キョウ あさひしんぶん5
朝日新聞は総理の懐刀に屈した?

Blog「みずき」:ここに記されている「事件」の本質は、やはりメディアのゆきつくところまでの退廃とジャーナリストのまたゆきつくところまでの頽廃と言うべきでしょう。

おそらく私がS記者の立場であったなら、もちろん決して威張るようなことではありませんが、私を個室ブースに呼び出した番記者2人をぶん殴っていたでしょう。私には高校時代に「ここで誤まったら、(私の退学処分を決定した)職員会議の決定を取り消してやる」と寛大ぶる校長を「職員会議で教師のみんなが決めた決定をあなたひとりの恣意で反故にしていいのか」と怒鳴りつけ、結局退学処分になった前科があり、私より年下の社長が私を君呼ばわりするので「お前には礼節というものがないのか」とやはり怒鳴りつけ、当時1500万円相当の年収をフイにした等々の前科もあります。しかし、短気は損気とはこういうことをいうのでしょう。いまになって身に沁みます。しかし、それでも私はメディアとそのメディアに勤めるジャーナリストの頽廃を許せない。おそらく私なら番記者2人をぶん殴る。

『今年1月、S記者は某新聞社とテレビ局の番記者2人に「ちょっと話があるから来てほしい」と呼び出されたという。場所は官邸の記者会見場の中にある、各テレビ局の個室ブースだった。そして2人はS記者にこう告げたのだという。「君が来ると今井さんが対応してくれないから、もう来ないでくれる? その代わり、(今井氏とのやり取りを記した)メモは回すからさ」S記者はショックを受けたという。「Sはそれ以来、意気消沈して夜回りをやめてしまいました。上司も、これ以上は辛いだろうと4月から別の記者に交代した。すると、今井さんは朝日にも対応するようになり、他社もそれを見てホッとしたそうです。結局、ウチも含め、みんな今井さんの言いなりになってしまったということです」』


【山中人間話目次】
・ここに記されている「事件」の本質は、やはりメディアのゆきつくところまでの退廃とジャーナリストのまたゆきつくところまでの頽廃と言うべきでしょう
・目取真俊さん(作家)の警鐘――辺野古の海の埋め立てに関して、私たちはいま取り返し不能の地点(ポイント・オブ・ノーリターン)に立たされています
・仲宗根勇さん(沖縄在住、元裁判官)の応答―― もし当選した場合は、「オール沖縄」だけの力でなく、それにその批判的な「リベラル・左翼=バネ」が働いた結果だとあらかじめ宣言しておく
・仲松典子さんの「県民投票に利はない」という論。同感です
・小倉利丸さんのテロの脅威を煽る国連テロ対策委員会事務局上級法務官・高須司江発言批判
・ハナニアラシノタトヘモアルゾ 「サヨナラ」ダケガ人生ダ
キョウ あべととらんぷ

Blog「みずき」:毎日新聞編集局編集委員の伊藤智永は先週に引き続いて安倍提灯記事を「サンデー毎日」(3月19日号)に次のように書きます(なお、先週の伊藤の記事の私の評価についてはこちらをご参照ください)。

「昨年12月の日露首脳会談といい、2月初旬の日米首脳会談といい、国際秩序の歴史的な構造大転換を、ここまで日本は相当大胆かつ巧妙に乗り越えつつある。日本としては稀(まれ)な長期政権の経験と実績を重ねたリーダーの存在と資質なしに、それは到底なし得なかった――。そうした英雄気分も交じった自負心が、最近の安倍晋三首相には強い」、と。

伊藤のこのレトリックはなにか? 「温泉宿泊会談」「ゴルフ友達会談」などと多くのジャーナリストから揶揄さえされてなんの成果もあげえなかった昨年末の安倍・プーチン会談や2月初旬の安倍・トランプ会談を「国際秩序の歴史的な構造大転換」「長期政権の経験と実績を重ねたリーダー」などと持ち上げ、安倍を礼賛する。そして、その礼賛を礼賛のように見せかけないために「そうした英雄気分も交じった自負心が、最近の安倍晋三首相には強い」とその礼賛は安倍自身の自負心の説明であるかのような文章にする。おのれのしていることをさもおのれのしたことではないように見せかける卑怯、卑劣なレトリックいうほかない一文です。伊藤に提灯屋の資質は認めても、ジャーナリストの資質を認めることはできないでしょう。それが毎日新聞の編集局編集委員さまです。世も末とはこういうことをいうのでしょう。私としてはこれ以上とても彼の文章につきあうつもりはありません。


【山中人間話目次】
・伊藤智永毎日新聞編集局編集委員の安倍提灯記事第2弾を糾す
・朝日新聞よ、過労死レベルの残業を労働者に強要する労働基準法改悪を「長時間労働を改めていく一歩には違いない」とはなにか
・1人の議員の思想・信条の自由を圧殺する宮古島市議会の多数の暴挙に抗議する
・内野光子さん(歌人、短歌評論家)の「天皇の退位」に関する衆参両院正副議長の「とりまとめ」に関する論説の中で言及している原武史さんの朝日新聞インタビュー記事
・地元名護漁協の一部漁業権放棄をめぐる漁業法の専門家の熊本一規明治学院大学教授の論証
キョウ あべ8
安倍・トランプ会談の一景

Blog「みずき」:毎日新聞編集委員の伊藤智永については先日も書いたばかりです。伊藤智永の「1強栄えて吏道廃れる」という記事には「政権批判を抽象的にして見せるだけで、外国メディアからさえ「右翼ナショナリスト」(ニューヨーク・タイムズ 2013年1月2日)と指弾される安倍首相を日本のジャーナリズムとして弾劾しようとする姿勢は微塵も見られません。「1強栄えて吏道廃れる」というよりも「1強栄えて報道廃れる」というべきではないのか。こうしたコラム記事にジャーナリズム精神の崩壊を見る思いがするのは私だけのことか?」、と。

上記記事を書いたときには私は伊藤智永という毎日新聞の記者について知見はまったくありませんでした。しかし、サンデー毎日に掲載されたという「安倍首相:新ナショナリズムの正体! 「森友学園」問題と「世界のアベ」を解読」という記事を読むにいたって伊藤智永という記者は同じく同紙特別編集委員の山田孝男と同様に安倍自民党右派政権を支持する「右翼」の眼を持った「異能」記者と断ぜざるをえません。ここでも伊藤は次のように言います。「『森友学園』問題に『世界のアベ』が苛立っている」、と。「でんでんむしむし(云々無知無恥)」首相の安倍を「世界のアベ」と賞賛するにいたっては開いた口がふさがりません。ここにあるのは「ジャーナリズムの崩壊」精神以外のなにものでもないでしょう。

一昨日の山田孝男を批判する「今日の言葉」で私は「先月27日の内閣記者会加盟報道各社のキャップを集めた中国料理店『赤坂飯店』での安倍を囲んだ会食ではおそらく安倍の提灯記事を誰が書くのが効果的かということが酒席の作戦会議の議題にもなっているはずだ」とも
書いておきました

まず山田孝男が先陣を切って安倍礼賛の提灯記事を発表したのですが、その第2陣の役割を負ったのが伊藤智永であったと断定しておいてよいでしょう。毎日は優秀な安倍礼賛論者を2人も輩出するという栄誉を獲得しました。毎日の誉れ、これに尽きることはない、というところでしょうか。笑止。しかし、「笑止」はさらに続く模様です。目も当てられないメディアの惨状です。

【山中人間話目次】
・毎日新聞編集委員の伊藤智永のジャーナリストとしての崩壊 ――でんでんむしむし(云々無知無恥)」首相の安倍を「「世界のアベ」と礼賛
・豊島耕一さん(佐賀大学名誉教授)の一昨日発表された日本学術会議の「軍事的安全保障研究に関する声明(案)」の問題点を剔抉した重要な指摘
・【辺野古 ただちに埋立承認撤回を】(下)県民投票にメリットなし 新基地阻止は知事権限で-乗松聡子 沖縄タイムス
・「左翼の劣化と暴力化」が現前化している事例
・金光翔さんに誤解を生じさせることになった昨日の私の記事について
キョウ あべ7
報道各社キャップ「安倍防衛」作戦会議?

Blog「みずき」:この山田孝男(毎日新聞特別編集委員)の「風知草」の文章は「幸せな土地、薄幸な土地というものはある」という文学的なプロローグから始まっている。しかし、その文学的なプロローグはラスト・センテンスの「首相は森友優遇の意図はないという。当然だ。首相がめざす<保守政治>の理想は、学園が振り付けるような浅薄、非常識なものではないと、もっと力強く言ってもらいたい」という安倍弁護のための政治的な一文に収斂する。さすがかつて「小泉純一郎の『原発ゼロ』」という一文で日本記者クラブ賞を受賞したコラムニストの見事な芸だ。同文章の大半を占めているそれまでの大阪府豊中市野田町1501番(森友学園購入地)の土地の変遷の経緯に関する文章はこの政治的な結論としてのエンディングの文章とはなんの脈絡もない。笑止。

この点について朝日新聞記者の上丸洋一‏さんは以下のような
ツイートを発信している。すなわち、安倍晋三と森友学園問題を切り離そうとする動き(報道)に欺かれてはならない、という指摘でしょう。同感。「6日毎日新聞・山田孝男記者のコラム「首相は森友優遇の意図はないという。当然だ。首相がめざす〈保守政治〉の理想は、学園が振り付けるような浅薄、非常識なものではないと、もっと力強く言ってもらいたい」首相を森友からひきはがして、首相は森友とは別だと主張した最初の記事かもしれない。」

山田孝男がずいぶん前からの安倍の「スシトモ」であることは以下の朝日新聞の
首相動静からも確認できる。先月27日の内閣記者会加盟報道各社のキャップを集めた中国料理店「赤坂飯店」での安倍を囲んだ会食ではおそらく安倍の提灯記事を誰が書くのが効果的かということが酒席の作戦会議の議題にもなっているはずだ。

「【午後】7時22分、東京・京橋の日本料理店「京都つゆしゃぶCHIRIRI」。石川一郎・BSジャパン社長、小田尚・読売新聞グループ本社論説主幹、粕谷賢之・日本テレビ解説委員長、島田敏男・NHK解説副委員長、曽我豪・朝日新聞編集委員、田崎史郎・時事通信特別解説委員、山田孝男・毎日新聞特別編集委員と食事。」(朝日新聞「首相動静」2016年12月20日)

【山中人間話目次】
・この山田孝男の「風知草」の文章は文学的なプロローグから始まり、安倍弁護のための政治的なエンディングの文章に収斂する。
・この澤藤統一郎さん(弁護士)の認識は「まずはじめに米韓合同軍事演習ありき」という現実を遮蔽する役割しか果たさない
・米韓合同軍事演習は「挑発」とは呼ばれず、DPRKによるミサイル実験だけが「挑発」と呼ばれるのは公平でも科学的でもない
・「一刻も早い野間氏アカウントの凍結解除をもとめる」という鹿砦社特別取材班の声明は明らかに誤っている
・朴槿恵退陣の日は近い――特別検察官、朴氏ら42億円収賄と断定
・トランプの危険性、すなわち、排外主義思想はいささかも変化していない――入国禁止に新たな米大統領令
キョウ きょうぼうざい3

Blog「みずき」:このようなNHKの世論調査をジャーナリズムの世論調査というべきでしょうか? 「テロ等準備罪」の新設を必要と思うかどうかという世論調査をしたところ「必要46% 必要でない14%」という回答を得たというのです。その世論調査の結果が正当な手法を通じて行われたものであれば、その結果はそれぞれの主張の相違を超えて尊重されなければならないでしょう。しかし、今回のNHKの世論調査の「政府が組織的なテロや犯罪を防ぐため、「共謀罪」の構成要件を厳しくして「テロ等準備罪」を新設する組織犯罪処罰法の改正案を今の国会に提出する方針であることをめぐり、こうした法整備が必要だと思うか」という質問項目は明らかに誘導的です。「組織的なテロや犯罪を防ぐため」という法改正の理由を前段に置かれて、その上で「あなたは法改正に賛成ですか、反対ですか」と問われて、テロや犯罪は誰でも防ぎたいものですから、その法改正の理由を上回る別の否定的情報を持っていない以上、同法改正に異を唱える者はいないといってよいでしょう。したがって、メディアとしては、法改正の是非を問うのであれば、政府側の法改正の理由とともに同法案の問題点をも列挙して法改正の適否を聞くのが筋であり、正当な手法というべきものです。今回のNHKの世論調査はその筋を完全に外しています。そのNHKの手法を私は正当なものとはみなせません。「テロ等準備罪 必要46% 必要でない14%」という今回のNHK世論調査の結果は無為の情報というべきものです。

【山中人間話目次】
・NHK世論調査の世論操作
・澤藤統一郎さん(弁護士)の「法学セミナー」2017年2月号の天皇の生前退位問題に関するにおける横田耕一さん(九州大学名誉教授)発言の要約的解説
・権力とは畢竟、人を殺す狂気の謂か
・日本ではマスコミが安倍・トランプ会談「大成功」と喝采し、支持率はNHKが58%、共同が62%。さすがにファシズムの国、日本
キョウ とうきょうしんぶん

Blog「みずき」:「kojitakenの日記」の「長谷川幸洋、開き直る」から最後の節の部分を引用します。重要な指摘です。

「ところで、私はずっと長谷川幸洋を批判してきたが、それでも気づいていながらつい最近まで書くのを遠慮してきたことがある(先日リテラが書いたので私も禁を破ったが)。それは、この間ついに書いたが、現在64歳の長谷川は数年前に定年に達し、以後嘱託社員として毎年おそらく1年契約で中日新聞社(東京新聞は中日新聞東京本社発行)に雇用されている人間だということだ。で、長谷川が「会社から『内示のようなもの』がある」というのは、私の憶測では、2017年4月から中日新聞社は長谷川と雇用契約を結ばない、という内示を受けたのではないか。おそらく単なる「論説副主幹」の地位剥奪にはとどまらないだろう。というより、普通の組織では、定年に達したのに肩書きがそれ以前のままであることは珍しい。新聞社でも毎日や朝日では「特別編集委員」(岸井成格や星浩など)になって、好き勝手なコラムを書いて顰蹙を買ったりするのが通例だ(星浩の精神の弛緩を感じさせるコラムなど実にひどかった)。だが、それらは一応は社論とは切り離した形の、功成り名遂げた記者の特権に過ぎない。それなのに、中日新聞社はこの嘱託社員に「論説副主幹」の椅子を与え続けてきた。これはある意味で、岸井成格を主筆に抜擢した毎日新聞社以上の破格の厚遇といえるだろう(もちろん右派の新聞社には読売のナベツネという超悪例があるが)。このことを重視したからこそ、長谷川幸洋は東京新聞(中日新聞)の異端に過ぎないという大方のリベラル諸氏の主張を私は首肯しなかったのだ。現在の長谷川幸洋の醜態は、2012年に東京新聞が紙面を挙げて日本未来の党を応援したことや、昨今極右にして新自由主義者の小池百合子を無批判に持ち上げていることなどとともに、まぎれもなく東京新聞(中日新聞)の体質の表れだと断定するゆえんである。これで万万一、長谷川幸洋が4月以降も中日新聞社の嘱託社員の座にとどまるとしたら、この新聞社の体質はもう本当にどうしようもないとしか言いようがない。同社にはせめてそこまでの恥を晒さないことを願う。」

【山中人間話目次】
・長谷川幸洋(東京新聞副論説主幹)、開き直る――「kojitakenの日記」から
・おそらく中国の現実とはこういうものであろうと思っていました――40時間休まず聴取、暴行… 中国、人権派弁護士に拷問:朝日新聞
・橋下徹という薄汚れた人物を徹底的に嫌悪するに足る判決書資料の紹介――「澤藤統一郎の憲法日記」から
・[辺野古から 博治さんへ]「沖縄は絶対諦めない」――沖縄タイムスほか3紙社説
・埋立工事開始!翁長知事はなぜ辺野古へ行かないのか――「アリの一言」から

キョウ トランプ
違いを超えて報道の自由を守る

Blog「みずき」:「今日の言葉」にいうしばしば右派・トランプ派とされるFOXニュースによるCNNの言論の自由擁護の弁とは次のようなものです。「我々はフォックスニュースでCNNの報道(の正否を)を確認することはできませんが、我々の見解は以下の通りです。CNNの記者はジャーナリストの規範に従っており、彼らだけでなく、他のどんなジャーナリストも、米国の次期大統領による誹謗中傷に屈してはなりません」。これが「普通のジャーナリズムです」と加藤哲郎さんは言っています。もちろん、その含意は、それに比してなんという日本のメディアのていたらくよ、というものでしょう。

【隣の芝生より、まずは足元を見つめよ】
もうすぐアメリカ合衆国第45代大統領・ドナルド・トランプの就任式です。でもこれまでのツイート政治と1月11日の選挙後初の記者会見を見れば、たとえ就任演説そのものは殊勝に無難にこなしても、トランプ政権の危険性に変わりはありません。99団体20万人が就任式におしかけ抗議デモをすること自体、前代未聞です。当面のポイントは、トランプが「偽ニュース」と罵倒したロシア政府が持っているという「不都合な個人情報」。一応ロシア政府も公式に否定しましたが、ハニートラップ等この種のインテリジェンス情報は、決定的な時に効果的に使われるのが常道。それも発表されるという意味ではなく、むしろ情報を握る側が重要な取引材料にするわけです。米ロ関係も米英関係も米中関係も霧の中、日本やメキシコは、そうした諜報戦に翻弄され、為替も株価も乱高下でしょう。名指しで質問拒否されたCNNはもちろん、米国メディアも世界も総批判。そのためこちらも重要な、トランプ次期大統領の利益相反問題は、かすんでしまいました。CNNの対極でしばしば右派・トランプ派とされるFOXニュースも、さすがに「我々はフォックスニュースでCNNの報道(の正否を)を確認することはできませんが、我々の見解は以下の通りです。CNNの記者はジャーナリストの規範に従っており、彼らだけでなく、他のどんなジャーナリストも、米国の次期大統領による誹謗中傷に屈してはなりません」ーーこれが、普通のジャーナリズムです。

「トランプ劇場」のおかげで、日本の新聞では小さく扱われた、外務省外交記録24冊の初公開。(略)「ポツダム宣言受諾関係」等一つ一つが重要です。 (略) でも、最も注目すべき今年の公文書公開についての報道は、1月2日の西日本新聞のスクープ「外務省が「核密約」非公開要請 米公文書で裏付け」という調査報道です。地方新聞記者のスクープのためか、琉球新報1月5日社説「核密約非公開要請 国民の「知る権利」に応えよ」以外は、共同・時事の配信報道も、大手メディアの後追い取材もないようですが、「日本の外務省が1987年、米政府に対し、核兵器の持ち込みに関する密約を含む50年代後半の日米安全保障条約改定交渉など、広範囲にわたる日米関係の米公文書の非公開を要請していたことが、西日本新聞が米情報自由法に基づき入手した米公文書で明らかになった。密約などについて米側は要請通り非公開としていた。米公文書公開への外務省の介入実態が判明したのは初めて」という、12日の外交文書公開の意味そのものを問い直しうる、重大な問題です。西日本新聞は、引き続きこれをおいかけているようですし、外務省公開についても「決定的証拠、安保理で賛同集めず 83年の大韓機撃墜事件」と独自の視点を示しており、今年の注目メディアです。
アメリカの「トランプ劇場」を、嗤うわけにはいきません。国境なき記者団の2016 年180か国「報道の自由ランキング」で、アメリカは41位と先進国では高いとはいえません(ドイツ16位、イギリス38位、フランス45位)。それでも韓国70位よりも低い、72位の日本から見れば、あのFOXによるCNNの言論の自由擁護のような健全性があります。しかも日本は、2010年最高位11位が、2012年22位、2013年53位、2014年59位、2015年61位から16年72位と、劇的な自由度後退です。いうまでもなく、アメリカの記者会見とは異なる記者クラブ制度に加え、秘密保護法など安倍内閣下で着々と進む情報統制、報道画一化を反映したものです。「安倍劇場」の裏では、大手メディアの有力幹部が首相を囲みほとんど毎月会食、それが大ニュースにならない国に、私たちは、くらしているのです。隣の芝生より、まずは足元を見つめよ、です。(加藤哲郎のネチズン・カレッジ 2017.1.15

【山中人間話目次】
・日民協(日本民主法律家協会)の新春の集いでの「トランプ現象」論を駁す。隣の芝生より、まずは足元を見つめよ
・トランプとpost-truth eraについて
・トランプのメディア攻撃の異常性について
・英国ガーディアン紙のトランプ批判。「偽ニュースだとわめき散らすことが事実の説明を回避するトランプの新しい戦略になった」
キョウ ほうどうとくしゅう

Blog「みずき」:「今日の言葉」で問題にしているTBS「報道特集」にメイン・ゲスト格で出演している保阪正康さんは元雑誌編集者で、同じく元雑誌編集者の半藤一利さんとともにいまいわゆるリベラル・左派陣営の間でもっとも人気のあるといってよい作家です。保阪さんがもともと保守の論客であったことは周知の事実ですが、いまはメディアからも左派政党からもまったくの「リベラル」の論客として遇される扱いを受けています。その保阪氏の決してリベラルとはいえない「反動」の本質を中嶋啓明さん(共同通信記者)は次のように記しています。鄭玹汀さんの2015年7月29日付けのFB記事から引用させていただこうと思います。「この間、気になるのが、ノンフィクション作家・保阪正康の言説だ。「昭和天皇実録」の公刊以来、保阪はその分析に精力を注いでいる。すでに何冊かの著作をものにし、『サンデー毎日』誌上では毎週、「昭和天皇実録 表と裏を視る」と題した連載を続けている。確かにこの分野で取材を重ねてきた“第一人者”の一人として、その分析には参考になる点があるのも事実だ。だが、その主張の基調は、「裕仁=平和主義者」論の再確認でしかない。軍部、陸軍にないがしろにされて軍事情報から遠ざけられ、その暴走に頭を痛めながらも立憲主義を貫いて、ひたすら平和を祈念し続けた裕仁。戦後一貫して強調され、裕仁死去の際には盛んに繰り返されたそんな主張を、ここに来て保阪はあらためて民衆意識の中により深く浸透させるための役割を、率先して買って出ているのだ」。そういう人の「明仁(平成天皇)=平和主義者」論を金平茂紀さんは共感的、肯定的に彼の番組で紹介しているのです。彼のリベラル性にも小さくないクエスチョンをつけざるをえません。

【TBS「報道特集」メイン・キャスター金平茂紀記者を批判する】
TBS「報道特集」の「
天皇陛下退位の是非」(2016年12月3日放送)を観てみました。同番組のメイン・キャスターの金平茂紀さんならではの天皇の政治的行為を禁じ ている憲法の条文を踏まえた上での鋭利な「天皇生前退位」論も聞けるのではないか、と多少の期待を抱いての視聴でしたが、私の期待は見事に裏切られました。金平茂紀さんももうひとりの番組キャスターの膳場貴子さんも番組のはじめから無条件に天皇を「陛下」(すでに解体されたはずの大日本帝国憲法の時代から続く臣民の言葉)と呼び、また、天皇の言葉を「お言葉」、「お気持ち」と呼び、その上で金平さんはさらに番組のメイン・ゲストの位置づけで取材し、番組にも登場したノンフィクション作家の保阪正康さんの「『8月のお言葉』は『第二の人間宣言』とでもいうべきではないか。つまり、象徴とは人間ではないかというそういう根源的な問いが陛下自身から発せられた。「年もとるし、病気もするし、体力も衰えるし」という生身の人間としての肉声が天皇から語られたということの意味の大きさを国民はきちんと受け止めなければならない」というコメントを自身の言葉を交えて共感的、肯定的に紹介すらしました。そこにはメディア、報道機関に厳に求められている「報道の中立・公平」の視点はまったくありません。すなわち、番組は、世間に流布する俗流の「天皇崇拝」言説に色取られ、終始したものでしかありませんでした。ここに私は金平茂紀というジャーナリストの「ニュース23」の先輩の筑紫哲也流にも届かないリベラリストとしての限界を見た思いがします。ジャーナリズム戦線というものがあるならば、その問題を改めて考え直さなければならない、という思いにも駆られました。(東本高志FB 2016年12月5日

【山中人間話目次】
・TBS「報道特集」メイン・キャスター金平茂紀記者を批判する
・水島朝穂さん(早大教授・憲法学)の「『壁』思考の再来――ベルリンから全世界へ?」(「今週の直言」2016年12月5日)抜粋
・「不可解な逆転有罪は日本版「司法取引」の先取り判決」という視点からの美濃加茂市長収賄事件名古屋高裁控訴審判決批判
・ヨーロッパと韓国のそれぞれのポピュリズムの風に対抗する
キョウ ふぃりぴん

Blog「みずき」:アメリカに対して対米自主独立を宣明したフィリピンのドウテルテ大統領は、今年6月の大統領就任からわずか4か月の間に3500人もの麻薬犯罪の容疑者を裁判にかけることなく処刑したかと思えば、強姦やジャーナリストの殺害を容認する発言を繰り返すなどの顔も持つ不可思議きわまる人物です。ロドリゴ・ドゥテルテという政治家は一体何者なのか。このドゥテルテという大統領の評価について日下渉さん(名古屋大学大学院国際開発研究科准教授)と神保哲生さん(ジャーナリスト)、宮台真司さん(社会学者)が鼎談している映像がこちらにあります。合わせて」ご参照ください。

【噴飯物でしかない朝日新聞社説の認識】
フィリピンの
ドウテルテ大統領の訪中結果に関して、日本政府の反応は想定の範囲内ですが、国内メディアの報道を見ていると失笑を禁じえません。「日本と一緒になって中国と対決してきたフィリピン」という先入主が日本のメディアには「動かすべからざる当然の前提」としてあったために、「オレは抜けるよ」という態度を明確にしたドウテルテの敢然とした行動は衝撃であり、対応が追いつかないのです。22日付の朝日新聞社説は、「中比首脳会談 「法の支配」を忘れるな」と題して、国際仲裁裁定を「封印」したドウテルテに対して、「裁判所の判決は効力を失っていない。中国が一方的に権利を唱える南シナ海は重要航路であり、どの国にも航行の自由が認められるべきことに変わりはない」とし、「日本が基軸とすべきは、あくまで「法の支配」など自由主義の価値観である」と主張しています。この指摘・主張は、安倍政権の取っている立場を無条件に受け入れたものですが、ここには次の重要な事実認識上の誤りがあり、噴飯物としか言えません。 一つは、仲裁裁定の中身をまったく弁えていないということです。仲裁裁定は、南シナ海の島礁はすべて、国連海洋法条約に基づいて排他的経済水域、大陸棚の権利を主張できる「島」ではない「岩」以下であると断定しました。この独断は、米英日などの海洋国家が依拠する現行海洋秩序を根底から損なうものです。この裁定の「効力」を承認するとすれば、例えば、沖ノ鳥島は排他的経済水域を主張できるはずがありません。そのことを朝日の論説委員氏は認識しているのでしょうか。

また、仲裁裁定は中国が主張する歴史的権利について、条約では認められていないと断定して退けました。しかし、条約は、「歴史的湾若しくは歴史的権原に関する紛争」について調停手続の適用から選択的に除外できる(
第298条1)と明確に定めています。中国は、英仏露等30ヵ国と同じく、この規定に基づく排除宣言を行っているのです。仲裁裁定が歴史的権利の存在を否定し、中国がこの規定に基づく排除宣言を行ったことをも無視しているのは、暴論以外の何ものでもありません。朝日新聞論説委員氏は仲裁裁定の内容を本当に読んでいるのでしょうか。本当に歴史的権利の存在を否定するならば、例えば日本が竹島及び北方4島に対して主張している権利も自ら取り下げなければなりません。もう一つの決定的誤りは、社説は中国が航行の自由を認めていないという断定に立っていることです。これまた極めて初歩的な事実誤認です。中国はくり返し、南シナ海(中国は「南海」といいます)における航行の自由があることを明らかにしています。確かにいわゆる「九段線」に関する「歴史的権利」は主張していますが、「九段線」内部における航行の自由を認めるということは、「九段線」そのものが国境をなすものではないことを間接的に認めているのです。

このように、日本のメディアの南シナ海問題に関する事実認識は日本政府の垂れ流す「事実」をそのまま鵜呑みにしたものであって、根底から間違っています。ましてや、仲裁裁定に法的効力があるとする安倍政権の強弁を鵜呑みにするというのは、「良識あるメディア」の風上にもおけないことです。(略)私たちはアメリカ発の「歪められた事実」によって誘導され、判断・認識を誤らせてしまっているのです。私たちがドウテルテ訪中から学びとるべきもっとも重要なポイントは正にここにあります。(略)対米自主独立を宣明したドウテルテに対してアメリカが不満を述べることがせいぜいで、なすすべがないという事実は、対米追随に徹して安穏としている日本に対する最大のアラーミング・ベルです。(
浅井基文のページ 2016.10.23

【山中人間話目次】
・信頼できる弁護士かどうかの問題について――澤藤統一郎弁護士の「漁協ファーストではなく、漁民ファーストでなければならない」という論を読んで
・ロドリゴ・ドゥテルテとは何者なのか-ビデオニュース・ドットコム
・若い2人の機動隊員の「土人・シナ人」発言はもちろん指弾されるべきですが、太田昌国さんや内海信彦さんのいう視点も欠かすことのできない視点です
・これは「怒りの報道」だと私は思う――報道特集:機動隊員土人発言 ヘリパッド建設の抗議続く沖縄高江~住民の本音 2016年10月22日放送
・都民1人当たり25万円の負担で東京五輪を開催しますか?――盛田常夫さん(在ブダペスト、経済学者)のアラーミング・ベル
・トランプの支持率が上昇し、ヒラリー・クリントンに4ポイント差まで迫るというロイターの報道
キョウ つきじいちば
築地市場

Blog「みずき」:豊洲移転問題に関して小池新東京都知事の手腕を評価するリベラルは少なくないようです。たとえばジャーナリストの高世仁さんは小池新知事を次のように評価しています。「午後の仕事中、テレビに目を向けると都知事の所信表明が生中継されていた。自分の言葉で、分かりやすく、しかも堂々と訴える知事に、ヤジも全く飛ばない。選挙前、あれだけ小池百合子氏を攻撃していた自民党もシンとしている。オリンピック会場の大幅見直しという思いきった策も打ち出した。大したものだ。状況が彼女に舞台を用意したということだろうか。まさに小池劇場が華々しく幕開けした。大衆の要求に応えつつ、分かりやすい政治をやるというのは、支持勢力が圧倒的少数の議会におけるポピュリスト首長の良いところなのだろう。都民の小池支持率はたぶん8割くらいになっているのではないか」。こうした小池評価は石原以来の東京都のポピュリズム政治の「黒い闇」の部分をことさらに無視する、あるいは見ない軽佻浮薄の論だと私は思います。なぜ豊洲移転問題は生まれたのか。そのことひとつ見るだけでもポピュリズム政治の害悪の甚だしさは明白でしょう。いま小池にスポットが当たっているようでも、そう遠くない時期に小池は必ずポピュリズム政治家としての本領を発揮、すなわち、ボロを出します。石原も、猪木も、桝添もそうではありませんでしたか。小池だけが例外であるはずはありません。もっと見る目を鍛えてもらいたいものです。

【豊洲移転問題は一人の民主党都議の「裏切り」から始まった】
前回論じた
東京都庁の「伏魔殿」、ヒラリーにあやかりたいらしい小池知事の強い指示にもかかわらず、豊洲市場移転問題の設計変更問題で出てきた内部の報告書は、だれが、いつ、どのような権限で決めたかはわからない、灰色のファイル。わかったことは、「食の安全・安心」よりも「コストと工期」という「空気」が優先されていたという、予想通りの 無責任。なぜ東京ガスから 豊洲の汚染地を高価格で購入することになったのか、という事の始まりまで遡って、暗雲を晴らしていきたいものです。 もっともその先頭にたつべき東京都議会では、豊洲移転をストップできる可能 性のあった2009年都議会議員選挙民主党大勝のさい当選した一人の民主党都議が、11年3.11直前、何者かに動かされ見返りを約束されて移転賛成派に「転向」石原独裁知事・都議会自民党のドンが作った流れを、反転させることができませんでした。無責任都政に翻弄されてきた、築地の業者の皆さんと消費者のためにも、調査ジャーナリズムと市民の出番です。富山市から全国に波及しつつある、地方議会議員の政務活動費横領、領収書改竄・白紙領収書問題も、市民とメディアの追究によるものでした。歴代都知事と都庁官僚制の政策過程を疑い、東京都議会議員の一人一人を徹底的に洗った「築地から豊洲への政治学」を、若い政治学者に期待します。東京都の伏魔殿失態やオリンピック競技会場問題で目立たなくなっているが重要なのは、両院改憲勢力多数を占めての初の国会論議。安倍首相の所信表明演説の台本に「拍手」「水を飲む」とト書き、「表す」に「あらわす」のふりがなつきで、「海上保安庁・警察・自衛隊」(アルチュセールのいう「国家暴力の抑圧装置」!)に感謝のスタンディング・オベーション。ドイツ「ワイマールの教訓」を知る人には、衝撃的!野党の代表質問はパッとしませんでしたが、首相の秘蔵っ子・稲田防衛大臣への集中質問は、意味があります。「日本独自の核保有」、戦没者追悼式欠席、南スーダンPKOばかりでなく、夫名義の軍事産業株保有、それに富山市議そっくりの「同じ筆跡の領収書」26枚520万円 政治資金疑惑 もあります。野党は徹底的に追究して、与党のTPP国会、改憲準備国会へのペースを、乱してもらいたいものです。それでなくても、日経新聞さえかつて危惧した「いつか来た道」を歩みはじめているのですから。(加藤哲郎のネチズン・カレッジ 2016.10.1

【山中人間話目次】
・澤藤統一郎さんの「天皇の生前退位発言」に関する「国民主権」と「民主主義」の原則に立ったまっとうな論。しかし、「リベラルと思しき言論人」とは誰のことか?
・原武史(放送大学教授・日本政治思想史)の弁明は詭弁というべきではないのか
・池澤夏樹〈編〉『日本語のために』への違和感
・ろくでなし子としばき隊の件-金光翔「私にも話させて」
・辺野古判決に関する本土メディアのひとりの記者の感想
・さいたま地裁ワンセグ判決の功罪-醍醐聰のブログ 
・DMZ(韓国非武装地帯)国際ドキュメンタリー映画祭」(1)-土井敏邦Webコラム

キョウ えぬえちけー9 
 
Blog「みずき」:鄭玹汀さんの「ETV特集『関東大震災と朝鮮人 悲劇はなぜ起きたのか』に関する疑問」はさらに(2)へと続きます。そして、その(2)で鄭さんはNHKの同番組製作者に史料の恣意的な操作と解釈があったことを指摘しています(下記「山中人間話」参照)。「NHKドキュメンタリーは、「一部不逞鮮人の妄動ありたるも」という布告の文言をなんの断りもなく流しています。「一部不逞鮮人の妄動」を認めた布告の不徹底さについて言及しないことによって、それを既成事実化する危険性があります。さらに「政府は朝鮮人を保護する方針を打ち出します。千葉県習志野の陸軍の収容所などに朝鮮人を集め保護したのです。しかし、政府が流言を否定した後も朝鮮人の殺害は続きました」というナレーションからも、日本政府が本来取るべき責任まで民衆に転嫁しようとする意図がうかがわれます」、と。(1)も(2)も重要な指摘です。
 
【鈴木淳東大教授(日本近代史)のスタンスと番組の意図】
この番組は内閣府中央防災会議の専門調査会報告「1923関東大震災報告(第2編)」(2009年)をもとにしています。「中央防災会議は朝鮮人虐殺について国の組織として初めて検証を行いました」と、その意義を強調しています。この報告の作成に参加した東大教授鈴木淳氏(日本近代史)のスタンスからこの番組の意図を読み取ることができます。東大教授の鈴木氏の解説が重要な役割を占めていると言っても言い過ぎではありません。関東大震災時の朝鮮人虐殺と国家責任ついて鈴木氏は次のように答えます。「確かに政府が、内務省警報局という、今の警察庁的な役所が、朝鮮人がこの機に乗じて悪いことをするから警戒しろという情報を流して、それが殺傷事件の背景になった面も確かにあります。だからそれは政府が悪い面もあるんだけれども、実は彼等もうわさに巻き込まれていただけらしい。あるいは軍隊が殺傷したことも多いんだけれども、軍隊も全部ではないんですね。一部の部隊はうわさに巻き込まれて多くの市民と同じようにそれを信じていたということです」鈴木氏は史料に記されたことは事実として認めながらも、警察も軍隊もうわさに「巻き込まれて」、「市民と同じように」朝鮮人を殺傷したと解釈します。むしろ責任はうわさやデマに惑わされる一般市民にあるわけです。鈴木氏が警察も軍隊も「うわさにまきこまれた」ということを強調するのは、責任の所在を曖昧にするためです。実に巧妙な言い方で警察や軍隊の責任を回避しようとします。番組の最後の方で鈴木氏は、朝鮮人虐殺について、次のように総括します。「普段は常識の枠で常識的判断でおさえられているものがですね、なんかのきっかけで、たがが外れるというか、そうなった時に、馴染みの薄い日本国内の少数者に対して我々が牙を剥いてしまうということはありうるんじゃないか、あるいはそれはありうるんだと思って警戒しつづけることこそが、震災の時の殺傷事件で犠牲になった方々の犠牲を無駄にしない道なのではないかと思います」鈴木氏は朝鮮人虐殺事件を歴史的な文脈から切り離し、災害時の異常な事態として捉えています。このように朝鮮人虐殺における国家責任は問えないものという前提の上で、一般市民に対して「一億総懺悔論」のようなことを呼びかけます。番組の最後には、「関東大震災、それは将来の大規模災害に備える私たちに、どのような教訓を残したのでしょうか。中央防災会議は2年にわたってこの問題に取り組んできました。消防や医療など様々な観点からこの問題を分析し、朝鮮人殺傷事件についても国の組織として初めて検証を行いました」というナレーションとともに、次のような文章が流れます。「過去の反省と民族差別の解消の努力が必要なのは改めて確認しておく。その上で、流言の発生、そして自然災害とテロの混同が現在も生じうる事態であることを認識する必要がある」つまるところ、朝鮮人虐殺は「自然災害とテロの混同」による「事態」であり、今後くれぐれもデマや噂に惑わされることのないよう気をつけましょう、というのがこの番組の主旨です。ここに記されている「過去の反省」など、空虚な響きしかもたない言葉の羅列に過ぎないのではないでしょうか。(鄭玹汀フェイスブック 2016年9月5日

【山中人間話目次】
・鄭玹汀さんのETV特集 2016年09月03日 『関東大震災と朝鮮人 悲劇はなぜ起きたのか』批判(1)
・鄭玹汀さんのETV特集 2016年09月03日 『関東大震災と朝鮮人 悲劇はなぜ起きたのか』批判(2)
・ETV特集 2016年09月03日 『関東大震災と朝鮮人 悲劇はなぜ起きたのか』(動画)
・復讐の歌・亀戸の森夜は更けて(詞:秋田雨雀、曲:赤旗の歌) 土取利行(唄・演奏)
キョウ かんし

Blog「みずき」:昨年の2015年7月3日づけの沖縄タイムスに掲載された神奈川新聞記者が書いたコラム記事(タイトルは沖縄タイムス編集部がつけたもので、「神奈川新聞の記者が見た辺野古「監視」の現場」)ですが、「今日」のことにも通用する論点といってよいでしょう。ジャーナリストとは本来馴らされていくことに本能的な危惧を感じる人種の謂いではなかったか。しかし、いまはそのジャーナリストの本能的な「危機(を感じる)精神」はほとんど失せてしまった。どこに行ったか? そうしたジャーナリストの自問自答がここにはあります。そして、その自問自答をジャーナリズム、ジャーナリストへの読者の信頼の担保として私は支持します。

【素人の質問だったのかもしれない。だが、素人であり続けたいとも思う】
好奇の視線が、周囲の記者から向けられているような気がした。6月12日、沖縄防衛局長の記者会見。私は一つの質問をした。「辺野古での警戒監視活動に当たっている方がビデオカメラを回しているのはなぜなのか。理由を教えていただきたい」前日、辺野古の海で取材をした際に、沖縄防衛局が雇う民間警備会社の社員にビデオカメラで撮影された。同局が示す「臨時制限区域」には入っておらず、激しい抗議活動が行われているわけでもなかった。撮影をする理由、カメラを取材陣に向ける目的を聞きたかった。同局の職員は「安全確保のために、警戒の一環で行っている」と説明したが、撮影する理由にはなっていないと考え、後日あらためて正式な回答をもらうことにした。会見終了後、地元の県政記者クラブに所属すると思われる全国紙の記者が声を掛けてきた。「ビデオ撮影は日常茶飯事。当たり前に行われ過ぎていて、沖縄にいるとおかしいと思わなくなってしまう」その一言に、好奇な視線を感じたのはそのためだったのかと納得がいった。沖縄ではもはや「当たり前のこと」で、それをあえて聞く記者はいないのだと。記者11年目。取材時に、理由も示されず、カメラを向けられたことは一度もない。辺野古の海で初めて自らが「監視の対象」となったとき、不快な思いと怒りがこみ上げた。本来であれば異常といえる行為が、日常のように繰り返されている。「沖縄では権力が露骨に表れる」。以前、沖縄タイムスの記者に言われた言葉が思い出された。私の質問は、素人の質問だったのかもしれない。だが一方で、素人であり続けたいとも思う。辺野古の地元漁師は言った。「撮られた画像がどうなっているのか。俺らは調べたくても調べられない」画像の取り扱いはどうなっているのか。沖縄防衛局には、新たに一つの質問を含め、回答をもらうことにした。(
沖縄タイムス 2015年7月3日

【山中人間話目次】
・「知事は賛否明言せず」(「沖縄タイムス」2016年8月22日)ということでよいのか?
・北海道医療大学教授の向谷地生良さんの相模原障害者施設殺傷事件の背後には現在のニッポン社会の悪質な言葉や言説の氾濫があるという指摘
・田中宇さんのオバマ賛辞の論への違和
キョウ てんのう9

【「万世一系の天皇家」などという東京新聞の右翼的論説を斬る】
toriiyoshikiさん(ETVディレクター・ハーフリタイア)は
ツイッターで次のように言います。「東京新聞まで一見「たわけた」としか言いようがない社説を書いているのを見ると、まだまだこの国には「菊のタブー」が厳然としてあるのだと暗澹たる思いがする」、と。その東京新聞の社説を見てみました。社説の末尾に次のようなくだりがあります。「万世一系の天皇家が千五百年、あるいは二千七百年にわたって統治者であり続けた歴史は世界に類がない」。しかし、「万世一系」という語は、「大日本帝国憲法第一条に「万世一系ノ天皇」とあるが、学問上は、皇位継承がもとより「一系」であったか疑問視される」(wikipedia「天皇」)体のものです。いまどき天皇の家系について「万世一系」などと用いるのはどこかの右翼紙か天皇制至上主義者に限られるでしょう。その語を平然と社説に用いている。「たわけた」としか言いようがないのです。東京新聞にはたしかに「こちら特報部」の報道など見るべき報道も少なくありません。しかし、一方で、長谷川幸洋(論説副主幹)などの超保守主義者や新自由主義者たちも相当数幅を利かせている振幅の大きい新聞社です。東京新聞を一面的に進歩的なメディアなどと評価するべきではないでしょう。むしろ、危険なメディアであると評価するのが適切です。昨日の東京新聞の社説はそのことを示しています。(東本高志facebook 2016年8月10日

【山中人間話目次】
・弁護士の澤藤統一郎さんの大人の「左派」の天皇「生前退位」論
・天皇の収録ビデオを流すだけで特番の横並びという異常さ 主権在民が軽くなる - 弁護士 猪野 亨のブログ 
・内海信彦さんの「転向」の認識についての私の賛否
・世に倦む日日のツイートもYosuke Okutomiなる人のツイートも菅野完なる人のツイートもアホかとしか言いようのないもの
・志位氏の天皇の「『お気持ち』はよく理解できる」発言は、「心優しい天皇」「親しみのある皇室」イメージのまきちらしを「左」から支えるもの
・ZEDさんのブログの韓国メディアの天皇アキヒト讃歌批判。恐るべき韓国メディアの現状の報告です
キョウ くだんせん

Blog「みずき」:今回の浅井基文さん(元外交官、政治学者)の論攷については是非とも全文をお読みいただきたいのですが、長文のため論攷の在り処を示した上でここでは要点の要点のみ掲げておくことにします。いずれにしてもわが日本ではメディア(いわゆる「革新」的メディアを含む)によって「フィリピンが全面勝訴で、中国が全面的に敗訴」という「極めて皮相的」な評価があまりに喧伝されすぎていますので、浅井さんの提起される問題の所在を大づかみにつかみとることだけでもとても重要なタスクワークになるだろうと私は思います。

【国際司法裁判所も「本件仲裁裁判とICJとは無関係」であるとする立場】
7月12日に仲裁裁判所が下した裁定(award)については、フィリピンが全面勝訴で、中国が全面的に敗訴したという「評価」が
日本及びアメリカのメディアでは流布されています。しかし、このような見方は極めて皮相的なものと言わなければなりません。仲裁裁判所が本件についてそもそも管轄権があるのかという根本的問題(中国は、英仏露等30ヵ国と同じく、国連海洋法条約(以下「条約」)第298条の規定に基づく「海洋の境界画定、歴史的海湾または所有権、軍事及び法執行などの分野の紛争に関しては、条約の紛争解決手続から排除する」という排除宣言を行っています。この条の(a)(i)では、「海洋の境界画定に関する‥規定の解釈若しくは適用に関する紛争又は歴史的湾若しくは歴史的権原に関する紛争」が紛争解決手続から排除されうると明定していますから、本件仲裁は不法かつ無効とする中国の主張は十分な法的正当性があります)に加え、国連海洋法条約にいう「島」・「岩」に関する裁定内容は、日本を含む多くの国々の法益に直結する重大な問題を含んでいます。このほかにも、中国の「九段線(中国語では「断続線」とも)」及びそれに基づく「歴史的権利」に関しても、裁定はフィリピンに一方的に有利な判断を示しています。それらの諸点について検討を加え、安倍政権の「大はしゃぎ」及びそれを丸呑みにする日本メディアの報道姿勢が如何に誤ったものであるかを指摘したいと思います。(略)

今回の仲裁裁定については主に、①仲裁管轄権ありとする強引な立論、②「島」と「岩」に関する牽強付会的判断、③歴史的権利そのものの否定、という3点に関して重大な問題があります。この3点は、条約の権威性、十全性、有機的統一性のいずれをも根底から突き崩すものであり、今回の裁定に対しては、客観的に、公正かつ厳正な批判を行うことが不可欠です。(略)むしろ、この裁定に対しては、国際司法裁判所(ICJ)は本件仲裁裁判がICJとは無関係であるとする立場を対外的に明らかにしたこと、国連事務局も裁定結果に対して立場を明らかにしないとするコメントを出したことを紹介しておきます。また、EUも南シナ海の紛争に関しては交渉による解決を希望するという立場を明らかにしました。つまり、米日のはしゃぎぶりは対突出した異常なものだということです。(
浅井基文のページ 2016.07.17

【山中人間話目次】
澤藤統一郎さんのBlog「みずき」の問題提起に対する応答
オバマ大統領の「核先制不使用」検討宣言に日本政府の不愉快と市民の不愉快
内野光子さん(歌人)のふたたびの沖縄、慰霊の日の摩文仁へ ――「天皇制」への違和
国木田独歩の『春の鳥』を絶賛したシベリア帰りで元編集者だった高校教師と城山の話
キョウ まいにちしんぶん

以下の記事は、6月12日付けの弊フェイスブック記事での指摘の続きとなるべきものです。 鄭栄桓さん(明治学院大学准教授、朝鮮近現代史)が「朝鮮人捕虜:米の尋問調書発見…日本支配の過酷さ記録」という毎日新聞の6月10日付け記事の誤報を指摘しておよそ2週間経ちましたが、その誤報を指摘された当事者としての毎日新聞にも、メディアの「誤報」記事の摘出を通じて同メディアの自省と自己淘汰をうながす目的で設立された日本報道検証機構(略称、GoHoo。代表、楊井人文弁護士) にも同記事を訂正する動きは見られませんし、また同記事が「誤報」であることの指摘もありません。

なぜ、これほど明瞭すぎるほどの指摘のある「誤報」記事を毎日新聞はいまだに訂正しようとしないのか?また、なぜ、日本報道検証機構は毎日の同記事が誤報であることを指摘しないのか?

考えられることのひとつに上記の毎日新聞の記事で朝鮮人捕虜に関する米尋問調書の発見者とされている浅野豊美早大教授(日本政治外交史)の以下のような弁明があります。その浅野教授の弁明を精査することもなく無批判によしとして毎日新聞は訂正記事を書かないし、GoHooも「誤報」の指摘記事を書かない、ということであれば、メディアの自殺行為に等しい大問題といわなければなりません。

さて、では、毎日新聞も日本報道検証機構も訂正記事、また「誤報」の指摘記事を書かなくとも済むほどに同浅野教授の弁明は正しいといえるものなのか? 検討してみます。同教授の弁明は以下のようなものです。

浅野豊美氏コメント
『この文章のタイトルと基本説明(冒頭の文書)、ソウル大人権センターの方からのクレームに合わせて変えましたが、彼等は答えを見つけては居らず、質問項目だけを見つけていたようです。答えは私が22年前に見つけ、その関連資料としての、朝鮮人捕虜の個別尋問記録が今回見つかったものです。。ビルマの尋問記録と太平洋の尋問記録を、わざと混同させて、ぼかしているように思えますが、もしも、質問の答えの調書まで見つけていたとしたら、極めて恣意的な報道を2015年2月に行ったということになります。』


しかし、上記の浅野氏のコメントには明らかな論理のすりかえがあります。浅野教授から「彼ら」と言われている今回の毎日新聞の「誤報」の指摘者の韓国の聖公会大学の康誠賢研究教授(社会学)は米側尋問に対する朝鮮人捕虜の「答え」の発見の有無を問題にしているのではありません。康教授がここで問題にしているのは、毎日新聞と浅野教授は今年の「3月、さらに米軍の質問と関連の資料を発見した」(毎日新聞、2016年6月10日付)としているが、そこでいわれている「質問」資料は韓国のメディアによってすでに公表されているものであり、それを「発見した」などという報道は事実に反している、というものです。浅野教授は、その康誠賢研究教授の「『質問』資料は韓国のメディアによってすでに公表されている」という指摘を朝鮮人捕虜の「答え」の発見の有無の問題にすりかえています。きわめて不誠実かつ学者としてあるまじき詐術的な態度といわなければなりません。

毎日新聞と日本報道検証機構は浅野教授のこうした詐術的な論法に欺かれることなく、今すぐにでも「誤報」についてきちんとした訂正記事を書き、また、「誤報」を指摘する記事を書くべきです。それがメディアのあるべき自浄作用のありようというべきではありませんか。また、浅野教授には学者としての真摯な反省を求めるものです。

以上、再度指摘しておきます。
キョウ すのーでん

Blog「みずき」:清水勉弁護士は社会派の弁護士です。「明るい警察を実現する全国ネットワーク」の代表をつとめていることがその論よりの証拠です。清水弁護士は私たちの日常の中にある非日常的なものをたびたび発見します。言われてみるとごく当たり前のことにすぎないことが多いのですが、その当たり前のことに私たちは日頃気づかない。そうした日常の所作の発見者です。今回も清水弁護士は自分の耳で聴いたこととメディアの報道の食い違いを発見します。そして、それが今日のメディアの惨状の批判となっていくのです。自分らしさの視点といったらよいのでしょうか。そして、人を等身大に見る。当たり前のことですが、そういう目で見ることの大切さを思います。

【スノーデンの日常と非日常】
2013年に米政府の個人情報収集を暴露した
エドワード・スノーデン元米中央情報局(CIA)職員が、昨日、東大構内で開かれたシンポジウムに、インターネットで画像参加した。わたしは、彼がいまどんな話をするのか関心があったので、彼の発言がある第1部だけ参加した。彼がどのような経緯でNSA(国家安全保障局)から情報を持ち出し、世界に問題提起した経緯は、『スノーデンファイル 地球上で最も追われている男の真実』(日経BP)に、彼が暴露した情報の中身は『暴露 スノーデンが私に託したファイル』(新潮社)に詳しい。彼は、ここでも冒頭に自分は愛国者であると断わりを入れた。これは、ポーズではなく、彼の本心だ。彼は国家を愛するからこそ、国家のためにインターネット上でスパイ活動をしていた。その内容が国家のためになっていると思えるうちはよかった。それがそうではなくなった。国民全員のデータのやりとりを国家が監視するようになってしまった。国家が国民に内緒でこんなことをするなんて。スノーデンはこのままスパイ活動を続けることに我慢ができなくなった。もちろん、それは、いつも政府が国民全員の日々の行動を監視しているということではない。「だから、悪いことをしていない人は心配いらないのだ」という楽観論があるが、これは間違いだ。日々監視しているわけではいけれど、いつでも監視しようと思えばできるという情報環境になっていることが問題なのだ。

ターゲット・サーベイランスメルケル首相も日常会話の通話が盗聴されていた。アメリカ政府はこれを誰に対してでもできる。アメリカ政府はなぜ、そんなことをするのか。安くて簡単にできるから。それに何か役に立ちそうだから。(この感じは日本社会の監視カメラの普及とそっくり。)(略)知り合いのマスコミ記者も幾人か見かけた。彼らは記事を書くのだろうか。紙面に出るだろうか。さて、どんな記事が出るだろうか。ネット上には神戸新聞の記事があった。見出しは、≪スノーデン氏、日本社会に懸念 特定秘密保護法を問題視≫確かにこの話も出てきたが、メインではなかった。(略)≪報道番組の看板キャスターが最近相次いで交代したことなども挙げ「日本の報道の自由は静かな圧力により、危機にひんしている」と述べ、報道の自由を守る必要があると訴えた。≫確かにこのような言及はあった。しかし、スノーデンは特定秘密保護法の専門家ではないし、所詮、だれかに聞いたかどこかで読んでことを言っているだけではないか。スノーデンが言及するのはいいけれど、あえて記事にする部分ではないのではないか。報道番組の看板キャスターが最近相次いで交代したことについても同じ。スノーデンの記事はスノーデンだからこそ語る内容(超監視社会)を報道すべきなのではないか。神戸新聞は自分が書きたい部分を書いたに過ぎない。これは国民の知る権利に応えていないのではないだろうか。(弁護士清水勉のブログ 2016-06-05
キョウ てんのう6

Blog「みずき」:日本のメディアの自らのリテラシー(情報を〈発信〉する能力)のなさ(たとえばNHKのまるで天皇の臣民然とした天皇報道を見よ)にあまりに腹が立つので「『自衛隊機使用』の常態化図る『天皇の被災地視察』」というアリの一言ブログの論の全文をすでに記事としてご紹介しているものですが「今日の言葉」に仕立て直して再掲することにします。

【「自衛隊高級幹部会に出席する統合幕僚長の拝謁」とはなんぞ?】
天皇・皇后は19日、熊本大地震の被災地を
訪問しました。昼前に特別機(全日空)で羽田から熊本空港へ向かい、蒲島郁夫県知事から状況を聴いたあと、南阿蘇村へ。さらに上空から熊本市内などを視察し、益城町などの避難所を訪れ、日帰り、という日程です。この間、現地の移動、上空からの視察には自衛隊のヘリが使用されました。このことに何の疑問も感じない人は少なくないでしょう。それほどに「天皇・皇后の被災地視察」も「被災地の自衛隊」も当たり前のように思わされています。しかし、「天皇の視察」も「被災地の自衛隊」もけっして「当たり前」のことではありません。「天皇の視察」は、憲法第7条に明記されている「天皇の国事行為」には含まれない、いわゆる「公的行為」です。自衛隊はいうまでもなく憲法9条違反の軍隊です。憲法にない天皇の「公的行為」が、憲法違反の自衛隊を使って行われる。これはきわめて異常な光景だと言わねばなりません。しかも、狭いエリアの移動・上空視察に、軍用機である自衛隊のヘリを使う必要性がどこにあるでしょうか。警察や県のヘリで十分なはずです。ここには、「被災地視察」に際して「天皇の自衛隊機使用」を恒常化・常態化させようとする意図があると言わねばなりません。

現憲法下において、天皇が自衛隊機を公然と使用するのはけっして歴史の古いことではありません。天皇と自衛隊の接近・蜜月は、5年前の東日本大震災を契機に急速に強まりました。東日本大震災から5日後に放送された「
天皇ビデオメッセージ」(2011年3月16日)で天皇明仁は救援活動に携わった公務員をねぎらう際、「自衛隊、警察、消防、海上保安庁をはじめとする国や地方自治体の人々」と、初めて「自衛隊」をトップにもってきたのです。これを聞いた陸上自衛隊幹部は、「今まで以上に自衛隊が頼りにされている、と感じました」(2014年4月28日付朝日新聞)と感激しました。以後、天皇・皇后は東北被災地の視察で自衛隊機を使用し、自衛隊幹部らと会食するなどつながりを強めてきました。ところで、宮内庁は今月9日、天皇の「公務」削減について発表しました。高齢のため、これまで行ってきた「年間約100回に及ぶ拝謁」のうち、7項目を取りやめ、2項目を皇太子に「譲る」というものです。その7項目の中に次のものが含まれていました。「自衛隊高級幹部会に出席する統合幕僚長の拝謁」。いかに頻繁に天皇と統合幕僚長が会っていたか。まだ廃止されていない「拝謁」の中身は何なのか、その実態が明らかにされる必要があります。政府・宮内庁は、東日本大震災で急接近した「天皇」と「自衛隊」を、熊本大地震でも引き継ごぎ、確かなものにしようとしているのです。

「天皇元首化」が明記されている
自民党改憲草案が俎上にのぼろうとしているとき、「天皇」と「自衛隊」の接近・蜜月は絶対に軽視できません。(アリの一言 2016年05月19日
キョウ おばま

【広島(及び長崎)は「お飾り」以外の何ものでもない】
核兵器廃絶を希求する国民世論にとっては、オバマ訪広はいかなる積極的意味をも持たない。オバマ政権(米国)にとって、「核のない世界」はあくまでビジョンに過ぎず、核
デタランス戦略したがって核戦力保有政策は微動だにしていない。また、安倍政権(日本政府)にとっても米国の拡大核デタランス(「核の傘」)は日米同盟の基軸だ。したがって、オバマの訪広が核兵器廃絶に向けた第一歩になるのではないかという期待を抱くものがいるとすれば、それは幻想以外の何ものでもない。外務省での実務経験を持つものとして率直に指摘せざるを得ないのは、核問題に関する日本外交において広島(及び長崎)に与えられた位置づけは「お飾り」以外の何ものでもないということだ。より根本的に、政府・外務省においては、日米安保体制堅持が最中心に座り、軍縮(核を含む)問題は一貫して脇役、それも日米安保体制堅持に邪魔にならないことを大前提とするいわば「日陰の存在」だ。核兵器廃絶を希求する国民世論の存在を無視しえない政府・外務省にとって、核軍縮自体が「鬼子」的厄介物でしかない。

戦後長年にわたり、広島(及び長崎)は、日本の核廃絶運動のメッカ的存在として、核兵器廃絶問題に取り組む姿勢ゼロの政府・外務省に対する対抗軸としての役割を担ってきた。しかし、1960年代以後の高度経済成長、戦争体験の「風化」、国民意識の保守化等の全般的状況並びに、広島及び核廃絶運動における様々な要因の働きにより、広島は今や対抗軸としての機能を担う意思も能力も失ってしまっている。その端的な表れが、日米両政府主導で実現する今回のオバマの訪広であり、それを無条件で歓迎する広島の姿である。つまり、オバマ訪広は核兵器廃絶とは一切関係のない、それどころか核兵器堅持を前提にして行われるセレモニーに過ぎず、それを歓迎する広島は日米両政府の核政策を全面的に受け入れるというにほかならない。つまり、政府・外務省に対する対抗軸としての自己規定を最終的に放棄するということだ。そしてこれからは、日本外交における「お飾り」としての役割に徹することを自ら進んで受け入れるということでもある。(略)

プラハ演説を行った際のオバマに対する国際的評価・期待は高かったことは事実(その端的表れがオバマに対するノーベル平和賞授与)ではあるにせよ、その後7年にわたるオバマの実績に対する国際的な評価は総じて極めて厳しい。オバマが行った主要政策としては核セキュリティ・サミットが唯一のものだが、その主眼は核物質の国際管理と原発推進であり、核兵器廃絶はおろか、核兵器削減に向けた取り組みはゼロである。したがって、オバマの訪広を核軍縮及び核兵器廃絶と結びつけて評価する国際的な動きは皆無といって過言ではない。むしろ、オバマ訪広について浮き足だった反応を示している日本国内の動き(特にマス・メディア)の異常さだけが突出しているのが実情であると言わなければならない。(浅井基文のページ 2016.05.16
キョウ おきなわとかく2

【過去の反省や謝罪のない「未来志向」とは、何なのか】
1972年、5月15日、沖縄の施政権が返還された。44年の月日を思う。さらにさかのぼれば、1945年から1972年までの米軍による占領期が長かった。この長い戦後史は、私たち本土の者が活字や映像などをたどっただけではなかなか理解しかねることも多いのではないか。(略)きょう、5月15日「
NHKニュース7」では、沖縄返還に伴い、いったん撤去した核兵器を、「危機の際には再び持ち込む権利がある」と、アメリカ国防総省が公刊した歴史文書に記されていたことを報じた。日米間でいわゆる「密約」が交わされていたことは、当時の首相佐藤栄作の遺族のもとに、両国首脳がサインした極秘文書 が残されていたことで明らかになったのだが、7年前、政府が設けた有識者委員会では検証の末「文書を後の政権に引き継いだ節は見られない」などとして「必ずしも密約とは言えない」とした結果を報告していたのである。NHKは、「日本政府は1968年、唯一の被爆国として『核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず』とする非核三原則を宣言し、みずからは核を持たないという政策を堅持している」と解説するが、密約を隠蔽していた佐藤首相がノーベル平和賞を受賞していたのだから、噴飯ものである。(略)

ノーベル平和賞といえば、2009年4月5日、アメリカとEUの初の首脳会議が行われたチェコのプラハで、オバマ大統領は、「核兵器を使用したことがある唯一の核保有国としてアメリカが先頭に立ち、核兵器のない世界の平和と安全を追求する道義的責任がある」という
決意を表明し、その年の10月9日にノーベル平和賞を受賞したのである。そのオバマが、5月27日、伊勢志摩サミットの帰路に広島を訪問することが決まった。政府やメディアは、野党までが、今やこぞって大歓迎ムードである。はたしてこれでいいのか、過去の反省や謝罪のない「未来志向」とは、何なのか。なんでも「水に流す」ことでいいのだろうか、というのが素朴な疑問である。被爆者たちと対面することすら避けて、犠牲者慰霊の献花だけで、駆け抜けようとするに違いない、それがそんなに画期的なことなのか。長崎はどうなのか、東京大空襲はどうなのか、太平洋戦争末期の日本各地での無差別空襲、そして何よりも沖縄の地上戦での多大な犠牲者に対して、その後のアメリカと、そして日本政府の仕打ちの過酷さと無責任な対応に怒りがこみあげて来るのを禁じえない。

大いなる声を上げなければならない。日本政府が、みずから「謝罪」を要求しないということは、日本も、もはやどこにも謝罪はしないという意思表示でもある。昨年の戦後70年の「安倍談話」にも、それがよくあらわれていたではないか。(
内野光子のブログ 2016年5月16日
キョウ でんつう
Dentsu

【Dentsuは改憲から対外戦争への道をも演出している】
本間さんの研究は、原発推進広告の歴史的展開を、地方紙を含めた新聞ごとの電力会社等の広告段数や宣伝手法まで具体的に分析して有益ですが、その中核にあるのが、巨大広告代理店、電通です。本間さんは、「電博」とよばれる第二の広告代理店・博報堂出身で、原発広告の作り方・出し方にも精通していますから、説得力があります。「原子力村」の電力企業・メディア・立地自治体の結節点に広告代理店をおき、クローズアップした点が出色です。(略)どうも、原発再稼働に限らず、現在の安部晋三政治の影で、かつて高木徹さんが明らかにした戦争広告代理店 の日本版が形成され蠢いており、改憲から対外戦争への道をも演出しプロパガンダしている形跡がみられます。その一つが、いまや世界を揺るがしているICIJのパナマ文書に出てくると、日本のネット上で話題の 「DENTSU SECURITIES INC」(英領バージン諸島)の話。朝日新聞は、電通とは関係なく「風評被害」という電通広報担当の話をそのまま報じていますが、なにしろ電通広告に大きく依存した大新聞の報道ですから、説得力に欠けます。もう一つの「NHK GLOBAL INC」(パナマ)と共に、徹底的に調べた調査 報道を期待します。(略)

日本のパナマ文書報道を半信半疑にする事例が、東京オリンピックに関わって、出てきました。開催主体である舛添要一東京都知事の高額海外出張・公用車私物化や政治資金・公金私消も大問題で、早くも7月衆参同時選挙と一緒の東京都知事再選挙の可能性まで永田町では流れていますが、電通が関わるのは、もっと大きな問題です。「2020年東京オリンピックの招致委員会から国際オリンピック委員会(IOC)関係者に多額の現金が渡ったとされる問題で、フランス検察当局が金銭授受を確認した」というニュース。JOC会長も、シンガポールのコンサルタント会社「ブラックタイディングス」への二億二千万円以上の振り込みを認め、「当時の事務局で招致を勝ち取るには必要な額」と弁明しています。日本の大新聞報道に出てこないのは、これを世界に配信した英紙『ガーディアン』原文に、金の流れの
にまでちゃんと名前の出ている「Athlete Management and Services(AMS), a Dentsu Sport subsidiary based in Lucerne, Switzerland」の話。『ガーディアン』紙記者による電通広報部取材とその否定談話もでてきますから、報じてもよさそうなのに、大新聞やテレビは報じません。だからこそ、パナマ文書報道も疑われるのです。

国境なき記者団の「報道の自由度ランキング」で2010年の11位から先進国最悪の72位に転落したのもむべなるかな。リオオリンピックを目前にしたブラジル政治の混迷は、他人事ではありません。報道・言論の自由の萎縮と劣化にともなって、日本会議を裏方にした安倍政治も、電通に従属したメディアも劣化して、日本の政治は、市民の批判と抵抗が弱まると、危機的局面に入ります。(
加藤哲郎のネチズン・カレッジ 2016.5.15