以下、昨日の特定秘密保護法「運用基準」閣議決定問題に関する報道3本と日弁連の「異議」声明 (全文)です。日弁連の「異議」声明は改めて秘密保護法の問題点と同法運用基準の問題以前の問題(ざる法ぶり、でたらめさ)を指摘して正鵠です。あわせて特定秘密保護法審議過程の議論を示す公文書(毎日新聞 2014年10月10日)も資料としてアップしておきます。
 
秘密法、運用基準閣議決定 監視機関も身内組織
(東京新聞 2014年10月15日)
 
政府は十四日、国民の「知る権利」を侵害する恐れのある特定秘密保護法の運用基準と、施行期日を十二月十日とする施行令を閣議決定した。政府が「秘密」を拡大解釈して恣意(しい)的に運用することに歯止めもないまま、施行手続きが終えられた。世論の反対を押し切って同法を成立させて十カ月。この間、主要な三つの懸念は何も変わっていない。最も懸念されるのは拡大解釈だ。法律では特定秘密の対象を「防衛」「外交」「特定有害活動(スパイ防止)」「テロの防止」の四分野とした。運用基準でこれを五十五の細目に分けたが、「領域の保全のために政府が講ずる措置またはその方針」など、政府が幅広く解釈できる項目が並ぶ。運用基準で「必要最小限の情報に限る」と留意事項も加えたが、指定判断は政府に委ねられたままだ。拡大解釈の歯止めになるべき監視機関も、身内の組織にすぎない。菅義偉官房長官は十四日の記者会見で「厳格にチェックできる二重、三重の仕組みを設けた」と強調したが、内閣府の「独立公文書管理監」は審議官級で、秘密指定する閣僚より立場が弱い。内閣官房に各府省庁の次官級による「内閣保全監視委員会」がつくられるが、官僚機構に変わりない。秘密指定の期間は原則三十年だが、一度指定されれば、政府の判断で永久に指定され続ける懸念もそのまま残った。秘密を漏らした側には罰則があるのに、不当な秘密指定への罰則がない問題も改善されていない。運用基準を了承した自民党総務会では「米国の秘密制度では『非効率性の助長』などに当たる秘密指定をした場合、行政側に罰則規定があるが、秘密保護法にないのはおかしい」との疑問が出たが反映されなかった。
 
秘密保護法:運用基準決定「知る権利尊重」具体策示されず
(毎日新聞 2014年10月14日)
 
特定秘密保護法に基づく秘密の指定や解除のあり方を定めた運用基準と、法の施行日や秘密指定できる行政機関を19機関とする政令が、14日午前の閣議で決定された。特定秘密保護法には「報道・取材の自由への配慮」が記され、運用基準には「国民の知る権利の尊重」の文言が盛り込まれた。しかし具体策は示されていない。運用基準を了承した自民党総務会でさえも「どうやって担保するのか」との声が上がったという。情報に関する法律の専門家は、秘密の漏えいが起きた時、入手した記者が刑事訴追されなくても、情報源の公務員を割り出すために捜査当局が記者のパソコンやICレコーダーを押収したり、記者が情報源を明らかにするよう求められたりする事態を懸念する。鈴木秀美・大阪大大学院高等司法研究科教授は「報道機関への情報提供の道を確保するため、ドイツの刑事訴訟法のように、報道関係者が取材源の証言を拒絶できる権利を明文化すべきだ」と話す。秘密指定が妥当かをチェックするために内閣府に置かれる「独立公文書管理監」や「情報保全監察室」の役割も運用基準に示されたが、政府の内部にあって手加減なく監視活動ができるかが焦点だ。そのために、官庁からの異動で配置される可能性のある管理監や監察室の職員が、古巣に戻らない制度を求める意見が与党の公明党からも出ている。だが実現は不透明だ。政府は秘密保護法の運用に対する懸念の声に「二重三重の(チェックの)仕組みで恣意(しい)的、不正な運用はできない」(安倍晋三首相)との説明に終始している。同法は施行まで2カ月を切った。国会論議を通じて課題を洗い出し、政府は具体的な措置でそれに応えるべきだ。
 
<特定秘密保護法>政府の運用基準に日弁連が「異議あり!」 会長声明(全文)(弁護士ドットコム 2014年10月14日)
 
安倍内閣は10月14日、「特定秘密保護法」の運用基準と政令を閣議決定し、12月10日の施行を正式に決めた。これに対し、日本弁護士連合会は村越進会長の声明を発表した。
 
村越会長は声明で、閣議決定された運用基準をふまえたうえで、特定秘密保護法について「秘密指定できる情報は極めて広範であり、恣意的な特定秘密指定の危険性が解消されていない」「多くの特定秘密が市民の目に触れることなく廃棄されることとなる可能性がある」などと指摘している。
 
そして、特定秘密保護法には「依然として重大な問題がある」とし、同法を「まずは廃止」したうえで、「国民的議論を進めていくべき」と強調している。

公文書に見る特定秘密保護法審議過程(毎日新聞 2014年10月10日)
 
秘密保護法施行令(案)等の閣議決定に対する会長声明
(日弁連 2014年10月14日)
 
本日、特定秘密の保護に関する法律(以下「秘密保護法」という。)の施行令(案)及び運用基準(案)等が閣議決定された。
 
情報保全諮問会議が本年7月に作成した同施行令(素案)及び運用基準(素案)等については、7月24日からパブリックコメントが実施され、難解な内容にもかかわらず、2万3820件の意見が提出された。情報保全諮問会議ではこれを検討し、施行令(案)及び運用基準(案)等を作成し、9月10日に内閣総理大臣に提出した。その内容は、前記の各素案とほとんど変わらないものであった。
 
他方、国連人権(自由権)規約委員会は7月31日、日本政府に対して、秘密指定には厳格な定義が必要であること、ジャーナリストや人権活動家の公益のための活動が処罰の対象から除外されるべきことなどを勧告した。
 
当連合会は、9月19日付けで「特定秘密保護法の廃止を求める意見書」を公表し、この法律の廃止を改めて求めたところであるが、市民の強い反対の声を押し切って成立した秘密保護法には、依然として、以下のとおり、重大な問題がある。
 
(1)秘密保護法の別表及び運用基準を総合しても、秘密指定できる情報は極めて広範であり、恣意的な特定秘密指定の危険性が解消されていない。
 
(2)秘密保護法には、違法・不当な秘密指定や政府の腐敗行為、大規模な環境汚染の事実等を秘密指定してはならないことを明記すべきであるのに、このような規定がない。
 
(3)特定秘密を最終的に公開するための確実な法制度がなく、多くの特定秘密が市民の目に触れることなく廃棄されることとなる可能性がある。
 
(4)政府の恣意的な秘密指定を防ぐためには、すべての特定秘密にアクセスすることができ、人事、権限、財政の面で秘密指定行政機関から完全に独立した公正な第三者機関が必要であることは国際的な常識であるが、同法が規定している独立公文書管理監等の制度にはこのような権限と独立性が欠けている。
 
(5)運用基準において通報制度が設けられたが、行政組織内での通報を最優先にしており、通報しようとする者を萎縮させる。通報の方法も要約によることを義務づけることによって特定秘密の漏えいを防ぐ構造にしてあるため、要約に失敗した場合、過失漏えい罪で処罰される危険に晒されている。その上、違法行為の秘密指定の禁止は、運用基準に記されているのみであり、法律上は規定されていないので、実効性のある公益通報制度とは到底、評価できない。
 
(6)適性評価制度は、情報保全のために必要やむを得ないものとしての検討が十分になされておらず、評価対象者やその家族等のプライバシーを侵害する可能性があり、また、評価対象者の事前同意が一般的抽象的であるために、実際の制度運用では、医療従事者等に守秘義務を侵させ、評価対象者との信頼関係を著しく損なうおそれがある。
 
(7)刑事裁判において、証拠開示命令がなされれば秘密指定は解除されることが、内閣官房特定秘密保護法施行準備室が作成した逐条解説によって明らかにされたものの、証拠開示が命じられるかどうかは、裁判所の判断に委ねられており、特定秘密を被告人、弁護人に確実に提供する仕組みとなっていない。そもそも秘密保護法違反事件は必要的に公判前整理手続に付されるわけではなく、付されなかった場合には、被告人、弁護人が秘密を知ることなく公判手続が強行される可能性が大きく、適正手続の保障は危殆に瀕する。
 
(8)ジャーナリストや市民を刑事罰の対象としてはならないことは、国家安全保障と情報への権利に関する国際原則であるツワネ原則にも明記されており、アメリカやヨーロッパの実務においても、このような保障は実現されているが、国際人権(自由権)規約委員会からも同様の指摘を受けたことは前述したとおりである。
 
当連合会は、本年8月22日付けで運用基準(案)に対するパブリックコメントを提出し、法令違反の隠蔽を目的として秘密指定してはならないとしている点について、「目的」を要件にすることは不当であり、違法行為そのものの秘密指定を禁じるべきと主張した。これに対して、政府は、運用基準(素案)を修正し、行政機関による違法行為は特定秘密に指定してはならないことを明記した。これは、今後ジャーナリストや市民が違法秘密を暴いて摘発されたときには、無罪を主張する法的根拠となりうるものとして評価できるが、本来、法や政令において定めるべきことである。
 
また、独立公文書管理監職は一名しかおらず、特定秘密の閲覧や秘密指定解除の是正勧告等の権限を有する者であるから、その独立性及び権限行使の的確さが強く求められるところ、どのような者が担当となるかについて政府は全く明らかにしていない。加えて、(1)独立公文書管理監を補佐する情報保全監察室のスタッフの秘密指定機関へのリターンを認めないこと、(2)すべての秘密開示のための権限を認めること、(3)内部通報を直接受けられるようにすることなど、運用基準(素案)の修正により容易に対応できたが、これらの意見は修正案に採用されなかった。政府は恣意的な秘密指定がなされないような仕組みを真剣に構築しようとしているのか、極めて疑問である。
 
市民の不安に応え、市民の知る権利と民主主義を危機に陥れかねない特定秘密保護法をまずは廃止し、国際的な水準に沿った情報公開と秘密保全のためのバランスの取れた制度構築のための国民的議論を進めるべきである。
 
2014年(平成26年)10月14日
日本弁護士連合会
会長 村越 進
3月1日から4月30日までに書いた弊ブログ記事をまとめました。

この2か月間の記事数は3月と4月を合わせて合計27本でした。3月は腰の手術のため2週間程度入院していて、その間体調的にもネット環境的にも記事は書けませんでした。3月の記事数が少ないのはそういう理由からです。

3月、4月を通じて、私は、いまの政治危機の問題(保守・改憲勢力、保守大連立(独裁体制)勢力は衆院において3分の2の議席を優に超え、この夏の参院選挙しだいでは衆院、参院を含め国会勢力全体として3分の2超えをする(すなわち、憲法改正発議権(憲法96条)を持つ)可能性の強い戦後最大といってよい政治危機)を念頭において、その戦後最大といってよい政治危機を革新勢力としてどう乗り越えるのか、という観点から「護憲結集」の問題に力をいれて書いてきました。

「アンチ朝鮮人デモ」の問題や救援連絡センター初代事務局長の水戸喜世子さんの長いインタビュー記事の紹介、 ジャパンタイムズの中山武敏さん(東京大空襲訴訟弁護団長)への対自伝的インタビュー記事の紹介、4.28は沖縄にとって「屈辱の日」以外のなにものでもないことなど3、4の例外を除いて、私がこの間書いたすべての(といってよい)記事は直接には政治危機の問題とは関係がないように見える記事を含めて「護憲結集」はいかにすれば実現できるか、また、実現させることができるか、という問題意識から書かれたものです。

*そのためにはいま一部の革新勢力によって提唱されている“日本版オリーブの木”構想「緑茶会」構想なるものは結局のところ真の政治革新にとっての弊害となるほかなく、また、「保守補完第3極」としての「偽りの第3極」となるほかないことを論証的に示しておく必要がありました。したがって、この間の記事は多少論争的になっている気味がありますが、そのことは私としてはある程度以上やむをえないことだと思っています。

私のいまの政治状況下での問題意識の在り処のすべてはここにあるといっても過言ではありません。

*「原発」問題も「放射線」「がれき」問題も政治を「革新」の政治に変えない限り変わりようがないのです(「日本版オリーブの木」構想や「緑茶会」構想などは真の「『革新』の政治」構想とは評価できない、と私は思っています)。

【3月の記事】(9本)
(1)■2013.03.01 1月、2月の弊ブログ記事のまとめ
(3)■2013.03.03 「上関原発 漁業補償金 一転受け取り 県漁協祝島支店が議決」という報道に触れて
(4)■2013.03.20 広原盛明さんの共産党の6中総決定批判(期待するがゆえの批判)と「護憲第3極=反ファッシズム統一戦線」形成の提起
(5)■2013.03.23 太田光征さん(市民団体「市民の風」代表)の「広原盛明さんの共産党の6中総決定批判(期待するがゆえの批判)と『護憲3極=反ファッシズム統一戦線』形成の提起」の論の疑問への応答
(6)■2013.03.26 テレビ朝日の「モーニングバード『そもそも総研たまペディア』放送中止の謎」という言説への疑問
(7)■2013.03.26 「小沢一郎氏は『集団的自衛権行使』否定論者だ」というある左翼・小沢擁護論者の論を論駁する
(8)■2013.03.27 中日新聞 「日米同盟と原発」 連載記事のご紹介(3)
(9)■2013.03.31 「護憲=革新共同候補」擁立問題と「護憲第3極=反ファッシズム統一戦線」形成の課題~長野の共同候補擁立運動の挫折の経験から改めて考える

【4月の記事】(18本)
(1)■2013.04.05 「『4・14神戸討論集会』 建設的な意見交換とは無縁」という共産党の批判の謬論(だと私は思います)について再考を求めたい ――「護憲結集」の再構築のために――
(2)■2013.04.06 人間として「アンチ朝鮮人デモ」をもはや等閑視することは許されない!! 今度は大阪最大のコリアタウン鶴橋で女子中学生が「南京大虐殺ではなく‘鶴橋大虐殺’を起こしますよ!」と大量殺人予告
(3)■2013.04.09 三度、共産党に「護憲共同」と「共同候補」問題について再考をうながす ――阿部治平さん(もと高校教師)の「護憲・反原発勢力は選挙協力を――共産党に残された道」という論のご紹介
(4)■2013.04.11 新しい革新統一戦線の可能性を模索する京都での取り組みに期待したい ――「4・20シンポジウム/革新は生き残れるか ――新しい変革の主体を考える」
(5)■2013.04.11 「< 60年代・70年代を検証する>第22回 水戸喜世子氏(元救援連絡センター事務局長)に聞く」(図書新聞 2013年04月13日号)を読む。またはご紹介
(6)■2013.04.12 「人間として『アンチ朝鮮人デモ』をもはや等閑視することは許されない!!」問題(2) 追記3題 「アンチ朝鮮人デモ」に関するメディア記事の紹介と「このまま事態を放置すれば、現実に外国人の生命身体への攻撃に至るであろうこと」について
(7)■2013.04.13 中山武敏さん(東京大空襲訴訟弁護団長)からの2通の手紙 ――水戸巌さん(原子核物理学者)と石川一雄さん(「狭山事件」第3次再審請求中)との接点(「50年後も続く『狭山事件』無罪獲得の闘い」ジャパンタイムズ 2013年4月3日付)
(8)■2013.04.16 「4.14神戸公開討論集会」~総選挙敗北を見すえ 立ち直りの途を探る とめよう壊憲! 護憲結集!~ 広原盛明氏の講演レジュメといくつかの論攷資料(「広原盛明の聞知見考」第26回、第27回、第28回)のご紹介
(9)■2013.04.16 機は熟しつつあります。ひとりの市民として改めて市民と政党の「『大左翼』の結集」あるいは「護憲結集」を「ト書き」を書くようにして呼びかけます
(10)■2013.04.18 沖縄からの2つの問い 山根安昇さん(ジャーナリスト)の「新局面を迎えた普天間問題」と目取真俊さん(作家)の「紹介:『そもそも日米地位協定の本質って何?』」
(11)■2013.04.19 改めて「護憲結集」実現のために(2) ~広原盛明さんの「4.14神戸公開討論集会」報告
(12)■2013.04.20 「党派を超えて新しい政治の流れをつくろう」という集会案内の抽象性とそれゆえの危険性について
(13)■2013.04.21 天木直人氏のナンセンスな主張と同氏の政治認識のどうしようもない幼児性について再び論じる
(14)■2013.04.24 首都圏反原発連合(反原連)と福島集団疎開裁判の会の「断絶」はなにゆえに生じたのか ~他者を誹謗中傷してやまない田島直樹氏のCML上の投稿の問題性とも関連して 附:池田香代子さん×野間易通さんトーク動画
(15)■2013.04.26 新「オリーブの木」、あるいは「緑茶会」の提唱について――広原盛明さんの「嘉田新党(日本未来の党)はなぜ失墜したか~「極右第3極」の台頭、「保守補完第3極」の消滅~」という論攷に学ぶ
(16)■2013.04.28 いまにつづく“捨石”としての沖縄 沖縄の「屈辱の日」(政府名称「主権回復の日」)にその「屈辱の日」であることを裏づける澤藤統一郎さん(弁護士・日本民主法律家協会)と進藤榮一さん(筑波大学名誉教授)の2本の論攷のご紹介
(17)■2013.04.29 「4・28政府式典に抗議する『屈辱の日』沖縄大会」と「沖縄に(を)返せ」の歌 附:「沖縄県民の屈辱も痛みも日本国民の屈辱・痛みではないのか」(星英雄さん)
*1月、2月の弊ブログ記事のまとめはこちらをご参照ください。

1月1日から2月28日までに書いた弊ブログ記事をまとめました。

みずき
みずき~「草の根通信」の志を継いで~
 
この2か月間の記事をカテゴリーで大きくくくるならば次のようになるでしょうか。

(1)総選挙での革新の敗北問題と「革新の右傾化」問題(新年早々の記事もそうした問題への危機意識から書かれたものでした)
(2)いまなによりも重要な人間の生存に関わる問題としての「経済=福祉」政策の提起(「賃上げターゲット」論「非正規雇用全面禁止」論「生活保護バッシング」問題
(3)脱原発運動に底流する軽薄な思想(いわゆる「放射脳」問題)からの克服の問題
(4)会田誠展抗議問題とジェンダー運動の課題(同問題連載(5)の筆者コメント参照)
(5)草の根保守運動の着到点としての「右傾化=暴力化」問題((1)の問題とも密接に関わっていると私は見ています)
(6)その他

私のこの2か月間ほどの関心のありようがわかっていただけるのではないでしょうか。

【1月の記事】
(1)■2013.01.01 行者杉一千年を時雨るゝや ――新年のごあいさつに代えて
(2)■2013.01.01「沖縄イニシアティブ」批判を「New Diplomacy Initiative」批判と読み替えて比屋根照夫「『沖縄イニシアティブ』を読む」を読む
(3)■2013.01.05 わが家から見える風景――新年のごあいさつに代えて(2)
(4)■2013.01.06 海外メディアの年はじめからの安倍晋三新首相批判続く ――新しい年のはじめの覚え書きとして
(5)■2013.01.11 革新政党の不振と衰退は目を覆うばかりだ、 総選挙の総括なき敗北は政党消滅への道に通じる――広原盛明さんの論攷のご紹介
(6)■2013.01.11 「地域・地区レベルで連携可能な共闘=『統一戦線』」とはなにか? ――「緑の党」的なものをめぐって きょうと緑の党会員の内富一さんへの返信
(7)■2013.01.16 ある音楽家の問い ――「右左という議論を超えて国益、がテーマになるべきではないですか」という問いへの応答
(8)■2013.01.19 神戸新聞の元旦の社説「選択の後で/したたかな現実主義が道を開く」の丸山真男の主張の換骨奪胎について
(9)■2013.01.20 (訂正版)神戸新聞の元旦の社説「選択の後で/したたかな現実主義が道を開く」の丸山真男の主張の換骨奪胎について
(10)■2013.01.22 新NGO組織「ニュー・ディプロマシー・イニシアティブ(新外交イニシアティブ)」の設立プレシンポジウムについて ――今年夏の参議院選挙での「共闘」の問題とも関連して
(11)■2013.01.24 井戸川克隆双葉町長の退任メッセージ ――福島県双葉町の井戸川克隆町長に対する町議会の全会一致による不信任案の可決について(2)
(12)■2013.01.25 保立道久さん(歴史学者)の問題の本質をつくカッコつき「脱原発政党」批判と環境学者知事としての嘉田由紀子氏批判
(13)■2013.01.26 「保立道久さん(歴史学者)の問題の本質をつくカッコつき「脱原発政党」批判と環境学者知事としての嘉田由紀子氏批判」の読み方
(14)■2013.01.26 中日新聞の「日米同盟と原発」という連載記事のご紹介(全37本)
(15)■2013.01.28 連合 いよいよ改憲派に 日本教職員組合及び各地日教組単位組合はこのまま知らぬ顔の半兵衛を決めこんでいてよいのか!
(16)■2013.01.29 美術家・会田誠の「評価」私感 ――「会田誠展 天才でごめんなさい」の「犬」シリーズの評価をめぐって

【2月の記事】
(1)■2013.02.04 美術家・会田誠の「評価」私感 ――「会田誠展 天才でごめんなさい」の「犬」シリーズの評価をめぐって(2) 報道と参考記事(重要な指摘)
(2)■2013.02.05 美術家・会田誠の「評価」私感 ――「会田誠展 天才でごめんなさい」の「犬」シリーズの評価をめぐって(3) 前田朗氏(東京造形大学教授)と彦坂諦氏(作家)への返信
(3)■2013.02.07 美術家・会田誠の「評価」私感 ――「会田誠展 天才でごめんなさい」の「犬」シリーズの評価をめぐって(4) 前田朗氏の岡田裕子氏(会田誠氏パートナー)批判の反秀逸性について
(4)■2013.02.09 美術家・会田誠の「評価」私感 ――「会田誠展 天才でごめんなさい」の「犬」シリーズの評価をめぐって(5) 森美術館&会田誠氏の「会田誠展について」という公式メッセージ批判の「小児病」性について
(5)■2013.02.10 「東京のアンチ朝鮮人デモで『朝鮮人を殺せ』と書かれたプラカードが出現した」ということへの驚愕と戦慄
(6)■2013.02.11 尾木ママが自民党教育再生実行本部での講演で「心のノート」による道徳教育の重要性を強調 俵義文氏の問いと尾木直樹氏の反論
(7)■2013.02.13 美術家・会田誠の「評価」私感 ――「会田誠展 天才でごめんなさい」の「犬」シリーズの評価をめぐって(6) 「森美術館問題を考える討論集会」における昼間たかし氏(フリーライター)の言論の「暴力」に対する「週刊金曜日」編集長の見解
(8)■2013.02.15 強かん事件逆転最高裁判決(2010年7月25日)批判 ――『逃げられない性犯罪被害者―無謀な最高裁判決』(青弓社)の著者の自薦文
(9)■2013.02.16 「福祉のパラドックス」を打破するために(1) ――日本共産党の安倍内閣の「インフレターゲット(物価上昇目標)」論への対抗政策としての「賃上げターゲット」論(賃上げ・雇用アピール)の提起
(10)■2013.02.16 「福祉のパラドックス」を打破するために(2) ――ある農学生命科学研究者の「『ロスジェネ』の味方となる政党待望論」もしくは「『非正規雇用全面的禁止』規制論」
(11)■2013.02.17 日本維新の会とみんなの党、「憲法96条改正」で合意 その責任を誰が負うのか? 付:『硬性憲法としての改正手続に関する基礎的資料』(衆議院憲法調査会事務局編)
(12)■2013.02.18 「100万人に1人のはずの子どもの甲状腺がん 福島で4万人中3~10人」という福島県・県民健康管理調査に関するナンセンスな言説について(「脱原発」の思いは同じですが)
(13)■2013.02.19 辻元清美氏の「小沢一郎」氏評と「未来の党」評(『世界』別冊3月号)についての感想 ――権力に対抗しうる言葉とはなにか
(14)■2013.02.22 あらたな「民主党応援歌」としての『世界』別冊2013年3月号について ――革新内部の「右傾化」のひとつの実例として読む
(15)■2013.02.24「福祉のパラドックス」を打破するために(3) ――現在の「生活保護バッシング」とチャールズ・チャップリンの幼年時代の新救貧法との類似性
(16)■2013.02.24 「福祉のパラドックス」を打破するために(4) ――竹信三恵子さん(和光大学教授、ジャーナリスト)の「丸刈り謝罪」と「ブラック企業」考(転載)
(17)■2013.02.26 中日新聞の「日米同盟と原発」という連載記事のご紹介(2)
(18)■2013.02.26 中日新聞<犠牲の灯り>(原発の灯(あか)りが照らし出す犠牲を考える)連載のご紹介
(19)■2013.02.27 正当な批判、あるいは公正な批判とはなにか? ――放射線問題 一種の逆説的なボナパルティズムの克服のために
*2007年2月20日付でいくつかの媒体に発信した標題記事を資料として再録しておきます。

朝日新聞コラムニスト早野透さんの浅野氏へのラブレター(再録)

朝日新聞コラムニストの早野透さんが、18日付の日刊スポーツ紙上で、浅野氏にラブレターを書いています。とても心のこもったものです。私も団塊の末端世代(第1次ベビーブーマー)ですが、ついもらい泣きしてしまいました。

平成19年2月18日
タイトル:「浅野的」選択肢の必然性 ?有志の会 あふれた待望の声?
日刊スポーツ「政治の時間」より 朝日新聞コラムニスト 早野透

 東京都知事選の候補者選びが大詰めである。石原慎太郎知事は3選に臨み、共産党の推す吉田万三元足立区長が名乗り出ている。民主党は迷走している。

 16日夜、国会近くの会議場「ルポール麹町」で「浅野史郎さんを東京都知事に出馬させる会」が催された。「浅野さん ハートに火を点けて」というポスターが張られた。司会の女性が「初恋の人にプロポーズするようなときめきで」と開会した。この会は、民主党から出馬を打診されたという前宮城県知事の浅野に、政党政派ではなく市民から出馬を求めようとわずか2日前に企画された。

 「厚生省の障害福祉課長だった浅野さんが初めて立ったときは、何の後ろ盾もない障害者たちが集まってぼそぼそと選挙運動を始めたんですよ。今度も無党派市民から始めたいんです」と呼びかけ人の代表格の五十嵐敬喜法大教授。

 1日のうちにメールが飛び交い、150人の部屋に250人が集まった。そこに元首相細川護煕の妻で、障害者のスポーツの祭典スペシャルオリンピックスの推進役細川佳代子が駆けつけてあいさつした。「2日前の夜、こんな会があるよと聞いて熊本からかけつけてきました」。熊本県知事だった夫護煕は、「権腐十年」、長く居座ると権力は腐敗すると2期8年で辞めた。浅野は3期12年、徹底的に情報公開して、知事交際費もすべて明らかにして透明性に心掛けてきた。「浅野さんは細川を見習ってくれた。しかし今、汚職不正、知事の逮捕が相次ぎ、悲しい日本です」。だが、佳代子が会に駆けつけた最大の理由は、浅野が障害者のことに心を砕いた人生を送り、行政の中で闘ってきたことだ。佳代子は続ける。「障害者のある人たちは、純粋な心、思いやりの心で、わたしたちに人としての優しさを教えてくれる。その人らしく生き、助け合う、豊かな国。浅野さんがトップで率いてくれたら」。

 会場はしんとして聞き入って拍手がわき上がった。なるほど、浅野の出馬は、かつて障害者施設を見て「重度障害者には人格があるのかね」と語ったあの人との間で、人間観の違いを争う稀有な選挙になるかもしれない。

 東京都国立市長の上原公子は欠席予定でメッセージを寄せたのだけれども、日程をやりくりして駆けつけてそのメッセージを読み上げた。「東京は傷つきやすい生命を1200万も抱えた都市です。一人一人の命やつぶやきを見逃さない志を持った人が責任ある立場に必要です。自分の趣味や思いつきでほえまくることが強いリーダーシップだと思い込み、人権や権利は強い者だけに与えられている特権だと思っているかのような人とは早々にお別れしたい」。

 トラックいっぱいのバレンタインチョコレートだけでなくトラックを連ねて私たちは浅野さんの応援隊になりたいと上原は結んだ。この後、「ひとこと言わないと悔いが残る」という会場の参加者の列が並び、次々と発言が続いた。

 浅野史郎、59歳。「知事は卒業」というけれど、あなたたち団塊の世代はもう一働きして世の中に尽くしたいということではないのか。ご家族に苦労は掛けるけれど。浅野は出馬に「必然性を感じない」というけれど、そんなことはない。「石原的なるもの」に「浅野的なるもの」の選択肢を対置するのは、天があなたに与えた任務ではないのか。

いま、筑紫哲也さんがNEWS23の「多事争論」で浅野さんのお名前や東京都知事選のことをおくびにもださないまま「浅野エール」を送りました。わかるものにはわかります。
 
◆―埋立そのものへの疑問

 佐伯港の整備計画の存在を知った和久さんは、学習塾を経営する傍ら毎日、番匠川の流量を調べていた。東京から帰って二年、子どもの頃に夢中になって遊んだ番匠川の流れがほとんどなくなっていることが気になっていた。和久さんはやがてその原因を突き止めた。一九五三年から佐伯港に進出していた興国人絹パルプ(興人)(注4)が番匠川の川水を一日十万トンも使用していたことがわかったのである。

 一方で和久さんは「佐伯港の整備が何のために行われるのか」、その理由を調べていた。同港の整備計画の可否を審議した大分県の港湾審議会の資料には、女島地区に深さ一四メートル、五万トン級の船が接岸できる埠頭が必要とし、その理由は「一一三・三万トンのチップ輸入のため」と記されていた。

 ここで和久さんはおかしなことに気づく。佐伯港でチップを使って生産しているのは興人だけだ。港湾審議会の資料に「チップ輸入」とあるのは明らかに興人のチップ輸入のことを指している。しかし、その興人の現在のチップ輸入量は二〇万トン。その量のチップの使用ですらすでに番匠川の川水を枯らしている。これ以上、チップの輸入はできない算段なのだ。

 もうひとつおかしなことがある。行政側は大入島埋立のほんとうの目的は「佐伯港の海底を掘って岸壁や航路を造る際に出る浚せつ土砂など七三万立方メートルの捨て場である」という。そうであれば、浚せつ土砂の捨て場をまず確保してから海底の掘削工事にかかるというのが順序というものであろう。しかし、九六年一月から同港海底の掘削工事が先に行われ、同島の埋立工事はいまだ行われていない。

 海底の掘削工事で浚せつされた土砂(ヘドロ)はどうなっているのだろうか。すでに大分市沖の大在港に二六万立方メートル、藻場造成事業(一五億円)と称して大入島横の彦島の海に三五万立方メートルが捨てられている。県のいう七三万立方メートルの廃棄土砂にはバイパス工事の陸上残土も含まれているから、実際には同島の海を埋立ててまで廃棄しなければならない土砂は存在しないのである。

 ではなぜ、県は、その大入島の海をあえて埋立てようとしているのか。和久さんは海上自衛隊の基地になるのではないかと疑っているが(注5)、行政当局は否定していて真相はいまのところ薮の中である。

◆―行政の総攻撃

 九八年一月、行政側としてはともあれ法律では求められていない住民説明会まで終えた。前年度の九七年には公有水面埋立法で義務づけられている環境アセスメント(影響評価)も終えている。そうであれば、すぐにでも埋立に着手できるはずであった。

 ところが行政は埋立をしなかった。その理由が二〇〇〇年三月の同島東地区漁協総代会で行政側が示した図面でわかった。埋立工事区域はわずか五〇メートルだが同島荒網代区にもかかっていて、漁業権放棄について同地区組合員の同意が得られていなかったのだ。

 行政側の総攻撃が始まった。翌四月、行政は佐伯市長など二〇名の幹部出席のもとに荒網代区のある東地区全員集会を呼びかけた。が、反対意見が続出した。そうであればと六月、行政関与のもとに同地区総代会は漁業権放棄について同意書で賛否を問うことを強引に決定する。

 そうして七月には、反対意見のもっとも多かった荒網代区で同意書を配布、回収したが、結果は公表しなかった。前記の佐伯の自然を守る会が独自に調査したところ、埋立同意者は組合員一五六名中わずかに四三名。漁業権放棄に必要な組合員の三分の二以上の同意はもちろん得られていない。翌年の〇一年三月、行政は再度、同意書配布を試みたが、ここでも否決された。

 行政は別の手を打ってきた。同年五月、佐伯市は大分県に対して、同島西地区限定で埋め立て工事を推進してほしい旨の要望書を提出。これを受けてすぐに県は埋立計画を西地区限定に変更した。そして八月、同地区漁協総代会に一億八〇〇〇万円の補償金(東地区にはいわゆる迷惑料として九九〇万円)を提示。十月、佐伯市漁協臨時総会が開催され、同地区限定の漁業権放棄が承認された。

 翌年の六月、行政は再々度、漁業権放棄を迫るため東地区住民説明会を試みる(注6)。しかし、これも同区住民に阻止された。同島の海を守ろうとする島の人たちの決意は揺るがしようがないのである。四日後、行政は同地区総代会会長に「東地区の工事区域は要らない」と最後通告を突きつけた(注7)。こうして〇三年一月に埋立免許が認可されることになる。同四月、住民側は、大分県を相手に埋立免許取り消しを求めて大分地裁に提訴した。

◆―「磯草の権利」を守る闘い

 その裁判の中心的な争点が「磯草の権利」である。大入島石間浦の住民は、江戸時代から同浦の海藻、 貝類を採って生活の糧としてきた。そして、その浦はいまでも自治会にあたる石間区が管理している。その入会権的権利を「磯草の権利」というのである。

石間区の住民は、江戸時代以来の慣習によって石間浦の海に漁業権を有している。大分県は埋立免許を受けるにあたり、同区住民の同意を得なければならなかったのにこれを得ていない。したがって、大分県が受けた埋立免許は違法であるというのが原告、すなわち住民側の主張である。

 しかし昨年の十月、大分地裁(関美都子裁判長)は、原告側の工事差し止めを求める仮処分の申し立てを却下した。この裁判所の決定は「裁判官が漁業法を全く理解していない」(熊本一規明治学院大学教授・漁業法)ことを示しているが、この世の中では、正論が必ずしも通るとは限らない。むしろ、逆の事態が横行している。裁判所だけは例外とはいえないのである。

 今年の二月、佐伯港総合開発促進協議会と同市自治委員会連合会は共同して、佐伯市民に対して「大入島埋立工事の促進を求める署名活動」の呼びかけを行った。前者の会長は佐藤佑一佐伯市長(当時)である。彼らは「五万人余の署名を集め、大分県知事に提出した」(旧佐伯市の人口も約五万人。おそらく赤ちゃんも署名したのだろう)という。同市の課組織、自治会を動員した回覧版方式の署名活動であった。バックラッシュはここでも横行している。

 私たちは、どうすれば行政の「理不尽」に対抗することができるだろうか。行政の埋立強行の後の徳田弁護士のことばが印象的だった。あの大入島の人たちの命をかけた抵抗に、「私たちは―行政も、司法も含めて―人間の心を持った者として、この問題をどう受けとめるのか。そのことがいますごく問われている」というのである。

注1…この島は、全国でも稀にみる貝類の宝庫。大分県の定めたレッドデータブックでも絶滅が危惧される多くの希少種、世界で3ヵ所しか確認されていない貝類も発見されている。
注2…「大分県の自治体住民と議員の対等なパートナーシップ」を掲げて昨年6月に結成。今年の1月、大入島の強行着工について大分県の広瀬知事に抗議文を提出した。議員14人、市民13人。
注3…事業者、免許権者もともに大分県。弁護団はこれを「お手盛り」行政と批判している。
注4…50から70年代、対岸の「興人」パルプ工場の廃液が海を汚染。魚は異臭を放ち、海藻は死滅した。この間4人の子どもが溺れ死んだが、汚水で探すことができなかったという。
注5…同島にはかつて海軍の基地があった。現在も自衛隊の潜水艦がしばしば停泊している。真珠湾攻撃の際の基地となったことでも有名。
注6…01年の漁業法の改正によって、漁協組合員の同意が必須条件となった。
注7…これによって東地区に1ミリでもかかる埋立工事はできないことになった。
2005年に大入島埋立問題について書いた拙攷を資料として再録しておきます。
 

 
「一度病気で死にかけた命。
このままワイヤとともに海に沈められてもかまわない。
命に替えてもこの海を守る」
 
アンカーブロックをつっている鋼鉄のワイヤに
住民は自分の腕を結びつけた
 
                  地方の眼
                大入島でいま何が起きているのか?大分県佐伯市 
                             (公職研『地方自治職員研修』 2005年11月号)
 
大分県地域自治政策研究センター
おおいたローパス事務局次長
東本高志
 
「個人の尊厳から出発するかぎり、どうしても抵抗権をみとめないわけにはいかない。
抵抗権をみとめないことは国家権力に対する、絶対的服従を求めることであり、奴隷の人民を
作ろうとすることである」(宮沢俊義『憲法Ⅱ』「抵抗権」)。
今年の1月24日、大分県佐伯市大入島で行政と住民は激しく対峙した。
大入島の住民にとって、その攻防の武器は「磯草の権利」と住民の「抵抗権」であった。
大入島からの現地ルポ。
 
 大入島(おおにゅうじま)は大分県の佐伯湾に浮かぶ小さな島である。周囲二二キロ、人口約一二〇〇人。この島の海を土地の人たちは「宝海」という。晴れた日には遠くに水の子灯台、四国の山々が見える。「宝海」はその瀬戸内海、豊後水道の通り道にある。目と鼻の先にある対岸の佐伯市側からは九州有数の清流、番匠川(ばんじょうがわ)の流れも注ぎこむ。
 
 同島の埋立反対運動の長老(おさ)、前石間区長の清家太さん(85)は、「この海からは数えきれないほどの海藻、貝類、魚介類が獲れる」という(注1)。アワビ、サザエ、モイカ、ヒジキ、テングサ……。その海藻、貝類が先祖代々、島の人たちのいのちき(大分の方言で、生活、生計のこと)の糧となってきた。

 その自然の幸に恵まれた大入島、石間浦の海がいま、大分県という行政の力によって強権的に埋立てられようとしている。しかし皮肉なことに、その埋立強行は、島の人たちの「命をかけた」抵抗を呼んだ。そして、その抵抗が、全国の人たちの心を動かし、行政の公共事業、環境破壊を止めている。

◆―攻防の日

 大分県は今年の一月二四日を強行着工の日と決めた。その理由は「地方自治法上予算は二度繰り越せない」(実際には繰り越している)というものであった。島の住民の切実な願いよりも予算の消化の方が大切であるというのである。本末転倒も甚だしい論理である。当然、多くの県民の批判をあびた。

 その強行着工の前夜、大入島在住で、佐伯の自然を守る会事務局長の下川澄江さん(49)から電話がかかった。同会は埋立反対運動の司令塔的存在である。そして、下川さんと私はおおいたローパス(注2)の仲間でもある。「県は、明日にでも埋立工事を強行すると言っちょる」。大分県当局にとって県民の批判など痛痒も感じないらしい。下川さんの声に被さって激しい物音が聞こえる。同島ではもう明日の県側の攻撃に備えて臨戦態勢に入っているようだ。

 翌日、仲間たちの応援を募って現場に駆けつけると、すでに激しい攻防の渦中であった。海上では埋立区域の石間浦住民の漁船約二〇隻が工事の汚濁防止幕を張るためのアンカーブロックを積んだ作業船を取り囲み、石塊の投入作業を阻止している。岸壁では女衆(おなごし)、男衆(おとこし)が鉦(かね)をたたき、般若心経を唱え、「台船帰れ」のシュプレヒコールをしている。私たちも輪の中に加わった。

 しかし、もどかしい。陸上では何もできない。そう思ったとき、一人の女衆が漁船から身を乗り出し、台船クレーンのワイヤーに自分の手を巻きつけた。男衆もすぐに続いた。その男衆が後で語った。「一度病気で死にかけた命やけん、このままワイヤーとともに海に沈められても構わないちゃ。命に代えてもこの海を守る」。

 日が落ちてもこう着状態が続いた。県の幹部が言った。「オバチャン、もう止めようぇ。今日は帰るけん」。県知事、県の幹部は、ここまで住民が抵抗するとは思っていなかっただろう。そのショックを隠すように翌々日の二六日にもアンカーブロックを海に落とそうとしたが、やはり石間浦住民に阻まれた。その翌日、大分県は工事の「一時中断」を発表せざるを得なかった。

◆―埋立目的の茶番と偽装

 しかしなぜ、行政は、いまも島の住民のいのちきの場である豊饒の海を埋立てなければならないのか。埋立は「不可逆的な自然の改変」(日本自然保護協会)である。そうであるならば、その埋立によって島の住民の生活も根底的に「改変」されざるをえない。「埋立ヲ為サムトスル」(公有水面埋立法)には当然、その埋立によって被る損失を上回る公益性が必要である。

 ところが、埋立願書(注3)に記された埋立地の利用目的(公益性)は茶番というほかないものであった。美しい海、豊かな自然に恵まれた大入島の海を埋立てて「緑化」し、過疎化が進んでいる島にいまから「宅地」をつくろうというのである。

 しかも、埋立のために投入されようとしているのは、かつてパルプ工場の廃液によって汚染された佐伯湾に沈むヘドロである。埋立区域の目の前には同島で唯一の小学校もある。わが子、わが孫の通う小学校の眼前の海がヘドロで埋め尽くされようとしているのである。先祖代々からのふるさとの海(藻場)を命がけで守ろうとしている島の住民にこんな馬鹿げた行政の理屈が通用するはずもない。

 埋立免許取消訴訟で住民側弁護団からその利用目的の茶番を追及されると、大分県の広瀬勝貞知事は昨年の一二月、島の住民との話し合いの席で「(宅地と緑化という目的は)そうではありませんで、ほんとうは浚せつ土砂の捨て場」であると本音を吐いた。

 たしかに「浚せつ土砂と掘削残土の廃棄場所の確保」は、当初の埋立願書にも記されていた。が、県は島の住民には一貫して「緑化と宅地」の整備と説明してきた。だとすれば、当初の埋立目的は偽装であったというしかない。同裁判の弁護団長をつとめる徳田靖之弁護士は「埋立てて、それを何に使うかは、公有水面埋立法上の本質的な要素。行政の手法は、あまりにも欺瞞的だ」と同県を批判する。

◆―住民自治とは何か

 佐伯市で学習塾を経営していた(九五年からは同市の市議会議員、ローパス会員。埋立反対の理論的なリーダー)和久博至さん(56)は、地元紙の大分合同新聞(九三年五月一七日付)を読んでいて「おやっ」と思った。「九九年を目標に八〇〇億円の港湾整備事業が佐伯市で予定されている」という記事が目から離れなかった。とっさに和久さんは思った。「八〇〇億円という巨額なお金を使って佐伯港の整備が何のために行われるのか?」。

 住民はまだこのことを誰も知らない。突然、不意打ちをくわされたようなものだ。「行政が外堀を埋めて表に出てきたときには何も抵抗できない。賛成も反対もできない状態では、市民、住民自治はまったく存在しなくなる」。

 実際、行政は、佐伯港の整備計画とセットである大入島石間浦海岸の埋立計画(費用総額約八〇億円、現在は縮小されて四七億円)を同島住民に知らせず、秘密裏にことを進めてきた。一部の漁協幹部を除いて、同島住民が同埋立計画の存在を知ったのは、実に「佐伯港整備計画」が地元紙に載った五年後、同整備計画の対象区域である女島(めじま)埠頭の岸壁築造工事が着手されてからも三年後のことである。

 九八年一月、行政は、埋立区域の石間区住民に対してはじめて説明会を開いたが、ポンチ絵のような粗図を示し、ただ「一七・三ha埋立てます」と言うだけである。そのことをはじめて聞く住民側はまったくイメージがわかない。あっけにとられているうちに説明会は終ってしまう。行政は、それを「質問なし」「異議なし」ということで住民の同意を得たことにする。これが残念ながらいまの行政の一般的な手口なのである。同区住民の埋立反対運動はここから大きく展開することになる。

 この後、同区住民は総会を開き、住民投票を行った。埋立賛成九三票、反対二三八票。投票で負けた賛成派は「新石間区」というもう一つの行政区を設立した。行政区は自治体の認可なしには設立しえない。佐伯市という行政の肝入りで先祖代々からの部落が二分されたのである。同石間部落の藤原清人さん(67)は埋立に反対したが、姉の夫は賛成した。以後、姉弟の関係は途絶えている。姉の夫が海難事故で死亡したときも藤原さんには連絡はなかった。行政が「怨念」を作り出したといったら、言い過ぎになるだろうか。
 
「みずき」は30年ほど前に私の参加していた文芸通信の誌名です。私はこの同人誌で文学と思想と人生について実に多くのことを学びました。「みずき」の経験は私の人生においてかけがえのない経験でした。その原点に還って、文学と思想と人生について、私独自の、一個の人間としての思索を続けたいと思います。このブログではより多く「政治」の言葉をとりあげますが、その芯のところに「文学」の言葉があります。少なくとも私はそう思ってこのブログを綴っています。「無人の山の水木のごとく。咲け。瑞々しく己を咲かせよ。時には行く人あり、見る人もあるだろう」(「みずき」創刊の言葉から)。

 私の考えと行動は徐々に辻褄の合わないものになりつつある。PKO協力法に(さえ)反対した私は、少なくともそのコンテクストでいくならば、五原則も憲法もにやにや下卑た笑いを笑いながら泥靴の踵で踏みにじるような今回の自衛隊のイラク派兵には、まさに憤死せんばかりに反対しなければならないはずである。派兵の論拠を臆面もなく憲法前文に求めて、恬(てん)として恥じないどころか、なにやら大発見でもしたかのようにひとり昂揚している戦後史上最悪の首相とその好戦的な取り巻きどもを声をかぎりに糾弾しなければならないはずだ。赤錆だらけの私という廃船の最後の仕事として、壊れるまで闘っていいはずだ。それは自明である。だが、かならずしも私はそうなってはいない。たしかに私は怒っている。しかし、憤死にはほど遠い。たぶん歳のせいだけでなく、なんとなし大儀なのである。私はいま、まちがいなく怒っているのだけれども、仔細に自己を点検してみると、〈これはどう考えても、たとえ最大限に割り引いても、相当に怒らなければならないケースだな〉という、どこか他人事のような、そして怠惰な思考のプロセスの帰結として、余儀なく怒っているふしがあるのだ。いわば、私は自身を折伏し、あるいは自己に命じてしぶしぶ怒っているようでもある。一方、自衛隊派兵への怒りは、本稿執筆の時点で、よそから私のところにかすかな波動としては伝わってきているが、勢い盛んな弾性波としては伝播してきてはいない。なぜなのか。
 故岸信介はかつて「自衛隊が日本の領域外にでて行動することは一切許せません」「海外派兵はいたしません」と言明し、故佐藤栄作も同様のことを公言しているよしである。実際、あれほど長かったベトナム戦争でも、この国は考えられるあらゆる支援と便宜を米国にあたえたけれど、自衛隊をだすことだけはしなかった。この最低限の「節操」を戦後日本のモラル基準とするならば、今回小泉内閣のなしたことはこの国の戦後のなりたちを根本から崩す一大破壊行為といって過言ではない。まことにいまはわれわれがこぞって痛憤すべき重大局面なのである。それがそうなっていないことのわけを、私はデモならぬパレードとやらに加わって、悄然と歩きながら考えている。
 ところで奇妙な話だが、一九六八年十月二十一日の「国際反戦デー」の主要スローガンを私は覚えていない。はっきりと記憶しているのは、それが「自衛隊の海外派兵反対」ではなく、その深刻さに較べるならば(いいかたはおかしいが)はるかに〞低位?の闘争目標であったにもかかわらず、社会党、共産党、全学連各派など約四十万人以上が参加して、全国各地で集会、デモ、ストライキを行ったということであり、その結果、東京の一部では路面がゆらゆら揺れたという事実である。
 やや粗雑になぞらえるならば、今日の事態とはベトナム戦争に自衛隊を派兵したようなものなのに、ろくな抵抗もない、路面も揺れない、ということなのだ。だからどうしたといわれれば、当方としては話の接ぎ穂もない。ただ、辻褄が合わないな、なんだか間尺に合わないな、と口ごもるのみなのである。
 かつてベトナム戦争というものが戦われたという事実さえ知らない若者たちが多数いることを私は知っている。岸信介や佐藤栄作らによる「派兵せず」の誓約にしても、きょうびはまるで趣味のよくないジョークのようにしかもちだされないことも私は知っている。この時代、いずこにあっても議論、争論、激論のたぐいが、まるで忌むべき病のように避けられていることも知っている。怒りでも共感でも同情でもなく、嘲りや冷笑や、せいぜいよくても自嘲が話に常につきまとい、議論の芯のところをすぐに腐らせてしまう時代であることも知っている。
 じつは感官がどこかやられてしまったのではないかと私は目星をつけている。私もあなたも、怒りをつかさどる感官が機能不全におちいっているのではないか。いや、機能不全におちいらなければ、すなわち怒りを無化することなしにはやっていけない時代がすでにきているのではないか、と私は感じている。
 どこがやられたのか。どこが損なわれたのか。だれがそうしたのか。さっきから喉元に浮かんでは消える。ひどくもどかしい言葉がある。しきいき。識閾。意識の生起と消失のあわいのところ。あるいは閾下。そうだ。無明のそこがいましきりになにかに侵されているのではないか。ここから先は名状がとても難しい。東京都の石原慎太郎知事が昨年の九月にいいはなった。「田中というやつ、爆弾をしかけられて当ったりまえの話だ」。その後も「田中均なる者の売国行為は万死に値するからああいう表現をした」と開き直った。暴言、妄語、傲岸不遜をとったらなにも残らないような人物だから、きわめて不快ではあったけれども、石原慎太郎がそう語ったという事実に私はいちいち驚きはしなかった。私が驚愕したのは、知事の妄言にマスメディアも世間もさほどには怒らず、この希代未聞の暴言者が依然胸を反らして公職にとどまっていられるということであった。そのとき私は、この国にあっては正邪善悪を判じる戦後の人間的自明性がつとに崩壊しているのだなと実感し、なぜかしきりに「閾」ということを考えたのだった。かつては議論の余地もないとされた人間的自明性が弱体化し、希薄になったことでぽかりと開いてできた私たちの無明の空洞=閾が危機に瀕しているのではないか、と。そこに透明な菌糸のようなものが盛んに流れこんでいるのではないか、意識はそのように占拠され、収奪されているのではないかと想像した。
 人の群が滞っている交差点の手前から、意味不明の怒声が聞こえてきた。警察官の制止を無視して何人かの若者が道を渡ろうとしている。機動隊はいない。若者らは交通警察官と揉みあっているようだ。怒声は若者たちが警察官に対して発したらしく、若者らを諌めるようなデモ主催者の声も交叉した。それにかぶせるように背後から舌打ちと「ばか、なにやってんだか……」という疲れの滲んだ老人の呟きが聞こえてきた。なにやってんだか。その言葉に背中を押されるようにして、私は行列から離れひとり地下鉄の駅に向かった。閾のような地下鉄の構内に下りていく。閾が侵されていると思う。そこに棲み、怒り悲しみの基となっていた人間的「固体知」のようなものが、埒もない「メディア知」のようなものに修正されたり閉めだされたりしている。自衛隊派兵を怒る人間的な固体知が、もうすでにイラクに派兵されたのだから、いまは彼らの無事と任務の成功を祈るほかないという、既成事実に基づくメディア知によって駆遂されつつある。お腹を空かせた北朝鮮の子供たちに食料を送るのがなぜいけないのだと憤る固体知が、制裁強化は当然というメディア知に排除される。外交官二人の殺害についてもそうだ。おびただしい数のイラク人の死傷者は忘却され、メディア・イベントとして物語化された「同胞の死」のみがナショナルな集合的記憶を形成し、異論を許さない聖域をこしらえていく。米英軍により家族を殺され、領土を占領された者たちの怒りの闘争はかつての南ベトナム解放戦線のそれと同様に正当なレジスタンスといえるのではないかという固体知も、反テロ戦争という根拠なきメディア知、国家知に押しのけられる。メディア知はおそらく国家意志に重なる。両者には閾の共犯関係がある。苛烈な議論、熾烈な闘争があるわけではない。ほの暗い識閾での、声調の曖昧なやりとりがあるだけだ。マスメディアが深く深く介在するそこに、強権発動を要しない協調主義的な日本型ファシズムが生成される微温(ぬる)く湿った土壌がある。固体知の怒りはメディア知によって真綿で首を締めるように殺され、消去されていく。おそらく犯意はどこにもない。編集幹部や記者やプロデューサーやディレクターたちには、特段の正義感も悪意も、むろん犯意もありはしない。躰を張った激しい議論もあるわけではない。彼ら彼女らはしばしばたがいの閾下で無言の相互理解をしている。マスメディアという閾下の犯罪装置に私たちの識閾が連なっている。その閾の不可視の回廊を撃ち、断つべきではないのか。
 石川淳は短編「マルスの歌」のなかでファシズムの不可思議な波動について「この幻燈では、光線がぼやけ、曇り、濁り、それが場面をゆがめてしまう」とスケッチしたが、それはいま、私たちの閾下の眺めにも揺曳しているかのようである。私がさっきまでいた集団ピクニックか仮装行列のような群もそうだ。「誰ひとりとくにこれといって風変りな真似をしているわけではないのに、めいめいの姿が異様に映し出されることはさらに異様であった。『マルスの歌』の季節に置かれては、ひとびとの影はあるべき位置からずれて動くのであろうか」。この国の一見穏和なファシズムの波動は、私がいたあのパレードの光と影をも歪めていたのではなかろうか。「彼らのファシズム」としてでなく「私たちのファシズム」として。そのためなのだ。われわれの身体は本来あるべき怒りの位相からずいぶんずれて動いているようだ。覚めてあやかしの閾を撃つ。メディア知や国家意志(国家知)を徹して疑う。怒りの内発を抑えない。一人びとりが内面に自分だけのそれぞれに質の異なったミニマムの戦線を築く。そこから街頭にうってでるか。いや、いや、街頭にうってでるだけが能ではなかろう。どこにも行かず内攻し、内攻の果てに自分の日常にクラックを走らせるだけでもいい。この壮大な反動に見合う抵抗のありようを思い描かなくてはならない。ときに激しい怒りを身体で表現する。そうしたら、いつかまた路面がゆらゆらと揺れる日が訪れるのだろうか。
                                                        世界 SEKAI 2004.3
                抵抗はなぜ壮大なる反動につりあわないのか
                                ――閾下のファシズムを撃て
                                                                辺見庸

 気だるい土曜の昼下がりに都心のビル街を皆とだらだらと歩いていたら、ふと遠い記憶が蘇った。足下の路面が大きく波打つようにゆらゆらと揺れたときのこと。足の裏が、あの不安とも愉悦ともつかない弾性波の不可思議な感覚をまだかすかに覚えている。アスファルト道路がまるで地震みたいに揺れたのだ。それは、身体の奥の、なんとはなし性的な揺らぎをも導き、この弾性振動の果てには世界になにかとてつもない変化が継起するにちがいないという予感を生じさせたばかりでなく、足下の揺らぎと心の揺らぎが相乗して私をしばしば軽い眩暈におちいらせさえしたものだ。あれは錯覚だったのだろうか。錯覚を事実として記憶し、三十六年ほどの長い時間のうちに、そのまちがった記憶をさらに脚色して、いまそれが暗い脳裏からそびきだされたということなのか。冗談ではない、と歩きながら私はひとりごちる。冗談ではない、ほんとうにこの道がゆっさゆっさと揺れたのだ。誓ってもいい。数万の人間が怒り狂って一斉に駆けだすと、硬い路面が吊り橋みたいに、あるいは春先に弛んだ大河の氷のように揺れることがあるのだ。
 足下の道が揺れると、いったいどうなるか。このことも私はかすかながら記憶している。道が揺れると、〈世界はここからずっと地つづきかもしれない〉と感じることができたりする。勘ちがいにせよ、世界を地づづきと感じることはかならずしもわるいことじゃない。なあ、おい、そうじゃないかとだれかにいいたくなる。地つづきの道が揺れる。弾性波がこの道の遠くへ、さらに遠くへと伝播してゆき、知らない他国の女たちや男たちの、それぞれの皺を刻んだ足の裏がそれを感じる。ただこそばゆく感じるだけか心が励まされるのか、こちらからはわからないけれども、とにかくなにか感じるだろう。伝播する。怒りの波動が、道を伝い、道に接するおびただしい人の躰から躰へと伝播していく。つまり、この場合、人も道も大気も、怒りの媒質となって揺れるのだ。なあ、おい、そういうのを経験してみたいと思わないか。世界の地つづき感とか自分の内と外の終わりない揺れとかを躰で感じてみたくないか。そのことをだれかに問うてみたくなる。本当のところは、ま、錯覚なんだけどね、一回くらい躰で感じてみたくないか、と。私の隣りを歩いている若い男に声をかけようとする。彼はさっきから盛んにタンバリンを鳴らしている。腰をくねらせたり片足を宙に跳ね上げたりして踊りながら、タンバリンを叩いている。男の眼がときおり細まり恍惚とした面持ちになる。遠くのスピーカーから「ウィー・シャル・オーバーカム」が聞こえてくる。皆がそれを歌い始める。ご詠歌みたいに聞こえる。私は話しかけるのをやめる。やかましい、と叫びたくなる。寒さと気恥ずかしさが、躰の奥の、あるかなきかの怒りをかき消しそうになる。地面はむろん揺れはしない。揺れるわけもない。たった三千人ほどの行進なのだから。いや、人数なんか少なくてもいい。せめても深い怒りの表現があればいい。それがない。地を踏む足に、もはや抜き差しならなくなった憤りというものがこもっていない。道は当然、揺れっこない。私は、しかし、道はいまこそ揺れるべきだ、揺するべきだと考えている。昔のように、というのではない。さらに大きな新しい弾性波を起こすべきなのだ。もちろん、懐旧でも、憧憬でもなく、そう思う。
 交差点の信号機が赤になり、行列が止まった。じつに素直なものだ。「私たちは自衛隊のイラク派兵に絶対反対します」と書かれた最前列の横断幕も歩みを止めた。その前で、皆が笑顔で記念撮影をしている。たがいに携帯電話で撮りあい、その写真をすぐにだれかに送信したりしている。だれもが自己身体の部位の一部のように携帯電話をもっている。かつてはあれほど不気味に見えた携帯電話の風景がいつの間にか眼に慣れて、いまはずいぶん平気になってしまった。皆が例外なく躰に埋めこまれたかのように携帯電話を備えている。あれほど携帯を難じた私もまた。どんなことにだって人はほぼ慣れる。世界とはたぶん、それに慣れなければとてもではないがつきあっていけないなにかの病気なのだ。というより、世界によって躰が無理矢理慣らされるのだ。それを私たちは慣れたとか選択したとか思いこんでいる。ひどい倒錯。そう、政治の三百代言にも簡単に騙され、慣れ、欺罔(ぎもう)にもさして怒らない体質になりつつある。
 私は不意に国連平和維持活動(PKO)五原則という、型落ちした携帯電話のような?死語?を思い出す。五つすべていえるか、自問してみる。もの覚えがひどく悪くなった私なのに、なぜだか死語の類はよく覚えている。自衛隊がPKOに参加できる前提条件は、第一、紛争当事者の間で停戦合意が成立していること。第二、えーと、当該地域の属する国を含む紛争当事者がPKOの実施とそれへの日本の参加に同意していること。第三、これはしっかり覚えている。特定の紛争当事者に偏ることなく中立的な立場を厳守すること、だ。第四、以上の三原則のいずれかが満たされなくなった場合には参加部隊を撤収すること。第五、武器の使用は要員の生命などの防護のため必要な最小限のものに限る、だったな。私はかつて、このPKO協力法に(さえ)憲法の原則を踏まえて大反対した。いま、それを屁で飛ばすようにして重装備の自衛隊がイラクに派遣された。今回は「イラク復興支援特別措置法」(イラク新法)に則っているから、PKO五原則は関係ないだって? まったく冗談ではない。五原則はわずかながらでも憲法を意識していたこの国のほんのささやかな「慎み」みないなものではあった。それに(さえ)異論を唱え、九二年くらいだったか、私は反対デモに参加したこともある。記憶するかぎり、道が揺れることはまったくなかったが、いまよりはよほど緊張感のあるデモではあった。人々の足取りに憤慨があった。

幾つかのメーリングリストに「杉並からの情報発信です」ブログの主宰者の山崎康彦さんという人の論考をなにか重要な論点を提起している論考であるかのように読みなす何人かの人がいて同氏の論がしばしば引用される傾向がありました。

私にとっては山崎さんの論は荒唐無稽な論のたぐいにすぎないのですが、上記のような事情で山崎さんの論を一度根底的に批判しておく必要を感じました。

私と山崎さんとは一時期(3か月間ほど)同じメーリングリストに参加していました。そのとき、山崎氏の発信する【YYNews】の論考に何度か異議を述べたことがありますので、その私の山崎氏の論に対する反論文を下記に掲げさせていただこうと思います。もとより「根底的」な反論文というにはほど遠い拙文にすぎませんが、山崎氏の推奨する副島隆彦氏やリチャード・コシミズ氏の論のいかがわしさも含めて同氏の論の荒唐無稽さを明らかにすることはできるものと思っています。

以下が弊ブログにアップした山崎康彦さんの論文への反論の一覧です。7本のエントリがあります。

山崎康彦さんの論文への反論1 ―「評論家の副島隆彦氏が非常に重要な情報をブログで流されています。」というメールへの反論(2010年2月4日付)
山崎康彦さんの論文への反論2 ―「今の日本はナチスが登場した1930年代のドイツに似ている」というメールへの反論(2010年2月11日付)
山崎康彦さんの論文への反論3 ―「インテリジェンス」(諜報・情報分析)というとことごとしいけれども、要するに不確かな裏情報のひとつにすぎないのではありませんか? (2010年2月22日付)
山崎康彦さんの論文への反論4 ―「こっそり辺野古を買っていた『政界9人』とは一体誰なのか?」というメールへの反論(2010年3月6日付)
山崎康彦さんの論文への反論5 ―「『小沢一郎幹事長を支援する会』設立総会で発言したこと」というメールへの反論(その1)(2010年5月9日付)
山崎康彦さんの論文への反論6 ―「『小沢一郎幹事長を支援する会』設立総会で発言したこと」というメールへの反論(その2)(2010年5月9日付)
山崎康彦さんの論文への反論7 ―「東本さん、『思想的アイデンティティー』という表現の疑問です。」というメールへの返信(2010年5月11日付、同月12日付)
下記は「『小沢一郎幹事長を支援する会』設立総会で発言したこと」という山崎康彦さんの文章に対する私の批判文の中に「あなたの思想的アイデンティティーは厳しく問われなければならない」という表現があったことにに関してメーリングリスト上で異議申し立てをされたおふたりの方への私の反論文(2010年5月11日付、同12日付)です。民主主義とは何か、という問題を含みますので山崎さんの文章批判に関連してここに掲載しておきたいと思います。なお、異議申し立て者おふたりの原文は公開の許可を得ていませんので省略します。

●Mさんへの反論

Mさん

私は民主主義というものをとても大切な概念だと考えています。現代民主主義社会において【制度的な意味において】その民主主義の概念の具現化を図ろうとしているのは政党、あるいは政治家というべきですから(それが現代政治を特徴づける「政党政治」の謂いだと思っています)、政党、あるいは政治家の民主主義に対する感度の問題は当然市民としても無関心でいることはできません。そこから政党、政治家に対する市民、あるいはジャーナリズム(この場合は市民の言説の代理者の謂い)としての厳しい監視の眼(いわゆる“ウォッチ・ドッグ(権力に対する監視者)”の役割)が必要だという現代社会学(ジャーナリズム論)の論理も導き出されることになります。民主主義の観点から政党、政治家の言説を厳しく監視する眼を持つことは現代社会を生きる市民としての重要な課題といってよいものだろう、と私は思っています。

そういう意味で、民主主義と逆向きの方向に歩もうとしている者、あるいはその方向性を擁護しようとしている者に対しては、その対象が政党や政治家でなく市民であっても、ときとして厳しく批判される、いや厳しく批判しなければならないときがあるだろう、と私は思っています。この批判は個人批判ではありえません。むろん、個人の人格批判でもありえません。また、「M.L.は自由な自己表現の場」だとかいうこととも関係ありません。「他者の意見への批判・支持など応答し合う」場であるという点でいえば私の批判に対して山崎さんは反論しているわけですから、そうしたMLの「応答し合う場」としての性質を阻害しているわけでもありません。

Mさんの「『あなたの思想的アイデンティティーは厳しく問われなければならない』という表現に驚いています」というご指摘については、次の辺見庸の現代社会に対する怒りの言葉を援用させていただくのが適切ではないか、と私としては思案します。かぎ括弧は私の文、二重かぎ括弧が辺見の文です。

「わが国の風俗、人びとの感性(生活スタイル、思想までも含む)は、70年(昭和45年)前後を分水嶺として決定的といってよいほど変容した。(略)なにが変容したのか。現代について「単独発言」を続ける、作家の辺見庸氏はいう。『まっとうな怒りをせせら笑い、まあまあととりなして、なんにもなかったように見せかける(略)。記憶するかぎり、老いも若きもこんなにも理念をこばかにし、かつまた、弱きを痛めつけ強きを支える時代ってかつてなかった。これほど事の軽重をとりちがえながら賢し顔を気取っている時代もなかった』。彼は、そこに「鵺(ぬえ)のような全体主義化」を感じとる(『眼の探索』)。ひとことで「保守化」というが(現に私もそのようにいったが)、その様相は「鵺」のようにまがまがしく、うす気味悪く、為体(えたい)がしれない。30年の後、時代はここまできた。」

もちろん、Mさんが「まっとうな怒りをせせら笑」っているとは思いませんが、上記の辺見の現代社会に対する怒りは私の現代社会に対する怒りでもあります。


●Kさんへの反論

Kさん

Mさんへの返信が少し抽象的だったような気もしますので、以下、具体的に述べてみることにします。

Kさん。小沢氏が憲法9条の改憲論者であることはお認めになられますね?

そして、「9条改憲阻止の会」の「改憲阻止」の主張と憲法9条改憲論者としての小沢氏の政治信条とは齟齬すること、真逆の方向を指し示している主張であることもお認めになられますね?

上記の両者の主張が真逆であるということを前提にして言うのですが、あるひとりの人物が上記の相反する主張を持つ「9条改憲阻止の会」という組織と「小沢一郎幹事長を支援する会」という組織の両方の組織の構成員に同時期になるということは思想的、理念的に矛盾する行為といわなければなりません。そのことも論理的な問題としてお認めになられますね?

お認めになられたと仮定します。だとすれば、上記の事実に即して私の指摘した「あなたの思想的アイデンティティーが問われなければなりません」という表現のどこに問題があるというのでしょう? 相手の思想性の問題にまで踏み込んで批判することは個人の人格攻撃になる。そういう批判は避けるべきだ、というご指摘でしょうか? そういうご指摘であれば、私は少々お門違いのご指摘であろう、と思います。

標題の件に関しては、もちろん相手のダブル・スタンダードの「思想」を問題にしているわけですから、「思想」が「人格」の一部である以上、その批判に「人格」を問題にする側面があることは否めません。しかし、そういうことが問題であるというのであれば、およそすべての思想批判などできない相談ということにならざるをえません。たとえば田母神批判というものがありますが、同批判は彼の軍国主義思想を問題にしています。「思想」が「人格」の一部であるという意味では、この田母神批判も彼の「人格」批判ということにもなりえる要素を持ちます。しかし、だから田母神批判はしてはいけない、ということには当然ならないでしょう。

また、Kさんは『日本思想史研究』という学問の分野があることをご存知でしょう。この「日本思想史研究」というのは先人及び同時代人の思想を批判する研究の体系といってもよいものです。ここではたとえば荻生徂徠や伊藤仁斎などの江戸期の先学はもちろん現代の(といってもすでに故人ですが)丸山眞男や加藤周一などの思想家も批判の対称になっています。そのいずれも「思想」批判である以上、個人の「人格」批判を含むものです。そういう研究がいけないということにも当然ならないでしょう。

言葉づかいには気をつけなければいけないことは当然ですが、ダブル・スタンダードと思われる思想について「あなたの思想的アイデンティティーが問われなければなりません」と指摘するのはある意味当然というべきであって、私はそこにたとえば相手を貶めるなどの言葉づかいの不手際があったとはまったく思いません。言うまでもないことですが、相手を貶めるということと批判するということはまったく性質を異にするものです。

それがなぜ問題にされなければならないのでしょう? 私の方こそ「疑問です」といわなければならないところのように思います。

そうした理念、思想の根幹の問題を問うているのに、その問題を「居心地」や「MLの仲間ではないですか」という問題に矮小化してしまう(ご本人にその自覚があるかどうかは別にして)。そういうことを私は辺見庸の言葉を引用して「事の軽重をとりちがえ」た認識というべきではないですか、ということを言っているつもりなのです。

最後にもうひとつ具体例を提示してみます。

あくまでも例え話にすぎませんが、たとえば本MLに田母神俊雄が加入してきたとして、私がその田母神の軍国主義「思想」について「あなたの思想的アイデンティティーは厳しく問われなければならない」と批判したとします。それでもKさんは「いっぺんに居心地が悪くなってしまうので」そういう批判はやめてください、などと私に言いますか?
下記は「杉並からの情報発信です」ブログの主宰者の山崎康彦さんの標題(副題)記事に対する私の反論文その2(2010年5月9日付)です。

*山崎氏記事の原文はブログにありませんので省略します。

山崎さん wrote:
> 「9条改憲阻止の会」はもともと安部政権が改憲の動きを具体化してきたことに対する危機感で
> 立ち上げた市民運動体です。小沢幹事長の唱える「小沢試案」に反対する組織ではありませんの
> で「9条改憲阻止の会」の会員と「小沢幹事長を支援する会」に参加することに何の矛盾もない
> と思います。

山崎さん

あなたのおっしゃるとおりであれば「9条改憲阻止の会」は安倍政権の改憲の動きに対するアンチ「安倍改憲」のための「9条改憲阻止の会」であった、ということになります。

そうであれば安倍政権は(広義の意味にとって自民党政権も)すでに終焉しているわけですから、「9条改憲阻止の会」もその役割を終えて解散されてしかるべきものです。


そういう事実から考えると「9条改憲阻止の会」の目標とする「改憲阻止」は、文字どおりの「改憲阻止」の意味であって、その「改憲」の動きが安倍政権の動きであろうと民主党(中心)内閣の動きであろうと反対し続ける、というのが同会の目標ということになるのではないでしょうか?

仮に小沢氏の9条改憲試案には反対しない「9条改憲阻止の会」ということであるのならば、今後そういう理念的に支離滅裂な組織は「改憲阻止」勢力とはみなせないことになります。

おそらく上記の見解はあなた独自の見解というべきであって、「9条改憲阻止の会」の見解とは相容れない見解といわなければならないでしょう。

もう一度繰り返しておきます。あなたが両方の会に所属することに矛盾を感じない、というのであれば、そのあなたの思想的アイデンティティーは厳しく問われなければならない、ということです。
下記は「杉並からの情報発信です」ブログの主宰者の山崎康彦さんの標題(副題)記事に対する私の反論文その1(2010年5月9日付)です。


山崎さん wrote:
> 当日は80名くらいの方々が参加され、私も「憲法9条阻止の会」でご一緒の正
> 清太一世話人からのお誘いで出席し「各界・各層から人言」の一人として発言す
> る機会を得ました。

山崎さん

あなたが上記でおっしゃる「憲法9条阻止の会」とは「9条改憲阻止の会」のことですね。

あなたがご一緒されたという正清太一さんは「9条改憲阻止の会」の会員であることからそのことはわかります。

そして、「9条改憲阻止の会」とは、「9条改憲阻止の一点を共通の目標にした会」ということのようです。

一方、小沢一郎氏は下記の自身のウェブで現行の憲法9条(1項、2項)にあらたに下記の第3項を加えることを主張している明確な憲法9条改憲論者です。

現行憲法第9条:
第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
……………………………
小沢試案
第9条
一 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
二 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
三 前二項の規定は、第三国の武力攻撃に対する日本国の自衛権の行使とそのための戦力の保持を妨げるものではない。

「9条改憲阻止の会」の目標と小沢氏の目標は相容れません。

その相容れない主張を持つはずの「小沢一郎幹事長を支援する会」に参加したとは同会の会員になったということをも示しているのだと思いますが、あなたたちはなぜ根本の問題のところで主張の異なるはずの会の会員になったのでしょう? 下記でいろいろな理由を述べていますが、そういう理由は理由にはなりません。

あなたの思想的アイデンティティが問われなければなりません。
下記は「杉並からの情報発信です」ブログの主宰者の山崎康彦さんの標題(副題)記事に対する私の反論文(2010年3月6日付)です。


山崎さん wrote(「日刊ゲンダイ」からの引用ですが、批判的なコメント抜きで引用しているわけですから山崎さんのご見解でもあるのでしょう):

> 「沖縄の土地をめぐっては小沢幹事長が購入していることが一部で報じられた。これは資産公開で明らかにな> っているが、問題は隠れてコッソリ買っている連中だ」

なぜ小沢幹事長の沖縄の土地購入は問題ではないのでしょう?

民主党、小沢擁護論もここまでくると茶番でしかありません。呆れかえるばかりです。

沖縄の土地に関する利権問題に関しては下記のような指摘もあります(下記記事の筆者の目取真俊さんは1997年年度の芥川賞作家、2000年度の川端康成文学賞受賞作家です)。あなたはなぜ下記のような事実を指摘しようとしないのでしょう?

有権者を愚弄する下地幹郎議員(目取真俊 海鳴りの島から 2010年3月6日)
鳩山党首自ら「最低でも県外」と言った公約を破ろうとしている民主党中央と、選挙前に取り下げた「嘉手納統合案」を今になって再び主張している下地議員は、有権者を裏切り、欺いているという点でまさに同じ穴の狢(むじな)だ。こういう有権者を愚弄する行為を許してはならない

民主党と下地幹郎議員の画策(目取真俊 海鳴りの島から 2010年2月16日)
当初、17日の検討委員会では社民党、国民新党が「移設」先候補地を提案する一方で、民主党は提案しないということが報じられていた。琉球新報の記事を見れば、そのからくりが分かる。昨年の衆議院選挙前に鳩山党首自ら「県外移設」を唱えていた民主党が、キャンプ・シュワブ陸上案を検討委員会で提案すれば、公約違反の強い批判を受けるのは必至だ。それを回避するために自らは提案せず、国民新党の下地議員に働き掛けたということだろう。実に姑息なやり方だ

2月12日付琉球新報に沖縄県特A業者の公共工事完工高ランキング(2008年度決算/08年9月期?09年8月期の集計)が載っている。それを見ると公共工事完工高の上位には屋部土建、大米建設、金秀建設、仲本工業、国場組といった企業が名を連ねているが、注目すべきは発注機関別の請負額上位企業の表で、沖縄防衛局発注工事の請負件数と請負額上位は以下の通りになっている。

1 仲本工業  2件  12億1400万円
2 大米建設  3件   8億9000万円
3 屋部土建  4件   7億8800万円
4 仲程土建  3件   6億円
5 渡嘉敷組  2件   4億1100万円

下地議員のファミリー企業である大米建設が、沖縄防衛局発注工事の請負額ランキングで2位に入っている。沖縄に米軍が駐留していることは、下地議員にとってはファミリー企業の利益につながるわけだ。普天間基地の「移設」に関しても、県外・国外ではファミリー企業に利益はない。「県内移設」なら嘉手納基地やキャンプ・シュワブで行われる工事を受注できるかもしれない。以前から書いているように、基地機能・訓練の分散・移転を口実に下地島空港の軍事利用の道を開くこともできる。沖縄でこれだけ「県内移設反対」の声が高まっているにもかかわらず、下地議員が「県内移設」を主張し続けるのは、以上の理由からではないのか(これがすべてとは言わないが)

沖縄における自衛隊強化の問題(目取真俊 海鳴りの島から 2010年1月15日)
この記事に先立つ04年12月には、05?09年度「防衛計画大綱」「中期防衛力整備計画」が出され、沖縄の陸上自衛隊を旅団に格上げすることや、宮古島に陸上自衛隊を配備すること、島嶼防衛の強化などが打ち出されていた。この頃から米軍再編と連動した沖縄の自衛隊強化が着々と進められてきたのである」。「上記の琉球新報の記事から2ヶ月ほど後に、藤岡信勝氏ら自由主義史観研究会のグループが渡嘉敷島・座間味島を調査し、「集団自決」の軍命を否定する運動を本格化していく。そして、同年の8月に梅澤裕元隊長と赤松嘉次元隊長の弟が、大阪地裁に大江健三郎氏と岩波書店を提訴する。大江・岩波沖縄戦裁判はそのあと教科書検定問題に発展し、大きな社会問題となっていくのだが、そのような一連の動きの背景に、沖縄における自衛隊強化の問題があったと私は考えている

下地島空港への小沢発言(目取真俊 海鳴りの島から 2010年1月4日)
守屋氏の逮捕によって、その時の思惑は潰えたにしても、下地島空港の軍事利用を策す動きは一貫してある。今回の小沢発言が呼び水となり、再びその動きが活発化しかねない。すでに宮古島では警戒心を持って動きを見つめている人たちがいると思うが、民主・社民・国民新の与党検討委員会の場で下地島や伊江島の名が出たときには、即座に沖縄全体で「県内移設」反対!の声を上げていく必要がある
下記は直接には翻訳家の池田香代子さんのブログ記事に対する疑問点を述べたものですが、「杉並からの情報発信です」ブログの主宰者の山崎康彦さんのブログ記事「なぜ東京地検特捜部がこれほどまで傍若無人に暴走出来るのか」への批判にもなっています(2010年2月22日付)。山崎氏批判の第3弾としてここに掲げておきます。


池田香代子さんがご自身のブログに2010年2月19日付で「孫崎元外務省局長『検察の動きを見ればアメリカの意思がわかる』」 という記事を書かれています。 また、『杉並からの情報発信です』というブログでもやはり上記のジャーナリストの岩上安身さんの孫崎元外務省局長へのインタビュー記事に材をとった「『なぜ東京地検特捜部がこれほどまで傍若無人に暴走出来るのか』の答えをみつけた」(2010年2月12日付)という記事が書かれています。おふたりのブログ記事の筆者に共通するのは「外務省では分析課長と国際情報局長の二つのポストを歴任し」、「日本では数少ないインテリジェンスの本物の専門家である」(岩上安身ブログ「孫崎享元外務省国際情報局長インタビュー1」) 孫崎元外務省局長のインテリジェンス (諜報・情報分析)といわれる情報を無条件に信頼して記事を書いていることです。しかし、私は、インテリジェンスと呼ばれる情報は裏の舞台に隠されていた情報をあぶりだすという点で蠱惑に満ちていますが、その分真偽不明で不確かなところも多く、こうした裏情報のようなたぐいのものを無条件、 無批判に受けとめる姿勢に危うさのようなものを感じます。


具体的にいうとこういうことです。池田さんは上記記事で次のように言います。

「アメリカは自国の国益に添わない日本の政治家を失脚させてきた、それは鳩山一郎、 吉田茂(晩年)、田中角栄、武村正義、小沢一郎と続いている、その手段のひとつが検察特捜部による摘発だった、と孫崎さんは断言します」

上記で池田さんは「その手段のひとつが検察特捜部による摘発だった」と書いていて、政治家の失脚のすべてが「検察特捜部による摘発」によるもの、とは書いていませんが、池田さんが文章冒頭で「ゆゆしいこと」と言っているのは、 「検察特捜部が隠匿物資摘発で押さえた政府の資金をつかってアメリカの意向に反する動きをしそうな勢力を抑えこんだ」ということを指しているはずですから、 池田さんの文章全体を読んだ印象としては、 「政治家の失脚のほとんどは検察特捜部による摘発によるものだった」、というように私たち読者にはどうしても読めてしまいます。

もうひとつ。上記で池田さんは「アメリカは自国の国益に添わない日本の政治家を失脚させてきた、それは鳩山一郎、 吉田茂(晩年)、田中角栄、武村正義、小沢一郎と続いている」と書いていますが、たとえば武村正義氏はアメリカに政治的に失脚させられた政治家、 といえるでしょうか? 池田さんが上記の文章で引用される孫崎元外務省局長インタビュー13では孫崎氏はたしかに米国が日本の政府の人事に介入した例として武村官房長官の例を示していますが、武村氏は結果として当時の細川首相に罷免されていませんし、細川政権崩壊後の自社さ連立内閣(村山内閣)を成立させる大きな役割も果たしており、同村山内閣では大蔵大臣にも就任しています。 武村氏を失脚者扱いするのは明らかに誤っています。この場合、 アメリカの日本政府への人事介入は失敗しているのです。

また、池田さんは上記の文中では触れていませんが、孫崎元外務省局長インタビュー4では失脚とは逆にアメリカ側の意中の政治家として岸信介氏の例がとりあげられています。そして、そのアメリカ側の意中の政治家である岸氏が「失脚」 (総辞職) せざるをえなくなった直接の原因は、周知のとおり国会で新安保条約案を強行採決し、国民の大きな怒りを買ったことです。 岸氏は辞任直前には暴漢に襲われ、瀕死の重傷を負ってもいます。アメリカ側の意中の人であっても国民は彼を日本国の首相とは認めなかったのです。そういう歴史の真実が「インテリジェンス」情報ではすっぽりと抜け落ちてしまう、ということもあります。それが 「インテリジェンス」情報のひとつの陥穽です。

『杉並からの情報発信です』ブログ(2010年2月12日付)でも孫崎享元外務省国際情報局長インタビュー13の記事がとりあげられていますが、同ブログの筆者は左記の記事を見て「なぜ東京地検特捜部がこれほどまで傍若無人に暴走出来るのか」の答えをみつけた、と言っています。その筆者がみつけた答えは、「特捜部は、日本の権力者に歯向かう役割でスタートした。その後ろ盾には米軍がいたんです。それが今も続いているんです」。だから、東京地検は日本が対米隷属から離れて、独立独歩の道を歩もうとする政治家」 (上記インタビュー13)、すなわち小沢一郎民主党幹事長を「ねらい打ちにしてきた」、というものです。

が、 同ブログの筆者は、 2010年2月20日付には「『小沢幹事長不起訴にオバマ政権の意向が働いた』と推測します」という記事を書いています。

これはおかしな論理です。「特捜部の後ろ盾には米軍が」ついており、その米軍は「自国の国益に添わない日本の政治家を失脚させ」ることを目的にして「インテリジェンス」活動をしている、というわけですから、失脚させたい政治家の不起訴などに手を貸すのは筋が通りません。しかし、その筋が通らない話を同ブログの筆者は次のような筋を立てて説明を試みます。

「オバマ政権は当初在日CIAや在日大使や自民党清和会、日本の財務・司法・外務官僚などの情報から、小沢幹事長と鳩山民主党政権が『反米的で危険な存在』と判断して『小沢幹事長追い落とし』と『鳩山政権転覆』の指示をCIAと日本の検察に出したと推測され」る。/ しかし、「オバマ政権はシギントで得た日本の政治家や検察の内部情報、ルース駐日米大使の現地情報等から、小沢の親米的姿勢と類稀な政治力、さらに自民党の衰退を見抜きCIAに指示して小沢不起訴を検察首脳に働きかけたという説が有力になっている」が「私も同じ考え」だ。

同ブログの筆者が信頼できる情報として依拠している孫崎元外務省局長のインタビュー記事では日本の検察を牛耳っている米国の優秀な「インテリジェンス」 機関とオバマ政権は、「ずいぶん前から(小沢対策を)正確に分析してい」た(上記インタビュー11)と言っています。その「正確に分析してい」たはずのオバマ政権の小沢評価が上記のように 「反米的で危険な存在」という評価から「親米的姿勢」を持った政治家、という評価に一転するのはやはり筋が通りません。

そもそも池田さんや『杉並からの情報発信です』ブログの筆者の評価する孫崎元外務省局長のインタビュー記事13では、小沢一郎氏は「日本が対米隷属から離れて、独立独歩の道を歩もうとする政治家」と高く評価されています。池田さんも『杉並からの情報発信です』ブログの筆者さんもおそらく小沢一郎氏を上記のインタビュー記事と同様の視点で評価されているわけでしょうから、そういう意味からも「小沢幹事長の『親米的姿勢』を評価して同幹事長不起訴にオバマ政権の意向が働いた」という推測は成立しがたいものがある、といわなければならないように思います。

私は小沢幹事長が不起訴になったのは、単純に検察側に同幹事長を起訴するだけの証拠がなかったからだろう、と思っています。「小沢幹事長追い落とし」や「小沢幹事長不起訴」にアメリカの関与があったのかどうか定かのところはわかりません。関与はあったかもしれないし、なかったかもしれない。それ以上のことは不明というほかありません。先にも言いましたが、必要以上に「インテリジェンス」情報を評価することは、大局的に歴史を見る眼、歴史の真実を見抜く眼を見失う陥穽に陥りやすいという意味で危うさをともなうものであるように私は思います。

最後に。

上記のインタビュー記事13の「日本が対米隷属から離れて、独立独歩の道を歩もうとする政治家」という小沢氏評価に関わらず、「小沢は常にアメリカの対日要求の中身を踏まえて発言している」(浅井基文『新保守主義?小沢新党は日本をどこへ導くのか?』pp127-128)ことは小沢氏の主張を注意深く見守ってきた者にとっては明白なことのようにも私は思っています。
下記は「杉並からの情報発信です」ブログの主宰者の山崎康彦さんの標題(副題)記事に対する私の反論文(2010年2月11日付)です。


山崎さんの独自のご見解のご投稿が続いていますが、そして、その山崎さんの紹介される 副島隆彦氏やリチャード・コシミズ氏のブログや動画をよく見ていて共感するところがある、 という××さんのご投稿などもありますが、ある評論家なり、ある他者についての評価は人それぞれですし、 また、人それぞれであって当然いいわけですから、おふたりのご認識や考え方が私と違っていてもある意味当然であり、致し方ないことだとは思います。

しかし、私としては、山崎さんの紹介される副島隆彦氏やリチャード・コシミズ氏、 また植草一秀氏の認識、見解には承服しがたいところが多々あります。そのことを申し述べておきたいと思います。

副島隆彦氏に対する私の評価については先のメールでも彼のブログの記事を読んだ読後感として少し述べました。その私の評価に少しプラスすると、私は、 たとえば副島氏の「人類の月面着陸はなかった」などとする主張(Wiki:『アポロ計画陰謀論』)はトンデモな主張だと思っています。この彼の主張については「宇宙開発関係の専門家でこの説を批判したものはいるが、支持すると表明したものは今のところ存在しない」(同左)というしろものです。私はこういう主張をする人の説を他の説であっても信用する気にはなれません。彼の他の説にしてもいかにその説が飛躍(根拠のない断言)のかたまりであるかについての一端は先のメールでも述べました。

リチャード・コシミズ氏も副島隆彦氏と同じく「アポロ計画は捏造であった」という主張をしています(同上)。さらにコシミズ氏は「全ての極東問題は、ニューヨーク在住のロックフェラーの意向で存在する」「北朝鮮という国家が樹立され、いまだに飢餓で滅亡しないのも、オウム事件を起こそうとしたのも、創価学会や統一教会が政治に影響力を持つのも、全て、ロックフェラーグループの統一協会朝鮮人によるもの」とも主張しています(同左)。荒唐無稽な説だと私は思います。こういう主張をする人の説も私は他の説であっても信用する気にはなれません。

植草一秀氏については、なにがなんでも民主党、また小沢一郎氏を検察、マスメディアのバッシング攻撃から擁護しようとするあまり、 同党の決して少ないとはいえない公約違反、 また政策不整合の数々を不問に付すという姿勢において、彼の論を評価することはできません。 私は先のメールで「政権交代したばかりの 「よちよち歩き」の民主党を擁護しようとする立場から、小沢氏の『政治とカネ』の問題を不問に付して(略)鈴木宗男氏や佐藤優氏を自らの政治観測の主観に合わせて創作した 〈虚像〉 の鈴木宗男像や佐藤優像をもって彼らを高く評価しようとする向きが私たちの側(民主勢力)の一部に少なからず見受けられるように思」うとのべましたが、その「向き」の筆頭格が植草一秀氏であろう、と私は思っています。そういう意味で私は植草一秀氏の主張も支持することはできません。ただし私は、例の植草痴漢事件なるものは、警察、検察、 裁判所一体のフレームアップ、冤罪事件であるだろうと思っています。この件については私はさまざまな媒体に植草氏擁護の記事を書きました。左記のことを付記しておきます。

上記の意味で、今回の山崎さんの記事にも私は異議をもっています。その記事には少なからぬ飛躍がある、というのが私の判断ですが、いちいち指摘することはやめます。
本エントリから7本、「杉並からの情報発信です」ブログの主宰者の山崎康彦さんの論文への反論文を資料として掲載します。下記は山崎氏の標題(副題)記事に対する反論文(2010年2月4日付)です。


山崎さん

山崎さんご紹介の副島隆彦氏のブログの記事(2010年2月1日付)を読んで見ました。

読んでみて、山崎さんがなぜ副島氏の上記の論を「非常に重要な情報」などとおっしゃるのか、私には不明でした。副島氏の論には根拠のない断言がありすぎます。こうした根拠のない断言の類をもちろん論ということはできませんし、むろん情報ということもできないように思います。

以下、いくつか副島氏の「論」の飛躍(根拠のない断言)のさまを見てみます。

第一。副島氏は、マイケル・グリーンという「先のホワイトハウスの東アジア上級部長をしていた」人物を、「今、私たちの日本国を、一番上から操って、東京で各所で暗躍し、 動き回り、政治干渉している」ふたりのうちのひとりで、 「今の『小沢攻撃、小沢を排除せよ』の東京のあらゆる権力者共同謀議(コンスピラシー)の頂点に居る謀略人間である」と断言するわけですが、このように副島氏が断言する根拠は、 「CIA(米中央情報局)と軍事部門の情報部が一体化して、 政治謀略を仕組む部署が青山と横田(横田基地内と外)あって、そこの100名ぐらいの部隊が、マイケル・グリーンの配下として、暴走している」というものです。

しかし、「CIAと軍事部門の情報部が一体化して、政治謀略を仕組む部署が青山と横田」にあって、そこに 「100名ぐらいの部隊が」ある、 というのはおそらく私もそうだろうと推測できますが、「100名ぐらいの部隊が」あるということと、その「100名ぐらいの部隊が、マイケル・グリーンの配下」ということとは別のことです。「100名ぐらいの部隊が、マイケル・グリーンの配下」 と断言するためには、そう断言するだけのさらなる根拠を示す必要がありますが、そうした根拠は示されないまま根拠のない断定だけが独り歩きしています。

第二。副島氏は、 このマイケル・グリーンの手先となっている「忠実な子分」のひとりとして長島昭久衆院議員をリストアップしていますが、 その根拠としてあげているのは長島氏が 「東京21区」すなわち「立川、福生、横田という米軍基地のある選挙区から出ている衆議院議員であるということ」だけ。そういうことが根拠になるのならば、 東京21区選出の議員は全員アメリカの手先となるほかありません。荒唐無稽きわまりないことです。

第三。副島氏は、テレビ6社(NHKを含む) と大手新聞5社の11大メディアの政治部長会議を「アメリカの手先の主力勢力」 と断言するのですが、 そう断言する根拠もなんら示されているわけではありません。その上で同政治部長会議には「マイケル・グリーンと長島昭久、渡部恒雄らも出席して、『小沢一郎を逮捕、有罪として、葬り去るための謀議』を開いている」「ここには、樋渡利秋検事総長や、漆間厳(元警察庁長官、前内閣官房副長官事務方)らも密かに顔を出す」などと妄想をたくましくします。そのようにいう根拠は「私は(そう)にらんでいる」という筆者の推測だけです。根拠も何もあったものではありません。

副島隆彦氏が上記のように妄想をたくましくするのは、「私は、鳩山・小沢政権を強く支持して、『日本国の大掃除を断行しよう』としている勢力と共に、最後まで徹底的に闘」うという覚悟からくるもののようです。しかし、このように妄想をたくましくしてまでする「鳩山・小沢政権」擁護がわが国の政治の革新に寄与するとは私にはとうてい思えません。

 終戦の日

NHKが「NHK戦争証言アーカイブス」というホームページを設け、インターネット上で太平洋戦争時の大変貴重な映像と音声、そして310人の兵士たちの証言を見る/聞くことができます。

たとえば「戦時録音資料」の「勝利の記録」では1941年12月8日の開戦時の有名な「帝国陸海軍は、本8日未明、西太平洋においてアメリカ・イギリス軍と戦闘状態に入れり」という大本営陸海軍部発表の臨時ニュースの生音声を聞くことができますし、1945年9月第255号「日本ニュース」の「聖断拝す 大東亜戦争終結 昭和二十年八月十四日」では「靖国の社頭に、また二重橋前広場にひれ伏し」「一億、等しく頭を垂れて玉音を拝し奉る」戦争終結時の「帝国臣民」の当時の様子を見ることができます。

大変貴重な資料となると思いますので記録しておきます。

以下、メディア記事と「NHK戦争証言アーカイブス」のメニューの一覧の抜粋。

NHK戦争証言アーカイブス:元兵士ら310人の記録公開 「言葉、次の世代に」(毎日新聞 2010年8月6日)
 命が脅かされる日常とはいったいどのようなものだったろうか。そんな時代の生々しい証言がインターネット上で見られる。「NHK戦争証言アーカイブス」(http://www.nhk.or.jp/shogenarchives/)では、番組取材で得たインタビューを共有財産として公開。個人で学ぶほか、教育の現場でも活用できそうだ。

 「体験者は高齢化している。今が最後のチャンス」と、ライツ・アーカイブスセンターの宮本聖二チーフ・プロデューサー。特に日本軍の記録は、戦後に1次資料の多くが廃棄されたため、個人の証言を基に記録を構築するしかないという。

 NHKでは「証言記録 兵士たちの戦争」「市民たちの戦争」などの番組制作を通じて、多くの体験者を取材。番組では一部しか使用されなかった証言を改めて整理し、アーカイブを作った。

 昨年は約2カ月の期間限定サイトで約100人分を公開。今年は8月2日に本格オープンし、310人分の証言を掲載した。太平洋戦争開戦70年の2011年に向け、1000人分の収集を目指す。

 サイトでは、元日本軍兵士の他、市民の空襲・疎開体験、被爆した日系米国人や戦前ソウルにあった京城帝国大で学んだ韓国人ら外国人の証言もある。

 時代背景など理解を深める素材も充実。NHKの関連番組や映画館で戦意高揚のため上映された「日本ニュース」、玉音放送などの音源も視聴可能だ。

 企画の発案者である伊藤純エグゼクティブ・プロデューサーは「一義的な戦争体験の継承が困難になるなか、体験者の言葉を次の世代に残していくのが私たちの責任。普段、戦争関係に興味を持つ人だけでなく、若い人たちに見てもらいたい」と話している。

NHK戦争証言アーカイブスメニュー:
●[http://cgi2.nhk.or.jp/shogenarchives/shogen/list.cgi 証言] 戦争体験者インタビュー動画(305件)

太平洋戦争が終結して65年。戦争を知らない世代が増えると同時に戦争を体験した人々の高齢化が進み、直接戦争を体験した人々の証言がますます貴重なものになろうとしています。このアーカイブスでは、「証言記録 兵士たちの戦争」で取材した、戦争体験者の貴重な証言を、番組で紹介しなかった部分も含めて公開しています。
●[http://cgi2.nhk.or.jp/shogenarchives/bangumi/list.cgi 番組] NHK戦争関連番組集

現在NHK衛星ハイビジョンで放送している「証言記録 兵士たちの戦争」、また、1992年12月?1993年8月に放送された「NHKスペシャル ドキュメント太平洋戦争 第1集?第6集」もご覧いただけます。

・証言記録 兵士たちの戦争(29編)
 西部ニューギニア 見捨てられた戦場 ?千葉県・佐倉歩兵第221連隊? など
・証言記録 市民たちの戦争(9編)
 強いられた転業 東京開拓団 ?東京・武蔵小山? など
・ドキュメント 太平洋戦争(6編)
 ドキュメント太平洋戦争 第1集 大日本帝国のアキレス腱 ?太平洋・シーレーン作戦? など
●[http://cgi2.nhk.or.jp/shogenarchives/jpnews/list.cgi 日本ニュース]

「日本ニュース」は、太平洋戦争を間近に控えた1940年(昭和15年)から終戦をはさみ、1951年(昭和26年)まで制作されたニュース映画です。制作したのは、「日本映画社」(※)で、1940年にそれまで4つに分かれていた新聞社や通信社のニュース映画部門を国策により統合したものです。戦時中の「日本ニュース」は、日本軍や内務省の検閲を受けた後、毎週映画館で封切られ、国民の戦意高揚に用いられました。テレビがない時代、国民は「日本ニュース」が伝える真珠湾攻撃や特攻隊出撃、学徒出陣の様子を映画館で目にしたのです。
「日本ニュース」は、戦争完遂を目的にした国策映画ですが、太平洋戦争中の映像記録として大変貴重なものです。1951年までに第576号まで制作されましたが、「戦争証言アーカイブス」では、太平洋戦争を間近に控えた1940年(昭和15年)の第1号から、1945年(昭和20年)末の第264号までを公開しています。
●[http://cgi2.nhk.or.jp/shogenarchives/sp/list.cgi 戦時録音資料]

1941(昭和16)年11月17日、NHKは、東条英機首相の施政方針演説を国会の議場で収録し、午後7時のラジオニュースの冒頭で放送しました。国会の録音放送が初めて実現した瞬間でした。太平洋戦争が始まる緊迫した時期の施政方針演説であったため、日本の国民はその内容に注目していました。これ以降、NHKは戦時中が強まる中、大臣の国会演説や戦況報告をSP盤に記録し、録音放送を行っていきます。

20世紀初頭に普及した初期の円盤式レコードであるSP盤は、音楽だけでなく、さまざまな講演や声明を記録するメディアとして利用され、NHKでも戦時中の重要な記録媒体として使われました。SP盤は、長時間収録が可能なLPレコードの普及が進んだ戦後、次第に使われなくなりましたが、NHKは、静岡県の浜松支局におよそ16000枚のSP盤を大切に保管してきました。

「戦争証言アーカイブス」では、戦時中の肉声が記録された貴重な「歴史的音源」の一部を公開します。
既報のとおり千葉第2検察審査会は先月13日(発表は21日)、「森田健作氏を告発する会」のメンバーが審査申立をしていた森田千葉県知事「無所属」詐称問題に関して「不起訴相当」の議決をしましたが、同会は昨日2日、千葉第2検察審査会、最高裁刑事局、森田千葉県知事それぞれに対して以下の抗議声明、公開質問状、申し入れ書を送付するとともに発表しました。

【1】森田健作氏に対する不起訴処分を「相当」とした千葉第2検察審査会に対する抗議声明
【2】検察審査会に対する抗議および改善の申入れ(最高裁判所刑事局長宛)
【3】検察審査会の運営に関する公開質問状(千葉第2検察審査会宛)
【4】政治資金の明確化を求める公開質問状(鈴木栄治(森田健作)千葉県知事宛)

下記はその【4】です。

2010年 8月2日

千葉県知事 鈴木栄治 様 

森田健作氏を告発する会  
代表 井村弘子

政治資金の明確化を求める公開質問状

 あなたの政治資金の収支が不明確ですから、以下質問します。

 30日以内に、文書によりご回答いただくよう、お願いいたします。

                  記

1.平成21年4月13日、千葉県選挙管理委員会へ提出の、あなたが千葉県知事選挙候補者として行った選挙運動費用についてうかがいます。

 同収支報告書によれば、支出の総額は15,137,545円であり、収入の総額は15,120,000円であり、収入は、森田建作後援会からの寄付金のみ、であると報告され、収支差は△17,545円となります。

 同選挙運動にかかわった収入および支出は、以上のとおりで、このほかにはない、ということでしょうか? 

 資金管理団体「陸山会」の土地購入を巡る事件で、政治資金収支報告書に記載していなかった事例が報道されています。

 確認をお願いします。

2.平成17年10月7日、千葉県選挙管理委員会が告示した、あな たが候補者として行った選挙運動費用収支報告書によれば、支出の総額は19,020,772円であり、収入の総額は49,932,531円であり、収入は全額、森田建作政経懇話会からの寄付金である、と報告され、収支差は30,911,759円となります。

 収支差に相当する30,911,759円は、現在どこに存在するかお答えください?

3.森田建作後援会についてうかがいます。

 森田建作後援会は、その他の政治団体(後援会)として、あなたが代表者であり、あなたの自宅に事務所を置き長年にわたり政治活動が行われてきましたが、平成21年1月30日に解散の届をされました。

 ところが、同日、同名の森田建作後援会が、やはりあなたが代表として、新たに設立の届け出がされました。

1)この経緯の意味するところはなんでしょうか?

2)平成21年1月30日まで存在した森田建作後援会の収支は、政治活動資金収支報告書によると、存在した5ヶ年間、全く収支がゼロで、資産等もゼロ、の記載です。この間、森田建作後援会はどのような目的で、どのような活動をおこなってきたのでしょうか?

3)平成21年1月30日から活動を開始した森田建作後援会は、活動の収支を公表していません。政治資金収支報告書は、平成21年分について、平成22年3月31日までに提出することが定められているので、あなたも千葉県選挙管理委員会に提出済みと承知しています。

 同選管によると、公表の時期は今秋になると説明しています。秋まで待つことなく、公開準備の整った平成21年分の政治資金収支報告書を、あなたが自ら公表することは、なんの差し障りもありません。直ちに公表しませんか?

 平成21年3月29日執行の千葉県知事選挙にかかわる収支が含まれている報告書が、いまだに公開されていないことに県民の不信が高まっています。直ちに公開することが千葉県知事としての説明責任を果たすことになるとは思われませんか?

 最後にあたり、「輝け!千葉・日本一」とのあなたの信念をもって公開質問書に回答されますよう、心から期待しております。

 なお、本質問書およびご回答は、報道等をとおして公開いたしますので申し添えます。

以上
既報のとおり千葉第2検察審査会は先月13日(発表は21日)、「森田健作氏を告発する会」のメンバーが審査申立をしていた森田千葉県知事「無所属」詐称問題に関して「不起訴相当」の議決をしましたが、同会は昨日2日、千葉第2検察審査会、最高裁刑事局、森田千葉県知事それぞれに対して以下の抗議声明、公開質問状、申し入れ書を送付するとともに発表しました。

【1】森田健作氏に対する不起訴処分を「相当」とした千葉第2検察審査会に対する抗議声明
【2】検察審査会に対する抗議および改善の申入れ(最高裁判所刑事局長宛)
【3】検察審査会の運営に関する公開質問状(千葉第2検察審査会宛)
【4】政治資金の明確化を求める公開質問状(鈴木栄治(森田健作)千葉県知事宛)

下記はその【3】です。

2010年8月2日

千葉第2検察審査会様

森田健作氏を告発する会
代表  井村弘子
                    
検察審査会の運営に関する公開質問状

 被疑者森田健作こと鈴木栄治に対する公職選挙法違反被疑事件に関し、貴会が7月21日に議決要旨を公表された件について、以下質問します。
 30日以内に、文書により御回答くださいますようお願い申し上げます。

 なお、本件については申立に対する処分がすでに確定しており、以下の質問に回答しても、貴会において何ら不利益や不都合が生じることはなく、回答することが市民社会に対する貴会の責務であることを強く指摘させていただきます。

                  記

1.なぜ、議決するまで約7カ月もの時間がかかったのか?

 民主党小沢一郎氏を政治資金規正法違反で告発した市民団体が、2月12日東京第5検察審査会に申し立てを行ったが、議決は2ヶ月後の4月27日に出されている。これと比べ、本件は異常に時間がかかっている。

2.審査会はいつから何回開かれたのか?

3.途中、審査員の交代はあったのか?

 小沢氏の場合、8月1日「東京第5検察審査会の審査員11人のうち、 5人の任期が7月31日付で終了し、議決に携わった審査員は全員が任務を終えた」と新聞報道された。本件に関しても同様の情報はあってしかるべきである。

4.審査員のうち、何人対何人で議論が分かれたのか?

 小沢氏の場合、4月28日「東京第5検察審査会の審査員11人全員一致で起訴相当と議決した」と新聞報道された。本件に関しても同様の情報はあってしかるべきである。

5.議決書の作成を補助した審査補助員の名前をなぜ明らかにしないのか?

 小沢氏の場合、「議決書の作成を補助した審査補助員」として弁護士の姓名が議決の要旨に明記されている。本件に関しても同様の情報はあってしかるべきである。

6.?平成13年3月29日に「裁判所の保有する司法行政文書の開示に関する事務の基本的取り扱いについて」(最高裁総一第82号)が最高裁判所事務総長名で、高等裁判所長、地方裁判所長および家庭裁判所長宛てに依命通達がなされている。本通達は千葉第2検察審査会も対象になると考えるが、いかがか?

?上記依命通達が、千葉第2検察審査会も対象になる場合、本件に関して公開対象となる行政文書を一覧で示したうえ、その文書の内容等についてご説明を願いたい。

 本質問書およびご回答は、報道等をとおして公開いたしますので申し添えます。         

以上