先の記事を書いた後、メーリングリスト上の吉本隆明に関する問答を幾許か見てきました。私の参加しているメーリングリスト上ではおおむね吉本の原発推進論と「有名文化人・知識人」の立場への安住が問題になっていました。そうした批判をする人たちには吉本の著作を一冊も読んでいないという人も少なくありませんでした。以下、そうした見方、考え方への違和について述べた一、二のメールを追記としてエントリしておこうと思います。もちろん、たいしたものではありません。落書きのようなものです。


吉本4  

追記1:

原発推進勢力に与する『「反核」異論』(1982年)以来の晩年(というにはあれから30年以上も経っているのですが)の吉本の姿勢を批判するのは当然のことだと思います。そのような考え方の萌芽はもともと吉本の初期の理念そのものに伏在していた、と批判するのも当然のことだと思います。

先にご紹介した太田昌国さんの吉本批判もおそらく同様の批判の思いが含まれていたでしょう。

3・11から一年、忘れ得ぬ言動 ――岡井隆と吉本隆明の場合(太田昌国 現代企画室 状況20~21 2012年3月5日)

しかし、戦後初期の吉本の戦中戦後の文学者らの戦争責任の追及及び「転向」論を抜きにして、そして、吉本の『言語にとって美とはなにか』と『共同幻想論』の思想の論を抜きにして、その後の戦後文学と戦後思想の形成は一言たりとも語ることはできないでしょう。それほど吉本の戦後文学、戦後思想界への影響力は大きかったのです(私もいわゆる戦後文学、戦後思想に影響を受けて育った口ですからこのように断言できます)。これは私の評価ではありません。一般的な文学史、思想史的な評価といってよいものです。

吉本の晩年の思想(それもすべてというわけではない思想)を批判するあまり、たとえば吉本の『言語にとって美とはなにか』や『共同幻想論』、また『最後の親鸞』などなどを読みも、検討もせずに、吉本の生涯にわたっての思想のすべてまで否定するかのような論には私は賛成できません。

追記2:

吉本の死についてはおそらくこれからほんとうの論評がはじまるのだろうと私は思っています。

吉本の死が月半ばだったということもあって、吉本の多くの言説の発表の場であった文芸誌・思想誌はいまのところまだ沈黙したままです。群像、文学界、文藝、すばる、新潮、早稲田文学、三田文学、現代詩手帳、民主文学・・・、現代思想、ユリイカ、へるめす、世界・・・

吉本の死を語るにふさわしい人の論評をまだ読んでいないような気が私はします。戦後期の吉本を語れる適切な人はすでにあの世に旅立っている人も多く、生存している人で適切な人の名前を私はすぐに思いつきませんが、戦後期ということではなく、吉本を語れる適切な人の中には、吉本と晩年になってつき合いはじめた梅原猛や60年代以降の吉本のよき理解者であった蓮實重彦や辺見庸、60年代以後の吉本のよき批判者であった柄谷行人などなどもきっと含まれているでしょう。

それらの人たちの論評が出てくることを私は楽しみにしています。吉本を知らない人にとっては、上記の人たちの論評を読むことは吉本という人物を理解する入口に立つことを意味するでしょう。吉本は肯定的であっても、批判的であっても、思想家として理解されるべき人であって、原発問題に局限して理解されるべき人ではないように思います。彼の原発問題への言説は原発問題への言説としてではなく彼の高度消費社会論、サブカルチャー論の延長にある思想の問題として読み解くべきものだろうと私は思っています。負としてであれ、正としてであれ。

ある人の「吉本は「大家」になった。有名文化人・知識人としてあつかわれるようになった。そのことに、どうやら、彼は違和を感じないどころか、安住しさえしていたのではあるまいか?」というご感想には私も同意します。私が彼の姿勢になにやら腐臭らしきものを感じ出したのは『海燕』誌上で埴谷との「コム・デ・ギャルソン」論争があった少し前あたりからだったでしょうか。70年代の終わり頃。だから、埴谷の吉本批判は私にはよく理解できました。そして、ある人の吉本批判もよく理解できるのです。

しかし、吉本には私は多くのことを学びました。彼の「マチウ書試論」、「最後の親鸞」にはほんとうに多くのことを教えられました。しかしまた、その彼がどうして? と私は思います。その70年代後半から80年代以後の彼の変節ぶりが。おそらく身辺によき友人がいなかったのでしょうね。あるいはそうした友人を拒否する体質のようなものが吉本にはあったのでしょうね。それは彼のデリカシーの裏返しともいえるものだったろうと私は思うのですが、デリカシーはおうおうにして我に逆襲してくるのですね。私にも心当たりがないわけではありませんのでよくわかるのです。

とりとめもなく書きました。吉本の死についてのほんとうの論評を読んで感じるものがあったらまた書くことがあるかもしれません。

附記:
60年代終わりの若者の吉本受容を理解するためには宮台真司氏の以下の吉本受容の言葉が平均的ではないでしょうか。参考までに添付しておきます。もちろん、宮台氏の言説のすべてに賛成というわけではありませんが、吉本評価に関する大部分の言説は共有できるものです。

故吉本隆明氏に贈る言葉(宮台真司 ビデオニュース・ドットコム 2012年3月17日)

■【吉本隆明氏死去】 戦後思想に圧倒的な影響 時代と格闘したカリスマ 若者を引きつけた吉本思想(共同通信 2012年3月16日 10:29

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2002年7月、東京都文京区の自宅で


吉本3 
ありし日の吉本隆明と奥野健男(左)

 文学、思想、宗教を深く掘り下げ、戦後の思想に大きな影響を与え続けた評論家で詩人の吉本隆明(よしもと・たかあき)氏が16日午前2時13分、肺炎のため東京都文京区の日本医科大付属病院で死去した。87歳。東京都出身。葬儀・告別式は近親者のみで行う。 喪主は長女多子(さわこ、漫画家ハルノ宵子=よいこ)さん。

 今年1月に肺炎で入院し、闘病していた。 次女は作家よしもとばななさん。  1947年東京工大卒。中小企業に
勤めるが組合活動で失職。詩作を重ね、「固有時との対話」「転位のための十篇」などで時代を捉える骨太の思想と文体が注目された。戦中戦後の文学者らの戦争責任を追及し、共産党員らがそれまでの主張を変えた転向の問題で評論家花田清輝(はなだ・きよてる)氏と論争した。

 既成の左翼運動を徹底して批判。「自立の思想」「大衆の原像」という理念は60年安保闘争や全共闘運動で若
者たちの理論的な支柱となった。詩人の谷川雁(たにがわ・がん)氏らと雑誌「試行」を刊行し「言語にとって美とはなにか」を連載。国家や家族を本質的に探究した「共同幻想論」や「心的現象論序説」で独自の領域を切り開き、「戦後思想の巨人」と呼ばれた。

(以下、略)

以下、吉本隆明死す、の報を聞いて、ある人に宛てた雑駁な感想。

吉本隆明さんが亡くなられたのですね。享年87歳。

わが家にも吉本隆明の本はたくさんあります。

なかでも『言語にとって美とはなにか』と『共同幻想論』は繰り返し、繰り返し読みました。わかったようでわからなか
ったからです。しかし、わからないなりに吉本の思想性の「核」は正しい、と思ってきました。批判すべき点もたくさんあるのですが・・・

『海燕』誌上で、だったでしょうか? 吉本隆明と埴谷雄高の「コム・デ・ギャルソン」論争が最近では(といっても、もう20年ほど前?)もっとも記憶に残ってい
ます。

この頃から埴谷と大岡昇平の交友も深まっていくのですね。逆に吉本は若い人はともかくとしてかつての知識人、
文学者の仲間からは孤立していったように見えます。

文芸評論家の加藤典洋は吉本に肩入れしていましたが、私は埴谷の指摘の方に正しさを感じていました。
3・11はおそらく誰にとっても「私にとっての3・11」論があるわけですが、とりわけ下記の2人の論者の「私にとっての3・11」論に心が魅かれました。おひとり目の論は太田昌国氏の「3・11から一年、忘れ得ぬ言動――岡井隆と吉本隆明の場合」。おふたり目の論は「きまぐれな日々」の主宰者の古寺多見氏の「東日本大震災・東電原発事故1周年。原発再稼働の足音迫る」。

おひとり目、太田昌国氏。

岡井隆と吉本隆明という太田昌国氏の心の中の知己のふたりの知識人への訣別のことばにとりわけ心が魅かれました。

■3・11から一年、忘れ得ぬ言動――岡井隆と吉本隆明の場合(太田昌国「現代企画室 状況20〜21」 2012年3月5日)
http://www.jca.apc.org/gendai_blog/wordpress/?p=251

おふたり目、古寺多見氏。

古寺多見氏の下記記事の「何かが似ている。そう、『政権交代』を求めた当時の世論と同じだ。『手段』であるはずの政権交代が『目的』と化し、当時の野党第一党の指導者・小沢一郎を信奉する『小沢信者』と呼ばれる人たちが出現した」(注1)といういまの脱原発運動の状況に対する「嘆き」(あるいは「叫び」)は、私の同様の「嘆き」(あるいは「叫び」)とその危機感の深度においてかなりの程度同調します。個々の状況、個々の事象に対する認識はもちろん異なることがあったとしても、です(注2)。私もこのところ「何かが似ている。そう、『政権交代』を求めた当時の世論と同じだ」、と既視感のような風景の中で嘆息していることが多いのです。「政権交代」のなれの果てがなんだったかについて多くの人が気づいているはずなのにいま同じこと(「脱原発」を主張しながら実質的な原発推進政党(注3)といってよいみんなの党や橋下・維新の会などに希望を託して矛盾を感じない)を繰り返している、と。

■東日本大震災・東電原発事故1周年。原発再稼働の足音迫る(古寺多見「きまぐれな日々」 2012年3月12日)
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-1245.html

なお、おふたりの論は上記のURLをクリックしてじっくりご覧ください。長文になりますのでここでは転載しないことにします。

注1:「当時の」からはじまる後段の文はいまの状況として読み替えれば「『一部の『脱原発派』の『カルト化』(もしくは脱原発原理主義)とも呼ぶべき現象が出現した」ということでもあるでしょう。

注2:「あえて」という断り書きがありますが、それでも古寺多見氏の「加藤紘一首班内閣」構想論にはとりわけ違和感があります。保守勢力内での内閣交代では結局はいつか来た道を繰り返すことにしかならないだろうと思うからです。

注3:みんなの党が実質的な原発推進政党であることは3・11以後の昨年の3月31日にあった「日本からヨルダンに原子力技術を供与するための原子力平和利用協定締結承認案件」の国会での投票において全員賛成票を投じたことからも明らかです。また、大阪・維新の会の代表の橋下氏は大阪府知事時代に「つくる会」の歴史教科書を大阪府の全公立校で採択させようと再三試みていますが、その「つくる会」系2社の公民教科書の記述は「原発推進」で突出しています。このことは橋下氏は「脱原発」よりもつくる会の歴史教科書の採択の方に重きを置いているということを示しています。この点から見ても橋下氏の脱原発言説もポーズでしかないことは明らかです。
先のエントリ「『福岡に避難しているママたちの思い』は大切にしたいと思いますが、そのママたちの「あれも放射能これも放射能」のせいにする認識とそのママたちの認識をためらいもなく拡散する人たちの認識に強い危うさを感じますの注2で私は「この問題(クリス・バズビーなる「学者」の問題性)については改めてエントリを起こします」と書いておきました。

というのも、先のエントリを起こした際、ある物理学研究者から「鼻血や血便、下痢、湿疹が放射線の影響のように言うのはおかしい、という指摘はそのとおりだと思います。急性症状が出るほどの被ばくをしているとは考えられないと思います」というコメントをいただいたのですが、その研究者は同時に私に「バスビー氏が『トンデモ』という根拠はなんですか」と問うてもいました。その問いに対して私は先のエントリで紹介した池田信夫氏の論のほかにもwikipediaの「クリストファー・バズビー」の記事を参照されてはいかがかと応えておいたのですが、そのwikipediaの記事について同氏から再度次のような疑念が寄せられました。

(1)wikiに「国際放射線防護委員会に所属する京都大学名誉教授の丹羽太貫は『Busbyは意図的な放射能汚染についての証拠を提示していない。現在、多くの市民が線量計を持っていて、日本全国の放射線レベルを測定しており、政府や東電が市民を欺くことは不可能である』と述べた。ストロンチウムやウランやプルトニウムなどの放射性核種からの防護のためのサプリメントにおけるバスビーの信頼を『根拠がない』と評した」とありますが、市民の線量計の話のすぐ後に、Sr,U,Puというベータ、アルファ放射体の名前が出てきます。はっきり言ってはいないものの、あたかも市民がこれらの放射性核種を測定出来るかのようなニュアンスを持ちます。しかし市民がガンマ線を出さない核種を検知することは不可能です。

(2)wikiに「インペリアル・カレッジ・ロンドンのDepartment of Surgery and
Cancerに所属する分子病理学教授Gerry Thomasは、放射性セシウムによって引き起こされる心臓疾患についてのバスビーの主張を『馬鹿げている』と評している。また放射性元素はDNAに結合することはなく、『これらのことは彼が基礎的な放射線生物学に関してどれほど知識を有していないかを示している』としている」とありますが、この「放射性元素はDNAに結合することはなく」という断定は変です。DNAに入るとか、結合するとかは、放射性であろうと安定同位体であろうとその化学種だけで決まります。

以下は、ある物理学研究者の上記の問いに対する私の応えなのですが、先のエントリの注のままとするよりもこの問題についてはあらたにエントリを起こした方がふさわしいだろう、と考えたからです。

以下、その応信。

クリストファー・バズビー氏が「サプリ」販売に関与しているという事実自体についてはご異論はないようです。

そうであれば、学者がその「学問」をダシにしてひと儲けをたくらむ。その行為自体がトンデモというべきであり、バズビー氏はその行為ひとつとっても十分にトンデモ「学者」と批判されるに値する行為をしているということになりませんか?

また、バズビー氏は、こちらの弊ブログエントリ記事でも指摘しているように、英国の核実験退役軍人が国防省を訴えた裁判について「すべてのケースで原告が勝利し、すべての陪審員・裁判官がICRPよりもECRRの基準を支持したと主張していますが(OurPlanetTV)、実際には核実験と健康被害の関連性を証明することができないとして10の代表事例のうち9までが聴聞を行う以前に棄却されており、ECRRの基準が支持されたと言うことはできません(ガーディアン紙 2010年11月22日)。 ここでもバズビー氏は明白なウソをついています。このような「学者」はトンデモというほかありません。

さらにあなたが疑問を提起されている相手方の人である京都大学名誉教授の丹羽太貫氏は下記の一瀬昌嗣さん(物理・教師)のブログ中の「丹羽太貫氏『放射線防護のサイエンスとバリュー』」というメモによれば、丹羽氏は昨年の12月17日にあった日本物理学会京都支部とNPO法人・あいんしゅたいん主催の「東日本大震災にまつわる科学 ――第6回公開講演討論会『再び低線量放射線の影響を考える』」というシンポジウムの講演において「バズビー氏はサプリ売っている。ガーディアンで叩かれた。ガセネタが多い。マスコミは好きだから」というバズビー批判をしています。そして、そのブログで紹介されているバズビー・サプリ批判及びガーディアン紙のバズビー批判はこちらこちらです。

さらにまた、バズビー氏の「サプリ」販売事件に関しては「もう、クリス・バズビーせんせい、ボロゴロ。『まず、最初に、バズビーは、大うそつきの守銭奴です。』だそうですという指摘(CML 2012年1月19日)もあります。同記事にリンクの張られている頁はすでに削除されているものも多いですが、まだ生きているものもあります。参考になると思います。ご覧ください。

もう一点。あなたのwikipedia「クリストファー・バズビー」記事批判についても触れておくべきだと思いますが、その中であなたは京都大学名誉教授の丹羽太貫氏の「現在、多くの市民が線量計を持っていて、日本全国の放射線レベルを測定しており、政府や東電が市民を欺くことは不可能である」という言説と「ストロンチウムやウランやプルトニウムなどの放射性核種からの防護のためのサプリメントにおけるバスビーの信頼を『根拠がない』と評した」という言説を一体のものとして捉えて疑問を提起されているわけですが、左記の2つの言説が連続しているのは単に同記事の執筆者のまとめの都合によるもので、2つの言説はそれぞれ別々の言説として区別して理解するのが適切だろうと私は思います。「サプリメントにおけるバスビーの信頼を『根拠がない』と評した」という言説は上記に挙げたシンポジウムでの講演の延長線上の文脈として理解すべきものであり、「政府や東電が市民を欺くことは不可能である」という言説はふつうの市民の科学的理解力に信をおく常識的な言説として理解すべきものだと思います。両者の言説を一体のものとして見る見方は誤読というべきだろうと思います。

さらにもう一点。あなたの言われる「『放射性元素はDNAに結合することはなく』」という断定は変」だという科学論争に加わる素養は私にはありませんが、こちらの弊ブログエントリ記事でも紹介している今中哲二氏(京大原子炉実験所助教))の「セラフィールド小児白血病などのデータを内部被曝によって説明しようという問題提起は、仮説としては面白い」「しかしながら、仮説を実証するデータはほとんど提示されていないし、リスク評価手法全体に一貫性が認められない」というECRR批判(すなわちそれはクリストファー・バズビー氏批判でもあると思うのですが)及び英国健康保護局のECRR批判はそうした科学論争をする際のひとつの参考材料にはなりえるだろう、ということは言っておいてもよいことのように思います。
最近、あるメーリングリストに「知人の娘さんは原発直後、生まれたての双子を連れて関東や被災地から福岡に避難し、今、福岡で同じように避難してきた若い母親たちと懸命に暮らしています。その彼女から『仲間が綴った思い』が送られてきました。切実ですね。こうした気持ちに共感していきたいです」というコメントを附されて下記の内容を含む「福岡に避難しているママたちの思い」という題の転送メールが「がれき受け入れ反対」メールのひとつとしてシェアされてくるということがありました。いま、あるメーリングリストと書きましたが、そのシェアは複数のメーリングリストにまたがっています。

そしてなにより悲しいことに、大切な我が子や自分の身体に異変が起こりました。
鼻血がでました。血便がでました。下痢が止まりません。
湿疹がひどくなりました。風邪をひき続けています。甲状腺にしこりができました。
血液の状態に問題があると指摘されました。子どもの未来を考えると眠れません。
うつっぽくなりました。
                              (全文は最下段参照)

私はすぐにこのような放射能被害との因果関係がまったく明らかではない症状を根拠もなくすぐさま放射能のせいであるかのように言いなす言説、そうした言説の発信こそをデマ情報、もしくはノイローゼ情報の拡散というのだ、という厳しい批判のメールを認めました。「『一部の『脱原発派』の『カルト化』』(古寺多見氏)は真の脱原発の思想とは相容れない」というエントリでもすでに書いていることですが、私にはまさに「一部の『脱原発派』の『カルト化』」(私の命名は「脱原発原理主義」というものですが)とでも名づけるほかないこうした現象に深い苛立ちのようなものがあるのです。それは苛立ちというよりも哀しみに似た感情です。しかし、哀しんでばかりではいられません。いま、最もアクチュアルな、そしてかつ最も急を要する問題として私たちの真摯な考察を必要とする課題であるように私は思っています。脱原発運動を誤った方向に導き、限りなく負の影響を与え続けている猪飼周平さん(一橋大学教員)の論攷「原発震災に対する支援とは何か―福島第一原発事故から10ヶ月後の現状の整理」における問題提起に共感する」赤字強調部分参照と思うからです。

では、こうした言説のなにが誤り、と私は見ているのか? 少し説明します。 

放射線による影響で「鼻血や血便や下痢が出る」などの症状は大量の放射線を一気に浴びた場合に生じる症状で、出血性の病気を普段診ている立場の血液内科医によれば、そのうち出血は放射線によって血液細胞のひとつの血小板をつくることができなくなることから生じる現象だということです。そして、その放射線による血小板減少は少量の内部被曝ではなく、
強力な外部被曝によって生じます。そしてさらに「血小板がほとんどなくなってしまうくらいのダメージが造血幹細胞に入るのは『大量の放射線が』『一気に』当たった場合」で、「具体的には2グレイ(≒2000mシーベルト)以上の放射線量」の被ばくをしたときに生じる、ということです。

上記の血液内科医の所見はこちらの放射線科医の所見とも一致します。

下記で新自由主義経済学者の池田信夫氏から批判されている肥田舜太郎氏(ヒロシマの被爆医師、95歳)(といっても、私は池田氏の肥田氏批判を正しいものだと思っていません。「新自由主義経済学者」という形容は池田氏への批判の意味をこめています)も上記のような症状を見たのは広島に原爆が投下された直後の4日目の朝のこと、すなわち、大量の放射線を一気に浴びた直後のことだった、と証言しています。

池田信夫氏の肥田舜太郎氏批判「『内部被曝』という都市伝説」(BLOGOS 2012年1月5日)

肥田舜太郎氏(ヒロシマの被爆医師、95歳)の証言(CML 2012年2月3日)

私は池田信夫氏の多くの言説には反対ですが(注1)、

「ある人が『放射線を浴びた』という事実と、彼が『鼻血を出した』という二つの事実があったからといって、前者が後者の原因だという因果関係の根拠にはならない。それを証明するためには、放射線が鼻血の原因になるという生物学的メカニズムと、強い放射線を浴びた人に鼻血を出す人が多いという疫学的データが必要である。町医者が1人の患者の例から言えることは何もない。」

「ニューズウィークにも書いたことだが、このように『あれも放射能これも放射能』と騒いでノイローゼになることが、原発事故による健康被害の最大の原因である。」

という池田氏の言説にはその言説の限りにおいて深く共感します(ただし、「原発事故による健康被害の最大の原因」は当然のことながら福島第1原発事故による、すなわち東電と政府の失政による放射能の全国的、世界的拡散に起因するものであることはいうまでもありません。池田氏の言説もそのことを大前提にした上でのいま脱原発運動内に生じている事象へのアイロニーとしての言説であろう、というのが私の理解です。そして、その意味において「深く共感する」ということです)。

池田氏は上記の論のほかにも「一部の『脱原発派』の『カルト化』」現象の具体例としていまや彼がトンデモ「学者」だったことが明白になっているクリス・バズビーなる「学者」の問題性(注2)及び彼を日本に呼んで記者会見させた岩上安身氏、上杉隆氏を代表とする自由報道協会なるジャーナリズム団体の問題性なども指摘しています(下記記事3頁)。

メディアの大騒ぎが作り出す原発の「危険神話」 過剰報道が風評被害と2次災害を拡大する(JBpress 2012年1月4日)
*上記記事を読むためには無料登録の手続きをする必要があります。

なお、自由報道協会(上杉隆代表)の問題性については私も下記弊ブログでいくつかの点について言及しています。

「糞バエ」の意地を見せた高田昌幸氏(元北海道新聞記者)の「自由報道協会賞」受賞辞退の弁(弊ブログ 2012年1月28日)

■「ベラルーシ:チェルノブイリ事故後1年で甲状腺がんが増加」という記事(「ざまあみやがれい!」ブログ)の稚さと「郡山4歳児と7歳児に 「甲状腺がん」の疑い!」という記事(週刊文春)の誤りについて(2012.03.07 )の最下段の注参照

注1:岩波書店社員(元「世界」編集部)で「<佐藤優現象>批判」(『インパクション』第160号)の著者である金光翔さんは池田信夫氏について次のように論評しています。

「池田は無茶苦茶な主張を展開していることも多いが、その左派批判はしばしば正しい。池田は、マスコミやリベラル・左派があえて「空気」を読んで沈黙しているか、何らかの「空気」を作ろうとしている点を、身も蓋もないやり方でぽーんと衝くことがある(略)。だからこそ、私のように池田の主張の大半には同意しない人間も、たまに池田のブログやツイッターを見るのであり、恐らくウェブ上の池田の読者はある程度はそうである。池田の方が、大多数のリベラル・左派系の書き手よりも、面白さや快・不快さの感覚からすれば、一般人の感覚に近いものを持っている。」(私にも話させて メモ21

上記の金光翔さんの池田信夫氏評価は私の池田氏評価とも一致します。

注2:この問題については改めてエントリを起こします。

元情報
がれき受入のことで、8日(木)には東大キャンパスで巻き返しを図った このようなシンポジウムが行われるようですね。
http://www.bdstudio.komex.c.u-tokyo.ac.jp/diarypro/diary.cgi?no=12

また知人の娘さんは原発直後、生まれたての双子を連れて関 東や被災地から福岡に避難し、今、福岡で同じように避難してきた若い母親たちと懸命に暮らしています。
その彼女から「仲間が綴った思い」が送られてきました。切実ですね。こうした気持ちに共感していきたいです。
Web も立ち上げています。「ママは原発はいりません」福岡です。
http://mamagen.jimdo.com/

福岡に避難した若い母親たちからのメッセージ

仲間が綴った思いです。

=「ママは原発いりません」がなぜ「脱原発」を叫んでいるのか。=

ママ原のメンバーの多くは放射能から避難してきた原発被災者です。そしてそれに寄り添う者たち、で構成されています。
原発被災者の苦しみ、悲しみ、そこから立ち上がっていくこと、それを経験してきたり、間近で見てきている人たちです。

私たちは帰る家を失いました。生まれ育ってきた故郷に二度と戻れなくなりました。
避難場所を転々として地に足がつきません。家族が離れて生活することになりました。

親に孫の顔を滅多に見せることができなくなりました。クリスマスもお正月も誕生日も、家族ばらばらでした。
友人、親せきと疎遠になりました。周囲からノイローゼ扱いされました。
長年誇りをもってしてきた仕事を捨てました。子どもを泣かせて、それでも転校させました。
被曝の危険を理解してくれない夫と離婚しました。たった1人で知らない土地で子どもを産みました。
住めない家のローンを払い続けなくてはいけません。避難生活でもう貯金が底をつきました。

そしてなにより悲しいことに、大切な我が子や自分の身体に異変が起こりました。
鼻血がでました。血便がでました。下痢が止まりません。
湿疹がひどくなりました。風邪をひき続けています。甲状腺にしこりができました。
血液の状態に問題があると指摘されました。子どもの未来を考えると眠れません。
うつっぽくなりました。

これは、私自身や私が福岡で出会った友人たちの生の声です。
1年たってもまだまだ終わらない。この先、一体どうしたらいいのか。
自分たちはどこに行くのか。離れることで薄れていく家族の絆を取り戻せるのか。
そしてこの先、我が子が病気になるかもしれないという不安。
悲しい、苦しい、悔しい、さみしい、憤り、怒り・・・心の中がぐちゃぐちゃになりそうなこともありました。

でも、自分たちはつらいんだと声高く愚痴ったりできないのは、
この悲劇を引き起こした原因の一端に自分たちの無知、無関心があることに気付いているからです。
原発の事故がこんなことを招くなんて夢にも思わなかった。
私たちが何気なく使っていた電気を作るシステムは、人口の少ない地方に危険な原発を押し付け、そこで働く原発労働者に被曝を強いて病にさせる、そういう誰かの犠牲の上に成り立っているものだった。

そんなこと自分たちに火の粉が降りかかってきて初めて知りました。
自分たちは間接的だけど加害者でもあるのです。これまでの自分の無関心さに心から反省、後悔もしているのです。
福島では1年たっても、10年たってもその先もずっとこの苦しみと戦っていかなきゃいけない。
それは想像を超える苦しさではないかと思います。もうそんな思いをする人をこれ以上増やしたくない。
またどこかで事故が起きて手遅れになる前に気付いてほしい。

九州は福島を、東北関東を助けられるところだから。だからママ原は「脱原発」なのです。
イデオロギーでも自己満足でもなんでもないのです。
こんなひどいことになる原発、子どもの未来にはいらないよねって親として、人間として、当たり前のことを言いたいだけなのです。
福岡の人たちに私たちの経験を、生の声を聞いて知って欲しい。だから私たちは子どもを抱えて声をあげ続けてきました。

知っているのに沈黙することは罪だろうと思うから。大人の、みんなの沈黙が子どもを虐げることになるのだから。
今、この瞬間も人がいてはいけない高線量地区で、子どもたちが色んな事情でやむなく暮らしているのです。
家族が、友人が、恩師が、大切な人たちが暮らしているのです。脱原発を訴えることは原発被災者と寄り添うことだとも思っています。
毎日新聞福井版(2012年3月8日付)に掲載された「東日本大震災1年:見つめ直す原発のあるまちで/1 反対派と推進派 二項対立、克服を求めて」という記事を「こうした取り組みは極めて貴重であると思います。全国各地でこうした議論の場を実現できないものでしょうか?「『一億総懺悔』で済まそうという野田政権は天皇参加の追悼式典で事故責任を雲散霧消させるいっそうの曖昧化を画策していますが、曖昧にするのではなく互いに鮮明にし合う、こうした取り組みこそ草の根で行なわれることが日本人の意識変革には大事と思いますというコメントをつけて全国規模のメーリングリストに転載する人たちがいました。

以下は、そのうちのおひとりの内富さん宛てに認めた私の返信です。公開型メーリングリスト上での往・返信ですので本ブログにも掲載させていただこうと思います。

内富さん、おっしゃっておられることはよくわかるのです。

「話し合い」はとても大切な民主主義の基本であり、民主主義の手段といってもよいものです。私の小学校時代はアメリカの教育学者のジョン・デューイのいわゆる問題解決学習法が全盛期の時代でしたから、60人は優に超えていた当時のすし詰め学級の子どもたちはなにかにつけて6、7人の班に分けられ、民主的な「話し合い」なるものにいそしんできました。しかし、自戒をこめて反省的に当時のことを振り返れば私たち子どもらに肝心のその民主的な「話し合い」の習慣が身についたかどうかはおおいに疑問とするところです。

そういう意味で、内富さんがご紹介される毎日新聞記事「反対派と推進派 二項対立、克服を求めて/福井」はにべもなく言ってしまうとまことに懐かしい限りのきわめて単純で素朴な「話し合えばわかる」論のように思います。

「話し合えばわかる」ですぐに思い出すのは、五・一五事件の際のときの宰相、犬養毅の「話せば分かる」という末期の言葉です。が、犬養は「問答無用、撃て!」と言われて銃殺されてしまいました。

日本の外交交渉の歴史を振り返ってもあまり「話し合い」が成功したようには見えません。北方領土問題竹島=独島問題は延々と長年「話し合い」が繰り返されていますがいまだに解決の見通しは見えません。

最近のことでいえば、あの「プルトニウムは飲んでも大丈夫」で有名な大橋弘忠東大教授が雲隠れをやめて自身のブログに「プルサーマル公開討論会に関する経緯についてという一文を草していますが、反省の色はまったく見られません。「東大話法」なる言葉を発案した『原発危機と「東大話法」』(2012年1月出版)の著者の安冨歩氏(東大教授)はこうした大橋氏の反省心の欠如について次のように論評しています。

これは、大橋氏が特別に変わった人だから、ではない。原子力関係者は、基本的に、こういうふうに考えているのである。こういう連中に原子力などを弄ばせてよいものか、本当に良く考えないといけない。/ついでに言うと、この文書を、東大教授や東大生に見せても、キョトンとして、「どこがおかしいの?」思う人が大半ではないか、と私は疑っている。エリートには、こういう人が実に多いのである。ただ、大半は、大橋教授ほど馬鹿ではないので、そういう人間であることは、バレないようにしている。
http://anmintei.blog.fc2.com/blog-entry-923.html

こうした「東大話法」(別に「東大話法」でなくとも構いません。たとえばそれが「霞が関話法」であっても「東電話法」であっても、はたまた「経団連話法」であってもことの本質から1ミリ、1マイクロセンチメートルも外れません)なるものを弄ぶ連中との真の「話し合い」は決して成立しないだろう、というのが私の経験からくる判断です。私には10代の終わりから40年以上にもわたって「反共主義」の愚かさとその克服を友人たちに訴え、かつ友人たちと「話し合って」きたという個人史があるのですが、40年以上も徒労を続けています。青春時代、壮年時代、中年・初老のいまを含めていっこうに代わり映えしない人々の心の底の底にひそまっているらしい「反共主義」の強固さに絶望の思いをたびたび繰り返してきました。その私の経験からくる判断、ということでもあります。

この討論会を実現した(略)大阪市で鉄工建材会社を経営する傍ら、福井大大学院生として原子力分野の情報発信のあり方を研究する米津澄孝さん」がいう「反対派は政治家に門前払いされ、推進派は原発で飯を食っているから本音を言えない部分がある。互いの立場や事情を知らなければ、議論は進まない」(毎日新聞上記記事)という問題ではないのではないか。「話し合い」はともすれば両者「痛み分け」という妥協の道具に陥りがちです。しかし、原発政策は、推進の立場に立つか、否定の立場に立つかのどちらかでしかありえないでしょう。安易な「話し合い」への期待は禁物だと思います。

「話し合い」の有用性はもちろん否定しませんが、「話し合い」の限界にも目を凝らした「話し合い」であっていただきたいものだというのが、ご紹介された毎日新聞の柳楽未来記者の記事を読んでの私の感想です。

参考:
東日本大震災1年:見つめ直す原発のあるまちで/1 反対派と推進派 二項対立、克服を求めて/福井(毎日新聞 2012年3月8日 福井版)

 「なぜ反対派の人たちは原発の担当大臣らと直接、話をしないのか」

 「推進派はなぜ、原発の危険性について本音で思っていることを言わないのか」

 昨年10月、福井大の一室。“原発推進派”の電力会社元幹部ら3人と、“反対派”の市民団体代表ら3人が同じ机を囲み、意見をぶつけ合った。1泊2日で計10時間以上。数人の学生だけが傍聴する異例の試みだった。

 この討論会を実現したのは、大阪市で鉄工建材会社を経営する傍ら、福井大大学院生として原子力分野の情報発信のあり方を研究する米津澄孝さん(61)=大野市出身。「反対派は政治家に門前払いされ、推進派は原発で飯を食っているから本音を言えない部分がある。互いの立場や事情を知らなければ、議論は進まない」と話す。

 準備は約2年前に始めた。「原子力分野では賛成派と反対派の議論の場がほとんどない」と感じたためだ。電力会社元幹部や市民団体代表らと何度もメールのやりとりをして趣旨を伝え、ようやく参加の意向が得られた。

 そんな時、福島第1原発事故が起きた。

 せっかくの計画が頓挫したと思った。「推進側の人は話しにくくなったんじゃないか」。だが、なぜ事故が起きたのかを考えると、賛成、反対の二項対立も原因の一つと思えてならない。昨年5月、討論会開催を伝えると、予想に反して元幹部から「約束通り必ず行く」と返事が来た。

 討論会は、怒鳴り合いになるどころか、互いの言い分をしっかり聞く雰囲気だった。夜は酒を酌み交わし、議論を続けた。電力会社の元幹部は、原発の下請け作業員が高い量の放射線を浴びているという労働実態を聞かされ、驚きのあまり深いため息をついた。

 討論会は好評だった。米津さんも「反対派と推進派は立場は違うが、時間をかければかなりの部分で考えがかみ合うはず」と手応えを感じた。

    ■

 越前市で昨秋始まった勉強会「原子力・エネルギーの安全と今後のあり方を真剣に考える会」の事務局には、立地自治体の議員や脱原発を訴える市民団体代表など推進と反対の両者が名を連ねる。

 市民団体「サヨナラ原発福井ネットワーク」の山崎隆敏代表(63)もその一人だ。福島事故の前から原発の危険性を訴え続けたが、事故は起きてしまった。「反対派だけで集まっても、『推進派は何も分かっていない』という反応しかできず、先へ進めない」と考え、参加を決めた。「同じ土俵の上で話し合いたい」と議論の深まりに期待している。

 これまで「原子力ムラ」「原発反対派」とレッテルを貼り合い、互いに交わろうとしなかった反対派と推進派。福島の事故を契機に、県内で議論の場が生まれ始めている。【柳楽未来】=つづく

    ◇

 福井には原発が14基ある。福島第1原発事故は、この事実を改めて私たちに突きつけた。あれから人々は何を思い、どう行動したのか。原発のまちを歩いた。
本日付け(2012年3月8日)のダイヤモンド・オンラインに福島県双葉郡8町村の住民に同県・双葉郡への「帰還の意思」について質問したアンケート結果が掲載されています。コミュニティ崩壊を食い止める工夫が必要 前向きにふるさとを離れる制度の整備が急務 ――山川充夫・福島大学うつくしまふくしま未来支援センター長インタビュー」という記事中にあるアンケート結果です。

同アンケートが掲載されているグラフの見出しには、

①住民の51%が帰還に消極的
②年齢が若い人ほど「戻る気はない」
③国への信頼は薄い
④(故郷を捨てるまで)待てる時間は2年が半数

などとあります。

が、このグラフの見出しは見方によっては①住民の67%に帰還の意志、②年齢が若い人でも半数近く(41.7%)が帰還の意思などと言い換えることもできます。複層的な要素のあるものを単純に解釈することの危険性を感じます。福島大学うつくしまふくしま未来支援センター及び同センター長、山川充夫氏の「双葉郡8町村の住民アンケート結果(注)の読み方にはやや単純化の弊があるように思えます。

先のエントリで猪飼周平さん(一橋大学・社会学教員)の渡利小学校父母と教師の会によるアンケート調査や飯舘村住民が計画避難に対して最後まで抵抗した事実、南相馬市では約6万人の避難者の内現在では5万人程度が同市に帰還しているという事実、昨年11月20日にあった大熊町長選では帰還を訴えた現職が再選されたという事実、などを解析して「積極的にせよ消極的にせよ(福島県内の)多くの人びとは土地に留まることを選択している」というアンケートなどの解読結果をご紹介しましたが、こうした要素も含めて「双葉郡8町村の住民アンケート」結果は複層的、複合的に解読される必要があるように思います。

注:アンケートは、福島大学災害復興研究所実施「双葉地方の住民を対象にした災害復興実態調査」。対象は双葉8町村(浪江町、双葉町、大熊町、富岡町、楢葉町、広野町、葛尾村、川内村)に居住していた現被災避難者。調査方法は郵送で、全発送数28184。有効回答数世帯票13576、若者票5049。世帯票全体回収率48.2%。調査時期2011年9月から10月。
巷間、「ベラルーシ:チェルノブイリ事故後1年で甲状腺がんが増加」という記事(「ざまあみやがれい!」ブログ)(A)と「郡山4歳児と7歳児に 「甲状腺がん」の疑い!」という記事(週刊文春)(B)の信憑性が話題になっていますが、ここでは(A)と(B)とは一応切り離して、それぞれの記事の問題性を指摘しておきたいと思います。

ベラルーシ:チェルノブイリ事故後1年で甲状腺がんが増加」という「ざまあみやがれい!」ブログ主宰者の左記標題どおりの問題提起についてはおそらく私もそのとおりだろう、と思っています。

ただし、次のような注をつけておきたいと思います。

「チェルノブイリからの放射能汚染によりスウェーデンでガンが増えている?」という問題をはじめに提起したトンデル博士の日本国内での講演の通訳をされた今中哲二さん(京大原子炉実験所助教)はそのトンデル博士の論文について次のような見解を述べています。

疫学調査とは、生身の人間集団をいくつかに分け、それぞれの集団の観察結果を比較して、ある要因(ここではセシウム137 汚染レベル)とその影響(ガン発生)との関係を明らかにしようとする試みのことである。しかしながら、ガンを発生させる要因には、放射能汚染だけでなく、喫煙、食習慣などいろいろあってそれらが複雑に絡みあっている。したがって、疫学調査結果に統計的に有意な「相関関係」があっても、それが「因果関係」であるとは限らない。トンデルらも、自分たちの調査結果が「見せかけ因子(交絡因子)」によるものかも知れないと検討している。(略)結局、チェルノブイリ事故による放射能汚染レベルとガン発生率の増加に有意な関係が認められ、その原因として第1に考えられるのが、汚染にともなう低レベル放射線被曝である、というのがトンデル論文の結論である。(略)トンデル本人も筆者も、チェルノブイリからの放射能汚染によってスウェーデンでガンが増えていることが「証明された」とは考えていない。それが、本稿の表題に?が付いている由縁である。まどろっこしい言い方になるが同時に、スウェーデンでのガン増加の原因はチェルノブイリ事故による放射能汚染である、と考えるのが最も合理的な説明であると思っている。
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/seminar/No104/CNIC0602.pdf

上記のトンデル氏の講演の後、今中哲二さん単独の講演会が開かれた際、その講演会に参加した市民社会フォーラムの岡林信一さんは、今中さんから個人的に昨年末に放映されたNHKの「追跡!真相ファイル 低線量被ばく 低線量被ばく 揺らぐ国際基準」という番組に関連して「くだんのNHKのドキュメンタリー番組は原発推進派から揚げ足をとられるところがある。トンデル博士の疫学調査の結果は、チェルノブイリ原発事故とがん罹患の増加についての『相関関係』があるかもしれないことを示しているにすぎず、まして疫学調査だけでは『因果関係』は立証できない、その点を示さずに、あたかも原発事故によるセシウム降下で放射線量が増加したことで、がん発生が増大したかのように」いうのは科学的な態度とはいえない(筆者の評価)、という趣旨の話を聴くことがあったそうです。今中さんのいわれるこうした視点を抜きにしていたずらに原発事故と甲状腺がんの増加を関連づける論は、いたずらに放射能危機をあおるという意味ばかりではなく、原発事故被災者の不安を倍乗させるだけという意味においても有害な論といわなければならないだろう、と私は思っています。このことは強く指摘しておきたいと思います。

次に「郡山4歳児と7歳児に 「甲状腺がん」の疑い!」という週刊文春記事について。この文春記事については次のような批判もあります。

(1)週刊文春に「言ってないこと書かれている」 「甲状腺がん疑い」記事に医師が反論(J-CASTニュース 2012/2/24)
(2)「バカ文春」が「放射脳」の虚報を垂れ流すのもすべて憲法9条が原因では(笑)(kojitakenの日記 2012/2/26)

特に(1)記事中の

エコー検査をした「さっぽろ厚別通内科」の杉澤憲医師と弁護士が12年2月23日夕方に会見し、記事の内容に反論した。杉澤医師によると、甲状腺の検査を受けた18歳以下の人は170人おり、そのうち「5.1ミリ以上の結節や20.1ミリ以上の嚢胞」が確認され「B判定」だとされた人が4人いたが、精密検査の結果、いずれも良性だと判定された。「甲状腺の状態等から判断して直ちに二次検査を要する」とされる「C判定」の人はいなかった

杉澤医師が会見で配布した正誤表には、「明らかな事実誤認」6点が指摘されている。中でも、記事中の、「札幌で甲状腺エコー検査を実施した内科医が言う。『しこりのあった7歳女児と4歳男児の2人に加え、19歳以上の「おとな」9人の計11人に、甲状腺がんの疑いがありました。うち成人女性1人は既に甲状腺がんが確定、切除手術を行うことも決まっています。いくら「5歳以下で5ミリ以上の結節ができることはない」と言われても、今回検査をして、これが出たことは事実です』」/という記述について、/「そのような話はしておりません」/と全否定している。「甲状腺がんの疑い」だとされる、記事中の大きな根拠が否定された形だ。

という指摘は重要です。

文春記事には、「超音波の画像を診た医師は(略)、(女児の母親に対して、)『児童にはほとんどないことですが、がん細胞に近い。二次検査が必要です』」と発言したという記述や、「なおも坂本さんを不安にさせるのは、エコー診断後の二次検査の結果だ」、「(二次検査で)診てもらった北海道大学の先生も、今までに十四歳未満でがんになった子どもを二回しか診たことがなく」など「甲状腺がん」の疑い!」という記事の根拠となっている二次検査をしたことを前提とする記述が3か所見られますが、超音波の画像を診た杉澤医師は「『直ちに二次検査を要する』とされる『C判定』の人はいなかった」と二次検査の必要性自体を否定しています。

さらに「おしどりマコ氏・『週刊文春』編集部緊急記者会見」(注)での本間記者の質問で明らかになったことですが、「二次検査をしたはずの北大の(医師の)コメント」はなく、同記事中にあるのはまったく二次検査に関与していない「全国の甲状腺専門医」の一般論だけです。これでは二次検査で「甲状腺がん」の疑い!」が出た、という根拠にはまったくなりえません。二次検査をほんとうにしたのかどうかさえ疑わしいのです。

今回の週刊文春記事は<虚報>というほかないのです。「ざまあみやがれい!」ブログ主宰者の同記事執筆のスタンスも誤っているといわなければなりません。

注:この記者会見を聴いていてつくづく思ったのは、「郡山4歳児と7歳児に 「甲状腺がん」の疑い!」という記事を書いた自由報道協会理事の肩書を持つおしどりマコ氏の思い込みの強さです。「甲状腺がんの疑い!」という同記事の核心部分の根拠を担うがん細胞に関する二次検査の有無についてはただ情報提供者だという人の「告白」に依拠するのみ。また、おしどりマコ氏が読んだという医学雑誌のがん細胞に関する記述にこう書いてあるからこうだろうという推測のみ。取材でもっとも大切な肝心な裏取り、同二次検査をしたはずの北大側の確認は取っていないのです。その代替措置として「全国の甲状腺専門医」なる者のコメントを記事に挿入していますが、上記の繰り返しになりますがこのような一般論の提示だけでは「甲状腺がんの疑い!」という断定の根拠を示したことにはまったくならないのですが、おしどりマコ氏はそのことに気づいていないようでした。記者会見ではとうとうと医学雑誌のがん細胞に関する記述を読み上げて、それで論証足りえていると思っている節がありありなのです。おしどりマコ氏のジャーナリストとしての資質に重大なクエスチョンをつけなければならない場面でした。

しかし、同記者会見の場にいた上杉隆氏や田中龍作氏などの自由報道協会幹部はそうしたおしどりマコ氏の姿勢に重大なクエスチョンを感じるどころか逆にそうした姿勢に同調する始末です。自由報道協会なるものがおよそジャーナリズムとはいいがたい存在であることを
改めて確認させられる場面でもありました。それにしてもこうしたおしどりマコ氏や上杉隆氏田中龍作氏岩上安身氏などの自由報道協会幹部を重用しつづけるマガジン9NPJなどの自称・民主ジャーナリズム団体とは何なのか? このことについても改めて考えさせられる記者会見でもありました。古寺多見氏ではありませんが「彼らこそ『脱原発』派の信用を落とすための原発推進勢力の『工作員』(笑)ではないかと、陰謀論の一つもかましたく」なりもするのです。
武田邦彦という長く原子力ムラの一丁目一番地の住民(内閣府原子力委員会、原子力安全委員会の専門委員)でありながら、3・11以後は脱原発派に鞍替えし(宗旨替えという意味での鞍替え自体は悪いことではありませんが真摯な反省の上に立った宗旨替えのようには見えません)、いまや脱原発派の雄のようにもてはやされている大学教授がいます。

その武田氏が自身のブログの「教育は戦前の暗黒時代へ・・・教育関係者の魂に期待する」(2012年2月26日付)という記事の中で、それが事実であるとするならば標題のとおり「教育は戦前の暗黒時代へ」と表現するほかないある小学校教員の子どもの放射能被害に関する暗澹たる認識と非人道的というのではとても追いつかない(こういうのを人非人というのではないでしょうか)けがらわしい限りの暴言を暴露しています。

すなわち、「ある小学校では、福島から避難することを口にした児童を教諭がみんなの前で名前をよび、『あなたは日本国民ではありません、裏切り者です』と言った」。 「さらにある小学校(特定しています)では登校時にマスクをした児童に対して、先生が、『マスクを取りなさい! その様な行為が風評被害を招くのです!』と叱った」という発言。

そして、そのある小学校教員
の暴言なるものが武田氏の名とともにものすごい勢いでネットの中を駆け巡っています

しかし、その武田氏の情報にはソースが示されていません。そのソースが示されていない真偽不明の情報(それも限りなく虚偽情報に近い)があたかも真実であるかのようになんの疑いもはさまれずにネット上に大量に拡散されているというところに今日の問題があります。すなわち、「一部の『脱原発派』の『カルト化』」(きまぐれな日々「原発『リスク厨』とは月とスッポンの猪飼周平氏の論考」 2012年2月6日付)という問題です。ソースが示されていない情報をソースがないままにいたずらに拡散する行為を一般にデマの拡散というのですが、当人たちはそのことの重大性にとんと気づいていないようです。まさに「一部の『脱原発派』の『カルト化』」と呼ぶにふさわしい愚かなりというも愚かなり、というべき憂うべき現象です。

上記のとおり武田氏の評価、また、その人物像に関わりなく、ソースがない情報を真実であるかのように拡散する行為自体がデマ拡散行為として問題というべきなのですが、ソースのない情報をさも真実であるかのように記事にする武田氏自身にも当然大きな問題性があります。武田氏のその行為自体がデマ流布行為というべきものだからです。

武田氏のこうしたデマ流布行為は今回が初めてではありません。武田氏は知る人ぞ知るトンデモ「学者」としてつとに有名なのですが、かつて名古屋市長の河村たかしが同市議会解散のリコール投票を呼びかけていたことに関連して次のようなデマをふりまいていたことがあります。当時の私の武田氏批判記事から少し引用してみます。

武田邦彦というどこかの大学の教授のトンデモぶりはつとに有名ですが、今回もやはりトンデモぶりをいかんなく発揮しています。/そのトンデモぶりの1、2の例をあげておきます。/第1。「名古屋の選挙 やっぱり民主主義」という(自身のブログ)記事において武田氏は「名古屋の選挙管理委員会は公平な委員会ではなく、特殊な政治団体で、選挙結果を自分の考え通りにしようとする、いわば『犯罪団体』」とまで糾弾しているのですが、その「犯罪団体」の証拠のひとつとして下記のような例をあげています。

「今回も、市議会解散の投票に際して、投票用紙に「賛成」と漢字で書かなければいけないと言うことになったのです./例えば「賛成」という漢字が難しいので「さんせい」とひらがなでかいたら無効という事です./ひらがなは日本語です.それに、投票覧には「賛成」か「反対」しかないのですから、「さんせい」とひらがなで書いてもその人の意志は分かるはずなのです.」

しかし、武田氏のあげる上記の例は嘘八百です。実際には投票用紙の漢字表記について名古屋市選挙管理委員会事務局は次のような告示文を発表しています。

「名古屋市議会の解散に賛成の場合は「賛成」と記入してください。/名古屋市議会の解散に反対の場合は「反対」と記入してください。/「賛成」または「反対」を平仮名やカタカナで記入してもかまいません。/他のことは記入しないでください。」
http://www.city.nagoya.jp/senkyokanri/page/0000020577.html
*上記告示文はいまは削除されています。

少し調べれば誰にでもわかるようなウソを武田という大学教授は平然と述べて恥じない人です。彼のトンデモぶりの一端がおわかりになったと思います。

武田氏に関する後日譚として次のような私の記事も掲げておきましょう。同記事中の注に私は次のように書いています。

注:武田氏のブログには2011年2月8日時点ではたしかに上記のように書かれていましたが(私は現認しています)、いま改めて武田氏のブログを見てみると当該箇所は次のように書き換えられています。「今回も、市議会解散の投票に際して、投票用紙に「賛成」と漢字で書けと書いてありました.例えば「賛成」という漢字が難しいので「さんせい」とひらがなでかいたら無効になるでしょう。選管の担当者はひらがなでも良いと言っていますが、そんなことはまったく信用できません」。下記(注:上記)の私の批判を何らかの形で見て自らの「誤り(うそ)」を悟り、なんらの訂正の注も入れずにひそかに書き換えを行ったのでしょう。卑怯なことです。「学者」と名のつく人がすることではありません。

結論

冒頭に引用した武田氏の発言、すなわち、「ある小学校では、福島から避難することを口にした児童を教諭がみんなの前で名前をよび、『あなたは日本国民ではありません、裏切り者です』と言った。さらにある小学校(特定しています)では登校時にマスクをした児童に対して、先生が、『マスクを取りなさい! その様な行為が風評被害を招くのです!』と叱った」という発言は、おそらくうそ、デマのたぐい。あるいは実際の出来事を彼の論の都合のよいように大幅にデフォルメしたやはりうそ、デマのたぐいであろう、というのが、これまでの私の武田氏観察から得られるところの推理、そして結論です。
是非、読んで見てください。
今の時代にもこんな考え方をする人がいるんだと思うと衝撃です。
物事の真実が歪められた情報社会を象徴した”大事件”だと思いました。
以下、転載します。*本人の了解を得ています。

                          「かっちゃんの青商会物語」ブログ主宰者のことばから 

 
■朝鮮学校入居差別問題(「かっちゃんの青商会物語」ブログ 2012年2月24日)
http://ameblo.jp/sanpurena/entry-11174101573.html

オンマの家主への手紙

K・R(イニシャルで表示しています 娘を持つオンマです)
最近、ある出来事がありました。
思うことがあり、久しぶりにお手紙というものを書きました。 全文は以下の通り

○○○○○(マンション名)家主 様

... 前略

突然のお手紙をお許しください。この度、あなた様が所有するマンションに入居希望し、子供を朝鮮学校に通わせていることを理由に入居を拒否された者でございます。

外国籍でも受け入れてくださるとの条件を聞いておりましたので、入居を申し込ませていただきました。

家主様は断られたつもりはないとおっしゃるかも知れませんが、朝鮮・韓国籍でも構わないが、学校バスをマンションから見えないところで止めてくれ、学校に行く時は朝鮮学校の制服とわからぬよう私服で行かせ、途中で着替えさせてくれ、挙げ句の果てにはコリアンということを一切隠して入居してくれとおっしゃいましたね。

これは断られたも同然でございます。

日本で生まれ育ちながらも朝鮮半島にルーツを持つ私たち夫婦も、朝鮮学校で学びました。

昨今、国と国の激しい北朝鮮バッシングが続く中、いろんな報道が飛び交う中でやるせない、いたたまれない気持ちになる時も多々あります。

北朝鮮=朝鮮学校と思われることが本当にもどかしく、悔しい時もあります。
学校のこと、子供のことが心配になる日々。

朝鮮学校に通わせる保護者はみな、同じ思いだと思います。

それでも私たちが子供を朝鮮学校に送るのは、自分のルーツである母国の言葉を学び、自国の文化や風習を知り、その上で在日コリアンとして日本の社会に立派に貢献してほしいという思いがあるからです。ただ、その一心です。

私たちの祖国(韓国・朝鮮どちらも)と日本との関係によって運命を左右されるのは、私たち在日コリアンにとっては、そのアイデンティティーを大切にしながら生きていく以上、ある意味宿命なのかも知れません。しかしそんな中でも、今住んでいるマンションの家主様も、同じマンションのたくさんの友人たち、近隣のお友達家族もとても良き理解者で品の良い方々で、心の通うおつきあいをさせていただいております。

この時代にそんなことを理由に入居を拒む人がいるのか、そんな日本人ばかりじゃないからそれだけは忘れないでと涙ながらにお話しくださる方もいらっしゃいました。

人権について熱心に取り組んでらっしゃる親しい日本の学校の先生方も私の話を聞き、公に公開すべき事象だと声を高めていらっしゃいました。

人と人との絆や人情は国境を越える。そんなことを今、改めて学び、心から感謝しております。

人は十人十色でいろんな考えを持っており、私は家主様のお考えを否定し、抗議するつもりは毛頭ございません。そして恨むつもりもございません。あなた様はあなた様のお考えがあってのことだったのでしょう。嫌いなものは嫌い、それはそれで仕方ないことでしょう。国家間にある様々な問題が個人の感情を形成してしまう、それは否定しません。

私たちはあくまでも、外国籍OKということで入居を希望した次第でございます。

在日に対する、朝鮮学校に対するお考えがあるなら、そんなお考えと知っていたならば、最初から考える余地もなかったでしょう。ですが、入居は許してもあなた様のお望み通り、コリアンということを一切隠し、自分たちの生き方を否定されて、隠れるように生きるほど、私たちは弱くも卑屈でもありません。

私たちはあなた様が思う以上に誇り高き民族であり、母国に対する自負を抱いて生きております。あなた様の想像を遥かに越えるくらい。

この度のあなた様の心ないお言葉によって(あなた様にとっては何ともない言葉だったかも知れませんが)国籍・生き方を否定され、侮辱され、尊厳を踏みにじられ、学校の制服までも脱がされようとした私たち家族と、何の罪もない幼い娘の健気な心を深く、深く傷つけたことを、どうぞお忘れにならないでください。

そして、そんなあなた様の言葉通りには決して生きない私たちがいること、在日コリアンがいることをお忘れにならないでください。

私たちはこのことを、一生忘れません。そして、誰のせいにするつもりもございません。

これを機に日本社会でもっと強く、清く、正しく、美しく生きていこうと気持ちを新たにしております。

最後に、将来を見据えて転居を考えておりましたが、私たちにとっては「最善ではない引っ越し」をこんなに潔く思い止まらせてくださったことについて、心から感謝いたします。

草々

この手紙を投函した今日、すぐに不動産会社の担当者から連絡がありました。

家主さん、聞いたこともないくらいの厳粛な声で、謝罪の言葉を述べられたとのこと。

本当に申し訳ございませんでした、今からでも心改めていただけるのなら、是非とも入居を「お願いしたい」と。

時はもう遅し。

私の手紙が心を打ったのか、押し寄せてくるであろう怒りの世論が怖かったのかはわかりません。

私はこの一連の出来事を通じて、自分を信じて生きる信念が時には相手の心を動かし、友情や絆へと変わっていくのだということを学びました(^^)v明日からまた、美味しいパンが焼けそうです(*^^*)

長文、失礼しました(^^;