キョウ いわたあきこ

Blog「みずき」:ここで水島朝穂さん(早大教授。憲法学)のいう「NHK政治部(政権部?)のあの記者」とはむろん岩田明子記者のことです。私もこのニュースをビデオで見ましたが、岩田記者の顔の変貌に驚きました。若いときはもっと清楚な顔立ちをしていたと思うのですが、いまは夜叉面のよう。権力におもねり、もみ手すり手ですり寄ろうとする者の相はかくもあらんか。私は深い嫌悪感と悲しさのようなものを感じました。人を評するにそれ以上のことは私は言えません。

【NHKの「迎合と忖度」の姿勢はさらに進化(深化)】
NHKニュース7には驚いた。5月に広島で「信頼関係」を語り合ったオバマ大統領や、選挙中に握手したヒラリー・クリントン大統領候補を差し置いて、世界のどの首脳よりも早く、最速でトランプ次期大統領のもとに「駆け付けた」安倍晋三首相。そのはしゃぎぶりもさることながら、首相の「思い」を代弁するかのように詳しくかつ丁寧に解説したのは、
NHK政治部(政権部?)のあの記者だった。今回はスタジオのテンションも妙に高く、「安倍・トランプ会談」への期待感を盛り上げていた。「語り口は、内閣官房の内閣広報室職員のそれよりも安倍首相寄りである。国家公務員なら、首相の心のうちまで読み解くことはしないから」(直言「メディア腐食の構造――首相と飯食う人々」)とかつて書いたが、政権とのこの近距離感は、一体これがジャーナリズムなのかという思いを強くする。NHKの「迎合と忖度」の姿勢はさらに進化(深化)したようで、安倍・トランプ会談への「期待」を演出する官邸広報(宣伝)のようだった。
 
「会談」は17日夕(日本時間18日朝)、ニューヨークの「トランプタワー」58階のトランプ宅で行われた。ともにゴルフ好きということで、安倍首相は
54万円(税込み)のドライバー(TBS「サンデーモーニング」11月20日より)を手土産にしたようだ。ポケットマネーか、官房機密費=税金か。非公式「会談」のため内容は公表されなかった。記者とのやりとりでは、「じっくり胸襟を開いて率直な話し合いができた」「トランプ次期大統領は信頼関係ができると確信した」と述べたが、初対面で90分程度話しただけでここまで言えるのか。それでも、世界有数の大国、日本の首相から、「トランプ氏は信頼することのできる、信頼できる指導者であると確信した」と、「信頼」という言葉を二度まで使った、明確かつ断定的な承認の言質をとっただけで、トランプにとっては大成果だったのではないか。「イスラム教徒は入国させない」「不法移民は追い出す」「メキシコ国境に壁を築く」「地球温暖化のパリ協定から脱退する」等々、世界は「超危険な大統領」の誕生に警戒と反発を強めている最中に、また、オレゴン州をはじめ、米国各地で「私たちの大統領ではない」(Not My President)というデモが起きて、大統領としての正当性に疑義も存在するなか、安倍首相は、そうした国内外の非難と批判と懸念の嵐からトランプを「警護」する役回りを演ずることになったわけで、これこそ、安倍首相による「駆け込み警護」とは言えまいか。

トランプ政権をどう診るかについてさまざまな論評が出ている。安倍政権に批判的な人々の間にも、「災い転じて福」的な、屈折した「トランプ歓迎」論が見られるのが気になる。これについては、人事が固まり、政権の方向と内容が明確になった段階でしっかり議論する必要があるだろう。安易な楽観論や期待は禁物である。なぜなら、この政権が、世界の権威主義的政権とのゆるやかな「ネットワーク」を形成していく可能性があるからである。とりわけロシアのプーチン政権との親密度が深まり、「奇妙な同盟」に発展する可能性もある。北朝鮮や中国も、フィリピンのドゥテルテ政権も、オバマ政権とは違った対応をとり始めている。トルコのエルドアン政権、そしてヨーロッパ各国の右翼ポピュリズムの政権との連携も危惧される。(
水島朝穂「今週の直言」2016年11月21日

【山中人間話目次】
・トランプの排外主義を打倒するために(7)――内藤正典さん(同志社大学教授・中東政治)のトランプ次期政権の「陰謀論」批判

Blog「みずき」:NHKの新経営委員会委員長に決定したJR九州相談役の石原進氏は日本最大の右翼団体である日本会議の福岡支部の役員でもあります。上記
の山崎雅弘さんのツイートをご参照ください。籾井会長続投の伏線ではないかと見られています。籾井体制が籾井・石原体制となってNHKがさらに安倍政権を支える大政翼賛放送局となり、右傾化していく危険性は大です。私たちの知る権利を守るためにNHKのウォッチ(監視)をさらに強めていかなければならないように思います。

【国民の知る権利が損なわれる。ひいては民主主義が危うくなる】
籾井勝人NHK会長続投への下準備が密室の中で始まった―。そんな印象を持つ人も多いのではないか。NHKの最高意思決定機関であり、会長選びに主導的役割を果たす経営委員会の委員長に、JR九州相談役の石原進氏が決まった。12人の委員による互選である。なぜ石原氏なのか、国民、視聴者には分からない。もどかしい限りの選出だ。籾井会長の任期は来年1月で切れる。就任時の記者会見で従軍慰安婦について「どこの国にもあった」、国際放送について「政府が右と言っているものを左と言うわけにはいかない」と述べ、批判を浴びた人である。最近も、原発事故報道では「公式発表をベースに」するよう指示していたことが分かり問題になった。メディアの役割を理解しない発言だった。続投に反対する声は視聴者の間でも多い。会長を任命する権限は経営委員会にある。続投を認めるか交代させるのか、経営委の判断が注目される場面である。

石原氏は3年前の会長選びで籾井氏を推した一人とされている。官邸や総務省と太いパイプを持っているともいう。委員長就任は籾井会長続投の伏線ではないか、気になるところだ。任期満了で退任した前任委員長の浜田健一郎氏は籾井氏に対し、たびたび苦言を呈していた。籾井氏に批判的だった上村達男氏は昨年委員を退任した。外から見れば、経営委員会自体が籾井氏寄りの体質を強めているようにも受け取れる。NHKは視聴者が払う受信料で支えられる公共放送である。税金で運営される国営放送とは違う。視聴者のものだ。そのトップが今回も国民、視聴者の知らないところで選ばれていく。NHKを政治の影響力から引き離すために、経営委員や会長の選び方を開かれた形にすることを考えたい。例えば自薦他薦の候補を募り、公開の場で“所信表明”をしてもらったうえで選任に入る、といったやり方だ。国民、視聴者が直接影響力を行使することはできないとしても、今よりは透明になる。NHKは日本最大のメディアと言っていい。視聴者の信頼度は高く、影響力は大きい。運営を時の政権が牛耳るようでは国民の知る権利が損なわれる。ひいては民主主義が危うくなる。会長選びがもつ意味をあらためて確認しつつ、関心を持って見守りたい。(
信濃毎日新聞社説 2016年6月30日

【山中人間話目次】
安田さん拘束事件で「仲介人」が撤退宣言
参院選、改憲4党が3分の2獲得か、ライン瀬戸際の攻防
今も司法に生きる国家無答責の思想   横浜事件国賠東京地裁16.6.30判決批判
新たな有権者諸君に呼びかける
目取真俊さん(小説家、沖縄在住)のもうひとつの国賠訴訟
出光興産創業家の合併反対論

キョウ えぬえちけー

Blog「みずき」:
元NHKディレクター(まだ「片足は現役」のようです)のtoriiyoshikiさんの「NHK」という現場で働いてきた者のまなざしから見たジャーナリズム論(連ツイ)です。「あちこちの現場で頑張っていい仕事をしている後輩たちがまだたくさんいる。彼らは日常的に、そして懸命に戦っているのだ。彼らの「戦い」の成果が一本一本の番組として提示される。ぼくは一進一退の彼らの「戦い」を熱く支持する。そして、それは民放であっても、新聞であっても同じことである。ぼくがTwitterに積極的に関わる理由のひとつは、「現場」で戦い続けているジャーナリストを応援したいからである」という言葉に私は熱いものを感じます。

【ジャーナリズムの現場にとって「戦い」とはきちんとした報道を続けること】
ぼく自身も古巣であるNHKの報道姿勢を危惧し、批判を呟いたことは一度や二度ではないはずである。しかし、多くのNHK批判者が間違っているのは、この組織をあたかも一枚岩のように理解していること。現実はそうではない。組織中枢の意向がどうあれ、担当したのが誰かによって全く違う結果になる。だから、
籾井会長の言動や政治部、経済部の姿勢については厳しく批判しながら、一本一本の番組については是々非々…良いものは褒め、ダメなものは貶すという姿勢で臨んでいる。批評するなら具体的に美点や欠点を指摘しなければダメ。NHKはダメ、民放もダメという十把一からげの議論は無意味である。受信料の不払いは視聴者が自らの意思を伝える最後の手段。籾井さんが会長をやっている限りは受信料を払わない、というのはよく理解できる話だが、やるなら「運動」としての広がりを保ちながらやってほしいと思う。(略)

元NHKの職員(ディレクター)として言わせていただければ、そうした批判や受信料の不払い運動を
シマゲジさんやエビ・ジョンイルさんが会長の時代にもやって欲しかったと思う。籾井さんはあまりに稚拙で、安倍政権があまりに強権的なので目立ってはいるが、シマゲジ時代の方がよほど酷かったと思う。(略)報道内部では骨のある社会部幹部の粛清が行われた。その後、従軍慰安婦に関する「ETV2001」番組改変事件は海老沢勝二会長の時代である。当時、自民党からの圧力が問題にされたが、要は安倍さん(当時官房副長官)たち自民党右派と海老沢体制の連携プレーである。海老沢さんがドキュメンタリーを嫌っていたのは今井彰ガラスの巨塔」に詳しい。権力に批判的なスタンスをとることが多いドキュメンタリー番組(略)は、政治部出身者には忌み嫌われ、彼らが権力を握るたびに弾圧され、作り手集団が解体されていったのがNHKをめぐる歴史の一断面である。

ぼくらドキュメンタリーの作り手は、
ETVの番組などを作りながら一種の異端児として細々と生き残った。つまり、籾井会長になって突然酷くなったわけではない、ということだ。しかし、件のNスペのように気概のある番組を作る連中は組織のあちこちでまだ頑張っている。(略)ジャーナリズムの現場にとって「戦い」とは、誰が会長であろうと、どんな政権であろうと、きちんとした報道を続けることだ。NHKの報道姿勢がかなり酷いことになっているのは疑いない。しかし、あちこちの現場で頑張っていい仕事をしている後輩たちがまだたくさんいる。彼らは日常的に、そして懸命に戦っているのだ。彼らの「戦い」の成果が一本一本の番組として提示される。ぼくは一進一退の彼らの「戦い」を熱く支持する。そして、それは民放であっても、新聞であっても同じことである。ぼくがTwitterに積極的に関わる理由のひとつは、「現場」で戦い続けているジャーナリストを応援したいからである。(toriiyoshiki Twitter 2016年5月7日
キョウ ダム

【私の言葉】(「山中人間話」から)
Blog「みずき」:塩見弁護士の意見は先の10.17に最低賃金の1500円への引き上げを要求する「上げろ最低賃金デモ」を主催した市民団体「AEQUITAS(エキタス)」の「組合の旗を出させない」デモ方針に対する反対意見として述べられているものです。私は塩見弁護士の意見にもちろん賛成です。それにしてもいまの日本社会全体に及ぶ「右傾化」の腐食の深さには震撼の思いを抱かざるをえません。自らを「進歩的」と称するメディア、政党の「自らの右傾化」がいま社会総体をどれほど腐食させているか。その責任の重大さについても私は思わざるをえません。

【放送大学こそが試されているのだ】
現在の政権は、日本が再び戦争をするための体制を整えつつある。平和と自国民を守るのが目的というが、ほとんどの戦争はそういう口実で起きる。1931年の満州事変に始まる戦争もそうだった」「表現の自由を抑圧し情報をコントロールすることは、国民から批判する力を奪う有効な手段だった

簡潔に、ことの本質をズバリとよく言い得ているではないか。まことにそのとおり。心の底から共感する。(略)
【発端】


【批判】


【もうひとつの発端】

【批判】

永田浩三さん(元HNHKディレクター、現武蔵大学社会学部教授)がご自身のフェイスブックに来週25日の18時半から予定されているNHK放送センター包囲デモのお知らせと放送を語る会の「安保法案の国会審議・テレビはどう伝えたか」という中間報告書をシェア(フェイスブック用語ではそういうようです)しています。フェイスブックの記事を左側面のフリーエリアの「山中人間話」欄の枠内に収まる形で挿入する技術を私は知りませんので山中人間話特別版としてブログ本編にアップしておきたいと思います。もちろん、大切なお知らせと記事だと思うからです。合わせて金平茂紀さん(TBSテレビ記者、ディレクター)の本日付けのフェイスブック記事もシェアしておきます。

放送を語る会の報告書。あまりのことに驚愕する。在京の地上波のニュース番組が、安全保障関連法案をどのように伝えたのかを検証している。NHKニュースが、実質的に安倍政権の広報機関になりさがり、法案を考えるための基本的な手がかりについても...

Posted by 永田 浩三 on 2015年8月20日

放送を語る会の報告書。労作。いかにNHKの政治ニュースが異常であるかが明らかになった。来週25日(火)18時半からのNHK放送センターの包囲デモ。わたしもお話させていただくことになる。安保法案の国会審議・テレビはどう伝えたか中間報告...

Posted by 永田 浩三 on 2015年8月20日

http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=128895 魂の飢餓感。重い言葉だ。通わせるだけの魂が、相手側にそもそもあるのかどうか。

Posted by 金平 茂紀 on 2015年8月20日
週刊誌『FRIDAY』(7月25日号)が「NHK『クローズアップ現代』を首相官邸が叱責」と報道した問題について、菅官房長官は「事実とまったく違う。ひどい記事だ」と反論し、NHK広報局も「官邸から抗議を受けた事実はない」と否定しているが、官邸とNHKのやりとりの真相はどういうものか? 否定するのであれば、NHKはその真相を明らかにする責任があるというべきだろう。
 
NHKはこの7月22日に週刊新潮を相手方として東京地裁に名誉棄損への謝罪と損害賠償の支払いを求める訴訟を提起したが、名誉棄損というのであれば、『FRIDAY』(7月25日号)に掲載された記事が伝えた内容の方がはるかに重大である。なぜ『FRIDAY』は訴えないのか? この問題は官邸と単にNHKの上層部だけの問題ではない。「クローズアップ現代」の制作現場のスタッフも真実を追求する放送ジャーナリストとして事の真偽と事実の有無を公にする責任があろう。このまま責任の所在をあいまいにしたまま明らかにすることがなければ、ETV番組改ざんの二の舞になってしまうだろう。NHK職員はいま勇を奮え。醍醐聰さんの今回のNHK批判を要約的に言えば左記のようになるでしょうか。
 
醍醐さんは今回の論では『FRIDAY』記事の信憑性についてはなにも述べていませんが、NHKが官邸とのやりとりの真相を明らかにすれば、『FRIDAY』記事の信憑性についてもおのずから明らかになる、という判断も当然あるでしょう(当事者の証言がない限り、いま第三者がその信憑性を明らかにすることはできません)。
 
なお、このエントリは、「醍醐聰さんのNHK批判 ――『クローズアップ現代』がおかしい」 「週刊フライデーの『安倍官邸がNHKを"土下座〟させた』報道は醍醐聰さんの『クローズアップ現代』がおかしい』という記事から読み解く必要がある」の続きとしても書いています。
 
ETV番組改ざんの二の舞にしてはならない~「クローズアップ現代」をめぐる官邸とNHKのやりとりの真相は?~(醍醐聰のブログ 2014年7月25日)
 
NHKの名誉棄損というなら
7月22日、NHKは『週刊新潮』4月24日号に掲載された、籾井会長の初出勤の日の言動などを取り上げた記事について、NHKおよび籾井会長に対する重大な名誉棄損にあたるとして同誌出版元の新潮社を相手どり、損害賠償の支払いと謝罪広告の掲載を求める訴訟を、東京地方裁判所に提起した。
 
「籾井会長に関する週刊新潮の記事をめぐる訴訟の提起について」
 http://www9.nhk.or.jp/pr/keiei/opinion/index.html
 
 『週刊新潮』の記事に個人の人格を貶める不適切な表現や誇張、事実の裏付けに疑義があったことは否めないが、NHKの上記告知文によると、今回の提訴はNHKと籾井会長が原告となって起こしたとある。訴因となった『週刊新潮』の記事が籾井氏の名誉にとどまらず、NHKの名誉まで棄損し、NHKの信用まで失墜させるものだったからというのがその理由のようだ。
 
NHKが訴訟に参加するとなれば、訴訟費用の一部はNHKが負担することになる。さらに、損害賠償が認められれば、訴訟費用補てん後のその一部はNHKが受け取ることになる。それだけに、『週刊新潮』の記事が籾井氏の名誉にとどまらず、NHKの名誉も傷つけたとする理由を示される必要がある。
 
「籾井よくやったと書いて」というけれど
~140万円の期末報酬返上で償われるのか?~
しかし、『週刊新潮』の記事を離れて言えば、籾井氏の会長就任会見以来の一連の妄言でNHKの名誉は著しく棄損されてきた。7月15日の定例記者会見で籾井氏は上期の期末報酬の全額140万円を自主返上した理由を質した記者に対して、「籾井よくやったと書いてくれれば十分じゃないか」と応えたという(『毎日新聞』7月16日)。
 
それで本当に十分か?
 
金銭に換算するのは容易ではないが、会長就任会見で「政府が右というものを左と言うわけにはいかない」、「通ちゃったもの〔特定秘密保護法案のこと〕はカッカすることはない」、「戦時には従軍慰安婦はどこにでもあった」などと言い放って国民を仰天させ、NHKの自主・自律、政治的公平、不偏不党の立場に対する信頼を貶めた籾井氏の罪は140万円で引き合うとは、とても思えない。
 
名誉毀損というならNHKは百田氏を訴えるべき
私は『週刊新潮』を擁護する気はないが、NHKが名誉を毀損されたというなら、その深刻さにおいて百田尚樹氏の一連の暴言は『週刊新潮』の記事の比ではない。百田氏の暴言を挙げると枚挙にいとまがないが、代表的なものを摘記しておく。
 
「日本がアジア諸国を侵略したというのも南京大虐殺も嘘である。」「他の候補者は人間のクズだ。」(2月3日、東京都内で行った都知事候補・田母神俊雄候補の応援演説で)
 
「護憲派の人たちは大ばか者に見える。・・・・侵略されて抵抗しない国と、侵略されたら目いっぱい自衛のために戦う国、どちらがより戦争抑止力があるかというリアリティの問題だ。」(5月3日、「21世紀の日本と憲法有識者懇談会」が都内で開いた公開憲法フォーラムで)
 
「(軍隊を持たない南太平洋の島しょ国、バヌアツ、ナウルは)家に例えると、くそ貧乏長屋で、泥棒も入らない」(5月24日、自民党岐阜県連の定期大会で)
 
いずれもNHKの監督機関のメンバーとして、その稚拙な歴史認識、下品な言辞は、いかに職務外の発言と弁明しても、聴き手には通用しない。それぞれの言動に現れた見識と人格の低劣さがNHKの名誉をはなはだしく棄損したことは明白である。
 
したがって、NHKは自らの名誉が棄損されたというなら、百田尚樹氏を訴えるのが道理である。また、経営委員会の他のメンバーは経営委員会の名誉と威信をかけて百田氏の言動を厳しく質し、それでも悔い改めないなら、彼に辞職を勧告するのが道理である。
 
(追伸)今朝の「朝日新聞」に次のような見出しの記事が掲載された。
「百田氏、番組へ異議 『強制連行で苦労』キャスター発言に 放送法抵触の恐れ」(2014年7月25日、朝日新聞)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140725-00000007-asahi-soci
 
NHKの名誉というなら『FRIDAY』の指摘をなぜ放置するのか?
NHKが公表した前記の「籾井会長に関する週刊新潮の記事をめぐる訴訟の提起について」によると、NHKは『週刊新潮』に対し、4月22日付で謝罪と訂正を求めて抗議した、と記されている。問題の記事を掲載した『週刊新潮』は4月24日号となっているが、発売日は4月17日だった。したがって、NHKは発売日から5日後に新潮社に対して問題の記事について謝罪と訂正を申し入れたことになる。
 
ところで、公共放送NHKの名誉というなら、『FRIDAY』7月25日号に掲載された記事が伝えた内容の方がはるかに重大である。記事によると、7月3日放送の「クローズアップ現代」(「集団的自衛権 菅官房長官に問う」)の放送終了直後に、待機していた菅氏の秘書官が、国谷キャスターの突っ込んだ質問、再質問に不快感を覚え、「いったいどうなっているんだ」と抗議したという。さらにそれから数時間後に官邸からNHK上層部に「君たちは現場のコントロールもできないのか」と抗議が届いたという。
 
これに対し、NHKの上層部は平身低頭、籾井会長は菅氏に詫びを入れ、NHK上層部は番組制作部署に対し、「誰が中心になってこんな番組作りをしたのか」など「犯人捜し」まで行ったと記されている。この番組は私も視聴し、感想を番組専用サイトに送った。このことは本ブログに書いたとおりである。
 
もともと、この番組は7月1日の閣議で集団的自衛権の行使を容認する決定がされた件について、菅義偉官房長官を招き、国谷裕子キャスターと原聖樹・政治部記者が討論を交わすというものだった。国民の過半が異論・疑問を持つ閣議決定を担った官房長官だけを出演させる番組を放送したこと自体、問題だったが、国谷キャスターは閣議で憲法解釈を変えてよいのか、集団的自衛権の行使を認めると他国の戦争に巻き込まれるのではないかという、多くの国民が抱いている疑問を代弁する形で菅氏に質したまでであり、何ら非とするべき点はなかった。
 
そうした質問を受けたことに官房長官側が不快感を覚え、クレームを付けたのだとしたら、NHKは官邸の意向通りに放送をするのが当然だと言わんばかりの傲慢な態度であり、NHKの放送の自主・自律を定めた「放送法」や「放送ガイドライン」への無理解を露呈したものである。
 
にもかかわらず、籾井会長以下、NHK上層部が官房長官側の不当な干渉にうろたえ、番組制作現場に締め付けをしたのが事実なら、外部からの圧力を排除し、放送の自主・自律を守る活動の先頭に立つべきNHK会長らが、あろうことか、それと正反対の行動――官邸からの圧力を番組制作現場に伝える導管の役割――を演じたことになる。
 
放送の自主・自律、とりわけ、時の政権からの独立は公共放送としてのNHKの生命線であるから、『FRIDAY』が指摘したNHK上層部の対応の真偽はうやむやにされてよいはずがない。NHKが自らの名誉を確固として守るというなら、事の真相を主体的に調査し、記事に誤りなりねつ造があるなら、直ちに『FRIDAY』編集部なり出版元の講談社なりに記事の訂正と謝罪を求めるのが道理である。
逆に、記事で指摘されたことが真実なら、籾井会長ほかNHK上層部は自ら、事実関係を公表し、引責辞任するか、罷免されるのがふさわしい大罪を犯したことになる。
 
NHKの静観は何を意味するのか?
ところが、菅官房長官は7月11日の記者会見で、『FRIDAY』の記事について「事実とまったく違う。ひどい記事だ」と発言したものの、同誌編集部なり出版元の講談社なりに抗議するかどうかは「効果があるかを含めて考えたい」と述べるにとどまった。
 
NHKの対応はどうかというと、『FRIDAY』の記事では、「ご指摘のような事実はありません。NHKは放送法の公平・公正、不偏不党などの原則に基づいて放送しております」という広報局のそっけないコメントが掲載されただけである。また、7月15日の会長会見の際、この件を質した記者に対し、広報局は「官邸から抗議を受けた事実はない」と答えたにとどまる。
 
さらに、『東京新聞』7月19日によると、籾井会長は、「NHKで菅氏を出迎えたことは認めているが、『収録には立ち会っていない。テレビで放送を見ていた。菅さんはお化粧を落として帰っていった』」などと述べたという。
私自身も何度かNHK視聴者部に問い合わせたが、7月17日現在、同誌編集部なり出版元の講談社なりに記事の訂正も謝罪を求める抗議も行っていないとの返答だった。その後も、一昨日(7月23日)までのところ、NHKがこの件で同誌編集部なり出版元の講談社なりに何らかのアクションを起こしたとは伝えられていない。
 
しかし、「そのような事実はない」という広報局の応答では『FRIDAY』の記事への反証力は無に近い。『東京新聞』が伝えた籾井会長の説明は肝心の場面を飛ばした駄弁である。
 
また、NHKの会長が収録現場に立ち会うなど、もともと、ありえないことだから、「収録には立ち会っていない」という説明はアリバイ説明としての意味はゼロであり、「語るに落ちる」の感さえある。
 
それにしても、問題の『FRIDAY』は7月24日号であるが、発売日は7月11日であるから、すでに12日が経過している。『週刊新潮』に対して発売日の5日後に記事の訂正と謝罪の申し入れをしたことと対比すると、記事が伝えた模様を頭から否定するにしては、反応が鈍すぎる。
 
NHKとしては、事実を否定して見せるだけで、事の真偽には一切、立らないという「戦術」で押し通すつもりかと思われる。
 
しかし、NHKは、その意思さえあれば、指摘された点を反証することは十分に可能である。にもかかわらず、「事実無根」と繰り返すだけで、進んで反証し、新潮社に対して行ったのと同様に、記事の訂正、名誉棄損の謝罪を求めないのはなぜなのか?
 
NHKの名誉という点では『週刊新潮』の記事の場合と比べ、『FRIDAY』の記事の真偽の方がはるかに重大である。にもかかわらず、NHKが『FRIDAY』の編集部に対しても出版元の講談社に対しても何らの対応も取らないとなれば、記事で指摘された点を反証する自信のなさを意味するか、指摘された点を真実と認めたかのいずれかである。
 
「クローズアップ現代」の制作現場も声を上げるべき
もう一つ、言いたいのは、NHKの上層部にとどまらず、「クローズアップ現代」の制作現場のスタッフも事の真偽について語るべきだということである。
 
報道によれば、7月3日の放送の折、キャスターは事前の打ち合わせと異なる質問を繰り返した、それについて官房長官側がクレームを付けたとも伝えられている。一体、どのような事前の打ち合わせがあったのか、番組ではすべて台本通りに進行させないといけないのか、番組終了後、官邸から届いたクレームを受けて、NHK上層部が番組制作部署に対し、「誰が中心になってこんな番組作りをしたのか」など詰問したという事実はなかったのか、あったとしたら、それに対して番組制作スタッフはどのように応答したのか? こうした事実の有無を公にするべきだ。
 
そんなことは無理強いだと言われるかもしれない。しかし、韓国の公共放送KBSでは4月16日に起こった客船「セオル号」沈没事故の報道をめぐって、大統領府から報道内容に圧力があったとして同局の2つの労組は、この圧力を受け入れた吉社長の解任を求め、記者や番組制作スタッフらが29日からストライキを決行した。その際、前報道局長は大統領府からKBS社長に事故報道に干渉する圧力があったと暴露した。KBSの理事会は6月5日、吉社長の解任決議案を可決、その後、朴大統領もこの決議を承認した。
 
さる6月21日、大阪中之島中央公会堂で開かれた集会に発言者の一人として参加した私は第2部のパネル討論の折、壇上にいた元NHKプロデュサー/ディレクターに向かって、こうした内部からの告発が「韓国のKBSではできてNHKではできないのはなぜか」と質した。
 
元NHKディレクターからは、日本と韓国での民主化闘争の歴史の違いが主な要因、という応答があった。しかし、このやりとりの前に、「内部から声を上げられないのを環境のせいにしていては、いつまで経ってもNHKの体質は変わらないのではないか」と質していた私としては、納得できる回答ではなかった。
 
『FRIDAY』の記事の指摘を全面否定するNHKの上層部に対して制作現場が異議を申し立てるのがいかに困難かは十分、承知している。しかし、記事の指摘が要所において真実なら、「クローズアップ現代」のスタッフは一致結束して官邸からの圧力に媚びるNHK上層部を告発し、真相を国民の前に明らかにすることが強く期待される。
 
否、問題は「クローズアップ現代」の制作現場にとどまらない。NHKの様々なドキュメンタリー番組や報道番組の制作現場のスタッフは、今回の問題を我が事として、番組編集の自由と自律を守るために結束し、真相を告発するよう求められている。
 
また、『FRIDAY』の記事の指摘がありもしない事実のねつ造なら、それはそれで「クローズアップ現代」のスタッフはNHK上層部に対して、記事の訂正と謝罪を『FRIDAY』編集部と講談社に求めるよう意見を提出すべきだ。
 
一遍の否定でこのまま真相を闇に葬るなら、「ETV2001」特集第2夜の番組改ざん問題の二の舞になる。
NHKの受信料支払いの凍結を呼びかけるなど先進的な市民運動のオーガナイザーとしても活躍されている醍醐聰さん(東大名誉教授)が「クローズアップ現代』がおかしい」という記事を書いて、「集団的自衛権」問題に関するNHKの不作為の報道姿勢のあり方を批判しています。
 
クローズアップ現代」がおかしい(醍醐聰のブログ 2014年7月3日)
 
醍醐さんの問題提起はNHK批判にとどまらず、「総体としてのNHKの報道番組を評価するにあたって欠かせない視点」の問題を提起してNHK視聴者の同局報道番組の評価姿勢のありかたをも問うものになっています。その醍醐さんの問題提起は、さらに新聞、雑誌メディアを含むメディア総体に対する読者、視聴者の評価姿勢のありかたの問題としても敷衍できるものでしょう。大切な視点だと思います。
 
以下、醍醐聰さんの上記記事の要約です。全文は同氏のブログを開いてお読みください。
 
要約
籾井氏がNHK会長に就任して以降、政府が行う特定秘密の指定や解除が適切かどうかをチェックするために国会に常設される「情報監視審査会」の権限、実効性を定める改正国会法が成立したのは、この6月20日。この間の国会審議は籾井氏がNHK会長に就任して以降である。ところが、NHKスペシャルクローズアップ現代はこの改正国会法についても、取り上げたことは皆無だった。(略)もちろん、この時期に「クローズアップ現代」が放送した番組の中には、NHKの取材力、企画力を存分に発揮した貴重な番組も少なくなかった。例えば、4月16日に放送された「イラク派遣 10年の真実(略)また、5月21日(水)に放送された「戸籍のない子どもたち(略)
 
しかし、この時期、「クローズアップ現代」が沈黙を続けたのは特定秘密保護法だけではなかった。7月1日のニュース7で、「戦後日本の安全保障政策の大転換」と表現した集団的自衛権の行使を安倍政権が閣議決定で容認しようとした今年の前半(1~6月期)に「クローズアップ現代」は一度もこの問題を取り上げなかった。このこと自体、異常といってよい。(略)その一方で、「なぜこのテーマを今?」と、首をかしげたくなる番組もあった。例えば、6月23日には、「四国遍路1400キロ 増える若者たち」が放送された。(略)また、政府が集団的自衛権の行使を容認する閣議決定をした翌7月2日に、「クローズアップ現代」が「“野球女子” 私が球場に行く理由」と題する番組を放送したのには唖然とした。(略)
 
なぜこの日なのか? なぜ、お昼の時間帯ではいけないのか?・・・・疑問を拭えなかった。と訝しがっていた昨夜、NHK ONLINEで「クローズアップ現代」の専用サイトを見ると、「集団的自衛権 菅官房長官に問う」を今夜(7月3日)放送するという予告が目に飛び込んだ。(略)「時の政権の要である官房長官に閣議決定の趣旨、今後の政権運営の抱負を聞いてなにがおかしい」という意見があるかも知れない。しかし、NHKは政府広報の放送局ではない。官房長官に、「なぜ今、集団的自衛権の行使容認が必要なのか」を問えても、「過半の世論の反対があるなか、集団的自衛権の行使を憲法改正を経ず、閣議決定で容認したのは立憲主義に照らして正当化できるのか」と正面から質せるのか、そう質す気概が原記者にあるのか? 多様な意見を反映させるというなら、解釈改憲反対論者、さらには集団的自衛権の行使にそもそも異議を唱える論者をなぜ登場させないのか?(略)政府見解を独演させる場にならないか?(略)
 
NHK問題に関心を持つ人々の集まりに出かけ、(略)スピーチをすると、必ずと言ってよいほど、「NHKの制作現場のスタッフは(略)優れた番組を作ろうと必死に頑張っている人々がいるし、現に優れた番組も放送されている。だから、批判ばかりでなく、激励も大事だ」という意見が必ず出る。(略)しかし、最近、私はこうしたやりとりに懐疑的な見方をしている。(略)今、NHKの報道番組が向き合うべき死活的テーマは、国の憲法体制の根幹を揺り動かす集団的自衛権の解禁問題であり、わが国の言論の自由に甚大な影響を及ぼす特定秘密保護法の法整備をめぐる動きである。(略)このような大局的観点に立つと、(略)優れた番組を数多く輩出してきた「クローズアップ現代」や「NHKスペシャル」も、集団的自衛権や特定秘密保護法を封印している現実を直視することが、総体としてのNHKの報道番組を評価するにあたって欠かせない視点である。それなしに、個々の優れた番組を取り上げ、「激励を送ろう」と呼びかけるのは、視聴者運動のすすむべき方向を誤らせる恐れさえある、と私は感じている。(略)批判にせよ、激励にせよ、理性に裏付けられた大局観が欠かせない。
醍醐聰氏(東大名誉教授・会計学)のブログに「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」の以下の申し入れ書が掲載されています。
 
NHK籾井会長の解任を求める要望書を提出:視聴者コミュニティ
(醍醐聰のブログ 2014年1月27日)

NHK経営委員会宛「籾井NHK会長の解任を求める申し入れ」
NHK会長・籾井勝人氏宛「会長職の自主的辞任を求める申し入れ」

詳細は上記の醍醐氏のブログの頁を開いてお読みください。
 
以下は、本ブログのプラグイン(右端)に設けている「今日の言葉」からこの問題についての辺見庸の発言の援用です。

籾井勝人
という男の、いわゆる「従軍慰安婦」問題発言にからみ、もっとも悲しむべき、そして衝撃的でもあったシーンは、籾井の発言内容以上に、NHKおよびいくつかのマスメディアが、これを知っていながらまったく報じなかったという「空白」にあることは、あらゆる見地から疑いを入れない。これは「ブラックアウト」(blackout=報道管制、放送中止)にまったく等しい。(略)この社会はいま、生きかつ微笑みながら、緩慢に死につつある。巨大メディアの「安倍機関化」がすすんでいる。日刊安倍新聞安倍放送局安倍チャンネルがさかんに自己増殖中だ。 毎日が画時代的シーンに満ちあふれている。なんという壮大な反動だろう!
なんということだ、と叫びたい衝動にかられるのは、だが、状況そのものに理由があるというより、怒る神経と血管が目詰まりし、ついに石化してしまった人間たちが社会の絶対的マジョリティになっており、かつてよりますます「個人」がいなくなった、個人が絶滅しかかっているからだ。(略)籾井という反社会的人物をすぐにでもNHK会長職から引きずりおろせないようでは、憲法改悪を阻止するのはとうてい無理というものだ。
辺見庸「日録5」2014/01/26

赤新聞」(イエロージャーナリズム)記者の田中龍作が相変わらず*市民を決定的にミスリードする客観報道とはほど遠い(自分の貧困な主観でしか「事実」を見ることができない)扇情記事を自身の「田中龍作ジャーナル」紙なるものにものしています。
 
みんな大量離党 「秘密保護法」反対求める市民の声、決断促す
(田中龍作ジャーナル 2013年12月9日)
 
*田中はつい先だっては明らかな捏造による煽情記事すらものしていました。とてもジャーナリストなどと呼ぶことはできません。こんな「赤新聞」記者がNPJ紙(同紙はそのプロフィールで「憲法と人権を守る市民の側からの情報発信とコミュニケーションを提案します」などと自らが民主的なメディア媒体であることを自称しています)などに重用されていることに私は許しがたいものを感じます。おのずからNPJ紙などの程度も知れるというものでしょう。
参照:http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-676.html

江田2 
みんなの党に離党届を出し、記者会見に臨む江田憲司前幹事長ら
衆院第2議員会館 2013年12月9日
 
この田中龍作の記事ならぬ記事をvanacoralの日記の主宰者のvanacoralさんが小気味よくかつ根底的に批判しています。その批判に私もまったく同感です。この引用記事は昨日の私の「海渡雄一弁護士の「今後の行動提起」への疑問 ――その行動提起の前提となる海渡氏の政治認識について考えていただきたいこと」という記事で言い足りなかったことの続き(実のところまだまだ言い足りないのですが)としても書いているものです。

NHK受信料拒否問題でNHK敗訴のニュースです。

札幌地裁の判決は「NHKは訴訟で『代署であっても、民法761条が定める日常家事債務にあたり、男性は連帯責任を負う』などと主張したが、杉浦裁判官は『受信料は物品の売買と違い、国民から徴収される特殊な負担金で、日常家事債務には当たらない』として、男性に支払い義務はないと結論づけた」(共同通信)というもので、放送法の受信契約規定の違憲性や契約自由の原則(憲法13条に保障される自己決定権)からの逸脱の問題に踏み込んだ上での判決とはいえませんが、NHKの強引な契約手法の問題点の一端を違法とした判決とはいえるわけで、私のようにNHK受信料を拒否し続けている者にとっては朗報です。


今回の札幌地裁の判決の「日常家事債務」や「代理権」の論理は素人には少し以上にわかりにくい論点であるように思いますので、同論点に関する解説、判例を以下に掲げておきます。ご参考にしていただければ幸いです。



なお、今回の判決とは逆にNHK受信料の全額の支払いを命じた昨年7月28日の東京地裁の判決についての批判的感想を下記で述べていますので、添付しておきます。これもご参考にしていただければ幸いです。