キョウ ぜねすと 
ブラジルで21年ぶりのゼネスト

Blog「みずき」:メーデーの日に。ブラジルで21年ぶりのゼネストがあったそうです。メーデーの日に集まったみなさん。あなたたちがいま第一に思わなければならないのはこのことではないか。

「一部市民が暴徒化」などという瑣末な目しか持たない報道に欺かれてはなりません。「暴徒化」したということはそれだけ労働者の怒りが凄まじかったということでもあるでしょう。メディアはなぜその「怒り」の本質に目を向けることができないのか。

連合の神津里季生会長は、安倍首相の裁定の下、先日、月100時間の労働時間延長可という「人が死ぬかもしれない」労働基準法改悪に経団連の榊原定征会長とともにに合意しました。こうした労働者の生を弄んで恥じない連合会長、榊原定征の暴挙を許したままのメーデーであってよいのか。

また、官公労働者や大手企業の労働者の多くはいまもって組合から交通費や日当という手当てを貰ってメーデーに参加しています。こうした非自発的な動員者に占領される集会をメーデーと呼べるのか。

私も20代、30代のときは毎年のようにメーデーに参加しました。そのときにはたしかにかすかにでも労働者の連帯のようなものを肌で感じることができました。しかし、いまは参加しません。バカバカしい、というよりも、反動に手を貸すことになる、という腸の煮えくり返る思いの方がずっと強いからです。


【山中人間話目次】
・メーデーの日に――メーデーの日に集まったみなさん。あなたたちがいま第一に思わなければならないのはブラジルの21年ぶりのゼネストのことではないか
・メーデー断章。残業上限「月100時間」を政労使合意した「労」の張本人がよくぞ「長時間労働の撲滅」などといううそ平然とつけるものです(そのうそを看過したままにする連合組合員も組合員です)
・ブラジル・ゼネスト詳報
・辺見庸の「新・朝鮮戦争を望んでいるものがいる」
・水島朝穂さん(早大教授、憲法学)のつくられた「緊迫 北朝鮮情勢」批判――「新たな戦前」なのか
・わが国の愚かなること最悪の首相の愚かなる言(オルタナティブ・ファクト。すなわち、うそ)のファクトチェック。毎日新聞校閲記者のクリーン・ヒット

キョウ れんごう
逆説

Blog「みずき」:大田英昭さん(日本近代思想史、社会・労働運動史研究者。東北師範大学(長春市)教員)の根底的な日本の労働基準法改悪批判。その改悪法を「労働基準法の70年の歴史の中で非常に大きな改革であり、第一歩だ」などとほざいているのが私たちの国の日本労働組合総連合会(連合)の会長であることがこの国の労働運動の壊滅的な死滅そのものを物語っています。私たちはこういう国に生きている。実に悲しいことといわなければならないでしょう。私たちと次代の若者たちのためにこうした絶望的状況をなんとしても変革しなければならない。大田さんの文章を読むにつけてもその思いをあらたにします。


【山中人間話目次】
・大田英昭さん(日本近代思想史、社会・労働運動史研究者。東北師範大学(長春市)教員)の根底的な日本の労働基準法改悪批判
・豊島耕一さん(佐賀大学名誉教授)の眼 ――山城博治保釈報道,どちらが一般紙でどちらが左翼紙?
・私ばかりではなく、以下の共産党員、共産党支持者(相応に名の通った人たちですね)も小池東京都知事の「右傾体質(右翼性)」を批判しています
・この田中利幸さんの「皇室をいまだに敬畏する東京大空襲犠牲者遺族たちの心理批判も込めて」という文章は根源的な「天皇制」批判の言葉だと私は思います
・山城さん釈放の喜びを私もともにしたいと思います。山城さんの運動が私たち自身の運動でもあるならば、山城さんの釈放はひとりひとりの「私」の釈放でもあるからです
キョウ ないぶりゅうほ 
キョウ ないぶりゅうほ2

Blog「みずき」:弁護士の森川文人さんの本日づけのブログ記事は「『世界で一番企業が活躍しやすい国』での残業時間」というもの。森川さんはその記事の中で本日づけの朝日新聞の「経済気象台」というコラムを採りあげています。曰く「同じ日の朝日の「経済気象台」というコラムでは「もっと労組はモノ申せ」というタイトルで「安倍政権の最低賃金の引き上げをはじめとする賃上げへの誘導姿勢は、労使への過剰介入といってよい。」「労組は賃上げにもっと熱心であってもよい。労組の経営への物わかりのよさは目に余るものがある。」「旧民主党(民進党)の支持団体としての連合は一体何を考えているのだろう。内部留保の増大と実質賃金の低下は、一義的に当事者としての労組の不作為に原因があるといえるだろう。野党も労組も安倍内閣を批判する資格はない。」「『同一労働・同一賃金』『一億総活躍社会』も、労組は基本的に働き方への政治の介入に対し、もっと腹を立てるのが、当然ではないか。『自分たちでやるから、ほうっておいてくれ』と抗議すべきがスジである。」と同じ新聞とは思えない痛快な指摘の連発」。「今日の言葉」はその朝日の「経済気象台」記事から採りました。

【労組は働き方への政治の介入に対しもっと腹を立てるのが当然ではないか】
アベノミクス批判の定番の一つに、実質賃金の低下と企業の内部留保の増大の指摘がある。それは事実だが、問題なのはその原因である。機関投資家を中心に、株主側は「配当の充実や自社株買い」を要求する。問われているのは賃金の決め方だ。これは安倍政権の失政ではない。というよりも、安倍政権の最低賃金の引き上げをはじめとする賃上げへの誘導姿勢は、労使への過剰介入といってよい。当事者がきちんと対処していれば、このようなことにはならない。生産性の向上のみならず、円安効果を含め、企業の利益に対し、労組は賃上げにもっと熱心であってもよい。労組の経営への物わかりのよさは目に余るものがある。旧民主党(民進党)の支持団体としての連合は一体何を考えているのだろう。内部留保の増大と実質賃金の低下は、一義的に当事者としての労組の不作為に原因があるといえるだろう。野党も労組も安倍内閣を批判する資格はない。「同一労働・同一賃金」「1億総活躍社会」も、労組は基本的に働き方への政治の介入に対し、もっと腹を立てるのが、当然ではないか。「自分たちでやるから、ほっておいてくれ」と抗議すべきがスジである。勤労者に大切なのは「雇用の安定」である。労組が最優先するのは当然だ。それゆえ、企業経営の「安定」を優先するのは、わからなくはない。だが、労組が社会性を失い、「一企業の目線」に偏る危険性は、もっと指摘されてよい。労使が同じ意見ならば、政府の会議の「椅子」はどちらか一方が座ればよい。そもそも労使が別人格として参加するのはおかしいのではないか。(朝日新聞「経済気象台」 2016年10月15日

【山中人間話目次】
・醍醐聰さんの上村達男氏(前NHK経営委員)批判と赤旗批判 ――上村達男氏のNHKガバナンス論の真贋~赤旗編集局への書簡(2-7)
・「稲田をもっともっと叩いて叩いてゴキブリのように叩き潰してもらいたい」(kojitakenの日記)
・仲宗根勇さん(元裁判官): 『3月4日成立の和解条項第9項のワナの仕掛けを捨てない安倍官邸の無法ぶり
・つくづく「国家」というものが厭になる。「官僚主義」も「組織」も「民主集中制」も
・ハンガリー:左派新聞の発刊停止…「政府関与」指摘も - 毎日新聞
・国連派遣「表現の自由」調査官を官邸が監視
・プミポン・タイ国王の死去に伴う後継国王の「女たらし」癖の問題を日本のメディアが報じない問題
キョウ あきち

Blog「みずき」:五十嵐仁さん(元法政大学教授。昨年退職)もメディアの「事実上の長距離弾道ミサイル」報道には「違和感」を表明していますが、商業メディアと同様に「事実上のミサイル」と「誤報」している赤旗批判はありません。著名な共産党シンパとして同党批判を意図的に避けていることは明らかです。それに比して自身が共産党員であることを隠さず公表している豊島耕一さん(元佐賀大学教授。一昨年退職)は今回の赤旗の「ミサイル」報道を明確に批判していて、そういう意味で批評精神の健全さを感じます。しかし、「一体どうしたのでしょうか」というのはいかにも甘すぎる共産党批判です。どうしたのではなく、同党はもはや完全に「右傾化」してしまっているのです。そういう意味での同党批判も必須です。2015年1月10日の小池晃同党副委員長の「天皇のお話」発言批判以来の私の共産党批判をご参照いただければ幸いです。

Blog「みずき」:これまでの記事を読んでも金平記者はSEALDsを相当に評価していますが、同時に金平記者は辺見庸の『1★9★3★7』を映画や舞台、コンサートを含む2015年のジャンル徹底的無視ベスト10の
第1位に選ぶ眼光の人でもあります。その辺見のSEALDs評価は「ぼくはそこに何も新しいものを感じない」「『何としても社会そのものを深いところから変革したい』という強いパッションが見えない」というものです。金平さんには辺見の言葉がわかると思います。もう一度、再考していただきたいものです。

【「ミサイル発射」報道問題と赤旗】
北朝鮮(以下、DPRK)の長距離ロケット発射に対して、メディアは「ミサイル発射」と報道し、これに対して政府がPAC-3などミサイル防衛を発動する事態になりました。過剰反応にとどまらない危険な戦争準備活動(主に国民心理の調教)には大いに警告を発しなければなりません。いや、政府の「破壊措置命令」が本当にロケット本体に実施されたなら、戦争になっていたかも知れません。(略)
キョウ あさひしんぶん
朝日新聞 2015/12/24

Blog「みずき」:「志位氏は『我々はウルトラリアリストになった』と言ったそうだが、ウルトラナショナリズムは現実埋没と相等しいだろう」は都藤邦さんの日本共産党評です。都藤さんのこのアフォリズムをどう評価しうるか。また、どう応えうるか。一に私たち自身の政治的思想力の問題、あるいは政治的構想力の問題といってよいでしょう。

★志位氏は「「我々はウルトラリアリストになった」と言ったそうだが、ウルトラナショナリズムは現実埋没と相等しいだろう

「『リアル』政治に踏み出す共産 接近する志位氏と小沢氏」
朝日新聞 2015/12/24
「安倍一強政治」の流れを変えようと、野党が共闘に動き始めた。23日には安全保障関連法廃止を訴える市民団体が来夏の参院選に向け、熊本と石川で野党統一候補の擁立を発表。台風の目は共産党だ。自前候補の取り下げも辞さない「現実路線」に踏み出し、野党連携の歯車が回り出した。転機は3カ月前。安保法が成立した9月19日の午後、東京・千駄ケ谷の共産党本部。党幹部を集めた中央委員会総会で委員長の志位和夫は宣言した。「国民の声に応えるため、共産党も変わらなければならない。我々は新たな戦いに入る」

その前夜、志位は国会前に詰めかけた学生らに演説。共産や民主など5党が安保法反対で結束したことを受け、「野党共闘をどんなことがあろうと発展させていく」と強調した。学生たちから「次の選挙は期待していいんですね」と声をかけられていた。志位は中央委総会で、演説での「約束」を具体化した構想を示す。安保法の廃止を実現させるため他の野党と連立を組む「国民連合政府」だ。共闘を実現させるため、日米安保の破棄や将来的な天皇制の廃止といった他党が受け入れられない政策を棚上げした。天皇陛下が臨席するため、従来は「戦前の議会の儀式を引き継ぐもので憲法から逸脱する」との理由で欠席していた国会開会式に来年は出席することも24日に発表する。志位は言う。「我々はウルトラリアリストになった
キョウ ふゆのししゃ

Blog「みずき」:私の見るところ「きまぐれな日々」主宰者の問題提起も結局のところ共産党の「右傾化」問題にゆき着く問題といえるでしょう。この問題を「『リベラル・左派』の側から行われている最近のなし崩し的な方向転換・右旋回の動きは安倍極右政権以上に日本国の民主主義を根底から腐蝕させつつある」としてリベラル・左派の「思想の危機」の問題として論を深めているのが大田英昭さんの論攷です。あわせてご参照いただければ幸いです。

【安倍内閣の支持率はともに大きく上昇して5割を超えた。なぜか?】
世論も、郷原信郎言うところの「絵に描いたようなあっせん利得」に怒るどころか、甘利明が「嵌められた」という政権や保守系メディア(略)の宣伝の方を信じる傾向が強いようだ。甘利辞任を受けてかどうかわからないが週末に実施された毎日新聞共同通信の世論調査で、安倍内閣の支持率はともに大きく上昇して5割を超えた
キョウ あかはた
しんぶん赤旗(2016年1月28日)
 

【「慰安婦問題」に関する志位談話の撤回は不可欠である】
来日中の韓国の元「従軍慰安婦」が昨日、日本共産党の2人の国会議員と懇談した。その模様が今朝の『しんぶん赤旗』の1面の記事で伝えられている。(略)その中で笠井亮衆議院議員が次のように発言したことが紹介されている。(略)「被害者や支援者らの粘り強いたたかいが今回の合意で安倍政権に『おわび』と『反省』を言わせた」こういう発言を読むと、笠井氏なり日本共産党なりは、今でも安倍首相が「お詫び」と「反省」を表明したこと(させたこと)を成果と認識していると受け取れる。

私も、さまざまなバッシングを受けながらも、自らの人間としての尊厳をかけて、日本政府に公式の謝罪と法的賠償を求めるたたかいを20年以上にわたって続けてきた元「慰安婦」と内外の支援団体の労苦に敬意を表することに何ら異論はない。しかし、その粘り強い運動に敬意を表することと、今回の日韓合意にあたって、安倍首相が表明した「おわび」と「反省」をどう評価するかはまったく別問題である
キョウ こじんとしょかん

【国家責任と民衆責任】
さらに視野を広げて言えば、「慰安婦」徴集の場面にひたすら焦点を当て、事実上、拘禁状態の「慰安所」で、連日、多くの兵士相手に性交渉を強要された「慰安婦」の実態を直視せず、その事実に言及しようともしない安倍首相の一片の「お詫び」が元「慰安婦」に通じると考える方が不見識である。他虐を自虐と言いくるめる極右派ならともかく、リベラルを自認する論者や個人の尊厳を掲げる野党(Blog「みずき」:と、ここでは抽象的に述べていますが、共産党を念頭に置いているのはこれまでの記事から明らかです)が、これほどまでに「他者のまなざし」に無頓着な姿もまた、理性の「崩壊」とは言わないまでも、理性の「劣化」を意味することは間違いない。そのように劣化した理性が安倍外交に野党まで飲み込まれるという惨めな結果をもたらしているのである。
ええっ?なんてこったい。おわび、おわび。
「訂正して、おわびします 22日付総合4面の「首相動静」で、安倍晋三首相と食事をしたメンバーに「早野徹・桜美林大教授」と記載しましたが、同席していませんでした。本人から連絡がありました。確認が不十分でした。」


ええっ?なんてこったい。おわび、おわび。

Posted by 金平 茂紀 on 2016年1月22日


朝日新聞の「首相動静」欄に関して上記のような「おわび」が掲載されましたので追記しておきます。しかし、そのことはそのこととして訂正するとしても、私は前エントリの文章の趣意を変えるつもりはありません。

注:上記の訂正記事には「確認が不十分でした」とあります。朝日新聞が「首相動静」で記事にしたのは早野透さんの氏名を含む安倍首相との食事会のメンバー表を同紙の記者が入手していたことを示しているでしょう。そうであれば、早野さんが安倍首相の「スシトモ」であることを直接確認できなかったとしても、少なくとも安倍首相サイドにとっては「スシトモ」予備軍の位置づけであるということになるでしょう。
【訂正】
以下の記事のソースになった朝日新聞の「首相動静」欄に下記のような「おわび」が掲載されましたので追記しておきます。しかし、そのことはそのこととして訂正するとしても、私は下記の文章の趣意を変えるつもりはありません。

注:上記の訂正記事には「確認が不十分でした」とあります。朝日新聞が「首相動静」で記事にしたのは早野透さんの氏名を含む安倍首相との食事会のメンバー表を同紙の記者が入手していたことを示しているでしょう。そうであれば、早野さんが安倍首相の「スシトモ」であることを直接確認できなかったとしても、少なくとも安倍首相サイドにとっては「スシトモ」予備軍の位置づけであるということになるでしょう。

ええっ?なんてこったい。おわび、おわび。

Posted by 金平 茂紀 on 2016年1月22日








Blog「みずき」:下記の写真の「首相動静」(21日)によれば元朝日新聞コラムニストの早野透さんは安倍首相の「スシトモ」(「会食」仲間)のようです。その早野さんと共産党の志位委員長は今年の正月、赤旗日曜版紙上で「新春対談」なるものをして早野さんから「志位さんからオーラ」が出ていると言われて得意げです。しかし、共産党は安倍首相とメディア関係者との会食についてはこれまで
批判的であったはずです。先日は歌人の内野光子さんが今年から赤旗「歌壇」の選者に宮中の「歌会始」の選者が選ばれたことを批判していましたが、共産党ないしは志位委員長はどこまで「右傾化」の坂を転げ落ちるつもりでしょう? ジャーナリストの金平茂紀さんも言っています。「<かれら>と<われら>の間には深くて暗い河がある」、と。その<かれら>を「新春対談」の対談者に選んで嬉々とする共産党。同党指導部の退嬰はもはや誰の目にも明らかです。同党党員の「反乱」が起きないのがおかしいくらいです。共産党は死んだのか!
 

<かれら>と<われら>の間には深くて暗い河がある。

Posted by 金平 茂紀 on 2016年1月21日
Blog「みずき」:私は2016年1月2日付けの記事2015年10月27日付けの記事を引いて次のように指摘しておきました。「あなたたちはなにを勘違いしているのか? 早野透元朝日記者のいう『オーラ』は『らんらんぎらぎら』のあぶらぎった自民党的な『権力闘争の人』の謂いでしかない」、と。
キョウ かとう

Blog「みずき」:「今日の言葉」は2題です。はじめに紹介する言葉はタイトルをつけるとすれば「佐多稲子の生きた(活躍した)時代」とでもするのがふさわしいでしょう。が、内容的には「六全協」前の戦後の日本共産党史、戦後文学史の一断面というべきものです。その断面に記されていることは党員ならずともいわゆる「戦後文学」に関心のある者にとっては「常識」の部類に属することですが、いまの共産党員はこうした「常識」すら知らない党員がほとんどではないか? 同党の「国会開会式出席」問題「日韓合意評価」問題に見られる同党の「知性」と「認識」の著しい後退現象はそうした同党党員の「知性」の劣化(良質な「知性」を持つ党員の排除)とおそらくパラレルの関係にあるでしょう。2題目の言葉はそうした状況を「物言えぬ『政権批判者』たち」という表現で剔抉しています。同記事は上記の共産党問題が表面化する以前の世論調査をもとに同党の現在の支持状況を分析するという論理展開上の無視することのできない難を抱えていますが、そのことを別にすれば、いわんとしていることは的を射ている、というのが私の評価です。
キョウ ひひょうとひはん

2016年1月6日~2016年1月15日
*各参照記事の標題(見出し)はBlog「みずき」によります。

2016.01.06 今日の言葉 ――党勢拡大や国民連合政府構想推進のためとする「大所高所」(スタンド・バイ・ミー)に立っての天皇制やナショナリズムへの妥協。残念と言わざるを得ない。 

【参照記事】
・「日の丸・君が代」強制不服従の教員たちの悲しみ
澤藤統一郎の憲法日記 2016年1月4日) 
・一枚岩の2つの政党(共産党、公明党)の右傾化が甚だしい
きまぐれな日々 2016.01.04
・共産党が天皇制国家に「詫び証文」を入れた歴史的な日付
大田英昭 2016年1月6日
キョウ ひひょうとひはん

2015年12月26日~2016年1月5日
*各参照記事の標題(見出し)はBlog「みずき」によります。
 
2015.12.26 ひとりの大学教員とふたりの弁護士の「共産党の国会開会式出席」対応批判 ――一星忽焉として墜ちて声あり、嗚呼共産党死す矣、而して其光栄ある歴史は全く抹殺されぬ

【Blog「みずき」コメント】
下記のおひとりの大学教員とおふたりの弁護士の「共産党の国会開会式出席」対応批判に私は深く同意し、共感するものです。そのうちのおひとりの大田英昭さん(中国・東北師範大学教員)は「一星忽焉として墜ちて声あり、嗚呼自由党死す矣、而して其光栄ある歴史は全く抹殺されぬ」という幸徳秋水がかつての同志たちに宛てた憤激の言葉をもって志位共産党執行部の今回の痴態と愚行を批判しています。まさに今回の事態は「一星忽焉として墜ちて声あり、嗚呼共産党死す矣、而して其光栄ある歴史は全く抹殺されぬ」事態といわなければならないでしょう。

【参照記事】
・かつて共産党は極北の一個の動かぬ星のごとくではなかったか
澤藤統一郎の憲法日記 2015年12月25日) 
・幸徳秋水の「自由党を祭る文」を共産党に贈る
大田英昭のブログ 2015-12-25) 
・志位氏の「国会開会式出席」合理化の理屈は通らない
徳岡宏一朗のブログ 2015年12月25日
キョウ とろんと
米山リサさんの在職するトロント大学

Blog「みずき」:下記の論攷で米山リサさんは「旧植民地支配の仕組みを引き継ぎ、その米国に日本は付き従うという冷戦レジーム(体制)」の問題にまで遡ってより根本的に今回の「日韓合意」を批判しています。すなわち、今回の「日韓合意」は「むしろ戦後の冷戦体制を完結させつつある」一環としての日米韓政府の「他者を抹殺する攻撃的なナショナリズムに直結する」行為である、と。ここでも日韓合意を「一定の前進」と見る「志位談話」との認識の乖離は明らかです。

なお、当時、女性国際戦犯法廷に関する番組を担当した元HNHKディレクターの
永田浩三さんによれば、上記の米山リサさんの文章の末尾に出てくる「勘ぐれ、おまえ」という文句は、「2001年1月、ETV2001の放送前日に、安倍晋三内閣官房副長官がNHK松尾武放送総局長に言ったとされる有名なセリフ」だということです。
キョウ あべ ぶっしゅ
ジョージ・W・ブッシュと安倍晋三(2007年4月27日) 

Blog「みずき」:下記の中野晃一さんの論を紹介している都藤邦さんはこの中野さんの論について「日韓合意を勝手に「前進と評価」した志位氏へのやんわりとした異論か」としています。都藤さんによれば、中野さんは同日付けの「女性・戦争・人権」学会の声明「日本軍「慰安婦」問題の日韓合意に深刻な危惧を表明します」 にも「いいね」をしているようです。中野さんは今年の元旦の赤旗でも共産党の志位委員長と「政党と市民グループのキーマン」同士として新春対談をしている「いま」を代表する共産党系の学者です。そうであればなおさら中野さんは同「異論」は「志位談話」への異論であることを明確に述べるべきだったでしょう。それが同党から「市民グループのキーマン」として評価される人の責任というべきではないか。いずれにしてもこのように同党自身が「時の人」として最大限評価する「身内」からも批判されるような「志位談話」は一日も早く撤回し、自らの認識の誤りをいさぎよく認めるべきでしょう。それが自らもいう「民主主義政党」のありかたというべきものではありませんか?
キョウ けあらし 
北国の海の霧「けあらし」

Blog「みずき」:古くからの革新統一戦線論者の浅井基文さん(元外交官)の見方も共産党の今回の志位談話の見解と見方を異にする間接的な共産党批判の見解と見てよいでしょう。共産党の志位委員長は8日、国会開会式出席問題についてBSフジ『プライムニュース』のキャスターの「古くから共産党を支持している皆さんとかはね、どうなんだという声はあがってこない?」という質問に「全体は肯定的に受け止めていただいていると思う。中には理解出来ないという方も」などと答えていますがいつまで「井の中の蛙大海を知らず」の故事の状態を続けるつもりでしょうか? あるいはいつまでそうしていられると思っているのでしょうか? 同党はもはや志位談話を否定する同党党員、シンパサイザーを含む革新的知識人の「良識」の網に包囲されている状態といってよいのです。
キョウ こっかい

Blog「みずき」:札幌市の弁護士の猪野亨さんの共産党の国会開会式出席批判はこれまで紹介した論者の同党の「綱領」的立場から見た原則論的批判とは異なり、政局論的見地からの批判というべきものです。すなわち、猪野さんは、今回の同党の国会開会式出席は政権入りしたいためのパフォーマンスにしか見えない。これでは到底共産党支持も拡がらないだろうとみなします。共産党の国会開会式出席問題は政局論的見地から見ても評価できないというのが猪野さんの見方です。

【鈴木宗男氏に自民党候補を推すことの口実を与えたのは共産党です】
共産党が「国民連合政府」を提唱し、憲法を守るという一致点で政権を作り、戦争法制廃止を掲げました。この発想自体は、小選挙区制によって自民党が漁夫の利を得るような選挙結果のもとでは憲法を守るという勢力が一致して安部自民党に挑むことは当然のことです。(略)しかし、これに対して私が疑問に思うのは、共産党も公認の候補を擁立していますが、(略)「下げる用意」があるというだけで下げないのです。民主党から下げてくれと言ってくるのを待っているのでしょうか。それだったら、私は共産党のいう憲法を守るという一致点で政権を作るという言葉が眉唾にしか聞こえてきません。
キョウ 流砂

私は一昨日の1月9日付けのエントリとして「「週刊金曜日」の自滅と「赤旗」の辺見庸インタビュー・ドタキャン事件のひとつの顛末 ――「週刊金曜日」読者会なるものがいまだに続いている「無知のきわみ」を私は長年の友人として嘆かざるをえません」という記事を書きましたが、同標題中の「『週刊金曜日』読者会」の部分に関して大分の元読者会会員のおひとりから地元のメーリングリストを通じて自身の経験とその人の観点に即した週刊金曜日と日本共産党を批判するご意見をいただきました。

その意見は、週刊金曜日の佐藤優重用問題について金光翔さんらの指摘と批判があったときに同読者会をすでに退会していること、共産党の国会開会式出席問題に関して改めて同党への批判を強く持ったこと、そのことに関連して一般に議会政党はいわゆる「票欲しさ」にポピュリズムに流れる、すなわち「右傾化」する必然性を持っていること、「このような翼賛政治の状況を変えるためには、そもそも代議制(いわゆる「議会制民主主義」)そのものに疑問を呈し、最終的には代議制を否定して乗り越える思想が必要」だと考えていることなどを述べたものでした。
キョウ よしみ
吉見義明さん(中央大学教授)
 
Blog「みずき」:日本軍「慰安婦」研究の第1人者の吉見義明さんのインタビューに応える形の論は、日本共産党が先の日本軍「慰安婦」問題に関する日韓外相会談を「前進」と評価した直接的な同党の認識批判ではありませんが、内容的には同党の認識とはまったく逆の認識を述べており、間接的な同党の認識批判といってよいものです。

【「前進」といえるものではなく明らかに河野談話より後退している】
-先ず12・28合意に対する評価を聞きたい。
「結論から言えば、
今回の合意では慰安婦問題は解決されないと考える。今回の合意は日本政府が韓国政府を追い詰めて(慰安婦問題の正しい解決に向けた)被害者の願いを封じ込める狙いがあると見られる。 色々な問題があるが、最も大きいのはやはり、(慰安婦制度を作り)女性に対する重大な人権侵害をした主体は誰か、という点だ。 責任の主体が相変らず曖昧だ。 (岸田文雄外相が先月28日に発表した内容によれば)『慰安婦問題は軍の関与の下に多数の女性の名誉と尊厳を傷つけた問題』という表現が出てくる。 『軍の関与』ではなく『軍が』として主語を明確にしなければならない
キョウ てんのうせい3

【27年前にも天皇明仁の「国政に関する政治的発言」はあった】
志位和夫委員長は、方針転換を明らかにした昨年12月24日の
記者会見で(略)「日本共産党としては、三十数年来の開会式での天皇発言の内容に、憲法上の問題がなくなっていることを踏まえ、今後、国会の開会式に出席する」と述べました。(略)1989年2月10日の第114回国会開会式で、天皇明仁は「お言葉」でこう述べました。「我が国は、今日まで、幾多の苦難を乗り越え、国民の英知とたゆまない努力により、国民生活の安定と繁栄を実現し、平和国家として国際社会に名誉ある地位を占めるに至りました。内外の諸情勢が変動する中で、我が国は、国民福祉の一層の向上を図るため不断に努力するとともに、世界の平和と繁栄を目指し、自然と文化を愛する国家として広く貢献することが期待されています」(宮内庁HPより)1989年といえば、その前年1988年8月にリクルート事件が発覚し、12月には消費税法案が成立、89年4月から消費税がスタートするという政治状況の中で、自民党政治に対する不満・批判が高まっていた時です。まさにその時に、「国民生活の安定と繁栄を実現し、平和国家として国際社会に名誉ある地位を占めるに至りました」という天皇明仁の言葉が、「自民党政府の内外政策を賛美・肯定する」「国政に関する政治的発言」でなくてなんでしょうか。この発言は27年前のものです。これでも「三十数年来問題ない」と言えますか?(略)