キョウ ふづき76
土砂投入まで1カ月 承認撤回求め市民ら県庁に

Blog「みずき」:ここにも日本社会の劣化(右傾化)にともなう若者の劣化が如実に現れている。しかし、若者は本来そういう社会現象と闘う存在ではなかったか。なにかが根底的に腐れ切っている。若者はいま指標とする思想を持ちえないのだ。いや、指標とする思想がないわけではない。が、その指標とする思想はいわゆる「リベラル・左派」の思想には見出せず、その分極端に右傾化しているのだ、と私は思う。私は70年代初旬以後の、そして、とりわけここ2、30年の左翼の怒涛のごとき堕落の責任の大きさを思う。ここで言う「左翼の怒涛のごとき堕落」とは端的に言って日本共産党の堕落のことだ。私は50年来の日本共産党観察者(そのうちの10年は日本共産党員であった)としてそう思う。

『「在日」には、「特」に、「人権」を認めないように、という意味での「在日特権」ならば、肌身にしみてよく知っていますよ。そして、いま、恐ろしいことに、その「在日」のなかには、日本に在住するほとんどの人々が入りつつあるということもひしひしと感じています。日本国籍を持っていようとも、富と権力とは無縁な「日本国民」も例外なく。』(姜信子FB 2018年7月18日)


【山中人間話目次】
・ここにも日本社会の劣化(右傾化)にともなう若者の劣化が如実に現れている。しかし、若者は本来そういう社会現象と闘う存在ではなかったか。なにかが根底的に腐れ切っている
・姜信子 『大海に生きる夢」(シャマン・ラポガン)メモ)から――台湾の蘭嶼の先住民タオ族の社会では、子を持つようになると、人は「孫の父」「こどものお父さん」と呼んだ
キョウ ふづき49

Blog「みずき」:今回も鬼原悟さん(「アリの一言」主宰)の「辺野古「撤回」は「公益撤回」でなければならない」というきわめて重要な指摘です。私も「要件撤回」と「公益撤回」の違いは認識しており、「「撤回」は「公益撤回」でなければならない」と主張もしてきたつもりですが、その認識は表層的なものでしかありませんでした。私の認識の中ではまずなによりも翁長知事に「撤回」宣言をさせることが先決事項としてあり、「撤回」の種類を問うことは二の次、三の次の課題にならざるをえなかったということもあり、「要件撤回」の重大な問題性を自身の認識の中で十分に煮詰めることができていなかったからです。しかし、その信憑性はともかくとして翁長県政執行部サイドが8月初旬の「撤回」宣言を視野に入れているという報道もあることから「要件撤回」は真の「撤回」にあらず、という主張をいま改めてしておくことの緊急性と重要性を思います。そうでなければ私たちは辺野古「撤回」に向けての取り返しのつかない誤りを犯してしまうことにもなりかねません。鬼原さんの指摘はそういうものです。

【山中人間話目次】
・今回も鬼原悟さん(「アリの一言」主宰)の「辺野古「撤回」は「公益撤回」でなければならない」というきわめて重要な指摘です――「要件撤回」と「公益撤回」の違いとはなにか?
・内野光子さん(歌人、短歌評論家)の目取真俊講演会のこと――目取真さんの翁長知事評価、基地本土引取り論、沖縄独立論、県民投票論の評価について
・松岡利康さん(鹿砦社代表)のしばき隊批判番外編――池田幸代さん(社民党・福島みずほ参議院議員元秘書)批判――福島みずほが「沖縄出入り禁止」になっているという
・黒薮哲哉さん(「メディア黒書」主宰)の元衆院議員・三宅雪子批判。共産党を含む「リベラル・左派」の自壊が始まったのはこの時期を嚆矢とする
・ひとつ前の記事で小沢一郎と共産党のいまの蜜月関係について少し触れましたので関連してkojitakenさんの「なぜ「野党共闘」「市民連合」は支持されないのか 」という論もあわせて紹介させていただこうと思います
・最近の左翼・市民団体の右傾化スケッチ(小景編)53 ――相沢侃さんの悲嘆が胸に沁みる。現在の共産党は、日本共産党96年の歴史を僭称して人々の尊敬を掠め取っている
・当然の弁護士会(第二東京弁護士会)の決定だと思いますが、遅きに失した決定といえないか――大阪市の組合アンケート、調査担当弁護士を懲戒処分 日本経済新聞
キョウ ふづき68
4年前は辺野古の海は美しかった

Blog「みずき」:沖縄県が「県知事権限を使って全力で阻止」するとし、一度は不許可にもしていた「サンゴ移植」を国が8月中旬の辺野古への土砂投入を目論んでいるこの期に及んで再び許可した。鬼原悟さん(「アリの一言」主宰)が翁長県政とそれを支える「オール沖縄」陣営を改めて厳しく指弾している。同意する。

『14日付の沖縄県紙は、「県、サンゴ採捕許可」(琉球新報)、「サンゴ移植 県が許可」(沖縄タイムス)の見出しで、翁長雄志知事が辺野古新基地建設に伴う「サンゴ移植」を許可したことを大きく報じました(主な「本土」紙および「しんぶん赤旗」はこの重大なニュースを1行も報じていません)。(略)

市民・専門家から厳しい批判が出ているのは当然です。

「そもそも移植がうまくいかないのは分かりきっており、移植自体が免罪符にしかならない。…知事は埋め立て承認を撤回すると宣言し、まだしない状況で許可した。県民は疑問に思うのではないか」(桜井国俊沖縄大名誉教授、14日付琉球新報)
「県が一例でもサンゴの移植を認めてしまうと、専門家が『移植は環境保全措置にならない』と警告を出しているにもかかわらず、県自身が認めてしまうことになる。今後、環境を理由に工事を阻止するハードルが高くなったように思う」(安部真理子日本自然保護協会主任、同琉球新報)
「土砂投入が迫る(安倍政権は8月17日を目論む―引用者)この時期に許可することが理解できない。知事への批判は免れない」(北上田毅氏・平和市民連絡会、14日付沖縄タイムス)
「翁長知事は辺野古阻止と言いつつ、全く矛盾する行為をずっと今まで続けてきている」(仲宗根勇氏・うるま市具志川九条の会共同代表、14日付琉球新報)

仲宗根氏が指摘する通り、翁長氏がこれまでやってきたことは、辺野古新基地建設を強行する安倍政権を助けることばかりです。主なものを挙げてみましょう。

▶埋め立てのボーリング調査を容認(2015年3月3日)
▶岩礁破砕許可(2014年8月28日)の撤回を求める市民団体の要求を却下(2016年1月)
▶知事権限を縛る安倍政権との「和解」に同意(2016年3月4日、写真左)
▶新基地建設の突破口になる辺野古の陸上工事再開を容認(2016年8月31日)
▶記者会見で「高江ヘリパッド建設」容認(2016年11月28日)
▶「埋め立て承認取り消し」を自ら取り下げ(2016年12月26日)
▶埋め立て工事開始(大型コンクリートブロック投入)に対し、現地・辺野古へ行って抗議すべきだとの市民の要求に背を向け、辺野古へ行かず(2017年2月6日)

そもそも、「辺野古新基地反対」で知事に当選したにもかかわらず、翁長氏は就任後1年余、辺野古には一度も行きませんでした。また、辺野古・高江の市民活動を規制(弾圧)する県警・県外からの機動隊導入に対し、知事権限を行使して反対すべきだとの声も無視しつづけました。中でも最大の問題が、「承認撤回」の公約を就任から3年8カ月たった今もまだ棚上げし続けていることであるのは言うまでもありません。翁長氏の県民・市民に対する背信、公約違反は明々白々です。それでも「オール沖縄」陣営は、まだ「翁長知事を支える」のでしょうか。』(アリの一言 2018年7月16日)


【山中人間話目次】
・沖縄県が「県知事権限を使って全力で阻止」するとし、一度は不許可にもしていた「サンゴ移植」を国が8月中旬の辺野古への土砂投入を目論んでいるこの期に及んで再び許可した。鬼原悟さんの改めて翁長県政批判
・4年前の県知事選挙は革新の退潮傾向と保守分裂により、オール沖縄という形が生まれた。このまま保守的な行政行為として押し切られることをオール沖縄がよしとするなら解散して、崖っぷちの革新が土俵際うっちゃりの妙技をみせるぐらいしなきゃ
・安倍真理子さんはいまは「埋め立てを進めているのは『国』と『県』」だとこれまで親しい協力関係にあった沖縄県(翁長知事)を名指しで批判せざるをえないのです。どうして喜び勇んでこういう言葉がいえるでしょう
・加藤哲郎さんはいう――やっぱり安倍晋三は、国民の生命財産よりも、自分の私利私欲で権力を私物化する、ファシストです」、と
・7月9日(月)の昼までまだ外遊しようとしていた安倍首相の態度(私利私欲政治のさま)を文春オンラインが証拠をあげて記事にしています
・「世紀末」とはこういう風景を言うのだろうか?――<プラスチック危機>海流入、50年までに魚の総重量超え? - 毎日新聞
・上野・国立西洋美術館「ミケランジェロと理想の身体」展。ラオコーン像(谷津憲郎Twitter 2018年7月16日)から
キョウ ふづき59

Blog「みずき」:野口雅弘さん(成蹊大学教授) はいまの若者(学生)たちを評して言う。「「コミュ力」信仰が「野党ぎらい」を助長する――これまで述べてきた仮説を肌身で感じることがある。私の担当科目「現代政治理論」で扱ったテーマのなかで、今年ダントツで評判が悪かったのが、藤田省三だった。丸山眞男のもとで学び、高度経済成長による日本社会の変容と批判的に対峙した思想家である。講義では「離脱の精神――戦後精神の一断章」(1978年、『精神史的考察』所収)を紹介したが、「抵抗」なきデモクラシーは「翼賛」になりかねない、と主張する藤田に、共鳴する学生はほとんどいなかった。最後に学生に書いてもらったオピニオン・シートには、藤田に対する違和感と嫌悪の言葉が並んでいた。「たんなる老害」というコメントすらあった。「公的なもの」の喪失を危惧するハンナ・アーレントの評判は決して悪くない。しかし、彼女とともに「全体主義」について考え、経済的な豊かさという「安楽」にすら「隷従状態」を見た思想家は、いまどき受け入れがたいらしい。「こだわり」や「情念」は忌避される」、と。

私はある人がこの野口雅弘さんの論を「藤田省三さんの話が出てきた。(いまの学生たちであれば)さもありなんという話で」というコメントをつけてシェアしていましたので、以下のような私としてのコメントを発信しました。

「今年ダントツで評判が悪かったのが、藤田省三だった」という野口雅弘さんの論の一節には私も参りました。藤田省三は私のもっとも尊敬する物書き(研究者)のひとりだからです。この若者たちの「『批判』や『対立』への強い不快感」はこの2、30年の間につくられたものに違いありませんが、ただごとではない。この2、30年を大人として生きた私の強い反省とともにそう深く思いました」、と。

【山中人間話目次】
・「今年ダントツで評判が悪かったのが、藤田省三だった」というのはどういうことか――「コミュ力重視」の若者世代はこうして「野党ぎらい」になっていく(野口 雅弘)
・鬼原悟さんのどの指摘も「いま」という時代(リベラル・左派の劣化の凄まじい)の問題の本質を衝く根底的な指摘だと思います。しかし、「リベラル・左派」はそういう事態を自分たちがつくりだしてきたことにまったくといってよいほど気がついていない
・改めて「オウム事件」を再考する――「オウム事件」の本質の(少なくとも)或る部分を私は麻原氏の1審弁護団長の渡辺脩氏から学んだ(太田昌国)
・考えれば、在日コリアン、ニューカマーの外国人、釜ヶ崎の日雇い労働者、戦後開拓の人たちが日本の戦後復興や発展を支え続けた。その人たちをないがしろにして、「国を守る」とか、大言壮語するのは、なんか、違うような気がしますね
・トランプを当選させた面々――米大統領選への介入、ロシア軍情報要員12人を起訴 CNN
・原武史の永岡崇著『新宗教と総力戦―教祖以後を生きる―』(2015) 書評――ここで原が本書を評して言う「近代日本の新宗教全体の国家や戦争との関係をめぐる視座」という言葉は重い
キョウ ふづき49

Blog「みずき」:私は昨日、「今日の言葉 ――瀬戸際も瀬戸際になってやっと出てきた。しかし、ほんとうにそうであるならば、遅きに失したとはいえ歓迎する~「辺野古の承認撤回は土砂投入前に 沖縄県、8月初旬を軸に調整」という記事が沖縄地元紙に流れているがほんとうにそうであってほしい」という翁長知事の「土砂投入前の辺野古承認撤回」説について「ほんとうにそうであるならば」という前提の半信半疑の記事を書いておきましたが、早速有効な反論が出ています。しかし、こちらの記事も「言葉ではなく行動で判断する場合」という仮定記事です。しかし、はっきりしているのは翁長知事の「埋め立て阻止」政策(宣言)の整合性のなさです。もし、昨日の沖縄タイムス記事が翁長知事いつものごとくのこの期に及んでの世論の動向を見極めるための観測気球にすぎなかったのだとすれば政治家の倫理の問題としても翁長知事の行為は許されることではありません。いずれにしても答えは8月初旬までには出ます。これ以後の一切の言い訳は通用しないでしょう。

『【翁長知事は『知事権限』を放棄した】翁長知事は13日、沖縄防衛局に対し、辺野古沖の埋め立て予定地に生息する希少サンゴ9群体の移植を許可しました。翁長知事はこれまで、新基地建設計画を阻止するための「あらゆる手段」として「知事権限」があると強調し、その知事権限の一つとして、さんご移植に必要な「採捕許可」を与えないと掲げてきたのです。従って、自らの言葉をひるがえし、沖縄防衛局に許可を与えたということは、自ら知事権限を放棄したということになります。辺野古移設を支持する産経新聞は「これにより、土砂投入に向けた護岸工事がストップしていた区画で工事が再開できることになる」と評価。県が許可するまでの流れについて、「関係者によると、謝花喜一郎副知事が9日に開かれた普天間飛行場負担軽減推進会議の作業部会で、許可を出す方針を政府側に伝えたという。13日には翁長雄志知事が担当者から説明を受けた上で決裁した」と報じています。県はなぜ、専門家の方々の「希少さんご移植は難しく、環境保全にならない」との助言を無視し、土砂投入を可能にする環境作りとなる許可を出したのか。言葉ではなく行動で判断する場合、私には翁長知事が土砂投入前に撤回するとは思えません。日本の環境保全をめぐる裁判では、原状回復が不可能となったケースはほとんど敗訴となっているそうで、私が取材した米政府関係者もそうした事例や件数を具体的に把握しており、まるでじっと息をひそめながら「決定打」となる土砂投入がなされるのを待っているかのようです。日本国民の批判が政権を追い込むくらいに高まることがないと知っている日本政府は、これからも工事を強行する手を緩めることはないでしょう。土砂投入は来月17日。沖縄県庁前では15日から6日間、辺野古埋め立て承認の即時撤回を求める市民行動が始まります。』(平安名純代FB 2018年7月14日)

『沖縄県がハマサンゴの特別採捕申請を認めたことについて13日、担当する県水産課には一報を聞いた市民らが詰め掛け、約5時間にわたり許可を取り下げるよう訴えた。「基地を造らせないという知事の発言と矛盾している」「理解できない」と失望と怒りの声をぶつけた。抗議したのは、同日午後4時前まで県庁内で会見を開いていた市民団体のメンバー約10人。採捕許可の情報を聞き、急きょ水産課を訪れた。同課職員とのやりとりは閉め切った会議室の中で行われたが、時折廊下に怒声が漏れるなど、緊迫した雰囲気が流れた。午後9時前、疲弊した様子の市民と県職員が会議室を退出。報道陣の取材に応じたうるま市具志川9条の会の仲宗根勇共同代表は「サンゴの採捕許可は、あらゆる手段で基地建設を止めるという知事の発言と矛盾する」と非難した。平和市民連絡会の北上田毅さんは、すぐにでも移植が始まる可能性があると指摘。「土砂投入が迫るこの時期に許可することが理解できない。知事への批判は免れない」と話した』(沖縄タイムス 2018年7月14日)


【山中人間話目次】
・言葉ではなく行動で判断する場合、私には翁長知事が土砂投入前に撤回するとは思えません。――埋め立て海域の「オキナワハマサンゴ」採捕、沖縄県が許可 辺野古新基地 沖縄タイムス
・知事発言と矛盾」会議室から漏れる怒声 新基地サンゴ採捕許可に抗議、沖縄県庁で5時間:沖縄タイムス 2018年7月14日
・toriiyoshikiさん(元NHK・ETVディレクター、ハーフリタイア)のtoriiyoshiki的日経、NHK批判
・憲法改正国民投票のPRに関する民放連の見解、電通が担う負の役割を隠した偏向報道、ジャーナリズムの深刻な構造的問題 MEDIA KOKUSYO
・【食料・農業問題 本質と裏側】グローバル種子企業への便宜供与「4連発」 鈴木宣弘・東京大学教授 農業協同組合新聞
・劉霞氏、軟禁解かれドイツ到着 劉暁波氏の1年目の命日が近づくなかようやく、ドイツ主導の粘り強い外交努力が実り、自由を得るという劉霞氏の夢はかなった。 - BBCニュース
・「首相動静」とはなにか。参考になる記事です――「首相動静」何のために|NHK NEWS WEB
・辺見庸が「友人がさいきん精神科病棟に収容されたらしい」と書いている。おそらく事実だろう
 キョウ ふづき49

Blog「みずき」:瀬戸際も瀬戸際になってやっと出てきた。しかし、ほんとうにそうであるならば、遅きに失したとはいえ歓迎する。

『沖縄県名護市辺野古の新基地建設を巡り、沖縄防衛局が8月17日に予定する埋立土砂の投入より前に、県が埋め立て承認を撤回する調整に入ったことが12日、分かった。土砂投入の重要局面を前に、翁長雄志知事の最大の権限となる撤回に踏み切り工事を停止させる考えで、8月初旬の撤回表明を軸に検討が進んでいる。複数の関係者が明らかにした。辺野古に反対する市民や労働組合、政党などでつくる「オール沖縄会議」は土砂投入に抗議する県民大会を8月11日に那覇市内で開催を予定。市民団体からは県民大会までに撤回のアクションを起こすよう求める声が強まっている。 一方で、県は撤回前に工事中止命令を検討した経緯もあり、撤回は翁長知事の高度な政治判断で行われるため表明の時期は流動的な側面もある。』(沖縄タイムス 2018年7月13日)
 
『【決意表明はもういらない】大浦湾に住むジュゴンを守ろうとアメリカを舞台に繰り広げられている沖縄ジュゴン訴訟を取材してきました。日本では、安倍首相が「普天間基地の一日も早い全面返還を実現するために最高裁の判決に従い、関係法令にのっとって移設を進めていく」などと、埋め立て承認が今も生きていることを折に触れ強調していますが、米国防総省はサンフランシスコの連邦地裁で開かれた実質審理で、埋め立て承認についてまったく触れなかったのです。自分の利点になるはずなのになぜ?と疑問に思い、取材してみると、少しだけ見えてきたことがありました。ということで、沖縄タイムス7月11日掲載コラム想い風「決意表明はもういらない」です。』(平安名純代FB 2018年7月11日)


【山中人間話目次】
・ほんとうにそうであるならば、遅きに失したとはいえ歓迎する――辺野古の承認撤回は土砂投入前に 沖縄県、8月初旬を軸に調整 沖縄タイムス
・辺野古埋め立ての承認撤回、迫るリミット 決意表明はもういらない――大浦湾に住むジュゴンを守ろうとアメリカを舞台に繰り広げられている沖縄ジュゴン訴訟を取材してきました――平安名純代の想い風 沖縄タイムス
・ジュゴンが棲む海にしたいのに。これでは戻ってこれない(安部真理子FB 2018年7月11日)――県知事は埋め立てを承認したままである/許可も出し続けている・・・(宮城康博FB 2018年7月13日)
・辺野古の海草藻場の大切さは以前から知られている。レッドリストに加えることは大事。でも埋め立て阻止の役には立たない。今すべきことは埋め立て承認の撤回です(安部真理子FB 2018年7月12日)
・金竜介さんら2人の弁護士の今回の訴訟提起は自身の名誉を守るための当然の訴訟提起だと思います――ただし、神原元、佐々木亮、北周士各弁護士の大量懲戒請求者らへの提訴と区別すべき
・今後の朝鮮半島情勢のゆくえを判断する上で重要な情報のひとつだと思います――大統領府「南北米終戦宣言への共感」年内推進を再度示唆 hankyoreh japan
・承前。今後の朝鮮半島情勢のゆくえを判断する上でのもうひとつの重要な情報、あるいは指摘――ロバート・ケリー准研究員DPRKの包括的核実験禁止条約調印を促す意見を寄せる
・タイの洞窟からの救出劇で、初めて関心をもてる記事を見つけました――タイ洞窟 「英雄」と称賛のコーチと少年3人、実は無国籍の境遇(AFP=時事)
・埴谷雄高の大岡昇平を評した以下の言葉が印象に残った――大岡昇平さんをしのぶ  埴谷雄高 大江健三郎 1988.12.26 NHK - YouTube
・日本の敗戦直前の中国・上海の「旧租界」のある断面。面白い――ただし、『小説・わが上海』(伊藤恵子著)の日本語訳はまだないようだ
・姜信子「『浪花節 流動する語り芸』(真鍋昌賢 せりか書房)メモ」から―― 『浪花節は、国民国家の展開と資本主義の展開がからみあっていくなかで生成し変容していった、二〇世紀における最もポピュラーな「語り物」だった
キョウ ふづき42
「陰謀論」友達。ふたりの「脱原発」もこの程度なのです

Blog「みずき」:道廣晋一さんは菅野完を評して「非常時に付け入る詐欺師以外の何者でもないだろう」と言います。的確な評価だと思います。それにしてもいわゆる「リベラル・左派」の見る目のなさよ、と私は思います。「リベラル・左派」なるものに対する私の評価は絶望的水準にあります。 『noiehoieこと菅野完の悪辣さに無理解な人って多いのだが何故だろう? 彼はネット受けを狙い支持が多いように見せかけて、これまでも、仲間にリツイートやイイネを要望するダイレクトメッセージで要請したりしてきた。そうやって、自分の存在を過大に誇示し、『何やら影響力が凄いらしい』を作って今日に至っている。彼は被差別部落出身ではあるものの、殆んど部落解放運動には無縁だったにも関わらず、人権に関してカリスマ性をアピールした。反原発だって311以前は何らの関わりも拘りも無かった。そして反原連やしばき隊に近付いて売名し、カネの使い込み、性暴力まで及んだ。反安倍では、籠池と『成長の家信者』という共通項で『独自情報を入手した』などと、日本会議の第一人者として台頭。非常時に付け入る詐欺師以外の何者でもないだろう。部落解放、反原発運動をしていたら彼の欺瞞なんて容易く見破れるレベルなんだけど? 『ネットde真実』のネトウヨと対局が『菅野完de真実』のリベラルなのかも?』(道廣晋一FB 2018年7月10日)

もう一点。「リベラル・左派」の見る目のなさを示すものとして2013年の山本太郎参院議員選挙当選)事件もあげておきましょう。山本太郎に対する私の評価は以下のようなものです。

『山本太郎当選(2013年7月参院議員選挙)事件は「リベラル・左派」なる党派、勢力の存在価値の終焉を示す象徴的事件だった、と私は思っています。このとき山本を生活の党、社会民主党、緑の党、新社会党が支援した。共産党からの影の支援者も少なくありませんでした。しかし、山本は、天皇主義者であり、レイシストであり、単なるデマゴーグでしかなかったことはその当時から明白でした。しかし、いまも、一部「リベラル・左派」の間には軽薄な山本太郎讃歌がやまない。すなわち、「リベラル・左派」の終焉の証(あかし)です。私は、真の革新政治を実現するために彼ら(山本太郎をいまだに讃する者)との連帯と共闘を拒否することを宣言しておきます。』(東本高志FB 2018年7月11日)


【山中人間話目次】
・菅野完を評して「非常時に付け入る詐欺師以外の何者でもないだろう」。的確な評価だと思います。それにしてもいわゆる「リベラル・左派」の見る目のなさよ。私の評価は絶望的水準にあります
・山本太郎当選事件は「リベラル・左派」なる党派、勢力の存在価値の終焉を示す象徴的事件だった――しかし、いまも、一部「リベラル・左派」の間には軽薄な山本太郎讃歌がやまない
・私もスプートニク記事が「報道ではない」ことを知ったのは比較的最近のことです。常岡浩介さんや黒井文太郎さんなどの中東情勢の報道を専門にする現場記者の目に教わるところが大きかった
・太田昌国さんの「オウム真理教信者7人の死刑執行の背後に」。オウム事件とはまさに警察権力犯罪というべきものだった。そう言っていいのではないか――しかし、警察権力は平然と死刑執行者の側に立っている
・タイムリーな報道だと思いますし、社説だと思います。内容的にもジャーナリスティックです。他の報道機関よ。続け――「共謀罪」法1年 やはり廃止するべきだ 北海道新聞 2018年7月11日
・翁長知事は「必ずやる」と繰り返すばかりで、未だに実行しない理由を説明したことはありません。翁長知事は、6日間のうち1日は集会場に足を運び、県民に向き合い、直接対話をしてほしいと願います(平安名純代FB)
・大田英昭さんは疑問を呈す。「それから120年経っても、日本政治がたいして進歩せず、「活気なく、光焔なく」、あいかわらず「人をして議会存置の要不要を疑ふに至ら」せているのは、なぜだろう」、と

キョウ ふづき38

Blog「みずき」:「なるほど。これが人権の差か」(渡辺輝人Twitter 2018年7月9日)。そういうことと少し違うでしょう。いや、少し違うのではないか。大前治弁護士のいう自然災害避難が「体育館生活」であることの「貧困」性の指摘はたしかにそのとおりです。しかし、そのことを言う前に災害が起きたとき現場住民としてどう自主性(住民自治)を発揮して自然災害に立ち向かうか。住民としてこれまでの地域の経験を踏まえた知恵を出し合う。そのことの意味をもう一度再検討してみるべきではないか。災害が起きるとただ「危ない」という行政(NHKと気象庁、消防を含む)の一声で現場住民を「お客さま」扱いにして(「お客さま」はただ、あてがわれた体育館でゴロゴロと寝ているだけ。私たちのこどもの頃は大人と青年たちが協力して不眠不休で復旧のための知恵も力も出し合っていた。そして、自分たちにできないことを行政に頼むという風であった)住民から住民自治(住民が災害と闘おうとする意志と知恵)を奪ってきたのは行政という組織ではなかったか。「人事を尽くして天命を待つ」という言葉があるが、行政を上意下達の機関だけにしてしまい、現場住民の「人事」を阻害してきたのはほかでもない行政ではなかったか。書物上の知識で他国と比較して行政の施策の「貧困」性を言う前に私たちは災害時の住民の心構えと対処のあり方についてもう一度考え直してみる必要があるのではないか。私は少年だった頃の経験を思い出してそういうことを考える。

【山中人間話目次】
・大前治弁護士のいう自然災害避難が「体育館生活」であることの「貧困」性の指摘はたしかにそのとおりです。しかし、「人権の差」ということと少し違うのではないか
・宮城康博さんはいう。現在の自治体首長選挙の負の結果はオール沖縄がつくりだしている結果なんだ、と――7月15日〜20日 辺野古埋め立て承認の即時撤回を求める大集会
・今回の浅井基文さんの7月10日付の「ポンペイオ国務長官訪朝(ハンギョレ分析&環球時報社説)」と題されたコラムは今後の米朝交渉のゆくえを判断する上で非常に注目される論考になっているように思います
・金平茂紀さんはいう。「オウム死刑囚7人の刑執行以降、この高村薫さんのような的確な指摘が他にほとんど見当たらないことの異常」、と。共感します
・醍醐聰さんの「不平等への怨念を刻んだ短歌~心の友、金子文子の生涯に寄せて(1)~ 」――金子文子は1903年、横浜に生まれたが出生届は出されず、父は家を出、母も男との同棲を繰り返した
・半澤健市さん の「1968年は何処へいった(3)―『思想』の鼎談を読んで考えたこと―」。ここでは半澤さんは雑誌『思想』誌における3人の研究者の鼎談への違和感を三点に絞って述べています
・この場合は、民主主義の理念の行使としての大統領権限に基づくまっとうな捜査指示だと思います。支持します――ろうそく集会当時に「戒厳令」検討か 文大統領が捜査指示
・敗戦、戦後期の上海の日本人の風景(続)――西成彦(立命館大教員、比較文学)の文章から
キョウ ふづき34

Blog「みずき」:韓国の研究所が最近発表した世論調査によれば、韓国人の朝鮮及び金正恩に対する認識が非常に好転している。金正恩に対する好感度は安倍晋三に対するものの2倍、また、朝鮮に対する好感度も中国、日本を上回ったとあります。しかし、同世論調査によれば、韓国では若い世代になるほど朝鮮及び金正恩に対する見方は厳しい。この世論調査からわかることは、韓国においても、日本においても、若い世代の保守化が政治改革=変革の課題にとって大きなウイークポイントになっているということだと私は思います。現代の若い世代(アジアの、と限定をつけなければならないでしょう。欧州では様相を少し異にしています)はなにゆえに保守的になってしまったのか?

私は90年代にソ連の崩壊とともに「社会主義」というユートピアの理念(それは「正義」という理想の実現の象徴としてのひとつの形態でした)もほぼ失墜し、若者が社会変革の理想の理念上の拠り所を喪失してしまったこと(たとえば日本の大学ではマルクス経済学やマルクス社会学などの講座はこの時期にほぼ壊滅してしまいました)が根底的ともいえる大きな原因になっているように思えます。若者が理想を語りえなくなった。あるいは理想を語る拠り所を持ちえなくなったのです。そうであれば、若者は、内に閉じこもるか保守化する方向に向かわざるをえないでしょう。これが若者の保守化の大きな原因だというのが私の理解です。私たちはいま、「社会主義」(「資本主義」「新自由主義」「格差社会」的ではない、の謂い)の新しい理想を創る、あるいは新しい理想を語る必要がおおいにあるのではないか、と私は強く思います。


【山中人間話目次】
・浅井基文さんの「「朝米首脳会談と韓国人の周辺国認識」報告書」という論から日本の若い世代の政治意識について考える
・太田昌国さん(評論家)も「想像力」ということについて書いています(「『貧しい』現実を『豊かに』解き放つ想像力」太田昌国のみたび夢は夜ひらく98))。現代の若い世代に必要なのはこういう視点ではないでしょうか
・「こんな事も理解していなのだろうか??」というのは、当然、共産党の志位執行部にもいえるでしょう――小泉・小沢「恩讐を超えた共闘」のインパクト - 東洋経済オンライン
・承前。だから、「内閣支持率 4か月ぶり「支持する」が上回る 」事態にもなるのです――内閣支持率 4か月ぶり「支持する」が上回る NHK世論調査
・西成彦さん(立命館大教員、比較文学)の姜信子『現代説経集』(2018)書評――だったらどんどんつながればいいのである。かくして玄界灘を股にかけた女性だけの芸能集団〈かもめ組〉のプロジェクトが立ちあがる
キョウ ふづき31

Blog「みずき」:辺見庸は「死刑こそが国家暴力の母型である」という。そして、辺見は、いまという時代は、あらゆる種類の社会的同一性が解体された後に立ち現われた「いかなる抵抗も対抗も困難」な砂漠の時代だという。そうかもしれない。しかし、そうだとして、われわれはただ暗然とするほかないのか。私は、国家権力であろうとなんであろうと最期まであがき続ける。この世に生を授けた以上、それが私にとって生きるということだ。くたばらない。安倍なんぞは目ではない。安倍的な世の中(その中には腐れきったリベラル・左派的なものも含む)を倒す。これは私の抵抗宣言だ。

『ニッポン型の大量処刑は、不可視であるがゆえに、幻想のなかにあるしゅ爆発的なスペクタクルを展示してみせた。民主主義は、そのなまえを僭称したまま、未聞かつ最悪の暴力的専制と化していることを、おそらくは故意にさらけだし、そうすることにより、まつろわぬものたちをはげしく恫喝したのだった。人民の多くは、国家による殺りくに酔いしれた。政治から排除されているルンプロ的人民たちも、政権の〝英断〟に拍手をおくった。いかなる抵抗も対抗も困難である。なぜなら、最悪の暴力的専制は、あらゆるしゅるいの社会的同一性の解体後の砂漠にたちあらわれ、もっとも脆弱で貧しい人民をもみかたにつけているからだ。死刑こそが国家暴力の母型である。それは戦争というスペクタクルの、最小単位の顕示である。気づくものは、つとに気づいている。戦後政治に比類ない、犯罪者集団でもあるこの政権は、なんでもできるようになった。そして、じじつ、やりたい放題である。9条覆滅から軍事・警察国家の樹立まで。人民と民主主義の名において。』(辺見庸「日録」2018年07月08日)

【山中人間話目次】
・辺見は、いまという時代は、あらゆる種類の社会的同一性が解体された後に立ち現われた「いかなる抵抗も対抗も困難」な砂漠の時代だという。そうかもしれない。しかし、そうだとして、われわれはただ暗然とするほかないのか
・戦後73年、「カノーゴヤ」的人間はいまも蔓延している。安倍政権が繫盛するはずだ。日本人はなにも変わっていない、と改めて思う。思わざるをえない――上海ゲットーの日本人について
・思想的には「保守」に分類される雑誌記事の中にもたしかな眼、たしかな筆、たしかな取材による記事がないわけではありません――【新聞・テレビが報じない沖縄のタブー】沖縄県・翁長雄志知事の変節 大田昌秀元知事は「翁長は信用できない」
・このBLOGOSの記事もたしかな眼、たしかな筆、たしかな取材による記事ということができるでしょう――オウム死刑囚「7人執行」で法務省は「何を隠した」のか BLOGOS
キョウ ふづき28

Blog「みずき」:今日のFB記事は辺見庸が共同通信記者をやめる契機となった辺見の山谷通いと地下鉄サリン事件との遭遇との接点から書き始めました。「両者には直接の関係はない。が、辺見には「生存の光景=不条理」の一端の問題として関係があった、ということだろう」、と。今日の記事の最後も辺見の引用するジョージ・オーウェルのエッセイ「絞首刑」のパラグラフの言葉で締めくくりたいと思います。辺見はいう。昨日の7人絞首刑は「知の崩壊」の世界性のきわみにおいてまさに「世界史的事件」であった、と。以下の文章の標題は「国家の殺人――A Hanging(1931)」。 『もしも、若いひとびとが本ブログをみかけたら、先日の7人絞首刑について、すこしでもいい、おもいをはせてほしい。あれは、世界史的事件である。そして、その世界性において、その知の崩壊ぶりにおいて、7人絞首刑は、相模原事件の「さとくん」の所業にも相似することに注目してほしい。政権はついに一線をこえた。そのことは措くとして、基本的参考文献として、ジョージ・オーウェルのエッセイ「絞首刑」(『オーウェル評論集』小野寺健=編訳 岩波文庫)に目をとおしてもらえるだろうか。とくにつぎのパラグラフ。「妙なことだが、その瞬間まで、わたしには意識のある一人の健康な人間を殺すというのがどういうことなのか、わかっていなかったのだ。だが、その囚人が水たまりを脇へよけたとき、わたしはまだ盛りにある一つの生命を絶つことの深い意味、言葉では言いつくせない誤りに気がついたのだった」「これは死にかけている男ではない。われわれとまったく同じように生きているのだ。彼の体の器官はみんな動いているーーーー腸は食物を消化し、皮膚は再生をつづけ、爪は伸び、組織も形成をつづけているーーーーそれがすべて完全に無駄になるのだ」「爪は彼が絞首台の上に立ってもまだ伸びつづけているだろう、いや宙を落ちて行くさいごの十分の一秒のあいだも、かれの目は黄色い小石と灰色の塀を見、彼の脳はまだ記憶し、予知し、判断をつづけていたーーーー水たまりさえ判断したのだった」「彼とわれわれはいっしょに歩きながら、同じ世界を見、聞き、感じ、理解している。それがあと二分で、とつぜんフッと、一人が消えてしまうのだーーーー一つの精神が、一つの世界が」これが原点である。そこからしずかにかんがえるしかない。』(辺見庸「日録」2018年07月07日)

【山中人間話目次】
・政権はついに一線をこえた。昨日の7人絞首刑は「知の崩壊」の世界性のきわみにおいてまさに「世界史的事件」であった。一つの精神が、一つの世界がとつぜんフッと消えてしまう。そのことの意味をそこからしずかにかんがえるしかない
・死刑執行についてさらに書く。第1。辺見庸 「執行シール」ないしは「サイコパス政権」について――暴力がむきだしてきた。たおすか、たおされるか、逃げるか。それとも、いっしょに「無頭人」になるか・・・
・死刑執行についてさらに書く。第2。藤原新也 「麻原彰晃の死刑執行について」
・死刑執行についてさらに書く。第3。岩月浩二 「滅びるね」(街の弁護士日記 2018年7月6日)
・死刑執行についてさらに書く。第4。「EU:日本に死刑の執行停止求める」(毎日新聞 2018年7月6日)
・死刑執行についてさらに書く。第5。「死刑囚写真に次々「執行」シール TV演出に疑問の声も」(朝日新聞 2018年7月6日)
・辺見が共同通信記者をやめたのは、当時、取材で東京・山谷通いをしていたことと地下鉄サリン事件が契機になった、と吉本隆明との対談で語っていたのを読んだ記憶がある
キョウ ふづき24  

Blog「みずき」:黒薮哲哉さん(「メディア黒書」主宰)の以下の指摘はとても重要だと思います。しかし、現在の「民主主義」勢力の激しい右傾化を批判する一部の「まやかしのリベラル・左派」批判者を除いて誰も指摘しない。また、どのメディアも報道しない。まやかしの「リベラル・左派」はもちろん、メディアも激しい右傾化の流れの一方の当事者であるからにほかなりません。日本という国の右傾化はまやかしの「リベラル・左派」が主導していると言っても過言ではないでしょう。黒薮さんは日本の公権力=公安警察はそのまやかしの「リベラル・左派」を「泳がせている」と指摘しています。

『言論をめぐる裁判や運動に対する公権力のスタンスには、注意する必要がある。利用価値があるものは、容赦なく利用する。裏面があるのだ。公安警察と広義しばき隊の関係も要注意である。元しばき隊隊員の神原元弁護士は、ツイッターで、自身に対する懲戒請求者の個人情報を公安警察に提供することを提案しているが、他の側面からも公安警察と広義しばき隊の関係を検証する必要がある。たとえば、広義のしばき隊が公安警察の監視対象になっているという話をよく聞く。インターネット上でもこの種の記述を時々みかける。しかし、筆者は、この話はかなりあやしいと感じている。監視対象ではなく、むしろ彼らを放置する方針を取っているというのが実態ではないか、というのが筆者の考えである。仮に公安警察が、広義しばき隊を本気で取り締まりたいと考えているのであれば、口実はあるはずだ。たとえば凶器集合準備罪である。

次の写真は、いわゆる「釘バット」である。取り締まらない理由は実に単純で、左派のイメージダウンに貢献してくれるからだ。日本のカウンター運動を客観的に見たとき、民主主義を前へ進めるどころか、ブレーキをかけているような印象を受ける。もちろん、ヘイトスピーチなど相手を侮辱する行為そのものは誤りであると、筆者は感じる。しかし、それに対する反対運動の方法も間違っている。言論統制を進めるために、特定秘密保護法や共謀罪法案を設けた公権力に、彼らは上手に利用されているのではないか。自分たちが正義のつもりでやっていることが、社会にどのような負の影響を及ぼすかのかまでは気づいていないようだ。』


【山中人間話目次】
・黒薮哲哉さん(「メディア黒書」主宰)の以下の指摘はとても重要だと思います――黒薮さんは日本の公権力=公安警察はそのまやかしの「リベラル・左派」を「泳がせている」と指摘しています
・プエルトリコ出身の私の友人は当時を振り返り、「決して諦めなかった住民たちの抗議」がビエスケ島から米海軍を追い出したんだと話してくれた――その決して諦めない住民たちの抗議がいま沖縄にある。』(平安名純代FB 2018年7月5日)
・7月4日 本部港(塩川地区)における縦横無尽の阻止行動――参加者の一人が写した迫真のシロクロ静止画(仲宗根勇FB 2018年7月6日)
・安田純平さんの友人のフリージャーナリストの常岡浩介さんのこれまでの彼の経験に基づく貴重なアドバイスに耳を傾けたい――武装組織に拘束の安田純平さんの新たな映像 日テレNEWS24
・テッサ・モリス・鈴木さんがANUを退職されるということで、お祝いの小さな集まりがあった――彼女は知る人ぞ知る慰安婦問題など大日本帝国の戦争犯罪に積極的に発言しているオーストラリア国籍の日本近代史研究者です
・当然の判決というべきでしょう――勝訴後の難民不認定は違法=スリランカ人再提訴で―東京地裁(時事通信)
・これが「死刑は残忍で冷酷であり、犯罪抑止効果がない」とする世界の趨勢の声です――日本で死刑が執行されたことを受けた、現地共同声明 - 欧州対外行動庁
・オウム真理教の元教団代表の麻原彰晃ら7人の死刑が執行されたという――麻原は、1995年5月16日、山梨県上九一色村にあった教団施設のサティアンに潜んでいるところを逮捕された。いまから23年前のことであった
キョウ ふづき19

Blog「みずき」:浅薄な者が石牟礼道子に関する本を書き(若松英輔著『常世の花 石牟礼道子』2018)、浅薄な者がその本について「簡潔にして魅力的な『石牟礼道子入門』の誕生」という書評を書いている(俵万智 熊本日日新聞 2018年6月17日)。しかし、そのことについてこれ以上の論評を書くつもりはない。辺見庸は石牟礼について次のように書いた。その言葉を置く。

『有史、先史を通じ、人類にとってもっとも重大な日はいつかと問われれば、わたしは躊躇なく1945年8月6日と答える。理由は簡単だ。意識の夜明けからその日まで、人間は『個としての死』を予感しながら生きてきた。しかし、人類史上初の原子爆弾が広島上空で太陽をしのぐ閃光を放って以来、人類は『種としての絶滅』を予感しながら生きていかなければならなくなった。原子核というパンドラの箱を開けて以来、人類は借りものの時間を生きている。アーサー・ケストラーの指摘はただしい。かれはその後に、「ヒロシマの名は陳腐な歴史用語になりさがり・・・」とも書きました。では「陳腐な歴史用語」にしてしまったのはだれなのでしょうか。すべては自明にみえて、自明なことなどなにもありません。被爆者の多くは、広島と長崎を問わず、ひどい差別をうけました。朝鮮人被爆者は死体まで差別されました。そのこととと、原発事故による福島からの移住者への偏見と差別にはかんけいがないのでしょうか。げんざいの天皇夫妻をしきりに賛美する記事と番組はこの夏も、いくらでもあるそうです。いまやかれは、じじつじょうの「現人神」であり、かのじょはニッポンの「聖母」になってしまいました。石牟礼さんまであのひとを公然と敬うようになったといいます。理由は自明ではありません。大きな「変化」が生じています。なにが起きているのでしょうか。原爆は、大元帥陛下の在所であったあそこに、なぜ投下されなかったのでしょうか。これも、答えはまったく自明ではありません。原爆はなぜ皇居に投下されなかったのかーーという企画はなぜ提案されないのでしょうか。その答えも自明ではありません。ひどい夏ですね。』(辺見庸「日録」2017年08月09日)

『この夏、かつての夏もそうだったのですが、メディア最大の企画は「かれはなぜ裁かれなかったのか」であるべきでした。あるいは「父祖たちはなぜかれを裁かなかったのか」であるべきでした。東京裁判の核心的問題は、裁いたことではなく、かれを裁かなかったことにあります。70年以上すぎても、時間の芯がくさっているのは、そのせいです。石牟礼さんはそのことをよくご存知だったはずです。ミッチーがどれほどりっぱなひとかをかたることより、戦争、原爆、水俣、原発をつうじ、くさった時間のながれがいまも滔々とながれている、そのことを、かつてのようにおっしゃるべきでした。時間の芯の腐蝕と天皇家賛美には、なんらかのかんけいがあるとおもいます。満州事変から敗戦の詔勅まで、すべてにかかわった人物とその一族、万歳をさけびつづけた民衆にかんし、新しい物語をつくるうごきに加担してはならないとおもいます。』(同上 2017年08月10日)


【山中人間話目次】
・若松英輔と俵万智の浅薄な石牟礼道子論と対比的に辺見庸の石牟礼批判を読む――石牟礼さん、新しい天皇の物語をつくるうごきに加担してはならないとおもいます
・木下ちがや(こたつぬこ)と鹿砦社両者の応答を読んでみましたが、鹿砦社の論(答弁)の方に理があることは明らかだ、というのが私の判断です――木下ちがやの文章から聞こえてくるのは彼の怯えの声です
・李信恵の二つの裁判から浮かび上がる彼女の二重人格性。その二重人格性はなにに起因するのか。これがいわゆる「しばき隊問題」です。いま、その個人的、組織的な二重人格性の闇が暴かれようとしている
・沖縄で自衛隊増強に対する反対・阻止の声・行動が弱いのは、県政トップの翁長雄志知事がそれを容認していることとけっして無関係ではありません――沖縄に初の陸自補給処 中国の離島侵攻に備え 産経新聞
キョウ ふづき16

Blog「みずき」:kojitakenさん(「kojitakenの日記」主宰)の以下の観察に同意します。kojitakenさんの言うように白井聡や内田樹、さらには孫崎享(揃いも揃って天皇主義者。民主主義者などでは断じてありえない)などなどの駄本(すなわち、駄論)に騙されてはならない、と私も強く思います。共産党についても同じことが言えます。まさに「恐るべき時代になった」ものです。

『現天皇の「お言葉」への言及で始まり、「お言葉」に対する批判精神皆無にして手放しの礼賛を綴った文章で結ばれるこの本を読むと、明治時代から連綿と続く「国体」思想にとらわれているのは白井聡自身ではないかと思ってしまう。この本においては、安倍晋三はまるで「君側の奸」扱いだ。白井は戦前の天皇制の「国体」だったのが、戦後はアメリカ従属の「国体」へと変わったというのだが、私はそうではなく、戦前も戦後も一貫して天皇制の「国体」が連綿と続いているのではないかと思う。安倍晋三はもちろん危険極まりないが、白井聡や内田樹(昨年、「『天皇主義者』宣言」をした)はある意味で安倍晋三よりももっと危険なのではないか。彼らからは、2.26事件のイデオローグとなった北一輝と相通じるものが感じられるのだ。(略)

こう考えると、白井聡が最近『しんぶん赤旗』に登場したことも驚くには当たらない。

•とことん共産党に政治学者・白井聡さん/対米従属なくそう/視聴者から反響(2018年6月27日)
https://www.jcp.or.jp/…/aik…/2018-06-27/2018062704_03_1.html

恐るべき時代になったものだ。

結論。『国体論』はやはりろくでもない本だった。リベラル・左派を自認する諸氏は、あんな本に騙されてはなるまい。』


【山中人間話目次】
・kojitakenさんの言うように白井聡や内田樹、さらには孫崎享(揃いも揃って天皇主義者。民主主義者などでは断じてありえない)などなどの駄本に騙されてはならない、と私も強く思います
・この徹底した削除ぶりには背後に何らかの意図が働いているのを感じます――だから、4か月前のニューヨークタイムズなど外国メディアの記事を改めてアップしておきます
・このスクープは傑作だ。新聞協会は、どう説明するのだろうか?―― 山陽新聞「越宗孝昌」会長は、加計学園「越宗孝昌」理事と同一人物なのか――だれもが口を閉ざすミステリ
・お茶の水女子大は2日、戸籍上は男性でも自身の性別が女性だと認識しているトランスジェンダーの学生を2020年度から受け入れる方針を明らかにした
・辺見庸(「もの食う人びと」で講談社ノンフィクション賞受賞。作家・詩人)と姜信子(「ごく普通の在日韓国人」でノンフィクション朝日ジャーナル賞受賞。作家・詩人)の『月』のコラボ
・鬼海弘雄は県庁を退職して法政大学の哲学科卒業後も就職せず、トラック運転手、職工、マグロ漁船の乗組員などしながら写真に行きついた。経歴からしてもう「哲学する写真家」である
・醍醐聰さんが素木(しらき)しづという22歳で死去した歌人のことについて書いている――ここにあるのは「うまい」とされるもの、「お上手な」とされる人間に対するふつふつとする「怒り」の感情だろう
キョウ ふづき12
泥に汚れし背嚢にさす一輪の菊の香や

Blog「みずき」:深草徹さん(2018年1月、弁護士登録抹消請求が承認され、41年間の弁護士生活にピリオド)の「『9条加憲』は自衛隊を普通の軍隊とする一里塚 ―国民は托卵を拒否する―」。まっとうでない論(たとえば新9条論なるもの。また、明仁・美智子平和主義者論なるもの)が蔓延る中、「泥に汚れし背嚢にさす一輪の菊の香」(火野葦平「糞尿譚」)のようなまっとうな論、だと私は思います。

冒頭の文章と「まとめ」の文章は以下のようです。

『朝日新聞社が先の昨年の総選挙時に実施した世論調査では、「現在の憲法9条1項、2項はそのまま残しながら、自衛隊の意義と役割を憲法に書き込む」という憲法改正案について賛否を聞いたところ「賛成・どちらかと言えば賛成」が40%、「反対・どちらかと言えば反対」が27%、「どちらとも言えない」が33%でした(昨年12月19日付「朝日新聞」朝刊)。一方、日本世論調査会が昨年12月9、10両日に実施した世論調査では、戦争放棄や戦力不保持を定める憲法9条改正について「必要はない」が53%、「必要がある」は41%でした(本年1月3日付東京新聞朝刊)。この二つの世論調査の結果を見比べると、多くの国民は、従来型の9条改正案(2項削除・国防軍創設)に反対しつつも、1項、2項をそのままにして自衛隊の存在を憲法に明記追加条項を加えるといういわゆる9条加憲案にはとまどいを覚えていると言えるようです。現在あるがままの自衛隊を憲法に書き込むだけだと言う安倍首相・自民党のプロパガンダがある程度奏功しているのかもしれません。そこで、9条加憲案は、以下に、従来型の9条改正案と本質的には同じであることを論じてみました。』(冒頭文)

『ホトトギスは古来不吉な鳥と言われている。そのホトトギスは、ウグイスの巣に卵をうみつけ、それとは知らないウグイスに自分の卵と一緒に温めさせ、孵化させる。これを托卵と言うそうである。さて「9条加憲」は、以上述べたように現在の9条の戦争放棄・戦力不保持・非軍事の恒久平和主義の根幹を揺るがすものにほかならず、ホトトギスがウグイスの巣に産みつける卵と言ってよい。「9条加憲」案は、評論家・右翼系シンクタンク「日本政策研究センター」代表・「日本会議」常任理事(政策委員)・伊藤哲夫が同センターの情報誌『明日への選択』2016年年9月号に載せた小文で、憲法9条1項、2項をそのままにして、3項として「但し前項の規定は確立された国際法に基づく自衛のための実力の保持を否定するものではない」とする条文案を示し、9条「改正」の第一歩とするなどと述べているところに出自を有するものと言われている。その伊藤が、当面は「耐震補強」的改憲にとどめるべく、現実的な改正プラン」を出し、「腰を据えて更に大々的リフォーム、新築をめざす」と種明かしをしているのである(伊藤哲夫・岡田邦宏・小坂実『護憲派よ、それでも憲法改正に反対か?』日本政策センター)。ここに「9条加憲」案の本質がある。「9条加憲」は、自衛隊を「厳密な限定」の論理から解き放つものであるとともに、「大々的リフォーム」もしくは「新築」により、本格的な軍事条項をもつ憲法を策定するための「始めの一歩」に過ぎないのだ。国民は、托卵を天命として受け入れるしかないウグイスには断じてならないだろう。』(「まとめ」文)


【山中人間話目次】
・深草徹さんの「『9条加憲』は自衛隊を普通の軍隊とする一里塚 ―国民は托卵を拒否する―」。まっとうでない論が蔓延る中、「泥に汚れし背嚢にさす一輪の菊の香」のようなまっとうな論
・谷津憲郎(朝日新聞編集委員)よ――だから、どうだというのだ。PVが高かろうが低かろうが、書き手たる者、これは書かなければならない、と思うから書くということではないのか
・日本を私物化して開き直る安倍夫妻の異常。2人とも人間として大事な何かが欠落している――元「週刊現代」編集長元木昌彦 プレジデントオンライン
・宮城康博さんの声明に共同の意志を示します――翁長県知事、土砂投入前に「撤回」を!
・意味はとっくのむかしに、すべてはく奪されている。いま充満しているのは無-意味だけである。「在る」というのは、気づいていても気づかなくても、ひっきょう屈辱にまみれることだ 辺見庸「日録」