俳優の山本太郎さんが佐賀地検に告発され、同地検に受理された件について、不当な告発を受理した佐賀地検に抗議しよう、という呼びかけが一昨日来いくつかの脱原発系ブログやメーリングリストでなされていますが、いまの段階で抗議を言うのは私は少し(法律的に)筋違いのように思います。いまの段階で私たちにできることは、あるいは私たちがしなければならないことは、佐賀地検に抗議することではなく、今回の京都在住者といわれる某人の不当告発については明確に「嫌疑なし」とする不起訴処分にすることを同地検に要請すること。また、同様の趣旨の意見書を同地検に送付するということでしかないだろうと思います。

というのは、こういうことです。

まず以下に述べる告訴・告発の手続きの大前提として刑事訴訟法の第239条には告発(告訴ではありません)に関して「何人でも、犯罪があると思料するときは、告発をすることができる」という規定があります。「何人でも告発をすることができる」のであれば、その告発は基本的に警察、検察に無条件に受理されるべきものでなければなりません。それが法の要請するところであるはずです。

そして、国家公安委員会規則のひとつに「犯罪捜査規範」という規則がありますが、その第63条に告訴・告発の受理に関して「司法警察員たる警察官は、告訴、告発または自首をする者があつたときは、管轄区域内の事件であるかどうかを問わず、この節に定めるところにより、これを受理しなければならない」とする規定があります。

また刑訴法242条にも「司法警察員は、告訴又は告発を受けたときは、速やかにこれに関する書類及び証拠物を検察官に送付しなければならない」とする規定があります。

これらの規定は「告訴・告発を受けた捜査機関は、これを拒むことができず、捜査を尽くす義務を負うものと解されて」います(『告訴・告発』「告訴・告発先となる捜査機関」出典:Wikipedia)。

そして、上記解説にいう「捜査機関」には刑訴法191条(検察官は、必要と認めるときは、自ら犯罪を捜査することができる)によって検察官も含まれますから、警察も検察も「告訴・告発を受けた」場合は「これを拒むことができ」ないという解釈になると思います。

さらに行政手続法第7条に「行政庁は、申請がその事務所に到達したときは遅滞なく当該申請の審査を開始しなければならない」とする規定があることも上記の解釈の補強材料のひとつになるといってよいでしょう。

いずれにしても警察、検察は告訴・告発を受けた場合はそれを拒むことなく受理し、速やかに捜査を尽くす義務があるわけですから、検察が告発を受理したこと自体を批判することは法律的に筋が通らないということにならざるをえません。

これは私たちがある疑わしい人物なり機関なりを告訴、告発した場合のことを想定してみれば、警察、検察が告訴状・告発状の受け取りを拒否することのその恣意性や不当性がより鮮明になると思います。検察が告訴状・告発状を受理したこと自体をいたずらに批判することは私たち自身が自らの運動の手や足を縛るという愚を犯すことになりかねないのです。

もちろん、上記のことは、今回、山本太郎さんを告発したやからの告発の論は、本来断罪されるべき者を断罪せず、一点も断罪されるべき余地のない者を断罪するという古今東西の悪人に共通する人を冤罪に陥れようとする者の古来典型的な賊論でしかないということ。まさしくその意味で卑怯、卑劣、唾棄すべきやからの僻論でしかない、ということを大前提にした上で述べているものです。
 
なお、警察、検察が告訴状・告発状の受け取りを拒否することのその恣意性と不当性について若干のことを補足しておきます。
 
私が上記の問題提起をあるメーリングリストに発信したところ、「従来、警察・検察は、その都度、恣意的な判断で、市民による告発を受理しないことはいくらでもありました」。「告発状の受理・不受理そのものが、恣意的、差別的に運用されています」。あなたの問題提起は結果として「現実の運用が正当に行われているかのような幻想を振りまく」ことにしかならないのではないか、という批判がありました。
 
しかし、私は、これまでそうした「告発状の受理・不受理そのものが、恣意的、差別的に運用されて」きた事実があったとしても(現実に無視できない事態として数多くあるわけですが)、そうした警察、検察当局の不当な「恣意的、差別的」な運用と事実を既成事実化して、「告訴・告発を受けた捜査機関は、これを拒むことができず、捜査を尽くす義務を負う」と解されてきた本来の法の趣旨を反故にするような行為をすることはやはり愚策というべきで、市民運動のこれからにとっても決して得策とはいえないだろうと思います。

検察が告訴状・告発状を受理したこと自体に抗議するという主張は、とりもなおさず「山本太郎さんへの告発は受理するな」という主張にほかなりません。すなわち、ある者の告発は受理し、ある者の告発は受理するな、という主張にほかならないということになります。批判者はこれまでの警察、検察の「告発状の受理・不受理そのものが、恣意的、差別的に運用されて」きたことを批判しながら、一方で自らも警察、検察当局に対して「恣意的、差別的な運用」を求めるという相矛盾した主張をしていることになるのです。批判者は自身の主張にそうした矛盾が生じることにどれほど自覚的でしょうか? 疑問といわなければなりません。
 
さらに告発状の受理・不受理の問題は、単に告発状の受理・不受理の問題にとどまらず、一般の行政手続きにも波及する問題です(警察、検察も行政庁のひとつです)。行政が私たち市民の申請を仮に恣意的に「不受理」することが許されるような事態に立ち至れば行政との関わりで私たちのふつうの市民生活は成り立たなくなるといってよいでしょう。先に告訴、告発の受理、不受理の問題で行政手続法第7条を援用したのはそういうところにも理由があります。
3日前の9月19日に明治公園であった「さようなら原発 5万人集会」(目標の5万人を大きく上回って6万人集会になりました)での登壇者(鎌田慧さん、大江健三郎さん、内橋克人さん、落合恵子さん、澤地久枝さん、フーベルト・ヴァイガーさん、山本太郎さん、武藤類子さん)の発言要旨が「さようなら原発 1000万人アクション」のサイトにまとめられています。

どの登壇者の発言も内容が濃く、その語り口と相俟って胸の芯に響くものでした。その発言要旨を以下転載しておきます。
*鎌田氏、大江氏、内橋氏、落合氏の四者の発言の見出しは「すくらむ
」ブログ(2011年9月20日付)の見出しを援用させていただきました。その他の見出しと赤字強調は引用者がつけました。

参考:
■「さようなら原発 5万人集会」での各登壇者の発言の動画:
http://www.youtube.com/watch?v=k5Q5cRWpQaU

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「さようなら原発」への“結節点”と“出発点”となる今集会
 ――鎌田慧さん(呼びかけ人・ルポライター)

 全国から集まってくださった皆さん、集まれなかった皆さん、全ての皆さん。私たちは、きょう、ここに、五万人集会を成功させることができました。まだ数は把握していませんが、厳密に言っても四万人は突破しています。ありがとうございました。
 きょうの集会は、これまでの集会の一つの結節点です。そして、これから始まる集会の出発点でもあります。
 一〇〇〇万人署名も始まったばかりです。きょう現在で一〇〇万人は突破しましたが、あと九〇〇万人集めなければなりません。皆さん、必死の思いで集めましょう。そして脱原発一〇〇〇万の声を突き付けましょう。
 野田首相はこれから国連に行って、原発は安全性を高めて再開していくと演説すると、発表しています。しかし安全性と信頼性は、既に破たんしています。それでもなおかつ、再開するというのは、人民に対する敵対であります。いま日本の八割近い人たちは、「原発はいやだ」、「原発はやめてくれ」、「原発のない社会に生きたい」と言っています。その声を無視して、政治ができるわけはありません。

 これまでに、どれくらいの被ばく者が発生しているのか。どのくらいの被ばく労働者が発生しているのか。それはこれから分かります。その恐ろしい結果を、私たちは認めなくてはいけません。その救済を、少しでも始めていかなければなりません。きょうの集会を力強く行うことによって、救済運動も進めていきたいと思います。
 原発から脱する、脱原発運動は、文化革命です。意識を変えていく運動でもあります。皆さん、核に依存して生きることは、人類は絶対にできません。核と人類は、絶対に共存できないのです。それは、広島・長崎、そして今回の福島の事故でも証明されています。どうして、これ以上の犠牲者を作ることができるでしょうか。

 私たちは、原発に「さようなら」を言います。この「さようなら」は、「再見」、「オルボワ―ル」、「また会う日まで」の「さようなら」ではありません。「もう絶対合わない」、「会いたくない」、「アデュー」というのが原発に対する、私たちのメッセージです。
 もう原発のある社会はいらない、そして子どもたちに平和な幸せな社会を残す、そのためにこそ、がんばっていこうではありませんか。
 皆さん、一〇〇〇万人署名に協力して下さい。そして来年3月24日に日比谷野外音楽堂で、集約集会を開きます。それまで皆さん、がんばってください。それまでの間にも、講演会とか、音楽会とか、いろいろなことを考えています。皆さんからのアイディアも募集します。
 皆さん、一緒になって、がんばりましょう。


原発は必ず荒廃と犠牲を伴う
 ――大江健三郎さん(呼びかけ人・作家)

 二つの文書を引いてお話します。第一は、私の先生の渡辺一夫さんの文書です。「『狂気』なしでは偉大な事業はなしとげられない、と申す人々もおられます。それは、『うそ』だと思います。『狂気』によってなされた事業は、必ず荒廃と犠牲を伴います。真に偉大な事業は、『狂気』に捕らえられやすい人間であることを人一倍自覚した人間的な人間によって、地道になされるものです」。
  この文書はいま、次のように読み直されうるでしょう。
 「原発の電気エネルギーなしでは、偉大な事業は成し遂げられないと申す人々もおられます。それは『うそ』だと思います。原子力によるエネルギーは、必ず荒廃と犠牲を伴います」。

  私が引用します第二の文書は、新聞に載っていたものであります。原子力計画をやめていたイタリアが、それを再開するかどうか国民投票を行いました。反対が九割を占めました。それに対して、日本の自民党の幹事長が、こう語ったそうであります。
 「あれだけ大きな事故があったので、集団ヒステリー状態になるのは心情として分かる」。
 偉そうなことを言うものです。もともとイタリアで原子力計画が一旦、停止したのは、二五年前のことです。チェルノブイリ事故がきっかけでした。それから長く考え続けられた上で再開するかどうかを、国民投票で決めることになったのです。その段階で、福島の事故が起こったのです。
 いまの自民党幹事長の談話の締めくくりはこうです。
 「反原発というのは簡単だが、生活をどうするのかということに立ち返った時、国民投票で九割が原発反対だから、やめましょうという簡単な問題ではない」と幹事長は言ったのです。

 原発の事故が、簡単な問題であるはずはありません。福島の放射性物質で汚染された広大な面積の土地を、どのように剥ぎとるか、どう始末するのか、既に内部被ばくしている大きい数の子どもたちの健康をどう管理するのか。
 いまはっきりしていることは、こうです。イタリアではもう決して、人間の命が原発によって奪われることはない。しかし私たち日本人は、これからもさらに原発の事故を恐れなければならないということです。私たちは、それに抵抗する意思を持っている。その意思を、想像力を持たない政党の幹部や、経団連の実力者たちに思い知らせる必要があります。
 そのために、私たちに何ができるのか。私たちには、この民主主義の集会、市民のデモしかないのであります。しっかりやりましょう。


「新しい原発安全神話」は許さない
 ――内橋克人さん(呼びかけ人・経済評論家)

 福島はもとより、下北半島の端から、日本中から、また世界から、たくさんの人が集まってくださいました。ありがとうございます。
 一つだけ、注意しなければならないことがございます。それは、原発安全神話の新版、改訂版が台頭しつつあるということです。つまり技術が進み、発展すれば、安全な原発は可能である、こうした安全神話の改定版が台頭しつつあります。
 例えば、地下深く原発を埋め込む、洞窟の中で原子力発電を続ける、こうしたたくらみ、こうした計画が進んでいるということです。地下・洞窟・穴の中に作ってまで、なおかつ原発を持ち続けたいという意図の後ろに、何があるのでしょうか。それは、私たちの国が、核武装が可能な潜在力を持ち
続けようという政治的意図だと思います。
 合意なき国策が、ここまで進んできました。私たちは、幾度も幾度も、打ちひしがれた経験を生かさなければなりません。原発エネルギーではなくて、命のエネルギーが輝く、そういう国にしようではありませんか。
 きょう、その一歩が踏み出されます。世界が変わると思います。
 「さようなら原発」、「こんにちは命輝く国」。その第一歩を、皆さんとともに、歩き始めたい。私は喜びとともに、お話をさせていただきました。本当にありがとうございました。


放射性廃棄物の処理能力も持たない人間が原発を持つことの罪
 ――落合恵子さん(呼びかけ人・作家)

 こんにちは。いっぱい声を出してくださいね。あなたに会えて、本当に良かったです。会えたきっかけを考えると、腹立たしくて、腹立たしくてしかたありません。この腹立たしさを新しい力に変えて、明日を変えていきたいと思います。

 私たちの世代は、ビートルズの歌を歌って育ちました。そのビートルズの歌に、「イマジン」という歌があります。「想像してごらん」から始まるあの歌です。
 想像してください。子どもは、どの国の、どの社会に生まれるか、選ぶことはできないのです。そして生まれてきた国に、原発があって、暴走が起こったのが、いまの私たちの社会です。
 想像してください。福島のそれぞれの子どもたちのいまを。そして、この国のそれぞれの子どもたちのいまを。
 想像してください。スリーマイル島、チェルノブイリ、そして福島。あの原発大国のフランスでも、つい先日、核施設の事故がありました。しかしほとんどの情報を手に入れられない現実の中に、私たちは生きています。
 今度はどこで、次は誰が犠牲になるのか、そのストレスを絶え間なく抱いて生きていくのは、もう嫌だ! 私たちはそれぞれ、叫んでいきたいと思います。
 放射性廃棄物の処理能力を持たない人間が、原発を持つ事の罪深さを、私たちは叫んでいきましょう。それは命への、それぞれの自分を生きていこうという人への、国家の犯罪なのです。容易に核兵器に変わり得るものを持つ事は、恒久の平和を約束した憲法を持つ国に生きる私たちは、決して許容してはいけないのです。
 想像してください。まだ平仮名しか知らない小さな子どもが、夜中に突然起きて、「放射能こないで」って泣き叫ぶような社会を、これ以上続けさせてはいけないはずです。
 私たちは、この犯罪に加担しないと、ここでもう一度、自分と約束しましょう。
 原発という呪詛から自由になること、もちろん、反戦・反核・反差別は、全部一つの根っこです。命、ここから始まるのです。
 世界から、原発と核が消える私たちのゴールに向かって、歩きましょう。暴力に対して、私たちは非暴力を貫きます。けれども諦めません。慣れません。忘れません。歩き続けます。この一つのウオークを、けが人ゼロ、熱中症ゼロ、もちろん逮捕者ゼロで、歩きぬきましょう。お願いします。


1000万人原発署名は私たちが求める新しいくにづくりに道を開く
 ――澤地久枝さん(呼びかけ人)

 こんにちは。皆さん、よくいらしてくださいました。こんなに大勢の方が参加してくれて、どんなに嬉しいか。
 最初の記者会見の後、私は姿を消していました。膝の骨折と手術で、五〇日余り入院したのです。家に帰ってからも、足腰が萎えて、回復がとても遅かったのです。
 しかし今日は、どんなことがあっても、立って参加したかったのです。そういう意思が、私を立ち上がらせ、歩かせたのだと思います。

 昭和の時代には、一五年に及ぶ戦争の日々があり、沖縄戦と広島・長崎への原爆投下の果てに、敗戦をむかえました。人類は、日本という実験場で、初めて原爆を体験したのです。日本は実験場だったと思った方がいいと、私は思います。その日本に、五四基もの原発ができ、福島の事故から半年以上が経っても収束の手立てがないことは、原発の本質と、歴史の痛烈な啓示を示してはいないでしょうか。この国は、原発などを持ってはいけない国だったはずです。
 核が暴走を始めてしまったら、人類はその暴走を止めたり、コントロールしたりするノウハウを、まだ持っていないのです。そういう危険なものは、地球には必要が無いと思います。日本だけでは済みません。放射能は、海を越え国境を越えて広がっていきます。これは、防ぎようがないのです。

 原発を含む日本の電力会社は、過去何十年も抜群の大スポンサーでした。どこに対するスポンサーであったかは、あえて言いません。皆さんはよく、ご存知だと思います。何百億円という現金が、原発の安全性PRと推進のために使われました。そしてその毒は、広がったのです。
 事故の直後から、原発や東京電力批判を差し控え、原発擁護の言説が大手を振ってまかり通っています。特にテレビを見てください。ひどいものだと思います。
 最近、東京電力が役所に提出した報告書は、本文のほとんどが黒線で消されていました。なんと無責任で傲慢な姿勢なのでしょうか。こうした実にレベルの低い、責任を問わない、非科学的な人々に、私たちの命が握られてきたと思うと本当に寒気がします。

 事故直後に、年間被曝許容量の数字を大きく変えた政府発表は、以後の発表に深い不信を抱く原因となったのです。
 その限度量さえ超えて、事故現場で働く作業員の生命は、誰が補償するのでしょうか。多くは、下請けの労働者なのです。東北はいつも、いつも、棄民の対象となってきました。割りを食ってきたひどい歴史を背負っているのです。
 わが子の健康を案じ、住むべき場所、食べさせるものに悩んでいる母親たちが、いっぱいいます。事実を知りたいと、彼女たちはみな、望んでいます。知らなくては、対応のしようがないのです。
 原発が無くなれば電気が不足し、日本経済は成り立たない。雇用が減り、失業率は増え、貧しい二流、三流の国になる、展望を失った暗い社会が訪れると、威嚇交じりの原発擁護が、大っぴらに語られるようになりました。
 しかし就職難、不景気、委縮しがちな世相は、原発事故以前から慢性症状として、あったのではありませんか。いまここで、全てを原発に帰納して、「だから原発が必要だ」という考え方は、どこかですり替えが行われています。ウソがあります。

 私たちは、政治不在の社会を変えようとして、政権交代を実現させました。政治不信が生まれるのは、自然なことです。しかし結果は、結末は私たちに返ってきます。希望とは、道を見出すべく残されているのは、自覚し考える個の確立と、個と個の連携、その広がり、つまりは市民運動ではないでしょうか。
 きょうの集会の盛況と、一〇〇〇万市民の原発さようならの署名は、私たちが求める新しい国作り、世直しに、道を開くと思います。私はそこに希望をつなぎます
 同時に、今回の原発事故の原因と経過の真相究明を徹底させたい、政府と東電の秘密主義は、原発事故に限らない、この国の悪しき体質を反映しているからです。
 きょうお出でになっている人たち、特に女性たちに語りたいと思います。きょうまで一人の戦死者も出さなかった戦後は、二度と戦争はさせないと決心した、戦争を体験した、日本の女たちの力だと思います。地球と命を守り、平穏な未来を確保するべく、命を生み育む女性たちが、役割を果たす時はいまです。血縁を問わず、国境を越えて、命を守る闘いには、夫・恋人・友人たちも、闘いの同志に連なるでしょう。その周りには、私のような高齢の思いを同じくする人間がいることを、確かめあって進んでいきましょう。「老若同盟」と、亡くなられた加藤周一さんは言われました。老若男女を問わぬ、人間の砦を築いていきましょう。ここで私たちは負けることはできないのです。皆で一緒に、力を合わせていきたいと思います。
 きょうは本当に、ありがとうございました。


福島の事故は世界を変えた
 ――フーベルト・ヴァイガーさん(海外ゲスト・FoEドイツ代表)

 親愛なる皆さん。福島事故から半年後の記念するべき集会で話ができることを、光栄に思います。
 このような計り知れない影響を与える原子力事故が日本で起こったことに、ドイツの私たちも大変な衝撃を受けています。
 何十年間も反原発で闘ってきた、何百万ものドイツの市民から、皆さんへの連帯のあいさつをお伝えしたいと思います。

 福島の事故は世界を変えました。この原発事故は、原子力発電が、どんな国においても、またどんなシステムにおいても、私たち人間に、そして環境に、計り知れない影響を与えるものであり、制御ができないものであることを明らかにしました。この事故は同時に、政府も企業も、このような計り知れない影響には、なすすべもないことを明らかにしました。

 チェルノブイリ事故から二五年、私たちドイツ人も、またヨーロッパの人々も知っています。政府そして原子力産業が、何万人もの死者を前にしても、なお事故の死者を小さく見せよう、隠そうとしていることを、そしていまもそれが続いていることを、です。
 福島の事故は、ドイツやイタリアなどのヨーロッパの国々に変化をもたらしました。ドイツでは事故の後に、きょうのこの場所の様な大きなデモが起こり、ついに政府は八基の原子力発電所を停止し、他の発電所についても二〇二二年までに停止することを決定しました。すなわち二〇二二年には、最大の産業国の一つが、脱原発を実現するのです。

 脱原発は、もはや、「できるのか」、「できないのか」の話ではありません。政治的に、「やるのか」、「やらないのか」の話なのです。電力会社の解体や、再生可能エネルギーの拡大によって、それは可能なのです。
 いま私たちは、民主主義の下で、脱原発を声高く訴えていく時なのです。
 半年前にこの国で起こったことは、日本でも他のどこでも、二度とくり返されてはなりません。そのために一緒に闘っていきましょう。また一緒に闘わなければ、電力会社の連合に勝つことはできないのです。
 脱原発、核兵器のない、原子力発電のない未来をともに実現しましょう。
 ありがとうございました。


本当に命を守りたいという日本人の気持ちがここに集まっている
 ――山本太郎さん(ゲスト・俳優)

 山本太郎です。すごい! すごい人ですね! 本当に命を守りたい、生きていきたい、日本人の気持ちがここに集まっているのだと思います。
 三・一一以降、僕の人生も大きく変わりました。それはどうしてかというと、「生きていたい」と思ったのです。生きていないと、どうしようもないではないですか。それで、自分一人生きていてもしょうがないのです。ここにいる皆さんにも、ここに来られなかった世界中の人たちにも生きていてもらわないと、意味が無いのです。
 いま、僕たちの目の前には、ものすごい危機が迫ってきていると思います。とにかくいま生き延びるためには、原発を一斉停止するしかないと思うのです。
 でもやはり、目の前の利益を守りたい者にとっては、その発言はものすごく目ざわりなのです。でも僕たちは違いますよ。命がかかっていますから。

 テレビや新聞では、本当のことは、ほとんど流れないと思います。完全にお金ですよ。去勢されて、骨抜きにされていると思います。メディアにとっては、目の前の命よりも、お金の方が大事なのですよね。そして、いま、ここまでいろいろなことがあからさまになって、はっきりしたことがあります。それは、いまの日本の政府は、人々の命を、簡単に無視できる政府だということです。
 いま僕たちがこうやって集まっている間にも、被ばくし続けている人たちがいます。でもそのことをはっきりと伝えて、動きにできる政治家は、どのくらいいるのでしょうか。政治家たちが世の中を変えるということは、もうない話しだということが、はっきりしたと思います。
 一刻も早く、高濃度汚染地域から、人々をサテライト疎開させる、そして原発を一斉停止させることが必要です。代わりのエネルギーはあるのです。電力は足りているのです。三〇パーセントのエネルギーは、原子力からいりません。ではないと、僕たちは生きていられない。世界中に迷惑がかかる。とにかく、生き延びたいのです。みんなで。

 いまできることは何でしょうか。先日、河野太郎さんと、お話してきました。その時におっしゃっていました。デモや署名は、政治家たちにとっては、何にも痛くない話だと。たくさん集められた署名は、どこかの倉庫にぶち込まれるだけです。デモをしても、少し目障りだなと思われるだけです。
 一番必要なのは、人々の力です。市民の力ですよ。それぞれの選挙区で、代議士の事務所に行って、プレッシャーをかけることです。その代議士が、どういう立ち位置にいるのか。どういうつもりなのかを、はっきりさせるのです。でないと、この先は無いと思います。この先の日本は、核廃棄物の置き場になるだけだと思います。
 いま大人がするべきことは、子どもたちを守ることです。そのためには、行動を起こすことです。ぜひ力を貸してください。よろしくお願いします。


私たちは静かに怒りを燃やす、東北の鬼です
 ――武藤類子さん(ハイロアクション福島原発40周年実行委員会)

 皆さん、こんにちは。福島からまいりました。きょうは福島県内から、また避難先から、何台もバスを連ねて、たくさんの仲間と一緒に、やってまいりました。初めて集会やデモに参加する人も、たくさんいます。それでも福島原発で起きた悲しみを伝えよう、私たちこそが「原発いらない」の声をあげようと、声を掛けあい、誘いあってやってきました。
 初めに申し上げたいことがあります。三・一一からの大変な毎日を、命を守るために、あらゆることに取り組んできた皆さん一人一人を、深く尊敬いたします。それから、福島県民に温かい手を差し伸べ、つながり、様ざまな支援をしてくださった方々にお礼を申し上げます。ありがとうございます。
 そして、この事故によって、大きな荷物を背負わせることになってしまった、子どもたち、若い人たちに、このような現実を作ってしまった世代として、心から謝りたいと思います。本当にごめんなさい。

 さて、皆さん。福島はとても美しいところです。東に紺碧の太平洋を望む浜通り。モモ・梨・リンゴと果物の宝庫の中通り。猪苗代湖と磐梯山の周りに黄金色の稲穂が垂れる会津平野。その向こうを、深い山々が縁取っています。山は青く、水は清らかな、私たちの故郷です。
 三・一一原発事故を境に、その風景に、目には見えない放射能が降り注ぎ、私たちは被ばく者となりました。大混乱の中で、私たちには様ざまなことが起こりました。すばやく張り巡らされた安全キャンペーンと不安の狭間で、引き裂かれていく人と人とのつながり。地域で、職場で、学校で、家庭の中で、どれだけの人が悩み、悲しんだことでしょう。
 毎日、毎日、否応なく迫られる決断。逃げる、逃げない。食べる、食べない。子どもにマスクをさせる、させない。洗濯物を外に干す、干さない。畑を耕す、耕さない。何かにもの申す、黙る。様ざまな苦渋の選択がありました。
 そしていま、半年という月日の中で、次第に鮮明になってきたことは、事実は隠されるのだ、国は国民を守らないのだ、事故は未だに終わらないのだ、福島県民は核の実験材料にされるのだ、莫大な放射能のゴミは残るのだ、大きな犠牲の上になお原発を推進しようとする勢力があるのだ、私たちは捨てられたのだ――。私たちは疲れと、やりきれない悲しみに、深いため息をつきます。
 でも口をついてくる言葉は、私たちを馬鹿にするな、私たちの命を奪うな――です。福島県民はいま、怒りと悲しみの中から、静かに立ち上がっています。子どもたちを守ろうと、母親が、父親が、おじいちゃんが、おばあちゃんが。自分たちの未来を奪われまいと若い世代が。大量の被爆に晒されながら事故処理に携わる原発従事者を助けようと、労働者たちが。土地を汚された絶望の中から、農民が。放射能による新たな差別と分断を生むまいと、障がいを持った人々が。一人一人の市民が、国と東電の責任を問い続けています。そして、原発はもういらないと、声を上げています。

 私たちは静かに怒りを燃やす、東北の鬼です。私たち福島県民は、故郷を離れる者も、福島の土地に留まり生きる者も、苦悩と責任と希望を分かち合い、支え合って生きていこうと思っています。私たちとつながってください。私たちが起こしているアクションに、注目してください。政府交渉、疎開、裁判、避難、保養、除染、測定、原発と放射能についての学び。そしてどこにでも出かけて、福島を語ります。きょうは、遠くニューヨークでスピーチをしている仲間もいます。思いつく限りの、あらゆることに取り組んでいます。私たちを助けてください。どうか福島を忘れないでください。

 もう一つ、お話したいことがあります。それは、私たち自身の生き方、暮らし方です。
 私たちは何気なく差し込むコンセントの向こう側を想像しなければなりません。差別と犠牲の上に成り立っていることに、思いをはせなければなりません。原発は、その向こうにあるのです。
 人類は、地球に生きる、ただ一種類の生き物にすぎません。自らの種族の未来を奪う生き物が、他にいるでしょうか。私は、この地球という美しい星と調和した、まっとうな生き物として生きたいです。ささやかでも、エネルギーを大事に使い、工夫に満ちた、豊かで創造的な暮らしを紡いでいきたいです。どうしたら原発と対極にある新しい世界を作っていけるのか。だれにも明確な答えは分かりません。
 でき得ることは、誰かが決めたことに従うのではなく、一人一人が、本当に、本当に、本気で、自分の頭で考え、確かに目を見開き、自分ができることを決断し、行動することだと思うのです。一人一人に、その力があることを思い出しましょう。
 私たちは誰でも、変わる勇気を持っています。奪われてきた自信を取り戻しましょう。原発をなお進めようとする力が垂直にそびえる壁ならば、限りなく横に広がりつながり続けていくことが、私たちの力です。たったいま、隣にいる人と、そっと手をつないでみてください。見つめ合い、お互いの辛さを聞きあいましょう。涙と怒りを許しあいましょう。いまつないでいる、その手の温もりを、日本中に、世界中に広げていきましょう。
 私たち一人一人の、背負っていかなければならない荷物が、途方もなく重く、道のりがどんなに過酷であっても、目をそらさずに支えあい、軽やかに、朗らかに、生き延びていきましょう。
 ありがとうございました。
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9.19「さようなら原発 6万人集会」のことはやはり弊ブログにも記録しておきたい。いや、記録しておくべきだろう。
 
一昨日から昨日にかけて、私も、一昨日(9月19日)の東京・明治公園であった「さようなら原発 6万人集会」(目標の5万人を大きく上回った)の様子を伝えるさまざまなメディアのニュースや情報を追っかけてきました。

が、その中で情報の最たるものは、やはり一昨日の集会とデモ行進そのものを伝えている映像と音声に尽きる、というきわめてシンプルな結論に達しました。

9.19集会の様子
http://www.youtube.com/watch?v=k5Q5cRWpQaU
9.19デモ行進の様子
http://www.youtube.com/watch?v=TjLRe2-71NA

デモ行進の様子を伝えるビデオの一番最後のところで福島県の新地町から参加したという30代か、もしくは40代はじめとみられるおとうさん(父親)の次の言葉が昨日の「さようなら原発 6万人集会」の意義をなによりも明快端的に語りえているように思いました。

(「きょう6万人も・・・」というインタビュアの相の手の言葉を受けて)はい。すごいですね。すごいパワーをもらいました。来てよかった。

壇上に立った鎌田慧さん、大江健三郎さん、内橋克人さん、落合恵子さん、澤地久枝さん、フーベルト・ヴァイガーさん(FoEドイツ代表)、山本太郎さん、武藤類子さん(ハイロアクション福島原発40年実行委員会)の言葉はそれぞれにとても内容が濃く、その語り口も各人各様で胸に響くものでした。

目取真俊さん(沖縄在住の芥川賞作家)も言われるように(「海鳴りの島から」2011年9月20日付)、

  発せられた言葉に、耳を傾け、共有し、行動したい

  原発はいらない。すべての原発を即座に停止し、廃炉に向けて着手すべし

と私も思います。

付記:
「この集会が大勢の参加者を結集しえた理由の一つは、原水禁系の労組と原水協系の労組が初めて『脱原発』で“共闘”できたということにあるとみていいだろう」「こんなことは、1986年の原水爆禁止運動再分裂以来なかったことである」とはジャーナリストの岩垂弘さんの評価ですが(「リベラル21」2011年9月20日付)、
私はそのことに加えて政党も組合も協力しながら前面に出ずに黒衣、あるいは脇役に徹したことも成功の要因のひとつにあげてよいだろう、とも思います。志位共産党委員長も福島社民党党首も一参加者として壇上には立たずに集会の前列に座っておられたようです。このスタイルは殊に市民運動主体の集会参加などの場合踏襲すべきスタイルのように思います。
赤旗:
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik11/2011-09-20/2011092001_01_1.html
福島ツイッター:
http://twitter.com/#!/mizuhofukushima
社会批評社小西誠さんが「フクシマ『死の街』発言の是非 ――『フクシマ・ゴーストタウン―全町・全村避難で誰もいなくなった放射能汚染地帯』の取材・編集にあたって」という論攷()をご自身のブログにアップされています。フクシマの今後(10月~年末)の重要な争点となると思われる重要な指摘、問題提起だと思いますし、かつメディア批判としても重要な視点の提起となっていると思いますので、弊ブログにも心すべき論説資料として転載させていただこうと思います。
 
社会批評社の小西です。
下記の問題をブログに投稿しましたのでご覧いただければと思います。

フクシマ「死の街」発言の是非 ――『フクシマ・ゴーストタウン―全町・全村避難で誰もいなくなった放射能汚染地帯』の取材・編集にあたって

「死の町」問題は、終わっていない
 鉢呂元経産相大臣の「死の街」発言を巡る辞任騒動は、政府やメディアでは問題が終わったかのような状況になっている。だが、この問題は、これからが重要な局面を迎える。というのは、この9~10月、政府は原発被災地域の緊急時避難準備区域の解除―避難民の帰宅を推し進めようとしているからだ。「死の街」発言による鉢呂氏の辞任劇も、問題の本質はここにある。つまり、「死の街」と化した原発被災地域に一旦避難した住民を戻すことは、あり得ないからだ。だから、政府・メディアにとって、「死の街」とは絶対認めてはならないのである。

フクシマ避難地域はゴーストタウンだった
 だが、フクシマの警戒区域・計画的避難区域などは、「死の街」―ゴーストタウンと化しつつあることは、現地を観てみれば、紛れもない事実だ。私は、上記の『フクシマ・ゴーストタウン』を編集・取材するために、著者の根津進司氏とともに、この8月、警戒区域などに指定されている、フクシマの11市町村をめぐり歩いた。特に、警戒区域、20キロ圏内とされ、立入禁止区域にも指定されている、南相馬市小高地区などにも行ってきた。

 この警戒区域内は、文字通り、人一人いない区域だ。人だけではない。イヌもネコも、家畜もまったく見かけない、ゴーストタウンという以外に言葉が見つからない所だ。まるで、人類が絶滅したかのような街々であった。警戒区域内だけではない。葛尾村・川内村・広野町・都路町などの計画的避難区域も、人も動物もほとんど見かけない村々である。これらの地域は、従来であれば今頃は、田畑に稲や高原野菜が実り、緑豊かに育っている地域である。ところが、これらの村々の田畑は荒れ放題、雑草が一面に覆い茂っているという悲惨な状態だ。

厳戒態勢の警戒区域・20キロ圏内
 そして、この警戒区域・計画的避難区域についていえば、このゴーストタウン化した実態を押し隠すためか、政府はこの地域を完全に封鎖し、全国から動員した機動隊を使って検問態勢を敷いている。これは現場を見れば明らかだが、まさに「戒厳態勢」「戒厳態勢」というのがふさわしい(この事実をなぜかメディアは報じない)。

9/17付朝日新聞の主張に反論する
 昨日の朝日新聞のコラム「記者有論」―死の街騒動―で、小寺陽一郎記者は、以下のように主張している。 「先日、福島第1原発の2キロの所まで取材に入ったが……『死』という言葉を一度も連想しなかった。……原発の復旧に向かう車列、空き巣を警戒する警察官……そこには、いつか帰れる日のために働く人たちの姿があった。町は決して死んでいない」と。

 これが今のメディアの代表的な「政治的主張」だろう。しかし、小寺記者に言いたい。あなたは、本当に警戒区域・計画的避難区域などの全貌を観てきたのか? 自分の手足を使って現地を歩いてきたのか? 単に政府・行政の「一時帰宅」などに紛れて、ちらっと見てきただけではないのか?

 それも、彼の観てきたところは、福島南部のJヴィレッジ周辺から入った地域のようだ。ここには、政府・東電・自衛隊・警察などの指揮・調整センターがあり、福島第1原発の事故対策で動く人たちの待機所も置かれている。この地域一帯は、私も観てきたが、そのJヴィレッジ内も道路も、交通が混雑するぐらいの状況だ、言い換えれば、あの警戒区域内・20キロ圏内・計画的避難区域内とまったく違っている。

警戒区域内の報道の立入禁止を何故批判しないのか?
 今の朝日新聞などのメディアは、こんな地域を警察に守られ、許可を貰ってちらっと観るだけで記事を書いているのである。そして、このメディアさえも立入禁止にしている、警戒区域・20キロ圏内の問題を批判さえしない。その現地の実状を報道しないばかりか、それに報道管制(メディアの立入禁止)している政府批判さえしないのだ。 この状況が、政府・電力会社の原子力推進政策に協力し、原発安全神話を共につくりあげてきたメディアの責任でもある。

政府は再び避難住民に被曝を強いるのか?
 このフクシマの「死の町」―ゴーストタウン問題は、なぜ今重大問題なのか? 冒頭にも述べてきたように、この9~10月にも、政府は緊急時避難準備区域などの指定解除を行い、住民たちをその避難してきたもとの村々に戻そうとしているからだ。  
 政府は、「充分な除染」をして、住民を戻すという。しかし、私ははっきり断言するが、すでに放射能汚染された地域の除染は、不可能である。もちろん、学校や公園・道路などの一部の除染は可能だろう。問題は、汚染地域のほとんどを占める森林・田畑の除染だ(この地域は、約80~90%が森林)。

森林・田畑の除染は不可能だ
 私たちは、この森林地帯の放射線量を、特に重点的に測定してきたが、いずれの地域でもフクシマの森林地帯は、高度の汚染地帯だ。あのチェルノブイリでは、25年たった今でもこの森林地帯が高濃度に汚染されていることが報告されているが、まさにフクシマも同様の事態になっているのである(具体的汚染の実態は『フクシマ・ゴーストタウン』参照)。  
 
 このハイレベルで汚染された地帯の除染が、どうしてできるのか? ここから田畑に流れ出る水をどうして除染できるのか? まさか、すべての森林を伐採し、土砂を取り除くとでも言うのではあるまい。
 つまり、この除染ができもしない避難地域に政府は、住民たちをだまして、無理矢理でも戻そうとしているのだ。これは何を意味するのか? 言うまでもなく、新たな被曝を生じさせる。とりわけ、子どもたちに、とてつもない新たな被曝をもたらす。  

 このとんでもない、非人道的措置・決定を今、政府は行おうとしているのだ。そして、これが、フクシマ「死の町」発言で辞任に追い込まれた鉢呂問題の原因であり、結果でもある(この政府の性急な避難地域の解除の目的が、住民への賠償の軽減にあることは明らかだ)。

避難住民の権利の確立を
 今求められているのは、フクシマがゴーストタウンと化していることを率直に認め、避難地域の汚染の実態を認め、 ①詳細な汚染地図作成による避難地域の拡大(福島市などのホットスポット地帯を含む) ②住民の自主避難の権利とその賠償 ③住民の「地域ごとの避難」の権利とその「地域的・場所的補償」「生活的補償」 などをつくりだすことである。
 
 私たちは、この秋、全国の原発の即時停止・廃止を求め、脱原発の運動を広げるとともに、この具体的な原発被災住民の権利を獲得するためにもたたかわねばならない。
 この具体的内容は、9/29全国書店発売の『フクシマ・ゴーストタウン―全町・全村避難で誰もいなくなった放射能汚染地帯』(根津進司著)を参照してほしい。
脱(反)原発運動の情報発信に熱心な京都の内富さんが、集英社OBで、在籍時代は『週刊プレイボーイ』の編集長などを歴任し、現在はウェブ紙の『マガジン9』の編集と同紙で「時々お散歩日記」という反原発エッセーを連載している鈴木耕氏の「自滅する国家 自壊するマスメディア」(同連載)という論攷を「まったく同感です!」というコメントを付してCMLというメーリングリストに投稿されています。

■【まったく同感です!】 「自滅する国家 自壊するマスメディア - 鈴木耕」(CML 2011年9月15日
■鈴木耕氏の論攷「自滅する国家 自壊するマスメディア」(マガジン9「時々お散歩日記61 2011年9月14日

下記はその内富さんのコメント及びそこで紹介されている鈴木耕氏の論攷に対する私の違和の表明です。私として重要な視点の提起と思っていますので本ブログにも再掲しておきます。

内富さん

脱(反)原発運動に関する丁寧なフォロー記事をいつもありがとうございます。

が、今回の標題記事「【まったく同感です!】『自滅する国家 自壊するマスメディア - 鈴木耕』」には私には少しばかり異議があります。

内富さんが「まったく同感です!」と言うからには、下記の鈴木耕氏の論中の「電力会社の地域独占体制を解体し、発送電分離による一層の電力自由化を実現しなければ、この国のエネルギー政策、つまり原子力政策を抜本的に改革することはできない」という認識、また「鉢呂氏の『脱原発』志向」云々という認識にも「まったく同感」ということだと思いますが、鈴木耕氏のこの認識、さらには鈴木耕氏のその認識に「同感」だという内富さんのご認識には私は賛成しがたいものを感じます。

そのことについて若干のことを述べさせていただきます。

第1に「電力会社の地域独占体制の解体、発送電分離による電力自由化の実現」=「原子力政策の抜本的改革」とする鈴木氏の認識および内富さんのご認識の問題点についてです。

この点について第一に指摘しておきたいことは「発電送電自由化実現」と「脱原発」が直接リンクするわけではない、ということです。

菅元首相は電力会社の発電部門と送電部門の分離案について「自然エネルギーを大きく受け入れるとき必要な体制について、今後のエネルギー基本計画を考える中で当然議論が及ぶだろうし、そうすべきだ」(東京新聞 2011年5月19日)と言及したことがあり、この菅元首相の発電部門と送電部門の分離案についての言及をあたかも「脱原発」主張のようにもてはやす風潮が当時(といっても、ほんの3か月ほど前のこと)一部の脱(反)原発論者の中に生まれたことがありましたが(現にいまもあります。その「いま」の主張のひとつがいうまでもなく鈴木耕氏の論です)、そのとき同時に菅氏は原子力発電について「より安全な活用の仕方がきちっと見いだせるなら、原子力をさらに活用していく」とも述べ、原発推進の立場を明確にしてもいます。このことははからずも「発電送電自由化実現」と「脱原発」が直接リンクするわけではないことのひとつの例証になっているといえるでしょう。

札幌の松本さんが紹介されていた(CML)柄谷行人はその「反原発デモが日本を変える」という『週刊読書人』のロングインタビュー(2011年6月17日付)の中で次のように語っていました。鈴木氏の論にはその柄谷の言葉も対置しておきたいと思います。

編集者:脱原発の動きについては、そのひとつの試みとして、ソフトバンクの孫正義さんが提案している案(大規模な太陽光発電所の建設など)も、最近注目を集めています。

柄谷:ぼくは信用しない。自然エネルギーの活用というような人たちは、新たな金儲けを考えているだけですね。エコ・ビジネスの一環です。(略)日本では、太陽光発電そのものが環境破壊となる(引用者注1)。そんなものは、いらない。現在のところ、天然ガスで十分です。それなら日本の沿岸にも無尽蔵にある(引用者注2)。要するに、先ず原発を止める。それからゆっくり考えればいいんです。

引用者注1:太陽光発電が環境破壊につながるひとつの例証が下記にあります。
http://ank-therapy.net/archives/1519927.html
引用者注2:
下記も天然ガスが日本の沿岸にも無尽蔵にあるひとつの例証(東京都の例)になっています。
http://www.inosenaoki.com/blog/2011/09/post.html


また柄谷は、そのロングインタビューで、電力会社の発電部門と送電部門の分離案についていう民主党について次のような評価を述べています。

早い話が、東電の労組は原発支持ですね。労働組合に支持された民主党も、原発支持です。こんな連中がデモをやるはずがない。

事実、週刊誌「AERA」(2011年4月25日号)の報じるところによれば、「民主党は東京電力の『電力総連』という労組から合計8740万円もの献金を受けて」います。その内訳は、「小林正夫議員4000万円、藤原正司議員3300万円、中山義活議員700万円、吉田治議員700万円、川端達夫議員30万円、近藤洋介議員10万円」。左記の5人の民主党議員のうちの2人は小沢派(藤原、吉田)、3人は鳩山派(小林、中山、川端)です。また、民主党の最高顧問で、菅派の大黒柱のひとりの江田五月も電力総連の推薦を受けて参議院議員に当選しています(女性セブン 2011年4月28日号)。

このような政党に真に脱原発を主張できる道理がない、と私は思います。

第2に鈴木氏の「鉢呂氏の『脱原発』志向」云々という認識についてです。

鉢呂元経産相はたしかに「6日の閣議後の記者会見で、国内の原発の在り方について『野田佳彦首相の発言からいけば、ゼロになる」と述べ、将来的に原発をゼロにする方向を明言」(産経新聞 2011年9月6日)していますが、それはあくまでも「新しいものは造らない」というものでしかなく、ストレステストの1次評価しだいでは原発の再稼働もありえることも同時に明言しています(時事通信 2011年9月5日)。これを「鉢呂氏の『脱原発』志向」と評価することはできません。

野田首相自身が首相として初めて臨んだ記者会見で「定期検査で停止中の原発については、ストレステストの実施と地元自治体の理解を前提に、再稼働を進めたい」(J-CASTニュース 2011年9月2日)と明言しているわけですから所轄大臣として当然といえば当然の認識の表明ともいえますが、鉢呂氏は決して「『脱原発』志向」の人とはいえないでしょう。

内富さんのこうした認識がCMLをはじめとする脱(反)原発を主要なテーマとするメーリングリストに何の抵抗もなくふつうに流通することに私として危惧を感じますので一言申し上げることにしました。
鉢呂元経産相の「死の町」発言での辞任は言葉狩りではないか、という批判があります。

そうした批判の例として次の3本の記事もしくは意見をあげておきます。

「杉浦ひとみの瞳」(2011年9月11日)ブログ中の勝見貴弘氏(元国会議員秘書)の意見
■鉢呂氏辞任は脱原発議員に対するいじめにしか見えない(Afternoon Cafe 2011年9月11日
■鉢呂経産相辞任 記者クラブに言葉狩りされて(田中龍作ジャーナル 2011年9月11日

毎日新聞(2011年9月9日付)の報道によれば、くだんの鉢呂元経産相の「死の町」発言とは次のようなものです。
 
鉢呂吉雄経済産業相は9日の閣議後会見で、野田佳彦首相に同行して8日に東京電力福島第1原発などを視察した際の印象について「残念ながら周辺市町村の市街地は人っ子一人いない、まさに死の町という形でした」と述べた。(略)会見では、事故現場で収束作業に当たる作業員らについて「予想以上に前向きで明るく、活力を持って取り組んでいる」と印象を語り、放射性物質の除染対策に関しては「政府として全面的にバックアップしたい」』とも述べた。

鉢呂元経産相が上記の発言をどのような順序で述べたのかはわかりませんが、この発言を整合的に並べ替えれば次のような発言になります。
 
鉢呂吉雄経済産業相は9日の閣議後会見で、野田佳彦首相に同行して8日に東京電力福島第1原発などを視察した際の印象について「事故現場で復旧に当たっている作業員は予想以上に前向きで活力を持って取り組んでいる。残念ながら、周辺の町村の市街地は人っ子一人いない、まさに死の町という形でした。(放射性物質の除染対策に関しては)政府として全面的にバックアップしたい」とも述べた。

上記の鉢呂元経産相発言にはまったく失当性はありません。「死の町」という形容は、本来、市街地という繁華な町でありながら「人っ子一人いない」状況をそう表現したのであって、その表現には差別性も蔑みもありません。その発言をなにか問題でもあるかのように報道するメディアの報道姿勢は田中龍作記者が糾弾するように「言葉狩り」というほかないものだと私も思います。

鉢呂元経産相のもうひとつの「放射能すりつけてやる」発言のメディアの一斉報道についてはメディアの側に次のような事情があったようです。

「(鉢呂元経産相の)囲み取材の現場にいた共同通信の記者によると、東京電力福島第1原発の周辺地域視察などを終えた鉢呂氏が議員宿舎に戻ったのは8日午後11時半ごろ。防災服のままだった。帰宅を待っていた記者約10人に囲まれた。/視察の説明をしようとしながら鉢呂氏が突然、記者の一人にすり寄り、『放射能をうつしてやる』という趣旨の発言をした」。しかし、オフレコ会見ということもあり直後には報道しなかった。が、「鉢呂氏は翌9日午前の記者会見で『残念ながら(福島第1原発の)周辺市町村の市街地は人っ子一人いない『死の町』だった』と発言。午後にあらためて記者会見し撤回した。9日夕、テレビのニュース番組が『死の町発言』とともに8日夜の放射能発言も報じた」。そこでおおかたのメディアは「「『死の町』発言で、原発事故対策を担う閣僚としての鉢呂経産相の資質に疑義が生じたことで、前夜の囲み取材での言動についても報道するべきだと判断した。」(中国新聞 2011年9月9日

上記に見るとおり、メディアが「放射能すりつけてやる」というオフレコ発言(私はその発言が事実だとしても冗談だと思っていますが。しかし、また冗談にしてもいかにも低級な冗談だとも思っていますが)を報道するにいたった背景には、先に「死の町」発言を問題化し、政局化させたいたとするメディア・フレーム(メディア独自の切り口)やメディア・スクラム(必要以上の報道合戦)的視点が大いに関係しています。しかし、メディアが問題とする「死の町」発言は上記で見たとおり「言葉狩り」というほかないものである以上、そのメディア・フレームは偏見そのものだったというべきです。「鉢呂氏は『言葉狩り』の犠牲者」(田中記者)である、というのは私の見方でもあります。

一方、いま、「たかじんのそこまで言って委員会」(読売テレビ系列・大阪市)の9月4日放送で「(東北の野菜や牛肉は)健康を害しますからできるだけ捨ててもらいたい」「いま生産するのが間違っている。きれいになってから生産しないと」「畑に青酸カリが撒かれた(ようなものだ)と。青酸カリを除けてから植えてください」などと述べた中部大の武田邦彦教授の発言がやはり言葉の問題として問題になっています

この武田氏の発言については脱原発論者の中に擁護論が多いのですが、そして、私もその発言の総体を見て、武田氏は論理としては正論を述べているとは思うのですが、しかし大きな違和が残ります。

それは、武田氏の発言は、結局のところ、いまなお被災地に住まって辛艱しながら「農作」をしている東北の農民、また住民の心情に思いを馳せることができない長く原発村の住民でもあった象牙の塔の人の発言でしかないと思えるからです。ひとことで言って武田氏の発言には他者を思いやる精神が見られません。武田氏は「(東北の野菜や牛肉は)健康を害しますからできるだけ捨ててもらいたい」と言う前に東北の人たちの心情に思いを馳せる必要があったでしょう。そして、農民に農民の命である「農業を捨てよ」というからには、その農民切り捨ての残酷な言葉に見合うだけのもっと丁寧な低線量被曝についての説明の言葉が必要だった、と私は思います。

同じことでもたとえば小出裕章氏ならば次のように言うでしょう。

放射線被曝はどんなに微量でも危険です。(そういう意味で食品の放射性物質の基準値はまったく意味がありません。どこまでで安全なのかどこまでで危険なのかということで線を引くのはサイエンスの側から言えばできません。それは社会的に、そこまでなら我慢ができるか、あるいは我慢をさせるしかないかというそれだけの線引き(にすぎないの)です。

しかし、3月11日で世界が変わってしまいました。もうどうしようもないことなんです。その日本という国で生きる限りはそういう基準を受入れなければ福島県が失われてしまうというそういう状態におちいっているということです。

これはあまりいいたくないけれども、(法令の範囲内で)福島でとれるものは多分無いと思います。しかしながら福島の生産者の方々を守らねばならない。必ず守らなけれないけない。(MBS(毎日放送)ラジオ「たね蒔きジャーナル」 2011年7月12日放送

小出氏の「食べ物への汚染は永遠につづく。今、私たち大人に残された選択肢とは、(子どもを守るために、そして、福島の生産者の方々を守るためにも)“食べる”ことだ」(『週刊金曜日』 2011年6月10日号)という発言は上記のような認識からきているのでしょう。いま私がここで述べようとしているのは、上記の小出氏の認識に賛成するとか、賛成しないとかという問題ではありません。「田畑を耕すこと=農民の生」であるところの農業者の辛艱をどのように想像力を働かせて思いやることができるかという共感力の問題です。武田氏の発言にはその共感力、他者を思いやる精神が見られないのです。私はこれは思想の貧困の問題、あるいは思想の薄弱性の問題、またあるいは思想の低劣さの問題だろうと思っています。武田氏はせっかく原発容認論から脱原発論に改心した原発研究者ですが、武田氏の思想の核にはいまだ原発村の「思想」が残存している。それが論理で農民を切り捨てて、論理で切り捨てられる者の痛さ、辛さを思いやることのできない彼の思想の弱さである、というのが私の武田氏評価です。

私がここで言いたいことは、言葉狩りと思想の薄弱性ないしは低劣さのみが際立つ言葉批判とは違う、ということです。思想の薄弱性を疑うことができない者は言葉狩りの愚かさについても批判の視点は持ちえないだろう、ということでもあります。
先にエントリした【1】の標題記事についておふたりの方から要旨〈香山さんなど『良心的ジャーナリスト』は、新聞・ラジオなどでの影響力が強いのですから、不用意な論争によって向こう側に追いやってしまうのは、この時期、反(脱)原発のためにはまずいと思います〉というある種反論のコメントがありました。

下記は、そのコメントへの私の再反論的返信です。先の記事の補論としてエントリしておこうと思います。

Tさん Hさん

おっしゃっておられることの半ばは同意できるのですが、おふたりのご意見に同意しかねるところが私には残ります。

その同意しかねる点とはなにか、という点について、今回の話題の焦点になっている(私が話題にしたわけですが)香山リカさんを例にして述べてみます。

香山さんが一定の「革新」的スタンスの歩をとっていることは私も承知しています。彼女は「九条の会」とともに9条改悪反対のキャンペーンを張っている「憲法行脚の会」の呼びかけ人のひとりでもありますし、前々回の東京都知事選の際は永六輔や中山千夏、辛淑玉らとともに石原都政反対ののろしを上げる「シロウと大江戸勝手連」の呼びかけ人のひとりでもありました。

しかし一方で私は、この十数年ほどの間、彼女がテレビの娯楽番組や新聞や雑誌の自著記事、インタビューなどでなんとも軽薄なコメントをしている姿を何度も目撃してきたような気もしています。日常のどこにでもあるありふれた平凡な見解(「平凡」自体はすばらしいことですが)にすぎないものを「精神科医」という〈権威〉を衒っていかにも大きく見せるというたぐいのことを。

このことを東京造形大学教授の前田朗氏はいつか次のように語っていたことがあります。

香山リカ『しがみつかない生き方--「ふつうの幸せ」を手に入れる10のルール』(幻冬舎新書、2009年)――(略)本書の結論は「ふつうにがんばって、しがみつかずにこだわらずに自分のペースで生きていけば、誰でもそれなりに幸せを感じながら人生を送れる。それで十分、というよりそれ以外の何が必要であろうか」です。賛成です。もっとも、この結論を引き出すために、本書の中で何度も何度も「25年間、精神科医として、診察室で・・・」と繰り返している意味がわかりません。臨床実務を続けていることを強調したいのでしょうが、内容・結論と精神医学の間に何かの関係があるとは思えません。学問ですよ、ってどうしても言いたいのかな。(略)ともあれ、私は30年以上前から同じ結論に達していました。お金に嫌われて、しがみつく暇もなかったし(笑)。(グランサコネ通信2010-08 前田朗ブログ 平成22年3月1日)

私には上記で前田氏が指摘するような香山さんに対する違和があります。

その私の香山さんに対する違和は、在日の批評家の金光翔氏が『週刊金曜日』を批判していう「護憲派のポピュリズム化」ということとおそらく同じ性質のもののように私は思っています。


金光翔氏は「護憲派のポピュリズム化」について次のように言います。

また、何か事件があった際に、(『金曜日』が)専門家ではない有名人や文化人にコメントを求める傾向も、この頃から顕著になりはじめるように思われる。便宜上、この傾向を『護憲派のポピュリズム化』と呼んでおこう。例えば、この時期にライブドア事件が起こっているが、そこで「二人の識者」としてコメントが求められているのは、高村薫と香山リカである(「ライブドア事件をどう読み解くか」『金曜日』二〇〇六年二月三日号)。この後、香山リカは、『金曜日』誌面に頻繁に登場するようになる。こうした「護憲派のポピュリズム化」の中に、「護憲」や「平和」について有名人や文化人のメッセージを求める傾向、広告的なキャッチコピーによる「わかりやすい」護憲のメッセージを打ち出していこうという傾向を加えてもいいだろう。こうした傾向が相まって、現在の『金曜日』の、誰に読まれたいのか分からない、ぬるい誌面が構成されていると思われる。」(金光翔「佐藤優現象>批判」注:24)

金光翔氏のいう「護憲派のポピュリズム化」がたとえばこの2、3年の間に限ってみても私たちの国の政治にどのような事態をもたらしているか。自民党に変わる民主党の政権交代をもたらしたことはプラスの側面として評価してよいことですが、あれだけ国民と沖縄県民に約束した普天間の県外移設の公約を反故にし沖縄県民を愚弄することも甚だしい「辺野古回帰」の日米合意を踏襲する姿勢を明らかにした鳩山内閣、菅内閣、そしていまの野田内閣のもとでもその民主党政権をあたかも「革新」の砦かのように擁護し(菅内閣支持論、小沢内閣待望論などその形態は一様ではありませんが)、菅内閣の実質原発容認政策でしかない「減原発」路線を「脱原発」路線であるかのように言い繕い、支持する(「脱原発」を声高に唱える反原発論者を自称する人の中にそうした主張をする人が少なくありません。いや、私の見るところ相当多数いますしかし、彼ら、彼女たちの多くはその自己の論理の〈自己撞着〉ないしは〈論理矛盾〉に気ずいていないようです。ここにも「護憲派のポピュリズム化」の悲しいまでの悪しき影響を私は見ます)。そうしたポピュリズムにとりつかれた中間層的保守主義ともいえる国民思潮を多く生み出すことに貢献してしまったということはいえませんか? 「みんなの党」的保守政党の近時の躍進もこうした「護憲派のポピュリズム化」がもたらした鬼子のように私には見えます。

こうした思潮に抗することなしにはたとえば私たち国民の喫緊の課題としての「脱原発」にしても、私は絵に描いたモチにしかなりえないように思えるのです。「減原発」路線が真だとしても、その「減原発」が終了するのは計算のしかたにもよりますが現原発のすべてが老朽化する20年も30年も先のことです(もっと先に伸びるかもしれません)。その間にもう一度福島第1原発事故クラスの原発事故が起きればそのときは私たちの国はほとんどおしまいです。そうではありませんか? いま私たちは「護憲派のポピュリズム化」のもたらす思潮のおそるべき保守化についてもっと論を凝らしてしかるべきだと私は思うのです。

私の「香山リカ」批判はこうした私の「護憲派のポピュリズム化」に抗するという考え方の延長にあるものです。

それに先に批判した香山さんの論説は、仮に彼女の立場が文言どおりの中立の立場であったとしても、そうであれば彼女の批判の刃は「原発容認派」「脱原発派」のどちらをも斬りつける体のものになっているわけですから、「洗脳」「ドグマ」などと中傷する彼女の批判は反原発論者に対しても当然向けられているものということになります。反原発論者の論を「洗脳」「ドグマ」などと中傷する彼女の論理は的外れである、とやはり反批判しておくべき性質のものであろうと私は思います。
香山リカが「精神科医」というレッテルを笠に着て幼稚な論理をふりかざしています。香山は卑怯にも非明示的(あいまい)な形でしか述べていませんが、香山が下記の記事で使う「洗脳」や「ドグマ」という言葉は反・脱原発論者に対して向けられたものであることはコンテクストの流れから見て明らかです。

私は日経BP社が発行する「復興ニッポン」というメールマガジンを資料として購読しているのですが、そのマガジンの9月1日付けに香山は下記のような記事を書いています。

■香山リカ:実の姉妹が「被災地支援の海産物」で大もめ ――原発事故「ストレス三重苦」が生む「洗脳寸前ジャパン」(復興ニッポン  2011年9月1日

記事の全文は上記サイトで確認していただきたいのですが、香山の論は以下のようなものです(資料として記事の下欄に転載しておきます)。

まず香山は彼女のいう原発事故の「ストレス三重苦」現象の一例として「京都の五山送り火」に関する友だち同士の議論で「親しい人と決裂してしまった」人の例とボランティアとして被災地に行き、被災地支援のためと思って同地の名産の海産物(もちろん放射能に汚染されていない)を買い、その名産を送ろうと姉に電話したところ激しく拒絶されてしまった妹の例を挙げます。一方の例では友だち同士は口論した挙句「気まずい雰囲気がいつまでも続き、『もう会わない』ということになり、もう一方の例では姉に「怒鳴」られ「罵られ」た妹は「『姉にはもうしばらく連絡したくありません』と、うつむいてしま」います。

しかし、どちらとも極端な例だといえないでしょうか? ふつう「親しい人」同士であれば多少の議論はあったとしても、そして片方の側または両者にその議論に納得しがたいものが残っていたとしても、「決裂してしま」うまでにはいたらないでしょう。議論を超えて相手の人となりや人格を愛するところに「親しい」という関係が生まれるはずだからです。また、姉なり妹なりが被災地にボランティアに出かけ、その一報を姉、または妹が聞いてはじめに出る言葉はこれもふつうの場合「大変だったわね。で、どうだった?」というようなねぎらいの言葉だというべきではないでしょうか(香山自身が「心の余裕がないから関係が荒れる」の項で述べているように)。震災の影響での「二重苦」「三重苦」、また彼女のいう「ストレス三重苦」が重なっていたとしても人の人格、あるいはもの言いというものはその程度(というと、語弊がありますが)のことで変わるものではありません。「やりとりがすぐ感情的になり、ついには『相手の人間性まで非難し合う』といった展開になる」のを震災による「ストレス三重苦」の影響のようにいうのは、彼女は「精神科医」という肩書きにもかかわらず、本質のところで人の心の動きをよく観察しえていない人だからだと私は思います。あるいは彼女の心の中には本質的な「人間不信」の感情が隠されているのかもしれません。

そうした「精神科医」とは名ばかりの自己の主観的な観測でしかない(と、私には思える)極端な例を持ち出して、香山は、「全国でこのような『ぎくしゃく』が、大きな組織や集団といったレベルから、家族や恋人といった小さな集団まで、さまざまな段階で起きている可能性がある」、さらに「私たち日本人は、ほぼ全員が大きなストレスを背負い込んでいるといえる」と自己流の論を拡張させます。

さらに香山は、「大きなレベルから小さなレベルまで、次々に『仲間割れ』が起きている」という珍妙な診断をくだした上で、そうした「仲間割れ」が起きる原因は「心のエネルギーが目減りしすぎてしまうと、思考力や判断力が衰退してしまい、『ドグマ』的な断言口調の意見をそのまま受け入れてしまう性質が、人間には備わっている」ためだ。そして唐突に「ここまで行くと、洗脳だ」、といったい誰が誰のためにする「洗脳」というのかまったく意味不明の論を展開します。

そうして香山は、「結果、『安全だ』『危険です』と断定を繰り返す専門家を全面的に信頼し、ほかの人の言うことにはいっさい耳を貸さなくなったりもする」。「先の『ドグマに頼りたい』という人間の一般的な性質が関係している可能性はないだろうか」。「心の視野が狭まって仲間割れに到ったりドグマに走ったりすることだけは、なんとしても避けなければならない。自分も危険だし、社会的にも危険だ」と結論して論を締めくくります。

上記で香山が「洗脳」と言い、「ドグマ」と言うのは、周到に断言するのは避けて、香山はあたかも中立を装っていますが、その批判は、反・脱原発論者に対してのものであることはここまで読み進めてくるともはや明らかというべきでしょう。「洗脳寸前ジャパン」という標題も彼女(あるいは編集者)の意図するところをよく示しえています。もちろん、「復興ニッポン」という媒体も胡散臭さふんぷんです。

資料:
■香山リカ:実の姉妹が「被災地支援の海産物」で大もめ ――原発事故「ストレス三重苦」が生む「洗脳寸前ジャパン」(復興ニッポン  2011年9月1日

京都の送り火「是非」で人間関係「破綻」

 最近、診察室で、あるいは身のまわりで、「親しい人と決裂してしまった」という話をやたらと耳にする。きっかけはいろいろだが、原発事故による放射性物質の問題に対するスタンスが関係がしている場合が少なくない。

 わかりやすい例を挙げれば、先日、大きな問題になった「京都の五山送り火」。

 その件を話しているうち、ひとりは「陸前高田で松を集めた人が気の毒。京都も燃やしてあげればいいじゃない」と言い、ひとりは「なに言ってるんだ。放射性物質が飛散することになったらどうするつもりか」と主張する。

 他の話題であれば「まあ、いろいろな考え方があるよね」と違いを認め合ったまま話が終わるところだが、この件に関してはお互い譲ろうとしない。

 しかしいくら議論したところで、科学的知識が互いに欠如している場合、「危険なのか、そうでもないのか」という問いに対する答えが出てくるわけでもない。

 その結果、気まずい雰囲気がいつまでも続き、「もう会わない」ということにもなる。

被災地支援の海産物を「激しく拒否」

 被災地にボランティアに出かけ、名産の海産物などを送ろうと姉に電話したところ、激しく拒絶された、という話をしてくれた人もいた。

 姉は「あなたいったい、なに考えてるの? ウチには小さな子どももいるのよ!」と怒鳴ったそうだ。

 この話をしてくれた女性は、こう続けた。

 「たしかに子どものことを心配する気持ちはわかるのですが、そこは原発からもかなり離れていて、海産物からも放射性物質は検出されていないんです。それに私は被災地支援の意味も込めて現地のものを購入しているのに、非常識な人間であるかのように罵られる。もしかしたら非常識なのは向こうのほうじゃないですかね」

 その人は「姉にはもうしばらく連絡したくありません」と、うつむいてしまった。

原発事故で「ストレス三重苦」状態に

 「どちらが悪い」の問題ではない。

 全国でこのような「ぎくしゃく」が、大きな組織や集団といったレベルから、家族や恋人といった小さな集団まで、さまざまな段階で起きている可能性がある。

 東日本大震災のような巨大災害、そして原発事故による放射性物質は、人間の心にも大きな影響を与える。

 今回の原発事故は多くの人にとって、「放射能が目に見えない」「事故収束はいつになるかわからない」に加え、「誰が言っていることが真実かわからない」という性質がある。

 このため人々は「ストレスの三重苦状態」に追い込まれる。

 反原発とか原発推進など、個人的な主張や立場に関係なく、311以降、このニュースに日々晒されている私たち日本人は、ほぼ全員が大きなストレスを背負い込んでいるといえる。

 おそらく、心の視野も否応なくかなり狭くなっているだろう。

心の余裕がないから関係が荒れる

 たとえば、先ほどの姉妹のケースを考えてみよう。同じ結果に導くとしても、本来ならもっと違ったやり取りにすることはできたはずだ。

 「海産物、送ろうか?」

 「ボランティアお疲れさま。現地のものを購入して被災地を励ましたいのね。でも、安全性がはっきりするまではね」

 「そうか、小さな子どももいるものね」

 「ごめんね。はっきりしたらどんどん頼むから。連絡ありがとう」

 「うん、お姉さんも気をつけて」

 ――そうやって、お互いの気持ちを尊重し、意見は違っていても絆を強めることもできたはず。

 それなのにやりとりがすぐ感情的になり、ついには「相手の人間性まで非難し合う」といった展開になるのは、互いが心の余裕をかなり失っている証拠と言えるだろう。

心のエネルギーが枯渇すると危険

 大きなレベルから小さなレベルまで、次々に「仲間割れ」が起きている。

 「あの人の態度はちょっと神経質すぎるのでは」「どうしてあそこまで無頓着なのか理解できない」と互いを批判し、相手を論破するためのデータ集めに「必死になる」。――これは「批判」自体が目的化しているわけで、不毛だ。

 そもそも、「○○派」などと派閥に分かれたかのようになって敵対し合っているうちに、地震や津波の被害を受けて苦しんでいる人たちのことが忘れ去られるというのは、なんとしても避けなければならない。

 心のエネルギーが目減りしすぎてしまうと、思考力や判断力が衰退してしまい、「ドグマ」的な断言口調の意見をそのまま受け入れてしまう性質が、人間には備わっている。

 ここまで行くと、洗脳だ。

自分も社会も危険になる「心のエネルギー枯渇」

 こういう心理状況になると、「もっとはっきり言ってくれる人はいないか」という気持ちになる。

 結果、「安全だ」「危険です」と断定を繰り返す専門家を全面的に信頼し、ほかの人の言うことにはいっさい耳を貸さなくなったりもする。

 実際、周囲を見ている限り、「今の時点では、こうと推測できないこともない」「まだなんとも言えない」といった言い方をする科学者に対し、「ウソつきだ」と決めつける類の人が、どうにも増えている。

 先の「ドグマに頼りたい」という人間の一般的な性質が関係している可能性はないだろうか。

 ――正確な情報を集めて、いちばん妥当な判断をする。

 その能力を失わないためにも、自分の心のエネルギーを重視しよう。それが目減りし、心の視野が狭まって仲間割れに到ったりドグマに走ったりすることだけは、なんとしても避けなければならない。自分も危険だし、社会的にも危険だ。

昨日(私注:8月31日)、滋賀のKさんから下記のような「怒!」のメールが転送されてきました。

こうやって殺されていくのか、そして責任は取らない構図が今後も続くような心配があります。まさに労働者は使い捨てなのか。許せない。転送します。

■「急性白血病:福島第1原発作業員が死亡 東電が発表」
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110830k0000e040075000c.html

 東京電力は30日、福島第1原発で作業に携わっていた40代の男性作業員が急性白血病で死亡したと発表した。外部被ばく量が0.5ミリシーベルト、内部被ばく量は0ミリシーベルトで、松本純一原子力・立地本部長代理は「医師の診断で、福島での作業との因果関係はない」と説明した。

 東電によると、男性は関連会社の作業員で8月上旬に約1週間、休憩所でドアの開閉や放射線管理に携わった。体調を崩して医師の診察を受け急性白血病と診断され、入院先で亡くなったという。東電は16日に元請け企業から報告を受けた。事前の健康診断で白血球数の異常はなく、今回以外の原発での作業歴は不明という。【林田七恵】
毎日新聞 2011年8月30日 13時00分(最終更新 8月30日 16時21分)

★福一(フクイチ)との因果関係がないとどうしていえるでしょうか?

共同通信、朝日新聞、時事通信も上記とほぼ同様の趣旨の記事を書いています。
■急性白血病で作業員死亡 福島第1原発に従事  「作業との因果関係なし」(共同通信 2011年8月30日
■作業員が急性白血病で死亡=収束工事「因果関係なし」――東電・福島原発(朝日新聞/時事通信 2011年8月30日

すなわち、共同は東電幹部の釈明をそのまま引いて「東電は『医師の診断によると作業と死亡の因果関係はない』と説明している」。朝日と時事もやはり東電幹部の釈明をそのまま引いて「東電は『収束作業との因果関係はない』としている」という報道内容です。

上記の記事をふつうに読む限り、「福島第1原発での作業と急性白血病という死亡原因との間には因果関係はない」、というのは、あたかも原発作業員を診断した医師自身の所見であるかのようです。

しかし、ウォール・ストリート・ジャーナル(日本版 2011年8月31日)の記事にはこの点について次のように書かれています。

東電広報部の川又浩生氏は、元請け会社から提出された医師の診断書からすると、作業員が2、3週間前の作業で受けた被ばくによって急性白血病を発症したとは医学的に考えられない、という。

すなわち、ウォール・ストリート・ジャーナル紙による限り、「福島第1原発での作業と急性白血病という死亡原因との間には因果関係はない」、というのは、決して原発作業員を診断した医師の所見ではなく、東電もしくは東電幹部の解釈でしかないということになります。おそらくこのウォール・ストリート・ジャーナル紙の書き方の方が報道として正確な書き方といえるでしょう。

さて、このウォール・ストリート・ジャーナル紙の報道が正しいものだということを前提にして私は次のように思います。

この医師でもなんでもないはずの東電幹部は、医師の診断書に「急性白血病と作業との間には因果関係はない」などと書かれていたわけでもないのに(そのような憶測を診断書に書けるはずもありません)、いったいどのような資格でしゃあしゃあと「福島での作業との因果関係はない」などと独断することができるのでしょう? また、そのように発言することが許されるのでしょう? 許されるはずがありません(注:下記の追伸参照)。

上記の報道によれば、この作業員は、「福島第1で働き始める以前に行われた健康診断では、健康の問題は全くなかった」ということです。そして、「体調を崩して医師の診察を受け急性白血病と診断され、入院先で亡くなった」のは「元請け会社から8月初旬に約1週間、福島第1原発に派遣された」直後のことです。そうであれば、たとえその値が「外部被ばく量が0.5ミリシーベルト、内部被ばく量は0ミリシーベルト」という低線量被曝であろうとなかろうと、また、医者であろうとなかろうと、まず原発作業と急性白血病との因果関係を疑ってみるのは常識中の常識といってよいことです。

その「常識中の常識」に基づく医学的調査を一切せずに「作業と死亡の因果関係はない」などと独断し、さらには「これ以上調査する予定はない」(共同通信、同上)とも言いのけてしまう。言語道断、卑劣漢、ごまかし論法極まりなし。人道上の見地からも、また企業責任という観点から見ても決して許されるべきことではありません。

あまつさえ低線量被曝についての原子力資料情報室(CNIC)の次のような指摘もあります。

これまで低線量域については、LNT仮説を使って、低線量での影響を高い線量域での影響から単に被曝量に比例して考えるとされてきた。だが実際には、線量効果係数なるものを導入して、低線量の影響を高線量の半分に値切っている。しかし、原爆被爆者のデータは、むしろ低線量になると単位線量当たりの影響が大きくなることを示している。/この不確かな線量モデルに基づくリスク評価により、原発や再処理工場、原発労働者たちに起きている健康被害、チェルノブイリ事故以降のがんや小児白血病発生の増加にたいして、「被曝線量が低すぎる」と、放射線被曝との因果関係を否定されてきた。

私も滋賀のKさんと同じく「こうやって原発労働者は殺されていく」のだ、と強く強く思います。

追伸:

上記記事について東京の田島(ni0615)さんから下記のような指摘がありました。肯うべきご指摘だと思います。転載させていただこうと思います。

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東本さん ni0615です。

急性白血病という診断は、東電記者会見、リッチ本部長代理の松本氏によれば、亡くなったかたの「罹り付け医」の診断ではなく、「原発労働者がよくかかる病院」の医師の診断だということです。

原発労働者がかかる病院は

~~~~~~~~~~~~

初期被曝医療機関、

② 南相馬市立総合病院
④ 福島県厚生農業共同組合連合会双葉厚生病院
④ 福島県立大野病院
④ 今村病院
④ 労働者健康福祉機構福島労災病院

二次被曝医療機関

② 福島県立医科大学医学部附属病院

凡例
① 災害拠点病院でありかつ救命救急センター
② 災害拠点病院
③ 救命救急センター
④ いずれでもない
~~~~~~~~~~~~~~~~

でしたが、

④ 福島県厚生農業共同組合連合会双葉厚生病院
④ 福島県立大野病院
④ 今村病院

は、相次ぐ放射能放出で業務不能となりました。

したがって、その方の入院先は、

② 南相馬市立総合病院
④ 労働者健康福祉機構福島労災病院

そしてピンチヒッターでホールボディカウンターを備え付けた、

呉羽総合病院

この可能性がたかいのです。

東本さん仰るように、「因果関係なし」を解釈したのは、診断をした医師ではなく、東電の産業医です。記者会見で、リッチ本部長代理の松本氏がいってました。

「産業医にきいたら有り得ない、と」

たしかに、いかに急性と名がつくとは言え「急性白血病」が1週間前の被曝で突然、起こることは考えられません。1週間後に起こるとすれば、高線量の被ばくによる、癌ではない確定的影響(急性症状)としての、赤血球、白血球減少などです。

もし癌としての「急性白血病」で間違いないなら、問われるのはその方の前歴です。リッチ本部長代理の松本氏は、記者の執拗な質問があったにもかかわらず、前歴調査を断固として拒みました。

また、リッチ本部長代理の松本氏が言うように、「急性白血病」が既往症だったとしたら、なぜ、1週間前の血液検査で引っかからなかったのでしょうか。

検査項目は、

「赤血球数、血色素量、白血球数、ヘマトクリット」

だったと、リッチ本部長代理の松本氏は答えました。

1週間後に「急性白血病」で亡くなるような人が、血液検査で引っかからないはずはありません。

私の直感では、

就業前の健康診断などしてなかった、

という可能性と、

前歴で原発ジプシーだったという可能性の、

複合であると思います。

きっと、この闇は暴かれるでしょう。
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8月24日/25日発信:

「ダム建設反対」をその市民組織のレーゾン・デートル(存立根拠)的課題として掲げているあるメーリングリストに「原発事故の結果、放射性同位元素、セシウム137が広範に降り注いだとしても、きちんと除染を行えば大丈夫なのです」というそのメールを発信した人の心持ちとしては〈善意〉であろう投稿がありました。しかし、その〈善意〉は放射能汚染に関する誤まった認識に基づいています。その主張がいかに主観的には〈善意〉であっても、こうした認識は結果として、「原発事故で放射能が拡散されることがあってもきちんと除染を行えば大丈夫」というきわめて危険な原発容認=原発推進の主張に容易に結びついていく蓋然性を孕んでいます。

そういう次第で「セシウム137が広範に降り注いだとしても、きちんと除染を行えば大丈夫なのです」という主張に対して、この問題についての専門家の見解を紹介する形で少しばかりの反論を試みたのが以下です。

第一信
本メーリングリストでは「原発」問題については議論するべきではない、というご意見が多数のようですので(注:私は賛成するものではありませんが)、積極的にこの問題について投稿するつもりはないのですが、下記のHさんの「セシウム137が広範に降り注いだとしても、きちんと除染を行えば大丈夫なのです」というご意見は見過ごすことのできない「危険」な謬見を含んでいるように思われますので失礼ながら一言述べさせていただきます。

この件(除染)に関する専門家の見解は明日にでも整理して発信したいと思っていますが、とりあえずは本日付けの下記のダイアモンド・オン・ラインの記事をお読みください。ひとことで「除染」というけれど、その「除染」の難しさ、また問題性の一端をよくまとめえている記事だと思います。

はたして放射能汚染地域は除染すれば住めるのか? 国は避難期間を明示し、移住による生活・コミュニティの再建を(DIAMOND ON LINE 小澤祥司 2011年8月24日)

放射性セシウム134、137との闘い ――中長期間の避難は避けられない
 東日本大震災に伴う原発事故から5ヵ月以上たち、警戒区域・計画的避難区域を含め10万人近い人々が避難生活を余儀なくされている。多くはようやく仮設住宅や民間アパートなどで仮住まいを始めた。しかしこれまでのように広い敷地のある住まいではない。バラバラに住まざるを得なくなった家族も少なくない。避難生活による精神的、肉体的な影響も出始めている。農作業で体を動かすことがなくなり、肥満気味になったり血糖値が上昇したりする人もいるという。何より避難を強いられながら、十分な補償が得られていない。いつ帰れるのか見通しもなく、いたずらに時間が過ぎていく。それがまたストレスになっている。

 筆者は3月に飯舘村周辺の放射能汚染調査に加わって以来、ほぼ毎月現地での線量調査を続けているが、村南部には現在でもまだ毎時10マイクロシーベルトを超えるような場所がある。文科省の発表では、浪江町の赤生木椚平で毎時35マイクロシーベルトを記録している(7月29日)し、より第一原発に近い大熊町小入野では毎時81マイクロシーベルト(7月18日)というきわめて高い値だ。これは屋外で8時間を過ごすと仮定した文科省の基準でも、年間500ミリシーベルトの外部被曝を受けることになってしまう。

 事故そのものが収束していない現在、新たな放出による降下も多少はあると思われるが、それを考慮しないで考えてみる。大量放出から5ヵ月以上がたち、ヨウ素130などの短寿命核種はほぼ消失していて、今後はセシウム134(半減期約2年)とセシウム137(同約30年)との闘いになる。

 今回放出された両者の放射能比はほぼ1対1だが、線量率への寄与度は134が137の約2倍あるので、134の放射能が半減する2年を過ぎると線量率は3分の2になる。134の放射能がほぼ無くなり137の放射能が半減する30年後には6分の1~7分の1になると予想される。雨による流出や地下への沈降も考慮すると、10分の1程度には減少するかもしれない。それでも現在毎時10マイクロシーベルトの場所は毎時1マイクロシーベルトに留まる。年間の外部被曝量は、ICRP基準で通常時の1ミリシーベルトを大きく超える5ミリシーベルトになってしまう。これでは帰還は短期的には難しいと言わざるを得ない。

はたして除染は万能なのか? 地域の線量や、都市と農山村による違い
 こうした中、国は早期帰還を目指して国の責任で除染のための法律を整備する方針を示した。また福島県内に専門の除染チームを置くとも伝えられている。メディアも一部の学者も除染の必要性を訴える。しかし、除染の効果を一様に考えるべきではない。

 都市部では土に覆われている場所は、公園や道路脇、学校の校庭や人家の庭などに限られる。セシウムは土の表層に留まっているので、5~10cm程度をはがし、また建物や道路、コンクリート表面は洗浄すれば、放射性物質をある程度除去することは可能だ。雨樋の下、側溝などに見られる“マイクロホットスポット”(写真)も、近づけば線量が高いものの、含まれている放射性物質の量がそれほど多いわけではないので、その部分だけをどければ、線量を低減できる。このように、都市部で比較的低線量の地域であれば、除染は一定の効果が期待できる。

 しかし、今回の福島第一原発事故で高濃度に汚染された警戒区域や計画的避難区域は、ほとんどが農山村である。5月に飯舘村では、放射線安全フォーラムというNPOが実験的に高線量地区にある民家の除染を行った。かなり大々的な除染であったが、期待したような結果は得られなかった。もし効果があったとしても、民家敷地だけの除染では、周辺に放射性物質が残ったままで、家の中では暮らせても、農作業を含めて日常的な生活がすぐに営めるようになるとは思えない。

 飯舘村では一部の農地を使って農水省の実証試験が行われているが、よく言われる「ヒマワリやナタネにセシウムを吸着させる」話にしても、すでにチェルノブイリ原発周辺で試みられており、限定的な効果しかないことはわかっている。それ以外の方法についても「実験段階」に過ぎない。それに、除染を行っても放射能は消えるわけではなく、どこかに集めて安全に管理しなければならない。

莫大な予算がかかる除染 やっかいな森林の表土除去
 たとえば、土を除去するなどの除染方法にどのくらいコストがかかるだろうか。文部科学省が公表している汚染地図(図)を元にした概算であるが、半減期約30年のセシウム137が30万ベクレル/m2以上の土地のうち(チェルノブイリ周辺では55.5万ベクレル/m2以上が移住義務ゾーン、18.5万ベクレル/m2以上が移住権利ゾーン)、農地は1万5000ヘクタール、林野は8万ヘクタール程度あると思われる。

 農水省では過去のカドミウム汚染水田などで除染を行う「公害防除土地改良事業」で、天地返し(上層土と下層土の入れ替え)による除染を行っている。公害史に詳しい國學院大学の菅井益郎教授によれば、この費用は平均して10アール(1反)あたり300万円だという。そのまま当てはめれば全体で4500億円の除染費用がかかる。加えて今回の放射能汚染では、農道や水路、畦畔の除染も必要だ。

 しかも、現地は農地と森林が一体となった環境である(写真)。その森林に降った水を灌漑用水に使っている。セシウムを含む落ち葉も舞い込んで来るであろう。除染は農地と森林をセットで行わなければ意味がない。

 森林の除染は農地よりもやっかいだ。セシウムは葉や樹皮に吸着され、地表では厚く積もった落葉落枝や腐葉土に染み込んで、その下の土壌にまで達しているからだ。確実に除染するには樹木を皆伐し、地表をかなり厚く削り取るしかなかろう。この費用は、農地の数倍かかるだろう。さらにこれに除染した土などの処理費用が加わる。これには広大な面積の管理型処分場が必要になる。居住区・建物の除染を含めて、全体の費用が10兆円を超えると見積もっても大げさではあるまい。しかも除染は確実に農地の質を低下させ、広範囲の森林の皆伐、表土除去は地域生態系に壊滅的影響を与える

除染が終わるまで数十年かかり 汚染土壌などの処分も不透明
 予算的にもマンパワー的にも、一度に除染できる面積は限られている。上流側から少しずつ、順繰りに行っていくとして、全体の除染が終わるまでには、何十年もかかると思われる。実際、富山県の神通川流域・黒部地域では、30年経ってもカドミウム汚染土の除去が終わっていない。

 汚染土壌などをどこでどのように処分するかについても、これからの(おそらく長い)議論になる。実験に数年、処分方法や処分地、方針・スケジュールを固めるまでさらに数年あるいはそれ以上。本格的除染に取りかかるのは、それからだ。その間にも避難住民の困窮は続く。

 このように、汚染地域の除染には莫大な費用と長い期間がかかる。こうした現実的な問題をあいまいにしたまま、国は法律を作り、除染を進めるという方針だけを示している。

 帰還が適う日まで一体どれほどの間、待てばいいのか、いま避難住民がいちばん知りたいのはそのことだ。

 国は、警戒区域の一部について避難が長期化することをようやく認めた。しかし、すぐに戻れないのは原発周辺地域ばかりではない。重要なのは、避難住民がいまのような中途半端な状況から次のステップに進めるようにすることである。汚染度別に避難期間を明らかにし、避難が中長期に及ぶ地域に関しては移住地を用意し、そこでの生活や仕事の再建の道すじを示すべきだ。移住地で暮らしながら、線量の下がった区域から段階的に帰還する復興プランも必要になる。

 これは理不尽にも突然故郷を奪われた人々にはつらい選択であろう。しかし、このままずるずると仮住まいの避難期間を引き延ばしては、困窮が増すばかりだ。国策として原子力発電を進めてきた国と事故を招いた東京電力が、直ちに取り組まなければならないことである。

(小澤祥司 環境ジャーナリスト/日本大学生物資源科学部講師)

第二信
昨日のメールの続きです。

昨日述べたとおり「除染」に関する専門家の見解をご紹介させていただきます。ここでご紹介するのは小出裕章氏(京大原子炉実験所助教)、今中哲二氏(京大原子炉実験所助教)、児玉龍彦氏(東大先端科学技術研究センター教授)、それに昨日もご紹介させていただいた小澤祥司氏(日本大学生物資源科学部講師)の4氏の発言です。小出、今中、小澤3氏は農村や山林の「除染」は現実的、実際問題としてには「できない」だろうという認識で一致しています。ただ、児玉氏は、「0.5μシーベルト以下にするのは非常に難しい」「除染を本当にやるためには何十兆円という国費がかかる」ということを前提にした上で「除染はできる。しなければならない」というお立場のようです(注)。しかし、完全な「除染」については楽観的な立場ではなさそうです。

ブログ筆者注:この児玉氏の認識は疑問です。上記で日大生物資源科学部講師の小澤氏が指摘しているように「現地は農地と森林が一体となった環境で」あり、「除染は農地と森林をセットで行わなければ意味が」ありません。「確実に除染するには樹木を皆伐し、地表をかなり厚く削り取るしか」方法はないのです。しかし、樹木を皆伐すれば山はハゲ山となり、農地の水がめ装置としての役割は消失してしまいます。樹木を皆伐すれば農業も成り立たなくなるのです。農業ができない農地などありえません。小出、今中、小澤3氏が共通して指摘するように「農村や山林の『除染』は現実的には不可能とみるべきものでしょう。

また、「除染」との関わりで放射能汚染物質の処理問題に関する小出五郎氏(元NHK解説委員、科学ジャーナリスト)、後藤政志氏(元東芝・原子炉格納容器設計者)、そしてもう一度小出裕章氏の3氏の見解もご紹介しておきます。ここでも汚染物最終処理場としての下水処理場、焼却場などに残る放射能汚染物質は数十年単位では完全に排除できないことが共通認識として語られています。

以下、専門家の見解です。

【除染についての専門家の見解】

小出裕章氏(京大原子炉実験所助教)の発言 たね蒔きジャーナル(毎日放送ラジオ 2011年8月18日)より
司会者(8:56頃):国は緊急時非難準備区域の解除にともなって除染、放射性物質の除去をするということを言っているんですけども、学校などの場合は校庭の土を取り除くということである程度わかるかなという気がするんですけども、福島県って山や森の多い県ですのでたとえば森林の除染とかできるのでしょうか?
小出:できません。学校の校庭とかそういうもちろん、むしろやらなければいけないのですけれども、そうでない場所、森林とか田畑とかそういうところの除染などできる道理がないのであって、あたかもなにか除染ができるかのように言うことそのことがまずは間違えています
司会者:じゃ、除染ができないということになったら、そこはどうしていったらいいのでしょうか?
小出:もう被爆を覚悟でそこに戻るか、あるいはやはり1年間に1ミリシーベルトという基準を守ってそこにはもう戻らずにそこを捨てるかどちらかの選択をする以外ないと思います。戻る場合には最低限子どもの被爆は少なくしなければいけないので、校庭とか幼稚園の園庭とか子どもが遊ぶ場所だけはとにかく徹底的に除染をする。土を剥いだり、側溝とか○○の泥を上げるとかそういう作業は必須だと思います。
司会者:でも、森林のように除染はできないというところは確実に残る・・・
小出:そうです。広範に残ると思います。
司会者:じゃ、たとえば学校の除染、土を避(よ)けたり除染ができる場所でも避けた後の土の処分方法などは決まっていないわけですよね。・・・どう処理していったらよいのでしょうか?
小出:そうです。除染という言葉を私たち使いますけれども、決して放射性物質そのものがなくなるわけではありません。どこか別の所に移すということしか私たちはできないわけで、たとえば初めの頃に郡山市が学校の校庭の土を剥ぎ取って市の処分場に捨てに行ったところ、処分場周辺の方々が嫌だと言って断ったそうですね。で、それでしょうがなくてまた校庭に持ち帰って山積みしたということがありましたけれども、そんなことはほんとうはしてはいけないのです。剥ぎ取った土はほんとうはどこか人々が触れないようなところ持っていって集めてそこに埋める。あるいは錘をするということをしなければいけないはずだと思います。では、それをいったいどこにするのかということになってしまうとほんとうにどうしたらよいのかわからないという状態に私自身もあります。

今中哲二氏(京大原子炉実験所助教)の発言 (東京新聞「森林 除染手つかず 放置すれば汚染源に」 2011年9月4日)より
(計画的避難区域の森林地帯は)人が住める線量ではない。チェルノブイリ原発事故でも森林の除染は手付かずだった。除染は事実上不可能ではないか
*9月4日付の東京新聞記事を参考にして今中氏のコメントを差し替えました。

小澤祥司氏(日本大学生物資源科学部講師)の発言  モーニングバード(テレビ朝日 2011年8月18日)より
除染について、ある程度市街地なら除染は有効(道路、建物、側溝を洗う)だが、取ったものをどこへ持っていくか決まっていない、水で流すと下流に汚染が起こるのです。計画的避難区域は森林に囲まれており、農地は森林に囲まれて、農地を除染しても回りからまた汚染されるのです。森林+農地全体を除染しないといけない、森林は木を切り草を抜き、腐葉土も全て取らないといけないのです。

児玉龍彦氏(東大先端科学技術研究センター教授、東京大学アイソトープ総合センター長)の発言 衆院厚労委員会での意見陳述(2011年7月27日)より
現地でやっていますと除染というものの緊急避難的除染と恒久的除染をはっきり分けて考えていただきたい。(略)(緊急避難的除染をすると)2μシーベルトが0.5μシーベルトまでになります。だけれども、0.5μシーベルト以下にするのは非常に難しいです。それは、建物すべて、樹木すべて、地域すべてが汚染されていますと空間線量として1か所だけ洗っても全体をやる事は非常に難しいです。ですから、除染を本当にやるという時にいったいどれだけの問題がありどれ位のコストがかかるか。イタイイタイ病の一例で挙げますとカドミウム汚染地域、だいたい3000ヘクタールなんですが、そのうち1500ヘクタールまで現在除染の国費が8000億円投入されておりますもし、この1000倍という事になれば、いったいどのくらいの国費の投入が必要になるのか。(略)実際に何十兆円という国費がかかる・・・・

【放射能汚染物質の処理について】

小出五郎氏(元NHK解説委員、科学ジャーナリスト)と後藤政志氏(元東芝・原子炉格納容器設計者)の発言 NHK ETV特集 「アメリカから見た福島原発事故」 2011年8月14日)より
後藤:除染というのは、そこ(汚染した物や場所)から、ただ放射性物質を(取り去る)だけの事であって、それ(除去した物)をまた最後には処理しなければならないんですよね」
小出:ええ、そうですよね。どこかに移動しただけでは問題の解決にはならないんですよね・・・・
後藤:ええ、(除去するというだけでは)単に移す事だけになるんですよね。よく有る事なのは、道路が汚染されたという場合、じゃぁ水を撒いて汚染物質を洗い流したら良い・・・・って言われますけど、水を撒いて汚染を除去してみても、その汚染物質が他に行くだけですよね。そうすると放射性物質は半減期が続く限りすっとある訳ですから、そういう(やっかいない)ものを扱っているんだ!っていう感覚が非常に重要で、それをどういうふうに処理していくかっていうことは、ずっと課題として残るわけですよね。

小出裕章氏(京大原子炉実験所助教)の発言 たね蒔きジャーナル(毎日放送ラジオ 2011年7月11日)より
ゴミの焼却、千葉県柏市のゴミからセシウムが9倍出ている、これまでは下水処理施設の汚泥でしたが、今回は一般のゴミであり、放射性物質を環境にでないように苦労していたが、そんなレベルではない、木の枝、葉っぱが原因であり、これについて、放射能は増えも減りもしない、汚染はそのままで、濃度が変わるだけであり、燃やさなくてもそこにあるので、日本の法律体系が適用できない汚染になっている。

小出裕章氏(京大原子炉実験所助教)の発言 たね蒔きジャーナル(毎日放送ラジオ 2011年6月8日)より
原発から230km離れていても、下水処理場の汚泥はものすごく濃縮されるので、今後、(東京以外の)他の場所でも出る、関西でも出るもので、汚泥は空気中の放射能があちこちに飛び、下水に流れ込み、処理場で水をきれいにすると、汚泥に放射能が濃縮されるのです。外へ出ると大丈夫と東京都は言うのですが、敷地内にとどまるものではない、コンクリート、セメント、肥料に汚泥を使っているので、汚泥を使ってはいけない、汚泥の処理が必要です。セメントとして再利用する汚泥、国は1kgあたり100ベクレル以下なら問題なしというものの、放射線はどんなに微量でも危険であり、10ベクレルでも危険、どこまで社会的に許されるかを決めないといけない。東京の江東区、保護者の会が汚泥処理施設の近くのグラウンドから高い放射性物質の検出を指摘しており、これについては、汚泥処理施設で焼却をして処理すると、煙に放射能が出る、施設に汚染が広がることはあり得るのです。焼却を止めないといけない、煙の処理のフィルターも必要です。汚泥は毎日たまる、汚泥、灰を置く場所がないのが実情であり、こんなことが起きないように原発を止めたかった今までとは違った世界に生きることを覚悟しないといけなくなったのです

参考記事:
■【福島原発事故】 森林 除染手つかず 放置すれば汚染源に東京新聞 2011年9月4日

 福島第一原発事故で、住民が避難した警戒区域と計画的避難区域の大半を占める山間部の森林の除染は、手付かずの難題だ。専門家の間では「森林の除染は事実上不可能」との見方もあるが、放置すれば流れ出る水を通じ汚染源になり続け、住民の帰還の障害になる恐れがある。

 共同通信が八月下旬、計画的避難区域で独自に線量を計測した際、民家が点在する福島県浪江町赤宇木の森林地帯で毎時約四〇マイクロシーベルト(地上一メートル)の最高値を観測した。線量は平地より山間部が高い傾向があった。政府が今月一日公表した線量分布でも、計画的避難区域の最高値は浪江町昼曽根尺石の森林地帯の毎時四一・三マイクロシーベルト(同)だった。

 毎時四〇マイクロシーベルトが一年間続くと、一日十六時間は線量が低い屋内にいるとしても積算被ばく線量は二〇〇ミリシーベルトを超え、現在の避難の目安である二〇ミリシーベルトの十倍以上となる。京大原子炉実験所の今中哲二助教は「人が住める線量ではない」と指摘。「チェルノブイリ原発事故でも森林の除染は手付かずだった。除染は事実上不可能ではないか」と話す。

 一方、安斎育郎立命館大名誉教授は「国の除染方針でも森林の優先順位は低いが、困難でも絶対に取り組まなければならない課題だ」と強調。森林の腐葉土を除去することで一定の除染効果が期待できるという。

 放射線医学総合研究所の市川龍資元副所長も「放射性物質は木の葉に付着しやすく、葉が落ちてできる腐葉土に蓄積される傾向がある」と腐葉土除去の手法を支持。ただし「森林の除染は前例がなく、膨大なコストを伴うだろう。まず生活圏に近い森林から除染するしかない」と語る。

 福島県は面積の71%が森林で、多くが山地だ。政府は八月二十六日に決めた除染基本方針で森林について「面積が大きく膨大な除去土壌等が発生する」と難しさを認めた上、腐葉土を除去すれば、保水など「森林の多面的な機能」が失われる恐れがあるとして「検討を継続」と事実上棚上げした。