東京新聞の2011年4月9日付けの特報欄記事「“原子力村”推進一辺倒 反骨の学者、小出裕章・京大助教に聞く」を「にほん民族解放戦線」という少しなんだかなあという感じの名を持つブログ経由であるメーリングリストに紹介する人がいたことを契機にして同メーリングリストで東京新聞記者の田原牧さんをめぐるちょっとした議論がありました(ほんとうにちょっとした議論にすぎませんが)。   
 
ある人はこの記事の紹介者に次のような文句をつけました。
 
記事はいい記事だろうと思いますが、田原記者について、プライバシーに属するようなことを平気で書いた、こんな不見識な人物の文言をばらまくあなたにも呆れています。
 
このコメントに対して立川自衛隊監視テント村の大洞俊之さんから次のような反問がありました。

中東に留学したことや表現はともかく性同一性障害であることは田原さんのファンや田原さんを高く評価する人には広く知られています。ウィキペディアにも出ているくらいですし。ブログでも「プライバシーに属すること」が特に暴露されているとも思えなかったのですが?
 
以下はこのコメントを発した大洞さんに対する私の返信です。
 
大洞さんのご意見に賛成します。

ただ、大洞さんの用いられている「性同一性障害」という表現は、大洞さんご自身も「表現はともかく」と必ずしも適切な表現ではないことを自覚された上でご発言されていますので多くのことを言う必要もないだろうとは思っていますが、読者に個々人の「多様な性」のあり方やその選択権をまるで病気や障害であるかのような印象を与えるという弊はやはり残るように思います。

このことに関連してジェンダー研究者のイダヒロユキさんがご自身の最近のブログ記事で次のように語っています。ご紹介させていただこうと思います。

世間のよくあるGIDというとらえ方を入り口に、その問題点を指摘し、広く「多様な性」ととらえることの意味を提起した。/男女二分法・異性愛、それが結合するのが基本とするカップル単位の視点、そしてそこから逸脱しているから、社会に適応させましょうという視点で、病気や障害ととらえそれを治療して「普通」「正常」にしましょう、つまり治療しましょうという医療モデル、を批判した。/多数派の秩序に適応するのがよいのではないと指摘した。(「性同一性障害」と多様な性の在り方」 ソウル・ヨガ(イダヒロユキ) 2011年3月7日)

ちなみに私もかつて田原牧さんに関して次のような記事を書いたことがあります。

■田原牧さんへのラブレター~ひとりの新聞記者(JANJAN 2006年12月28日)
http://www.news.janjan.jp/media/0612/0612277216/1.php

私はいつか友人に田原拓治記者署名の東京新聞記事を紹介し、田原記者の立ち位置はすばらしい、と言ったことがあります。

そのときは、その記事を読んだ限りでの印象でしたが、その後「彼」が田原牧というペンネームでイスラーム圏の問題について精力的に発言している「彼女」であることを知りました。

その彼女が、「聖戦の風景」という中東を取材したレポートを『直言』というインターネット誌に連載しています。今回が最終回のようです。「個人という砦」(2006年12月21日)というテーマです。
http://web.chokugen.jp/tahara/
注:すでにリンク切れしています。

その中で彼女は、教育基本法がいままさに「改正」されようとしていたときの「国会周辺の風景」にもふれています。

「14日の昼過ぎ、国会周辺。準憲法ともいえる教育基本法の「改正」が参院委員会で採決される数時間前だった。平日の昼間のせいか、反対派の人々は議員会館前に150人ほど。その一角を除けば、国会の周りは静かすぎるほど閑散としていた。これが事実上の改憲の日を迎えた国政の最高
機関を取り巻く風景だった。/前夜に自分たちがつくった紙面がビラとして刷られ、風に舞っている。「革命するぞうー!」。突然、若者の一群のシュプレヒコールが聞こえ、私は耳を疑った。ちょっと不快に感じた。それはどんな革命なのか。安倍晋三氏やその取り巻きたちの「耐えられない軽さ」。それと彼の叫びがダブった。」

「……日本で事実上の改憲を強いたのは他ならぬ、国会周辺に姿を見せなかった膨大な人々である。その人々を日給6200円という痛みと陳腐な国家主義が襲っている。その痛みが抵抗という燎原の火を導くのか。あるいはかつてのように自滅するのか。」

「彼」が「彼女」であったことに、私は新鮮な驚きを覚えています。はじめて「彼」の記事を読んだときの「彼」の「立ち位置」に対する覚悟のようなものへの共感。「彼」の覚悟は、彼女の生き方そのものであったのですね。

彼女の「視点」も、私には共感できます。その眼は、決して冷めているのではないのです。この身に熱い血がたぎっているからこそ悲しみもし、いらだちもするのです。

私は、田原さんがいっそう好きになりました。最終回ということで、「田原牧さん」のことを紹介したくなりました。
CMLというメーリングリストで何人かの方が「森永卓郎の困った提言」について論じています。が、「森永卓郎の困った提言」は今回の原発問題にはじまったことではありません。これまでも何度も同様の「困った提言」は森永から発信されていました。森永卓郎の思想それ自体に「困った思想」の部分が少なからず含有されているのです。その森永の「困った思想」の核心を見抜くことができず、まるで森永を有数の「革新の人」であるかのように重用してきたのが自らを「憲法と社会問題を考えるオピニオンウェブマガジン」などと自賛する『マガジン9』などの一部市民メディアです。その一部市民メディアの目の冥(くら)さが今回のような「森永卓郎の困った提言」を跋扈させている元凶である、というのが私の見るところです。このことについてはこちらのエントリで書いています。

上記の「一部市民メディアの目の冥(くら)さ」に関連して、岡山の片山貴夫さんから下記のような訴えが発信されています。「一部市民メディアの目の冥(くら)さ」は犯罪的なレベルにまで達しているといわなければならないでしょう。
 
急報 岩波書店に抗議を!岩波書店が金光翔さんに「解雇せざるをえない」と通告
http://blogs.yahoo.co.jp/higashimototakashi/11810310.html

注:ただし、片山さんの上記の訴えの中にある岩波書店労組が「“左派”的労組」であるということと「岩波書店労組は出版労連に加盟している(共産党員が指導部に居る)」ということとの間には今回の「金光翔さん解雇問題」に関して因果関係は見られません。別次元の問題というべきものです。その別次元の問題を関係させて「日本左翼の底知れぬ堕落と腐敗」を問題視する論旨の展開には私は賛成しません。

以下、「森永卓郎論文について そして池田香代子さんへ 参院選投票日の前日の私の意見」(弊ブログ 2010年7月10日付)再掲、再説しておきます。

■「森永卓郎論文について そして池田香代子さんへ 参院選投票日の前日の私の意見」再説
経済評論家の森永卓郎氏の「どこに投票すればよいのか分からない参議院選挙」(マガジン9 2010年7月7日付)という小文が一部の人たちにもてはやされています。この〈一部の人たち〉とはいまの『マガジン9』の(少なくない)読者と言い換えてもよいかもしれません(私自身も『マガジン9』講読登録者のひとりですが、『マガジン9』という媒体(メディア)の「政治を見る」視力の鈍化と低下は目を覆わんばかりのものがあります。それに輪をかけた読者の視力の低下・・・。もはやなにをかいわんや、というのが同誌の陥っている現今のありさまでしょう)。

■どこに投票すればよいのか分からない参議院選挙(森永卓郎 マガジン9 2010年7月7日)
http://www.magazine9.jp/morinaga/100707/

この一部の人たちにもてはやされている森永氏の「どこに投票すればよいのか分からない参議院選挙」という文章はどういう手合いの文章か? ひとことで言って「『思想的な2大政党制』といってもよいフレームの中でしか政治という事象を把捉することができない陥穽」に陥っているものの見方による文章、といってよいだろうと思います(「鳩山内閣の19%~21%の内閣支持率はどういう声に支えられているか・・・・・」(弊ブログ 2010年5月16日付参照)。

上記の私の指摘については、森永氏の文章自体が何よりもその雄弁な証左になっています。同氏は冒頭で次のように言います。

「『参議院選挙で、どの党を支持すればよいのかよく分からない』。そういう話を私の周囲で頻繁に聞くようになった。昨年8月の総選挙で、あれだけ明確だった民主と自民党の政策が、同じようなものになってしまったので、判断がつかないというのだ」。同氏にとって「民主と自民党」以外の政党は視野の外なのです。この森永氏の視力は「思想的な2大政党制」フレーム、そして視野狭窄、というほかのなにものでもないでしょう。同氏はこの「思想的な2大政党制」フレームの中で民主党をさらに仕分けして同党を「左派」と「右派」に分けます。

同氏の仕分けによれば、「米軍の普天間基地を辺野古に移転することには反対」する人、また「逆進的な消費税を増税することには反対であり、高額所得者や資産家、あるいは大企業の税負担を重くすべきだと考える」人は左派。「辺野古への移設はやむを得ないと考える」人、また「法人税を減税せねばならず、消費税の大幅な増税を求める」人は右派。そして、その比率は、「私の目に映る範囲では、民主党の国会議員は左派が6割で、右派が4割」と分析します。そしてなお、「小沢前幹事長の時代には、民主党は左派が大きな力を持っていたが、菅総理・枝野幹事長の政権に変わってから、民主党の政策は完全に右派が握るようになってしまった」という分析をつけ加えます。

上記の森永氏の主張は、「官僚が『集合的無意識』により小沢や民主党政権を潰そうとしている、また、菅直人首相は外務官僚に包囲されている」などなどと主張する佐藤優や副島隆彦らの官僚陰謀論を説く者の主張(『小沢革命政権で日本を救え』佐藤優・副島隆彦共著)のバリエーションといってよいものです。その主張になんら新味はなく、独創性もありません。両者の主張に共通しているのは民主党を意図的に「官僚派」「反官僚派」、あるいは「左翼」と「右翼」などと仕分けし、小沢・民主党をあくまでも擁護しようとする姿勢です(小沢・民主党を擁護しようとする思想的意図は異なるように思えますが)。

その小沢・民主党擁護者の認識について、「<佐藤優現象>批判」の著者の金光翔さんは次のように指摘しています。

「ここにおいては、鳩山政権や民主党の政治家たちが自民党の政治家たちと似たり寄ったりであるというごく当たり前の認識は、その可能性すら考慮されておらず、彼ら・彼女らが政権政党の利権にありつくことに何ら躊躇しないなどという認識など思いもよらず、民主党の政治家たちはあたかも市民運動や左派言論人の『仲間』であるかのように表象されている。問題は『未熟さ』や『力量不足』や『リーダーシップの欠如』であって、民主党の政治家たちが、折込済みで公約を反故にした可能性など、全く考慮されていない。」(「佐藤優の官僚陰謀論を需要するリベラル・左派」 私にも話させて 2010年7月9日付)

「別に小沢と菅や枝野との政策の違いなど大してない(同じ党なのだから当たり前であるが)。」(「『小沢派』とか『反小沢派』とか」 私にも話させて  2010年7月9日付)

「それにしても、喧伝されている、あの『小沢派』対『反小沢派』などという図式は一体なんなのだろうか。民主党は小沢一郎の国会への証人喚問すらしていないのに、いつの間にか小沢をめぐる「政治とカネ」の話はなかったことになっている。証人喚問をしようとすらしない『反小沢派』、そして『小沢派』対『反小沢派』とは一体何なのだろうか。」(同上)

注:少し下世話になりますが、上記の金光翔さんの指摘のうち、「小沢の金権問題が争点化した後に民主党の『脱小沢』の必要性を主張していた山口二郎や、小沢批判を繰り返している森田実は『反小沢』なのだろうか。よく知られているように、彼らは小沢から多額の講演料を貰っている」という指摘も「小沢派」対「反小沢派」などという図式の無効性を示しているように私には思えます。

参照:
・北大の山口二郎先生、いろいろお金もらっているようです
http://newheroes.blog100.fc2.com/blog-entry-276.html
・民主党から金銭の授受のある人たち。
http://ttensan.exblog.jp/11437731/

ところで池田香代子さんがご自身のブログ記事で私として評価できない上記の森永論文を「大学紛争」(60年代後半~70年代初頭)以来の思想の「成熟のひとつの態度」だとして評価しています。

■成熟過程のもやもや選挙(池田香代子ブログ 2010年7月10日)
http://blog.livedoor.jp/ikedakayoko/archives/51438616.html

しかし、私は、上記で述べたとおり、森永氏の論は70年代以降の「『革新思想の退嬰』を象徴するひとつの態度」としか見えません。

池田さん

参院選も明日が投票ですのでいまは長い文章を書くのは避けます。しかし、明日の投票日を前にひとことだけどうしても述べておきたいことがあります。

あなたの上記ブログでの所論は、「民主党には『右派』と『左派』(小沢派)がいるから、その民主党内の『左派』(小沢派)に期待して一票を投じよう、とあなたの意志をせん明していることにほかなりません。しかし、上記で金光翔さんも言うように「小沢(左派)と菅や枝野(右派)との政策の違いなど大してない」「同じ党なのだから当たり前」なのです。それをことさらに右派と左派に分けて「成熟」した投票を促しておられる。それは結局のところ沖縄の民意を無視した、また「『最低でも県外』と首相自ら公約しながら県民の心を8カ月間ももてあそび、『辺野古現行案』に回帰するという公約違反の裏切り行為」(琉球新報社説、2010年6月1日付)に及んだ民主党政権を許すことになります。池田さん。あなたは沖縄県民を裏切った民主党政権を許すおつもりですか? 私には同意できません。

池田さん。私も池田さんと同じく「大学紛争」の世代ですが、私の場合は高校生の頃から政治に関わっていましたので、翻訳の分野では池田さんにもちろん完全に遅れをとりますが(というよりも、翻訳の分野はまったく私は無知ですが)、政治の分野では私の方が先輩株といってよいかもしれません。その先輩として私は池田さんに言いたい。私は70年代以来40年間保守反動政権に怒りをくすぶらせてきました。だからなおさら似非「革新」政権(もちろん、民主党政権のことをいっていますが)を許しがたい思いがするのです。その私の無念が私の2大政党制批判であり、また思想としての2大政党制論批判、さらにまた民主党批判です。

そういう意味で私は森永論考について次のように結論しておきます。

あなたの引用する森永氏の論は結局のところ2大政党制の枠内でしかものを見ることができない本人は「革新」のつもりでも思想としては保守中間層的インテリの意見でしかない、と。
信州の山村、南相木村診療所で12年間地域医療に携わり、現在も長野県佐久総合病院で内科医師をされている色平哲郎さんのTPP問題や東日本大震災、福島第1原発問題に関する最近の精力的なご発言、そのご活動は目を瞠るものがあります。私は「狂狷(きょうけん)の人」である色平さんの最近のその精力的な言論活動に強い敬意を表するものです。

その色平さんからあるメーリングリストにごく最近下記のような投稿がありました。

私はバーキアン、つまり保守主義者なので、“フランス革命”のような科学至上、理性至上の主張や感覚に違和感を持っています/中島岳志氏も保守主義者のようですね

「保守派の私が原発に反対してきた理由」
http://www.magazine9.jp/hacham/110330/

彼の「世界は普遍的に「想定外」なもの」また「理性万能主義に対する懐疑」という感覚、欧米の伝統に由来する保守主義の立場からすると”正統”となりましょう

日本人の使う”保守”ということばは、このような外部世界での通常の語法とはずれまくってしまっていますので、ちょっとご説明に窮するところではありますが、、、

そして続けて追伸(自己レス)として下記のような投稿もありました。

自己レスです、友人ふたりからコメントが寄せられました/FYI(東本注:参考)として差し上げます、そのままが私の意見ではございません(念のため)

「友人ふたりから」のコメントの全文の引用は省略しますが、その友人のおひとりのコメントとは池田香代子さんからのもので次のようなものでした。

「日本人の使う”保守”ということばは、このような外部世界での通常の語法とはずれまくってしまっています」(色平さん)

じつはわたしも保守主義親和的です。/「ふるさと」を国家の上に置くのが保守主義者だと思います。/保守主義は地域主義的です。/ですから、辺野古高江、そして原発に反対ないしきびしく対峙する地域の人びとこそが真正保守主義者だと思います。/去年書いたブログ記事(一部)です。
色平さんのおっしゃる「ずれまくり」についても書いています。

そして、日本人の使う”保守”ということばの「ずれまくり」について書いたという池田さんのブログ記事は次のようなものでした。

■保守主義の島 沖縄(池田香代子ブログ 2010年5月7日)
http://blog.livedoor.jp/ikedakayoko/archives/51403917.html

私は上記の色平さんへの返信として下記のような私の「保守主義」についての感想を認めました。以下、色平さんへの私の返信です。


色平さん

TPP問題や東日本大震災、福島第1原発問題など今年になってからの突出したご情報の提供、またご活躍に心から敬意を表します。むろんのこと、色平さんから提供される情報の数々は私にとっても大いに役立っています。感謝申し上げます。

さて、少し遅いレスになりますが、色平さんのおっしゃる「保守主義」についてひとこと。

色平さんご自身が中島岳志氏の保守主義の論を紹介しながら「日本人の使う”保守”ということばは、このような外部世界での通常の語法とはずれまくってしまっていますので、ちょっとご説明に窮するところではありますが」と自覚されたうえで「私はバーキアン、つまり保守主義者なので」とおっしゃっておられるので釈迦に説法的なことを言うほどのこともないと私も「自覚」しているのですが、日本の保守主義に関する次の丸山眞男のことばはご紹介しておきたいと思いました(おそらく色平さんもご存知のことだろうとは思っていますが)。

「日本の保守主義とはその時々の現実に順応する保守主義で、フランスの王党派のような保守的原理を頑強に固守しない」(「日本人の政治意識」『丸山眞男集第3巻』所収 1948年)

加藤周一は丸山と同様のことを「大勢順応主義」ということばで表現していました(『日本文学史序説』上下 筑摩書房、1975・1980年。『日本文化のかくれた形(かた)』加藤周一、丸山真男、木下順二、武田清子共著、岩波現代文庫、2004年)。

また、保守主義者の中島岳志氏については中島と同世代の批評家の金光翔さんの次のような批判もあります。

中島が「保守」しようとしているのは、「伝統」でも「国のかたち」でもない。「論壇」や「マスコミ利権」や「アカデミズムとマスコミとの馴れ合い」である。この馴れ合いたがる人々においては、表向きの看板と違って左右対立などもともとなく、巨人対阪神、という程度の意識しかない。そのような「保守」であるからこそ、大して本も売れていないのに、中島は「保守」思想家としてマスコミで活躍できるわけである。

ところで「じつはわたしも保守主義親和的です」とのコメントがあった「友人ふたり」のうちのおひとりは池田香代子さんのことですね(「保守主義の島 沖縄」 池田香代子ブログ 2010年5月7日)。

私もこの池田さんの記事を当時読み応えのある記事として読みました。池田さんはそういう人だろうと私は思っていましたが、池田さんのよって立つ思想の基盤のひとつがよく理解できました。とても池田さんらしさが伝わる記事だと思ったものです(私は昨年だけでも池田さんを批判する記事を3本ほど書いているのですが)。

その池田さんと私は変な縁があります。私と池田さんはともに北九州の若松の出身で、私が小さかった頃の家の大家は「池田」という姓の人だったのですが、この池田さんはその近隣の大地主であると同時に酒やしょうゆの醸造や風呂屋や米屋も営む手広い商いで財を成したその土地では有名な大金持ちでした。池田さんの屋敷の前には私たちが「大池」と呼んでいた池がありましたが、その池で私たち子どもは魚釣りをしたり、泳いだりして遊んでいました。私は高校生の頃までは池田さんの営む銭湯に毎日のように通いました。幼い頃、米穀通帳を持って池田さんの米屋に1升、2升の米を買いに行かされもしていました。その池田さんの屋敷の長男坊の娘さんが池田香代子さんなのですね(ただし、池田さんは東京生まれ、東京育ちですが)。一度、池田さんが講演で大分に来られたときその話を少しばかりしました。池田さんとはまだまだケンカは続けなければいけないと私は思っていますが、しかし同時に池田さんは私にとって懐かしい人です。

とりとめもなく・・・
 
追記:
 
上記の返信を書いた直後に色平さんから私宛に下記のような追伸(抜粋)が届きました。
 
> さて、少し遅いレスになりますが、色平さんのおっしゃる「保守主義」

ここなのですが、日本の医師むけに書いたものなので、何卒、ご勘弁を/医師はたいへん自信過剰なのですが、バークの名前さえ知らず、この程度にするしかないのです

> 加藤周一は丸山と同様のことを「大勢順応主義」ということばで表現していました。
 
生前、加藤さんとは、夏はご近所でもあり、親しくしていました/雑誌「世界」の05年のどこかの号に掲載された「戦後50年企画」編集長インタビューで加藤さんと「大勢順応主義」について語り合ったことを述べてあります

色平さんのおっしゃる雑誌『世界』の編集長インタビューとは下記の記事のことのようです。この記事のURLも添付させていただこうと思います。加藤周一の「日本的コンフォーミズム(大勢順応主義)」の考え方がよく理解できますし、色平さんはまさに「狂狷の人」だなあ、ということもよくわかります。
 
“野生の老人たち”の戦後史 ~地域医療の現場から~
(色平哲郎(佐久総合病院内科医) 聞き手=編集部 『世界』2005年10月号)
http://irohira.web.fc2.com/b26AgedPersons.htm


日本文化のかくれた形(かた)


原発を推進してきた人(元原子力安全委員)たちの福島原発事故についての反省的「緊急建言」をピース・フィロソフィー・センターブログが掲載しています。
 
福島原発事故についての緊急提言(青木芳朗元原子力安全委員ほか16名 2011年3月30日)

ピース・フィロソフィー・センターブログ主宰者曰く、
 
ここにこれを掲載するのは、原発を推進してきた人たちを応援するためではなくこの人たちさえ、ここまでの危機感を持っているということを知らせるためです」。

同「緊急建言」を掲載したピース・フィロソフィー・センターのコメント
立命館大学平和ミュージアム名誉館長、国際関係学部名誉教授の安斎育郎さんから送られてきた識者による「建言」を掲載します。安斎さんは、東大の放射線防護学の研究者・教員であった1960年代後半から日本の原発政策に反対し、さまざまなアカデミック・ハラスメントを受けました。安斎さん自身はこの「建言」の提言者には入っていません。東大工学部原子工学科の同期生から送られたきたとのことです。私も手元には3月31日(カナダ時間)に届いています。

安斎育郎さんのコメント
赤字部分は、私にも不気味です。原発を推進してきた名だたる人々も先の見定めがつかない事故の現状は、とても危うい。事態の悪化を招かないために、日本政府に声を集中して下さい。「専門家」任せは危ないです。「専門家」に任せた結果が現状です。『隠すなウソつくな意図的に過小評価するな』、『最悪に備えて、最善を尽くせ』。

福島原発事故についての緊急建言


引用


はじめに、原子力の平和利用を先頭だって進めて来た者として、今回の事故を極めて遺憾に思うと同時に国民に深く陳謝いたします。

私達は、事故の発生当初から速やかな事故の終息を願いつつ、事故の推移を固唾を呑んで見守ってきた。しかし、事態は次々と悪化し、今日に至るも事故を終息させる見通しが得られていない状況である。既に、各原子炉や使用済燃料プールの燃料の多くは、破損あるいは溶融し、燃料内の膨大な放射性物質は、圧力容器や格納容器内に拡散・分布し、その一部は環境に放出され、現在も放出され続けている。

特に懸念されることは、溶融炉心が時間とともに、圧力容器を溶かし、格納容器に移り、さらに格納容器の放射能の閉じ込め機能を破壊することや、圧力容器内で生成された大量の水素ガスの火災・爆発による格納容器の破壊などによる広範で深刻な放射能汚染の可能性を排除できないことである。

こうした深刻な事態を回避するためには、一刻も早く電源と冷却システムを回復させ、原子炉や使用済燃料プールを継続して冷却する機能を回復させることが唯一の方法である。現場は、このために必死の努力を継続しているものと承知しているが、極めて高い放射線量による過酷な環境が障害になって、復旧作業が遅れ、現場作業者の被ばく線量の増加をもたらしている。

こうした中で、度重なる水素爆発、使用済燃料プールの水位低下、相次ぐ火災、作業者の被ばく事故、極めて高い放射能レベルのもつ冷却水の大量の漏洩、放射能分析データの誤りなど、次々と様々な障害が起り、本格的な冷却システムの回復の見通しが立たない状況にある。

一方、環境に広く放出された放射能は、現時点で一般住民の健康に影響が及ぶレベルではないとは云え、既に国民生活や社会活動に大きな不安と影響を与えている。さらに、事故の終息については全く見通しがないとはいえ、住民避難に対する対策は極めて重要な課題であり、復帰も含めた放射線・放射能対策の検討も急ぐ必要がある。

福島原発事故は極めて深刻な状況にある。更なる大量の放射能放出があれば避難地域にとどまらず、さらに広範な地域での生活が困難になることも予測され、一東京電力だけの事故でなく、既に国家的な事件というべき事態に直面している。

当面なすべきことは、原子炉及び使用済核燃料プール内の燃料の冷却状況を安定させ、内部に蓄積されている大量の放射能を閉じ込めることであり、また、サイト内に漏出した放射能塵や高レベルの放射能水が環境に放散することを極力抑えることである。これを達成することは極めて困難な仕事であるが、これを達成できなければ事故の終息は覚束ない。

さらに、原子炉内の核燃料、放射能の後始末は、極めて困難で、かつ極めて長期の取組みとなることから、当面の危機を乗り越えた後は、継続的な放射能の漏洩を防ぐための密閉管理が必要となる。ただし、この場合でも、原子炉内からは放射線分解によって水素ガスが出続けるので、万が一にも水素爆発を起こさない手立てが必要である。 

事態をこれ以上悪化させずに、当面の難局を乗り切り、長期的に危機を増大させないためには、原子力安全委員会、原子力安全・保安院、関係省庁に加えて、日本原子力研究開発機構、放射線医学総合研究所、産業界、大学等を結集し、我が国がもつ専門的英知と経験を組織的、機動的に活用しつつ、総合的かつ戦略的な取組みが必須である。

私達は、国を挙げた福島原発事故に対処する強力な体制を緊急に構築することを強く政府に求めるものである。


平成23年3月30日

青木 芳朗   元原子力安全委員
石野 栞     東京大学名誉教授
木村 逸郎   京都大学名誉教授
齋藤 伸三   元原子力委員長代理、元日本原子力学会会長
佐藤 一男  元原子力安全委員長
柴田 徳思   学術会議連携会員、基礎医学委員会 総合工学委員会合同放射線の利用に伴う課題検討分科会委員長
住田 健二   元原子力安全委員会委員長代理、元日本原子力学会会長
関本 博    東京工業大学名誉教授
田中 俊一   前原子力委員会委員長代理、元日本原子力学会会長
長瀧 重信   元放射線影響研究所理事長
永宮 正治   学術会議会員、日本物理学会会長
成合 英樹   元日本原子力学会会長、前原子力安全基盤機構理事長
広瀬 崇子   前原子力委員、学術会議会員
松浦祥次郎   元原子力安全委員長
松原 純子   元原子力安全委員会委員長代理
諸葛 宗男   東京大学公共政策大学院特任教授
福島第1原発の放射能飛散防止のために樹脂の散布が提案されたり、2号機のタービン建屋から外部につながるトレンチ(坑道)で高濃度の放射性物質を含む水が検出されたことからその汚水の処理の問題などが緊急な課題として浮上していますが、京都大学原子炉実験所助教の小出裕章氏が膨大にあるたまり水処理のひとつの方法として注目されているメガフロート(超大型浮体式構造物)や放射能飛散防止のための樹脂の散布の効果と限界についてわかりやすく解説されています。
 
以下は、あるメーリングリストに発信された記事ですが、福島第1原発事故の現況(危機)を知るための貴重な情報のひとつであろうと思います。ご本人の了解を得たうえで転載させていただこうと思います。


引用


 ○○です、毎日放送ラジオたね蒔きジャーナル、今日は緊急地震速報の中(別途ラジオで音楽を聴いていて地震速報にびっくり!)、水野晶子さんの司会の中で、京都大学原子炉研の小出裕章さんのお話がありました。

 その前に、ニュースで、汚染水を復水機に入れる「前の前の段階」がやっと終わったこと、小出先生が汚染水をタンカーで運ぶ案を言われたこと、メガフロートにより行う方向だそうです(海に浮かぶ大きな箱のことらしい)。静岡市の海釣り公園を流用するそうです。1万トンの水が入るそうです。

 福島第1原発の放射能飛散防止のために、樹脂の散布の試験が行われ、埃などが抑えられるとの報告もありましたが、放射線測定計が不足し、作業員全員に行き渡っていないとのことです。5000個あったものの、津波で使えなくなり、使えるのは300個だけで、この後120個を追加するそうです(全員に持たせる)。これ、仕事をしてもらう東電が不安でないのに水野さん驚いています。また、半径20km以内に、自力で避難できない人が320人いるそうです。

 それで、メガフロートの話、小出先生の案に似ているのですが、保管ならタンカーと一緒、ただ、タンカーに入れて、柏崎に行って汚染水を処理する必要があり、水を入れて浮かべるだけでは、汚染水はどんどん出てくるので、海の上に置くのでは間に合わない、どんどん処理しないといけないので、メガフロートは水を入れるだけになると言うことです。1万8000トンの容量で、この3週間で1万トンの水が出ており、たまっているのは環境に漏れている(トレンチでは漏れてしまう、トレンチは単なるコンクリートの水路に過ぎず、水を入れることを想定していないもので、コンクリートのひび割れからどんどん水が漏れるものだ)ということです。つまり、これから数ヶ月ならメガフロートひとつでは足りない、全国からメガフロートを結集するのもいいことだというコメントでした。しかし、メガフロートは汚染水を想定していない、汚染水は泥水みたいなもので、放射性物質は少なくてもものすごい放射線を出すので、メガフロートに入れても、放射性物質以外は、漏れないなら大丈夫、しかしその上に人がいるのはダメ、で管理上問題あり(放射線従事者が必要)なのです。処理するまで考えないとダメと言うことです。処理するのも、柏崎のものはこんな高濃度の処理は出来ないかも知れない(日本には他に処理できる場所はない)ということです。放射性汚染水を処理するものは、柏崎か、六ヶ所村(こちらは再処理用、汚染水処理専用ではなく、1万トンもの水は処理できない)なのです。

 樹脂の効果は何かはある、敷地に降り積もり、飛び散るので、それを地面に固定する効果はあるとのことです。しかし「ある程度」であり、次から次へと樹脂で固めないといけない、いたちごっこと言うことです。なぜ原子炉建屋が破壊したかは水素がたまったからで、布で包んでも同じことだそうです。

 フランスの専門家が来ましたが、防護服、機材の提供を受けて、フランスは日本より多いが、原子力は核の技術と同じで、日本は核の技術を持ってはいけないと、戦後日本中の核研究施設をアメリカが破壊し、52年にやっと許された、そのため日本の核研究は遅れて、日本に比べて、フランス、アメリカははるかに優れている、大洗の再処理工場はフランスの提供、六ヶ所村は自前で出来ず、六ヶ所村もフランスに作ってもらったが、今回直面している廃液処理、原子炉冷却についてフランスは特別に優れてはいない、やることは他にない、六ヶ所村をフランスが作ったので、それで優れているだけだそうです。

 たまり水の処理経験はどこの国にもないということです。

 福島県産の牛肉から放射能が出たこと、酪農家に打撃だが、セシウムが出るのは当然のこと、事故が起きてヨウ素、セシウムと揮発性のものが出て、土は汚れ、それを摂取するものは汚染されるものなのです。だから、一日も早く処理しないといけない、野菜も、政府は3回続けて暫定基準値を下回れば出荷停止を解除すると言うのは、専門家がどうの、ではなく、放射能に被曝するのは全て危険であり、暫定基準値を上回れるとすぐ危険、下回るとすぐに安全ではない、基準は個人により違うし、我慢する値であり、一律にやらない方がいい、福島の野菜が汚れている、誰も放射能を食べたくない、一定レベル以上はダメとの基準を作ると福島の農家は破綻する、で、小出先生の案は、子供に食べさせてはいけない(子供は放射能に敏感)、大人は感受性が鈍く、原発を許したのは大人であり、大人は甘受して食べるべきではないか、と言うのが小出先生の考え(都会が原発を地方に押し付けた)、どれだけ汚染しているかを知らせて、汚染の高いものを大人が食べると言うことなのです。

 線量計、全員に行き渡っていなかった、作業員の苦労に小出先生心配していたのですが、好ましくはない、こんな事態になる前に、東電は福島第2にも線量計はある、柏崎にもある、東電はせめられるべき、現場は極限であり、責められないが、あってほしくない事態であるとのことです。

 飯館村はIAEA基準の2倍の避難数値であり、IAEAも原子力推進期間で、なるべく避難といいたくない期間が避難というのは大変なことであり、避難させないといけないということです。日本政府のデータからは、チェルノブイリの事故での強制避難地帯の何倍もの汚染で、放射線管理区域の100倍!の汚染であり(土1kgにヨウ素、セシウムの値が出ている)、日本の法令でも管理で、一般の人がいてはいけない、行政は黙っていてはいけない、しかし、避難=その場所を捨てろと言えるのか、という論理もあるのです。

 国で、福島の牛肉、厚労省の再検査で放射性物質一切なしと発表されたのですが、検査の過程に問題があったと政府はしているのです。汚染されていないとの知らせはいいのですが、セシウム検査は、放射性検査は難しい、発電所敷地内のヨウ素が何千万倍(原子炉再臨界の証拠、それは起こる可能性は低いと思っていたので驚いた)と言うのが間違いという位のもので、今何もなしという測定はまた信じがたい、測定に科学的な検証がいるとのことです。正確なデータを公表すべき、間違いを公表してはいけないとのお話でした。
下記のPP研声明(「引用」以下)は私の怒りそのものです。完全に同意します。
 
PP研声明 怒りの表明1
政府がなすべきことは現実逃避ではない。事態がいかに深刻であるかを把握し、起こりうる最悪の場合を想定して対策を立て、危険についての基本的な情報を系統的に明らかにし、状況全体を正直に知らせたうえで、地元住民をはじめとする市民の協力を求めることである。しかし、いま日本政府は、断片的な情報を小出しにし、全体として事態はそれほど深刻でも危険でもないという印象を広めることに終始している。
 
しかし、現実は、私たちの危惧や怒りなどまったく歯牙にもかけない勢いでさらにさらに醜悪さを露呈し続けています
 
ヨルダンとの原子力協定案を可決 原発事故後初の国際協定(共同通信 2011年3月31日)
参院は31日夕の本会議で、日本からヨルダンに原子力技術を供与するための原子力平和利用協定締結承認案件を、与党などの賛成多数で可決した。協定は参院先議。衆院でも近く可決、承認される。東京電力福島第1原発事故発生後、初の原子力協定承認となる。
 
賛成230対反対11。共産、社民、無所属一人以外全員賛成です。これが現実です。

「原子力の平和的利用における協力のための日本国政府とヨルダン・ハシェミット王国政府との間の協定の締結について承認を求めるの件」参議院本会議投票結果(2011年3月31日)

PP研声明 怒りの表明2
それどころか、政府と東京電力は、福島原発の廃炉をためらって事故対策を遅らせ、有無を言わせぬ状況をつくり出し、その処理のために下請け・孫請けの労働者を駆り出し、まともな睡眠も食事も確保されない劣悪な労働環境のなかで被爆させ、命を賭けさせている。
 
下記に原発労働者の劣悪な労働環境の一端が原発労働者自身によって告発されています。

■福島第1原発:「ガスマスクずれ吸った」作業の東電社員(毎日新聞 2011年4月2日)
http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110402k0000m040147000c.html
http://blogs.yahoo.co.jp/higashimototakashi/11708661.html
東京電力福島第1原子力発電所の事故処理に当たる作業員の多くが、被ばく量を測る放射線量計を携行していなかったことが分かったが、現場では実際にどのように作業が進められているのか。原発敷地内で数日間働き、自身も線量計を持たなかった東電社員の男性が毎日新聞の取材に応じ、作業実態の一端を明かした。
 
以下、PP研声明の全文です。

【声明】福島原発事故――いま私たちがすべきこととして、政府と東京電力に要求する(ピープルズ・プラン研究所運営委員会 2011年3月31日)


引用


 3月11日に東日本で起こった巨大地震と大津波は、3万人を超えるとみられる死者と行方不明者を出す大惨事を引き起こした。一瞬のうちに犠牲となられた方々に、私たちは心から哀悼の気持ちを表わしたい。そして、いまなお30万人以上の人びとが避難先で、寒さ、不安、水や食料や医薬品の不足、家族や知人や家を失った衝撃に苦しんでいるとき、微力でも被災者への支援の責務を果たしたいと考えている。

 私たちも不安を感じている。今回の惨事を際立たせているのは、この地震と津波による広範で深刻な影響のうえに、福島原発が日本列島と周辺だけでなく、地球環境に対して予測不能の災害を起こしつつあることである。事態は進行している。原子炉は、高濃度の放射能を周辺に放出して広域にわたる土地・水・海・大気を汚染し、周辺の住民に、生活の糧を離れて避難するか危険を覚悟で留まるかの暴力的な選択を強いている。乳幼児や子どもをもつ人びとの不安はとくに大きく、農家や漁民が被る被害はすでに甚大だ。放射能の放出を止める現場の必死の努力が続けられ、一進一退が報じられているが、事態が急速に悪化し、破局的な状況を迎える見通しも排除できない。

 私たちは激怒している。事故原因者としての責任を果たしていない東京電力の経営陣に対して。この重大事態に政府としてとるべき責任を果たしていない日本政府に対して。報道機関としての責任を果たしていないマスメディアに対して。

 政府がなすべきことは現実逃避ではない。事態がいかに深刻であるかを把握し、起こりうる最悪の場合を想定して対策を立て、危険についての基本的な情報を系統的に明らかにし、状況全体を正直に知らせたうえで、地元住民をはじめとする市民の協力を求めることである。しかし、いま日本政府は、断片的な情報を小出しにし、全体として事態はそれほど深刻でも危険でもないという印象を広めることに終始している。主流マスメディアも、政府のこの殺人的ともいえる無責任に対して批判の目をもたず、原発推進派の「専門家」を出演させ、この線に沿った世論形成に足並みをそろえている。そうして一丸となって、避難対策や食料・水の安全性の確保といった根本的な問題で市民の不安を大きくしている。「ただちには」健康に影響はないという気休めの情報を、私たちは信じることができない。

 この原発事故が「想定外」の高さの津波によって引き起こされたように、防ぎようのなかった出来事であるかのように語ることは、許されない。これはまぎれもなく人災である。安全神話をふりまきながら地震列島の上に54基の原発を稼働させ、さらに新規の原発を建設しようとしてきた為政者の責任は重大である。政権の座にあった勢力は、原発の危険性を警告する地元住民や市民の声を無視し、あるいは押しつぶしてきた。そして今回の事故にいたっても、政府も自民党も、安全神話の上に立つ原発推進政策の過ちを認めようともせず、莫大な被害をあたえた地元住民に謝罪してもいない。

 それどころか、政府と東京電力は、福島原発の廃炉をためらって事故対策を遅らせ、有無を言わせぬ状況をつくり出し、その処理のために下請け・孫請けの労働者を駆り出し、まともな睡眠も食事も確保されない劣悪な労働環境のなかで被爆させ、命を賭けさせている。さらに政府は、原発推進政策の見直しを口にしながら、最も危険とされる浜岡原発の運転中止も、アジアへの原発輸出の中止も、すべての原発をなくしていく政策を打ち出すことも拒んでいる。

 この怒りを胸に、私たちは考える。福島原発の事故が明るみに出したのは、東京をはじめ大都市の住民の快適で便利な生活を支えるために、過疎の村や町の住民と原発で働く人びとに原発のリスクを負わせるという不公正な仕組みである。福島原発の破綻は、原発安全神話の崩壊とともに、このような不公正な関係の上に組み立てられた消費と繁栄、そのような文明の進み方の終点を示すものである。それは私たちに根本的な反省を要求する。原発政策は、快適で便利な生活の無限、無批判な追求を背景として推進されてきたのである。この終点から、私たちは別の方向へ歩み始めなければならない。原発事故の悪化の防止と収拾、地震と原発事故による避難者や被災者への支援と生活再建という当面の緊急の課題に続いて、大震災からどう立ち直るのかが中長期的な課題になるが、それは「元の生活」に戻ることではありえない。新しい生活のあり方を創造することが求められているのだ。

 私たちは、現在の危機のなかで、脱原発、そして脱成長の社会への転換をめざすべきことを明確に主張したい。原発に頼る社会と生活のあり方を根本的に変え、分散的で地域自給的なエネルギー供給のあり方を創りだし、ライフスタイルから働き方、経済のあり方を組み替えることをめざし、なんとかして未来を見いだしたい。

 私たちは、政府および東京電力が、何よりも当事者である被災地および福島原発周辺の住民の切実な声を謙虚に聞き、最低限の責任として次のことをすみやかに実行するよう要求する。

1. 政府は、いまなお水や食料品や医薬品、衛生環境、燃料の不足、心理的な不安に苦しむ大震災被災地の人びとに対する支援に全力をあげるべきである。そのために、

  * すべての公的機関の要員と資材を被災地に投入すると同時に、地方自治体、民間企業、NGO/NPO、市民ボランティアとの協力・連携を強めること。

  * 政府はその責任において、地方自治体の避難者受け入れの動きに連携し、避難生活の長期化を見越した住宅の提供や住宅再建への支援、仕事や稼ぎ手を失った多くの人びとへの所得保障、医療・カウンセリング・介護・子育て・教育の無料の提供などを含む包括的な支援制度を新設すること。


2. 政府と東京電力は、福島原発の事故について、現状と被害の性格ならびに範囲など正確な情報をリアルタイムで公開しなければならない。そして、最悪の事態をどのように想定しているのかをすみやかに公表し、対策を立て、地元住民とすべての市民の協力を仰がなければならない。これにかんして、


  * 福島原発周辺の20~30キロ圏にとどまらない広域の住民の避難と、そのために必要な手段確保の計画を立てること。とくに自力で避難が困難な人びとの避難と保護を、公的機関の責任において徹底すること。

  * 乳幼児や子どもや妊婦、病人や障がい者や高齢者や在日外国人を含めた社会的弱者の安全の確保を最優先すること。

  * 放射線による健康被害やその恐れに対する医療態勢を整えること。

  * 安全な水や食料を確保する対策、出荷停止を強いられた農家や漁民に対して補償をすること。


3. 政府と東京電力は、福島原発の大事故を招いた根本的な原因が、安全神話をふりまいて原発を推進してきた政策の過ちにあったことを認めるべきである。そのうえで、


  * 福島原発の廃炉はむろんのこと、浜岡原発などの運転を即時中止し、すべての原発を廃止して分散的な自然エネルギーに移行する政策転換をすること。

  * アジアへの原発輸出計画をただちに撤回すること。


4. 政府と東京電力は、原発の現場で、生命にかかわる放射線に晒されながら作業している労働者に対して、このような作業を強いたことを謝罪すべきである。その上に立って、


  * 東電は、危険な作業に動員している労働者について、現状で可能な最大限に良好な労働条件を保証し、被曝線量管理を一人ひとりの労働者について厳格に実施し、政府はそれが行われるよう責任をもって監督すること。

  * 連合など労働組合が、これら労働者の現場での労働条件を把握、調査し、労働者としての正当な権利が守られるよう行動すること。


以上、私たちの要求が、他の心ある人びとの賛同を得、実現することを願って。

2011年3月31日
ピープルズ・プラン研究所運営委員会

福島第1原発事故に関して原発事故の重大な恐ろしさを見誤っているとしか思えない、そしてそれゆえの政府の後手後手の対応には怒りを禁じえません。これまで私は大局的に見れば少数派には違いないのですが、この原発事故問題については発信する人も多く、また東日本大震災でいまもなお毎日のように膨れ上がる死者と行方不明者の数のあまりの多さに圧倒されるとともにいまは残された被災者救助に全国民の精力を注ぐべきだという思いもあって、政府の後手後手の対応に批判を募らせながら黙して自ら発信することは控えてきました。が、もう黙していることはできません。政府のこの後手後手の対応に批判の声を上げず、ただ黙してなりゆきを注視するだけという態度では、私たちの国はこの愚鈍な政府によって正真正銘に東北、関東を中心にして国民の生命が奪われかねないという危機的な情勢にある、と私として判断せざるをえないからです。今日を機にしてこの問題について私も氾濫する情報の重複は避けて私の思うところを発信していきたいと思います。
 
さて、朝日新聞記者として長年、原発事故を担当し、同紙退職後は東大教授、駐ザンビア特命全権大使、国連開発計画上級顧問などを歴任してこられた石弘之さんが、あまりにも違う国際社会とわが国の福島第1原発事故の受け止め方の落差について公憤をこめて論じています。その目配りはほとんど全世界に及んでいて大変参考になります。
 
石さんの日本政府及び東京電力批判はもとより、同時に「私たち(市民)は『ゆでガエル』のように慣らされて、危険な状況を危険と受け止められなくなっているのではないか」という指摘も重要だと思います。頭を垂れて聴くべきご指摘だと思うと同時に、私たちのかけがえのない生命を守るという単純明快な理由からも私たちは政府批判を強めなければならない時期に来ているようにも思います(そうでなければ私たちは政府によって「殺される」かもしれない)。
 
以下、石弘之さんの論攷です。
 
原発事故を巡る国内と海外のあまりに大きな温度差(日経BP ECO JAPAN 2011年3月29日)
http://eco.nikkeibp.co.jp/article/column/20110328/106232/ 

引用


  今回の原発事故ほど、日本と欧米との受け止め方に大きな「温度差」のある現象にこれまで出会ったことがない。自国民を日本から避難させ、甲状腺がん予防の安定ヨウ素剤を送りつける欧米と、実感とかけ離れた発表を繰り返している政府や東京電力との差はどこからくるのだろうか。

  日本政府や東京電力が「事故は収束しつつある」「放射能汚染の健康への被害は考えられない」と繰り返しているうちに、事態は深刻化する一方だ。2号炉のタービン建屋地下にたまった水は、原発稼働中の冷却水の10万倍という高い放射線量が測定された。
 
 露出した核燃料が溶け出して、高濃度の放射性物質で汚染された冷却水が原子炉圧力容器から格納容器へ、さらにタービン建屋にあふれ出し、本来放射性物質が漏れ出してはいけない外部のトレンチ(巨大なトンネル)にまで流れ込んでいたのだ。
 
 外部から大量の冷却水を注入しながら、圧力容器内の水位が上がらなかったのは、容器に穴が開いていたためだった。いわば、火にかけたヤカンに水を注ぎ込んだが、穴が開いていたためにあたりにお湯が飛び散っていたということだ。この高濃度の放射能汚染で、炉心の冷却作業はさらに困難をきわめることになるだろう。事故は一段と深刻の度合いを強めている。
 
 情報を小出しにされているうちに、私たちは「ゆでガエル」のように慣らされて、危険な状況を危険と受け止められなくなっているのではないか。
 
 原発近くの住民が被曝したのをはじめ、野菜、土壌、原乳、水道水、海水まで汚染は広がった。建屋内では作業員が高濃度被曝を受け、欧米の政府やメディアが心配した通りの事態に近づいている。日本の見通しはあまりに甘かった。
 
 あわてふためく在京大使館

  事故の深刻度は7段階評価で、最高のチェルノブイリ原発事故のレベル7に次ぐ、史上2番目のレベル6の事例になることがほぼ確実になってきた。
 
 外部への放出線量では、いまのところチェルノブイリ原発の方が圧倒的に多いが、4基の原発が同時に制御不能の事故に陥ったという意味では、最悪と評価されても仕方がない。事故の代償はあまりに大きい。
 
 福島第1原発は世界に大きな影響を与えはじめている。
 
 在日米軍関係では、米政府が発表した家族向け「自主避難」計画に約9000人が申し込み、政府チャーター機で帰国した。チェルノブイリ原発事故を経験したロシアは「最悪の事態を想定して」、大使館や総領事館の館員の家族の引き揚げを命じた。ロシアは極東の約400カ所に放射線量計を設置し、非常事態省が飛行機で上空観測を行うなど監視態勢を強化している。
 
 フランスは、在日フランス人の日本脱出のためにエールフランスの臨時便を出した。災害支援の援助隊や支援物資を運んだ航空機の帰り便で、子どもなど約280人を優先的に帰国させた。東京近郊にいるフランス人は5000人から2000人に減った。
 
 イギリス外務省は東京と東京以北に住む自国民に退避を勧告し、仙台から東京まで無料バスを走らせた。ドイツ大使館はウェブサイトを通して被災地と首都圏在住者に対して国外退避を呼びかけた。ケニアは大使館を一時閉鎖し、大使館員やその家族らを日本から脱出させた。外務省によると、27カ国が都内にある大使館を一時閉鎖した。
 
 海の向こうで福島第1原発事故はどう報道されているのだろうか。
 
 欧米メディアが報じる日本の危機

  欧米の主要紙やTVニュースをネットで検索すると、日本国内とはまったく異なるニュースが流れている。違いの大きさは、日本での報道管制を疑いたくなるほどである。世界の主要メディアの多くは、日本周辺国の特派員も大量に動員して克明な取材にあたっている。
 
 米CNNテレビは、福島原発が世界最大の原発だと前置きして、「メルトダウン(炉心溶融)のカウントダウンが進行」を繰り返し報じた。さらに「SFのようだ。海水を注入して冷却するという最後の手段に打ってでた」と解説する専門家の映像を流した。
 
 英BBCは「高水準の原子力技術を誇る日本がはじめて直面した核の緊急事態で数万人が避難している」と第一報を伝えた。加えて、「放射能がどのくらいどちらの方向に広がっているのかまるでわからない。日本政府は国民を納得させるには至っていない」と報じた。
 
 米ニューヨーク・タイムズ紙は連日大特集を組んだ。そのなかで「1960年代に開発され、当初からぜい弱性が問題になっていたこの旧型原子炉を、政府の原子力安全・保安院はさらに今後10年間の運転継続を認めていた」と指摘した。そして「この運転継続と機器検査のずさんさは、東電と関係当局の不健全な関係によるものだ」とまで決めつけた。
 
 米ワシントン・ポスト紙は「『唯一の被爆国』として世界に核廃絶を訴えてきた日本が、狭い国土に55もの原発を林立させた核大国になっていた」という異常さを指摘した。「自分たちが落とされた原爆の何千、何万発分にも相当する核物質を原子炉に保有しているのに危機管理ができていなかった」「原発の周囲に平気で住民を住まわせている」などと報じた。政府が情報を隠蔽しつづけてきた結果だとしている。
 
 海外で深刻な事態が報道されているときに、日本の関係者は欧米の反応があまりにヒステリックだと不快感を示していた。国内では、意図的に事態を過小評価しているとしか思えないような発言が相次ぎ、希望的観測ばかりが流れてきた。その陰で官邸、原子力安全・保安院、東電の間で混乱がつづいていた。事態がここに至り、日本政府の危機管理のお粗末さを内外に印象づけることになった。
 
 東電の清水正孝社長は13日夜、記者会見を開いて謝罪した。ところが事故原因については「想定を超えた津波で機器が機能を失ったのが最大の要因」と釈明する一方で、周辺住民の健康への懸念に関しては「ただちに人体に影響が出るレベルではない」とするなど、危機意識に乏しいものだった。
 
 東電は、タービン建屋に流出した炉内の水の放射能を通常の1000万倍と発表してから10万倍に訂正するなど、危機管理ではもっともやってはいけない事実発表の訂正を繰り返した。
 
 膨れあがる日本への不信

  CNNはこう報じた。「これまで日本は原発事故が起きるたびに隠蔽を繰り返し、55基にも及ぶ原子炉に対する安全管理への不信を増大させてきた」。水素爆発が連鎖的に起こったとき、CNNは「東電がまたウソをついた」と憤りを隠さなかった。  

 クリントン米国務長官は、CNNのインタビューに対して公然と「日本の情報は混乱していて信用できない」と異例のコメントをした。米CBSニュースの世論調査では、79%が「日本政府は原発事故に関して把握している情報をすべて開示していない」と回答している。
 
 ニューヨーク・タイムズは「日本の原発事業者は親しい政府当局者とともに、不安を募らせる一般市民の目から原発での出来事を隠してきた」と報じた。そして「終結にはほど遠い状況」という認識を示した。米国防総省が独自に事故現場にヘリコプターを飛ばして放射能測定をしたことも詳しく報じて、日本のデータが信用できないことをにおわせている。
 
 ワシントン・ポストは「日本の当局筋は原発周辺の放射線の増加は微量と強調していたが、汚染地域は拡大している」と指摘した。これまで抑制的な報道に努めてきた保守系米紙、ウォールストリート・ジャーナルも「原子炉格納容器は丈夫で大量の放射能漏れは防いでいると政府当局者は強調してきたが、今や復旧作業は大きく後退しているではないか」と批判した。  

 英インディペンデント紙は、「事故への不安が高まっている背景に東電の隠蔽体質がある」と指摘。英ガーディアン紙は、これまでのトラブル隠しや修理、検査記録の改ざんなどの不祥事も踏まえて、「東電は事実を伝えるという点に関して堕落の歴史を持つ」と報じた。

  ドイツでも、日本政府の事故対応について不信感を強調する報道が目立っている。
 
 被災地で救援活動に就いていた民間団体「フメディカ」の救援チーム5人は予定を切り上げて帰国した後、地元メディアに対し「日本政府は事実を隠蔽し過小評価している。チェルノブイリ原発事故を思い出させる」と早期帰国の理由を語った。
 
 メルケル首相は記者会見で「日本からの情報は矛盾している」と繰り返した。オーストラリアのラッド外相はテレビで、「オーストラリアをはじめ、国際社会は福島第1原発の正確な状態に関する緊急の説明を必要としている」と情報不足を非難した。日本は世界の信用を失いつつある。
 
 後退する世界の原発

  米CBSニュースの世論調査では、米国内で新規原発建設を支持する割合は08年に57%だったが、今回の事故で43%に後退した。米ギャラップ社の調査では、70%の米国民が自国でも原発事故が起こり得ると懸念を強めている。オバマ大統領が温暖化対策として最重点政策に掲げる「原発建設推進」への支持は44%にとどまり、不支持(47%)が上回った。
 
 英国の世論調査では4ヵ月前と比較して、原発新設への「賛成」は47%から35%に、「反対」は19%から28%に変わった。ドイツの緊急世論調査では「日本と同様の原発事故がドイツでも起こる可能性があると思うか」との問いに、70%が「イエス」と回答した。
 
 各国の原発政策にも大きな影響を与えている。
 
 ドイツでは社会民主党が政権をとった9年前に、2022年までに国内の原発をすべて停止する「脱原発法」を制定したが、昨年秋、メルケル首相は脱原発政策を見直して原発の稼働年数を平均で12年延長する方針を決めたばかりだった。だが、今回の事故を目の当たりにして、急遽、稼働延長を3カ月間凍結し、1980年以前に運転を開始した原発7基は条件付きで停止するとともに、残りの原発についても安全性を点検するよう要請した。
 
 温暖化対策推進の旗振り役を自認するメルケル首相が打ち出した「20-20-20計画」では、2020年までに域内の排出量20%削減、エネルギー効率20%改善、再生可能エネルギーの割合を20%に高めるとしていた。その計画実現を理由に21年までに全廃予定だった原子力発電所の稼働延長を表明していたが、緑の党などから猛反発を受けていた。
 
 欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会は事故後、加盟27カ国のエネルギー担当相や電力会社代表らを集めて緊急会議を招集。EU域内の14カ国で稼働中の原発143基すべてを対象に「安全性テスト」を任意で実施することで合意した。EU以外のトルコやスイス、ロシアなど近隣国にも安全性テストを呼びかけた。「世界で一番安全」とされてきた日本の原発事故は各国に大きな動揺を与えている。
 
 イタリアはチェルノブイリの事故を受けて、国内4カ所の原発は90年までに全廃した。最近は温暖化対策を眼目にした原発復活を計画していたが、今回の事故を受けて1年間、計画凍結を決めた。スイスでも原発の改修と新規建設計画を当面凍結する方針を打ち出した。
 
 反米で知られる南米ベネズエラのチャベス大統領も「初期段階にある原子力開発計画を凍結した」と表明。これは米国などが核兵器開発への転用を警戒していたものだ。地震国メキシコも、新たな原発建設計画を保留し、原因究明後にエネルギー政策を再検討する方針を発表した。
 
 リーマンショック後、停滞していた世界の地球温暖化対策は、原子力を対策の牽引車とすることで景気対策と整合する“解”を見出し、この方向性は国際的にも合意ができつつあった。しかし、福島の事故はこれをも津波のように押し流してしまった。
 
 ドイツでは緑の党が躍進

  スリーマイル島事故から約30年、原発の新設ができなかった米国でも、オバマ大統領が原発復活に政権の浮揚をかけていた。
 
 カリフォルニア州ではサンオノフレとディアブロキャニオンの州内2つ原発で、4基の原子炉が認可失効に備えて更新手続きに入っていた。しかし、日本同様、地震が多いカリフォルニア州のエネルギー委員会は、今回の事故を受けて更新の是非をめぐる再検討に入ると発表した。
 
 菅政権も日本企業の商機拡大から原発輸出を後押ししていた。しかし当分、海外から日本に注文が舞い込むことはないだろう。  各国の政治や政策にも大きな影響を与え始めている。
 
 メルケル首相が原発の稼働延長見直しを表明したドイツで、反原発勢力が急速に勢いを増している。
 
 3月20日に行われた東部ザクセン・アンハルト州議会選挙では、メルケル首相率いるキリスト教民主同盟(CDU)が第1党を維持したものの(得票率は32.5%で前回から3.7ポイント減)、反原発を掲げる90年連合・緑の党が得票率で7.1%と前回選挙からほぼ倍増した。
 
 1週間後の27日に行われた南西部バーデン・ビュルテンベルク州議会選挙では、90年連合・緑の党(24.2%)と社会民主党(23.1%)が計47.3%を獲得し、44.3%の与党連合(CDU39%と自由民主党5.3)をとうとう退けてしまった。ドイツ政治史上ではじめて、緑の党から州首相が誕生することになりそうだ。
 
 福島原発の事故後、国内に対していち早く原発の安全性を強調し、原発増設計画の変更がないことを強調していた中国でも3月16日、温家宝首相が招集した国務院常務会議で新規の原発建設計画の承認を暫定的に停止することなどを決めた。  

 インド原子力発電公社は稼働中の20基の原発の再検査を進めている。インド政府計画委員会は、「日本の事故で原発建設はむずかしくなった。安全性のより高い設計や技術の検討が必要だ。原発整備計画は10年遅れるだろう」との見方を示した。
 
 1994年のロサンゼルス地震では多くの高速道路や橋が崩壊した。そのとき、現地調査にやってきた日本の土木関係者たちは口を揃えて「日本の道路は耐震性がしっかりしているので、大震災に襲われてもこんなひどいことにはならない」と豪語した。
 
 だが、1年後に襲った阪神淡路大震災では、阪神高速道路は無残に横倒しになり、新幹線の橋脚なども崩れ落ちた。米国の新聞は「崩れないはずの日本の高速道路が崩壊した」と皮肉たっぷりに書いた。日本の土木関係者は「考えられない災害だった」と「想定外」を繰り返した。そして誰も工事の責任を取らなかった。