劉暁波さんと妻の劉霞さん

来月10月に発表される予定のノーベル平和賞に中国の民主化運動の象徴とされる作家の劉暁波氏の受賞の可能性が取りざたされおり、また一方で、ノルウェーのノーベル研究所のルンデスタッド所長が劉氏の同賞受賞の可能性に関わって中国政府高官から「(劉氏が)受賞すれば両国の関係に悪い影響を与えかねない」という圧力とも受け取れる警告を受けていたことも取りざたされています。NHKがAP通信電として伝えるところによると「ルンデスタッド所長がことし6月、ノルウェーを訪れた中国の傳瑩外務次官と面会した際、中国の民主活動家で作家の劉暁波氏が来月発表されるノーベル平和賞を受賞する可能性が取りざたされていることについて、傳外務次官から『受賞することになれば、両国の関係に否定的な影響を与えかねない』と警告を受けた」ということです(NHKニュース 9月29日 10時34分)。

また一方で、ヘラルド・トリビューン紙が伝えるところによると、チェコスロバキアの「77憲章」の起草者のひとりで詩人のバーツラフ・ハベル現チェコ大統領らは「中国は脱共産化したように見えて自由も民主も奪われたままである。劉は罪もないのに獄中にある。かれこそノーベル平和賞がふさわしい」(ヘラルドトリビューン、2010年9月21日付)という訴えを発表し、同呼びかけは欧米にひろく波紋を呼んでいる、との報道もあります。

しかし、私は、そうしたノーベル平和賞受賞に関わる時事問題をここで述べたいのではありません。ここで私がしたいのは、9月30日という今日という日に、すなわち「二〇年前のあの朝の犠牲者たちの墳墓からの叫びを民主化の文字にして書き続けてきた劉暁波を拘束し、幽閉し、沈黙せしめることで、中国の共産党政府は六〇周年の祝典を行おうとしている」(子安宣邦 私のコラム37)前日の昨年の9月30日に自身のホームページに『劉暁波のために、劉暁波に代わって』という怒りの書を記した日本思想史家の子安宣邦さんの文章を紹介することです。


その文は次のような書き出しで始まります。

一九八九年六月四日という日を歴史の上から削除するようにして二〇〇九年一〇月一日が来ようとしている。まさしくそうだ、二〇年前のあの朝の犠牲者たちの墳墓からの叫びを民主化の文字にして書き続けてきた劉暁波を拘束し、幽閉し、沈黙せしめることで、中国の共産党政府は六〇周年の祝典を行おうとしているのだから。己れ以外のだれのための祝典なのか。そこでなされた圧殺のあらゆる痕跡を消し去ってしまったその広場において、巨大な軍事パレードが厳重な警備の中で行われようとしている。

そして、その文は次のような一節で終わります。

私がここで死者との共闘をいうのは、中国のためにだけいうのではない。日本人である私が六四事件をいい、『〇八憲章』をいう言葉は、其処と此処との共闘の言葉である。私は劉暁波についていいながら、この日本での死者たちを背負った私の戦いのあり方を考えている。いま日本の新しい首相によって東アジア共同体が公然と提唱されている。それははたして東アジアのわれわれに希望を告げる共同体であるのか。繁栄の現在をただ長引かせるためのあの傲慢な、死者を忘れた生者たちの連帯の模索でしかないのではないか。アジアの其処と此処における死者たちを背負ったものの戦いだけが、アジアのわれわれの間に希望の共同体を築いていくだろう。
                        一〇月一日を前にした九月三〇日にこれを書く

私は一昨日のエントリで河内謙策さんの論に対する異論を述べました。しかし、河内さんの中国の自由と民主主義の問題をおのれ(日本人)の問題として考えようとする熱意と姿勢、そしてその憂いには強く打たれるところがあります。その河内さんの強い思いに私は敬意を表したいと思います。

ただ、当然、中国人ではない日本人としてこの問題を考えようとするとき、「日本での死者たちを背負った『私の戦い』のあり方」、言葉を代えて言えば「日本の新しい首相によって東アジア共同体が公然と提唱されている」という日本の政治状況に私たちとしてどのようにコミットしていくのか。その課題がやはり私たち日本人として最大の課題になるだろう。いや、課題というべきだろう。そう思うところは変わらないのです。
「高校無償化」への朝鮮高校適用に向けて 9.26集会報告
長谷川和男

参加者の皆さん・全国の賛同団体の皆さんへ

 長谷川和男です。皆さん、本当にご苦労様でした。
9・26全国集会とデモが、皆さんの協力で素晴らしい成功を収めたことをご報告させていただきます。

集会参加者、約1000人、デモ参加者約1500人、事前カンパ、当日カンパ、集会参加費合わせておよそ80万円、何とか赤字を出さないですみそうです。 会計の最終報告は、後ほど担当者から正確な会計報告をさせていただきます。本当にありがとうございました。以下、全国集会とデモについてご報告します。
 
13:00に開始された全国集会は、森本さんと上村さんの名司会で進められました。冒頭、実行委員会を代表して私から集会にいたる経過と集会の意義について報告させていただきました。

続いて、「高校無償化」への朝鮮高校適用に向けて政治の場で奮闘されている民主党参議院議員・大島九州男さん、社民党前衆議院議員・保坂のぶとさん、日朝友好促進東京議員連絡会代表・公明党中の区議会議員・江口済三郎さんの3人の方から、連帯のご挨拶をいただきました。共産党からは、衆議院議員・宮本岳志さんからのメッセージをいただきました。

なんといっても感動的だったのは、全国の朝鮮高校の生徒が実行委員会の呼びかけで社文のホールに参加してくれて、一人一人の心からのメッセージを自分の言葉で語ってくれたことです。

9人の高校生の発言は、どれも私たちの心に深く響く素晴らしい内容でした。理不尽な差別と偏見、不当な無償化からの排除という現実の中で、朝鮮高校の子どもたちが確実に育ってきていることを実感できる報告でした。日本政府の対応が、彼らを逆に鍛え、育てているのだと実感しました。署名活動や集会を自分たち で企画し、自分のおかれている状況を変えようと高校生が立ち上がることによって得たものは、彼らにとって素晴らしい財産になるだろうと確信することができました。
 
日本の高校生の発言も本当によかったと思います。集会に参加している1000人の聴衆の前で発言するということは、高校生にとってはとても勇気のいることです。4人の高校生が自分の言葉で、連帯と友情の挨拶をしてくれたことに感動です。高校生同士が壇上で握手する場面では、会場から拍手が鳴り止みませんでした。
 
また、親として子どもたちの健やかな成長を願うオモニのアピールも素晴らしかったです。学業やクラブ活動に専念してほしいと願う親としての気持ちがあると同時に、子どもたちがこの闘いの中で成長している姿に感動していることを、率直に話してくださいました。
 
在日1世の2人、李甲蓮さんと羅順任のお話は、100年前に日本の植民地として国を奪われ、土地を奪われ、名前や言語までも奪われた深い悲しみと怒り、戦後に朝鮮人としての誇りと母国語を取り戻すためにウリハッキョ(私たちの学校)を作り、民族教育を発展させてきた歴史が語らえました。81歳のおばあちゃんが壇上でシュプレヒコールをされたのには感動しました。
 
全国リレートークでは関東地区を代表して埼玉高教組の嶋田和彦さん、九州地区代表の中村元気さんが、それぞれの地で高校無償化問題に取り組んでおられる闘いの報告がありました。全国各地で様々な取り組みをされている多くの仲間の皆さんが居られることを再確認できました。
 
賛同団体からは、アイヌ・ラマット実行委員会事務局長の出原さん、杉並の教育を考えるみんなの会の鳥生千恵さん、府中派遣村の安彦正春さんの3人が、それぞれの視点からの「高校無償化」からの朝鮮学校排除は許されなきことであり、勝利の日まで気を緩めずに連帯して戦う決意が表明され、参加者に大いなる共感を呼びました。
 
最後に実行委員の千地さんが決議文を読み上げ、大きな拍手で満場一致、確認されました。
 
集会終了後、ただちにデモ統括責任者の松野さんからのデモに関する指示があり、およそ30分かけて第4てい団に分かれた巨大なデモ隊列は、15:20予定 通り社会文化会館―文部科学省―新橋―ゆうらくちょう―東京駅前―常磐橋公園の全長6.2キロの長い長いでもコースを約2時間半かけてデモ行進しました。朝鮮学校排除反対、無償化即時適用を訴えて、高校生も大きな声を張り上げて整然とデモを貫徹することができました。

 実行委員の皆さん、当日のスタッフを快く引き受けてくださった皆さん、本当にご苦労様でした。

下記は標題について東京の弁護士の河内謙策さんがいくつかのメーリングリストに発信されたメールに対する私のコメントです。中国問題に関するわが国の平和勢力の課題を考えてみる、という意味で本ブログにもエントリしておきたいと思います。

尖閣沖漁船衝突事件について(CML Ken Kawauchi 2010年9月27日)

河内謙策さんの標題メールにいくつかコメントしてみます。

第1に尖閣諸島は日本の領土か、という問題についてですが、この問題について河内さんが紹介されておられる「尖閣諸島問題」のホームページはたいへん参考になります。同ホームページの「中国の文献」の項と中国サイトの主張とを比較考証してみるとその実証の正しさはより明瞭になるように思います。ただ、左記の「尖閣諸島問題」のホームページは事実関係を摘示しているにとどまっていますので、その事実関係を論として展開している「日本の領有は正当 尖閣諸島問題解決の方向を考える」という赤旗の論評をあわせて参考にされるとさらにことの本質が明瞭になるように思います。これは赤旗が好きだとか嫌いだとかという問題ではなく、論の正当性の評価の問題だと思います。

第2になぜ中国が大騒ぎをしたのか、という問題についてですが(そしてこれが解明すべき一番大きな問題であろう、と私は考えるのですが)、河内さんはこの問題を(1)中国の帝国主義外交の問題、または中国の北東アジアへの覇権確立の問題、(2)米中の経済面・軍事面での対立の激化の問題、(3)中国共産党内の指導権争いの問題にその原因を求め、わが国の平和勢力の課題として「中国の横暴を抑える国際的な連携・包囲網の形成、中国の自由と民主主義を求める勢力に対する支援こそが究極の中国問題の解決である」と訴えられるわけですが、私は河内さんのこの原因の求め方にもわが国の平和勢力への課題提起のどちらの認識にも賛成できません。

今回、中国がなぜ大騒ぎをしたのか、という問題については、私は浅井基文さんの下記の考究に大きな説得力を感じます。

日中関係への視点?中国漁船船長の釈放?(浅井基文 2010年9月25日付)

浅井さんは「21世紀に入ってからの日中関係は、小泉首相(当時)の歴史認識も対アジア観もまったく欠落した傍若無人な振る舞いによって大きく損なわれた状況から立ち直るきっかけがつかめないまま今日に至っている」という基本認識に立って、現在の民主党政権の対中国外交についての中国側の懸念と対応を次のように分析します。

民主党政権になってからこの1年間の「中国にとってもっとも大きな関心事は、自民党政権下において台湾有事を明確に視野に入れることを公言するに至った日米軍事同盟の再編強化に対して民主党政権がどういう対応を行うか、という点にあった。中国の目は2005年から6年にかけての日米安全保障協議委員会(「2+2」)の三つの合意全体に注がれてきたことに違いない。そして、鳩山政権がこの日米合意遵守を決定し、菅政権がこの決定をそのまま引き継ぐことを決定したとき、中国側は、民主党政権が自民党政権と本質的に変わらない体質であると判断したのだと思う。つまり中国からすれば、『日米を基軸にする大前提のもとで対中関係のあり方を考える』という旧態依然とした場当たり的、その場しのぎ的な外交しか日本には期待できないという判断があった」(要約)。

「今回の事件は、場当たり的、その場しのぎ的な対応しかできない民主党政権が、中国をどう位置づけるのかを判断する上での重要な材料と見なした可能性は十分ある。民主党政権が曖昧な対応で糊塗することができないようにするため、中国政府はありとあらゆる外交手段を駆使して圧力をかけ、民主党政権に『日中関係の重要性』『日本にとっての中国というファクターの死活的重要性』について本気で考えるしかない状況に追い込む(退路をふさぐ)というアプローチを採用したのだと思う」(同上)。

そして浅井さんは今回の「大騒ぎ」で中国が日本に求めている真のねらいを次のように分析します。

「私は、中国が日本に求めている最大のものは、改革開放政策30年の成果を踏まえて急台頭する、いまや国際関係にとって欠くべからざる存在となった、そして21世紀の国際関係においてますます重要性を増すことが衆目の一致するところである中国を正確に認識し、日本が『日米を基軸にする大前提のもとで対中関係のあり方を考える』という20世紀の遺物そのものである発想を根本的に改めることにあると思う。21世紀国際関係における中国の位置を正当に認識する場合、『日米を基軸にする』という20世紀的日本外交の大前提そのものを見直さなければならないはず。今回の中国の『強硬姿勢』は、正に日本外交に対する根本的見直しを迫るものであった」(同上)。

こうした浅井さんの分析から導き出されるわが国の平和勢力の課題は、河内さんの提起される平和勢力の課題とは異なり、「日本外交において、中国を独立した要素として(つまり『日米基軸』の枠組みの中におくのではなく)位置づけること」、すなわち「日米基軸」の最たるものである日米安保条約体制を打破しようとする世論を高めること。また、「私たちが『偏狭なナショナリズム』に身を委ねて、中国の『強硬姿勢』に感情的に過剰反応」しない世論を高めること。さらに「今回の事件を招くべくして招いてしまった民主党政権の無定見な外交政策のお粗末さにこそ、主権者としての批判の眼を向け」る世論を高めること。さらに「自民党はダメだから民主党」と安易な選択しかできない主権者である私たちの政治的未熟性が(今回の「大騒ぎ」の)問題の根本にあることを学び取ること」などになるのだと思います。

私は浅井さんの提起される課題こそがわが国の平和勢力の課題というべきではないか。わが国の平和勢力の課題とするべきことではないか。そう思うものです。

 APEC女性リーダーズネットワーク会合であいさつする菅直人首相

菅首相がこの9月19日に15年ぶりに日本(東京)で開かれたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)の関連会合のひとつ「APEC女性リーダーズネットワーク」に出席し、女性労働者の年齢別の働き方を示したM字型曲線のいびつ性の問題をとりあげて「女性の社会進出をいっそう進めることで経済成長につなげていきたい」とあいさつしたことが「自民党政権下では見られなかったことだ」として一部のフェミニストの間で話題になっています。

しかし、同程度の認識は、「自民党政権」下の第3次小泉改造内閣時の少子化・男女共同参画担当大臣だった猪口邦子氏、そしてあの典型的なポピュリストの小泉首相(当時)すら語っていることで(注1、注2)、特段に菅首相及び民主党内閣を評価するほどの発言というに値しないだろう、と私は思います。

小泉内閣時に一部のフェミニストからも期待されることの多かった猪口邦子氏は、すでに私が指摘しているように憲法9条改憲に賛成し、選択的夫婦別姓や永住外国人地方選挙権、取り調べの可視化にも反対する(毎日新聞アンケート回答)、その民主度と人権感覚に重大な疑義が持たれる本質のところで反動的といってよい政治家であったことがいまや明白になっています。

菅首相についても、今回の菅改造内閣発足の少し前には半分を超える閣僚が女性の国が北欧などにあり、オーストラリアは女性首相だ。日本でもそういう形も含めて、女性の政治参加のために頑張りたい」と述べていたはずが、「蓋を開けてみれば、なんということはない。女性閣僚は前回と同じ二名です。蓮舫さんと、岡崎トミ子さん。人数的には、鳩山政権、麻生政権とも同じです。(略)ただ、思い当たる節はあります。参院選においては、小沢幹事長(当時)が擁立した女性候補への支援を、菅総理になってからは、弱めた実態があります。そして、同じ選挙区で男女双方でている場合は、一般的に男性候補への支援を強化していました。男性が現職、女性が新人の場合も、女性が現職、男性が新人の場合もです。/ですから、結局、そもそも、「やる気もないこと」を、ぶち上げただけなのかもしれません。/菅総理は『有言実行内閣』とおっしゃる。しかし、組閣からして、『有言不実行』ではないでしょうか?」という指摘もあります。

鳩山、菅と続く民主党内閣は、政権交代を果たした昨年8月の総選挙時のマニフェストに高々と掲げていた選択的夫婦別姓、婚外子差別撤廃を含む民法改正や外国人地方参政権付与の公約をいまだに実現させようとはしていません。それどころか「永住外国人に地方選挙権を付与する法案と選択的夫婦別姓制度の導入を柱とする民法改正案について、『国民新党が反対している限り、絶対に日の目を見ない。(成立を)熱望している方々にはご愁傷さまです』」とまで大見得を切っている亀井氏率いる国民新党と連立を結び菅内閣(第1次・第2次)においても亀井氏を含む同党幹部を入閣させてもいます。菅内閣に選択的夫婦別姓や外国人地方参政権付与の公約を実現させるつもりはないことは明らかです。

そういう意味でも上記の一部のフェミニストの民主党評価は少し以上に甘い評価だといわなければならないだろうと私は思います。そして、そうした甘い民主党評価では、ジェンダー平等のもろもろの諸課題について政府にその実現を迫ることも結局のところ覚束ないだろう、というのが私の危惧するところです。


注1:男女共同参画 猪口氏が講演 福岡市(西日本新聞 2006年5月14日付)など
注2:小泉首相の所信表明演説など
JanJanBlogに同紙常連執筆者の山崎康彦氏を批判する下記のような記事を投稿しました。
http://www.janjanblog.com/archives/16940

本ブログにもエントリしておきたいと思います。


山崎康彦氏がJanJanBlogの2010年8月8日付けに「『東京第五検察審会』の『小沢幹事長起訴相当』議決は検察審査会法違反で『無効』」という記事を書いています。


が、同記事は、著しくその真実性が疑われる在特会会長の桜井誠氏のブログの記述を唯一の根拠にして論を展開しており、桜井氏の同ブログの記事の虚偽性が証明されれば、山崎氏の上記の記事も当然に虚偽ということにならざるをえない性質の記事といわなければならないものです。そして、山崎氏が根拠にしている桜井氏の同ブログの記述は虚偽といわなければならないものです。

しかし、山崎氏の上記の記事はJanJanBlogの過去30日間の人気記事トップ10の第4位(9月26日現在)にランクされており、その負の一定の影響力を過小視することはできません。桜井氏の同ブログの記述の虚偽性を明らかにすることで山崎氏の論の誤りをも指摘しておくことはJanJanBlogの今後の健全な発展のためにも欠かすことのできない作業というべきではないか、というのが、本記事を書くにいたった私の執筆動機です。

さて、山崎氏は上記の記事で検察の小沢氏不起訴処分にかかわる桜井氏の検察審査会への審査の申し立てが真にあったことを前提にして次のように書いています。

「桜井誠氏は、事件を告訴した人間でも、告発した人間でも、請求した人間でも、事件で被害を受けた人間でもないのですから、『検察審査会』事務局がかれの『申し立て』を受理したのは検察審査会法第2条2項、30条に違反しているのです。」(注1)

この山崎氏の論の部分はそのとおりです。桜井氏は上記の自身のブログで自分は本事件の告訴、告発人ではない、と認めていますから(注2)、検察審査会法第2条2項及び同法第30条によって審査の申し立てをすることはできませんし、仮にその申し立てが検察審査会に正式に受理されたのであればその申し立ては当然に法律違反ということになり無効です。

が、桜井氏の検察審査会への審査の申し立てが正式に受理されたという証拠はありません。桜井氏は自身のブログの2010年2月11日付けで「東京第五検察審査会から受理通告書が届きました」(注3)という記事も書いているのですが、下記にアップされている「事件の受理について」と題された東京第5検察審査会からの通知には本来記載されるべき審査申立人の氏名の記載がありません。だから、この資料だけでは桜井氏が真に本事件の審査申立人であるかどうかはわかりません。
http://ameblo.jp/doronpa01/image-10455665539-10409054514.html

さらに同資料には同資料が本事件の審査申立の受理書ではない決定的証拠が見出されます。同資料には「当検審平成22年(申立)第2号審査事件として受理しました」という記載があるのですが、この第2号という事件番号は東京第5検察審査会の同事件の議決書の「(申立)第10号」という事件番号(注4)と異なります。申立受理書の事件番号と議決書の事件番号とは同じ事件の申し立てと議決という関係にあるわけですから本来一致しなければなりません。その事件番号が一致しないということは桜井氏のブログにアップされている申立受理書の写しは本事件の受理書ではない。すなわちニセモノということになります。

この件については神戸学院大大学院教授の上脇博之さんがご自身のブログで詳しく論証されています。下記をご参照ください。

■「検察審査会の小沢一郎「起訴相当」議決における審査補助員と自称「審査申立て人」についての雑感」(上脇博之 ある憲法研究者の情報発信の場 2010年4月30日)
■「小沢一郎「起訴相当」議決と自称「審査申立て人」についての追加的雑感」(上脇博之 ある憲法研究者の情報発信の場 2010年5月8日)

ここで問題にしなければならないのは山崎氏の誤れる論の展開のしかたです。山崎氏は、その記述の信憑性を疑ってよい在特会会長の桜井誠氏のブログの記述をなんら検証することもなく、自身の都合のよい論の展開のために無批判に受け入れて次のように言います。

「この手際の良さを考えれば『東京第五検察審会』への桜井誠氏の『審査申し立て』は、東京地検特捜部、検察審査会事務局、『在特会』桜井誠が一体となって小沢幹事長(当時)の政治生命の失墜を狙った巧妙な『仕掛け』『謀略』だったと言えます。」

上記の山崎氏の論が誤りであることはもはやいうまでもないことですが、小沢一郎支持者(小沢信者といってもいいのですが)としての自身の論を展開するためにかくも牽強付会な論を展開していく執筆姿勢は、「紙と電波を独占する大手マスコミが作る『大本営発表世論』を凌駕する『草の根ネット世論』の形成・興隆を目指」(anJanBlog「山崎康彦記者のプロフィール」)すと自らが描く本来の執筆姿勢とはまったく相容れないはずのものです。厳しく批判されなければならないように思います。


注1:検察審査会法第2条
第2条 検察審査会は、左の事項を掌る。
 一 検察官の公訴を提起しない処分の当否の審査に関する事項
 二 検察事務の改善に関する建議又は勧告に関する事項
 2 検察審査会は、告訴若しくは告発をした者、請求を待つて受理すべき事件についての請求をした者又は犯
罪により害を被つた者(略)の申立てがあるときは、前項第1号の審査を行わなければならない。
 3 (略)
第30条 第二条第二項に掲げる者は、検察官の公訴を提起しない処分に不服があるときは、その検察官の属する検察庁の所在地を管轄する検察審査会にその処分の当否の審査の申立てをすることができる。(以下、略)
注2:「桜井誠ルーム」ブログ(2010年2月5日付)
注3:「桜井誠ルーム」ブログ(2010年2月11日付)
注4:「第5検察審査会の議決の要旨全文」(弁護士阪口徳雄の自由発言 2010年4月28日)
来年春の東京都知事選まであと8か月です。

「チェンジ・ザ・イシハラ」を合言葉に今年になってこれまで市民団体・研究者団体主催の2回のシンポジウムが開かれています。


さらに来月の10月3日には東京の上智大学3号館521番教室で新東京政策研究会主催の第2回シンポジウム「新しい東京 福祉・環境都市を目指して」が開かれます。


その第2回シンポジウムの当日プログラムの詳細が醍醐聰さん(東京大学名誉教授)のブログで紹介されています。


13:00 開会 あいさつ(渡辺治:一橋大学名誉教授)
   ★「新東京政策研究会」とその活動について説明
   ★ シンポジウム全体の進め方
13:15 第1部【新東京政策研究会の第二次政策提言の概要報告:各20分】
   ? 福祉  (後藤道夫:都留文化大学)
   ? 環境   (寺西俊一:一橋大学)
   ? 教育  (世取山洋介:新潟大学)
   ? 税財政 (醍醐聰:東京大学名誉教授)
14:35 休憩
14:50 第2部【フロアからの発言・質疑応答・討論】
    司会進行:安達智則(東京自治問題研究所)
    4人の報告に対する質問および各団体・運動からの発言・意見表明
16:30 第3部【まとめ】(進藤兵:都留文科大学)
17:00 終了(アンケート回収)

ご覧のとおり同シンポジウムで特徴的なのは、第2部の「フロアからの発言・質疑応答・討論」の時間が第1部の「新東京政策研究会の第二次政策提言の概要報告」にもまして約2時間とられていることです。おそらくその時間配分は、「チェンジ・ザ・イシハラ」を求める会場参加者みんなの声をひとつにして来年春の都知事選に臨みたい、という主催者側の強い意志のあらわれからきているものと思われます。

私は3日前のエントリ「『東国原知事、東京都知事選出馬に意欲』という記事を読んで」で以下のような私見を述べました。

いまある「東京。をプロデュース?」(注9)や「新東京政策研究会」(注10)などの市民組織や研究者集団が軸となってその他の市民組織に連携を呼びかけるとともに、共産党系の市民組織の「全国革新」や社民党系の市民組織、民主党系の革新市民組織にも革新都知事を誕生させるための共同テーブル(話し合い)を働きかけ、さらには政党としての共産党や社民党、民主党にも働きかけていく、という確かな手順を踏んだ共同行動にいま踏み出すべきときではないでしょうか。なんといっても「共同」は力です。もう古い話になってしまいましたが、美濃部さんが東京都知事選で勝利したのも「共同」の力でした。

前回都知事選のとき、私たちは、確かな革新共同の候補者を擁立することはできませんでした。たしかにあのときは「革新都政をつくる会」(共産党系)という市民団体が設立され、革新共同を模索する候補者が擁立されたという経緯はあるのですが、上記のような手順を踏まない候補者の擁立であったため多くの都民の共感を得ることはできず(注)、そのあとに出馬表明したもう一方の反石原候補との対立の様相を帯び、結果として石原に漁夫の利を得さしめることになりました。あの4年前のあやまち(と、私は思っていますが)は決して繰り返されてはならない、と思います。

同シンポジウムには「チェンジ・ザ・イシハラ」を望む東京都民はもちろん、上記で述べた「東京。をプロデュース?」や「全国革新懇」、社民党系の市民組織、民主党系の革新市民組織、また共産党、社民党、民主党の政党関係者もたくさん、あるいは相応につめかけるものと思われます。同シンポジウムの場がそういう政党関係者を含めて都民総体として「チェンジ・ザ・イシハラ」の「共同」を模索する出発点の場になることを東京都(私たちの国の「首都」)の革新を望む者のひとりとして心から願っています。


注:この私の判断には異論のある方(々)もいらっしゃると思いますが、そうした異論を含めて前回都知事選の反省をこめた率直な意見交換こそが「チェンジ・ザ・イシハラ」の「共同」の出発点の場としてふさわしい、また大切というべきではないか、と私は思っています。

 東京都庁

この2、3日のいくつかのメディアの報道によれば、宮崎県の東国原知事は今年の12月に予定されている宮崎県知事選には出馬せず、東京都知事選出馬に意欲を示している、といいます。下記の情報を総合するとかなりの信憑性が感じられます。


下記はそのうちのひとつ読売新聞の報道。

東国原知事、不出馬へ…都知事選に意欲(読売新聞 2010年9月20日)
 宮崎県の東国原英夫知事(53)が、12月に予定されている知事選に立候補しない意向を複数の後援会関係者に伝えていたことが19日、わかった。

 周囲には来春の東京都知事選への出馬に意欲を示しているという。

 東国原知事は2007年1月の知事選で初当選し現在1期目。後援会関係者らによると、知事が最近、「県知事選への出馬は見送る」と伝えてきたという。18日夜には、タレント時代に師匠だったビートたけしさんと都内で面会、こうした考えを伝えたとみられる。

 24日か29日の9月県議会本会議で正式に不出馬を表明する見通し。宮崎県知事選には現時点で出馬を表明している候補予定者はいない。

さて、いま、私たちの国の地方自治体レベルでの代表的なポピュリスト政治家といえば、その自治体の規模の大きさを問わなければ以下の5人の首長と見てよいでしょう。

石原慎太郎(東京都知事 小説家出身)(注1)
橋下徹(大阪府知事 弁護士出身)(注2)
東国原英夫(宮崎県知事 タレント出身)(注3)
河村たかし(名古屋市長 国会議員出身)(注4)
竹原信一(阿久根市長 自衛官出身)(注5)

上記のポピュリスト政治家に共通するのは、「公務員はその仕事の割に高給を取っている」という大衆の公務員への怨嗟感情(注6)を利用したポピュリズムの手法。すなわち、ちょっと見には大衆ウケのする「公務員給与の削減」「議員報酬の半減」などの政策を掲げているものの、その実、大企業や銀行系資本、その周辺にとぐろを巻いて大もうけをたくらむ大口投資家、さらには政治家などなどの私たちの国のエスタブリッシュメントともいえる支配層の法外な高額所得、大企業や大金持ちを優遇する不公平税制などの諸問題などについてはなんら問題視することはない。結果として社会的弱者と大衆を痛めつけ、手ひどいツケを負わせるだけの政治手法の信奉者であること。彼らポピュリスト政治家が本質のところで一様に大衆を蔑視し、大衆を愚民視する非民主主義的な独善政治の実行者であるという点も見逃すことができない共通点です。

ところで、雑誌編集委員などの経歴を持つ作家の辛淑玉さんが、そのポピュリスト政治家群の「大衆の中にある差別感情を扇動する」ポピュリズムの手法と彼らの反動的な同質性、彼らが進めようとしている「革命」なるものの危険性について本質的かつ的確な批評をしています。『週刊金曜日』の昨年4月24日号に掲載されている論説で、すでに私も紹介しているものですが(注7)、東国原知事が東京都知事選に意欲を示している、というこの時期、彼らポピュリスト政治家群の愚鈍性を再確認するためにも改めて再引用させていただこうと思います。

辛淑玉さんは、同誌昨年4月24日号の特集「どこへいくニッポンの民度 タレント知事がやってきた」に「ウケ狙いの政治の果て」と題して「大衆の中にある差別感情を扇動する」ということについて次のように書いています。

「芸能番組で生きてきた彼ら(東本注:タレント政治家)は、同じテレビで活躍していてもジャーナリスト出身の政治家とは異なり、絶えず視聴率を意識し、スポンサーや興行主にへつらい、また師匠=君主、弟子=奴隷という封建的人間関係が体にしみついている。ビートたけしの前の東国原知事を見るまでもなく、配下の者には絶対者として君臨するという家父長主義的な芸能界の掟が、タレント知事の誕生でそのまま政治に持ち込まれているのだ」

「たとえば、彼らの常套手段は『公務員攻撃』だ。カメラの前ではこれがウケる。公務員はその仕事の割に高給を取っているというのがその理由だが、バブルの頃は優秀なやつは公務員になどならなかった(注8)。今は、民間の給与水準が低下したために、相対的に地方公務員が給与が高くなっているだけだ。/労働者の組織率が低く、組合運動が弱い地方の民間企業の労働者が資本の攻撃に負けた結果として賃金の崩壊が進んだにもかかわらず、その大衆のうっぷんを地方公務員に対する怨嗟と八つ当たり攻撃にすり替えた。まさにウケ狙いの政治だ」

「さらに、社会の変化についていけず、被害者感情を募らせている一般大衆の持つねたみやそねみを、八十年代以降のリベラルな社会運動がもたらした制度改革によって社会上昇を果たしたマイノリティに対する攻撃に誘導しようとしている/大衆の中にある差別感情を扇動することによって当選を果たしたタレント知事が言う『地方から日本を変える』とは、資本の手先となって『大衆の敵』を作り出し、本当の敵から目をそらさせ、日本を政治のガラパゴス化させることなのだ」

東のバックラッシャー石原の東京ポピュリズム都政が南の東国原ポピュリズム政治に仮にチェンジすることがあったとしても、そのバックラッシュとポピュリズム政治の本質はなんら変わることはありません。こうしたポピュリスト同士のまやかしの交代劇を許さないためにも、また当然、バックラッシャー石原の4選を許さないためにも、私たち革新市民にいま必要な行動は市民としての革新共同の模索です。もちろん左記は政党との共同を阻もうとするものではありません。左記をもう少し正確に言うと市民として市民と政党の革新共同の道を模索する、という表現になるでしょうか。

いまある「東京。をプロデュース?」(注9)や「新東京政策研究会」(注10)などの市民組織や研究者集団が軸となってその他の市民組織に連携を呼びかけるとともに、共産党系の市民組織の「全国革新懇」や社民党系の市民組織、民主党系の革新市民組織にも革新都知事を誕生させるための共同テーブル(話し合い)を働きかけ、さらには政党としての共産党や社民党、民主党にも働きかけていく、という確かな手順を踏んだ共同行動にいま踏み出すべきときではないでしょうか。なんといっても「共同」は力です。もう古い話になってしまいましたが、美濃部さんが東京都知事選で勝利したのも「共同」の力でした。

前回都知事選のとき、私たちは、確かな革新共同の候補者を擁立することはできませんでした。たしかにあのときは「革新都政をつくる会」(共産党系)という市民団体が設立され、革新共同を模索する候補者が擁立されたという経緯はあるのですが、上記のような手順を踏まない候補者の擁立であったため多くの都民の共感を得ることはできず、そのあとに出馬表明したもう一方の反石原候補との対立の様相を帯び、結果として石原に漁夫の利を得さしめることになりました。あの4年前のあやまち(と、私は思っていますが)は決して繰り返されてはならない、と思います。来年春の都知事選まであと8か月です。

注1:[例]「Close it 石原都政?今度こそ、みんなで統一候補を!」(JanJan 2007年1月6日)
注2:[例]「橋下知事・自民党(保利・森山・山谷)vs教員(日教組)・朝日 関連記事3題噺」(AML 2008年10月27日 )
注3:[例]「憲法を救うために―『超党派』市民の潮流と政党への提案」(論文)の紹介(AML 2007年5月25日 )
注4:[例]「河村市長、ご乱心を!リコール運動より待機児童解消を!」(JanJanBlog 2010年9月19日)
注5:[例]「阿久根ブログ市長の『革命』と橋下大阪府知事の『革命』の危険な類似性」(「草の根通信」の志を継いで 2010年3月29日)
注6:現代社会学の知見によれば、この大衆の妬み、嫉み、やっかみという怨嗟の感情は、いわゆるエスタブリッシュメント層としての真の高額所得者、政治、経済界の支配層への怨嗟、批判には決して向かいません。悲しいかな、いつの時代も自分の目に見える、あるいは想像できる範囲の人、すなわち同じコミュニティに属する身近な自分より少し上位のクラスにある者に対する怨嗟へと向かう傾向性を持っているようです。
注7:注5を参照。
注8:この辛淑玉さんの断定には北海道旭川市議会議員の久保あつこさんから注5記事の追伸にあるような異議が提起されています。詳しくは注5の追伸をご参照ください。
注9:「『もう、ごめん!石原コンクリート都政』2010.2.13シンポジュウムの報告」参照
注10:1月24日シンポジウム・新しい東京 福祉・環境都市を目指して―石原都政への対抗軸―(CML 2009年12月31日)参照

 リブラ(天秤)

非正規労働者の「命の値段」(交通事故で亡くなったり、障害を負ったりした場合の逸失利益)は「正社員より少なくするべきではないか――。こう提案した裁判官の論文が波紋を広げている」(朝日新聞、2010年9月18日付)という記事を目にしました。


なんと惨い。「死後」まで人を差別しようというのか

新自由主義、自己責任の名のもとに格差社会を是認し、年金や失業保険、医療保険などの社会保障の拡充、個人の社会権の保障を拒否する私たちの国のモラル・ハザード(倫理観の喪失)はここまできてしまった。というのが、この記事を最初に読んだときの私の怒りとも悲しみともつかない感想でした。

上記の朝日新聞の記事で派遣労働ネットワーク・関西代表、龍谷大教授(労働法)の脇田滋さんは「論文は若者が自ら進んで非正規労働者という立場を選んでいるとの前提に立っているが、若者の多くは正社員として働きたいと思っている。逸失利益が安易に切り下げられるようなことになれば、非正規労働者は『死後』まで差別的な扱いを受けることになる」と言っています。まったくそのとおりです。

人の「命の値段」を人が決して自ら好んで選んだわけではない貧しさや富裕というお金のあるなしで腑分けする・・・・ なんという貧しさ。なんという貧しい思想。こうした社会の風潮が許されてよいはずはありません。

知的障害者の逸失利益はゼロ!?

あるメーリングリストを通じて上記の朝日新聞の記事を私に教えてくださった岐阜県大垣市の近藤ゆり子さんは、「昨年5月27日付けで、こういう論法で非正規労働者・失業者の逸失利益を低く算定する、というのが出てくる、と予見している文書があります」、と下記のような「伊藤晃平君の施設内死亡事故裁判の訴状」を紹介してもくださいました。


その訴状の「第7 本件の提起する本質」には次のように書かれています。

第7 本件の提起する本質
3 逸失利益算定方式の現代的矛盾

 そもそも死亡事故において、現に得ている収入(ないし賃金センサス)に基づく逸失利益算定方式を用いることは、高度成長あるいは経済が右肩上がりで成長していくという前提のもとで初めて一応、合理性の装いを保つことが可能であった。この算定方式は、ほぼ均一に経済成長が続く社会状況を前提として、初めてその非科学性を糊塗することができていたに過ぎない。裁判実務で広く用いられている逸失利益算定法は、少なくとも死亡事故においては命を評価するために採られた便宜的な手法の一つであったに過ぎない。

 この逸失利益算定方式は、昨今の激しい経済変動の中で、現実的な調整方法としてもその妥当性は失われつつある。

 今日の格差社会においては、生活保護基準以下の収入しか得られない層が広範に存在する。「すべり台社会」(湯浅誠「反貧困」)と形容される現代社会において彼らの将来収入が蓋然的に改善する可能性は極めて乏しい。彼らの将来収入は縮小する蓋然性の方がはるかに高いのである。

 いったんレールからはずれれば、労働条件は劣悪化の一途をたどる格差社会では、それらしい将来収入を見いだそうとすると、最終的には最低賃金あるいはホームレスになる可能性を視野に入れて蓋然性を考えざるを得ない。低収入の者に関する逸失利益算定に当たって、将来的な改善を見込んで平均賃金を用いる社会的基盤が崩れてしまっているのである。知的障害者の自立支援事業を営む被告にして、逸失利益ゼロとの主張に固執しているのであるから、近い将来、保険会社が「滑り台」を落ち始めた被害者に対して、心ない主張をする可能性は否定できない。(以下略)

下記はその訴状の写しに添えられていた近藤ゆり子さんのコメントです。

さすがにここでは、「保険会社が(?心ない主張をする可能性)」であって「裁判官が(?心ない主張をする可能性)」ではありませんでした・・・・オソロシイ現実は予測を通し越したスピードで進行している、というわけです、酷い!

1960年代は【交通事故で亡くなったとき、女児は男児よりかなり低い(下手をすると半分)】というのが、裁判所でまかり通っていました。

中学生だった私がこのことを新聞報道で知ったとき、「女は男の半分の価値しかないというのか?!そんな”現実”は間違っている!」と突き刺さるように感じました。

「こんな差別がまかり通る社会では、私は生きていけない(頭の中がほとんど自殺念慮でいっぱいのときも)」とかなり深刻に考えた”一つ”の要素です。

交通死亡事故についての性差別は、今は随分小さくなってはきました。

しかし、今でも労働者の賃金では、さまざまな名目・形態で、性差別(女性労働者の賃金を低くおさえる)はなくなっていません。

このことが、労働者全体の待遇を悪化させている(悪いままで固定化させている場合を含む)大きな要因であることは、9月12日の非正規全国会議の仙台集会でも指摘された通りです。

<逸失利益>論で、相当に深く傷ついた記憶があることもあって(その他の要素は長くなるので省略)、”名ばかり”ながら、私はこの会の世話人となっています、

障害のある伊藤晃平君の施設内死亡事故裁判を支援する会
http://smile.sa-suke.com/

HPをご覧の上、ご理解・ご支援・ご協力を頂ければ幸甚です。(署名を集めて頂くとか・・・)

さらに以下はくだんの朝日新聞記事。

「命の値段」、非正規労働者は低い? 裁判官論文が波紋(朝日新聞 2010年9月18日)
 パートや派遣として働く若い非正規労働者が交通事故で亡くなったり、障害を負ったりした場合、将来得られたはずの収入「逸失利益」は正社員より少なくするべきではないか――。こう提案した裁判官の論文が波紋を広げている。損害賠償額の算定に使われる逸失利益は「命の値段」とも呼ばれ、将来に可能性を秘めた若者についてはできる限り格差を設けないことが望ましいとされてきた。背景には、不況から抜け出せない日本の雇用情勢もあるようだ。

     ◇

 論文をまとめたのは、交通事故にからむ民事訴訟を主に担当する名古屋地裁の徳永幸蔵裁判官(58)。田端理恵子裁判官(30)=現・名古屋家裁=と共同執筆し、1月発行の法律専門誌「法曹時報」に掲載された。

 テーマは「逸失利益と過失相殺をめぐる諸問題」。若い非正規労働者が増える現状について「自分の都合の良い時間に働けるなどの理由で就業形態を選ぶ者が少なくない」「長期の職業キャリアを十分に展望することなく、安易に職業を選択している」とする国の労働経済白書を引用。こうした状況を踏まえ、正社員の若者と非正規労働者の若者の逸失利益には差を設けるべきだとの考えを示した。

 具体的には、非正規労働者として働き続けても収入増が期待できるとはいえず、雇用情勢が好転しない限り、正社員化が進むともいえないと指摘。(1)実収入が相当低い(2)正社員として働く意思がない(3)専門技術もない――などの場合、若い層でも逸失利益を低く見積もるべきだとした。

 そのうえで、逸失利益を計算する際に用いられる「全年齢平均賃金」から一定の割合を差し引いて金額を算出する方法を提案した。朝日新聞は徳永裁判官に取材を申し込んだが、名古屋地裁を通じて「お断りしたい」との回答があった。

     ◇

 この論文に対し、非正規労働者側は反発している。

 「派遣労働ネットワーク・関西」(大阪市)の代表を務める脇田滋・龍谷大教授(労働法)は12日に仙台市で開かれた「差別をなくし均等待遇実現を目指す仙台市民集会」(仙台弁護士会など主催)で論文を取り上げ、「企業の経費削減や人減らしで非正規労働者が増えた側面に目を向けていない」と指摘した。

 脇田教授は朝日新聞の取材に「論文は若者が自ら進んで非正規労働者という立場を選んでいるとの前提に立っているが、若者の多くは正社員として働きたいと思っている。逸失利益が安易に切り下げられるようなことになれば、非正規労働者は『死後』まで差別的な扱いを受けることになる」と話す。

 裁判官の間にも異なる意見がある。大阪地裁の田中敦裁判官(55)らは同じ法曹時報に掲載された論文で「逸失利益については、若者の将来の可能性を考慮すべきだ」と指摘。若い世代の逸失利益を算出する際、正社員と非正規労働者に大きな格差を設けるべきではないとの考え方を示した。

     ◇

 なぜ、1本の裁判官の論文が波紋を広げているのか。

 逸失利益をめぐっては、東京、大阪、名古屋3地裁のベテラン裁判官が1999年、将来に可能性を秘めた若い世代に対しては手厚く配慮することをうたった「共同提言」を発表。おおむね30歳未満の人が交通事故で亡くなったり重い後遺症が残ったりした場合、事故前の実収入が同年代の平均より相当低くても、将来性を考慮したうえで全年齢平均賃金などに基づき原則算出する統一基準を示した。

 2000年1月以降、この基準が全国の裁判所に浸透したが、長引く不況による非正規労働者の増加に伴い、事故の加害者側が「平均賃金まで稼げる見込みはない」として訴訟で争うケースが増えている。交通事故訴訟に携わる弁護士らによると、実際に非正規労働者の逸失利益が正社員より低く認定される司法判断も出てきているという。

 こうした中で発表された徳永裁判官らの論文。非正規労働者側は、交通事故訴訟に精通した裁判官の考えが他の裁判官にも影響を与え、こうした動きを後押しする可能性があると不安視する。(阪本輝昭)

     ◇

〈逸失利益〉 交通事故などで亡くなったり、重度の障害を負ったりした人が将来的に得られたとして算定される収入。以前は男女別全年齢平均賃金などを基準とする「東京方式」と平均初任給を基準とする「大阪方式」で未就労者の逸失利益を算定する方法があり、地域格差があった。2000年1月以降は東京方式に沿った基準に統一され、不況で急増した若い非正規労働者にも適用されている。25歳の男性が交通事故で死亡した場合、67歳まで働けたとして、09年の男性の全年齢平均賃金(約530万円)をもとに生活費を半分差し引いて試算すると約4600万円になる。


 AERA 2010年8月9日号

AERA(アエラ)という雑誌があります。ご存知のとおり朝日新聞が毎週発行している週刊誌です(正確には朝日新聞の子会社である朝日新聞出版が毎週発行している週刊誌、というべきですが、一般には朝日新聞が発行している週刊誌とみなされています)。そのアエラの2010年8月9日号に竹原阿久根市政の「異常事態」を取材した同誌編集部の田村栄治記者の「不満の『風船』火がついた」というルポが掲載されています。

注:雑誌掲載原文は当初Yahoo! みんなの政治の「政治記事読みくらべ」に転載されていましたが、同転載記事はすでにリンクが切れているため「SMCN open 乾門」ブログから引用させていただいています。

私が、朝日新聞のこのところの記事が竹原市政に好意的(あるいは批判的ではない)、とみなすのは、たとえばこのアエラの記事に次のような頑是ない(平語でいえばアホらしい)一節を見出すからです(厳密にはアエラ記事を朝日新聞記事ということはできませんが、アエラ記者≒朝日新聞記者と言ってもいいでしょうし、その記事の同質性についてもすぐ後で述べます)。

くだんのアエラ記事は次のような書き出しではじまります。

異常事態にあることは、間違いない。市長の振る舞いが批判をあびる鹿児島県阿久根市のことだ。でも、熱く支持する市民多数。理由を探しに、街を訪ねた。

2年前の初当選以来、鹿児島県阿久根市の竹原信一市長(51)は、強烈な言動や強引な政治手法で全国的な注目を集めてきた。/鹿児島県の伊藤祐一郎知事は、地方自治法にのっとり2度にわたって、議会が開かれない状態の是正を勧告したが、竹原氏はこれを無視。原口一博総務相も今年7月、「違法な状況が続くことは看過できない」と述べている。/しかし、いまも彼を支持する市民は少なくない。その理由が知りたくて、阿久根市を訪ねた。

しかし、この「(竹原市長を)熱く支持する市民多数」という記者の断定はどこから導き出されたものでしょう。記者がその根拠としてあげているのは「(市中心部の商店街の)商店で店主らに話を聞くと、多くは竹原氏に好意的だ」という自分が取材した限りでの市中心部の商店街の、それも記者がたまたま会うことができて話を聞くことができた商店街の一部の人の「世論」でしかありません。その商店街の一部の人の「世論」をもって「熱く支持する市民多数」と断定するのは無謀というものでしょう。

昨年5月にあった阿久根市の出直し市長選の投票結果は当選した竹原氏の得票数は8,449票、落選した対立候補の得票数は7,887票。その差562票の接戦でした。この事実ひとつとっても「(竹原市長を)熱く支持する市民多数」ということはできないはずです。さらにこのアエラの記事が書かれた8月時点(取材は7月時点だと思われます)ではすでに竹原市長リコールのための市民準備委員会が設立されており、「議会と議論もせず、専決処分で政策を押し通そうとするなど独裁政治を続けている」「以前の阿久根を取り戻したい。どのような抵抗があっても、市長を解職に追い込む」と阿久根市民の怒りが沸点に達していた時期です。また、同市職員の9割も竹原市長に対してついに“反乱”を起こし」ていました。そういう時期に阿久根市に取材して、どうしてこの記者は「熱く支持する市民多数」という感触を掴むに到ったのでしょう?

私は記者は現場で感触を掴んだのではなく、記者またはアエラ編集部にははじめから竹原市政はポピュリズムの政治だとみなした上で、そのポピュリズムの政治は大衆に支持されているはずだ、という政治学を生半可にかじった弊の一知半解な根拠のない思い込みがあったのだと思います。その根拠のない先入見がまず先にあって取材を敢行したところから、事実を事実として見ることのできない上記のアエラ記事が生まれたのだろう、というのが私の見るところです。そこには客観的事実を取材し、その結果を広く公表、伝達するという本来のジャーナリズムのあり方とは真逆の反ジャーナリスティックな取材姿勢しか読み取れません。その反ジャーナリスティックな取材姿勢は、能天気なポピュリズム政治への楽観視となって、「熱く支持する市民多数」という事実に基づかない竹原市政を結果的に擁護しかねない安易な評価へと結びついていくことは見やすい道理というべきです。

その竹原市政への安易な評価は次のような事実誤認の論をも容易に導き出します。アエラ記事から該当部分を引用します。

(市中心部の商店街の)商店で店主らに話を聞くと、多くは竹原氏に好意的だ。(略)彼らがそろって口にしたのが、市職員の給与(09年度)やボーナスを減額したことに対する称賛だ。『官民格差を縮めてくれた。ブルジョアは『反竹原』だが、我々底辺の人間は、市長は自分たちのためによくやってくれていると思っている』(84歳男性)『市の職員はもらい過ぎ。それを減らすだけでなく、市長は自分の給料も減らした。そこがえらい』(81歳男性)(略)市民の年収は、『200万円前後の人が大半。社長の自分も300万円台』(水産関連会社経営)という状況だ。街全体が疲弊する中、市職員の平均年収は600万円と飛びぬけている。

しかし、アエラ編集部の田村記者が阿久根市職員と同市民の天と地ともいうべき官民の賃金格差の大きさを言うために持ち出している「市民の年収は200万円前後、市職員の平均年収は600万円」という数字のはじき方は誤っています(このアエラ記事が持ち出している数字はおそらく朝日新聞2010年2月6日付の「阿久根市長 支持集めるわけ」という記事からの援用と思われます。私が上記でアエラ記事と朝日新聞記事の同質性を指摘している理由のひとつでもあります)。

このアエラ記事の数字のはじき方の誤りについては、すでに上記の朝日新聞記事を批判した際に述べていることですが、その部分をもう一度再説しておきます。

しかし、上記記事の所得の数字のはじき方は誤っています。下記の阿久根市統計によれば、同市の人口は26,689人(H10)、世帯数は10,285世帯(1世帯当たり人員 2.55人。H12)。であるならば、上記の阿久根市職員の平均年収約600万円は単純計算(共働きなどの要件を除外)で1世帯当たりの年収とみなすべきものですから、市民所得の平均も1人当たりではなく、1世帯当たり(1世帯当たり人員2.55人)の所得に換算し直して市職員年収と比較する必要があります。そうすると市民の平均年収(これも複雑な要因は除外した単純計算)は約490万円ということになり、市職員の平均年収約600万円との年収差は110万。むろん依然として公務員の方が民間より年収が多いという事実には変わりはありませんが、賃金格差は全国の「公民」の格差の平均とそう違わないものになります。すなわち、この「公民」の賃金格差は阿久根市特有のものではない、ということにもなります。

くだんのアエラ記事はこのようにしてジャーナリズムの使命を忘れて、竹原市政をいたずらに擁護するだけの論説に堕しているといわなければならないのです。上記の朝日新聞批判記事で述べた結論部分をこれも再説しておきます。

朝日新聞は『阿久根市長に支持が集まる』みせかけの理由の本質にもっと迫るべきでした。(略)今度の記事は誤った認識をさらに増幅させる結果しかもたらさないだろうという意味で「犯罪」的であるといわなければならないように思います。

竹原市長が今回「よりによって『著しい歪曲報道をしている』はずのメディアのひとつである朝日新聞のインタビューに応じた」のは、このような朝日新聞の軟弱な報道姿勢を竹原市長が敏感に嗅ぎ取った結果ではないか、と私は邪推しています。

なお、竹原市長は、同インタビューにおいて「私と考えが一緒」などとして河村名古屋市長に一方的にエールを送っていますが、エールを送られた側の当の河村市長は竹原市政について「一緒にされるとつらい」、「(竹原市長は)議会に反対されて専決処分をした。だが私は合法的なところに向かっていった。そこに大きな違いがある」(毎日新聞 2010年8月30日)などと必ずしも竹原市政に好意的ではなく、距離を置いています。南のポピュリストの竹原市長は西のポピュリストの雄のひとり、河村市長にもソッポを向かれてしまうお粗末さです。竹原市長はエールを送った相手の河村市長にさえソッポを向かれていることをおそらく知らないのでしょう。お粗末さも極まれり、といわなければなりません。

1万364人分の署名を市選管に提出する阿久根市長リコール委員会の川原委員長(右)=読売新聞 2010年9月15日付より

前回のエントリでは、阿久根市で現在進められている同市の竹原市長リコール署名について同署名数は昨年の5月にあった前回市長選投票者16,415人の過半数を優に超える9000人超の署名が集まった旨の報道を紹介したのですが、同市の有志で結成されている「リコール委員会」(川原慎一委員長)が本日15日に市選管に正式に提出した最終的なリコール署名数は1万人の大台を超える1万364人になった、ということです。すでに前回のエントリがあるわけですからそのエントリの追記にとどめてあらたにエントリを立てるべきかどうか少し迷いましたが、この1万364人という署名数は、同市の今月2日現在の有権者数は1万9936人ということですから、その過半数をも超えたということになります。諸手続きを経た上でおよそ3か月後にあると思われる再出直し市長選では竹原現市長は確実に落選し、現市長の座を否が応でも去らなければならなくなる。そういう大変な署名数です。選挙は無署名ですが、今回のリコール署名はいうまでもなく署名のあるより責任感をともなう市民の明確な竹原市政NOの意思表示というべきだからです。そういうしだいで、今回の件は、同市有権者の過半数を超える1万人超の署名が集まったという大事態というべきですから、単に追記にとどめるべきではなく、あらたにエントリを起こすべきだと考えました。

阿久根市長リコール運動、1万人超の署名提出(読売新聞 2010年9月15日)
 鹿児島県阿久根市の竹原信一市長(51)に対する解職請求(リコール)運動を進めてきた市民団体「阿久根市長リコール委員会」=川原慎一委員長(42)=は15日午前、1万364人分の署名を市選挙管理委員会に提出した。

 署名数は有権者(2日現在、1万9936人)の過半数に達し、住民投票に必要な有権者の3分の1にあたる6646人を大きく上回った。12月にも解職の賛否を問う住民投票が実施される見込み。

 市選管は20日以内に署名簿に重複などがないかを審査。7日間の縦覧を経て有効署名数を確定する。縦覧中に異議申し出がなければ、10月中旬にも本請求を行い、60日以内に住民投票が実施される。解職に賛成する人が過半数に達すれば市長は失職し、50日以内に出直し市長選が行われる。

阿久根市長リコール 署名10364人分を提出(南日本新聞  2010年9月15日)
 阿久根市の竹原信一市長の解職請求を目指す住民団体「リコール委員会」(川原慎一委員長)は15日、賛同する有権者10364人分の署名簿を市選挙管理委員会に提出した。有効署名は請求に必要な有権者の3分の1(約6700人)を上回る公算が大きく、手続きが順調に進めば、年内に解職の賛否を問う住民投票が行われる。
 市選管は16日から署名簿の審査(20日間以内)を始める。有権者に公開する7日間の縦覧を経て、必要な署名数が確定すれば、リコール委が本請求する。本請求から60日以内に住民投票があり、過半数が賛成すれば竹原市長は失職し、出直し市長選は50日以内に行われる。
 市選管によると、審査などの手続きが順調に進めば、住民投票は遅くとも12月には実施される見込み。
 リコール委は、市議会を招集せず専決処分を乱発する竹原市政の刷新を訴え、8月16日、市選管に署名活動を申請。受任者506人が署名を集めていた。

ところで、竹原阿久根市長は、このように竹原市政NOの市民の明確な意思が示されている状況にもかかわらず、リコールのための住民投票後にある再出直し市長選に性懲りもなく再出馬する腹づもりのようです。

阿久根市長、出直し選出馬を明言 河村市長にエールも(朝日新聞 2010年9月14日)
 解職請求(リコール)の署名運動が進む鹿児島県阿久根市の竹原信一市長は13日、朝日新聞のインタビューに応じ、「(市政が)後戻りしてしまう。出なければならない」と述べ、仮に解職された場合に行われる出直し市長選に立候補する考えを示した。
 リコール運動は先月16日に始まった。運動団体側は市議会を招集しないまま、市職員のボーナス減額や議員報酬の日当制化などを相次いで専決処分で決めた市政運営を批判している。竹原市長は「(団体は)前回の市長選の反対派がつくっている。公務員や議員など今までの権力者側」「目的は過去の形に戻ること」などと反論した。

 一方、名古屋市の河村たかし市長が呼びかけて同時期に行われている市議会のリコール運動については「当然のこと」と支持を表明。市議報酬の半額化や市民税減税などを掲げる河村市長の姿勢を「私と考えが一緒」「議会はどうしようもないとよく分かっている」などと評した。(西本秀)

あまり穏当な言葉とはいえないことは承知していますが、俚諺にいう「馬鹿につける薬はない」、とほんとうに思います。これも所詮言っても詮ないこととは思ってはいますが「馬鹿も休み休み言え」、と改めて怒りが沸騰してもきます。

上記に関して指摘しておきたいことがあります。竹原市長はこれまで「著しい歪曲報道をしている」として朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、南日本新聞、南日本放送の特定5社に対して議会傍聴席での撮影と録音を禁じるとともにその他の県内の報道機関に対しても今年の1月から市庁舎内での撮影を原則禁止もして、報道各社に対して対決姿勢をみせていたはずですが、なぜかしら今回は「著しい歪曲報道をしている」メディアのひとつである朝日新聞のインタビューに応じて「仮に解職された場合に行われる出直し市長選に立候補する考え」を吐露しています。

この竹原市長の心境の変化は、一面では同市長の追いつめられた現在の状況を示しているものと思われますが、なぜよりによって「著しい歪曲報道をしている」はずのメディアのひとつである朝日新聞のインタビューに応じたのかについては、同紙のこのところの竹原市政に好意的な(批判的ではない、と言い換えてもいいのですが)報道姿勢に関係している、というのが私の見るところです。(明日に続く)
昨日のエントリで私は名護市議選の結果(市長支持派と反市長派の構成比)についてお尋ねしましたが、情報をくださる方がいて、下記のことがわかりましたのでご報告します。資料のひとつにでもしていただければ幸いです。

市長支持派と反市長派の構成比は以下のとおりです。

名護市議選開票結果(定数:27 立候補者数:37)

【市長支持派 16人】
当 1476 岸本 洋平(市長支持派)
当 1251 仲村 善幸(市長支持派)
当 1137 翁長久美子(市長支持派)
当 1121 具志堅 徹(共産)(市長支持派)
当 1059 東恩納琢磨(市長支持派)
当 1026 屋比久 稔(市長支持派)
当  999 金城 一隆(市長支持派)
当  984 小濱 守男(市長支持派)
当  973 比嘉 祐一(市長支持派)
当  960 比嘉 勝彦(市長支持派)
当  901 神山 正樹(市長支持派)
当  888 神山 敏雄(市長支持派)
当  864 大城 敬人(市長支持派)
当  860 荻堂 盛光(市長支持派)
当  843 玉城 健一(市長支持派)
当  767 川野 純治(市長支持派)

【反市長派 11人】
当 1242 宮城 弘子(反市長派)
当 1220 岸本 直也(反市長派)
当 1201 宮城 安秀(反市長派)
当 1140 大城 秀樹(公明)(反市長派)ただし、辺野古基地移設には反対の姿勢とみられる
当 1123 大城 勝章(反市長派)
当  934 金城 善英(公明)(反市長派)ただし、辺野古基地移設には反対の姿勢とみられる
当  889 宮城 義房(反市長派)
当  874 渡具知武豊(反市長派)
当  836 志良堂清則(反市長派)
当  811 比嘉  忍(反市長派)
当  768 長山  隆(反市長派)

注1:上記の反市長派議員11人のうち岸本直也議員と志良堂清則議員が琉球新報のいう「辺野古移設に反対姿勢を示している」野党系議員2人とみられます。琉球新報ホームページに反市長派の各議員の氏名を入力検索して関係記事を調べた上で消去法で選びました。もちろん、私の判断です。琉球新報の2006年9月12日付き記事に志良堂議員については「普天間飛行場代替施設(新沿岸案)について、志良堂清則氏は『新たな基地建設には反対』と表明」したとあり、岸本議員については「『合意の内容を理解した上で判断したい』と保留した」とあったのが、私として両議員を「辺野古移設に反対姿勢を示している」野党系議員とみなす大きな理由となりました。しかし、あくまでも私の推測の範囲を超えていないことを再度お断りしておきます。

【追記】注1の訂正:
上記の注1で「辺野古移設に反対姿勢を示している」野党系議員は岸本直也議員と志良堂清則議員の2人ではないか、という私の推測を述べましたが訂正させていただきたいと思います。琉球新報の2010年9月14日付社説に「琉球新報社のアンケートによると、野党でも公明党公認の2人が辺野古移設に反対しており、27人の当選者のうち、実に18人を数える」という記載がありました。したがって、前便でご紹介した琉球新報記事のいうところの「辺野古移設に反対する」野党側議員とは公明党議員とみなすのが正確なようです。上記の注1を訂正させていただきたいと思います。

注2:島袋前市長時代の副市長で久志区から立候補し、落選した候補者は徳本哲保氏であることがわかりました。

 名護市議選で初当選を決め、万歳をして喜ぶ与党候補の翁
 長久美子氏(前列中央)と支持者ら=12日午後11時45分ご
 ろ、名護市為又の選挙事務所(琉球新報(2010年9月13日付 より)


 名護市議選の当選者与野党構成比(同上)

ご承知のとおり昨日開票された名護市議選では稲嶺進市長を支持する与党が16議席となり過半数を占め圧勝しました。ほんとうによかったです。

ところで、同市議選の当選者は下記の27人なのですが、どの当選者が与党系議員で、またどの当選者が野党系議員なのかがメディアの開票結果報道でははっきりしません。

どなたかこの点についてご存知の方がいらっしゃればご教示いただけないでしょうか? 沖縄に連帯する今後の運動に役立てたいと思っています。

なお、下記の琉球新報記事には「琉球新報の事前調査では、野党側にも辺野古移設に反対する議員がいることから、当選者のうち18人が辺野古移設に反対姿勢を示している」というようにも書かれています。与党系議員16人のほかあと2人の辺野古移設に反対姿勢を示している野党系議員とはどの当選者を指しているのでしょうか?この点についてもご教示いただければ幸いです。

名護市議選 移設反対 与党が圧勝(琉球新報 2010年9月13日)
名護市議会議員選挙(定数27)は12日、投開票され、稲嶺進市長を支持する与党が16議席となり過半数を占めた。改選前は少数与党だったが、11議席にとどまった野党に5議席差をつけて勢力比を逆転する地滑り的圧勝で、安定多数を確保した。(略)琉球新報の事前調査では、野党側にも辺野古移設に反対する議員がいることから、当選者のうち18人が辺野古移設に反対姿勢を示している。「海にも陸にも基地を造らせない」と主張する稲嶺市政に強い追い風となる。

また、ついでながら、目取真俊さんの「海鳴りの島から」(2010年9月13日付)に「島袋前市長の下には二人の副市長がいた。今回その一人が新人として久志区から立候補した。市政野党側からすれば重要な候補者であり、上位当選する、と豪語する声も聞かれたのだが、結果は落選に終わった」とあるのですが、この久志区から立候補し、落選した元副市長とは誰のことでしょうか?

本ブログ記事のコメントとしてかもしくは下記の私儀メールアドレス宛にご教示いただければ幸いです。

私儀メルアド:taka.h77@basil.ocn.ne.jp

以下は、名護市議選開票結果(琉球新報 2010年9月13日)です。

定数:27 立候補者数:37

当 1476 岸本 洋平
当 1251 仲村 善幸
当 1242 宮城 弘子
当 1220 岸本 直也
当 1201 宮城 安秀
当 1140 大城 秀樹
当 1137 翁長久美子
当 1123 大城 勝章
当 1121 具志堅 徹
当 1059 東恩納琢磨
当 1026 屋比久 稔
当  999 金城 一隆
当  984 小濱 守男
当  973 比嘉 祐一
当  960 比嘉 勝彦
当  934 金城 善英
当  901 神山 正樹
当  889 宮城 義房
当  888 神山 敏雄
当  874 渡具知武豊
当  864 大城 敬人
当  860 荻堂 盛光
当  843 玉城 健一
当  836 志良堂清則
当  811 比嘉  忍
当  768 長山  隆
当  767 川野 純治
次  748 屋部 幹男
    740 比嘉 拓也
    669 渡具知武宏
    651 徳本 哲保
    613 岸本  直
    575 嘉数  巌
    550 比嘉 克己
    223 玉城 康春
    143 宮城  武
     22 上地 光士
阿久根市では独善と法律無視の市政を続けている同市竹原市長の解職請求運動が進められていましたが、同署名者数はリコール請求に必要な有権者の3分の1(約6700人)以上の署名を優に超え、9000人を超す署名が集まったそうです。同市の有志で結成されている「リコール委員会」(川原慎一委員長)はこの15日にも市選管に同署名簿を提出するということです。

阿久根市長リコール署名9000人超 15日提出(南日本新聞 2010年9月11日)
 阿久根市の竹原信一市長の解職請求運動を進める市民団体「リコール委員会」は10日、解職の賛否を問う住民投票に向けた署名集めを終えた。署名者数は9000人を超すとみられる。同委員会は署名簿の誤字や重複を確認し、15日に市選挙管理委員会へ提出する予定。
 署名活動は8月17日始まり、受任者約520人が署名を集めて回った。リコール請求には有権者の3分の1(約6700人)以上の署名が必要で、8000人が目標だった。
 川原慎一委員長(42)は「目標を超す署名が集まったのは、受任者の努力のおかげ。竹原市長不信任という市民の声を背景に、次の段階へ進みたい」と話した。

9000人超の署名といえば、昨年の5月にあった阿久根市長選挙の当日有権者数は19,876人でしたから、その同市有権者数の45パーセント以上に該当します。さらに昨年の同市長選挙の実際の投票者数は16,415人でしたから、同投票者数に換算すれば半数以上の阿久根市民(有権者)が竹原市政NOという明確な態度表明をしたことになります。

リコール署名の有効が確認されれば、その請求の日から60日以内に住民投票が行われ、かつその住民投票によって現市長の失職が確定すれば時日をおかず再選挙が実施されることになりますので竹原阿久根市長の政治的命脈はあと3か月足らずということになるでしょうか。これでやっと阿久根異変が片づくことになりそうです。


就任式で職員を前にあいさつする仙波敏郎阿久根市副市長(南日本新聞より)

それにしても竹原市長の違法な専決処分(注1)で副市長に就任した元愛媛県警巡査部長の仙波敏郎氏ははじめこそ「わたしは議会を開くべきだと考えている」(東京新聞 2010年7月25日)などとしていましたが、阿久根市長が民間保育園の移転新築に伴う補助金申請書類の決裁の拒否問題で同問題を審議する市議会委員会への出席を再び拒否した問題について「補助金の使い道が不透明として私が決裁を拒否しており、委員会が私を呼ばないのはおかしい。職員は出席させない方がいいと市長に進言した」(西日本新聞 2010年9月7日)などと議会への市長、職員の出席拒否を法律を無視し(注2)、正当化する竹原市長張りの発言をしています。結局、竹原市長と仙波氏はその反民主主義的な思想やポピュリズム的政治手法において同じ穴の狢だった、ということが日を追うごとに明らかになっているのです。

仙波氏の「私が決裁を拒否して」いる、「委員会が私を呼ばないのはおかしい」という発言ももちろん誤っています。そもそも市長であろうと副市長であろうと執行部自らが予算案に計上した支出項目について「決裁を拒否」するという姿勢そのものが誤っているのです。また、最終的な予算の執行権は市長にあります。その最終執行権者である市長の議会出席を求めて副市長に出席を求めないというのは議会の考え方の問題であって不当なことでも副市長への権利侵害でもなんでもありません。なおかつ仙波氏は議会が認めていない市長の違法な専決処分によって副市長に就任しているのです。議会が仙波氏を副市長として認めず、議会への出席を求めないのは当然なことといわなければなりません。

以前にも言ったことがありますが、仙波氏の「正義」は博徒の「正義」に近く、自分本位のもので(自分の正しいと思うものがすなわち「正義」というたぐい)、著しく公共性と民主主義の認識に欠けるところがあります。ポピュリズム思想に共通する危険きわまりない認識といわなければならないでしょう。その仙波氏の副市長の命脈も竹原市長と同じくあと3か月足らずで終わりがくるはずです。

阿久根市長 再び出席拒否 補助金問題市議会委審議 百条委求める声も(西日本新聞 2010年9月7日)
 鹿児島県阿久根市の竹原信一市長が民間保育園の移転新築に伴う補助金申請書類の決裁を拒否している問題で、市議会産業厚生委員会は6日、市長と担当課職員に説明を求めるため出席を要請したが、市長は前回の8月19日の委員会に続いて出席を拒否し、職員も市長の命令で欠席した。

 専決処分で副市長に選任された仙波敏郎氏は8月下旬の臨時議会後、市長に委員会への出席を促すとしていたが、仙波氏は「補助金の使い道が不透明として私が決裁を拒否しており、委員会が私を呼ばないのはおかしい。職員は出席させない方がいいと市長に進言した」と話している。

 この日の産業厚生委は保育園を視察し、園側から施設が築40年以上で老朽化していることなどの説明を受けた後、賛成多数で継続審査を決めた。反市長派議員からは「決裁拒否はおかしく、この委員会での審査は限界がある」として、地方自治法百条に基づき、自治体の事務に関する調査権を罰則付きで定めた「百条委員会」の設置を求める声が上がった。(以下略)

注1:仙波氏は同市長の専決処分を違法とは認めていないようなので議会が不承認を決めた専決処分と言い直してもいいのですが、同専決処分が違法であることは仙波氏がいくら否定しても下記の点からも明らかです。

(1)「議会を招集する時間的余裕がない」(自治法第179条)ためにやむなく行われたものではなく、市議会の議決を免れることを意図して為された専決処分は効力を有しないという判例が確立していること(銚子市職員調整手当請求事件 平成19年3月9日 千葉地裁 民事3部

(2)総務省行政課も「今回の一連の専決処分は、緊急を要する際など法が定める要件に沿って適法に行われたかどうかが問われている。もともと違法な処分なら、不承認の議決以前に無効だ」としていること(「阿久根副市長選任を不承認/市長専決で激しいやりとり」四国新聞 2010年8月25日)

注2:地方自治法の第121条は「議会の審議に必要な説明のため議長から出席を求められたときは、(市長や職員は)議場に出席しなければならない」と明確に義務づけています。

追記

14日付の朝日新聞に「阿久根市長、出直し選出馬を明言 河村市長にエールも」という同紙の竹原阿久根市長へのインタビュー記事が掲載されています。

あまり穏当な言葉とはいえないことは承知していますが、俚諺にいう「馬鹿につける薬はない」、とほんとうに思います。これも言ってもせんないことですが「馬鹿も休み休み言え」、と改めて怒りが沸騰してもきます。

 記者会見を終え、支援者らと語る村木厚子元局長(読売新聞 2010年9月11日付より)


郵便不正事件で逮捕、起訴された村木厚子元厚労局長について、大阪地裁は一昨日の10日に無罪判決を出しました。この件についてメディア各紙はいっせいに11日付きで「特捜検察による冤罪だ」(朝日)、「検察捜査の徹底検証を」(毎日)、「検察はずさん捜査を検証せよ」(読売)、「『秋霜烈日』の原点に戻れ」(産経)などと検察批判の社説を掲げていますが、検察・特捜はなぜありもしない事件をでっち上げてまで〈無実〉の村木元厚労局長を逮捕、起訴したのか? その真相について明快な解説、とまでいわないまでも、その真相の一端でも明らめようという意欲の感じられる文字どおりジャーナリスティックな記事というべきものには私はいまのところお目にかかれていません。

もちろん、真相は藪の中というべきですから、真相を明らめる記事はいまのところ書けないし、メディアは書かないということなのでしょうが、「特捜が国民の信頼を回復しようとするなら控訴よりも、なぜ暴走したのか、なぜ防げなかったのか、検証しぜひ説明すべきだ」(東京新聞社説)という論陣は当然のことだとしても、そうした論陣を張る前にメディアとして為すべきことがあるのではないか。もちろん、メディアならではの観点から藪の中の真相に少しでも近接しようとするブン屋魂を持つべきではないか、ということを私は言っています(ブン屋と呼ばれること自体に軽蔑を感じるような教養があるとはお世辞にもいえないいまのサラリーマン記者のみなさんには望むべくもないのかもしれませんが。余計なことだとは思いつつついつい言ってしまいました)。

村木元厚労局長がありもしない事件をでっち上げられて逮捕、起訴されたこの事件の真相の最大のヒントは、同事件を手がけたのは検察庁の年間5億円を越える調査活動費を検察幹部の私的な飲食代、ゴルフ、マージャン代などに裏金化していることをテレビ朝日の報道番組『ザ・スクープ』に内部告発しようとして、まさにその内部告発をしようとした当日にでっち上げられた微罪容疑で逮捕された三井環(元大阪高等検察庁公安部長)事件を手がけた大阪地検特捜部であった、というところに求められるように思います。

毎日新聞記者、東京新聞記者を経て現在フリー・ジャーナリストの古川利明氏によれば、村木元厚労局長逮捕事件を指揮したのは、三井氏の口封じ逮捕事件を当時担当した大坪弘道大阪地検特捜部長ではないか(推測)と言います。

ヒラんとき、『上の指示』で、こんなに上等に、『ないものを、デッチ上げる』ってことをヤリマクった大坪が、今度は、『部チョー』で、部下を指揮するポジションにいりゃ、『ないものを、あったこと』にして、ナンボでもジケンを『作る』なんて、お茶の子サイサイ
「古川利明の同時代ウォッチング」2010年9月8日付6番目の#の項

また、今度の無罪判決を受けてコメントを出した大島忠郁大阪地検次席検事も上記の三井氏の口封じ逮捕事件を大坪弘道大阪地検特捜部長(現)とともに担当した「司法ヤクザ」(同上)とも言っています。

さらに古川記者は次のようにも言っています(言葉遣いはあまり品がいいとはいえませんが、彼の個性ということで)。

ワシの見立てでは、今回の『政局ソーサ』、つまり、『国策ソーサ』のことだが、その目的は、小沢に近い『石井一』を葬り去ることだったと思う。今度のジケンで、『凛の怪』のカンブで、『倉沢邦夫』ってのが出てくるが、コイツが、石井の『私設ヒショ』だったことに目を付け、『石井一の口利きがあった』というふうに、ジケンを『デッチ上げる』ことが、まず、あったんだな。そこから、『登場人物』を適当にスリ替えていく過程で、どうせ、オンナってことで、生贄にしやすいと踏んだんだろう。『障害保健福祉部チョー・塩田幸雄→(同部企画課チョー・村木厚子)→同係チョー・上村勉』という図式にして、村木のオバハンをうまいことハメ込んどるんだな。この村木のオバハンの上司の塩田が、同じ讃岐人の元厚労副ダイジンの『木村義雄』と結託して、上村にニセ証明書を作らせておるんだからな(同上)

だからだな、腐れケンサツも、村木のオバハンを控訴しとるヒマがあったらだな、『ジケンの真相解明』をすべく、この4月に、出身地の香川ケンの小豆島の町チョーに、『無投票当選』で逃げやがった、この『塩田幸雄』のおやぢとだな、その塩田に口利きした、同じ香川ケン選出の元衆院ギインで、この夏の参院センキョでも落選した、あの『木村義雄』の野郎もまとめて、身柄取ってだな、さっさとキソしろ」(同上)

塩田幸雄氏と木村義雄氏の容疑については私はなんともいえませんが、村木元厚労局長のでっち上げ逮捕事件の真相についての古川記者の炯眼は私にはかなり的を射たもののように思えます。このあたりの真相をメディアはさらにウォッチしてしかるべきではないでしょうか。古川記者もメディア各社に対して次のようなリクエストをしています。

各紙大阪社会ブの司法担当キシャ諸君、そういう、腐れケンサツの『構造腐敗』にまでメスを入れた、『的確なカイセツ記事』を、ちゃんと、書いてくれよ!

この点については古川記者にまったく同感です。

追記
14日付の産経新聞によると検察は「大阪地検では控訴すべきだという意見が根強いが、上級庁を中心に今回の捜査手法などをめぐる検証が必要との判断に傾いているもよう」です。当然のことです。検察は一日も早く控訴断念を決定し、村木元厚労局長に謝罪するとともに、同元局長の名誉回復をはかるべきです。

報道によれば、今回の事件をでっち上げた大阪地検では「村木元局長の共犯とされた倉沢邦夫被告に対しても一部無罪判決を控訴したことから、整合性を取って控訴すべきだという意見が相次い」でいるということのようですが、なにをかいわんや。今回の事件への一片の反省もなく、本末転倒も甚だしい。「整合性」などよりも「人権の回復」が優先されなければならないのは法治国家の道義の問題として当然のことです。まして、その「整合性」なるものがでっち上げの「整合性」といわなければならないのですからなおさらです。(2010年9月14日)
前回の「五十嵐仁さんの検察審査会という『民意』批判の論について」というエントリについて、Hさんから下記のようなご指摘をいただきました。

東本さん、この件につき、私は五十嵐仁さんを支持します。

「決着がついた問題」であるかどうかは解釈の問題で、二度とも起訴しなかったということは事実上不起訴で決着がついているということです。

また、検察審査会というものについて、そこでの意見が「民意」であるとはとても思えません。あくまで検察審査会の「何人かの意見」です。検察審査会がどのようにして誰に選ばれたかも知りませんが、それが日本の検察・司法制度を補完するものであるとしても、多くの冤罪事件をはじめ、「理不尽」な司法判断に対して今まで何かして成果を上げたという話は記憶にありません。もし、検察審査会なるものが正しく、また正しく機能しているなら、戦前戦後このかたの多くの司法判断に対してもっともっと積極的な関与があってしかるべきですが、今回「初めて」マスコミに登場したようなものである検察審査会が、よりによって小沢問題に限ってフューチャーされている感が否めません。

「どう責任を取るか」についてもマスコミと結託した検察審査会とそこでの情報のリークが政治を動かすようなことがあってはならないというのが五十嵐さんの本意でしょう。

そもそも検察審査会=民意、という図式を私は認めません。

以下は、そのHさんの論への私の返信(反論)です。

Hさん、ご意見拝聴しました。

この問題を考えようとするときふたつの立場がありえます。

ひとつは現行の検察審査会制度を認める立場(現行の同制度が十分なものであるかどうか、という論点はまた別問題です)と、もうひとつは現行の検察審査会制度は認めない、という立場のふたつです。

ひとつ目の現行の検察審査会制度を認める、という立場をとるならば、五十嵐さんが言うように「(この問題は)法的には、すでに明確な決着がついている」という考え方は論理的にとりえないと思います。すでに述べているように検察審査会は同審査会法において「検察官の公訴を提起しない処分の当否」について「審査を行うことができる」(第2条)と規定されている歴とした法律上の権限を有する機関であり、その法律上の機関である検察審査会によって現に小沢氏の政治とカネの問題が審査中である以上、それを「法的には、すでに明確な決着がついている」などということはできないはずだからです。これは法構成の論理的な解釈問題であって、「『事実上』不起訴で決着がついている」という判断とは別問題です。

ふたつ目の現行の検察審査会制度は認めない、という立場をとるならば、「(この問題は)法的には、すでに明確な決着がついている」という考え方はとりうるでしょう。

しかし、検察審査会制度は、これも前述したように検察の「裁量」という名の恣意的判断によって起訴、不起訴が決定される検察の起訴独占主義の乱用(ことに政治家、権力者に対する不当な不起訴処分)を抑制・チェックし、かつ司法への市民参加を実現するために設けられた司法の民主化に関わる制度です。同制度には検察の必要以上の同審査会への介入の余地を残している点、また審査会委員の人数及び期間の妥当性、法律専門家の助言の問題など不十分な問題をさまざま指摘することはできますが、基本的には刑訴法の付審判請求とともに検察の起訴独占主義に市民として唯一不服申し立てをすることができることを規定した制度として司法の民主化のためには必要不可欠な制度というべきだろうと私は思います。その市民としてできる検察司法への数少ない不服申し立ての制度のひとつである検察審査会制度を認めない、という立場には私はまったく賛成しかねます。

また、検察審査会の審査委員の意見が「民意」といえるかどうか、あくまで検察審査会の「何人かの意見」にすぎないのではないか、という問題については、同審査委員はたとえ少人数であれ(同審査会法第4条には「衆議院議員の選挙権を有する者の中からくじで選定した11人の検察審査員を以てこれを組織する」とあります。また同第39条の5には「起訴相当」とする議決は「検察審査員8人以上の多数によらなければならない」とあります)市民の中から公正に選定されている以上、その多数決の意見は、その他の市民としての私たちがその結論に賛成であれ反対であれ「民意」と呼ばれなければならないものだろうと私は考えます。その検察審査会の「民意」が仮に多くの「民意」(世論と呼ばれるもの)とかけ離れたものであったとしても、です。それが民主主義(という制度)を守る、ということではないでしょうか。多数の意見が必ずしもひとりの意見に優れているわけではないことはそれこそ歴史が証明していることです。それでも多数決原理は民主主義の大鉄則といわなければならないものです。民主主義という制度は煩瑣であり、またときに劣悪な結論を導きだすこともありえますが、それでも民主主義というべきでしょうか。ウィンストン・チャーチルの有名な「民主主義は最悪の政治形態と言うことができる。これまでに試みられてきた民主主義以外のあらゆる政治形態を除けば」(英国下院演説、1947年11月11日)という言葉もそのような意味だろう、と私は思っています。

なお、検察審査会が「『理不尽』な司法判断に対して今まで何かし」た例としてウィキペディア『検察審査会』は次のような例を挙げています。

【「不起訴不当」または「起訴相当」議決が3回以上なされた例】
・岡山市短大生交通死亡事故(3回「不起訴不当」)

【起訴議決がなされた例】
・明石花火大会歩道橋事故(3回「起訴相当」議決の後「起訴議決」)
・JR福知山線脱線事故

【ある刑事事件が冤罪であると暗に指摘した検察審査会の議決の例】
・徳島ラジオ商殺人事件(証人による偽証罪の審査)
・丸正事件(被害者親族による殺人罪の審査)
・高知白バイ衝突死事故(警察による証拠隠滅罪の審査)

なおまた、検察審査会の問題については次の点も指摘しておく必要があるように思います。市民から選出される検察審査会であってもその審査が不当な場合もありえるということです。10年ほど前に地裁、高裁、最高裁、差し戻し第一審、第二審という25年間5回もの裁判を経てやっと無罪判決が確定した甲山事件と呼ばれる冤罪事件をご存知だと思いますが、この冤罪事件の端緒をつくったのは、検察が証拠不十分で不起訴処分にした同事件の「容疑者」を「不起訴不当」の決議をした市民から選出されたはずの検察審査会でした。同検察審査会は結果として25年もの苦難をこの無罪判決を勝ち取った当時の「容疑者」に強いてしまったのです。このことも忘れてはならないことだろうと思っています。

それでももう一度繰り返しておきます。この件につき、私は五十嵐さん、またHさんの見解を支持できません。
民主党代表選はすでに折り返し地点を過ぎ終盤戦に入りましたが、その代表選に立候補している小沢一郎同党前幹事長が3日のNHKやテレビ朝日などの報道番組で現在東京第5検察審査会で審査されている自らの政治資金問題に触れ、同検察審査会が2度目の起訴相当議決をした場合は同意する旨の考えを示すとともに、一方で「検察審査会といういわば一般の素人の人が(検察官というプロが判断したことに)それをよいとか悪いとかといういまの検察審査会の仕組みが果たしてよいのかどうか」(テレビ朝日 2010年9月3日11:54)と同審査会のあり方を暗に批判した発言が波紋を呼んでいます。むろん、小沢前幹事長の同発言は、ときとして起こりうる検察、すなわち国家の起訴独占主義の乱用をチェックし、かつ司法への市民参加を実現するために設けられた現行の検察審査会制度を衆愚視する危険な民主主義否定の論とみなされなければならないものだからです。

しかし、この小沢発言について、日頃は的確、適正な評言をして定評のある法政大学の五十嵐仁さんが少し以上に首を傾げたくなる論を展開しています(「強制起訴によって小沢さんを有罪にできなかったらどう責任を取るつもりなのか」五十嵐仁の転成仁語 2010年9月4日)。

いわく。

「(この問題は)法的には、すでに明確な決着がついているということです。/この点では、小沢さんが『何もやましいことはない』と言っている通りです。この小沢さんの言葉は、検察の対応によって裏書きされています。/小沢さんの資金管理団体『陸山会』の政治資金規正法違反事件でも、政治資金報告書の虚偽記載についても、検察は小沢さんを起訴しませんでした。裁判になっても有罪にできるだけの材料がないと判断したからです。」

「もし、無罪になれば、検察の責任は問われなくとも、検察審査会のあり方が問題になるでしょう。/起訴しなかった検察の判断をくつがえして現職の総理大臣を起訴し、それでも有罪に問えなかった場合、検察審査会は責任をとることができるのでしょうか。起訴された段階で内閣不信任案が提出され、それが成立して倒閣となったにもかかわらず小沢さんが有罪にならなかった場合、誰がどのような責任を取れるのでしょうか。」

「検察審査会が起訴を議決した場合、いわばプロの判断をアマがくつがえすことになりますが、公判で対決するのはプロ同士です。やはり、新しい材料が出てこない限り、有罪に持ち込むのは難しいでしょう。/検察審査会の判断は、あくまでも一般国民としての『心証』によるものです。(略)/検察審査会は、このようなリスクを負ってまで「起訴相当」と議決するでしょうか。マスコミを賑わせている強制起訴を前提にした議論は、ただの妄想にすぎないのではないでしょうか。」

五十嵐さんとしてはわが国のマス・メディアの「極めて意図的」な「反小沢の世論誘導」「報道姿勢」(五十嵐仁の転成仁語 2010年9月6日)に業を煮やすあまり上記の小沢擁護の論を展開している、ということなのでしょうが、しかし、その論は、日頃の五十嵐さんらしくない冷静な判断力に欠けた謬論の積み重ねの論でしかありません。五十嵐さんの陥っている陥穽を指摘しておく必要を感じます。

その第一。五十嵐さんの小沢氏の政治とカネの問題は「法的には、すでに明確な決着がついている」という認識がまず誤っています。

いうまでもなく小沢氏の政治とカネの問題(政治資金規正法違反容疑事件)は東京第5検察審査会で現在進行形で審査中の事案です。その検察審査会は同審査会法において「検察官の公訴を提起しない処分の当否」について「審査を行うことができる」(第2条)と規定されている歴とした法律上の権限を有する機関です。さらに同法第41条の9及び同条の10では同審査会が再度の「起訴相当」議決をした場合は裁判所は必ず公訴提起(強制起訴)をしなければならないことを法律上義務づけてもいます。そうした法律上の機関である検察審査会で小沢氏の政治とカネの問題は現在審査中なのです。それを「法的には、すでに明確な決着がついている」などということはできないでしょう。五十嵐さんの論は、検察の裁量(恣意的判断)によって起訴、不起訴が決定される検察司法主義の論理を一歩も超えることができていない市民不在(検察審査会制度否定)の法律論といわなければならないのです。

その第二。五十嵐さんは言います。「もし、無罪になれば、(略)検察審査会のあり方が問題になるでしょう。(略)起訴された段階で内閣不信任案が提出され、それが成立して倒閣となったにもかかわらず小沢さんが有罪にならなかった場合、誰がどのような責任を取れるのでしょうか」、と。立法府の場での内閣不信任案提出と司法的手続きの一環としての検察審査会の「起訴相当」議決はまったく性質を異にするものです。その次元の異なる問題を持ち出し、「小沢さんが有罪にならなかった場合、誰がどのような責任を取れるのでしょうか」と難詰する。この五十嵐さんの論法はまったく筋が通らないというばかりではなく、検察審査会もそのいかめしい名称に関わらずひとつの「民意」の形には違いありません。五十嵐さんが左記のように言うとき、ご本人にはその自覚はないのかもしれませんが、五十嵐さんの発言はそうしたひとつの「民意」の形に対する大上段からの激しい恫喝になりおおせているのです。五十嵐さんには自己の論が結果としてどのような負の役割を果たしているのか。厳しく再検討していただきたいものだと思います。

その第三。五十嵐さんはさらに言います。「検察審査会は、このようなリスクを負ってまで『起訴相当』と議決するでしょうか。マスコミを賑わせている強制起訴を前提にした議論は、ただの妄想にすぎないのではないでしょうか」、と。ここで用いられている「妄想」という言葉は直接にはマスコミに向けられた言葉だということはわかります。しかし、長々と綴られた検察審査会批判とも受け取れる五十嵐さんの論旨からはこの「妄想」というあられもない言葉は検察審査会というひとつの「民意」に向けられた言葉でもあるように受けとられかねません。実際、もしかしたらそういう意味でも用いているのかもしれない、と私すら思えるところがあるのです。これも今回の五十嵐さんの論の不徳のゆえということになるでしょうか。

以上、今回の五十嵐さんの論には私は承服できません。五十嵐さんには真摯な自己検証を望みたいと思います。
「韓国併合」100年(「日韓併合」という言葉では誰が「韓国」を併合(侵略)したのか。その主体が明らかではありませんので「『韓国併合』100年」と言います)。

下記は、74年前にあったベルリン・オリンピックで当時日本の植民地支配の下にあった朝鮮半島出身のマラソンランナー・金メダリストの孫基禎氏が侵略者としての「大日本帝国」臣民の日本選手団役員に徹底的に迫害された「物語」です。読んでいてこんな非道が許されていいのか、と沸々と怒りがこみあげてきます。ひとりの人間として。ひとりの「大日本帝国」臣民の末裔としての私は言うべき言葉を持ちません。ただ、当時の「日本」という国に対して激しい嫌悪感と憤りを持つだけです(その当時私が生きていたとして、「大日本帝国」という権力に立派に戦いえたか、という問題は、おそらくそういうことは為しえなかっただろう、という自分自身への悲嘆をこめて抜きにせざるをえません)。(東本高志)

以下、下記からの転載です。



ベルリン・オリンピック金メダリスト・孫基禎さん(Wikipediaより)

日帝支配36年」と金メダリスト・孫基禎

 「第11回近代オリンピアードを祝し、ベルリン・オリンピックの開会を宣言する」

 ドイツ首相アドルフ・ヒトラーによる、余計な修飾語の一切ない簡潔な開会宣言で、1936年ベルリン五輪の幕は開けた。

 しかし、ヒトラーは当初、ベルリン五輪開催にきわめて懐疑的だった。その証拠に1932年、まだドイツの野党党首に過ぎなかったヒトラーは、「オリンピックはユダヤ主義に汚れた芝居であり、国家社会主義が支配するドイツでは“上演”できないだろう」と、政権獲得後の中止さえ匂わせる発言をしていた。しかし、翌33年にナチスが政権を獲得すると、最大の側近だったゲッベルス宣伝大臣の入れ知恵もあって、ナチズムの宣伝のためオリンピックを政治的に利用することを考え始めた。

このような経過をたどって開催されることになった1936年ベルリン大会は、極端な人種差別・民族抹殺政策をとる独裁国家によって、政治的に最大限利用された大会として、五輪史上に大きな汚点を残すことになる。

 世界的な軍国主義・ファシズムの嵐の中で、朝鮮半島は1910年以来、日本の植民地支配の下にあった。天皇への忠誠と日本人への同化を強制され、言葉や氏名まで奪われていく屈辱と苦難の中で、2人の朝鮮半島出身のマラソンランナーがベルリンの地を疾風のように駆け抜け、朝鮮半島の人々に勇気と希望を与えた。しかし、その希望は、植民地支配の現実の中で、脆くも打ち砕かれ、消えていった。

 私たちは侵略者としての日本の歴史に区切りをつける意味からも、植民地支配の責任を明確にしなければならない。戦争の歴史を知らない若い世代のためにも、「日帝支配36年」が朝鮮半島とその人々に与えた苦しみを伝えることは平和運動に関わる者にとっての義務である。今回は、ベルリンの地を駆け抜けたマラソンランナーの姿を通じて、歴史の真実を見ていく。(以下、文中敬称略)

●「私が走らなければ損をするのは彼らですからね」

 朝鮮半島出身の孫基禎は、当時の日本と朝鮮半島で間違いなくトップを走る選手だった。だが、朝鮮半島の人々に当時、自分たちの国はなかった。孫もまた「日本代表」としてベルリンに来ていた。孫は、自分の出身を伝えるため、サインをするときは必ずハングルで自分の名前を書こうと決めた。日本選手団の役員はそのことに不満を持ち、「なぜそんな難しい字を書きたがるのだ」と何度も孫を詰問した。孫は「優勝できるかもしれないのでサインの練習をしているのです」と答え、サインを求められると、朝鮮半島の地図とともに気軽にハングルを添えたサインをして「KOREAの孫基禎です」と自己紹介した。練習の時も、極力、日の丸のついたトレーニングウェアを着ないようにした。着ない理由を問われると「ユニフォームがもったいない。家宝として取っておくのです」と答えるのだった。

 「日本代表」としてベルリンに滞在していた同じ朝鮮半島出身の他の選手は、そうした孫の態度を心配した。中には「そんなことをしているとレースに出してもらえなくなるぞ」と“忠告”する者もいたが、孫は「いいですよ。私が走らなければ損をするのは彼らですからね」とあくまで平然としていた。

 朝鮮半島出身の2人、孫と南昇龍は予選での圧倒的な記録によって選出されており、その実力に疑問はなかったが、日本選手団の役員たちは、マラソン日本代表3人のうち2人まで朝鮮半島出身であることに不満を抱いていた。懲りない役員たちは、ベルリン到着後、もう一度代表選考のための予選をやり直そうと言い始め、30kmを走る選考会が提案された。だが、そこでも孫が1位、南が2位となり、役員たちもこの結果を受け入れざるを得なかった。

 ベルリンに向け送り出される直前、朝鮮半島出身の選手の激励会がソウル(当時は京城と呼ばれた)で開催された。他の競技に出場する選手と合わせ、計7人が「日本代表である前に朝鮮青年としての意気を天下に知らしめてくるように」と同胞たちに激励された。

 1936年8月9日、ベルリンではいよいよマラソン競技の号砲が鳴る日が来た。前評判の高かったアルゼンチンのザバラは30kmを過ぎた地点で転倒し脱落、トップに立った孫はそのままオリンピックスタジアムのゴールを駆け抜けた。南も3位に入り、朝鮮半島出身の2人の実力は余すところなく証明された。

●屈辱の儀式

 孫と南は表彰台に上がった。朝鮮半島出身の2人の他には、2位入賞のイギリス代表選手が立っている。実は、孫はそれまで、オリンピックに表彰式という儀式があり、そこで優勝した選手の出身国の国旗が掲げられ、国歌が演奏されるということを知らなかった。孫の優勝を称え、会場には君が代が流れ始めた。それと同時に、スルスルと上がり始めた国旗は、日の丸だった。

 「果たして私が日本の国民なのか、だとすれば、日本人の朝鮮同胞たちに対する虐待はいったい何を意味するのだ。私はつまるところ日本人ではあり得ないのだ。日本人にはなれないのだ。私自身もまた日本人のために走ったとは思わない。私自身のため、そして圧政に呻吟する同胞たちのために走ったというのが本心だ。しかしあの日章旗、君が代はいったい何を意味し何を象徴するのだ」と孫は考えた。そして「これからは二度と日章旗の下では走るまい」と決心したのである。

●同胞たちの歓喜、そして「日の丸消し去り事件」へ

 2人の勝利を何より喜んだのは朝鮮半島の人々だった。日本による弾圧と朝鮮人蔑視を跳ね返す2人の活躍を誰よりも喜び、祝福した。そんな中、ベルリンの日本選手村では2人の祝勝会が準備されたが、孫と南はそれには参加しなかった。2人はベルリン在住の韓国人・安鳳根から招待を受けていたのである。安鳳根は、韓国統監府初代統監・伊藤博文を暗殺した韓国独立闘争の英雄・安重根のいとこに当たる人物だった。2人は、同胞からの祝福を受け、改めて勝利を喜び合った。

 朝鮮半島の新聞「東亜日報」(現在も韓国の新聞として存在する)は、孫の優勝を写真入りで報じたが、掲載された紙面の写真からは、孫が着るユニフォームの胸の部分に付けられていたはずの日の丸が消え、空白となっていた。これは、東亜日報のスポーツ担当記者によるもので、事実を知った朝鮮総督府は激怒した。東亜日報は日本の警察による強制捜査を受け、写真を加工した記者の他、社会部長、運動部長が拘束される事態となった。その後、東亜日報は停刊処分を受け、社内の「危険人物」の追放を条件にようやく復刊を許された。

 当時、東亜日報には系列の雑誌「新家庭」があった。同誌は孫の下半身だけの写真をグラビアとして掲載し「世界制覇のこの健脚!」というキャプションをつけた。「新家庭」編集部にも刑事が捜査に来たが、編集部は「孫選手が世界を制覇したのは心臓ではない。彼の鉄のような両脚である。画報的効果を生かすために脚だけを拡大して掲載した」と反論した。また「使用した写真は孫の高校時代のものである」(=もともとユニフォームに日の丸はついていない)とも説明した。刑事が編集部内を捜索した結果、この事実が裏付けられたため、「新家庭」は関係者の逮捕や処分を免れた。

●「日本人が監視している」

「公式祝勝会」を無断で欠席し、安鳳根と会っていたとして、孫と南に対する日本選手団役員の扱いは次第に冷たくなっていった。その後、シンガポールに滞在していた2人は、東亜日報を巡る事件の発生を受け、小さなメモを渡された。「注意せよ、日本人が監視している。本国で事件が発生、君たちを監視するようにとの電文が選手団に入っている」と、そこには書かれていた。日本は、植民地支配に反抗する朝鮮半島の人たちを徹底的に監視し迫害した。金メダリストさえ、それは例外ではなかったのだ。

●約半世紀の時を経て

 1984年、ロサンゼルス五輪。ソ連のアフガニスタン侵攻を受け、前回、1980年のモスクワ五輪を西側がボイコットしたことに対する「報復」として東側がボイコットした寂しいスタジアムの中で、孫は初めて韓国代表として走ることになった。選手としてではなく、聖火ランナーのひとりとして1kmを走った孫は、10万人の大観衆の中、初めて「ソン・ギジョン、KOREA」と名前・出身国を紹介された。日本語読みの「ソン・キテイ」から朝鮮語読みの「ソン・ギジョン」へ、「日本代表」からKOREAへ。孫基禎は、長かった「日帝支配」からこのとき初めて解放されたのである。

●今こそ過去の清算と差別解消を

 日韓併合100年の今年は、戦争責任を曖昧にしてきた日本政府に謝罪と補償をさせる絶好の機会である。しかし、日本政府は政権交代などなかったかのように、高校教育無償化制度から朝鮮学校を除外して恥じることなく、新たな差別を繰り返している。圧倒的な成績で金メダルを獲得しながら、「日本代表」として表彰台で君が代を聞かなければならなかった屈辱を孫基禎が経験してから70年。今なお朝鮮学校が「各種学校」であるために、生徒たちは多くのスポーツ大会に参加できないでいる。「在日特権を許さない市民の会」などという薄汚い根性の日本人が、朝鮮学校へ押しかけ、大音量で威圧的な街宣を繰り返している。女子生徒のチマ・チョゴリが引き裂かれる事件も後を絶たない。

 「在特会」など右翼の主張を真に受けている若い人に、筆者は、日の丸・君が代にはこのような歴史があることを伝えたいと思う。朝鮮半島の人たちばかりではない。日本人もまた多くが日の丸に寄せ書きをして「武運長久」を祈り、「靖国でまた会おう」と言い残して、無謀な戦争に突撃していった。日の丸・君が代を国旗・国家として受け入れることは、筆者にはできない。

 侵略と植民地支配の謝罪は、被害者に言われたからするというものではない。加害者である日本人みずからがなすべき義務だ。筆者は、戦後補償問題は日本と日本人ひとりひとりの問題であることを、この機に改めて訴えたい。

<参考文献>
「オリンピックの政治学」(池井優・著、丸善ライブラリー、1992年)

(黒鉄好・2010年8月20日)
下記は朝鮮学校無償化問題のゆくえを危惧するお三人の方のメッセージです。

荒川の森本さんによれば、朝鮮学校無償化問題は今月の7日、8日が山、と言います。

心して聴くべきお三人の方のメッセージだと思います。

おひとり目。 荒川の森本さんのメッセージ。

荒川の森本です。

下記メール拝見しました。とても心にしみる内容です。

朝鮮学校が文科省検討委員会の検討結果では完全に対象になるのに、菅首相になり、政策調整委員会が復活し、その政調で民主党の見解を出すことになり、結論先送りになりました。これがなければ川端大臣は
即、無償化に踏み切り、新学期に間に合うようにと考えていたようですから。

で、この政調が7・8日に文科省関係者と内閣府拉致問題担当者の間で行なわれ、民主党の議員であれば誰でも参加できるということだそうですので、ここが山になると思います。民主党で知り合いの議員がいたら、是非、検討委員会の線に沿って、無償化適用するように、また、国会での答弁でも外交や政治は教育問題に関係させないということが明言されていることも含めて要請して下さい。

おふたり目。崔善愛さん(ピアニスト)のメッセージ。


崔善愛さん

昨日、わたしの尊敬する京都在住の詩人・河津聖恵さんより、切実な訴えのお手紙をいただきました。(添付の「手紙」を私の知人、友人に送ってくださいとの依頼がありましたので、メールさせていただきます。)

彼女は、朝鮮学校の高校無償化の問題について、多くの詩人の抗議の声を集めて本を出されたばかりです。

民族、出自を理由にする、このような差別を日本社会が許せば、「朝鮮学校(朝鮮人)は差別されても当たり前」というような風潮をきっと定着させることになります。定着?・・・いえ、これもまた植民地主義、併合100年の延長線上にあることなのでしょう。

添付の「手紙」をぜひご一読いただければ幸いです。

お三人目。河津聖恵さん(第53回H氏賞詩人)のメッセージ


詩集『アリア、この夜の裸体のために』((第53回H氏賞)所収

拝啓
酷暑のまま9月を迎えようとしております。いきなり、初めてのお便りを失礼致します。

私は先日詩人・歌人・俳人79名で出した『朝鮮学校無償化除外反対アンソロジー』の代表者の、詩人の河津聖恵と申します。このアンソロジーについては、テレビ、各紙によって広く紹介されました。

各種の報道から恐らくすでにご存知だと思いますが、朝鮮学校の高校無償化についての文科省の結論が先送りされました。私はこのことについてつよく危惧を抱く者です。その理由を少し述べさせていただきます。

今後、政府内で拉致問題関係者も交えた審査会を作るもようですが、これは、初めから結論ありきの動きだと思っています。さらにこれから代表選において、朝鮮学校の問題が政争の具にされる懸念さえ出てきているのです。

知っていただきたいのは、何よりも朝鮮学校の生徒と在日の方々のショックは日本人の想像を遙かに超えるものだということです。「やはりすべては朝鮮学校つぶし、在日朝鮮人つぶしにかかっている」という在日社会が抱く直感は正しいと私は思っています。

もしここまで来て拉致問題を理由に文科省の方針が覆ることになれば、それは、この半年、私たちも含めた大勢の人々が必死で訴えてきた正当な民意をまったく蔑ろにすることを意味し、社会的にも許されないと考えます。

しかしそれ以前に、教育に政治が介入する、あるいは、無償化が保障すべき教育権を政治的な理由で剥奪する、といういわば権力による一方的な弾圧が、すんなりと、民意の抵抗もなくまかりとおってしまえば、日本社会全体がそれに同意したことになります。

この件に関しても数度にわたって差別是正を勧告してきた国連を中心とした国際的な非難を浴びることは間違いありません。外交がない北朝鮮とは、さらなる深刻な断絶が生まれ、ようやく確かなものとして築かれてきたアジアの平和に、大きな影を落とすことは言うまでもありません。

さらに、こうした力による文化や教育に対する支配は、今後朝鮮学校に限らず、多くの「異質なるもの」「反権力的なもの」に波及すると容易に想像されます。

昨今、在日特権を許さない市民の会や、主権回復をめざす会などといった、朝鮮人に対する拝外主義者団体の、異常とも言えるヘイトスピーチにもとづく反対運動も、激しさと世間的な認知を増しつつあります。

それは一部の異常な勢力の突出した行動ではありません。そこに加わっている多くは、じつは普通の若者です。急速な排外主義の背景にあるのは、この格差社会を覆うかつてない憤懣であり、そこから噴出してきた百年前と何ら変わらない厳然とした差別意識だからです。

過去の反省をしなかったこの国の歴史は必ず繰り返します。今、とりわけ民族・宗教・思想における差別と弾圧が、再び始まろうとしていると言っても過言ではありません。

そして文化とは民族・宗教・思想とまさに背中合わせに存在しているものだと思います。文化はそれらを普遍的なものへ高め、平和を志向するものだと確信します。

文化に携わる本物の文化人であるみなさまが、この朝鮮学校における無償化除外の動きに対して、みずからの存在意義と誇りのためにも声をあげて下さることを願っております。

事態の深刻さを痛感し、不躾な文面となり、誠に申し訳ありません。
とりいそぎお願いまでにて失礼します。

2010年9月1日

*以上、福岡の青柳行信さんのメールより。

また、現実に「国家」形態をとっている現在のほとんど100パーセントの国々は政治形態としてすべて代議制=議会制民主主義の制度を採用しています(唯一スイスのみが国民発議(イニシアティヴ)と国民投票(レファレンダム)という直接民主制の制度を憲法上採用している、といわれますが、そのスイスも総体としては議会制民主主義の政治制度を採用しています)。この事実も代議制=議会制民主主義に優れる政治形態は、一部の左翼共産主義やアナーキストの諸潮流の執拗な反対論にもかかわらずいまだ確立していないことの証明のひとつになりうるでしょう。

第二。前者の論に即して。Tさんが「共感します」という論が仮にN氏の「安保を容認している社民党・事実上容認している『共産』党」(CML 005256)という論だとすれば、その論は著しく事実を歪めた論だといわなければならないように思います。

まずN氏の共産党批判について。N氏がいう「安保を事実上容認している『共産』党」という論は「1998年の不破政権論で、(共産党は)安保・基地を容認して入閣することを決定」したという「事実」を指しているようですが、N氏は事実そのものを歪めています。

実際は不破氏の「政権論」は次のようなものです。

「日米安保条約の廃棄というのは、革新三目標の一つであり、民主連合政府の政策では不可欠のものとなってきます。民主連合政府をつくる国民的な条件としては、日米安保条約反対が国民多数の世論になり、安保条約をやめ、軍事同盟からぬけだすという国民的合意ができることが、大事な条件の一つになります。(略)では、そういう条件をつくりあげ、民主連合政府をつくりあげる条件が成熟するまで、私たちは、政権問題にノータッチでいいのか(略)ということが、つぎの問題になります。それでは、国民に責任を負う立場で、実際の政治に前向きにとりくむことはできません。そこで、暫定政権あるいは「よりまし政権」という、以前から私たちがとってきた立場が、重要になってくるのです」(「日本共産党の政権論について ――不破哲三委員長に緊急インタビュー」しんぶん赤旗 1998年8月25日付)。

「三木内閣のもとで、ロッキード事件が暴露され、また小選挙区制の問題で日本の民主主義がおびやかされるという情勢がすすんだとき(76年4月)、私たちは、小選挙区制粉砕、ロッキード疑獄の徹底究明、当面の国民生活擁護という三つの緊急課題で『よりまし政権』をつくろうではないか、という暫定政権構想を、当時の宮本委員長の提唱で提起しました。これは、緊急の三つの課題で実際の改革的な措置をやろうという提起ですから、選挙管理内閣よりも、さらにすすんだ問題提起でした。この時、広範な勢力の合意をはかる前提の条件として、安保条約の問題などでの見解の相違は保留するという立場を明らかにしました」(同上)。

上記に見たとおり、不破氏のいう「政権論」は、当面の緊急課題を実現するための「暫定政権」の性質を持つものですから、「広範な勢力の合意をはかる前提の条件として、安保条約の問題などでの見解の相違は保留」されます。しかし、日米安保条約の廃棄という政策課題は政治革新の不可欠の課題として放棄されているわけではありません。N氏の「安保を事実上容認している『共産』党」という「事実」評価はまったく事実を歪曲した「事実」評価というほかありません。また、N氏は、「1998年の不破政権論で、安保・基地を容認して入閣することを決定」した、と共産党を批判していますが、「暫定政権」であっても政権であることに変わりないわけですから、その「暫定政権」構想を世に問うている以上、暫定政権が成立したあかつきには「入閣することを決定」し、その暫定政権の掲げる政策課題を実現しようとすることは当然のことです。N氏の論はためにする論以外のなにものでもありません。

次にN氏の社民党批判について。N氏のいう「社民党はすでに1993年いらい、安保・基地を容認してきた政党であり、つい最近まで与党でした」という社民党評価も、過去の事実を捉えてその事実を固定化し断罪するだけで、いまの社民党の政策の変化を見ようとしない、総体を見る視点に著しく欠けた表層的かつ一面的な皮相的評価にすぎません。

たしかに社民党には同党の前身である当時の社会党委員長で首相だった村山富市氏が1994年7月の第130回国会で「自衛隊合憲、日米安保堅持」と発言し、日本社会党のそれまでの政策を180度転換し、かつ同年9月の同党第61回臨時全国大会ではその村山首相の国会答弁による基本政策変更を党として追認したという重大な汚点があります。
http://www.kantei.go.jp/jp/murayamasouri/speech/murayama.html
http://www5f.biglobe.ne.jp/~rounou/myweb1_159.htm

しかし、これは南雲さんがCML 005277で指摘していることでもありますが、社民党は2006年の同党第10回定期全国大会で同党綱領である「社会民主党宣言」を採択し、その綱領には「日米安全保障条約は、最終的に平和友好条約へと転換させ、在日米軍基地の整理・縮小・撤去を進めます」と規定し、党として安保条約廃棄の方向性を示しています。この同党の方向性を「安保を容認している社民党」と評価することは、これもまた事実を歪曲した「事実」評価といわなければならないでしょう。

またN氏は上記の社民党の日米安全保障条約の平和友好条約転換政策について、「アメリカ帝国主義との友好などありえません」(CML 005377)と一蹴していますが、上記でも述べたように現代社会が「国家」を前提にして存立している以上、各国家間が平和友好条約を締結し、国際平和を追求することは、民主主義国家のありようとしてきわめて当然な営為といわなければなりませんし、それを政策課題として自党の綱領に文書化する営為もこれも平和追求政党としてきわめて当然な営為といわなければならないでしょう。「米日両帝国主義を打倒する以外にアメリカ帝国主義との友好などありえ」ないなどというのは、ごくごく一部の左翼共産主義やアナーキスト諸潮流の大多数市民の同意を得ることのできない偏狭すぎる主張でしかない、というのが私の見方であり、見解です。

私たちの市民運動、草の根運動は、議会制民主主義を前提とし、その制度の中で民主主義的な要求を実現しようというものです。そのためには共産党や社民党などの政党との連携も欠かせません。現実にこれまでCMLに発信されているメールの多くは明言はないものの議会制民主主義の存在を前提にした呼びかけであり、つまるところ同政党などとの連携を前提にした呼びかけです。N氏の論はそうした呼びかけの類をすべて否定するものにならざるをえません。

最後に。Tさん、ここでは私はN氏と私の主張の違いを問題にしているのではありません。N氏の主張の事実把握の誤りについて指摘しています。そして、ひいてはそのN氏の事実把握の誤りに「共感します」というあなたの認識の誤りの指摘ということにもなります。(2010年8月27日記)

参考:
N氏の論に対するもうひとつの反論記事
Re: 天木直人氏のブログに見る小沢待望論について(CML 005423 2010年8月28日)
Re2: 天木直人氏のブログに見る小沢待望論について(CML 005428 2010年8月28日)
*以下は、第一次世界大戦以後、すなわち1917年のロシア革命以後の議会制民主主義制度を全否定し、共産党を敵対視するある左翼共産主義者の論に反論した公開型メーリングリスト(CML)での私の応答の一部です。くだんの左翼共産主義者がいかにウソとデマによって彼らが「体制内政党」として攻撃してやまない共産党を貶めてようとしているか。そしてそのウソとデマによって謬論にすぎない自らの論を正当化しようとしているか、がよくわかる実例として同反論をエントリしておきたいと思います(人名はイニシャルにしています)。ちなみに私は論の正当性を問題にしているのであり、日本共産党員でもなんでもないことを念のためお断りしておきます。

Tさん。「Nさんの無念さには私も共感します」とはどういう意味でしょう?

「共感します」ということばの前に「無念さに」という前提のことばが附されていますから、N氏が「自称労働者政党(「共産」党・社民党)」と論難する「安保を容認している社民党・事実上容認している『共産』党」(CML 005256)という「批判」に対して、その批判の前提としての「無念さに」共感する、という意味なのだろうと思いますが、それとも、N氏は一方で(第一次世界大戦以後の)代議制=議会制民主主義の制度を全面否定する論も繰り返し述べてもいますので(CML 005212など)、その論に共感する、という意味でしょうか?

前者であるとすれば、N氏の論は「事実」を著しく歪曲する論というべきであり、また後者であるとすれば人びとの思想は多様ですからひとりふたりの(少数の、という意)共感を得ることはありえても、民主主義という理念をこれまでに歴史上試みられてきた政治形態(古代直接民主制(奴隷制)、封建制、共同体主義(無政府主義)、全体主義、軍国主義、ファシズム、民主主義)のうちで相対的最良の理念として尊重、擁護する現代市民社会の総体、また、国際社会の総体からは決して受容されることのない「反民主主義」思想の論といわなければならないだろう、と私は思います。

ところで、Tさんの上記の「共感」するという発言は、Tさんがこれまで本メーリングリストに発信してきたいくつかのコメントとも矛盾するように私は思います。なにがどのように矛盾するのか。そのことを前者の論と後者の論に即して以下述べてみます。

まず後者の論に即して。Tさんが「共感します」という論が仮に後者のN氏が偏執する代議制=議会制民主主義を全面否定する論だとすれば、これまでTさんが発信してきた「原告募集 川内原発訴訟」(CML 004353)の要請や「プルサーマルの進行をくい止めるため、経産大臣宛の質問・要請書の提出団体募集!」(CML 005097)の要請などとの整合性はどのようなものになるのでしょう? Tさんの上記の要請は、わが国の議会制民主主義制度にその存立の基盤を置く司法制度及び行政制度を前提にして成立する組織に関わっての要請です。しかし、議会制民主主義を全面否定するのであれば上記の要請はナンセンスなものとならざるをえません。全面否定とはある対象になんらの効果も希望も見出せないから全面否定するの謂であり、その全面否定の対象になんらかの効果や希望を期待するというのは矛盾というほかないからです。

Tさんはむろん、現在のままの裁判組織や行政組織のあり方には否定的ではあっても同組織を全面否定の対象とは見ておられないから上記の要請をされているわけでしょう。そうであれば、Tさんの指向性とN氏の議会制民主主義全面否定の論(上記で述べたとおり、議会制民主主義制度を全面否定するのであれば、その制度に存立の基盤を置く司法制度や行政制度の効用についても全面否定するという論になるほかありません)とには千里万里以上の乖離があるといわなければならないように思います。それを「共感します」とはどういうことでしょう? それが私の指摘したいTさんの論理の第1の矛盾です。

議会制民主主義制度のそもそも論についてもひとこと述べておきます。マルクスやエンゲルスが予見した「国家の死滅」する日がいつ来るのかはいまのところ誰にも予見できませんが、そういう日がいつか来ることがあったとしても、少なくとも現代社会は「国家」(社会主義国家体制であれ資本主義国家体制であれ)の存立を前提にして成立しています。その「国家」の存立を前提にして市民のための(むろん労働者階級もその一員です)国家の統治形態のありようを考えようとするとき、私たち現代の市民はいまのところウィンストン・チャーチルが言うように代議制=議会制民主主義制度以上の統治形態を見出し得ていません(注)。チャーチルは言います。「(議会制)民主主義が完全で賢明であると見せかけることは誰にもできない。実際のところ、(議会制)民主主義は最悪の政治形態と言うことができる。これまでに試みられてきた(議会制)民主主義以外のあらゆる政治形態を除けば」(英国下院演説、1947年11月11日)。このチャーチルの下院演説における言説は「民主主義」の本質を見事に、またユーモラスに言表した言説として世界の国家群と人びとに広く支持されています。

注:チャーチルのいう「民主主義は最悪の政治形態」の意味については下記のブログ記事がよく解説しえています。ご参照ください。
チャーチルのパラドックス「民主主義は最悪の政体である」を、図説&解読

なお、ほぼ時代は1世紀ほど遡りますが、マルクスやエンゲルスも1848年の革命(フランス2月革命、ドイツ3月革命など)前夜には「選挙と議会での多数を得て労働者階級の政治支配を実現する」という議会制民主主義による政治革命の構想を確立していたことはいまではよく知られた事実です。たとえば民主的共和制の問題について1892年にエンゲルスは次のように述べています。「マルクスと私とは、四〇年も前から、われわれにとって民主的共和制は、労働者階級と資本家階級との闘争が、まず一般化し、ついでプロレタリアートの決定的な勝利によって、その終末に到達することのできる唯一の政治形態であるということを、あきあきするほど繰りかえしてきているのである」(マルクス・エンゲルス全集第22巻、p287)。