取調べの可視化を求めるひとつの市民集会(主催:取調べの可視化を求める市民団体連絡会・共催:日本弁護士連合会)の案内をきっかけにしていわゆるリベラル・左翼の公開型メーリングリストのCML(市民のML)で取調べの可視化とそのバーター取引としての検察権限の拡大への危惧に関して以下のような応答がありました。

大切な問題提起を含む応答だと思います。応答の逆順でご紹介させていただこうと思います。はじめの応答が私のものです。

この問題に関する東本(ブログ筆者)の応答
(2011年11月29日):

日弁連には2009年度から始まった裁判員制度について、その前々年の2007年までは裁判員制度は取り調べの全過程の録音・録画の完全実施とセットでなければ決して認めないと言っていたにもかかわらず(私は直接に当時日弁連司法改革調査室顧問という肩書きを持っていた御仁からその主張を聞いています)、
その舌の根の乾かない翌年(実施の前年)の2008年になると同録音・録画の完全実施などまったく決まっていないにもかかわらず裁判員制度の予定通りの開始を積極的に呼びかける声明を発表し(上記の御仁の前年の主張をいとも簡単に覆す恥を知らない2008年度の主張も私は直接に聞いて知っています)、多くの単位弁護士会、また多くの個人としての弁護士の危惧、反対の声を押し切って裁判員制度推進に加担してしまったという前科があります。

今度の改めての日弁連などの取調べの可視化の主張が、その「取調べの可視化とバーター取引の検察権限の拡大」に加担するようなことになっては日弁連は前科2犯の常習犯、という謗りは免れないでしょう。

そのような視点を持ったシンポジウムであっていただきたいと私も思います。

この問題に関する前田朗氏(東京造形大学教員)の応答
(2011年11月29日):

前田 朗 です。
11月29日

「検察改革は 何をどう反省したのか」救援510号(2011年10月)を私のブログにアップしました。

http://maeda-akira.blogspot.com/2011/11/blog-post_28.html

取調べの可視 化は必要です。重要です。

しかし、現在 の可視化論には疑問もあります。

第1に、取調 べの可視化だけに焦点を絞り、代用監獄その他の問題を隠蔽しています。取調べの可視化によって重大人権侵害はなくなりません。

第2に、検察 が主導している取調べの可視化は、警察による無法な取り調べの規制につながりません。現在主張されている取調べの可視化によって冤罪はなくなりません。

第3に、検察 改革で進められているのは、取調べの可視化とバーター取引の検察権限の拡大です。現在主張されている取調べの可視化論によって、人権侵害はむしろ増える懸念すらあります。同様に、冤罪も形態を変えるだけに終わる懸念があります。

この問題に関する菊池氏(救援連絡センター)の応答
(2011年11月29日):

救援連絡センターの菊池です。「救援」などでも「可視化」を巡る危うさを訴えていますが、警察庁や法務省は「可視化」と引き替えに新たな捜査手法の検討に入り、すでに法制審も動き出し、日弁連の取り込みに入っています。「可視化」をするなら「自白偏重」の警察のこれまでの捜査方法を改めて、もっと証拠収集をやりやすくしなければ、治安対策が遅れるとして、これまでは人権侵害の恐れがあるとして取り上げられてこなかった、司法取引やおとり捜査、黙秘権制限などのあらゆる捜査手法が一気に実行されようとしています。すでに法制定なしに「GPS装着」や「DNA採取」などが現場では実践されています。「可視化」に反対ではありませんが、陪審員制度を要求する運動を逆手にとって、裁判員制度が作られたように、国家は我々の要求を利用して、より治安弾圧強化をねらってくることを阻止しなければもっと危険な状況になると思います。

この応答のきっかけとなった
松浦亮輔氏(監獄人権センター)のメール(2011年11月29日):

みなさま

 いつもお世話になっております。監獄人権センターの松浦です。
取調べの可視化に関するイベントのご案内をお送りいたします。

よろしくお願いいたします。

***

【転送転載・歓迎】
□■□ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
12月7日(水)
取調べの可視化を求める市民集会

なぜ、無実の人が『自白』をしてしまうのか
~取調べの全過程の録画が必要なワケ~
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ □■□

相次ぐ冤罪事件の無罪判決により、捜査機関の密室での無理な取調べが明らかになっています。取調べの可視化を導入すべきという声は高まっていますが、依然として、取調べの全過程の録画によって取調べの機能が低下し、供述を得にくくなるといった主張が捜査機関を中心に根強くあります。

また、「罪を犯していないのに自白するわけがない」という意見も、いまだによく聞かれます。

今回は、自白の心理を研究し、『証言の心理学』(中公新書)の著者である高木広太郎さん、布川事件の冤罪被害者であるの桜井昌司さんなどをお招きし、無実の人が自白する過程や背景を考えながら議論していきます。

ふるってご参加ください。

■日時: 12月7日(水) 19:00~20:30 (開場 18:30)
■会場: 弁護士会館2階講堂クレオ
      
http://www.nichibenren.or.jp/jfba_info/organization/map.html
      東京都千代田区霞が関1-1-3
      地下鉄丸の内/日比谷/千代田線「霞が関」駅 B1-b 徒歩1分
      地下鉄有楽町線 「桜田門」駅(5番) 徒歩8分
■参加費:無料(事前申し込み不要)

□■□ プログラム ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

(1) 基調講演「自白の心理学-なぜ無実の人が『自白』をしてしまうのか」
  講師:高木光太郎さん(青山学院大学教授、法心理学)

(2) パネルディスカッション「取調べの可視化(全過程の録画)が必要なワケ」
  パネリスト
   高木光太郎さん
   桜井昌司さん(布川事件 冤罪被害者)
   青木和子さん(弁護士/布川事件弁護団/法制審議会新時代の刑事司法制度特別部会委員)
   小坂井 久さん(弁護士/法制審議会新時代の刑事司法制度特別部会幹事)
  コーディネーター
   若林 秀樹 氏(アムネスティ・インターナショナル日本事務局長)

主催:取調べの可視化を求める市民団体連絡会
【呼びかけ団体】アムネスティ・インターナショナル日本/監獄人権センター/日本国民救援会/ヒューマンライツ・ナウ
【構成団体】国際人権活動日本委員会/社団法人自由人権協会/人権と報道・連絡会/菅家さんを支える会・栃木/富山(氷見)冤罪国賠を支える会/フォーラム平和・人権・環境/名張毒ぶどう酒事件全国ネットワーク/袴田巖さんの再審を求める会/袴田巌さんを救援する清水・静岡市民の会/布川事件・桜井さん、杉山さんを守る会/無実のゴビンダさんを支える会/無実の死刑囚・袴田巌さんを救う会

共催:日本弁護士連合会
共催予定:東京弁護士会/第一東京弁護士会/第二東京弁護士会
……………………………………………………………………………………………………
【お問合せ】
アムネスティ・インターナショナル日本 tel: 03-3518-6777
監獄人権センター tel: 03-5379-5055
日本国民救援会 tel: 03-5842-5842
 
追記;

上記の三者三信の応答を受けて監獄人権センターの松浦さんから下記のような応答(2011年11月30日)がありました。追記させていただこうと思います。

みなさま

 お世話になっております。監獄人権センター事務局の松浦です。
昨日ご案内を送らせていただいたイベントについて補足させていただきます。

今回のイベントは取調べの可視化を求める市民団体連絡会と弁護士会との共催で行います。
取調べの全過程の録音・録画を求めるもので、取調べ手法の高度化とのバーターの議論や一部過程の録音・録画などの現在の警察・検察主導の議論を支持するものではありません。

取調べ手法の高度化は本来可視化とは関係ない議論であることも当日触れていきたいと考えています。また、証拠開示の問題、代用監獄の問題性などについても合わせて考えて行くべきであると認識しています。

これまでの取調べの可視化を求める市民団体連絡会の意見書・声明は以下の通りです。

○取調べの全面可視化(全過程の録音・録画)の早期実現を求める要請書
http://www.cpr.jca.apc.org/archive/statement#1060

○新時代の刑事司法制度特別部会運営に関する意見書
http://www.cpr.jca.apc.org/archive/statement#1040

○私たち市民団体は、いまこそ取調べの可視化(全過程の録音・録画)を実現するよう日本政府に求めます。
http://www.cpr.jca.apc.org/archive/statement#1030

取調べの可視化を求める市民団体連絡会ができる以前の共同声明です。
○NGO共同声明 : 取調べの全面可視化を求める共同声明(アムネスティとの共同呼びかけの声明です)
http://www.cpr.jca.apc.org/archive/statement#980


取調べの可視化の必要性を訴えつつも、捜査手法の高度化などのご指摘の点についても引き続き注意しながら活動をしていきたいと考えております。
先の私のエントリ記事について、福島第1原発事故によって放射能で汚染された福島の地の人たちはすべからく行政の手によって避難させられるべきであった。いま、福島の地に現にとどまっている人たち、踏みとどまろうとする人たちに、あるいはその人々の判断に同意、あるいは共感の意を示すことは、彼ら、彼女たちを「英雄視」することにもつながり、結果として「5mSv/年を越えるような『馬鹿げた』環境に、人々を人質に差し出」そうとすることと同じ現代の「年齢を問わぬ『姥捨て』というべきものではないか、という激しい根源的な反問がありました。
 
以下は、その反問に対する私の応答の記録です。この応答はしばらく続くでしょう。実際問題としても、私の心の中の応答、としても。
 
この問題について、どのような態度で臨むのが正しい態度といえるのか? なにが正しくて、なにが正しくないのか? 私はいまだ明解な答を見出せてはいません。応答の記録、としておくゆえんです。

ある反問者の根源的な問い

品川宣言起草者の一人、前迫です

私は小出氏は25年前から尊敬していますし、東本さんもこの「CML」のご意見を拝読していますので、優れた知性だと了解しています。

でも、小出氏の「60禁」食品論と、今回の東本さんの論には頷けません。

本当に過酷な現実、それに接した時の人の対応方法、それもすこぶる一般的な対応として「拒絶」、もう少し現実的には、その事実を認めたくないとする自己の精神、あるいはアイデンテティの防衛本能としての潜在的な現実認識拒否というものがあると思います。

これは、全くに推進派・東電・政府に3月12日からの数日間、うまくやられてしまったなと思うのですが、福島県の人々の賢明さと冷静さを逆手に取られての、パニック防止策でした。
平静・冷静な対応を訴えての、全福島県民の各自宅への囲い込み策謀にしっかりやられてしまった。

今にして思えば、あのとき福島県の人たちは避難難民として、福島県を脱出すべきでした。避難時の事故は避けなければならないのですが、人々はパニックに陥ってしかるべきでした。
冷静に一呼吸置いて踏みとどまってしまった殆どの人たちが、自主避難できずに取り残されてしまいました。

さらに、
> 逆に「同心円的に遠ざかっている
人々の中で、
> 「恐怖や不安を自覚することができる想像力」
を持ち得ない者達が、
福島県にとどまって、例えば営農を続けようとする人たちを英雄視することで、あるいは、その生産物がたまたま奇跡のように汚染をまぬがれているからとか、暫定基準値(500Bq)以下の汚染だから、私たちはそれを食べなければならないと、意味不明な論理で、フクシマの人々を「呪縛」して行きます。
営農継続を緩やかに強要してゆきます。
自らの生命の危険にも、子どもたちの健康への不安にも怯まず、フクシマの大地に立ち続ける人の姿は、本当に美しいか?

今は懐かしい「ほめ殺し」?で、5mSv/年を越えるような「馬鹿げた」環境に、人々を人質に差し出します。
これは現代の集団リンチではないか?? 
年齢を問わぬ「姥捨て」ではないのか?
ナチスに協力した良識ある市民による、ユダヤ狩りではないのか?

原発の存在を許してきた広汎なこの国の国民は、このフクシマの結果を各自ひきうけなければならない。
とするならば、これらフクシマの人々を見殺しにすることをも、引き受けなければならないのか? 
フクシマから自主避難した人々に支援の手をさしのべるのではなく、石持て再びフクシマに追うのか?

Non! 私はそれを拒絶する。

■ある反問者の根源的な問いに対する私の応答

前迫さん、ご意見拝読致しました。

重たい問いです。さまざまな問題が複合していますので(たとえば人がその地に住み続けることができるほどにほんとうに「除染」は果たせるかという根底的な問題、その莫大な費用の工面の問題、そうしたことどもに対する政府と国民の認識と真にやる気があるのかどうなのかという問題などなど)、ひとことで応答することはできません。お応えすることに躊躇を感じていました。

*私の先の論は福島と東日本の地に「踏みとどまろうとする人」に重点をおいたものではありません。「踏みとどまろうとする人」も「避難しようとする人」も対等なスタンスで論じているつもりです。

たとえばチェルノブイリの例を引いてお応えしようかとも思いました。

当時、チェルノブイリでは、原発プラントから30km以内(900km2)に居住する全ての人間(約11万6000人)が即時強制避難させられ、さらに線量ホットスポットである北西約100km圏内も避難対象地域となり、計40万人を超える人々が避難と移住を余儀なくされました。しかし一方でセシウム137の汚染が37kBq/m2(1キュリー/km2)を超える地域(国際標準で放射能「汚染地域」と呼ばれる地域)には当時約600万人の人々が生活していたといわれていますが、相対としてその「汚染地域」のほとんどの人々はそこから避難することもなく(といっても、その理由は、無知であったり、避難するお金がなかったりとさまざまでしょうが)そのまま日常の生活の営みを(結果として)続けていました。
・ウィキ:『チェルノブイリ原子力発電所事故』「避難
・今中哲二『チェルノブイリ原発事故の調査を通じて学んだこと』(p81)

しかし、そうしたことを許した当時のロシア政府の措置が正当であったとはとてもいえず、国際標準で放射能「汚染地域」と呼ばれる地域に約600万人もの人々を棄民したままの当時のロシア政府の施策は厳しく非難されてしかるべきでしょう。しかし、結果として約600万人もの人々がいまなお同地で生活し続けているということがあります。ロシア政府の当時の措置は批判しえても、その土地にいまなお暮らし続ける人々を批判することはできないだろう、と私は思います。

しかしまた、こうした具体例を挙げると間違ってしまうのです。事実としてそういうことがある、あったことが、その「事実」を正当化することには決してなりえないからです。

いま、避難しなかった理由にはいろいろあっただろう、と言いました。無知であったり、避難するお金がなかったり、と。その避難しなかった理由の中には自らの意志であえて避難しなかったという人たちも当然いたはずです。その理由は家族愛であったのか、郷土愛であったのか、さらにその他の理由があったのかはむろん私などにはわかりません。しかし、自らの意志であえて避難しなかった一群の人たちがいたであろうことはたしかなことのように思います(その選択がよいことだったのか、悪い選択だったのかはまた別の問題です)。

とにかくそういう人たちはいた、いたはずです。

私は、避難、あるいは移住の権利を認めるならば、その地に留まる権利も認めなければならないと思うのです。避難、また移住の権利は否定してはいけませんが、その地に留まる権利も否定してはいけないと思うのです。

そのことをどのように理解するか? いま問われていることのように私は思っています。
 
ただ、おのれのイデオロギー(理念)としての「避難の権利」のみを主張して、福島と東日本の地に踏みとどまろうとする人たちの心情には思いを致さない主張だけには私も明確に Non! と言っておかなければならないように思います。


付記:
この避難するべきか、留まるべきか、という「困難な」という形容抜きではとても語りえないアンビバレントな問題について、たとえば良心的な反原発の論を発信し続けている小出裕章さん(京大原子炉実験所助教)は先日、高校生たちに対して次のように語っていました(「小出裕章助教 高校生たちへのメッセージ」2011年11月5日[7/7]
)。

●一人目の高校生の質問に応えて(1分29秒頃~):

高校生先ほどの資料の中に日本中に核管理区域ができてしまったという話があったんですけども具体的にそれが失くなるまでどれくらい時間がかかるのですか?

小出氏
福島第1原子力発電所の汚染(の問題)ですか?(略)いまさっき地図を見てもらったようにそのセシウムで広大な土地が汚れてしまっていて、もし、日本の法律を厳密に適用するなら福島県に匹敵する以上の広大な地域を無人にしなければいけないくらいなんですね。その汚染が30年くらい経つと半分に減ってくれるだろう、と。そのくらい。30年後には私は生きていないし、いま福島で追い出された人たちだって30年も経てば年寄りをはじめほとんどみんな死んじゃっているわけだし、子どもだってそこに30年間戻れないということになればもうその土地は自分の故郷でもなんでもない、ですよね。そういう長さだし(略)1000分の1になるまでには300年かかる、半減期の10倍かかるという、そういう時間がかかります。ですから、みなさんだってこれから何十年生きるか、50年、60年生きるか知らないけれどもセシウムという放射能でいうならせいぜい4分の1くらいまでしか減ってくれないというそういう放射能です。

●二人目の高校生の質問に応えて(3分6秒頃~):

高校生福島第1原発のまわりはいま制限区域という形になっていていますが、あの制限区域内にふつうに人が入れるようになるには何年くらいかかるのでしょうか?

小出氏
いま聞いていただいたとおりですけども人々が追われているところはものすごい汚染なんです。今日の話の中でも日本のふつうの人々は1年間に1ミリシーベルト以上被爆をしてはいけないというのが日本の法律なんですけれども、いま福島で土地を追われている人たちは1年間に20ミリシーベルトの被爆をしてしまうというそういう土地だけが追われているんです。ですから、そういう土地が30年経ったときにどうなるかといえば1年に10ミリシーベルトというか、もう少し減るかもしれないけれども1年間に1ミリシーベルトという日本の国の基準を満たせるなんてことは30年経ってもないし、それからまたたぶん30年経っても日本の法律を満たせるほどには放射能は減らないと思います。ですから、みなさんがたぶん死ぬ頃になってもいま人々が追われている土地は無人のままということになると思います。ほぼ琵琶湖の2倍くらいの面積です。

小出さんは上記のとおり「日本の法律を厳密に適用するなら福島県に匹敵する以上の広大な地域を無人にしなければいけない」とそのセシウム汚染の凄まじさについて語っているのですが、小出さんの上記の発言のうち「日本の法律を厳密に適用するなら」という「無人にしなければいけない」前提を述べているところに着目して読解する必要があるでしょう。

小出さんはこの問題について次のようにも述べているからです(毎日放送(MBS)『放射能汚染の時代を生きる~京大原子炉実験所・“異端”の研究者たち~
。該当部分の文字起こしはこちら)。

わたしは何とか、福島の子どもを逃がしたいと思います。でも親も一緒に逃げなければ、家庭が崩壊してしまいます。残れば健康被害が起きます。逃げればこころが崩壊してしまいます。どっちを選ぶかです。この事故が起きてから、わたしは度々、たくさんの人から聞かれました。「どうしたらいいですか」。でも、わたしにはわからない。「すみませんが、わかりません」と、わたしは言います。わたし自身がそういう選択を迫られている。わたしもどうしていいかわからず、悩んでいます。みなさんも1人1人、そういうなかで今日まで来られたのではないかと思います。残念ながら、いまだにわかりません。でも、どちらかを選ぶしかありません。

小出さんは決して福島の地を「無人にしないといけない」、と主張しているのではないのです。避難するべきか、留まるべきか、「残念ながら、いまだにわかりません」と言うだけです。そう言うほかないのではないでしょうか?

この問題は「困難な」という形容抜きではとても語りえないアンビバレントな問題です。しかし、そうしたアンビバレントな思いを超えていま辛うじて言えることは、繰り返しますが、それは「避難、あるいは移住の権利を認めるならば、その地に留まる権利も認めなければならない。避難、また移住の権利は否定してはいけませんが、その地に留まる権利も否定してはいけない、ということであるように思います。
先のエントリ「広く共感をえられる論理の構築とはなにか? ――広瀬隆氏の「福島 あんなところ」発言に見られる他者を思いやる共感力が欠如した貧困なる思想としての論理について」という記事について、3・11以後に「東日本から西へと避難」されたyaekoさんという方から下記の「参考」のようなコメントをいただきました。私の先のエントリ記事への反論、反感を綴ったコメントです。しかし、福島第1原発の事故によって「東日本から西へと」追われてきた人のコメントです。その心情にはていねいに応答しておく必要を私は感じました。コメントにはコメント欄で応答するのがふつうですが、あらたなエントリとして掲げてその返信とさせていただくことにします。
 
yaekoさん、はじめまして

3・11以後に「東日本から西へと避難」されてこられた、とのこと。たいへんなご決断だったと思います。私はそのご決断はきわめて当然なご決断であろう、と思います。当然のことですが私はそのご決断は人間の生きる権利(生存権)、そういう意味での根源的権利として最大限尊重されなければならないものだと思っています。私は先のエントリ記事においても住民の生存権としての「避難の権利」について次のように書いています。

先に福島の人々の避難の権利の問題についていえば、先月の10月27日から経済産業省前で座り込みを続けている福島県の女性たち(いまは全国の女性たちに引き継がれています)は「除染、除染というより、子どもたちを一日も早く疎開させてほしい」と座り込みを始めた女性たちの総意として訴えています。私もこの福島県民の損害賠償を含む「避難の権利」は一刻も早く具体的なありようとして実現させなければならないと考えています。」

その人間の根源的権利としての「避難の権利」についていささかでも批判をすることなど私には思いも及ばないことです。

さて、「『福島県という〈故郷〉に住み続けたいというのは一方で福島県民のなにものにも代え難い心の底からの叫びであり、願いなのです』と書かれていますが東本さんは福島に住んでいる人たちから直接聞いたのですか?」というご糾問についてですが、いささか的の外れたご糾問であるように私は思います。

私が「福島県民のなにものにも代え難い心の底からの叫びであり」云々と書いているのは、そのフレーズの前文で紹介している「除染徹底、被害賠償を要求=原発事故受け、1万人集会-福島」(時事通信 2011年10月30日)という報道記事を承けてのものです。同記事には、先月の30日に福島市であった1万人規模の集会では福島県浪江町の馬場有町長が「福島県内に1万4000人、全国に7000人が避難している。心が折れないように、皆さんの気持ちを大切にしながら生き抜いていきたい」とあいさつするとともに「一日も早く除染をし、3月11日以前の元の生活に戻してほしい」と訴えたとあります。また、その町長の訴えに対して「(1万人が集まった)会場から大きな拍手が起きた」とも書かれています。私は、左記の福島県浪江町長の訴えは「心の底からの叫びであり、願い」と解釈して誤りないものだと思いますし、その町長の訴えに「(1万人が集まった)会場から大きな拍手が起きた」わけですから、このことを「福島県民のなにものにも代え難い心の底からの叫びであり、願い」と表現してもこれも誤りある表現になっているとは思いません。「直接聞いた」かどうかをここで糾問される筋の問題ではないだろう、と私は思います。

そうして「直接聞いた」かどうかの問題に関連してもうひとことほど申し上げておきますと、私は3・11以後に福島の地を訪れたことはありませんのでもちろん「福島に住んでいる人たちから直接聞いた」わけではありません。が、先のエントリ記事でも紹介している毎日放送(MBS)の『放射能汚染の時代を生きる~京大原子炉実験所・“異端”の研究者たち~
というドキュメンタリー番組には3・11原発震災以後に生まれたばかりの生後5か月の乳呑み子を含めて3人の子どもの子育てをしている福島市に住む赤井マリ子さんの原発被災地の福島で生き抜こうと決意した姿が紹介されています。

赤井さんは言います。

4月、この子がまだお腹の中に入っていて8か月の頃に車を運転していたときちょうどいつも通る同じ道に桜が咲くところがあるんですね。その桜を見てなんか違うく映ったんですね。上のお兄ちゃんたちは小さい頃外で遊ぶということを経験してきたので、だんご虫にアリに・・・春になるとアリの巣を探してアリの巣をほったりとか。でも、この子はできないんだなあなんて、なんでここまで福島県が背負わなければいけないんだろう、背負うものが大きすぎるななんて思って運転している車の中で涙が知らず知らずツーと垂れてくることがよくありましたね。(37分34秒頃)

子どもたちのこれからの成長のことを思うと少しの放射線量の数値の上がり下がりにも気になる赤井さんですが、しかし、赤井さんは福島の地で生きようという決意をします。「夫と相談して住み続けることに決めました。不安もありましたが、住むと決めたからにはどうすればより快適に暮らせるかに気持ちを切り替えている」といいます。「やっぱりね福島に。好きなんだと思うんです、ここがすごく。でも、好きでもご自身の判断で避難されている方はまた辛いんだと思うんです。私は避難している方とかここにいるのがどっちが正しくてどっちが間違っているのかもわかりませんし、それぞれの判断で、ね・・・」

この赤井さんの決断も「自分の生まれ育ったところ、また父母祖の地である福島県という〈故郷〉に住み続けたいというのは一方で福島県民のなにものにも代え難い心の底からの叫びであり、願い」であるひとつの例となっているといえないでしょうか? 「安全、安心をふりまかれ」、ただ騙されて福島に留まっている人たちばかりではない、という。

また、同じく上記のドキュメンタリー番組の中で映し出されている小出裕章さんの福島での講演を食い入るようにして、また歯を食いしばるようにして聞き入っている福島の人たち(画面で見る限り女性が多いですね)の姿もいまの福島の状況を正しく認識した上で福島に留まるべきか避難するべきかを真剣に模索しているいるたくさんの福島県民がいることのもうひとつの例証になりえているようにも思います。
 
さらにもうひとつの例としてこの8月にNHKで放送された「徐京植:フクシマを歩いて――NHKこころの時代、私にとっての『3・11』」という秀逸なテレビ・ドキュメンタリーで紹介されていたスペイン思想研究者の佐々木孝さんご夫妻、また、農業者の清水初雄さんのことも。彼らもまた福島における放射線被爆の危険性について正確な知識を持ちながら、それでもなお自らの意思として福島の地に留まることを決意した人たちでした。

上記は私が「福島に住んでいる人たちから直接聞いた」例とはもちろんいえませんが、映像を通じてこの目で見た、あるいは聞いた例です。「直接」性だけを厳密に求めるとすると、私たちの視野、情報はごくごく限られたものでしかありえなくなってしまうでしょう。メディアを通じた情報でもある程度の「直接」性、また「真実」性を担保できることはあります。だから、むしろ問題にすべきは私たちの「真実」性を見抜く目である、ということになるのではないでしょうか?
 
上記で紹介した「徐京植:フクシマを歩いて・・・」で徐さんはユダヤ系イタリア人作家、プリーモ・レーヴィの『溺れるものと救われるもの』(朝日新聞社 2000年。原著 1986年)を援用して「同心円に近い人たちの現実を直視することを避けようとする」心理について、逆に「同心円的に遠ざかっているからこそ恐怖や不安を自覚することができる想像力」ということについて語っていました。この徐さんの話も、私は、「『真実』性を見抜く目」ということについて語っているひとつの例だろうと思います。

参考:yaekoさんのコメント
始めまして
広瀬氏の「あんなところ」発言について書かれているのを読んでこちらにきました
私は東日本から西へと3月に避難した者です
「ある福島県という〈故郷〉に住み続けたいというのは一方で福島県民のなにものにも代え難い心の底からの叫びであり、願いなのです」と書かれていますが東本さんは福島に住んでいる人たちから直接聞いたのですか?
健康も命の保証もない場所になってしまっているのだとわかれば、例外はあってもそんなところに住み続けたいとはほとんどの人が思わないと思います。安全、安心をふりまかれ、本当なのかと漠然とした不安を持ちながらも、そこに住み続けるしかないのです。国がきちんとした補償をしてくれれば安心してくらせるところに移りたいと沢山の人は思っているはずです。だいたい都会は故郷を捨てた人たちで成り立っているのではないですか、なぜ福島の人間だけが故郷を捨てられないと決めつけるのですか、貴方こそ決めつけはやめてください
(yaeko 2011/11/06 Sun)
3日前の11月3日、私は、大分市であった反原発評論家の広瀬隆氏の講演会に参加し、広瀬氏の3時間30分にわたる長時間の講演を聴くことがありました。

その講演を聴いた私の感想は、下記でご紹介する池田香代子さんのご感想とほぼ同じで広瀬氏の長年の反原発の活動とその主張については共感をするところも多く、また尊重したいとも思っているものの彼の主張には首を傾げざるをえないところも少なくない、というものでした。

■反原発評論家・広瀬隆氏についての池田香代子さんの感想(弊ブログ 2011年3月27日)
http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-297.html

いま、その首を傾げざるをえないところを何点かメモ的に記しておきます。

第1。ECRR(欧州放射線リスク委員会)とその科学セクレタリーのクリストファー・バスビー氏を必要以上に過大評価しすぎていると思われる点。
(参照:
http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-356.html

第2。ときの民主党政権やマスメディアを激しく非難、批判する一方で、特定の民主党議員(たとえば川内博史衆院議員)やまた特定のメディア(たとえば東京新聞)を今度は激しく絶賛する(川内衆院議員は私も一定評価していますが、たとえば彼の鳩山グループの一員としての「小沢一郎擁護」論など評価できない点も少なくありません。また、東京新聞についても、現在のわが国のマスメディアの中では一頭地を抜くメディアだというのが私の評価でもありますが、私として評価しえない論説、記事もこれもまた少なくなく見受けられます)。当然のことながら広瀬氏の政党、政治家、メディア評価は自己の視点、また、自己の視野の範囲内での評価、すなわちおのれの主観的な評価を超えないものであるにもかかわらず、その自己評価にすぎないものをさも客観的、科学的な評価でゆるぎのないものであるかのように論じる。その夜郎自大な姿勢。

第3。1日に福島第1原発2号機から放射性物質キセノン133、135が検出された問題で広瀬氏は再臨界と核暴走が生じたのは確実と3日の講演で断言したのですが、原子力の専門家の小出裕章氏は同キセノンが検出された翌日の2日の時点で「キセノンを検出したというのであれば核分裂がいま起きている証拠であり、再臨界が起きている可能性がある」としながらも、「それが起きたからといって原子炉が爆発する(核暴走する)というようなことには多分ならないと私は思います」、とそのように判断する理由を含めて述べています(毎日放送「たね蒔きジャーナル」2011年11月2日)。小出氏は警鐘は鳴らしながらもわからないことは「多分ならない」と言うのみで断言しないのです。これが科学者の本来のあるべき姿勢だと思うのですが、広瀬氏には残念ながら上記した夜郎自大な姿勢は見られも、科学を論じながらそうしたサイエンティストらしい、あるいはサイエンス・ジャーナリストらしい姿勢は見られないという点、などなどです。

そうした点、広瀬氏の姿勢は上記の第1の弊ブログで批判しているクリストファー・バスビー氏のデマゴギッシュな姿勢と類似するものがあるように私には見えます。

さて、上記は前説で、私がここで批判しようと思っているのは上記の講演会で福島県民は放射能で汚染されている「<あんなところ>になんで帰ろうとしているのか私には信じられない」、と3・11以後のいまもなおこの福島の地に残って生き抜こうとしている人々への思いやりと共感力を欠いた発言をして、その自らの発言の暴力性に一向に気づかない、気づいていない広瀬氏の思想の質についてです。

この講演会の終わりに延長して45分ほどの質問の時間がありました。10人ほどの人が質問し、私は一番最後の質問者になってしまったのですが指名されて広瀬氏の「福島 あんなところ」発言を問題にする質問をしました(私以外の質問者は広瀬氏に感謝の謝意を述べるものばかりでした)。

その質問の趣意は次のようなものです(質問時間は1、2分程度に制限されていましたから下記に記述するようなことを十分に話すことができたわけではありません。しかし、その要旨は伝えたつもりです)。

広瀬さんは講演の中で福島県を<あんなところ>呼ばわりし、福島県民が「なんで<あんなところ>に帰ろうとしているのか私には信じられない」という趣のある種福島県民を愚弄する発言をされましたが、その発言に関連して原発事故被災地の福島の人々の避難の権利の問題と、かなりな量の放射線被爆を覚悟しながらも、それでもなお東電や政府、自治体に徹底した同地の除染を求め自分と自分たちの父母祖の地である福島の地に留まって生きようとしている人々の心の問題との関連について質問したいと思います。

先週末の10月29日、30日には全国で多くの脱原発集会が開かれました。29日には大分でも「さよなら原発 おおいた集会&パレード」が開かれ(注1)、東京では福島県の女たちと全国の女たちによる経済産業省前座り込み第1次フィニッシュとしてのデモ行進がありました(注2)。また、福井市でも「さようなら原発1千万人署名」の県内浸透を目指す市民組織「草の根ふくい」のスタート集会が開かれています(注3)。また、30日には福島市で佐藤栄佐久前知事や保守系首長と共産党の志位和夫委員長が同席するという異色の顔ぶれが集って県内除染の徹底を求める1万人大集会も開かれています(注4、注5)。

注1:「原発即時停止を求め集会」(朝日新聞 大分版 2011年10月31日)
http://mytown.asahi.com/oita/news.php?k_id=45000001110310010
注2:「女たちの脱原発 座り込み集会ルポ」(毎日新聞 2011年11月2日 東京夕刊)
http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20111102dde012040025000c.html
注3:「『脱原発署名』県内浸透へ 福井で集会、草の根ふくい始動」(福井新聞 2011年10月30日)
http://www.fukuishimbun.co.jp/localnews/nuclearpower/31267.html
注4:「除染徹底、被害賠償を要求=原発事故受け、1万人集会-福島」(時事通信 2011年10月30日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201110/2011103000095
注5:「脱原発:福島で集会 保守、共産同席」(毎日新聞 2011年10月30日)
http://mainichi.jp/photo/news/20111031k0000m040057000c.html

先に福島の人々の避難の権利の問題についていえば、先月の10月27日から経済産業省前で座り込みを続けている福島県の女性たち(いまは全国の女性たちに引き継がれています)は「除染、除染というより、子どもたちを一日も早く疎開させてほしい」と座り込みを始めた女性たちの総意として訴えています(注2)。私もこの福島県民の損害賠償を含む「避難の権利」は一刻も早く具体的なありようとして実現させなければならないと考えています。

しかし一方で、放射能に汚染されているけれどもその福島の地にあえて留まろうと決意している福島の人々もたくさんいます。10月30日付けの時事通信はその人々の決意を次のように伝えています。

東京電力福島第1原発の事故を受け、国や東電に除染徹底やあらゆる被害の賠償などを求める1万人規模(主催者発表)の集会が30日、福島市内で行われた。福島県浪江町の馬場有町長があいさつし、「一日も早く除染をし、3月11日以前の元の生活に戻してほしい」と訴えた。/浪江町は原発に近く、国の警戒区域や計画的避難区域に指定されたことで全町民約2万1000人が故郷を追われた。町長が「福島県内に1万4000人、全国に7000人が避難している。心が折れないように、皆さんの気持ちを大切にしながら生き抜いていきたい」と訴えると、会場から大きな拍手が起きた。(注4)

福島県浪江町の町長が上記のように訴えた1万人規模の集会は反原発派の市民グループが主催した「なくせ!原発 安心して住み続けられる福島を!10・30大集会inふくしま」という集会で、この集会には福島県前知事の佐藤栄佐久氏や保守系首長、さらに共産党の志位和夫委員長も参加し、福島県内居住を前提にした「徹底した除染」の必要性を訴えています。自分の生まれ育ったところ、また父母祖の地である福島県という〈故郷〉に住み続けたいというのは一方で福島県民のなにものにも代え難い心の底からの叫びであり、願いだというべきでしょう。

福島の地を<あんなところ>呼ばわりする発言はその福島県民の心の底からの叫びを虚仮(こけ)にする発言というべきではありませんか? 

放射能汚染の恐ろしさ、低線量被爆の恐ろしさ、また、その危険性を声を大きくして広く知らしめようとする意図はよくわかるつもりです。しかし、福島の地に留まろうとするのもこの地から避難しようとするのも同地の人々自身が決めることです。その一方の留まろうとする人々が現に住んでいる福島の地を<あんなところ>呼ばわりするのは思慮のある態度、また正当なこととも思えません。

先日、毎日放送(MBS)で約40年間にわたって原発の危険性を訴え続けてきた〈熊取6人組〉といわれる京大原子炉実験所(大阪府熊取町)の研究者たちの3・11以後の活動に密着取材した「放射能汚染の時代を生きる~京大原子炉実験所・“異端”の研究者たち~」と題されたドキュメンタリーが放送されていましたが
、その研究者たちの
おひとりの小出裕章氏は福島第1原発事故の地福島で行われた講演会で福島の人々の避難の権利の問題と同地に留まって生き抜こうとしている人々の心の問題との関連について次のように発言していました(結論部分のみ)。

わたしは何とか、福島の子どもを逃がしたいと思います。でも親も一緒に逃げなければ、家庭が崩壊してしまいます。残れば健康被害が起きます。逃げればこころが崩壊してしまいます。どっちを選ぶかです。この事故が起きてから、わたしは度々、たくさんの人から聞かれました。「どうしたらいいですか」。でも、わたしにはわからない。「すみませんが、わかりません」と、わたしは言います。わたし自身がそういう選択を迫られている。わたしもどうしていいかわからず、悩んでいます。みなさんも1人1人、そういうなかで今日まで来られたのではないかと思います。残念ながら、いまだにわかりません。でも、どちらかを選ぶしかありません http://www.hibinoshinbun.com/files/203/203_toku1.html

上記が私たちが福島県民に言いえる精一杯のことであり、また、最大のことというべきではないでしょうか?(もちろん、同地での放射線量と放射能汚染の危険性についての市民に対する正確で迅速な情報開示という作業が大前提であり、また必要絶対条件でもあることはいうまでもありません)。

同じように福島県内の放射能汚染の恐ろしさ、また、低線量被爆の危険性について市民に対して語っても、原子力研究者の小出裕章氏と反原発評論家の広瀬隆氏とはこれだけの言葉そのものに含まれる認識の深さという意味での言貌(「思想」とも呼び換えうるものですが)の違いがあるのです。

広瀬氏は福島県内に留まろうとする人々の心の問題について、その心情を深く尊重しなければならないのではないか、という私の質問に対して「福島県民は(正確な情報を知らされずに)騙されている」と私に説諭しました。内閣府の発表によれば指定された区域外(福島県内を含む)に避難した人は11万3000人(2011年6月2日現在)に及ぶということですが、福島県にはいまなお199万1506人(推計人口、2011年9月1日現在)の人々が暮らしています。その200万人に及ぶ福島県民のすべてが、すべてといわないまでもその多くの人が「(政府、あるいはメディアによって)騙されている」と広瀬氏は言うのでしょうか?

講演会の帰り際、私に広瀬氏が福島を<あんなところ>と表現したのは、「放射能に汚染されてしまった<あんなところ>という意味であって、福島県及び福島県民を愚弄しているわけではない」と自信たっぷりという感じでまた私を説諭する人がいましたが、では、「(福島県民は)騙されている」という広瀬氏の発言はどのように理解しうるものでしょうか。彼の論は福島県民の知性、また、ものごとを認識する力、また判断する力をこと放射能問題、また原発問題に関しては一切否定する論というよりほかありません。福島県民を愚弄するにもほどがある、といわなければならないだろうと私は判断します。

注:上記の広瀬氏の「(福島県民は)騙されている」という言説と、長崎大学医学部教授、また福島県立医科大副学長という〈権威〉の名で福島県民に「年100ミリシーベルト以下なら大丈夫」という嘘をいまもなお流布し続けているフクシマの笛吹き男、山下俊一氏の「福島県民騙し」の言説とは区別する必要があるでしょう。山下氏の「福島県民騙し」の言説によって実際に多くの福島県民が「騙されている」のは事実だとしても、200万福島県民のすべてが、あるいはその県民の大部分がこの嘘に「騙されている」と断言する広瀬氏の認識は同県民の知性及び認識力、また判断力を侮りすぎているといわなければならないだろうと思います。

いま福島では、上述の「原発いらない福島の女たち」という女性グループが立ち上げられたり、福島大学の教員有志が同大学と原発推進の立場から政策を実施してきた
原子力研究開発機構(JAEA)との連携協定に反対する決議福島県に対し「県民の健康管理調査」についての緊急声明を採択、発表するなどなどのこれまで脱原発を必ずしも志向していなかった人々のさまざまな脱原発の動きが見られます。そして、その脱原発の動きは決して小さなものではありません。

福島県議会が先月の20日に東京電力福島第1と第2の
全原発10基の廃炉を求める請願を全会一致で採択
したことに端的に現れているように脱原発の動きは福島県内においても(福島の地であるからこそというべきでしょうか)加速度的な拡がりをみせています。広瀬氏の「(福島県民は)騙されている」発言は<福島 あんなところ>発言と密接にリンクしている福島県民を愚民視する拙い認識から出ているとみなすべきものだろうと私は思います。このような広瀬氏の認識からは広く人々に共感をえられる論理は生まれようもないだろうとも私は思います。

広瀬氏は講演の中で東京の自分の自宅の庭の土の放射線量を計測したところチェルノブイリをはるかに超える線量が計測された、と東京の目に見えない放射能汚染の実情と危険性についても警鐘を鳴らしましたが、彼の論理に従えば東京も<あんなところ>となるはずであり、その東京に住んで講演が終わればまた帰京するはずの彼自身が「なんで<あんなところ>に帰ろうとしているのか私には信じられない」ということになりはしないでしょうか? それとも自分と自分の家族だけは例外であるとでも考えているのでしょうか? 左の例も彼の論理には論理としての一貫性がないというひとつの証左になりうるでしょう。広瀬氏にあるのは自己本位の論理の展開だけであるように私には見えます。

広瀬氏にあるのは自己本位の思想と他者を思いやる思想の欠如と共感力の欠如(他者を思いやる思想と共感力という人間の内面の底のところにある識閾の深さ(認識する力)があればおのずから<あんなところ>発言など出ようもないはずだと私は思うのです)、というのが広瀬氏の講演を聴いての私の正直なところの評価です。それでも広瀬氏は反原発の人です。はじめに述べたように広瀬氏の長年の反原発の活動には敬意を表するものですし、彼の反原発の基本的な主張にも共感するところも少なくはありません。

しかし、人々に広く共感をえられる論理の構築のためには、私として広瀬氏の論理の底にあると見受けられる自己本位性は卒業されなければならない性質のものだろうと思います。また、すでに書いていることですが(「反原発運動家・田中優氏に対する私見
)、いわゆる市民運動の中には、一個の人間をそのかけがえのない一個の人間としてそのまま評価するのではなく、有名であること=人間の内実であるかのように倒錯しているある種の有名人病のようなものがあります。この病弊も卒業されなければならない性質のものだろうと私は思っています。

*まだ書いておきたいことはありますが、長くなりましたのでこれで一応の終わりにします。