昨年末の12月28日にNHK総合で国際的視点から放射能の低線量被ばくの実態に迫る「追跡!真相ファイル 低線量被ばく 低線量被ばく 揺らぐ国際基準」というタイムリーで秀逸なドキュメンタリー番組が放送されましたが、わが国の原発推進側(国・原子力ムラ・産業界)の人びとはこのドキュメンタリー番組の全国放送がよほど目に余ったのでしょう(彼らにとって「目に余る」ほど応えたということでもあるでしょう)。産業界総がかりで同番組バッシングをはじめました(具体的には原発事業者、原発メーカー、燃料輸入商社、原発検査会社・機関幹部などOB112名の連名。下記でご紹介するni0615田島さんは彼らバッシャーズを「原発おじいさん112s(ワン&トゥエルヴズ)」と名づけています)。
 
「低線量被ばく 揺らぐ国際基準」への抗議と要望について(金子熊夫エネルギー戦略研究会(EEE会議)会長ほか112名 2012年1月12日)
 
しかし、彼らの批判(バッシング)は批判の名に値するものではありません。たとえば彼らは「抗議と要望」のはじめに「DDREF(線量・線量率効果係数)」という放射能測定に関する専門用語を持ち出して、上記番組ではその日本語翻訳が「意図的に意味が全く異なったものにすり替え」られているなどと素人目には一見もっともらしく見えるクレームをつけていますが、下記でni0615田島さんが指摘しているように「番組は、視聴者の頭を固まらせてしまう『線量・線量率係数(DDREF)』という専門用語を使わずに、まさにそのDDREFのことを説明しているので」あり、「低線量被ばくのリスク係数を高線量のそれの半分にする、つまり80年代後半のDDREF導入時の『政治的決定』を、番組は問題にしているのです」。彼らの批判は言いがかりというほかありません。彼らは専門用語と外国語に弱い素人を煙に巻き、たぶらかし、自分たち(それもおのれのこれまでの地位を守りたいだけの自己保身のために汲々とする自分たち)の味方につけて権力と世論に弱いNHK(会長)に揺さぶりをかけようとしているのです。彼らの魂胆は明らかといわなければならないでしょう。
 
「原発おじいさん112s(ワン&トゥエルヴズ)」たちの「低線量被ばく 揺らぐ国際基準」への抗議と要望」なるもののもう少し詳しい反証的分析については下記のni0615田島さんの「安禅不必須山水」ブログをご参照ください。

ここではni0615田島さんの論の上記でも援用した1の部分のみ引用しておきます。

1、まず、こんなことを、『原発おじいさん112s(ワン&トゥエルヴズ)』は言ってます。

『原発おじいさん112s』たち


ありゃりゃ、ありゃりゃ
 
『原発おじいさん112s』たちは、NHKの番組を「すり替え」だと言ってますが、はたしてどっちが「すり替え」なのでしょうかねぇ?
 
番組は、視聴者の頭を固まらせてしまう「線量・線量率係数(DDREF)」という専門用語を使わずに、まさにそのDDREFのことを説明しているのです。
 
そして、そもそも、低線量被ばくのリスク係数を高線量のそれの半分にする、つまり80年代後半のDDREF導入時の「政治的決定」を、番組は問題にしているのです。
 
DDREFで2分の1にすることそのものに問題があるのではないかと番組は指摘し、ICRPはげんざいそれを再検討している、と伝えているのです。
 
『原発おじいさん112s』の抗議文は、

 “DDREFを理解してないNHKの番組制作者が、ICRPがあたかもその規則を遵守していないかのように描いている、それは「すり替え」だ”、と言ってますが、それこそ「すり替え」です。
 
NHKは、もっと本質的に、DDREF規定自身の成り立ちを問題にしているのです。
(以下、略。全文は「安禅不必須山水」ブログをご参照ください。)

脱原発社会の実現のためには「原発おじいさん112s」勢力(=原子力ムラ・産業界勢力と見てよいでしょう)の自己保身のためのバッシングを決して許してはならないと思います。

以下にFoE Japanの満田さんの要請を貼りつけておきます。

みなさま

FoE Japanの満田です。
トンデル博士も登場し、ICRPの低線量被ばく国際基準にメスを入れた、下記の番組のディレクターに対して、原子力ムラからはげしいバッシングが生じているそうです。

番組名:12月28日(水)午後10時55分~11時25分にNHK総合TV
『追跡!真相ファイル』で「低線量被ばく 揺らぐ国際基準」

番組は下記でまだ見ることができます。私も見ましたが、低線量被ばくの過小評価に警鐘をならす力のこもった力作だと思い、このような報道の意義は高いと思いました。
http://www.dailymotion.com/video/xnb9h8
バッシングの内容は下記です。そうそうたるメンツです。
http://wwwsoc.nii.ac.jp/aesj/snw/media_open/document/nhk_kougi120112.pdf

このままでは、心あるディレクターがつぶされてしまうでしょう。ぜひ、みなさん、「このような番組は意義がある!」「低線量被ばくの過小評価にメスをいれた続編を!」「ディレクターがんばれ」というような前向きな評価のコメントをNHKに届けてください。視聴者の声うけつけの電話番号は下記です。
0570-066-066

NHKの「みなさまの声にお応えします」のページは下記です。ここから意見を送ることもできます。
http://www.nhk.or.jp/css/index.html

どうぞよろしくお願いいたします。
満田
 
 
高田昌幸さんは知る人ぞ知る北海道新聞のエース記者だった人です(昨年の6月に同新聞社を退社し、現在はフリーランス)。2004年には北海道警裏金報道の取材チームのリーダーとして日本ジャーナリスト会議(JCJ)大賞を受賞してもいます。その高田さんがご自身のブログに「『自由報道協会賞』の『辞退』について」というコメントを発表しています。

自由報道協会は昨年の1月にフリージャーナリストの上杉隆氏や岩上安身氏らが中心になって設立されたフリージャーナリストを中心としたジャーナリスト団体です。その自由報道協会(上杉隆代表)が設立1周年を機に昨年1年間に取材、報道、評論活動などを通じて顕著な業績をあげたジャーナリスト及び作品を顕彰する目的をもって「自由報道協会賞」を創設しましたが、高田さんはその記念すべき第1回目の「自由報道協会賞」の部門賞「3・11賞」の受賞を辞退したというわけです。

高田さんはその辞退の弁を次のように書いています。

「この度、『自由報道協会賞』の『3・11賞』に私が編者となった書物がノミネートをいただきました。地味な本に着目いただいたことに深く感謝しています。また昨日夕、協会事務局のインターンの方にノミネートされたとの連絡を受け、その後、27日夜の授賞式に出席も了解しました。/ところで昨日の連絡まで、私は賞のことも知らず、どのような部門にどんな作品がノミネートされているのかも知りませんでした。今夜零時すぎ、協会のHPで候補の一覧を初めて拝見しました。その中で記者会見賞の部門があり、小沢一郎氏の受賞がすでに決定されていることに強い違和感を感じました。/この賞は報道する側の諸活動が対象になるものだとばかり思い込んでいました。小沢氏の政治姿勢や小沢氏の事件に関する検察の姿勢などに関係なく、報道する側へのアワードと一緒に、通常は報道される側の権力者が並び立つことに強い違和感を感じております。」

高田さんの違和感は私はジャーナリストとして当然の違和感だと思います。逆にいえば私は報道される側の政治家を受賞対象とすることを決めた(この際、小沢一郎氏というフリーランス記者の中でも評者によって評価が著しく異なる人物をわざわざ受賞対象にした、という問題性は問わないことにしても)自由報道協会賞運営委員会(上杉隆、島田健弘、畠山理仁、村上隆保、自由報道協会インターン)の面々のジャーナリストとしてのセンスと見識を疑います。

高田さんは以前、作家の辺見庸氏から自身を含む会社員記者を「糞バエ」と酷評されたことについて次のような述懐を述べていたことがあります。

「スミヤキスト通信ブログ版さんが『辺見庸氏の罵倒』という一文を書いている。」また、「新聞労連委員長だった共同通信社の美浦さんは『辺見庸氏の罵倒に答えてみたい』という文章を書かれている。それらを読んでいたら、あの辺見氏の激烈な言葉を目にしたときの、言いようのない、深い絶望感のような感覚を思い出した。」

「私が『糞バエ』を初めて目にしたのは、たぶん、2001年ごろである。東京で経済官庁の取材を担当していた。日々の仕事にそれなりの刺激はあったけれど、一方で、役所の広報マンじゃあるまいに、役所が主語の記事をこんなにも書き続けて喜んでいる俺はどうかしている、という思いも抱えていた。」

「『糞バエ』と言われて、それに反論する気持ちにはなれなかった。ひたすら落ち込んだ。今もそうかもしれない。ただ、一方では、自分自身と自分の行動に対する、もっと深い洞察が必要だと思った。もし万が一、『自分は糞バエではない』と胸を張って言えるとしたら、それはどんな姿なのだろうかと、それをもっと深く考え、行動すべきだと。そして、今もそうなのだが、あの激烈な言葉を読むと、自分の心の奥底に、なにか、ずっしりとした、例えば、マグマのようなものが燃えているように感じることがある。そこからはいつも、『このままじゃ、いかんだろ』という声が発せられているように感じるのだ。夜逃げのように慌しい引越し作業の中、ロンドンへの荷物の中に辺見氏の本を半ば無意識に何冊も詰め込んだのは、その何か燃えるようなものを、時々、呼び起こしたいという気持ちがどこかにあったからなのだと思う。」

高田さんのこの自省はいまもどこかで続いているのでしょう。そして、その思いが今回の「自由報道協会賞」受賞辞退の弁ともなったのでしょう。高田さんはいまだに「糞バエ」の意地を捨ててはいないな、と私は彼のまっとうな記者魂にホッとします。実のところ、彼への信頼を一度捨てようかと思っていたことがあるのです。つい最近まで。

最後に辺見の「糞バエ」発言とはどういうものだったのか。該当箇所を抜粋しておきます。

辺見庸『いまここに在ることの恥』Ⅲ‐2「憲法と恥辱について」の一節より
【戦後最大の恥辱】

私は人としての恥辱についてもっと語りたいのです。おそらく戦後最大の恥辱といってもいいくらいの恥辱、汚辱……そうしたものが浮きでた、特別の時間帯があった。そのとき、私たちの多くは、しかし、だれも恥辱とは思わなかった。が、恥を恥とも感じないことがさらに恥辱を倍加させる。ひょっとしたら、それは私の脳出血に関係するかもしれません。私はカーッとしました。「これをただ聞きおくとしたら、思想も言説もまともに生きてはいられないはずだ」と思いました。それはいつ起きたか。忘れもしない二〇〇三年の十二月九日です。名前を口にするのもおぞましいけれど、コイズミという一人の凡庸な男がいます。彼が憲法についてわれわれに講釈したのです。まごうかたない憲法破壊者が、憲法とはこういうものだ、「皆さん、読みましたか」とのたまう。二〇〇三年十二月九日、自衛隊のイラク派兵が閣議決定された日です。コイズミは記者会見をして憲法前文について縷々(るる)説諭した。こともあろうに、自衛隊をイラクに派兵するその論拠が憲法の前文にある、といったのです。およそ思想を語る者、あるいは民主主義や憲法を口にする者は愧死(きし)してもいい、恥ずかしくて死んでもいいほどの、じつにいたたまれない日でした。いやな喩えだけれど、それは平和憲法にとっての「Day of Infamy」でした。

二つの意味で屈辱的でした。最悪の憲法破壊者であるファシストが、まったくデタラメな解釈によって、平和憲法の精神を満天下に語ってみせたということ。泥棒が防犯を教えるよりももっと悪質だと私は思います。ナチスとワイマール憲法の関係を私は想起したほどです。ナチスはただ単純な憲法破壊集団ではなかった。一応は憲法遵守を偽装し、「民主的」手つづきで独裁を実現しようとしてワイマール憲法四十八条の大統領緊急令を利用したり、全権賦与法案を議会でとおすなかで独裁を完成していく。つまり、ワイマール憲法の権威をいっときは利用もし、世論を巧妙に欺いた。いうまでもなく、これと日本の現状を比較するのには明らかな無理がありますが、コイズミ的なるものへの世論の無警戒には、なにやら過去の恥ずべきぶりかえしを見ざるをえません。これが第一番目です。

二つ目。コイズミの話を直接聞いていたのはだれだったのか。政治部の記者たちです。

彼らは羊のように従順にただ黙って聞いていた。寂として声がない。とくに問題にもしなかった。翌日の新聞は一斉に社説を立てて、このでたらめな憲法解釈について論じたでしょうか。ひどい恥辱として憤慨したでしょうか。手をあげて、「総理、それはまちがっているののではないですか」と疑問をていした記者がいたでしょうか。いない。ごく当たり前のように、かしこまって聞いていた。ファシズムというのは、こういう風景ではないのか。二〇〇二年に私がだした『永遠の不服従のために』(毎日新聞社刊、講談社文庫)という本で書いたことがあります。やつら記者は「糞バエだ」と。友人のなかには何度も撤回しろという者もいました。でも私は拷問にかけられても撤回する気はない。糞バエなのです。ああいう話を黙って聞く記者、これを糞バエというのです。ただし糞バエにもいろいろな種類がある。女性の裸専門の雑誌に書いて、ブンブンとタレントにたかりついている糞バエ。私は彼らの悲哀をわかります。フリーランスの記者が、ものかげに隠れて何時間も鼻水を流しながら、芸能人の不倫現場をおさえようとする。それは高邁な志はないかもしれない。でも、生活のためにそれをやっている。私はそれをかばいたい気がします。

許せないのは、二〇〇三年十二月九日、首相官邸に立って、あのファシストの話を黙って聞いていた記者たち。世の中の裁定者面をしたマスコミ大手の傲岸な記者たち。あれは正真正銘の、立派な背広を着た糞バエたちです。彼らは権力のまく餌と権力の排泄物にどこまでもたかりつく。彼らの会社は巨額の費用を投じて「糞バエ宣言」ならぬ「ジャーナリズム宣言」などという世にも恥ずかしいテレビ・コマーシャルを広告会社につくらせ、赤面もしないどころか、ひとり悦に入っている。CMはこういう。「言葉に救われた。言葉に背中を押された。言葉に涙を流した。言葉は人を動かす。私たちは信じている。言葉のチカラを。ジャーナリスト宣言」。これはまさにブラック・ユーモアです。あるいは、ジョージ・オーウェルの『一九八四年』にでてくる「ニュースピーク」や「ダブルシンク」の日本版です。言葉を脱臼させ根腐れさせているのは、なにも政治権力だけではない。マスメディアが日々それをやり、情報消費者にシニシズムを植えつけている。あれをもっとも憎むべきだ、軽蔑すべきだと私は思っている。しかし、みんながそうだから、脱臼した言葉のなかで暮らしているから、糞バエでも恥知らずに生きていける。われわれも糞バエになればいいわけです。コイズミがなにをしようが、憲法前文についてどういおうが、「そうですか」と。あるいはちょっとシニカルに「ああ、あんな人だからね」と。でも、一瞬の蘇生というものがあるではないか。一刹那の覚醒というものがあるのではないか。
この1月15日、テレビ朝日系列の「報道ステーションSUNDAY」で橋下市長と山口二郎氏(北大教授)の討論番組があったようです(私は観ていませんのでこう書いておきます)。同番組のラテ欄のキャッチコピーは「橋下大阪市長が生出演ズバリ本音で論客対決」(というものだったらしい)。

この討論番組について広原盛明さん(元京都府立大学学長)が次のような感想を述べています。

先日(1月15日)、朝日テレビで橋下市長と山口二郎氏(北大教授)の討論番組があった。だが、その中身は「ディベイト」というよりは、見るに堪えない「汚いバトル」そのものだった。山口教授自身は、かって小選挙区制導入の太鼓を先頭に立ってたたいたり、民主党の政権交代に際しては舞い上がってベタホメするなど、とかくその時の政治権力の意向に沿って行動する尻軽のタレント学者だが、しかし今回の大阪ダブル選挙に限っては珍しく「反ハシズム」の一陣に加わった。/それが橋下市長の気に障ったのだろう。とにかく番組では、初対面の山口教授に対して敵意をむき出しにして攻撃に次ぐ攻撃に出た。それも論戦ではなくて個人攻撃が中心だから醜いことこの上もない。周知のごとく、橋下氏の攻撃の特徴は自分の意見や主張を批判するものは誰であろうと容赦なく個人攻撃し、相手の人格までも全否定するというものだ。それも「私情」を交えたレベルの個人攻撃だから、言葉も態度も品性を欠くことおびただしい。下品・下劣そのものだ。この番組を見ていた遠方の友人がメールで次のようなコメントを送ってきた。

「日曜日、テレビをみていたら大阪市の橋下市長と北大の山口教授の話が聞けました。橋下市長の早口でまくしたて、相手に考える余地を与えない話し方と、答えられないことに対する馬鹿にした話し方がなんとも言えない感じがしました。相手に考える隙をあたえず、本人の言っていることをきちんと考えられないほどのテンポ、すごいですね。おかしなことを言ってもわからないほど、相手に時間を与えません。相手に対する非難というか、馬鹿にしたような感じとか、あれが今の若者に受けるのでしょうか。若者の間に現在の社会を破壊したいという願望のある者が少なからずいるということですから、ああいうタイプがいいのかもしれませんね。でも、あの話術はすごいとしか言いようがありません。田舎者のノンビリにはついていけません」

全く同感だ。私もこの番組は、「テレビというリング上での“レフリーのいない殴り合い”」としか思えなかった。ハシズムを増長させる「政治討論番組」、(ハシズムの分析 その6)  2012年1月27日)

私は橋下徹の政治手法をこれまで追跡してきて(注)、橋下という男はこういう奴だとハナから思っていますからまったく驚きはしませんが、こうしたオポチュニスト(ご都合主義者)、人間性下劣なやからが多数の大阪市民(その前は大阪府民)の支持を得て(なんという市民なるものの非見識と眼識力のなさ、と一応嘆いておきます)当選を果たしたのかと思うと煮えくり返る思いはふたたび沸点に達します。

注:たとえば阿久根ブログ市長の『革命』と橋下大阪府知事の『革命』の危険な類似性」(弊ブログ 2009年6月1日付)などをご参照ください。

この橋下徹の上記の「報道ステーションSUNDAY」での発言について下記のビデオ音声者(お名前はわかりません)が実に正鵠を射た小気味よい批判をされています。必見のビデオ(音声のみ)だと私は思います。ぜひご視聴ください。

橋下市長VS山口二郎教授について。(ぽぽんぷぐにゃんラジオ 2012年1月16日)
環境ジャーナリストの青木泰さんのこちらのブログに紹介されているような論を紹介して放射能に汚染された被災地がれきの各自治体の受け入れに反対する主張について反論の文を書きました。地元メーリングリストに投稿されたメールへの反論の形をとっています。

○○○さん

「フィルターの性能については根拠がなかった」、とあなたが依拠される環境ジャーナリストの青木泰さんの説(脱原発の日のブログ 2012年1月21日付)には看過しえない飛躍があります。 青木氏はその自身の飛躍の論をもって「生活廃棄物に濃縮された放射性物質は焼却して煙突から放出し、『空気』を汚してゆく」と結論し、「国や環境省の方針は支離滅裂で、これをストップすることなくしては、内部被爆がさらに広がり、放射能汚染による影響が私たちを襲うことになる」と私たちに警鐘を鳴らします。が、その警鐘は必ずしも当を得ていません。というよりも、誤った認識を読者に植えつけ、読者を誤った方向に誘う危険な役割しか果たしえていないように思います。

青木氏が「今回環境省は東京新聞の取材で、データなく焼却の方針を決定していたことを認めました」というその方針の決定時期は同じ同紙の記事(2012年1月21日付)によれば「昨年6月」のことです。そして、環境省がこの件に関して実際のデータを取得したのは「昨年十一月末から十二月中旬までの間」のことというわけですから、青木氏が「環境省は、放射性物質が除去できるという実際のデータがないままがれき償却方針を決めてしまった。方針を決めた後に実験でつじつまを合わせても誰にも信用されない」(同左)と憤るのは当然のことです。

しかし、環境省が「実際のデータがないままがれき償却方針を決めてしまった」ということと、がれき償却方針を決定する際の根拠となったバグフィルターの性能についていまもなおその有効性を示すデータがない、すなわち「根拠がない」ということとは別様のことです。

環境省も後追い的であったとしても一応「昨年十一月末から十二月中旬までの間、福島県内六カ所の焼却施設で測定した結果」「(バグフィルターによる)放射性セシウムの除去率は実際に99.99%だった」という実験結果を示しています(しかし、この環境省の実験結果を信用する必要はありません。「方針を決めた後に実験でつじつまを合わせても誰にも信用されない」(青木氏)たぐいの論証でしかないからです)。

また、先の国会で国民を瞠目させる「満身の怒り」発言をした児玉龍彦氏(東大教授・東大アイソトープ総合センター長)のバグフィルターに関する次のような指摘もあります。

国土を守り国民とともに生きる5項目提案(24/30頁 児玉龍彦)
*上記のアドレスで開かない場合はこちらの検索サイトの「国土を守り国民とともに生きる5項目提案(Adobe PDF)」をクリックしてご覧ください。

セシウムを回収できるバイオマス、汚泥燃焼炉
汚染木材、汚泥などの消却を行うときに、貴金属などの回収用に開発された技術。燃焼700℃以上になるとセシウムは気化する。そこで、排気を温度低下させ、200℃程度にするとセシウムは析出する。それをバグフィルターでとっているが、さらに原子力施設で使われているガラス繊維フィルター、微粒子をとるHEPAフィルターでのぞき、さらに流量放射線量計で連続モニターすることにより99、99%カットできる。

上記について、児玉氏は、「今度太平洋セメントなんかが予備的に実験をやってみているのはそれを2サイクルやったら99.99%セシウムを除けています。(略)ゴミ焼却場なんかからセシウムを除くということは技術的には今の日本では比較的可能になっています」と述べています(下記の1:23:13頃。上記の表は1:22:46頃)。つまり、「99.99%セシウムを除け」ることは実験で確認されている、と述べています。

■児玉龍彦教授講演会「放射線と健康、そして除染~こどもと妊婦を守るために~」(IWJ 録画日時:2011/12/03)

○○○さんのおっしゃる先の大分講演の際の小出裕章氏の「バグフィルターでセシウムの99.99%(「ほとんど」という表現だったかも知れません)除去できる」という発言
もおそらく児玉氏と同様の上記のような知見に基づく発言であったでしょう。児玉氏はアイソトープの専門家ですからある意味除染の専門家といってもよいでしょう。また、小出氏も放射能の専門家です。それも民主的な。この民主的でもある放射能医学、物理の専門家のおふたりが根拠を挙げて(この場合は児玉氏)バグフィルターの有用性を論じているのです。環境省のアリバイづくりめいた言説と同一視して、彼らの論それ自体を否定することはできないでしょう。否定するのであれば、否定するにふさわしい論拠が必要です。しかし、上記のような青木氏の飛躍の論では児玉氏や小出氏の論を否定する論拠にはなりえないと私は思います。

もう一点。上記の青木氏の「生活廃棄物に濃縮された放射性物質は焼却して煙突から放出し、『空気』を汚してゆく」云々という認識は児玉氏の言う「セシウムは沸点は641℃。だからゴミ焼却場で処理するときは641℃以下に抑える」(上記「児玉龍彦教授講演会」1:04:40頃~参照)という指摘をよく理解しえていない認識だともいわなければならないでしょう。放射性物質の焼却で煙突から煙が出ないように「排気を温度低下させ、200℃程度に」した上でセシウムを析出し、放射能汚染がないように同セシウムを隔離するというのが上記の児玉氏の提案なのです。

さらにもう一点。これは青木氏の上記の説とは直接には関係はありませんが、たとえば小出氏が先の大分講演の際に除染について次のように言っていることへの広く一般に流布している誤解についてもひとこと述べておきたいと思います。

「私、いま、放射能というものは、今日聞いていただいたようにどんなことがあっても消えない(と言いました)。除染なんていうのはうそです。別のところに移すということだけですから。除染だってできないんです。」(上記ビデオ 2:15:47頃~)。

上記で小出氏は除染しても放射能はなくならない、ということを言っています。単に別のところに放射能が移るだけのことにすぎない、と。しかし、こうした小出氏の発言から直に小出氏は除染を否定しているという結論を導き出すのは誤りです。なぜなら、小出氏は除染を否定しているわけではないからです(たとえば弊ブログ「私たちは「除染」問題とどのように向きあうべきなのか?」2012年1月4日付参照)。除染しても放射能はなくならないという事実があることと除染そのものとは別のことです。放射能に汚染された地域の人々の生命と健康を守るためにその地域から放射能をなくすための除染を挙行することはきわめて重要な課題です。ただ、除染しても放射能はなくならないという前提に立って、たとえば上述の児玉氏は除染汚泥、材木などから析出された放射性物質の何百年単位の厳重な遮蔽と隔離を提案しているのです(下記参照)。この児玉氏の提案と上記の小出氏の「除染しても放射能はなくならない」という認識はあい補うことはあっても矛盾するものではありません。

■国土を守り国民とともに生きる5項目提案「人工バリア型処分場」(22/30頁 児玉龍彦)
■児玉龍彦教授講演会「放射線と健康、そして除染~こどもと妊婦を守るために~」(IWJ 録画日時:2011/12/03 1:16:45頃~)

最後に災害・原発被災地からのがれきの撤去反対論者に決定的に欠けていると思われる視点を指摘しておきます。

それは、放射能の全国的な拡散を防ごうとして災害・原発被災地の放射能がれきの撤去に反対するのはよい。しかし、では、現実にいまもなお膨大に残る放射能がれきの処理に悩まされている災害・原発被災地に住む人々の放射能被害の問題はどうすればよいと考えているのか、という視点の欠如の問題です。

先の大分講演での小出氏の質問者への応答はその問いに答えようとするものでした。その小出氏の発言を最後に置いてこの文を閉めたいと思います。

「いま膨大にある瓦礫をこのまま放置するということは私はできないと思いますので、それならばしかたがない。焼くしかない、と僕は思っています。そして、膨大に汚染しているもの、原発の周辺の瓦礫に関しては周辺にあらたな焼却施設をつくってそこで焼くということを提案しています。でも、それを建設するのにも時間がかかるし、それでも能力が足りない分は必ず残る。」(上記ビデオ 2:20:06頃)

「もしそれをそのまま放置しておくようだとたとえば(野積みされた放射能瓦礫が)自然発火してそのまま散っていくことにもなる。私が願っていることは先ほどもきいていただいたように子どもたちを被爆から守るということなんです。子どもたちの中にはもちろん大分県の子どももいます。九州の子どももいます。私は大阪ですけれども大阪の子どももいます。でも、福島の子どもだっているんです。そういう子どもたちの被爆をトータルとしてどうすれば少なくできるかということ(を考えること)しか私たちには選択の余地はないのです。」(同 2:16:35頃)

すなわち、単に災害・原発被災地からのがれきの撤去の反対をいう論、主張には与しがたい、と。
作家の辺見庸が中原中也賞を受賞した詩文集『生首』につぐ2冊目の詩集『眼の海』(注)を昨年の11月に刊行したのを機会に「週刊金曜日」(2012年1月13日 878号)と「週刊読書人」(2012年1月13日付)のそれぞれのインタビューに応じて、同詩集を刊行するに至った作者としての内的な動機について語っています。

眼の海
 

注:1月9日、『眼の海』は第42回高見順賞の受賞が決定しました。

「世情に逆らうなにがしかの『犯意』のようなものはあったわけです。」
                                             (「週刊金曜日」2012年1月13日号)

「マスメディアをふくむ世情は、とくに二〇一一年三月一一日以後の世情は、わたしにとって受け容れがたいものでした。その齟齬も『眼の海』が浮かんでくるバネになっていると思います。」
                           (同上)

辺見のいう「世情に逆らうなにがしかの『犯意』」「わたしにとって受け容れがたい世情」「その齟齬」とはなにか。

私として気にかかるところを傍線で引いてみました。傍線部分の抜粋だけでも辺見が「眼の海」となって発信しようとする違和のあらましはおわかりいただけるのではないでしょうか? そう思っての傍線部分の抜粋です。

辺見の違和はひとことでいって「頼まれもしないのにおのずとファッショ化していく」この社会への違和、「おのずからのファシズム」への違和といってよいでしょう。その違和は「文芸の言葉、市民運動の言語」にも向けられています。市民運動のファッショ化とはどういうことか。辺見の嘆息は次のようなものだと私は聴きとりました。

「戦後しばらくは、状況に対する否定的な思惟というものがありましたが、八〇年代ごろから現状を倦まずに批判し疑っていくという理念の芽を打ち消してきたのです。やがて疑問を持つこと自体を封じ、肯定的な思惟を強いるようになってきた」。それは市民運動も変わりはしない。「当局やマスコミ、政党は言うにおよばず、文芸の言葉、市民運動の言語もまたなにか空々しくインチキっぽく聞こえるわけです。」

私はインチキっぽい言葉は吐きたくない。私が言いえることはそれくらいでしょうか。

むき出しにされた この国の真景 詩集『眼の海』をめぐる思索と想念
(「週刊金曜日」2012年1月13日 878号)
辺見庸インタビュー

辺見庸インタビュー  辺見庸インタビュー2

前説

大地震、巨大津波、原発放射能汚染。
「二〇一一年三月一一日」を契機に綴られた言葉は数多くある。
が、この詩篇ほど死者と向き合い、正気と狂気の間にたゆたう
時代の虚実をあらわにしたものがあるだろうか。
詩集『眼の海』をめぐる思索と想念が語られる。


『眼の海』を
受け容れてくれた
読者は
わたしの共犯者。

『眼の海』は今まで書いたどの本とも、脱稿した感じがまったく違っていました。

あまりに私的に暗い孔(あな)を穿(うが)ち進んだ

世情に逆らうなにがしかの「犯意」のようなもの

マスメディアをふくむ世情は、とくに二〇一一年三月一一日以後の世情は、わたしにとって受け容れがたいものでした。その齟齬

言語状況がなにやら〝愛国統一戦線〟みたいになり、戦時のような怪しい世情

不埒な個の内面を排除するああいう括りを忌み嫌う人間です。


この社会は
頼まれもしないのに、
おのずと
ファッショ化していく。

当局やマスコミ、政党は言うにおよばず、文芸の言葉、市民運動の言語もまたなにか空々しくインチキっぽく聞こえる

それらに対する自分なりの抵抗みたいなもの

この社会は頼まれもしないのに、権力的な抑圧とか強制があるわけでもないのに、おのずとファッショ化していくのです。メディアも市民運動もそこに巻き込まれてゆく。

全体として震災ファッショのような状況があるわけで、しかもそれらは主観的な善意によって構成されてゆく。

震災と原発メルトダウンによって死者・行方不明者おおよそ二万人


数値とリアリティの
間にある真空地帯、
そこを言葉で埋める
作業を拒否し、
放棄している。

しかし、振り返ると、関東大震災の犠牲者数は一〇万五〇〇〇人

広島の原爆では一〇万人以上、最終的には二〇万人以上

長崎では一四万人

このことを誰も奥行きある言葉として提示しようとしない。わたしが『眼の海』を書いていたときの怒りの底には、そのことがあります。

それはなぜだか似ていた。
ヒロシマの小学校に。・・・・・
それはなぜだか似ていた。
すべての大量殺戮の現場に。・・・・・
         (「それは似ていた」より抜粋)

わたしが通っていた小学校の、震災直後の写真を見ましたが、言葉を失いました。三階建ての校舎が全部焼けただれていて、校庭にはまだ死体があるのです。黒こげの車が何十台も校庭に山積みになっていて、窓から教室に突っこんだのもある。アブストラクトアート(抽象芸術)のようであり、地獄のようでもありました。車の中には焼けただれた人もいたのです。こんなことは報じられないでしょう。しかし、三月一一日の現実は、まさに超現実だったのです。

被災地ではまた、燃料が足りず、死者を火葬できなかった。臭くなるので、身元確認もできていない死体を埋めてしまうわけです。埋めざるをえない。手、耳、片足だけの部位を埋める。死者は陸だけではありません。どれだけの人間が今、海底で暮らしているのか。

断たれた死者は断たれたことばとして
ちらばり ゆらゆら泳いだ
首も手も足も 舫(もや)いあうことなく
てんでにただよって
ことばではなくただ藻としてよりそい
槐の葉叢のように
ことばなき部位たちが海の底にしげった
  (「水のなかから水のなかへ」より抜粋)

戦後しばらくは、状況に対する否定的な思惟というものがありましたが、八〇年代ごろから現状を倦まずに批判し疑っていくという理念の芽を打ち消してきたのです。やがて疑問を持つこと自体を封じ、肯定的な思惟を強いるようになってきた


ファシズムは
何年も時間をかけ、
いろんな小さな言葉の
積み重ね、連なりで
立ち上がってくる。

草の根ファシズム

「おのずからのファシズム」

生涯をつうじ個としてたたかうということのない、群れと絆、斉唱と涙、断念と裏切りを好み、それらを美とし、無常とうそぶく、まぎれもない腐生菌であるという事実である。
 (「ヒトヨタケ coprinopsis artamentarius の歌」より抜粋)

いくつもの過去を殺してきた
オポチュニストたちの声
フサオマキザル群によく似た
悲しいシュプレヒコールよ
(「オポチュニストたちの声門音」より抜粋)

オウム事件を
突き詰めてゆくと、
そこにわれわれ自身の
似姿を見る。


ファシズムのいまに、
わたしという個が、
よるべない
他の個にとどける
「ひとすじの声」。

フィズィマリウラは結果でも
過誤でもなく
つきるところ
とりとめのない本然であり
幻影ではなく
おそらくこれがわたしらの
現在の真景である
(「フィズィマリウラ」より抜粋)

*その後、予約していた『眼の海』(毎日新聞社 2011年)を図書館から借りてきました。「フィズィマリウラ」の正体を暗示する次のような「詩」がありました。

そののち・・・、
汚れた市(まち)のみぎわを暮れがた
音なくうごいていくもの
が、うわさされた。
つよいうわさではない。
バカ貝の吐息のようによわいうわさだった。
たれも突きとめようとはしなかった。
(略)
きまったなまえはなかった。
「フィズィマリウラ」と呼ぶ者がいたが
一般に「あれ」とのみいわれた。
あれには、あれといわれても、
いわれた数だけそれぞれの形があって、
さだまったそれだけの形はなかった。
(略)
あれのなまえはまだなかった。
世界には真偽の別はなかった。
それでも、
みぎわを暮れがたに
音なくすべっていくふたしかなものは、あった。
              「みぎわを暮れがた音なくすべっていくもの」
東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』の著者の林田力氏が「小沢支持者批判者の心理構造」という「小沢支持者批判者」への批判を書いています。
中立を装いながらも中身はいつもの小沢擁護論者の亜流をゆく論にすぎませんが、福島第1原発事故への東電と民主党政府の責任の落とし前をつける参院選を翌年に控え、衆院の解散もうわさされる政治状況の中でかのような言いたい放題のでまかせの俗論を野放しにしておくわけにもいきません。反論しておきます。

林田さん

私は民主党に「左派」などいるとは思いませんが、それはともかく。

失礼ながら、あなたのご認識はすべてにわたって根底的に誤っていると思います。

第1。あなたは「小沢氏は鳩山・小沢ダブル辞任によって権力中枢から外れており、現時点の悪政の原因にはならない」とおっしゃいますが、まずこの認識が根底的に誤っていると思います。

小沢氏は民主党員資格停止の身分であるいまでも小沢グループ所属議員数130人という民主党内で最大の勢力を誇る同党内最大派閥集団の長です(最近時の民主党代表選挙時の日本経済新聞社の調査(2011年8月11日付)。同調査によれば、この時点の民主党内の他の派閥勢力は菅グループ約50人、前原グループ約50人、旧民社党グループ約40人、鳩山グループ約40人、野田グループ約30人、旧社会党グループ約30人)。いわゆる小沢裁判などの影響でその勢力に若干の陰りが見えてきたとはいえ、小沢氏がいまもなお民主党内の影の最大の実力者として権勢を振るっていることは世間の誰もが知る常識といってよい事項です。その小沢氏を「権力中枢から外れて」いるなどと到底みなすことはできません。

「現時点の悪政の原因」という点についても、「過渡的エネルギー」という位置づけだったそれまでの民主党の原発政策が「我が国の基幹エネルギーとして捉え」るという方向づけに転換したのは2007年のこと。すなわち、小沢氏が民主党代表時代のことです。民主党の「現時点の(原発政策における)悪政の原因」をつくったのは小沢氏その人だといってよいのです。

さらに週刊誌「AERA」(2011年4月25日号)の報じるところによれば、「民主党は東京電力の『電力総連』という労組から合計8740万円もの献金を受けて」います。その内訳は、「小林正夫議員4000万円、藤原正司議員3300万円、中山義活議員700万円、吉田治議員700万円、川端達夫議員30万円、近藤洋介議員10万円」。左記の5人の民主党議員のうちの藤原正司、吉田治の2人は小沢グループの議員です。おのれの派内の身内に判明しているだけでも少なくとも2人の東電=電力総連ヒモつき議員を抱えて、そのヒモつき議員を派内から除名するわけでもなく、また注意するわけでもない。その小沢氏が「現時点の悪政の原因」者ではないとはとてもいえない相談です。

第2。あなたの次の認識も誤っています。あなたは言います。

「小沢氏や小沢支持者の思想を熱心に批判した人物が、市民派から浜岡原発停止など菅首相の脱原発的政策が一定の評価を得るようになると『菅首相の脱原発はまがい物』的な批判がなされる。単に市民派から支持された人物を叩きたい批判のための批判ではないかとも感じてしまう」、と。

しかし、小沢氏批判と菅氏批判をコミにして論じてはいけません。小沢氏批判と菅氏批判はそれぞれ別物です。そして、小沢氏と菅氏の双方とも批判するのは、当たり前のことですが小沢氏も菅氏も批判に値することをしているからです。小沢氏が批判に値するという点についてはとりあえずは上記の証明でこと足りていると思います。菅氏が批判に値するという点については、すでにこれも何度も論じていることですが、たとえば菅氏が「脱原発方針を表明した日の翌日にトルコの首相あての祝電の中で引き続き原発の売り込みに意欲を示」(FNNニュース 2011年7月15日)したりするからです。その脱原発宣言はほんものではない、と批判するのは当然のことです。それぞれの批判には正当な理由があります。「批判のための批判」という批判はまったく当たらないそれこそ「批判のための批判」というほかないでしょう。

それよりもなによりもあなたの根底的な認識不足は民主党政権そのものについての認識です。民主党政権は、政権、政党として「原子力発電を積極的に推進する」「核燃料サイクルは、(略)確固たる国家戦略として、引き続き、着実に推進する」(「エネルギー基本計画」2010年6月18日閣議決定)と明確に原発推進政策を掲げている政権、政党です。さらに2010年の参院選では蓮舫(前内閣府行政刷新担当大臣)、北澤俊美(前防衛大臣)、江田五月(前法務大臣)、輿石東(現民主党参議院議員会長)をはじめとする48人もの民主党議員が東電=電力総連から推薦状をもらって当選している(女性セブン 2011年4月28日号)いわば東電=電力総連丸抱えのヒモつき集団といってもよい政権、政党です。そして、小沢氏も菅氏もその政党のトップ・リーダー(陰にであれ、陽にであれ)なのです。小沢氏だけが批判されて菅氏のみが批判を免れる、またその逆のこともありえないのです。小沢氏も菅氏も批判されてしかるべき政党に所属しているのですから両者とも批判されて当然のことといわなければならないでしょう。その根底のところをあなたは理解されていないようです。

第3。あなたは「小沢支持者批判に合理性があるならば『共産党や社民党などと票の食い合いをして共倒れする』という発想から説明できる」などとして、政党間の競い合い、また対立は本来政策、理念を競いあうカンパニア戦から生じるという政治論のよって立つ基本としてのアイデンティティの問題を等閑視して、もっぱら政党間の競い合い、対立の問題を「票の食い合い」の問題として説明しようとしていますが、これもあなたの政治というものに対する根底的な認識不足が為せる業といわなければならないでしょう。政党は「票の食い合い」を防止しようとして他党批判をするのではありません。批判をしなければならない諸点が他党にあると判断するから他党批判をするのです。これは政党間の当然な理論闘争の問題です。政党は「票の食い合い」を防止するという〈技術〉を争うのではありません。自らがよしとするそれぞれの政党の理念をぶつけ合って有権者にその信を問うのが本来の選挙のあり方です。政治、あるいは選挙は〈技術〉の問題であるかのように回収しては政治は死に瀕してしまうでしょう。いや、民主主義は死に瀕してしまうというべきでしょう。あなたは政治をその〈技術〉の問題として論じようとしているのです。認識を改めていただきたいものだと思います。

第4。あなたはさらに「革新政党からすると民主党や小沢氏は票を奪い合う競合になる」などとしてここでも政治を〈技術〉の問題、また〈合理性〉の問題として論じています。その論の陥穽も上記3に見たとおりです。
先便エントリ、「ある「脱原発」主義者との問答――『原発推進』政党の民主党やみんなの党に投票するという『脱原発』主義者を脱原発主義者といいえるのか?」に下記のようなコメントをいただきました。同記事のコメント欄をみればもちろんその内容はわかるわけですが、まさに「今日的」なアクチュアルな論点にかかわるレスポンスであるように思います。この際、「みんなの党」的なものの問題性をさらに明らめるためにそのいただいたコメントと同コメントへの私の返信をあらたなエントリとして立てておきたいと思います。

先のエントリ記事
■ある「脱原発」主義者との問答――「原発推進」政党の民主党やみんなの党に投票するという「脱原発」主義者を脱原発主義者といいえるのか?

同記事へのコメント
「みんなの党」が支持率を上げていますね。公務員叩きと脱原発の主張が世論の支持を受けているようです。脱原発については東本さんの―「口先で脱原発を言っても日本の原子力技術の外国への供与に賛成するような政党、人の「脱原発」の主張は端的に言って〈うそ〉というほかありません」との指摘をまじめに受け止めるなら、自分の判断を修正せざる得ないのではないかと思います。

ついでに、「みんなの党」のもう一方の主張である公務員叩きについてですが、「みんなの党」にしろあの橋下氏にしろ、公務員は高給取りだから減らせ・減らせと馬鹿の一つ覚えみたいに連呼し、公務員叩きを売りにして、世論の支持を受けのし上がって来ました。彼らの主張は、正規公務員の数そのものを減らしたり、あるいは非正規に代替させるってことです。かつてマスコミで報道されていたような、1人の正規公務員を辞めさせて、その給与でたとえば非正規職員を3人雇い入れるというような話です。

しかし、現在の貧困と格差の問題は、労働分配率を下げたり、銀行の低金利政策を推し進めたり、消費税をさらに上げたりすることなどによって、市民から収奪し、富裕層や巨大資本に資産移転を行おうというのがその本質です。その本質には少しも触れようとせず、市民とワーキングプアを分断することによる市民の総ワーキングプア化をもくろむ。

公務員の数を減らせば市民に対するサービスの低下につながるだろうし、公務員の給与を減らせば、民間の現在の労働分配率はさらに悪化することになる。その悪化した取り分はすべて富裕層や巨大資本に吸収されるというのが、今、起きていることなんだと思います。

同記事のコメントに対する私の返信
同感です。

「公務員叩き」の問題、関連して「みんなの党」、また「護憲派のポピュリズム化」の問題性については辛淑玉さんの論を紹介しながら私もいくつか記事を書いています。 その内の何本かを下記に掲げておきます。よろしければご笑覧ください。

「公務員叩き」問題】
阿久根ブログ市長の「革命」と橋下大阪府知事の「革命」の危険な類似性(2009年6月1日)
東京都知事選は8か月先 「東国原知事、都知事選出馬に意欲」という記事を読んで(2010年9月21日)

【「みんなの党」問題】
私として参院選の結果を読む 底なしに保守化する「大衆」の現状を憂える(2010年7月13日)

【「護憲派のポピュリズム化」問題】
香山リカの非明示的に反原発論者の論を「洗脳」「ドグマ」などと中傷する論理ならぬおためごかしの詐論について(2011年9月9日 )
先の私の「脱原発を掲げた新党結成現象は政治革新の原動力になりうるか? ――私は否定的です。という論に対して「東本さんの定義では、現状のどの党が「革新政党」なのでしょうか?」という軽いカウンター・パンチ(ご本人はおそらくそのつもりだったでしょう)を打ってきたある「脱原発」主義者がいます。以下は、その人との問答の記録です(構成は少し変え、文章も要約しましたが内容はそのままです)。この問答を通じて、はからずもそのある「脱原発」主義者が「脱原発」を言いながらみんなの党の某議員を支持していることがわかりました。

果たして「脱原発」を主張することと「原発推進」政党としてのみんなの党や民主党(の議員)を支持することは両立するのでしょうか? 「脱原発」を主張しながらあれこれの理由をつけて選挙ではみんなの党や民主党を支持する(小沢氏を支持することも菅氏を支持することも当然含みます)という人は想像以上に多い、というのが残念ながらの私の実感です。こうした「われわれ」の側の現実の矛盾、理念の矛盾。思想の矛盾。その根もとのところをまずかえなければ「脱原発」は絶対に実現しない。「原発推進」政党を支持するという彼ら、彼女たちの「脱原発」の主張(それも強硬な)とはいったいなんなのか。と、その彼ら、彼女たちの思想と理念の矛盾の甚だしきに歯噛みし、憤りを隠せないのですが、一方でこれがこの国の〈市民〉の民主主義感覚、民意というものの限界というべきなのか、という悲観と諦念の思いもあります。

しかし、そうではないだろう。政治を変えることでしか実際には脱原発を実現する手立てはありえない。そうではありませんか? と、改めて問いかけたい思いで下記の問答をまとめました。

【私】 革新・リベラルの側からの脱原発を掲げた新党結成現象(「緑の党」や「緑の日本」の新党構想を含む)は政治革新の原動力になりうるでしょうか? ――私は否定的です。

【ある「脱原発」主義者】 「革新政党間の選挙協力 」ということですが、東本さんの定義では、現状のどの党が「革新政党」なのでしょうか?

【私】 現有の国会議員を有している勢力として考えられるのは共産党と社民党が一応の革新政党だと思っています。「脱原発」を明確に言っているのもこの2党だけというのが私の評価です。民主党は政党としては「原発推進」政党というべきであり、その点でも革新政党とはいえない、というのが私の判断です。この私の判断をもちろん人さまに強制することはできませんが、私は民主党は断じて革新政党とはいえないことを強く訴えていくつもりです。そうしなければならない、と考えています。

【ある「脱原発」主義者】 つまり、東本さんは、「民主党に属している議員個人はすべて、原発推進派とみなす」 ということでしょうか。 政党というのは普通、シングルイシューではありません。自民党にも公明党にも、原発推進政策に批判的な議員はいるでしょう。「政党単位」の東本さんの論理に疑問を感じるワケです。いま、一般国民の最大のイシューは「原発」【放射能」への不安でしょう。ほかの多くの政治課題では意見がまとまらなくても、原発反対のシングルイシューなら、大同団結出来るかもしれない。そのチャンスでしょう。いまは、原発反対/廃絶のために、ほかのことは目をつぶるべし、私はそう思います。

【私】 では、「民主党に属している議員個人」の中で「原発推進派」でない人、すなわち「脱原発派」の人がいるというのであれば具体的にその議員名をあげてみていただけますか? あなたは何度も民主党の菅直人前首相を「脱原発派」の人のように言っていますが、そうでないことは私も何度も論証しています。その菅直人前首相を含めて一部の人から民主党「脱原発派」と称揚されている人が実はそうではないことも上記でも論証していますので再掲しておきます。あなたは「いまは、原発反対/廃絶のために、ほかのことは目をつぶるべし、私はそう思います」とおっしゃいますが(私はそうは思いませんが論点を拡散させないためにこれ以上のことはここでは述べないことにします)、その「原発反対/廃絶」なら「原発反対/廃絶」をシングルイシューとして明確にしている民主党議員とはどういう人のことを言っているのでしょう? 私はとんとそういう民主党議員に心当たりはありませんのでご教示いただければ幸いです。しかし、そうではないことを反証して見せます。

【ある「脱原発」主義者】 「原発推進政策に批判的」かどうか、政治家それぞれについての判断は有権者個人の問題です。自分の選挙区にいないひとについて云々しても仕方ありません。私の場合は、「みんなの党」の浅尾慶一郎がいます。防衛問題については、まったく見解が違います。しかし、原発反対については「みんなの党」は明確です。いや、そうではない、とあなたが「反証」してもそんなことは私の判断に影響しません。


【私】 みんなの党は先の2010年参議院選挙時の同党のマニフェストでは原子力、原発政策については特に明確な言及はありませんでした。が、3・11以後の昨年の3月31日にあった「日本からヨルダンに原子力技術を供与するための原子力平和利用協定締結承認案件」の国会での投票においては全員賛成票を投じました。参院での投票結果はこちらで見ることができます。むろん衆院でも全員賛成票を投じました。この中にはあなたのいう浅尾慶一郎氏も含まれています。

関連記事:
ヨルダンとの原子力協定案を可決 原発事故後初の国際協定」(共同通信 2011/03/31 )

参院は31日夕の本会議で、日本からヨルダンに原子力技術を供与するための原子力平和利用協定締結承認案件を、与党などの賛成多数で可決した。協定は参院先議。衆院でも近く可決、承認される。東京電力福島第1原発事故発生後、初の原子力協定承認となる。/政府、与党は韓国、ベトナム、ロシアとの協定の早期承認も目指している。/原子力協定は、日本企業が原発関連機材、核物質、原子力技術を他国に供与、移転する際の法的根拠。今回の協定案は、日本とヨルダン双方の原子力利用を平和目的に限定することなどを明記した。/ヨルダンでは三菱重工業とフランスのアレバの企業連合がロシア、カナダ勢と受注を競っている。ヨルダン側の判断に、福島原発事故が影響する可能性もある。

口先で脱原発を言っても日本の原子力技術の外国への供与に賛成するような政党、人の「脱原発」の主張は端的に言って〈うそ〉というほかありません()。ちなみに浅尾慶一郎氏は「電力の発送電分離と自由化」について肯定的な見解を語ったことがあり、そのことについてあなたは「脱原発」政策の一環として大変評価されていたことがありましたが、「電力の発送電分離と自由化」と「脱原発」の主張が直接リンクするわけではないことは上記の弊論でも再度指摘し、論証しておきました。

注:京都在住の在野の科学研究者の諸留能興さんはこの問題について次のように問題点を指摘しています。

「今回のこの「ストレステストにに係る意見聴取会」と、その下敷きになっている「ストレステスト」の問題点は、再三、お知らせしてきていますが、再度、その問題点を箇条書きに列挙し、全国の皆様、一般市民に、その重大性と問題点を、改めて明確に指摘し、注意を喚起しておきます。(中略)

(問題点その17)
この「ストレステスト」のお墨付で原発再稼働させ、ベトナムやヨルダンなど、諸外国に日本の原子炉の売込みを図る日本政府の行為は、暴走事故を起こした欠陥自動車を外国に売り込むようなもの。ヨルダンの人口の半分(70%)以上はパレスチナ人。我が国の原子炉は元来原子力潜水艦搭載用の軽水炉型原子炉であり海水など多量の冷却水を前提とする設計である。/海洋も無く、飲料や産業用水にも事欠く内陸部のヨルダンで、軽水炉型の原発を運転することは非常に無理があり危険。原発事故での大量冷却水の確保も非常に困難となる。イスラエルによる抑圧に加え、更に放射能汚染の恐怖という苦痛を更に加えることは到底許されない」CML 2012年1月19日)。

あなたは「いや、そうではない、とあなたが『反証』してもそんなことは私の判断に影響しません」などとおっしゃいますが、まったく非論理的な精神というほかありません。「過ちては則ち改むるに憚ること勿れ」(「論語」学而)とは昔からの論理と倫理の基本です。また、あなたが日頃言っていることとも違います。またあなたは「自分の選挙区にいないひとについて云々しても仕方ありません」などともおっしゃいますが、私たちはいま「国政」を論じているのです。「自分の選挙区」以外のことは「云々しても仕方」ないという論理は、自民党型のこれまでの利益誘導型政治とたやすく結びつきやすい脆弱な性質を持つ論理であるとは以前から指摘され、指摘され尽くしていることです。

【ある「脱原発」主義者】 噛み合わないからもうやめましょうね。
青柳行信さんの「原発とめよう!九電本店前ひろば」のご報告中の清水さん(グルントヴィ協会)のご情報にはしばしば啓発されます。

「(脱原発世界会議の)意義は大いにあると思いますが、海外ゲストはピースボート系のネットワークのようで、もう少し適切な人を呼ぶべきではなかったかという気もします」(清水さん/グルントヴィ協会)。

はじめて私と同様の懸念を持っている人の発言を聞いたような気がします。

ピースボート系だから悪い、と言いたいのではありません。私の感じている違和は、清水さんの指摘される海外ゲストの人選にも表れているようなピースボート系のネットワークの範囲を超えない広がりのすぼみといってよいもの。また、ある種の政策的、視点的狭窄性といってよいもの。

もう少し具体的にいえば、私はCML 005135(2010年7月30日付)で「 辻元清美の社民党離党 社民党的なものの見方の限界と愚かしさについて」という辻元清美氏に対する私の見方を述べたことがありますが、そこで述べた有名人志向(大物ジャーナリストや大物財界人をターゲットにする)の辻元的な「ピースボート」事業の展開のしかたへの懸念。その懸念と似た懸念をいまのピースボート系の事業の展開のしかたにも感じるのです。それが私のいう「広がりのすぼみ」「政策的、視点的狭窄性」ということです。

その「広がりのすぼみ」「政策的、視点的狭窄性」が清水さんの指摘する今回の海外ゲストの不適切な人選という形になって現れているのではないか。

上記が今回の脱原発世界会議に対する私の一面の見方です(もちろん、全面的評価ということではありません)。

脱原発世界会議も昨日で終了しましたので、私もひとこと今後の課題として発言してみることにしました。

追記(1月23日):

本エントリ記事中の私の辻元清美氏とピースボートの評価に関連して埼玉の小田博子さんが「★原発とめよう!九電本店前ひろば★」第277日目報告の中でご自身の辻元清美体験とピースボート体験を述べて結果として私の辻元清美氏評価とピースボート評価をフォローしてくださっています。その論(感想)を追記として掲げさせていただこうとと思います。

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埼玉の小田博子さんから:

寒い中、ひろばの運営、ほんとうに大変だと思います。

保安院の動きなど、だんだんなりふり構っていられなくなった感じです。

このなかで、脱原発世界会議の成功は、喜ぶべきことだと思います。

ただし、東本高志@大分 さんの、辻元清美氏への評価と、ピースボートへの評価は、私も多くの点で同意します。私は辻元さんがまだ大学生だったころ、小田実さんらが企画した「平和の船」で、彼女と一緒に中国や北朝鮮を回り、船で同室だった彼女にリクルート(?)されて、一時期ピースボートの運営を手伝ったことがあります。その間、彼女をかなり身近で見て、私も東本さんと同じ印象を持ちました。

私はそのころから、辻元さんは(権力志向のあるなしの点で)藤田祐幸さんや広瀬隆さん(引用者注:同氏の評価は小田さんとは少し違うように思います)と違うタイプだと思っていました。

かといって、私自身、今度の脱原発世界会議の成功は喜ぶべきことだという評価に変わりはありませんし、そこから有意義な動きが生まれる可能性もたくさんあると思います。

ただ、母体であるピースボートの活動の性格からいって、この会議が、今後ずっと、脱原発運動の母体としての役割が担えるとは思えません。あくまで、さまざまな脱原発運動の一つであり、その成功は喜ぶべきということだと思います。

私は、ピースボートは、権力との決定的な対決を避けるという点で、駄目だなあと思います。

広瀬隆さんと一緒に東電を検察庁に告発した明石昇二郎さんも、25年くらい前に、一時ピースボートに出入りしていて(私も何度か会ったことがあります)、主催者の吉岡達也さんとも知っている間柄のはずですが、私の記憶が正しければ、今度の会議には参加していないと思います。ピースボートは人脈が狭いというよりも、危険や衝突がないように選択しているということだと思います。

国や東電の責任に言及しないで、「原発を続けるかどうか」の判断を下せるはずがないです。

私自身は、ピースボートのような活動よりも、ひろばのような、小さくても粘り強く、自分の利害を捨てて、相手に向かって一心に呼び掛ける活動のほうが、派手な活動よりも結局、結果を残せる可能性が高いと思います。「脱原発」は、一回、大きな花火を打ち上げればいいというものではないからです。

そういう活動の真価を認め、一緒にやっていこうと言う方のほうが(たとえば小出先生のような)、権力志向の政治家よりずっと重要です。

権力志向がある人は助平心(?)を付かれて、結局は権力側にからめ捕られてしまうと思います。
この1月14日に文化人類学者、宗教学者として有名な中沢新一氏が横浜市で開催された「脱原発世界会議 2012 YOKOHAMA」のトークライブ(歌手の加藤登紀子さんなど出演)で新政党「緑の日本」を設立することを発表、というニュースが流れました。2か月前の昨年の11月20日には日本版「緑の党」結党に向けた呼びかけ集会も東京で開かれています。いま、脱原発を掲げた新党結成ブームという感があります。


しかし、この革新・リベラルの側の新党結成ブームは、脱原発という喫緊の政治課題と政治革新にとってどのような是の現象をもたらしうるというのか。あるいは負の現象をもたらしうるというのか。私はどちらかというとこの現象には否定的です。


公開型メーリングリストのCML(市民のML)にこの新党結成ブームを肯定的にとらえた投稿がありました。以下は、その肯定的投稿に対する私の疑問と反問です。


もちろん私には「結社の自由」(憲法第21条)という自由権の行使に異を唱えるつもりはさらさらないのですが、中沢新一という人の人物評価に関わりなく、革新・リベラルの側からのあらたな新党構想(「緑の党」も「緑の日本」も含みます)には先に紅林進さんが危惧を表明されていた意味での危惧を私も感じます


紅林さんは次のようにその危惧を表明されていました。

ドイツの脱原発において「緑の党」が果たした役割が大きいと思いますし、日本においてもそのような環境政党も必要かも知れませんが、日本の現実の政治状況において、それをどのように持ち込むかについては、期待することもある反面、私自身は大きな懸念も持っています。/日本で「緑の党」を作るのはよいとしても、私はそれによって選挙で共産党や社民党などと票の食い合いをして共倒れすることを心配しています。もし作るとすれば革新政党間の選挙協力が絶対不可欠です。とりわけ小選挙区においては尚更そうです。比例区においても政策的に近いと思われる社民党などは現実に消滅の危機を迎えると思います。


革新・リベラルの新党構想の背景には共産党や社民党を含む既成政党批判があると思いますし、その批判の半分は十分に根拠のあるものだとも思っています(ここで「半分」と言っているのは、その既成政党批判の中には「論理」というよりも「反感」。その「主観」感情を基にした論理以前の問題としての根強い「反共意識」も多々含まれているように見受けられるからです)。


しかし、「既成」ということは、「すでに試されずみ」ということでもあります。すなわち、「試されずみ」というある種安定感のある評価はできるのです。たとえば「脱原発」の主張はほんものかどうか、などなどという。その点、新党には「試されずみ」という安定感はありません。逆に言えば、実際にはどこに突き進むのかわからない、という不安定感がつきまとうということです。つい最近にも革新無所属として出馬し当選した川田龍平氏が保守政党としてのみんなの党に鞍替えしたという〈事件〉もありました。


また、当たり前のことですが、新党も一端立ち上げられてしまうともはや「既成」になるという事実も忘れてはならないことのように思います。既成政党批判はやがて(というより近い将来)自らが立ち上げた政党を自らが批判しなければならなくなる諸刃の剣にもなりえるのです。


ともあれ紅林氏も指摘されるように、日本の現実の政治状況においては、革新・リベラルの側からのあらたな新党構想は革新・リベラル同士の「票の食い合い」「共倒れ」に終わる結果になることは必至であるように私には思われます。


紅林さんもおっしゃるように、日本の現実の政治状況においては、私は、「革新政党間の選挙協力」を模索することこそ革新・リベラルの重要な課題とするべきことだろうと思います。
東京都教育委員会から不当な停職・減給処分、訓告処分、非常勤教員不合格処分を受けた3人の教師たち(根津公子さん、佐藤美和子さん、土肥信雄さん)の「独り毅然」として闘う姿を描いた話題のドキュメンタリー映画『"私"を生きる』(監督・撮影・編集/土井敏邦)の上映が1月14日から東京のオーディトリウム渋谷ではじまりました。これから全国各地でも逐次上映されていくものと思います。

このドキュメンタリー映画は『"私"を生きる』制作実行委員会の名で制作されたもので、その実行委員会とは違いますが『土肥元校長の裁判を支援する会』の賛同人には下記の注に見るような多くの学者、文化人が綺羅、星のごとく名を連ねています(下記の東京都の「元」高校教員のTさんの指摘をご参照ください。Tさんは「私たちが事実を発言したとき、会場には驚きと困惑の空気が流れました」という事実を報告されています。すなわち、綺羅、星のごとく名を連ねている学者、文化人諸氏は下記で増田さんが指摘されている事実を知らないまま賛同している? という大いなる疑問が生じます)。まさに満を持しての上映開始ということになります。

しかし、このドキュメンタリー映画『"私"を生きる』(監督・撮影・編集/土井敏邦)をこちらも満を持して批判する人がいます。やはり東京都教育委員会から不当な分限免職処分を受けた「元」(不当な処分ですのでその処分を認めないという意味をこめて「元」としています)中学校教員の増田都子さんです。

増田さんのドキュメンタリー映画『"私"を生きる』(監督・撮影・編集/土井敏邦)批判は次のようなものです。少し長いですが全文引用します。

この映画のキャッチコピーは、「『教育の統制』の巨大な流れに独り毅然と抗い、“教育現場での自由と民主主義”を守るため、弾圧と闘いながら、“私”を貫く教師たち」『日本社会の“右傾化”“戦前への回帰”に抵抗し、“自分が自分であり続ける”ために、凛として闘う、3人の教師たち』です。

しかし、上記した土肥元校長の『教育現場での』行動・実践、主張は、このキャッチコピーに反しているのではないでしょうか? 他のお二人、根津公子さん・佐藤美和子さんを描いた部分と違い、土肥元校長の部分はフィクション・ストーリーになっていませんか?

都教委の指示命令に抗うことなく従い「都教委との共犯者であったこと」を誇り、「都教委の指示命令を法令として遵守することは私のポリシー」と正当化している人物を「『教育の統制』の巨大な流れに独り毅然と抗い、“教育現場での自由と民主主義”を守るため、弾圧と闘いながら、“私”を貫く教師」、都教委と「凛として闘う教師」として映し出すのは、ブラック・ジョークではないでしょうか?

私は、この「ドキュメンタリー」映画の「完成前の最後の編集のために率直な意見を聞きたい」という土井敏那さんの意向を受けて開かれた明大での会議に出ました。そして、土肥元校長についての上記真実を伝え、「こういう描き方をすることは間違っているから、土肥部分はカットすべきだ」と率直に意見を述べました。

その時、土井さんは、かなり、感情的に言われました。

「そんなら、増田さんは、土肥さんにそれを確認したらいいじゃありませんか?」

私は「はぁ~~?」でした・・・大いにズレているこの回答・・・まるで都教委の小官僚サンみたいじゃないですか?(笑)

そこで、私は言いました。

「私は、確認しているから、もう確認の必要はないんですよ。確認するのは、あなたの仕事でしょう? 土肥さんに、私が言ったことが事実かどうか、確認するのは、あなたの責任です。

根津さん・佐藤さんは『民主主義に反し、間違っているから反対だ』と思うことは『できない』と表明し、その反対の心を真っ直ぐに実行・実践(行為)している人たちです。

でも、土肥さんは、彼女らとは正反対ですよ。『民主主義に反し、間違っているから反対だ』と言ってることとは正反対に、『民主主義に反し、間違っている』と言っていることを実行・実践しているんです。しかも、『法を守るのは当然』と正当化し、それを誇っています。どうして、根津さん・佐藤さんと同列に描けるんですか?」

しかし、土井敏那監督は聞く耳を持ちませんでした。なぜでしょうか?

ところで、上記のような意見を持っている人は増田さんばかりではありません。東京都の「元」高校教員のTさんも次のような<映画「私を生きる」私見>を述べています。

映画「私を生きる」について皆さんはどうお考えですか。

土肥校長が、10.23による職務命令を出し、したがわなかった教師を事故報告書提出により都教委に処分させたことをご存じですか。私はこれを解雇裁判の証人として出廷した土肥校長が証言しているのを直接聞いて知りました。

土肥校長は、職員会議採決禁止に反対し、「都教委に抵抗したたった一人の校長」としてもてはやされ、有名になっていましたが、どの報道にも「日の君」で教員を弾圧したことは省いて(?)あり、知らない人がほとんどでしょう。

この映画の;監督土井氏もそれを知らず、映画を企画し完成させました。私も増田さんと共にこの映画の試写を見ました。私たちが事実を発言したとき、会場には驚きと困惑の空気が流れました。私は土井監督による修正を期待したのですが無駄でした。


そのほかにも同様の意見を持っている人を私は数人知っています(私が直接知っている人は数人、という意味です。実際にはさらに多くの人が増田さんと同様の意見を持っている、と見てよいのだと思います)。そして、実は、私も増田さんとほぼ同様の意見を持っています。

根津公子さんや佐藤美和子さんも出演されていますから評価は難しいのですが、前提無条件に映画『"私"を生きる(監督・撮影・編集/土井敏邦)』を評価するわけにはいかないだろう、と私は思っています。

注:『土肥元校長の裁判を支援する会』賛同人
*上記で増田さんやTさんが指摘している事実を知らないまま賛同人になっていると思われる学者、文化人諸氏ということでもあろうと思います(下記の補足参照)。

藤田英典(立教大学文学部教授)、池田香代子(翻訳家)、小玉美意子(武蔵大学教授)、浪本勝年 (立正大学教授)、広田照幸(日本大学教授)、成嶋隆(新潟大学教授)、本田由紀(東京大学大学院教授)、天木直人(元駐レバノン特命全権大使、外交評論家)、高橋一行(明治大学教授)、上野千鶴子(東京大学大学院)、上原公子(前国立市長)、奥地圭子(東京シューレ理事長、東京シューレ葛飾中学校校長)、安藤聡彦(埼玉大学教員)、川上隆志(専修大学教授)、武田康弘(白樺教育館館長、哲学者)、堀尾輝久(東京大学名誉教授)、伊藤真(伊藤塾塾長・弁護士)、高嶋伸欣(琉球大学名誉教授)、最首悟(予備校講師)、尾木直樹(教育評論家、法政大学教授)、醍醐聡(東京大学名誉教授)、井出孫六(作家)、石坂啓(漫画家)、勝野正章(東京大学准教授)、西原博史(早稲田大学教授)、藤原智子(記録映画作家)、岩本陽児(和光大学教員)、喜多明人(早稲田大学教授)、佐貫浩(法政大学教授)、荒牧重人(山梨学院大学教授)、青木悦(教育ジャーナリスト)、高橋哲也(東京大学教授)、毛利子来(小児科医)、佐高信(評論家)、山本由美(和光大教授)、小森陽一(東京大学教授)、児美川孝一郎(法政大学教授)、平尾喜昭 (ZIN-SILボーカル、慶應義塾大学 3年生)、土井敏邦(ジャーナリスト)、斉藤貴男(ジャーナリスト)

補足
先の2012年1月16日にあった君が代斉唱時の不起立等を理由とした懲戒処分取消等請求訴訟における最高裁の分断判決(河原井純子さんの停職処分の取り消しと根津公子さんの停職処分の容認)について東京「日の丸・君が代」処分取消訴訟(一次訴訟)原告団・弁護団は声明を、日弁連と東京弁護士会はそれぞれ会長声明を発表していますが、そのどの声明も同分断判決について一応の批判をしているものの、その分断の肝心の中身の「根津さんへの嫌悪感に満ちた判決文。秩序を乱す人間については許さないという内容で、教育現場に息苦しい重圧をもたらすもの」(岩井信弁護士)と少なくない法曹関係者や教育関係者から危惧視されている今回の判決の最大の問題点については完全に沈黙し、「東京都の教育行政の暴走に歯止めをかけた」「一定の歯止め」「前進」「勝利」と同判決を全体として肯定的に評価しています。

しかし、このような判決では、分限事由を援用して、ある教員を国家=教育行政が「学校の規律と秩序を破壊する」と認定すれば容易に免職できるということになってしまいます。こういう教員については「一定の歯止め」がかかった判決には決してなりえない、といわなければならないのです。問題は、傍観者、あるいは批評家気取りのマスメディアではなく、「日の丸・君が代」の強制に反対し闘ってきた団体や弁護士団体が上記のような本質から遠く離れた判決評価しかできないというところにあります。今回の最高裁の分断判決は、その分断によって国家=裁判所がこの闘いの幕引きを図ったところにその最大の特徴と本質があります。上記のような民主諸団体の判決評価では国家ぐるみのこの策謀にまんまと乗ってしまうということにしかならないだろう、と私は思います。

問題の本質を理解しない支援運動という点では、私は、今回の民主諸団体の最高裁分断判決評価と土肥元校長の裁判支援運動(ドキュメンタリー映画『"私"を生きる』(監督・撮影・編集/土井敏邦)上映運動を含む)とは共通するところが少なくないように思っています(2月14日)。
先の小沢公判(2011年12月15日)の証人尋問で小沢一郎氏元秘書の石川知裕衆議院議員の取り調べを担当した田代政弘という東京地検特捜部検事(当時)が同議員が実際には供述していない内容を捜査報告書に書いていたことが明らかになりましたが、この捜査報告書の虚偽記載という検察(検事)の犯罪を受けてネット上ではいつもの「小沢一郎センセ」礼賛グループのメンバーを中心に再び小沢冤罪論が賑々しく騒がれています。

その一例がこちらのような「論」でしょう。この「論」ではその捜査報告書を検察審査会に証拠として提出したのかどうかを裁判所が検察に回答するよう求める方針を決めたことをもって小沢冤罪の証明であるかのように「論」じているわけですが、相変わらずの誤解、無知、勘違いによる「論」の繰り返しでしかありません。

以下
は、その「誤解、無知、勘違い」の論者へのサジェスチョンです(聴く耳はお持ちでないでしょうが)。

小沢一郎氏元秘書の石川知裕衆議院議員の取り調べを担当した検事が実際には供述していない内容を捜査報告書に書いていたことが先の小沢公判で明らかになりましたが、その捜査報告書を検察審査会に証拠として提出したのかどうか裁判所が検察に回答するよう求める方針を決めたことは裁判の公正を担保するためにも当然のことだと思います。

しかし、検事がうその内容を含む捜査報告書を書き、そのうそ捜査報告書を検察審査会に証拠として提出していたからといって、そのうその内容を含む捜査報告書の検察審査会への提出=小沢氏冤罪となるわけではありません。

すでにこちらでも述べていることですが(憲法研究者の上脇博之氏の論の引用)、小沢氏が強制起訴されるのには強制起訴されるに足る数々の事実が存在します。

すなわち、

(1)「西松建設」自身が自社のHPでOBらでダミーの政治団体をつくる等してその「政治団体からの献金を装って政治家個人の政治団体等に献金することを画策した」ことや同社が「一部の社員に対して特別賞与の名目で金銭を交付し、その代わりに当該社員から年に2回、政治団体への寄附をさせていた」ことを明確に認めているという証拠があること

(2)小沢氏側と二階氏側にそれぞれ他人名義で寄付をした西松建設の前社長は、有罪の判決が下され、それを受けた二階氏の秘書は他人名義での寄付を受けたとして有罪になっているという明白な事実も存在すること(すなわち、証拠もあること)

(3)両政治団体の献金は全て西松建設が決定し、同社代表取締役社長(前掲の前社長)らの指示・了承の下、同社総務部長兼経営企画部長らが同社のOBで新政研の名目上の代表者に指示して献金の振込手続きを行わせていた、という証拠があること

(4)小沢事務所の秘書らは2つの政治団体の寄付を西松建設からの寄付であるとして取り扱っていたという証拠もあること


などなどです。

上記の事実に小沢氏が何らかの形で関わっていたという合理的な疑いが常識的に見てあるのです。だから、強制起訴されるまでに至った。ということを抜きにして、うその内容を含む捜査報告書の検察審査会への提出=小沢氏冤罪、とすることはできません。

弁護士の坂口徳雄氏が「陸山会事件のネットにおけるガセネタの検討と題して面白いことを書いています。

「このようなガセネタがネットではびこる条件がどのような場合にあるのか思いつくままに指摘したい」と述べた上で、その「条件3『自分が信じたい情報』である」に次のように書いています。

最初に「意図的」にガセネタを発する人は別として、その情報を調べもせず、盲信し「誤解、無知、勘違い」のもとで間違った情報を発信する人達は情報が混乱しているときにはどうしても『自分が信じたい情報』をつい信じてしまうという心理が働く。/今回の事件にあてはめれば、小沢フアンは当然として、小沢は好きでなくても、モトモト特捜部の権力的な捜査などに批判的な人達はつい検察は間違っているという固い信念があり、つい『自分が信じたい情報』に傾く傾向に陥りやすい。小沢フアンでない人や、検察批判を持たない人達はおよそ信用しない。小沢フアンであっても慎重に物事を検討する人達も賛同しない。

ただし、上記のコメントには「検察批判を持つ人達であっても慎重に物事を検討する人達も賛同しない」というフレーズもつけ足しておきたい気がします。
先のエントリ(2012年1月9日付)で私が引用したいくつかの新聞報道に記載されている「事象」について、米国オレゴン州在住の民間の女性学研究者で活動家(非営利団体インターセックス・イニシアティヴ 代表)の小山エミさんからあるメーリングリストを通じて「これらの事象を運動内部の『矛盾と対立』の結果(すなわち『占拠』運動が生み出したもの)として扱うのは、『占拠』運動を否定するために各自治体が持ち出した論理ですが、根本的に間違っていると思います」という反論のコメントをいただきました。


小山エミさんのその反論のコメントはこちら(真中当たりより下段)で読むことができます。下記で述べるように小山さんは先の私の論を誤読しているのですが、それはそれとしてフェミニズムやホームレス問題を含む現在の米国の諸事情に詳しい小山さんの論は<occupy>問題を考える上でもとても参考になります。ぜひご参考になさってください。


さて、下記は、その小山さんのコメントに対する私の応答です。


先のエントリで問題提起した私の意図を誤解されるのは残念ですので、その補論としてアップしておきたいと思います。

 
小山さん、コメントありがとうございます。


私が引用した新聞記事中にある「事象」を「運動内部の『矛盾と対立』の結果(すなわち『占拠』運動が生み出したもの)として扱うのは、『占拠』運動を否定するために各自治体が持ち出した論理ですが、根本的に間違っている」というご指摘は、私も同記事及び関連記事を読んだときからそのように感じていましたし、異議はありません。


しかし、私は、同事象を「運動内部の『矛盾と対立』の結果(すなわち『占拠』運動が生み出したもの)として扱」っているわけではありません。


その点は小山さんの読み誤りです。


私は先の便で「occupy現象の中にある下記のような事態は私にはその内包する『矛盾と対立』のひとつののっぴきならないあらわれのように見えます」と書きましたが、同文中の「その内包する『矛盾と対立』」とは「99%に含まれる人びとの内部に存在する政治・社会上の矛盾と対立」のことです。「矛盾と対立の<結果>すなわち『占拠』運動が<生み出したもの>)」とは書いていません(<>内は強調)。


「99%に含まれる人びとの内部に存在する政治・社会上の矛盾と対立」の一端、すなわち小山さんが指摘されている「自殺をするほど追い詰められている人や、精神的に不安定な人、麻薬やアルコールに溺れて問題を起こす人、オーバードースを起こす人」たち、必ずしもそうではない人たち(その他のさまざまな困難を抱えている人たち)の間に<もともと伏在>していた「政治・社会上の矛盾と対立」が「占拠」運動で可視化されている、という意味で、新聞記事に出てくる事象を注意深く読み込む必要があるのではないか、と注意を喚起したということです。


各自治体が持ち出している論理を肯定しているのではありません。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 
評論家の太田昌国氏が<occupy>という言葉と<occupy>という現象について考察した論攷を発表しています。

領土問題を考えるための世界史的文脈(「状況20~21」2011年12月27日、『月刊社会民主』2012年1月号掲載)

その論攷で太田氏は「occupyという語に対する違和感」について述べているのですが(「この運動の基本的な精神には共感をもちつつも」ということを前提にしつつ)、私の違和感、また問題意識とも重なるところもあって大変参考になりました。

「occupyという語に対する違和感」については太田氏とほぼ同様の感覚を私も共有するのですが、それとはまた別のデジャヴュ(既視感)のような感覚も私の中にはあります。

私の中でそのデジャヴュのように立ち現れる光景は、比喩的な意味での1960年代の終わりの「全共闘」という祝祭の光景です。その祝祭はある日を境にして燎原の火のように全国の大学へ広がりました。その祝祭の主人公であった学生たちはバリケードやゲバ棒や火炎瓶などを使用して鎮圧しようとする大学・警察権力に立ち向かいましたが、その祝祭も1、2年後には収束し、この祝祭を通じて結果として露わになったのは内ゲバによる多くの死者とあさま山荘事件に象徴される一連の連合赤軍事件と呼ばれる惨禍でした。この後、急進的な学生運動は急激に支持を失い、のみならずふつうの学生運動そのものも急激な下降カーブを描いていきました。

なぜこのようなことになったのか。

いろいろな分析は可能でしょうが、ひとことでいって運動そのものがムード以上のものになりえていなかったことが大きいだろうと私は思っています。たしかに一部の(急進的な)学生たちには「大学解体」、「自己否定」などというのっぴきならない理念はあったのでしょうが、多くの学生たちはいわば祝祭の周縁部にいてファッション(流行)として、あるいは時代の波に押し流されるようにして「全共闘」という祝祭に参加しただけというのが実相だったでしょう。人々の群れが一点に凝集することのできる理念は存在しなかったのです。

ひるがえって<occupy>現象はどうか? この現象もファッション(流行)の側面が大きいように私には見えます。太田氏は「われわれは99%だ」という主張は訴求力の強い主張だと評価していますが、私は訴求力は強くてもその訴求力は人によってバラバラなような気がしています。太田氏のいう「99%に含まれる人びとの内部に存在する政治・社会上の矛盾と対立を覆い隠してしまう」という意味でのバラバラという意味です。

<occupy>現象の中にある下記のような事態は私にはその内包する「矛盾と対立」のひとつののっぴきならないあらわれのように見えます。

群衆に発砲、1人死亡 米加州の格差抗議「占拠」公園付近(産経新聞 2011/11/11)
デモ参加者らの死亡相次ぐ=けんかや自殺など全米各地で(時事通信 2011/11/12)
米「占拠デモ」参加者、銃で頭撃ち死亡(産経新聞 2011/11/12)

<occupy>運動の基本的な精神に私も共感を持ちながらも、しかし、<occupy>現象を単純に称揚するのにはためらいを感じざるをえないのです。

以下、太田昌国氏の<occupy>という言葉とその現象についての考察です。ここでは「一 occupy という言葉に心が騒ぐ」の章のみを掲げておきます。全文は上記サイトをご参照ください。

一 occupy という言葉に心が騒ぐ

「格差NO」のスローガンを掲げて、ニューヨークで「ウォール街を占拠せよ!」という運動が始まったことが報道された時、私は、この運動の基本的な精神には共感をもちつつも、手放したくはない小さなこだわりをもった。「占拠」を意味するoccupy という語に対する違和感である。米国の歴史は、「建国」後たかだか二百数十年しか経っていないが、それは異民族の土地を次々と「占領」(occupy)することで成り立ってきた。この度重なる占領→征服→支配という一連の行為によって獲得されたのが、現在でこそ漸次低減しつつあるとはいえ、世界でも抜きん出た米国の政治・経済・軍事・文化上の影響力である。これが、世界の平和や国家および民族相互間に対等・平等な関係が樹立されることを破壊していると考えている私にとって、それが誰の口から発せられようとoccupyやoccupation という語は、心穏やかに聞くことのできない言葉なのである。

同時に、1%の富裕層に対して「われわれは99%だ」と叫ぶ、訴求力の強い、簡潔明瞭なスローガンに対しても、その表現力に感心しつつも、留保したい問題を感じた。99%という数字は、米国のこのような侵略史を(現代でいえば、アフガニスタンやイラクの軍事占領を)積極的に肯定しそれに加担している人びとをも加算しないと、あり得ないからである。問題を経済格差に焦点化して提起する、新自由主義が席捲している時代のわかりやすくはあるこのスローガンは、99%に含まれる人びとの内部に存在する政治・社会上の矛盾と対立を覆い隠してしまう。

これは、国家主義的な、したがって排外主義的な歴史観が多くの人びとを呪縛している社会にあって、私たちがどんな歴史的な想像力をもちうるか、この歴史観を変革するためにどんな努力をなしうるか、という問題に繋がっていく。焦眉の問題として「1%対99%」という問題提起の有効性を認めるとしても、99%の中身を分析する視点は持ち続けるという意思表示である。そんなことを思いながら、米国のみならず世界各地の「オッキュパイ運動」を注視していたところ、米国内部からの次のような発言に出会った。

「アメリカ合衆国はすでにして占領地である。ここは先住民族の土地なのだ。しかも、その占領は、もう長いこと続いている。もうひとつ言わなければならないことは、ニューヨーク市はイロコイ民族の土地であり、他の多くの最初からの民族の土地だということだ。どこかでそのことに言及されることを、私たちは待ち望んでいる」(ジェシカ・イェー「ウォール街を占拠せよ――植民地主義のゲームと左翼」、ウェブマガジン“rabble.ca”10月1日号)。

ウォール街で起ち上がっている人びとが「国家と大資本」を批判するのはいいし賛成だが、その視点だけでは、植民地支配に関わってのみずからの「共犯性と責任」をどこかに置き忘れているのではないか――ジェシカが問うているのは、そのことだろうか。

ところで、ジェシカ・イェーが言う「もう長いこと」とは、どんな時間幅だろうか? 米国の場合は、先に触れたように、1776年の「独立」以来の二百数十年となろう。あるいは、メキシコに仕掛けた戦争に勝利した米国が、メキシコから広大な領土を奪った段階(1848年)で、ほぼ現在の版図に近い米国領土が確定したことに注目するなら、「もう長いこと」とは、およそ1世紀半の時間幅となる。

問題を世界的な規模のものと考えるなら、「占領」という概念や「先住民族」という捉え方は、植民地主義支配に必然的に随伴することがらである。現代にまで決定的な影響を及ぼすことになった植民地支配の起源を、15世紀末、1492年のコロンブス大航海とアメリカ大陸への到達に求めることは、ほぼ定着した歴史観になっていると言えよう。したがって、世界的な規模では、500年以上の射程で捉えるべきことがらであることがわかる。
政治学者の浅井基文さんがご自身のホームページの今年最初のコラム記事として『丸山眞男手帖』に収められている丸山の社会主義に関する認識を抜き書きされています。(「新年のご挨拶」)

その丸山の社会主義に関する認識について、浅井さんは次のように言っています。

「『手帖』に収められている丸山の発言において今ひとつ私が大きな関心を覚えたのは、その社会主義に関する認識です。「ソ連崩壊=社会主義破産」とする通俗的な理解に対して、丸山は極めて厳しい批判を行っており、社会主義こそがデモクラシー(略)と親和性(略)があるという認識を表明していることです。」

新しい年を迎えるにあたって、昨年古希の年齢に達した浅井さんは、「儲けること=利潤原理」を動機とする資本主義制度の根底的な制度的歪みと限界性を自身として再確認され、改めて民主主義としての社会主義の可能性に希望を託されているようです。

そのためには「ソ連崩壊=社会主義破産」とするがごとき世俗の通俗的な理解は主体的に払拭されなければならない課題というべきなのです。そのための丸山眞男の社会主義に関する認識の抜き書きだと思います。

以下、浅井さんが抜き書きする丸山の社会主義に関する認識のことばです。

「本来、言葉からいうと一九世紀の終わりまでは民主主義と社会主義という言葉は同義なんです。むしろ、自由民主主義、リベラル・デモクラシーという言葉は、非常に後からできた。立憲主義が社会主義の勃興に直面して、ウェルフェア・ステート、福祉国家の原理を取り入れた後にはじめて自由民主主義、リベラル・デモクラシーという言葉ができたのです。/冷戦で忘れられてしまったのですね。冷戦でアメリカとソ連の対立になっちゃったでしょう。そこで、今度はナチに対して用いられていた全体主義という言葉を、ソ連に対して用いるわけです。その場合の民主主義というのは、西側の民主主義です。西側の民主主義対全体主義。全体主義の中に共産主義体制はみんな入ってしまったのです。これは歴史的にいうと違うのですね、実際は。民主主義と社会主義が同義だった、むしろ。それがそうではなくなったというのは、やはりロシア革命なのです。だから、ロシア革命は歴史に残る偉大な成果なんだけれども、歴史の皮肉なんですね。いちばん立憲主義の伝統、自由主義の伝統、民主主義の伝統がなかったところに社会主義が行われた、そういう意味で。

…本当は違うのだけれど、プロレタリアートの独裁イコール共産党独裁。共産党独裁イコールスターリンの独裁。こういうふうに全部等式になってしまった。プロレタリアート独裁そのものは僕は多義的だと思うけれど、共産党独裁と同視されたというのはソビエトなんです、レーニンなんです。…

いかに資本主義が古典的資本主義と違っているか。つまり、労働者階級の運動とか社会主義運動があって、資本主義がものすごく変貌したんです。社会主義は学んでいないの、資本主義から。逆に資本主義は学び過ぎるほど学んじゃって、自分を変えたわけです。‥しかし、それでも僕は問題が残ると思いますね。

というのは、第一、社会保障というのは資本の原理からは出てこないわけです。儲けることを動機とするという生産の考えから、どうして社会保障をする必要があるのですか。あれは全部、労働者階級の運動を抑えるという動機で出てきた。資本家が、ブルジョアジーが、善意で社会保障をやったのでも何でもないんです。社会保障政策を-揺りかごから墓場まで-先進資本主義国でやっている。それは余裕があるということもありますけれど、実は社会主義から学んでいる。社会主義になると困るから、ということなんですね。‥それでもって資本主義が問題ないかというと、やはり利潤原理に立っている以上、生産というのは、要するに利潤のあるところ、儲かれば生産する。いまでも不必要な生産はものすごく多いんです、どこの国でも。社会的に必要がなのに生産されるものが、ものすごく多い。購買力さえあれば、生産されるわけです。資本主義の受給供給関係-需要というのは社会的必要ではないのです、購買力のある需要なのです。これを持っているものの需要なんです。…

世界的に見たら資本主義ですから、何十万人の幼児が一方では餓死している。他方では、余剰米を焼いているわけです。それは資本主義原理だからです。こんな矛盾はないじゃないですか。どうしてその余った米を飢えている子供にやれないのですか。これは資本主義だから、やれないんです。こういう体制がどうしていいと言えますか。僕は根本的な矛盾をはらんでいると思いますね。‥原理的に考えてご覧なさい。利潤原理と市場原理だけで、OKなのか。」(手帖33 「中国人留学生の質問に答える(下)」1989.6.26.)

「社会主義といわれると、広い意味では賛成でしたね。それは今でもそうです。だから、このごろ腹が立ってしょうがない、社会主義崩壊とかいわれると。「どこが資本主義万万歳なのか」ってね‥。日本というのはひどいね、極端で。二重三重のおかしさですね。第一にソ連的共産主義だけが社会主義じゃないということ。第二にマルクス・レーニン主義は社会主義思想のうちの一つだということ、それからたとえマルクス・レーニン主義が正しいとしても、それを基準にしてソ連の現実を批判できるわけでしょ、それもしていない。ソ連や東欧の現実が崩壊したことが、即、マルクス・レーニン主義全部がダメになったということ、それから今度はそれとも違う社会主義まで全部ダメになったことっていう短絡ぶり、ひどいな。日本だけですよ、こんなの。」(集⑮ 「同人結成のころのこぼれ話」1992.6.)

浅井さんは上記の丸山のことばを抜き書きした後、次のように結びます。

「丸山の社会主義(及び資本主義)に関する認識は、私が『ヒロシマと広島』で示した認識と共通するものです。今年のコラムでは、人類史の方向性を考えるという視点に立って、この問題についても注意を向けていきたいと思います。やはり、今の私たちに必要なことは、様々な問題について批判するだけではなく、日本、世界そして人類にとっての確かな進路を見極めることにあると思うからです。人類史の方向性について確信を持ちながら、この1年を希望を失わずに過ごしていきたいと思います。」
ドイツの脱原発事情を日本に精力的に紹介しているジャーナリスト(環境ジャーナリスト)のおひとりの川崎陽子さん「昨年の夏、佐賀市、宮崎市、大分市での講演を主催、聴講、取材」した人たちに対して年頭の挨拶に寄せて2つお願いをするメッセージを発信しています。ひとつ目は「拙記事ご高覧のお願い」というものでそれはそれとして問題にすべきことではないのですが、ふたつ目の「お願い」である「次回国政・地方選挙に向けて、脱原発を公約する立候補者擁立準備のお願い」にはきわめて重要な負の問題があります。

その点について、川崎さんのメッセージを転載された方を相手に反論の返信を認めたのが以下です。
 
川崎さんのプロフィールについてはこちらをご参照ください。

なお、くだんの川崎さんのメッセージは私の反論文の下に転写させていただこうと思いますが、川崎さんに直接の転載許可をいただいているわけではありません。が、川崎さんのメッセージは広範な人たちに呼びかける体裁のもので、その意味で公開を前提にしたものと判断できます。また、川崎さんは、環境ジャーナリストという立場から広範な人たちに呼びかけをしていますので、そのジャーナリストの責務としても彼女の言辞は広く公開されるべき性質のものだろうと私は判断します。

私の論
××さん

あなたの「大分1区と2区の民主・社民の「棲み分け」はそろそろやめてほしいものです」というご認識。また、「政権与党は、税と社会保障の一体改革を今度の選挙争点にするのでしょうが、国民の生命や健康、国と国民の財産である自然環境の放射能汚染という問題に優先する政治争点などあってはいけないはず」というご認識はそのとおりだと思いますが、ご紹介されているドイツ在住の環境ジャーナリストの川崎陽子さんのお願いの(2)にある民主党の菅前首相をはじめとする何人かの民主党議員を脱原発の雄とみなすがごとき政治認識はいただけません。というよりも真の脱原発政治の実現、脱原発社会の構築のためには川崎さんの主観的な善意は疑いませんが、その善意の意図に反して有害な論になっているように私は思います。

××さんの紹介されるメールで川崎さんは菅前首相を脱原発の政治家として高く評価していますが、この川崎さんの政治認識は誤っていると思います。

たしかに菅前首相は2011年7月13日の記者会見であの超有名になった「脱原発依存」宣言なるものをしました。が、これは話題にされることは少ないのですが、その同じ記者会見で菅前首相は「原発の再稼働は『大丈夫となれば稼働を認めることは十分あり得る』」(中日新聞 2011年7月14日)とも述べています。これは「原発継続」宣言ともいえるものです(こちらの記者の最後の質問への答弁を参照)。菅前首相を脱原発の政治家と見るのは誤りです。

また、「脱原発方針を表明した日の翌日に、トルコの首相あての祝電の中で、引き続き、原発の売り込みに意欲を示」しもしました(FNNニュース 2011年7月15日)。脱原発の政治家がこういうことをするでしょうか?

さらに菅前首相は同首相の「脱原発依存」宣言について閣内を含む民主党内や党外からの批判が高まるやすぐに国会において「(脱原発宣言は)私個人の考え」にすぎないなどとする「後退」宣言をしました。菅前首相の脱原発の姿勢には一貫性がありません。

この菅前首相の姿勢について法政大学教授の五十嵐仁さんは次のように言っています。
 
「冗談じゃありません。首相としての発言は、「個人」ではなく「公人」としてのものに決まっているじゃありませんか。首相としての責任をきちんとわきまえてもらいたいものです。」五十嵐仁の転成仁語 2011年7月17日

これが菅前首相の評価に関してのふつうの見方というべきものでしょう。

菅前首相の電力会社の発電部門と送電部門の分離案に関する発言についてもひとこと述べておきます。

この点について菅前首相は「自然エネルギーを大きく受け入れるとき。必要な体制について、今後のエネルギー基本計画を考える中で当然議論が及ぶだろうし、そうすべきだ」(東京新聞 2011年5月19日)と述べたことがあり、この言及をあたかも「脱原発」主張のようにもてはやす風潮が当時(いまも)一部の脱原発論者の中に生まれたことがありましたが、そのとき同時に同前首相は原子力発電について「より安全な活用の仕方がきちっと見いだせるなら、原子力をさらに活用していく」とも述べ、原発推進の立場を明確にしてもいます。このことは「発電送電自由化実現」の主張と「脱原発」の主張はが直接リンクするわけではないことを示しています。このことをもって菅前首相を脱原発の政治家とみなすのは誤認以外のなにものでもありません。

この点について、わが国の第一級の知識人のひとりであるといってよい文芸評論家の柄谷行人は「反原発デモが日本を変える」という『週刊読書人』のロングインタビュー(2011年6月17日付)の中で次のように言っています。

「編集者:脱原発の動きについては、そのひとつの試みとして、ソフトバンクの孫正義さんが提案している案(大規模な太陽光発電所の建設など)も、最近注目を集めています。

柄谷:ぼくは信用しない。自然エネルギーの活用というような人たちは、新たな金儲けを考えているだけですね。エコ・ビジネスの一環です。(略)日本では、太陽光発電そのものが環境破壊となる。そんなものは、いらない。現在のところ、天然ガスで十分です。それなら日本の沿岸にも無尽蔵にある。要するに、先ず原発を止める。それからゆっくり考えればいいんです。」
注1:柄谷氏のいう太陽光発電が環境破壊につながるひとつの例証は下記にあります。
http://ank-therapy.net/archives/1519927.html
注2:天然ガスが日本の沿岸にも無尽蔵にあるひとつの例証(東京都の例)は下記にあります。
http://www.inosenaoki.com/blog/2011/09/post.html

現在の政権政党である民主党が自民党とともにまぎれもない原発推進政党でしかないことについてもひとこと述べておきます。

民主党が原発推進政党でしかないことは、民主党・菅内閣が2010年6月18日に閣議決定した「エネルギー基本計画」に「原子力発電を積極的に推進する」「核燃料サイクルは、(略)確固たる国家戦略として、引き続き、着実に推進する」と明確に記されていること(この閣議決定は民主党・菅内閣の公式見解としていまも生き続けているのに対し、菅首相の「脱原発宣言」は同首相個人の「私の考え」にすぎません)。また、2010年参議院選挙時の民主党のマニフェスト・政策集においても「政府のリーダーシップの下で官民一体となって、高速鉄道、原発、上下水道の敷設・運営・海水淡水化などの水インフラシステムを国際的に展開」すると記されていること。さらに少なくとも6人の議員が東京電力の原発推進を図る労働組合である電力総連から合計8740万円もの献金を受けているという事実があること(AERA 2011年4月25日号)。さらにまたその電力総連は2人の労組出身者(小林正夫、藤原正司)を参議院に送り込み、2010年の参院選では蓮舫(現内閣府行政刷新担当大臣)、北澤俊美(現防衛大臣)、江田五月(現法務大臣)、輿石東(現民主党参議院議員会長)をはじめとする48人の民主党議員に推薦を出している(女性セブン 2011年4月28日号)という事実があることなどなどからも議論の余地のないところといわなければなりません。

民主党は自民党とともにまぎれもない原発推進政党でしかありません。

その政党の議員を含めて「政党名に捉われず、人物」中心で擁立しようなどという呼びかけは、「人物本位」という体のよい言葉によって(この「人物本位」という言葉は、本来「政策本位」で争われるべき(有権者に政党なり個人なりがそれぞれが信とするところの政策プログラムを提示してその審判を問う)民主的選挙制度の本質的アイデンティティともいうべき側面を隠蔽し、「人物本位」、すなわち「人物」のつながりを重視する結果として、これまで自民党型の利益誘導型政治に道を開くべく機能することが多かったように思います)ある「政党」がこれまで果たしてきたそのマイナス度の激しい負の政策的側面をチャラにし、原発推進政党の議員であっても「人物本位」で投票しようという呼びかけになるほかなく、結果として原発推進勢力を躍進(または現状維持)させることにしかならないでしょう。

また、川崎さんは、「民主党の菅さんや鉢呂さん、原口一博さん、山崎誠さんなど」と彼らが脱原発政治家であるかのように論じていますが、菅氏については上記にみたとおり真正の脱原発政治家ではないことは明らかです。鉢呂氏、山崎氏については私は彼らを評価するべき情報を持ちませんのでここではその評価を保留しておきますが、原口氏は「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」に所属する明白な改憲論者です。

彼の脱原発の主張は私は詳らかではありませんが、彼も「原子力発電を積極的に推進する」ことを明記した
記の「エネルギー基本計画」を閣議決定した際の閣僚のひとり(総務大臣)ですからその決定に責任を負っていることは明らかです。原口氏を脱原発政治家とみなすことはできません。この点については同「エネルギー基本計画」を継承する野田内閣の閣僚であった鉢呂氏についても同様のことがいえます

このような真正な脱原発政治家とはいえない政治家・議員によって「半世紀にわたって築かれてきた強固な原力ムラを解体させ」ることはできないでしょう。同主張、同呼びかけとは真逆の結果にならざるをえないことは目に見えているといわなければなりません。

有権者にとって,、とりわけ脱原発論者を自認する有権者にとって、今度の選挙で重要になる視点は、原発推進政党としての民主党や自民党には決して投票しない、投票させない、という断固たる決意をともなう視点というべきだろうと私は思います。そうしなければ川崎さ
のおっしゃる「原子力ムラを解体させること」などとても適わないでしょう。民主党の応援歌を結果として歌って、なんの脱原発の主張でありうるか、と私は怒りをもって思います。

以上、川崎さんの呼びかけは誤まった呼びかけだと私は思います。

参考:【川崎さんのメッセージ(2012年1月6日付)】
皆さま

このEメイルは、環境ジャーナリストの川崎陽子から、昨年の夏、佐賀市、宮崎市、大分市での講演を主催、
聴講、取材してくださった皆さま 並びに講演の録画をお送りさせていただいた皆さま(MLでは一方的に流させていただきました)の中でEメイルアドレスをいただいた方にお送りしています。重複・失礼があればお許しください。

講演に長時間おつきあいくださったことに、あらためて心から御礼を申し上げます。
今年もどうかよろしくお願いいたします。

さて、年頭のご挨拶に寄せて、皆さまに二つのお願いがございます。

その1)拙記事ご高覧のお願い

講演では、日本の縦割り官僚主導の弊害を廃棄物やダイオキシン問題、都市計画などを例に、政治主導
のドイツと比較紹介しました。

現在その弊害が、3.11原発震災の対応においても、人災として被害を拡大し続けています。

その一例として、杜撰な労働者の被曝管理について、朝日のWEBRONZAに「ドイツの合理的な放射線防
護に学ぼう」を執筆しましたので、ご高覧いただけましたら幸いです。
http://webronza.asahi.com/global/2012010400001.html

この記事の内容は、原子力・放射線防護政策が抱える問題の氷山の一角にすぎません。

講演でも述べましたように、私たち有権者が選挙で議員を入れ替えるしか、改革する手立てはないのです。

そこで、次のお願いです。

その2)次回国政・地方選挙に向けて、脱原発を公約する立候補者擁立準備のお願い

電力会社との癒着はなかったと思われる菅前首相も鉢呂前経産相も、従来の経産省主導の原発主体エネルギー政策を改革しようとした途端、御用メディアによって失脚させら
れました。特に、薬害エイズ事件で大臣として官僚を負かした前科のある菅さんは(それが本来あるべき大臣の姿ですが、日本では稀有なため)、経産省をエネルギー政策から切り離そうとしたので、凄まじい抵抗にあったのだと思います。

彼らは、政権政党内であまりに孤立しあまりに無力でした。
今の野田内閣には原発推進派もしくは立場不明な閣僚が多く、
菅内閣よりも脱原発から大きく後退したといわざるをえません。
もっとも、菅内閣の脱原発といっても、内実は菅首相が孤軍奮闘していただけでしょうが。

今となっては為す術はありませんが、せめて野田さんと菅さんの官邸ブログを比較してみてください。野田総理に替えて本当に良かったと思われますか?

野田内閣や霞ヶ関にいくら署名や要望書を提出しても、おそらく何も変わりません。

民主党の菅さんや鉢呂さん、原口一博さん、山崎誠さんなど、
また自民党の河野太郎さん、社民党、共産党の皆さんなど、
脱原発を主張する議員が国会で圧倒的多数を占めなければ、
霞ヶ関も原子力委員会や原子力安全委員会も、半世紀にわたって築かれてきた強固な原子力ムラを
解体することはできません。

日本の大きな政党は、欧州の政党のような政策ごとに結成されたわけではないので、
自民党から民主党への、同じような玉石混交政党による無意味な政権交代という失敗を繰り返さない
ために、政党名に捉われず、人物の背景をしっかり調べて本物の政治家だけを選ぶしかありません。

今のままの政党で選んでいては、内輪揉めばかりでマニフェストなど無視し、毎年首相や大臣が入れ
替わって、それこそ官僚の思う壺です。こんな負の連鎖には、もういい加減に終止符を打ちましょう。そして、欧米のように4年間は1つの内閣で、公約した政策にじっくりと取り組んでもらいましょう。

長くなりますが、政治家かつジャーナリストとして尊敬する石橋湛山・元首相が遺した1967年「政治家に
のぞむ」という言辞を引用します。

私 が、今の政治家諸君を見て一番痛感するのは、『自分』が欠けているという点である。『自分』とはみずからの信念だ。自分の信ずるところに従って行動すると いう大事な点を忘れ、まるで他人の道具になりさがってしまっている人が多い。政治の堕落といわれるものの大部分はこれに起因すると思う。

政治家にはいろいろなタイプの人がいるが、最もつまらないタイプは 自分の考えを持たない政治家だ。
金を集めるのが上手で、また大勢の子分をかかえているというだけで、有力な政治家となっている人が多いが、これは本当の政治家とは言えない。

政治家にだいじなことは、まず自分に忠実であること、自分をいつわらないことである。・・・政治家に
なったからには、自分の利益とか、選挙区の世話よりも、まず、国家・国民の利益を念頭において考え、行動してほしい。国民も、言論機関も、このような政治家を育て上げることに、もっと強い関心をよせてほしい。

特に原発推進派議員の選挙区で、強力な対立候補の擁立が必要です。
(ブログ「脱原発派でない国会議員を仕分けよう!」
http://t.co/0hsc32II にリンクのあるExelリストをご参照ください。)

つきましては、皆さんが築かれてきたネットワークを最大限に生かして、今度こそ脱原発と原子力ムラを
解体できる政権に交代できるよう、今から立候補者擁立の綿密な準備をお願いいたします。

また 報道関係の皆さまは、講演会で配布させていただいた日独メディアの比較記事にも書きましたよう
に、ドイツのように国家の第4の権力として、有権者のために政治を監視する報道を徹底してくださいますようお願いいたします。私ももちろん、あまりに微力ではありますが、そのような情報発信に努めてまいります。

最後に、内閣審議官・下村健一さんの嘆きのTweetです。
2011年06月12日
@ken1shimomura: 「菅さんのエネルギー政策は支持したいが、○○(←人により色々)政策はどうなの?」
という質問を近頃よく受ける。政策AもBもCも全て合致する人としか組めな い、というこの潔癖さが、日本の市民運動の広がりをどれだけ阻害してきたことか。「今はAの一点でまとまろう」という力が本当に弱い社会!


これは日本で市民活動をしていた時に、私も思い知らされたことです。

未だ収束の見通しがない原発震災から、エネルギー政策が、どれほど国の環境・社会・経済全体の現
在と未来に想像を絶する影響をもたらすか、そして外交問題にも大きく関わるかが、明らかになりました。すなわち、まずエネルギー政策で一致する人がまとまれば、その他の政策で大きな差異はでないはずです。あくまでも、利権絡みでないことが前提ですが。

10年以上前に脱原発政権を誕生させたドイツで、その原動力となったのは、100以上の環境保護団体
が擁する数百万人の賛助会員たちが横につながり、社民党や緑の党を支えて政権交代させた結果でもあります。

どうか皆さま、大同小異で建設的に妥協し、広く横につながっていきましょう!

以上、たいへん勝手な長いお願いを、最後までお読みくださりありがとうございました。

2012年1月
環境ジャーナリスト 
川崎 陽子 拝
私は今年初めの1月1日付けエントリで「2012年の初めに 去年今年貫く棒の如きもの」というエッセー(要するに「雑文」ということです)を書きました。

その弊エッセーに今年90歳になられるという人生の大先輩から以下のようなコメントとご感想をいただきました。

虚子の句は、1943年にフィリピン・バギオの兵站病院で療養中に「季寄せ」で見」たことがあること。自分は「三井系の北海道人造石油に就職したので、三池で実習した先輩の技術者が大勢居」たこと。「戦時中に強制連行された朝鮮人を探求した作家の林えいだいさんが千葉県在住の在日の鄭正模さんのことをルポした『朝鮮海峡』の出版を手伝」ったことがあること。自分は「戦後製鉄会社の技術者として過ごしたので、八幡製鉄などによく出張したので九州との繋がりも」あること

私は90歳の大先達から拙文へのていねいなコメントと感想をいただいた感謝の気持ちもあって次のような返信を認めました。私の幼い頃の郷里である北九州市のこと、筑豊のことなどを思い出すままに書きました。私の息子、娘たちのための父の覚え書きとしても遺しておこうと思います。いつか見ることがあるかもしれません。

林えいだいさんの作品は私がまだ北九州市にいる頃(およそ四捨五入して40年ほど前のこと。私が20代の頃)に何冊か読んで影響を受けました(私が朝鮮人強制連行問題に目を開かれたのはおそらく林えいだいさんを嚆矢とします)。「追われゆく坑夫たち」「地の底の笑い話」などの作者、上野英信を読んだ時期とも重なっていたように思います。私はこの頃北九州市に住んでいたことから筑豊の町もかなりうろうろしていました。私が酒を覚えたのもこの頃だったでしょうか(私の挫折の体験と重なっています)。筑豊の町のいかがわしい屋台まわりなどをして少年から青年に脱皮するとともに酒も覚え、屋台のおばちゃんやおじちゃんから人情や人の悲しさの機微なども教わったのでした。北九州の地と筑豊の地は「私の大学」でした。この頃の屋台通いは私の財産です。

八幡製鉄のある戸畑や八幡の町は洞海湾を挟んで私の在所の若松の真向かいでしたから、この町にもよく出かけました。

もしかしたら当時、どこかの居酒屋でお会いしていたかもしれませんね。

八幡製鉄の職員は私たちの町ではエリートの代表のような存在でした。八幡製鉄の社員のお嫁さんになるというのが私たちの町の女の子の口癖だったことなどを思い出します。

ありがとうございました。
私は先のエントリ(2011年12月24日付)において「除染」問題に関する私の基本的な考え方を述べておきました。「避難の権利」を主張することはもとより大切なことだが、いまもなお高濃度の放射能汚染が続く原発被災地の福島での徹底した「除染」も同様に重要な、そして喫緊の課題である、と。

が、「完全な除染などありえない」「除染は住民の『避難の権利』(行政にとっては義務)をサボタージュするための行政の便法にすぎない」などとする除染否定論も一方で少なくありません。脱原発論者の中にこうした主張をする人たちが多いようです。

昨年の12月のはじめにニューヨークタイムズ紙は「除染に割れる日本」という記事を掲載して、「除染」か「避難」かとある意味思想的に割れる日本」のいまの状況の断面図を描出していましたが、いままさに私たちの国は「日本の将来を巡」って崖っぷちの議論(思想対決といってよいかもしれません)が続いています。

除染否定論の良質な議論としては次のようなものがあります。CML(市民のML)から引用してみます。

先日(12/15)神戸でありました集会「フクシマの子どもたちを放射能から守るために何ができるか?」の論議のための基礎資料を作りました。

その末尾を、以下のように結びました。

二重被害のフクシマ

12月11日、「国会議員に聞いてみよう! どうする原子力発電? 神戸ミーティング」席上でも近い発言があり、後ほど福島から避難されてる人のやりきれないような心情吐露とも抗議とも思われる発
言もありました。難しい問題なのですが、それだけにできるだけ科学的に、次いで道義的に判断するしかないんだと思います。

この資料作成者(前迫)は、「品川宣言」起草作業の中でも5mSv/年の環境では逃げ出すしかないと判断して、そう書きました。当然に1mSv/年を越える予測の地域も、自主避難の権利はあるとしています。

でも、実際の避難にはお金が要ります。足代、落ち着き先の住居、そして生活と生業(なりわい)再開のための当座の資金、農家なら耕すべき土地、漁師さんなら船と港と漁具に加えて漁業権、そして漁場の情報など、転居再開には途方もないほどの困難がつきまといます。それを全てケアしながら支援しなければならない。それが「東電」の責任であり、政府の責任なのです。そのどれも一切なされていません。そのために地域脱出の選択肢を奪われてしまった状況のようです。

放射能に拠る科学的被害(将来にわたって)の上にさらに、自由に話せない、不安も言い出せない重苦しさの中で怯えながら生活して行く。登下校に行き交う女子中学生達が、「どうせ私ら、将来子供なんか産めない身体なん だし…」と言った会話を交わしているという。福島の人たちは、実際の被害と不安、恐怖に加えて、地域に閉じ込められる二重の被害を受けているかのようです。

呪縛の中の人々を救い出すためには、周りの、外の私たちからもアクションを起こす事も必要かも知れない。老齢者の現在のアイデンティティは、育ち、慣れ親しんだ風土と地域コミュニティに依存する割合はきわめて高いのだろうとも思われます。生木を裂くように故郷との関わりを割いてなお、私たちは避難を呼びかけたいと思います。「外の人間が、地域の事も何も判らんで、勝手な事をほざくんでねぇ!」と言われようとも、私たちは言い続けます。

とにかく、福島の人たちが「こんな環境で暮らせない!」と意志表示してくれなければ、私たちもまた、呼びかける以外には、何もできないのですから…。

下記は上記の除染否定論に対する私の反対論です。「私たちは『除染』問題とどのように向きあうべきなのか」という視点から書きました。

「二重被害のフクシマ」――福島のいまの状況はまさにそう呼ぶよりほかないものだと私も思います。

「フクシマ」の人々は「地域脱出の選択肢」も「奪われてしまった」――これは酷く鋭い指摘です。酷い、というのは、もちろん「フクシマ」の人々にとって「酷い」ということです。「閉じ込められる」という感覚はもともと辛いものですが、その感覚にさらに「奪われてしまった」という深い痛恨の悲しみがともなうのです。「酷い」と表現するほかありません。

だからなおさら「生木を裂くように故郷との関わりを割いてなお、私たちは避難を呼びかけたいと思います」という××さんたちの決意のようなお気持ちはよく理解できるのです。

××さんたちが避難を呼びかけることに私は反対しようとは思いません。当然なことだと思っています。

しかし、避難を呼びかけながらも、福島での除染は確実、着実に、そして根底的に進めなければならないきわめて重要な課題である、とも私は思っています。

何度も同じことを言うようですが、現に原発事故被災地の福島には200万人になんなんとする人たちがいまこのときにも同地での営みを営々と続けているのです。そして、避難の呼びかけに理解を示した人たちを含めてその少なくない人たちは(強制的な避難命令でもない限り)おそらく今後もその営みを同地で続けていく、続けようとするでしょう。

その彼ら、彼女たちの住まう、また、今後も住もうとしている福島の地を人が暮らしを営むことができる程度(年間1ミリシーベルト/以下)に回復させようと除染の試みをすることはその可能性がある以上(たとえ百年単位の年月がかかるとしても)国と国民の責務として当然のことといえるのではないでしょうか?(チェルノブイリでは当時のソビエト政府は「除染」を放棄し、限られた地域にだけ避難勧告を出しましたが(まったく限られた地域にだけで、多くの人々は「棄民」され、その措置は道徳的に避難されてしかるべきものでした)、ソビエトと日本では土地の広さがまったく異なります。また、科学技術の進歩という点で大きく時代も異なります。)
 

避難を呼びかけるだけで、「避難の権利」を阻害するという理由で除染にも反対というのでは、意図に反して結果として福島の人たちをいつまでも劣悪な放射能汚染の環境下に置く、福島の人たちを棄民するに等しい、ということにならざるをえないのではないでしょうか?

私はそう思います。

注:ちなみに「除染」消極論者として彼らの論が最近よく引用される京大原子炉実験所助教の小出裕章氏や神戸大教授の山内知也氏は両氏とも「避難がベストである」という見解を持っているとしても、必ずしも「除染」否定論者というわけではありません。家族が離れ離れになってしまう(かもしれない)という問題、現に就職している仕事や営農の問題などトータルに考えると福島での徹底的な除染は不可欠である、というのが彼らの認識のようです。両氏が除染を否定しているのは現在の民主党政権の除染政策についてです。この点については東大教授・東大アイソトープ総合センター長の児玉龍彦氏とも見解は一致しているように私には見えます。彼らは民主党政権の除染政策では真の除染(人が住むことができる除染)は不可能だと言っているのです。彼らの論の熟読が必要なように思います。

たとえば福島県内の除染について小出氏裕章氏は次のように述べています(本質的に「除染は無理だ」とする同氏の論の一部にすぎませんが)。

「本当にだから子どもたちが集中的に遊ぶ場所とかは必ず私は除染しなければいけないと思います」(「私が『東大アイソ児玉氏』を信じない理由②」の小出氏の論の文字起こし部分参照)

上記の小出氏の論は福島県内に現に人が住んでいることを前提にした上での論です。同氏は福島県内の除染を必ずしも否定していません。小出氏の上記の論は先に福島市であった講演会での次のような考え方の延長線上にあるものでしょう。二度繰り返しますが、同氏は必ずしも「除染」を否定しているわけではありません。

「わたしは何とか、福島の子どもを逃がしたいと思います。でも親も一緒に逃げなければ、家庭が崩壊してしまいます。残れば健康被害が起きます。逃げればこころが崩壊してしまいます。どっちを選ぶかです。この事故が起きてから、わたしは度々、たくさんの人から聞かれました。「どうしたらいいですか」。でも、わたしにはわからない。「すみませんが、わかりません」と、わたしは言います。わたし自身がそういう選択を迫られている。わたしもどうしていいかわからず、悩んでいます。みなさんも1人1人、そういうなかで今日まで来られたのではないかと思います。残念ながら、いまだにわかりません。でも、どちらかを選ぶしかありません」

山内知也氏も必ずしも「除染」を否定しているわけではありません。下記の山内氏の発言を見ても、山内氏が批判しているのは民主党政権の除染政策であり、必ずしも除染そのものを否定しているわけではないことはこれも明らかなように思います。

「司会者:今からわざわざ国が法律まで作って4月以降やろうとしている除染というのは全然効果がないことを・・・・

山内:(国(政府)の除染政策では全然効果が)ないことは、たとえば私の地区の方は私よりもご存知でした。私がそれに気がついたのは9月に計測にいった頃の話なんですけど・・・

山内:『わたり土湯ぽかぽかプロジェクト』っていうのが始まりました。(略)幸いなことにそこの線量が0.1から0.2位なんですね。(略)渡利の子ども達、あるいは渡利の子ども達とお父さんお母さん一緒になるだけ長い時間そこで過ごしてもらおうと。で、線量は多分この2年位非常に高いです。高いですけど、除染が上手くいかなくても2年ぐらい経つとセシウム134の勢いが減りますから、半分程度になります。で、そういった中で徐々にもっと良い除染の方法とかが見えてくるかもしれませんよね」(「みんな楽しくHappy?がいい♪」の山内知也氏の論の文字起こし部分参照)
昨年末のエントリ記事で私はいまもなおおよそ200万人にも及ぶ福島県民が原発被災後の同地を離れない(もちろん、お金がない、住むところがない、仕事がないなど種々の理由で「離れたくても離れられない」という人々も少なからずおられるでしょう)状況の一端を同地の精神風土の問題として「郷党意識」という言葉を用いて説明し、さらにその「郷党意識」という言葉に「一種のパトリオティズム」という注をつけて私流の説明を試みました。

が、その「郷党」という言葉はもちろん私を含む現代人には馴染みの薄い言葉のようで、同記事を読んだ人たちの一部から「郷党意識」というのはあなたの造語か? また、なにゆえに「一種のパトリオティズム」という注を入れるのか、などの疑問(「批判」といってよいかもしれません)が寄せられました。

以下は、その疑問(批判)に対するある人への私なりのレスポンス(応答)です。

一口に「パトリオティズム」あるいは「愛国心」といっても、その意味するところは多様であり、多義的でもあるようです。

ウィキペディアの「パトリオティズム」の解説には次のように書かれています。

愛国心、愛国主義(パトリオティズム、英: patriotism)は、国民が自らが育った、あるいは所属する社会共同体や政治共同体などに対して愛着ないし忠誠を抱く思想、心情。/愛国心によって表出する態度・言動の程度は様々で、郷愁(仏:nostalgie)から国粋主義(英:nationalism)まで幅広い。よってこれらを十把一絡げに「愛国心」と表現することもできるため、その内容は往々にして不明確である。

私は「郷党意識」という言葉を上記の「郷愁(仏:nostalgie)」という意味で用いました。「郷」は「郷土」「故郷」の「郷」。「党」は古語の「たむら【屯/党】」=たむろする(「人皆―有り」〈推古紀〉)。また、ともに何事かを行う集団、仲間僦馬之党(しゅうばのとう)。9世紀末に東国を荒らし回った騎馬盗賊団の「団」)の意味。「郷土愛」、「愛郷心」、「お国自慢」、要するに自分がいま住んでいる「この町」を大切にしたいと思う地域住民の自然な感情を「郷党意識」という言葉で表現しました。一方でこの地域住民の自然な感情はきわめて強固な感情ともいえるもので、その地域住民の意識の強固さを表すために「固い団結」というイメージのある「党」という語句を用いるのが適当か、と判断した、ということです。

「郷党」という言葉の中に「愛国心」という意味でのパトリオティズムの意味合いはありません。ただ、いわゆる「郷土愛」も社会学的には広義のパトリオティズムとみなされる概念ですので、念のため「一種のパトリオティズム」という注をいれておいた方がよかろうとも判断したわけです。

「なんのために、普通でない言葉を使うのですか?」と問われれば、上記のとおりこの表現が適切だと判断したから、というほかありません。私は10年ほど前に書いた文章の中でも「郷党」という言葉を使っています。

「わが郷党の人びとは、権威あるもの、慣習的にすでにあるもの、を疑わない。ただし、そうした傾向は、わが郷だけのことではない」云々。

上記を見ても、「郷党」の「郷」は「わが郷(さと)」の意で用いられていることはおわかりいただけると思います。

福島に25年暮らしていたフランス人がいったんフランスに帰郷した後、改めて「ここが自分の生きる場所なのだ」と悟って福島の地に戻ったという話は、私のいう「郷党意識」は「愛国心」という意味でのパトリオティズムの意ではありませんので、このフランスの人にも福島の地を自分の生涯の地とする「郷党意識」が強くあったとしてもまったく不思議ではないと思います。このフランス人は福島に25年も暮らしていたということですから、むしろ当然というべきでしょう(注)。
注:上記は疑問提起者の「フランスのある記事には、福島に25年暮らして日本人女性との間に17歳と13歳の子をなしたフランス人の話が載っていました。いったんはフラ ンスに行 くのですが、そこから戻ってくるのです。ここが自分の生きる場所なのだと悟ったと彼は言っています。これでもあなたは『郷党』『パトリオティズム』という 言葉を使いますか?」という問いへの応答として書きました。

逆に「ふるさとは遠きにありて思ふもの」という心理があってもまた不思議ではありません。

なお、「郷党」という言葉は私の造語ではありません。貝塚茂樹編の「角川漢和中辞典」、また「広辞苑」にも「郷党」という言葉は出てきます。その意は①むらざと②村の仲間。さらに「郷党第十」という論語の編名にもなっています。

さらに上記のように言ったからといって、私は「福島県民は福島
県内に留まれ」と主張しているわけではありません。福島県民の「避難の権利」は全面的に認められなければならないものだと思っています。
去年今年貫く棒の如きもの

             高浜虚子


新年のあいさつのことばとして今年も虚子の上記一句を引用させていただこうと思います。

私にとって「貫く棒の如きもの」とはなにか?

♪沖のごんぞうがョ 人間ならばョ 
          蝶々とんぼも鳥のうちェ~

                   (若松民謡)

と唄われたあのごんぞうたちの声。
(弊ブログ「プロフィル」をご参照ください)

私は幼い頃にこのごんぞうたちへの差別(それは「貧困」というものに対する根底的な差別。私の父や母への差別でもありました)は決して許さない、と誓いました。それが私にとって「貫く棒の如きもの」です。

その声はあの三池炭鉱労働者の声にも重なります。

2011年12月19日付けの西日本新聞に「荒木栄没後50年」を伝える以下のような記事が掲載されていました。

■「がんばろう」100人熱唱 荒木栄没後50年へ(西日本新聞 2011年12月19日)

1960年の三池争議で労働者を鼓舞した「がんばろう」を作曲した大牟田市出身の荒木栄(1924-62)の歌を歌う集いが18日、大牟田市有明町のレストラン「だいふく」で開かれた。来年没後50年を迎えることから、荒木と交流のあった市民たちが企画。かつての炭鉱労働者や荒木ファンなど約100人が20曲余りを歌い上げた。/荒木は、三井三池製作所で働きながら職場に合唱団を組織。三池労組員として「うたごえ運動」の先頭に立ち、多くの労働歌を作曲した。(略)没後50年になる来年10月の20、21日には「九州のうたごえ祭典」を大牟田市で開催する予定・・・

私は10月に大牟田市で開催されるという「九州のうたごえ祭典」に参加したいと思っています。そして、できうれば男声四部合唱の一員としてあの荒木栄の「地底のうた」を歌いたいと思っています。その歌声は私の耳にいまでもくっきりと残っています。

こういう歌
です(頁の中ほどにある「地底のうた」(PIANO版)をクリックして聴いてみてください)。

この「地底のうた」を下記のような合唱の歌声で聴きたい。また歌ってもみたいのです。

「沖縄を返せ」
http://www.youtube.com/watch?v=kmigP1jacbY


下記に歌詞を貼りつけておきます。

歌詞の中に「三井独占!」「アメリカ帝国主義!」という労働者の怒りの言葉が自然に織り込まれています。懐かしい時代。それとも(思想的に)単純な時代というべきか?

少なくとも私には懐かしい時代です。上記のような「怒り」の言葉が労働者の口から自然と衝いて出る時代があった、と。

時代は進歩しているのか? 後退しているのか? 私には後退しているようにしか見えません。

組曲「地底の歌」(作詞/作曲 荒木栄)

■序章 合唱
有明の海の底深く 地底にいどむ男たち
働く者の火をかかげ 豊かな明日と平和のために
   たたかい続ける 革命の前衛 炭鉱労働者
■第一章 テノール独唱・合唱
前奏
1 眠った坊やのふくらんだ 頬をつついて表に出れば
   夜の空気の冷え冷えと 朝の近さを告げている

2 「ご安全に」と妻の声 渡す弁当のぬくもりには
   つらい差別に負けるなと 心をこめた同志愛
間奏
夜は暗く 壁は厚い
   だけれど俺たちゃ負けないぞ
   職制のおどかし恐れんぞ あのデッカイたたかいで
会社や、ポリ公や、裁判所や、暴力団と・・・
男も女も、子供も 年寄りも
   「ガンバロウ!」の歌を武器に
  スクラムを武器に 闘い続けたことを忘れんぞ
間奏
夜の社宅の眠りの中から
あっちこっちからやってくる仲間
悲しみも喜びも分け合う仲間
  闇の中でも心は通う 地底に続くたたかいめざし
  今日も切羽(きりは)へ 一番方(かた)出勤
■第二章 合唱
前奏
1 崩れる炭壁(たんぺき) ほこりは舞い 汗はあふれ
  担ぐ坑木 肩は破れ 血は滴る
  ドリルはうなり 流れるコンベア 柱はきしむ・・・ ・・・
   独占資本の合理化と
   命をかけた闘いが夜も昼も
間奏
2 暗い坑道 地熱に焼け ただようガス
  岩の間から 滴る水 頬をぬらし
  カッターはわめき 飛び去る炭車 岩盤きしむ
   「落盤だァー」「埋まったぞー」
   米日反動の搾取と
   命をかけた闘いが 夜も昼も続く・・・ ・・・
■第三章 バリトン 重唱
前奏
落盤で殺された 友の変わり果てた姿
狂おしく取りすがる 奥さんの悲しみ
   幼児(おさなご)は 何にも知らず 背中で眠る
   胸突き上げるこの怒り この怒り

ピケでは刺し殺され 落盤では押し潰され
   炭車のレールを地で染めた仲間

労働強化と保安のサボで 次々に仲間の命が奪われてゆく

   奪ったやつは誰だ! 「三井独占!」
   殺したやつは誰だ! 「アメリカ帝国主義!」
奪ったやつを 殺したやつを
許さないぞ 断じて許さないぞ
■第四章 合唱
前奏
1 おれたちは栄えある 三池炭鉱労働者
  団結の絆 さらに強く
  真実の敵打ち砕く 自信に満ちた闘いを
     ■足取り高く すすめよう

2 おれたちは栄えある 三池炭鉱労働者
  スクラムを捨てた 仲間憎まず
  真実の敵打ち砕く 自信に満ちた闘いの
     ■手を差しのべよう 呼びかけよう

3 おれたちは栄えある 三池炭鉱労働者
  弾圧を恐れぬ 不敵の心
  真実の敵打ち砕く 勇気に満ちた闘いで
     ■平和の砦 かためよう
     ■かためよう