キョウ おきなわたいむす

Blog「みずき」:仲宗根勇さんのFB(2017年9月6日)から。『議論とは「【 ある問題に関し】(何人かの人が)自説の陳述や他説の批判を相互に行い合意点や結論に到達しようとすること(やり方)」(「新明解国語辞典」)のことである。社会生活の中で最低限のエチケットが求められるように、議論にも《議論の作法》というべきものがあるだろう。頼まれもしないのに他人の論説に介入し対論を求めながら、明らかに過去の自説に反する主張をし、かつ、他説の主張を真摯に検証することなく自己流に曲解したことを前提に論難する。挙げ句の果てに、自己主張を絶対視し教えを垂れるがごとき上から目線で、自己の主張と異なる他説に対し初歩的な誤解とか本質に対する理解を欠くなどと論断すことは、最低限の《議論の作法》を欠くものというべきであろう。

カナダ在住の乗松聡子氏は、近・現代の沖縄の不条理と運命的=知的に遭遇し、その著述・情報を世界的に広めつつ、沖縄・高江・辺野古に通い、最近では山城博治さんたちの不当拘束を世界的な組織と知識人に発信し、那覇地裁に出向いて保釈を訴えた行動する知識人である。乗松氏は沖縄の喫緊の辺野古新基地問題につき知事が2年以上も視野に入れた埋め立て承認撤回論とそれに関わる県民投票否定論を展開した。それに対し、県民投票推進論者の新垣勉氏が議論に参入してきた。新垣氏は、2015年5月1日行政法学者五名と記者会見し、その時点で県に埋め立て承認「撤回可能」との学理上自明すぎる意見書を県に提出した。そこで、新垣氏は「県の第三者委員会の結論前も撤回できる」と述べていたが、今回変説し、裁判官の心を動かすために県民投票が効果的であるとの主張を強固に展開した。乗松氏が昨年12月26日に知事が承認年消しの取り消しをした結果「半年も埋め立てを進ませながら県民投票を行い、その後【撤回】など論外」と主張したのに対し、新垣氏は、12.26に知事が取り消しの行為をしたために、工事が再開された事実を無視し「工事を進めているのは国であり県ではない。また、県が有効な手段の行使を怠った結果でもない。県に批判の矛先を向けるのは国の術中にはまるものである」とはぐらかした反論をしている。承認の留意事項などの手続き違反と民意の2点に撤回理由を限る主張の当否のほか、氏自身が戒めている裁判への過度の期待が見られ、総じて氏の唯我独尊的主張では、現場で闘う人々が、目配りの効いた柔軟な乗松論に軍配を上げたのは当然だ。』


【山中人間話目次】(必ずしも日付順ではありません)
・金平茂紀さん(元TBS記者。現在、フリーランス)の新垣弁護士批判論をさらに細にわたって具体的に展開している仲宗根勇さん(沖縄在住、元裁判官)の新垣批判
・久しぶりにジャーナリストとしての、NEWS23の名キャスターだった故筑紫哲也さんの1番弟子を自認する金平茂紀さん(元TBS記者。現在、フリーランス)らしい視点の文章を読んだ気がします
・「辺野古埋立承認」撤回論者がもうひとり増えました――沖縄大学人文学部准教授の高良沙哉さんの「「撤回」慎重 知事に疑問――県政批判 民主制に不可欠」という論
・沖縄・高江ヘリパッド建設反対運動不当逮捕事件(山城博治沖縄平和運動 センター議長らの不当逮捕事件)と元男組代表、添田充啓(高橋直輝)の痴漢事件について
・Peace Philosophy Centre FBへのコメント――添田充啓(高橋直輝)の痴漢事件と沖縄・高江ヘリパッド建設反対運動不当逮捕事件について
・小熊英二(慶大教授)の「(朝日新聞論壇時評)沖縄と本土 「自らの現実」はどこに」 批判
キョウ しばきたい5
沖縄・高江ヘリパッド建設反対運動不当逮捕事件(山城博治沖縄平和運動 センター議長らの不当逮捕事件)ではオール沖縄や沖縄の民主勢力からは美化、偶像化され、「悲劇の英雄」のような扱いを受けている元男組代表の添田充啓(高橋直輝)ですが、彼についてはこれまでも暴力・暴言集団のしばき隊の分割組織の長としての実態についてその実態をよく知る人たちから相当の批判がありましたが、本土、沖縄のいわゆる民主勢力からは完全に無視されてきました。が、ここにきてある女性から「元男組代表 添田充啓(高橋直輝)氏に受けた痴漢被害について」という告発があり、しばき隊内部からも批判が高まっているといいます。 http://jfxaprt17.blogspot.jp/2017/09/blog-post.html?spref=tw

そのしばき隊内部からの批判を田中宏和さん(「世に倦む日日」ブログ主宰者)が以下のように紹介しています。

『「元男組代表 添田充啓(高橋直輝)氏に受けた痴漢被害について」 http://bit.ly/2gujyLd 3年前の事件、ようやく被害者の女性が告発に出た。しばき隊の中が騒然としている。木下ちがやと五野井郁夫のコメントが聞きたいな。有田芳生のも聞きたい。

運動ゴロは添田充啓だけではない。しばき隊の幹部全員がそうだ。しばき隊はゴロツキの集団だ。カネと女と権力と売名が動機の汚い連中だ。今のところ表面に出たのが菅野完と添田充啓だが、他にも大勢いる。こんな連中を持て囃して沖縄の闘争に呼び込んで。致命傷じゃないか。誰がどう責任をとるんだ。

高江の闘争がどうして失敗したのか。今回の件がまさにその答えになっている。しばき隊を沖縄に入れてはいけなかった。豊富な資金をもらった添田充啓が名護のホテルで何して遊んでいたか、しばき隊の中で知らない者はいないだろう。添田充啓を聖人に仕立てた裁判闘争も、これで一巻の終わりじゃないか。

痴漢で告発された添田充啓と福島瑞穂の写真。http://bit.ly/2x2ys6i 佐高信との写真。http://bit.ly/2guS73Z しばき隊を沖縄に呼び入れたのは社民党だろう。そのしばき隊は、憲法9条2項の削除を主張している。今の左翼はどうなっているんだよ。

女性の告発文を見ると、添田充啓の痴漢セクハラの手口は、山口敬之と同じで、やり慣れた常習犯のような臭いが漂う。酒酔いを利用するスーフリ的なノリと流れと勢いの犯行手口を感じる。被害者は一人だけだろうか。菅野完の性的暴行の被害者は二人いた。http://bit.ly/2gujyLd

事件がバレて表に出た途端、しばき隊が、我も我もと先を競って添田充啓に「誠実な対応」を要求している。何という欺瞞的な連中だ。こんな3年も燻っていた事件、しばき隊の幹部が知らないわけがないじゃないか。添田充啓を庇って問題を隠し続け、被害者を苦しめ続けて、今頃「誠実な対応」って何だよ。

被害者女性は、添田充啓に対してだけでなく、しばき隊の関係者と運動体に不信を感じている。菅野完の事件の構図と同じだ。男組周辺としばき隊幹部の不誠実に怒っている。事件に正しく対応せず、組織防衛の論理で曖昧にし、加害者を免責し、被害者を斬り捨てたことを批判している。告発文はそう読める。添田充啓。もう一つのこんな性的愚行も暴露されている。http://bit.ly/2ewkJta これを読むと、「おいら」と名乗る「被害者」は、何やら事件を自慢げに吹聴しているように感じられ、性暴力の被害者という印象は受けない。ただ、しばき隊の度を超えた風紀紊乱が伝わってくる。

添田充啓。もう一つのこんな性的愚行も暴露されている。http://bit.ly/2ewkJta これを読むと、「おいら」と名乗る「被害者」は、何やら事件を自慢げに吹聴しているように感じられ、性暴力の被害者という印象は受けない。ただ、しばき隊の度を超えた風紀紊乱が伝わってくる

↑ このTwはどういう意図からの暴露なのだろう。「ミサさんとやら、必要がありましたら連絡下さいませ。言い訳とか事実誤認の指摘があったら表でお願いします」という口上は、痴漢事件の被害を矮小化しているようにも映る。被害者と「おいら」の二人への批判とも窺える。しばき隊、闇が深いな。

2015年末にニコ生中継で開催された飲み会で、添田充啓は、ろくでなし子に対して「まんこ見せろ」を連発している。酷いセクハラをやっている。今回告発された痴漢事件とそのまま繋がる。高江に行く半年前のことだ。この騒動はネットではかなり有名で、社民党も琉球新報もよく知っていたはずだ。

ネット中継されている公の場で、女性に向かって「まんこ見せろ」などとセクハラ暴言を連発する男が、社会運動などやる資格がそもそもあるんですか。社民党も琉球新報も何を考えているんだ。そんな男を「悲劇のヒーロー」に祭り上げて美化しまくって。そんなことをやってて沖縄の反基地闘争が保つのか。

飲み会で初対面の女性にセクハラしてきた男と、よく一緒にタクシーで帰ったもんだ、無防備すぎるという声が上がっているが、それだけ信用していたんだよ。運動体(しばき隊)の左翼ブランドを。朝日新聞やAERAや赤旗が絶賛しまくっていたから。まさかそれはないと思うわけさ。問題はその点なのだ。

もし事件が発覚せず、同じようなシチュエーションの飲み会があり、同じように添田充啓が来て、同じように薬物とセクハラで迫ってきても、信用してタクシーで一緒に帰る女性はいると思うよ。添田充啓は悲劇の英雄で、バックには香山リカ辛淑玉有田芳生五野井郁夫もいる。そりゃ信用してしまうさ。

しばき隊の最高幹部が、今回の件はしばき隊には何の影響もないと虚勢を張っている。それはどうかな。影響はいずれ出る。少なくとも、沖縄の反基地運動に与えた動揺は大きいだろう。添田充啓は美化され偶像化され、裁判闘争のシンボルになっていた。http://bit.ly/2eUeboE

3年も拗らせた挙げ句にこうした衝撃の告発が出たのは、当夜の痴漢事件だけではなく、その後のしばき隊の対応に問題があって、被害者の心の傷が深くなったからだ。要するに菅野完の件と同じで、性暴力の被害者が「社会運動に影響が出るから」という理由で、不本意な忍耐と屈辱を強いられたということ。』(世に倦む日日Twitter 2017年9月3~4日

 
私も当然の批判だと思いますが、ただ、高江ヘリパッド建設反対運動不当逮捕事件自体と 添田充啓問題は田中宏和さんも指摘しているように関連性はありますが、一応区別して判断した方がよいと思っています。不当逮捕事件自体は断固抗議しなければならないものだからです。その上で、「しばき隊を沖縄に呼び入れた」責任は曖昧にすることなく徹底的に問われなければならないだろうと思います。沖縄の運動をマイナスに作用させた「民主勢力」の責任は重大という表現ではとても表現し尽くせないほど重大というべきだからです。
キョウ おーるおきなわ6

Blog「みずき」:オール沖縄会議の第2次訪米団(団長・伊波洋一参院議員)が昨日の16日午前、「辺野古新基地建設をめぐる沖縄の現状を米本国に伝えに行くため沖縄を出発した」(琉球新報 2017年8月16日)という。ただ、辺野古新基地建設をめぐる沖縄の現状を米本国に伝えに行くためといっても、直接的には「カリフォルニア州でアジア太平洋系アメリカ人労働者連合(APALA)の25周年大会に参加して沖縄の現状を周知する展示ブースを開く」だけのことのようだ(同左)。それならばそう言えばよい。「辺野古新基地建設をめぐる沖縄の現状を米本国に伝えに行く」と聞けば、ふつうの者は米国政府関係者と辺野古新基地問題について交渉を試みるなんらかの算段があって訪米するのだろうと思う。しかし、そういうことでもないらしい。うるま市在住の元裁判官の仲宗根勇さんは「前回、知事が行っても成果なしだったのに、今回は議員たちと浅知恵の若者たちの観光旅行に終わるのでは。現場で闘っている者たちの間にも今頃の訪米に?マークの意見が多いのに、マスコミが投稿を抑えているのか、表面化しないのが不思議といえば不思議だ」(宮城康博FBコメント 2017年8月16日)という。私もそういうことだろうと思う。オール沖縄会議もポピュリズムの思想に占領されているように私には見える。ポピュリズムはそのポピュリズムに陥っている本人たちは気づいていないというのを特徴とする思想だ。

【山中人間話目次】
・オール沖縄会議もポピュリズムの思想に占領されているように私には見える。ポピュリズムはそのポピュリズムに陥っている本人たちは気づいていないというのを特徴とする思想だ
・「在日外国人の問題は対岸の火事」平然と差別発言を垂れ流した芥川賞選考委員・宮本輝の文学性
・町山智浩さん(映画評論家)の「バージニア州白人至上主義者集会の衝突事件を語る」は同事件の本質的な背景をよく語っていて、読みごたえがあります
・澤藤統一郎さん(東京都在住、弁護士)と仲宗根勇さん(沖縄在住、元裁判官)の河野太郎「嘆歌」
・最近の共産党・市民団体の右傾化スケッチ(16)(小景編)――元赤旗記者という人の「今上天皇」礼賛記事。共産党は天皇主義者の巣窟になってしまった
・元赤旗記者のボンクラ記事に対比して鬼原悟さん(「アリの一言」ブログ主宰者)の「『加害』に言及しない明仁天皇は批判しないのか」という記事
キョウ おきなわ21

Blog「みずき」:鬼原悟さん(「アリの一言」ブログ主宰者)は言います。 「「オール沖縄会議」(そのもとに集まる人びと)の目的、共通の要求・願いは、決して翁長氏を支持する(あるいは知事選で再選させる)ことではないでしょう。言うまでもなく辺野古新基地を阻止することでしょう。ならばなぜ大会で「承認撤回」を求めないのですか。なぜ「早期撤回」に反対するのですか。「オール沖縄会議」とは何なのか。自ら根源的に問い直す必要があるのではないでしょうか」、と。 私も同様の思いです。昨日の琉球新報で「「政府が工事を強硬に推し進める状況は必ず撤回につながる」という翁長発言を読んだとき、私は、「撤回につながる」とはどういうことか。政府の手続きの不備と工事上の瑕疵をあくまでも待ち続けるということか。それでは埋め立て工事は完了してしまい、辺野古の海は結局埋め立てられてしまうことになるではないか、と激しい憤りの思いを抱きました。もともと翁長知事は当選直後の県議会でも「知事選で示された民意は埋め立て承認を撤回する事由になると思う」(2014年12月18日付琉球新報)と述べており、「撤回につながる」手続きの不備や工事上の瑕疵を待つ必要などありません。翁長知事に「撤回」の意志さえあればいますぐにでも「撤回」はできるのです。昨日の県民大会での翁長発言は鬼原さんも指摘するように「『撤回』回避の隠れ蓑」発言というほかない、というのが私の評価でもあります。

【補記】
昨日の「翁長知事を支え、辺野古に新基地を造らせない県民大会」(辺野古に新基地を造らせないオール沖縄会議主催)での翁長発言はまるで「知事再選出馬演説のごとき知事挨拶」であった、とは元裁判官の仲宗根勇さん(うるま市島ぐるみ会議共同代表)の見方です。 その仲宗根さんの見方を裏付けるのが「翁長知事を支え、辺野古に新基地を造らせない県民大会」という同県民大会の奇妙なネーミングです。県民大会の主題は「辺野古に新基地を造らせない」ではなく、「翁長知事を支え」るなのです。まるで選挙の決起集会のようなネーミングです。「辺野古に新基地を造らせない」は副次的な主題でしかないというわけです。主題が逆立しています。ここにオール沖縄会議の狙いが透けて見えます。 13日付の琉球新報の「透視鏡」という記事によれば、「大会主催者のオール沖縄会議は、4月の護岸工事着手後から、県民大会開催の機会を探ってきた」といいます。「大会のタイミングを誤れば、早期撤回を求める声が噴出し、知事へ決断を迫る「圧力」にもなりかねない」からだそうです。ここでも「辺野古に新基地を造らせない」課題と翁長知事...当選の課題は逆立し、翁長当選の課題が優先されています。翁長当選のために辺野古埋め立て問題が利用されているという構図です。ここには翁長はいても、県民はいません。ゆゆしき構図と言わなければならないでしょう。 オール沖縄会議は民主主義陣営とは言い難いものがあります。この3月の初旬に共産党の志位委員長は2泊3日の行程で沖縄を訪問していますが、その主目的は翁長当選のためのオール沖縄会議への根回しだったろうと私は見ています。ここでも辺野古埋め立て問題は副次的な課題でしかありません
。彼らには辺野古埋め立て承認を本気で撤回する意思などないのです、とは私の見るところです。

【山中人間話目次】
・翁長知事とオール沖縄会議は県民大会を「撤回」回避の隠れ蓑にするのか。オール沖縄会議は自らのレゾン・デートル(存在意義)を根源的に問い直す必要があるのではないか。
・「翁長知事を支え、辺野古に新基地を造らせない県民大会」とは奇妙なネーミングです。オール沖縄会議の辺野古埋め立て阻止そっちのけの狙いが透けて見えます。
キョウ へのこ46

Blog「みずき」:仲宗根勇さんの主張と乗松聡子さんのコメントに全面的に同意するものです。こうしたまっとうな主張やコメントを忌避する「革新」(オール沖縄)とはなにか? 私の疑問はそこに尽きます。まっとうでないことが沖縄で進行している。それをしも「革新」というのか? 私の嘆きは深い。もちろん、仲宗根さんや乗松さんの嘆きはもっともっと深いでしょう。

【山中人間話目次】
・仲宗根勇さんの琉球新報「論壇」での主張――県の岩礁破砕差し止め提訴 賢明な選択だったのか
・鬼原悟さん(「アリの一言」ブログ主宰者)の「安倍首相に助け舟を出す「ジャーナリスト」たち」というメディア批判
・石川真生さん(写真家)の闘病中の思い――自分のやり方はこれだな、と今は思っている。
・トランプ政権と真っ向から対峙するアメリカのメディアと司法の立ち姿が眩しい。ここにはアメリカの希望があります。
・安倍内閣改造のご祝儀相場――毎日新聞の場合
・安倍内閣改造のご祝儀相場――共同通信 の場合
キョウ なかそね4

夏バテその他のためブログを更新するまでの体力の余力がありませんでした。この10日間ほどの「今日の言葉」をテーマ別に7回に整理、分載して記録として載せておきます。

Blog「みずき」:翁長雄志沖縄県知事は昨日の24日、那覇地裁に対し、安倍政権が強行する辺野古埋立工事の「岩礁破砕差し止め訴訟」を提起したが、元裁判官の仲宗根勇さん(うるま市島ぐるみ会議共同代表)は同訴訟提起について「適時適切な訴訟とは思えない」と明確に否定している。

その否定の理由については仲宗根さん自身が共同代表を務めるうるま市島ぐるみ会議の「前知事の辺野古埋立承認行為の即時撤回を求める要請書」に詳しいが、今回は次便で鬼原悟さん(「 アリの一言」ブログ主宰者)の「『岩礁破砕差し止め訴訟』は有害無益。その4つの理由」(2017年07月25日)という論をとりあげることにする。

目を凝らして仲宗根さんたち、そして、鬼原さんの問題提起を読んでいただきたい。「この訴訟は『撤回』棚上げのためのアリバイづくり」(鬼原悟さん)にほか...ならないというのは私の見方でもある。


【山中人間話目次】
・1年前の警告どおり事態が進んでしまった怒りと悲しみ!――埋め立て承認撤回要請書再掲載
・翁長雄志沖縄県知事の辺野古埋立工事の「岩礁破砕差し止め訴訟」の提起は「適時適切な訴訟とは思えない」という元裁判官でうるま市島ぐるみ会議共同代表の仲宗根勇さんの問題提起
・鬼原悟さん(「 アリの一言」ブログ主宰者)の「『岩礁破砕差し止め訴訟』は有害無益。その4つの理由」(2017年07月25日)という道理ある論
・故大田昌秀さん(元沖縄県知事)に送る(1)――7月25日 うるま市島ぐるみ会議3度目の撤回要請
・故大田昌秀さん(元沖縄県知事)に送る(2)――1952年第1回立法院議員総選挙で最高得票数で当選した瀬長亀次郎は、選挙後の琉球政府創立式典でアメリカへの忠誠宣誓を拒否し、ただひとり起立しなかった
・こういう闘いも続いています――マティ・ヘイズさん(67)=那覇出身=は人権擁護運動の遺産を引き継ぐべく、差別法が撤廃されるまで存在した黒人専用学校の歴史を伝える活動をしている
・沖縄ではこういう地道な取り組みも続けられています――反戦地主らが追及 普天間公開審理
キョウ へのこ45

Blog「みずき」:鬼原悟さん(「アリの一言」ブログ主催者)が沖縄に行って「島ぐるみ会議」などが毎朝運行している辺野古行きのバスに乗ったときの感想。鬼原さんはひとり場違いな発言をして居心地の悪い思いをされたのでしょうね。その居心地の悪さは私にもよくわかります。しかし、居心地の悪さよりももっと大切なことがある。言わなければいけないことは言わなければならない。そう腹を決めて鬼原さんは発言されたのですね。私にも何度かそういう場面はありました。そして、多勢に無勢ですからもちろん私は敗北しました。しかし、敗北を覚悟して闘わなければならないことはありますよね。誰が認めなくとも私は鬼原さんのひとりの闘いの側にいます。
 
『「初めて参加した本土の人」として、私にもマイクが回ってきました。考えていることを率直に述べましたが、その瞬間、バスの中の空気が変わりました。「翁長知事はどうして埋立承認を撤回しないのか理解できない。撤回は選挙公約だったはず。撤回すれば工事は止まるのに」と言ったからです。それまでの和気あいあいの雰囲気から一転張り詰めた空気に。そして私に対して質問がされました。「撤...回すればどうして工事が止まると言えるのですか」。さらに、帰りのバスでは、別の人から、「知事はなぜ撤回しないのかと言われたが、翁長さんはまったくぶれていない」と私への反論がなされました。バスを主催した「島ぐるみ会議」は明確な翁長支持。そのバスに乗った「本土」の人間が翁長氏を公然と批判したのですから、異論・反論は当然でしょう。しかし、私は今回辺野古の現場に行って、「座り込み」と「引き抜き」を間近に見て、あらためて確信しました。現場のたたかいだけで新基地建設を止めることはできない。知事権限の行使と一体となってこそ現場のたたかいが生きてくる。今行使すべき知事権限とは、いうまでもなく「埋立承認撤回」を直ちに行うこと。』(アリの一言 2017年07月15日)

【山中人間話目次】
・朝日新聞は2017年7月11日に「『残業代ゼロ法案』連合容認へ 方針転換、組織に反発も」という連合批判の記事を書いていましたが、本日は連合批判の社説を掲げました
・kurikuri321さんの軽薄な内田樹の「思想」なるもの(ツイート)への反論。まったく内田樹は軽薄以外のなにものでもありません
・加藤哲郎さん(一橋大、早大元教授)の2017年7月15日(月2回)のネチズン・カレッジの「ついに30%を割った安倍内閣支持率、その悪あがきにご注意!」という論
・「1年前の嘆きは今は昔。都議選でようやく広く暴かれた安倍晋三の正体」という仲宗根勇さんのコメントはほんとうになるか
・鬼原悟さん(「アリの一言」ブログ主催者)が沖縄に行って「島ぐるみ会議」などが毎朝運行している辺野古行きのバスに乗ったときの感想
・意識の深みがたかぶり開いているとき、世界はどこでも荒涼と美しい(日野啓三『聖岩』)
キョウ なはしぎせん

Blog「みずき」:昨日9日に投開票のあった那覇市議会議員選挙の結果をどう見るべきか。報道によれば、「投票率は前回の60・14%を8・94ポイント下回る51・20%で、補選を除き戦後最低を記録した」(沖縄タイムス 2017年7月10日)。かつ、「与党が過半数を得られ」なかったが、「共産が新人3人の計7人を擁立し、7人が当選」(同)した。ということは、城間市長(翁長前市長、現知事の後継者)与党、すなわち、「オール沖縄」勢力は総体として惨敗したが、共産党だけは躍進した、ということでしょう。私はこの那覇市議選の背景には那覇市民の「辺野古埋め立て承認」撤回を速やかにしない翁長知事及びその後継者である城間市長、すなわち、「オール沖縄」勢力に対する不信が根強く凝(しこ)っている結果ではないか、と見ます。共産党だけが独り勝ちしたのは、「オール沖縄」に対する総体としての那覇市民の不信票の一部を組織力に勝る同党が吸収したということではないか。「オール沖縄」が敗北して「オール沖縄」を主導する共産党だけが躍進したことの意味を私たちはよく分析する必要があるように思います。保守翁長県政を陰から支え、「辺野古埋め立て承認」撤回をしない同県政の優柔不断な辺野古政策にも影響を及ぼしている共産党のマヌーバー戦術に欺かれてはならないだろう、と私は思います。

【山中人間話目次】
・オール沖縄勢力に打撃 「県都」那覇市で議席減と共産党躍進の相関関係について
・ポピュリズムとはなにか? ポピュリズム研究の専門家だというCas Muddeの5つの定義
・「京都大学の山極寿一総長は、大学などの学術組織が皇室をささえる「プラッドホーム(基盤)」になるよう働きかけている」という鄭玹汀さんの指摘
・アルジャジーラの閉鎖の危機とアルジャジーラ記者、アナウンサーの「報道の自由」を訴える声明
・『老子』の「無為」と「デクノボー」の境地について
・ヴィマラ・キールティー(維摩)と文殊菩薩との問答
キョウ へのこ44

Blog「みずき」:仲宗根勇さん(うるま市在住、元裁判官)の「山城さんと添田さんの那覇地裁第5回公判」傍聴記から。「今日の証人の供述は被告人らの行動や立ち位置の特定について多く警察の写真などの証拠活動に基づくものであり、証人自身の証言は警察の作ったストーリーに誘導された疑いを強く感じさせ、証言の信用性はかなり低いように思う。その点を弁護人らが反対尋問で十分に暴露すれば、裁判官としての良心と憲法と法律にのみ従う裁判所が生きておれば、全員無罪への道が大きく開かれるであろう。本件が刑法犯であることを強調させ厳罰を希望する、とあへて検察官が証人に言わせたのは、山城さんたちにかかる刑事事件が運動弾圧のための国策捜査・起訴事件であることが国連人権機関を始めひろく国内外に広がっていることを検察が恐れていることを示している。」

【山中人間話目次】
・仲宗根勇さん(うるま市在住、元裁判官)の「山城さんと添田さんの那覇地裁第5回公判」傍聴記
・平安名純代さん(沖縄タイムス米国特約記者)の「想(うむ)い風(かじ)」(2017年6月28日)。「壁の向こうに友人を――ペリー元米国防長官、大田元知事しのぶ」
・平安名純代さん(沖縄タイムス米国特約記者)の「『思い共有』壁の向こうに友人を ペリー元米国防長官、大田元知事しのぶ」の前説
・五十嵐仁さん(元法大教授)の「米・仏・英と同様の『左翼バネ』が都議選でも働くのか」(2017年6月28日付)という論を批判する
・昨日、自民党は「安倍晋三首相は加計問題について追及されることを嫌がっている」という理由で野党の臨時国会開催要求を再度拒否した
・昨日発表の読売新聞調査でも内閣支持率は逆転したようです。「支持しない」が50%のラインに到達しています
・稲田防衛相の都議選応援「防衛省、自衛隊としてもお願いしたい」発言。ネット(ツイッター、FB、ブログ)上では「即刻辞任が当然」、の声々に溢れています
キョウ おなが12
「解釈、全然違う」

Blog「みずき」:仲宗根勇さん(うるま市在住、元裁判官)はいう。『翁長知事も間違いです。「和解」に従うのは、国地方係争処理員会の判断にしたがって県が提訴する和解条項第5項または第6項に基づく「是正の指示の取り消し訴訟」のみです。国地方係争処理員会は指示の適否の判断をしなかった結果、県の提訴がなかったので、それを前提にした第9項の「従う」条項も働かない=無効になったのです。知事がこのことを理解していないとは考えられません。記者の誤解か誤読ではないか。そうでないとすると恐ろしいことです。』

上記で仲宗根さんが「翁長知事も間違いです」と言っているのは、安倍首相らを見送った後、那覇空港で記者団の取材に答えて語ったという「昨年3月の辺野古訴訟の和解にある『判決に従う』とは、今回県議会に議案として提案した工事差し止め訴訟ではなく、最高裁で県敗訴が確定した違法確認訴訟に適用される」(沖縄タイムス、2017年6月24日)という翁長知事の認識と解釈のことでしょう。仲宗根さんは「知事がこのことを理解していないとは考えられません。記者の誤解か誤読ではないか」とも言っていますが、私には「記者が誤解か誤読」したとも思えません。そうだとすれば、仲宗根さんが危惧する「恐ろしいこと」にならざるをえないでしょう。その言葉で仲宗根さんは暗に翁長知事の安倍政権の辺野古埋め立て方針への事実上の屈服姿勢を批判しているのだと私は思います。


【山中人間話目次】
・仲宗根勇さん(元裁判官)は翁長知事の「辺野古訴訟の和解条項は最高裁で県敗訴が確定した違法確認訴訟に適用される」という見解は「間違いです」とさらに指摘する
・共産党委員長志位和夫氏は、一昨年の日韓両国政府合意について「問題解決に向けての前進と評価できる」と述べた恥ずべき見解を撤回せよ!!
・巨匠アンジェイ・ワイダ監督「『残像』、心震わす渾身の遺作!いよいよ日本公開!
・「東京都議選告示 党首ら第一声」に安倍首相の姿はなかった・・・
・相沢侃さんの鋭い指摘。 「翁長支持者は「両者の冷え切った関係」を示すものとしてこの写真がお気に入り。が、 写真にだまされて、翁長を支持することなかれ」
キョウ おきなわけんちょう

Blog「みずき」:仲宗根勇さん(うるま市在住、元裁判官)の翁長県政、オール沖縄批判。「無知ゆえか政治的ごまかしのためか、『沖縄県は、昨年の最高裁判決に従った結果、前知事が埋立てを承認したという原点に戻ることになりました。』と沖縄県が正式に広報している。以前から報道されていた翁長知事の承認取り消しの取り消しについて、オール沖縄のメンバーが全く声をあげないどころか、知事の方針を容認すると新聞でコメントまで出される中、唯一我々具志川9条の会が法理を示した取り消しの取り消しをしてはいけないとの要請書を提出し、関係部局職員と会談して懸命に助言し、昨年12月26日には早朝から県庁ロビーに100名以上が結集し、自民党二階幹事長と会談中の知事公舎前でも反対の声をあげたのに、同日、知事は那覇空港で記者に承認取り消しの取り消しを表明した。県民への正式な説明や沖縄タイムスが翌日の社説で求めた記者会見もしなかった。翌27日その取り消しの公文書が沖縄防衛局に送達された結果、承認の原点に戻り、その日の午後から工事が再開された事実を県の広報は隠蔽している。マスコミも意図的か無知ゆえか同じ論調を流している。6月18日の琉球新報の「差し止め訴訟」と「撤回」のちがいの解説記事で仲井間郁江記者は「知事は埋め立て承認を取り消したが裁判で国に敗け、今承認の効力が復活しています。」などと県と歩調を合わせた記事をばらまいている。最高裁判決による違法確認訴訟の敗訴確定と埋め立て承認の復活は全く関係ないことを私は主張し続けてきたが、全く理解されていない。こんな嘘と無知のプロパガンダに多くの県民はもちろん、辺野古ゲート前で頑張っている人たちにさえも十分には認識されていないのは、残念でならない。以下の広報は法理と事実に反する間違ったものです。」

【山中人間話目次】
・沖縄県は同県のHPに「差止訴訟提起の表明について」という頁を特設し、「埋立承認取消しの取り消し」をした翁長知事の誤った判断の正当化を図ろうとしています
・承前。仲宗根勇さん(うるま市在住、元裁判官)の翁長県政、オール沖縄批判
・傍聴人と証人との間に遮蔽措置をとることに「正義」はあるのか? 仲宗根勇さん(元裁判官)の傍聴人を犯罪者視する予断と偏見に満ちた那覇地裁裁判官への怒り
・乗松聡子さん(カナダ在住、「ジャパンフォーカス」エディター)の「沖縄「慰霊の日」に 大田昌秀さんを偲ぶ 沖縄国際平和研究所に協力を」
・鬼原悟さん(「アリの一言」ブログ主宰者)の震災後の「外国人犯罪」の流言と「天皇ビデオ」の関係性を暴く重要な指摘
・NHKが加計学園疑惑問題について文科省の前事務次官の会見をリアルタイムで配信するということ自体がひとつの大きなニュースというべきでしょう
・加計学園に対する「37億円の土地無償提供・補助金64億円」の補助金支出に関わる今治市の一般会計補正予算には共産党も賛成しています
・ハンセン病の差別撤廃へ 国連が特別報告者任命までこぎつけた日本の弁護士たちの奔走
・東京都議選 きょう告示。なんといっても都民ファーストの会への都民の票のゆくえが最大の注目点ですが・・・
・いまどきの大学生の読書事情。「学生時代の読書は一生の財産」になっているか?
キョウ きょうのことば2

Blog「みずき」:翁長知事(沖縄県)の主張をなぞるだけの沖縄タイムスの社説はまるで行政の主張の代弁者のようです。県民の中に根強くある埋め立て承認撤回の主張に一言も言及しない同紙の社説は沖縄の地元紙の社説としてもジャーナリズムの社説としても失格というべきでしょう。それに比して琉球新報はこれまでの社説でも埋め立て承認撤回の重要性について言及してきました。ジャーナリズムとしての本来の面目を保つか。おそらく明日の朝刊に掲載される琉球新報の社説に注目したいと思います。

【山中人間話目次】
・翁長知事(沖縄県)の主張をなぞるだけの沖縄タイムスの社説は沖縄の地元紙の社説としてもジャーナリズムの社説としても失格というべきでしょう
・翁長知事の今回の工事差し止め提訴に対する仲宗根勇さん(うるま市在住、元裁判官)の強力な反対意見
・鬼原悟さん(「アリの一言」ブログ主宰者)の翁長知事の工事差し止め提訴のまやかし批判
・広島市立大学が韓国人准教授を懲戒解雇…本人が「日本の右傾化が原因」「民族差別だ」と反撃(続報)
・作家の平野啓一郎さんの簡明で断固とした「共謀罪」反対論としての「日本の分水嶺」という提論(西日本新聞 2017年6月4日)
・大西宏さんの「内閣支持率変調の兆しを感じる」は減少傾向の続く現在の安倍内閣支持率の変化を知る上で適切な資料にもなりえています
・辺見庸は大道寺将司の「骨」に云う。「おい、骨よ! なにがみえる?」
キョウ へのこ40

Blog「みずき」;澤藤統一郎さん(東京在住、弁護士)の論と同じくやはり昨日(5月31日)付の「『辺野古』で国提訴へ 堂々と県の立場主張せよ」という琉球新報社説を引用した「タイムス、新報の辺野古問題への県の立ち位置への切り込み方(承認撤回に対する正確な解説・論評・社説)が若干違ってきたように思うが、読者はいかがお考えか?その立ち位置の違いが翁長県政擁護の強弱となって現れているように思う」という仲宗根勇さんのFB記事(5月31日付)に上記の澤藤さんの論について以下のようなコメントを述べておきました。仲宗根さんの返信コメントとともに紹介させていただきます。これが上記の澤藤さんの論に対する私のとりあえずの評価です。

「今回の沖縄県の差し止め訴訟提訴という「辺野古問題への県の立ち位置」を全面擁護する東京の弁護士の澤藤統一郎さんのような昨日31日付の論もあります。澤藤さんは同論で昨日(5月31日)付の琉球新報の「『辺野古』で国提訴へ 堂々と県の立場主張せよ」という社説の論調を高く評価しながら、同社説が最終行の結論部分で「さらには埋め立て承認の撤回にも踏み込むべきだ」としている「埋め立て承認撤回」の必要性についてはまったく論究しようとはしていません。同紙の「護岸着工1カ月 『後戻り』今しかできない」という前回(5月26日付)の社説と併せて読めば同紙が「埋め立て承認撤回」こそがこの問題を打開するための切り札であることを力説していることは明らかであるにも関わらずです。澤藤さん自身は「オール沖縄」を構成する人ではありませんが、その主張は「オール沖縄」を構成する弁護士と同様のものとみなしてよいものです。こうした「オール沖縄」勢の沖縄県民を誤誘導する主張に対抗するためにも仲宗根さんから再度もう少し突っ込んだ反論をお聞きしたいものです。そうした反論がいまこの時期だからこそなおさら必要だと思います。仲宗根さんの反論を期して待ちます。」

仲宗根勇さんの返信コメント:
「澤藤氏の論は何も言わないに等しい。新たな知見はない。」


【山中人間話目次】
・澤藤統一郎さん(東京在住、弁護士)の「再びの沖縄法廷闘争ー辺野古新基地建設工事差し止め訴訟への期待」という論に反対する
・法が人間より上位にある法体系はおかしい。私は死刑制度というものの不条理を思わざるをえない。法が人を殺すのは人間の条理に反するのだ
・常岡浩介さん(フリージャーナリスト)の警察批判は警察権力と対峙してきた(対峙せざるをえなかった)者だけが言える迫力、すなわち、真実性があります
・猪野亨さん(札幌市在住、弁護士)の「今井一氏は単なる9条の改憲主義者」の論に全面的に賛同します
・安倍内閣が国連の特別報告者の意見書は「国連または人権理事会の見解を述べたものではない」などとする答弁書を閣議決定。その歪曲の凄まじさには絶句するほかない
・国民の血税を無駄に使って姑息なことをたくらむ。「復元できるかもしれない」ものを復元できないようにするのだから、これは歴とした国家犯罪だ
・高林敏之さんの4名の人権特別報告者が連名で、沖縄平和運動センターの山城博治議長の長期拘留に対し懸念を示し是正を求めていたことを紹介する論
・平安名純代さんの「うるま市島ぐるみ会議が埋め立て撤回を県に要請」という記事の紹介とコメント。沖縄にはこういう声も少なくないのです。いや、潜在的に大きなものがある
キョウ へのこ40
延びる護岸、濁る海

Blog「みずき」:この沖縄タイムスの本日(28日)付社説は、「翁長知事が埋め立て承認を撤回できる環境にあるのは世論が示している通りだ」「豊かな海に取り返しのつかない被害を与えるまで待つことはできない」と翁長知事の埋め立て承認撤回を明確に示唆している琉球新報の社説(5月26日付)に比して、「県との協議を欠いたまま、一方的な法解釈の変更によって、埋め立てを強行し、新基地を建設することは・・・看過できない重大な問題をはらんでいる。それだけでも埋め立て承認を撤回する理由になると思う」と口では言いながら、肝心の翁長知事の「撤回」宣言については「局面を打開するためには発想の転換が必要だ」というだけで、現にいま辺野古の海が回復不可能なまで埋め立てられているという現実を無視して、「撤回」とはほど遠いSACO(日米特別行動委員会)2なるもののの立ち上げを提案しています。沖縄タイムスには翁長知事に対して一日でも早い埋め立て承認撤回を求める気概と意思はないものと判断するほかありません。沖縄2大紙の一方の雄がこのざまでは翁長知事は結局取り返し不可能な状態になるまで「撤回」宣言はしないでしょう。沖縄タイムスは翁長知事の重大な不作為と公約違反に手を貸していると言わざるをえません。

【山中人間話目次】
・翁長知事の「来月、県議会に必要な議案を提出し、可決されしだい、7月にも工事の差し止めを求める裁判を起こす」という方針の欺瞞
・沖縄での米軍基地反対運動をおこなう「反対派」は「年寄りばかりで若い人はいない」のか?――「ニュース女子」の真逆をゆく報道
・坂井定雄さん(龍谷大学名誉教授)の紹介するワシントン・ポストの記事にはアメリカのジャーナリスト魂がある
・グテレス国連事務総長が「従軍慰安婦」問題に関する日韓合意に「賛意」「歓迎」を表明したといううその事務総長自身の反駁
・「ケナタッチ国連特別報告者について国連事務総長が安倍首相に『個人の資格で活動しており、必ずしも国連の総意を反映するものではないと述べた」といううそへの国連事務総長報道官の反論コメント
・「和泉洋人・首相補佐官と首相官邸で複数回面会し、『総理は自分の口から言えないから、私が代わって言う』」などと言われた」(前川証言)という「総理のご意向」問題のダメだし報道
キョウ おながちじ3
辺野古移設容認を決定 自民沖縄県連大会

Blog「みずき」:自民党沖縄県連会長の照屋守之氏は先日8日の記者会見で「知事とは対立はしていない。知事は(辺野古新基地に)反対をしながら、実際は(基地を)造らせている。表面では反対・撤回と言っているが、知事の本質とわれわれは似ている」(琉球新報 2017年4月9日)と語ったと言います。この8日に県連大会を開き、辺野古移設容認を明文化したばかりの沖縄・自民党も「翁長知事は表面では反対・撤回と言っているが、実際は(基地を)造らせている」と認識しているということでしょう。

また、元裁判官の仲宗根勇さん(沖縄・うるま市在住)は次のように言います。「守之君はこうも言っている。『翁長知事は基地を造らせないと言いながら、埋め立て承認取り消しを自ら取り下げた事で工事が再開された。『造らせない』という知事が承認取り消しを取り消すことはあり得ない。』と。私の従兄弟の親戚筋に当たる同君は私の拙文や拙著も正確に読み込んでいるようだ。敵ながらあっぱれだ。それにひきかえ、わが方に馬耳東風、豆腐に釘の輩がいかに多いことか」、と。(仲宗根勇FB 2017年5月13日)

さらに「アリの一言」ブログ主宰者の鬼原悟さんは次のように言います。「翁長氏のメッキはすでにはがれています。『翁長幻想』から脱却し、『辺野古新基地阻止』、そして来年の知事選に向けた新たなたたかいを開始すべきときではないでしょうか」、と。(「アリの一言」 2017年5月13日) 

まさにそうです。私たちはいま「翁長幻想」から脱却すべきときだと私も思います。いま、脱却しなければ辺野古は埋め立てられてしまいます。時間はそう残されてはいないのです。


【山中人間話目次】
・「承認撤回」表明から7週間。自民党沖縄県連会長の照屋守之氏は「翁長知事は辺野古新基地に反対をしながら、実際は基地を造らせている」と言う
・沖縄の日本復帰45年 沖縄県民世論調査(沖縄タイムス・琉球朝日・朝日新聞)
・そのはじまりは1930年代ではなく、1920年代だった。はじめはほんのちいさな運動が、大きな渦となって歴史を巻きこんでいく――「イアン・カーショー『地獄の淵から』短評」(海神日和 2017-05-12)より
・ここでは死刑制度の本質的な問題が抉られている〜「国が人を殺す」ということを考える(レイバーネットTV。出演:太田昌国、坂上香、山口正紀、笠原眞弓)
・辞書を、言葉をなんだと思っているのか――毎日新聞校閲グループの岩佐義樹記者のさらなる安倍「そもそも」論批判のクリンヒット記事
・「浪江町森林火災による大気中放射能の増加」という記事をどう思うか?――岩佐記者の論理に対置して
・「原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟」発足批判――このそうそうたる顔ぶれのメンバーはいかなる「原発ゼロ」主義者たちか? 
 キョウ のりまつさとこ12キョウ のりまつさとこ11
乗松聡子さん(左)と新垣勉さん

Blog「みずき」:同標題の昨日付(5月4日)の記事は、新着の新垣勉さんの論(沖縄タイムス「文化欄」5月2、3日付)とその新垣さんの応答の論の前提となる同じく沖縄タイムス紙「文化欄」(4月12、13日付)に掲載されたひとつ前の乗松聡子さんの論に的を絞ってフォーカスしたものでしたが、この「論争」にはさらにその前の段階での若干の議論のやりとりがあります(この問題に関する乗松さんの主張のはじめの論に新垣さんが応答してきたため結果として「論争」のようなものになりました)。ここにその前の段階からの議論のやりとりの全文を掲げることによってこの乗松さんと新垣さんのやりとりはどのように進展してきたかを見てみたいと思います。辺野古埋め立て承認撤回と県民投票をめぐるおふたりの主張の考え方の違い、力点の違いがいっそう明らかになるものと思います。
 
昨日の記事で述べておいた新着の新垣論考を読んだ私の感想を再度掲げておきます。
 
「さて、私は乗松さんの主張の立場と同じ立ち位置にいるものですが、そうした立場性の違いを私のつもりとしては抜きにして(立場性の違いは否応なく論に反映するものですから、ほんとうのところは抜きにはできないのでしょうが)新垣勉さんの論考についてひとこと感想を述べておきますと、新垣さんの論には自身の見解にあくまでも固執しようとする固陋なところがやや目立つように思われます。その分、対者の論をその論のままに公正に読みとることができない。対者の論を自己の主張に都合のよいように曲解して論を展開しているように私には見受けられます。そうした姿勢では決して第三者に対して説得的な論を構成することはできないでしょう。私は自身のFBの4月12日付の記事に「この議論が真摯な議論として発展し、大きな実りのあるものになることを私は切に望みます」と書いておきましたが、そうした真摯な議論とはほど遠い議論の展開になっていることを残念に思います」。
 
さらに以下は、上記の私の感想にいただいた沖縄在住の元裁判官の仲宗根勇さんのコメント。私が遠慮して言わなかったことを仲宗根さんはさらにずばりと指摘しています。
 
「勉氏は2015年5月1日行政法学者ら五名とともに記者会見をし、撤回可能との意見書も県に出した。そこで勉氏は県の第三者委員会の結論前でも撤回できると主張していた(沖縄タイムス5月2日)。主張の一貫性がないのは思慮の浅さゆえか、弁護士特有の悪しき法律家の変節か。今度の論は「弁護士が1番」的な裁判至上主義と裁判官に対する楽観論に彩られ、乗松さんをシロートと見て、高い目線で自説に反する相手の主張を唯我独尊的、一刀両断的に切り捨てている。撤回理由を留保事項と民意の2点のみとするその論の誤謬は言うまでもなく、民意が裁判において絶対的な力を持つかのような論はシロート以下の謬見だ。民意は撤回を基礎付けるたくさんの請求原因の一つになりうると言うに過ぎず、絶対的なものではない。これが広義の民事裁判の常識である。」
 
辺野古の海を守るためには一日も早い「埋め立て承認」の撤回しかありません。私のこの問題についての主張も繰り返しておきます。いまならまだぎりぎり間に合う、というのは、「撤回」を主張する多くの人たちが異口同音に言っていることです。逡巡している時間はないのです。
 
各写真をクリック拡大してご参照ください。

沖縄タイムス 2017年3月1、2日付:

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沖縄タイムス 2017年3月21、22日付:
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新垣勉さん(左)と乗松聡子さん

Blog「みずき」:ここで取り上げる論考は乗松聡子さん(カナダ在住、「ジャパンフォーカス」エディター)の沖縄タイムス紙4月12、13日付の「新垣論考を読んで――承認撤回と県民投票」(上・下)と同論考に対する応答、あるいは反論としての新垣勉さん(沖縄在住、弁護士)の同紙5月2、3日付の「乗松論考への応答――裁判勝利を見据えた『撤回』」(上・下)という論です。乗松さんが新垣論考に対して沖縄タイムス紙を通じて再度応答するのかどうかはわかりませんが、一応、乗松さんの主張と同主張に対する新垣さんの反論が出揃いましたので両論を併記してご紹介させていただくことにします。
 
さて、私は乗松さんの主張の立場と同じ立ち位置にいるものですが、そうした立場性の違いを私のつもりとしては抜きにして(立場性の違いは否応なく論に反映するものですから、ほんとうのところは抜きにはできないのでしょうが)新垣勉さんの論考についてひとこと感想を述べておきますと、新垣さんの論には自身の見解にあくまでも固執しようとする固陋なところがやや目立つように思われます。その分、対者の論をその論のままに公正に読みとることができない。対者の論を自己の主張に都合のよいように曲解して論を展開しているように私には見受けられます。そうした姿勢では決して第三者に対して説得的な論を構成することはできないでしょう。私は自身のFBの4月12日付の記事に「この議論が真摯な議論として発展し、大きな実りのあるものになることを私は切に望みます」と書いておきましたが、そうした真摯な議論とはほど遠い議論の展開になっていることを残念に思います。

各写真をクリック拡大してご参照ください。


乗松論攷への応答 ――裁判勝利見据えた「撤回」(上) 新垣勉

沖縄タイムス 2017年5月2日付:
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乗松論攷への応答 ――裁判勝利見据えた「撤回」(下) 新垣勉

         
沖縄タイムス 2017年5月3日付:

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キョウ のりまつさとこ10

キョウ うちのみつこ2

Blog「みずき」:この記事の筆者のアエラ編集部の渡辺豪記者は「私も移住者として沖縄に17年間暮らし」「地元紙で主に基地問題を担当」したと言います。だからか。渡辺記者のまなざしには深いよどみの淵底に下り立った者だけが知る孤高の人の悲しみのようなものがあります。それはある意味で琉球人の悲しみに相似したものでもあるでしょう。その悲しみが透徹した眼になっている。また、その透徹した眼で選ばれた引用も優れている、というのが私の読後感です。私は渡辺記者の記事に深く学ぶところがありました。

渡辺豪記者は以下のように書いています。

『作家の目取真俊は辺見庸氏との対談(4月16日付沖縄タイムス、琉球新報など<共同通信配信記事>)で、こう問い掛ける。「沖縄が暴動寸前の状況になり、本当に米海兵隊が撤退する事態に至ったとき、ヤマトゥの人は『沖縄県民が望んだことが実現してよかった』と歓迎するだろうか」 さらに沖縄独立論に触れ、「まだ政治的力」はないとしつつも、「そもそも、日本政府が独立を認めることはあり得ないと思う」と悟り、こう予見する。「領土だけではなく、広大な領海も失う。そうなれば、自衛隊が出動し、県民に銃を撃つかもしれない」これは妄想ではない。歴史認識を欠いたまま、「本土」の人間が沖縄に対して当事者意識をもつとき、その振る舞いはより残酷になるリスクは確かにある。作家の姜信子は非常勤講師をしていた九州の大学で、石垣市在住の八重山戦史・芸能史研究の第一人者である大田静男氏を招いた特別講義でのエピソードを紹介している。「大田さんは講演の最後に学生たちにこう尋ねた。『沖縄が独立宣言をする、それを認めぬ日本国が沖縄を攻撃するとする、もし君たちが日本軍兵士ならば、国家の命令通り沖縄に銃を向けるか?』。そのとき、大教室にいた男子学生の多くが、銃を向けると答えた」(3月2日付琉球新報)これは10年余り前の出来事だというが、現在であれば一層酷い学生たちの反応に直面するのではないか。そう悲観せずにはおられないほど、沖縄と「本土」の亀裂は取り返しがつかないほど深まってしまった。』

ただ、記事中で渡辺記者は、この2月5日に那覇市内で開かれた「時代の危機に立ち上がる短歌」というテーマのシンポジウムに触れ、そこでのパネラーのひとりとしての「朝日歌壇」選者の永田和宏氏の発言を高く評価しているようですが、同シンポジウムでの永田発言の評価については歌人で短歌評論家の内野光子さんの以下のような批判、指摘があることをご紹介しておきます。内野さんは次のように述べています。
 
『比嘉美智子の開会のあいさつに始まり、鼎談は、三枝昂之、永田和宏と沖縄在住の名嘉真恵美子の3人によるものであった。進行は三枝で、永田の最初の発言は「今日の会は政治集会ではないので、短歌の表現を問題にしたい」というもので、「沖縄に基地が集中していることへの思いや考えはある。しかし、そのまま短歌にすると空々しくなるので、自己相対化が必要」とする。三枝は、遠く離れた沖縄は日本なのか、本土ともいえない戸惑いを感じる、とする。また、名嘉真からは、沖縄の短歌を本土のモノサシで批判する傾向にある、とする。このあたりのことを、『琉球新報』は、翌日の記事で、鼎談では「<沖縄>を詠む際の後ろめたさ戸惑いのようなものを含めて話し合われた」(「沖縄の表現模索 県内外の歌人集い討論」『琉球新報』2017年2月6日)と報じ、後の2月23日の記事では、3人の作品を通して「沖縄を詠うときの逡巡。<沖縄は日本か><日本はこれでいいのか>。他者そして自身に問いながら、答えの出ないもどかしさが見える」と報じた(「時代の危機に立ち上がる短歌 沖縄で問う<歌の力>歌人ら向き合い方議論」『琉球新報』)。

しかし、私が聞いていた限りでは、やや印象が異なっていた。永田は、自作の「どうしても沖縄は私に詠へない詠へない私を詠ふほかなく」(『現代短歌』2017年2月)などを引いて、時代の危機に際して、短歌は政治の言葉ではないので、安易に意見を言ってはならない歯止めが必要であることを強調していた。三枝も、自作「自決命令はなかったであろうさりながら母の耳には届いたであろう」(『それぞれの桜』2016年)とこの作品と対になっている、資料には出ていない「自決命令はあったであろう母たちは慶良間の谷で聞いたであろう」などを前提に、自決命令の有無については、簡単には結論が出ないとしての両論を踏まえるもどかしさを語っていた。鼎談後の沖縄県内外の10人の歌人たちのスピーチで、一番バッターの玉城洋子は、上記の鼎談を受けて「沖縄の短歌はどこへ行く、辺野古の海は、沖縄人のアイデンティティ」の思いを語った。私も、永田と三枝の逡巡と用心深さは、何に由来するのかを考えていた。自らの未知や無知について、謙虚で、慎重になることは大切なことだが、ためらい、戸惑い、自らの思いをストレートに語ることをしないうちに、現実は待ったなしで、進んでしまうのではないか、の疑問がもたげた。この「逡巡」は、現実逃避にも連なる気がした。同じような趣旨の質問が会場からも提出されたような報告があったが、質問の詳細も回答もなかった。』(内野光子のブログ 2017年3月2日)

渡辺豪記者には一考していただきたいことです。


【山中人間話目次】
・アエラ編集部の渡辺豪記者の「沖縄論壇と本土との亀裂は取り返しがつかないほど深い」という論
・仲宗根勇さん(元裁判官)の沖縄タイムス「識者評論」――承認の撤回 一刻も早く
・仲宗根勇さん(元裁判官)の沖縄タイムス「識者評論」――承認の撤回 一刻も早く(動画版)
・乗松聡子さん(カナダ在住。「ジャパンフォーカス」エディター)の「沖縄 4.28(屈辱の日)」考。「分断を超えて――今、本土からみつめる4.28」
・平安名純代さん(沖縄タイムス米国特約記者)のコラム想い風「辺野古埋め立て 致命的な結果に」
・チョイさんの沖縄日記――沖縄平和市民連絡会の総会では、平和市民連絡会として早急に翁長知事に埋立承認の「撤回」を求める申し入れをすることが決まった
・宮城康博さんは自分の感覚を大切にしてものを見ている。私はそういう視点をほんとうの意味で「民主主義」の視点というのだろう、と思う
・琉球新報社説の強い決意。「沖縄は屈しない、諦めない」
キョウ へのこ34

Blog「みずき」:一昨日の4月25日、政府(沖縄防衛局)は辺野古埋め立て護岸工事を強行しました。翁長沖縄県知事はいうまでもなく即刻抗議の記者会見を開きはしましたが、私から見て、翁長知事の発言は、「護岸工事は始まったばかりで、2度と後戻りができない事態にまで至ったものではない」「撤回を視野に入れて、法的な観点や国の日々の動き、全体の流れを勘案しながらあらゆる動きを想定して弁護団と議論している」などとのらりくらりとしたもので、実質、政府(沖縄防衛局)の護岸工事の強行を容認するかのような発言でしかありませんでした。

その翁長知事の発言を聞いて、沖縄県島尻郡在住の宮城健さんは以下のような意見を述べていました。

『「知事が撤回しようとも工事は進むから、辺野古に人が集まるしかない」と言っている人々は、オナガが取り消しを取り消すまで、人が集まらなくとも埋め立て部分の工事が止まっていたことを知らんのか。県庁に押しかけ自ら選んだ為政者に阻止させる民主的で効果的な方法より、死傷者だしながらアピールする「ポーズ」を選ぶというのか。バカバカしい。もう絶対に現場には行かない。』

Makoto Yasuさんはその宮城健さんの記事に「これ最後のプレゼント やることを、それぞれの場所で 信じる道を切り開いていこう」というコメントをつけた上で阿部岳・沖縄タイムス北部報道部記者の「嘆かず依存せず黙々と」という「視点」の言葉を紹介していました。このコラムで紹介されている石原吉郎も目取真俊さんも私の好きな詩人であり、作家です。

私には宮城健さんの絶望の言葉もMakoto Yasuさんの「やることを、それぞれの場所で 信じる道を切り開いていこう」という希望を信じる言葉もどちらもよくわかります。ここには見かけほどの「対立」はありません。私にはどちらも同じことを言っているように見えます。共通しているのは安倍政権への弾劾はもちろん、翁長知事にも安易に信を置かない、ということでしょう。

私も最後にひとこと述べておきます。翁長知事よ。ご託宣はもうたくさんだ。即座に「埋め立て承認撤回」をしなさい、と。


【山中人間話目次】
・辺野古埋め立て問題――宮城健さんの絶望の言葉とMakoto Yasuさんの希望を信じる言葉と阿部岳・沖縄タイムス北部報道部記者の「嘆かず依存せず黙々と」という「視点」の言葉
・辺野古埋め立て護岸工事着手に関する翁長知事の抗議の記者会見全文
・「リベラル21」の常連執筆者の半澤健市さんが紹介する成田龍一さん(大学教員)と中村文則さん(作家)のおふたりの「若者考」が興味深い
・フランス大統領選――マクロン前経済相と右翼・国民戦線(FN)のルペンの戦いをどう見るか?
・国境なき記者団(RSF、本部パリ)26日発表 2017年報道自由度ランキング、日本72位
・シリア空爆の際のロシアとアサド政権の化学兵器(サリン)使用の真偽についてフランス政府は「化学兵器を使用したのは疑問の余地なくアサド政権側だ」とする調査報告書を発表した
キョウ へのこ32

Blog「みずき」:「全体の利益のためとして一部の者に犠牲を押しつける。その犠牲の押しつけを、多数決で正当化する。こんなやり口を民主主義とはいわない。これは多数の横暴であり、差別であり、人権の侵害であり、地方自治の破壊なのだ。アベ政権を支持する者よ、恥を知るべきではないか。」

上記の澤藤統一郎さん(弁護士)の指摘はそのとおりでしょう。しかし、「本日(4月25日)政府(沖縄防衛局)は無許可状態での本格的護岸工事着工を強行してきた。琉球新報が示唆したように、翁長知事は、仲井眞前知事の承認を撤回するだろう。そして、その撤回の効果をめぐって、県と国とは、またまた法廷で対決することになる。(略)沖縄は辺野古建設を拒否する翁長知事を支持し、全国は辺野古建設を強行するアベ政権を支持しているのだ」という澤藤さんの見方は誤まっている、控えめに言っても大甘だと私は思います。

下記の記事で私が指摘しているように翁長知事は政府(沖縄防衛局)による本格的護岸工事が着手されたこの期に及んでも「護岸工事は始まったばかりで、2度と後戻りができない事態にまで至ったものではない」「撤回を視野に入れて、法的な観点や国の日々の動き、全体の流れを勘案しながらあらゆる動きを想定して弁護団と議論している」などという日和見の言説をいまだに弄しています。

翁長知事のこの言説は「2度と後戻りができない事態にまで至」るぎりぎりまで「撤回」宣言はしないと言っているようなものです。しかし、そのときはすでに「時遅し」というべきでしょう。「工事が進めば、工事の差し止め訴訟は敗訴するのが、この種裁判の判例の論理。まして、仮の差し止めは即座に却下されるだろう」というのが実際の司法実務に通じている元裁判官の仲宗根勇さんの見方です。

また、澤藤さんは、「琉球新報が示唆したように、翁長知事は、仲井眞前知事の承認を撤回するだろう」などという楽観論も述べていますが、澤藤さんが引用する琉球新報社説は「知事は埋立承認権者として承認を撤回できるはずだ」「知事選で圧倒的多数の信任を得た辺野古新基地阻止の公約を実現するため、承認撤回のタイミングを逃してはならない」と翁長知事に一日も早く「撤回」宣言をするように強く促がしてはいるものの、「翁長知事は、仲井眞前知事の承認を撤回するだろう」などという楽観的な見通しは述べていません。

澤藤弁護士の言説は沖縄のニュースは主に「赤旗」に頼り、その「赤旗」が翁長知事とオール沖縄を無批判、無条件に支持しているのをさらに支持しているところからくる「井の中の蛙大海を知らず」的な謬論だというのが澤藤弁護士のこの論に関する私の評価です。


【山中人間話目次】
・澤藤統一郎さん(弁護士)の「沖縄の民意を蹂躙するアベ政権の支持者よ、君たち恥ずかしくないか。」という論への異議
・鬼原悟さん(「アリの一言」主宰者)の「『沖縄』『朝鮮半島』―『当事者』はだれか?」(2017年04月25日)
・現在のアメリカと中国の関係、さらに的を絞れば朝鮮(北朝鮮)問題を巡る米中の関係についてもっとも納得のいく田畑光永さん(元TBSテレビキャスター)の論評
・仏大統領選、パリで決選投票進出2候補へのデモ 逮捕者100人以上 - AFPBB News 2017年04月24日
・それにしてもフランス左翼の衰退についてはフランス社会党第一書記・大統領のオランドの責任は大きい