先に私は佐賀大学物理学科教員の豊島耕一さんら日本科学者会議(JSA)福岡核問題研究委員会メンバー4人の「しんぶん赤旗と共産党は『避難の権利』を擁護すべきです」という同党と同編集局に対する要請文を本ブログなどに転載させていただき、そこで私なりのこの問題に対する若干の私見も述べておきました。

「避難の権利」を擁護すべきだ――日本科学者会議・福岡の核問題研究委員会メンバー4人が共産党へ意見書(2011年10月14日)
そして、共産党は、「『避難の権利』を擁護すべきだ」という福岡の科学者たちの要請にただちに応えるべきだ(2011年10月15日)

豊島さんの12月21日付けのブログ記事によれば、そのJSA福岡核問題研究委員会メンバーの上記要請文に対してこの12月16日、同党本部から回答があったということです。

下記にその共産党本部の回答を転載させていただこうと思いますが、同党本部の今回の回答は日本科学者会議・福岡の科学者たちの意見に直截かつ真摯に応えたものとして私は評価してよいものだと思います。また、内容的にも一応筋の通った回答になっているとも思います。いま「一応」と但し書きを入れたのは、それでも私には今回の共産党の回答に対しても依然として異議と疑義が残るからです。その私の異議と疑義のあるところを先に述べた上で、この問題に対する同党の見解を転載するという順序をとりたいと思います。

さて、その私の異議と疑義は、今回の共産党の回答の(2)に記されている「住民の判断による、いわゆる自主避難について」という一節に関わってのものです。同記述を見る限り、同党は住民の自主避難を<避難の権利>として第一義的な課題として認識するのではなく、副次的な課題(「も」的課題)として認識しているようです。その「も」的課題として「一刻も早く国が抜本的な支援と全面賠償を行うよう強く求めるものです」としているところに私は最大の異議と疑義を感じます<避難の権利>が副次的な課題として設定されている以上、その「抜本的な支援と全面賠償」を国に強く求めても、その主張も論理必然的に副次的な課題としての要求にならざるをえません。果たして<避難の権利>は副次的な課題にすぎないものなのか? というのが私が根本的な疑問とするところなのです。

これまでの国の一般の人の年間被曝限度量の基準は国際放射線防護委員会(ICRP)の1990年勧告を採用して年間1ミリシーベルト(一般公衆の低線量被爆のリスクを避ける目的をもってICRPが設けた基準)というものでした。しかし、現在の福島は、その多くの地域が政府のいう「帰還困難区域」「居住制限区域」「準備区域」の区別にかかわりなく「3ヶ月あたり1.3mSv」(「放射線管理区域」の定義。年間5.2mSv)を超える放射能に汚染された地域となっています。当該地域の住民がその放射能汚染地域から<避難>しようとすることはきわめて当然な正当防衛行為というべきであり、その住民の<避難の権利>はなによりも第一義的に保証されなければならない性質の<権利>というべきものです。

そうであるならば、本来、国(政府)は年間1ミリシーベルトを超える地域の住民にすべからく<避難>を呼びかける。さらにそのための避難先を国(政府)の責任として確保する・・・法的義務を負っていたといわなければならないでしょう。その第一義的的な倫理的、法的義務を政府はこれまでなんのかんのと理屈をつけて意図的にサボタージュしてきたのです。この政府の法律破りの意図的なサボタージュは共産党の綱領的課題としての国民の生命を守る立場からも本来厳しく非難されなければならないもののはずです。その<避難の権利>を上記に見たような副次的な課題(「も」的課題)としてしか認識しえない同党の現状認識のありようは、同党が批判する民主党政府(政治モラルの喪失も甚だしい)と結果として五十歩百歩の認識、また同じ地平に立った誤れる認識、と評価するほかないように私は思います。

もとより、「避難するかどうか」の問題は、同党もいうように「正確な情報提供のうえにたって住民の判断にゆだねられるべき」性質の問題であろうと私も思います。しかし、「正確な情報提供」以前の問題としてまずはじめに法治国家として国の法律を守り、放射能から国民の生命を守るという国(政府)の倫理的、順法的な決意の問題があるというべきです。その国(政府)の決意のないところでは「正確な情報提供」すらもありえません。このことはこの9か月間の政府の情報隠蔽、意図的な情報遅延の行いがよく示しえています。そして、まずはじめに法治国家として国の法律を守り、放射能から国民の生命を守るという国(政府)の倫理的、順法的な決意とは、いうまでもなく国(政府)の責任として年間1ミリシーベルトを超える地域の住民の避難を呼びかけ、その避難先を確保するということだったはずです。<避難の権利>の問題はこの延長線上の問題としてあるのです。私たちはそのことを忘れてはならないと思います。

除染の問題は、まずはじめに(その前に)被災地住民の根源的、基本的な権利の問題として、また政府の責任の問題として<避難の権利>の問題があるという前提と認識の上に立って計画されるべきものでしょう。まずはじめに「除染ありき」ではないはずなのです(たとえいまこのときにもおよそ200万になんなんとする福島県民が同地に留まっているという現実があるとしても)。

しかし、いまこのときにもおよそ200万になんなんとする福島県民が同地に留まっているという現実、放射能をなんとか制御、克服しながら同地でずっと暮らしていきたいと考えている福島県民が多くいるという現実は抜き差しならない現実として私たちの面前にあります。チェルノブイリの例を見ても原発被災にあってもなお同地に留まっていのちき(大分弁で「暮らし」「営み」のこと)を続けてきた住民は多いのです(当時のこととして原発事故後も約600万人の人々が放射能汚染地域で生活していたといわれていますが、いまも相対としてそれほどの変化はないでしょう(今中哲二『チェルノブイリ原発事故の調査を通じて学んだこと』p81)。こうした郷党意識(一種のパトリオティズム)は世界共通のもので、おそらく今後も福島の地においても変わらない郷党の意識として残り続けるでしょう。

そうであってみればなおさら、除染の問題は、その被災地の人々のために、そして、福島の復興を真に願っている福島、被災地各県の人々のために私たち国民の英知を尽くして全国民的課題として必ず確実に取りくまれなければならないものです。この課題も待ったなしです。完全な除染などありえないから来年度予算を含めて1.2兆円にもなる国の除染費用は無駄な経費。除染費用は転居費用に移行させるべきであるなどと主張する人たちがいますが、<避難>と<除染>の問題は一応切り離して考えるべき問題です。この人たちの主張は、いまもなお福島の地に留まっていて福島の「復興」を心の底から願っている被災地住民の切実な願い、切実さを超えた切実そのものである願いなどおのれの脱原発原理主義(とでも名づけたい気が私はしています)ともいうべき主観の前には思いも及ばない人たちの非現実的な空理空論というほかない主張といわなければならないだろうと私は思っています。

その意味で共産党の除染に関する主張を私は支持します。

除染については上記にいう脱原発原理主義者には評判はよくないようですが、児玉龍彦東大教授の下記の「国土を守り国民とともに生きる5項目」の除染に関する提言はおおいに参考になるもののように私は思っています。

■児玉龍彦教授講演会「放射線と健康、そして除染―こどもと妊婦を守るために―(IWJ 録画日時:2011/12/03)
http://www.ustream.tv/recorded/18899927
http://kodomofukushima.net/index.php?key=jowci5t7l-167#_167

児玉教授は現在の原子力安全委員会を根底的に再編し直す(現在の原子力安全委員の全員のクビを切る。現在の原子力安全委員会を擁護する政治家、政党のクビも切る)ということを大前提にして、政府が全国土を1ミリシーベルト/以下に取り戻す覚悟を決めれば1ミリシーベルト/以下にする除染は可能であるという立場をとっています(除染期間は何十年、百年単位の期間に及ぶだろうという考え方のもとで。児玉教授のいう「覚悟」とはそういうことのようです)。

●国土を守り国民とともに生きる5項目(上記ビデオ1:32:18頃~)
(1) 東電と政府は、放射性物質を飛散させた責任を謝罪し、全国土を1ミリシーベルト/以下に取り戻す覚悟を決めて除染予算を組む(線量が高いところの家は壊し、木やその他を根こそぎ除き、表面土壌とともに除去するという「完全撤去型除染」を含む)。
(2) 全食品を検査できる機器を開発し、厳格な安全基準を決める。
(3) 常盤自動車道(広野―南相馬間)を半年で開通させる他、20km圏内の道路、森林の林道整備をすすめる。
(4) 森林バイオマス発電を基礎に復興をすすめる。
(5) 高線量地区住民の新しい町への移転の推進。

京大原子炉実験所助教の小出裕章氏の除染の考え方は「除染は完全にできない」というものですが、小出氏はそれでも被災地の「復興」のためのできうる限りの徹底的な除染の提唱者でもあります。理論的な除染の方法論では小出氏と児玉氏の考え方は類似しているというのが私の見方です。この点については改めて稿を起こすこともあると思います。

長くなりましたが、以下、JSA福岡核問題研究委員会メンバーの上記要請文に対する共産党の12月16日付け回答を載せた豊島さんのメールの転載です。

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佐賀大学の豊島です.10月14日の投稿で紹介した次の意見に対して,今月16日に回答がありました.公表可とのことなので,そのまま転載します.
[abolition-japan][01452] 共産党は「避難の権利」を擁護すべきだ[uniting-peace][17882] 共産党は「避難の権利」を擁護すべきだ

私のブログにも転載しています.
http://pegasus1.blog.so-net.ne.jp/2011-12-21

JSA福岡核問題研究委員会メンバーのみなさんへ

 みなさんから「しんぶん赤旗と共産党は『避難の権利』を擁護すべきです」とのご意見をいただきました。
以下を私たちの回答といたします。

(1)みなさんも心を痛めているように、東京電力福島原発の事故によって深刻な放射能汚染がひろがっています。国民、とりわけ、放射線感受性の高い子どもの健康をまもることは、日本社会の大問題です。そのため、日本共産党は、三次にわたる「大震災・原発災害にあたっての提言」にくわえて、「福島原発事故による放射能汚染から、子どもと国民の健康を守る対策を」との提言(8月11日)を発表し、政府に実行を求めています。この全文もぜひご覧ください。
http://www.jcp.or.jp/web_policy/2011/08/post.html

(2)みなさんがいう「避難の権利」が、「避難をした場合に十分な支援と賠償をうける権利」を意味するなら、憲法が保障する幸福追求権(13条)、生存権(25条)にてらして当然のことだと考えます。それは、自主避難であっても同様に認められるべきです。私たちは、「提言」のなかで「住民の判断による、いわゆる自主避難についても、必要な生活支援と東京電力による賠償が行われなければならない。とくに、子どもや妊婦の避難には特別の配慮が求められる」と、明確にのべています。多くの人々が長期の避難生活を強いられ、将来の展望もみえず、心身ともに疲れ果てているなかで、一刻も早く国が抜本的な支援と全面賠償を行うよう強く求めるものです。
 同時に、「避難の権利」を認めるからと言って、「警戒区域」「避難区域」に指定された地域以外の住民に「避難すべきだ」と求めることは、適切でないと考えます。避難するかどうかは、正確な情報提供のうえにたって住民の判断にゆだねられるべきです。
 それは、避難すれば、放射能の不安から逃れることはできたとしても、別の深刻な困難をかかえる人が多数いるからです。家族や友達が離れ離れになってしまい、そのストレスは子どもの心に少なからず悪影響をもたらします。その地で長年築いてきた仕事や営業・営農を手放すことは苦渋の選択です。多くの住民が避難をせずにとどまりながら、放射能汚染から身を守るために懸命の努力をしているという現実があります。この人々にも、幸福追求権や生存権にてらして国に支援を求める権利があります。
 避難をした人も、避難しない選択をした人も、避難したくてもできない人も、ともに連帯を強め、国と東京電力に責任をはたすよう求めていく世論と運動をひろげることが大事ではないでしょうか。
 私たちが12月13日に開いた第4回中央委員会総会では、「自主避難も含めて避難された人々と、現地で暮らし続けている人々の双方に対して、生活と権利、健康を守るための万全の対策を等しくとることを、政府に強く要求します」として、徹底した除染と全面賠償を政府に行わせるため、全力をあげることを明らかにしました。「提言」も、こうした立場から発表したものです。

(3)みなさんは、「しんぶん赤旗」が「除染が決定的です」と報じたことなどをもって、「除染のみを一面的に喧伝し」ていると非難していますが、大きな誤解だといわねばなりません。
 国民、とくに子どもたちの命と健康を守るために、また、避難している人々が一日も早く故郷に戻れるようにするためにも、今なすべきことは、私たちの「提言」が「放射能汚染の規模にふさわしい除染を迅速にすすめる」とした具体的な措置をすべてとりきることです。「しんぶん赤旗」が、その立場から「除染が決定的」と報じるのは当然のことでしょう。
 福島事故での汚染の調査と除染は、規模の面でも方法についても、人類が経験したことのない挑戦であり、国が本腰をいれて責任もってとりくむべき一大事業です。みなさんは「除染の効果が現時点で限定的」といいますが、本格的な除染が行われていない段階で「効果が限定的」と断言するわけにはいきません。汚染土壌の表層5cmを剥ぎ取るだけで線量が半分以下になり、農地の果樹も高圧洗浄で線量が半減することは、すでに実証されています。1回の除染では効果が少ない場合や、効果をあげても再び線量があがる場合には、除染方法の改善や面的除染へひろげるなど、さらに効果をあげる努力が必要になってきます。大事なことは、あらゆる英知を結集して、本格的な除染、効果のある除染をやりとげることです。
 そのためには、除染のための大きな財源確保や汚染廃棄物の「仮置き場」の確保も必要になります。財源の確保は、「原発埋蔵金」の活用や「原発利益共同体」の負担によって可能と考えますが、国の除染費用は来年度予算を含めても1・2兆円にすぎません。「仮置き場」も住民合意を貫きながら国の責任で行うべきなのに、なかなか決まっていません。政府の対応があまりにも不十分で無責任なことこそが大問題なのです。
 除染の作業を、内部被ばくを防ぐ方法で行うべきことも当然のことです。「提言」は、「内部被ばくを避ける作業方法などの相談や援助を各自治体が行えるよう、国が支援する」ことを求めています。
 なによりも、本格的で迅速な除染は多くの福島県民の切実な要求です。10月30日に「オール福島」で開催された集会でも、浪江町町長の馬場有さんは「一日も早く除染して、元の生活に戻してほしい」と訴えています。国と東京電力の無責任な姿勢を変え、除染と賠償に責任をはたさせるために、いまこそ国民が力をあわせるときではないでしょうか。私たちは、そのために全力をつくします。

               日本共産党
野田首相が昨日16日の夕方記者会見を開き、福島第1原発の原子炉の冷却が安定して放射性物質の放出が大幅に抑えられた旨の冷温停止宣言をしました。

■首相、事故収束を宣言=「冷温停止状態」達成 ―避難区域見直しへ― 福島第1原発(朝日新聞/時事通信 2011年12月16日)
http://www.asahi.com/national/jiji/JJT201112160062.html
■福島第1原発:野田首相、冷温停止状態達成を宣言(毎日新聞 2011年12月16日)
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20111216k0000e010213000c.html

しかし、京大原子炉実験所助教の小出裕章氏らが早くから指摘しているように〈冷温停止〉とは通常原子炉が十分に安全で格納容器を開いて中の燃料棒を取り出すことができる状態であることを指していうのであり、したがって炉心がメルトダウンしている状態の〈冷温停止〉など本来ありえないのです。

当然、この野田首相の冷温停止宣言には海外メディアや内外の専門家から批判が続出しています。

■冷温停止宣言:ドイツ通信社が速報 批判的見解も紹介(毎日新聞 2011年12月16日)
http://mainichi.jp/select/world/news/20111217k0000m040032000c.html
【ベルリン篠田航一】東京電力福島第1原発の原子炉が冷温停止状態になったとの宣言について、ドイツのDPA通信は16日、「フクシマの原発の廃虚が制御された」と速報した。ドイツは福島第1原発事故を受け、今年6月、国内17基の全原発を22年までに順次停止する「脱原発」を決めた。/一方でDPA通信は「燃料棒が溶融し、圧力容器を破って地上に漏れているともみられ、まだ安全な状態には程遠い。これで冷温停止を宣言するのは意図的なウソと紙一重。日本政府は国民をミスリードしている」と批判するオーストリアの専門家の見方も紹介した。

■海外メディア 冷温停止を疑問視(NHKニュース 2011年12月16日 17時50分)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20111216/t10014696851000.html
野田総理大臣が、「原子炉は『冷温停止状態』に達した」と述べ、事故の収束に向けた工程表の「ステップ2」を完了したことを宣言したことについて、海外のメディアは宣言の信ぴょう性を疑問視する見方や、完全な収束には相当な時間がかかるという見方を伝えています。/このうち、アメリカの新聞、「ニューヨークタイムズ」は、電子版で「専門家は『冷温停止状態』の宣言を強く疑問視している」としたうえで、「年内にステップ2を達成するという公約を果たすための、現実を無視した宣言であり、原子炉の安全性への脅威から目をそらせることがねらいだ」とする専門家の見方を伝えています。また、イギリスのBBCは、野田総理大臣の記者会見の模様を生中継で放送し、「冷温停止は1つの節目だが、それは汚染された地域の除染や福島第一原発の廃炉といった今後の長い道のりの中の一歩にすぎない。避難を余儀なくされている人々が故郷に戻って普通の生活を始められるめどは立っていない」と伝えました。このほか、中国国営、新華社通信の英語版は、複数の専門家の話として、「損傷した原子炉内の温度を正確に測定することはできず、原子炉がどれほど安定した状態にあるかを断定することはできない」としたうえで、「世界の人々に間違った印象を与えるおそれがあり、日本政府は、ステップ2を年内に達成するということに固執しすぎるべきではない」と伝えています。

■政府の宣言 専門家からは批判の声(NHKニュース 2011年12月16日 17時35分)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20111216/t10014695951000.html
政府が東京電力福島第一原子力発電所の事故について「原子炉は『冷温停止状態』に達した」として、事故の収束に向けた工程表の「ステップ2」を完了したことを宣言したことについて、専門家から批判の声が上がっています。/原子力の安全に詳しい九州大学の工藤和彦特任教授は「国や東京電力は『冷温停止状態』ということばを使っているが、原子炉では限られた手段での冷却しかできない状態にある。単なる区切りをつけるために宣言したものに過ぎない。正常に動いている原子炉を止めたときに使っている『冷温停止』とは相当違った状態であることをしっかり認識すべきだ」と述べました。そのうえで、工藤特任教授は「原子炉を安定的に維持できるようになったことは一定の評価はできる。ただ、原子炉の状態や冷却方法が著しく改善されたわけではなく、安定した状態を再確認したに過ぎない。また、原子炉の溶けた燃料の状態がほとんど分かっていない状況で、今ある限られたデータによる推測しかできていない以上、今後もデータの不確かさをカバーするために、新たに機器を設置して圧力や水位も測れるようにするなど、状況の把握を進める必要がある」と話しました。また、工藤特任教授は汚染水の処理施設からの水漏れを例に「今なされているのは事故の応急措置として『にわか作業』で作り上げたものであり、対策が十分でなかったことを示している。今の状態で仮設の施設を今後も使い続けなければならないこともあるわけで、あらゆる場所で水漏れが起きないことを示していく必要がある」と話しました。

■福島第一原発の冷温停止宣言、「安全になったわけではない」と米専門家(CNN Japan 2011年12月16日)
http://www.cnn.co.jp/world/30004950.html
■Japan May Declare Control of Reactors, Over Serious Doubts(日本政府が原子炉制御成功を宣言しても、その裏には重大な疑問)(ニューヨークタイムズ 2011年12月14日)
http://www.nytimes.com/2011/12/15/world/asia/japan-set-to-declare-control-over-damaged-nuclear-reactors.html?_r=2
■冷温停止状態は大本営発表、そのまま報じるメディアは「人民日報」 か 「プラウダ」 か?(ヤメ蚊ブログ 2011年12月14日)
http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/b88da3b8aaf8908f027249680e84e65d

などなど。

上記3本の記事(本文省略)のうちここでは2番目のニューヨークタイムズ記事(2011年12月14日付)を全訳しているブログがありますので、以下、同記事を転載させていただこうと思います。

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■ニューヨークタイムズ紙:「冷温停止宣言の裏の疑問」(EX-SKF-JP 2011年12月15日)
http://ex-skf-jp.blogspot.com/2011/12/blog-post_15.html

ニューヨークタイムズ
マーティン・ファクラー
2011年12月14日

日本政府が原子炉制御成功を宣言しても、その裏には重大な疑問

東京発-壊滅的な地震と津波が福島第1原発の原子炉冷却システムを破壊し、3つの原子炉でメルトダウンを起こしてから9ヶ月、日本政府は近々、原発の過熱した原子炉を再び制御することに成功した、と宣言すると見られている。

しかし、そのような宣言が出る前から、専門家は深い疑念を表明している。

金曜日に、野田佳彦首相率いる災害対策本部は、福島原発の壊れた3つの原子炉が「冷温停止」と同様の状態になったと発表するかどうかを採決する予定だ。冷温停止とは技術用語で、通常は壊れていない原子炉で炉心が安全に安定している状態を指す。専門家は、政府が予想されるように冷温停止を宣言するとすれば、それは原発の冷却システムを年内に復旧するという約束を守ろうとする政府の努力を反映しているだけで、真の原発の状態を表したものではない、と言う。

対策本部が冷温停止を宣言すると、次のステップは使用済み燃料をより安全に貯蔵するために共用冷却プールに移し、いずれは原子炉自体を開けることになる。

しかし、多くの専門家が恐れるのは、政府の勝利宣言は事故についての国民の怒りを和らげるためだけのもので、原子炉の安全性を脅かす危険から注意をそらすのではないか、ということである。そんな危険の一つ ―3月11日のマグニチュード9の地震の余震で、福島原発の運転者である東電が事故後に応急措置として急い
で構築した新しい冷却システムが損傷してしまう― は、可能性が大きいものとして多くの地震学者が指摘する。

専門家はまた、冷温停止という言葉自体、壊れた原子炉が安定しているかのような印象を与えかねない、と言う。壊れた原子炉の燃料炉心はメルトダウンを起こしただけでなく、圧力容器を溶融貫通して圧力容器の外側の格納容器のコンクリート製の構造物の床を侵食しているのだ。

「政府は、すべては制御されている、と言って人々を安心させたい。それで年末までにそうする、といっている」、というのは、九州大学原子力工学科の工藤和彦教授。「私が知りたいのは、本当にそんなこと言ってしまっていいのか、ということです」

おそらく多少の余地を残すためだろうが、日本政府はあいまいな表現を使い、3基の破壊された原子炉は「冷温停止状態」にある、と宣言すると思われる。実際上は原子炉の温度を水の沸点以下に安全に保つことが出来るようになり、溶融した炉心が再び原子核連鎖反応を起こして再び原子炉の温度が制御不能の状態で上がってしまう危険性はすでにない、という主張に過ぎない、と専門家たちは言う。

専門家は確かに、壊れた原子炉を再び制御するための東京電力による作業が進んでいる、と評価している。福島第1原発のにわか造りの原子炉冷却システムは米国、フランス、日本の企業の協力で造られたが、今のところ炉心を冷やすことが出来ている、と評価している。

また彼らは、大破した1号機の原子炉建屋を覆う小屋のような構造物が原発からの放射能の大気中への拡散を抑えている、と言う。1号機建屋は3月の水素爆発で破壊された3つの原子炉建屋の一つで、この爆発のために東日本、北日本の広範囲にわたって危険な放射性粒子が拡散した。

それでも専門家たちは、[冷温停止という]用語は通常は健全な原子炉に対して使うもので、原子炉が十分に安全で格納容器を開いて中の燃料棒を取り出すことが出来る状態を示すものである、と言う。しかし、福島第1原発の壊れた原子炉から溶融した燃料を取り出すには、日本政府が予定する3年よりもよほど長い期間が必要かもしれない、と警告する。一部の専門家は、冷温停止の宣言は福島原発があたかも収束に近づいているというような誤解を招きかねない、と言う。

「福島第1原発の原子炉のような壊れた原子炉に対して冷温停止を宣言しても、さほどの意味はない」と言うのは、International Access
Corporationの原子力工学コンサルタントの中尾昇だ。

実際、数十年前にメルトダウンした原発からでさえ損傷した炉心を取り出せていないのだ、と専門家は指摘する。チェルノブイリ事故の場合、1986年の爆発後ソ連政府は損傷した原子炉をコンクリの石棺で固めただけである。冷温停止の話は環境の放射能汚染というより深刻な問題から人々
の注意をそらしている、という専門家もいる。特に、建屋の地下に溜まっている、あるいは原発の敷地内に保管されている9万トンの汚染水が太平洋に漏出する危険がまだある、と言う。

「現時点では、原子炉の中がどうなっているかよりも汚染の状況の方が心配だ」、というのはMurray E. Jennex、サンディエゴ州立大学の原子力封じ込めの専門家である。

原子炉自体が安定している、という日本政府の主張、、特に、核分裂と呼ばれる熱を発生する連鎖反応の再発はすでに不可能である、という主張は信用する、とJennex氏は言う。福島第1原発の原子炉の一つで先月、核分裂の副生物であるキセノンガスが検出され、連鎖反応が再開したのではないかとの危惧があったが、Jennex氏は、3月の事故から既に十分な量の核燃料[内の放射性物質]が崩壊しているので、それはまずないだろう、としている。

それに反対する専門家もいる。九州大学の工藤教授は、核分裂の再開、これは再臨界と呼ばれる現象だが、原子炉を開いて中の溶融燃料を調査できるようになるまでは、その可能性を除外することは出来ない、と言う。しかし、教授を含めた専門家の一番の危惧は、地震や津波が再び襲って、東電の間に合わせの原子炉冷却システムを使用不能にしてしまう可能性である。冷却システムは地震安全基準に従って造られたものではない、と彼らは指摘する。このシステムは、原子炉と2キロ以上の長さの[プラスチックの]ホースでつながっている水の浄化装置やその他の脆弱な装置に頼っているのだ。

「地震か津波が一つ来ただけで、福島第1原発はまた振り出しに戻ってしまいます」、と工藤教授は言う。「このような危ない状態を、冷温停止、と本当に呼べるのでしょうか?」
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伊藤和子さん(弁護士/ヒューマンライツ・ナウ事務局長)の下記のご認識に深く共感します。

「しかし、私は以前からずっと思ってきたし、今回はっきりとしたことがある。/本質的には、沖縄への基地強要はレイプと同じ凌辱なのではないか、ということだ。」

「そして、基地の固定化をはかってきた米政府と歴代政権は、/この構造を正確に理解し、意図的に凌辱をしてきたのだ。/そして、被害者ではなく、加害者側にたち、いわば、レイプの見張り番をしていた。/基地問題経験の長いという防衛局長自身、この構造がレイプであると百も承知であり、現場で見張りをしていたから、/日頃の認識が口を突いて出た。」
  
「辺野古アセスはまさに本質的にレイプなのである。」

「日本政府のトップは、局長らを現場に派遣して、汚れ仕事は現場に任せ、実際に見張り番として手を汚していないかもしれないが、本質的には、レイプの加害者の側に立っている。/一度は辺野古移設をやめようと努力を重ねた民主党政権だけれど、このままでは従前の政権と同じだ。」

注:伊藤さんは「このままでは従前の政権と同じだ」と書いていらっしゃいますが、私は「このままでは」ではなく、民主党政権は<すでに>十分、いや十二分に「従前の政権と同じ」であることは立証済みである、と考えています(<私は決して許さない>という強い感情をもって)。この点の認識については伊藤さんとやや異なるかもしれません。

以下、転載(全文)です。

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■沖縄への基地強要は本質的にレイプと同じ(人権は国境を越えて-弁護士伊藤和子のダイアリー 2011年12月1日)
http://worldhumanrights.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/post-34aa.html

 防衛局長の「犯す」発言には本当に驚愕し、絶対に許せない。
 このようなことを言う人が防衛局長であるということは本当にこの国の公務員の資質が疑われる。
 絶望的な話である。
 女性蔑視であると同時に、明らかな沖縄蔑視であり、辞任は当然だ。
 実は、私が9月に沖縄に行った際も、この人物が就任直後からいかに住民の心情を傷つけてきたのか、聞いて 驚いていた。
 心無い言葉で、人々を絶望的な気持ちにさせて、とても無力な思いをさせてきたのだ。
 

  しかし、私は以前からずっと思ってきたし、今回はっきりとしたことがある。
  本質的には、沖縄への基地強要はレイプと同じ凌辱なのではないか、ということだ。
  ・まず銃剣とブルドーザーという暴力によって侵入し、
  ・沖縄の上にのしかかり、その胴体の中心に、無理やり、奥深くまで、貫通しているのだ、
   嫌だと叫び続ける人の声を無視して
  ・そして、命こそ宝、と平和を求める人々の尊厳や精神を蹂躙して、
  貫通した基地は、海外で殺戮を繰り広げる
   ~魂をすら蹂躙している
  ・そして、騒ぐのを抑えるために金をばらまき、ばらまいたことに付け込んで売春婦だ、ゆすりたかりだ、という。
  
  そして、基地の固定化をはかってきた米政府と歴代政権は、
  この構造を正確に理解し、意図的に凌辱をしてきたのだ。
  そして、被害者ではなく、加害者側にたち、いわば、レイプの見張り番をしていた。
  基地問題経験の長いという防衛局長自身、この構造が
  レイプであると百も承知であり、現場で見張りをしていたから、
  日頃の認識が口を突いて出た。
  
  辺野古アセスはまさに本質的にレイプなのである。

  日本政府のトップは、局長らを現場に派遣して、汚れ仕事は現場に任せ、実際に見張り番として手を汚していないかもしれないが、本質的には、レイプの加害者の側に立っている。
  一度は辺野古移設をやめようと努力を重ねた民主党政権だけれど、このままでは従前の政権と同じだ。
  そして、沖縄を切り捨てて、「強行してしまえば、おとなしくなる」「無理やり犯してしまえば抵抗できなくなる。今やその時だ」と考えているのか。
  本質がはっきりとした今、それでも民主党政権がアセスを強行するというのか、それが問われている。

[沖縄防衛局長更迭]「許せない」二重の侮蔑(沖縄タイムス)
http://www.okinawatimes.co.jp/article/2011-11-30_26704/

 「不適切発言」では済ませられない。官僚が沖縄に向き合う姿勢の根っこにある差別のまなざしの表れである、と断じざるを得ない。しかも女性と沖縄に対する二重の侮蔑である。このような認識しか持てない官僚が沖縄防衛局のトップに居座るのは許されない。更迭は当然だ。

 米軍普天間飛行場の辺野古移設問題で、防衛省は環境影響評価(アセスメント)の最終段階となる評価書を年内に県に提出する方針である。米側に移設作業が進捗(しんちょく)していることをアピールする狙いだが、時期は明言していない。

 28日夜の非公式の懇談会で、記者団にこの点を質問された田中聡沖縄防衛局長は「犯す前に犯しますよと言いますか」と女性への性的暴行に例えて発言した。

 普天間問題の原点が1995年9月の米兵による暴行事件であることを知らないはずはない。戦後、積もり積もった沖縄の怒りのマグマが爆発した事件である。評価書提出を性的暴行になぞらえる神経はとても考えられない。

 暴行事件が発生した当時のリチャード・マッキー米太平洋軍司令官による「犯行に使用した車を借りる金があれば、女を買えた」(95年11月)との暴言も、田中氏は「その通りだと思う」と肯定した。同司令官は引責辞任している。

 田中氏は、「(400年前に)薩摩に侵攻されたときは軍隊がいなかったから攻められた」とも語った。「基地のない平和な島はあり得ない」と平和を願う心を踏みにじり、「来年夏までに移設の進展がなければ普天間はそのまま残る」と固定化に言及した。

 県内ではあらゆるレベルの選挙で県内移設反対の民意が示されている。海面埋め立ての許可権限を持つ仲井真弘多知事はきっぱり県外移設を要求している。

 県議会も評価書の提出を断念するよう求める異例の意見書を今月14日に全会一致で可決したばかりだ。

 民主党政権は政権交代を果たした衆院選で公約した最低でも県外をかなぐり捨て米側と辺野古回帰で合意した。日本政府の姿勢は沖縄を顧みず、米側におもねるばかりであることを如実に示す。

 田中氏は現地の責任者として沖縄の民意を本省に伝達する重要な役割を負っていたはずだ。政府は「建前」では口を開けば沖縄の負担軽減に触れるが、田中氏の「本音」は、沖縄を犠牲にして成立している日本の安全保障政策のいびつさを明るみに出した。

 田中氏個人の資質の問題なのか。そうではあるまい。沖縄を米国に差し出す構造的差別は連綿と続き、官僚の心底に染み込んでいるのである。

 宝珠山昇防衛施設庁長官が94年9月に来県した際、「沖縄は基地と共生・共存する方向に変わってほしい」と言ってのけたおごりにつらなる。

 沖縄への差別意識は米側も同じだ。ケビン・メア国務省日本部長(前在沖米国総領事)が「沖縄の人はゆすりの名人」と言い、更迭されたのはついこの3月のことだ。

 沖縄差別を変えるきっかけにするためにも普天間の県内移設を許してはならない。
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