キョウ あべちへい2

Blog「みずき」:阿部治平さん(青海省青海師範大学講師など歴任。中国在住歴11年)の今回の論をどのように評価すべきか。阿部さんという歯に衣を着せない正統派の革新の論客をしても、「現実」という定点のとりようによっては相貌も七変化するロジックに欺かれ、搦めとられてしまうのか? 阿部さんはいま、「現実に自衛隊が存在する」というロジックに搦めとられて9条改憲論を唱える新9条論者の改憲思想の地平まで退行しようとしているように私には見えます。阿部さん。日本にいま現に「自衛隊が存在する」ことが現実であるならば、憲法に「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」という第9条の条文が歴としてあることもまたまぎれもない現実です。物理的な現実だけでなく、理念的な現実というものもあるのです。問題は、われわれはどちらの「現実」を選択するか。どちらの「現実」を選択することが日本の恒久平和のために有益か、ということでしょう。自民党という政権が続いているという結局のところ政争の結果でしかない「現実」なるものに搦めとられてしまう愚は避けたいものです。私たちはそうして戦後70年間を闘い続けてきたのではありませんか?

【山中人間話目次】
・阿部治平さんという歯に衣を着せない正統派の革新の論客をしても、「現実」という定点のとりようによっては相貌も七変化するロジックに欺かれ、搦めとられてしまうのか?
・「日韓合意」を「問題解決に向けての前進」などと評価し、いまなお反省の表明をしていない日本共産党の非見識がいま改めて問われている――「最終的合意」に難色=慰安婦問題で韓国補佐官:時事ドットコム
・ここ数日来評判になっている「検証 民進分裂」(上・中・下)という朝日新聞記事のソース元はイエロー・ジャーナリストの上杉隆だったという論証(推測)記事
・「昭和天皇誤導事件」のときも天皇の乗る車両を先導していた警部の1人が責任を取って自決している。おそらく今回の「謝罪」はニッポン人の「切腹」の習慣と関係がある
・高林敏之さん(アフリカ国際関係史研究者)によるジンバブウェ・ムガベ大統領辞任問題最新情報と解説。大変参考になります
・2013年度の国連の指摘ですが、「日本の最低賃金は最低生存水準を下回っている」。いまはさらに下回っているのではないか?
キョウ しもつき26

Blog「みずき」:『奄美群島での奉迎風景を見て、原敬が皇太子の行啓に先立ち山陰を訪れた1907年5月16日の日記を思い出した。「人民の歓迎最も盛んにして殊に甚しきは両手を合せて余を拝するものあり。途上に土下座する者あり。内閣員に対してすら此くの如き次第なれば殿下の行啓に際しては其情況想ふべし」』

上記は、原武史(放送大学教授・日本政治思想史)の天皇夫妻の16日、17日両日の奄美群島行風景を見て、ふと思いだした感想である。私もこの風景をビデオで見た。島の老女が天皇夫妻の渡島に感涙に咽んでいた。いつもながらの庶民なるものの風景であった。

内田隆三(社会学者)は天皇制の問題を「路地」の視点から小説化しようとした中上健次の死にふれて、天皇制とは、この国の「恐るべき内閉性」の問題だと書いている。その「内閉性」の問題のひとつに島の老女のような涙があろう。しかし、この問題は、「まだ十分に開示され」ているとはいえない。その問題を解くのはこれからの課題である。その課題を解き終えたとき、新しい民主主義の地平も生まれよう。

『天皇について論じることは、知らず知らずのうちにある歴史=物語の内部に誘われることである。それは天皇についての言説の宙空に吸いこまれ、その言説に固有の歴史にのめり込んでいく危険を伴っている。実際、天皇というより、記紀以来延々と続く天皇についての言説の拘束力のほうが重大な問題をふくんでいる。すなわち「日本人を呪縛する天皇制」というよりも、「日本人は天皇制論議に呪縛されている」と言うほうがより事実に近いのである。しかしながら、天皇の存在と天皇についての言説を分離できないことも事実である。考えてみれば、天皇の呪縛と天皇についての言説の呪縛とが等価であるような位相に、むしろ天皇という存在の実質があるのではないだろうか。天皇の存在は天皇についての言葉から不可分であり、その意味で天皇とは、天皇による統治の言葉に従属する普通の対象ではない。それはこの国の「自然」を生成させながら、それ自身は「自然」に属すことを逃れている何かなのである。天皇による統治の言葉から抜け出すことが可能だとしても、その試みが天皇の言葉を異貌の次元でだが模擬し、どこかでそれに似てくるのだとすれば、この恐るべき内閉性はどのように考えたらいいのだろうか。もちろん結論はまだ早すぎるのかもしれない。場所(=トポス)の言葉、日の光が沁みる言葉、雨に濡れて緑色に輝く言葉の世界は、まだ十分に開示されたとはいえないからである。だが残念なことに、中上はもうその冒険の場所(=トポス)を去ってしまったのである。』(内田隆三『国土論』2002)


【山中人間話目次】
・原武史(放送大学教授・日本政治思想史)の天皇夫妻の奄美群島行風景を見て、ふと思いだした感想である。私もこの風景をビデオで見た。島の老女が天皇夫妻の渡島に感涙に咽んでいた。いつもながらの庶民なるものの風景であった
・浅井基文さん(元外交官、政治学者)の紹介する「『朴槿恵弾劾』が市民が選んだ歴史的事件第2位に…では第1位とは?」というハンギョレ日本語版記事(2017年11月14日付)から学ぶこと
・朝日新聞の「ロシア革命100年」と題された不破哲三日本共産党前議長インタビュー。このインタビューではなぜか不破哲三著「レーニンと『資本論』第5巻、一九一七年『国家と革命』」(新日本出版社、2000.2)」にはあったレーニン批判は消えている
・横浜事件裁判は終わっていない。終わらせてはいけない。これだけ有意な弁護士たちが志を貫徹している以上、裁判は必ず勝訴すると信じている
・言葉を失う地平で考え続けるということ。生きるとは結局そういうことではないか。そういう作家をしか私は信用しない
・「私」の翁長県知事批判の重要性について
・李信恵さんの損害賠償請求訴訟勝訴。もうひとつの視点から問題点を考える
キョウ きょうさんとう35

Blog「みずき」:渡辺輝人弁護士の「息子とはいえ、他人」(人権は個々人にある)という視点はとても重要です。28年前の宮崎勤事件のときもこの「犯罪者家族責任」論とその論を大方が肯定する社会的風潮が宮崎の父親を自殺にまで追い詰めたのでした。日本社会はこうした前近代的な「家族」観からいい加減に卒業すべきでしょう。ここでも日本共産党は社会主義云々以前の問題として自らの政党が民主主義の理念すら理解していない前近代的な政党でしかないことを自白したようなものです。その党のいう「民主主義的中央集権制」とはなにか? 民主主義にほど遠いものであることだけはたしかだといえるでしょう。

注:この問題については柄谷行人(文芸評論家・哲学者)が『倫理21』(平凡社 2000年)という著書の第1章「親の責任を問う日本の特殊性」という論でカントの「批判論」(『純粋理性批判』、『実践理性批判』、『判断力批判』の三批判書)から説き起こして「犯罪者家族責任」論が成立しえないことを論理的に明らかにしています。柄谷行人にしてはわかりやすく平明な論です。17年前、私はこの論を読んで目を開かされました。

【山中人間話目次】
・最近の左翼・市民団体の右傾化スケッチ(小景編)39 ――共産党は社会主義云々以前の問題として前近代的な政党でしかないということ。または、渡辺輝人弁護士の「息子とはいえ、他人」(人権は個々人にある)という視点の重要性
・保立道久(歴史学者)の「(「議会制民主主義はもう機能していない」という論を)最初に明瞭かつ暴力的に主張したのが全共闘運動であり、それが今も現代思想のベースにある」という認識は正しいか?
・11月14日付の毎日新聞に掲載された内田樹(思想家)の我田引水の小選挙区制批判論の当を得た批判になりえていると思います――小選挙区制に八つ当たりして失敗の責任を転嫁する内田樹と中野晃一 世に倦む日日
・TPP11「大筋合意」の真実――大筋合意とは交渉が決裂した項目は外して、合意できた部分だけをもって合意を偽装する姑息な用語でしかない(東京大学教授 鈴木宣弘)
・またまた、翁長知事の沖縄県民の怒りをガス抜きさせるためのマヌーバー(策略)か? しかし、翁長知事が県民の凄まじい怒りに追い詰められていることは確かでしょう
・そうだとしても、中国の不当な圧力に抗議もせず、やすやすと従った安倍政権には渡りに船としてその圧力を逆に利用しようとする思惑があったのではないか――平和大使演説、圧力は中国 日本の被害強調嫌う? 政府、他国の同調恐れ見送り(西日本新聞)
キョウ うちのみつこ3

Blog「みずき」:内野光子さん(歌人、短歌評論家)の国立歴史民俗博物館に「<1968> 無数の問いの噴出の時代」という企画展を観に行った感想。私がいつも内野さんの文章を読んで共感を抱くのは内野さんの「人を見る」内省的な眼です。今回も内野さんは以下のような感想を書いています。「苦悩をしているふりをしながら、陽のあたる場所を歩いている人」とは誰か。「『元活動家』を売りにしている人」とは誰のことか。その内野さんの「見る目」の底には煮えたぎるような憤りが詰まっているに違いありません。

『最も関心のあった第2部は、東大と日大の闘争に焦点を当てた内容であった。東大は、医学部学生の処分問題が発端であったし、日大は、20億円の不正経理の発覚が端緒となった。首都圏や地方の大学も、各々独自の問題を抱えていたことがわかる。.大学管理だけがきつくなってゆく中、二大学の闘争の激化は、管理者との攻防という枠を超えて、周辺の市民たちにも大きな影響を与え、先行していたべ平連の運動や各地での同時多発的な住民運動と無関係ではありえなかったこともわかる。ただ、学生運動の一部は、突出した過激な闘争となり、内ゲバも激化、1970年6月には安保条約が自動延長になるなどすると、住民運動や市民運動は、多様化するが、個別の運動となっていくような沈静化みられるようになった、と私には感じた。

しかし、この時代の運動を担った世代の人々が、現在に至るまで、ジャーナリストになったり、出版社を自力で興したり、あるいは教職についたり、地域の住民運動のリーダーになったりして、独自の道を歩んできた人に出会ったりすると、旧友と再会したような気分にもなる。その一方で、見事に企業人になり切った人、ここまで変節・変貌できるのかと思える人、何かはっきりしないけれど、あるいは苦悩をしているふりをしながら、陽のあたる場所を歩いている人、「元活動家」を売りにしている人と様々だが、かける言葉を失う。持続し、継承することの難しさを痛感してしまう。』
 

【山中人間話目次】
・内野光子さん(歌人、短歌評論家)の国立歴史民俗博物館に「<1968> 無数の問いの噴出の時代」という企画展を観に行った感想。私がいつも内野さんの文章を読んで共感を抱くのは内野さんの「人を見る」内省的な眼です
・これまで翁長知事礼賛を続けてきたオール沖縄に変化が生まれる予兆か? ダイナミックな変化を期待したい――山城議長、知事を批判 新基地資材海運認可で
・辺野古基地建設・辺野古埋め立て反対運動にはこうした国際的な熱い支持がある――『辺野古基地建設反対のバナーに「I love fighters」とパレスチナのイヤード・ブルナートさんが支援のサインをしてくれました
・ロシア革命100年 若者に増える“革命肯定 ” NHKニュース  2017年11月7日
・ロシア革命100年。改めて「インターナショナル」(革命歌)を聴く。以下のワンシーンは映画「レッズ」から。背景に「インターナショナル」が流れている
・原武史の安藤礼二『折口信夫』書評。中学生のとき国語の教科書で釈迢空に出会って以来、折口信夫は私にとってもずっと謎の人である。長い間書架に眠っている『死者の書』 も読み解けずにいるままだ
ハンナ・アーレントと母

Blog「みずき」:辺見庸の読書感想は続く。「見なれ聞きなれて」いる言葉だが「あらためて、ふるえるべきだ」という。そうだ。私たちはいま、おのれの感性を総動員して「倦怠」の底にある闇の深さを思うべきであろう。あるいは知るべきであろう。1919年のとある日、ハンナ・アレントの母マルタは娘に向かって叫んだ。「よく注意しなさい、これは歴史的瞬間です!」。母の叫びは娘の記憶に残った。

『「日本はすでに戦争の〈前史〉を歩んでいる」「世界」12月号の笠原十九司さんインタビューに深く同感。タイトルは「戦争の〈前史〉と〈前夜〉」。戦争にはかならず〈前史〉と〈前夜〉があり、〈前夜〉までくると、戦争阻止は不可能。これはかれの近著『日中戦争全史』上下巻にもくわしいが、インタビューは要点をうまくまとめている。笠原氏は「政権中枢が南京事件などの史実を否定する歴史修正主義に染まっていることの異常性については、どれほど強調しても強調したりない・・・」とかたり、この歴史修正主義は、政権中枢からジャーナリズム、教育分野にかくだい、中国・北朝鮮脅威論をあおりたてていると指摘。笠原氏の結論は「日本はすでに戦争の〈前史〉を歩んでいる」で、戦争回避が不可能となる〈前夜〉になるまえに手をうたないとたいへんなことになる、と言う。必読!』(辺見庸「日録」2017年11月08日)

『笠原十九司さんは「安倍政権は、確実に、日中戦争に至ったかつての道を再び歩んでいると思います」と断言する(「世界」12月号)。安倍ー歴史修正主義ー憲法破壊ー戦争・・・の、ことばのならびは、もう倦怠をさそうほどに、見なれ聞きなれてはいる。だが、わたしは戦慄すべきだ。なんどでも戦慄すべきだ。あらためて、ふるえるべきだ。あしもとのリアルな戦争〈前史〉を見つめるべきだ。(同上 2017年11月09日)


【山中人間話目次】
・「日本はすでに戦争の〈前史〉を歩んでいる」。 「世界」12月号の笠原十九司さんインタビューに深く同感――辺見庸「日録」2017年11月08日付から
・辺見庸の読書感想は続く。「見なれ聞きなれて」いる言葉だが「あらためて、ふるえるべきだ」という。ハンナ・アレントの母マルタは娘に向かって叫んだ。「よく注意しなさい、これは歴史的瞬間です!」
・重要な指摘が続きます。鬼原悟「天皇明仁とトランプ大統領の危険な会話」(アリの一言 2017年11月09日)から
・トランプ大統領があからさまに米国製の武器の購入増を要求―― 死の商人トランプと「トランプの忠実な手下役を演じる」安倍晋三(1) ニュース・ワーカー2 2017年11月08日
・トランプ大統領があからさまに米国製の武器の購入増を要求―― 死の商人トランプと「トランプの忠実な手下役を演じる」安倍晋三(2) アリの一言 2017年11月07日
・トランプ大統領があからさまに米国製の武器の購入増を要求―― 死の商人トランプと「トランプの忠実な手下役を演じる」安倍晋三(3) Everyone says I love you ! 2017年11月07日
・トランプ大統領があからさまに米国製の武器の購入増を要求―― 死の商人トランプと「トランプの忠実な手下役を演じる」安倍晋三(4) ワシントンポスト記事
・トランプ大統領があからさまに米国製の武器の購入増を要求―― 死の商人トランプと「トランプの忠実な手下役を演じる」安倍晋三(5) NHKの海外記事紹介
キョウ しもつき8

Blog「みずき」:太田昌国さん(評論家)が東京タワーの展示室で開かれていた「山本作兵衛原画展」を観に行ってたまたま天皇・皇后と出くわした友人の話を書いている。「どこからともなくわらわらと大勢の黒い服の男たちが現われ、見る見るうちに会場を制圧した」。「その奥から、天皇・皇后の姿が現われた」、と。この後、太田さんは、筑豊の炭鉱の鉱山労働の様子を描いた山本作兵衛の原画展にまで出かける皇后の関心の広さ(あるいは、目配りのよさ)についての感想を述べた上で、友人の作兵衛画の鑑賞を突然断ち切った皇后なるものの存在について次のように書いている。

『だが、ひとりの人間として――というためには、他の人びととの在り方と隔絶された特権を制度的に享受する立場に立たない、という絶対条件が課せられよう。作兵衛展に出かけるにしても、一般人の鑑賞時間を突然に蹴散らしてでも自分たちの来場が保証されるという特権性に、彼女が聡明で優れた感度の持ち主であれば、気づかぬはずはない。自分たちが外出すれば、厳格極まりない警備体制によって「一般人」が被る多大な迷惑を何千回も現認しているだろうことも、言うを俟たない。「弱者」に対していかに「慈愛に満ちた」言葉を吐こうとも、己の日常は、このように、前者には叶うはずもない、そして人間間の対等・平等な関係性に心を砕くならば自ら持ちたいとも思わないはずの特権に彩られている。その特権は「国家」権力によって担保されている。この「特権」と、自らが放つ温情主義的な「言葉」の落差に、気が狂れるほどの矛盾を感じない秘密を、どう解くか。

凶暴なる国家意志から、まるで切り離されてでもいるかのように浮遊している「慈愛」があるとすれば、それには独特の「役割」が与えられていよう。彼女が幾度も失語症に陥りながらも、皇太子妃と皇后の座を降りようとしなかったのは、自らの特権的な在り方が「日本国家」と「日本民族」に必要だという確信の現われであろう。高山文彦に『ふたり』と題した著書がある(講談社、2015年)。副題は「皇后美智子と石牟礼道子」である。そのふるまいと「言霊」の力に拠って、後者の「みちこ」及び水俣病患者をして心理的にねじ伏せてしまう、前者の「みちこ」のしたたかさをこそ読み取らなければならない、と私は思った。「国民」の自発的隷従(エティエンヌ・ド・ラ・ボエシ)こそが、〈寄生〉階級たる古今東西の君主制が依拠してきている存立根拠に違いない。』(太田昌国FB 2017年11月4日)

石牟礼道子や水俣病患者まで「心理的にねじ伏せてしまう」その力とはなにか。それは「国民」の自発的隷従というものだろう、と。

【山中人間話目次】
・だが、ひとりの人間として――というためには、他の人びととの在り方と隔絶された特権を制度的に享受する立場に立たない、という絶対条件が課せられよう。彼女が聡明で優れた感度の持ち主であれば、気づかぬはずはない。
・金光翔さん(元岩波『世界』編集部員)のフリージャーナリストの安田浩一批判
・毎日新聞の伊藤智永記者(編集委員)は文章上の小細工を弄しながら結局のところ安倍首相を擁護する。こういう詭弁の論を「乾いた笑い」などと言えますか?
・57億円のイバンカ基金への拠出は正しいか――あまりに低賃金のため家族で暮らせない。子どもに月1回会えればいいのがイヴァンカが大事だというワークライフバランスの実態
・しかし、ここにも笑止千万な事態があります。これは弁護士団体すらもなし崩し的に右傾化=保守化(実は総右傾化=保守化と言いたいところ)しているいまのありさま
キョウ しもつき6

Blog「みずき」:加藤周一は天皇制の探求を『記』『紀』の読み込みから始めている。

たとえばこうだ。

『 『記』・『紀』の内容からさかのぼって考えると、地方的な素材には、大きくみて、『記』・『紀』以前に、二つの系統が成立していたようである。出雲系は、カミムスヒ、スサノヲとその子孫(殊にオホナムチすなわち大国主)を主な神とし、大和系は、タカミムスヒ、アマテラスとその子孫を主な神とする。それぞれ出雲および大和の支配者家族の先祖神であったらしい。『記』・『紀』の神代が、その二系統を大和側の立場からまとめた体系であることは、その本文のなかで、両系統の神のつなぎ合わせ方に無理があることや、また『記』・『紀』と『出雲風土記』の記述にくいちがいのあることから、容易に察せられる。』

『 『記』・『紀』が地方的な神々を一箇の体系にまとめようとした原理は、一言でいえば、神代以来の血統による大和朝廷の王権の正統化である。正統化の必要は、『記』・『紀』の編纂を命じたといわれる天武天皇において、殊に大きかったにちがいない。天武帝は激しい王位継承戦争(壬申の乱、672)で勝利したばかりであった。(……)血統以外に王権を正当化する原理は、『記』・『紀』にはみられない。これは「天命」による正統化を重んじた中国の伝統と著しい対照をなす。また血統と関連して、姻戚関係においても、極端な近親結婚をみとめる『記』・『紀』的原則は、独特であって、儒教的中国の風習と大いにちがう。『記』・『紀』の近親結婚は、古代日本の少なくともある時期の慣行を反映していたはずであり、地域的に集中して住む一氏族にとって族外結婚が強制されなかったろうことを想像させる。もしその想像が正しいとすれば、それは日本における地域共同体の著しい閉鎖性を、またしたがって高度の組みこみ性を、支えてきた要因の一つと考えられるかもしれない。』(『日本文学史序説 上』1980年)

その天皇制批判の射程は長い。すなわち、根底的だ。むろん、あの戦争で多くの友を失った経験が彼をそうさせたのだ。


【山中人間話目次】
・加藤周一は天皇制の探求を『記』『紀』の読み込みから始めている。その天皇制批判の射程は長い。すなわち、根底的だ
・こういうときにこそ全労働者は団結し、一団となってゼネスト(闘争)に打って出るべきではないか。なんのための労働組合か。労働者は資本の側に完全にナメラレきっている
・田中宏和さん(「世に倦む日日」ブログ主宰者)の東京新聞の二枚舌を批判――「憲法公布71年 平和主義は壊せない」という文化の日の東京新聞の社説
・こういう政権(安倍政権)はいまからでも大規模な国民運動(韓国の「ロウソク革命」を見よ)で打倒する以外に道はありません
・トランプの朝鮮に対する認識に対して安倍首相が強い影響力を及ぼしているとする韓国・中央日報のワシントン総局長・金玄基(キム・ヒョンギ)のきわめて重要な指摘
・最近の左翼・市民団体の右傾化スケッチ(小景編)36 ――右傾化政党に転落した共産党とかつての小選挙区制論者、山口二郎との共闘とねじれ
・自称「護憲派」は「安倍9条改憲NO!」というまやかしのスローガンの有害性にいい加減に気づくべきではないか
キョウ しもつき5

Blog「みずき」:徐京植『民主主義の廃墟―大量消費の果てに』ハンギョレ 2017.11.03より。徐京植(在日朝鮮人作家、東京経済大学教授・現代アジア思想)は現在の日本の置かれている位置を「『全体主義』の状態とし、「『リベラル派の頽落』が、とうとうこの水位にまで至ったのだ」と日本の現在のリベラル派を強く論難しています。加藤周一が戦後すぐの1946年の時点に「「天皇制を論ず」という論を発表し、天皇制という制度の廃絶を主張していたことを例にあげ、対していまは「安保法制反対などを主張するリベラル派の論客(内田樹)までもが『「天皇主義者に変わった』と宣言した」。「これはフランス革命以来、人類社会が積み上げてきた人権、平等、自由、民主といった普遍的価値にたいする破壊行為ではないか」というのが徐京植の日本のリベラル派(というよりも、内田樹と共産党はいまは蜜月関係にありますからリベラル・左派と表現する方が正確でしょう)批判です。

20年ほど前までは11月3日の「文化の日」には決まって加藤周一や大岡昇平などの正真正銘のリベラルの論客が新聞紙面で論陣を張り、天皇制度と戦争の危険な関わりを説き、平和の重要性を訴えていたのですが、いまの様変わりは甚だしいものがあります。まさに「『リベラル(・左)派の頽落』が、とうとうこの水位にまで至ったのだ」というほかありません。


【山中人間話目次】
・徐京植『民主主義の廃墟―大量消費の果てに』ハンギョレ 2017.11.03より――20年ほど前までは「文化の日」には決まって加藤周一や大岡昇平などの論客が新聞紙面で論陣を張り、天皇制度と戦争の危険な関わりを説き、平和の重要性を訴えていた
・出会いとはそういうものかもしれない。あとから思い出すと私の場合も友というべき人との出会いの日にはいつもいましがた陽光の林の中を通り抜けてきたような透明な風が吹いていた
・9条に自衛隊明記、52%反対 共同通信世論調査。そして 内閣支持率54%に上昇 憲法に自衛隊明記、賛成44% 日経。同じ日の記事と思えん
・猪野亨弁護士(札幌市在住)の「野党支持者が野党に対する期待は憲法9条改憲に反対すること」という指摘は当たり前のことのようですが、とても重要な視点だと思います
・朝日対産経のメディア対決に期待したい――産経新聞コラムのウェブ版、「排他的」見出しに批判次々 朝日新聞
・平安名純代さん(沖縄タイムス米国特約記者)の翁長知事の「言動不一致」批判。平安名さんのペンの力に期待する
・安倍自民党の国会の議席比率による発言権云々などの屁理屈にまったく道理はない
・再び問われる政府の日本人救出の責任 - 高世仁の「諸悪莫作」日記
キョウ かんなづき53

Blog「みずき」:田中宏和さんが本日付の自身のブログに「共産党はなぜ後退したのか - 敗因を分析する」という論を掲載していますが、今回の共産党の総選挙結果分析として当を得た説得力のある優れた論説になっているというのが私の評価です。ツイッターやインターネットをはじめとするSNS界隈では今回の総選挙での共産党の敗因(議席の大幅減。ほぼ半減)を立憲民主党の選挙区での当選を助けるために候補者を降ろした共産党の自己犠牲の結果だとする美談づくりの俗説が流布していますが、田中宏和さんは、それは共産党サイドの自画自賛の謬論にすぎないことをこの8年間(2009年~2017年)の同党の得票率の推移の分析を通して説得的に論証しています。また、「誰も指摘しない問題」としては、しばき隊運動の盛衰と今回の共産党の敗因との関わりを説得的に分析しているのも本論の功績と見てよいものです。

『今回の衆院選で最も大きく惨敗したのは共産党で、議席を21から12へとほぼ半減させる結果となった。2013年から続けてきた党勢拡大が止まり、深刻な後退の局面を迎えている。比例得票数は440万票。ネットやマスコミでは、枝野幸男の立憲民主党に風が吹き、その影響を受けて比例票を奪われたためだという見方が一般的だ。共産党の支持者からは、立憲民主党の選挙区での当選を助けるために候補者を降ろした共産党の自己犠牲は立派だという類の、何やら敗北の真因を直視することから逃避する美談工作的な自画自賛の弁も横溢している。しかし、もし選挙区での候補者を降ろすことが比例区での得票減や議席減に自動的に繋がるのであれば、そもそも共産党の「野党共闘」作戦は最初から自滅の戦略だったということになり、戦略が間違いだったという結論になるだろう。昨年の参院選では全国32の1人区で「野党共闘」を実現させたが、共産党は比例で601万票を得ている。4年前の2013年の参院選での共産党の比例票は515万票で、このときは「野党共闘」はなかった。共産党は単独で全国に候補を立てて戦っている。2016年と2013年の二つの参院選を比較して言えば、「野党共闘」のために選挙区で候補を降ろしたことが、必ずしも比例の得票減を招いた原因だとは即断できない。』

『もう一つ、誰も指摘しない問題だが、しばき隊の関与について論点に上げないわけにはいかない。2013年からの共産党の台頭と党勢伸張は、しばき隊の出現と勢力拡大と二人三脚の関係で、しばき隊運動によって媒介された政治現象と言っても過言ではない。しばき隊はネットと街頭で共産党を強力にサポートし、左翼のデモを流行させてマスコミ報道で公民権を与える活躍を演じた。この間、しばき隊は政治の世界でプラスシンボルの評価を固め、2015年から2016年のSEALDs運動も朝日(テレ朝)や毎日(TBS)が正義の英雄として賛美した。しばき隊は、自らを美称化して「3.11以後の社会運動」と呼んでいる。「3.11以後の社会運動」は、まさしくしばき隊運動のことに他ならないが、この運動の興隆が共産党の党勢を押し上げ、政治のプイレヤーとしての存在感を高める原動力となっていた事実は否定できない。私は、2012年の頃からしばき隊運動(反原連)を批判し、その運動の中身を分析して問題点を抉出する作業を続けてきたが、一貫して言ってきたのは、しばき隊と共産党との関係が嘗ての解同朝田派と社会党との癒着と同じだという主張である。社会暴力を政党の栄養分にして寄生していた問題に他ならない。(略)共産党の党勢拡大の槓桿だったものが桎梏となった。まさに弁証法における反対物への転化を示している。』

【山中人間話目次】
・共産党はなぜ後退したのか - 敗因を分析する(最近の左翼・市民団体の右傾化スケッチ34)
・オール沖縄シンパで朝日新聞記者の谷津憲郎さんが「左折の改憲」という言葉を使っているのであれっと思った
・最近の左翼・市民団体の右傾化スケッチ(小景編。標題を一部改訂)33 ――私は、左派が無用だとは思わないが、こういうメッセージが、くだらない、情けない発信という批判と嘲笑を招くことに気づかないのなら、もうお辞めになった方がいい
・こちらのツイートには批評精神と怒りを感じます。福島みずほのツイートとの違いはそこ。福島みずほのツイートはポピュリズムそのもの、すなわち、怒りは感じられず、大衆迎合のみがある、というのが私の評価です
・山口敬之の「私を訴えた伊藤詩織さんへ」というあまりに卑劣な反論への再反論3本――核心からは逃げ、印象操作と陰謀論で詩織さんを攻撃
・サルトルの民主主義とはなにか、民主主義者とは何者か、あるいは人間とはなにか、という問い
・網野善彦のいう「現代の『無縁』の思想」とはどういうものか。関係はあるのか、ないのか。なぜか、カタルーニャという地のことに思いはゆく
キョウ かんなづき46
濱谷浩「怒りと悲しみの記録」(1960年)

Blog「みずき」:金光翔さん(元岩波『世界』編集部員)が自身のブログで「(主としてリベラル・左派系の)マスコミ(周辺の研究者や書き手)の集団思考・タコツボ化・同質化が進展している」ことを指摘している(「私にも話させて」ブログ 2017年10月21日)。

金さんの論攷は直接的には今般の民進党の実質的な分裂、解体にともなって急拵えされた立憲民主党の体質の旧民進党との本質的な違いのなさ(負の連続性)を指摘するものだが、私はその中でも、「(特に若年世代の)マスコミ批判は嫉妬・ルサンチマンが原因、という言説が、いま、マスコミやリベラル・左派系の界隈で共有化され、公然と表面化しつつある」という金さんの指摘に目がとまった。

金さんは「いま、マスコミで左派ということでいろいろ発言している著名言論人の中には、1990年代から2000年代初頭くらいまでは左翼や市民運動を『ルサンチマン』『怨恨感情』に基づくものとして嘲笑していた者が見られる」とも指摘している。重要な指摘だと思う。現在の左翼やリベラルの劣化はこういうところにも現れている。というよりも、彼ら、彼女たち(思想的には「保守」でしかない)は左翼とリベラルの劣化をこうして主導してきた。そういう者どもがいま、左翼やリベラルを公然と僭称し、これまでのいわゆる左翼、市民運動がそれを無批判に許容してきたところにいまの彼ら、彼女たちの増長があり、凄まじいまでの左翼とリベラルの劣化があるのだ、と私は怒りをもって思う。


【山中人間話目次】
・金光翔さん(元岩波『世界』編集部員)の若年世代のマスコミ批判は嫉妬・ルサンチマンが原因、という言説が、いま、マスコミやリベラル・左派系の界隈で共有化され、公然と表面化しつつあるという指摘について
・『ブラック企業』の著者、今野晴貴さんの立憲民主党批判とベーシックインカム論批判
・最近の共産党・市民団体の右傾化スケッチ(小景編)32 ――kojitakenさんの孫崎享批判とその孫崎を重用する共産党批判
・丸山健二(小説家)の大衆の投票行動批判――民主主義とは、つまり、愚者たちの犠牲になることです
・伊藤詩織さんのFCCJ(日本外国特派員協会)記者会見まとめ
・長男の専門学校進学を理由に生活保護減額という行政の理不尽について
キョウ かんなづき35

Blog「みずき」:今回の総選挙の結果で私がもっとも得心がいかないのは若者たちの自民党支持率の高さです。テレビ朝日が実施した衆院選投票直後の出口調査(22日)では20代の自民党支持率は49%(10代は47%)もあります。これはどういうことでしょうか? 従来、若者は革新(あるいは変革)志向がもっとも強い世代だとされてきました。

韓国のハンギョレ紙(2017.10.23付)は、「若年層の保守化傾向が強まっている原因としては、日本社会の全般的右傾化とともに、安倍政権になって雇用環境が改善されたという点を挙げる人が多い。求人者数を求職者数で割った有効求人倍率は、8月基準で1.52倍だ。企業が求める労働者数が職場を求める人員より50%以上多いという意味だ。実状を細かく見れば、非正規職の求人が多いという問題があるが、アベノミクスで雇用環境が改善されたことは事実だ。このため若者の間で相対的に安倍政権の人気が高いと解釈されている」と分析しています。

が、同じ問題についてジャーナリストの高世仁さんは、「私の周りの若い人も自民党支持が多いが、どうも彼らは自民党がさかんに使う「改革」、「経済成長」のスローガンに惑わされているのではと思う。今回の選挙でも、「改革」という言葉をもっともひんぱんに使ったのは自民党だったそうだ。若者は「保守」に惹かれているのではないのかもしれない」(高世仁の「諸悪莫作」日記 2017.10.23)と分析しています。

私はこの驚異的な若者たちの自民党支持率の高さの背景にはおそらく高世さんが指摘するような事情があるのだろうと思っています。

しかし、私は、それ以上に、これまでのいわゆる革新勢力(とりわけ政党)が現代の若者たちに希望の持てる未来像を提示できていないという事情の方が大きいというべきだろう、と思っています。いまのいわゆる革新政党は国会や地方議会における議員数の増大という目先の自党の勢力拡大の問題だけに目を奪われて、社会主義の理念はもちろん「生きるに値する」社会のありうべきあり方についての理念を語ることを忘れてしまっているからです。これでは若者たちを惹きつけることはできないでしょう。


【山中人間話目次】
・今回の総選挙の結果で私がもっとも得心がいかないのは若者たちの自民党支持率の高さです。テレビ朝日が実施した衆院選投票直後の出口調査(22日)では20代の自民党支持率は49%(10代は47%)もあります
・しんぶん赤旗の「きょうの潮流」の恭順的美智子妃讃歌と政治学者の原武史さん(放送大学教授)の美智子妃論の対比
・徳岡 宏一朗さん(弁護士)へ――私は共産党を「一番確かな野党」だとは思いません
キョウ あべ21

Blog「みずき」:すでに衆院選の投票は始まっていますが、美浦克教さん(共同通信記者、元新聞労連委員長)が投開票を前にして改めて「沖縄の過剰な基地集中と主権者の選択」の問題を問うています。投票の日に(投票を済ませている人も含めて)耳を澄まして改めて聞くべき声でしょう。以下、全文転載します。(2017年10月22日)

『10月22日投開票の衆院選で問われるべきことの一つとして、沖縄への米軍基地集中の問題があることをあらためて書きとめておきます。衆院選公示翌日の10月11日、沖縄本島北部で飛行中の米軍普天間飛行場所属のCH53E大型ヘリが訓練中に出火、東村高江の米軍北部訓練場に近い民有の牧草地に不時着して炎上しました。近くの住宅まで200~300メートルしかありませんでした。米軍は同型機の運用をいったんは停止していましたが、日本政府や沖縄県など地元自治体に事故原因を説明しないまま、18日に運用を再開しました。現場では米軍がヘリの残骸を解体し、19日から20日にかけて搬出しました。沖縄県警は航空危険行為処罰法違反容疑を視野に捜査を進めるものの、県警独自の現場検証もなく、米軍側の説明に基づく状況確認にとどまったと報じられています。事故機は部品に放射性物質を使用していることも明らかになっています。

沖縄には全国の米軍専用施設の7割が集中し、普天間飛行場の移設先として日米両政府が合意している名護市辺野古では、日本政府が沖縄県の反対を押し切って新基地の建設を進めています。このブログでも紹介しましたが、琉球新報が9月に実施した県内世論調査では、辺野古移設を容認するのはわずか14%なのに対して、移設なしの撤去、県外・国外への移設を求める回答は、合わせて80・2%にも上っています。普天間飛行場の辺野古移設に対する県民の民意は明らかと言うべきでしょう。

このブログで何度も書いてきたことですが、衆院選の投開票を前にあらためて書きます。国家事業に対する地元の民意は明らかなのに、それが一顧だにされないとは、その地域の未来への自己決定権が認められていないに等しいことです。ほかにそのような地域が日本国内にあるでしょうか。沖縄だけがそういう状況を強いられているのは、沖縄に対する差別としか言いようがありません。その差別を解消するには、日本政府の方針が変わらなければなりません。それは決して不可能ではありません。日本国の主権者である国民の選択の問題だからです。

具体的には選挙を通じて、沖縄への差別としか言いようがない政策を撤回し、沖縄への基地負担の過剰な集中を解消する政策を持った政府を誕生させることです。それが実現しないのならば、個々人の投票行動のいかんを問わず(棄権は言うに及ばず)、主権者の一人である以上は誰しも、この差別の当事者であることを免れ得ません。今回に限らず、選挙ではいつもそのことが問われているのだと考えています。』

しかし現実は、私たちは、ヘイト集団と日の丸に囲まれて恍惚とする(
安倍晋三総選挙秋葉原最終演説)ファシストの率いる政権を選択してしまいました。

【山中人間話目次】
・美浦克教さん(共同通信記者、元新聞労連委員長)の「沖縄の過剰な基地集中と主権者の選択~衆院選の投開票を前に 」という論
・もう何年も、そう、何十年も耐えてきた。しかし、私たちは、ヘイトスピーチと日の丸に囲まれて恍惚とするファシストの率いる政権を選択してしまった
・金光翔さん(元岩波『世界』編集部員)の本質を突く立憲民主党=枝野批判
・鬼原悟さん(「アリの一言」ブログ主宰者)の立憲民主党批判。この論にも同意します
・最近の共産党・市民団体の右傾化スケッチ(小景編)28 ――「リベラル」周辺人の愚かさについて(盛田隆二という「小説家」の場合)
・最近の共産党・市民団体の右傾化スケッチ(小景編)29 ――共産党の右傾化はさらに続く気配(志位和夫と中野晃一の場合)
・最近の共産党・市民団体の右傾化スケッチ(小景編)30 ――共産党の右傾化はさらに続く気配(内田樹の場合)
・最近の共産党・市民団体の右傾化スケッチ(小景編)31 ――共産党の右傾化はさらに続く気配(「本当の保守」を謳う赤旗機関紙)
キョウ かんなづき26

Blog「みずき」:小池百合子(都知事)の支持率が66%から39%に急落(産経新聞 2017.10.16)というニュースに小躍りする。27%もの暴落だ。ひとりの人物の世論調査として短期間でここまで暴落傾向を示すケースを見るのは私の記憶の中でははじめてのことだ。しかし、そうだとしても、所詮は前原の乱というこれも日本の政治史上かつて見たことがない卑怯卑劣な事件の後遺症の後始末治療ということでしかない。「自民党は300議席をうかがい、連立与党の公明党とあわせ衆院の3分の2(310議席)を超える見通し」(同紙)という政治情況に変わりがない。「気味がわるい。ほとんどすべてが。しずかに、ぜんいんが狂っている」という辺見庸の認識(「日録」2017年10月16日)により鬼気のような悲しみを感じる。

【山中人間話目次】
・小池百合子(都知事)の支持率が66%から39%に急落というニュースに小躍りする。しかし、私は、「気味がわるい。ほとんどすべてが。しずかに、ぜんいんが狂っている」という辺見庸の認識により鬼気のような悲しみを感じる
・この調査結果がさらに自民党投票率の低下に連動していく世論の動きに希望を託す――毎日新聞調査:「安倍首相続投望まず」47% - 毎日新聞
・ここでも中島岳志が重用されている。松原さん、今後は中島の重用はやめた方がいいと思いますよ
・美浦克教さん(共同通信記者、元新聞労連委員長)のこれも今後の沖縄基地問題の重要な資料となるべき沖縄メディアの記録記事です
・世界はいまどこも崖っぷちにいる。新自由主義は世界にこのような崖っぷちを蔓延させた。私たちは新自由主義と訣別しなければならない
・とまれ、気になるのは、ヌスラ戦線に拘束されているとされる安田純平さん(フリージャーナリスト)のゆくえ――IS標ぼうの「イスラム国家」事実上崩壊 ラッカが陥落 NHKニュース
キョウ てんのう10

Blog「みずき」:ジャーナリストの佐々木俊尚と政治学者の原武史が原の新著『〈女帝〉の日本史』をめぐって「月刊潮」で対談したらしい。そこでは「政治などの権威が失墜する中で天皇が『圧倒的な穢れなき者』として頼られるようになっており、21世紀の日本は儒教に回帰しつつある」 ということが話題になったという。原は『〈女帝〉の日本史』の後書きに次のように書いている。

『このところ、日本では女性の政治家に関する話題が連日のようにテレビのニュースやワイドショーなどをにぎわしています。しかしその多くは、政治家としての品性や資質が疑われるというマイナスの評価を伴っているように思われます。もちろん女性政治家自身に問題があり、そうした報道が当たっている場合も少なくはないのですが、男性であればそれほど問題にならないようなことが、女性であるというだけでことさら問題となる場合もないとは言えません。こうしたこと自体、日本における女性政治家の少なさを暗示しているのではないでしょうか。その一方で、皇后の存在感はますます大きくなりつつあるように見えます。それとともに、女性皇族の話題にも事欠きません。彼女らは世俗の権力とは無縁で、国民の平安を日々祈っている無私の存在であるかのごとく報道されます。品性や資質の疑われる女性の政治家とは対照的にとらえられるわけです。私は男性の政治学者ですが、こうしたマスコミのステレオタイプ的な報道の仕方に何ともいえない居心地の悪さをずっと感じてきました」、と。

天皇が『圧倒的な穢れなき者』として頼られるようになっている、とはそうした現在の日本社会の禍々しい事態を指しているだろう。 私は、この国の市民社会というものの未成熟のままの退嬰と退廃を思わざるをえない。その「圧倒的な穢れなき者」を頼る心理と安倍自民党政権という禍々しいものを支えている心理は相似である。

【山中人間話目次】
・天皇が『圧倒的な穢れなき者』として頼られるようになっているという。 私は、この国の市民社会というものの未成熟のままの退嬰と退廃を思わざるをえない。その「圧倒的な穢れなき者」を頼る心理と安倍自民党政権という禍々しいものを支えている心理は相似である
・中島岳志と日本共産党並びに週刊金曜日批判――そのような右翼・中島岳志から「保守の論理を追求すると、内政面では共産党の政策と近くなる」と言われて喜ぶ山下芳生(日本共産党副委員長)とはいったいいかなるコミュニストか。また、日本共産党とはいかなる左翼政党か
・浅井基文さん(元外交官、政治学者)の韓国の文在寅大統領批判と韓国メディア批判――それにしても、文在寅の韓国の大統領職にある者としての無責任ぶりには唖然とします
・立憲民主党、ひょっとしてひょっとするかも――私も安倍政権の継続を阻止するためにはそうあってほしいと願っていますが・・・
キョウ きょうさんとう31

Blog「みずき」:自由党の小沢一郎が希望の党(小池新党)の苦戦の情勢を見て再び共産党にすり寄っているという話は情報として知っていましたが、以下のような事実を指しているのでしょう。

『自由党の小沢一郎共同代表、穀田近畿比例候補の事務所を激励! 山本太郎共同代表、大阪3区の渡辺結候補を応援! 森ゆうこ参院議員から激励メッセージ! 玉城デニー候補は、赤嶺政賢候補と、「オール沖縄」で肩を並べてたたかう!自由党のみなさんありがとう。力合わせて安倍政権を倒しましょう!』(志位和夫Twitter 2017年10月13日)... https://twitter.com/shiikazuo/status/919032700203175936

それにしても、共産党の志位和夫もなんと恥知らずの人間か。つい最近まで志位は「自民党の補完勢力以外の何物でもない」(FNNニュース 2017年9月24日)と希望の党を激しく批判していたではないか。

小沢はその希望との合流を同党の人気に陰りが見えるまで模索していました(「小沢氏も希望合流へ…前原・小池氏と大筋合意か」 読売新聞 2017年9月28日)。また、民進党代表の前原が希望の党との合流に踏み切る契機となった前原と小池の極秘会談を設定したのも小沢でした(「民進、新党参加の容認を検討 前原、小池氏ら極秘会談」共同通信 2017年9月27日)。

そういう「野党共闘」攪乱者の小沢の「激励」を受けて「ありがとう。力合わせて安倍政権を倒しましょう!」とはどういう了見か。恥知らずにもほどがあるでしょう。志位さんにはこういう「小沢一郎について口を閉ざしているリベラル・左派・左翼は、日本に暗黒をもたらすべく生きているに等しい、最低の生物だ」(きまぐれな日々 2017.10.03)と断罪するkojitakenさんの言葉を進呈しておくのがふさわしいでしょう。


【山中人間話目次】
・共産党の志位さんには「小沢一郎について口を閉ざしているリベラル・左派・左翼は、日本に暗黒をもたらすべく生きているに等しい、最低の生物だ」と断罪するkojitakenさんの言葉を進呈する
・鬼原悟さんの重要な指摘です。残念ながらいまの日本では共産党すらこういう基本的な指摘さえできないのです――王制の国では国王は時として公然と国家権力の側に立ち、国民を抑える政治的発言を行う
・ここにも正統な共産党批判がある。しかし、このまっとうな共産党批判すらわからない共産党員が圧倒的大多数であるところにいまの同党の根底的な悲劇がある
・内田樹は、本気で「市民的自由の確保」「対話のための基盤の構築」「他者との共生」などという中身のない空虚なスローガンが野党共闘の政策協定に変わりうる代替案になるなどと思っているのか?
・政治学者の五十嵐仁さん(東京革新懇代表)も同様の呆れた子どもだましの言説を垂れ流しています。内田樹や全国学者・研究者後援会なるものとも同罪といわなければならないでしょう
・この問題は、電力総連だけの問題ではなく、首都圏反原発連合‏の「そんなことも分かってない」 問題ともいうべきだし、その首都圏反原発連合と無批判に連携している共産党の問題でもあるというべきものですよね
・野党共闘の政策協定というのであれば、鬼原悟さん(「アリの一言」主宰者)の問題提起こそ真剣に検討するべきでしょう。それがありうべき政治集団の共闘というものです。そうではありませんか?
・こういう人たち、市民グループ、政党によって「野党共闘」なるものは形成されている。破綻するはずだ――沖縄ぬきの市民連合
・リービ英雄の文章に出てくる「IQ」という言葉はおそらく「知的精神」、あるいは「批評精神」という意味合いだ。そういう意味ではたしかにマンハッタンの、というよりも、世界の「IQは1点も2点も下がった」
キョウ メディア3

Blog「みずき」:太田昌国さん(評論家、編集者)の「一日だけの主権者」というテレビ・ニュースに象徴される日本市民なるものの「日常生活」批判――テレビとは「恐ろしい媒体」だ。メディアこそ日本政治の「末期症状」化の最大の元凶という私の認識とも重なる太田昌国さんの指摘です。私は以下の記事でテレビ・メディアを批判しながら、一方で連日連夜そのテレビに見入っているらしい市民なるものの「日常生活」への失礼ながら生理的な嫌悪感を率直に吐露しておきました。テレビとは「恐ろしい媒体」だと私も思わざるをえません。「政治変革」とはなによりも私たちの「日常生活」を見直すところからはじまるものなのかもしれない、とは最近私のしきりに思うところです。

【山中人間話目次】
・太田昌国さん(評論家、編集者)の「一日だけの主権者」というテレビ・ニュースに象徴される日本市民なるものの「日常生活」批判――テレビとは「恐ろしい媒体」だ
・この鬼原悟さん(「アリの一言」主宰者)の共産党批判は現在の同党の国際情勢認識にとどまらない党体質そのものの問題性(日和見性)の本質的なところを突いているように思います
・おそらく辺見庸の小説の題名の『月』は大道寺将司の生前最後の句集『残(のこん)の月』を隠喩しているだろう
・ミャンマーから川を渡って逃げようとするロヒンギャの人びととでっち上げられたロヒンギャ過激派」(ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックス・ブログ版、ジョセフ・オルチン。前文・翻訳:酒井泰幸)
キョウ きょうさんとう30

Blog「みずき」:『共産党は、立憲民主党が選挙後に安保法制も改憲も認める態度に変わることを承知していながら、立憲民主党を「立憲野党」に粉飾して応援するということ。相変わらずの「野党共闘」の欺瞞。汚い党利党略だ。』『「野党共闘」が続いているように見せかけて、共産党への左翼市民の支持を繋ぎ止めること。路線の破綻を隠すこと。欺瞞をやっているよね。枝野幸男も共産党も。欺瞞だらけだ。有権者置き去りの。』『テレビのニュースに出る小池晃の表情が、余裕綽々なんですよね。本当なら、改憲3分の2を阻止できないことが確定したのだから、護憲派は真っ青になってないといけない。立憲民主党の裏切りに激怒してないといけない。つまり、共産党は本気で憲法を守る意思がないということ。』(世に倦む日日2017年10月7日)

世に倦む日日氏の大方の見方には私は賛成しえないが、この共産党の「野党共闘」路線に対する評価、見方は、私は最近の同党の右傾化の急所を突いた見方だと思います。とはいうものの、今度の総選挙では安倍政権継続阻止のために立憲民主党勢力(共産党、社民党を含む) に一票を投じるつもりでいることに変わりはありません。


【山中人間話目次】
・共産党の立憲民主党を「立憲野党」に粉飾して応援する欺瞞――最近の共産党・市民団体の右傾化スケッチ(小景編)25
・承前。これも「党利党略」の延長線のことでしかないだろう――共産、各地で候補者取り下げ
・承前。「市民と野党の共闘」なるものの本質を見抜けない旧態依然とした「野党共闘」論者たち。彼ら、彼女たちが日本の革新政治の実現の可能性を世界の趨勢から2周遅れにも3周遅れにもしている
・SEALDsマジックは底が知れてもうやめたのではなかったのか。夢よ再びというわけか同じ顔ぶれが同じ過ちをメディアを動員していま再び繰り返している(1)
・SEALDsマジックは底が知れてもうやめたのではなかったのか。夢よ再びというわけか同じ顔ぶれが同じ過ちをメディアを動員していま再び繰り返している(2)
・承前。関連して内海信彦さん(画家、早大「ドロップアウト塾」主宰)のSEALDs評
・松原耕二さん(作家。元NEWS23Xメインキャスター)のメディア批判――ホロコーストの否定論者と裁判で戦う女性学者(映画評)
・ベンヤミンの指弾――「貧しきことは恥ならず」(ドイツのことわざ)。だが世間(メディア)は、貧者を恥じ入らせる。そうしておきながら、このちっぽけな金言で貧者を慰めるのだ
キョウ えだの

Blog「みずき」:『立憲民主党と沖縄。枝野氏「辺野古新基地はゼロベースで」とはどういう意味なのか。辺野古建設凍結を明瞭に言わなければ駄目。翁長知事と同じでないリベラル保守などありえない。 心配。』『「強引なやり方では沖縄の理解は得られず」だけ?言葉をもっと大事にしないと党首として今後困るだろう。強引でなければよいのかということになる。1沖縄の意志は明瞭であること、2辺野古での機動隊の押妨と暴力は許されないこと、3辺野古新基地建設反対。物事を明瞭にいわずに気分の言葉では困る』(保立道久Twitter 2017年10月6日)

ただし、私は、前知事の辺野古埋め立て承認撤回をいまだに明瞭に言わない翁長知事も「辺野古建設凍結を明瞭に言」っているとは思いません。保立道久さんの認識は、そのあたりの翁長知事の優柔不断を批判しえないオール沖縄の端的に言って誤った認識に搦めとられていて同様に翁長知事に対する批判の視点が弱すぎる、というのが私の評価です。


【山中人間話目次】
・立憲民主党と沖縄。枝野氏「辺野古新基地はゼロベースで」とはどういう意味なのか。辺野古建設凍結を明瞭に言わなければ駄目(保立道久)
・安倍政権継続阻止のためとはいえこういう政党を支持しなければならない現状の政治が情けない。しかし、これが日本の現実だ。総選挙後は「野党共闘」路線の是非を改めて問わなければならない
・過労自殺男性の両親に「大した仕事していない」――こういう言葉を言い放った男が無事定年退職し、あるいは定年を免れ、役員出世して相応に豊かにのうのうとこの社会を生きぬいていく
・日系イギリス人のカズオ・イシグロのノーベル文学賞授賞の報に触れて――サルトルのこと、内田百閒のこと
キョウ こーびん

Blog「みずき」:英国の若者たちは英国の労働党のコービン党首に熱いまなざしを向ける。英国の19歳の大学生、ダニエル・ロックナンさんはロンドン市内の高級住宅エリアに生まれ、両親は弁護士。裕福な家庭に育ってきたが、街を歩けばホームレスの姿が目立つことにずっと疑問を感じてきたという。彼は言う。「資本主義は明らかに失敗だ」。「ロンドンの不動産の大半は外国のファンドが保有し、普通の人たちは住む場所すらない。今のやり方が何かおかしいのは皆わかっているはずだ」。また、英国の南部デボン出身のエンジニアのジャック・ウィテックさん(29)は物心ついた時には、金融危機により緊縮財政が叫ばれ、同世代は皆、就職難に直面した世代だ。彼も次のように言う。「僕らの世代は社会主義に対する抵抗はない」。「所得の再分配など社会主義の根底の価値観に共感する」(日本経済新聞 2017年10月1日)。しかし、日本では「社会主義」という語はもはや死語となっている。この彼我の差はどこから来るか。日本ではいまは誰も(共産党すら)社会主義の理念を語らないし、社会主義という語を発しさえしない。ここ10年、20年来の日本の左派の激しい劣化と凋落と零落を私は思わざるをえない。

【山中人間話目次】
・顧みてここ10年、20年来の日本の左派の激しい劣化と凋落と零落を思わざるをえない――英政治に地殻変動 「社会主義2.0」の足音 (日本経済新聞)
・辺野古移設に反対80%、沖縄の民意は明白~琉球新報世論調査(2017.9.28) - ニュース・ワーカー2
・1969―新宿西口地下広場(新宿書房) - 著者:大木 晴子,鈴木 一誌 - 原武史による書評 好きな書評家、読ませる書評。ALL REVIEWS
・掲載されている大判サイズの写真からは当時の政治状況が鮮明に蘇ってきます。視覚的な貴重な資料です――衆院解散・総選挙にみる新党と自民の盛衰1958~2017
キョウ うちだじゅ

Blog「みずき」:朝の言葉3題(28日~30日)

【30日】フェミニストの北原みのりが辻元清美の小池新党合流問題に関して「もし私が今、辻元さんだったら。朝起きて身ぶるいした。怖いねぇ! でも、無所属じゃ仕事できねぇ、議員にならなきゃ仕事でなかねぇ、安倍倒すしかない、だったら今は希望の公認しかない。身ぶるいしながら私は辻元さんのどんな決断も責められないと思った。国会で仕事してほしいから。 辛いねぇ。」(2017年9月28日)というツイートを発信している。いかにも社会党時代からの辻元シンパらしい一種のファン心理からの発信として片づけてもいいのだが、北原はフェミニズムと平和運動の活動家であることを売りにしてきたライターであり、「ヘイトスピーチとレイシズムを乗り越える国際ネットワーク」の標語を掲げる辛淑玉や上野千鶴子らのフェミニストも名前を連ねるのりこえねっとの共同代表のひとりでもある。そうしたこれまでも市民運動に関わってきて、いまも市民運動に関わっている者が(それも積極的に)「だったら今は希望の公認しかない」と安易に辻元の右翼・改憲政党としての小池新党合流を容認しているところにこのツイートの看過し難い問題性がある。おそらく辛淑玉や上野千鶴子も北原と同じ土俵の内に立っているだろう。彼女たちがこれまで大層に演説してきた「フェミニズム」や「護憲」なるものは所詮この程度のものでしかない、ということである。ここに現在の「市民運動」と呼ばれるものがよって立つ「思想」なるものの根底的な脆弱性がある。それこそいまという時代はこうした思想状況を「乗り越え」なければならない岐路に立たされている、と私は思っている。

【29日】澤藤統一郎(弁護士)はいう。「小池新党とは何か、「保守+右翼」勢力であり、明らかな改憲勢力ではないか。これがアベ政権と張り合う実力を持つとすれば、改憲指向二大政党体制の出来となる。これは、現代版大政翼賛会の悪夢というほかはない。護憲勢力は、地道に愚直に改憲阻止と、憲法理念の実現を訴え続けるしかない」(澤藤統一郎の憲法日記 2017年9月28日)、と。それはそのとおりだ。

しかし、これまでいわゆる「護憲勢力は、地道に愚直に改憲阻止と、憲法理念の実現を訴え続け」てきたか。改憲勢力でしかない民進党(議員の7割以上がネオリベで反共の同党は「改憲勢力」というほかないでしょう)に色目を使い、小沢一郎に色目を使い、憲法9条2項の削除ないしは改定を主張する実質改憲論でしかない新9条論者の小林節や伊勢崎賢治に色目を使い、彼ら、彼女らをむりやり護憲勢力とする欺罔の論をつくり、「無党派市民層」と「護憲市民」を欺いてきたのはほかならない澤藤のいう「護憲勢力」ではなかったか。澤藤の論にはその反省がない、のを私は悲しむ。

【28日】阿部治平さん(青海省青海師範大学講師など歴任)のコラムは信州の山間の村里から発信される。この村里は阿部さんの生まれ育った懐かしい故郷でもある。だから、阿部さんのコラムにはこの村の住人がちょくちょく顔を出す。今回も阿部さんの従兄のハジメさんとマスオさん、従姉の夫のマサトさんが1930年代の満蒙開拓青少年義勇軍の一員となった話が「満洲事変」の話と関連して出てくる。ご本人の語るところによれば、阿部さん自身も1988~89年の時代に日本からの派遣教師として中国で生活していた。その阿部さんが中国での教師生活の体験として以下のような感慨を記している。

「金さんという友人がいた。私より10歳ほど上で元満人であった。「満洲帝国には身分制度がありまして、一番上等が日本人、次いで朝鮮人、蒙古人、一番下が満人だったですよ」と、漢人の進学が差別によって妨げられた話をした。彼は私に対して親しみをもって接しているようだったが、中国人同士の話のときは私を「那個鬼子(あの畜生)」と呼んでいた。」

「『満洲事変』を忘れるな」(リベラル21 2017.09.27)というコラムの中での回想である。阿部さんはこのコラムの最後を次のように結んでいる。「我々は侵略の歴史を忘れてはならない。忘れることは日本民族の恥である」。


【山中人間話目次】
・ここに現在の「市民運動」と呼ばれるものがよって立つ「思想」なるものの根底的な脆弱性がある。それこそいまという時代はこうした思想状況を「乗り越え」なければならない岐路に立たされている、と私は思っている
・澤藤統一郎(弁護士)の論にはこの数年間「護憲勢力」なるものが果たしてきた負の役割の考察とその反省がないことを私は悲しむ
・阿部治平さん(青海省青海師範大学講師など歴任)の自分史と信州の郷土史と重なる「『満洲事変』を忘れるな」
・急転「自民VS希望」――民進党に「リベラル派」などいるのでしょうか? あるいは残っているのでしょうか? 私には疑問です。というよりも、私は否定的です
・これでも民進党の「リベラル性」とやらにまだ期待するというのか?
・民進党の小池新党合流の仕掛け人の小沢一郎を盛んに持ち上げ、小沢との蜜月関係を盛んに演出していたのはほかならない志位(共産党)自身ではなかったか