていた。/その意味で、はっきり、1000万人集会であったことを、ここに宣言します。広瀬隆」(4頁目)

「主催者発表17万人/えっ?/そんなに少なくなかったよ。/冗談じゃない。それは今日の日付だ。/軽く数十万人を/超えていた!!」とはなんという大言壮語でしょう。「軽く数十万人を/超えていた!!」とはどのような根拠をもってそう言うのでしょう? 根拠などありはしないでしょう。ほかならない広瀬氏自身が「誰も数えられなかった/ほど多くの人だった!!」と〈証言〉しているくらいなのですから。

「主催者発表17万人」というのは主催者側が相応の根拠をもって発表している数字です(ちなみに警視庁非公式発表は約7万5千人)。かつ主催者側とは呼びかけ人の内橋克人さん、大江健三郎さん、落合恵子さん、鎌田慧さん、坂本龍一さん、澤地久枝さん、瀬戸内寂聴さん、辻井喬さん、鶴見俊輔さんという良識ある人たちを含む同集会実行委員会、事務局の人たちです。その人たちが相応の根拠をもって発表している数字を単に「空撮」を観たという感覚だけで「えっ?/そんなに少なくなかったよ。/冗談じゃない。それは今日の日付だ」などとどうして言えるのでしょう? 自分の目だけが正しくて、ほかの人の目は正しくないとでも言いたいのでしょうか? 主催者側に対して礼を失していることはもちろん、思い上がりも甚だしい偏執の言辞といわなければならないでしょう。たとえ「誰も数えられなかった/ほど多くの人だった!!」、と集会の成功を賛嘆したかったにしても、です。

こういうことを根拠もなく、そして他者への配慮を思うこともなく、軽々しく、これ以上ないほどに誇大、誇想して言うところに広瀬隆という人の本質的に自己本位的=エゴイスティックな思想の質が如実に示されているように思います。広瀬氏の思想のまわりには自己という存在はあっても他者は存在しない。「脱原発」という〈思想〉にしても自己を主張するための脱原発ということであって、その「脱原発」の〈思想〉のまわりにも実のところ他者は存在しない。そういう〈思想〉とはなにか、ということが問われなければならないのです。

「そう、代々木公園を出発したデモ行進は、東京の街全体を包んだ『総意』を体現していたのです。/歩道橋の上から手を振ってくれる山のような人たちの姿が、デモ行進を支えていた。/その意味で、はっきり、1000万人集会であったことを、ここに宣言します」という主張にしても誇張、誇想が目立ちます。「1000万人集会であった」というのが比喩的表現であることはわかりますが、先の東京都知事選での原発推進派の石原慎太郎への投票数2,615,120票、同じく保守派の渡辺美樹への投票数1,013,132票、東国原英夫への投票数1,690,669票。当日投票者数は6,072,604人ですから実に東京都民の87.58%が原発推進勢力の保守派に投票しているということになります。その事実ひとつを押さえるだけでも「はっきり、1000万人集会であったことを、ここに宣言します」などとはとても言えたものではないでしょう。広瀬氏は「空撮」で観た「歩道橋の上から手を振ってくれる山のような人たちの姿」をおのれの幻視でしかない目で誇想的に過大視しすぎているのです。

広瀬氏は同「空撮報告」の最後で「ムバラク/カダフィ/ノダ/彼らがたどった/哀れな運命・・・」(15頁目)「この落とし前は、/われわれが/つけてやる!!!!」(16頁目)などともアジテートしていますが、このような誇想視する目で世の中を変えることなどできるはずもないのです。事実、彼は、「ノダ」は批判しても元凶としての民主党総体は批判しません。講演の度にそのときどきの政府首脳や「民主党」は批判しますが民主党総体は批判しません。誰や彼やと民主党内の「有為」な人材(どういうわけか彼が推奨する人には「小沢派」の代議士が多いのですが)を発掘してはその代議士に期待を寄せています(「広く共感をえられる論理の構築とはなにか? ――広瀬隆氏の『「福島 あんなところ』」発言に見られる他者を思いやる共感力が欠如した貧困なる思想としての論理について」参照)。彼の主観でしかない「政治」観をさも客観的、科学的なもののように言い為す彼の主張にはあざとい詭弁の論しか私は見出すことはできないのです。いまもある「広瀬隆現象」は非常に「危ういもの」という以上の評価をすることは私にはできません。

いまある「広瀬隆現象」を仮に第2次「広瀬隆現象」とするならば、その第1次「広瀬隆現象」(1988年前後)というべきものについてかつて野口邦和さん(日本大学准教授・放射線防護学)は根底的な批判を提起したことがあります。

広瀬隆『危険な話』の危険なウソ(「文化評論」1988年7月号) 野口邦和(日本大学准教授・放射線防護学)

その批判のはじめの「『序』について」という部分を以下に抜粋してみます。

「この本の「序」は「本書は、広瀬隆が日本の各地を精力的に走りまわりながら語り続けている、『チェルノブイリ原発大爆発の真相』と、『全世界の人類の運命』についての、驚くべき内容の記録――まさに現代史に流動する重大なドキュメントである」(五頁)という大変おおげさな書き出しで始まっている。一読して広瀬隆氏以外の誰かが書いた本書の推薦文かなと思いきや、実はそうではない。「序」の最後には誰の何の署名もない。つまり、明らかに広瀬隆氏自身が書いた「序」なのである。

この「序」を要約すると、「突然に現われた〝社会派作家〟」広瀬隆氏の講演を聞くと、「聴衆の目の色がみるみる変わってゆ」き、「いまや最低三時間、多くの場合は四時間にもおよぶ長大な内容となっている」話であっても、「聞き手が微動だにしないという」「最も不思議な現象」が起こる。そして、講演会場には「話が終ったあと、茫然自失となっている人びとの姿」があり、それは「稀にみる真実に接したという感動のなせる業だろう」(以上全て五頁)。また「今日明日にも」「日本の原子力発電所が大爆発を起こしているかも知れない」ので、「現時点で、彼の話を一刻も早く日本全土の人びとに伝えなければならない」(以上全て六頁)ということになろうか。

しかし、自ら「突然に現われた〝社会派作家〟」とのたまい、彼の講演を聞いた聴衆は、「稀にみる真実に接したという感動のなせる業」のため「茫然自失となって」しまうと仰せになられるとは。この人、ナミの神経の持ち主ではないようだ。広瀬隆氏の厚顔無恥かげんには恐れ入る。このわずか二頁たらずの「序」を読んだだけで、実は私などはこの先を読む気力が萎えてしまうのである・・・・」

私も上記のような「論」?を為す人の「神経」に大いなる疑問と激しい違和感を持つ者のひとりです。このような「神経」の持ち主を有り難がる第2次「広瀬隆現象」ともいうべき社会のその「神経」のありようがまた私には理解しがたいのです。

1986年のチェルノブイリ原発事故をひとつの契機にして日本の脱原発運動は空前の高まり、急激な高揚を見せたことがあります。そして、その空前の脱原発運動の高まりは広瀬隆という人を一躍スターにしました。広瀬氏が1980年代後半の日本の脱原発運動の高まりによかれ悪しかれ一定の貢献をしてきたということは事実でしょう。しかし、その空前の高まり、急激な高揚はなぜ持続しなかったのか? 2011年の3・11に至るまでなぜ一般市民の間に地下茎のように根を張っていかなかったのか? その空前の高まりを見せた脱原発運動はなぜ電力会社、原子力産業と政府が打ち出す「安全神話」の反撃によって、その反撃に逆反撃することができずに弱体化してしまったのか?

その辺の疑問を解く鍵も私が仮に第2次「広瀬隆現象」と名づけた現今の現象(流行、といった方が正確かもしれません)の中に隠されてはいないか。私は隠されている、と思うのです。そして、私たちは1980年代後半の日本の脱原発運動の高まりの挫折の経験の二の舞を演じてはならない、と思うのです。
以下、標記の問題についてのある人への問いかけです。公開型メーリングリスト上での応答ですので個人名もそのまま載せます。

太田さん

あなたが7月18日付けでCMLに発信した「スタンフォード大の報告書。福島原発事故によるがん過剰死は1300人、非致死性のがん患者は2500人と推計という記事と「個人の努力で『被曝によって生じたリスクを埋め合わせて、まだおつりがくる』?という記事についてひとこと述べておきます。

*この太田氏の記事は「原発とめよう!九電本店前ひろば」第456日目報告にも転載されています。標題を「『原発とめよう!九電本店前ひろば』第456日目報告所収記事批判(2)」ともするゆえんです。

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事故後の福島第一原発の衛星写真(出所:スタンフォード大学)

そのあなたの記事についてはすでに上記であなたも触れている市民社会フォーラムブログの「スタンフォード大が福島原発事故による死者は1300と発表?
という記事で以下のような批判がありました。

「スタンフォード大の報告書が、「福島原発事故によるがん過剰死は1300人、非致死性のがん患者は2500人と推計」という情報が流れています。しかしこの要約は不正確であり、正しく意訳すれば、こうです。『事故が原因でこれから癌にかかる人を統計的に予測すると、少なければ24人、多くければ2500人。もっともあり得るのは180人だろう。事故が原因で癌にかかる人のうち、死亡する人は、少なければ15人、多ければ1300人と予測される。もっともあり得るのは130人だろう。この数字は、被曝した100万人ほどの人が(別の原因で)癌にかかって死亡する、数十万人に埋もれてしまうだろう。』」

上記で投稿者が「この要約は不正確であ」ると批判しているのは、スタンフォード大の報告書では「(福島第1原発)事故が原因でこれから癌にかかる人を統計的に予測すると、少なければ24人、多くければ2500人。もっともあり得るのは180人」「(同)事故が原因で癌にかかる人のうち、死亡する人は、少なければ15人、多ければ1300人と予測される。もっともあり得るのは130人」と上限と下限と最も可能性の高い数値を並列的に列挙しているにもかかわらず、その最大値の数値のみをとりあげて、その数値がさも全体の主旨であるかのように要約するのは不正確というばかりではなく、放射能被害の実際をいたずらに大きく見せかけて必要以上に人々の恐怖心を煽り、人々を、とりわけ原発事故被災地及びその周辺に住まう人々を不安に陥れる悪質なプロパガンダになりおおせている(要約者にそういう意図がなくても結果として)、という指摘でもあったでしょう。

スタンフォード大の報告書をワンフレーズの言葉で簡潔に要約しようというのであれば、最大値の値をとって要約するのではなく、平均値(ここでは最も可能性の高い予測値)をとって要約するのがふつうの要約というものです。こちらの先端技術分野のニュースの配信を主業務とするSJN Blogの「福島原発、強制退避措置による死者数>事故による死者数・・・スタンフォード大が試算発表」(2012年7月18日付)という記事を見ても「スタンフォード大学の研究チームが、福島第一原発事故による死者数の予測値を発表。原発事故が原因の死者数は130人程度、長期的な癌の罹患者数は180人程度になると試算している」と同大が「もっともあり得る」として発表している予測値をとって要約報道しています。これがふつうの報道機関、あるいはふつうの要約者のとるべき要約のあり方です。

それをあなたは扇情的、意図的に最大の値をとって反省しようとしない。「私が紹介した数字が上限であり、下限を示しておらず正確でない、ということが指摘されています。この点は問題ありません」、と。問題がないどころか大問題なのです。そのことをあなたはおわかりになっておられないようです。誇張した値で人々の認識を誤らせ、かつ、その誇張した値を拡散させていくことが人々(特に福島在住の人々)をいかに不必要で不安定な精神状態に陥れていくか。そのことのもはや犯罪的ともいってよいほどの負のアナウンスメント効果について、です。そうした負のアナウンスメント効果が脱原発の世論を高めていく、ということとはまったく逆のマイナス効果しか生み出しはしないことは少しでも人生を経験した人ならば誰にでもすぐに思い当たるたぐいの道理中の道理といわなければならないでしょう。

それをあなた(たち)は理解しようとしない。率直に言って私としてはあなた(たち)はなにかに憑りつかれている(憑依)、としか思えないのです。

あなたはこれまでも「千葉県で子ども病死者数の減少傾向が2011年に逆転とか「東日本では放射能汚染県ほど子どもの病死者数が増加しているなどというまことしやかで実のところまことしやかではない結果として住民の不安を煽るだけの情報を拡散してきていますが、少なくとも後者の情報については根拠のない情報であったことがこちらこちらで証明されています。

上記のような不確か情報の元となったと思われる「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」代表の中手聖一氏の「『福島県の子ども』の病死者数について-政府・人口動態統計から分かった事故後の変化-」(2012年5月14日付)という情報についてもその情報が根拠薄弱な情報でしかなかったこともこちらで証明されています。

自らの発信する情報がただ人々を不必要な不安に陥らせるだけの、脱原発のためにも有害な情報でしかなかったこと、ないことの愚かしさについて十分に反省していただきたいものだと私は思っています。
「原発とめよう!九電本店前ひろば」の第456日目報告に武田邦彦氏の「無念の死を遂げた人たちという論が「この社員の発言「福島の原発事故による放射能の影響で亡くなった人は一人もいない」を聞いて、武田邦彦氏は夜も眠れないくらいに腹立たしい思いがしたそうですが、それに対する武田氏の文章です」というコメントが附せられて好意的に紹介されています。

そして、この武田氏の論をさらに「青柳さん通信第456日目の情報で、あの事故当時、「直接的被曝」で死亡した人がいたことがわかりました。武田邦彦教授は、むろん原発事故の責任の一端をとるべき立場ですが、こういう情報発信をする人は原発関係者の中で他にはいませんから、貴重です」というコメントを附して転載される方がいましたので、その方に向けて以下のような私としてのコメントを書き、その方の所属しているメーリングリストに送信しました。多くの人にも読んでいただきたいので弊ブログにもエントリしておきたいと思います。

〇〇さん

あなたが「『直接的被曝』で死亡した人がいたことがわかりました」として、その論拠として紹介されている武田邦彦氏の論はなんら「直接的被曝」の論拠にはなっていませんね。あなたが「『直接的被曝』で死亡した」と判断する武田氏の論の該当部分はおそらく武田氏の論の第2段落にある「放射線の打撃で亡くなり」云々の部分を指してそのように言っているのだと思いますが、「放射線の打撃」=「直接的被曝」ということにはなりません。

あなたにそのような誤解を生じさせた武田氏の論の文自体にも(こそ)問題があります。その論のはじめに武田氏は「2011年3月31日午後2時2分に共同通信から配信された情報によると」とさも信憑性のあるような書き方をしていますが、その共同通信記事のソースを示していませんし、その記事の内容も示していません。が、武田氏の言う「2011年3月31日午後2時2分に共同通信から配信された情報」とは次のようなものです。

20キロ圏に数百~千の遺体か 「死亡後に被ばくの疑い」(共同通信 2011/03/31 14:02)
*リンク切れのため読めなくなってはいけませんので最下段に転載しておきます。

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警戒区域となった20キロ圏内の入り口

上記記事の見出しを一読するだけでも明らかですが、「原発から約20キロの圏内に、東日本大震災で亡くなった人の遺体が数百~千体あると推定されることが31日、警察当局への取材で分かった」が、その遺体は「死亡後に被ばくの疑い」がある、と共同通信の記事は書いています。しかし、武田氏はその見出し及び該当記事の部分をわざと外し、原発事故で「直接的被曝」による死者が生じたかのように見せかけるために「警察当局は、原発から10キロメートル以内に震災、凍死、あるいは放射線の打撃で亡くなり収容できないご遺体が数100から数1000あると推定していると報じた」などと歪曲して書きます。記事のソースや内容を摘示していないのはおそらく自分の歪曲の論をごまかそうとする意図によるものでしょう。すなわち、武田氏は記事を意図的に歪曲して原発事故を実際よりも大げさに見せかけようとしているのです。その歪曲の意図は共同通信記事が「遺体が数百~千体」と書いているところを「ご遺体が数100から数1000」と水増しして書いているところにも示されています。

〇〇さん。このような偽りの論に欺かれてはいけないと思いますよ。

先日も原子力意見聴取会(実態はやらせ)の名古屋会場での意見発表で中部電力の課長が「福島原発事故で、放射能の直接的影響で亡くなった人は一人もいない」などという意見を述べてメディアを含めて多くの人から顰蹙を買いましたが、そうした原発推進サイドの原発事故被害の実情をあえて意図的にトータルに見ようとしない態度と姿勢に対して怒りを抱くのは当然だと思いますが、そういうことと原発事故被害を必要以上に大きく見せかけて原発反対のプロパガンダにしようとすることとは違います。結局、そうした偽りの論の主張は人々に脱原発に主張に不信を抱かせ、人々を脱原発の主張から乖離させていく原因にもなっていくでしょう。

主観的には脱原発を願いながら、客観的には脱原発の阻害事由になっていくというのはなんという矛盾であり、皮肉でしょう。

私たちはそういう存在であってはならないと思うのです。私たちの論にときとして謬論が含まれることがあることはやむをえないことです。私たちが人間である以上。しかし、いくら大目的のためであっても偽りの論はなしてはいけないし、偽りの論の側に与してもいけないと思うのです。その論が偽りであるかどうか、見きわめる眼を持ちたいものです。そして、その論が偽りであるかどうかを見きわめる眼とは科学的精神の謂いにほかなりません。そしてさらに、その科学的精神とは、たとえば武田邦彦氏が「2011年3月31日午後2時2分に共同通信から配信された情報によると」と書いているからといって、その論を安易に信用するのではなく、その共同通信の記事とはどういうものであるかを確かめてみる態度のことをいうのだと思うのです。

〇〇さんがカール・セーガンを引用されていますので、私も最後に民主主義と科学の価値についてのカール・セーガンの言葉を引用しておこうと思います。あるメーリングリストの投稿の受け売りではありますが。

<科学の価値は、民主主義の価値と相性がよく、この二つは区別できないことも多い。(略)科学には特権的な観点も地位もない。科学と民主主義はどちらも、因襲にとらわれない意見を出し、活発な議論をするようにわれわれを励ます。そのどちらもが、十分な根拠と筋の通った意見を出すよう、証拠には厳しい水準を課すよう、そして誠実であるようわれわれに求める。科学は、知ったかぶりをした人のウソを見破る手段にもなってくれるし、神秘思想、迷信、まちがった目的に奉仕させられている宗教から、我が身を守る砦にもなってくれる。科学の価値を大切にしていれば、いざ何かにだまされそうになったときには、それを知らせてくれるだろう。そして誤りを犯しそうになれば、軌道修正してくれるだろう。>カール・セーガン『悪霊にさいなまれる世界 「知の闇を照らす灯」としての科学』

参考:
20キロ圏に数百~千の遺体か 「死亡後に被ばくの疑い」(共同通信 2011/03/31 14:02)

 福島第1原発事故で、政府が避難指示を出している原発から約20キロの圏内に、東日本大震災で亡くなった人の遺体が数百~千体あると推定されることが31日、警察当局への取材で分かった。27日には、原発から約5キロの福島県大熊町で見つかった遺体から高い放射線量を測定しており、警察関係者は「死亡後に放射性物質を浴びて被ばくした遺体もある」と指摘。警察当局は警察官が二次被ばくせずに遺体を収容する方法などの検討を始めた。当初は20キロ圏外に遺体を移して検視することも念頭に置いていたが、見直しを迫られそうだ。

 警察当局によると、高線量の放射線を浴びた遺体を収容する際、作業する部隊の隊員が二次被ばくする可能性がある。収容先となる遺体安置所などでも検視する警察官や医師、訪問する遺族らに被ばくの恐れが生じる。

 遺体は最終的に遺族か各市町村に引き渡すことになるが、火葬すると放射性物質を含んだ煙が拡散する恐れがあり、土葬の場合も土中や周辺に広がる状況が懸念される。

 警察当局は現場での除染や検視も検討しているが、関係者は「時間が経過して遺体が傷んでいるケースは、洗うことでさらに損傷が激しくなり問題だ」と指摘している。

 身元確認のため、遺体から爪だけを採取してDNA鑑定する方法もあるが、爪も除染する必要があり、かなりの手間と時間がかかるという。

 27日に、大熊町で見つかった遺体は、除染が必要な基準の一つである10万cpm(cpmは放射線量の単位)まで計ることができる測量計の針が、振り切れる状態だったという。このため福島県警の部隊は遺体の収容を断念している。
前エントリの最後の部分で私は官邸前脱原発デモ(主催者の意図を汲んで正確に表現すれば「官邸前抗議行動」。デモは結果として生じる現象にすぎません)に対する警察の過剰警備のあまりものおぞましさに触れて、その対抗策のひとつとして「請願デモ」という便法を提起してみました。

しかし、ひとつの便法の提起であったとしても、「請願デモ」にもやはり警察のデモ取り締まりの網の手は及び「警察に規制される」という根本の事態にはなんら変わりはないことがわかりました。したがって、先の拙論での「請願デモ」の提起の部分については私の不明を謝罪して取り消したいと思います。

私が前エントリ記事をいくつかのメーリングリストにも投稿したところ、ある人から「共感できる内容の規制と自己規制への批判ですが、請願権の話は余計ですね。私は、旗も声もあげられない葬列のような請願デモに、参加するつもりは毛頭ありません」というサジェスチョンと批判がありました。

上記の指摘を受けて、請願デモの実質について改めて調べてみると、下記の「徳之島基地移設反対国会請願デモ」(2010年5月13日アップロード)というビデオのフィニッシュ直前の一コマには請願行動に移ろうとする際に主催者側から「(ここから規制が及びますので)横断幕は各自畳んでお持ちください」という指示が出されているところが映し出されています。請願デモの行進が「葬列のような」ものなのかどうかについては評価は分かれるところだしても、国会周辺のある地点から「旗や幟を立ててはいけない」「声を出してはいけない」状況が現在もあることは確かなようです。

こうした規制は1988年に制定された「国会議事堂等周辺地域及び外国公館等周辺地域の静穏の保持に関する法律」に根拠が求められるようです。同法第5条1項には次のような規定があります。

「(拡声機の使用の制限)
第五条 何人も、国会議事堂等周辺地域及び外国公館等周辺地域において、当該地域の静穏を害するような方法で拡声機を使用してはならない。」

ただし、同規定が表現の自由及び請願の権利を侵害するおそれがあることについては法律制定者の側にも自覚されており、同法には次のような規定もあるようです。

「(適用上の注意等)
第八条 この法律の適用に当たつては、国民の権利を不当に侵害しないように留意しなければならない。
2 この法律の規定は、法令の規定に従つて行われる請願のための集団行進について何らの影響を及ぼすものではない。」

しかし、いずれにしても、警察のデモ規制のための過剰警備に対抗するひとつの便法として提起したつもりの「請願デモ」の権利にも公安条例によるデモ取り締まりと同様に例外なく警察の取り締まりの網の手が及ぶことがわかった以上、「請願デモ」の権利の行使を提起する理由はなくなりました。先の拙論での「請願デモ」の提起の部分(「では、逮捕者が出るではないか、という懸念には及びません」以下の文章)については取り消したいと思います。

そして、その取り消した文章の直前の「デモの権利を侵害するような警察の提示する条件はあくまでも拒否すべきです。そして、デモを断行すべきです。」という文章の後に「あくまでも非暴力を前提に考えられるさまざまな手立てを模索しながら。」という一文を付加したいと思います。

以下に上記訂正した文章を掲げておきます。

【再掲】
昨日13日の官邸前脱原発デモの規模と警察の市民のデモの権利を侵害する過剰警備の様子はこちらの報道ステーション(テレビ朝日)とANN NEWS(同)のテレビ報道が広角的に(航空撮影なども交えて)よく伝ええているように思います。前回、前々回と同官邸前デモ(正確には「抗議行動」。以下同じ)の取材を続けている報道ステーションサブキャスターの小川彩桂さんは同番組で今回のデモを取材した感想として「確実に人数は増えていて、官邸前にワッと集まれないだけで、国会回りいたるところに人の集まりができているんですよね。警備が敷かれていて規制も張られているのであまりワッと集まれないようになっているんですけれどもおひとりおひとりの声がほんとうに大きくなっていて、思いが強くなっているというのを感じました」と述べていました(★)。ANN NEWSの「官邸前の『反原発』デモ過去最大規模に」という報道は予想でしかありませんので実際に「過去最大規模」だったかどうかについてはその実数は確かめるすべはありませんが、しかし、私もテレビ報道を観ていて「確実に人数は増えて」いることだけは私の眼の感覚としても実感することはできました。

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デモ参加者を歩道に押し込める鉄柵(前方)。
官邸周辺の歩道の周りをびっしりと包囲する警察車両(後方)

それにしても、あまりもの警察の過剰警備よ、と深い嘆息と激しい怒りの思いがこみあげてくるのを抑えることができません。

★しかし、同報道ステーションの報道では官邸前デモ参加者について「2万に近くの人が集まる」というテロップも流していました。この「2万」という数字は警察の非公式発表の数字をもとにしていると思われます。東京新聞(2012年7月14日 朝刊)の記事には「警視庁関係者によると、同じく非公表ながら最多だった前回の二万一千人をやや下回った」とあります。しかし、主催者発表は「前回とほぼ同じ十五万人」(同左)です。デモ参加者を極力少なく見せようとして発表する警察発表(非公式)をもとにしてデモ参加人数を自社調べのようにして報道する報道ステーションの報道の姿勢はインディペンデントであるべきメディアの報道姿勢としては批判されるべきだし、数字を示す場合は少なくとも「警察(非公式)発表」として示すとか、あるいは「主催者発表」と「警察発表」とを並列的に示すとかするのがメディアとしての最低限の義務(メディア・リテラシー)というべきでしょう。

ところで気になるのは報道ステーションサブキャスターの小川彩桂さんも官邸前デモ取材の感想として述べていた「(厳重な)警備が敷かれていて規制も張られているのであまりワッと集まれないようになっている」という警察の過剰警備の問題です。今回の警備では官邸周辺の歩道の周りを多数の警察車両がぎっしりと取り囲み、また歩道の周りには鉄製の柵も設けられ、参加者は狭い歩道の中に押し込められました。さらにデモ隊の列は7つのエリアに分断され、それぞれのエリアは多くの警察隊の包囲網で遮断されるしかけにもなっていました。このような状態をあるデモ参加者は「大袈裟でなく『オリの中の猛獣』状態」だったと証言しています(あるMLより)。さらにまた官邸に最も近い国会議事堂駅前の4つの出口は一か所に制限されました。「霞ヶ関駅を出ると、そこに動員されているおびただしい警官たち、警官輸送車の数に驚かされました。まるで警察の集会状態でした。これでは『一般の』人々はびびってしまうなあ、と思」ったとこのデモ参加者は証言しています(同左)。
7月6日のデモのときは国会議事堂前駅の出口が警察によって封鎖され、デモに参加しようとした多くの人々が駅構内に封じ込められてデモに参加することができなくなったという事態も発生しています。

こうした警察の過剰警備は明らかに市民のデモをする権利の侵害だといわなければなりません。市民のデモをする権利は憲法で保障されている国民の基本的権利です(憲法第21条)。その国民の基本的権利を憲法よりも下位の行政法のひとつでしかない道路交通法や地方自治体の公安条例などの規定を拡大解釈して上記のごとく不当に制限しようとする。こうした警察の過剰警備は明らかなる憲法違反というべきであって、こうした警察の過剰警備は決して許してはならない、はずなのですが、上記の東京新聞の記事によれば、こうした過剰警備、すなわち「官邸前と国会正門前を活動の中心ポイントとし、周辺に百人以上の誘導員を配置。参加者は誘導に従って移動」するという過剰警備は「主催する首都圏反原発連合(と)警視庁と協議の上」決められた、ということです(★「と」の原文は「は」)。

官邸前の金曜日デモの最初のきっかけをつくった首都圏反原発連合を批判したいわけではありませんが、この首都圏反原発連合有志の判断は誤っていると私は思います。先月29日の首相官邸前20万人デモのときは主催者は警察の街宣車の屋上からデモ解散を呼びかけようともしました警察も街宣車の屋上から「主催者も了解している」こととして盛んに解散を呼びかけました

しかし、「デモは警察の言論の場ではない!」(小倉利丸「日本のデモに表現の自由はない」)のです。こうしたデモを規制、かつ妨害する側としての警察の警告演説を許し、自らも警察車両に乗って解散を呼びかけようとする態度は市民のデモの権利とはなんなのかをまったく知らないデモ主催者としてはあまりにもお粗末すぎる態度だといわなければならないでしょう。こうした主催者の態度を「暴動化の予兆をあらかじめ抑えた感動的な女性スピーチ」と評価する向きがありますが、それは違う、と思います。デモ主催者側はあくまでもデモの市民的権利を主張して世界の民主的諸権利のあるほとんどの国々でふつうに行われている車道を全面的に開放したデモ、梯団の間を数百メートルも開けさせるようなことがない道路全体を使用することのできるデモの権利を主張するべきであった、また、主張するべきであると思うのです。

今回の警察の過剰警備の問題はそうしたデモの権利をデモ主催者側が主張しなかったところにおそらく原因の一端はあるでしょう。7月6日のデモのとき、国会議事堂前駅の出口が警察によって封鎖されていなかったならばデモの参加者はもっともっと増えていたはずです。デモの梯団の間の間隔を警察が強制するのではなく、主催者側の常識に委ねていたならば、また、デモ隊の列が7つのエリアに分断されていなかったならば、デモの見栄えはもっと壮観になっていたはずです。マスメディアや一般市民に与えるインパクトはもっともっと大きかったはずです。

はじめに官邸前の金曜日デモのきっかけをつくったデモの主催者にはそういうことを考えていただきたかった。そして、これからさらに参加を続けようとする私たちはそういうことを考えるべきだと思います。

しかし、デモを規制しようとする側の警察は道路交通法や公安条例を盾に参加者が歩道をはみ出るようなデモ、警察が示す条件をのまないようなデモは決して許可しようとしないでしょう。だからといって、いたずらに警察に迎合する必要は私はないと思います。デモの権利を侵害するような警察の提示する条件はあくまでも拒否すべきです。そして、デモを断行すべきです。あくまでも非暴力を前提に考えられるさまざまな手立てを模索しながら。
昨日13日の官邸前脱原発デモの規模と警察の市民のデモの権利を侵害する過剰警備の様子はこちらの報道ステーション(テレビ朝日)とANN NEWS(同)のテレビ報道が広角的に(航空撮影なども交えて)よく伝ええているように思います。前回、前々回と同官邸前デモの取材を続けている報道ステーションサブキャスターの小川彩桂さんは同番組で今回のデモを取材した感想として「確実に人数は増えていて、官邸前にワッと集まれないだけで、国会回りいたるところに人の集まりができているんですよね。警備が敷かれていて規制も張られているのであまりワッと集まれないようになっているんですけれどもおひとりおひとりの声がほんとうに大きくなっていて、思いが強くなっているというのを感じました」と述べていました(★)。ANN NEWSの「官邸前の『反原発』デモ過去最大規模に」という報道は予想でしかありませんので実際に「過去最大規模」だったかどうかについてはその実数は確かめるすべはありませんが、しかし、私もテレビ報道を観ていて「確実に人数は増えて」いることだけは私の眼の感覚としても実感することはできました。

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デモ参加者を歩道に押し込める鉄柵(前方)。
官邸周辺の歩道の周りをびっしりと包囲する警察車両(後方)

それにしても、あまりもの警察の過剰警備よ、と深い嘆息と激しい怒りの思いがこみあげてくるのを抑えることができません。

★しかし、同報道ステーションの報道では官邸前デモ参加者について「2万に近くの人が集まる」というテロップも流していました。この「2万」という数字は警察の非公式発表の数字をもとにしていると思われます。東京新聞(2012年7月14日 朝刊)の記事には「警視庁関係者によると、同じく非公表ながら最多だった前回の二万一千人をやや下回った」とあります。しかし、主催者発表は「前回とほぼ同じ十五万人」(同左)です。デモ参加者を極力少なく見せようとして発表する警察発表(非公式)をもとにしてデモ参加人数を自社調べのようにして報道する報道ステーションの報道の姿勢はインディペンデントであるべきメディアの報道姿勢としては批判されるべきだし、数字を示す場合は少なくとも「警察(非公式)発表」として示すとか、あるいは「主催者発表」と「警察発表」とを並列的に示すとかするのがメディアとしての最低限の義務(メディア・リテラシー)というべきでしょう。

ところで気になるのは報道ステーションサブキャスターの小川彩桂さんも官邸前デモ取材の感想として述べていた「(厳重な)警備が敷かれていて規制も張られているのであまりワッと集まれないようになっている」という警察の過剰警備の問題です。今回の警備では官邸周辺の歩道の周りを多数の警察車両がぎっしりと取り囲み、また歩道の周りには鉄製の柵も設けられ、参加者は狭い歩道の中に押し込められました。さらにデモ隊の列は7つのエリアに分断され、それぞれのエリアは多くの警察隊の包囲網で遮断されるしかけにもなっていました。このような状態をあるデモ参加者は「大袈裟でなく『オリの中の猛獣』状態」だったと証言しています(あるMLより)。さらにまた官邸に最も近い国会議事堂駅前の4つの出口は一か所に制限されました。「霞ヶ関駅を出ると、そこに動員されているおびただしい警官たち、警官輸送車の数に驚かされました。まるで警察の集会状態でした。これでは『一般の』人々はびびってしまうなあ、と思」ったとこのデモ参加者は証言しています(同左)。
7月6日のデモのときは国会議事堂前駅の出口が警察によって封鎖され、デモに参加しようとした多くの人々が駅構内に封じ込められてデモに参加することができなくなったという事態も発生しています。

こうした警察の過剰警備は明らかに市民のデモをする権利の侵害だといわなければなりません。市民のデモをする権利は憲法で保障されている国民の基本的権利です(憲法第21条)。その国民の基本的権利を憲法よりも下位の行政法のひとつでしかない道路交通法や地方自治体の公安条例などの規定を拡大解釈して上記のごとく不当に制限しようとする。こうした警察の過剰警備は明らかなる憲法違反というべきであって、こうした警察の過剰警備は決して許してはならない、はずなのですが、上記の東京新聞の記事によれば、こうした過剰警備、すなわち「官邸前と国会正門前を活動の中心ポイントとし、周辺に百人以上の誘導員を配置。参加者は誘導に従って移動」するという過剰警備は「主催する首都圏反原発連合(と)警視庁と協議の上」決められた、ということです(★「と」の原文は「は」)。

官邸前の金曜日デモの最初のきっかけをつくった首都圏反原発連合を批判したいわけではありませんが、この首都圏反原発連合有志の判断は誤っていると私は思います。先月29日の首相官邸前20万人デモのときは主催者は警察の街宣車の屋上からデモ解散を呼びかけようともしました警察も街宣車の屋上から「主催者も了解している」こととして盛んに解散を呼びかけました

しかし、「デモは警察の言論の場ではない!」(小倉利丸「日本のデモに表現の自由はない」)のです。こうしたデモを規制、かつ妨害する側としての警察の警告演説を許し、自らも警察車両に乗って解散を呼びかけようとする態度は市民のデモの権利とはなんなのかをまったく知らないデモ主催者としてはあまりにもお粗末すぎる態度だといわなければならないでしょう。こうした主催者の態度を「暴動化の予兆をあらかじめ抑えた感動的な女性スピーチ」と評価する向きがありますが、それは違う、と思います。デモ主催者側はあくまでもデモの市民的権利を主張して世界の民主的諸権利のあるほとんどの国々でふつうに行われている車道を全面的に開放したデモ、梯団の間を数百メートルも開けさせるようなことがない道路全体を使用することのできるデモの権利を主張するべきであった、また、主張するべきであると思うのです。

今回の警察の過剰警備の問題はそうしたデモの権利をデモ主催者側が主張しなかったところにおそらく原因の一端はあるでしょう。7月6日のデモのとき、国会議事堂前駅の出口が警察によって封鎖されていなかったならばデモの参加者はもっともっと増えていたはずです。デモの梯団の間の間隔を警察が強制するのではなく、主催者側の常識に委ねていたならば、また、デモ隊の列が7つのエリアに分断されていなかったならば、デモの見栄えはもっと壮観になっていたはずです。マスメディアや一般市民に与えるインパクトはもっともっと大きかったはずです。

はじめに官邸前の金曜日デモのきっかけをつくったデモの主催者にはそういうことを考えていただきたかった。そして、これからさらに参加を続けようとする私たちはそういうことを考えるべきだと思います。

しかし、デモを規制しようとする側の警察は道路交通法や公安条例を盾に参加者が歩道をはみ出るようなデモ、警察が示す条件をのまないようなデモは決して許可しようとしないでしょう。だからといって、いたずらに警察に迎合する必要は私はないと思います。デモの権利を侵害するような警察の提示する条件はあくまでも拒否すべきです。そして、デモを断行すべきです。

では、逮捕者が出るではないか、という懸念には及びません。官邸前の金曜日デモを国会議員に対する請願行進に切り替えればよいのです。下記の週刊金曜日発のツイッターを見てこのヒントを得ました。

「めも(浩) RT @NUKESTORIA: 官邸前デモの時、デモ中止せよといっていた警視庁のおっさんが「請願権を使え」と怒鳴っていた。60年安保の時のように「請願デモ」にしたら、請願デモにいく人の列を警察は規制することができない。国会議員が請願を受け付けるとの証しさえあれば(週刊金曜日@syukan_kinyobi 2012年7月12日)

警察(警視庁)がデモ規制の根拠にしている法令は東京都の集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例、いわゆる公安条例の第一条ですが(★)、その公安条例第一条の規定は次のようなものです。

「第一条 道路その他公共の場所で集会若しくは集団行進を行おうとするとき、又は場所のいかんを問わず集団示威運動を行おうとするときは、東京都公安委員会(以下「公安委員会」という。)の許可を受けなければならない。」

そして、上記にいう「集団示威運動」の解釈(判例)は次のようなものです。

「東京都公安条例に言う『集団示威運動』とは、多数人が彼等に共通な目的達成のため共同して不特定多数の者に影響を及ぼしうる状況下で威力若しくは気勢を示しつつその意見を表明する行動を言う」(昭和36年8月22日東京地裁判決)

ところで国会議員に対する請願行進はいうまでもなく「不特定多数の者に(略)意見を表明する行動」ではありません。国会議員という特定者に対して「意見を表明する行動」です。したがって、公安条例による規制はこの請願行進には及びません。もちろん「請願権」は憲法 第16条に明確に規定されている国民の権利だからというのが本来的な理由ですが、ともあれ警察は公安条例を盾にデモを規制することはできません。

だから、請願行進は次のような形で許可されています。

「現在、労働組合や市民団体などは、出発地点からはデモ行進を行い、国会周辺に近づいた時点で請願行進に切り替え、議員面会所前で国会議員への請願行動を行う条件で許可を得ている。」山内徳信参議院議員の質問主意書より)

山内徳信参議院議員の質問主意書に対する答弁書

上記のこと、ぜひ検討していただきたいものです。
あるメーリングリストで7月29日が投票日の山口県知事選に立候補する意志を表明をしている飯田哲也氏を勝手連的に応援しようという呼びかけがありました。以下は、その呼びかけに疑問を呈する私の問題提起です。弊ブログにおいてもエントリさせていただこうと思います。

上関原発建設を阻止する  
上関原発建設を阻止するシーカヤッカー

上関原発建設阻止行動 
上関原発阻止のために集まる祝島のお母んたち

選挙とは有権者としては一般に「ベストではないがベター」を選択する行為ですから、勝手連的に飯田哲也氏を応援しようとすることに私は反対しようとは思いません。が、賛成もできません。

その賛成できない、しかし、反対しないひとつの理由は下記の毎日新聞(山口版)の記事に紹介されている共産党の主張と共通する点があります。

「7月29日投開票(同12日告示)の知事選について、共産党県委員会(佐藤文明委員長)は5日、候補擁立を見送ると発表した。現段階では、推薦や勝手連的支援を行うことも考えていないという。/佐藤委員長と藤本一規県議団長が県庁で記者会見。これまで出馬を表明した4人のうち、脱原発と自然エネルギーへの転換を掲げているNPO法人所長、飯田哲也(てつなり)氏(53)に対する県民の期待の声に配慮し、「脱原発の票を割らない」との観点から候補擁立を見送ると説明した。/一方で、飯田氏が出馬表明する以前、同党が批判する橋下徹大阪市長の要請を受けて大阪府・市の特別顧問を務めていたことや、現在も橋下氏の政治手法の一部を評価していることに懸念があるため、党としての支援は行わず、選挙期間中に知事選向けの集会はしない。ただし、選挙にあたって党員の行動に枠ははめないという。/佐藤委員長は会見で「飯田さんが出なければ、候補を出している」と述べた。」(「2012年知事選:共産、候補擁立を見送り 飯田氏への期待に配慮 「脱原発票割らぬため」 /山口」毎日新聞〔山口版〕 2012年07月06日)

飯田氏が私のいうあのプチ独裁、ポピュリスト、その反民主主義性において際立つ違憲、違法、不当な思想調査アンケートを強行した大阪市長の橋下ブレーンの一員として大阪府・市の特別顧問を務めていたこと。現在もその橋下氏の政治手法の一部を評価していることが、私も飯田氏の応援を支持できない大きなひとつの理由になっています。

しかし、私が飯田氏を支持できない理由はそればかりではありません。飯田氏を支持できない第2の理由は、飯田氏を私はほんものの脱原発主義者とみなすことができないからです。このことについても私は本メーリングリストでも繰り返し指摘しています。以下、この点について書いた私のブログ記事を3本に絞って再度ご紹介しておきます。

飯田氏がエセ脱原発主義者でしかないという彼の〈実質〉と〈実態〉の評価については下記の拙論をご参照ください。そして、そこで参照しているリンク先の記事をお読みください。

(1)三度、飯田哲也氏の「脱原発」主張の評価について――前田朗氏の反論に再度応える(弊ブログ 2012.04.09)

飯田氏の「脱原発」主張と「原発再稼働反対」主張の虚偽性の指摘については下記の拙論をご参照ください。

(2)ある返信 ――再び橋下徹、古賀茂明、飯田哲也の「脱原発」主張の虚偽性について(弊ブログ 2012.04.04)

(3)「大阪市の関西電力への株主提案について」という森岡孝二さん(関西大学経済学部教授)の橋下市政評価について(弊ブログ 2012.04.13)

上記(3)の記事で指摘している飯田氏や元経産省官僚の古賀茂明氏ら大阪府・市特別顧問が原発再稼働容認の3つの条件のうちのひとつとしている「原子力発電所の事故発生時における賠償責任が本会社の負担能力を超えない制度の創設」という条件については私はとりわけ煮えたぎるような怒りを感じます。「人の尊厳と生命の値段は『会社の賠償責任負担能力』の範囲内で量り売りされる程度のものでしか」なく、「人の尊厳と生命」「よりも株主利益を保守することの方が重要、と言っているに等しいネオリベ(新自由主義者)の論理丸出しの認識といわなければならないからです。

右のビデオニュース・ドットコムでの飯田氏と神保哲生氏と宮台真司氏との鼎談を聴いても、飯田氏はたしかに上関原発建設反対ということは言っています。しかし、その反対の内実は上関原発の建設は経済的合理性がないから反対ということであって、「脱原発」を志向するから上関原発建設反対ということではありません(「飯田哲也:祝島の激突にみる電力会社の非合理と民主党の失敗」)。飯田氏の実態はネオリベ的「原発合理主義者」というところでしょう。飯田氏は決して「脱原発主義者」ではありません。

飯田氏の右の「祝島自然エネルギー100%プロジェクト」の提唱についても疑念があります。

その疑念の第1は、飯田氏には過去に原発推進派と自然エネ普及を巡って妥協を重ねたり、事実上、原発をバックアップ電源として使うグリーンニューディールを称賛していたという過去があるという点です。飯田氏はこの過去を清算してはいません(下記URLの最下段の指摘を参照)。
http://www47.atwiki.jp/goyo-gakusha/pages/1041.html

疑念の第2は、自然エネルギーはほんとうにクリーンといえるか、という問題です。また、飯田氏の提唱する「自然エネルギー100%プロジェクト」は単なるエコ・ビジネスの一環にすぎないのではないか、という疑念です(下記URLの柄谷行人氏の発言に言及している部分を参照)。飯田氏の本質は新自由主義者というところにあると見ておいた方がよいでしょう。
http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-339.html

飯田氏が仮に県知事となって県政を担うことになったとして庶民の立場に立った革新的政治を貫けるか? そうならない公算の方が私はきわめて高いように思います。新自由主義者の真骨頂は庶民の生活切り捨ての経済合理主義の貫徹にあるからです。おそらく飯田氏はそちらの方向になびいて行くでしょう。そのことは飯田氏が橋下ブレーンの一員として大阪府・市の特別顧問になっていた事実が実証しています。

私がそういうことよりもさらに恐れるのは、飯田氏のほんものとはいえないエセ「脱原発」主張に幻想を抱くことによって、ほんものの「脱原発」社会の構築が遠ざかっていきはしないかということです。気がつけば原発推進社会に逆戻り、ということではときはすでに遅いのです。

ただ、飯田氏が他の候補者とくらべて「ベストではないがベター」の候補者であることはたしかなように思います。勝手連的な飯田哲也氏応援にあえて反対しないゆえんです。ただ、上記で私が指摘していることは十分に考えていただきたいとは思っています。

追記(7月12日):

上記の私の問題提起の直接の名宛人から飯田氏は先日山口県
宇部市であった講演会の質疑応答
で橋下大阪市長が「思想や信
条を教育現場等で押しつけることへの異議を主張」していた旨の
返信が返ってきました。しかし、上記の飯田氏の弁明は事実に反
しています(すなわち、ウソです)。以下、そのことについて述べた
私の再返信です。

(上記の件について)事実関係だけははっきりさせておいた方がよいと思いますのでひとこと述べておきます。

飯田氏は先日の宇部市の講演会で「思想や信条を教育現場等で押しつけることへの(橋下氏への)異議を主張」していたということですが、飯田氏はその橋下氏が出演していた1月28日に放送された「朝まで生テレビ」を観た感想を同月30日付けのツイッターで次のように述べています。

「橋下徹大阪市長(@t_ishin)を囲む企画の朝生(1/27)をiphoneへの録画で見る。批判サイドが抽象論・形式論・重箱のスミ論に留まっていたのに対し、政策の実質・実現などリアルを問い続ける橋下市長の独壇場。問題意識とアプローチが飯田も全く同じで共感 #asamadetv」
http://twitter.com/iidatetsunari/status/164176146769002496

その「朝まで生テレビ」で橋下氏は教育問題に関して次のように述べていました。

・28日、テレビ朝日系「朝まで生テレビ」の一幕。
薬師院教授 「子供を抜きにして思想を語ってほしくない。現実問題として、君が代で現場が混乱することは事実なんです」
橋下市長 「立って歌えば混乱しない」
薬師院教授 「混乱することは事実なんです」
橋下市長 「座るから混乱するんです」
薬師院教授 「違う。たとえ何が原因であれ混乱することは事実なんです。教員が悪かろうが公務員が悪かろうが、混乱することは事実なんです。そして、その間にうちの子は中学終わっちゃうんです」
田原総一朗 「だから混乱しないように立てと言ってるんだよ」
共産・山下氏 「それは思想信条に対する介入だ。最高裁判決出てるんですよ」
橋下市長 「公立の先生やめて、私立の先生やればいいんです」
共産・山下氏「恫喝だ!」
橋下市長 「公務員なんですもん」
共産・山下氏 「それこそ恫喝ですよ、立って歌わない先生は去れって。最高裁の判決でそれやっちゃダメだって。守らないんですか?」
橋下市長 「(最高裁の判断は不起立だけで重い処分を課すことに言及しているが)不起立だけで処分はしない。指導研修やって、憲法と法令と条例に基づいて条例守りますという服務宣誓出させる。その宣誓書を3回も4回も出してるのに守らない教員を居座り続けさせていいんですか?」
共産・山下氏 「思想信条の自由と今言ったことは…」
橋下市長 「思想良心じゃないんです、これは。『条例違反をしません』という宣誓書なんです」
共産・山下氏、薬師院教授、元大阪市教育委員長が3人一斉に発言。
「違う。日の丸君が代問題は思想信条の自由なんです。」
「現場が混乱してるでしょ、今、今」
「君が代で子供たちがとばっちり受けてるんだ」

上記の教育問題に対する橋下氏の発言に関して共産党の山下氏は「恫喝だ」と反論し、元大阪市教育委員長の池田知隆氏も「どう喝による教育支配は時代錯誤だ」と反論。出演者の他の2氏もほぼ同様の反論をしています。

そのような橋下氏の「朝まで生テレビ」での発言に対して飯田氏は上述のツイッタ―で「政策の実質・実現などリアルを問い続ける橋下市長」と称賛した上で「問題意識とアプローチが飯田も全く同じで共感」とまで絶賛しているのです。

飯田氏は宇部市であった講演会で「思想や信条を教育現場等で押しつけることへの(橋下氏への)異議を主張」していた、ということですが、その飯田氏の主張は事実に反しているように私は思います。
孫崎享氏(元外務官僚・元防衛大学校教授)の新著『戦後史の正体』が一部で評判になっているようです。

戦後史の正体

たとえば次のような具合です。

「出版社の担当者から私のところへその後の経過報告が入った。/ついに「戦後史の正体」(創元社)がアマゾンの売り上げ首位に躍り 出たという。/私が一週間ほどまえにインターネットで宣伝した時は80位ぐらい だったが、あっという間に一位に急上昇したのだ。/驚異的な前評判だ。」
 
「孫崎享という元外交官がそのような本を世に出した事自体が大事件である。/そしてその孫崎氏が真っ先にこの本を読んで欲しいと指名したのが三年後輩の私であった。/この本を一番正しく評価できる者は私において他にないというわけだ。/そして私はその期待に見事に応えたようだ。/私の書評がこの本の凄さに点火してしまった。/政局とからんでこの本は全国国民に爆発的に読まれることになるだろう。」(前代未聞の「戦後史の正体」(創元社)の前評判」天木直人のブログ 2012年07月03日

この「前代未聞の『戦後史の正体』(創元社)の前評判」には経済評論家の植草一秀氏やフリージャーナリストの岩上安身氏も一枚噛んでいるようです。天木氏を含めていずれも小沢一郎氏支持を熱烈に公言している小沢派評論家、小沢派ジャーナリストと呼んでよい人たちです。

私は孫崎氏の新著の『戦後史の正体』はまだ読んでいませんので(7月末発売予定)その著書自体の評価をすることはできませんが、孫崎氏の新著の「前評判」のありようについては大きな違和があります。その違和はひとことで言ってこの「前評判」なるものは主に小沢派評論家、小沢派ジャーナリストと呼んでよい人たちによって創られた〈小沢賛美〉というきな臭い政治臭のふんぷんとする意図的な「前評判」でしかないのではないか、という拭いがたい疑念をともなう違和です。

孫崎氏の新著『戦後史の正体』の「前評判」はたとえば次のようなものです。

「国民の大多数が反対する消費税増税がなぜ強行されるのか。/福島原発事故の収束さえも出来ない中で原発再稼動がなぜ強行されるのか。/沖縄住民を危険にさらす米海兵隊の輸送機オスプレイが住民の反対を押し切ってまでなぜ強行配備されるのか。/野田佳彦という凡庸な政治家がなぜ首相策を強行できるのか。/そんな野田首相を財界やメディアはなぜ支持し続けるのか。/そんな野田首相の間違った政治を真っ向から批判する政治家がなぜ小沢一郎一人しかいないのか。/正しい事を主張する小沢一郎がなぜこれほどまでに人格攻撃されるのか。/不当起訴されるのか。/なぜメディアがこぞって小沢一郎を叩くのか。/まともな日本国民であれば、どう考えてもおかしいと思うはずだ。/その疑問に見事に答えてくれる本が7月30日に発売される。『戦後史の正体』(孫崎享著 創元社)がそれだ。/物凄い本が出たものだ。」

上記の本の帯によくあるようなキャッチコピー風の小沢氏評価は、ネオリベ自民党別働隊政党のみんなの党思想極右の稲田朋美を支持し、かつ、小沢一郎を支持する思想はちゃめちゃ自称「革新」の天木直人氏の筆によるものです。

上記で天木氏は次のように書いています。

①「そんな野田首相の間違った政治を真っ向から批判する政治家がなぜ小沢一郎一人しかいないのか」②「正しい事を主張する小沢一郎がなぜこれほどまでに人格攻撃されるのか」、と。

しかし、①の天木氏の論は小沢ひいきのゆえの事実を捻じ曲げた誇張にすぎません。先の衆院での消費税増税法案採決では共産党も、社民党も、そしてみんなの党の渡辺喜美氏も「野田首相の間違った政治を真っ向から批判」しています。

②については上記の思想極右の稲田朋美を支持で引用しているkojitaken氏も、そして私も、さまざまな場面で「事実」に基づいた小沢批判をしています。たとえば私の小沢批判の最近の論は次のようなものです。

小沢氏の民主党離党にあたって~「小沢は脱原発派」という虚構を創ってまで小沢氏をあくまでも支持しようとする脱原発派の人たちに謂う(弊ブログ 2012.07.02 )

この「人格攻撃」云々という天木氏の小沢批判者批判も著しく事実を捻じ曲げた小沢ひいきゆえの誇張にすぎません。

さらに「前代未聞の『戦後史の正体』(創元社)の前評判」というブログ記事では孫崎亨氏の『戦後史の正体』という新著に関連して天木氏は次のようにも書いています。

「そしてその孫崎氏が真っ先にこの本を読んで欲しいと指名したのが三年後輩の私であった。/この本を一番正しく評価できる者は私において他にないというわけだ。/そして私はその期待に見事に応えたようだ。/私の書評がこの本の凄さに点火してしまった」

と。

天木氏は自身で自分のことを「私の書評がこの本の凄さに点火してしまった」とか「孫崎氏が真っ先にこの本を読んで欲しいと指名したのが三年後輩の私であった」などと恥じらいも衒いもなく書く。恐ろしいほどの「天真爛漫」ぶりです。

このような恐ろしいほどの自惚とその自惚を自惚とも自覚しない無恥極まる御仁の論を私は信用しませんし、展開されている論も上記のとおりデタラメです。このような人が自作、推奨する「前評判」への違和が〈小沢賛美〉自作自演劇ではないかという拭いがたい疑念をともなう違和の第一です。

さらに孫崎氏の発信するツイッターによれば、同氏の『戦後史の正体』を推奨する人はほかにも植草一秀氏や岩上安身氏、長谷川幸洋氏(東京新聞・論説副主幹)などの面々もいるようです。

この人たちの思想、論についても、私には次のような違和があります。この違和もこの「前評判」は〈小沢賛美〉の自作自演劇(★)ではないかという拭いがたい私の疑念を補強するものです。

★ここで私のいう自作自演劇とはおのれの行動が結果として組み込まれてしまった自作自演劇ということを意味し、必ずしも実態的、意図的な自作自演劇ということを意味しません。

植草一秀氏の思想については私は次のような批判を書いています。

NPJシンポ植草報告「普天間基地移設問題の行方」を読んで ―間接的NPJシンポ感想とでもいうべきもの(弊ブログ 2010.04.23)

参考として小沢氏及び小沢氏支持者批判者として鋭い論を展開しているkojitaken氏の植草氏批判も下記に掲げておきます。(ただし、下記の文章はkojitaken氏の植草氏批判初期のもので、年月を追うごとにkojitaken氏の植草氏批判のその批判の度合いは強くなっていきます)。

「植草一秀さんを中心にした反自民の結集」には応じられない(きまぐれな日々 2008.06.25)
植草一秀さんへの注文(きまぐれな日々 2008.06.27)

岩上安身氏及び同氏の所属する自由報道協会についても私は次のような批判記事を書いています。

「小沢裁判」という旅のくぎりに ――上杉隆や岩上安身をはじめとする「小沢派」ジャーナリストの自壊と瓦解について(弊ブログ 2012.04.28)

長谷川幸洋氏(東京新聞・論説副主幹)の論については私も学ぶところは多々あるのですが、下記の記事で批判している半田滋氏(東京新聞編集委員)の思想的ひ弱さに通じる危うさを感じています。

普天間問題 マス・メディアに勤める記者の限界というべきなのか ―半田滋さん(東京新聞編集委員)の立ち位置について(弊ブログ 2010.04.11)

また、直接の孫崎享氏批判ということではありませんが、一般に「インテリジェンス」(諜報・情報分析)というものについて、また「インテリジェンス」を受容する際に私たちが陥りやすい危うさについて以下のような記事も書いています。

山崎康彦さんの論文への反論3 ―「インテリジェンス」(諜報・情報分析)というとことごとしいけれども、要するに不確かな裏情報のひとつにすぎないのではありませんか?(弊ブログ    2010.08.09)

以上の論、あるいは論の紹介はあくまでも孫崎享氏の新著『戦後史の正体』の小沢評論家、小沢ジャーナリストたちの「前評判」への私の違和感であって、孫崎氏の新著『戦後史の正体』そのものへの批判ではありません。孫崎氏の新著『戦後史の正体』そのものの評価は別の機会にでも書くことになると思います。
今日、民主党元代表の小沢一郎氏が民主党に離党届を提出しました。報道によれば、この日同党に離党届を提出したのは小沢氏を含めて衆議院議員40人、参議院議員12人の合わせて52人(★)だということです。

★その後、辻恵衆院議員と階猛衆院議員の2人が離党届を撤回し、この日離党届を提出したのは衆院38人、参院12人の計50人になったということです(時事通信 2012年7月2日20:07)。

小沢氏が民主党を離党する直接の原因はいうまでもなく先の26日午後の衆院本会議の消費税増税法案の採決で小沢氏を含む民主党議員57人(棄権・欠席議員を含めると73人)が反対に回ったことにありますが、このことをもって小沢氏の(前回衆院選時の)マニフェスト重視の理念の大義を過度に言い募り、おのれの空想以外のなにものでもない、すなわち、事実に基づかない「小沢像」を勝手に構築し、それゆえに幻想、幻視、夢想としかいうほかない小沢政権の実現に期待する向きが一部にありますが、その彼ら、彼女たちの幻視の「小沢像」は最近では脱原発世論の高まりを受けてのことでしょう。「小沢一郎は脱原発主義者に転換した」という虚構の物語まで創りだしています。

小沢氏が真に脱原発主義者に転換したというのであれば、それはそれで大いに歓迎するべきことですが、それが虚構の物語でしかないのだとすると、その政治的な弊害は大なるものがあるといわなければならないでしょう。たとえば先日29日の首相官邸前20万人デモや7月1日にリサイクルショップ「素人の乱」の松本哉さんたちが主催した原発やめろ野田やめろデモ!!!!!のゆきつくところが虚構の物語としての「脱原発主義者の小沢支持」ということにでも仮になれば、もはや政治に脱原発を期待することなど望むべくもない。私たちの国が後戻りのきかないポイント・オブ・ノーリターン(帰還不能点)の地点に陥没することは明白である、といわなければならないからです。すなわち、小沢一郎氏は原発容認主義者ではあっても、脱原発主義者では断じてありえない、ということです。

以下、そのことを少し論証しておこうと思いますが、小沢一郎氏が脱原発主義者ではありえないことは次の朝日新聞記事がひとつの傍証になっているでしょう。この件についてつい最近の朝日新聞の社説(2012年6月23日付)は次のように述べています。

小沢氏は『選挙になれば反増税と脱原発を掲げて戦える』と側近議員に語ったという。/だが、反増税はともかく、脱原発や原子力政策のあり方について、本人の口からまとまった主張は聞いたことがない。

上記は政治家の発言を組織的にウォッチ(情報収集)し、チェックするという意味でプロ集団というべき大手メディアの論説委員会のこの件についての主観とは別次元の事実に関する判断です。ほぼ正確な事実判断と見てよいと思います。小沢一郎ウォッチャーのひとりとして有名なkojitaken氏もこの件について次のように補足しています。

昨年、『AERA』で脱原発宣言をしたぞと、当時「きまぐれな日々」のコメント欄常連だったcube氏がうれしそうに書いていたが、記事を読んでみるとニュースソースは川内博史だった。記事は、小沢真理教の使徒・川内博史が語る伝聞形の「小沢先生のお言葉」を『AERA』が記事にしたものに過ぎなかった。この例に見られるように、自らは決して主張を鮮明にしない小沢のやり方を朝日に『脱原発や原子力政策のあり方について、本人の口からまとまった主張は聞いたことがない』と突かれている。(「朝日新聞もひどいが小沢一郎もひどい」kojitakenの日記 2012-06-23)

ちなみに私も小沢一郎ウォッチャーとして小沢氏の発言を注意深くチェックしている者のひとりですが、小沢派の議員が電力総連(東京電力労組)から多額の政治献金を受けている(「AERA」 2011年4月25日号)などという情報は耳にする、あるいは目にすることはあっても、「脱原発」を明確にするたぐいの小沢氏の発言は寡聞にしてこれまで耳にし、目にしたことは一度もありません。上記で見た「小沢一郎は脱原発主義者に転換した」という一部の小沢支持者の認識は虚構の物語を紡ぐことだけに寄与する事実誤認の認識といわなければならないでしょう。

しかし、ある人は、上記の私の論に次のような異議申し立てをしてきました。朝日新聞のオピニオン面に脱原発に関する小沢氏の明確な発言が紹介されていた、と。しかし、この異議申し立ても事実誤認の論であることは以下のとおりです。

朝日新聞のオピニオン面における脱原発に関する小沢氏の発言とは2012年2月24日付けの朝日新聞オピニオン面の小沢氏インタビュー記事のほかありませんが、そのインタビュー記事における小沢氏の「原発」問題に関する発言は全インタビュー記事のうち以下の部分のみです。

「――震災3カ月で菅内閣不信任案に賛成しようとした理由は。

僕は原発が水素爆発した直後から『メルトダウンしている』『全ての情報を公開しろ』と言い続けてきた。政府が認めたのは何カ月も後だ。そういう隠蔽体質、役所も含めてきちんと整理できなかったのはトップの責任になる。何よりも国政選挙(参院選)に負けたのに辞めなかった。首相が何人目などというのは関係ない。選挙の責任者が負けても居座るのは、議会制民主主義に禍根を残す。これらのことで(菅内閣は)国民の信頼を失っていた

――震災から1年。原発の見直しの機運が失せています。

原発はあくまでも過渡的エネルギーだ。新しいエネルギー開発に全力をあげてこなかったことは、我々も反省すべき点だが、今ここで放射能を完全に封じ込めないと日本の将来はない。政府は『収束宣言』を出したが、何が収束したのか。避難した人たちが帰ることができるのかどうかさえ明言しない。こんな無責任な政治はない(「朝日新聞単独インタビュー (Ozawa Ichiro Website 発言・出演記録 2012.02.23、24 朝日新聞朝刊)」より)」

小沢氏が「原発」に関してここで述べているのは、①「原発が水素爆発した直後から『メルトダウンしている』『全ての情報を公開しろ』と言い続けてきた」こと及び②「原発はあくまでも過渡的エネルギー」、③「今ここで放射能を完全に封じ込めないと日本の将来はない」の3点のみです。

上記で小沢氏は脱原発について「明確な発言」をしているでしょうか? していません。

①は脱原発について述べたものではないことは明らかです。

②も「原発はあくまでも過渡的エネルギー」と述べているだけで、脱原発について述べたものではありません。むしろ原発を「過渡的エネルギー」として評価し、原発稼働の現状を容認している、とも読み取れる発言です。

③の「放射能を完全に封じ込め」る発言も原発稼働を前提にした発言のようにも受けとめられます。「放射能を完全に封じ込め」る発言は原発推進論者もこれまで同様のことを言ってきたのであり、その発言が原発稼働の前提としての「安全神話」を形成してきたからです。ほんとうに「放射能を完全に封じ込め」るためには放射能発生源を遮断する。すなわち原発を全廃する以外ありませんが、だからといって「放射能を完全に封じ込め」る発言をイコール「脱原発」発言とみなすことはできません。繰り返しになりますが、同様のことは原発推進論者も主張しているからです。

2012年2月24日付けの朝日新聞オピニオン面の小沢氏インタビュー記事で、小沢氏は脱原発について、「明確な発言」をしている、という評価は誤った評価といわなければならないでしょう。小沢氏は上記記事で脱原発を「明確」にどころかいささかも主張していないというのが実相です。

小沢氏が「明確」に(実のところいささかも)脱原発を主張していないことは、上記のインタビュー記事が掲載されてから間もない2012年3月24日付けの次のツイッター情報でも明らかというべきでしょう。

小沢一郎氏が今日のTBSで「必要最低限の原発はすぐには止められないと思います」と発言。これはどう贔屓目に見ても原発再稼働容認発言ですが、小沢氏支持者の貴方は小沢事務所に抗議するつもりはありますか?真面目に聞いてみたくなりました。

さて、小沢氏は民主党を離党し、近いうちに「小沢新党」が結成される予定のようですが、真偽のほどは定かではありませんが、その新党のマニフェストとしてあらたに「消費税反対と脱原発」が明確化され、盛り込まれるという話(追記:読売新聞 2012年7月3日)があります。

仮にその話が真だとすれば、それはそれでよいことです。反対することではありません。が、「脱原発」を明確にするということであれば、その前に「小沢新党」はやるべきことがあります。すなわち、東京電力労組の電力総連からそれぞれ少なくとも3300万円と700万円の個人献金を受けていると報道されている(週刊誌「AERA」2011年4月25日号)旧小沢派の藤原正司議員と吉田治議員を旧小沢派内に抱え込み、その彼らに対してなんらの処分らしき処分もしてこなかったことへの痛恨かつ真摯な反省の弁を「脱原発」のあらたなマニフェスト発表時に開陳することです。また、彼らを「小沢新党」に誘うべきではありません。それらの措置を一切とらないで仮に「脱原発」を新党マニフェストに掲げたとしても信用するに足らない。ということは、子どもにでもわかる理屈のはずです。

私に朝日新聞オピニオン面に脱原発に関する小沢氏の明確な発言があると断言した人は、その論の虚構がわかった後でも、今度は自由報道協会によるインターネット報道(ニコニコ動画)などで小沢氏は脱原発発言をしていたかのような根拠のない主張を繰り返しています。このような態度、姿勢で「政治」を、ましてや「政治革新」を語る資格があるというのか。真摯におのれに問い直していただきたいものだと私は思います。

そして、小沢氏を支持すること(小沢氏が「脱原発」を明確に打ち出さないままで)と原発推進政党の民主党を支持することは脱原発派としてのおのれの信念、矜持と相容れないということにならないか。そのことをも真摯におのれに問い直していただきたいものだと私は思います。