キョウ きさらぎ58

Blog「みずき」:一昨日の朝、私は、「晩年、すなわち、右傾化した左翼の口車にうかうかと乗って「アベ政治を許さない」などという軽薄な文句を揮毫した時期の金子兜太は評価しない」と書いた。しかし、その兜太が2013年7月号の『俳句』誌のインタビューで「期待されている後進は?」と問われて大道寺将司の名を挙げている。インタビューは編集部によって「金子兜太九十三歳、ひと言もの申す」と題されている。兜太曰く。

『昨年の春頃、大道寺将司全句集(太田出版)に出会った。死を目の前に置いて、この定型詩に全身をぶち込んでいる、という読後感です。こんな作品がありました。〈棺一基四顧茫々と霞みけり〉、〈加害者となる被曝地の凍返る〉。(中略)五七五は短いから書ききれねえ、なんて寝言は並べるな。この詩型のいいところをしゃぶりとって書いてくれ。うんと欲を持って、スケールを大きく開いて、この詩を作り続けてくれ。俺は今、このことが一番言いたい。』

秩父事件の首謀者たちを「暴徒でなにが悪い」と擁護し、同事件と自由民権運動を短絡的に結びつけようとするいわゆる民主主義者たちの表層的な論の低俗性を喝破した金子兜太の眼は晩年も死んではいなかった。右傾化した左翼の口車にうかうかと乗って「アベ政治を許さない」などという軽薄な文句を揮毫した時期の金子兜太の眼の衰えが返す返すも無念である。

【山中人間話目次】
・金子兜太の晩年――「アベ政治を許さない」という軽薄な文句を揮毫した兜太と『俳句』編集部の「期待されている後進は?」と問われて大道寺将司の名を挙げた兜太の相克
・承前。山口正紀さん(ジャーナリスト、元読売新聞記者)の「こんな官僚的対応をしていて、朝日新聞は新聞社として取材活動ができるのか
・承前。米CBSがアサド軍によるサリン攻撃の映像を放送。日本では地下鉄サリン事件、松本サリン事件で有名になったあの狂気の神経ガスのサリンだ
・著名ウイグル人学者が突然自宅から消えた――中国共産党が新疆各地でウイグル人を強制収容所に収監している。ウイグル人の10人に1人は拘束されているとの説も
・シリア情勢が錯綜してきた。とまらない悲惨に、ユニセフはウェブサイトにて白紙で抗議した
キョウ きさらぎ9

Blog「みずき」:乗松聡子さんの琉球新報新連載「乗松聡子の眼」(13)。「明治維新150年 軍事帝国の歴史学ぶ契機に」――高校生時代からの長いバンクーバー在住の海外生活によって培われた乗松さんならではのコスモポリタン(世界市民)の視点に注目したい。が、同じ題材をテーマにした鬼原悟さん(「アリの一言」主宰者)の福沢諭吉評価については私は留保をつけたいところがあります。たとえば以下の丸山眞男の福沢評価と鬼原さんの福沢評価は相当に(「根本的に」と言ってよいでしょうか)異なります。私は丸山の福沢評価の側に立つものですが、そうだとしても鬼原さんの指摘は重要だという認識には変わりありません。私の留保は鬼原さんの福沢に対する指弾は相対評価に欠けるところがあるのではないかというものです。

『単なるあまのじゃくから思想家としての福沢を区別するものは何か…。第一に、認識態度としては左の中に同時に右の契機を見る、右の中に同時に左の契機を見る、こういう見方です。ここで申します左右というのはもちろん一つの比喩です。まぁ楯の反面をいつも見る態度といってもいいでしょう。人が左といえば右というだけなら、ただ左というのを裏返しただけで一面的である点では同じことになります。ものごとの反対の、あるいは矛盾した側面を同時に見るという点が大事です。そしてさらに第二に決断としては現在の状況判断の上に立って左か右かどちらかを相対的によしとして選択するという態度です。この二つの態度が組み合わさっています。したがって、積極的に左を選択し主張する際には、認識態度としては右の方に比重をかけて見る、右に決断する際には、左の側面により注目する、ということになります。こういう精神態度を、あまり適当な言葉ではありませんが、ここではかりに両眼主義、あるいは複眼主義と呼ぶことに致します。』(『丸山眞男集』⑦ 「福沢諭吉について」1958.11.pp.378-9)

『安川氏の前掲書にもないことを1つ紹介します。それは、福沢が琉球併合(1879年いわゆる「琉球処分」、写真左)に直接かかわっていたという事実です。伊藤博文(当時首相)の命により、武力を背景に琉球を日本に併合するため派遣されたのが処分官・松田道之であることは知られていますが、その松田と親しかったのが福沢です。福沢は松田に何回か書簡を送っていますが、この中に琉球併合について助言したものがあります。「此度琉球にて廃藩とあらば、其士民の仰天如何ばかりなるべきや…懇々たる諭告文を御示し…日本政府は琉球を取て自ら利するに非ず、琉球人民を救う厚意なり…筆まめに書竝べ口まめに説諭して先づ彼の人民の心を籠絡する事」(全集17巻、1880・3・4)琉球の人民は抵抗するだろうから、併合は琉球人民を救うためだと、文書や口頭で繰り返し宣伝し、「人民の心を籠絡」することが重要だ、というのです。朝鮮・中国に対する侵略「思想」とまったく同じです。重要なのは、こうした福沢諭吉の朝鮮・中国・琉球蔑視、侵略「思想」を明確にし追及することは、けっして過去の問題ではなく、まさに今日的な課題だということです。』(アリの一言 2018年02月03日)


【山中人間話目次】
・乗松聡子さんの琉球新報新連載「乗松聡子の眼」(13)。高校生時代からの長いバンクーバー在住の海外生活によって培われた乗松さんならではのコスモポリタン(世界市民)の視点に注目したい
・鬼原悟さん(「アリの一言」主宰者)の福沢諭吉評価については私は留保をつけたいところがあります――朝鮮・中国侵略と琉球併合と福沢諭吉、そして安倍晋三 - アリの一言 
・篠原章という評論家の翁長沖縄県知事批判記事が月刊誌『新潮45』(2018年2月号)に掲載されているといいます。題名は「翁長雄志知事 偽りの『基地反対』」――全国誌に翁長批判が載るようになった
・朝日新聞の今回の「「安保法」訴訟 あぜんとする国の主張」という社説はまっとうだ。朝日に一縷の希望を見出す
・毎日新聞長野県版の「信州・歴史探訪 大逆事件の闇(安曇野市・千曲市) 発端の地だった」という記事。地方紙、地方版は生きている
・歴史にはこんなことが起こり得るのだ――ソ連の北方4島占領を「米国が援助し、極秘に艦船を貸与し訓練も施していた」事実が明らかになった
・こうしたプーチンの強硬策ももしかしたら上記のような記事(ひとつ前の太田昌国さんの記事)とも関係しているのかもしれません
・最近の左翼・市民団体の右傾化スケッチ(小景編)46 ――彼らリベラル・左派が「安倍政権を延命させている」のだと私は思う。いずれも共産党系で、それも水準の高い方の弁護士であり、学者だ
・軍事アナリストの小川和久は強姦容疑者の山口敬之を「安倍さんと最も親しいジャーナリスト。仲人も安倍さん」とツイートしていたのに安倍首相が山口との交友を否定した途端そのツイートを削除した。まるで『1984年』の真理省だ
・西部邁『ファシスタたらんとした者』を読む(2) 海神日和 2018-01-26
・西部邁『ファシスタたらんとした者』を読む(3) 海神日和 2018-02-01
キョウ だいどうじしょうじ

Blog「みずき」:太田昌国さん(評論家、編集者)の「『死刑囚表現展』の13年間を振り返って」から。その一説。大道寺将司が獄中の病監で獄死した翌年の年に「死刑囚表現展」を改めて振り返ることの意味。

『もうひとつは、死刑囚表現展を開催することである。死刑囚は、多くの場合、外部の人びとと接触する機会を失うか、ごく限られたものになるしか、ない。「凶悪な」事件を引き起こして死刑囚となる人とは、身内ですら連絡を絶つこともある。ひとは、自分が死刑囚になるとか、その身内になるとかの可能性を思うことは、ほとんどないだろう。だが、振り返れば、死刑囚がなした表現に深い思いを抱いたり衝撃を覚えたりした経験を、ひとはそれぞれにもっているのではないか。永山則夫氏の自己史と文学、永田洋子および坂口弘両氏が著した連合赤軍事件に関わる証言や短歌、苦闘の末に冤罪を晴らした免田栄氏や赤堀政夫氏の証言、そして、いまなお冤罪を晴らすための闘いの渦中にある袴田巌氏の獄中書簡やドキュメンタリ―映画、当基金の当事者である大道寺将司氏の書簡と俳句など、実例は次々と浮かぶ。世界的に考えても、すべてが死刑囚ではないが、マルキ・ド・サド、ドストエフスキー、金芝河、金大中、ネルソン・マンデラなど、時空を超えて思いつくままに挙げてみても、獄中にあって「死」に直面しながらなした表現を、私たちはそれぞれの時代のもっとも切実で、先鋭なものとして受け止めてきたことを知るだろう。それらに共感を寄せるにせよ批判的に読むにせよ、同時代や後世の人びとのこころに迫るものが、そこには確実に存在している。』(現代企画室 2018年1月9日)


【山中人間話目次】
・ひとは、自分が死刑囚になるとか、その身内になるとかの可能性を思うことは、ほとんどないだろう。だが、振り返れば、死刑囚がなした表現に深い思いを抱いたり衝撃を覚えたりした経験を、ひとはそれぞれにもっているのではないか
・イラン・パペ『パレスチナの民族浄化』(田浪亜央江・早尾貴紀訳、法政大学出版局)をめぐって、パレスチナ問題の第一人者である臼杵陽さんと早尾が対談をしました
・トランプを評するに言葉がない。史上最悪の大統領と言っていいだろう。この史上最悪の大統領に伍する者としてわが国には安倍晋三という男がいる。言葉がない。
・最近の左翼・市民団体の右傾化スケッチ(小景編)43 ――立憲民主党はもとより日本共産党の底無しの奈落は続く
・ル・クレジオ――愛撫や快い感覚、享楽といったもののみを描き、私たちに暴力や残虐さをもたらすことを忘れてしまった作家は、本当にそのひとが伝えたいと思ったことを私たちに伝えることはできないでしょう
キョウ むつき4  

Blog「みずき」:ローマ法王が:被爆写真の配布を指示したという一枚の写真とは米軍の従軍カメラマン、故ジョー・オダネルが原爆投下直後の長崎で撮影したこの写真だったのか。背中に亡くなった弟を背負ったまま直立不動の姿勢を崩さないかつての少年の写真に私は慟哭した。少年のかみしめた唇には血がにじんでいたという。

【山中人間話目次】
・ローマ法王が:被爆写真の配布を指示したという一枚の写真とは米軍の従軍カメラマン、故ジョー・オダネルが原爆投下直後の長崎で撮影したこの写真だったのか
・素人の私から見ても、現在(いま)の日弁連の現状に強い危機意識を持つ弁護士たちは決して少なくないように思います――森川 文人弁護士の闘い
・これが現在(いま)の日本の政治の元旦の風景だ。おぞましい、という以上の言葉を私は知らない――安倍晋三の新春の対談相手
・日野啓三に「新しいヒューマニズム」という題のある文章がある。死の4か月前にあるところで語った談話だという
キョウ しわす30
村中璃子さん

Blog「みずき」:村中璃子さん(医師、ジャーナリスト、京大学医学研究科非常勤講師)が「ジョン・マドックス賞」を受賞したことについては小野昌弘さん(イギリス在住の免疫学者・医師)が自身のツイッター上でイギリスのガーディアン紙の記事をシェアしていたので表面的には知ってはいた。しかし、そもそも私は「ジョン・マドックス賞」なるものを知らなかったし、ましてやその賞の価値も知るよしもなかったのでこの受賞にそれほどの関心も抱かず、ガーディアンの記事も読まなかった。しかし、高世仁さん(ジャーナリスト)の村中璃子さんに関する記事を読むに到ってこれは尋常なことではないことに気づかされた。

高さんの村中璃子さんに関する記事は以下。

サイエンスより感情の日本 高世仁の「諸悪莫作」日記 2017-12-12
http://d.hatena.ne.jp/takase22/20171212
サイエンスより感情の日本 2 高世仁の「諸悪莫作」日記 2017-12-14
http://d.hatena.ne.jp/takase22/20171214

高さんの記事は上記で読んでいただくことにして、ここでは小野さんの「村中さんの業績はこの賞の掲げる"Standing up for Science"にぴったりの内容だと思う」(小野昌弘Twitter 2017年12月1日)という感想とWikipediaの「ジョン・マドックス賞」の項から村中璃子さんの同賞受賞理由の簡明な説明をあげておきたい。

『ジャーナリスト、京都大学大学院医学研究科非常勤講師。25か国、100人以上の候補者の中から選出された。ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンを公的に議論するにあたって、エビデンスに基づいた議論を擁護した業績を認められた。HPVワクチンは、子宮頸がん、およびその他のがんの予防の必須の手段として、科学界・医学界において認められ、WHOによっても支持されている。日本においては、そうした利点に不信を抱かせるような誤情報を与える運動が行われ、このワクチンの接種率が70%から1%にまで低落した。このワクチンの安全性のエビデンスを一般に向けて明らかにしようとする村中氏の業績は、訴訟によって彼女の発言を封じ、専門家としての地位を貶めようという企てにさらされながらも続けられてきた。日本の家族だけでなく、世界の公衆衛生に対しても、エビデンスに基づく科学的な説明に触れることが保証されるよう、彼女は訴え続けている。』

それにしても、「訴訟によって彼女の発言を封じ、専門家としての地位を貶めようという企て」をしている者は誰か。また、研究結果を捏造してまで彼女の発言を封じ、専門家としての地位を貶めようという企て」をしている者は誰か。

村中璃子さんはジョン・マドックス受賞スピーチ「10万個の子宮」で次のように述べている。

『親たちは娘のけいれんする姿や車椅子姿を携帯電話やスマートフォンで撮影し、インターネットに投稿した。メディアからの取材にも積極的だった。大多数のまっとうな医者たちは「心ない医者に、心の問題だと言われた」などと激しく批判されて面倒になり、みんな黙ってしまった。

世界中どの国でも新しいワクチンが導入されればそれに反対する人は必ず出てくる。しかし、日本には、他の国にはない厄介なことが2つあった。ひとつは、政府がサイエンスよりも感情を優先した政策を取ったこと。もうひとつは、わざわざ病名まで作って、子宮頸がんワクチンによって引き起こされたという薬害を唱える医者たちが登場したことだ。

その名はHANS(ハンス)、子宮頸がんワクチン関連免疫異常症候群。HANSを唱える医師たちの主張は、患者の訴えと印象に基づいており、決して、エビデンスを示すことはなかった。代わりに、エビデンスを示せないのは、現代医学が十分ではないからだと糾弾した。しかもHANSは「ワクチン接種から何か月、何年経っても起き」「消えてもまた現れ、一度なったら決して治らない」のだという。』

『メディアを通じて、子宮頸がんワクチンの危険性を煽るミスリーディングな映像とストーリーが日本社会に広まっていったある日、厚労省が指定した子宮頸がんワクチン副反応研究班の主任研究者で信州大学の元教授だった神経内科学医、池田修一氏が、厚労省の成果発表会である衝撃的なマウス実験の結果を発表した。池田氏は当時、信州大学の副学長で医学部長を務めていた人物である。

池田氏は「子宮頸がんワクチン」と書かれたマウスの脳切片だけが緑に光る、白い円でその部分を強調した画像を見せながらこう言った。「明らかに脳に障害が起きている。子宮頸がんワクチンを打った後、脳障害を訴えている少女たちに共通した客観的所見が提示されている」

池田氏によれば、インフルエンザワクチン、B型肝炎ワクチン、子宮頸がんワクチンをそれぞれマウスに接種して10か月後に脳を観察したところ、子宮頸がんワクチンを打ったマウスの脳だけに異常な自己抗体が「沈着」したという。池田氏のこの発表は、夜の人気ニュース番組でも放送された。

それから2週間後の3月末、子宮頸がんワクチンの被害を訴える人たちが、日本政府とワクチン製造企業を相手取った集団提訴を予告する記者会見を行った。日本政府は、積極的接種勧奨の「一時的」差し控えを継続。そして、「一時的」が3年にも及んだ昨年7月27日、日本政府は世界初の子宮頸がんワクチンによるものだという被害に対する国家賠償請求訴訟を起こされた。』


【山中人間話目次】
・HPVワクチン問題――村中璃子さんのジョン・マドックス賞受賞と研究結果を捏造してまで彼女の発言を封じ、専門家としての地位を貶めようとする企て
・鄭玹汀さん(日本近代文学、日本キリスト教史研究者)の韓国報告。ここには抑制された怒りがある。静かに、しかし、深く、怒りがこみ上げてくる
・「被差別部落民18人殺害、美作騒擾140年の沈黙に抗う~頭士 倫典」について
・原武史の松本猛『いわさきちひろ 子どもへの愛に生きて』書評――いわさきちひろと丸木俊との友情。そして著者が触れなかった空白の大きさ
・松本春野さんのNHKみんなのうた『私はブランコ』原画
・私が Facebook 上で、よく使う言葉は?――私には現在の日本の民主主義の実現を強力に阻んでいるのは第一に日本共産党の限りない右傾化路線にあるという認識があります
キョウ しわす19

Blog「みずき」:ミャンマーの非暴力民主化運動の指導者アウンサンスーチーの化けの皮がどんどんと剝がれている。アウンサンスーチーは1991年にノーベル平和賞を受賞したが、そのノーベル平和賞受賞にどれほどの意味があったか? 受賞者の隠された利己心や権力欲などの悪徳のアノラックのような役割を果たしただけではなかったか。佐藤栄作しかり(死後に核持ち込みの密約が発覚)、オバマしかり(オバマは「核なき世界」を描いたプラハ演説でノーベル平和賞を受賞したが、時を同じくしてアフガニスタン増派も発表。その後、リビアを空爆し、シリアへの空爆も開始した)、マララ・ユスフザイしかり(ノーベル平和賞の授賞の弁は広告代理店が創作したという根拠のある指摘がある)。

「CNN、BBCでは、ほぼ全文を聞くことができたサーロー節子氏の受賞スピーチを、まさかNHK19時の定時ニュースで1秒も聞くことができないとは思いもしなかった」という安倍政権の思惑を忖度したNHKの不作為の報道姿勢を突くガイチさんの指摘はたしかに重要ですが(ガイチTwitter 2017年12月11日)、NHKがサーロー節子のノーベル平和賞受賞を無視してカズオ・イシグロのノーベル文学賞受賞フィーバーを繰り広げるのに対して、日本の自称「平和」陣営はサーロー節子を英雄視してサーロー節子のノーベル平和賞受賞フィーバーを繰り広げている。どちらも同じ次元の愚かしさというべきではないか。「いかなる人間でも生きながら神格化されるには値しない」(サルトル、ノーベル文学賞授賞辞退の弁)のです。


【山中人間話目次】
・アウンサンスーチーとマララ・ユスフザイとサーロー節子・・・とノーベル(平和)賞について
・東京新聞も信用するに足りませんね。先にデマ番組として大問題になった東京MX「ニュース女子」の司会をしていた長谷川幸洋は東京新聞論説委員の職はそのまま続けています
・速報:東京大学雇用上限5年撤廃!――東大教職員組合
・ここにも一個の「個」の物語がある。「人間というものの複雑怪奇さを文学から学ばずして、どうして「市民」という普遍的な理念に到達できようか」――原武史の藤沢周『界』書評から
・そうだろうか。断片は断片のままでよいのではないか。断片そのものが「沈殿した時間もしくは記憶」であるはずだ。私小説とはそういうものでなかったか
キョウ しわす11
新刊『飼う人』(12月9日発売)

Blog「みずき」:柳美里は私にとって心魅かれる在日朝鮮人作家のひとりです。その柳が以下のようなツイートを発信しています。これもなんともいえず心魅かれる発言です。

『以前、リービ英雄さんと同じタクシーに乗っていて、大学の先生になれば安定収入を得られる、紹介してもいい、と言われたんです。「わたし、高校1年で退学になってから、学校行っていないんで、最終学歴は中卒ですけど、だいじょうぶですか?」と訊ねたら、「あぁぁぁ」と沈黙されてしまいました。』(柳美里Twitter 2017年12月7日)

『「それは、ダメですね」と。』(同上)

『ダメなんだよ、勤められないんだよ、書くしかないんだよ、と休みなく書きつづけて30年が経ちました。』(同上)

その前振りとして以下のようなツイートもあります。

『高3息子、9日にAO入試で、8日に東京のホテルに泊まります。しかし、今日、学校で足首を捻挫して松葉杖で帰ってきました。担任の先生が、明日は受験に備えて学校を休んだほうがいい、と言ってくださったので、そうします。「なんでこんなに不運なんだろう」と、20回くらい言っていました。』(柳美里Twitter 2017年12月6日)

『ま、ついてないわな。松葉杖じゃ、リュックは背負えないから、明日、トランクをホテルに送ります。』(同上)

『学校で面接の練習をノックからやっていたそうで、「松葉杖でどうノックすればいいんだろう? 練習と違うから、緊張して何も話せなくなるかもしれない」とビビりまくっていました。明日、松葉杖版面接の練習をやってあげる、と言って落ち着かせました。』(同上)

『高3息子、明後日9日にAO入試なんですが、わたしは大学受験はおろか高校受験も経験していないんで、未知の領域なんですよね。』(同上 2017年12月7日)

『超低学歴の母親を持つ息子。』(同上)

その柳は10代の頃は役者を目指していたようです。

『JR上野駅公園口』を英訳中のMorgan Giles @wrongsreversed と、早稲田の「カフェ GOTO」でお茶した。次々焼き上がる出来立てのケーキ(わたしはパウンドケーキ、モーガンはパンプキンケーキ)が、おいしかった。モーガンが「昭和の雰囲気」と言った。』(同上 2017年』(同上 2017年11月16日)

『JR原宿駅竹下口。
このファミマの奥に、東京キッドブラザースの小劇場があった。
10代半ばは、役者を目指して、毎日朝から夜中まで踊っていた。』(同上)

【山中人間話目次】
・ダメなんだよ、勤められないんだよ、書くしかないんだよ、と休みなく書きつづけて30年が経ちました。(柳美里Twitter 2017年12月7日)
・中島岳志のいう「リベラル保守」とは戦前型右翼政治への回帰志向の謂いでしかないことはもはや明らかというべきでしょう
・この最高裁のNHK受信料合憲判決は尾崎幸廣弁護士の指弾するように「非常に卑怯な判決」というべきだろう
・列島語り-出雲・遠野・風土記-(赤坂憲雄、三浦佑之著 青土社 2017年)
・NHK ETV特集「砂川事件 60年後の問いかけ」12月16日午後11時00分~ 午前0時00分放送
キョウ かんなづき50

Blog「みずき」:森川文人さん(弁護士)の「カタルーニャ賛歌 2017」。むろん、森川さんの視点によるジョージ・オーウェル『カタロニア賛歌』2017年版の意です。森川さんは言う。「(いま、スペインの)人々の怒りが現体制に対し向けられています。このパワーはすごいですよね。人間の品位(Blog「みずき」注:ジョージ・オーウェルの『カタロニア賛歌』の中の言葉)がそこにあるとしたら、それはやはり素晴らしい闘いなのだと思います」。そして、森川さんは、ここでは「人間の品位」の例証として政府の暴力があろうと「いつでも街に出る準備は出来ている」というスペインの10代の若者の言葉を引いています。ここでは「人間の品位」とは「若者の気構え」のことを指しているのです。

『今、世界中が注目しているカタルーニャ独立問題。スペインの10代の言葉が報道されています(朝日10/29)。「もう最高。泣きました。スペインの人々や政府が軽視してきた私たちの言語や歴史を守るには独立しかない。」「独立を阻止するために中央政府は暴力をふるうかもしれないけど、いつでも街に出る準備は出来ている。私たち全員を捕まえることは不可能です。(ミレイア・カレノ・バロ(19))

報道を見ても、よくわかりません。「独自の言語や文化を持ち、繊維や自動車などの産業が集まる地域。だが、1930年代のフランコ独裁時代、カタルーニャ語も使用が制限された。」「政治スタイルも『地域ナショナリズム』を生んだ。」(朝日同)とはされていますが・・・・。・・・よくわからないながら、すごいと思うのは、スペインのカタルーニャの10代の若者が、「私たちの言語や歴史」を守ろうとし、そして、政府の暴力があろうと「街に出る準備は出来ている」という気構えを持っている、ということです。もちろん、独立反対派もいます。実際のスペイン、そしてかつて二度訪れたバルセロナの現実を見てみたいです。世界中の多くの人がそう思っているでしょうけど。

1936年末からスペインで戦った、あの『1984年』のジョージ・オーウェルは、『カタロニア賛歌』で「こうした問題では、だれしもが完全に正しいということはなく、またあるはずもないと私は信じている。自分自身の目でものを見る以外に何事についても確信を持つことは困難だし、だれしも意識的あるいは無意識的に党派的な立場で書くものだ。」と述べています。あのスペイン戦争=スペイン内乱を描くことも、一つの経験として描くことがある意味、正確なのでしょう。しかし、オーウェル自身は「一見したところ、このように災難だらけであったが−そしてたとえスペイン戦争が、虐殺や肉体的受難はさておき、恐るべき悲劇に終わったとしても−その結果は必ずしも幻滅やシニシズムとはならない。はなはだ奇妙だが、私には全体験が人間の品位に対する信頼を弱めるどころか、より強固にした。」と書いています。

人間の品位に対する信頼・・・今、スペインの人々のが何を求めているのか、それは、利己的な想いにすぎないのか、そうではないものか。ナショナリズムとまとめられしまうものか、不正(汚職事件)の隠蔽として利用されているのか。いずれにせよ、人々の怒りが現体制に対し向けられています。このパワーはすごいですよね。人間の品位がそこにあるとしたら、それはやはり素晴らしい闘いなのだと思います。』(森川文人のブログ 2017-10-29

【山中人間話目次】
・人々の怒りが現体制に対し向けられています。このパワーはすごいですよね。「人間の品位」がそこにあるとしたら、それはやはり素晴らしい闘いなのだと思います
・人がひとつの思想を見出して共感し、その思想と呼応し共振するということについて――私の幼い頃の話
・時代の逆流はここまで来ている。組合活動をして「懲戒解雇」とはおよそ許されないことだ。許してはならない
・「産業界から人材を受け入れるなど実社会で評価されている大学に限定すべきだ」――この者ども、千仞の谷に嘔吐すべし
・著書『帝国の慰安婦』における朴裕河(韓国・世宗大教授)の名誉毀損罪訴訟に関するソウル高裁の控訴審判決について
キョウ かんなづき48
スウェーデンの国会前でのデモに参加する子供たち(AFP 2006年)

Blog「みずき」:秋原葉月さん(「Afternoon cafe」ブログ主宰者)が本日付けの「主権者の育て方(スウェーデン編)」という記事で「日本の子供はバカにされている。若者の投票率が低い理由をスウェーデンと比較してわかったこと」という大変参考になるハフポスト日本版の鈴木賢志明治大学教授へのインタビュー記事(2017/10/16付)を紹介しています。日本では衆院選の若年層投票率は32.6%であるのに対して、スウェーデンでは国政選挙(2014年)の30歳未満の若年層の投票率は81.3%というのですから参考になるという以上に驚異的とさえいえる事実の紹介です。この違いはなにか? 以下、秋原さんの前文と秋原さんの紹介する鈴木教授へのインタビューの要旨をご紹介させていただこうと思います。


『私たちの暮らしは全て政治に関わっているから、私たち主権者はいつだって政治的意思表示する権利があるのだということ私たちの出番は選挙だけ、それが終わったらシーズンオフになる、というのは間違いであること

日本人は、この当たり前のことを実感する機会が与えられないまま、大人になります。子どもが政治にかぶれるなどケシカラン、寄るな触るな黙ってろ、と遠ざけるのが教育だと思われています(略)それなのに18歳になったらいきなり投票しろ、と言われるのです。しかもその18歳が高校生だったら、実質学校の監視下でしか政治に関われません。(略)ある意味凄いですね、上にいる権威が監視し、権威が許した範囲内でしか政治活動の自由がない「主権者」って、果たして主権者と言えるのでしょうか。「自民党の言うところの民主主義」がすんなり浸透し、選挙が終わったらあとはお上に丸投げという、いかにも日本的な「おまかせ民主主義」の原因のひとつはこれでしょう

以前スウェーデンの教育のエントリーで、スウェーデンでは子どもの頃から政治参加する教育をしていることを書きましたが、良記事がありましたのでご紹介します。』(Afternoon cafe 2017年10月28日

●日本の子供はバカにされている。若者の投票率が低い理由をスウェーデンと比較してわかったこと。
http://www.huffingtonpost.jp/2017/10/16/young-generation_a_23245487/

『「18歳選挙権」が導入され、2度目の全国規模の国政選挙となる衆院選が10月22日に投開票される。初回、2016年の参院選では、盛んな呼びかけにもかかわらず18歳と19歳の合計投票率は46.78%と低水準だった。今回の選挙では、批評家の東浩紀氏が「積極的棄権」に賛同する人の署名を集めるなど、政治に対する厭世観がさらに広がっているようにも見える。そこでハフポスト日本版は、投票行動について興味深い国際比較の研究をしている明治大学の鈴木賢志教授に話を聞いた。

スウェーデンの国政選挙(2014年)の30歳未満の若年層の投票率は81.3%。同じ年の日本の衆院選の若年層投票率は32.6%と大きな差がある。しかし、一方で、内閣府の意識調査で「政治に関心がある」と答えた若者の割合は、むしろ日本の方が高かったのだ。

「政治に関心が薄い、でも選挙に行く」とは、いったいどういうことなのだろうか?

鈴木教授はスウェーデンの若者の高い投票率を引き出している教育に着目。小学校高学年相当の社会科の教科書を紐解いた著書も出版している。日本とスウェーデンの若者の、何が違うのか?そしてその比較から鈴木教授が「日本の子供はバカにされている」と指摘する、その理由とは?

――スウェーデンの若者の投票率が日本より高い、一番の理由は何でしょうか?

「エフィカシー」です。つまり、政治に関心があるというより、「自分が投票したら社会が変わる」という意識です。

内閣府が2013年に実施した若者の意識に関する調査で、「あなたは、今の自国の政治にどのくらい関心がありますか」という質問がありましたが、「非常に関心がある」「どちらかといえば関心がある」を合わせて政治に「関心がある」という若者の割合を比べてみると、日本がスウェーデンを上回っているのです。

一方、「『私個人の力では政府の決定に影響を与えられない』と思いますか」という質問に対して、日本では「そう思う」「どちらかといえばそう思う」という若者が多いのですが、スウェーデンでは少数派でした。

例えば、スウェーデンには、学校選挙という制度があります。

――学校選挙、どんな制度ですか?

投票日の前の2週間、中学校と高校相当の学校で、実際の選挙と全く同じ政党、同じ投票用紙で、投票するんですよ。

――同じ政党、同じ投票用紙ですか。

しかもその結果は、全国的に集計されて、本当の投票結果が出たすぐあとに公表されます。

――日本でも学生が「模擬投票」をする取り組みはありますが、架空の政党・候補者ですよね。

それで、何になるというのでしょう。日本の子供だってバカじゃありません。架空の名前を書かされても何も面白くない。本当の選挙で問われるのは、自民党や公明党にこのまま政権を担ってもらいたいのか、それともその他の政党なのかって話じゃないですか。スウェーデンでは、それをきちんと子供たちにも問うています。

――そう考えると、日本の子供たちはある意味「バカ」にされている気がしました。

そうだと思いますね。「子供扱いされている」と言えるかもしれません。

――子供扱いされている。

子供扱いされた結果、どういう大人になるのでしょうか。

18歳で選挙権が付与されることになりましたが、私の教えている明治大の学生たち、日本でそれなりの大学だとは思うのですが、日本のそれぞれの政党のことをどのぐらい理解しているのか疑問です。

「安倍首相は憲法を変えようとしている、だから、革新、だから『左翼』なんですね」と理解している学生もいるぐらいです。

普通の大人の人々だって、「あの人かっこいいから」「かわいいから」と、投票しているんじゃないですか?

――なるほど...投票に行く、行かないの前にそもそも知らないという問題もありますね。

要するに、教育で教えていないんですよ。例えば「右」とか「左」って何?っていうことさえ。教育ではタブーですよとなっていますよね。現実ではなく、一般的な制度しか教えません。

――スウェーデンでは教えているのでしょうか。

高校に各政党の若者組織の関係者がやってくる授業があります。若者目線で「自分たちの政党はこういうことを言っている」というのを解説するんです。

ただ、中立性には気を配らなくてはいけないので、申し出があった、一定以上の規模の政党の来校は基本的に受け入れる決まりになっています。時間的な制約や先生の負担の大きさの点で問題になっていたりはするのですが、基本的に政党が学校に来ることを悪いことだとは考えていません。

日本だと、中立性を保つために、一切呼ばないとなるのが普通ですが。

――学校に、政党が来て話をするというのは、ちょっと考えられないですね。

僕は、8年前の選挙の前に、現場を見たことがあります。体育館で子供たちが座っていて、政党の人々も革ジャンみたいなのを着て、「お前ら、俺はこの政党から来たんだけど、どう思ってる?」みたいな問いかけをしていましたね。

生徒側からはヤジが飛んだりもしました。「ふざけんなーお前の政党は間違ってる」みたいな。モノを投げる生徒もいて、そういう中で、「でも、うちの政党はこういうことを考えてるんだ」と話していました。

――日本だったら、先生が青くなってしまいそうです...。

そもそも、中学生・高校生にもなると、政党の若者支部に入っている子も多いです。

ある中学校相当の社会の授業で、インタビューの課題を与えた学校も見ました。ある社会問題に対して各党ではどういう意見を持っているか、それぞれ調べましょうという内容でした。

そこからも、すごくて。「詳しく知らないけれど隣のクラスの子が党員だから聞いてみよう」とか。その子が支持している政党以外の党が割り振られて、渋々やってる子もいましたね。

日本では選挙権のない18歳未満は選挙運動が禁止されていますよね。でも、スウェーデンはそんなレベルじゃないですよ。ある政党の若者支部の党員の子が、ほかの学校に行ってチラシを配ったりもしているんです。(後略)』

【山中人間話目次】
・スウェーデンの30歳未満の若年層の投票率は81.3%。対して日本の若年層投票率は32.6%。この差異はどこから生まれるのか?
・ベンヤミンの「抵抗」について
・カタルニア議会独立を宣言
・台湾の霧社原住民抗日群像――台湾で霧社事件があった日(10月27日)に
・このメディアの(結果としての)横の連携の力は大きい!――衆院選2017:森友・加計学園問題、終わっていない 新聞27社が社説でくぎ刺す
キョウ へんみよう28

Blog「みずき」:辺見庸は「資本は何でもするし、それにはうち勝ちがたいけれども、しかし『人間であるがゆえの恥辱』というものがあるじゃないか」、と憤る。しかし、また、「恥辱」について、「ややあって女性は言いました。『セーキは自分で洗いますか?』自分、のグラスは自分で洗いたいですか、といった調子の、媚びるでも強いるでもふざけるでもない、ただ生真面目な問いなのでした。(……)恥辱をぼくは豪も感じませんでした。むしろ好感したのです。なぜでしょうか?たぶん、ぼくが想定するエクリチュールとしての言語表出の次元をさらりと超えていて、なおほっこりと人間的だったからでしょう。でも、同じ言葉を違う人物が異なる場面で語ってもだめなのかもしれません。ついでに言えば、彼女は日に何人もの障害者らを洗っています。恐らく、信じられないほどの安い給料で」とも書く。自身が死に際にあったときも資本のこと、すなわち、「信じられないほどの安い給料」の不平等の問題、不平等の悲しさの問題を忘れていない。忘れられはしないのだ。それは人間の証明というべきではないか。

【山中人間話目次】
・ジル・ドゥルーズと辺見庸の人間であるがゆえの恥辱を、まったくとるにたりない状況で、強く実感させられること
・「人間であるがゆえの恥辱」は手近の日常生活のなかにいくらでも埋まっているようです。それを人として恥とするかどうかが、より深く考え、何かを拒むことへの出発点にはあるのかもしれません
・辺見庸の大道寺将司、終刊前の「キタコブシ」177号のことなど
・阿部治平さん(青海省青海師範大学講師など歴任)の中共、習近平批判(続)――中国にも「正論」はある、ただ民衆のものになっていないだけだ(リベラル21 2017・08・20)
キョウ まらら

Blog「みずき」:「マララさんは3月に同大から、大学入学資格試験(Aレベル試験)での一定の成績を条件に入学を許可すると伝えられており、17日に発表された試験の結果により合格が決まった。」(時事通信 2017年8月17日)「一定の成績を条件」とはどういう条件か。他の受験生との間に差別はないのか? 必ずしもクリアではない。マララは「学業を終えた後、パキスタン首相になりたい」と語っているという。クリアではない受験で合格した者にクリアな政治ができるとは思えない。それに政治家志望というのも権力志向的にすぎる。私にははっきり言ってうさんくさい。

若者時代から壮年時代にかけての放浪の旅を通じてアジアや中東地域の人々の暮らしに対する知見の深い写真家で作家の藤原新也さんの「マララ論」を置いておきたい。
 
『マララさんのノーベル平和賞の受賞にはさまざまな批判がある。イスラム国台頭の最中、対イスラム過激派共闘へのプロパガンダとされた感は確かに否めない。というより絶妙のタイミングだったと言える。(略)マララさんの場合は欧米の価値観や欧米主導の政治のイコンとなるにはこれ以上にない”道具立て”を所有していた。そしてまた少女はその”お膳立て”に十分すぎるほど応えている。私は彼女を見ているとついインドやパキスタンの旅を思い出してしまう。なぜかあっちの方にはこういう小娘がよく居るのだ。エリートの子供で、学校の成績のよいらしい歳の端もいかない10代の小娘が自信たっぷりに大人顔負けの饒舌な口調で(稚拙な)論理を振り回す。まるで街頭の香具師ではないかと思えるほど口八丁手八丁だ。その過剰な自己主張は一体どこから出ているのだろうと思うことがある。日本にあまりこういった10代の小娘がいないので想像がつかないだろうが、旅の中でこういう手合いが出てくると辟易する。話に調子を合わせていると、自分の都合のいいように話をねじ曲げ、人の優位に立とうとする。マララさんもここのところ欧米世界の要請に応えるように自己ヒーロー化に向かっての言葉の脚色がエスカレートしている。もともと彼女の存在が世の一部に知られたのは彼女の住む地域がタリバン運動に席巻され女性の教育が禁止されたおり、イギリスのBBCの依頼によって現状をブログに書いたことがきっかけだった。彼女はその時、スクールバスでの通学にビクビクしている、という発言をしている。そしてそのコメントによって彼女は特定され、狙撃された。わずか11歳の子供である。ビクビクしているとの発言であっても現地の状況を考えると勇気ある発言であり、それは彼女の偽りのない本心だろう。その折の狙撃される前の彼女のポートレイトを見て私は汚れのない綺麗な子だとも思った。

だがそれから6年、彼女は欧米の”マララ・ヒーロー化計画”に応えて饒舌と脚色をエスカレートさせて行く。その真骨頂がノーベル平和賞の授賞の弁の中で出て来た以下の文言である。「私には黙って殺されるか、発言して殺されるかしか選択肢がなかった。だから私は立ち上がって発言してから殺されようと思った」まさに世界を唸らせるサビの効いた文言である。情報の溢れるこの情報化社会においては象徴となるような有効なワンコピーが功を奏すと言うことを十分心得たフレーズでもある。ひよっとしたら広告代理店が一枚噛んでいるのではないかと思わせるほどの出来映えである。ふとそう思うのは授賞の弁を全文読んでみると非常に優等生的平板なものでありながら、このフレーズだけが全体から浮いたように”高等”だったからだ。いやかりにそれが彼女自身が作った”コピー”であったとしても、あの”ビクビク”から”殺されようと思った”のわずか6年の間に彼女の身に何が起こったのか。それはそのわずか6年の間の少女のポートレイトの変化に現れていると写真家の私は見る。(藤原新也 Shinya talk 2014/10/14)うと思った”のわずか6年の間に彼女の身に何が起こったのか。それはそのわずか6年の間の少女のポートレイトの変化に現れていると写真家の私は見る。』(藤原新也 Shinya talk 2014/10/14)


【山中人間話目次】
・マララのオックスフォード大合格はクリアとは思えない。それに政治家志望というのも権力志向的にすぎる。私にははっきり言ってうさんくさい
・この世の中ではおかしいことがまかりとおっている。まず、ここから糾さなければならない。喫緊の課題だ――“20条裁判”を起こす非正規たち 正社員と同じ仕事・責任なのに待遇格差
・ジャーナリスト・安田純平さん長期拘束 政府、力尽くしたか 尾を引く「自己責任論」 - 毎日新聞 2017年5月2日
・坂井定雄さん(龍谷大学名誉教授、元共同通信ベイルート特派員)の「クルド人国家独立への住民投票迫る」
・浅井基文さん(元外交官、政治学者)のありえるかもしれない米朝関係の転換を示唆する「米朝関係の可能性(李敦球文章)」と題された李敦球(中国国務院世界発展研究所朝鮮半島研究主任)文章紹介記事
・そして、誰もいなくなった――安倍晋三の二度目の太鼓持ちを演ずる河野洋平の子・太郎の惨めな姿
キョウ ひろしま8

Blog「みずき」:72年前のきょう、 広島に原爆が投下された。広島原爆死没者慰霊碑には「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」という言葉が刻まれている。かつて寺島実郎はこの言葉の不可解さについて次のように書いた。

「広島の原爆慰霊碑に掲げられた『二度と過ちは繰り返しません』の言葉も、熟慮するほど不可解である。思わず共感する言葉であるが、誰のいかなる責任での過ちなのかを明らかにすることなく、『なんとなく反省』『一億総懺悔』で納得し、それ以上踏み込まないのである。/表層な言葉の世界への陶酔を超えて,いかにして実のある世界に踏み込むのか,これこそが戦後日本という平和な擬似空間を生きてきた我々の課題である。」(「小さな花」の強さ 2004年4月)

辺見庸は昨日の「日録」(と私は呼ぶ)で行政というものの不実と偽善を次のように指弾している。

「かながわ県のたより」2017年7月号に、重度障害者殺傷事件再犯防止を願って、「策定」されたという「かながわ憲章」が載っています。すばらしいです!すばらしく残酷でグロテスクです。

一ー私たちは、あたたかい心をもって、すべての人のいのちを大切にします一ー私たちは、誰もがその人らしく暮らすことのできる地域社会を実現します一ー私たちは、障がい者の社会への参加を妨げるあらゆる壁、いかなる偏見や差別も排除します一ー私たちは、この憲章の実現に向けて、県民総ぐるみで取り組みます

各項末尾は、読者の脳裡でしぜんに反転し、それぞれ「大切にしません」「実現しません」「排除しません」「取り組みません」と読める仕掛けになっています。起草者は、キリーロフふうに言えば、じぶんがこれらを「信じていないということも信じていない」でしょう。ルーティンワークでこしらえたこの誓約は、もっともウソくさく、残酷で、グロテスクです。この社会にふさわしく。 」(辺見庸ブログ 2017年8月5日)

広島原爆死没者慰霊碑に刻まれている言葉とこの「かながわ県のたより」の言葉のなんと似通っていることか。72年経っても偽善の風景は変わらない。


【山中人間話目次】
・広島原爆死没者慰霊碑に刻まれている「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」という言葉の不可解さと辺見庸の行政の不実批判の共通点
・太田昌国さんの「大道寺将司君との最後の日」という大道寺将司追悼の文章
・習近平崇拝というあらたな個人崇拝をつくりだそうとしている中国共産党の蒙昧と危険性について
・「朝鮮学校補助、16都府県が停止 北朝鮮問題や国通知で」という行政の愚かさについて
・山口敬之(当時TBS記者)の準強姦逮捕状を握り潰したとされる中村格・警視庁刑事部長(当時)が警察庁組織犯罪対策部長を経て総括審議官に昇格するという不可解
・最近の共産党・市民団体の右傾化スケッチ(12)(小景編)――田中宏和さん(「世に倦む日日」ブログ主宰者)の「野党共闘」と日本共産党の右傾化及びしばき隊(差別暴言集団)との関係性についての指摘
・最近の共産党・市民団体の右傾化スケッチ(13)(小景編)――共産党シンパサイザー・中野晃一(上智大学教授)の共産党の右傾化を促進させる謬論
キョウ なかむらてつ

Blog「みずき」:高世仁さん(ジャーナリスト)の中村哲医師讃歌。

個人礼賛はもとより私は好きではない。というよりも、個人礼賛はとんでもない誤りを惹起する。その可能性の方が大きい、と私は思っています。スターリン礼賛しかり、毛沢東礼賛しかりです。しかし、高世仁さんの中村哲医師讃歌は気持ちのよいものです。高世さんの中村哲さんに対する敬愛の念が自然と溢れています。中村医師と私を比較するつもりはもちろん毛頭ありませんが、中村さんも私も出自は筑豊の場末の町若松、ごんぞうのせがれです。私も中村医師に共感するところ大です。また、中村さんがアフガンのクナール川の石堰の模範にしたという山田堰は私の妻のふるさとの隣町にあります。


【山中人間話目次】
・個人礼賛はもとより私は好きではないが高世仁さん(ジャーナリスト)の中村哲医師讃歌は中村哲さんに対する敬愛の念が自然と溢れています
・金平茂紀さんは現役のジャーナリストの中では私のもっとも評価する記者のひとりです。私が嫌いなのは彼のFBにやたらに「いいね」する有象無象のやからです
・内海信彦さん(画家、早大「ドロップアウト塾」主宰)の沖縄東村高江訪問記
・太田昌国さん(評論家、編集者)の「1997年(すなわち、永山則夫の刑死)は、私たちの「現在」と深く繋がっている」という論考
・中野重治の天皇、天皇制批判に対する志賀直哉の反論と限界
・毎日新聞に掲載されている和泉洋人首相補佐官の写真はおのれの地獄行きをなにかしら察知しているようにも見える。宮仕えするものの哀れさをしみじみと感じさせる写真だ
・イラク、モスル市民4万人死亡か ISによる人間の盾で被害甚大 - 共同通信 47NEWS
・衝撃的なアルジャジーラのモスル解放報道 ₋ 坂井定雄(龍谷大学名誉教授、元共同通信ベイルート特派員)
キョウ あべちへい 

夏バテその他のためブログを更新するまでの体力の余力がありませんでした。この10日間ほどの「今日の言葉」をテーマ別に7回に整理、分載して記録として載せておきます。

Blog「みずき」:阿部治平さん(青海省青海師範大学講師など歴任)の中国共産党中央の「自由があってこそ創造があるのだ」という北京大学教授張維迎主張批判への反批判。

阿部治平さんは言う。

『中国では一党独裁を非難したり、資本の利益制限を主張したりするものは反マルクス主義的であり反革命である。権力と富とが特定階層に集中する現体制を正当化し、国家独占資本主義のゆがんだ市場経済を擁護するイデオロギーこそがマルクス主義である。』

『私が知るかぎり、(民主主義的な主張を抑えつける)力づくではない方法もある。中国で生活していたとき、私が接した学生のほとんどはマルクス主義の初歩の教条を知らなかった。「中学高校でいやになるほど暗記させられたから、もうマルクスはいやだ」というのがその答えだった。若者がマルクスを忘却の彼方の追いやることは、中共指導者にとってはたいへんに都合のよいことである。中国の現状をマルクス経済学の教条に...照らして、「中国では資本による労働の搾取があるのか」とか、「中国富裕層のあの巨万の富はどこから来たか」などと若者に言いだされては困るのである』、と。


【山中人間話目次】
・阿部治平さん(青海省青海師範大学講師など歴任)の中国共産党中央の「自由があってこそ創造があるのだ」という北京大学教授張維迎主張批判への反批判
・ZEDさん(「Super Games Work Shop Entertainment」ブログ主宰者)の紹介する韓国の作家、金甲洙氏の文在寅大統領評価
・最近の共産党・市民団体の右傾化スケッチ(4)(小景編)――もちろん中野晃一・永田浩三両氏は小林よしのりを支持する
・最近の共産党・市民団体の右傾化スケッチ(5)(小景編)――山口二郎の退嬰
・最近の共産党・市民団体の右傾化スケッチ(6)(小景編)――半田滋東京新聞記者(編集委員)の右傾化体質について
・最近の共産党・市民団体の右傾化スケッチ(7)(小景編)――『永続敗戦論』で華々しくデビューした白井聡批判
・最近の共産党・市民団体の右傾化スケッチ(8)(中国・小景編)――『天安門事件で戦車の前に立ちはだかったあの男性は北京の刑務所にいた
キョウ だいどうじしょうじ3

Blog「みずき」:「死の覚悟求めて止まず花の雨」。生前刊行されたものとしては最後の句集『残(のこん)の月』の一句である。「花の雨」は、桜を打つ雨。獄中の大道寺将司はそれをみたわけではない。心の花を雨で散らせ、みずからに課した死を、くりかえしなぞったのだ。逮捕から約40年、獄中での自責と悔恨、死のシュミレーションは、かれの日課だった。つまり、かれは想念で毎日くりかえし死んでいた。大罪はむろん大罪である。大道寺がいくら詫びたとて、獄死したとて、事件の被害者はよみがえらない。遺族は救われない。その苛烈な諸事実の間の、気がとおくなるほどの距離に、しかし、なにもまなばないとしたら、40余年の時間とおびただしい死傷者は空しいムダにしかならない。若い人びとはおそらく知るまい。一見はげしく対立するはずの、ヒューマニズムとテロリズムの二点を結ぶ線分は、おどろくべきことに、かつて、それほど長いものではなかったのだ。直線的な理想主義とそれを根拠とする憤激が、あるとき短絡し、おぞましい殺りくを結果した例は、1970年代の連続企業爆破事件にとどまらない。連合赤軍事件も内ゲバ事件も、生まれついての暴力分子の手になるものではなく、まことに逆説的で皮肉なことには、もともと過剰なほど真剣に理想をとなえるものたちの所業だったのである。(略)大道寺将司が逝ったいま、二つのパラドックスが暗示するものを、わたしはじっとかんがえつづけるだろう。一つは、事件関与を除き、それだけをのぞき、かれが「高潔」といってよいほどの人格のもちぬしだったこと。もう一つは、連続企業爆破事件のころ、世の中はそうじて明るく、いまのように戦争とテロをリアルに予感せざるをえない空気はなかったのである。つけくわえれば、当時は、いまほどひどい政権ではなかった。われわれは今後、奇しき生を行き、奇しき死を死ぬだろう。(辺見庸「奇しき生と奇しき死ーー大道寺将司とテロの時代」 中国新聞 2017年5月28日

【山中人間話目次】
・辺見庸の「奇しき生と奇しき死ーー大道寺将司とテロの時代」――大道寺将司追悼
・太田昌国さん(評論家)の5年前の『棺一基』(大道寺将司句集)評
・内田博文さん(九州大学名誉教授)の「治安維持法から迫る共謀罪の本質~政府は何を甦らせようとしているか~」
・安倍政権の一連の国連軽視発言をうけて「日本は国連人権メカニズムに敵対的な国として認定されつつある」という高林敏之さんの重要な指摘
・仲宗根勇さん(元裁判官、うるま市在住)の乗松聡子さんと新垣勉さんの埋め立て承認撤回と県民投票の是非をめぐる沖縄タイムス紙上における議論の評価
・浅井基文さん(元外交官、政治学者)の安倍政権とメディアによる「作り上げられた朝鮮の『脅威』」論批判
キョウ おにかいひろお
凝視する赤子

Blog「みずき」:高世仁さんの文章を読んで鬼海弘雄という人とインディアの写真集に魅了されました。世の中にはこういう人もまだまだいるんだな、という共感の思い。「カメラを買うお金も先生がくれた」というのもいい。こういう先生もまたいる。

「鬼海さんは1945年、山形県生まれ。高校を卒業し県職員として働き始めたが、「この先どんな生き方をおくるかが、もう丸見えのような気がした。それで、今までやってきた“実務”から一番遠いものは何だろうと考えていたら、哲学っていうのがあるらしいぞ」と退職して法政大学の哲学科に進む。そこで哲学者、福田定良と会ったことが人生を変えた。「考えることがいかにおもしろいか」に気付かされ、大学卒業後も就職せず、トラック運転手、職工、マグロ漁船の乗組員などしながら、自分に合った表現方法を探し、写真に行きついた。福田先生には卒業後もずっと師事し、カメラを買うお金も先生がくれたという。経歴からしてもう「哲学する写真家」である。」(高世仁の「諸悪莫作」日記 2017-05-27 )


【山中人間話目次】
・辺見庸、永山則夫と大道寺将司の死を哭く――どきりとする美しい文章
・TBS『報道特集』の創価学会員の共謀罪法案批判への疑問と疑念
・高世仁さんの文章を読んで鬼海弘雄という人とインディアの写真集に魅了されました
・浅井基文さん(元外交官、政治学者)の日本の伝統的政治土壌の根源的な問題から問い直す根底的な安倍政権批判
・沖縄の佐藤学さん(沖縄国際大学教授)の沖縄の視点から見た安倍政治の根源的批判
・徐京植さん(東京経済大教授)の「12.28日韓合意は破棄すべし」という視点からの安倍政権批判。ハンギョレ紙のインタビュー記事。
・文在寅氏のひそかな改革か 韓国・青瓦台が大統領への「敬語」をやめる?
・沖縄タイムスの本日(28日)付社説は翁長知事の埋め立て承認「撤回」宣言先延ばしという重大な不作為と公約違反に手を貸していると言わざるをえません
キョウ きょうぼうざい8

Blog「みずき」:小倉利丸さん(富山大学名誉教授。ピープルズ・プラン研究所共同代表)の「共謀罪」論断簡。「共謀罪」に関して、小倉さんの欧米の歴史を振り返ってみての「近代という時代の精神の本質」という指摘はよくよく考えてみなければならないことだと思います。

「BBCは、ロンドンのウェストミンター国会議事堂付近で起きた自動車テロの報道にほとんど全ての時間を費やしてる。テレサ・メイ首相は英国議会は「民主主義、自由、人権、法の支配という我々の価値を代表している」として、テロがこうした英国の価値観への挑戦だと批判した。テロが起きるたびに欧米の(そして日本の)政府首脳らが繰り返すこの自己讃美の言説を、私は納得して聞いたことがない。むしろ非常に不愉快な気分になる。英国が誇る民主主義や自由はまた同時に、英国の植民地主義と表裏一体だったのではないか?イラク戦争以降の対テロ戦争は、英国の民主主義、自由、人権にもとづいて広汎なイスラーム圏を武力紛争という民主主義も自由も人権も奪うような環境に追いこんだのではないか。民主主義、自由、人権を口にしながら、実際にはそのいずれもが奪われる。どうしてこのような欺瞞を繰り返す「先進国」の価値観に、こうした欧米500年の欺瞞に心情的にも共感できるだろうか。米国もフランスも有志連合の諸国だけでなく全ての対テロ戦争に加担している自称「自由と民主主義」の国に共通する欺瞞の言説が、むしろ敵意と憎悪を再生産しているのではないか。

言うまでもなく、日本が戦前戦中に繰り返してきたこともこれと同質であったし、戦後もまた日本の侵略と戦争責任への反省がないという意味でいえば、欧米先進国と同罪である。欧米帝国主義批判と民族解放戦争としての大東亜戦争なる言説とは裏腹に、日本の行為は明かな侵略であり虐殺であった。一方に口当たりのよい普遍的な理念を掲げ、この普遍的な理念を口実に、他方で残虐の限りを尽しながらこの暴力を正当化してきた。それが近代という時代の精神の本質ではないか。
 
テロ対策に厳罰主義や警察による捜査権限の拡大が役にたたないのは、この欺瞞を正当化するための国家による暴力の行使でしかないからだ。今問われているのは、価値観を裏切ることを平然と繰り返す権力の偽善そのものである。主権者たちもまた、こうした政府の偽善と腐敗を民主主義という舞台装置によって下支えしているのではないか。」

【山中人間話目次】
・小倉利丸さん(富山大学名誉教授。ピープルズ・プラン研究所共同代表)の「共謀罪」論断簡――近代という時代の精神の本質と共謀罪
・報道各社の22日の社説を通じて今日の「共謀罪法案」問題を考える――澤藤統一郎の憲法日記
・トランプ支持率のさらなる低下と「イスラム教徒の入国禁止を目的とした大統領の2回目の試みの2カ所の裁判所での敗北-坂井定雄さん
・米議会にトランプ大統領の「核先制攻撃」制限法案:「核戦略論議」沸騰へ- 春名幹男さん
・こういう騒ぎがあってもいい。パンツの話- 常岡浩介twitter

<こころの時代>
「父を問う」~いまと未来を知るために~
出演:作家・辺見庸&小さな犬



『友人各位 いかがおすごしでしょうか。小生は花粉症、麻痺悪化、右目硝子体出血、歩行困難、視床痛、慢性うつetc.でヘロヘロですが、犬とともに冗談を言いあい、なんとか生きております。さて、2017年3月18日 (土)午後1時から「こころの時代」がNHK教育テレビで再放送されます。12日の放送をみのがしたかたはぜひご高覧ください。テーマは拙著『完全版1★9★3★7』に直接かさなるものです。初回の放送は非常に好評でしたが、一部視聴者から「抗議」もあったと聞いております。再放送をご覧になり、お感じになったことやご意見を、NHKあてにメールや電話でお寄せいただければさいわいです。番組は終始静謐にてんかいされますが、きわめて重大な歴史の断面をうめこんでおります。げんざいと近未来のできごとをイメージするための参照点としても一見の価値ありとおもいます。が、きょうび、たったこれだけのことを放送するのにも、目にはみえない重圧があるようです。みなさんの応援だけが支えです。勇敢なディレクターたちへの声援をよろしくおねがいします!』(辺見庸ブログ 2017年03月19日)

『作家・辺見庸さんが生まれ育った宮城県石巻市は東日本大震災で壊滅的な被害を受けた。剣呑(けんのん)な予感を抱き続ける辺見さんの、今と未来を知るための思索の道程。これから何が起きるのか。それを予感するために、辺見さんは過去を振り返る。近著では、日中戦争が本格化した1937年をテーマに、資料を渉猟して、日本の戦争の実相を浮き彫りにした。その中で辺見さんは、中国に出征した父のことを書いた。戦場で父は何を見聞きし、どう振る舞ったのか。戦後をどんな思いで生きたのか。父に問い、同時に自らをも問い詰める。時代の奔流のただ中で「実時間」を知り、自分が自分であるために。』(NHK番組案内)
キョウ とうほくしはんだいがく4
東北師範大学構内Ⅰ

Blog「みずき」:大田英昭さん(日本近代思想史研究者。長春市在住)は矢内原忠雄の『満洲問題』(岩波書店、1934年)を授業で学生たちと精読していくにあたっての講義の際の中国の学生たちの反応を「かつて関東軍の軍靴の下に蹂躙された『現場』においてのみ共有されうる皮膚感覚」と表現しています。70年もの歳月を経ても風化せず、「共有されうる皮膚感覚」とはどういうものか。私はそこに忘却することをある意味よしとする日本人の精神性(それは日本人の「大勢順応主義」と表裏一体の関係にある)と中国人の歴史内在的な精神性(それはときとして権威なるものに翻弄されやすい性質ということもできるでしょう)との差異のようなものを思わざるをえません。ともあれ大田さんの講義初日の風景。

「今日、「日本思想文化史」の今学期の授業を開講した。授業で扱うテキストは、矢内原忠雄(1893~1961年、元東大総長、植民政策学者、無教会キリスト教徒)の『満洲問題』(岩波書店、1934年)。(略)授業をはじめるにあたり、矢内原の植民政策理論の最重要点として、主著『植民及植民政策』(1926年)の「実質的植民」の概念を説明した。ある社会群が新たな地域に移住し、社会的・経済的活動を行うことを、矢内原が「実質的植民」として概念づけ、政治的支配・従属関係をめぐる「形式的植民」から区別したこと、植民研究の主対象はそうした意味での「実質的植民」であるとされ、政治的支配・従属関係の問題を矢内原が植民概念の本質規定から除外したこと、などを説明したとき、学生たちの顔には明らかに疑念の色が浮かんだ。矢内原の植民理論ではいわゆる「植民」と「移民」の本質的区別が否定されていることを指摘すると、学生たちの間に苦笑すら漏れた。それは日本の教室ではまず起こり得ないことだろう。かつて関東軍の軍靴の下に蹂躙された「現場」においてのみ共有されうる皮膚感覚なのだ。」(大田英昭FB 2017年3月8日)


【山中人間話目次】
・大田英昭さん(日本近代思想史研究者。長春市在住)の矢内原忠雄『満洲問題』(岩波書店、1934年)講義初日の風景
・金光翔さん(岩波書店社員・元「世界」編集者)の「在日として生きていくためにウリハッキョ(私たちの学校)は必要」ということへの懐疑
・安倍晋三の「末期の道化」を嗤う-3選(1)――水島朝穂さん(早大教授・憲法学)の「第96代内閣総理大臣の「恥ずかしい」政治言語」
・安倍晋三の「末期の道化」を嗤う-3選(2)から附記:安倍首相夫人の終焉まで
・山城博治さんたちの即時釈放を求める決議の「週刊 法律新聞」掲載と辺野古埋め立ての現実
キョウ たなかみつ

Blog「みずき」:鄭玹汀さん(日本キリスト教史研究者)の田中美津論(「山中人間話」参照)。フェミニズムというとただそれだけで頭を垂れてしまう女性や男性がいます。ウーマンリブ(女性解放運動)についても同様のことが言えるでしょう。田中美津はそうしたウーマンリブ運動家たちの宣教師としてこの40、50年ほど君臨してきました。上野千鶴子はウーマンリブの出自ではありませんが、私は、やはり田中美津とほぼ同様のことがいえるだろうと思っています。彼女もセンチメントなフェミニストの教組としてこの40年ほどフェミニズム学ないしはジェンダー学の周辺で君臨してきました。

ところで、私は田中美津と言う人にずっと違和感を抱き続けてきました。しかし、私は、嫌いになるとその人の著書も読まない性質なので(それでも田中美津の著書は何冊か読んでいますが)、違和感は違和感のままにそのまま私の中で居座り続けています。鄭玹汀さんはその私の違和感をずばりと言い当ててくれました。そのとおりです。感謝申し上げます。田中美津評価はその人がほんものかどうかを私が見極めるよい尺度になっていると思っています。

さて、田中美津さんの毎日新聞インタビュー発言については、私にはいがいでしたが、お仲間の作家の北原みのりさんも批判しています。「いやーん、これひどいわー! AV出演強要問題は、人権派VS楽しく仕事したい人たちの対立、と美津さん。被害を訴えた女性は「心の問題」があり、「人権」を訴えるだけでは被害者は癒やされない、と。まじか・・・そしてこのインタビューを、AVANの川奈まり子氏が「神回」と絶賛中。AV強制出演問題は、経済成長と表現の自由への盲信から性売買(AVを含む)を世界一発展させてきた日本の闇、根深い暴力問題。「ポリコレ」VS「本音」みたいな分かりやすい陳腐な対立枠組みつくって被害者の声を塞ぐなんて、これじゃ美津さん、上野さんと同じじゃないのよ。」(北原みのりTwitter 2月22日)、と。

しかし、根底的なというか、日本でのフェミニズムの定着の歴史を振り返っての批判になりえていませんね。おそらく北原さんにはそうした問題意識はないのでしょう。同じ過ちが繰り返されるおそれを私は感じます。


【山中人間話目次】
・鄭玹汀さん(日本キリスト教史研究者)の田中美津論――田中美津の毎日新聞インタビュー発言をめぐって
・最高裁の裁判官は権力に屈服する裁判官ほど最低なものはないということをよくよく知るべきだ
・瑞穂の國記念小學院の大阪府による不認可確実の情勢に満足してはいけない
・メディアよ。安倍をいま叩かないで、いつ叩くというのだ。一点集中して攻撃(報道)せよ。それが「メディア=ウォッチ・ドッグ(権力の監視者)」の謂いのはずだ
・瑞穂の國記念小學院問題のバックには陰にせよ陽にせよ必ず安倍の存在がある。そこを叩け
・安倍晋三のトランプ同様のALT‐FACT(もうひとつの事実)。すなわち、安倍のデマについて