テンキ むしかくれてとをふく

【姫路市さん。よく「謝罪」しましたね】
兵庫県姫路市が事実上管理する「姫路駅北にぎわい交流広場」という広場で、 西播労連は7月24日、JR姫路駅周辺の広場で「駅前文化祭」というイベントをを開催しました。その中で出演者が「アベ政治を許さない」と書かれたビラの掲示や、「安倍政治にノーと訴えましょう」と安倍政権を批判する寸劇を始めると、市側は「
公序良俗に反する」などとして約2時間で中止させたという事件がありました。(略)この姫路市の行為に対して、西播労連は8月、この姫路市の行為が表現の自由を侵害し憲法違反であるとして、慰謝料など計220万円を求め、神戸地裁姫路支部に提訴していました。
先日25日にあった東京地裁の国立マンション訴訟の判決後の国立市から訴えられていた被告の上原元国立市長と弁護団の記者会見の模様がビデオニュース・ドットコムによってアップされています。
 
また、同マンション訴訟の判決の争点の整理と判決から浮かび上がってくる問題点の要点を同ドットコム主宰者でジャーナリストの神保哲生さんと社会学者の宮台真司さんが同番組のニュース・コメンタリー(17:17頃~)で対論的に解説し、とても参考になる視点を提起しています。国立マンション訴訟の今回の判決と同訴訟の今後のゆくえに関心のある人にとっては必見の番組といってよいでしょう。
 
同番組の神保・宮台解説のニュース・コメンタリーによれば、今回の裁判の争点は、前裁判の判決(上原元市長の行為は「市長として求められる中立性・公平性を逸脱した」として、国立市に元市長への損害賠償請求を命じる2010年12月22日付東京地裁判決。確定)を継承して、当然、(1)上原元国立市長の明和地所に対する違法行為の有無、(2)個人の賠償責任を認めている国家賠償法第1条第2項に規定される「故意・重過失」の有無であるはずであったが、今回の判決は、同争点の判断を避けて、同判決直前(約1年前)に国立市議会の請求権放棄の議決があったことを承けて同争点については判断するまでもない」として「現市長が市議会の請求権放棄の議決に応じなかったことは権限の濫用にあたり、求償権行使は信義則に反する」と判示した。

国家賠償法
【公務員の不法行為と賠償責任、求償権】
第1条1項 国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。
2項 前項の場合において、公務員に故意又は重大な過失があつたときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する。
 
しかし、同判決は、上記の争点については「判断するまでもない」と判示しながら、同争点に関して判示を補足するという位置づけで裁判所としての判断も示している。その裁判官の補足的な判断が判事の同争点の判断に関する悩みの深さを示していてなかなか興味深い。補足判断いわく「結局のところ上記各判決で違法行為だとされた被告上原の行為は個々の行為を単独で取り上げる場合には不法行為を構成しないこともありうるけれども、一連の行為として全体的に観察すれば地方公共団体の長として社会通念上許容される限度を超えており、明和地所に許されている適法な営業行為である本件建物の建築及び販売等を妨害したものと判断せざるをえないという程度のものであって違法性が高いものであったと認めることはできない」。「結局のところ」違法なの? 違法ではないの? と茶々を入れたくなる迷文である。ここに裁判官の懊悩の深さを読みとることができる。「結局のところ」裁判官は争点の判断に関しては「俺にはよくわからん」からと判示せず(判示そのものは「国立市議会で請求権放棄の議決があった」ことを理由に「求償権行使は信義則に反する」とした)、補足的見解に留めたのであろう。
 
神保・宮台コンビの解説はおおむねそのようなものでした。私としても納得できる解説でした。
 
さて、私は前のエントリで、澤藤統一郎弁護士の国立マンション訴訟における今回の東京地裁の判決に対するコメントをご紹介しました。
 
その澤藤弁護士のコメントは「国立市議会の請求権放棄の議決」の評価に関する東京地裁判決の判示部分に関するコメントでした。今回の判決の補足的な判断に関するコメント、すなわち、上原元国立市長の明和地所に対する違法行為の有無に関するコメントは基本的にありません。
 
しかし、その澤藤弁護士のコメントを上原元国立市長の違法行為の有無に関してのコメントのように受けとめ、同元市長に対する国立市の賠償返還請求を棄却した今回の東京地裁判決の問題点を剔抉した「議会の請求権放棄の議決」の評価に関する同弁護士の批判の試みを逆批判する向きがあります。
 
しかし、その逆批判は、今回の判決の判示と同判決の補足的見解とを混同して澤藤弁護士がコメントしていないことについて批判しているもので、見当違いの批判というほかありません。
 
そうした批判者には「『公益」のために認められたたった一人でも行政の違法を質すことができる制度である住民訴訟の意義を議会の多数決で無にすることは『正義」に適うことか」という前のエントリでご紹介した澤藤弁護士の問題提起を改めて再考していただきたいものだと思います。澤藤弁護士の問題提起は民主主義の本質にかかわることだと私は思っています。
 
また、前回の判決(東京地裁、2010年12月22日)で「上原元市長の行為は『市長として求められる中立性・公平性を逸脱した』と指摘された問題、今回の判決でも結論として上原元市長に対する国立市の賠償返還請求は棄却されたものの、裁判所の補足的な判断として「被告上原の行為は個々の行為を単独で取り上げる場合には不法行為を構成しないこともありうるけれども、一連の行為として全体的に観察すれば地方公共団体の長として社会通念上許容される限度を超えて(いる)と判断せざるをえない」とされている点については、上原元国立市長を一個の政治家として評価しようとする場合十分に考慮しなければならない指摘といわなければならないでしょう。
 
もう一点。この際、上記で述べたことと少し違う角度から、私の今回の判決も踏まえた上での上原公子氏評価も述べておきたいと思います。
 
私には上原公子氏の政治家としての、あるいは市民運動家としての資質を考えようとするとき思い出すことがあります。それは先の先の東京都知事選で宇都宮陣営の「候補者のスケジュール管理」の責任者であった澤藤大河氏がその自身の任務はずしの一件について次のように証言していることです。
 
「私は反論した。ここで一歩も退いてはならないと思った。直感的に、これは私だけの問題ではない。選挙共闘のあり方や、『民主陣営』の運動のあり方の根幹に関わる問題性をもっていると考えたからだ。まず、『命令』なのか確認をしたところ、上原公子選対本部長は『命令』だと明言した。私はこれは極めて重要なことと考え、上原選対本部長には『命令』する権限などないことを指摘した。お互いにボランティア。運動の前進のために、合理的な提案と説得と納得の関係のはず。上命下服の関係を前提とした『命令』には従えない、ことを明確にした。このときの上原公子本部長の表情をよく覚えている。彼女は、熊谷事務局長と目を合わせて、にやにやしながら、『この人、私の命令を聞けないんだって』と笑ったのだ。私はこの彼らの態度に心底怒った。」(「澤藤統一郎の憲法日記」2013年12月27日
 
同じボランティア同士の運動の中で「にやにやしながら、『この人、私の命令を聞けないんだって』と笑」うような人物を民主的政治家として、あるいは市民運動家として評価することができるでしょうか? 私の答は明白に「否」です。実体験ではなく、他者の経験を聞くという形の経験でしかありませんが、その私の見聞した上原公子氏の姿勢は、民主的政治家としても市民運動家としても失格です。
 
上記のニュース・コメンタリーでも神保さんと宮台さんの今回の国立マンション訴訟の判決の評価は、「上原氏は判決は『市議会が請求権放棄の議決をしたが、市長がそれに応じなかったことは権限の濫用にあたる』という理由であったとしても、前回からの裁判の争点もメンションされて勝ったのだから『完全勝利である』と喜んでいるが、今回の裁判の争点部分は判決の直接の理由になっていないし、また、争点部分の裁判所の判断も上記で述べているように「被告上原の行為は(略)一連の行為として全体的に観察すれば地方公共団体の長として社会通念上許容される限度を超えて(いる)と判断せざるをえない」という判断もあるなどねじれている。上原氏の「完全勝利」とは言い難いだろう、というものです。今回の東京地裁判決を上原元国立市長の「完全勝訴」と評価している人たちには今回の判決とその判決に至るまでの経緯を再度検証していただきたいものだと私は思います。
あるメーリングリストから。

国立市マンション訴訟で、元市長の上原公子さん、無事勝訴でした。嫌がらせ裁判に対して、住民自治を守る闘いを敢然と貫きました。

朝日新聞
http://www.asahi.com/articles/ASG9T4WNJG9TUTIL027.html
読売新聞
http://www.yomiuri.co.jp/local/tokyotama/news/20140925-OYTNT50571.html
 
国立マンション訴訟の原告側(国立市)の訴えを果たして「嫌がらせ裁判」などと侮蔑語を用いることは正しいことでしょうか? また、同訴訟の被告側(上原公子元国立市長)の応訴を「住民自治を守る闘い」など称揚することは適切なことといえるでしょうか?
 
この件についての私の論はまた改めて述べることにしたいと思いますが、ここでは私という一個の素人の意見を述べるよりも、「首長の行為の違法を追求可能とする住民訴訟の制度の趣旨」に即して、また、地方議会のあり方に関する総務省の見解や最高裁の判例を援用し、論理的に今回の東京地裁の判断に重要な疑問を提起している法律の専門家としての澤藤統一郎弁護士の論をご紹介させていただこうと思います。
 
要点は、「公益」のために認められた特別の訴訟類型としてたった一人でも行政の違法を質すことができる制度である住民訴訟の意義を議会の多数決で無にすることは「正義」に適うことかどうかというところにあるように思います。私は澤藤統一郎弁護士の論に正統な説得力を感じます。
 
なお、澤藤弁護士の論中に「市議会が、11対9の票差で裁判にかかっている国立市の債権を放棄する決議をした」というくだりがありますが、私の調べたところこの「11対9の票差」の内訳は以下のとおりですが、「党派性」でこの問題を判断するのは誤りのもとだと私は思います。判断すべき材料はあくまでも「論理」、そして「市民的権利」というものであろう、と私は思います。
 
国立市議会賠償金請求権利放棄決議結果
 
賛成
重松朋宏(緑の党)、上村和子(こぶしの木)、生方裕一(維新の党)、藤田貴裕(社民党)、望月健一(みらいのくにたち)、長内敏之(共産党)、尾張美也子(共産党)、高原幸雄(共産党)、阿部美知子(生活者ネット)、小川宏美(生活者ネット)、前田節子(生活者ネット) 合計11票
 
反対
稗田美菜子(民主党)、藤江竜三(新しい風)、池田智恵子(つむぎの会)、中川喜美代(公明党)、小口俊明(公明党)、石塚陽一(自民党・明政会)、大和祥郎(自民党・明政会)、石井伸之(自民党・明政会)、東一良(自民党・明政会) 合計9票
 
以下、澤藤統一郎弁護士の論。
 
株主代表訴訟と住民訴訟、明と暗の二つの判決
(澤藤統一郎の憲法日記 2014年9月25)
 
誰もが自分の権利・利益を保護するために裁判を申し立てる権利を持つ(憲法32条)。とはいえ、裁判は自分の権利・利益の保護を求めてのもの。自分の権利の保護を離れての訴訟提起は法が想定するところではない。正義感から、公益のために、世の不正や違憲の事実を裁判所に訴えて正そうと、裁判を提起することは原則として許されない。
 
もっとも、これにはいくつかの例外がある。自分の権利保護を内容としない訴訟を「客観訴訟」と言い、客観訴訟が認められる典型例が地方自治法上の「住民訴訟」。地方自治体の財務会計上の行為に違法があると主張する住民は、たった一人でも、住民監査を経て訴訟を提起することができる。住民であるという資格だけで、全住民を代表して原告となり、自治体コンプライアンスの監視役となって訴訟ができるのだ。
 
よく似た制度が「株主代表訴訟」。これも、取締役らの不正があったと主張する株主は、たった一人で裁判所に提訴ができる。各取締役個人を被告として、「会社に与えた損害を賠償せよ」という内容になる。原告にではなく、会社に支払えという裁判。住民訴訟同様に、原告となる株主個人が、全株主を代表して損なわれた会社の利益を回復する仕組みであり、この制度あることによって取締役の不正防止が期待されている。
 
株主代表訴訟と住民訴訟、両者とも私益のためではなく、「公益」のために認められた特別の訴訟類型。はからずも本日(9月25日)東京地裁で、両分野で、注目すべき判決が言い渡された。
 
まずは、株主代表訴訟。西松建設事件である。
旧経営陣に6億円賠償命令 西松建設の株主代表訴訟
西松建設の巨額献金事件で会社が損害を受けたとして、市民団体「株主オンブズマン」(大阪市)のメンバーで個人株主の男性が、旧経営陣10人に総額約6億9千万円の損害賠償を求めた株主
代表訴訟の判決で東京地裁は25日、6人に対し総額約6億7200万円を西松建設に支払うよう命じた。
事件では、会社が設立したダミーの政治団体に幹部社員らが寄付し、賞与の形で会社が穴埋めするなどの方法で政治献金が捻出されていた。10人は、献金当時に役員を務めていた。
大竹昭彦裁判長は、うち社長経験者ら6人が『役員としての注意義務違反があった』と指摘した。」(共同通信)
 
西松建設は、実体のない政治団体を使って国会議員に裏金を献金していた。2008年から東京地検特捜部が本社を捜索し、2009年に事件は「偽装献金事件」として政界に波及した。自民党や民主党の多数政治家に大金が流れていた。
 
西松建設幹部と国会議員秘書など計5人が、政治資金規正法違反として起訴され、4人が執行猶予付きの禁錮刑となり、1人が略式手続きによる罰金刑となって、刑事事件は確定した。
 
刑事事件は確定しても、会社から違法に流出した政治献金の穴は残ったまま。各取締役個人に対して、これを賠償せよというのが、今回の株主代表訴訟の判決。
 
たった一人の株主が、会社の不正を質した判決に到達したすばらしい実践例。「株主オンブズマン」(大阪市)の日常的な活動があったればこその成果といえよう。
 
もう一つは、住民訴訟関連の判決。報道の内容は次のとおり。
 
「高層マンション建設を妨害したと裁判で認定され、不動産会社に約3100万円を支払った東京都国立市が、上原公子元市長に同額の賠償を求めた訴訟の判決が25日、東京地裁であり、増田稔裁判長は請求を棄却した。
増田裁判長は『市議会は元市長に対する賠償請求権放棄を議決し、現市長は異議を申し立てていないので、請求は信義則に反し許されない』と指摘した。」(時事)
 
先行する住民訴訟において、東京地裁判決(2010年12月22日)が、元市長の国立市に対する賠償責任を認容し、この判決は確定している。元市長は任意の支払いを拒んだので、国立市は元市長を被告として同額の支払いを求めた訴訟を提起した。
 
ところが、その判決の直前に新たな事態が出来した。市議会が、11対9の票差で裁判にかかっている国立市の債権を放棄する決議をしたのだ。今日の判決は、この決議の効果をめぐっての解釈を争点としたものとなり、結論として国立市の請求を棄却した。
 
こちらは、せっかくの住民訴訟の意義を無にする判決となって、高裁、最高裁ともつれることになるだろう。
 
問題は、たった一人でも行政の違法を質すことができるはずの制度が、議会の多数決で、その機能が無に帰すことになる点にある。
 
たとえば、総務省の第29次地方制度調査会「今後の基礎自治体及び監査・議会制度のあり方に関する答申」(2009年6月16日)は、次のように述べている。
「近年、議会が、4号訴訟(典型的な住民訴訟の類型)の係属中に当該訴訟で紛争の対象となっている損害賠償請求権を放棄する議決を行い、そのことが訴訟の結果に影響を与えることとなった事例がいくつか見られるようになっている。
4号訴訟で紛争の対象となっている損害賠償又は不当利得返還の請求権を当該訴訟の係属中に放棄することは、住民に対し裁判所への出訴を認めた住民訴訟制度の趣旨を損なうこととなりかねない。このため、4号訴訟の係属中は、当該訴訟で紛争の対象となっている損害賠償又は不当利得返還の請求権の放棄を制限するような措置を講ずるべきである。」
 
私は、この考え方に賛成である。首長の違法による損害賠償債務を議会が多数決で免責できるとすることには、とうてい納得し難い。国立市はいざ知らず、ほとんどの地方自治体の議会は、圧倒的な保守地盤によって形成されている現実がある。首長の違法を質すせっかくの住民訴訟の機能がみすみす奪われることを認めがたい。
 
とはいえ、現行制度では、自治体の権利の放棄ができることにはなっており、その場合は議会の議決が必要とされている。問題は、議会の議決だけで債権の放棄が有効にできるかということである。
 
最高裁は、古くから「市議会の議決は、法人格を有する市の内部的意思決定に過ぎなく、それだけでは市の行為としての効力を有しない」としてきた。高裁で分かれた住民訴訟中の債権放棄議決の効力について、最近の最高裁判決がこれを再確認している。
 
2012(平成24)年4月20日と同月23日の第二小法廷判決が、「議決による債権放棄には、長による執行行為としての放棄の意思表示が必要」とし、これに反する高裁判決を破棄して差し戻しているのだ。
 
国立市の現市長は、「長による執行行為としての放棄の意思表示」をしていないはず。最高裁判例に照らして、「現市長は異議を申し立てていないので、請求は信義則に反し許されない」は、すこぶる疑問であり、不可解でもある。
 
首長の行為の違法を追求可能とするのが住民訴訟の制度の趣旨。この判決では、市長派が議会の過半数を味方にすれば責任を逃れることが可能となる。さらに、前市長・元市長の違法を追求しようという現市長の意図も、議会の過半数で覆されることになる。
 
このままでは、せっかくの住民訴訟の制度の趣旨が減殺される。上級審での是正の判断を待ちたいところではある。
寺嶋悠さんがあるメーリングリストに投稿された「五木民俗写真集と写真展『五木歳時記』ご案内(大阪、福岡)」の転載をさせていただこうと思います。
 
寺嶋悠さん(アジア開発銀行福岡NGOフォーラム、観光・地域づくりアドバイザー)とは2007年に大分県別府市で開かれた官主催の「アジア・太平洋水サミット」に対抗して開催した民の立場からの「アジア太平洋水サミット市民フォーラム」の開催のときに福岡・大分を中心にして6か月ほど行動をともにし、10日ほどは寝食をともにしました。懐かしい友人です。
 
このときは佐久間智子さん(「環境・持続社会」研究センター理事)やいま大変ご活躍中の内田聖子さん(アジア太平洋資料センター PARC。実家は別府市)とも行動と寝食をともにしたことが思い出されます。
 
久々の投稿です。五木村移住3年目に入りました、寺嶋です。
 
さて、五木村の暮らしを10年余りにわたり撮り続けられている小林正明さんが、写真集『五木歳時記~山里の祭りと風習~』(花乱社)を発刊されました!!
 
併せて、2/20~26大阪と、3/13~25福岡で写真展が開催されます。

五木歳時記 
写真集「五木歳時記」
 
写真集は、五木村の各集落でひっそりと受け継がれてきた、お堂や神社、山の神の祭り、季節の行事84点の写真を収めたもの。それぞれに解説が付き、読み物、民俗資料としても興味深いと思います。
 
私も度々五木村の各地の祭りでご一緒したことがありますが、小林さんの五木村にかける思いには、本当に頭が下がります。カメラって割と「ヤラセ」があったりしますが、小林さんの場合は一切なし。ほんの一瞬のタイミングを逃せば、翌年の同じ祭りまであと一年待たなければなりません。そんなふうに、1つの祭りを撮るのに気長に数年間通い詰め、撮影されてきたそうです。
 
モノクロの写真からは、山里の静かな暮らしの中で、祖先から受け継いできた神仏への信仰と、恵みをもたらし時に刃を向ける自然への畏れを感じます。 
信州の長野県上伊那郡の南部に中川村という天竜川の源流域の伊那谷を包摂する人口5000人余りの小さな村があります。

その中川村の村長は曽我逸郎さんという人ですが、この村長さんはなかなかの硬骨漢のようです。この村長さんについてあるMLで次のような情報をいただきました。

「信州中川村の曽我逸郎村長は、卒業式で日の丸に礼をしません。
その行為についての認識を問う質問が、村議会で出されました。
曽我村長はこの質問に堂々と答え、その答弁を「村長からのメッセージ」として村役場のホームページに掲載しています。
答弁は、日本国憲法前文を踏まえた、格調高くすばらしいものですので、ここに紹介いたします。」

曽我村長の日の丸「無礼」(「無礼者め」の無礼ではありません。「無礼講」の無礼の意味に近い)の弁に私も感服しました。

私も紹介させていただきたいと思います。

*私も10年ほど前にPTA会長なるものをしたことがあります。私も入学式、卒業式の壇上(いわずもがなですが、PTA会長なる者は壇上であいさつをするというしきたりがあります)で日の丸に礼をしませんでしたが、大変なプレッシャーがあったことを思い出します。信念からのこととはいえ、慣習(大半のみんなが疑いもなく礼をし君が代を歌うということでしかないのですが)としての礼を失することでせっかくの入学式や卒業式の和やかな雰囲気を台無しにしてしまうのではないか。信念と慣習の相関関係は如何に、などという。

牧ヶ原橋より望む中川村の風景 
牧ヶ原橋より望む中川村の風景

以下、中川村役場のホームページから転載。

村長の部屋 村長からのメッセージ
村議会6月定例会 「国旗と国歌について村長の認識は」との一般質問を頂きました。

中川村議会6月定例会で、高橋昭夫議員から、「国旗と国歌について村長の認識は」という一般質問を頂いた。

一問一答方式のため、受け答えはやりとりの流れに応じた“アドリブ”になっていき、正確に再現することは難しいので、頂いた通告と私の答弁原稿を以下に掲載する。

<一般質問通告>
小・中学校の入学式や、卒業式の席で、村長は(壇上に上る際、降りる際に)国旗に礼をされていないように思います。このことについて村長のお考えをお聞きしたい。

<答弁原稿>
たいへんありがたい質問を頂戴しました。ご質問の件については、村民の皆さん方の中にも、いろいろ想像して様々に解釈しておられる方がおられるかもしれません。説明するよい機会を与えていただきました。感謝申し上げます。

私は、日本を誇りにできる国、自慢できる国にしたいと熱望しています。日本人だけではなく、世界中の人々から尊敬され、愛される国になって欲しい。
それはどのような国かというと、国民を大切にし、日本と外国の自然や文化を大切にし、外国の人々に対しても、貧困や搾取や抑圧や戦争や災害や病気などで苦しまないで済むように、できる限りの努力をする国です。海外の紛争・戦争に関しても、積極的に仲立ちをして、平和の維持・構築のために働く。災害への支援にも取り組む。
たとえて言えば、日の丸が、赤十字や赤新月とならぶ、赤日輪とでもいうようなイメージになれば、と思います。
世界中の人々から敬愛され信頼される国となることが、安全保障にも繋がります。

これは、私一人の個人的見解ではなく、既に55年以上も前から、日本国憲法の前文に明確に謳われています。

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

そして、憲法前文は、次のような言葉で締めくくられています。

日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う。

しかし、現状はまったく程遠いと言わざるを得ません。日本国は、名誉にかけて達成すると誓った理想と目的を、本気で目指したことが、一度でもあったのでしょうか。

東京電力福島第一原発による災害では、国土も、世界に繋がる海も汚染させました。たくさんの子ども達が、かつての基準なら考えられない高汚染地域に放置されています。そしてまた、安全基準も確立しないまま、目先の経済を優先して、大飯原発の再稼動を急いでいます。放射性廃棄物をモンゴルに捨てようとしたり、原発の海外輸出まで模索しています。

明治になって日本に組み入れられた琉球は、抑止力のためという本土の勝手な理屈で多くの米軍基地を押し付けられ、さらにまた美しい海岸をつぶして新たな米軍基地を造ろうとする動きがあります。イラク戦争に協力し、劣化ウラン弾で子どもたちが苦しめらることにも、日本は加担しました。兵器輸出の緩和さえ模索しています。

他にも、福祉を削り落として、貧困を自己責任に転嫁するなど、言い出せばきりがありません。ともかく今の日本は、誇りにできる状態から程遠いと言わざるを得ません。

しかしながら、誇りにできる状態にないから、国旗に一礼をしない、ということではありません。完璧な理想国歌はあり得ないでしょう。しかし、理想を目指すことはできる。しかし、そのそぶりさえ日本にはない。それが問題です。

もっと問題なのは、名誉にかけて誓った理想を足蹴にして気にもしない今の日本を、一部の人たちが、褒め称え全面的に肯定させようとしている点です。この人たちは、国旗や国歌に対する一定の態度を声高に要求し、人々をそれに従わせる空気を作り出そうとしています。

声高に主張され、人々を従わせようとする空気に従うことこそが、日本の国の足を引っ張り、誇れる国から遠ざける元凶だと思います。

人々を従わせようとする空気に抵抗することによって、日本という国はどうあるべきか、ひとりひとりが考えを表明し、自由に議論しあえる空気が生まれ、それによって日本は良い方向に動き出すことができるようになります。

人々に同じ空気を強制して現状のままの日本を肯定させようとする風潮に対して、風穴を開け、誰もが考えを自由に表明しあい、あるべき日本、目指すべき日本を皆で模索しあうことによって、誇りにできる日本、世界から敬愛され信頼される日本が築かれる。日本を誇りにできる国、世界から敬愛される国にするために、頭ごなしに押しつけ型にはめようとする風潮があるうちは、国旗への一礼はなるべく控えようと考えております。

<以上、初回答弁の原稿>

<一問一答のやりとりの最後(要旨)>

Q:村長は子供たちが国旗に礼をしないようになる方がいいと考えているのか?

A:教育内容について行政から口を挟むことは控えるべきだと考える。なにをどう教えるかは、教育委員会の管轄である。国旗に対して、どういう態度を取るべき、とか、取るべきでない、とか、これまでも申し上げたことはないし、今後も申し上げるつもりはない。

<新聞記者(信濃毎日新聞、長野日報)との取材でのやりとりの最後(要旨)>

Q:子どもたちには、どうあって欲しいと思っているのか?

A:いろいろな人がいて、いろいろな考え方があるのだな、と感じてもらえれば嬉しい。その上で、自分はどう考えるのか、じっくり検討して欲しい。こういう態度を取らねばならないと、ただひとつの形しか提示しないのは問題。型にはめようとするのはよくない。「まぁ、この場は空気を読んでこう振る舞うのが大人だし…」というような対応を積み重ねた結果、曾て、場の空気に絡め取られ戦争に向けて後戻りできない状況に陥り、後悔したのではなかったか。どういうものであれ、自分の感じ方、思いを気安く表明できる「空気」を創っていくことが大事。それによって、互いに議論が深まり、理想の日本、あるべき日本、目指すべき日本が模索され、その結果が皆に共有されていけば嬉しい。

2012年6月12日 曽我逸郎

中川村役場
〒 399-3892 長野県上伊那郡中川村大草4045-1
TEL 0265-88-3001(代) FAX 0265-88-3890


追記: 日の丸・君が代についての私の感受性

本エントリ記事は長野県上伊那郡中川村の曽我逸郎村長の日の丸「無礼」の弁の爽やかさを主題にしたものですが、そこに必須(須要)として内在する「日の丸・君が代」問題に関してあるおひとりの太平洋戦争中の日本軍のガダルカナル島戦体験者(90歳を超えられるご高齢の方)から要旨下記のようなお便りをいただきました。

「私は戦時中赤紙招集で、一兵卒としてソロモン群島のブーゲンビル島の船舶工兵第2連隊に配属されガダルカナル撤退作戦後に栄耀失調とマラリアで野戦病院に入院、折良く病院船でフィリッピンの後送になり、療養中に我が隊は全滅し、私は特殊技術者の帰還命令で、沖縄戦の始まる頃に海軍病院船で無事帰還しましたが、戦場体験から皇軍とは天皇の威光をかさにきた驚くべき無責任組織であることがわかり、それを表徴する日の丸と君が代は、今でも国体やオリンピックで放映されるのを見ただけで気分が悪くなります。かつて侵略を受けたアジアの人々が(戦後の若い人は別として)決して忘れられないことと思っています。長々と勝手な思いを書きました。」

そのご先達のお便りに私は次のように返信しました(要旨)。

ご返信拝受致しました。

先の文章中で私は「私も入学式、卒業式の壇上で日の丸に礼をしませんでしたが、大変なプレッシャーがあった」云々と書きました。その「大変なプレッシャーがあった」云々の私の発言に私の日の丸に対する感受性の不徹底性をご先達は感じられたのかも知れません。

しかし、上記の「大変なプレッシャーがあった」云々の発言はあくまでもPTAという俗世間での話でした。

私の実際の「日の丸」への感受性は次のようなものです。私も日の丸を見ると「嘔吐」をもよおすほど気分が悪くなるのです。

もちろん、ご先達とは世代は違いますから、その感受性も違っていると思いますが・・・・。

「私はあなたの指示されるサイトを開いて、一瞬にして日の丸の旗の渦が目の中に入ってきたとき、強い嘔吐感のようなものを感じるとともにその画面を直視するに堪えられませんでした。すべての人がそうだとは言いませんが、私の場合、その「日の丸」に象徴されるものは、あの戦争で生きようとして生きられず生命を失くしていった人びと(戦場にあった人も銃後にあった人も)への鎮魂の思い、またその人々を死に追いやった軍国主義という「思想」への深い軽蔑心、また憎悪心、です。私はもちろん戦中の人間ではありませんが、文学好きだった私が文学の中で追体験した「戦争」なるものに対する拒否反応は言葉には言い表しがたいものがあるのです。それは若いころ読んだ小林多喜二への尊敬につながり、『レイテ戦記』を著した大岡昇平の深い悲しみに自分の心を重ねることであり、『真空地帯』で自分の軍隊経験を描いた野間宏のあの癒えがたい慟哭をともに泣く、ということでもありました。「日の丸」が象徴するものは私にとってそうした負のイメージを否応なくともなうのです。」
毎日新聞に下記のような記事が掲載されていました。

■追跡・累犯:身寄りない容疑者・被告、福祉支援で実刑9割回避 さいたまNPO、引き受け確約(毎日新聞 2010年10月27日 東京朝刊
さいたま市の社会福祉士がつくるNPO法人が検察庁や裁判所に対し、身寄りのない容疑者・被告の施設での引き受けを確約したところ、約9割が起訴猶予や執行猶予付きの判決となり、実刑を回避していたことが分かった。裁判所などが福祉の支援で更生が可能と判断したとみられ、引き受け後の再犯率も低かった。法務省は再犯防止を重要政策に位置づけているが、NPO法人は刑務所出所後の支援だけでなく、刑事手続きの途中で支援する必要性を訴えている。

このNPOとは、埼玉県を拠点にさいたま市周辺で野宿生活(ホームレス)状態にある人、生活に困っている人たちの相談や生活保護の申請支援、アパートの入居支援など日常生活支援を中心とした福祉活動を展開しているNPO団体「ほっとポット」のことです。

この「ほっとポット」がいま埼玉県NPO大賞候補団体にノミネートされているとのことです。

「ほっとポット」のサイトを開いてその活動の様子を見てみるとほんとうに大切な活動を展開しているNPO団体であることがわかります。

上記の毎日新聞記事は「ほっとポット」のその大切な活動の一端を示している記事のように思います。

こうしたNPO団体にこそ埼玉県NPO大賞を獲得していただきたいものです。

実は私も10年ほど前からNPO活動をしているのですが、私の見る限りそのほとんどのNPOは行政寄り(権力追随)でまっとうなNPOは芥子粒ほどの存在です(そうしたNPOの現況に嫌気がさして私は長く開店休業のままでいるのですが)。その中で「ほっとポット」の存在はほんとうに貴重なもののように思えます。

埼玉県NPO大賞の第1次選考は県民投票で選ばれるようです。

同県民投票の状況は以下で見ることができます(投票期間:10月9日?12月11日)。

http://nposaitamanet.or.jp/award/msgenq/msgenq.cgi

フレ? フレ? ほっとポット!!
既報のとおり千葉第2検察審査会は先月13日(発表は21日)、「森田健作氏を告発する会」のメンバーが審査申立をしていた森田千葉県知事「無所属」詐称問題に関して「不起訴相当」の議決をしましたが、同会は昨日2日、千葉第2検察審査会、最高裁刑事局、森田千葉県知事それぞれに対して以下の抗議声明、公開質問状、申し入れ書を送付するとともに発表しました。

【1】森田健作氏に対する不起訴処分を「相当」とした千葉第2検察審査会に対する抗議声明
【2】検察審査会に対する抗議および改善の申入れ(最高裁判所刑事局長宛)
【3】検察審査会の運営に関する公開質問状(千葉第2検察審査会宛)
【4】政治資金の明確化を求める公開質問状(鈴木栄治(森田健作)千葉県知事宛)

下記はその【1】です。

2010年8月2日

千葉第2検察審査会様

森田健作氏を告発する会
代表 井村弘子

森田健作氏に対する不起訴処分を「相当」とした千葉第2検察審査会に対する抗議声明

1 経緯

我々市民853人は、森田健作氏が、2009年3月の知事選において、当時自由民主党支部の代表であるなど政党と強いつながりがあったにもかかわらず、自らを「完全無所属候補」と表示した法定ビラを配布して政党とのつながりを否定したのは、公職選挙法が禁止する虚偽事実の公表にあたるとして、千葉地方検察庁に告発を行ったが、千葉地方検察庁は森田氏を不起訴処分にした。  

この不起訴処分に対し、我々市民217人は、2009年12月16日に千葉検察審査会に審査申立を行ったが、千葉第2検察審査会は、2010年7月13日付で、不起訴処分を相当とする議決を行った。

2 議決要旨の問題点? 説明の欠落

検察審査会から我々に通知された「議決の要旨」(以下「議決要旨」という)は、全4頁の文書であるが、不起訴処分を相当とする理由は、「(本件ビラの)説明文言等から見ても、『完全無所属候補』という記載が『政党推薦無所属ではない』という意味を越えて、『政党と人的・資金的につながりがない』という意味であったとまで認めることは、難しい」ということ以外にみあたらないが、審査員が、本件ビラのどの部分をどのように解釈して、そのような結論に達したのかは全く説明されていない。これでは、我々が審査申立において主張した「『完全無所属候補』と、『自民党員』であること、および『自民党支部代表(支部長)』であることは矛盾する」という点について審査員がどのように判断したのかわからない。

3 議決要旨の問題点? 判断内容の矛盾

他方で、議決要旨には、不起訴処分を不当と判断すべき根拠となる事実が認定されている。

まず、「今回の県知事選挙に際し、2号ビラの『完全無所属候補』という記載を見た有権者においては、その文言の意味の受け止め方は様々であったと思われる」という部分であるが、その直後に「が、被疑者が記載した『完全無所属候補』という造語は、あくまでも被疑者側が選挙戦略の中で、対立する候補者との違いを明確にする表現として作ったものであると思われ」とあることからすると、「受け止め方は様々である」という記述は、「『完全無所属候補』と言う文言を、『政党と人的・資金的につながりがない候補』と受け止めた人がいた」こと、すなわち「『完全無所属候補』という文言が一般の人にとって『政党と人的・資金的につながりがない』と受け止められる文言であること」を認めるものといえる。

また、「当時の社会情勢の中、選挙ビラの作成においても政党隠しを徹底して行っていたということも推測できる」という部分からは、「したがって、被疑者は、政党隠しのため政党とのつながりを否定し、政党その他団体の所属に関し虚偽の事項を公表したと判断せざるを得ず、不起訴処分は不当」という結論しか導き出されない。しかるに、不起訴処分は相当とした今回の審査員の判断は矛盾に満ち満ちたものであり、まことに不可解と言わざるをえない。

4 議決要旨を書いたのは誰か

以上のように、審査員の多数は、「今回の県知事選挙に際し、2号ビラの『完全無所属候補』という記載を見た有権者においては、その文言の意味の受け止め方は様々であったと思われる」「(被疑者が)当時の社会情勢の中、選挙ビラの作成においても政党隠しを徹底して行っていたということも推測できる」と判断したからこそ、議決要旨の「執筆者」は、結論とは矛盾する判断をそのまま議決に記述せざるを得なかったと考えられる。

これに対し、「不起訴相当」の結論を「主導」した人物(ら)は、「完全無所属候補が政党と人的・資金的なつながりがないということを示すものであると断言できなければ、虚偽とはいえない」とか、「そもそも『無所属』という文言がまぎらわしく誤解を与えかねないが、政党所属候補が『無所属』として立候補すること自体は選挙の運営上許されており、これを解決するには新たな『対策』が必要である」などと主張して、「不起訴不当」と考える多数派を「説得」したのではないか。これが議決に7か月もかかった理由、また矛盾する内容がそのまま提示されている理由であると考えざるをえない。

さらに、通常明記される「議決書の作成を補助した審査補助員」の名前が記載されていないことも、この議決の正当性を疑わせるに十分である。

5 まとめ

我々が膨大な提出証拠をもとに行った主張に対してはほとんど触れず、結論にいたるまでの説明が欠落し、かつ矛盾した内容をそのまま併記した議決要旨を発表して幕引きを図ろうとする検察審査会の暴挙に対し、我々は強く抗議するとともに、「不起訴相当」の議決は不当きわまりないものとして厳しく指弾する。

現在、司法改革の名のもとに裁判員制度という市民参加型の制度が取り入れられ、裁判の透明化・公開性が進んでいる。これに全く逆行するのが完全非公開の検察審査会の制度である。人選の公正さを検証する手立てさえ全くない。

申立人に対しても、いつから何回の審査を経て、どのような議論の末に、何対何で議決がなされたのか、申立から議決までの約7か月間に審査員の交替はあったのかなかったのか、等について、一切明らかにされず、審査会の運営が公正に行われていないのではないかとの疑念を持たざるを得ない。

さらに、議決文そのものではなく、「要旨」しか明らかにされない点も、検察審査会の不透明性を表すものとして厳しく指摘する。

6 今後について

我々は、新たに浮上した政治資金の疑問点も含め、今後もひきつづき森田健作氏について検証し、氏の知事としての資質を世に問うていくとともに、今回の告発を通して浮かびあがった検察制度や検察審査会制度の問題点を指摘し、改革へ向けた提言を行って参りたい。


((上)から続く)
議会制民主主義と行政の「抵抗権」

 小淵沢町は、私たちの旅では2番目の視察地にあたる。が、一天にわかにかき曇った感のある同町の合併事情は、行政の長の意志、また議会の意志と住民の意志との関係について大切な問題提起を含んでいる。この町の報告を先にしたい。

 すでに見たとおり、住民投票では合併賛成派が有権者比にして45.7%の票を獲得したが、同町では「全国ではじめて」の「投票資格者数の過半数」条項を採用しているため、尊重義務は生じない。町長はその理由を「町の進むべき方向は2年前に町民の代表である議会の議決により決定されている。それを敢えて変えるには多くの町民の意思が必要」と私たちに説明したが、他の自治体はその「多くの住民の意思」を「有効投票の過半数」としている。私たちは町の自立を模索する町長の理念に共鳴はするのだが、住民の意思を聞くハードルは高くしてはならないと考えている。

 小淵沢町長は、公共工事の入札制度に関して、政官業の癒着とその談合体質を完膚なきまでに断ち切った剛直の人である。住民の意思を尊重しようとする姿勢においても、町長と町民の直接対話の場としての「小淵沢テーブル」の開催、2度に及ぶ住民アンケートの実施、各種団体の代表と一般公募による「市町村合併検討委員会」の設置、合併賛成派と反対派の公開討論会の開催など、その取り組みは人後に落ちるものではない。としても、この条項の策定に関しては、町長のジャッジメント・ミスといわざるをえない。

 いや、単なるジャッジメント・ミスとはいえないだろう。小淵沢町長は、合併の是非を問う住民運動について、今年の6月議会で、そして私たちおおいたローパス一行にも、「議会が議決をした頃ならともかく、今この時期になって、しかも当時、議会の議決に加わった議員が扇動する形でのこの行動は、自ら議会制民主主義を否定(略)するものであり許され」ないと述べた。

 しかし、この認識は誤っている。議会が住民の負託によって成立している以上、その住民の意思はどのような時期であれ、尊重されなければならない。議会の議決を見直そうとする住民運動があれば、議員は進んでその説明責任こそ果たすべきだろう。それを「扇動」というのは、議会制民主主義の解釈をまったく誤っている。

 しかし同時に、次のことも言っておかなければならない。私は、住民の判断を全知全能の神のように思ってはいない。行政の側が正しく、住民の判断の方が誤っているということも少なからずあるだろう。その場合、住民の意思に行政の長が対峙するためには、その出処進退を明らかにした上で、自らの信念を貫く以外ない。平たくいえば、行政の長は常に辞表を懐にしてことに望むべきである。それがアメリカ法にいう市民の抵抗権ならぬ行政の「抵抗権」ということになろうか。小淵沢町長には、自制とともに果敢な行動を望みたい。彼はそれができる人である。

合併反対です。原村が好きだから! 若者たちの108通のメール

 ふたたび長野県原村へと遡行する。原村も諏訪湖と八ヶ岳にはさまれた高原の村である。「信州で最も首都圏に近い村」という地勢もあって、近年人口が増え続けている。夜間人口は20%増というから、この高原の地に居を構え、首都圏に通勤する者も少なくないのだろう。同村の農業所得収入50億円に対して、給与所得収入120億円というのがそのことを物語っている。村営のペンション収入などによる積立金も多いという。

 同村は、福祉先進村でもある。村単老人福祉医療は65歳以上の完全無料化を実施してすでに20年が経つ。世帯主が高額医療対象となった場合の医療費負担の軽減、小学校3年生までの乳幼児等医療費完全無料化などの福祉医療体制は、全国からも注目されている。

 原村長が私たちに語った「地方交付税をどんなにカットされても、老人医療費と乳幼児等医療費の完全無料化は最期まで残したい」という忘れがたい言葉は、「自律した村づくり」をめざす同村長の姿勢に一直線に結びつくものだろう。昨年の12月、原村長は諏訪地域6市町村によって構成される任意協からの離脱を表明し、村議会も「自律する村づくり」の道を選んだ。

 同村は、その決断の前に、18歳以上の全住民(在住外国人を含む)を対象に合併問題に関する住民アンケート調査を行っている。回収率92.2%、合併反対が3,647名、賛成が1,383名というのがその結果であった。反対が賛成の2.5倍。住民も「自律」の道を選択していたのである。

 しかし、前の年の14年の段階では、議会の多数派は合併賛成であった。村内でも合併賛成派の住民や反対派の住民それぞれがグループを作り、チラシを全戸に配布するという状況が続いていた。それが一転したのは、現在、同村を離れて生活している20代前半の若者たちが「原村ふぁん倶楽部」を立ち上げたからである。

 原村に住民票のない彼ら(もちろん、彼女たちも含んでいる)は、したがってアンケートの対象者でもない彼らは、携帯電話のメールを使って仲間に呼びかけ、独自のアンケート調査を実施した。都会に出て生活している若者など108名からメールによるアンケートが集まった。そのメールの文字の大部分が「合併反対です。私は原村が好きだから。今の原村を残したいです」という言葉で彩られていた。若者たちの故郷に寄せる真剣な思いを知った村民の感動は深かった。そのときから、流れが変わった。村長と役場職員は、私たちにそう語った。この物語に出てくる小道具は、携帯とIT。いかにもいまふうである。いつの時代も若者が世の中を変える。考えてみれば当たり前のことが、私たちの心を打った。

大きいことはよいことなのか!?

 しかし、そうした若者たちであっても、はじめから故郷原村を誇りに思っていたわけではないようだ。東京という大都会に出て、「原村出身」と言うのは憚られたという。田舎っぺに思われたくなかったのだ。しかし彼らは、その「田舎」を再発見するのにそれほど時間を要しなかった。彼らにとって、都会は無味乾燥すぎた。

 いつごろから「村」より「町」が、さらに「町」より「市」が上等という観念がはびこるようになったのだろう。大都市のあのきらびやかな風俗が若者たちに魅力的でないはずがない。東京出身者が意味もなくもてはやされる。そこには日本を支配する官庁があり、大企業の本社があり、エリート集団を養成する東大があり、有名私大がある。

 しかし、大きいことはそんなによいことか。昔は金の卵、いまはフリーター。三四郎のように水蜜桃をかじりながらの者もいよう。若者たちが都市へ都市へと流れていく。その結果、町と村はジジ、ババのまち、ムラとなり、農村は疲弊したのではなかったか。

 自治体問題研究家の池上洋通さんはいう。「いい大学にやって、いわゆる都市で暮らす方がいいという考え方が、野外で汗を流して働く労働を卑しむ風潮を作り、日本の教育を歪めてしまった」。その結果、受験産業(だけではないが)は肥え太り、こどもたちは痩せ細った。肥えたかに見えるのは、現人(うつせみ)の幻覚か、鬼の姿にほかならない。

 私たちは、この旅で実に多くのことを学んだ。が、紙数の関係で記せなかったことがたくさんある。それはまたの機会にゆずろう。私たちは、住民の生活が見えるまちづくり、住民の顔の見えるムラづくりを望んでいる。そのメッセージだけは伝えることができたかもしれない。
                                   (2004年・秋記す)
(写真:長野県原村)

弁護士の毛利正道さんがご自身が主宰される「非戦つうしんミディア」485号(2010年4月7日号)及びご自身のブログに「65才以上医療費無料30年、『安心して暮らせる原村』を全国へ」という小論攷を掲載されています。

「原村」という懐かしい村の名前を見て、6年ほど前に同村を訪ねたときのことを思い出しました。私はこのとき市民と地方自治体議員20人ほどで構成する「大分県地域自治政策研究センター・おおいたローパス」という市民団体の事務局次長という雑用係をしていたのですが、その市民団体としての第1回目の研修旅行が長野県原村と山梨県小淵沢町の旅でした。その旅の記録を市町村合併問題を主題にして書いたものが下記です。某新聞社系の雑誌に発表する予定で書いたものですから「私」の主張は極力抑えています。それでも「市町村合併」推進論者の編集長とそりが合わず、お蔵入りになっていた、あるいはしていたものです。毛利さんの「原村」賛歌を読んで、私も同村に懐かしい旅の記憶を持つもののひとりとして「原村」賛歌を歌う一員に加わりたくなりました。ご一読いただければ幸いです。

なお、このときの私たちの旅の団長役だった橋本祐輔緒方町議(当時)は、昨年の春、合併後に豊後大野市となった同市長選で前職を接戦で破り、いまは同市の市長です。私はもちろん橋本さんの善政に期待しています。
市町村合併戦線に異状あり ?小さくても輝くまちとムラの旅の終わりに?

 台風16号が九州本土に急接近していた8月の末、私たちおおいたローパスの一行(団長:橋本祐輔緒方町議)は、市町村合併について独自の道を歩んでいる長野県原村と山梨県小淵沢町を探訪する旅に出た。この小文は「小さくても輝くまちとムラ」の現地ルポである。が、旅を終えたはずが、その直後の全国各地の動き、大分ん衆(し)の動きがあわただしい。旅の終わりは、市町村合併第2ラウンドの始まりであるかのようだ。まずは、ここから書き始める必要があろう。

ドタキャンが増えている!

 新市名、合併期日まで決まっているのに、ドタキャンというケースが最近増えている。長野県ではこの9月11日、1町2村で相次いで住民投票、投票による住民意向調査の開票があり、住民は「合併反対」を選択した。また、別に1村が法定協離脱を表明した。お隣の福岡県岡垣町でも同5日、合併の賛否を問う住民投票が行われ、住民は「合併反対」を選択した。16日、佐賀県武雄市でも、合併協から離脱する議案が市議会で可決された。

 そのせいかどうか、わがまちとムラの市町村合併戦線でもちょっとしたドタキャン異変が起きている。9月5日の日出町長選では、合併反対の町長が誕生した。当然、杵築速見地域の合併問題は見直しを迫られるだろう。三重町では6日、町民約300人と18人の町議のうちの7人が参加して「合併ネットワーク・みえ」(大崎雅朗代表)という住民団体主催のつどいが開かれた。先の町議会への請願書提出に続き、大野郡5町2村の合併期日の延期を求める決議を採択した。

 湯布院町では15日、「挟間・庄内・湯布院の合併の是非を問う住民投票条例制定を求める会」(岩男淳一郎、桑野和泉両代表)が3,657人の有効署名を添えて請求していた同議案の採決があった。原案は8対6で否決されたものの、修正案は7対7の賛否同数。さらに、その背後には住民投票条例の制定を求める有権者のおよそ4割の署名がある。同町の合併攻防戦は、第1幕が終わったばかりと見たほうがよいだろう。

平成の「お国自慢」?それとも叛乱?

 ところで、それぞれのまちやムラの首長や住民団体の合併反対、延期の理由はさまざまである。当然、「地方自治」のあり方を問う理念的なものもある。しかし、これは政争、単なる主導権争いではないか、と思われるものもある。しかしその場合でも、伏流をなしているのは「地方自治」のあり方である。市町村合併の現場では、それは往々にして「地域エゴ」という形で現われる。地域エゴといってしまうと身も蓋もないが、要するに「お国自慢」「お国意識」のことである。自分がいま住んでいる「この町」を大切にしたいと思う地域住民の自然な感情である。

 お上は口を開けば「ザイセイジジョウ」「トクレイサイ」と呪文のようにいうが、足算なのか、引算なのかよくわからない。それはさておくとしても、お上に地域住民のそうした「お国自慢」「お国意識」を深く考察した形跡は見られない。それもそのはず、地方自治の専門家、大森彌(わたる)さん(2000年東大定年退官)は、「平成の大合併」というお上の野望をずばり「政権党の都市選挙戦略の発動」と喝破する。「平成の大合併」に理念などもともとないというのである。そうであるなら、それがたとえ「地域エゴ」であれ、また「お国自慢」と呼ぼうと、「お国意識」と呼ぼうと、地方、地域住民の叛乱は、けだし当然といわなければならないだろう。

小さくても輝く町と村への旅

 さて、私たちおおいたローパス一行の旅のことである。「日本一元気な村」をキャッチコピーにする長野県原村は、人口7,500人余の小さな村である。が、この春に『小さくても輝く自治体フォーラム』(125自治体、520名参加)を成功させたばかり。もうひとつの訪問地、山梨県小淵沢町も、人口6,000人余の小さな町だが、八ヶ岳南麓の日本一の山並み景観を誇る。

 この町では、折しも「合併の可否を問う」住民投票が行われたばかりであった。町長や町議会はすでに「合併しない」選択をしているのだが、投票では合併に「賛成」が「反対」の約1.4倍の票を獲得して上回った。住民投票では、行政が合併に賛成し、住民がそれに反対するというのがよくあるパターンだが、この町では「逆コース」の様相だ。私たちが訪ねたとき、自立派の町長は苦境に立たされていた。((下)に続く)
(写真:長野県原村)