キョウ わたべしょういち

Blog「みずき」(1):渡部の文章は、「『既に』生まれた 生命は神の意志であり、その生命の尊さは、常人と変わらない、というのが私の生命観である」と書いた後に「しかし『未然に』避けうるものは避けるようにするのは、理性のある 人間としての社会に対する神聖な義務である」と続きます。批判者は渡部のこうした考え方、思想を「優生思想」と指摘して、批判しているのです。しかし、渡部には批判されていることの意味がわからない。だから、逆に批判者を批判する。産経も渡部のその批判に加担する。これが産経が渡部昇一の死を「勇気ある知の巨人」の死と書くとんでもない理由です。

櫻井よしこも同じ産経紙に「非常に博識で、歴史問題や東京裁判などあらゆるテーマについて精通しておられた。日本の国柄について、優しい語り口で解説することができる、かけがえのない存在です。今、日本はとても大事なところに立っていて、渡部先生に先頭に立って日本のあるべき姿を論じていただけたら、どんなに力になったかと思うと本当に残念です」などと書きます(同紙、2017.4.18 )。

これが右翼紙、右翼人士の正体です。「『阿呆の天国』状態」(太田昌国FB 2017年4月15日)をつくりだしている最大の責任はもちろん彼ら(たとえば産経)、彼女たち(たとえば櫻井よしこ)にあることは明白です。

Blog「みずき」(2):「『建白書』を掲げることで『オール沖縄』の支持を繋ぎ止めながら、『辺野古」は全面(前面)に出さない。たたかう前から『辺野古』を下ろす敗北主義であり、『新基地建設』を事実上容認しながら『オール沖縄』の票で『知事再選」を目指そうとする」――これが翁長知事と同知事を支える「オール沖縄」勢力の今後の沖縄のたたかいの戦略だというのです。おぞましいことです。こうした「オール沖縄」勢力に政治を委ねてしまっては、当然、今後の沖縄のあらゆるたたかいの敗北に次ぐ敗北は目に見えています。それでもあなた(たち)は「オール沖縄」を支持するというのでしょうか? 私にはおよそ理解しかねることです。私たちは「オール沖縄」という何者かによって(正体はもはや明瞭なのですが)つくられた幻想から早急に脱却する必要がある、というべきではないでしょうか。


【山中人間話目次】
・産経新聞が書くように渡部昇一の死は「勇気ある知の巨人」の死か?
・新基地建設を事実上容認しながらオール沖縄の票で『知事再選」を目指そうとする――これが翁長知事とオール沖縄の今後の沖縄のたたかいの戦略だというのです
・また伊藤智永(毎日新聞記者)がやらかしています。そうです、安倍擁護の伊藤流提灯記事を、です
・教育勅語をめぐる世論調査。安倍内閣の姿勢について「40代以下では『妥当だ』が4割前後だが60代では19%。この世代間の差異はなにゆえか?
・加藤哲郎さん(一橋大名誉教授)のネチズン・カレッジ「戦争が近づくと、権力者は国政の矛盾をそらせ、外に突破口を求める!」
・盛田常夫さん(経済学者、在ハンガリー)の日本の劣化する経済学者批判(5)
・「むささびジャーナル」「シリア報道:「受け狙い」がもたらしたもの」(2017/4/16)。視点の確かな読み応えのある論評です
キョウ あべ11

Blog「みずき」:(1)本記事はものごとの深層を的確、簡潔に、すなわち、わかりやすく読み解いている好論といってよいでしょう。簡潔に読み解くことができるということは、それだけここで提起されている問題の本質と深層を適確に捉えているということでもあるでしょう。そういう意味での好論というのが私の本記事の評価です。

ただ、文中に「また、国に軍隊があるのも当然である(この観点から、日本が普通の先進諸国なみのリベラル国家になった後で憲法9条を改正すべきだと主張する筆者は、「リベラル・タカ派」と呼ばれることがある)」という憲法9条改正論があります。私は現憲法の理念に沿った「非武装中立」という国家のあり方は可能だと考えるものですが(また、「国に自衛権があるのは当然」という主張であればわかるのですが、「国に軍隊があるのも当然である」という考え方には私は与しません)、「リベラル国家になった後」にという前提の下での憲法9条改正論議はあってもいいことだとは思っています。ただ、こうした主張は、「リベラル国家になった後」にという前提が外されて現体制下での9条改正を主張する新9条論者の論に回収されてしまう危険性をともないます(現に本記事を有意義なものとして拡散していたのは新9条論支持者のひとりでした)。「リベラル国家になった後」の軍隊の創設についてはかつて共産党も主張していたことですが、その共産党もいまや新9条論者の主張(現体制下の9条「改正」、すなわち、改悪)に呑みこまれつつあります。いや、すでに呑みこまれているかもしれません。そういう危険性をともなうということです。

(2)内藤朝雄さん(明治大学准教授)の記事を紹介したついでに1か月ほど前の伊藤智永という毎日新聞記者の「まやかしの保守 ついに「日本会議」政治が沈没す」という記事もとりあげておきます。さて、この記事についている安倍首相と日本会議が「断絶」しているかのように強調する「安倍首相が『日本会議』を使い捨てる日」というキャプションはなんでしょう? 伊藤記者の記事が「日本会議」を批判していることから同記事を好意的に引用、転載しているいわゆる「リベラル」ブログは少なくないのですが、同記事は「日本会議」批判に名を借りた新手の安倍晋三擁護論と見るべきでしょう。私はこれまで伊藤智永という毎日新聞記者を批判する記事を2本書いていますが、その観察からも言えることは伊藤智永という毎日新聞記者は明らかな安倍擁護論者です。この記者の狡知な筆遣いに欺かれてはならないでしょう。

同記者は「安倍首相が『日本会議』を使い捨てる日」などと書いていますが、ひとつ前の記事に書いた内藤朝雄さんが紹介している資料を見ても安倍首相は「日本会議」を使い捨てるどころか第3次安倍晋三再改造内閣の閣僚のほぼ8割が超タカ派(極右)団体の「日本会議」のメンバーです。この点について内藤朝雄さんは次のように書いています。
『現在、日本を戦前の状態(特に〈天皇中心の国体〉が暴走した昭和初期から敗戦までの時期)に戻そうとする勢力が、閣僚の大多数、国会議員のほぼ半分を占めている。日本社会は、その意向のままに造りかえられてしまう瀬戸際にあるといってよい。次の資料をみてほしい。「第3次安倍晋三再改造内閣の超タカ派(極右)の大臣たち」(俵義文(子どもと教科書全国ネット21)作成:トップページの左側リストにある当該資料表題をクリック)、あるいは「国会議員いちらんリスト」。資料を見ると、閣僚のほぼ8割が「超タカ派(極右)」団体(先進諸国の主要メディアはおおむねそのように見ている。筆者もそれに同意する)のメンバーであることがわかる。またそれが国会議員全員の半数に達しようとしている。これらの団体は、仲間たちがいくつも掛け持ちしていたり、協力しあったりしているので、ひとつの大きなネットワークと考えることができる。また、彼らは公明党など他勢力と利害同盟を組んでいる。その意味では、ほぼすべての閣僚と半数の国会議員が、上記資料にいうところの「超タカ派」勢力かそれになびく勢力であるといってよい。これらの勢力が政権の座にあり、目標達成に向けて着実に歩を進めているのである。』
内藤朝雄さん(明治大学准教授)と伊藤智永という毎日新聞記者との認識の差異は明らかでしょう。

【山中人間話目次】
・内藤朝雄さん(明治大学准教授)の「世界が警戒する日本の「極右化」〜私たちはいま、重大な岐路にいる」という記事の岐路
・伊藤智永毎日新聞記者の「まやかしの保守 ついに「日本会議」政治が沈没す」という記事のまやかし
・太田昌国さんはいまの日本の社会状況を「『阿呆の天国』状態」と表現する
・平安名純代さんの「とうとう私たちは後戻り不可能な地点へ来てしまいました。辺野古を守るために私たちは何をすべきなのか」
・辺見庸はその共有すべきわれわれの時代の現時間を「世界の夜――乏しい時代」という
キョウ こばやしたきじ

Blog「みずき」:鄭玹汀さんの「そのうち、批判者は徹底的に弾圧されるだろう。本当に怖いのは、政府批判者が弾圧の対象になることだ」という文章の一節を読んで、志賀直哉が小林多喜二が「警察に殺されたるらし」の報に触れて書いた日記の一節を思い出し、「アンタンたる気持」になりました。

志賀は日記に次のように記しています。

「小林多喜二二月二十日(余の誕生日)に捕らえられ死す、警察に殺されたるらし、実に不愉快、一度きり会わぬが自分は小林よりよき印象をうけ好きなり アンタンたる気持になる、不図彼等の意図ものになるべしといふ気する、」(「志賀直哉全集」岩波書店より)

ただ、志賀が最後に「不図彼等の意図ものになるべしといふ気する」という感想を述べていることに救われる気がします。しかし、志賀のこの感想は、小林多喜二という真のコミュニストに対する敬愛の思いからくる感想でした。志賀がいまに生きていたら「不図彼等の意図ものにならずといふ気する」という感想を述べたのではないか。そのことについても私は「アンタンたる気持」になるのです。

【山中人間話目次】
・鄭玹汀さんの「そのうち、批判者は徹底的に弾圧されるだろう」という文章の一節を読んで「アンタンたる気持」(志賀直哉)になった
・共謀罪」法案を阻止するためには国会内外での野党の「共闘」は欠かせないでしょう。しかし、私は、野党4党幹部揃い踏みの街頭演説に大きな違和を感じます
・相沢侃さんの「怒りをもって志位氏に問う」。私の「アンタンたる気持」はこの相沢さんの「怒り」に重なっていきます
・ホワイトハウス “対北 先制攻撃の可能性”報道を否定というNHKの報道 
キョウ てんのうたいい

Blog「みずき」:残念なことですが今回も日本国憲法下における民主主義の本質に関わる象徴天皇制の是非の問題の議論は素通りされたまま莫大な税金だけが浪費されていくことになるのは必定です。私たちが心しておかなければならないことは、こうした事態をつくり出している大きな原因のひとつに私たちの国の劣化しきった「左翼」の存在があるという事実です。もはや「議会内左翼」は民主主義社会の実現というひとつの点から見ても許しがたい「反動」的な存在になりおおせています。満腔の怒りを込めて彼(女)らの非を糺しておきます。

また、以下、小倉利丸さん(富山大学名誉教授。ピープルズ・プラン研究所共同代表)の「議会内左翼」批判の言葉を再掲しておきます。

『天皇廃位から廃止へという選択肢の不在を象徴しているのが、議会内左翼の生前退位問題への認識である。共産党は、2月10日に国会内で天皇退位問題について検討会を開催し、小池晃書記局長が「天皇の退位については、政治の責任で真剣な対応が必要だ。一人の人がどんなに高齢になっても仕事を続けなければならないという今のあり方を、個人の尊厳という憲法の根本精神に照らして見直すべきだ」と述べた(『赤旗』2017年3月4日)。また、社民党は2月15日に「見解」を発表し、その中で「人間が人間として有する天賦人権は、天皇『個人』に対しても、当然保障されるはずである。しかし、天皇という地位やその地位が世襲であるとされていることによって様々な人権が制約され、天皇『個人』に過度の負担が一生負わされているが、『退位の自由』がない限り、これを正当化することはできない。憲法の基本原則の制約は必要最小限にすべきであって、天皇の人権という観点から、退位を認めるべきである。」と述べている。いずれも戦後憲法の基本理念である個人としての人権に照らして退位への態度を表明したものだ。象徴天皇制が憲法の基本的人権の理念に抵触することを軽視し、象徴天皇制は旧憲法の天皇制に比べればまだマシで政治的な実権を担わない天皇にさしたる問題を見い出していないからではないか。』(ne plu kapitalismo2017年4月11日)


【山中人間話目次】
・残念なことですが今回も象徴天皇制の是非の問題の議論は素通りされたまま莫大な税金だけが浪費されていくことになるのは必定です
・なによりも安倍内閣支持率53%という日本の現実が問題です。その現実が安倍政権の底知れない思い上がりと暴挙を許しています
・乗松聡子さんの果敢な「オール沖縄」指導層に対する議論提起「新垣論攷を読んで――承認撤回と県民投票」(下)
・仲宗根勇さん(元裁判官)ご自身による「『沖縄思想のラディックス』の喚起力」講演会の自己案内
・トランプによる北朝鮮攻撃は一触即発の段階にある、という「4月危機説」の評価について
キョウ しゃみんとう2

Blog「みずき」:社民党幹事長の又市征治が11日の記者会見で「憲法一般論として改憲そのものを社民党として否定はしない」と発言したと言います。時事通信はこの又市発言を「社民幹事長『改憲否定せず』」という見出しをつけた上で報道しています。時事通信によれば、「又市氏は、民進党の細野豪志代表代行が発表した改憲私案に関連して(略)細野氏が提唱した地方自治や教育の項目を例に挙げ、『国民的な合意が得られ、変えた方が良い項目があれば変えた方が良い。中身によるが、必ずしも反対ではない』」と発言しているようですから、この時事通信の「社民幹事長『改憲否定せず』」の見出しは又市発言の真のネライ=改憲肯定論を的確に要約したものと見てよいでしょう。

すなわち、社民党は、同党の唯一のレーゾンデートルというべきものであった「護憲」の旗さえ完全に捨て去った、ということを意味しているでしょう。また、もちろんいまに始まったことではないのですが(この点についても私は何度も言及しています)、共産党を含めて日本の政党に「革新」なるものは完全に消失してしまった。戦後72年目に到って日本の政党は総べて大政翼賛化してしまった。日本の60年安保闘争をピークとした「理念としての戦後」を支えてきた「革新」なる政治は完全に終焉した、ということを意味しているでしょう。

私たちはいまの時代の旧態依然の腐臭紛々とする存在でしかないことが明らかな「政党」という枠組みにとらわれない新しい政治革新の道を構築していく必要があります。それがいまという狂気の時代に遭遇している「私たち正気の者」の責任だということがますますはっきりしてきました。少なくとも私は私の子どもたちにこのような時代を遺したくはありません。そのために死を賭して戦わざるをえない。それがいまという時代だ、というのが私の認識です。「野党共闘」など論外です。


【山中人間話目次】
・「社民幹事長『改憲否定せず』」という又市征治発言と「理念としての戦後」を支えてきた「革新」なる政治の完全な終焉
・乗松聡子さんの果敢な「オール沖縄」指導層に対する議論提起
・小倉利丸さん(富山大学名誉教授。ピープルズ・プラン研究所共同代表)の「生前退位論議から天皇制廃止への道筋を考える 」
・小倉利丸さん(富山大学名誉教授。ピープルズ・プラン研究所共同代表)の「特定秘密保護法のテロリズム定義と共謀罪」
・シリア空爆。米大統領府の反論
キョウ あべ10

Blog「みずき」;「国家権力の私物化」という視点からの田中利幸さん(歴史評論家)の安倍晋三、昭恵批判は、いまという時代の大衆状況のピエロ的危機(首相がピエロ的というだけでなく、大衆もピエロ的であるということ。田中さんはここでは大衆批判は射程に入れてはいませんが、大衆状況(籠池問題を経ても66%という安倍内閣の支持率、すなわち、「革新」とメディアの総「安倍」化。自らは批判しているつもりというピエロ的右傾化)を含むピエロ的危機がいまという時代の特徴である、というのが私の認識です)の性質の一端をよく掬い得ているように私には見えます。田中さんには次回は左記に私が言う意味での本格的な大衆状況に視点を据えた論を期待したいものです。

【山中人間話目次】
・「国家権力の私物化」という視点からの田中利幸さんの安倍晋三、昭恵批判
・日本経済新聞社説の「教育勅語」批判――まっとうな感覚だが、読売新聞への対抗心という側面もあるのかもしれない
・読売新聞社説の「教育勅語」批判――渡邉恒雄の天皇制への嫌悪と正力松太郎から引き継いだアメリカンコントロールのゆえか
・一方でこういう事実も。小沢一郎の懐刀といわれる平野貞夫元参院議員と共産党がニセ科学のナノ銀除染拡散の同志として大接近
・また一方、沖縄では以下のような事態が立て続けに起こっています――今週前半にも護岸工事着手 辺野古で政府方針
・粟国恭子さんの『沖縄思想のラディックス』書評には理念的な意味での「硬質のリリシズム」がある。すなわち、批評(短文)自体として心を打ちます
・私は大衆運動に英雄やスターをつくってはいけないと思う。というよりも、有害だと思う。大衆運動に英雄やスターはいらない。
キョウ くにたち

Blog「みずき」:上原公子元国立市長が国立市から提訴されていた損害賠償訴訟(広義の国立マンション訴訟)で最高裁での敗訴が確定(2016年12月13日)したことにともなって、その上原氏の確定した損害賠償金4500万円(+金利)を「上原さんひとりに払わせるわけにはいかない」とするカンパ運動が上原元同市長を支持する人たちの間で立ち上がっています。私も数か月前から同趣旨のカンパ運動の呼びかけをあちこちで目にする機会が増えていましたが、そのたびに民主的な制度としての住民訴訟の結果という同訴訟の本質をまったく理解するところのない徒らな論といってよい同呼びかけの趣旨に大きな違和感、というよりも怒りを抱いてきました。なにゆえに徒らな論というのか。澤藤統一郎さん(弁護士)が昨日付けのご自身のブログにその理由を明解に述べています。リベラル、左派と自称し、呼ばれる人たちの誰もが言わない上原公子元国立市長、上原敗訴にともなう確定損害賠償金4500万円基金運動、自由法曹団東京支部批判、すなわち、現今の劣化凄まじいリベラル・左派批判を澤藤統一郎さんが炯眼な弁護士としての眼を通じて剔抉しています。ご参照ください。なお、さらに認識を深めるためには澤藤弁護士の同記事に添付されている2本の記事も欠かせません。これもご参照いただければと思います。私は澤藤統一郎弁護士の論に完全に同意するものです。

【山中人間話目次】
・上原公子元国立市長を支援しようとする彼女への損害賠償金4500万円カンパ運動の非論理性と非倫理性について
・翁長沖縄県知事の保守性、というよりも反動的体質がまたもや明らかになりました
・鄭玹汀さんの「教育勅語をめぐって(1)」コメントより――日教組と「教育勅語」の関係
・鄭玹汀さんの「教育勅語をめぐって(2)」――木下尚江の道徳教育の弊害についての論に即して
・浅井基文さんの「安倍政治に対するハンギョレ社説の問題提起」――教育勅語復活に対する韓国からの強烈な違和感の声
・水島朝穂さん(早大教授、憲法学)の「『教育勅語』に共鳴する政治――『安倍学校』」の全国化?」という論
キョウ てれび

Blog「みずき」:「反日」などというネトウヨ張りのレッテル貼りを在京民放5局のうちではもっとも「左」に位置するとされるTBSまでもが行っているという事実も重大です(同報道局からの配信でしょうが、元朝日新聞記者の星浩(「朝日」右傾化の張本人のひとり)がアンカーをつとめる「NEWS23」でも「反日」と形容して報道していたようです)。この事実はメディアも雪崩を打つように総右傾化していることを端的に物語っているでしょう。かつて丸山眞男が指摘した「知識人の転向は、新聞記者、ジャーナリストの転向からはじまる」(一九五六年の手帖より)という事態がポイント・オブ・ノーリターン(引き返し不能)の地点にまで達しているということでもあるでしょう。きわめて危険な状況です。今回のTBSの報道をそのようなものとして受けとめうるリベラル・左派はどの程度いるか? これもきわめて危険な状況にある、と言っておくべきでしょう。

【山中人間話目次】
・「反日」などというネトウヨ張りのTBSのレッテル貼り――知識人の転向は、新聞記者、ジャーナリストの転向からはじまる
・安倍昭恵付き秘書官の国家公務員法違反の証拠写真――安倍昭恵につき従っている国家公務員は全員告発されるべきです
・最低の連合東京(労働組合とは名ばかりの経団連の別組織)と極右政治家・小池ポピュリズムの結託
・「森友学園」疑惑問題にハシゴをかけた(張本人)松井一郎(大阪府知事、日本維新の会代表)のアホさ加減
・安部公房の「同じ戦犯釈放運動でも二種類の運動がある」という指摘
キョウ きょうさんとう20

Blog「みずき」:日本共産党に捧ぐ。聴くべき耳ありやなしや。戦前の日本共産党の指導者のひとりで読売新聞記者だった市川正一が検挙後の法廷陳述で述べた「日本共産党員となった時代が自分の真の時代、真の生活である」(『日本共産党闘争小史』 1932年 非合法出版)という言葉はおそらく市川という人間の心の奥底からこみあげてくる本心の言葉だった。日本共産党の指導部の諸君よ。この市川正一の言葉を聴いて恥じ入るところはないか。市川は敗戦直前の1945年3月に53歳で獄中死した。

【山中人間話目次】
・日本共産党に捧ぐ。聴くべき耳ありやなしや。「日本共産党員となった時代が自分の真の時代、真の生活である」と言って獄中死した故市川正一の言葉が聴こえるか?
・(1)澤藤統一郎さん(弁護士)の「永年の読者の一人として「赤旗」に要望します。元号併記はおやめいただきたい。」という「赤旗」紙面元号併記批判
・(2)高林敏之さん(アフリカ国際関係史研究者)の「赤旗」紙面元号併記批判
・(3)内海信彦さん(画家、予備校教師)の「赤旗」紙面元号併記批判
・(4)宮城 康博さん(沖縄在住、脚本家)の「赤旗」紙面元号併記批判
・(5)kojitakenさん(「kojitakenの日記」主宰者)の「赤旗」紙面元号併記批判
・(6)鬼原悟さん(「アリの一言」主宰者)の「赤旗」紙面元号併記批判
・(7)「赤旗」紙面元号併記批判――本質を衝くひとことコメント
・(8)中島岳志の保守思想というよりも右翼思想も見抜けないこういう輩がいまの共産党を下支えしている――附:「赤旗」紙面元号併記批判
キョウ おなが9
オール沖縄体制は欺瞞そのものです

Blog「みずき」:(1)「籠池泰典の証人喚問直後の世論調査で安倍内閣支持率が下がらなかったことで流れが変わってしまった」(kojitakenさん)ということももちろん大きな要素だとは思いますが、「しんぶん赤旗:元号復活…28年ぶり」(2017年04月01日 毎日新聞)という事態に象徴される共産党の右傾化もこの事態を招いた大きな要素になっているだろう、というのが私の見方です。kojitakenさん自身も『共産党の右傾化はついにここまできた。森友学園事件に関する最近の国会質疑で、かつての共産党のような鋭い質問が鳴りを潜めていることを訝っていたが、同党の右傾化と関係があるのではないかと疑ってしまう。そういえば東京都議会でも共産党は「都民ファ□ストの会」と歩調を揃えるなどして大政翼賛会化している。それにしても安倍晋三や安倍昭恵ですら日常的に西暦を使うこのご時世に、共産党は「保守層」にすり寄るつもりか知らないがなんでこんな時代に逆行する馬鹿な真似をするのか、見識を疑う』(同上)と書かれていますね。「革新」の右傾化が安倍晋三の増長を許しているのです。戦前、労働者、無産者階級の政党であった社会大衆党が陸軍統制派・革新官僚に迎合、接近、大政翼賛化し、太平洋戦争に突入していった時代と同じ冬の時代がいまに現前しているのです。それが「教育勅語、教材で用いること否定せず 政府が答弁書」という事態だというのが私の認識です。

(2)太田昌国さんは「現政権支持率の『高さ』」の背景に、何があるのか」と自らに設問し、「私たちが、戦後民主主義者であれ、リベラルであれ、左翼であれ、社会の在り方を変革しようとする、総体としての『私たち』の敗北状況のゆえにこそ『現在』があるのだ」と自ら設定した問いに答えています。太田さんのこの認識は私のこの問題への
認識とも重なります。さらに太田さんは次のようにも書きます。「安倍の時代は早晩終わるにしても、社会にはこの「気分」が根づいたままだ。いったん根を張ってしまったこれとのたたかいが現在進行中であり、今後も長く続くのだ」、と。「社会の在り方を変革しようとする」側に太田さんの指摘する「『私たち』の敗北状況」の認識がない以上、この状況は太田さんの見通しのとおり「今後も長く続」かざるをえないだろう、と私も観念せざるをえないのでしょうが、その間に年老いた者、体弱き者は死んでしまうでしょう。なんともやりきれないことです。現在の「敗北状況」をつくり出し、それを認識しえない自称「リベラル・左派」なる怠惰、卑怯、惰弱な者どもに対して炎々、焔々とした怒りが込みあげてくるのを抑えようもありません。

(3)ここでも翁長知事と「翁長与党」(オール沖縄)のダブルスタンダードが沖縄県政を党派的な利害関係を最優先する非民主主義的なものにしています。すなわち、政治学用語を使えば沖縄県政をネポティズム(縁故主義)化しているということです。ネポティズムとは独裁・権威主義国家によく見られる政治手法のことをいいます。「なぜこうした理不尽なことが起こるのか。県政与党は、翁長氏自身の疑惑を含む県政の疑惑は追及しないでそっとしておくことが『翁長知事を支える』ことだと考えているから」だ、と私も思います。考え間違いも甚だしい。県民の意志など蚊帳の外という典型的なネポティズム政治です。翁長県政は腐敗すらしています。これがいまの翁長県政の実態だということを私たちはよく知る必要があるでしょう。オール沖縄体制(日本共産党、社民党、社大=「オール沖縄」諸党派)は欺瞞そのものです。

【山中人間話目次】
・共産党など「革新」の右傾化がこれだけの安倍スキャンダルの中でも内閣支持率が下がらなかった大きな一因である、というのが私の見方です
・太田昌国さんは「現政権支持率の『高さ』」の背景に社会の在り方を変革しようとする者の「私たちの敗北」状況があると見る。それゆえの「現在」だと
・いわゆる「リベラル・左派」層には元社民党議員(現民進党議員)の辻元清美に対する「革新」幻想はまだまだ根強く残っているようです(笑止)
・ここでも翁長知事と「翁長与党」(オール沖縄)のダブルスタンダードが沖縄県政を党派的な利害関係を最優先する非民主主義的なものにしています
・ゲート前1000日集会――目取真俊さんのあらたな、そして静かな決意
・72年前の昨日。すなわち、1945年4月1日。米軍が沖縄本島に上陸した。この日から「ありったけの地獄を集めた」沖縄戦は本格化した
・加藤哲郎さん(一橋大学名誉教授)の4月はじめの世界と日本の時局論
キョウ あべないかく2
「未来のための公共」主催の国会前抗議集会

Blog「みずき」:この国は「正気を失いつつある」のではなく、すでに「正気を失っている」、と私は思う。下記のピックアップしたコメントの中でも私が特に取り上げておきたいと思うのは「北京老学生・日本から台湾へ」ブログ主の「最近では、安倍首相を批判する人たちの一部が、どういうわけか『頑張れ、籠池理事長』みたいな感じになってしまったのが、奇妙である」というコメントである。「革新」が正気を失って、これも久しい。「しんぶん赤旗 元号復活…28年ぶり、1日付紙面から」というのは本日の毎日新聞のニュースのタイトルである。これに異を唱えない共産党員、それも教授と名のつく共産党員の多さに私は言葉を失う。同党は集団的な転向者によって支えられる「正気を完全に喪失した」政党に成り下がってしまった。共産党は「柔軟路線に転じた」と賞賛されるのではなく、歌を忘れたカナリアの政党として弾劾されなければならない、と私は強く思う。

【山中人間話目次】
・この国は「正気を失いつつある」のではなく、すでに「正気を失っている」、と私は思う――岩月浩二さん、toriiyoshiki‏さん、北京老学生さんのコメントを読んで 
・「いよいよ総転向の仕上げか」という相沢侃さんの日本共産党の右傾化批判
・「頑張れ、籠池理事長」みたいなシュプレヒコールをあげる正気を失っている「未来のための公共」のデモの非革新性
・望月麻紀記者(毎日新聞・東京学芸部)の岩田明子NHK政治部記者批判。こういう同業者からの岩田記者、NHK批判は重要です
・韓国のパク・クネ(朴槿恵)前大統領が本日未明収賄などの疑いで逮捕された
キョウ にほんかいぎ

Blog「みずき」:(1)日本会議系の改憲集会で公明議員が登壇するのは初めてといいます。もちろん、野党第1党の民進党内の超タカ派も登壇しています。「改憲」ではありません。憲法改悪に向けて恐ろしい事態が進行しています。一昨日の28日には共産党も先の日本会議国会議員懇談会副会長で極右の小池百合子都政の一般会計予算に賛成しています。同党が都の予算案に賛成するのは美濃部都政以来39年ぶりのことだといいます。もはや国会に口先だけの憲法改悪反対勢力はいても、真の憲法改悪反対勢力は存在しません。ここでも恐ろしい事態が進行しています。

(2)下記の松崎いたるさんは板橋ホタル館不正問題(ナノ銀除染ニセ科学問題)で共産党中央及び同党東京都委員会、同党板橋区議団と意見が対立し、同党から除籍処分を受けた人です。また、豊島耕一さんは佐賀大学名誉教授(物理学)で日本科学者会議の会員。その人たちまでも菅野完の正体について気づかない。彼らは菅野完が籠池森友学園理事長所有の手紙や写真類を「いっぱい持ってる」のは菅野がジャーナリストだからということではなく、菅野と籠池が単につるんでいるから(そのことひとつを見ても菅野にジャーナリストとしての資質はありません)という難しくもない簡明な推量をなぜ持ちえないのでしょう? さらにそのようにつるみえているのは菅野と籠池が広義の意味で同様の思想、すなわち右翼思想を共有しているからという簡明な推量をなぜ持ちえないのでしょう? 彼らの主張に「正義」の部分はあるとしても、共産党と同様に彼らも右傾化した同党の一員として同党の「右傾化思想」に大きく影響されている/きた、すなわち「右傾化思想」から脱却しえていないからというほかないでしょう。


【山中人間話目次】
・日本会議系の改憲集会に公明党が参入し、野党第1党の民進党も参入している。さらに共産党は同会議系の小池都政与党の姿勢をますます強めるという恐ろしい事態が進行しています
・菅野完評価問題 共産党組織と党員の見る目のなさについて
・谷さんに、全責任を負わせて首相を守ろうとしている夫人(ら)に対し元経産省の職員として腸が煮えくり返る思い
・内野光子さん(歌人、短歌評論家)のアウシュビッツ行とアウシュビッツ考
・「アメリカは70年間、衰退し続けている」——チョムスキーの視点
・辺野古。フロート外で抗議のカヌー拘束――「しぴたい(腰抜け)と笑われたくなければ、怒りを表出することだ。」(目取真俊 )
・北島教行さんの反「日本のハンゲンパツウンドー」論
キョウ かくへいききんしじょうやく
「自分の国に裏切られ、見捨てられた」(国連)

Blog「みずき」:「核兵器を法的に禁止する初めての条約の制定を目指す交渉がニューヨークの国連本部で始まりましたが、アメリカをはじめとする核兵器の保有国は参加せず、唯一の戦争被爆国として核廃絶を訴えてきた日本も参加しないことを表明し、核軍縮をめぐる各国の立場の違いが際立つ形となっています。」(NHKニュース 3月28日)「なんという偽善」(Peace Philosophy Centre FB 2017年3月28日)という怒りの言葉しか私にも思いつきません。以下、カナダ在住の被爆者サーロー節子さん(85)の怒りの声を伝える共同通信の記事と昨日の「核兵器禁止条約」制定に向けての交渉会議(ニューヨーク国連本部)の模様をさまざまなアングルから客観的に伝えるNHKニュースの記事をコピー・アンド・ペーストしておきます。じわじわと怒りが湧き上がってきます。

それにしても、こうした「偽善」を平然と行う安倍政権の支持率が62%もある(日本経済新聞 2017/3/26)日本という国の現実をどうにかして変革しなければなりません。ただし、一言つけ加えておかなければならないでしょう。その変革の道はいわゆる「野党共闘」の道ではありえない、と。沖縄で翁長県政の「裏切り」を支えているのが「オール沖縄」という似非「革新」システム、すなわち、日本共産党や社民党であるという現実を見ればそのことは容易に理解できるのではないか、とは私の強く思うところです。

【山中人間話目次】
・被爆者、日本の不参加批判 核禁止条約で「裏切り」
・鬼原悟さん(「アリの一言」主宰者)の的確、明快な「オール沖縄」批判
・共産、39年ぶり都議会一般会計算案賛成――共産党の右傾化はとどまるところを知らないようです
・これは面白い展開になってきた――政権、籠池氏証言打ち消しに躍起 異例の告発言及
・毎日新聞吉井理記記者の教育勅語」肯定論者批判
・色平哲郎さん(佐久総合病院医師)の「病院で働きながら、ふと感じるプライバシーへの懸念」――患者を「監視」していないか?
キョウ てんのう14

Blog「みずき」:半澤健市さんの天皇家の愛子さん礼賛論を私は悲しく思います。なるほど、愛子さんの卒業記念作文「世界の平和を願って」には「彼女の鋭い感受性」が見られ、「歴史的に事柄を見ようとする知性」が見られる、と私も思います。しかし、いま、世相は、リベラル、左派を含めて「天皇制」という国民主権(主権在民)の理念と思想にまったく反する非民主的制度にはまったく関心を示さず、平和主義者、明仁天皇礼賛の声に満たされています(実態はそうではないことは一例としてこちらをご参照ください)。そうした世論の礼賛の声の中で愛子さんの「自立した精神」をことさらにもてはやすことにどのような意味があるか。「天皇制」という非民主的制度を実態として恒久化してしまう役割しか果たしえないでしょう。

愛子さんの作文には「原爆が何十万人という人の命を奪ったことに、怒りと悲しみを覚えた」という一節がたしかにあります。その愛子さんの「怒りと悲しみ」の対象者には「文章から導かれる論理」として「米大統領や彼女の祖父を含んで」いることもたしかでしょう。だとすれば、彼女の「怒りと悲しみ」は、「何十万人という人の命を奪った」原爆投下の契機となった戦前の日本の軍国主義批判、戦前の「天皇制」批判になぜ向かわないのでしょう。天皇家の一員である以上、天皇や天皇制を批判することはタブーとなっているからです。天皇や天皇制を批判するようには教育は受けてきていないからです。そうした偏頗な教育によって形成されてきた精神のありようを「自立した精神」と賞賛することは正しいことか? 答ははっきりしています。現在のポピュリズムとしての天皇礼賛傾向にさらに掉さすことにしかならないでしょう。半澤さんが当面の日本社会の目標とされている民主主義社会の実現のためにもいま一度再考していただきたいことです。

【山中人間話目次】
・半澤健市さんの愛子さん礼賛論を私は悲しく思います
・「森友学園」問題、政府側の説明は「納得できない」74%と安倍政権支持率62%の乖離をどう読むか
・「どうしてこういう社会になってしまったのか?」という私の問題意識に通じる太田昌国さんの「安倍をここまで増長させてしまったのは、なぜか」という問題認識
・毎日新聞の労働基準法改悪批判。メディアは労働者の生存に関わる労働基準法改悪にもっともっと反対の大きな声をあげるべきでしょう
キョウ うたかいはじめ
宮中歌会始

Blog「みずき」:内野光子さん(歌人、短歌評論家)が昨年8月に雑誌『ユリイカ』に寄稿した「『歌会始』を通して考える『天皇制』」という論をご自身のブログに転載されています。 内野さんはすでに一昨年の12月に同趣旨の論をご自身のブログに掲載していますが、『ユリイカ』論考は同論をさらに発展、展開させたものといえるでしょう。全文は内野さんのブログに当たっていただきたいと思いますが、長文につきここでは現在の歌会始の選者の一人の今野寿美が赤旗歌壇の選者になった経緯について触れているパラグラフのみをご紹介させていただくことにします。内野さんの共産党、赤旗批判の要旨がおわかりいただけるものと思います。重要な指摘だと私は思います。

『こうした歌壇の大きな流れのなかで、私は、最近、一つの事件に遭遇した。それに連なるもろもろのことに共通して見えてくるものは、やはり国家権力の文芸への介入を受忍する、民主主義の衰退であった。二〇一五年一二月、現在の歌会始選者の一人今野寿美が二〇一六年から『赤旗』の歌壇選者になるという記事であった(『赤旗』12月28日)。今野寿美の思想の自由、『赤旗』の編集の自由だといって、片づけられる問題なのだろうか。今野の選者としての歌会始の自身の作品と『赤旗』歌壇の選歌の結果を比べてみてほしい。明らかにダブルスタンダード的な要素が伺える。『赤旗』歌壇の選者を務めたことのある歌人の「なんかおかしい、今野さんの選歌は、明らかに『赤旗』におもねすぎている」との感想は聞いていたが、この件についての論評は、今のところ見当たらない。だが、これには、前触れがあった。一九四七年以来、七〇年近きにわたって、「玉座」から天皇の「おことば」が述べられている国会開会式には参加していなかった日本共産党が、二〇一五年のクリスマス・イブに、二〇一六年の通常国会から出席すると発表したのだった。そのために開かれた記者会見の模様を、『赤旗』より詳しく報道したのが『産経新聞』であった(一二月二五日)。「共産党、国会開会式に出席へ 天皇陛下御臨席に反対方針を転換「アレルギー」払拭へ」の見出しで、共産党は安全保障関連法の廃止を求める野党連立政権「国民連合政府」構想を提案しており、従来の対応を変えることで他党に根強い「共産党アレルギー」を払拭する狙いがあるとみられる、と報じた。ちなみに、「朝日新聞デジタル(12月24日12時49分)」では、「共産党が通常国会開会式へ 党として初、野党と同調」の見出しで、これまで天皇陛下の出席を理由に欠席してきたが、方針を転換した。開会式に出ている他の野党と足並みをそろえることで、来夏の参院選での共闘へ環境を整える狙いがある、とした。

さらにさかのぼれば、二〇〇四年の新綱領、昨二〇一五年一〇月の「日米安保条約廃案一時凍結」の発表で、野党共闘、アレルギー払拭をめざし、一枚一枚、たけのこのように、皮をはいで行って、残るものは何なのだろう。そういう流れのなかで、一見、寛容で、ウイングを広げたかのような『赤旗』紙面への著名歌人の登場、歌会始選者の『赤旗』歌壇への起用であったのである。だが、一方、歌人に限らず、いささかでも異を唱える者の排除や無視という非民主的な要素、開かれた議論の場を想定しがたい状況が、蔓延しているのではないかが懸念される。思想の自由、表現の自由を守ることの難しさを痛感するのである。歌壇に限って言えば、そんな風潮を早くよりキャッチし、警鐘を鳴らし続けている歌人もいる。そして、二〇一六年の年末になって、佐藤通雅は、拙著3冊をあげて「果敢にタブーに踏み込んだこれだけの作業を、見て見ぬふりをいいのかと義憤の念にかられて、私はいくつかの文章を書いてきた」との論考が発表された。拙著で述べた「天皇・皇后の被災地訪問は、政府や企業あるいは自治体の被災地・被災者対策の不備を補完する役割」とすることについて、佐藤は、「補完の域を脱した、内部からの抵抗を感じることが何度もある」「為政者への無言の異議申し立て」であると、私の考えとの違いをも踏まえ、「いずれにしても、選者になったとたん黙して語らないのも、周りが見て見ぬふりをするのも不健全にはかわりはない。タブーはもう脱ぎ捨てて、さまざまな角度から意見を出し合い、問題を共有していくことを私は望んでいる」と結論付けた(「歌の遠近術12短歌と天皇制への視点」『短歌往来』二〇一五年一二月)。しがらみのない、インターネットの世界から巣立つ歌人たちにも、ぜひ、歴史から学び、聖域やタブーをつくらない議論の場を構築し、こまやかな感性とゆたかな感情を大切にしてほしい、と願う。』


【山中人間話目次】
・「歌会始」を通して「天皇制」と「共産党の右傾化」問題を考える――内野光子さん(歌人、短歌評論家)
・辺野古移設――翁長知事、埋め立て承認処分「撤回」を初明言。しかし、「撤回」の時期は明言していない
・醍醐聰さん(東大名誉教授)の安倍夫人付き政府職員発のFAXは安倍首相退陣の決定的な証拠となるという指摘
・安倍首相夫人の昭恵氏のフェイスブック上の釈明文は「官僚の手になる代筆」という3人の論者の指摘
・フランスの左派系メディア『リベラシオン』の森友学園事件報道
・オバマケア代替法案撤回へ。2回目の大統領令の執行停止という2か所の裁判所での敗北に続くトランプ政権のさらなる窮地
・「パン屋」では美しくないのか。これが安倍内閣のめざす「美しい国」の道徳。ほんとうに「終わってる」としかいいようがない。
・永井荷風ノ散歩道 万年床の書斎兼寝室兼居間(写真7枚)
キョウ かんのかん5
日本の民主主義を殺しているのはどちらか?

Blog「みずき」:青木理さんの「理の眼」。右派団体・日本会議を取材してきたのはただ菅野完ばかりではありません。「左派・リベラル」が無暗にスターをつくりたがるから菅野完の右翼的体質も見抜けず、「森友学園」問題に関しての菅野・籠池の右翼・新右翼コンビのコラボとしての「左翼取り込み」の詭計も見抜けないのです。以下は、「菅野完著『日本会議の研究』の研究――ついに菅野完氏の正体が明らかになった」という論説の一節。

「ついに菅野完氏の正体が明らかになりました。菅野氏がネット上で4月30日に上記第1の投稿をしていた事実を私は今日、はじめて知りました。私の研究不足でした。上記第1によれば菅野完氏は「民族派」だそうです。菅野氏は「私は、雅春先生が大好きです。心酔している」「雅春先生のご事蹟は、日本の誇る霊的指導者」と述べ、谷口雅春氏を絶賛しています。どうりで菅野氏のツイッターでの発言は、平和憲法を否定したり、憲法を否定する「反憲学連」の元議長の死に対して丁重にお悔やみを述べていたりして、変な人だなと思っていましたが、これですべての謎が解けました。『日本会議の研究』では立憲主義を破壊する安倍政権を批判する記述や日本会議の政治運動によってもたらされる民主主義の危機を訴える記述などがあって、まるで憲法擁護派のような立ち位置で書かれていましたが、正体は全く違っていて、彼はバリバリの谷口雅春派でした。

それにしても、そんなに谷口雅春氏に心酔しているなら、菅野氏自身、自分が谷口雅春派の民族派である事実を、『日本会議の研究』の中で明らかにしたうえで本書を出版するべきではなかったでしょうか。ところが彼は正体を隠して、読者を騙して出版したわけです。菅野氏に言わせれば、本書出版日とほぼ同じころに上記第1の投稿をネットでしていたから自分の正体はすでに明らかにしていたということなのかもしれませんが、ネットで書いていても圧倒的多数の読者は気がつきませんし読みませんし、私自身、今日初めて知りました。菅野氏は『日本会議の研究』の中で自分の正体を明らかにするということが決定的に重要だったと思いますが彼はそれをしませんでした。しかも彼は自分の経歴も学歴も、本名も(?)明らかにしてはいませんでしたし、いまもそうです。そうやって菅野氏は自分は谷口雅春氏に心酔している民族派である正体を隠して、読者を騙して、13万部以上(?)の売上げで多額の利益を得ておきながら、一方で、菅野氏は次のように述べて、谷口雅春氏を信奉している事実を明かさずに政治運動を続けてきた「安東さん界隈」を痛烈に批判するというのは、完全に矛盾しているのではないでしょうか。谷口雅春氏に心酔している人間のレベルがこれ一つみても、よく解りますね」


【山中人間話目次】
・菅野完を英雄視するリベラル・左派必見――「ついに菅野完氏の正体が明らかになった
・青木理さんの「理の眼」。右派団体・日本会議を取材してきたのはただ菅野完ばかりではありません
・郷原信郎弁護士の籠池氏への自民党の"反対尋問"(証人喚問)は容易ではないという論。郷原弁護士はどうやら安倍政権側の完敗を予想しているようです
・醍醐聰さん(東大名誉教授)の籠池・森友学園理事長証人喚問問題連続論評
・こんな確かめようもない情報をデマというのです。「検察関係者から聞いた」云々とはデマ発信の常套句でもあります
・「治安維持法は司法が『育ての親』だった」という内田博文さん(神戸学院大学教授)の共謀罪法案批判の視点
・「共謀罪」は「共謀罪」と書き続けるという。朝日新聞のジャーナリズムとしての「見識」はかすかでも残っているようです
・トランプ政権の「苦境」を伝える報道2つ

キョウ てんのうとりまとめ
天皇退位に関するとりまとめ提出

Blog「みずき」:内野光子さん(歌人、短歌評論家)が「天皇の退位」に関する衆参両院正副議長の「とりまとめ」をめぐって共産党がその「とりまとめ」の大部分について反対意見を述べながら結局「合意」した政党としての不見識と論理の不整合(一貫性のなさ)の問題性を問うています。その点と内野さんの原武史氏の朝日新聞インタビュー発言評価に絞って同論考の要点をご紹介させていただこうと思います。内野さんの「(共産党は)憲法上の疑義がある「とりまとめ」に、こうした意見を付すくらいなら、なぜ反対しなかったのだろうと。もっとも、このブログでも何回か記事にしているように、共産党は、天皇制へのスタンスを、確実に転換したのにもかかわらず、きちんとした説明責任を果たさないまま、ポピュリズムへと雪崩れていく姿に戸惑い、驚いている」という発言には強い重みがあります。全文は内野さんのブログでお読みください。


【山中人間話目次】
・内野光子さん(歌人、短歌評論家)の「天皇の退位」に関する衆参両院正副議長の「とりまとめ」をめぐる共産党の行動と論理の不整合批判
・醍醐聰さん(東大名誉教授)の政局評――籠池氏に限らず、迫田英典氏、安倍昭恵氏、松井大阪府知事も証人喚問を
・水島朝穂さん(早大教授・憲法学)の「ヴァンゼー会議の75周年――トランプ政権発足の日」
・トランプの国防費増と保護主義。不気味な未消化感のようなものがある。不吉な予兆のようなものがある。愚者が世界を翻弄するときのおぞましさがある。
キョウ なかざわけいキョウ かねひらしげき
中沢けいさん(左)と金平茂紀さん

Blog「みずき」:昨日は「菅野完現象」(籠池・森友学園理事長の単独インタビューに成功した菅野完を英雄視する傾向)があまりにひどかったので警告の意味でそのことについて数本の記事を費やすことになりましたが(「今日の言葉 ――たったひとつの特ダネをとった程度のことで菅野完という「新右翼」を英雄視するかのようなリベラルの賞賛が続いています。そのリベラルの志向がこの国をポピュリズムと戦争の道へと導いていくのです。 」参照)、常識的な見方が出てきました。籠池・菅野の右翼・新右翼コンビ(菅野と籠池は結託しているという指摘があります。左記記事参照)のコラボの「左翼取り込み」の「戦略」ともいうべき詭計に欺かれてはならないでしょう。

【山中人間話目次】
・籠池証人喚問問題――籠池・菅野の右翼・新右翼コンビのコラボの「左翼取り込み」の「戦略」ともいうべき詭計に欺かれてはならない
・中沢けい(作家)、金平茂紀(テレビキャスター)などリベラル・左派の情勢読解リテラシーの欠如を憂う
・「小泉語」を歓迎する風潮は根を張り、時代状況は危機的様相をさらに深めている。安倍の「敵失」は十分に生かしつつ、こんな時代の底流に目を凝らしたい
・また、「未来のための公共」(新シールズ)なる「若さ」を売りにする「民主勢力」の無定見な「社会変革」ゴッコが始まった
・山城さんの第一回公判後に保釈が地裁で認められたが、検察の抗告はあの多見谷裁判長らの高裁那覇支部が判断する。予断は許さない
・辺見庸 <こころの時代> 「父を問う」~いまと未来を知るために~(動画)
キョウ すがのたもつ2

Blog「みずき」:田中宏和(「世に倦む日日」ブログ主宰者)の菅野完批判と共産党批判。菅野完を「新右翼」と認定するところ、「共産党に情報を収集分析する力がなくなった」。「共産党が劣化し、ただの野党になった」と認定するところは私の認識とも重なります。標題が私の言いたいことのアルファであり、オメガ(ΑΩ)です。ここでは具体例は書きません。下記の今日の「山中人間話」の一連の記事と合わせて読んでいただければ幸いです。続き物としてというか一本の流れの中で書いています(その中に具体例も出てきます)。私は私の言う「菅野完現象」を身の毛のよだつ思いで見ているのです。 

『籠池泰典は、事件発覚のあと、ずっと生き残りのために駆け引きを続け、突っ張りながら着地点を計っていたと思われるが、官邸とのパイプで交渉役の弁護人の態度を見て、官邸と維新が蜥蜴の尻尾切りに来ているのを察知し、代理人を菅野完に切り替えたのである。反安倍(左翼)を味方に取り込み、擬似的に「正義の味方」の表象を得、国民世論の追い風を受ける立場を仮構して、官邸と再交渉に出たのだ。菅野完は、そういう「左翼取り込み」の「戦略」を籠池泰典に提案したのだろう。新右翼の菅野完らしい。籠池泰典はそれに乗った。16日の豊中の私邸前の映像は異様としか言いようがない。あの場所は、旗棹地の区画になっている玄関前のアプローチで、籠池宅の敷地(庭先)だろうが、籠池泰典がこれまで悪魔として呪ってきた左翼(共産党と社民党)と仲よく写真に収まり、安倍晋三を追及するぞと気勢を上げてマスコミに絵を撮らせている。有印私文書偽造で公金を詐取し、カルト教育で児童虐待をしてきた右翼の悪党が、いきなり反安倍のシンボル・キャラクターに化学変化した。小池晃と福島瑞穂と森裕子は、雁首並べていそいそと大阪まで出向き、籠池泰典の反共教育の持論を拝聴し、籠池泰典を「正義の味方」にイメージチェンジする記念写真を撮影、手ぶらで帰京した。籠池泰典に利用され、籠池泰典に振り回されている。正直なところ、目を覆いたくない気分だ。この事件の発生以降、共産党はずっと渦中にある猛毒の右翼に利用されている。口利き実行犯の鴻池祥肇に道具にされ、鴻池祥肇が自らを上手に免責して逃げる政治工作を手伝わされた。』

『共産党も民進党も、疑惑を解明する独自の調査能力が全くない。情報を収集分析する力がない。一つ一つ事実を積み上げ、事件の構図を正確に描いて説明しようとせず、犯罪行為や違法行為のカタログを整理して関係者の法的責任リストを確定させず、足を使って(諜報努力をして)証拠を集めようとしない。民進党の議員にその能力がないのは理解できるが、共産党がそれをできないのはどうしてだろう。不思議だ。それができるのが共産党だった。共産党のエクセレンスと存在感はそこにあった。だから共産党は優秀な党であり、どれほど議席は少数であっても国民の信頼と期待を集め得た。支配層と右翼反動から恐れられた。単に正義の党であるだけでなく、実力のある党だった。「確かな野党」という意味は、何でも反対という意味ではなく、不正を明らかにする実力を持った党という意味だ。共産党がこの事件に本気で食いついていない。共産党だけでなく、左翼のジャーナリストがそれをしていない。単に事件を煽って騒いでいるだけで、安倍晋三の支持率を落とすことだけが念頭にあり、政治的動機だけで表面的に追いかけている。だから、菅野完に主導権を握られるのであり、右と左をバンク切り換えする菅野完の狡猾な手品と口舌に揺さぶられ、籠池泰典をロンダリングする手伝いをさせられ、籠池泰典を反安倍の英雄として喝采する倒錯に陥るのである。共産党が言論をリードしていない。共産党に意志と能力がなくなった。共産党が劣化し、ただの野党になった。残念だ。』


【山中人間話目次】
・「世に倦む日日」ブログ主宰者の菅野完批判と共産党批判。菅野完を「新右翼」と認定するところは私の認識とも重なります
・いまの「リベラル」なるものの現状と「菅野完現象」について
・籠池証人喚問では「安倍首相からの100万円」と題された菅野完の本日‏付けの記事にあげられている「物証」の証拠性が議論されることになるでしょう
・内藤正典さんの「リベラル=寛容」ではないという指摘(1)
・内藤正典さんの「リベラル=寛容」ではないという指摘(2)
・郷原信郎弁護士の「籠池氏証人喚問は、自民党にとって『危険な賭け』」という読み
・籠池理事長が「安倍首相の寄付金も含まれている」と証言した際の映像
・辺見庸のETV「こころの時代」、副題「父を問う――いまと未来を知るために」(出演:作家・辺見庸&小さな犬)の再放送案内
・辺見庸・目取真俊対談――「沖縄を語る」
キョウ いまじ 

Blog「みずき」:しんぶん赤旗の3日前(13日付)の記事に「安倍首相主導・国家戦略特区で無理やり新設-52年ぶりの獣医学部 「加計学園」が計画 愛媛-37億円の土地無償提供・補助金64億円」という記事があります。第2の「森友学園」問題といわれる現在愛媛県今治市で進行している「加計学園」問題の問題点をかなり詳細に明らかにしているもので十分に読み応えのある記事といってよいものですが、同記事で批判している加計学園に対する「37億円の土地無償提供・補助金64億円」の補助金支出に関わる今治市の一般会計補正予算を同市議会の共産党議員も賛成している事実についてはなにも触れていません。 同市議会で共産党議員も賛成して加計学園への大学立地事業費補助金を含む補正予算を可決していることは下記の第2回今治市議会定例会(平成29年3月3日)の「議決事件一覧表」を見れば明らかです(「全会一致」となっています)。言っていることとすることが違う端的な事例と見てよいでしょう。共産党には加計学園問題を批判する資格さえないといわなければらないのです。いかに日本共産党が全国的規模で甚だしく劣化しているか、をこの事例はよく示しています。

【山中人間話目次】
・「加計学園」問題に対する赤旗の批判記事と現地の今治市議会で共産党議員が「補助金」支出に賛成していることの落差
・菅野氏の自宅前にたかって囲み取材してる記者クラブメディア、これみんな芸能レポーターでなく報道関係者ですよ。情けないっちゅーかゴミですね
・「(国の設定・予想する)土俵で争うことは、昨年の「承認取り消し」の二の舞いです。いま撤回しなければ、ほんとうに取り返しがつかないことになってしまいます-アリの一言 2017年03月16日
・沖縄在住で脚本家の宮城康博さんも翁長県政と翁長県政の「絶対礼賛者」に成り下がっているオール沖縄を指弾しています
・翁長沖縄県知事は早くも鬼原悟さん(「アリの一言」主宰者)の指摘する「(国の設定・予想する)土俵で争う」ことを表明
・金平茂紀さん(TBS「報道特集」キャスター)が「降板の危機‼︎」にあるという
・ハワイ州の連邦地方裁判所が中東とアフリカの6か国の人の入国を制限するトランプの新たな大統領令についても全米で執行停止を命じる仮処分決定