大山千恵子さんがご自身のブログ「千恵子@詠む...」(2012年6月29日)で「警官のOBつかう福祉課なり 怖いじゃないか生保は罪か!?」という警鐘の短歌一首を書いておられます。

その短歌に添えられている詞書は次のとおりです。


生活保護相談窓口:警官OB、資格なし 人手不足で8自治体が配置 毎日新聞6月26日

>生活保護業務のトラブル対策のために警察官OBを雇用した全国74>自治体のうち、8自治体が必要な資格を取得させないまま、警察官O>Bを面接相談員やケースワーカー(CW)として配置していることが毎>日新聞の調査で分かった。

まえから指摘されていたが、具体的な数を調べた毎日新聞...えらいぞ。

>無資格者の配置は違法状態

そりゃないぜ。

>国は、暴力団員らによる不正受給を防いだり、窓口でのトラブルを処>理するため、警察官OBを雇用した自治体に人件費を全額助成してい>る。10年度は1道4県69市が制度を利用した。

国が推奨してるのか。とんでもないことだ。

警官は犯罪を犯したひとを捕まえるのが仕事。福祉課に、わざわざ無資格者を入れるなよ。

下記は大山さんのブログ記事への私のコメントです。

大山さん wrote:
警官のOBつかう福祉課なり 怖いじゃないか生保は罪か!?

まったくそのとおりですね。とんでもないことです。

これは憲法で保障された国民の権利の行使への国家、自治体ぐるみの<威圧>という形の明白な暴力的侵害行為です。

殊に警察OBを遣って、というところが姑息の限りです。

即刻やめさせる必要がありますね。

日弁連、各県弁護士会は連携して実情を調査し、政府及び厚生省当局、各自治体当局に対して即刻このような国家的暴力・威圧行為の中止を求める必要があるのではないでしょうか!?

私は強くそう思います。

このままでは生保だけでなく、国民の権利の総体がなしくずしにされてしまいかねません。

警察国家の到来(再来)は私は強く忌避します。
翻訳家、エッセイストの池田香代子さんが一昨日の24日に千葉県船橋市であった「そうだ、船橋行こう。電車でGO!野田退治デモ!再稼働はダメなノダ!」デモ(船橋市は野田首相の選出選挙区)について、あるメーリングリストに「終始ばかばかしくてほほえましくて、勢いのあるいいデモでした」というコメントを発信していました。

オキュパイ総武線~6.24船橋に向かうデモ隊 
オキュパイ総武線~6.24船橋に向かうデモ隊

そのコメントの続きはこうです。

「スピーチも『再稼働すべきはシャッター商店街だ』とか、『3分に1本黄色い電車を走らせてとJRにかけあったら、なんとかOKが出ました』(総武線はボディに黄色いラインが入っている)とか、若い人は目の付け所がよくてすてきでした。」

なお、池田さんがそのコメントに添付していた24日の集会・デモのこちらの映像記録を観ると、その「ばかばかしさ」と「ほほえましさ」と「勢い」の様子がよくわかります。

私はその池田さんのコメントに次のような返信を書きました。

池田さん

「終始ばかばかしくてほほえましくて、勢いのあるいいデモでした」とは言い得て妙のリマーク(短評)だと私も思います。「ばかばかしくて」、「ほほえましくて」、「勢いのある」、この三拍子がそろって妙のあるデモになるのですね。「ばかばかしくて」、「ほほえまし」いだけではダメだし、「勢いのある」だけでもダメ。どうしても三拍子が必要ですね。

しかし、私は、そういうことを理解した上でデモについてはいつも辺見庸の次の「悲嘆」(グリーフ)を想うのです。

辺見庸『抵抗はなぜ壮大なる反動につりあわないのか』(上)(弊ブログ 資料庫)
辺見庸『抵抗はなぜ壮大なる反動につりあわないのか』(下)(同上)

この辺見の悲嘆を古臭いだとか馬鹿馬鹿しいだとかいう御仁の説には私は同意しかねます。

もちろん、私も、ばかばかしいまでのドンチャン騒ぎは嫌いではありません。むしろ、好きな方です。が、私たちはドンチャン騒ぎの果てにふと空疎になるような瞬間(とき)があります。そのときの悲しさ、たまらないほどの辛さ、のようなものの中には人によってもちろん違うけれども政治へのたまらない絶望の思いだってたまにはあるのです。若者に仕事がない、ということだって詮ずれば政治のせいでしょう(もちろん、ほかの要素もたくさんあるでしょうが)。私の友人が仕事にあぶれて死んでしまった、というのも、もしかしたら政治の問題が関わっているかもしれない。

そんな思い、そんな辛さ、そんな怒り、がドンチャン騒ぎの「ばかばかしさ」や「ほほえましさ」の奥に〈見えない怒り〉としてあるかもしれない。空虚の思い、空疎の辛さをおぼろげながらも内心に抱えている。そういう思いのない「ばかばかしさ」や「ほほえましさ」は「もはや抜き差しならなくなった憤りというものがこもっていない。道は当然、揺れっこない」(辺見「抵抗はなぜ・・・」)。――私は言わずもがなのことを言っているのかもしれませんが、辺見の「悲嘆」(グリーフ)はそういうことの指摘であっただろう、と私は思っています。

私はこの辺見の指摘に同感します。

が、むろん私は、24日の千葉県船橋市の「終始ばかばかしくてほほえましくて、勢いのあるいいデモ」はそういうデモだったろう、と思っています。
私は先日、谷岡郁子議員(民主党)の20日の参院・環境委員会での質問の問題点を指摘する覚え書き的な文章を認め、その文章をこちらにエントリしましたが、なぜ谷岡議員がこのような質問をするに至ったのか、について、谷岡議員自身がその真意について語る後日譚のような話があるメーリングリスト情報として流れてきました。

その情報によれば、この24日に名古屋市で北村肇氏(「週刊金曜日」発行人)の講演会がありましたが、同講演会に谷岡議員は急に決まった特別ゲストの形で参加し、20日の参院・環境委員会での同議員の質問のいきさつについて「これはオフレコ」、と断りをいれた上でおおむね次のように語ったということです(国会議員が国会議員という資格で不特定多数の聴衆に語った言葉が「オフレコ」ということはありえないと私は思いますので、谷岡議員の「オフレコ」発言はこの際無視します)。

「原子力規制委員会設置法案改悪の事実を知ってはじめは反対しようと思っていた。と、委員長に呼ばれ、『反対するなら質問には立たせない』と言われた。悩んだ末に、25分間の質問を選んだ」。「前日まで検討していた民主党案にはこの 一文はなかった。採決の前日に突然挿入されたものが出てきたが(法案の改悪に)議員の誰も気がつかなかった」。そこへ「ツイッターで知らせてきたのが池田加代子さんらの7人委員会。慌てて質問タイムをとり、核武装のためではない、という言質をとるまでがやっとであった」。

もう1点。谷岡議員は自身が小沢派議員とときとしてみなされることがあることに対して次のようにも語ったということです。

「私は小沢派ではありません。その時々で自分で判断して行動してきました」、と。

私はこの情報提供者に次のような返信をしました。

谷岡郁子議員のご情報ありがとうございます。

谷岡議員がくだんの法案にはじめは反対しようと思っていたこと、小沢派議員であることを否定したことは私にとっても初耳であり、かつ朗報です。が、その程度には私も谷岡議員をはじめから信頼していましたし、いまも信頼しています

しかし、この件についてどのように弁明したとしても、結果として谷岡議員は原子力規制委員会設置超改悪法に賛成票を投じています

「原子力規制委員会」設置法が成立

これは取り消しようのない谷岡議員の汚点です。というよりも、谷岡議員が民主党議員である以上ある意味必然の汚点というべきものです。

谷岡議員が自らの信念を貫こうとするのであれば、民主党を離党して無所属議員になるか、あるいは彼女の信念にももっとも近いと思われる社民党にでも入党し直して一議員としてやり直す必要があるだろうと私は思います(★)。

社民党や無所属では票にならないなどの理由は理由になりません。そう思うのであれば潔く議員を辞すべきであろう、と私は思います。

民主党は<現在>政治の悪の根源だというのが私の認識です。彼女が民主党に留まろうとする限り私は彼女を応援する気にはなれません。というよりも、私は彼女の政治姿勢を糾弾する側に廻ります。

あなたが谷岡議員のほんとうによきサポーターでありたいと願うのであれば、上記のこと彼女に進言するべきではないでしょうか。

私はそう思います。

★私が社民党を支持しているという意味ではありません(支持していないというわけでもありません)。バッドからベターへの提案という程度の趣旨です。

なお、原子力規制法委員会設置改悪法案の可決、成立と同じ日の参院本会議では宇宙航空研究開発機構の活動を「平和目的」と限定している規定を削除し、防衛利用を可能とするJAXA(宇宙航空研究開発機構)法改悪案も可決、成立していますが、同法案には社民党も賛成票を投じています。だからこの件についてもう少し正確にいうと「バッドからスモール・ベターへの提案という程度の趣旨です」ということになるでしょう。

昨日の大飯原発再稼働反対首相官邸前4万5千人デモについてはこちらのブログ記事で紹介されている報道ステーション(テレビ朝日系列)の報道が昨日のデモの模様と雰囲気をよく伝ええているように思います。

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22日の「報道ステーション」(テレビ朝日系列)より

この記事の筆者がやや興奮気味にコメントしているように「やっと報道ステーションが大々的に取り上げ」た感あり、です。が、「やっと報道ステーションが」というよりも、「やっと大手テレビメディアの報道番組が」とでも表現しておいた方が適切でしょう。「やっと報道ステーションが・・・」という表現では同番組に肩入れしている彼(おそらく)の主観がありありです。

ちなみに私は「報道ステーション」なる報道番組には腹立つことの方が多いのです。それも非常に・・・。この日の番組のコメンテーターは知ったかぶり(ハッタリのみが目につく)の寺島実郎氏でしたが、彼の登用もいまのメディアの見る目のなさ、水準の低さを示しており(注)、私の憂い、嘆き、それにもまして腹立ちのひとつです。

注:いまのメディアの見る目のなさ、水準の低さについて、かつて筑紫哲也さんは次のように語っていました。

「水俣の作家、石牟礼道子さんは、メチル水銀で汚れた水俣の海を「苦海」、まだ水銀で汚されていない陸地を「浄土」と表現した。水俣に唯一残されたその「浄土」すら、いま「苦土」になろうとしている水俣の産廃処分場建設問題、それに密接に絡む水俣市長選にマスコミはあまりにも無関心だった。私は、その市長選の直前、私の番組でこの問題を採り上げ た。現在のマスコミ報道のあり方に対する異議申し立てでもあった。土本監督が「市長選の翌日、朝日には(親指と人差し指を丸めて)こんな小さな記事が載っていましたね」と水を向けると、筑紫さんは、「いまの大マスコミは、ニュース価値の評価がわかっていないのです」と切り捨てました。」(文中の「私」は筑紫さんを指します)

冒頭のブログ記事でも紹介されているのですが、昨日の集会については他の大手メディアもこれまでになく大きく(あくまでも相対的に、ですが)取り上げています。

大飯再稼働撤回求める 官邸前で「4万人」抗議(朝日新聞 2012年6月22日)
*ただし、同紙地方本社版には同記事は掲載されていなかった模様です。
大飯再稼働:撤回求め官邸前でデモ 列は700メートルに(毎日新聞 2012年06月22日)
首相官邸前で再稼働反対デモ(東京新聞 2012年6月23日)
反対派1万1千人、首相官邸前でデモ(産経新聞 2012年6月23日)
*上記4紙の中では産経新聞のみが警察発表という前提も書かずにただ集会参加者を「約1万1千人」とのみ断定しています。産経新聞の市民運動敵視の立ち位置がここでも如実に現われているといわなければならないでしょう。

大飯原発再稼動:6月15日の官邸前1万1千人のデモは完全無視して、6月16日午前の小規模デモを懸命に報道する日本のマスコミ」(EX-SKF-JP 2012年6月16日)という批判に代表される市民のメディア批判(ファックス、メールなどによる批判)がメディアには堪えるところがあったのかもしれません。

東京新聞は6月21日付朝刊に「東京新聞6月16日朝刊、再稼働抗議デモの不掲載について~応答室・鈴木賀津彦室長」という記事を掲載し、15日の「再稼働決定前夜のデモは当然報じるべきでした」が「本紙の十六日朝刊には、このデモを報じた記事や写真」がなかった旨の反省の弁を述べています。

 加藤哲郎さん(一橋大学名誉教授、早稲田大学客員教授)は上記の首相官邸前4万5千人デモの報を52年前の1960年6月の安保闘争時に労働者や学生、市民の群れ、名もなき一叢の群れが国会へ、国会へと雪崩を打つように続々と集まってきた当時の様子とを期待を込めた現実的なアレゴリーとしてトレモロ のように聞いていたようです。

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国会を取り囲んだデモ隊(1960年6月18日)

そういえば、上記の報道ステーションは首相官邸前の大規模なデモの様子と官邸内での野田総理も出席している夏の節電に向けた電力需要の検討会合の模様をダブらせて報道していました(4:10秒頃)。そこに映し出された野田総理の姿は、なにか52年前に国会議事堂前の「アンポ反対」のデモの嵐の声、その批判の声に晒されながら、その声をものともせず、矜持固く、粛々と新条約承認の強行採決を断行した当時の岸総理の傲岸不遜な(しかし、本人は「使命感」とでも思いなしている。実のところ自己陶酔と呼ぶよりほかないのですが)姿に哀しいまでに似ていると思いました。

そして、ふと奢れる者(ひと)も久しからず、という言葉を久しぶりに思い出しました。

コノサカヅキヲ受ケテクレ          勧君金屈巵
  ドウゾナミナミツガシテオクレ       満酌不須辞
ハナニアラシノタトエモアル          花発多風雨
  「サヨナラ」ダケガ人生ダ      人生別離足
           井伏鱒二「酒を勧む」(于武陵「歓酒」井伏訳)

唐詩選の五言絶句の中に、人生足別離の一句があり、私の或る先輩はこれを「サヨナラ」ダケガ人生ダ、と訳した。まことに、相逢った時のよろこびは、つかのまに消えるものだけれども、別離の傷心は深く、私たちは常に惜別の情の中に生きているといっても過言ではあるまい。題して「グッド・バイ」現代の紳士淑女の、別離百態と言っては大袈裟(おおげさ)だけれども、さまざまの別離の様相を写し得たら、さいわい。
                     
(「グッド・バイ」作者の言葉 太宰治「もの思う葦」所収)

それにつけても「メディアこそデモの標的に」という豊島耕一さん(佐賀大学理工学部教授)の指摘の重要性をいまつくづくと思っています。
一昨日20日の参院・環境委員会での谷岡郁子議員(民主党)の質問を先に世界平和アピール7人委員会が「原子力基本法の基本方針に『安全保障に資する』と加える改正案の撤回を求める」というアピールで指摘している「原子力規制委員会設置法案」第1条のその法案の危険性に「一定の歯止めをかけた」質問として評価する向きがあります。が、そうした評価は妥当ではない旨、もっと直截にいって誤まっている旨、ある人に向けて応答文を書きました。ご参考にしていただければ幸いです。


Yさん

Bさんから情報のご提示のあった一昨日20日の参院・環境委員会での谷岡郁子議員(民主党)の質問とその質問に対する答弁の模様は私もビデオで確認しました(左記頁の審議中継カレンダーの20日→環境委員会の発言者→谷岡郁子の項をクリック)。

その「Bさんが出されたもの」に「敢えて、加えたり反論をすべき点はみあたりません」ということは、この法案提出者の答弁及び内閣法制局官僚の答弁をもって「歯止めがかかった形に『は』なった」、とYさんとして判断、評価される、ということですね。

しかし、このYさんのご判断、評価は妥当とはいえないだろう、と私は思います。

一昨日の参院・環境委員会ではたしかに谷岡議員は法案各提出者から「『我が国の安全保障』という言葉は国家の安全を保障するという意味で、軍事転用を考えているわけではない」旨の答弁、すなわち同法案提出者の意図を引き出し、さらに同法案提出者の意図に対する内閣法制局の見解、すなわち「国会における法案審議の過程等で発議者、あるいは立案者の意図が明らかにされている場合には(法律解釈上)これらも考慮されるべき重要な要素である」旨の見解を引き出しています。

しかし、この部分の内閣法制局官僚(近藤正春第一部第一部長)の答弁は正確には次のようなものでした。

「一般論として法律の解釈ということについてお話をしたいと思いますが、一般論として申し上げれば議員立法であろうが、内閣提出の法案であろうが、一般に法律の解釈というのは当該法律の規定の文言ですとか趣旨、その他の規定の整合性等に即して論理的に確定する性質のものであると考えられます。その際、特に国会における法案審議の過程等で発議者、あるいは立案者の意図が明らかにされている場合にはこれらも考慮されるべき重要な要素であると考えています。」(上記ビデオの谷岡郁子の項の7:30秒頃~)

すなわち、この件に関する内閣法制局の答弁は、<法律解釈に際して、当該法律の規定の文言の論理的解釈は第一義的な解釈要素であるとみなされるのに対して法律の立案者の意図は第二義的要素でしかない>ということを述べているにすぎないのです。それが内閣法制局の答弁の「これらも」の「も」が論理的に意味するところです。

すなわち、内閣法制局の答弁は、「当該法律の規定の文言の論理的解釈」は第二義的要素としての「法律の立案者の意図」よりも優先される、ということを国会という公の場で明確に断言している。このことをもっと具体的に言えば、原子力規制委員会設置法第1条の「我が国の安全保障に資することを目的とする」という文言の論理的解釈は「『我が国の安全保障に資する』という言葉は国家の安全を保障するという意味でございまして、軍事転用、これを考えているわけではありません」という法律の各立案者の意図の解釈よりも優先されるということを国会という公の場で明確に断言しているということにならざるをえない。そして、この「我が国の安全保障に資することを目的とする」という文言の論理的解釈は「わが国の独立に脅威が及ばぬように、軍事を含む手段を講じて安全な状態を保障することに貢献すると読む以外ない」(世界平和アピール7人委員会 のアピール)のであってみれば、その論理的解釈の方が法律の各立案者の意図の解釈よりも優先されるということにならざるをえないのです。

現実にこの法案の「自公案作成の中心となった塩崎恭久衆院議員は」この第1条の文言の論理的解釈として「核の技術を持っているという安全保障上の意味はある」(東京新聞「「原子力の憲法」こっそり変更」 2012年6月21日)という評価をしています。「わが国の独立に脅威が及ばぬように、軍事を含む手段を講じて安全な状態を保障することに貢献すると読む以外ない」(世界平和アピール7人委員会 のアピール)のであってみれば、その塩崎的評価は論理的にはまっとうな評価ということにならざるをえないでしょう。そうした次第でこうした塩崎的評価が内閣法制局の同法第1条の文言の論理的解釈にならない、という保証はどこにもないのです。

そのような答弁をもってどうして「歯止めがかかった形に『は』なった」、などと評価することができるでしょう。

そして、私たちはすでに、国旗国歌法制定の際に表明された次のような「法律の立案者の意図」が反故ないし無視され、国旗国歌法の論理的解釈を盾に「日の丸・君が代」の強制がいまもなお際限なく広がり続けている現実を知っています。

●「国旗及び国歌の強制についてお尋ねがありましたが、政府といたしましては、国旗・国歌の法制化に当たり、国旗の掲揚に関し義務づけなどを行うことは考えておりません。したがって、現行の運用に変更が生ずることにはならないと考えております。」(小渕恵三首相 1999年6月29日 衆議院本会議)

●「法律を盾に強制的に無味乾燥な議論に入っていくのじゃなく・・・・」(野中広務官房長官 1999年8月2日 国旗及び国歌に関する特別委員会)

法律の立案者の意図や附帯決議の事項など政治家と官僚によってこれまで易々と踏みにじられてきたのです。私たちはそのことをもう一度想起すべきです。

谷岡郁子議員が原子力規制委員会設置法第1条の解釈について「軍事転用を考えているわけではない」旨の法律の立案者の意図を引き出し、附帯決議を付すことに成功したことをもって「歯止めがかかった形に『は』なった」などと評価するのは安易かつ危険すぎる評価だと私は思います。

再度、一昨日20日の参院・環境委員会での谷岡郁子議員(民主党)の質問とその質問に対する答弁の模様のビデオを観てください。そのビデオの冒頭で谷岡議員は上記に記したような危険性を持つ原子力規制委員会設置法の採決について「私はこの採決、今日否定しようとは思っておりません」と同法第1条を破棄するという根本的課題を放棄したまま質問を続行しています(先に衆議院では原子力規制委員会設置超改悪法案について民主党議員のほぼ全員、もしくは全員が起立賛成票を投じていますが、参議院でも谷岡氏を含む民主党議員のほぼ全員が賛成票を投じています。私たちは民主党政治への幻想からはいい加減に脱皮すべきでしょう)。同法第1条がある限り、同法第1条は「わが国の独立に脅威が及ばぬように、軍事を含む手段を講じて安全な状態を保障することに貢献すると読む以外な」く、原子力の軍事転用の可能性を法律そのものに伏在させているのです。そうした危険性の除去(同法第1条の破棄)を放置したままの質問をどうして「歯止めがかかった」などと評価できるでしょう?

この谷岡議員の参院・環境委員会での質問について、先に「原子力基本法の基本方針に『安全保障に資する』と加える改正案の撤回を求める」というアピールを発表した世界平和アピール7人委員会の委員のおひとりの池田香代子さんは「ネット感度がいい事もこれからの政治家の資質だと思います。谷岡議員は福島みずほ議員とともに抜群に感度良好!被災者支援法といい頼もしい限り。今後も期待してます」などと評価しているようですが、池田さんはご自身のこの発言がほかならぬ自らを含む世界平和アピール7人委員会が緊急発表した上記アピールの主張と根本的に相矛盾することに気がつかれているのでしょうか? おおいに疑問です。


追記:

上記の私の主張に池田香代子さんから返信がありました。以下のとおりです。

池田です。

東本さんのおっしゃることはごもっともです。
反論する気はありません。

が、福島・谷岡両議員はツイッターでこの件を知ったのです。
それだけでも多とします。
だって、ほかの議員は知らなかったりするんですから。
おそまつと言えばおそまつですが、官僚組織も党組織もメディアも知らせなかったわけで、かろうじて市民のSNSが機能した。
そして、両議員が質問時間を与えられていたことも僥倖です。

こんなことではいけませんが、これ以上でも以下でもありません。

次の国会で、設置法と基本法から「安全保障に資する」を削らせましょう。
選挙中はそのような働きかけを、みなさん、地元候補によろしくお願いします。

民主、自民、公明の3党が国民、市民の反原発運動の高まりを逆利用して国会へ原子力基本法超改悪法案を姑息な手段を弄して上程しその成立をたくらんでいます、と昨日書きはじめましたが、同法案は昨日の20日、参院本会議で民主、自民、公明などの賛成多数で可決され、成立してしまいました。

しかし、国会で同法案が可決され、成立したとしても、同法案が姑息な手段を弄した上での超改悪法(「案」ではなくなりました)であることには変わりはありません。その法(悪法)の非の本質を明らめておくためにここにエントリしておきます。

以下、民自公3党の原子力基本法超改悪法案のたくらみを指弾する世界平和アピール七人委員会のメッセージと私の民主党批判(「野田内閣」批判を包摂しています)を含む関連コメントです。

【目次】
(1)丸山重威氏(日本ジャーナリスト会議・世界平和アピール七人委員会事務局)の世界平和アピール七人委員会のアピール発信の際のコメント
(2)世界平和アピール七人委員会のメッセージ「原子力基本法の基本方針に『安全保障に資する』と加える改正案の撤回を求める」
(3)上記メッセージの私注
(4)上記メッセージへの私のコメント ――民主党政治を弾劾する

(1)丸山重威氏(日本ジャーナリスト会議・世界平和アピール七人委員会事務局)の世界平和アピール七人委員会のアピール発信の際のコメント

みなさま

 原子力規制庁の設置に関する法案が衆院を通って、参院に送られていることはご存じだと思いますが、何とその過程で、原子力基本法の『民主・自主・公開』の「平和三原則」を骨抜きにし、目的に、「安全保障」を忍び込ませる、原子力基本法の改正が行われようとしていることをご存じですか。
 どさくさに紛れて、日本の原子力平和利用のあり方をも根底から覆そうとする企みで、何と衆院では2時間で通してしまった、とのことです。原発が作り出すプルトニウムを持っていることが核抑止になるのだ、という議論は、自民党などから言われていましたが、ここで堂々と出てきたわけです。何でも、政府提出の「原子力基本法設置法案」をとりさげ、民主、自由、公明三党が提出した「原子力規制委員会設置法案」を通したとのことで、その中に、この「改正」が含まれていました。いかにも、姑息なやり方だと思えて仕方がありません。

 これについては、16日朝刊で、「可決ラッシュ」(朝日)、などと報じられましたが、メディアも気づかなかったのか、この「安全保障」問題とか「基本法改正」は、一切触れられていません。「平和利用」というもっと議論しなければならない基本的な問題を、こんな形で勝手に崩し、なし崩しに、原発容認→核をもつ国→核武装にすすめようとする企みは許せません。会期末を迎えて、参議院でも、みんなが気づかないうちに通してしまおうという策謀は絶対阻止すべきです。

 世界平和アピール七人委員会は、ちょうど開いた18日の会合で、この問題を討議し、添付のようなアピールを発表しました。ぜひ、これを緊急に広めていただき、何とか「成立」などというようなことにならないよう、ご協力ください。

世界平和アピール七人委員会事務局  丸山重威(日本ジャーナリスト会議)


アピール WP7 No.107J

2012年6月19日
世界平和アピール七人委員会
武者小路公秀 土山秀夫 大石芳野
池田香代子 小沼通二 池内了 辻井喬

 衆議院本会議は、先週の6月15日に「原子力規制委員会設置法案」を可決した。この法案は、政府が国会に提出していた「原子力規制庁設置関連法案」に対立して自民・公明両党が提出していたものであり、この日に政府案が取り下げられて、自民・公明両党に民主党も参加した3党案として、衆議院に提出され、即日可決され、直ちに参議院に送られて、この日のうちに趣旨説明が行われたと報じられている。新聞報道によれば、265ページに及ぶこの法案を、みんなの党が受け取ったのは、この日の午前10時であり、質問を考える時間も与えられなかったといわれている。

 世界平和アピール七人委員会は、この法案の中に、説明なく「我が国の安全保障に資する」という文言が加えられたことについて、ここに緊急アピールを発表する。
 国会議事録はまだ公開されていないが、自民党の資料によれば、「原子力規制委員会設置法案」の第1条には、「この法律は、・・・原子力規制委員会を設置し、・・・国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的とする。」と書かれている。
 我が国の原子力関連の個別の法律は、すべて日本国憲法のもとにある原子力基本法の枠の中で作られている。周知のとおり、原子力基本法の基本方針(第2条)は「原子力の研究、開発及び利用は、平和の目的に限り、安全の確保を旨として、民主的な運営の下に、自主的にこれを行うものとし、その成果を公開し、進んで国際協力に資するものとする。」となっていて、歴代政府は、日本国憲法に抵触しない原子力の軍事利用ができないのは、この法律に抵触するからだとしてきた。
 しかし、「我が国の安全保障に資する」という文言は、わが国の独立に脅威が及ばぬように、軍事を含む手段を講じて安全な状態を保障することに貢献すると読む以外ない。このことに気が付いたためと思われるが、今回衆議院を通過した「原子力規制委員会設置法案」の附則第11条は、原子力基本法の一部改正にあてられている。
 それによると、原子力基本法の基本方針に、第2条2を追加し、「2 前項の安全の確保については、確立された国際的な基準を踏まえ、国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的として、行うものとする」と改定するというのである。「我が国の安全保障に資することを目的として、安全の確保を行う」という文言は何を意味するのであろうか。具体的になにを行おうとするのか全く理解できない。

 国内外からのたびかさなる批判に耳を傾けることなく、使用済み核燃料から、採算が取れないプルトニウムを大量に製造・保有し、ウラン濃縮技術を保持し、高度なロケット技術を持つ日本の政治家と官僚の中に、核兵器製造能力を維持することを公然と唱えるものがいること、核兵器廃絶への世界の潮流に反して、日本政府が米国に対して拡大抑止(核兵器の傘)の維持を求め続けていることを思い浮かべれば、原子力基本法第2条の基本方針の第1項と第2項の間に、矛盾を持ち込んで実質的な軍事利用に道を開くという可能性を否定できない。
 国会決議によって、平和利用に限り、公開・民主・自主の下で進められてきた日本の宇宙研究・開発・利用が、宇宙基本法の目的に、「わが国の安全保障に資すること」を含めることによって、軍事利用の道を開いたことを忘れることもできない。

 さらに、「基本法」は憲法と個別法の間にあって、個別法より優先した位置づけがされていることを考えれば、個別法の附則によって基本法の基本方針を、討議せずに変更することはゆるされない。

 世界平和アピール七人委員会は、原子力基本法と原子力規制委員会設置法に、何らの説明なく「我が国の安全保障に資する」という表現を含めようとする計画は、国内外から批判を受け、国益を損ない、禍根を残すものと考え、可決にむけて審議中の参議院において直ちに中止することを求める。

連絡先:世界平和アピール七人委員会事務局長 小沼通二
メール: 
mkonuma254@m4.dion.ne.jp
ファクス:045-891-8386

(3)上記メッセージの私注

世界平和アピール7人委員会 のアピール(WP7 No.107J)に私的に下記の注を参考として追加させていただこうと思います。

(1)アピール中に「新聞報道によれば、265ページに及ぶこの法案を、みんなの党が受け取ったのは、この日の午前10時であり、質問を考える時間も与えられなかったといわれている」とある新聞報道は下記の朝日新聞記事のことだと思われます。

11法案可決ラッシュ 迫る会期、成立率低調の中(朝日新聞 2012年6月16日)
*上記記事は前文のみの掲載ですのでその限りでは該当箇所は見当たりませんが、ウェブ検索頁を見ると「法案は15日に民自公3党合意をふまえ衆院に提出され、審議2時間で参院に送付。参院本会議で質問したみんなの党の松田公太氏は「265ページに及ぶ法案を受け取っ たのは今朝10時だ。質問をまともに考えられない。他の党は黙って民 ...」という文言が出てきますからおそらくこの記事でしょう。

もっと直截的には松田公太氏の発言部分のみをピックアップした以下のような記事もあります。

「民自公に猛省を促したい」松田公太氏〈発言録〉(朝日新聞 2012年6月16日)

(2)アピール中の「国会議事録はまだ公開されていないが、自民党の資料によれば、「原子力規制委員会設置法案」の第1条には、「この法律は、・・・原子力規制委員会を設置し、・・・国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的とする。」と書かれている」に該当する衆院で採択された「原子力規制委員会設置法案」が参議院のサイトにアップされています。

第一八〇回 衆第一〇号 原子力規制委員会設置法案

(4)上記メッセージへの私のコメント ――民主党政治を弾劾する

さらにコメントを追加させていただきます。

一見、脱原発を志向するように見せかけて、原子力基本法の『民主・自主・公開』の「平和三原則」を骨抜きにし、原子力の海外輸出と軍事転用を可能にさせようとする(それも姑息な手段を弄して)超改悪法案。許せません。

しかも、この超改悪法案の趣旨説明を民自公3党の提出者代表として行ったのは民主党内でももっとも民主的なグループ(派)であるとされるリベラルの会代表世話人の近藤昭一氏です。

近藤昭一氏の「原子力規制委員会設置法案」提出趣旨説明(衆議院TV)
リベラルの会(wikipedia)

近藤氏を含むリベラルの会議員の多く(あるいは全員)は先の5月31日に野田総理大臣宛てに「大飯原発3、4号機の再稼働に関し、なお一層慎重に判断することの要請」書に署名をした117人の民主党国会議員団(5月31日現在)の中核の一角をなしていますが、その中核をなしているリベラルの会の代表世話人の近藤昭一氏がこのていたらくです。他の左記の要請書署名民主党国会議員の「反原発」の意志の薄弱性も推して知るべしといわなければならないでしょう。

要請書署名民主党国会議員リスト

現に衆議院提出の原子力規制委員会設置超改悪法案については正確な数は把握できませんが民主党議員のほぼ全員(もしくは全員)が起立賛成票を投じています。下記のFNNnewsの映像をご参照ください。

衆議院本会議で賛成多数で可決(FNNnews 12/06/15)

また、この際、民主党は、3・11以後の昨年の3月31日にあった「日本からヨルダンに原子力技術を供与するための原子力平和利用協定締結承認案件」(原発の海外輸出)の国会での投票の際、参議院において(衆議院においてもほぼ全員が)全員賛成票を投じていること。

さらに菅内閣時の2010年6月18日に閣議決定した「原子力発電を積極的に推進する」「核燃料サイクルは、(略)確固たる国家戦略として、引き続き、着実に推進する」などとする「エネルギー基本計画」は民主党内閣の公式見解としていまも生き続けていることも想起しておく必要があるように思います。

いま、消費税増税法案の国会提出、大飯原発再稼働決定などの愚挙、暴挙を受けて「野田内閣打倒」の声は日増しに高まるばかりですが、実は「野田内閣打倒」のスローガンだけではこと足らず、「民主党内閣」、民主党の政治そのものを終焉させなければ、真の脱原発も真の市民本位の政治革新も実現しないことは上記の事態群は雄弁に証明しているように思います。

「野田内閣打倒」のスローガンは不要というわけではありませんが、「野田内閣打倒」のスローガンだけではことの本質を見誤らせることになりかねないことを私は危惧します。いまは「民主党内閣打倒」「民主党政治を終焉させよう」のスローガンこそ掲げるべきときだろうと私は思っています。

以上は、民主党政治に対する私の強い怒りの表明です。
信州の長野県上伊那郡の南部に中川村という天竜川の源流域の伊那谷を包摂する人口5000人余りの小さな村があります。

その中川村の村長は曽我逸郎さんという人ですが、この村長さんはなかなかの硬骨漢のようです。この村長さんについてあるMLで次のような情報をいただきました。

「信州中川村の曽我逸郎村長は、卒業式で日の丸に礼をしません。
その行為についての認識を問う質問が、村議会で出されました。
曽我村長はこの質問に堂々と答え、その答弁を「村長からのメッセージ」として村役場のホームページに掲載しています。
答弁は、日本国憲法前文を踏まえた、格調高くすばらしいものですので、ここに紹介いたします。」

曽我村長の日の丸「無礼」(「無礼者め」の無礼ではありません。「無礼講」の無礼の意味に近い)の弁に私も感服しました。

私も紹介させていただきたいと思います。

*私も10年ほど前にPTA会長なるものをしたことがあります。私も入学式、卒業式の壇上(いわずもがなですが、PTA会長なる者は壇上であいさつをするというしきたりがあります)で日の丸に礼をしませんでしたが、大変なプレッシャーがあったことを思い出します。信念からのこととはいえ、慣習(大半のみんなが疑いもなく礼をし君が代を歌うということでしかないのですが)としての礼を失することでせっかくの入学式や卒業式の和やかな雰囲気を台無しにしてしまうのではないか。信念と慣習の相関関係は如何に、などという。

牧ヶ原橋より望む中川村の風景 
牧ヶ原橋より望む中川村の風景

以下、中川村役場のホームページから転載。

村長の部屋 村長からのメッセージ
村議会6月定例会 「国旗と国歌について村長の認識は」との一般質問を頂きました。

中川村議会6月定例会で、高橋昭夫議員から、「国旗と国歌について村長の認識は」という一般質問を頂いた。

一問一答方式のため、受け答えはやりとりの流れに応じた“アドリブ”になっていき、正確に再現することは難しいので、頂いた通告と私の答弁原稿を以下に掲載する。

<一般質問通告>
小・中学校の入学式や、卒業式の席で、村長は(壇上に上る際、降りる際に)国旗に礼をされていないように思います。このことについて村長のお考えをお聞きしたい。

<答弁原稿>
たいへんありがたい質問を頂戴しました。ご質問の件については、村民の皆さん方の中にも、いろいろ想像して様々に解釈しておられる方がおられるかもしれません。説明するよい機会を与えていただきました。感謝申し上げます。

私は、日本を誇りにできる国、自慢できる国にしたいと熱望しています。日本人だけではなく、世界中の人々から尊敬され、愛される国になって欲しい。
それはどのような国かというと、国民を大切にし、日本と外国の自然や文化を大切にし、外国の人々に対しても、貧困や搾取や抑圧や戦争や災害や病気などで苦しまないで済むように、できる限りの努力をする国です。海外の紛争・戦争に関しても、積極的に仲立ちをして、平和の維持・構築のために働く。災害への支援にも取り組む。
たとえて言えば、日の丸が、赤十字や赤新月とならぶ、赤日輪とでもいうようなイメージになれば、と思います。
世界中の人々から敬愛され信頼される国となることが、安全保障にも繋がります。

これは、私一人の個人的見解ではなく、既に55年以上も前から、日本国憲法の前文に明確に謳われています。

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

そして、憲法前文は、次のような言葉で締めくくられています。

日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う。

しかし、現状はまったく程遠いと言わざるを得ません。日本国は、名誉にかけて達成すると誓った理想と目的を、本気で目指したことが、一度でもあったのでしょうか。

東京電力福島第一原発による災害では、国土も、世界に繋がる海も汚染させました。たくさんの子ども達が、かつての基準なら考えられない高汚染地域に放置されています。そしてまた、安全基準も確立しないまま、目先の経済を優先して、大飯原発の再稼動を急いでいます。放射性廃棄物をモンゴルに捨てようとしたり、原発の海外輸出まで模索しています。

明治になって日本に組み入れられた琉球は、抑止力のためという本土の勝手な理屈で多くの米軍基地を押し付けられ、さらにまた美しい海岸をつぶして新たな米軍基地を造ろうとする動きがあります。イラク戦争に協力し、劣化ウラン弾で子どもたちが苦しめらることにも、日本は加担しました。兵器輸出の緩和さえ模索しています。

他にも、福祉を削り落として、貧困を自己責任に転嫁するなど、言い出せばきりがありません。ともかく今の日本は、誇りにできる状態から程遠いと言わざるを得ません。

しかしながら、誇りにできる状態にないから、国旗に一礼をしない、ということではありません。完璧な理想国歌はあり得ないでしょう。しかし、理想を目指すことはできる。しかし、そのそぶりさえ日本にはない。それが問題です。

もっと問題なのは、名誉にかけて誓った理想を足蹴にして気にもしない今の日本を、一部の人たちが、褒め称え全面的に肯定させようとしている点です。この人たちは、国旗や国歌に対する一定の態度を声高に要求し、人々をそれに従わせる空気を作り出そうとしています。

声高に主張され、人々を従わせようとする空気に従うことこそが、日本の国の足を引っ張り、誇れる国から遠ざける元凶だと思います。

人々を従わせようとする空気に抵抗することによって、日本という国はどうあるべきか、ひとりひとりが考えを表明し、自由に議論しあえる空気が生まれ、それによって日本は良い方向に動き出すことができるようになります。

人々に同じ空気を強制して現状のままの日本を肯定させようとする風潮に対して、風穴を開け、誰もが考えを自由に表明しあい、あるべき日本、目指すべき日本を皆で模索しあうことによって、誇りにできる日本、世界から敬愛され信頼される日本が築かれる。日本を誇りにできる国、世界から敬愛される国にするために、頭ごなしに押しつけ型にはめようとする風潮があるうちは、国旗への一礼はなるべく控えようと考えております。

<以上、初回答弁の原稿>

<一問一答のやりとりの最後(要旨)>

Q:村長は子供たちが国旗に礼をしないようになる方がいいと考えているのか?

A:教育内容について行政から口を挟むことは控えるべきだと考える。なにをどう教えるかは、教育委員会の管轄である。国旗に対して、どういう態度を取るべき、とか、取るべきでない、とか、これまでも申し上げたことはないし、今後も申し上げるつもりはない。

<新聞記者(信濃毎日新聞、長野日報)との取材でのやりとりの最後(要旨)>

Q:子どもたちには、どうあって欲しいと思っているのか?

A:いろいろな人がいて、いろいろな考え方があるのだな、と感じてもらえれば嬉しい。その上で、自分はどう考えるのか、じっくり検討して欲しい。こういう態度を取らねばならないと、ただひとつの形しか提示しないのは問題。型にはめようとするのはよくない。「まぁ、この場は空気を読んでこう振る舞うのが大人だし…」というような対応を積み重ねた結果、曾て、場の空気に絡め取られ戦争に向けて後戻りできない状況に陥り、後悔したのではなかったか。どういうものであれ、自分の感じ方、思いを気安く表明できる「空気」を創っていくことが大事。それによって、互いに議論が深まり、理想の日本、あるべき日本、目指すべき日本が模索され、その結果が皆に共有されていけば嬉しい。

2012年6月12日 曽我逸郎

中川村役場
〒 399-3892 長野県上伊那郡中川村大草4045-1
TEL 0265-88-3001(代) FAX 0265-88-3890


追記: 日の丸・君が代についての私の感受性

本エントリ記事は長野県上伊那郡中川村の曽我逸郎村長の日の丸「無礼」の弁の爽やかさを主題にしたものですが、そこに必須(須要)として内在する「日の丸・君が代」問題に関してあるおひとりの太平洋戦争中の日本軍のガダルカナル島戦体験者(90歳を超えられるご高齢の方)から要旨下記のようなお便りをいただきました。

「私は戦時中赤紙招集で、一兵卒としてソロモン群島のブーゲンビル島の船舶工兵第2連隊に配属されガダルカナル撤退作戦後に栄耀失調とマラリアで野戦病院に入院、折良く病院船でフィリッピンの後送になり、療養中に我が隊は全滅し、私は特殊技術者の帰還命令で、沖縄戦の始まる頃に海軍病院船で無事帰還しましたが、戦場体験から皇軍とは天皇の威光をかさにきた驚くべき無責任組織であることがわかり、それを表徴する日の丸と君が代は、今でも国体やオリンピックで放映されるのを見ただけで気分が悪くなります。かつて侵略を受けたアジアの人々が(戦後の若い人は別として)決して忘れられないことと思っています。長々と勝手な思いを書きました。」

そのご先達のお便りに私は次のように返信しました(要旨)。

ご返信拝受致しました。

先の文章中で私は「私も入学式、卒業式の壇上で日の丸に礼をしませんでしたが、大変なプレッシャーがあった」云々と書きました。その「大変なプレッシャーがあった」云々の私の発言に私の日の丸に対する感受性の不徹底性をご先達は感じられたのかも知れません。

しかし、上記の「大変なプレッシャーがあった」云々の発言はあくまでもPTAという俗世間での話でした。

私の実際の「日の丸」への感受性は次のようなものです。私も日の丸を見ると「嘔吐」をもよおすほど気分が悪くなるのです。

もちろん、ご先達とは世代は違いますから、その感受性も違っていると思いますが・・・・。

「私はあなたの指示されるサイトを開いて、一瞬にして日の丸の旗の渦が目の中に入ってきたとき、強い嘔吐感のようなものを感じるとともにその画面を直視するに堪えられませんでした。すべての人がそうだとは言いませんが、私の場合、その「日の丸」に象徴されるものは、あの戦争で生きようとして生きられず生命を失くしていった人びと(戦場にあった人も銃後にあった人も)への鎮魂の思い、またその人々を死に追いやった軍国主義という「思想」への深い軽蔑心、また憎悪心、です。私はもちろん戦中の人間ではありませんが、文学好きだった私が文学の中で追体験した「戦争」なるものに対する拒否反応は言葉には言い表しがたいものがあるのです。それは若いころ読んだ小林多喜二への尊敬につながり、『レイテ戦記』を著した大岡昇平の深い悲しみに自分の心を重ねることであり、『真空地帯』で自分の軍隊経験を描いた野間宏のあの癒えがたい慟哭をともに泣く、ということでもありました。「日の丸」が象徴するものは私にとってそうした負のイメージを否応なくともなうのです。」
現在という時代を考えるための私の道標べ、心覚えのようなものとして辺見庸の次のインタビュー記事を転載しておこうと思います。現在の在る‐が‐ままの政治の風景、またメディアの風景、大衆の風景、文化=風俗の風景をどのように見るか、あるいは考えるか、その心覚えとして。辺見の言説には情況への本質的な問いと深部の澱みに深く下りて沈思する眼の胆力があります。

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辺見庸ロング・インタビュー「国策を問う――沖縄と東北の40年」
(沖縄タイムス 2012年5月10日、同11日)

復帰40年・安保の実相 作家の辺見庸さんが迫る

「安保という国策は大震災という『国難』にあっても最重要である」という論理の下、「沖縄の住民はとやかく文句を言わずに、お国のために我慢しなければならない」という新たな押し付けと切り捨てが、今始まりつつある。

「国策を問う」~沖縄と東北の40年~は、作家の辺見庸さん(68)が3・11後の安保環境の変化や復帰40年の実相に迫る。沖縄は単に「島」であり、「石」とみなされてきたのではないか。「戦後民主主義」を根元からはぎ取り、むき出しの現在を提示する。
(特別報道チーム・渡辺豪)

【本文見出し】
【前編】 「沖縄 いまなお『石』扱い」(2012年4月10日掲載)
Ⅰ.311――米軍支援の真意
Ⅱ.「トモダチ作戦」を美談化
Ⅲ.「国難」盾に押しつけ
Ⅳ.ファシズム醸す気運
Ⅴ.増幅する破局の予感
Ⅵ.激変に無自覚な社会

【後編】 「徹底的破滅から光」(2012年4月11日掲載)
Ⅰ.露出した差別の構造
Ⅱ痛みますます希薄に
Ⅲ.基地全廃いまこそ追求
Ⅳ. 虚妄に覆われた時代
Ⅴ.「肝苦りさ」闘いの原点


〔前編〕 沖縄いまなお「石」扱い(2012年4月10日掲載)

(1)311――米軍支援の真意
-東日本大震災の約2週間後、ルース駐日米大使が被災地を訪問し反響を呼びました。

辺見 彼の被災地訪問の風景は実は歴史が大きく移行していくというか、歴史が静かにページをめくった瞬間として僕は息を詰めて見ました。“感動的シーン”の陰に歴史の曲がり角がありました。これは復帰40周年の実相ともかかわります。ルース大使は僕の故郷、石巻を夫人とともに訪問し、同行した米太平洋軍司令官も奥さんと一緒でした。まだ余震が激しいなかですから、相当の覚悟であったことは間違いない。あのとき米軍は同時に沖縄の精鋭部隊を含む将兵2万4千人を被災地に出し、さらに空母ロナルド・レーガンなど20隻以上の艦艇、190機の航空機を動員して、自衛隊と緊密に連携し作戦を実行した。ルース大使はホワイトハウス中枢でもかなり大統領に近い人ですね。戦略的に物事を考えることができる人だと思います。

そういう背景を見れば、同盟国への単なる友情表明ではありえません。多角的効果を計算した戦略的な演出という側面を見落としてはなりません。「ルース大使はよい人だ」とか、「米軍はよい軍隊だ」というふうな感情で片づけられる風景ではない。わたしは日本の沖縄以外の地域を沖縄と区別して「本土」と呼ぶのに抵抗を覚える人間ですが、ここでは我慢して「本土」という言葉を用います。ルース大使の被災地訪問および米軍の救援活動について米国側は連日すごい広報をしている。「トモダチ作戦」は対日関係、対中国を強く意識し、朝鮮半島情勢をにらんだ、まさに総合的な日米共同オペレーションでした。そういう重要な側面を削いで本土メディアは報じた。

かつて吉田茂首相は朝鮮戦争が勃発したとき、「天祐」と言いました。天の助けだ、と大喜びしたのです。とんでもない暴言なんだけれども、日本にはそれを恥じいり吉田茂を糾弾する世論はなかった。戦後間もない時期、貧困の淵にあった日本には朝鮮戦争反対の本格的運動はなく、戦争特需で儲けることができる、ビジネスチャンスだと、あの大きな戦争をとらえたのです。それとは異なる文脈だけれどもアメリカ側はこの震災、原発事故を、同盟国が苦難に陥っていると同時に、その苦難というのが米国にとってはひとつの失地回復のチャンスだというふうにとらえた。それは想像に難くありません。国務省、国防総省が中心になって、作戦計画がねられたのは当然です。日米関係は特に民主党政権になってから、あっちいったりこっちいったりして不安定でした。日米関係が不調な中で3・11が起きたということは、もう一気に挽回できるチャンスだというふうにとらえない方が嘘であって、それが外交というものです。外交には常に表舞台と裏舞台があり、謀略もあれば暗闘もある。画策、密約、大芝居は外交の常です。

ルース大使は首相よりも早く石巻に行き、被災者を涙ながらにハグした。それは嘘ではない。しかし、それをもって米国と米軍=善と結論するのはどうでしょうか。日本の特にテレビメディアは、米国の狙い通りに報道した。あれを見ていると、まるで国務省の広報番組そのもので驚きました。大多数の人たちはルース大使が、まだ余震の激しい中、現地へ来たことにものすごく感謝したし、大きな拍手を送ったのは事実です。ただ、そこに戦略的背景というものを見なかった。それをうすうすは感じていても、書くことができなかった、主張することができなかったメディアって一体何なんだろう。3・11以降の日本の報道姿勢というのは、戦後報道史上でも最悪の堕落というのかな。原発メルトダウンの話も含めて、あるべき報道の機能を果たしていなかったんじやないですか。

-辺見さんは、故郷の石巻がそういう「舞台」に選ばれたことをどう受け止めましたか。

辺見 ショックでしたね。石巻の風土を知っているだけに非常にびっくりしたし、もっと巨視的に言うと、これで沖縄の基地問題で注文をつける精神的なバネというものがなくなったか、一気にゆるんでしまったのではないかと危惧しましたね。

(2)「トモダチ作戦」を美談化
-GHO(連合国軍総司令部)の最高司令官を務めたマッカーサーはかつて日本人を 「12歳の少年」と評しました。

辺見 マッカーサー発言の真意はいろいろ議論があるところですが、日本人の心性というのはマッカーサーが見ても、あるいは現在の米大統領やルース大使が見てもとても複雑で、時には幼稚に見えたり、卑怯に見えたり、手を焼いていると思います。手を焼くというよりも不思議でしょうがないんじゃないかな。ただ、じゃあ米国の日本に対する意識はどうといえば、わたしはやっぱり「占領国」か属国なんじゃないかと思います。占領軍という記憶、無意識の意識というかな、それがまだ抜けていない。そういう意味でも日本と米国の間にはフェアな関係性というのはまだない。3・11における米側の救援活動は、もっと子細に検討されなければならないと思う。「オペレーション・トモダチ」というのは戦後日米関係史ひいては復帰40周年を迎える沖縄を考えるうえでも非常に大きな「作戦」でした。

僕が特に注目しているのは、1997年の日米ガイドラインで、有事の日米合同司令部として日米共同調整所をつくることになったんですが、今回初めてそれが機能したことです。「トモダチ作戦」というのは有事における日米共同作戦のためのきわめて実践的な予行演習であったし、そのまま戦争演習につながるものでした。それは何を想定した訓練だったか。民間施設の利用や上陸作戦も行ったわけですが、想定されたのは、さしあたり朝鮮半島有事ではないでしょうか。

それを冷静に分析して書こうとしないで、センチメントだけで米側の友好姿勢、友情の証しみたいな美談仕立てにしてしまったというのはまさに日本の本土メディアの敗北です。特に呆れたのが今年1月のNHK。夜9時のニュースのキャスターがルース大使にインタビューして、大使の被災地訪問、米軍の救援活動は感動的だった。ほんとにありがとうと何度も感謝表明した。それだけならまだしも、大使の被災地訪問と沖縄の普天間問題を結び付けて言う。あれは明らかにおかしい。あまりにも偏向した報道だと思いますね。石巻のハグシーンを繰り返し流す中で、普天間基地の問題をつなげて語るというのはどういうことでしょうか。救援活動への謝意と基地という軍事戦略上の問題、つまり次元の異なる2つの問題をごっちゃにして、それで沖縄に普天間基地の問題でほとんど物が言えなくなるような状態をキャスター自身がつくってしまっている。それこそが米側の狙いだったのです。NHKのキャスターの態度ともの言いは、植民地の卑屈なメディアが宗主国の大使にするようなものだとわたしの目には映りました。

-トモダチ作戦では、米軍司令官が支援物資の空輸で「普天間飛行場の死活的重要性が証明された」と強調しましたが、それを批判的に報じたのは沖縄の地元紙だけでした。

辺見 昨年の春は日米関係にとって特にセンシティブな時期というか、米側にとって非常に雰囲気の悪い時期でした。普天間間題、それから鳩山由紀夫氏の不見識発言の収拾も付いていないのに加え、米国務省日本部長ケビン・メア氏の一連の発言(★)があってね。日米関係の先行きに米側か強い危機感を抱いていたときだった。だから僕がさっき言った、彼らにとって震災はある意味で「天祐」であっただろうと。それは彼らにとってだけじゃない。日本政府にとっても、外務省あたりは内心、風向きが一気に変わってよかったって思っているのではないか。米側が「トモダチ作戦」なるものに投じた資金は8千万ドルと言われている。68億円ぐらいでしょ。微々たるもんですよ。それで数十倍の効果を得たわけだから。

-差別発言で米国務省日本部長を更迭されたケビン・メア氏は、3・11後に一時、国務省の日本支援特別チームの調整役を務めました。

辺見 驚いています。なぜそんな無神経なことがまかり通るのか。米側は日本や沖縄をまだ侮っているのじゃないか。日本や沖縄を本当に知悉している識見が豊かで偏見のない専門家、外交官がいかに少ないかということです。ケビン・メアは退官後、米コンサルティング組織の上級顧問に就任して、使用済み核燃料の再処理問題を手がけたりしていたと言われ、怪しい影を引きずっている。昨年5月には総理大臣官邸を訪問し官房副長官補と接触したり、沖縄侮辱発言以降も日米関係で暗躍どころか大っぴらに動きまわっている。わたしには理解できません。


米側としては、3・11の救援活動で危機的だった局面を一気に変えたわけで、まったく思惑通りにいったわけです。だから、震災後の「思いやり予算」の特別協定は一発で決まった。われわれにとって非常に腹の立つ重大な矛盾なわけだけれども、「トモダチ作戦」で助けてもらったのだから、いいじゃないか、という空気に急激に変わってしまった。歴史的転換と言ってもいい。ですから、3・11というのは未曽有の災害であるとともに、米側や日本の軍備強化路線を唱える勢力にとっては「天祐」でした。これこそ路線転換のチャンスだと思っている人間がいるのです。

★ケビン・メア氏の差別発言問題…米国務省のケビン・メア日本部長が2010年末に米大学生らに国務省内で行った講演で、「沖縄はごまかしの名人で怠惰」などと発言していたことが、講義を受けた米大学生らが書き留めたメモで明らかになった。メモによると、「日本人全体がゆすり文化の中にある。まさにゆすりであり、それが日本文化の一面だ」と述べた後に「沖縄はその名人であり、沖縄戦における犠牲や米軍基地の存在に日本政府が感じている罪(の意識)を利用している」などと述べた。

(3)「国難」盾に押しつけ
-トモダチ作戦でも、思いやり予算の件でも、沖縄メディアが批判的な記事を流すと、逆にインターネットで襲撃にさらされる。そうした日本全体のムードというものが、沖縄における報道でさえ影響を受けかねないものだと実感しました。

辺見 そうですね。わたしは危険性を感じています。本土の沖縄観というものに近年、とりわけ3・11以降、変化があるだけじゃなく、沖縄自身の沖縄観というか米軍観というものも急速に変わってきている気がします。すごく分かりやすい言葉で言えば、以前にあったような、「基地はいらない」という空気がなし崩し的に変わってきている。

-特に復帰のころと大きく変わったのは、自衛隊に対する認識だと思います。今回の北朝鮮の「人工衛星」発射問題でも、本土から地対空誘導弾パトリオット(PAC3)部隊が大々的に沖縄に展開、配備されても、そのことに正面から異議を唱える主張は限定的で、批判を口に出せない雰囲気もあったと思います。

辺見 政府、防衛当局の思うつぼですね。尖閣諸島の中国漁船の間題、北朝鮮のミサイル問題、それと3・11。そういうもので一気に安保の局面が変えられている。それをしっかりチェックしなければならないメディアが一緒になって騒ぐ。「危機」を煽る。もういまにも、北朝鮮からミサイルが沖縄に飛んでくるみたいなことを流す。普天間の基地問題からみんな視線、注意をそらされている。世論はいま巧みに操られ、誘導されています。マスコミはしきりに当局のお先棒を担いでいる。メディアは住民側に立った監視役ではなく、権力に飼いならされた権力のためのウォッチ・ドッグ(番犬)になりさがった。一部の例外を除けばそうじゃないですか。「メディアが戦争をつくる。戦争がメディアをつくる」というけど、これからますますそうなる気がします。

それから、時代が冷戦構造の時代とも、ポスト冷戦構造の時代とも大きく変わったということ。価値観のたがが外れ底が抜けた。第二次大戦後の世界の枠組みが根底から崩壊し、世界的規模でアノミー(混沌)状態が進みつつある。マネーが暴走するにつれて、世界にはいかなる平和的規範も準則もなくなり、貧困と暴力が各所でかつてなく剥きだされてきました。資本主義と社会主義、経済先進国と第三世界、発展途上国といった古い国家グループ間の対立ではなく、BRICS(ブリックス)諸国、とりわけ中国、ロシアによる世界の覇権争奪が激しくなってきた。米欧は全体的に著しい退潮を余儀なくされている。こうしたなかで米国はアジアにおける権益と戦略的足場を死守したいと考えて、軍事的にもアジア・シフトを再編している。そうはさせまいとする新興列強の中国、インドに加えてロシアが米国と現在、展開しているのは外交などというなまやさしいものではなく、かつてなく激烈なパワーゲームです。

その中で沖縄をどう考えていけばいいのか。どうしたって大きな流れというのは安保問題だとされてしまう。そして、安保という国策は大震災という「国難」にあっても最重要であるから、沖縄の住民はとやかく文句を言わずにお国のために我慢しなければならない、という新たな押しつけと切り捨てというのが、今始まりつつある。〈米国は震災であんなに日本を助けたじゃないか〉〈真の味方は米国だ〉〈米国の軍事力なしには中国の脅威に対抗できない〉――そんな考え方が勢いをつけている。この論理には沖縄住民の平和と安全という観点が完全に抜けおちている。もともとリチャード・ニクソンが日本に沖縄返還を約束したのは、安保延長と引き換えでした。

1968年の琉球政府の行政主席選挙で勝利した屋良朝苗さんが訴えたのは「即時無条件全面返還」であり、その精神の柱には米軍基地反対があった。しかし、72年のいわゆる「核抜き・本土並み」復帰は米軍基地を維持したままのものであり、「核抜き」はクエスチョンマーク、「本土並み」はまったくのまやかしで、そのまやかしを正す作業も行われてこなかった。沖縄にかかわる日本の戦後思想には抜きがたい「虚妄」がある。さっきも言いましたが、僕は「本土」という言葉を疑います。沖縄は日本本土ではないのか。では、沖縄って何だ? そう問い返してしまう。一体、本土の思想は沖縄を生身の「人」として考えたことがあるでしょうか。沖縄は単に「島」であり、「石」とみなされてきたのではないか。沖縄の車のナンバープレートにはかつて「Keystone of the Pacific」(太平洋の要石)と記してあったそうですね。日本政府当局も沖縄は「人」というより「要石」または「捨て石」という発想があり、戦後民主主義もその誤り、差別観と本気で闘わないできた。

40年の虚妄と幻想と差別、それとどう向きあうべきか、ぼくは考えています。東北であれだけの震災があったんだから沖縄で騒ぐべきじゃないと言うのなら、それは全然違う。その自己規制ムードはやめた方がいい。もっともっと怒るべきです。

(4)ファシズム醸す気運
-辺見さんは著書で「なにかはかりがたいものは、上から高圧的に布かれているのでなく、むしろ下から醸されているようです」と指摘していますね。

辺見 ファシズムっていうのは必ずしも強権的に「上から」だけくるものではなくて、動態としてはマスメディアに煽られて下からもわき上かってくる。政治権力とメディア、人心が相乗して、居丈高になっていく。個人、弱者、少数者、異議申し立て者を押しのけて、「国家」や「ニッポン」という幻想がとめどなく膨張してゆく。〈尖閣をめぐり中国漁船の領海侵犯があった。中国側に反省はない。東シナ海ガス田問題もある。北方領土もロシア側のやりたい放題だ。3・11があった。政府は弱腰で、無為無策だ。北朝鮮のミサイル問題、核問題もある。日本は国際社会からなめられている〉――という集団的被害者意識のなかで、例えば、集団的自衛権の問題についてもう誰も論じない。憲法9条なんてもうほとんど存在しないかのような流れになっている。

逆に、「なめられてたまるか」という勇ましい声が勢いづいてきている。ミリタントな、なにやら好戦的な主張が、震災復興のスローガンとともに世の耳目をひき共感を集めたりしています。尖閣を東京都が買う、という石原慎太郎知事の発言もそうでした。「政府にほえづらかかせてやる」という石原発言にマスコミは喜んでとびつきましたが、尖閣を買って、その先をどうするのか、じつは大した展望がない。もともと衆議にはかっていない、いわば際物(きわもの)的構想であり、一昔前なら一笑に付されたものがいまは石垣市長が賛同したり、大阪維新の会府議団も支持表明したりと冗談ではすまない空気になっている。勇ましい発言をすればするほど大衆受けする時代がすでに来た気がします。

ミリタントな気分を誰がたきつけているかというと、政治家だけでなく、戦前、戦中もそうだったけれど、マスメディアですよね。マスメディアがさかんに笛を吹き、人びとが踊りを踊っている。テレビは視聴率がとれればいい、新聞も負けじと派手な見出しを立てて読ませていこうとする。もう一歩進んで冷静に考えてみるというのではない。それが事態をますます悪くしている。

大震災や原発事故のようなことが起きると、人間の情動は不安定になる。そんなときにもてはやされるのが石原氏や大阪市長の橋下徹氏のような論調。好戦的な論調に溜飲を下げる者が増え、支持を得やすいわけです。だからこそ新聞はそれにチェックを入れなきゃならないはずなんだけれども、その役割を果たしているとは思えない。やっぱり何度も言うけれども、ルース大使が被災地に行ったことや「トモダチ作戦」の多面性についてちょっと距離を置いた、分析的な報道をしたっていうのはほとんどない。沖縄2紙が写真を使わなかったりしたのが冷淡だとネットで叩かれたりしている。それが気持ち悪いんだよね、はっきり言って。

しかし河北新報(東北地方のブロック紙)なんかは、沖縄の問題と東北の問題には同質性があるという独自の報道をしていますね。僕は「同質性」には大いに疑問があるけどね。だから必ずしも全部が全部じゃないんだけれども、でも全国紙はどこもほとんど同じように「トモダチ作戦」絶賛、絶賛だからね。これは異様ですよ。

これは関係がないようで関係あると思っているんだけれども、複数の在京メディア関係者から実際に聞いた話で、福島第1原発の事故のときに当初からメルトダウンが起きたことは分かっていたと。でもメルトダウンという衝撃的な用語を使わせない空気が社内にあった。で、メルトダウンという言葉の使用をみんなで避けたと。それがしばらく続いた。そのことともね、どこかで関係がある。自己規制と自己矛盾ですね。「トモダチ作戦」なんて、何年も記者生活をやっていたら、あれを米側がただのフレンドシップだけでやるわけがないことぐらい、そんなことは常識でしょう。何らかの戦略的な目論みがあるはずだと取材し、分析し、報道するのが、ジャーナリズムの仕事の基本なんだけれども、それをしなかった。あれだけの窮状に遭って助けてもらっているのに、それにけちつけることはできないというセンチメントが優先されていった。背景には、憲法9条と日米安保という本質的に矛盾する言語を、2つながら、無責任に肯定している、受けいれているという「スキゾ」というか分裂症的無意識がある。そのしわよせを沖縄が負わされつづけている。40周年に際して、本土の戦後民主主義はこの人格分裂について徹底的に自己分析すべきです。その結果、憲法9条と日米安保が、意外にも「二卵性双生児」だったということになっても、この際、議論を深めるべきです。

にしても、言うべきことを言わず、なすべきことをしていない。期待された行為を行わないことによって成立する犯罪を「不作為犯」と言いますが、マスメディアもそうではないでしょうか。それが全体として新しいファシズムにつながっていく。今、この国には間違いなく、もう後戻りできないぐらいの勢いでおかしな気流がわいてきています。僕が驚いているのは、沖縄の市民に対する反発っていうのかな、反感みたいなものがほの見えること。彼らは東北の震災についてあまり考えずに自分たちのことだけ言っているといった、そういう発想が最近増えてきているような気がします。これはとんでもない間違いです。同時に、沖縄にも米軍基地反対が言いにくいといった自己規制の空気が生じていないかわたしは心配です。

(5)増幅する破局の予感
-辺見さんは震災前の2011年に執筆した「朝日ジャーナル」の原稿に、「大地震が起こる」「原発事故が起きる」「震災ビジネスがはやる」と言及していました。これはメディア状況を含めた破局の予感だったのですか。「何か切迫したものをこの10年以上ずっと感じてきた」とも言われていますが。

辺見 もちろんそうですね。それは予言ではなくて予感なんだけれど。最新の本の中でも、朝日ジャーナルに掲載した文章をそのまま収録しています。訂正はしません。僕は破局の予感というのを今ももっている。またもっと大きな震災は来るだろうし、新しいネオファシズム的なもの、この勢いは止まらないだろうと思っています。あれは実際に原稿を書いたのは震災前の2011年2月なんだけれども、基本的な変更は何もない。むしろあの段階よりも、今はすべてにもっとペシミスティックになっています。

-外形的に現象として表出する以前に、人々の内面に生じているもの、植え付けられているものを感じ取ったということでしょうか。それは、マスメディアあるいは国民全般に広くまん延しているものとして受け止めたのですか。

辺見 特にメディアは現象の表層的な部分だけを報じることが非常に強くなった。年々歳々ひどくなっている。被災現場へ行ったら、報道とまるで違っていたりする。地獄の中で一生懸命に美談ばかりを探す。かつての戦争報道でもそうでした。美談を誇張する。だから、「トモダチ作戦」は格好の材料だった。ルース大使の被災地訪問なんかもテレビにとっては格好の材料だった。真相が沈んでく。それに対してちょっと待ってくれと、あれは米国の作戦じゃないか、賛美だけするのはおかしいよ、という声を逆に抑え込んでしまう。そういう物理的な働きというのが今、あるけれども、それはかつてのような権力による弾圧ではなくて、自分たちの中にある。僕は「自己内思想警察」とよく言うんですけどね。自分の中に飼っている思想警察みたいなものが、一生懸命に自分を規制する。これが今、メディアにまん延している大変な病気だと思うんです。

-自己規制や萎縮は、マスメディアの宿命のようなところがあって、かつては戦争賛美にはしったこともあったわけですけれど、辺見さんが一線の記者のころと比較しても、この病巣の度合いは増していると認識していますか。

辺見 うん、ひどくなっているね。それはマスメディアの本質だと思うけれども、いまはひどすぎる。例えば戦争が近づいてくる、キナ臭くなると、反戦という方向に向かうのではなくてメディア挙げて好戦的になっていく。ナショナルなもの、国家主義的なものに訴えていく。これはほとんど宿命のようなマスメディアの流れだった。それに例外を探すのはむしろ非常に難しいぐらいだった。今はまさにその渦中にあると思うんだ。これからファシズムが来るというのではなくて、今その渦中にあると思うんです。

ところで、米軍が沖縄本島に上陸したのは、僕が生まれた翌年の昭和20(1945)年4月1日。そのときに高村光太郎という極めて有名な詩人が『琉球決戦』という詩を書いています。沖縄を考えるとき、これを僕はいつも思い出すんです。この詩で彼は、とにかく琉球決戦で沖縄を死守せよ、と書いている。昭和20年4月2日に高村がこの詩を書いたとき、硫黄島の日本軍は3月17日にすでに全滅しているわけですよ。米軍が沖縄本島に上陸したその時に誰が見ても日本軍は決定的に敗北している。もう負けるしかないという時期に書いているわけですね。

〈神聖オモロ草子の国琉球、/つひに大東亜戦最大の決戦場となる。/敵は獅子の一撃を期して総力を集め、/この珠玉の島うるはしの山原谷茶、/万座毛の緑野、デイゴの花の紅に、/あらゆる暴力を傾け注がんずる。/琉球やまことに日本の頸動脈、/万事ここにかかり万端ここに経絡す。/琉球を守れ、琉球に於て勝て。/全日本の全日本人よ、/琉球のために全力をあげよ。/敵すでに犠牲を惜しまず、/これ吾が神機の到来なり。/全日本の全日本人よ、/起って琉球に血液を送れ。/ああ恩納ナビの末孫熱血の同胞等よ、/クバの葉かげに身を伏して/弾雨を凌ぎ兵火を抑へ、/猛然出でて賊敵を誅戮し盡せよ。〉『琉球決戦』

詩というよりほとんどシュプレヒコールみたいなものなんだけどね。この詩を読んで涙流しながら死んでいった人も随分いる。

-沖縄を「頸動脈」とする表現は、その本体は日本本土であり、頭脳は首都東京であるという認識からくるものだと思います。政府やマスメディアが沖縄の戦略的重要性を強調するときに使う「地理的優位性」や「抑止力」という言葉と重なります。日本全体の防衛のために沖縄が存在しているかのような物言いです。沖縄が住民の生活空間であることを度外視していますね。

辺見 「国体護持」のためには沖縄を「捨て石」にしてでも戦おう、ということでしょう。ここで、沖縄と天皇制という問題も浮き彫りになる。これもいま改めて考えるべきテーマです。「琉球を守れ」って言ったって、琉球の人びとの命を守れ、ということじゃない。天皇陛下のために戦って死ね、と言っているのです。沖縄でもニッポンのためでもない、天皇陛下のために死ねと言うのです。換言すれば、「国体護持」のために、ほかでもないニッポンから死を強要されたのが沖縄なのです。この記憶をいわゆる「本土」はもとより沖縄の人びとも薄めてはいないか僕は気になるのです。「沖縄=捨て石」観は今の気分ともどこかでつながる。無責任はいまにはじまったわけじゃない。高村光太郎はおそらく、よく知りもしないのに、沖縄で絶対戦えと詩に書いた。高村はこの詩を戦後ものすごく反省した。でもメディアはしていない。高村一人の責任にはできない、と思うんですね。

ケビン・メアの件も、あの男一人のせいにすると日米関係を見誤るよ、と僕は言いたくなる。彼個人の人格、識見の問題はもちろんあるけれども、日米関係はたかだかあの程度 の人間にやられている人だよと思えば、そら恐ろしくなる。彼は軍政意識まるだしの人間だったわけでね。言っちゃ悪いけど、無知ですよね。無知蒙昧な男に任せてね、沖縄の人はあれを許すのかって思いますね。

あれは単純な舌禍事件ではなくて、彼のような異様な人物に代表されるアメリカ側の深層心理のあらわれだと思います。いわば占領軍意識。ゴーヤーもつくれない連中だっていう、下卑たコロニアルな蔑視。あれは日米関係というものを外交文書で言うのと違う、彼らのメンタルな面、ゆがみがよく出ていると思いましたね。それをちゃんと書かなければ駄目だと僕は思う。ケビン・メア事件は立派な特ダネです。でも今、事態は逆転していますね。彼の出版した本は売れて、メア氏はよかったってことになっている。あの報道を支えることが出来ない日本のジャーナリズムって一体何なんだって思うな。

(6)激変に無自覚な社会
-福島第1原発の事故検証も不十分な中、誰一人、責任をとろうとしないまま、政府は原発再稼働を画策しています。マスメディアの役割が機能していないともいえるのでしょうか。
辺見 資本とテクノロジーと人間の欲望とか弱さという近代の本質が、集中的に出ているのが原発の問題だと思います。近代は長くそれを隠してきたのですが、3・11の衝撃でみんなむき出されてしまった。しかし、むきだされた近代の断面をまだわれわれはしっかり正視していない。立ち止まって整理できていないって思うわけです。福島というものが単に精神、情念といったものだけで語られるんじゃなく、どういうふうに深くとらえ直して見るのかが問われている。

僕は近代全体を通して大きな枠から見てみたいと考えています。原発の問題というのは消費資本主義ときってもきれない。だから今、秘やかに政府側が考えているのはエネルギーの供給態勢の中で原発は必要だっていう考え方ですよ。だから段階を踏みながら再稼働を考えている。僕はそれについて世論もゆっくりした速度だけれども、当初の再稼働反対から、分からない、ないしはやむを得ないみたいな議論がどんどん増えていって、それをマスメディアが後押ししているように感じています。実際、夏場に停電騒ぎにでもなると、ますますそうなっていくだろうなって僕は見ています。

近代の崩壊から新しい時代に移る過渡期にある今は、この先何が起きるか見えないと思っているんです。だって現実に今、首都直下型地震が起きてもおかしくないわけだから。昨年の3月11日を起点にした情勢だけで、これからをはかることはできない。もっと3連続地震みたいなものを前提にしなければならないとしたら、原発とかの問題にとどまらない。一体、日本という国は人間が住むのに適しているのかどうかっていうところまで考え直さないといかんと。議論はそこまでいってもいいんじゃないかと思うんですね。女性の皇位継承問題が国家の大事なんてことを「本土」の新聞が書いてますが、それどころではないのです。

-マスメディアが抱える問題として「記憶の空洞化」があると思います。辺見さんは著書で「この国が長崎、広島というものを年中行事化したことで痛苦な記憶を空洞化してきた」とも指摘されています。8・6(広島平和記念日)や8・9(長崎原爆の日)を年中行事化したのと同様、沖縄の5・15(復帰記念日)や6・23(慰霊の日)そして3・11も主にメディアによって記号化されることで、「痛み」が空洞化していく懸念もあります。

辺見 忘却が一番恐いですね。やっぱり執拗に物事を覚えておかなければいけない。それが必要だと思うんだけれども、どんどん忘れ去られていく。事実関係もゆがめられていく。それで「トモダチ作戦」なんかでみんな涙流して喜んでしまう。本当は毎日毎日がドラスティックに変化しているんだけれど、それが自覚できない。それが一番危険なことなんじゃないかな。

メディアの責任は大きいと思います。ただ、メディアの責任といった場合、どうしても僕らは人格的に考えがちだけど、集合的な意識であって、誰も責任をとろうとしない。結局、僕は個体に帰すると思うんです、「個」に。つまり、わたしはどう考えるか。どう振る舞うべきか。自分はどう思うのか、どうするのかと。

〔後編〕 徹底的破滅から光(2012年4月11日掲載)

(1)露出した差別の構造
-阪神大震災のとき、作家の小田実さんは「棄民」「難死」といった言葉を盛んに用いました。沖縄と福島、あるいは東日本大震災の被災地にも当てはまる部分はあるでしょうか。

辺見 今回のテーマとして、沖縄と東北というのは、そのまま同質ではないんだけども、「サクリファイスの構造」としての近似性というのか、それはなくはない。米軍基地と原発。それが3・11で浮きたってきた面はあります。沖縄と東北がたどった道は、例えば東北の場合も国策に翻弄されてきた。歴史的には「白河以北一山百文」と言われたところです。日本の国の発展というのは本州西南部から進み、東北は一番最後。東北というのはもともと歴史的には独立した地域だったんだけれども、それが1189年の源頼朝の奥州征伐で局面が変わる。そこから東北の歴史というのが、いわば江戸や本州西南部に従属するものになりました。


沖縄の場合は薩摩藩の琉球侵略に始まりますね。それ以前は琉球王国として独自の政治、文化、言語を維持してきた。明治政府のもとで琉球が日本という「国家」に組み込まれていった一連の強制の過程、すなわち、1872(明冶5)年の琉球藩設置に始まり、79年の沖縄県設置にいたる過程で琉球王国は滅びた。「琉球処分」というこの歴史の根っ子を見ることなしに沖縄を語るのは困難です。サクリファイスの構造というのは必ずしも同質ではないけれども、近似性がある。高橋哲哉さん=東京大学大学院教授、今年1月に「犠牲のシステム 福島・沖縄」(集英社新書)を刊行=も指摘しているけど、沖縄の犠牲の構造、逆に言えば、沖縄差別の構造というのは、1609年の薩摩藩の琉球侵略から現在まで続いていると思います。無意識に沈潜していた東北、沖縄差別と犠牲の構造が3月11日で露出してきたというのかな。

さほど革新的な新聞とは言えない河北新報でさえ、東北と沖縄の近似性を指摘しはじめています。国策推進の中でサクリファイの構造をお互いにもっているということです。苦難の当事者になってはじめて気づかされたことは、中央政府は何もしない、国策遂行のためには「棄民」をするということです。東日本大震災から3ヵ月の昨年6月11日付河北新報は「中心に居ると、周縁が見えない」という書きだしで、国策に翻弄されてきた東北も沖縄も共助の精神を持ち、自立と自己主張が必要だという趣旨の社説を発表しました。注目すべき動きです。

-沖縄ではケビン・メア氏の差別発言だけでなく、沖縄防衛局長の「犯す前に犯すと言いますか」という発言もありました。これも防衛省という組織の体質を浮き彫りにしているように思います。沖縄はそうした言動を繰り返し浴びてきたので、県民は「またか」という受け止めです。震災を機に、沖縄と東北をつなげてとらえる思考が芽生えたという変化を感じる一方で、沖縄は東北、福島とも違う「構造的差別」を受けているという声も根強くあります。

辺見 沖縄と東北の差別には多くの異同があります。サクリファイスの構造というのはあるけど本質が違うし、深さも違う。原発は被災地の村長や町長あるいは知事も含めて、原発を呼び込んだのはあなたたちじゃないかというのがひとつある。東北の保守政治が中央政府を支えてきたこともあります。今になって被害者づらするのはオポチュニスティックという点もないじやない。原発を誘致し黙認してきたのに、突然に反原発派になるのには理由があるけれども、厳しい自省がもっとあっていい。原発の広告でテレビの番組をつくり、紙面をつくってきた日本のメディアと知識人。ここにも根源の反省はない。対するに、冲縄の米軍基地は沖縄が誘致したわけでは断じてないということです。見返り的に沖縄振興策と称してカネをばらまいて基地をのませていくやり方っていうのは、サクリファイスの構造として似た面はある。しかし同質ではない。サクリファイスの構造の深さ、長期性、過酷さにおいて東北と沖縄は本質的に違う。

-確かに最も大きな違いとして、原発は地元が誘致するかたちをとりましたが、沖縄の基地の大半は「銃剣とブルドーザー」で住民から土地を強制接収して造成された経緯があります。その差異も含め、深く考えることから見えてくるものはあるのではないかという気もします。

辺見 その通りですね。同質性だけを言うとしたら安直だと思います。確かに東京にいると、周縁、辺境というのが見えない。政治権力者は地方を政策遂行の客体、従属物だと見がちです。あるいは単なる票田と。そのような倨傲(きょごう)が強制という発想を生む。そうなのだけれども、責任主体の問題として、東北という地方は中央の単なる被害者か、犠牲者だったのかとなると、違う気がします。中央政治の加害を支える構造だって東北にはあったと思います。

-吉本隆明さんの論考は沖縄でも感化された人が多いように思います。中でも復帰運動の盛んな1969年に発表された「異族の論理」は沖縄でも論争を喚起しました。東北の人たちには、この「異族性」という感覚はないのでは、と思いますが。

辺見 ないですね。そこも明確に異なる。沖縄戦を見直したら、みんなすっ飛びますよ、はっきり言って。吉本さんは「異族の論理」で「本土中心の国家の歴史を覆滅するだけの起爆力と伝統を抱えこんでいながら、それをみずから発掘しようともしないで、たんに辺境の一つの県として本土に復帰しようなどとかんがえるのは、このうえもない愚行としかおもえない。琉球・沖縄は現状のままでも地獄、本土復帰しても、米軍基地をとりはらっても、地獄にきまっている」と指摘しました。いま、しみじみとそのくだりを思い出します。吉本さんが60年代末にそう揚言したことの意義は大きい。が、吉本さんが晩年もその考えを維持していたかどうかは分からない。沖縄をもともとどれほど切実に身体的に感じておられていたのか…。琉球・沖縄は、わたしにとっては、かっこうのいい理屈だけではすまない身体性のテーマであり、痛みの問題でもあります。

-日本軍が自国の住民を虐殺した事実というのは、日本本土では有り得ない、経験し得ない出来事としてとらえられるのではないでしょうか。

辺見 そこは、沖縄の人たちは身体で知っているけれども、本土の人間はそれを見まいとする。目をそむけ実相を知ろうとしない。基地問題でもなんだかんだ言うけれども、結局はあなたたち、我慢してくれと。現在の朝鮮半島情勢とか対中関係を考えたら、どうしても沖縄の基地は枢要であると。3・11以降は特にそんな考え方が勢いをつけてきている。

アリバイ証明としていろんな政治家が「沖縄詣で」をしている。首相とか防衛相とかね。しかしあれは、ただのアリバイ証明で結論は最初からある。協議次第では結論を変える気で沖縄入りしているわけではなく、政府案を承服させるために来ている。政府がこれほど礼を尽くしているのに、沖縄側はわがままで聞き入れてくれない、という世論をつくって、沖縄を再び日米軍事戦略の犠牲にしようとしている。僕にはそうとしか見えない。

-「沖縄詣で」に来る閣僚らの場合、外形的には頭を下げたり、腰を低くはしているものの、内実は暴力性を帯びた行動のように感じます。これは被災地を訪ねる政治家の行動原理と共通した面はあるのでしょうか。

辺見 そうですね、「沖縄詣で」は一見ソフトだけれど、実際には暴力的ですね。被災地を訪ねる政治家の行動原理と同じかどうか、一概には言えないけれども、「沖縄詣で」にはお願いどころか体のよい「強要」の気配がある。顔は沖縄ではなく本土に向いている。沖縄の意思より本土の世論を気にしているのです。

(2)痛みますます希薄に
-多くの人が亡くなった土地から生じる「におい」のようなものは、戦場と被災地で共通性があると考えますか。

辺見 謎ですね。戦場と被災地では、厳密には同じじゃないけれども、「死のにおい」はある。人がモノ化され理不尽に破砕された場所独特の空気がある。ただ、沖縄と違うのは、今回の震災も阪神大震災もそうだったけれども、復興という意味じゃなくて、悲惨なリアリティーをコーティングしていく速度っていうのは驚くほど速いですよ。それは単に外形的なことだけじゃなくて、記憶の薄め方も速い。メディアがそれを助けるからね。あの破滅的な状況の中で何か新しいものが立ち上がってくるのじゃなくて、前にあったものをまたすぐペイントで塗りたくって再現するみたいな速度です。それは沖縄の土地がずっと歴史的に染み付かせているようなものとは異質なものじゃないかな。震災で2万人が死んだり、行方不明になったりしているわけだけれども、僕はどうもその辺の痛みというのか記憶があきれるほど薄いと思っています。

石巻に行けば、夜、見ようによっては異界、あの世みたいな感じってありますよ。でもそれは沖縄とはまったく違ったものだと思う。沖縄に彫られた傷の深さは消そうとしても消えないルサンチマン(怨恨)につながると思うんだけれども、東北には根深いルサンチマンはない。原発をのぞけば、支配へのルサンチマンは薄い。確かに、個別には東北差別というのはあるけれども、それが全部じゃない。そういう意味では、サクリファイスの構造というものを、沖縄と東北を同一次元で定義するのはどうだろうかなっていう疑問を僕はもっています。それと違う文脈で、東北人も沖縄人も「素朴」だとか「実直」とかよく言われる。左翼や市民運動の人もそう言ったりする。あれね、僕は視線が浅いと思うな。差別的同情というのかな。

沖縄にはルサンチマンは薄くなっているけどまだあるし、もっとあっていいと思う。なぜかというと、それを消去したら、琉球処分という問題の根深さが見えてこないからです。それから、米国は琉球諸島を日本から切り離し、「防共の砦」として軍事基地の建設を進めた。1951(昭和26)年サンフランシスコ講和条約が締結され、日本は独立を回復したけれども、沖縄は引き続き米国統治下におかれた。そのときの本土の思想というのはどうだったのかということを、今改めて点検しないといけません。結局、沖縄を人間扱いせずに投げ捨てるというか、米側に提供したわけだから。僕が言うサクリファイスというのはそういう意味でもあります。どうぞと、いわば人身御供というか、供物として沖縄を差し出した。琉球諸島の将来に関する日本国天皇の見解、1947年の寺崎メモ(★)。これを現時点でもう一度、昭和史と沖縄の位置付けを見る上でしっかり光をあてる必要がある。長期間にわたる米軍の沖縄占領をエンドースするというか、天皇として認めるというのがある。沖縄の歴史って密約だらけです。なぜこうも密約がまかり通ってきたのか。昭和天皇自身の沖縄観にも「捨て石」という思考があったのではないか。

★寺崎メモ…マッカーサーは1947年6月末、東京での米国人記者との懇談の際、沖縄を米軍が支配し、空軍の要塞化すれば、非武装国家日本が軍事的真空地帯になることはない、との考えを述べた。この発言を受け、天皇は同年9月、側近の寺崎英成を通じてGHQに「米国が、日本に主権を残し租借する形式で、25年ないし50年、あるいはそれ以上、沖縄を支配することは、米国の利益になるのみならず日本の利益にもなる」とメッセージを伝えた。

(3)基地全廃いまこそ追及
-今の日本人は自分の命を捨ててまで国を守るという意識は溥いように思います。一方軍事や国防に関することは一部の専門家任せで無関心という側面も浮かびます。自分の身の回り以外の問題に対する関心の幅が狭いようにも思います。

辺見 命を捨てて国を守る意識って大事ですか? 僕はそうは思わない。この国が命を捨ててまで守らなければならないような内実と理想をもった共同体かどうか、国という一幻想や擬制が一人ひとりの人間存在や命と引き合うものかをまず考えたほうがいい。沖縄戦の歴史の中に正しい解答があるでしょう。それはさておき、ひと昔前にアメリカではやった、NIMBY(Not In My Back Yard)という言葉がありますが、米軍基地や原発がそうなんだと思います。基地も原発も必要、ないし必要悪である、だけど自分の家の近くに置かれては困るという思想。沖縄に対する本土の人間の考えの中にはNIMBYがある。

それと、国土の0.6%の沖縄に在日米軍専用施設の74%が集中している、というのがいつも枕詞になっているけれど、僕はここをもう少し踏み込んだところで論じ合っていく必要があると思っています。そもそも米軍基地の問題を、「悪の公平負担」という発想で沖縄県外にばらけさすことが最終的な解決策であるわけがない。つまり、軍事基地完全撤廃を言ってはなぜいけないのか。そうした観点から憲法9条をもう1回考えてみたい。9条はもう無効で不要なものなのか。わたしはそうは思わない。沖縄の問題というと、いつも普天間基地の固定化だけが問題にされる。あるいは74%の基地が集中していると。じゃあ次の問題はどうするのか、一、二歩踏み込んだ議論が若い人の間に起きないかなあって思います。軍事基地は日本には不要という仮説は演繹不可能なのか、あり得ないのかどうかということです。

若いころ、共同通信の記者だったとき、沖縄の記者たちと飲んだりした際に、沖縄で開催されるマラソン大会に自衛隊から協力の申し出があったけど断ったという事例を聞いて、さすがだな、沖縄は強いなって感心した記憶があるけれど、今はそれどころじゃないでしょう。本土の人間の沖縄に対する見方が変わってきているだけじゃなくて、沖縄自身の沖縄観も変わってきている。

自民党や民主党の一部から隠然と出ている議論として、自衛隊も海兵隊方式の機動部隊をもつべきだとか原子力潜水艦を4隻ぐらい保有すべきだ、戦術核もOKという考え方がありますね。憲法を改定し、日本も自主的にパワーゲームに参加しようという発想が増えている。わたしは中国に6年間駐在した人間として、その論理の非科学性に呆れて笑っちゃうんですね。正気かと。僕に対案があるわけじゃない。でも中国と戦争やるのか、ロシアと軍事力を競うのか。事実上、9条は機能していない。非核三原則だって危ない。武器輸出の原則も崩しつつある。そうしてこの国がいくら軍備を増強したって、あんなマンモス象みたいなのとどうやって対抗するのだと、その非科学性を言っているんです。9条死守より軍備増強のほうが客観的合理性を欠くのです。だから米国の軍事力に頼れ、日米安保を強化しろ、沖縄は我慢しろ、というのは絶対に違う。その逆です。身体をはった徹底的なパシフィズム(平和主義、反戦主義)が僕の理想です。9条死守・安保廃棄・基地撤廃というパシフィズムではいけないのか。丸腰ではダメなのか。国を守るためではなく、パンフィズムを守るためならわたしも命を賭ける価値があると思います。

僕には長かった近代の思想というのはもう終わりに来ているんだという自覚がある。主権国家体制、市民革命による市民社会の成立、産業革命による資本主義の発展とテクノロジー万能主義、国民国家の形成など、16世紀以降の欧州で誕生し、現代世界を価値づけてきた社会のあり方、枠組み、準則が崩れてきている。で、従来の帝国主義の実行主体の足場を奪う、新たな列強の覇権争奪が始まっている。何よりも中国。中国は革命の理想を完全にうち捨てた異様な軍事大国になった。途方もない貧富の格差、堕落した共産党の一党支配、公安警察の跋扈(ばっこ)と死刑の連発、人権弾圧…。一方でロシアの覇権主義、言論弾圧もますます露骨になった。チェチェンにはやりたい放題。そうした中で相対的に、米国の株が上がっていく。それと同時に、沖縄から発進して朝鮮、ベトナムであれほど人を殺した、あの米軍と今は違うんだみたいな錯覚がある。同じです。米軍は依然、世界最大の戦争マシーンです。アフガンでもイラクでも罪のない人をいっぱい殺している。

平和憲法も安保も無責任に肯定する本土の分裂症的病状への苛立ちから、9条なんかなくていい、改憲せよという短絡と暴論が最近目立ちます。わたしたちは実はいま、ショウダウン、対決を迫られているのです。平和か改憲か。沖縄の基地問題を語るときに、県外に公平に負担させようじやないか、というところ止まりで議論が終わるのでは全然駄目だよと思っています。もっとはっきりした基地の全面的な撤廃という「夢」を現実化する思考を命がけでつきつめていくべきです。沖縄の基地問題に政治技術的な「落とし所」なんて本質的にありえない。そのことを本土の世論は理屈だけでなく身体的にも担保しなければならない。

(4)虚妄に覆われた時代
-今から40年前に福島第1原発が営業運転を開始し、沖縄が本土復帰しました。高度成長期もバブルもあった、この40年というのは振り返ってどういう時代だったか。一線の記者、作家として時代を見てきた辺見さんの目にはどう映っていますか。

辺見 実は僕が共同通信に入社したのは1970年。その2年後に本土復帰。この40年ということを言われると、ひとことで言うと慚愧に堪えないという思いがありますね。理想のために闘い、何かをつくり上げてきたという思いはまったくないですね。今度の震災のこともあるけれど、自分の中ではどっちかというと崩壊感覚の方が強い。僕も学生のときにアメリカの原子力潜水艦反対のデモをやったり、横須賀へ行って空母の母港化反対とかのデモをやったり、警察に殴られたりして生きてきたわけなんだけれども、今なんか大歓迎でしょう。何という変わりようでしょうか。この40年というのは何か大事なものが実ってきたわけではなく、銭カネと引き換えに一番大事なもの、魂を売りわたしてきたという印象の方が強いですね。

僕にすれば沖縄の問題は外在する問題じゃなくて、日本という国の思想の成り立ちの上で決定的に重要なテーマなのです。この40年の虚妄と荒み。それを諸手を挙げて喜ぶという気持ちには全然なれない。

-安保も原発も背景には、米国との関係をうまくやって、経済さえ順調であればいいという主張にみんなが乗っ掛って思考停止してきた面があったように感じます。

辺見 安保だけじゃない、経済もみんなアメリカ頼み。そこから脱却して何か新しい社会、コミュニティーのありようってないのか、思想家も文芸をやる人間も見いだせなかった。それを敗北感として僕はもちますね。1980年代前半にわたしは米国に研修留学して痛感したのは、米国には、せいぜいよくても、爆弾を落とす側の浅い“良心”しかないということ。爆弾を落とされた側の地獄を知らない。それで僕は志願してハノイの特派員になりました。爆弾を落とされた側に立ってみて、世界像がやっと生々しく立ち上がった気がする。

9条とか憲法とかが抜け殻のようになってきた。これではまるで偽善者のお飾りです。それでも俺は9条を守るべきだと思う。憲法を俺は現在も有用であると考える。自己身体を入れこんでそう思う。同時に、有用なものを実行することができなかったのはなぜなのかと問う。お題目だけ唱えて、お国言葉で朗読してみたり歌ったりするだけで、闘わずに憲法を形骸化したのは誰の責任なのだ。復帰40周年といっても、沖縄の植民地的実態が変わっていないのはなぜなのだ、と問わなければならない。

ワイマール憲法下のドイツがナチスの台頭を許し、世界最先端と言われた民主主義が世界で最悪の独裁者を育ててしまった経緯には現在でも学ぶべき点があります。

-沖縄密約事件を、辺見さんはどのように見てこられましたか。

辺見 密約情報を得た西山太吉さんは権力と権力の意を体した「言論テロリズム」に撃たれたのです。あれ以降、ジャーナリズムは萎縮してしまい国家機密にかかわるスクープが政府の思惑どおりに激減した。新聞は西山さんを守りきれなかった、というより守らなかった。メディアっていうのは所詮そんなものだと言えば言える。でもその中でも、やっぱり西山さん的な「例外」というのが結局、歴史の暗部、真相を見せてくれたわけだから、権力の隠蔽工作に立ち向かう試みを棄ててはいけない。国家権力とジャーナリズムは絶対に永遠に折り合えないものです。折り合ってはならない。国家機密はスッパ抜くか隠されるか、スクープするか隠蔽されるか、です。記者の生命線はそこにある。いまは権力とメディアが握手するばかりじゃないですか。記者は徒党を組むな、例外をやれ、と僕は思う。ケチョンケチョンにやられるまで例外をやって、10年後、20年後にああ、あれはこんなに大きな意味があったのかと。というふうな取材をしたら、その段階ではくそみそに言われるよ。会社からも余計なことするなって言われる。誰もかばいはしない。ますますそういう時代になってきている。でも今ぐらい特ダネが転がっている時代はないと思うよ。権力がいい気になって調子にのっており、わきが甘くなっているからね。

(5)「肝苦りさ」闘いの原点
-日本には原発の安全神話、米軍の抑止力神話、経済成長神話があります。こうした神話を生み出し、はぐくんだ土壌とはどこにあったのでしょうか。

辺見 神話を信じているほうが、悩まなくてすむからね。自分の頭で考え、疑り、苦しみ、闘うという主体的営みの対極に神話はある。皇軍不敗神話、天皇神話もそうです。神話は、われわれの思惟、行動を非論理的に縛り誘導する固定観念や集団的無意識、根拠のない規範にもなる。とりわけわれわれは強大なるものや先進テクノロジー=善という「近代神話」に長くとりつかれてきた。その近代神話の頂点にあるのが原発だった。原発神話はほころびが出てきたけれども、まだ破られていない。米国的政冶と米軍という神話も、朝鮮戦争、ベトナム戦争、イラク戦争があって破れかけたけれども、破られていないどころか、また新たな神話が出来つつある。2011年3月11日の翌日から沖縄の精鋭部隊を含む米軍が被災地へ行くことによりまた米国と米軍の神話がつくられつつある。

人間というのはまさに度し難いというしかない。それはここに原因がありますというかたちでは言えないけれども、ただ全体として近代は人間というものを「よき存在」として前提するところに特徴があったと思います。そのよき存在である人間は神と動物の中間にあって、常に進歩していくんだと。人間集団には全体として狂気はなく、テクノロジーとともに退行することなく前進すると信じこんできた。「米国は善」という神話と米国の自意識はそうやって形成されてきました。

-「米軍神話」にどう向き合うべきでしょうか。

辺見 ひとつの試みとして、例えば普天間飛行場のようなものが米国内にあるか、と問うてみる必要もあると思います。そういう非人間的なことを君らは自国でやっているか、耐えられるかと。約3千人が亡くなった9・11の同時多発テロがありました。短絡的に比鮫はできないが、じゃああんた方、イラクとアフガンでどれだけ人を殺しているのかと問う必要がある。僕はソマリアやアフガンにも行って、この目で見てきたわけだけれど、ソマリアでは病院まで爆撃していた。理由を問うと、市民の格好をしたゲリラが逃げ込んだからという。アフガンでも民間人を多数殺傷する〝誤爆〟を日常茶飯事だった。戦争には実際の話、誤爆も〝正爆〟もありはしない。戦争マシーン化させられた兵士らの目には「人間」が見えなくなっている。米軍の夜間哨戒ヘリにも乗りましたが、動くものは反射的に撃ちますよ。朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、イラク、アフガン侵攻…おびただしい殺戮のすべてに沖縄の米軍基地が関係している。「トモダチ作戦」で錯覚してはいけない。

イラク戦争のときも、ほとんどの本土の新聞があの侵攻を肯定した。そのときに沖縄から兵士が行っているという痛苦な自覚がどれだけあったのか。何百万もの人が死んだ朝鮮戦争でも、米兵の死体を納める袋までつくって日本は儲けた。沖縄から向かった兵士も随分いる。戦後復興のために朝鮮半島の悲劇と沖縄を利用したのです。そういう肉体的自覚が本土の日本人にはあまりにもなさすぎる。全部ひとごと。で、平和憲法オーケー、安保もオーケーとくる。本当はすべてNIMBYなのです。9条の適用範囲は本土だけ、沖縄は適用外といった無意識が憲法擁護派にもある。もうそれでは通用しなくなったのです。

-東村高江のヘリパッド移設問題では、国が住民を訴える「スラップ訴訟」(市民参加に対する戦略的訴訟)を起こしました。座り込みなどの反対運動を展開した住民2人に対し、通行妨害の禁止を求める「高江ヘリパッド訴訟」の3月の那覇地裁判決は、男性1人に違法な妨害行為があったとして通行妨害禁止を命じました。

辺見 弱者に対して政府などの優越者が恫喝や発言封じなどのために報復的な訴訟をす るケースはこれからも増えていくでしょう。現代日本で司法がどれほど公正に機能しているか疑問です。一方にあるのは基地問題や自衛隊の問題にせよ、住民側から異議申し立てをするという表現様式は60~70年代までは、訴訟もありはしましたが、市民の側からの直接行動というかたちの意思表示の方がより多くありました。今はそれへの対抗手段として、国家権力という絶対的強者が住民という弱者を法的に訴え、脅し、見せしめをする。行動の細かな断片をとって違法と断じ、異議申し立ての重要性と関係なく逮捕、起訴、有罪とする。これを可能にしているのは、世論の弱さとマスメディアの無関心です。強者を救済し弱者を弾圧する。これはそもそも近代の法制上からも根本的におかしいところがある。

「スラップ訴訟」だけでなく、僕が危ないと感じているのは憲法第95条です。自民党の新憲法草案では、前文と9条だけではなく、第95条を変えようとしている。現行憲法では「一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することができない」となっているが、自民党草案では削られている。狙われているのは地方、特に沖縄です。彼らは国策を優先したいのですから「地方主権」は口だけのまやかしです。

心のどこかでそうなることを期待しているところもあるんだけれども、事態はどのみちもっと剥きだされてくる。無関心は許されなくなる。結局、他人事で済まない対決か闘争というのが、本土にも沖縄にも出てこざるを得ないのではないかと思っています。それはすでに欧州や米国、中東で始まっているわけだけれども。人間がもっとむき出されて非受益者層と受益者の落差、ひずみがひどくなって社会が闘争化していく現象は世界じゅうで起きている。日本にもいつかくるのではないかと予感します。好むと好まざるとにかかわらず、人間がどこかで余儀なく行動に訴える時期というのがあるのではないか、そういう契機があるはずだと僕はどこか期待を込めて思っています。このまま眠っているわけはないだろうと。

-今の若者の怒りには、底知れないものが潜んでいるように思います。

辺見 ありますね。怒りか屈折か、量りがたいものがある。はっきり敵を措定していたのが60~70年代だとしたら、今ははっきりした「敵」という概念がない。ときどき自分を敵にしてしまって、自分を殺してしまうということがあるけれども。

-「部分的な破滅では駄目だ」というのが辺見さんの見解ですね。

辺見 誤解を誘いやすい言い方なんだけれども、中途半端じゃ駄目だというのと同じなんです。新しいイデーというものが出てくるためには1回、完全に滅亡し崩壊しないと駄目だという思いがありますね。文学的直観にすぎないと言われればそうなんだけれども、徹底的な敗北の中からじゃないと新しいものは生まれてこないだろうなというのはある。中途半端なところで「復興」だとか「絆」だとか言っていたって、何も新しいものは出てきやしない。外形的ないろんな破滅、部分的な滅亡というのは今あるのだけれど、本当は一番大きいのは人間の内面の決壊、思想の破滅状況じゃないかと思います。

僕は戦後と一緒に生きてきた人間だけれども、生きてきた思想的、精神的枠組みというのは崩れたんだと思う。外形的な物の破壊ということよりも、その方が大きいんじゃないかな。近代が終わったという場合、近代というものの発想が終わったんだと。僕は詩も書くが、詩的テーマとして現代はむしろ古代化しつつあると感じたりする。今を部分的に切り取ると、原始に戻っているようなところがある。そういう観点を自分の感性をフル動員して深めないと、「現在」というのは描き得ないと思っています。

20代で初めて沖縄に行って教えてもらった最も印象深い言葉は「肝苦(ちむぐ)りさ」でした。いまでもあるでしょう? これ、本土にはない。言葉より前にその感覚が薄い。「断腸の思い」ではただの挨拶みたいで嘘臭い。ギリシャ語には「スプランクニゾマイ(splanknizomai)」という言葉があるらしいですね。不思議ですね。「スプランクナ」(はらわた)を動詞にしたもので、「人の苦難を見たときに、こちらのはらわたも痛む、かき乱れる」という身体感覚です。「肝苦りさ」――闘いの原点はここにしかない。

取材後記 「記者は独り」響く至言

約3時間にわたるインタビューの結びとして、辺見さんに「沖縄の記者たちにひと言」とお願いし、こんな言葉をいただいた。「常に例外的存在になれ、それが一番の贅沢なんじゃないか、記者という職能の一番の贅沢は、お前は一人しかいないってことだと思う。それに記者は独りだよ、徹底的に。みんなとつるんで、上とも横ともみんなと仲良くやろうとしても無理。考え方も独りで徹底すること。集団に隠れたらもう終わりだよ。集団に隠れないこと」。私の本棚には、辺見さんの著作がたくさん並ぶ。その中で最も古い1冊を持参し、サインを請うた。手元には「独考独航」の文字が残った。

(特別報道チーム・渡辺豪)

はなゆーさんからの情報でOurPlanetTV制作の「大阪市『こどもの家』を守れ!~橋下行革プランで危機」というビデオの存在をはじめて知りました。

〔OPTV動画〕橋下徹市長が「こどもの家」の廃止に踏み切る意向(低気温のエクスタシーbyはなゆー 2012年6月7日)

このビデオを観るまで私は大阪市の「こどもの家」という存在をまったく知りませんでした。いや、記事としては見ていたのかも知れません。おそらく見て(読むのではなく)いたのだと思います。しかし、よくある学童保育の記事の一種として読みすごし、「学童保育」と「子どもの家」の違いに気づいていませんでした。私は3人のこどもが小学1年生から3年生の足かけ9年間、いまでいう放課後児童クラブに預け、送り迎えを続けてきましたし、学童保育の拡充の運動にも関わってきましたから、学童保育のことならいまさら読むまでもなくよく知っている、というある種の思い上がりが「こどもの家」の記事を正確に読む目をおそらく曇らせてきたのでしょう。慙愧の至りです。

しかし、「学童保育」と「子どもの家」とでは次のようにも違いがあります。

●学童保育
対象年齢   小学1年生~小学3年生
料金      有料

●子どもの家
対象年齢   全児童(0歳~18歳)
料金      無料

上記の外形的事実のほかにも「子どもの家」は子どもたちはもちろん親たち自身の子どもとのかかわりの中での親としての生=内面の充実のためにも大きな役割を果たしてきました。「子どもの家」が子どもたちと親たちにとって量としては測りえないほどにいかにかけがえのない存在としてあったか、ということは上記のビデオを観ればよくわかります。「子どもの家」は子どもたちにとってかけがえのないファミリー(家族)、逆境を乗り越えていくときの支えの源としていまも存在しています。

それを大阪の橋下市長は行革の名のもとにいま潰そうとしているのです。彼の唱える行革は、実態は「弱者いじめ」と「弱者の切り捨て」でしかないものをことさらに「改革」という名で仰々しく飾るごまかしの美辞麗句でしかありません。上記のビデオはそのことを雄弁に証明してくれているように思います。

大阪の「子どもの家」のひとつである西成地区(釜ヶ崎)の「子どもの里」を長年取材してこられたノンフィクション作家の北村年子さんは上記ビデオの最後で大阪・橋下市長の行革の正体を次のように指摘しています。

「これはやはり、要するにね、子どもは産んだ親が全面的に世話しろ、と。で、親は子どもが全面的に世話しろ、という生活保護がいますごくバッシングを受けていますけど、あれとほんとにセットでね・・・・。だから、血縁関係による家族だけで自分らでなんとかしろよ、っていうそういう意識ですよね。それ以外は認めないんだ、っていうのはあまりに冷たいんじゃないか。」

まったくそのとおりだ、と私も思います。

From: はなゆー
Sent: Thursday, June 07, 2012 11:14 AM

大阪市「こどもの家」を守れ!~橋下行革プランで危機

橋下徹大阪市長は5月11日、3年間で488億円もの予算をカットする「市政改革プラン」の素案を発表した。見直しや廃止対象となった事業は100以上にのぼり、教育分野-や福祉分野など多岐にわたる。

「子どもの家」もその一つ。補助金をカットされ、学童保育に移行する計画だ。事業存続の危機を前に、職員はもちろん、利用する保護者や地域は反対運動を開始。大規模な署名-活動を展開し、5月29日までに2万6985筆の署名を集め、大阪市会議長宛に提出した。

1970年代にスタートした「子どもの家」事業は、大阪市独自の事業だ。利用可能な対象は0歳~18歳と幅広く、親が留守がちだったり、病気を抱えている家庭など様々な背-景の子どもたちが通っている。また、学童保育の利用料が月2万円(大阪市)なのに対し、「子どもの家」は無料。現在、「子どもの家」は市内28ヶ所にあり、2000人が利-用している。学童保育では代替できない機能があると、地域の人びとは語る。

大胆な行革を目指す大阪市。その足元で何が起きているのか。西成区の通称「釜ヶ崎」と呼ばれる日雇い労働者の街にある「子どもの里」に焦点を当てる。

ゲスト:北村年子さん(ノンフィクション作家)
聞き手:白石草(OurPlanetTV)

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生活保護バッシングが荒れ狂う中で下記、重要な<事実>の指摘だと思いました。

この痛ましいばかりの<事実>の重みを私たちはまさしく重く受け止めて荒れ狂う生活保護バッシングに立ち向かっていく必要がある、と私は強く思います。それは私たちひとりひとりのかけがえのない生と生存権にも関わる闘いでもあるはずなのです。

元NHK解説委員でアナウンサーだった民主党の小宮山洋子厚労相はその経歴ゆえに一般に知性派の人とみなされているようですが、「人気お笑いタレントの母親の生活保護受給を週刊誌が報じたことを契機に、生活保護制度と制度利用者全体に対する大バッシングが起こっている」渦中で「扶養義務者による扶養が生活保護適用の前提条件であり、タレントの母親が生活保護を受けていたことが不正受給であるかのよう」に「扶養が保護の要件となっていない現行法を非難する主張に応えて」、先日国会で「『親族側に扶養が困難な理由を証明する義務を課す』という事実上扶養を生活保護利用の要件とする法改正を検討する考えを示」唆しました。すなわち、非知性派の人のようです。


「保護の要件について定めた生活保護法4条1項の規定は、『保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる』と定めている。これに対し、生活保護法4条2項は、『民法に定める扶養義務者の扶養は保護に優先して行われるものとする』と定め、あえて『要件として』という文言を使ってい」ません。「『扶養が保護に優先する』とは、保護受給者に対して実際に扶養援助(仕送り等)が行われた場合は収入認定して、その援助の金額の分だけ保護費を減額するという意味であり、扶養義務者による扶養は保護の前提条件とはされていない」のです(以上、「」内は「扶養義務と生活保護制度の関係の正しい理解と冷静な議論のために」(生活保護問題対策全国会議のブログ)からの引用)。それを小宮山氏は事実上、「扶養」を生活保護利用の要件にすると言う。彼女に金勘定の計算能力があったとしても「理知(理(ことわり)の知)」があるとは思えません。

生存権を含む社会権がなぜ「20世紀的人権」ともいわれてきたのか? 生活保護バッシングに結果として加担している小宮山厚労相には(むろん同バッシングに加担する他の国会議員も同様ですが)産業革命期(18世紀)から20世紀までにわたる世界のシチズンの血の滲むような人権――とりわけ社会権、その中でも生存権、の獲得の歴史がおわかりになっていないのでしょう。

だから、やすやすと生活保護バッシャーの口車に乗る。乗って恥じない。彼ら、彼女たちの言う「社会保障と税の一体改革」のデタラメ性がここでも露われ出ているのです。あなたたちは「生活保護受給者の自殺率は一般の2倍、20代は6倍」という事実を前にしてそのバッシングをまだ続けようというのか? 私はあなたたちの人間性を疑う。そして、私は、決してそうした人間性喪失の者を許さない。

生活保護受給者の自殺率は一般の2倍、20代は6倍-生活保護バッシングと制度改悪は殺人になる(すくらむ 2012-06-06)

作家の星野智幸さんが
ブログでこう指摘しています。

売れっ子お笑いタレントの親が生活保護をもらっていたことが詳らかにされ、大バッシングが起こり、厚生労働大臣が生活保護の給付水準を引き下げることを検討し始める、というニュースを、ソウルに住みながらネットで知って、また殺人未遂が起きているのか、と暗澹たる気持ちになった。

バッシングを受けて政治が生活保護水準を下げたりしたら、どのようなことが起こるか。ただでさえ、社会から経済的社会的にこぼれ落ちて、生存の瀬戸際にいる大量の人たちを、死の側へ押しやることになる。背中を押したら死ぬとわかっている人に対し、複数人で背中を押したら、これは殺人になるのではないだろうか。今の社会が行っていることは、そのような行為である。有権者も政治家も、報道も含め。(※星野智幸さんのブログ からの引用はここまで)

――いまの生活保護バッシングによる制度改悪は「殺人になるのではないだろうか」という星野智幸さんの指摘は大袈裟ではないと思います。
*グラフ省略

上のグラフは、厚生労働省「生活保護受給者の自殺者数について」(2011年7月12日第4回社会保障審議会生活保護基準部会参考資料)に掲載されている生活保護受給者と日本全体の自殺率を私がグラフにしたものです。

生活保護受給者の自殺率は、日本全体の自殺率より、2009年で2.4倍、2010年で2.2倍と、2倍以上も高くなっています。
*グラフと表省略

そして上のグラフと表は同じ厚労省資料に掲載されている年齢別に自殺率を見たものです。
2009年(平成21年)の数字を見ると、20~29歳の被保護自殺者(生活保護受給者の自殺者)の自殺率は、162.5で、一般自殺者の自殺率24.1の6.74倍(2010年は4.97倍、2008年は5.97倍)も高くなっています。19歳以下を除いて、若い年齢ほど自殺率が高くなっています。

こうした数字が示すように、生活保護受給者は現状でも「生きづらい」のです。とりわけ、若年層の「生きづらさ」は異常な実態にあります。

いまの生活保護バッシングは、いま以上の「生きづらさ」を強要することにほかなりません。

「バッシングを受けて政治が生活保護水準を下げたりしたら、どのようなことが起こるか。ただでさえ、社会から経済的社会的にこぼれ落ちて、生存の瀬戸際にいる大量の人たちを、死の側へ押しやることになる。背中を押したら死ぬとわかっている人に対し、複数人で背中を押したら、これは殺人になるのではないだろうか。今の社会が行っていることは、そのような行為である。有権者も政治家も、報道も含め。」という星野智幸さんの言葉を繰り返し噛み締める必要があります。