キョウ みなづき88

Blog「みずき」:ひとことやはり述べておきたい。いや、述べておかなければならない。

「北朝鮮の主張ほぼ丸のみ」? 朝日新聞よ。朝日新聞の土佐茂生、牧野愛博、園田耕司各記者よ。韓国ハンギョレ紙(6月13日付)の記者のように素直な目で「両首脳の出会い自体が『歴史的事件』」だとなぜ言えない? 

私はあなたたちが偏狭な日本人であること、そして、そのあなたたちが偏狭な日本人のジャーナリストであることをあなたたちのためにも、朝日新聞のためにも悲しむ。朝日新聞とはそういうところだったのか?


【山中人間話目次】
・「北朝鮮の主張ほぼ丸のみ」? 朝日新聞よ。朝日新聞の土佐茂生、牧野愛博、園田耕司各記者よ。韓国ハンギョレ紙記者のように素直な目で「両首脳の出会い自体が『歴史的事件』」だとなぜ言えない?
・長谷川宏さんのNHK「みなさまの声」宛に投稿したという「ニュース7」に関する「記者とコメンテーターの選択のまずさ」(岩田明子記者、小此木名誉教授、ワシントン支局記者)という指摘はとても共感できます
・日本の報道と韓国の報道のこの圧倒的な落差――日本の政治と世論のこの10年来の激しい右傾化と日本のメディアの殊に安倍政権になって以来の嫌韓・嫌北報道の凄まじさを思わずにはいられない
・福山哲郎(立憲民主党幹事長)、すなわち立憲民主党の米朝首脳会談問題に関する軽薄な認識について――またもや北朝鮮は時間稼ぎをできるような状況になった
・「時代は筆舌に尽くしがたい悲劇をまちのぞんでいる。そして、それはやってくるだろう」ということ――辺見庸「日録」(2018年06月13日)から
キョウ みなづき78

Blog「みずき」:NHKの米朝首脳会談のテレビ・インターネット同時中継放送には唖然とさせられた。中継と中継の合間には「北朝鮮はこれまで非核化の約束を破ってきた」という記者や解説者、専門家の主観でしかない(すなわち、北朝鮮バッシング)フレーズが閉口するほどに繰り返し語られ、かつ、今回の米朝首脳会談の主題とはまったく関係ないといってよい「日本人の拉致問題」について拉致被害者の家族を動員してこれも閉口するほど繰り返し、繰り返し語らせる。その合間にさらに「安倍首相「拉致前進に期待」」などというニュースを流す。そうしたNHKのアベチャンネル化が一日中行使された。NHKは安倍政権によって国民を洗脳する役割を完全に負わされている。そういうことがもろに出たNHKの米朝首脳会談中継であった。私は唖然とすると同時に何度も吐き気を催した。そのたびに私の場合はテレビを持たないのでパソコンを何度も消した。憤りと吐き気だけがいまも残っている。

以下のようなツイートがせめてもの慰めだ。

『いまシンガポールで歴史的な米朝首脳会談が行われているが、トランプ大統領が拉致問題の根本的解決を迫って和解ムードをぶち壊す可能性は小指の先ほどにもないと思う。尻尾を振り続けた親分にあっさり見捨てられる安倍外交の「存在の耐えられない軽さ」を思う。』(toriiyoshiki Twitter 2018年6月12日)


【山中人間話目次】
・NHKの米朝首脳会談のテレビ・インターネット同時中継放送には唖然とさせられた――米朝首脳会談放送同時提供|NHK NEWS WEB
・外交交渉を「ディール」と呼んではばからないトランプの政治的センスは政治的センスと呼ぶに値しない。不遜であり、かつ、愚かしい。が、「ディール」と呼ぶからにはトランプの方から前もって朝鮮戦争の終戦宣言をほのめかすことなどありえない
・北朝鮮バッシングではなく、イラン政府報道官の上記のようなトランプ批判もある。これもなかなかの真実味のある発言ではある――米朝首脳会談ライブ:日本経済新聞
・下記で黒薮哲哉さんから「マネーロンダリング=政治献金還付金不正取得」を指摘されている菊田真紀子衆院議員は新潟県知事選の「野党共闘」候補者だった池田千賀子選対の本部長をしていました
・松岡利康さん(鹿砦社代表)の「『真実と暴力の隠蔽』収録座談会記事に対する木下ちがや氏の「謝罪」声明に反論します!」――しかし、松岡さん。それでも私は木下ちがやに対する評価がまだまだ甘いように思います 
・パウル・ツェラン『子午線』(1961年)より――死のほうから詩はやってくるようだ、死のほうから、どこへ?生きようとする者たちのもとへ?(姜信子「読む書く歌う旅をする」2018-06-08)
キョウ さつき126

Blog「みずき」:日本のメディアのおよそ森羅万象の事象に渡って米国の姿勢を一方的に「善」と措定する問題の根本には、もうひとつの問題として(ひとつ目の問題は明治以降のゆえのないアジア人に対する優越意識の問題)戦後70余年に渡っていまに到るまでアメリカナイズされた目でしかものごとを見ることのできない(「左のポッケにゃチュウインガム」という戦後の米国占領時代の思想的なドレイ根性(竹内好「中国の近代と日本の近代」)からいまだに逃れることができていない。すなわち、日本のメディアにあっては「思想的なドレイ根性」という意味での米国追随がいまだに続いている)の報道姿勢にあるでしょう。それが嫌韓・嫌北報道の根底にいまも横たわっている。日本のメディアのいわれのない嫌韓・嫌北の報道姿勢を見ているとそういうことをつくづくと感じます。

『トランプ大統領が朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)との会談の「中止」を突然発表したことに対し、日本のメディアは(「産経」や「読売」でなくても)、「北朝鮮の柔軟性のなさは相変わらず」(25日付朝日新聞社説)、「北朝鮮は今月十六日、突然態度を硬化させた」「突然の姿勢の変化は、北朝鮮への信頼を失わせ、マイナスにしかならない」(25日付東京新聞社説)など、朝鮮を一方的に非難しています。これは、「直近のあなた方の声明で示された敵対心や怒りに鑑みると、私は今、計画通りに会談することが適切だとは思わない」と「会談中止」を朝鮮のせいにしたトランプ大統領の「書簡」(25日付共同)に同調するものです。』(アリの一言 2018年05月26日)

【山中人間話目次】
・日本のメディアのおよそ森羅万象の事象に渡って米国の姿勢を一方的に「善」と措定する問題の根本――朝米会談「中止」の責任はどちらにあるのか - アリの一言
・トランプ米大統領が昨日の米朝首脳会談中止(金正恩朝鮮労働党委員長宛書簡)の前言を翻し「6月12日開催ありうる」とツイート
・朝鮮半島情勢を客観的に見るために――資料:米朝首脳会談中止問題 米朝韓中露日政府(大統領・首相・第1外務次官)発言及び政府系機関紙社説
・これは興味深い声明です。今後の発言を注視したい――今週、あることがあり、私は天皇制廃止論者に戻ろうと決意した(世に倦む日日Twitter 2018年5月26日)
キョウ さつき73 
と言うが…

Blog「みずき」:「リベラル21」の常連執筆者のひとりの伊藤力司さん(元共同通信論説副委員長)は決してリベラルな論者ではないこと、また、決してリベラルな論者とはみなせないことについては私はこのFBでも2度ほど具体例をあげて批判しましたが、今回の「朝鮮半島の非核化をどう実現するか――米朝首脳会談に期待高まる」(リベラル21 2018.05.07)という論についても同様のことをいわなければならないでしょう。同論のトーンははじめから反北バッシング亜流者流の「朝鮮(北朝鮮)は信用できない国だ」という調子のものです。「だがどのように非核化するかについては、一切触れられていない」「先送り」「昨年まで核実験や中・長距離弾道ミサイル実験を重ねて世界中から異端視されていた北朝鮮」などの伊藤氏の使用する文言は朝鮮をはじめから「信用できない国」と決めつける色合いを帯びた性質のものであることを証明しています。極めつきは「北朝鮮はこれまでに2回核廃棄を国際公約したが2回とも約束を破った前歴がある」という根拠のない断言です。

しかし、この点については、鬼原悟さん(「アリの一言」主宰)が本日付の「「北朝鮮は合意を破り続けた」は本当か<上>」というブログ記事で根拠のない断言であるゆえんを説いています。曰く、

「「良好に進んでいた朝米関係改善の流れが滞り始めたのは、ブッシュ政権の発足によってである。対朝鮮政策を全面的に再検討した米政権は2002年10月、大統領特使としてケリー国務次官補を朝鮮に派遣した。米国務省は訪朝から10日余りたった後に突然、朝鮮側が米大統領特使に対し、『濃縮ウラン核兵器開発』を認めたという発表を行った(略)。「ケリー発表」を”根拠“に、ブッシュ政権は「枠組み合意」を破棄しました。(略)重要な契機となった「ケリー発表」ですが、その信ぴょう性は当時から極めて疑わしいものでした。「この段階で、北朝鮮の核計画はまだはっきりしていなかった」(略)「米国政府の高官であり北朝鮮との関わりが長いセリグ・ハリソンは北朝鮮の核保有の証拠は確たるものではなく、『最悪のシナリオ』に基づく情報を故意に優先させたものであると断言した(略)ブッシュ政権が朝鮮の「濃縮ウラン核兵器開発」をねつ造し、それを”根拠“に「枠組み合意」の約束を放棄し、合意を一方的に破棄した可能性が極めて濃厚です。これはブッシュ政権がパウエル国務長長官(当時)の「イラクの大量破壊兵器開発計画」でっちあげ発言(2003年2月)を口実にイラク戦争を仕掛けた手法とウリ二つです。」(アリの一言 2018年05月07日)

伊藤力司さんの論はすでに多くの論者から論破され尽くされている論の元共同通信論説副委員長の肩書が泣く体の、それも根拠のない反北感情を丸出しにした勉強不足の蒸し返しにすぎないのです。彼をやはりリベラル論者とみなすことはできません。


【山中人間話目次】
・これをしも「リベラル」というか?~「リベラル21」常連執筆者の伊藤力司さん(元共同通信論説副委員長)はリベラル論者とはみなせない再論
・黒薮哲哉さん(フリーライター、「メディア黒書」主宰)がC.R.A.C.(クラック=対レイシスト行動集団)が旧しばき隊にほかならないこと、共産党と密接な関係にあることを改めて実証しています
・ここ一両日の以下のようなニュースを見ていると、米朝首脳会談の実現のゆくえも非常に懸念される――米海軍 第2艦隊7年ぶり復活 ロシアの脅威高まり NHKニュースなど
・安倍晋三は悪名高い中東歴訪(4月29日~5月3日)を終えるや否や早々とこれまた悪名高い友人どもとゴルフにいそしんでいたのですね
・辺見庸の久しぶりの音信――『原一男と疾走する映画たち』所収ロングインタビュー、朴日粉『過去から学び、現在に橋をかける』所収ロングインタビューのことなど
  キョウ うづき85

Blog「みずき」:こういう記事に違和感を感じるのは私だけだろうか(注参照)? 財務事務次官のセクハラ疑惑問題については全社(メディア)をあげて総てこういう調子の記事だ。辺見庸の指摘する朝日テレビ記者の「失見当識」を問題にする記事は皆無だ。辺見は「週刊新潮」や「週刊文春」をジャーナリズムなどとは認めていない。それをジャーナリズムの一端に勤める記者が自社のメディアが取り上げてくれないからといって非ジャーナリズム(イエロージャーナリズム)雑誌に泣きついて(かどうかはもちろんわからないが)取り上げてもらおうとする。その記者の「感覚」(男性であるか女性であるかはここでの問題ではない)を「失見当識」と喝破しているのだ。もちろん、言うまでもないことだが、私は「政府の人権感覚」は「呆れたものではない」などと政府や官僚のサイドに立って抗弁したいのではない。しかし、私の違和感はなんとも拭えない。そういうことだ。

【山中人間話目次】
・こういう記事に違和感を感じるのは私だけだろうか?――特集ワイド:財務事務次官のセクハラ疑惑 あきれた政府の人権感覚 - 毎日新聞
・承前。ついでに(という言い方はちょっと失礼かも知れませんが)高世仁さんが福田淳一財務次官のセクハラ疑惑被害者(女性記者)の上司の篠塚浩さん(テレ朝取締役報道局長)について以下のような挿話を書いているので紹介しておきたいと思います
・読売新聞の安倍内閣支持率世論調査も出ました。毎日に続いて読売の世論調査でも「3月9~11日調査から3回連続で、計15ポイント低下」していることに注目したい。この安倍内閣支持率の下落傾向はまだまだ続くだろう、というのが私の読みです
・ANN(テレビ朝日系列)の世論調査(4月21日、22日実施)も出ました。それによると、前々回の1月調査に比して11ポイント下落。さらに前々々回の12月調査に比してみると14.6ポイントの下落。毎日、読売調査とほぼ同じの下落傾向を示しています
・原武史の勝浦令子著『孝謙・称徳天皇出家しても政を行ふに豈障らず』(2014年)書評。この時代の歴史をもう一度読み直したい衝動に駆らせる説得力のある説だ
キョウ うづき52

Blog「みずき」:隅井孝雄さん(放送ジャーナリスト)の「ペンタゴンペーパーズ 最高機密文書」の映画評ですが、隅井さんの描く同時代史の風景に米国だけでなく、日本テレビベトナム戦争ドキュメンタリー差し止め事件(1965年)、アメリカ議会公聴会における朝日新聞共産党員記者疑惑攻撃事件(1965年)、大森実毎日新聞記者退社事件(1966年)、田英夫TBSキャスター解任事件(1968年)、西山太吉毎日新聞記者沖縄密約国家機密漏洩罪有罪確定事件(1978年)などなど。この国の戦後ジャーナリズムの凄まじい闘いの傷跡を見る思いがしました。しかし、あの事件からおよそ50年。この国のジャーナリズムは立ち直ったといえるか? いや、傷跡はますます拡がり、深くなっているように見えます。では、私たちはいま、なにをなすべきなのか。なにができるのか。そういう重い問い=刃が私たちに突きつけられているような気がします。

『ベトナム機密文書事件は1971年に起きた。私が現役だった時代に起きたこの「事件」はその後の私のジャーナリスト人生に忘れがたい大きな影響を与えた。(略)ベトナム戦争のさなか、日本テレビではベトナム戦争のドキュメンタリーが、政府からの直接の干渉で差し止められた(1965年)。TBSでは田英夫キャスターが空爆下の北ベトナムで取材した特集が放送されたが、社長に呼ばれ解任されTBSを去った(1968年)。朝日新聞はアメリカ議会の公聴会で共産党員の記者がいると攻撃された(1965年)。毎日新聞で「泥と炎のインドシナ」を書いた大森実もライシャワー米大使の批判を浴び、退社した(1966年)。民放テレビはそれ以降、娯楽路線に転化した。ペンタゴンペーパーでアメリカの新聞がニクソンに勝利した直後、1972年毎日新聞西山太吉記者が沖縄密約の公電を明るみに出した。国家機密漏洩の罪に西山が問われ、裁判が始まり、アメリカに習って「知る権利を守れと」という声が起きる。しかし政府は西山の男女関係をこれに絡めて巻き返し、一審では無罪となったものの二審、最高裁で有罪が確定した(1978年)。日本では「国民の知る権利」は定着することがなかった。』(隅井孝雄FB 2018年4月12日)


【山中人間話目次】
・隅井孝雄さん(放送ジャーナリスト)の「ペンタゴンペーパーズ 最高機密文書」の映画評ですが、隅井さんの描く同時代史の風景に米国だけでなく、この国の戦後ジャーナリズムの凄まじい闘いの傷跡を見る思いがしました
・「アサド政権の化学兵器使用は2011年以降、少なくとも27回」というのが国連の認定ですし、国際人権NGO「ヒューマンライツウォッチ」のケネス・ロス代表も「アサド政権の仕業」と断定しています。化学兵器の使用は「アサド政権の仕業」と見るのが妥当だと私は思います
・私たちがシリア情勢を正しく認識できないのは、シリア専門家を自称する青山弘之東京外国語大学教授や高岡豊中東調査会上席研究員らの誤った情報とシリア情勢分析をただテレビで重宝される専門家という肩書だけで無批判的に鵜呑みにしてきたことが大きい
・右翼のデモには柵がない‼️‼️シェアして下さい。友人からの証拠写真💢』(Naoko NakamotoFB 2018年4月14日)
・安倍政権が今回も柳の下の2匹目の泥鰌を狙っていることは明らかですが、自民党内部や既存の保守層からも「安倍下ろし」の声が日増しに強くなっているようです
・承前。田中利幸さん(元広島平和研究所教授、メルボルン在住)の『15年戦争史概観(III)――戦争責任問題を考えるための予備知識』
・澤藤統一郎さん(弁護士)が私の森鴎外「天皇制批判」論への疑問のようなものを紹介くださっているが、翌日のFB記事で澤藤さんが評価しているように見える原武史(放送大教授)の「天皇制観」に関する疑問も次のように書いておいた
・私も西部出演のテレビ番組の制作を担当していたディレクターらが西部の自殺を手助けしたとして逮捕され、同ディレクターが「西部先生の死生観を尊重して力になりたいと思った」と供述しているという報道に接したとき、「死の共同性」ということについて考えた
キョウ やよい104

Blog「みずき」:昨日の衆参両院の佐川元財務省理財局長に対する証人喚問についてフリージャーナリストの津田大介さんは「とてもよくできた「質問」を、元アナウンサー(注:丸川珠代議員)が流暢に読む。これが質問者の一番手で最長の質問時間が割り当てられている。メディア戦略としてとてもよく考えられているね」という感想を述べている(津田大介Twitter 2018年3月27日)。

毎日新聞も昨日の証人喚問について以下のような記事を書いている。

『政府・与党は、国有地売却を巡る一連の問題を「官僚の責任」として切り離し、首相や麻生太郎副総理兼財務相の責任を問う声を抑えてきた。佐川氏の証人喚問に応じたのも、証言を通して官邸の関与や忖度(そんたく)がなかったことを印象付ける狙いがあったからだ。実際に27日の証人喚問の与党質問はこうしたシナリオに沿った展開となった。自民党の丸川珠代参院議員は、首相と妻昭恵氏からの指示についてそれぞれ「ありませんでしたね」と確認するように尋ね、佐川氏は「ございませんでした」と応じた。さらに、丸川氏は、菅氏や首相秘書官、麻生氏についても「指示はありましたか」とそれぞれ尋ね、佐川氏は「ございませんでした」を繰り返した。終了後、自民党の森山裕国対委員長は「多くの疑念が解消された」と強調。野党が求める昭恵氏らの証人喚問は「関知していないことははっきりし、必要はない」と断言した。』(毎日新聞 2018年3月27日)

一方、昨日からの天皇夫妻の沖縄訪問について放送大学教授の原武史さんは「天皇皇后の沖縄訪問に関するNHKの報道を見ていると、当初行幸啓に違和感をもっていた県民も、天皇皇后の沖縄を思う気持ちが明らかになるにつれ見方が変わり、温かく迎えるようになったというストーリーになっているが、このストーリー自体に政治的な匂いを感じないわけにはいかない」という感想を述べている(原武史Twitter 2018年3月27日)。

政権のメディア戦略が功を奏すかどうか。ひとえに今後の世論の動向にかかっているといえよう。その世論に影響を与えるメディアが総べてNHK政治部調であってはこの国の悲劇を嘆くほかないが、幸いメディア総体はいまのところ佐川喚問を「疑念深めた不自然な証言」(毎日新聞社説)と批判の目で報じている。次の世論調査しだいでは安倍退陣は秒読みに入る。いまこそメディアがメディア本来の真骨頂を発揮すべきときであろう。


【山中人間話目次】
・安倍政権のメディア戦略が功を奏すかどうか。次の世論調査しだいでは安倍退陣は秒読みに入る。いまこそメディアがメディア本来の真骨頂を発揮すべきときであろう
・天皇アキヒト夫妻が訪沖した3月27日とは沖縄にとってどういう日か?――天皇訪沖に反対する沖縄在住の作家、目取真俊さんのひとりの沖縄人としての怒り
・天皇明仁夫妻の訪沖は果たして沖縄県民あげて歓迎すべきことなのか? このさらなる沖縄の軍事基地化の拡大という現実との乖離はなにを意味するのか?
・庄司哲也毎日新聞記者の「いまの日本社会はエーリッヒ・フロムがナチズムに傾倒したドイツを考察した「自由からの逃走」で解き明かした社会に似てきていないか」という問題提起
・太田昌国さんの「17年前、「勘ぐれ」と言われて「忖度」したNHK幹部たち」――レイバーネット「サザンクロス」2018年3月28日
・私の読書備忘――渡部富哉「解明されたゾルゲ事件の端緒―日本共産党顧問真栄田(松本)三益の疑惑を追って」
・私たちは変化を待つことはできない――釈放された内部告発者チェルシー・マニングが語るイラク、刑務所、上院選への出馬 Democracy Now! Japan 2018/3/27
・広場の政治」文化を取り戻そう――戦後数年間、皇居前広場は労働者たちが権利を求めたりする集会の場所となったが、以後そういう場は失われてしまった
キョウ やよい74

Blog「みずき」:金平茂紀さん(TBS『報道特集』キャスター)は下記の高橋純子記者(朝日新聞編集委員)の「(政治断簡)怒るべき時、それは今」(朝日新聞 2018年3月19日)という記事について「切れ味180%の高橋純子さんのコラム。きょうの一押しです」と言いますが(金平茂紀FB 2018年3月19日)、私はそうは思いません。

高橋記者は同記事で「個人参加、SNSを駆使した新しいデモのスタイルは、震災後の脱原発デモを契機に生み出された。(略)この7年で確かに変わった。安倍政権下、特定秘密保護法、安全保障法制への反対をくぐって、社会にデモという回路が組み込まれた」と東日本大震災から7年の歳月をさも路上民主主義(路上でのデモ活動で主張する民主主義)が成熟した月日のように描いていますが、この描写についても私はそうは思いません。この東日本大震災以後、すなわち、「脱原発デモ」なるものが「時の人(事件)」として人口に膾炙するようになった以後の7年は私には民主主義が堕落していった7年のようにしか見えません。私は、7年目の3・11を迎えた日に以下のような文章を書きました。それが私の東日本大震災7年後のこの国の民主主義の成熟度(非成熟度)の評価です。どこに視点をおくか。周縁の位相に身を置いて現に生起している事象を見るか、井の中の蛙の一匹として事象を見るか。ずいぶん見え方は異なってくるものです。高橋記者の見方は周縁の位相に身を置いてものを見ようとするジャーナリスト本来の見方のようには私には見えない(彼女には木陰に佇んでものを見ている人が見えない)のです。

『東日本大震災、福島第一原子力発電所の原子力事故(メルトダウン)から7年の月日が流れました。私がもっとも嫌悪するのは、この間、「(東京が壊滅する日まで)タイムリミットは1年しかない」などの悪質な「放射能デマ」で日本の世論を誤誘導、扇動し、それを自らの金もうけの手段にしてきた武田邦彦や広瀬隆、上杉隆、岩上安身などのデマゴーグたちの存在です。そして、そのデマゴーグたちに加担して「福島差別」(デマを含めて福島の放射能汚染をことさらに強調する)を助長してきた「民主勢力」(共産党や社民党、労働・平和団体)、メディアの存在です。いま、日本の世論はそうしたデマゴーグとデマゴーグたちによって洗脳された「民主勢力」とメディアによって回復不可能なまでに分断されています。そのいまの日本の分断された世論の状況が安倍晋三の長期政権を許してきたともいえるのです。私はこのふたつの問題は「根はひとつ」だと思っています。すなわち、日本の社会と政治の右傾化の問題です。このふたつの事象のどちらにも日本共産党が大きく関わっていることがそのことをよく証明しえているでしょう。日本の社会と政治の右傾化がことさらに酷くなったのはこの7年のことです。 』(Blog「みずき」 2018.03.11)
http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-2497.html

もう一点。高橋記者は谷川俊太郎の詩が「よい詩」であることを自明のこととしてなんの疑問もなく谷川の詩を引用、称賛していますが、2011年に『生首』で第16回中原中也賞を受賞し、2012年に『眼の海』で第42回高見順賞を受賞した詩人で作家の辺見庸が谷川の大手生命保険会社(日本生命)のテレビコマーシャルのために書いた「愛する人のために」という「詩」を次のように激しく痛罵している事実を知っているでしょうか? おそらく知らない。

『むしろ耳に心地いいことば、穏やかでやさしいことばのなかに、標然とするような悪が居座っている。ことば自体、ほとんど資本の世界、商品広告の世界にうばいとられている。やさしさや愛のことばも。ことばということばには、資本の霧が立っています。/有名な詩人が大手生命保険会社のテレビコマーシャルのためにもっともらしい文章を寄せる。べつにそれはcrimeではない。ですが、これほど恥ずべきsinはない。ぼくはあれほどひどい罪はないとおもう。あれは正真正銘の"クソ"なのです。堪えがたい詩人のクソ。そうおもいませんか? そうおもわないという人はしょうがないけど、ぼくはおもわないということが怖いのです。おもわなくなったということに戦慄を感じます。』(辺見庸『しのびよる破局』2009年)

ここにも高橋純子記者の通俗のジャーナリストを超えない批評の眼の不確かさを私は感じます。


【山中人間話目次】
・金平茂紀さんは高橋純子記者の「怒るべき時、それは今」という記事について「切れ味180%の高橋純子さんのコラム。きょうの一押しです」と言いますが、私はそうは思いません
・鬼原悟さんの「翁長氏は一貫して「承認撤回」を棚上げし続けていますが、その理由は、「代替案」による安倍政権との水面下交渉のためだったわけです」という指摘は鋭い
・常岡浩介さん(フリージャーナリスト)と西谷文和氏(同左)との名誉毀損裁判和解について――私は常罔浩介さんの主張を支持します
・朝日新聞からも「内閣支持率31%――第2次政権以降で最低」(2018年3月18日)という世論調査が出た
・安倍内閣支持率さらに最低を記録。NNN世論調査30.3%――次安倍政権発足後、5年あまりで最低となった
キョウ むつき29
朝鮮南北会談

Blog「みずき」:岩月浩二さん(「街の弁護士日記」主宰者)の日本のメディアの偏見に満ちた「日韓合意」見直し報道批判。昨日シェアした醍醐聰さん(東大名誉教授)の日本のメディア批判とも相通じるものです。日本のメディアはこうした簡明なことがどうしてわからないのか? 若干の政権明け渡し時期はあるものの戦後長く続く自民党長期政権の取材を続けているうちに「権力の監視者」(ウォッチ・ドッグ)というメディアとしての自らの役割を忘れて与党政権の主張にただただ迎合するというメディアにあるまじき習性が身についてしまった結果というほかないでしょう。大本営発表報道に終始してあのアジア侵略戦争でしかなかった太平洋戦争を翼賛メディアとして喝采し続けたことをメディアが反省しえたのは戦争が終わってからのことでした。しかし、その反省すらも偽の反省でしかなかったことはいまのメディアの事態が示しています。メディアよ。あなたたちは事後でしか反省しえないのか、ということがいま問われているのです。しかし、広島、長崎の原爆投下後の反省では遅すぎたことはいうまでもありません。メディアはいま、自分を見つめなおさねばならないのです。

【山中人間話目次】
・岩月浩二さん(「街の弁護士日記」主宰者)の日本のメディアの偏見に満ちた「日韓合意」見直し報道批判――日韓合意について日本政府はなすべきことをしてきたのか
・韓国の報道ですが、こういう報道こそニュートラルな報道というべきではないか――北朝鮮の平昌参加をIOCが歓迎 「五輪精神の偉大な進展」
・米軍ヘリ不時着問題――米軍いまだに占領意識丸出し。現場を「ボーローポイント」と返還前の射撃場の名前で表記
・野宿者私物を無断で廃棄――「命に関わる」もんだいであるとともに一方的にごみ扱いして廃棄するのは明らかに違法な財産権の侵害と弁護士らが警告
・いままた、私たちの「世間」(「民主的世論」なるもの)はウーマンラッシュアワーという漫才コンビの笑いを「人権感覚溢れた笑い」(実は「ではない」)として消費(しようと)している
・北海道旭川市在住の弁護士の近藤伸生さんがジャーナリストであったことには十分な理由がある――近藤さんのルーマニアの旅の思い出
キョウ むつき21

Blog「みずき」:もちろん、鬼原悟さん(「『南北朝鮮対話』をなぜ素直に評価できないのか」アリの一言 2018年01月08日)のほかにも北朝鮮(朝鮮)敵視丸出しのわが国のメディアの報道姿勢について強い違和感を持っている人たちは少なくありません。これがふつうの常識(コモンセンス)というものでしょう。2、3例示しておきます。わが国のメディアの「常識」はそのメディアによって意図的に囲い込まれた日本の中のつくられた「世間」だけにしか通用しない世界の非常識に成り下がっているというほかありません。日本のメディアはすでにあの太平洋戦争に進んで協力した戦前の大政翼賛下のメディアの様相を帯びている。きわめて危険な状況です。

『韓国が緊張緩和のために対話路線を進めるのは、当然のこと。北朝鮮のこんなに近くで、アメリカと一緒にただ危機を煽るだけの日本の方がどうかしてる。タイトルと論調に違和感。【南北関係改善にはやる韓国 日米の視線冷ややか】』(平野啓一郎‏Twitter 2018年1月5日)

『朝日のなかにも馬鹿がいるが、今日の東京新聞も、「北、韓国とりこみに着々」などという見出しを打っていた。マスコミの中には要所要所に馬鹿が配置されている。昔は日本には「馬鹿とはさみは使いよう」という大人の言葉があったが、最近は「馬鹿が多くて疲れる」。ではなく「危なくてしょうが無い」。』(保立道久Twitter 2018年1月5日)

『私も今朝の東京新聞の「北、韓国のとりこみに着々」という読売新聞的タイトルにとても違和感を覚えた。「融和に向けて着々と前進」ですよ。付け加えるなら「日本、おいてけぼりのカヤの外」がサブタイトルで正解。』(jako‏ Twitter 2018年1月5日)

『しかしまあ今朝の朝日新聞だが、ひどいねこれ。「南北接近 日米冷ややか」とか。こんなもん、ただの政府広報ではないか。日本政府の願望と希望的観測をそのまま載せるだけ。そしてその「願望」は、「(対話による)平和」を否定するようなもので、こんなのを垂れ流すのは産経と変わらないだろう。』(ワイド師匠Twitter 2018年1月6日)


【山中人間話目次】
・鬼原悟さん(「アリの一言」ブログ主宰者)の日本のメディアは「南北朝鮮対話」をなぜ素直に評価できないのか
・RKB毎日放送の神戸金史記者(この記者も自閉症の子供を持つ父親だという)と相模原障害者施設殺傷事件の被告・植松聖の拘置所での会話――むささびジャーナル388号
「釜ヶ崎越冬闘争。一人の餓死者、凍死者もださない!この運動の祭りに関われて…本当にありがとうございました」(2018年1月4日)続報――アジア国際映画祭で新人女優賞を受賞した歌手
・金鐘哲さん(評論家、詩人)の「慰安婦問題日韓合意」について――田中利幸さん(元広島市大広島平和研究所教授)の「少女像」があるべきところ
・おかしくはないか。同じ職場で、同じ仕事で、園長が月100万円以上の報酬で現場の保育士が月15万円とは。この労働現場における差別的構造が「貧困」をつくり出している
・ちょび髭の男がジャンパー姿で古書店に座り込んでウイスキーをちびりちびりとやっている。その風情が私は好きだ――ライター・岡崎武志さん 愛あってこそ古本道、青春卒業し損ねた
キョウ かんなづき36

Blog「みずき」:私は倉重篤郎毎日新聞編集委員(論説担当)のこの論説をまったく「まとも」な論説とは思いません。倉重編集委員が「日本国民は政治を軽んじてきた」というその主張の実質は、「国民世論は民進党の失敗を必要以上に言い募り、同党をバッシングした」。「時間をかけてきちんと野党を育て、いずれ与党が行き詰まった時の受け皿を作っておこうという政治的意思、度量、覚悟がなかった」というもので、毎日新聞と朝日新聞の2大メディアがこれまでことあるごとに唱えてきた保守(自民党)とその保守と価値観の異ならないリベラル(民進党ないしは旧民主党)が交互に政権を交代する実質保守2大政党制論の焼き直しの説にすぎません。

また、倉重氏がここで「民主党政権の3年余にはいい政策、理念もあったはずだ」という例としてあげている「税と社会保障の一体改革」も「日米対等・アジア重視の外交・安保政策」も社会保障改革を隠れ蓑にした消費税増税論であり、「米国と役割を分担しながら日本の責任を積極的に果たす」という米国のアジア戦略を日本として補佐するあらたな対米従属論になるほかない性質のものでしかありません。倉重編集委員は自らの主張を糊塗するために「日本国民は政治を軽んじてきた」という牽強付会の説をつくりあげているだけのことにすぎません。

金平茂紀さん(「TBS報道特集」メインキャスター)はこのような奇怪な論をなぜ「まともだわ」などと言うのでしょうか? ここに彼のジャーナリストとしての限界性を私は見ます。また、この金平さんの倉重篤郎さんの論のシェアを多数の人が「いいね!」をしている状況に私は絶望感すら感じます。これがわが国の「リベラル」を称する人たちの現況だということでもあるでしょう。


【山中人間話目次】
・金平茂紀さん(「TBS報道特集」メインキャスター)へ――私は倉重篤郎毎日新聞編集委員(論説担当)のこの論説をまったく「まとも」な論説とは思いません
・五木寛之著『孤独のすすめ 人生後半の生き方』――久田恵(ノンフィクション作家)の「売れてる本」という題名の書評
・いま、伊藤詩織さんの会見を観ている。涙とともに怒りが込み上げてくる
・この男はまちがいなくファシストだ――あの異様な光景が、この人にはこう見えるのか。(八木啓代Twitter)
キョウ かんなづき27

Blog「みずき」:沖縄タイムス米国特約記者の平安名純代さんはパナマ文書を報道した女性記者が車爆弾で殺害された事件に関するメディアと世論の関心の低さについて以下のように批判しています。

『車爆弾でパナマ文書調査報道のジャーナリストが殺された記事、今日10月17日(火)のウォール・ストリートジャーナルではこんなに目立たないベタ記事。(注:写真1)』(平安名純代FB 2017年10月18日)

このジャーナリスト暗殺事件は権力というものが持つ本質的な非道性をよく示しえています。権力はその権力に抗おうとする者はそれが誰であろうと暴力という手段でこれまでも容赦なく殺すということを常套手段にしてきたのです。ウォッチ・ドッグ(権力の監視者)としてのジャーナリズムの使命を果たすためにはメディアは権力の暴力にひるむことなどあってはならない。そうであるならば、メディアの今回のこの事件の扱いはあまりにも小さいというべきではないか、という平安名さんの警鐘だと思います。

昨日の朝日新聞(注:写真2)とThe New York Times(注:写真3)では少なくとも大判の写真付きで以下のように報道されていました。センセーショナリズムに走ることなく、メディアはこの問題と真正面から向き合うべきでしょう。


【山中人間話目次】
・沖縄タイムス米国特約記者の平安名純代さんのパナマ文書を報道した女性記者が車爆弾で殺害された事件に関するメディアと世論の関心の低さについての批判
・5年に1度の中国共産党大会がきょうから始まるが、同党大会に先立って阿部治平さんが1985年から政治研究に従事し、中共上層幹部を養成する中央党学校教研部講師の要職にいた蔡霞の中共、習近平批判を紹介している
・美浦克教さん(共同通信記者、元新聞労連委員長)の各メディアの衆院選序盤・中盤情勢まとめ
・平安名純代さん(沖縄タイムス米国特約記者)のまっとうな主張――翁長知事はまず高江ヘリパッド建設に明確に反対せず、黙認して完成を許してしまったことについて高江の住民の皆さんにきちんと謝罪すべきです
・鬼原悟さん(「アリの一言」ブログ主宰者)の「高江ヘリ炎上ーヘリパッド容認した翁長知事の責任を問う」
キョウ めでぃあ

Blog「みずき」:浅井基文さん(政治学者)の指摘する「末期症状の日本政治」をつくり出しているのはむろん安倍自民党や小池新党をはじめとする現在日本の右翼的な政治諸党派、諸潮流であることはいうまでもありませんが、私はむしろ日本のメディアこそその「末期症状」化の最大の元凶というべきではないか、と思っています。

浅井さんも次のように言っています。

『「小池劇場」に目を奪われているマス・メディアを筆頭に、ほとんどの国民はその危険性(注:改憲を標榜する二大政党が日本政治を牛耳る可能性が限りなく大きくなるということ)にまったく目が向いていない。それこそが日本政治の今ひとつの末期症状に他ならない。』『政治信条に関して、安倍と小池との間を隔てるものは何もない。しかし、マス・メディアはその事実からことさらに目を背ける。客観的判断のモノサシを持たない多くの国民は学習するすべもなく、流される。』

そして、私が、強く嫌悪するのは、そうしたメディア(とりわけNEWS23や報道ステーション)の報道姿勢を厳しく批判しながら、連日連夜そのNEWS23や報道ステーションに見入っているらしい(情報源にしているということはもちろんあるのでしょうが)ブログやFB、Twitter主宰者たち、すなわち、「リベラル」を自称するいわゆるブロガー市民たちです。そこまで批判するのであればなぜ視聴そのものをやめないか。その方がよほど収入源としてのメディアの視聴率にも打撃を与え、真のメディア批判になるのではないか。メディアを批判しているつもりが逆に実のところ批判される側のメディアにとりこまれてしまっているということではないのか。それでは「もう一つの末期症状」をつくり出している元凶の真のメディア批判ということには決してならないだろう、と私は思うものです。


【山中人間話目次】
・浅井基文さん(政治学者)の指摘する末期症状の日本政治と日本のメディア
・最近の共産党・市民団体の右傾化スケッチ(小景編)23 ――内藤正典さん(同志社大教授、トルコ・中東政治)の勘違い
・内藤正典さん(同志社大教授、トルコ・中東政治)の名誉回復のために――以下は、当たっている
・立憲民主党が沖縄について、何を、どういうか、が最初の試金石(保立道久Twitte‏)――私もそのとおりだと思います
キョウ あさひしんぶん7

Blog「みずき」:この朝日新聞の社説には同社説の筆者(論説委員)の「怒り」が感じられます。冗語のない畳みかけるような断定調の一文一文のつらなりからその怒りは伝わってきます。朝日新聞記者魂は滅んでいなかった、とやや安堵しました。やや安堵したと言っているだけですから、ことさら褒めているわけではありません。日頃同紙にいかに絶望しているか、ということもおわかりいただきたいと思います。しかし、久しぶりに朝日新聞記者のジャーナリスト魂を見ました。今後、この調子で、私のメディア不信、朝日新聞不信を払拭していただくためにもさらに安倍政治筆誅の胸のすくような記事をスクープ(特ダネを意味しているのではありません。あくまでも「胸のすくような」の意です)していただきたいものです。


【山中人間話目次】
・この朝日新聞の社説には同社説の筆者(論説委員)の「怒り」が感じられます。冗語のない畳みかけるような断定調の一文一文のつらなりからその怒りは伝わってきます
・阿部治平さんの「効目のない国連決議、危機を深める安倍従属外交」という論。私がいままで読みえた米朝間の核戦争危機の現状分析と戦争回避論の中でももっとも現実的で説得力のある論(提言)でした
・慶煕大学校教授の金民雄さんのムン・ジェイン大統領への批判的提言――このような本質的な問題提起が広く市民の間で議論され、共有化され、大統領に決断を迫るということは、実は、キャンドル革命の精神ではなかったのか
・これだけの疑惑(ブラジル司法当局は「事実」と断定している)があって、世界的にも大問題になっている以上、東京五輪はいまからでも即座に中止の決断をするべきでしょう
キョウ きたちょうせん4

Blog「みずき」:背筋が凍る思いだ。メディアは安倍政権の広報機関化して根拠のない北朝鮮バッシングの記事を何度も何度も繰り返し垂れ流す。そして、それを恥とも思っていない。事実に基づかない報道を繰り返してなにがジャーナリズムか。私は激しい怒りにかられる。この問題について鬼原悟さん(「アリの一言」ブログ主宰者)は「恐怖」と書いていますが、いつの場合もジャーナリズムの権力への屈服と軍靴の足音は一対をなしています。まさに恐怖というほかありません。

「関西では大阪朝日新聞の不買運動が起こり、さらに憤慨した右翼団体・黒龍会の構成員七人が通行中の大阪朝日新聞社の村山龍平社長の人力車を襲撃し、村山を全裸にしたうえ電柱に縛りつけ、首に「国賊村山龍平」と書いた札をぶら下げる騒ぎまで発生した。(略)事態を重く見た大阪朝日新聞では10月15日、村山社長が退陣し、上野理一が社長となり、鳥居素川編集局長や長谷川如是閑社会部長ら編集局幹部が次々と退社。(略)12月1日には西村(天囚、編集顧問)の筆になる「本社の本領宣明」を発表し、「不偏不党」の方針を掲げた。こうして大阪朝日新聞は、発行禁止処分を...免れることになった。これは大阪朝日新聞の国家権力への屈服を象徴しており、これ以降、大阪朝日新聞の論調の急進性は影をひそめていく。」(ウィキペディア『白虹事件』)


【山中人間話目次】
・背筋が凍る思いだ。メディアは安倍政権の広報機関化して根拠のない北朝鮮バッシングの記事を何度も何度も繰り返し垂れ流す
・岩月浩二さん(弁護士、「街の弁護士日記」ブログ主宰者)も政府、メディア一体の「ミサイル狂想曲」に当然批判的です
・安倍政権のJアラートによる緊急避難指示に対するtoriiyoshikiさん(元NHK・ETVディレクター、ハーフリタイア)のツイッターによるリアルタイムな反応
・阿部治平さん(青海省青海師範大学講師など歴任)の「民進党代表選挙に望むこと」――民進党が今日国民に信頼されなくなったのは、民主党政権時代の失政に原因がある
・8月15日と言えば、安倍首相は、全国戦没者追悼式での挨拶をそそくさと済ませて、こんなところで、麻生財務大臣たちと高笑いパーティー
・辺見のいう「菩薩の目」を持った娘はおそらくもうこの世にはいないだろう。悲しみさえ超えて時は茫々としてすぎてゆく
キョウ どっちもどっち

Blog「みずき」:東京新聞の「こちら特報部」も日本に照準を置いたうえでトランプの「どっちもどっち論」を批判していましかし、東京新聞の記事が依拠しているのはフリージャーナリストの安田浩一の言説です。安田浩一は「左派」のヘイトスピーチ(暴力・暴言)集団として批判の多いしばき隊(野間易通主宰)の一員であるということも留意しておくべきでしょう。ヘイトスピーチ集団が別のヘイトスピーチ集団、あるいはトランプというヘイトスピーカーを批判しても説得力はないだろう、ということです。これは東京新聞というジャーナリズムとしての眼の問題ということができるでしょう。東京新聞は実質改憲論の「新9条論」の拡散メディアでもあるのです。いずれも東京新聞のジャーナリズム性が問われている問題というべきものです。

【山中人間話目次】
・東京新聞の「こちら特報部」も日本に照準を置いたうえでトランプの「どっちもどっち論」を批判しています
・上野千鶴子(ジェンダー学者)は民主主義者か?――朴裕河批判者を「人殺し」にする驚くべき恫喝き発言
・当時、どういう論争があったのだろう。マルクスは「市民」社会と人間的社会を区別している(マルクス「フォイエルバッハに関するテーゼ―9」)
・94才のハリー・レズリー・スミスは「ことしの夏はおかしい」という(むささびジャーナル」378号 2017/8/20)――私たちの感覚とも呼応する感覚だ
・リーザ・アレキサンドロバ=ゾリーナという33才の女性のロシア人作家の「ロシアはほとんどノイローゼ?」というタイトルの辛辣なロシア及びプーチン批判
・香港、雨傘主導者の実刑判決――「下手に実刑判決やると、かえって、英雄化する」という日本の市民運動批判を含む渡辺輝人弁護士の視点
・「ホワイトハウスにいる男は、無謀で統制がきかず、米憲法にとって危険、民主制度にとって脅威だ」と言うロサンゼルス・タイムズのトランプ批判 
キョウ まるやままさお3
壮年時代の丸山眞男

Blog「みずき」:昨日の朝日新聞の「徴用工問題 歴史再燃防ぐ努力こそ」と題された社説には激しい憤りを感じる。理屈というものはどういう理屈でも成り立つ。理屈とはそういうものだ。裁判でも原告と被告とに分かれて双方の理屈を争う。だから、問題は、自身はどういう立ち位置に立つか、ということになる。社説の冒頭の1行目「未来志向的な日本との関係を真剣にめざすなら」とはどういうことか? 朝日新聞は明らかに国家主権の立場に立ってものを言っている。しかし、人権は、その呼び名のとおり人(個人)の立場に寄り添って発展してきた。そして、「徴用工問題」というのは個人の人権の問題だ。そこになぜ国家主権の問題を持ち出す? 「あやうさを感じざるをえない」のは「文氏の言動」ではなく、朝日新聞の言動というべきだろう。朝日新聞は社説の結論部分でも「歴代政権が積み上げた歩みをまず尊重する。それが歴史問題の再燃を防ぐ出発点である」などと言う。なにをか況やである。朝日新聞の社説に個人の人権の尊重という視点はない。ときに国家権力と対峙することも辞さないことを使命とするジャーナリズムとして完全に失格である。改めて「知識人の転向は、新聞記者、ジャーナリストの転向からはじまる」((一九五六年の手帖より))と喝破した丸山眞男の指摘を思い出す。

【山中人間話目次】
・昨日の朝日新聞の「徴用工問題 歴史再燃防ぐ努力こそ」と題された社説には激しい憤りを感じる
・この朝日新聞の記事の視点はほんものか? ほんものだとするならば先の朝日新聞の社説の視点と矛盾しないか? そうは思いませんか、奥正光記者?――「水俣病は終わっとらん」世界へ
・10年くらい前までの共産党であれば共通理念のない共闘など問題にもなりえなかっただろう。共産党がかつての社会党右派、いまの社民党、少し前の民主党のレベル、いや、それ以下の地点まで堕ちているのである
・佐川国税庁長官の罷免要求署名、9,278筆、1万筆まであと722筆(19日、18時30分現在。1万筆まであと116筆)
・潜入、盗聴、秘密工作・・・CIA、復帰前の沖縄にスパイのアジア拠点 元要員の家族が証言 沖縄タイムス
・鶏よ、鳴け、私の闇夜は明るくなった。鶏よ、早く鳴け、夜がゆっくり明け始めている――袴田巖 1981年5月6日 書簡集より
キョウ とうきょうしんぶん5 

Blog「みずき」:東京新聞の桐山桂一記者は昨日づけの「私説・論説室から」に「沖縄は「捨て石」か」というコラムを書いています。その中で桐山記者は生前の大田昌秀さん(元沖縄県知事)を次のように回想しています。「『沖縄が『捨て石』なのは今も同じ』と嘆く大田さんに当時、最も恐ろしく感じることは何かと尋ねてみたら、こんな答えだった。『新聞の論調が戦前と同じように、権力に迎合する風潮が強まっていることですね』」、と。桐山記者は強い共感の思いを込めて左記の大田さんの言葉を引用しているのでしょう。そうであるならば、私は、桐山記者に問わなければなりません。「そのとおりですね。では、東京新聞は権力に迎合していませんか?」、と。たとえば2017年5月14日づけの「週のはじめに考える 沖縄、統合と分断と」という東京新聞の社説。この社説は明らかに権力におもねています。すでにリンクが切れていますのでこちらから同日の東京新聞の社説を再録しておきます。

社説の書き出しは次のようなものです。「四十五年前のあす十五日、沖縄県は日本に復帰しました。しかし、米軍基地をめぐる沖縄と本土との分断は以前にも増して深まっているように見えます。<みそとせの歴史流れたり摩文仁の坂平らけき世に思ふ命たふとし>天皇陛下が皇太子時代の一九七六年、歌会始で詠まれた歌です。陛下はこの前年、皇后さまとともに初めて沖縄県を訪問され、本島南部の摩文仁を訪れています。その三十年前、太平洋戦争末期に、沖縄は住民を巻き込んだ激烈な地上戦の戦場と化しました。摩文仁は、慰霊塔が並ぶ沖縄戦最後の激戦地です。沖縄戦では当時六十万県民の四分の一が犠牲になった、とされます。陛下の歌からは、戦没者を悼む深いお気持ちが伝わります。」

天皇を「天皇陛下」と臣民の呼び方で書き(少なくともジャーナリズムとしての書き方ではありません)、天皇の歌会始の歌を「陛下の歌からは、戦没者を悼む深いお気持ちが伝わります」と誉めそやしています。むろん、沖縄を「捨て石」にしたのは「米国が沖縄及び他の琉球諸島の軍事占領を継続することを希望」することをマッカーサーに伝えた(沖縄メッセージ)天皇自身だったという歴史的認識もありません(詳しくは以下の記事をお読みください)。 https://www.facebook.com/takashi.higashimoto.1/posts/1075331929263900 http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-2033.html

このような社説を恥じらいもなく堂々と掲載する東京新聞が「権力に迎合していない」とはとても言えないでしょう。そうではありませんか、桐山さん。もっと足下に目を凝らして記事を書いていただきたいものです。


【山中人間話目次】
・東京新聞の桐山桂一記者の「沖縄は「捨て石」か」というコラムの足下の観察のない自家撞着のメディア批判
・〈時代の正体〉「東京訴訟も勝利を」朝鮮学校無償化除外裁判で集会|神奈川新聞ニュース
・佐川国税庁長官(前理財局長)の罷免を求める1万人署名運動、今日からスタート
・最近の共産党・市民団体の右傾化スケッチ(10)(小景編)――山尾志桜里をさんざん持て囃してきた「リベラル・左派」の見る目のなさはここにも顕著だ。
・最近の共産党・市民団体の右傾化スケッチ(11)(小景編)――「日本共産党今治市議に対する事実無根の発信について」という同党愛媛県委員会の反論の我田引水
・習近平政権の腐敗と人工知能の中国共産党批判

キョウ しぶやぼうどうじけん

Blog「みずき」:しかし、NHK報道に対しては以下のような批判もあります。そして、この批判の方がNHKの常態をよく示しています。NHKは「正気ではない」報道を繰り返しています。NHKは徹底的に批判されなければなりません。

『公共放送の報道番組が公安のやり口、そしてその歴史を無批判に紹介し、結果としてそれらを堂々と肯定する。もはや報道番組どころか、政府広報番組でもない。正気ではない」(
ガイチTwitter 2017年5月24日

『公安警察の捜査は、「歴史の落とし前をつける」ものだと、よく言われます。その言葉を思い起こさせる捜査がきょう明らかに。逮捕されたのは、昭和46年に起きた、過激派による「渋谷暴動事件」の容疑者と見られる男…。事件を知らない人にもわかり易くお伝えします。』 (
ニュースウオッチ9‏Twitter 2017年5月23日

【山中人間話目次】
・役人がレクチュアのために作成した文書を「怪文書」呼ばわりし、国連特別報告者を「個人」呼ばわりする政権が存続することの耐えられない恥辱
・戦時中、治安維持法で逮捕経験を持つ95歳から103歳までの男女4人の記者会見映像
・前CIA長官「ロシアとトランプ陣営接触の情報入手」 - NHKニュース 
・しかし、NHKは「正気ではない」報道を繰り返しています。NHKは徹底的に批判されなければなりません
キョウ とうきょうしんぶん2

Blog「みずき」(1):これが昨日付けの東京新聞の「社説」です。呆れ果てるほかありません。私は昨日の記事で政府が19日に閣議決定するという「天皇の退位等に関する皇室典範特例法案」について「まるで絶対王政=絶対天皇制の時代にでもワープしたかのような信じられない法律案です。しかし、こうしたアナクロニズムというほかない非民主主義的な法律案が新憲法下の「国権の最高機関」(憲法41条)ないしは「国民の代表機関」(憲法43条)としての国会をなんの疑問も提起されずに、また、なんの抵抗も受けずに、というより、むしろ「国会の総意」という祝意の下に通過しようとしている。これがこの国の民主主義の現実なのです。私はただ嘔吐するのみ」と述べておきましたが、その大政翼賛会と化した「国会の総意」、すなわち「国会の狂気」のメディア版というべきものです。東京新聞を「メディアの最左翼に位置する新聞」などと礼賛するリベラルがいますが、お門違いも甚だしい、と言っておかなければならないでしょう。 もうひとつ。ここで注意しておくべきことは、その東京新聞が「その米軍基地負担は沖縄に限らず、日本全体ができる限り等しく負うべきでしょう」などと沖縄の米軍基地の「本土引き取り論」に与する主張をしているという事実でしょう。この「本土引き取り論」のゆき着く先の危険性についてはすでに昨日の幣記事(引用)でも指摘しておきましたが、十分に注意を要することです。そのことも指摘しておきたいと思います。

(2)今日は戦後、アメリカの統治下にあった沖縄が45年前の1972年5月15日に本土に復帰した日だという。しかし、その前の1952年4月28日、敗戦後、連合国軍の占領下にあった日本はサンフランシスコ講和条約の発効によって独立を果たしたが、沖縄や奄美は日本から切り離されていたという事実が先にある。だから、沖縄の人たちは、この日を「屈辱の日」という。 NHKは沖縄が本土に復帰してから45年になるのにあわせて世論調査を行った。それによると、沖縄のアメリカ軍普天間基地の名護市辺野古への移設について、沖縄では『反対』と答えた人が多数になる一方、全国では『賛成』が『反対』を上回るなど、沖縄と全国で基地に対する意識に大きな差が見られたという。また、沖縄の経済が基地に依存しているかについて認識の違いにも沖縄と全国とでは大きな差が見られたという。沖縄の「屈辱の日」はまだ続いている、と見るべきだろう。


【山中人間話目次】
・東京新聞社説」(5月14日)批判(1)――「まるで絶対王政=絶対天皇制の時代にでもワープしたかのような信じられない法律案を東京新聞は支持する
・東京新聞社説「日本の平和主義 9条の精神を壊すな」(5月15日)批判(2)
・NHKは沖縄が本土に復帰してから45年になるのにあわせて世論調査を行った。沖縄の「屈辱の日」はまだ続いている、と見るべきだろう。
・醍醐聰さん(東大名誉教授)と豊島耕一さん(佐賀大名誉教授)の「在沖米軍基地引き取り」反対論再掲――「本土に沖縄の米軍基地を引き取る福岡の会」代表の里村和歌子さんの論に即して