民主党が自民党から「政権」を奪取した昨年8月30日の衆議院選挙の投開票日から1年2日目の明日、民主党代表選が告示されます。同代表選は一昨日の段階では現首相の菅直人氏と同党前幹事長の小沢一郎氏の分裂含みの同党を二分する一騎打ちになる公算が大といわれていましたが、昨日の小沢氏、鳩山氏、輿石氏の3者会談で「菅直人首相と小沢一郎前幹事長の激突が回避され、菅首相が続投する見通し」(毎日新聞 2010年8月31日)になった模様です。

残念です。私は下記の意味で菅・小沢の対決に期待していました。

「いい加減『小沢一郎の幻想』を剥ぎ取って、『剛腕の小沢さんなら何とかしてくれそう』とか、『小沢さんでなきゃアメリカ(官僚、財界、「悪徳ペンタゴン」などに置き換えても良いけれど)に対抗できない』などという世迷い言に終止符を打たなければならない(略)。そのためには、菅政権が続くよりも、いっそのこと小沢一郎が代表になって、小沢政権ができた方が良い」(きまぐれな日々 2010年8月30日)。そうすれば小沢幻想のみならず民主党幻想も決定的に終焉することになるだろう。

上記のとおり、私は、菅氏にも小沢氏にも、また民主党そのものにも期待していません。すでに民主党政権の政治には見切りをつけています。民主党は自民党からの「政権」奪取でその役割を終えた、というのが私の認識です。「政権」奪取後の同党のこの1年間の軌跡を見ると、そこに見られるのは前自民党政権とほぼ同質といってよい体質と民衆不在、対米従属の政治姿勢です。民主党は自民党からの「政権」奪取でその役割を終えた、と判断するゆえんです。

しかし、その民主党にまだまだ期待する向きは、いわゆる「革新」系の人びとにも少なくないようです。その民主党に期待する向きは鳩山首相時代は「友愛」信奉という形で現れ、いまは内実不明の「小沢理念」なるものに共鳴する小沢信奉という形をとっているようです。また、菅氏にも「薬害エイズ問題」を解決した市民運動出身のリベラリスト、という昔の名前で出ています、というたぐいの菅幻想が巷界隈にはいまだに根強く存在しています。

「菅幻想」がたんなる幻想にすぎなかったことは、彼が首相に就任した最初の言説が「日米同盟」への忠誠を再確認することであり、また普天間基地についての日米合意を守るということであったことなどから意外に早く「革新」市民の間に広く認識されるようになりましたが、その分小沢信奉者の間に「小沢革命政権」待望論が再沸騰し、さらには鳩山復権論まで飛び出すようにもなりました。

それが如何せんこの国の大半の国民意識というものであれば、「いっそのこと小沢一郎が代表になって、小沢政権ができた方が良い」。そうすれば?小沢は「百戦錬磨の政局職人」(毎日新聞「風知草」2010年8月30日)ということはいえても、政治の表舞台には立ったことはないのだから装った化けの皮は意外に早く剥がれてしまうだろう。彼の保守的本質の暴露とともに。そうすれば?小沢幻想のみならず鳩山幻想、菅幻想、民主党幻想も決定的に終焉することにもなるだろう、と私はかなり本気で思っています。

そう思っているときに、下記のおふたりのジャーナリストとブロガーの発言に遭遇しました。おふたりとも私とほぼ同様の思いを抱かれているようです。以下、その要点を紹介させていただきたいと思います。

おひとり目。ジャーナリストの山田孝男さん。

■風知草:「友愛政局」への疑問=山田孝男(毎日新聞 2010年8月30日)
「私にはわからない。鳩山由紀夫が。民主党代表選は菅直人支持と明かした2日後に『小沢先生を応援することこそ大義』と言ってのける感覚が。/私にはわからない。鳩山は政治とカネをめぐる国民世論の不信に応え、小沢一郎幹事長を道連れに首相を辞めた。それから85日後に、『小沢首相』づくりの先頭に立つという神経が、私にはわからない。/鳩山は首相在任中、普天間飛行場移設をめぐる場当たり的な発言で混乱を招いた。外交関係を傷つけさえした。それなのに性懲りもなく、外交使節として訪中、訪露を重ねている。テレビカメラを引き寄せ、代表選についてしゃべり続けている。そのケジメなき漂流を、私は受け入れられない。/モスクワで記者団に囲まれた鳩山は、小沢支持に傾いた理由について聞かれ、私は小沢氏に総理にまで導いていただいた。ご恩返しをすべきだ』と語ったという(27日)。/どう読んでも、おかしい。鳩山個人の栄達、鳩山と小沢の貸し借り、民主党のサバイバルが優先され、国政は二の次、三の次になっている」

「異様な風景だが、当の小沢は何も語らない。小沢擁立派は『小沢首相』こそ救国の希望だという。本当にそうか。これまでも、小沢は鳩山と組んで政治を動かしてきた。同じゲームの続編がまた始まったというだけのことではないのか。/鳩山の果てしないおしゃべり。小沢の底知れぬ胸中。菅の作り笑いと及び腰。指導的な立場にある政治家が互いにぶつかり合い、切磋琢磨(せっさたくま)し、新しい政治が生まれていくという予感がどこにもない」

参考:
風知草:避暑地の出来事=山田孝男(毎日新聞 2010年8月23日)

おふたり目。ブロガーの「きまぐれな日々」さん。

「政策で戦う」政治家とは信じられない小沢一郎だが...(きまぐれな日々 2010年8月30日)
「私も、小沢一郎の『国民の生活が第一』は選挙に勝つための方便であって、小沢一郎の本質は、『政局が第一』『選挙が第一』の政治家だと思っている。(略)さらにbannbannさんはこうも指摘している。『小沢一郎、多分権力維持のためなら右でも左でもくるくる主義主張を変える人だと思います。ある方のブログによれば国旗国歌法に賛成した小沢氏ですが自自公連立を離脱した直後に国会で国会掲揚を認めようとの決議がなされたとき反対したそうです。驚いて聞いた記者が、あたりまえだろ野党なんだからと平然と言ったとか。ですから、左右両方の人間にとって深入りは禁物の人物だと思います。裏切るときはおもいっきり骨の髄まで切り裂く裏切りをしてくる人でしょう。』この調子で、総理大臣になったら普天間基地問題も辺野古現行案で決着、企業・団体献金全面禁止も取り調べの全面可視化も骨抜き、消費税を増税しながら『小さな政府』路線をとり、果ては『大連立』を組んで、『あたりまえだろ与党なんだから』とうそぶきかねないのが小沢一郎という人間である」

「『小沢さんなら何とかしてくれそう』、『小沢さんでなきゃアメリカ(官僚、財界、悪徳ペンタゴン、etc.)に対抗できない』という馬鹿げた思い込みに侵されているのは、何も『小沢信者』ばかりではなく、リアルの政治家も同じだし、最近では江川紹子や池田香代子といった文化人にも信仰が広がっている。だから日本の政治は良くならないのである」

追記:
その後の報道によれば、民主党の小沢一郎前幹事長は31日夕、党本部で記者会見し、9月1日告示の党代表選に立候補することを正式に表明しました。



から続く

しかし、私が同著を読んだ限り、花崎さんは自身の北大助教授辞職経験を「本書の冒頭と最後に(略)繰り返し取り上げ」ていることは事実ですが、それは自身の論の主題の展開に相応したもので、かつ必要最小限の言及にすぎません。それを「繰り返し」「(著者は40年間、)何度も何度も」というレトリックを用いて「旧帝国大学助教授として権力の側でも立派にやっていけた私が、あえて助教授を辞職してまで、民衆思想を論じ、発展させてきた」というように解釈し、花崎さんがあたかも「自らの民衆思想の正当化」のために不必要に同辞職経験を言挙げしているかのようにいうのは、それこそ人を不必要に貶める行為というべきであり、不当なことだと私は思います。

第2の違和は花崎さんが定義する「民衆思想家」の謂を前田さんはご自身の流儀を超えて歪曲して解釈していること。また、「民衆思想」というものに対する前田さんの少々狭量な解釈に対する違和です。

前田さんは次のように言います。

「(同著第三部の)『継承』では、民衆思想家と呼ぶべき前田俊彦、安里清信、貝澤正をとりあげ、自らの人生を織り込んでいます。つまり、田中、前田、安里、貝澤、花崎とつづく民衆思想家の流れを唱え、その観点から田中正造に学ぶべきことを再発掘する試みです」(同上)。

しかし、花崎さんの民衆思想家及び民衆思想の定義は次のようなものです。

「民衆思想家は実践を通じての問題解決を優先し、社会的政治的文化的活動の通信物やパンフレットに、そのつどの必要に応じて文章を書いたり語ったりしても、本を書いて自分の思想を述べることに主眼を置いていない」(『田中正造と民衆思想の継承』「第9章 瓢鰻亭 前田俊彦」p167)

「民衆思想とは、民衆の一員であることに徹し、地域に根ざした実践と経験に基づいて練り上げられた自前の思想を指す。それは必ずしも文字で書かれたり、著書となってひろめられたりするものではない」(同「第13章 田中正造の思想的可能性」p236)

花崎さんはいうまでもなく「本を書いて自分の思想を述べることに主眼を置」いている作家、思想家です。花崎さんの上記の定義に従えば、花崎さんが自らを民衆思想家の位置に布置させることはありえません。花崎さんはただ自身の生き方として「この社会から疎外され、差別されている辺境民、下層民、少数民族、在日朝鮮人、障害者など『弱者』とされる人びととの連帯や共生を第一義に追及する生き方」(『開放の哲学をめざして』1986年、p88)、「『地域』に根ざす生活者=住民の立場を根拠として、普遍的な主体たることをめざす」(『生きる場の風景』1984年、p153)生き方を選び取ろうとしているだけです。花崎さんの本を素直に読めばそのように読解するのは当然のことのように思えます。

また、前田さんは花崎さんの提示する民衆思想家としての田中正造像に反対し、民衆思想というものについて次のような評価をくだします。

「民衆には生産があり、現実の生活があります。正造はあちこち流転し、各地の支持者の家に宿泊し、運動や調査をしながら転々と移動して行ったのです。高等遊民のごとく、民衆の生活に寄宿していたのです。(略)無私、無所有、無宿の思想は民衆とは関係のない思想です」(同上)。

しかし、前田さんのこの民衆思想というものに対する評価は少し以上に狭量すぎるように思います。前田さんの考えによれば非生産者は民衆思想家とはいえない、ということのようですが、ブッダの教えに最も近い、すなわち最も古い形の仏教の聖典として定評のある「スッタニパータ」(中村元訳、岩波文庫)に托鉢という宗教者の非生産行為について語っているブッダの次のようなことばがあります(pp23‐27)。

「ある朝のこと、ブッダは托鉢のためにあるバラモンの家の前に立った。ブッダの托鉢の姿を見るとそのバラモンはブッダに次のように言った。『沙門よ、私は田を耕し、種を蒔いて、食を得ている。あなたも、みずから耕し、種を蒔いて、食を得てはどうか』。ブッダは次のように返答した。『バラモンよ、私も、耕し、種を蒔いて、食を得ている』。そのことばを聞いて、かのバラモンはわが耳を疑うような顔をしてじっとブッダの面を見つめていたが、やがて問うて次のように言った。『だが、私共は誰もまだ、あなたが田を耕したり、種を蒔いたりする姿を見たものはない。あなたの鋤はどこにあるのですか。あなたの牛はどこにいるのですか。あなたは何の種を蒔くのですか』。ブッダは以下のような偈を以って答えた。『信はわが蒔く種子である。智慧はわが耕す鋤である。身口意の悪業を制するは、わが田における除草である。精進はわが引く牛にして、行いて帰ることなく、おこないて悲しむことがない。かくのごとく私は耕し、かくのごとく私は種を蒔いて、甘露の果(み)を収穫するのである』。かのバラモンはその意味をすぐに理解してブッダに言った。『尊者よ、尊者はすぐれた農夫でいらっしゃいます』。」(下記の「8月の標語」を参照して意訳、要約しました)。
http://www.joshukuji.info/hyogo2008.html#8

上記の標語の解説は言います。「大地を耕し、荒地を切り開き、美田を作り、豊かな収穫を上げるのが農業の営みです。ブッダの教えは、人間の心の中の荒野を切り開き、うるわしい人格を開発して、豊かな営みを得ようとする道」も「大地を耕し、荒地を切り開き、美田を作り、豊かな収穫を上げる」ことにほかならない、と。そのことをよく理解したからこそ、かのバラモンはブッダの帰依者となった。というのが、「スッタニパータ」に記されている釈迦のダイアローグ(問答)です。民衆思想にとって重要なことは「地域に根ざした」生をともにし、活動をともにするという共生の感覚だと私は思います。田中正造の「無私、無所有、無宿の思想」は農民という生産者の共生の思想に支えられて存在しています。そこに画然と線を引いて生産者と非生産者とに分けることにどれほどのそれこそ生産的な意味があるでしょうか。私は意味はない、と思います。

第3の違和は第1の前田さんの花崎評価についての違和とも重なるものですが、花崎さんの上記の著書において女性民衆思想家は取り上げられていない(「いささか揚げ足取りの批判であることは承知してい」るという断り書きがありますが)、という前田さんのやはり花崎評価に対しての違和です。

前田さんは次のように言います。

「本書では、民衆思想家として4人の男性思想家がとりあげられています。(略)しかし、それはアリバイづくりにすぎません。『40年以上にわたるライフワークの集大成』として4人の男性民衆思想家だけを取り上げているのですから、著者の判断は、女性民衆思想家は取り上げるに値しないということです。著者は、石牟礼道子、森崎和江、田中美津の名前だけ記しています(227頁)が、その人物や思想について紹介も検討もするには値しないと判断しています」(同上)。

前田さんの言われるとおり『田中正造と民衆思想の継承』では女性民衆思想家は取り上げられていません。しかし、女性民衆思想家は取り上げられていない、と前田さんが断定する根拠のひとつとして「著者は、石牟礼道子、森崎和江、田中美津の名前だけ記してい」ると紹介している同著227頁には実際には次のように書かれています。

「女性の民衆思想家たち、具体的には、水俣の石牟礼道子、同じく九州の森崎和江、ウーマンリブの田中美津などから、この本で挙げた民衆思想家に勝るとも劣らない思想をまなんできた」(同著、p227)。

「女性民衆思想家は取り上げるに値しない」、また「紹介も検討もするには値しない」と考える人が、「女性の民衆思想家たち」に「この本で挙げた民衆思想家に勝るとも劣らない思想をまなんできた」というような文章を果たして書くことができるでしょうか? 考えられないことです。

前田さん自身がわざわざ「いささか揚げ足取りの批判であることは承知してい」るという断り書きを書いているのですから、次のことも承知の上で書いているのかもしれませんが、私の知る限りでも、花崎さんはたとえば田中美津さんの思想については『アイデンティティと共生の哲学』(筑摩書房、1993年)、『個人/個人を超えるもの』(岩波書店、1996年)などで詳しく取り上げていますし、『〈共生〉への触発』(みすず書房、2002年)では在日朝鮮人女性思想家の李静和さんの思想を詳しく論じてもいます。石牟礼道子さんや森崎和江さんに対する花崎さんによるまとまった論説は私は知りませんが、折にふれて石牟礼さんや森崎さんに対する尊敬の念をその著作で述べています。「女性民衆思想家は取り上げるに値しない」などと花崎さんは判断している、と断定する前田さんの論は前田さんには甚だ失礼ながらデマゴギーに近い論だといわなければならないように思います。

まだまだ前田さんの標題の論には違和、異論がありますが、はじめに述べたようにこのメールは前田さんの論の反論を意図したものではなく、私の先のコメントの訂正を意図したものにすぎず、その意図は十分に達したものと自分では判断しますのでこれで終了したいと思います。

前田さんの標題の論の感想は、批評される側としての花崎皋平さんの『田中正造と民衆思想の継承』という著作を読んでから述べるべきでした。反省しています。



前田朗さん(東京造形大学教授、在日朝鮮人人権セミナー事務局長)がグランサコネ通信24に「思想の誤植について」と題した花崎皋平さんの最新刊『田中正造と民衆思想の継承』(七つ森書館、2010年)の読後感想を述べられています(下記のようなコメントをつけて)。端的に言って「花崎皋平批判」といってよいものです。

前田さんのコメント
グランサコネ通信24「思想の誤植について」をブログにアップしました。

社会運動、とりわけ北海道の社会運動の世界では非常に大きな影響力を有する花崎さんの『田中正造と民衆思想の継承』(七つ森書館、2010年)が出ています。田中正造や、そのほかに3人の民衆思想家を取り上げ、自らを含めて民衆思想を称揚している本です。しかも、「40年以上にわたるライフワークの集大成」とあります。花崎さんの本を何冊も読んできた私としては、当然、必読書。

しかし、結論を言えば「これがライフワークなら、速やかに退場しなさい、レッドカード」です。

花崎教徒には反発を買うことでしょうが、本書への疑問を少し書いてみました

以下は、前田さんのその花崎皋平論/批判を読んでの私の感想の第一便と第二便(訂正版)です。 第一便では前田朗さんの「花崎皋平批判」について留保の補足を述べているとはいえ肯定的に受け止めています。第二便では第一便の私の感想の軽率を反省し、前田さんの論、その論法のあり方を根底的(全面批判の意ではありません)に批判しています。その私の第一便と第二便の感想と論をここにエントリしておきます。

第一便
前田さん

グランサコネ通信掲載の花崎皋平論/批判を拝読しました。

私は花崎教徒ではないのですが、花崎さんの本は『生きる場の哲学』(岩波新書、1981年)以来読んでいます。もうかれこれ30年来の読者ということになるでしょうか。上記の『生きる場の哲学』に私は多くのことを学びました。私は当時挫折の真っ只中にいましたのでほんとうにこの本には多くのことを学びました。在日朝鮮人作家の高史明(コ サミヨン)を知ったのもこの本によってでした。十二歳で自死した高史明の子息の死という事実とともに。

アイヌ民族を題材にした『静かな大地』も読みました。そして、いっそう花崎さんに尊敬の念を持つようになりました。

前田さんが言及されている花崎皋平・徐京植論争も『みすず』誌上で読みました。そして、同論争の発火点となったシンポジウムの記録『ナショナリズムと『慰安婦』問題』(日本の戦争責任資料センター編、青木書店、1998年)も読んでみました。徐京植(ソ キョンシク)さんの論の正当さを肯いながらも、それでも花崎さんへの尊敬の念は変わりませんでした。

そしていま、前田さんの花崎皋平論/批判を読みました。前田さんの花崎批判には肯えるところが多いです。

その前田さんの論の正当さを検証する意味もこめて花崎さんの『田中正造と民衆思想の継承』(七つ森書館、2010年)を読んでみます。そして、私の花崎皋平観をも検証してみます。それによって花崎さんへの厳しい見方が加わったとしても花崎さんを尊敬する私の気持ちはおそらく変わらないでしょう。もちろん、前田さんも花崎さんを尊敬するからこその批判であることもわかっております。

ともあれ、前田さんのご論に触発されたことをお伝えしておきたいと思いました。

第二便
前田さん

先のメール(CML 005255)で、私は、前田さんの標題の論について、「前田さんの花崎批判には肯えるところが多いです」と述べておきました。しかし、その文言のすぐ後に次のような但し書きの言葉も添えておきました。「前田さんの論の正当さを検証する意味もこめて花崎さんの『田中正造と民衆思想の継承』(七つ森書館、2010年)を読んでみます」、と。

5日ほど前にその花崎さんの著書『田中正造と民衆思想の継承』をざっとですが読んでみました。読んでみて今度は逆に前田さんの論は正当な花崎皋平論とは言い難い、という違和を持ちました。その私の違和をここですべて述べようとは思いませんが、そのうちの2、3の違和について述べてみます(すぐに返信を認めなかったのは「ヒデリノ」夏ということもありバテ気味の気分とともに、「北ニケンカヤソショウガアレバツマラナイカラヤメロトイイ」(宮沢賢治「雨ニモマケズ」)という無為な争論を忌避する気分も少なからずあったからです。誰しも言い争いになるだけの(それが予想される)争論はしたくないものです。だから私は争論をするつもりはなく、このメールは先の私のコメントの訂正の意で書いています)。

その第1は前田さんの文字どおりの花崎評価についての違和です。前田さんは自身の花崎評価を次のように述べます。

「著者が『民衆思想の基本の立場』を『はっきりと意識した』のが全共闘の大学闘争であったといいます(238頁)。正造の民衆思想を論じた本書の冒頭と最後に、全共闘事件、著者の北大助教授辞職が繰り返し取り上げられています。(略)著者の議論の立て方自体が、実は『知と権力』に寄りかかっているのです。著者は40年間、何度も何度も、北大助教授を辞職したことをもって自らの民衆思想の正当化にあててきました。この回路が著者の限界でしょう。旧帝国大学助教授として権力の側でも立派にやっていけた私が、あえて助教授を辞職してまで、民衆思想を論じ、発展させてきた、という論理は、旧帝国大学の権威抜きには成立しないのです。そうでなければ、40年もたっているのですから、北大辞職など持ち出さずに、自らの民衆思想そのものを持って民衆思想を語って見せればよいのです」(グランサコネ通信24「思想の誤植について」)

に続く
幾つかのメーリングリストに「杉並からの情報発信です」ブログの主宰者の山崎康彦さんという人の論考をなにか重要な論点を提起している論考であるかのように読みなす何人かの人がいて同氏の論がしばしば引用される傾向がありました。

私にとっては山崎さんの論は荒唐無稽な論のたぐいにすぎないのですが、上記のような事情で山崎さんの論を一度根底的に批判しておく必要を感じました。

私と山崎さんとは一時期(3か月間ほど)同じメーリングリストに参加していました。そのとき、山崎氏の発信する【YYNews】の論考に何度か異議を述べたことがありますので、その私の山崎氏の論に対する反論文を下記に掲げさせていただこうと思います。もとより「根底的」な反論文というにはほど遠い拙文にすぎませんが、山崎氏の推奨する副島隆彦氏やリチャード・コシミズ氏の論のいかがわしさも含めて同氏の論の荒唐無稽さを明らかにすることはできるものと思っています。

以下が弊ブログにアップした山崎康彦さんの論文への反論の一覧です。7本のエントリがあります。

山崎康彦さんの論文への反論1 ―「評論家の副島隆彦氏が非常に重要な情報をブログで流されています。」というメールへの反論(2010年2月4日付)
山崎康彦さんの論文への反論2 ―「今の日本はナチスが登場した1930年代のドイツに似ている」というメールへの反論(2010年2月11日付)
山崎康彦さんの論文への反論3 ―「インテリジェンス」(諜報・情報分析)というとことごとしいけれども、要するに不確かな裏情報のひとつにすぎないのではありませんか? (2010年2月22日付)
山崎康彦さんの論文への反論4 ―「こっそり辺野古を買っていた『政界9人』とは一体誰なのか?」というメールへの反論(2010年3月6日付)
山崎康彦さんの論文への反論5 ―「『小沢一郎幹事長を支援する会』設立総会で発言したこと」というメールへの反論(その1)(2010年5月9日付)
山崎康彦さんの論文への反論6 ―「『小沢一郎幹事長を支援する会』設立総会で発言したこと」というメールへの反論(その2)(2010年5月9日付)
山崎康彦さんの論文への反論7 ―「東本さん、『思想的アイデンティティー』という表現の疑問です。」というメールへの返信(2010年5月11日付、同月12日付)
下記は「『小沢一郎幹事長を支援する会』設立総会で発言したこと」という山崎康彦さんの文章に対する私の批判文の中に「あなたの思想的アイデンティティーは厳しく問われなければならない」という表現があったことにに関してメーリングリスト上で異議申し立てをされたおふたりの方への私の反論文(2010年5月11日付、同12日付)です。民主主義とは何か、という問題を含みますので山崎さんの文章批判に関連してここに掲載しておきたいと思います。なお、異議申し立て者おふたりの原文は公開の許可を得ていませんので省略します。

●Mさんへの反論

Mさん

私は民主主義というものをとても大切な概念だと考えています。現代民主主義社会において【制度的な意味において】その民主主義の概念の具現化を図ろうとしているのは政党、あるいは政治家というべきですから(それが現代政治を特徴づける「政党政治」の謂いだと思っています)、政党、あるいは政治家の民主主義に対する感度の問題は当然市民としても無関心でいることはできません。そこから政党、政治家に対する市民、あるいはジャーナリズム(この場合は市民の言説の代理者の謂い)としての厳しい監視の眼(いわゆる“ウォッチ・ドッグ(権力に対する監視者)”の役割)が必要だという現代社会学(ジャーナリズム論)の論理も導き出されることになります。民主主義の観点から政党、政治家の言説を厳しく監視する眼を持つことは現代社会を生きる市民としての重要な課題といってよいものだろう、と私は思っています。

そういう意味で、民主主義と逆向きの方向に歩もうとしている者、あるいはその方向性を擁護しようとしている者に対しては、その対象が政党や政治家でなく市民であっても、ときとして厳しく批判される、いや厳しく批判しなければならないときがあるだろう、と私は思っています。この批判は個人批判ではありえません。むろん、個人の人格批判でもありえません。また、「M.L.は自由な自己表現の場」だとかいうこととも関係ありません。「他者の意見への批判・支持など応答し合う」場であるという点でいえば私の批判に対して山崎さんは反論しているわけですから、そうしたMLの「応答し合う場」としての性質を阻害しているわけでもありません。

Mさんの「『あなたの思想的アイデンティティーは厳しく問われなければならない』という表現に驚いています」というご指摘については、次の辺見庸の現代社会に対する怒りの言葉を援用させていただくのが適切ではないか、と私としては思案します。かぎ括弧は私の文、二重かぎ括弧が辺見の文です。

「わが国の風俗、人びとの感性(生活スタイル、思想までも含む)は、70年(昭和45年)前後を分水嶺として決定的といってよいほど変容した。(略)なにが変容したのか。現代について「単独発言」を続ける、作家の辺見庸氏はいう。『まっとうな怒りをせせら笑い、まあまあととりなして、なんにもなかったように見せかける(略)。記憶するかぎり、老いも若きもこんなにも理念をこばかにし、かつまた、弱きを痛めつけ強きを支える時代ってかつてなかった。これほど事の軽重をとりちがえながら賢し顔を気取っている時代もなかった』。彼は、そこに「鵺(ぬえ)のような全体主義化」を感じとる(『眼の探索』)。ひとことで「保守化」というが(現に私もそのようにいったが)、その様相は「鵺」のようにまがまがしく、うす気味悪く、為体(えたい)がしれない。30年の後、時代はここまできた。」

もちろん、Mさんが「まっとうな怒りをせせら笑」っているとは思いませんが、上記の辺見の現代社会に対する怒りは私の現代社会に対する怒りでもあります。


●Kさんへの反論

Kさん

Mさんへの返信が少し抽象的だったような気もしますので、以下、具体的に述べてみることにします。

Kさん。小沢氏が憲法9条の改憲論者であることはお認めになられますね?

そして、「9条改憲阻止の会」の「改憲阻止」の主張と憲法9条改憲論者としての小沢氏の政治信条とは齟齬すること、真逆の方向を指し示している主張であることもお認めになられますね?

上記の両者の主張が真逆であるということを前提にして言うのですが、あるひとりの人物が上記の相反する主張を持つ「9条改憲阻止の会」という組織と「小沢一郎幹事長を支援する会」という組織の両方の組織の構成員に同時期になるということは思想的、理念的に矛盾する行為といわなければなりません。そのことも論理的な問題としてお認めになられますね?

お認めになられたと仮定します。だとすれば、上記の事実に即して私の指摘した「あなたの思想的アイデンティティーが問われなければなりません」という表現のどこに問題があるというのでしょう? 相手の思想性の問題にまで踏み込んで批判することは個人の人格攻撃になる。そういう批判は避けるべきだ、というご指摘でしょうか? そういうご指摘であれば、私は少々お門違いのご指摘であろう、と思います。

標題の件に関しては、もちろん相手のダブル・スタンダードの「思想」を問題にしているわけですから、「思想」が「人格」の一部である以上、その批判に「人格」を問題にする側面があることは否めません。しかし、そういうことが問題であるというのであれば、およそすべての思想批判などできない相談ということにならざるをえません。たとえば田母神批判というものがありますが、同批判は彼の軍国主義思想を問題にしています。「思想」が「人格」の一部であるという意味では、この田母神批判も彼の「人格」批判ということにもなりえる要素を持ちます。しかし、だから田母神批判はしてはいけない、ということには当然ならないでしょう。

また、Kさんは『日本思想史研究』という学問の分野があることをご存知でしょう。この「日本思想史研究」というのは先人及び同時代人の思想を批判する研究の体系といってもよいものです。ここではたとえば荻生徂徠や伊藤仁斎などの江戸期の先学はもちろん現代の(といってもすでに故人ですが)丸山眞男や加藤周一などの思想家も批判の対称になっています。そのいずれも「思想」批判である以上、個人の「人格」批判を含むものです。そういう研究がいけないということにも当然ならないでしょう。

言葉づかいには気をつけなければいけないことは当然ですが、ダブル・スタンダードと思われる思想について「あなたの思想的アイデンティティーが問われなければなりません」と指摘するのはある意味当然というべきであって、私はそこにたとえば相手を貶めるなどの言葉づかいの不手際があったとはまったく思いません。言うまでもないことですが、相手を貶めるということと批判するということはまったく性質を異にするものです。

それがなぜ問題にされなければならないのでしょう? 私の方こそ「疑問です」といわなければならないところのように思います。

そうした理念、思想の根幹の問題を問うているのに、その問題を「居心地」や「MLの仲間ではないですか」という問題に矮小化してしまう(ご本人にその自覚があるかどうかは別にして)。そういうことを私は辺見庸の言葉を引用して「事の軽重をとりちがえ」た認識というべきではないですか、ということを言っているつもりなのです。

最後にもうひとつ具体例を提示してみます。

あくまでも例え話にすぎませんが、たとえば本MLに田母神俊雄が加入してきたとして、私がその田母神の軍国主義「思想」について「あなたの思想的アイデンティティーは厳しく問われなければならない」と批判したとします。それでもKさんは「いっぺんに居心地が悪くなってしまうので」そういう批判はやめてください、などと私に言いますか?
下記は「杉並からの情報発信です」ブログの主宰者の山崎康彦さんの標題(副題)記事に対する私の反論文その2(2010年5月9日付)です。

*山崎氏記事の原文はブログにありませんので省略します。

山崎さん wrote:
> 「9条改憲阻止の会」はもともと安部政権が改憲の動きを具体化してきたことに対する危機感で
> 立ち上げた市民運動体です。小沢幹事長の唱える「小沢試案」に反対する組織ではありませんの
> で「9条改憲阻止の会」の会員と「小沢幹事長を支援する会」に参加することに何の矛盾もない
> と思います。

山崎さん

あなたのおっしゃるとおりであれば「9条改憲阻止の会」は安倍政権の改憲の動きに対するアンチ「安倍改憲」のための「9条改憲阻止の会」であった、ということになります。

そうであれば安倍政権は(広義の意味にとって自民党政権も)すでに終焉しているわけですから、「9条改憲阻止の会」もその役割を終えて解散されてしかるべきものです。


そういう事実から考えると「9条改憲阻止の会」の目標とする「改憲阻止」は、文字どおりの「改憲阻止」の意味であって、その「改憲」の動きが安倍政権の動きであろうと民主党(中心)内閣の動きであろうと反対し続ける、というのが同会の目標ということになるのではないでしょうか?

仮に小沢氏の9条改憲試案には反対しない「9条改憲阻止の会」ということであるのならば、今後そういう理念的に支離滅裂な組織は「改憲阻止」勢力とはみなせないことになります。

おそらく上記の見解はあなた独自の見解というべきであって、「9条改憲阻止の会」の見解とは相容れない見解といわなければならないでしょう。

もう一度繰り返しておきます。あなたが両方の会に所属することに矛盾を感じない、というのであれば、そのあなたの思想的アイデンティティーは厳しく問われなければならない、ということです。
下記は「杉並からの情報発信です」ブログの主宰者の山崎康彦さんの標題(副題)記事に対する私の反論文その1(2010年5月9日付)です。


山崎さん wrote:
> 当日は80名くらいの方々が参加され、私も「憲法9条阻止の会」でご一緒の正
> 清太一世話人からのお誘いで出席し「各界・各層から人言」の一人として発言す
> る機会を得ました。

山崎さん

あなたが上記でおっしゃる「憲法9条阻止の会」とは「9条改憲阻止の会」のことですね。

あなたがご一緒されたという正清太一さんは「9条改憲阻止の会」の会員であることからそのことはわかります。

そして、「9条改憲阻止の会」とは、「9条改憲阻止の一点を共通の目標にした会」ということのようです。

一方、小沢一郎氏は下記の自身のウェブで現行の憲法9条(1項、2項)にあらたに下記の第3項を加えることを主張している明確な憲法9条改憲論者です。

現行憲法第9条:
第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
……………………………
小沢試案
第9条
一 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
二 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
三 前二項の規定は、第三国の武力攻撃に対する日本国の自衛権の行使とそのための戦力の保持を妨げるものではない。

「9条改憲阻止の会」の目標と小沢氏の目標は相容れません。

その相容れない主張を持つはずの「小沢一郎幹事長を支援する会」に参加したとは同会の会員になったということをも示しているのだと思いますが、あなたたちはなぜ根本の問題のところで主張の異なるはずの会の会員になったのでしょう? 下記でいろいろな理由を述べていますが、そういう理由は理由にはなりません。

あなたの思想的アイデンティティが問われなければなりません。
下記は「杉並からの情報発信です」ブログの主宰者の山崎康彦さんの標題(副題)記事に対する私の反論文(2010年3月6日付)です。


山崎さん wrote(「日刊ゲンダイ」からの引用ですが、批判的なコメント抜きで引用しているわけですから山崎さんのご見解でもあるのでしょう):

> 「沖縄の土地をめぐっては小沢幹事長が購入していることが一部で報じられた。これは資産公開で明らかにな> っているが、問題は隠れてコッソリ買っている連中だ」

なぜ小沢幹事長の沖縄の土地購入は問題ではないのでしょう?

民主党、小沢擁護論もここまでくると茶番でしかありません。呆れかえるばかりです。

沖縄の土地に関する利権問題に関しては下記のような指摘もあります(下記記事の筆者の目取真俊さんは1997年年度の芥川賞作家、2000年度の川端康成文学賞受賞作家です)。あなたはなぜ下記のような事実を指摘しようとしないのでしょう?

有権者を愚弄する下地幹郎議員(目取真俊 海鳴りの島から 2010年3月6日)
鳩山党首自ら「最低でも県外」と言った公約を破ろうとしている民主党中央と、選挙前に取り下げた「嘉手納統合案」を今になって再び主張している下地議員は、有権者を裏切り、欺いているという点でまさに同じ穴の狢(むじな)だ。こういう有権者を愚弄する行為を許してはならない

民主党と下地幹郎議員の画策(目取真俊 海鳴りの島から 2010年2月16日)
当初、17日の検討委員会では社民党、国民新党が「移設」先候補地を提案する一方で、民主党は提案しないということが報じられていた。琉球新報の記事を見れば、そのからくりが分かる。昨年の衆議院選挙前に鳩山党首自ら「県外移設」を唱えていた民主党が、キャンプ・シュワブ陸上案を検討委員会で提案すれば、公約違反の強い批判を受けるのは必至だ。それを回避するために自らは提案せず、国民新党の下地議員に働き掛けたということだろう。実に姑息なやり方だ

2月12日付琉球新報に沖縄県特A業者の公共工事完工高ランキング(2008年度決算/08年9月期?09年8月期の集計)が載っている。それを見ると公共工事完工高の上位には屋部土建、大米建設、金秀建設、仲本工業、国場組といった企業が名を連ねているが、注目すべきは発注機関別の請負額上位企業の表で、沖縄防衛局発注工事の請負件数と請負額上位は以下の通りになっている。

1 仲本工業  2件  12億1400万円
2 大米建設  3件   8億9000万円
3 屋部土建  4件   7億8800万円
4 仲程土建  3件   6億円
5 渡嘉敷組  2件   4億1100万円

下地議員のファミリー企業である大米建設が、沖縄防衛局発注工事の請負額ランキングで2位に入っている。沖縄に米軍が駐留していることは、下地議員にとってはファミリー企業の利益につながるわけだ。普天間基地の「移設」に関しても、県外・国外ではファミリー企業に利益はない。「県内移設」なら嘉手納基地やキャンプ・シュワブで行われる工事を受注できるかもしれない。以前から書いているように、基地機能・訓練の分散・移転を口実に下地島空港の軍事利用の道を開くこともできる。沖縄でこれだけ「県内移設反対」の声が高まっているにもかかわらず、下地議員が「県内移設」を主張し続けるのは、以上の理由からではないのか(これがすべてとは言わないが)

沖縄における自衛隊強化の問題(目取真俊 海鳴りの島から 2010年1月15日)
この記事に先立つ04年12月には、05?09年度「防衛計画大綱」「中期防衛力整備計画」が出され、沖縄の陸上自衛隊を旅団に格上げすることや、宮古島に陸上自衛隊を配備すること、島嶼防衛の強化などが打ち出されていた。この頃から米軍再編と連動した沖縄の自衛隊強化が着々と進められてきたのである」。「上記の琉球新報の記事から2ヶ月ほど後に、藤岡信勝氏ら自由主義史観研究会のグループが渡嘉敷島・座間味島を調査し、「集団自決」の軍命を否定する運動を本格化していく。そして、同年の8月に梅澤裕元隊長と赤松嘉次元隊長の弟が、大阪地裁に大江健三郎氏と岩波書店を提訴する。大江・岩波沖縄戦裁判はそのあと教科書検定問題に発展し、大きな社会問題となっていくのだが、そのような一連の動きの背景に、沖縄における自衛隊強化の問題があったと私は考えている

下地島空港への小沢発言(目取真俊 海鳴りの島から 2010年1月4日)
守屋氏の逮捕によって、その時の思惑は潰えたにしても、下地島空港の軍事利用を策す動きは一貫してある。今回の小沢発言が呼び水となり、再びその動きが活発化しかねない。すでに宮古島では警戒心を持って動きを見つめている人たちがいると思うが、民主・社民・国民新の与党検討委員会の場で下地島や伊江島の名が出たときには、即座に沖縄全体で「県内移設」反対!の声を上げていく必要がある
下記は直接には翻訳家の池田香代子さんのブログ記事に対する疑問点を述べたものですが、「杉並からの情報発信です」ブログの主宰者の山崎康彦さんのブログ記事「なぜ東京地検特捜部がこれほどまで傍若無人に暴走出来るのか」への批判にもなっています(2010年2月22日付)。山崎氏批判の第3弾としてここに掲げておきます。


池田香代子さんがご自身のブログに2010年2月19日付で「孫崎元外務省局長『検察の動きを見ればアメリカの意思がわかる』」 という記事を書かれています。 また、『杉並からの情報発信です』というブログでもやはり上記のジャーナリストの岩上安身さんの孫崎元外務省局長へのインタビュー記事に材をとった「『なぜ東京地検特捜部がこれほどまで傍若無人に暴走出来るのか』の答えをみつけた」(2010年2月12日付)という記事が書かれています。おふたりのブログ記事の筆者に共通するのは「外務省では分析課長と国際情報局長の二つのポストを歴任し」、「日本では数少ないインテリジェンスの本物の専門家である」(岩上安身ブログ「孫崎享元外務省国際情報局長インタビュー1」) 孫崎元外務省局長のインテリジェンス (諜報・情報分析)といわれる情報を無条件に信頼して記事を書いていることです。しかし、私は、インテリジェンスと呼ばれる情報は裏の舞台に隠されていた情報をあぶりだすという点で蠱惑に満ちていますが、その分真偽不明で不確かなところも多く、こうした裏情報のようなたぐいのものを無条件、 無批判に受けとめる姿勢に危うさのようなものを感じます。


具体的にいうとこういうことです。池田さんは上記記事で次のように言います。

「アメリカは自国の国益に添わない日本の政治家を失脚させてきた、それは鳩山一郎、 吉田茂(晩年)、田中角栄、武村正義、小沢一郎と続いている、その手段のひとつが検察特捜部による摘発だった、と孫崎さんは断言します」

上記で池田さんは「その手段のひとつが検察特捜部による摘発だった」と書いていて、政治家の失脚のすべてが「検察特捜部による摘発」によるもの、とは書いていませんが、池田さんが文章冒頭で「ゆゆしいこと」と言っているのは、 「検察特捜部が隠匿物資摘発で押さえた政府の資金をつかってアメリカの意向に反する動きをしそうな勢力を抑えこんだ」ということを指しているはずですから、 池田さんの文章全体を読んだ印象としては、 「政治家の失脚のほとんどは検察特捜部による摘発によるものだった」、というように私たち読者にはどうしても読めてしまいます。

もうひとつ。上記で池田さんは「アメリカは自国の国益に添わない日本の政治家を失脚させてきた、それは鳩山一郎、 吉田茂(晩年)、田中角栄、武村正義、小沢一郎と続いている」と書いていますが、たとえば武村正義氏はアメリカに政治的に失脚させられた政治家、 といえるでしょうか? 池田さんが上記の文章で引用される孫崎元外務省局長インタビュー13では孫崎氏はたしかに米国が日本の政府の人事に介入した例として武村官房長官の例を示していますが、武村氏は結果として当時の細川首相に罷免されていませんし、細川政権崩壊後の自社さ連立内閣(村山内閣)を成立させる大きな役割も果たしており、同村山内閣では大蔵大臣にも就任しています。 武村氏を失脚者扱いするのは明らかに誤っています。この場合、 アメリカの日本政府への人事介入は失敗しているのです。

また、池田さんは上記の文中では触れていませんが、孫崎元外務省局長インタビュー4では失脚とは逆にアメリカ側の意中の政治家として岸信介氏の例がとりあげられています。そして、そのアメリカ側の意中の政治家である岸氏が「失脚」 (総辞職) せざるをえなくなった直接の原因は、周知のとおり国会で新安保条約案を強行採決し、国民の大きな怒りを買ったことです。 岸氏は辞任直前には暴漢に襲われ、瀕死の重傷を負ってもいます。アメリカ側の意中の人であっても国民は彼を日本国の首相とは認めなかったのです。そういう歴史の真実が「インテリジェンス」情報ではすっぽりと抜け落ちてしまう、ということもあります。それが 「インテリジェンス」情報のひとつの陥穽です。

『杉並からの情報発信です』ブログ(2010年2月12日付)でも孫崎享元外務省国際情報局長インタビュー13の記事がとりあげられていますが、同ブログの筆者は左記の記事を見て「なぜ東京地検特捜部がこれほどまで傍若無人に暴走出来るのか」の答えをみつけた、と言っています。その筆者がみつけた答えは、「特捜部は、日本の権力者に歯向かう役割でスタートした。その後ろ盾には米軍がいたんです。それが今も続いているんです」。だから、東京地検は日本が対米隷属から離れて、独立独歩の道を歩もうとする政治家」 (上記インタビュー13)、すなわち小沢一郎民主党幹事長を「ねらい打ちにしてきた」、というものです。

が、 同ブログの筆者は、 2010年2月20日付には「『小沢幹事長不起訴にオバマ政権の意向が働いた』と推測します」という記事を書いています。

これはおかしな論理です。「特捜部の後ろ盾には米軍が」ついており、その米軍は「自国の国益に添わない日本の政治家を失脚させ」ることを目的にして「インテリジェンス」活動をしている、というわけですから、失脚させたい政治家の不起訴などに手を貸すのは筋が通りません。しかし、その筋が通らない話を同ブログの筆者は次のような筋を立てて説明を試みます。

「オバマ政権は当初在日CIAや在日大使や自民党清和会、日本の財務・司法・外務官僚などの情報から、小沢幹事長と鳩山民主党政権が『反米的で危険な存在』と判断して『小沢幹事長追い落とし』と『鳩山政権転覆』の指示をCIAと日本の検察に出したと推測され」る。/ しかし、「オバマ政権はシギントで得た日本の政治家や検察の内部情報、ルース駐日米大使の現地情報等から、小沢の親米的姿勢と類稀な政治力、さらに自民党の衰退を見抜きCIAに指示して小沢不起訴を検察首脳に働きかけたという説が有力になっている」が「私も同じ考え」だ。

同ブログの筆者が信頼できる情報として依拠している孫崎元外務省局長のインタビュー記事では日本の検察を牛耳っている米国の優秀な「インテリジェンス」 機関とオバマ政権は、「ずいぶん前から(小沢対策を)正確に分析してい」た(上記インタビュー11)と言っています。その「正確に分析してい」たはずのオバマ政権の小沢評価が上記のように 「反米的で危険な存在」という評価から「親米的姿勢」を持った政治家、という評価に一転するのはやはり筋が通りません。

そもそも池田さんや『杉並からの情報発信です』ブログの筆者の評価する孫崎元外務省局長のインタビュー記事13では、小沢一郎氏は「日本が対米隷属から離れて、独立独歩の道を歩もうとする政治家」と高く評価されています。池田さんも『杉並からの情報発信です』ブログの筆者さんもおそらく小沢一郎氏を上記のインタビュー記事と同様の視点で評価されているわけでしょうから、そういう意味からも「小沢幹事長の『親米的姿勢』を評価して同幹事長不起訴にオバマ政権の意向が働いた」という推測は成立しがたいものがある、といわなければならないように思います。

私は小沢幹事長が不起訴になったのは、単純に検察側に同幹事長を起訴するだけの証拠がなかったからだろう、と思っています。「小沢幹事長追い落とし」や「小沢幹事長不起訴」にアメリカの関与があったのかどうか定かのところはわかりません。関与はあったかもしれないし、なかったかもしれない。それ以上のことは不明というほかありません。先にも言いましたが、必要以上に「インテリジェンス」情報を評価することは、大局的に歴史を見る眼、歴史の真実を見抜く眼を見失う陥穽に陥りやすいという意味で危うさをともなうものであるように私は思います。

最後に。

上記のインタビュー記事13の「日本が対米隷属から離れて、独立独歩の道を歩もうとする政治家」という小沢氏評価に関わらず、「小沢は常にアメリカの対日要求の中身を踏まえて発言している」(浅井基文『新保守主義?小沢新党は日本をどこへ導くのか?』pp127-128)ことは小沢氏の主張を注意深く見守ってきた者にとっては明白なことのようにも私は思っています。
下記は「杉並からの情報発信です」ブログの主宰者の山崎康彦さんの標題(副題)記事に対する私の反論文(2010年2月11日付)です。


山崎さんの独自のご見解のご投稿が続いていますが、そして、その山崎さんの紹介される 副島隆彦氏やリチャード・コシミズ氏のブログや動画をよく見ていて共感するところがある、 という××さんのご投稿などもありますが、ある評論家なり、ある他者についての評価は人それぞれですし、 また、人それぞれであって当然いいわけですから、おふたりのご認識や考え方が私と違っていてもある意味当然であり、致し方ないことだとは思います。

しかし、私としては、山崎さんの紹介される副島隆彦氏やリチャード・コシミズ氏、 また植草一秀氏の認識、見解には承服しがたいところが多々あります。そのことを申し述べておきたいと思います。

副島隆彦氏に対する私の評価については先のメールでも彼のブログの記事を読んだ読後感として少し述べました。その私の評価に少しプラスすると、私は、 たとえば副島氏の「人類の月面着陸はなかった」などとする主張(Wiki:『アポロ計画陰謀論』)はトンデモな主張だと思っています。この彼の主張については「宇宙開発関係の専門家でこの説を批判したものはいるが、支持すると表明したものは今のところ存在しない」(同左)というしろものです。私はこういう主張をする人の説を他の説であっても信用する気にはなれません。彼の他の説にしてもいかにその説が飛躍(根拠のない断言)のかたまりであるかについての一端は先のメールでも述べました。

リチャード・コシミズ氏も副島隆彦氏と同じく「アポロ計画は捏造であった」という主張をしています(同上)。さらにコシミズ氏は「全ての極東問題は、ニューヨーク在住のロックフェラーの意向で存在する」「北朝鮮という国家が樹立され、いまだに飢餓で滅亡しないのも、オウム事件を起こそうとしたのも、創価学会や統一教会が政治に影響力を持つのも、全て、ロックフェラーグループの統一協会朝鮮人によるもの」とも主張しています(同左)。荒唐無稽な説だと私は思います。こういう主張をする人の説も私は他の説であっても信用する気にはなれません。

植草一秀氏については、なにがなんでも民主党、また小沢一郎氏を検察、マスメディアのバッシング攻撃から擁護しようとするあまり、 同党の決して少ないとはいえない公約違反、 また政策不整合の数々を不問に付すという姿勢において、彼の論を評価することはできません。 私は先のメールで「政権交代したばかりの 「よちよち歩き」の民主党を擁護しようとする立場から、小沢氏の『政治とカネ』の問題を不問に付して(略)鈴木宗男氏や佐藤優氏を自らの政治観測の主観に合わせて創作した 〈虚像〉 の鈴木宗男像や佐藤優像をもって彼らを高く評価しようとする向きが私たちの側(民主勢力)の一部に少なからず見受けられるように思」うとのべましたが、その「向き」の筆頭格が植草一秀氏であろう、と私は思っています。そういう意味で私は植草一秀氏の主張も支持することはできません。ただし私は、例の植草痴漢事件なるものは、警察、検察、 裁判所一体のフレームアップ、冤罪事件であるだろうと思っています。この件については私はさまざまな媒体に植草氏擁護の記事を書きました。左記のことを付記しておきます。

上記の意味で、今回の山崎さんの記事にも私は異議をもっています。その記事には少なからぬ飛躍がある、というのが私の判断ですが、いちいち指摘することはやめます。
本エントリから7本、「杉並からの情報発信です」ブログの主宰者の山崎康彦さんの論文への反論文を資料として掲載します。下記は山崎氏の標題(副題)記事に対する反論文(2010年2月4日付)です。


山崎さん

山崎さんご紹介の副島隆彦氏のブログの記事(2010年2月1日付)を読んで見ました。

読んでみて、山崎さんがなぜ副島氏の上記の論を「非常に重要な情報」などとおっしゃるのか、私には不明でした。副島氏の論には根拠のない断言がありすぎます。こうした根拠のない断言の類をもちろん論ということはできませんし、むろん情報ということもできないように思います。

以下、いくつか副島氏の「論」の飛躍(根拠のない断言)のさまを見てみます。

第一。副島氏は、マイケル・グリーンという「先のホワイトハウスの東アジア上級部長をしていた」人物を、「今、私たちの日本国を、一番上から操って、東京で各所で暗躍し、 動き回り、政治干渉している」ふたりのうちのひとりで、 「今の『小沢攻撃、小沢を排除せよ』の東京のあらゆる権力者共同謀議(コンスピラシー)の頂点に居る謀略人間である」と断言するわけですが、このように副島氏が断言する根拠は、 「CIA(米中央情報局)と軍事部門の情報部が一体化して、 政治謀略を仕組む部署が青山と横田(横田基地内と外)あって、そこの100名ぐらいの部隊が、マイケル・グリーンの配下として、暴走している」というものです。

しかし、「CIAと軍事部門の情報部が一体化して、政治謀略を仕組む部署が青山と横田」にあって、そこに 「100名ぐらいの部隊が」ある、 というのはおそらく私もそうだろうと推測できますが、「100名ぐらいの部隊が」あるということと、その「100名ぐらいの部隊が、マイケル・グリーンの配下」ということとは別のことです。「100名ぐらいの部隊が、マイケル・グリーンの配下」 と断言するためには、そう断言するだけのさらなる根拠を示す必要がありますが、そうした根拠は示されないまま根拠のない断定だけが独り歩きしています。

第二。副島氏は、 このマイケル・グリーンの手先となっている「忠実な子分」のひとりとして長島昭久衆院議員をリストアップしていますが、 その根拠としてあげているのは長島氏が 「東京21区」すなわち「立川、福生、横田という米軍基地のある選挙区から出ている衆議院議員であるということ」だけ。そういうことが根拠になるのならば、 東京21区選出の議員は全員アメリカの手先となるほかありません。荒唐無稽きわまりないことです。

第三。副島氏は、テレビ6社(NHKを含む) と大手新聞5社の11大メディアの政治部長会議を「アメリカの手先の主力勢力」 と断言するのですが、 そう断言する根拠もなんら示されているわけではありません。その上で同政治部長会議には「マイケル・グリーンと長島昭久、渡部恒雄らも出席して、『小沢一郎を逮捕、有罪として、葬り去るための謀議』を開いている」「ここには、樋渡利秋検事総長や、漆間厳(元警察庁長官、前内閣官房副長官事務方)らも密かに顔を出す」などと妄想をたくましくします。そのようにいう根拠は「私は(そう)にらんでいる」という筆者の推測だけです。根拠も何もあったものではありません。

副島隆彦氏が上記のように妄想をたくましくするのは、「私は、鳩山・小沢政権を強く支持して、『日本国の大掃除を断行しよう』としている勢力と共に、最後まで徹底的に闘」うという覚悟からくるもののようです。しかし、このように妄想をたくましくしてまでする「鳩山・小沢政権」擁護がわが国の政治の革新に寄与するとは私にはとうてい思えません。

 終戦の日

NHKが「NHK戦争証言アーカイブス」というホームページを設け、インターネット上で太平洋戦争時の大変貴重な映像と音声、そして310人の兵士たちの証言を見る/聞くことができます。

たとえば「戦時録音資料」の「勝利の記録」では1941年12月8日の開戦時の有名な「帝国陸海軍は、本8日未明、西太平洋においてアメリカ・イギリス軍と戦闘状態に入れり」という大本営陸海軍部発表の臨時ニュースの生音声を聞くことができますし、1945年9月第255号「日本ニュース」の「聖断拝す 大東亜戦争終結 昭和二十年八月十四日」では「靖国の社頭に、また二重橋前広場にひれ伏し」「一億、等しく頭を垂れて玉音を拝し奉る」戦争終結時の「帝国臣民」の当時の様子を見ることができます。

大変貴重な資料となると思いますので記録しておきます。

以下、メディア記事と「NHK戦争証言アーカイブス」のメニューの一覧の抜粋。

NHK戦争証言アーカイブス:元兵士ら310人の記録公開 「言葉、次の世代に」(毎日新聞 2010年8月6日)
 命が脅かされる日常とはいったいどのようなものだったろうか。そんな時代の生々しい証言がインターネット上で見られる。「NHK戦争証言アーカイブス」(http://www.nhk.or.jp/shogenarchives/)では、番組取材で得たインタビューを共有財産として公開。個人で学ぶほか、教育の現場でも活用できそうだ。

 「体験者は高齢化している。今が最後のチャンス」と、ライツ・アーカイブスセンターの宮本聖二チーフ・プロデューサー。特に日本軍の記録は、戦後に1次資料の多くが廃棄されたため、個人の証言を基に記録を構築するしかないという。

 NHKでは「証言記録 兵士たちの戦争」「市民たちの戦争」などの番組制作を通じて、多くの体験者を取材。番組では一部しか使用されなかった証言を改めて整理し、アーカイブを作った。

 昨年は約2カ月の期間限定サイトで約100人分を公開。今年は8月2日に本格オープンし、310人分の証言を掲載した。太平洋戦争開戦70年の2011年に向け、1000人分の収集を目指す。

 サイトでは、元日本軍兵士の他、市民の空襲・疎開体験、被爆した日系米国人や戦前ソウルにあった京城帝国大で学んだ韓国人ら外国人の証言もある。

 時代背景など理解を深める素材も充実。NHKの関連番組や映画館で戦意高揚のため上映された「日本ニュース」、玉音放送などの音源も視聴可能だ。

 企画の発案者である伊藤純エグゼクティブ・プロデューサーは「一義的な戦争体験の継承が困難になるなか、体験者の言葉を次の世代に残していくのが私たちの責任。普段、戦争関係に興味を持つ人だけでなく、若い人たちに見てもらいたい」と話している。

NHK戦争証言アーカイブスメニュー:
●[http://cgi2.nhk.or.jp/shogenarchives/shogen/list.cgi 証言] 戦争体験者インタビュー動画(305件)

太平洋戦争が終結して65年。戦争を知らない世代が増えると同時に戦争を体験した人々の高齢化が進み、直接戦争を体験した人々の証言がますます貴重なものになろうとしています。このアーカイブスでは、「証言記録 兵士たちの戦争」で取材した、戦争体験者の貴重な証言を、番組で紹介しなかった部分も含めて公開しています。
●[http://cgi2.nhk.or.jp/shogenarchives/bangumi/list.cgi 番組] NHK戦争関連番組集

現在NHK衛星ハイビジョンで放送している「証言記録 兵士たちの戦争」、また、1992年12月?1993年8月に放送された「NHKスペシャル ドキュメント太平洋戦争 第1集?第6集」もご覧いただけます。

・証言記録 兵士たちの戦争(29編)
 西部ニューギニア 見捨てられた戦場 ?千葉県・佐倉歩兵第221連隊? など
・証言記録 市民たちの戦争(9編)
 強いられた転業 東京開拓団 ?東京・武蔵小山? など
・ドキュメント 太平洋戦争(6編)
 ドキュメント太平洋戦争 第1集 大日本帝国のアキレス腱 ?太平洋・シーレーン作戦? など
●[http://cgi2.nhk.or.jp/shogenarchives/jpnews/list.cgi 日本ニュース]

「日本ニュース」は、太平洋戦争を間近に控えた1940年(昭和15年)から終戦をはさみ、1951年(昭和26年)まで制作されたニュース映画です。制作したのは、「日本映画社」(※)で、1940年にそれまで4つに分かれていた新聞社や通信社のニュース映画部門を国策により統合したものです。戦時中の「日本ニュース」は、日本軍や内務省の検閲を受けた後、毎週映画館で封切られ、国民の戦意高揚に用いられました。テレビがない時代、国民は「日本ニュース」が伝える真珠湾攻撃や特攻隊出撃、学徒出陣の様子を映画館で目にしたのです。
「日本ニュース」は、戦争完遂を目的にした国策映画ですが、太平洋戦争中の映像記録として大変貴重なものです。1951年までに第576号まで制作されましたが、「戦争証言アーカイブス」では、太平洋戦争を間近に控えた1940年(昭和15年)の第1号から、1945年(昭和20年)末の第264号までを公開しています。
●[http://cgi2.nhk.or.jp/shogenarchives/sp/list.cgi 戦時録音資料]

1941(昭和16)年11月17日、NHKは、東条英機首相の施政方針演説を国会の議場で収録し、午後7時のラジオニュースの冒頭で放送しました。国会の録音放送が初めて実現した瞬間でした。太平洋戦争が始まる緊迫した時期の施政方針演説であったため、日本の国民はその内容に注目していました。これ以降、NHKは戦時中が強まる中、大臣の国会演説や戦況報告をSP盤に記録し、録音放送を行っていきます。

20世紀初頭に普及した初期の円盤式レコードであるSP盤は、音楽だけでなく、さまざまな講演や声明を記録するメディアとして利用され、NHKでも戦時中の重要な記録媒体として使われました。SP盤は、長時間収録が可能なLPレコードの普及が進んだ戦後、次第に使われなくなりましたが、NHKは、静岡県の浜松支局におよそ16000枚のSP盤を大切に保管してきました。

「戦争証言アーカイブス」では、戦時中の肉声が記録された貴重な「歴史的音源」の一部を公開します。

文科省を訪れ、署名を手渡す朝高生代表たち(写真:朝鮮新報 2010.8.2付)

朝鮮学校の無償化が実現する見通しになりました(まだ予断を許さない側面はありますが)。下記報道によれば、政府は今月8月中に同朝鮮学校の無償化の方針を公表する予定のようです。当然のこととはいえほんとうによかったです!! 

とはいえ、今回の政府の朝鮮学校無償化方針は、国連人種差別撤廃委員会、アムネスティ・インターナショナル、ヒューマンライツ・ナウなどの国連機関、国際人権NGO、また日弁連、単位弁護士会、地方自治体議会などなどの内外の人権・教育・市民団体の高校無償化からの朝鮮学校排除に対する懸念と怒りの表明、相次ぐ意見書、要請書の提出によって決断を迫られた側面が大きいというべきで、民主党政権の当初の高校無償化からの朝鮮学校排除の姿勢は改めて厳しく批判、また、問い直されなければならないでしょう。

以下、メディア報道です(報道が少ないのはまだ政府の正式発表がないからでしょう)。

「朝鮮学校」も無償化へ、高校授業料(TBS News 2010年8月3日13:08)
 政府は、高校の授業料の無償化を適用するかどうか検討してきた「朝鮮学校」について、原則、無償化の対象とする方針を固めました。

 今年4月にスタートした高校無償化は、公立高校の授業料は徴収せず、私立高校生には世帯に応じて年間およそ12万円から24万円の「就学支援金」を援助する制度です。

 政府は制度の開始時点では朝鮮学校を無償化の対象から外し、文部科学省が外部の有識者による非公開の検討委員会を設置して、適用するかどうか慎重に検討してきました。

 検討チームは朝鮮学校の視察を行い、会合を重ねた結果、「日本の高校に類する教育課程」にあたると判断。これを受けて、政府も朝鮮学校を原則として無償化の対象とする方針を固め、近く発表します。

 対象として認められた朝鮮学校の授業料は、4月にさかのぼって無償化が適用されます。

朝鮮学校も無償化へ調整 文科省方針、政権内になお異論(朝日新聞 2010年8月4日)
 今年度始まった「高校無償化」制度をめぐり、文部科学省は、全国の朝鮮学校の除外措置を解除する方向で最終調整に入った。文科省は教育の専門家による会議を設置して制度適用の可否を議論してきたが、「日本の高校に類する教育をしており、区別することなく助成すべきだ」との判断を固めたという。

 文科省は月内にも会議の検討結果を公表する予定で、4月にさかのぼって適用し、私立高生と同じく年約12万円、低所得層は倍の約24万円を上限に助成したい考えだ。ただし、朝鮮学校への適用は、中井洽・拉致問題担当相の反対論などでいったん見送られた経緯がある。今回も首相官邸には「政府全体でどう判断するかは別問題」と党内情勢を見極めた上で最終判断すべきだとの声が上がっている。

 高校無償化は昨夏の総選挙での民主党マニフェストの柱で、「幅広く高校段階の学びを支援すべきだ」という考え方に立っている。文科省は一般の高校や他の外国人学校と同様、全国に10校ある朝鮮学校の高校段階(高級学校)の生徒約1900人にも適用する前提で予算を組んでいた。

 反対論を受け、4月時点での適用は見送ったが、政務三役は「無償化は純粋に教育制度として考えるべきで、朝鮮学校の教育内容を検証して改めて判断する」として5月に専門家による会議を設置。学校制度や教員養成の専門家、大学の学長経験者ら6人の委員を集めて議論してきた。

 会議は委員名や日程などすべてが非公開で進められているが、関係者によると、事務局の文科省職員がすべての朝鮮学校を訪ね、カリキュラムや教科書などに関する資料の提供を受けた。授業風景や施設などもビデオで撮影し、検証材料にしたという。

 会議では「朝鮮学校は社会に向けてさらに情報をオープンにすべきだ」との意見が出たといい、文科省は制度適用に合わせ、カリキュラムや財務情報、学校法人の役員名など一般の高校並みの情報開示を求める方向で検討している。仮に今回も適用方針に異論が出た場合は、文科省の政務三役は「専門家が検証した結論だ」として反論するとみられる。(青池学)

無償化、朝鮮学校は8月に結論 文科相が表明(共同通信 2010年7月20日)
 高校無償化法に基づく就学支援金を朝鮮学校に支給するかどうかをめぐり、川端達夫文部科学相は20日の記者会見で「(検討は)新学期までと想定している」と述べ、8月中に結論を出す方針を表明した。

 文科省は当初、5月に設置した専門家会議が定める基準に沿って各都道府県が判断する仕組みを検討していたが、川端氏は「一番熱心に研究してもらっており、(専門家会議が)判定することもあり得る。文科相告示なので最終的には私の責任でやる」と述べ、国の責任で是非を判断する考えを強調した。

 公立校の授業料は4月から無償化されている。外国人学校の場合、教育課程が国際機関の認定を受けるなどの要件を満たせば支給対象となるが、朝鮮学校は該当せず、賛否が対立している。
鹿児島の堀田哲一郎さんから仙波敏郎氏の阿久根市副市長着任について下記のような感想が寄せられました。以下、その便りの転載です。堀田さんの仙波敏郎氏の阿久根市副市長着任問題は「せっかく高まりかけたリコールの機運を分断する恐れがあります」というご指摘は重要だと思います。ポピュリズム政治を終焉させるのはポピュリズムの力ではありません。市民の良識ある判断こそがポピュリズム政治を終焉させる力であることを堀田さんの便りは教えてくださっているように思います。

東本様
 ブログに投稿しようとしたのですが、うまくいかないので、今回はEメールにしました。
 先の投稿で「期待してみたい」という言い方をしたのは語弊があったかもしれません。あくまでも、仙波氏がその言葉通りに実行するかどうかを注視したいというくらいのつもりでした。本日の地元紙web版は、処分されていた職員が復帰した経過を早くも報道しています。

免職の阿久根市職員、1年ぶり復職 行革係長に着任(2010-08-03)
男性職員の復職について説明する仙波敏郎氏(中央)=3日午前10時すぎ、阿久根市役所 阿久根市の竹原信一市長が懲戒免職処分の効力停止を決定した裁判所判断に従わず、復職させることを拒んでいた男性職員(46)が3日、約1年ぶりに職場復帰した。
 仙波敏郎副市長によると、職員は出勤した際、「復職はありがとうございます。一生懸命がんばります」とあいさつした。辞令交付式に臨み、竹原市長が「自分のためでなく公益のための仕事をお願いします」と訓示。職員は「分かりました」と答えた。
 職員の役職は「副市長付主幹兼行政改革推進担当係長」。職員定員や業務内容を見直し、機構改革の原案を立案する。執務室は副市長室とは別に設けられた。同役職は職員の復職にあたり設けた新しいポスト。2日就任した仙波副市長が、竹原市長の決定として復職を明らかにしていた。
 職員は2009年4月、竹原市長が庁舎内に掲示した職員人件費の張り紙をはがし、同7月31日に懲戒免職処分とされた。処分の効力停止を認めた鹿児島地裁決定は確定したが、処分取り消し訴訟は控訴審で争われている。今年9月17日に判決が言い渡される予定。

 web版にも出ていますが、リコール準備委員会会長の川原氏談話として「当たり前のことが行われたにすぎない。市民は市長を批判しており、副市長就任の影響はない」と述べたということですが、印刷版では、かつて竹原を支持していた「阿想会」会長の松岡氏談話として「懲戒免職にした職員の復職は一つの懸案だった。仙波氏の意向に従う形で、振り上げた拳をうまく下ろした」「市長に苦言が言える副市長の登場は、リコール運動に影響するだろう」という言葉を紹介しています。この指摘が正しければ、このことの方が怖いことではないかという気がします。せっかく高まりかけたリコールの機運を分断する恐れがあります。市議会議長も、議会に諮られていないので、副市長として認めないとし、個人として面会して、議会を開くべきだという点で一致し、免職された職員の復帰について「感謝とまでは言わないが、男性にとって良かった」と評価したそうです。仙波氏は、会見で「市長が悪いという報道が多いが、議会は市長の重要案件をことごとく否定している。議会は不信任を出すべきだ」と述べています。仙波氏が、マスコミの報道姿勢に批判的な点で竹原に一致し、議会に不信任決議をさせ、議会の竹原派増強に加担する恐れがある点で、確かに危険な姿勢であることは指摘できるでしょう。

 復帰した職員の役職が「副市長付主幹兼行政改革推進担当係長」というのは、ひっかかります。web版では本人は「復職はありがとうございます。一生懸命がんばります」とあいさつしたということですが、そう簡単に喜べることなのか疑問です。印刷版では、ある自治労幹部の「副市長付ということで、どのような環境で仕事をするのか見えてこない。パワハラなどがないよう見守る」と述べており、私もこの懸念をもちました。大分の日本文理大学や鹿児島国際大学で解雇された教員が「学長付」や「学長気付」という所属で復職し、実態は授業を担当させられず、パワハラによる不利益を受けています。自治労の方でも、そうした処分を連想されたのではないでしょうか。あるいは「行政改革推進担当」ということで、これまでとは逆に竹原市政推進の尖兵となることを余儀なくされるか、あるいは市職労自体を取り込む役回りをさせられるかといった懸念は穿ちすぎでしょうか。この職員復職問題の軟着陸を含めて、議会の懐柔にもつながるとしたら、竹原・仙波体制は、やっぱり怖い体制であると言えるでしょう。一方で、復職できた職員及び市職労にしても、市議会にしても、実を取れるところは取り、不利益を衡量しながら駆け引きをしていくことが求められるのではないかという思いもあります。

 また、昨日の地元紙では、鹿大の平井教授と並んでたびたび竹原問題でコメントを出している、鹿児島県立短大講師の山本敬生(やまもと・たかお)氏の寄稿が掲載され、そこでは、市長に独善的手法を許す要因は、地方自治法の不備にあるとして、議会の自律性の観点から、本来的に議長が招集権をもつこと、通年議会制を導入すること、自治事務に代執行制度を設けること、地方自治の理念に反しない形での厳格な要件の下で内閣総理大臣や知事に首長の罷免権を付与することを挙げています。他の自治体でのポピュリズム首長の独裁に備えるための方策として参考になるのではないかと思います。

鹿児島の堀田哲一郎
既報のとおり千葉第2検察審査会は先月13日(発表は21日)、「森田健作氏を告発する会」のメンバーが審査申立をしていた森田千葉県知事「無所属」詐称問題に関して「不起訴相当」の議決をしましたが、同会は昨日2日、千葉第2検察審査会、最高裁刑事局、森田千葉県知事それぞれに対して以下の抗議声明、公開質問状、申し入れ書を送付するとともに発表しました。

【1】森田健作氏に対する不起訴処分を「相当」とした千葉第2検察審査会に対する抗議声明
【2】検察審査会に対する抗議および改善の申入れ(最高裁判所刑事局長宛)
【3】検察審査会の運営に関する公開質問状(千葉第2検察審査会宛)
【4】政治資金の明確化を求める公開質問状(鈴木栄治(森田健作)千葉県知事宛)

下記はその【4】です。

2010年 8月2日

千葉県知事 鈴木栄治 様 

森田健作氏を告発する会  
代表 井村弘子

政治資金の明確化を求める公開質問状

 あなたの政治資金の収支が不明確ですから、以下質問します。

 30日以内に、文書によりご回答いただくよう、お願いいたします。

                  記

1.平成21年4月13日、千葉県選挙管理委員会へ提出の、あなたが千葉県知事選挙候補者として行った選挙運動費用についてうかがいます。

 同収支報告書によれば、支出の総額は15,137,545円であり、収入の総額は15,120,000円であり、収入は、森田建作後援会からの寄付金のみ、であると報告され、収支差は△17,545円となります。

 同選挙運動にかかわった収入および支出は、以上のとおりで、このほかにはない、ということでしょうか? 

 資金管理団体「陸山会」の土地購入を巡る事件で、政治資金収支報告書に記載していなかった事例が報道されています。

 確認をお願いします。

2.平成17年10月7日、千葉県選挙管理委員会が告示した、あな たが候補者として行った選挙運動費用収支報告書によれば、支出の総額は19,020,772円であり、収入の総額は49,932,531円であり、収入は全額、森田建作政経懇話会からの寄付金である、と報告され、収支差は30,911,759円となります。

 収支差に相当する30,911,759円は、現在どこに存在するかお答えください?

3.森田建作後援会についてうかがいます。

 森田建作後援会は、その他の政治団体(後援会)として、あなたが代表者であり、あなたの自宅に事務所を置き長年にわたり政治活動が行われてきましたが、平成21年1月30日に解散の届をされました。

 ところが、同日、同名の森田建作後援会が、やはりあなたが代表として、新たに設立の届け出がされました。

1)この経緯の意味するところはなんでしょうか?

2)平成21年1月30日まで存在した森田建作後援会の収支は、政治活動資金収支報告書によると、存在した5ヶ年間、全く収支がゼロで、資産等もゼロ、の記載です。この間、森田建作後援会はどのような目的で、どのような活動をおこなってきたのでしょうか?

3)平成21年1月30日から活動を開始した森田建作後援会は、活動の収支を公表していません。政治資金収支報告書は、平成21年分について、平成22年3月31日までに提出することが定められているので、あなたも千葉県選挙管理委員会に提出済みと承知しています。

 同選管によると、公表の時期は今秋になると説明しています。秋まで待つことなく、公開準備の整った平成21年分の政治資金収支報告書を、あなたが自ら公表することは、なんの差し障りもありません。直ちに公表しませんか?

 平成21年3月29日執行の千葉県知事選挙にかかわる収支が含まれている報告書が、いまだに公開されていないことに県民の不信が高まっています。直ちに公開することが千葉県知事としての説明責任を果たすことになるとは思われませんか?

 最後にあたり、「輝け!千葉・日本一」とのあなたの信念をもって公開質問書に回答されますよう、心から期待しております。

 なお、本質問書およびご回答は、報道等をとおして公開いたしますので申し添えます。

以上
既報のとおり千葉第2検察審査会は先月13日(発表は21日)、「森田健作氏を告発する会」のメンバーが審査申立をしていた森田千葉県知事「無所属」詐称問題に関して「不起訴相当」の議決をしましたが、同会は昨日2日、千葉第2検察審査会、最高裁刑事局、森田千葉県知事それぞれに対して以下の抗議声明、公開質問状、申し入れ書を送付するとともに発表しました。

【1】森田健作氏に対する不起訴処分を「相当」とした千葉第2検察審査会に対する抗議声明
【2】検察審査会に対する抗議および改善の申入れ(最高裁判所刑事局長宛)
【3】検察審査会の運営に関する公開質問状(千葉第2検察審査会宛)
【4】政治資金の明確化を求める公開質問状(鈴木栄治(森田健作)千葉県知事宛)

下記はその【3】です。

2010年8月2日

千葉第2検察審査会様

森田健作氏を告発する会
代表  井村弘子
                    
検察審査会の運営に関する公開質問状

 被疑者森田健作こと鈴木栄治に対する公職選挙法違反被疑事件に関し、貴会が7月21日に議決要旨を公表された件について、以下質問します。
 30日以内に、文書により御回答くださいますようお願い申し上げます。

 なお、本件については申立に対する処分がすでに確定しており、以下の質問に回答しても、貴会において何ら不利益や不都合が生じることはなく、回答することが市民社会に対する貴会の責務であることを強く指摘させていただきます。

                  記

1.なぜ、議決するまで約7カ月もの時間がかかったのか?

 民主党小沢一郎氏を政治資金規正法違反で告発した市民団体が、2月12日東京第5検察審査会に申し立てを行ったが、議決は2ヶ月後の4月27日に出されている。これと比べ、本件は異常に時間がかかっている。

2.審査会はいつから何回開かれたのか?

3.途中、審査員の交代はあったのか?

 小沢氏の場合、8月1日「東京第5検察審査会の審査員11人のうち、 5人の任期が7月31日付で終了し、議決に携わった審査員は全員が任務を終えた」と新聞報道された。本件に関しても同様の情報はあってしかるべきである。

4.審査員のうち、何人対何人で議論が分かれたのか?

 小沢氏の場合、4月28日「東京第5検察審査会の審査員11人全員一致で起訴相当と議決した」と新聞報道された。本件に関しても同様の情報はあってしかるべきである。

5.議決書の作成を補助した審査補助員の名前をなぜ明らかにしないのか?

 小沢氏の場合、「議決書の作成を補助した審査補助員」として弁護士の姓名が議決の要旨に明記されている。本件に関しても同様の情報はあってしかるべきである。

6.?平成13年3月29日に「裁判所の保有する司法行政文書の開示に関する事務の基本的取り扱いについて」(最高裁総一第82号)が最高裁判所事務総長名で、高等裁判所長、地方裁判所長および家庭裁判所長宛てに依命通達がなされている。本通達は千葉第2検察審査会も対象になると考えるが、いかがか?

?上記依命通達が、千葉第2検察審査会も対象になる場合、本件に関して公開対象となる行政文書を一覧で示したうえ、その文書の内容等についてご説明を願いたい。

 本質問書およびご回答は、報道等をとおして公開いたしますので申し添えます。         

以上
既報のとおり千葉第2検察審査会は先月13日(発表は21日)、「森田健作氏を告発する会」のメンバーが審査申立をしていた森田千葉県知事「無所属」詐称問題に関して「不起訴相当」の議決をしましたが、同会は昨日2日、千葉第2検察審査会、最高裁刑事局、森田千葉県知事それぞれに対して以下の抗議声明、公開質問状、申し入れ書を送付するとともに発表しました。

【1】森田健作氏に対する不起訴処分を「相当」とした千葉第2検察審査会に対する抗議声明
【2】検察審査会に対する抗議および改善の申入れ(最高裁判所刑事局長宛)
【3】検察審査会の運営に関する公開質問状(千葉第2検察審査会宛)
【4】政治資金の明確化を求める公開質問状(鈴木栄治(森田健作)千葉県知事宛)

下記はその【2】です。

最高裁判所 刑事局長 さま
 ( 第一課 )                     

2010年8月2日

検察審査会に対する抗議および改善の申入れ

森田健作氏を告発する会
代表 井村弘子

 私たち市民853人は、、別添のとおり、2009年3月実施の千葉県知事選挙において、候補者 森田健作こと鈴木栄治氏の選挙活動に、公職選挙法に違反する重大な行為があったとして千葉地方検察庁に告発を行いました。

 千葉地方検察庁は同9月30日、鈴木栄治氏を不起訴処分にしたことから、2009年12月16日、千葉検察審査会に審査申立を行い、千葉第2検察審査会は、2010年7月13日に不起訴処分を相当とする議決を行ったむね同21日付けで通知されました。

 私たちは、この経過において、検察審査会に対する不信、疑問、怒りを禁じ得ないので、次のとおり抗議し、改善を申入れます。

 当面の対応について、30日以内に、真摯に回答をいただくようお願いします。 

                  記

1.検察審査会の透明性を高めること

 検察審査会制度は国民が刑事司法に参加する制度として制定されたと承知しています。よって、検察審査会における情報は、検察審査会法の趣旨にのっとり、国民総意の情報となることが期待されているところです。 

 また、政府の行政透明化検討チームによる行政の透明化のあり方の検討に際し、「最高裁判所事務総局等の保有する司法行政事務に係る文書の公開の在り方について、行政機関情報公開法と同等の開示制度導入の検討を促す。」ことを決め、検討に参加した全ての行政機関、学識経験者、市民が確認していることは、ご案内のとおりです。

 このような状況にありながら、当該の検察審査会は私たちの問いかけに対して、一切答えず、審査会の組織、事務局の組織、審査会の申立の件数、議決の件数、申立から議決までの日数、など職務分掌規定にある内容から、統計的な数値にいたるまで、そして、審査会の「議決の要旨」や審査にかかわる内容についても、一切答えられない、と極めて国民に背を向けた対応に終始されました。速やかに要望に答えてください。

2.「議決の要旨」の不充分さを補ってください

 検察審査会制度により、審査結果の通知である「議決の要旨」には、審査の申立人らに審査の経緯、審査の内容、審査の範囲、議決の判断に至った概要が含まれなければなりません。しかしながら、別添で述べているように、当該の「議決の要旨」は眞に不充分です。

 申立人らが、「議決の要旨」で受けている不満について、どのような解決手段が講じえるのか、例えば、当該の検察審査会が、申立人らの質問に答える場を設ける、ことを行ってください。

3.審査会の運営が公正に行われていることを示してください

 千葉第2検察審査会で経験した事例から、検察審査会の運営が、果たして公平に実施されているのか?という疑問が沸き起こっています。

 私たちが、今回経験したことは、審査会制度の中の特別な事例ではないと理解します。全国で検察審査会に対する疑問、不信が高まっていることを、黙視しているのであれば、制度の崩壊につながりかねません。

 具体的に、私たちの疑問に答えてください。

 以上、申し入れます。

 なお、この申入れについては、ご回答の有無を含め、報道等を通して公開しますのでご了承ください。
                       

別添:  森田健作氏に対する不起訴処分を「相当」とした千葉第2検察審査会に対する抗議声明
既報のとおり千葉第2検察審査会は先月13日(発表は21日)、「森田健作氏を告発する会」のメンバーが審査申立をしていた森田千葉県知事「無所属」詐称問題に関して「不起訴相当」の議決をしましたが、同会は昨日2日、千葉第2検察審査会、最高裁刑事局、森田千葉県知事それぞれに対して以下の抗議声明、公開質問状、申し入れ書を送付するとともに発表しました。

【1】森田健作氏に対する不起訴処分を「相当」とした千葉第2検察審査会に対する抗議声明
【2】検察審査会に対する抗議および改善の申入れ(最高裁判所刑事局長宛)
【3】検察審査会の運営に関する公開質問状(千葉第2検察審査会宛)
【4】政治資金の明確化を求める公開質問状(鈴木栄治(森田健作)千葉県知事宛)

下記はその【1】です。

2010年8月2日

千葉第2検察審査会様

森田健作氏を告発する会
代表 井村弘子

森田健作氏に対する不起訴処分を「相当」とした千葉第2検察審査会に対する抗議声明

1 経緯

我々市民853人は、森田健作氏が、2009年3月の知事選において、当時自由民主党支部の代表であるなど政党と強いつながりがあったにもかかわらず、自らを「完全無所属候補」と表示した法定ビラを配布して政党とのつながりを否定したのは、公職選挙法が禁止する虚偽事実の公表にあたるとして、千葉地方検察庁に告発を行ったが、千葉地方検察庁は森田氏を不起訴処分にした。  

この不起訴処分に対し、我々市民217人は、2009年12月16日に千葉検察審査会に審査申立を行ったが、千葉第2検察審査会は、2010年7月13日付で、不起訴処分を相当とする議決を行った。

2 議決要旨の問題点? 説明の欠落

検察審査会から我々に通知された「議決の要旨」(以下「議決要旨」という)は、全4頁の文書であるが、不起訴処分を相当とする理由は、「(本件ビラの)説明文言等から見ても、『完全無所属候補』という記載が『政党推薦無所属ではない』という意味を越えて、『政党と人的・資金的につながりがない』という意味であったとまで認めることは、難しい」ということ以外にみあたらないが、審査員が、本件ビラのどの部分をどのように解釈して、そのような結論に達したのかは全く説明されていない。これでは、我々が審査申立において主張した「『完全無所属候補』と、『自民党員』であること、および『自民党支部代表(支部長)』であることは矛盾する」という点について審査員がどのように判断したのかわからない。

3 議決要旨の問題点? 判断内容の矛盾

他方で、議決要旨には、不起訴処分を不当と判断すべき根拠となる事実が認定されている。

まず、「今回の県知事選挙に際し、2号ビラの『完全無所属候補』という記載を見た有権者においては、その文言の意味の受け止め方は様々であったと思われる」という部分であるが、その直後に「が、被疑者が記載した『完全無所属候補』という造語は、あくまでも被疑者側が選挙戦略の中で、対立する候補者との違いを明確にする表現として作ったものであると思われ」とあることからすると、「受け止め方は様々である」という記述は、「『完全無所属候補』と言う文言を、『政党と人的・資金的につながりがない候補』と受け止めた人がいた」こと、すなわち「『完全無所属候補』という文言が一般の人にとって『政党と人的・資金的につながりがない』と受け止められる文言であること」を認めるものといえる。

また、「当時の社会情勢の中、選挙ビラの作成においても政党隠しを徹底して行っていたということも推測できる」という部分からは、「したがって、被疑者は、政党隠しのため政党とのつながりを否定し、政党その他団体の所属に関し虚偽の事項を公表したと判断せざるを得ず、不起訴処分は不当」という結論しか導き出されない。しかるに、不起訴処分は相当とした今回の審査員の判断は矛盾に満ち満ちたものであり、まことに不可解と言わざるをえない。

4 議決要旨を書いたのは誰か

以上のように、審査員の多数は、「今回の県知事選挙に際し、2号ビラの『完全無所属候補』という記載を見た有権者においては、その文言の意味の受け止め方は様々であったと思われる」「(被疑者が)当時の社会情勢の中、選挙ビラの作成においても政党隠しを徹底して行っていたということも推測できる」と判断したからこそ、議決要旨の「執筆者」は、結論とは矛盾する判断をそのまま議決に記述せざるを得なかったと考えられる。

これに対し、「不起訴相当」の結論を「主導」した人物(ら)は、「完全無所属候補が政党と人的・資金的なつながりがないということを示すものであると断言できなければ、虚偽とはいえない」とか、「そもそも『無所属』という文言がまぎらわしく誤解を与えかねないが、政党所属候補が『無所属』として立候補すること自体は選挙の運営上許されており、これを解決するには新たな『対策』が必要である」などと主張して、「不起訴不当」と考える多数派を「説得」したのではないか。これが議決に7か月もかかった理由、また矛盾する内容がそのまま提示されている理由であると考えざるをえない。

さらに、通常明記される「議決書の作成を補助した審査補助員」の名前が記載されていないことも、この議決の正当性を疑わせるに十分である。

5 まとめ

我々が膨大な提出証拠をもとに行った主張に対してはほとんど触れず、結論にいたるまでの説明が欠落し、かつ矛盾した内容をそのまま併記した議決要旨を発表して幕引きを図ろうとする検察審査会の暴挙に対し、我々は強く抗議するとともに、「不起訴相当」の議決は不当きわまりないものとして厳しく指弾する。

現在、司法改革の名のもとに裁判員制度という市民参加型の制度が取り入れられ、裁判の透明化・公開性が進んでいる。これに全く逆行するのが完全非公開の検察審査会の制度である。人選の公正さを検証する手立てさえ全くない。

申立人に対しても、いつから何回の審査を経て、どのような議論の末に、何対何で議決がなされたのか、申立から議決までの約7か月間に審査員の交替はあったのかなかったのか、等について、一切明らかにされず、審査会の運営が公正に行われていないのではないかとの疑念を持たざるを得ない。

さらに、議決文そのものではなく、「要旨」しか明らかにされない点も、検察審査会の不透明性を表すものとして厳しく指摘する。

6 今後について

我々は、新たに浮上した政治資金の疑問点も含め、今後もひきつづき森田健作氏について検証し、氏の知事としての資質を世に問うていくとともに、今回の告発を通して浮かびあがった検察制度や検察審査会制度の問題点を指摘し、改革へ向けた提言を行って参りたい。
その1から続く)

私は本エントリの「その1」で辻元清美氏の社民党離党劇に関して同氏の権力志向的思想の問題性を指摘しました。しかし、その思想及び傾向は、ひとり辻元氏特有の思想というよりも、社民党という組織全体が宿痾として長年抱えている負の体質と見るべきものでもあるように思います。同党は政治的エスタブリッシュメントとしての現政権評価において自らの政党の理念との整合性との関わりで寛容すぎるところがあります。つまり、現政権の本質評価の分析が弱いということです。それは自らがそのエスタブリッシュメントの仲間内(連立政権与党)になることを志向する権力病思想から政党として抜け出すことができえていないからだ、というのが私の見るところ、すなわち私の社民党評価です。

その政党としての権力病思想が革新・無党派市民からいかに忌避されるかは、「自衛隊合憲論」の党是の変更を国会で表明した社会党・村山政権以後の社会党の解体、社民党の長期低落傾向がすでに十二分すぎるほど証明しえていることですが、「その1」で既述したとおりいままた同党の理念、政策と相容れないはずの「辺野古現行案」回帰という「公約違反の(沖縄県民に対する)裏切り行為」(琉球新報社説、2010年6月1日付)に及んだ民主党連立内閣からの同党の離脱について未練を言い、あるいは公然と異議を唱える同党重要幹部は少なくないのです。報道で確認できるだけでも又市征治副党首、重野安正幹事長、阿部知子政審会長、近藤正道前参院議員などなど。辻元的権力志向の思想はひとり辻元氏特有のものというべきではなく、社民党という組織全体に及ぶ宿痾のような政治的病弊と認定せざるをえないのです。

その宿痾ともいうべき政治的病弊にどれだけの同党国会議員がとらわれているか。そのことを一目で眺望する意味を込めて社民党内きっての革新派リベラリストとして定評のある保坂展人前衆院議員はこの辻元的思想をどう見ているか、を一瞥してみます。同党きっての革新派リベラリストといってよい同氏も社民党的な政治的宿痾の徒であることになんら変わりないことが以下確認できると思います。以下、「辻元清美さんの離党表明について」という保坂展人のどこどこ日記ブログ(2010年7月27日付)をテクストにします。

保坂氏は「辻元清美さんの離党表明について」まず次のような理解を示します。

「連立政権離脱」をめぐって「よくやった」「筋を通してよかった」という支持者の反応とは別に、『普天間での意見の違いはあっても、政権内にいて協力してほしかった』『今後、野党として何をやっていくのか』という声もあったことは、想像にかたくない。6月に彼女の選挙区で開かれた集会に私も比例区予定候補として参加したが、5月下旬の社民党の連立政権離脱を「離脱すべし」「残るべし」との意見が半々だった。

私は、候補者として選挙戦の只中にいたので、(略)街頭で「野党になった社民党はどうするのか」と何回も聞かれた。また「民主党だけだと心もとないので、社民党が少人数でも居てくれた方がよかったんだが」という意見もあった。昨年の小選挙区で11万余票を獲得した杉並区を中心として活動をしていたので、こうした声がかなり多く耳に入った。

しかし、この保坂氏の認識には、普天間基地問題について「辺野古現行案」に回帰した民主党鳩山政権(当時)の最終的政策決定が「『最低でも県外』と首相自ら公約しながら県民の心を8カ月間ももてあそび、『辺野古現行案』に回帰するという公約違反の裏切り行為」(琉球新報社説、2010年6月1日付)に対する憤りの視点、また批判的な視点は皆無です。同政権に対する批判的視点が身内からこみ上げてくる怒りとして少しでも存していたならば、どうしてこうした沖縄県民に対する非道徳行為に及んだ民主党政権に「残るべし」という意見が半分あった、などと人ごとのように冷静客観的に筆致することができるでしょう。というよりも、私は、演説会の会場で民主党政権に「残るべし」という意見が参加者からあったとき、保坂氏は、「沖縄県民というわれわれの同胞を裏切った民主党政権に残るなどという選択肢が社民党にどうしてあるでしょう」、とただちに参加者に誠意を持って反論、あるいは説得するべきだったろうと思います。

また、保坂氏には、先の参院選の比例代表の政党得票率で沖縄県において社民党はダントツの第1位(100人あたり22.68票の獲得。同党の全国平均の得票率は100人あたり3.84票)であったことの意味が理解されていないように見えます。沖縄県民は「辺野古現行案」に回帰した民主党の対処方針に反対して鳩山政権離脱を決定した社民党の筋を通した行動を評価したからこそ同党を沖縄県でダントツの第1位に選んだのです。同党が「連立残留」の道を選んでいれば、沖縄県民の社民党得票率第1位の評価もありえなかったでしょう。

さらに保坂氏は辻元氏の離党表明に理解を示す理由を次のように述べます。

たしかに菅政権の「消費税」発言の迷走はひどかった。選挙中は、これを批判しないわけにはいかなかった。ただし、選挙後に「完全野党路線」でいいのかは、もっと考える必要があった。労働者派遣法をはじめ連立中に積み残した課題もある。もし、民主党が「新自由主義」「小泉路線」の色彩が強いみんなの党と手を握ったら、派遣法改正が成立する可能性は皆無となる。

保坂氏にとっては、いま民主党政権が提起している労働者派遣「改正」法案は、「労働者保護に値する抜本改正にはなおほど遠く、法案策定の過程において、法改正を切実に望む派遣労働者の声が十分に反映されていたのか疑問が残る」(日弁連会長声明、2010年4月14日付)法案であり、仮に社民党が連立に残留する道を選び、民主党と組んで同法案を成立させたとしても、真の派遣労働者保護に値しない問題性の多い悪法をさらにひとつ「成立」させたということにしかならないことはまったく視野の外にあるようです。また、「『新自由主義』『小泉路線』の色彩が強いみんなの党と手を握」る可能性がある、すなわち労働者の権利を擁護しようとしない民主党政権にとどまることの革新政党としては自殺行為といえる非革新の行動の問題についても視野の外にあるようです。

上記は、要は社民党内きっての革新派リベラリストといわれる保坂氏においても、辻元氏の言う「政権の外に出ると、あらゆる政策実現が遠のく(政権にいなければなにもできない)」式のエスタブリッシュメント志向、既存の政治体系のフレームを一歩も超えることができない思想から逃れえていないことを端的に示しえているでしょう。つまりは保坂氏も多様な民意のありようを否定する2大政党制フレームの虜囚になっていると評価せざるをえないのです。そうした2大政党制フレームの目を超えない限り、保坂氏が「菅総理の「比例定数削減」への根本的疑問」(保坂展人のどこどこ日記 2010年7月31日)をいくら言っても絵に描いたモチにしかならないでしょう(真に民主党政権の「国会議員定数削減」の愚言に反対することはできないでしょう)。

こうした社民党内の状況下では同党は解体して総体として民主党へと合流するか、あるいは新社会党的な勢力と民主党的な勢力の左右に再分裂するか、のどちらかの選択肢を早晩迫られることにならざるをえないでしょう(そうであって欲しくはないのですが)。世の中がさらにさらに右傾化することに私は危機感を募らせています。社民党が社民党らしく立ち直れることがありえるのか? 私は立ち直って欲しいと思っています。

付記:
社民党が立ち直るためには、私も、同党が民主党政権の政策的限界性を直視し、共産、社民の「革新統一戦線」の方向性を再度追究していくことにかかっている。それしかない、と思っています。

(了)